(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022074515
(43)【公開日】2022-05-18
(54)【発明の名称】温度負荷軽減装置、温度負荷軽減方法、及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
F24F 11/80 20180101AFI20220511BHJP
F24F 11/61 20180101ALI20220511BHJP
F24F 110/10 20180101ALN20220511BHJP
F24F 110/20 20180101ALN20220511BHJP
【FI】
F24F11/80
F24F11/61
F24F110:10
F24F110:20
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020184619
(22)【出願日】2020-11-04
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森戸 勇介
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 美帆
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 恭良
(72)【発明者】
【氏名】水野 敬
(72)【発明者】
【氏名】堀 翔太
(72)【発明者】
【氏名】繪本 詩織
(72)【発明者】
【氏名】坂田 洋子
【テーマコード(参考)】
3L260
【Fターム(参考)】
3L260AA20
3L260BA23
3L260CA04
3L260CA05
3L260CA12
3L260CA13
3L260CA15
3L260CA32
3L260FA03
3L260FA12
(57)【要約】
【課題】暑熱環境や寒冷環境などで人に蓄積された温度負荷を軽減する環境に当該人をばく露させるときに、温度負荷の影響を速やかに軽減する。
【解決手段】温度負荷軽減装置(20)は、第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に当該利用者をばく露させるときに用いる。温度負荷軽減装置(20)は、主として制御部(10)を備える。制御部(10)は、利用者の外殻温度と、第1の環境の温度である負荷温度と、第2の環境の温度である軽減温度と、第2の環境に利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、外殻温度を目標値に設定し、負荷温度と、軽減温度及び軽減時間の一方とを入力とし、軽減温度及び軽減時間の他方を出力する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に前記利用者をばく露させるときに用いる温度負荷軽減装置(20)であって、
前記利用者の外殻温度と、前記第1の環境の温度である負荷温度と、前記第2の環境の温度である軽減温度と、前記第2の環境に前記利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、前記外殻温度を目標値に設定し、前記負荷温度と、前記軽減温度及び前記軽減時間の一方とを入力として、前記軽減温度及び前記軽減時間の他方を出力する制御部(10)を備える温度負荷軽減装置。
【請求項2】
請求項1の温度負荷軽減装置において、
前記外殻温度をBTs、前記負荷温度をTL、前記軽減温度をTR、前記軽減時間をtとして、前記相関関係は、
BTs(t)=β1×ln(t)+β2
β1=A1×TR+B1×TL-C1
β2=A2×TR+B2×TL-C2
(但し、lnは自然対数、A1、A2、B1、B2、C1、C2はモデルパラメータ)
で表される温度負荷軽減装置。
【請求項3】
請求項2の温度負荷軽減装置において、
前記第1の環境は、暑熱環境又は寒冷環境であり、
前記モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、前記利用者が着用する衣服を考慮して設定される温度負荷軽減装置。
【請求項4】
請求項2又は3の温度負荷軽減装置において、
前記モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、前記利用者の属性に応じて調整される温度負荷軽減装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1つの温度負荷軽減装置において、
前記負荷温度は、前記第1の環境における湿度、風速及び輻射温度のうちの少なくとも1つを考慮して補正される温度負荷軽減装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1つの温度負荷軽減装置(20)と、
前記制御部(10)から出力された前記軽減温度又は前記軽減時間に基づき前記第2の環境の空調を行う空調装置(30)とを備える空調システム。
【請求項7】
請求項6の空調システムにおいて、
前記制御部(10)から出力された前記軽減温度又は前記軽減時間を前記利用者が変更可能に構成された調整部(40)をさらに備える空調システム。
【請求項8】
請求項6又は7の空調システムにおいて、
前記外殻温度を検出する検出部(50)をさらに備え、
前記空調装置(30)は、前記検出部(50)により検出された前記外殻温度と前記目標値との差が第1の所定値を超えた場合、前記軽減温度と常温との差が第2の所定値以下になるように前記軽減温度を変更するか、又は前記第2の環境へのばく露を前記利用者に中止するようにアラートを発する空調システム。
【請求項9】
請求項6~8のいずれか1つの空調システムにおいて、
前記利用者が前記第2の環境に入ったことを感知する感知部(60)をさらに備え、
前記空調装置(30)は、前記利用者が前記第2の環境に入ったことを前記感知部(60)が感知してから、前記軽減時間が経過した時点で、前記軽減温度による空調を終了する空調システム。
【請求項10】
第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に前記利用者をばく露させるときに用いる温度負荷軽減方法であって、
前記利用者の外殻温度と、前記第1の環境の温度である負荷温度と、前記第2の環境の温度である軽減温度と、前記第2の環境に前記利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、前記外殻温度を目標値に設定し、前記負荷温度と、前記軽減温度及び前記軽減時間の一方とを入力として、前記軽減温度及び前記軽減時間の他方を出力する温度負荷軽減方法。
【請求項11】
請求項10に記載の温度負荷軽減方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、温度負荷軽減装置、温度負荷軽減方法、及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
人は暑熱環境や厳寒環境など極端な温度環境に長時間さらされると、暑さ・寒さによる不快感やいらだちなど心的負担に加え、大量の発汗、震え運動、体温上昇(下降)などに起因する内臓系へのダメージや自律神経系への生理的負担など身体的負担が発生する。
【0003】
例えば暑熱環境にばく露された後すぐに常温環境に入ったとしても、暑さの影響が抜けず、仕事などにすぐに集中することは難しい。具体的には、継続的な発汗による脱水、汗で濡れたシャツの着用による冷房での局部の冷えや不快感の継続などが生じると、それらに起因して作業効率が低下してしまう。また、人の体内に熱ストレスが長時間蓄積されることが前述のような心身のストレスになり、このストレスに起因して別の心身のストレスが発生する可能性もある。
【0004】
そこで、従来の空調装置では、快適性を考慮し、外気温度が高くなると目標設定温度を低くし、外気温度が低くなると目標設定温度を高くするような温度制御が行われてきた。ところが、この温度制御では、空調されている部屋から外出したり、外出先から空調されている部屋に入ったりしたときや、空調されている部屋から空調されていない部屋に移動したときに、環境温度の変化が大きくなって、いわゆるヒートショックを感じるという懸念があった。また、冷えすぎにより体調を崩して、いわゆる冷房病になるという懸念もあった。
【0005】
特許文献1には、ヒートショックを緩和すると共に冷えすぎを防止するために、外気温度と室内温度との温度差を5~7℃に保つように冷房運転を行うことが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1の空調装置では、屋外の暑熱環境に対して、冷え過ぎ防止のために温度差を小さくする制御を行うため、外気温による心身への温度負荷の影響を軽減するために時間がかかってしまう。このため、人の心身が定常状態に戻るまでの間、暑熱環境に起因する心身への負担が継続してしまう。
【0008】
本開示の目的は、暑熱環境や寒冷環境などで人に蓄積された温度負荷を軽減する環境に当該人をばく露させるときに、温度負荷の影響を速やかに軽減できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の第1の態様は、第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に前記利用者をばく露させるときに用いる温度負荷軽減装置(20)である。温度負荷軽減装置(20)は、前記利用者の外殻温度と、前記第1の環境の温度である負荷温度と、前記第2の環境の温度である軽減温度と、前記第2の環境に前記利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、前記外殻温度を目標値に設定し、前記負荷温度と、前記軽減温度及び前記軽減時間の一方とを入力として、前記軽減温度及び前記軽減時間の他方を出力する制御部(10)を備える。
【0010】
第1の態様では、利用者の外殻温度が目標値になるように、第1の環境の負荷温度に基づき、温度負荷を軽減する第2の環境の軽減温度又は軽減時間を求める。従って、この軽減温度又は軽減時間に基づき第2の環境の空調を行うことにより、皮膚温と深部体温との熱交換を促進して、心身への温度負荷の影響を速やかに軽減することができる。
【0011】
本開示の第2の態様は、第1の態様において、前記外殻温度をBTs、前記負荷温度をTL、前記軽減温度をTR、前記軽減時間をtとして、前記相関関係は、
BTs(t)=β1×ln(t)+β2
β1=A1×TR+B1×TL-C1
β2=A2×TR+B2×TL-C2
(但し、lnは自然対数、A1、A2、B1、B2、C1、C2はモデルパラメータ)
で表される。
【0012】
第2の態様では、予め実験的にモデルパラメータを算出しておくことにより、利用者の外殻温度と負荷温度と軽減温度と軽減時間との相関関係を得ることができる。
【0013】
本開示の第3の態様は、第2の態様において、前記第1の環境は、暑熱環境又は寒冷環境であり、前記モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、前記利用者が着用する衣服を考慮して設定される。
【0014】
第3の態様では、暑熱環境又は寒冷環境に起因する温度負荷の影響を軽減する軽減温度又は軽減時間をより正確に求めることができる。
【0015】
本開示の第4の態様は、第2又は第3の態様において、前記モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、前記利用者の属性に応じて調整される。
【0016】
第4の態様では、利用者の属性に応じて、温度負荷の影響を軽減するのに適切な軽減温度又は軽減時間を求めることができる。
【0017】
本開示の第5の態様は、第1乃至第4のいずれか1つの態様において、前記負荷温度は、前記第1の環境における湿度、風速及び輻射温度のうちの少なくとも1つを考慮して補正される。
【0018】
第5の態様では、負荷温度を正しく評価することにより、温度負荷の影響を軽減する軽減温度又は軽減時間をより正確に求めることができる。
【0019】
本開示の第6の態様は、第1乃至第5のいずれか1つの態様の温度負荷軽減装置(20)と、前記制御部(10)から出力された前記軽減温度又は前記軽減時間に基づき前記第2の環境の空調を行う空調装置(30)とを備える空調システムである。
【0020】
第6の態様では、制御部(10)から出力された軽減温度又は軽減時間に基づき、空調装置(30)が第2の環境の空調を行うため、皮膚温と深部体温との熱交換を促進して、心身への温度負荷の影響を速やかに軽減することができる。
【0021】
本開示の第7の態様は、第6の態様において、前記制御部(10)から出力された前記軽減温度又は前記軽減時間を前記利用者が変更可能に構成された調整部(40)をさらに備える。
【0022】
第7の態様では、利用者の希望に応じて、温度負荷を軽減する第2の環境の空調を行うことができる。
【0023】
本開示の第8の態様は、第6又は第7の態様において、前記外殻温度を検出する検出部(50)をさらに備え、前記空調装置(30)は、前記検出部(50)により検出された前記外殻温度と前記目標値との差が第1の所定値を超えた場合、前記軽減温度と常温との差が第2の所定値以下になるように前記軽減温度を変更するか、又は前記第2の環境へのばく露を前記利用者に中止するようにアラートを発する。
【0024】
第8の態様では、ヒートショックを緩和したり、冷えすぎを防止したりすることが可能となる。
【0025】
本開示の第9の態様は、第6乃至8のいずれか1つの態様において、前記利用者が前記第2の環境に入ったことを感知する感知部(60)をさらに備え、前記空調装置(30)は、前記利用者が前記第2の環境に入ったことを前記感知部(60)が感知してから、前記軽減時間が経過した時点で、前記軽減温度による空調を終了する。
【0026】
第9の態様では、軽減温度による空調に要するコストを低減することができる。
【0027】
本開示の第10の態様は、第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に前記利用者をばく露させるときに用いる温度負荷軽減方法であって、前記利用者の外殻温度と、前記第1の環境の温度である負荷温度と、前記第2の環境の温度である軽減温度と、前記第2の環境に前記利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、前記外殻温度を目標値に設定し、前記負荷温度と、前記軽減温度及び前記軽減時間の一方とを入力として、前記軽減温度及び前記軽減時間の他方を出力する。
【0028】
第10の態様では、利用者の外殻温度が目標値になるように、第1の環境の負荷温度に基づき、温度負荷を軽減する第2の環境の軽減温度又は軽減時間を求める。従って、この軽減温度又は軽減時間に基づき第2の環境の空調を行うことにより、皮膚温と深部体温との熱交換を促進して、心身への温度負荷の影響を速やかに軽減することができる。
【0029】
本開示の第11の態様は、第10の態様の温度負荷軽減方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムである。
【0030】
第11の態様では、第10の態様と同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】
図1は、温度負荷軽減モデルを説明するための図である。
【
図2】
図2は、温度負荷軽減モデルを説明するための図である。
【
図3】
図3は、温度負荷軽減モデルを説明するための図である。
【
図4】
図4は、実施形態に係る温度負荷軽減装置を備える空調システムのブロック構成図である。
【
図5】
図5は、温度負荷軽減モデルにより得られた軽減温度と負荷温度との関係を例示する図である。
【
図6】
図6は、
図5に示す軽減温度が変更された様子を示す図である。
【
図7】
図7は、温度負荷を軽減する環境における風向を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本開示の実施形態について図面を参照しながら説明する。尚、以下の実施形態は、本質的に好ましい例示であって、本発明、その適用物、あるいはその用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【0033】
〈温度負荷軽減モデル〉
暑熱環境にばく露された人が、短時間でも常温以下の低温環境で熱負荷を取ると、心身への悪影響が抜けて集中力を回復できることが知られている。すなわち、体内の熱ストレスを早急に軽減することによって、心身のストレスが持続しにくくなり、リフレッシュしやすくなる。
【0034】
従って、極端な温度環境にばく露されている最中、又は屋内に移動した際に、心身に負担を強いられた温度環境に対して、常温を挟んだ対極の温度環境、具体的には、暑熱環境による負荷であれば常温以下の温度環境、寒冷環境による負荷であれば常温以上の温度環境を一時的に提供する空調制御によって、温度負荷の影響を軽減することができる。
【0035】
一般的に大きな温度差を与えることは人の体に悪いと考えられてきた。しかし、本願発明者らは、暑熱環境(例えば36℃)に順化した後に低温環境(例えば21℃)に入ると、一般的な室内環境(26℃程度)に入る場合と比べ、急速な皮膚温(外殻温度)の低下と共に暑熱負荷(副交感神経機能の低下、心拍数の増大、発汗量の増大等)を軽減できることを実験により解明し、この知見に基づき後述する温度負荷軽減モデルを着想した。また、本願発明者らは、皮膚表面などの外殻温度を早急に常温環境下での平衡状態よりも低い温度(暑熱環境の場合)又は高い温度(寒冷環境の場合)に調整し、皮膚温と深部体温との熱交換を促進させることによって、暑熱環境や寒冷環境に起因する身体全体への温度負荷の影響を軽減できることに着目し、温度負荷軽減モデルを具現化した。この温度負荷軽減モデルに基づき、温度負荷の影響を軽減するのに適切な環境温度(軽減温度)や滞在時間(軽減時間)が算出可能となる。
【0036】
身体の温度負荷(熱ストレス)を評価する代表値としての深部体温をBTcとし、外殻温度(皮膚表面の温度)をBTs、熱ストレス量をα×ΔBT(Δは平熱時を基準とした温度差を示す)とすると、温度負荷HS(t)(tは時刻)は、以下の様に記述できる。
【0037】
常温環境:HS(t)=0
暑熱環境:HS(t)=αc×ΔBTc(t)+αs×ΔBTs(t)
ここで、ΔBTs、ΔBTcはそれぞれ、常温における平衡状態を基準とした外殻温度、深部体温の偏移量であり、αs、αcはそれぞれ、外殻、深部の体積に基づく熱ストレス係数である。尚、常温環境では、ΔBT=0であるため、熱ストレスは0とする。
【0038】
深部は外殻と熱交換を行うことで間接的に外気温の影響を受ける。外気、外殻、深部それぞれの間の熱交換量HEを用いると、時刻tの体温BTは、以下のように記述できる。
【0039】
BTs(t)=BTs(t-1)-HEsc(t-1)/αs+HEes(t-1)/αs
BTc(t)=BTc(t-1)+HEsc(t-1)/αc
ここで、HEesは外気と外殻との熱交換量、HEscは外殻と深部との熱交換量である。
【0040】
また、HEscは、HEsc=PL+PCと表せる。PLは、血流(発汗を含む)や筋肉による放熱・産熱機構等を通じた生理的な制御下にある動的な体温調節機能に依存する調節要素である。PCは、深部-外殻の近接領域での筋肉等の静的な物質を通じた物理的な熱移動という体温調節機能に依存しない調節要素である。
【0041】
尚、PLに関わる血流温度は、生理的な構造上、外殻温度の影響を直接的に受ける。このため、外殻温度は、PL、PCの両者に影響を及ぼす。
【0042】
以上から、暑熱環境に長時間さらされて体温調節機能が低下している場合、早急に外殻温度を物理的な平衡状態以下に下げることによって、PC、PLを通じて、深部の熱ストレスに相当するαc×ΔBTcの早期軽減を促すことが可能となる。
【0043】
図1は、暑熱環境(36℃)に順応した後に人が常温環境(26℃)及び低温環境(21℃)のそれぞれに入る動作を繰り返し行った場合における外殻温度の時間変化を示している。
【0044】
図1に示すように、暑熱環境(36℃)に順応した後に人が常温環境(26℃)に入ると、20分程度では外殻温度が平衡状態での基準値まで下がりきらないので、熱ストレスが長時間に亘って継続する。特に、深部温度は、深部と外殻との熱交換過程を通じて間接的に変動するため、より長い時間に亘って深部熱ストレスを受けることが予想される。一方、暑熱環境(36℃)に順応した後に人が常温以下の温度の低温環境(21℃)に入ると、外殻温度が常温での平衡状態の基準値以下まで迅速に下がる。すなわち、外的な空調操作に起因する外殻-深部間の熱交換過程を経て、深部熱ストレスの早期軽減が期待できる。
【0045】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、温度負荷を軽減できる環境(以下、軽減環境ということもある)に人が入ってからの経過時間をtとして、温度負荷を与える環境の温度(以下、負荷温度ということもある)TLと、軽減環境の温度(以下、軽減温度ということもある)TRとを用いて、外殻温度BTs(t)を以下の様な温度負荷軽減モデルで記述できることを見出した。
【0046】
BTs(t)=β1×ln(t)+β2 ・・・式(1)
β1=A1×TR+B1×TL-C1 ・・・式(2)
β2=A2×TR+B2×TL-C2 ・・・式(3)
但し、lnは自然対数、A1、B1、C1、A2、B2、C2はモデルパラメータである。
【0047】
図2は、健常な成人男女30名が暑熱環境(36℃)に順応した後に常温環境(26℃)及び低温環境(21℃)のそれぞれに入る動作を3回ずつ行ったときの外殻温度の時間変化を実測した結果の平均値(破線)と、この実測結果を用いて前記のモデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2を算出して式(1)~(3)に基づき外殻温度BTs(t)を予測した値(実線)を示している。尚、
図2に示す実測結果から算出されたモデルパラメータA1、B1、C1、A2、B2、C2の値はそれぞれ、0.05、-0.03、0.60、0.08、0.17、-26.3であった。
【0048】
式(1)~(3)に示す温度負荷軽減モデルにおいて、深部熱ストレスの軽減基準となる外殻温度BTsの目標値を平均の平衡状態よりも低い33℃に設定し、温度負荷を軽減する環境に人をばく露させる時間(以下、軽減時間ということもある)tを10分とした場合、負荷温度TLに対応する軽減温度TRの関係は、以下の様に簡単化して記述できる。
【0049】
TR=39.5-0.47×TL ・・・式(4)
式(4)によれば、外殻温度BTsの目標値を平衡状態の基準値以下に設定することで、負荷温度(外気温)TLから理想の軽減温度TRが算出可能である。
【0050】
以上のように、外殻温度BTs、負荷温度TL、軽減温度TR、軽減時間tの相関関係を記述する温度負荷軽減モデルにおいて、想定される状況に応じたモデルパラメータの設定を行うことによって、暑熱環境で人に蓄積された熱ストレスを早期に軽減するための空調制御を実現できる。具体的には、温度負荷軽減モデルにおいて、外殻温度BTsを目標値に設定し、負荷温度TLと、軽減温度TR及び軽減時間tの一方を入力すれば、軽減温度TR及び軽減時間tの他方を出力することができる。
【0051】
式(1)~(3)に示す温度負荷軽減モデルでは、負荷温度TL、軽減温度TR、軽減時間(温度負荷を軽減する環境を利用する時間)t、外殻温度BTsの時間変化の実測値を対数近似することで得られたパラメータβ1、β2に基づいて、最適な軽減温度TRや軽減時間tを推定するモデルパラメータA1、B1、C1、A2、B2、C2が算出される。
【0052】
温度負荷を軽減する軽減環境の空調制御に関しては、前述の4つのパラメータ(TL、TR、t、BTs)の一部を定数化することで、負荷温度TLから、外殻温度BTsを一定値(例えば0.5~1.5℃)下げるために必要な軽減温度TRや軽減時間tを算出することができる。
【0053】
尚、式(1)~(3)に示す温度負荷軽減モデルは、暑熱環境や寒冷環境から人が強い温度負荷を受けた場合、具体的には、主に常温(夏季:25~28℃、冬季:18~22℃)から5℃以上離れた激しい温度負荷を受けた場合のモデルである。言い換えると、常温に近い環境では正常に体温調節機能が働くため、熱ストレスが身体内部に蓄積しにくいので、外殻温度BTsの変動状態についてもモデル式(1)~(3)から乖離してくる。尚、常温に近い環境では、温度負荷の軽減そのものが不要であるので、温度負荷軽減モデルに基づく軽減環境の空調制御は行わなくてもよい。
【0054】
また、式(1)~(3)に示す温度負荷軽減モデルは、夏季の暑熱環境下の熱ストレスに基づき設計されているが、事前に冬季のバックデータを取ることによって、モデルパラメータA1、B1、C1、A2、B2、C2を算出すれば、冬季の寒冷環境下での負の熱ストレスに対する軽減温度TRや軽減時間tの算出も同様に可能となる。冬季のモデルパラメータ推定は、例えば12月~2月の平均気温に基づき行い、温度負荷軽減モデルが適用される寒冷負荷を受ける負荷温度は、例えば10℃以下としてもよい。
【0055】
図3は、健常な成人男女30名が低温環境(21℃)に順応した後に高温環境(36℃)に入る動作を3回ずつ行ったときの外殻温度の時間変化を実測した結果の平均値を示している。
図3に示す実測結果を用いて、式(1)のβ1、β2を対数近似すると、0.533、33.53(但しR
2 =0.95)であった。すなわち、暑熱負荷を受けた場合のβ1が負の値になるのに対して、寒冷負荷を受けた場合のβ1は正の値となる。
【0056】
〈温度負荷軽減装置の構成〉
図4は、実施形態に係る温度負荷軽減装置(20)を備える空調システム(100)のブロック構成図である。本実施形態の温度負荷軽減装置(20)は、第1の環境(暑熱環境や寒冷環境)で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境(軽減環境)に当該利用者をばく露させるときに用いられる。
【0057】
図4に示すように、温度負荷軽減装置(20)は、主に、制御部(10)を備える。制御部(10)は、利用者の外殻温度BTsと、第1の環境の温度である負荷温度TLと、第2の環境の温度である軽減温度TRと、第2の環境に利用者をばく露させる時間である軽減時間tとの相関関係(つまり温度負荷軽減モデル)に基づいて、外殻温度BTsを目標値に設定し、負荷温度TLと、軽減温度TR及び軽減時間tの一方とを入力として、軽減温度TR及び軽減時間tの他方を出力する。
【0058】
温度負荷軽減装置(20)は、前述の式(1)~(3)に示すモデルや、予め実測値より算出されたモデルパラメータ(A1、A2、B1、B2、C1、C2)を記憶する記憶部をさらに備えていてもよい。温度負荷軽減装置(20)は、外殻温度BTsを目標値に設定したり、負荷温度TLや軽減温度TR及び軽減時間tの一方を入力したり、軽減温度TR及び軽減時間tの他方を出力するための入力部や表示部をさらに備えていてもよい。温度負荷軽減装置(20)は、負荷温度TLとなる外気温度を計測する計測部をさらに備えていてもよい。温度負荷軽減装置(20)は、負荷温度TLとなる外気温度として、アメダス等ネットから入手した外気温度情報を使用してもよい。
【0059】
温度負荷軽減装置(20)は、マイクロコンピュータ等のコンピュータを備えており、当該コンピュータがプログラムを実行することによって、制御部(10)等の各機能、つまり、本実施形態の温度負荷軽減方法が実施される。コンピュータは、プログラムに従って動作するプロセッサを主なハードウェア構成として備える。プロセッサは、プログラムを実行することによって機能を実現することができれば、その種類は問わないが、例えば半導体集積回路(IC)又はLSI(large scale integration)を含む一つ又は複数の電子回路により構成されていてもよい。複数の電子回路は、一つのチップに集積されてもよいし、複数のチップに設けられてもよい。複数のチップは一つの装置に集約されていてもよいし、複数の装置に備えられていてもよい。プログラムは、コンピュータが読み取り可能なROM、光ディスク、ハードディスクドライブなどの非一時的記録媒体に記録される。プログラムは、記録媒体に予め格納されていてもよいし、インターネット等を含む広域通信網を介して記録媒体に供給されてもよい。
【0060】
温度負荷軽減装置(20)が記憶部を備える場合、当該記憶部しては、コンピュータが読み取り及び書き込みができる記録媒体、例えばRAM等を用いてもよい。温度負荷軽減装置(20)が入力部を備える場合、当該入力部としては、例えばキーボード、マウス、タッチパッド等を用いてもよい。温度負荷軽減装置(20)が表示部を備える場合、当該表示部としては、例えばCRTや液晶ディスプレイ等の画像表示可能なモニタを用いてもよい。温度負荷軽減装置(20)が計測部を備える場合、当該計測部は、利用者が携帯する温度センサーであってもよいし、或いは、複数箇所(部屋、公共機関、屋外等)に設置された温度センサーであってもよい。後者の場合、利用者の周囲温度は、複数箇所に設置された温度センサーにより計測された温度履歴データと、利用者の移動履歴データとに基づいて算出される。利用者の移動履歴データは、予め記憶させておいてもよいし、利用者が適宜又は当日のスケジュールに基づき設定入力してもよい。
【0061】
温度負荷軽減装置(20)の実装形式は特に制限されないが、例えば、後述する空調装置(エアコン)(30)のリモコンに実装してもよい。この場合、リモコンに搭載されたマイクロコンピュータ、メモリ、タッチパネル等を利用して、温度負荷軽減装置(20)を構成してもよい。
【0062】
温度負荷軽減装置(20)において、外殻温度BTs、負荷温度TL、軽減温度TR、軽減時間tの相関関係を表す温度負荷軽減モデルとしては、例えば、前述の式(1)~(3)に示すモデルを用いてもよい。尚、温度負荷軽減装置(20)で用いる温度負荷軽減モデルは、外殻温度BTs、負荷温度TL、軽減温度TR、軽減時間tの相関関係を記述するモデルであれば、特に限定されるものではない。
【0063】
温度負荷軽減装置(20)において、第1の環境が暑熱環境又は寒冷環境である場合、モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、利用者が着用する衣服を考慮して設定されてもよい。例えばパラメータ計算時に、夏は半袖、冬は長袖を着用して測ったデータを利用して、季節に応じて異なるモデルパラメータを設定してもよい。
【0064】
ところで、温度負荷軽減モデルは、外殻温度BTsを通じた深部体温への物理的な熱移動を前提としている。夏季においては薄着のために外殻温度BTsは外気温(負荷温度TL)の影響を直接受けやすい。一方、冬季においては衣服の保温力が無視できないため、暑熱環境に対する温度負荷軽減モデルと比較して、外気温から推定される外殻温度BTsが上昇し、軽減温度TRから人が受ける効果も変化するため、寒冷環境に対する温度負荷軽減モデルでは、衣服の脱着に応じたモデルパラメータの補正が必要となる。
【0065】
具体的は、温度負荷を軽減する環境が屋内環境である場合、寒冷環境での温度負荷ばく露時には例えば外套を着用した際の皮膚温を外殻温度BTsとして計測し、軽減環境下では外套を脱いだ状態での皮膚温を外殻温度BTsとして計測し、計測された外殻温度BTsの変動データに基づいて、寒冷環境に対する温度負荷軽減モデルのモデルパラメータを算出する。一方、温度負荷を軽減する環境が屋外に設けられる場合、寒冷環境での温度負荷ばく露時、及び軽減環境下のいずれにおいても、外套を着用した状態での皮膚温を外殻温度BTsとして計測し、計測された外殻温度BTsの変動データに基づいて、モデルパラメータを算出してもよい。
【0066】
温度負荷軽減装置(20)において、モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、利用者の属性に応じて調整されてもよい。例えば、温度負荷軽減モデルに基づきバックデータを得ることによって、年齢、性別、体格(体重、BMI等)、平熱、病歴等の利用者群の属性に応じたモデルパラメータを算出、設定してもよい。これにより、例えば小学校や高齢者施設などの利用者の特性に合わせて、温度負荷軽減モデルに基づく空調制御を行うことができる。
【0067】
温度負荷軽減装置(20)において、負荷温度TLは、第1の環境における湿度、風速及び輻射温度のうちの少なくとも1つを考慮して補正されてもよい。人が感じる温度負荷は、湿度、風速、輻射温度等によって変動する。例えば、暑熱負荷を受ける温度環境が30℃以上の場合、湿度が50%から70%に変わると、体感温度は実際の温度よりも約1~2℃高くなる。従って、高湿度環境で暑熱負荷を受けた場合、外気温(負荷温度)TLを、TLh=TL+γ(γは外気温の補正値(約1~2℃))に従い、湿度を加味したTLhに補正して温度負荷軽減モデルに入力することで、軽減温度TR又は軽減時間tを算出してもよい。
【0068】
〈空調システムの構成〉
図4に示すように、温度負荷軽減装置(20)と空調装置(30)とから空調システム(100)を構成してもよい。空調装置(30)は、温度負荷軽減装置(20)の制御部(10)から出力された軽減温度TR又は軽減時間tに基づき、温度負荷を軽減する第2の環境(軽減環境)の空調を行う。
【0069】
空調システム(100)において、温度負荷軽減モデルに基づく空調制御は、主に暑熱環境や寒冷環境(第1の環境)から強い温度負荷を受ける気温(負荷温度TL)の場合に実施される。夏季であれば外気温が例えば31℃以上の場合、冬季であれば外気温が例えば10℃以下の場合、温度負荷軽減モデルに基づく空調制御を行ってもよい。一方、外気温が20℃~30℃程度の範囲では常温(夏季:25℃~28℃)を中心に緩やかな温度勾配での空調制御を行ってもよい。また、外気温が10℃~20℃程度の範囲では常温(冬季:18℃~22℃)を中心に緩やかな温度勾配での空調制御を行ってもよい。
【0070】
空調システム(100)は、制御部(10)から出力された軽減温度TR又は軽減時間tを利用者が変更可能に構成された調整部(40)をさらに備えてもよい。言い換えると、軽減温度TR又は軽減時間tを利用者が空調装置(30)のリモコン等を通じて手動で特定の値に変更できるようにしてもよい。
図5は、温度負荷軽減モデルにより得られた軽減温度TR(負荷軽減用設定温度)と負荷温度TL(負荷を受ける環境温度)との関係を例示する図であり、
図6は、
図5に示す軽減温度又はその勾配が利用者によって特定の値や勾配に変更された様子を模式的に示す図である。
【0071】
空調システム(100)は、利用者の外殻温度BTsを検出するサーモグラフィ等の検出部(50)をさらに備えてもよい。この場合、空調装置(30)は、検出部(50)により検出された外殻温度BTsとその目標値との差が第1の所定値(例えば2℃)を超えた場合、軽減温度TRと常温との差が第2の所定値(例えば5℃)以下になるように軽減温度TRを変更するか、又は第2の環境(軽減環境)へのばく露を利用者に中止するようにアラートを発してもよい。これにより、利用者の体温変動の過剰な拡大が抑制される。アラート情報は、例えば、事前に登録されたネットワーク対応の利用者個人の携帯端末に送信してもよい。
【0072】
空調システム(100)は、利用者の負荷の原因となる極端な環境温度(外気温)等の計測装置(センサー)をさらに備えていてもよい。例えば、センサーによって外気温及び室温(利用者周辺温度)を測定し、当該測定情報を用いて制御部(10)が温度負荷軽減モデルに基づき軽減温度TR又は軽減時間tを出力し、当該出力値に基づき空調装置(30)が冷風や温風を軽減環境に提供してもよい。
【0073】
空調システム(100)は、例えばレストルームのように、室内全体の温度を軽減温度TRに制御する密閉型の室内空調システムとして構成されてもよい。このようなレストルーム(休憩室)によって、猛暑日(厳寒日)に屋外から来た人が屋内での作業等を始める前に温度負荷を軽減することが可能となる。
【0074】
空調システム(100)は、例えばエントランスの壁から局所的に冷風や温風を提供するような、屋内の局所的な空間の温度を軽減温度TRに制御する開放型の空調システムとして構成されてもよい。
【0075】
空調システム(100)は、屋外で利用でき且つ移動・仮設が可能に構成されてもよい。この場合、空調システム(100)は、例えば仮設レストルームのように、密閉型の空調室として構成されてもよいし、或いは、仮設冷風機又は仮設温風機のように、局所的に冷却又は暖房が可能な開放型の空調システムとして構成されてもよい。
【0076】
空調システム(100)が屋内外で開放型の空調システムとして構成される場合、
図7に示すように、利用場所(200)の空気の状態と大きく異なる空気を利用者(250)に提供することが必要になる。この場合、利用者(250)の周囲環境のみを軽減環境として空調制御すれば良い。従って、局所的な空調効果を向上させるために、利用場所(200)の上方に設けた送風口(201)から利用者(250)の頭上に向けて垂直下方に送風を行うか、或いは、利用場所(200)の側方に設けた送風口(202)から利用者(250)の正面に向けて水平方向に送風を行ってもよい。
【0077】
尚、温度負荷軽減装置(20)で用いる温度負荷軽減モデルのパラメータは、一定温度の室内等の密閉空間を前提として算定されるが、開放型の空調システム(100)では、利用者に近接する空調装置(30)から直接的に冷風や温風などが提供される。この場合、温度負荷軽減モデルで設定される軽減温度TRは、空調装置(30)の送風口から利用者側に例えば1m離れた位置の温度としてもよい。また、負荷軽減の判定基準となる外殻温度BTsの目標値については、室内等の密閉空間を想定した場合と比べて、暑熱負荷であれば例えば0.5℃低く設定し、寒冷負荷であれば例えば0.5℃高く設定してもよい。
【0078】
また、開放型の空調システム(100)では、外気温(負荷温度TL)と大きく乖離した温度の空気を提供する必要がある。このため、開放型の空調システム(100)を常時稼働すると、コストが増大するので、利用者が空調装置(30)の送風口に近づいたことを対物センサー等が感知したら、空調システム(100)が自動的に稼働するようにしてもよい。この場合、空調システム(100)の非稼働時には、空調装置(30)内で一定量の冷風や温風を循環させておくことによって、温度制御にかかるコストを低減しながら、稼働時には即時に冷風や温風を提供できるようにしてもよい。
【0079】
また、空調システム(100)による空調制御の目標温度として設定される軽減温度TRは、負荷温度TL(例えば外気温)との温度差が大きい一方、軽減温度TRの利用時間(軽減時間t)は例えば5分~15分程度と限定的である。このため、コスト削減のために必要最低限の短時間での温度調整が有効である。これを実現するために、例えば、ネットワークを通じて空調システム(100)を遠隔操作できる機能を持たせてもよい。具体的には、遠隔操作で設定された入室予定時刻に合わせて、短時間で急速に室内等の軽減環境を軽減温度TRに調整してもよい。
【0080】
また、空調システム(100)は、利用者が室内等の軽減環境に入ったことを感知する対物センサー等の感知部(60)をさらに備えてもよい。この場合、利用者が軽減環境に入ったことを感知部(60)が感知したときだけ、空調システム(100)は、温度負荷軽減モデルに基づく空調制御を行ってもよい。また、空調装置(30)は、利用者が軽減環境に入ったことを感知部(60)が感知してから、軽減時間tが経過した時点で、軽減温度TRによる空調を終了してもよい。例えば、前述の遠隔操作で設定された入室予定時刻近辺での人の入室を対物センサー等で感知してから、温度負荷軽減モデルで設定された軽減時間t(例えば10分~15分)が過ぎたら、軽減環境の温度を自動的に適温(例えば26℃~28℃近辺)に戻してもよい。
【0081】
-実施形態の効果-
本実施形態の温度負荷軽減装置(20)は、第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に当該利用者をばく露させるときに用いられる。温度負荷軽減装置(20)は、主として制御部(10)を備える。制御部(10)は、利用者の外殻温度BTsと、第1の環境の温度である負荷温度TLと、第2の環境の温度である軽減温度TRと、第2の環境に利用者をばく露させる時間である軽減時間tとの相関関係(つまり温度負荷軽減モデル)に基づいて、外殻温度BTsを目標値に設定し、負荷温度TLと、軽減温度TR及び軽減時間tの一方とを入力として、軽減温度TR及び軽減時間tの他方を出力する。このため、利用者の外殻温度BTsが目標値になるように、負荷温度TLに基づき、温度負荷を軽減する軽減温度TR又は軽減時間tを求めることができる。従って、この軽減温度TR又は軽減時間tに基づき第2の環境の空調を行うことにより、皮膚温と深部体温との熱交換を促進して、心身への温度負荷の影響を速やかに軽減することができる。具体的には、利用者の副交感神経の活動の低下、脱水につながる過剰な発汗、暑熱環境での心拍数の増大などを抑制できる。また、暑熱環境への長時間ばく露に起因する過剰な発汗後に起きる、発汗量の減少等に表出される体温調節機能の低下を軽減できる。このような温度負荷を早期に軽減することによって、例えば、室内作業の開始時における作業効率を改善することができる。
【0082】
また、本実施形態の温度負荷軽減装置(20)において、温度負荷軽減モデルとして、式(1)~(3)に示すモデルを用いてもよい。このようにすると、予め実験的にモデルパラメータを算出しておくことにより、利用者の外殻温度BTsと負荷温度TLと軽減温度TRと軽減時間tとの相関関係を得ることができる。すなわち、暑熱環境に対する温度負荷軽減モデルや、寒冷環境に対する温度負荷軽減モデルを容易に構築することができる。
【0083】
また、本実施形態の温度負荷軽減装置(20)において、第1の環境が暑熱環境又は寒冷環境である場合、モデルパラメータは、利用者が着用する衣服を考慮して設定されてもよい。このようにすると、寒冷環境に起因する温度負荷の影響を軽減する軽減温度TR又は軽減時間tをより正確に求めることができる。
【0084】
また、本実施形態の温度負荷軽減装置(20)において、モデルパラメータは、利用者の属性に応じて調整されてもよい。このようにすると、利用者の属性に応じて、温度負荷の影響を軽減するのに適切な軽減温度TR又は軽減時間tを求めることができる。
【0085】
また、本実施形態の温度負荷軽減装置(20))において、負荷温度TLは、第1の環境における湿度、風速及び輻射温度のうちの少なくとも1つを考慮して補正されてもよい。このようにすると、負荷温度TLを正しく評価することにより、温度負荷の影響を軽減する軽減温度TR又は軽減時間tをより正確に求めることができる。
【0086】
本実施形態の空調システム(100)は、主として、温度負荷軽減装置(20)と、空調装置(30)とを備える。空調装置(30)は、温度負荷軽減装置(20)の制御部(10)から出力された軽減温度TR又は軽減時間tに基づき第2の環境の空調を行う。このように、制御部(10)から出力された軽減温度又は軽減時間に基づき、空調装置(30)が第2の環境の空調を行うため、皮膚温と深部体温との熱交換を促進して、心身への温度負荷の影響を速やかに軽減することができる。
【0087】
本実施形態の空調システム(100)は、屋外型の空調システムとして構成してもよい。このようにすると、屋外作業中の利用者における温度負荷の蓄積を軽減し、早期に体温や発汗量を下げることによって、熱中症のリスクを下げることができる。
【0088】
本実施形態の空調システム(100)において、制御部(10)から出力された軽減温度TR又は軽減時間tを利用者が変更可能に構成された調整部(40)をさらに備えてもよい。このようにすると、利用者の希望に応じて、温度負荷を軽減する第2の環境の空調を行うことができる。
【0089】
本実施形態の空調システム(100)において、利用者の外殻温度BTsを検出する検出部(50)をさらに備えてもよい。この場合、空調装置(30)は、検出部(50)により検出された外殻温度BTsとその目標値との差が第1の所定値を超えた場合、軽減温度TRと常温との差が第2の所定値以下になるように軽減温度TRを変更するか、又は第2の環境へのばく露を利用者に中止するようにアラートを発してもよい。このようにすると、ヒートショックを緩和したり、冷えすぎを防止したりすることが可能となる。
【0090】
本実施形態の空調システム(100)において、利用者が第2の環境に入ったことを感知する感知部(60)をさらに備えてもよい。この場合、空調装置(30)は、利用者が第2の環境に入ったことを感知部(60)が感知してから、軽減時間tが経過した時点で、軽減温度TRによる空調を終了してもよい。このようにすると、軽減温度TRによる空調に要するコストを低減することができる。
【0091】
《その他の実施形態》
前記実施形態では、式(1)~(3)に示す温度負荷軽減モデルを用いた。しかし、温度負荷軽減モデルは、外殻温度BTs、負荷温度TL、軽減温度TR、軽減時間tの相関関係を記述するモデルであれば、特に限定されるものではない。
【0092】
以上、実施形態を説明したが、特許請求の範囲の趣旨及び範囲から逸脱することなく、形態や詳細の多様な変更が可能なことが理解されるであろう。また、以上の実施形態、変形例、その他の実施形態は、本開示の対象の機能を損なわない限り、適宜組み合わせたり、置換したりしてもよい。さらに、以上に述べた「第1」、「第2」、・・・という記載は、これらの記載が付与された語句を区別するために用いられており、その語句の数や順序までも限定するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本開示は、温度負荷軽減装置及び温度負荷軽減方法について有用である。
【符号の説明】
【0094】
10 制御部
20 温度負荷軽減装置
30 空調装置
40 調整部
50 検出部
60 感知部
100 空調システム
【手続補正書】
【提出日】2022-02-14
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に前記利用者をばく露させるときに用いる温度負荷軽減装置(20)であって、
前記利用者の外殻温度と、前記第1の環境の温度である負荷温度と、前記第2の環境の温度である軽減温度と、前記第2の環境に前記利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、前記外殻温度を目標値に設定し、前記負荷温度と、前記軽減温度及び前記軽減時間の一方とを入力として、前記軽減温度及び前記軽減時間の他方を出力する制御部(10)を備え、
前記第1の環境は、前記第2の環境とは異なる場所であり、
前記制御部(10)は、前記第2の環境に前記利用者をばく露させるときに、前記軽減温度及び前記軽減時間の前記他方を出力する温度負荷軽減装置。
【請求項2】
請求項1の温度負荷軽減装置において、
前記相関関係は、前記負荷温度が常温から5℃以上離れている場合の相関関係である温度負荷軽減装置。
【請求項3】
請求項1又は2の温度負荷軽減装置において、
前記外殻温度をBTs、前記負荷温度をTL、前記軽減温度をTR、前記軽減時間をtとして、前記相関関係は、
BTs(t)=β1×ln(t)+β2
β1=A1×TR+B1×TL-C1
β2=A2×TR+B2×TL-C2
(但し、lnは自然対数、A1、A2、B1、B2、C1、C2はモデルパラメータ)
で表される温度負荷軽減装置。
【請求項4】
請求項3の温度負荷軽減装置において、
前記第1の環境は、暑熱環境又は寒冷環境であり、
前記モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、前記利用者が着用する衣服を考慮して設定される温度負荷軽減装置。
【請求項5】
請求項3又は4の温度負荷軽減装置において、
前記モデルパラメータA1、A2、B1、B2、C1、C2は、前記利用者の属性に応じて調整される温度負荷軽減装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1つの温度負荷軽減装置において、
前記負荷温度は、前記第1の環境における湿度、風速及び輻射温度のうちの少なくとも1つを考慮して補正される温度負荷軽減装置。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1つの温度負荷軽減装置(20)と、
前記制御部(10)から出力された前記軽減温度又は前記軽減時間に基づき前記第2の環境の空調を行う空調装置(30)とを備える空調システム。
【請求項8】
請求項7の空調システムにおいて、
前記制御部(10)から出力された前記軽減温度又は前記軽減時間を前記利用者が変更可能に構成された調整部(40)をさらに備える空調システム。
【請求項9】
請求項7又は8の空調システムにおいて、
前記外殻温度を検出する検出部(50)をさらに備え、
前記空調装置(30)は、前記検出部(50)により検出された前記外殻温度と前記目標値との差が第1の所定値を超えた場合、前記軽減温度と常温との差が第2の所定値以下になるように前記軽減温度を変更するか、又は前記第2の環境へのばく露を前記利用者に中止するようにアラートを発する空調システム。
【請求項10】
請求項7~9のいずれか1つの空調システムにおいて、
前記利用者が前記第2の環境に入ったことを感知する感知部(60)をさらに備え、
前記空調装置(30)は、前記利用者が前記第2の環境に入ったことを前記感知部(60)が感知してから、前記軽減時間が経過した時点で、前記軽減温度による空調を終了する空調システム。
【請求項11】
第1の環境で利用者に蓄積された温度負荷を軽減するための第2の環境に前記利用者をばく露させるときに用いる温度負荷軽減方法であって、
前記利用者の外殻温度と、前記第1の環境の温度である負荷温度と、前記第2の環境の温度である軽減温度と、前記第2の環境に前記利用者をばく露させる時間である軽減時間との相関関係に基づいて、前記外殻温度を目標値に設定し、前記負荷温度と、前記軽減温度及び前記軽減時間の一方とを入力として、前記軽減温度及び前記軽減時間の他方を出力し、
前記第1の環境は、前記第2の環境とは異なる場所であり、
前記第2の環境に前記利用者をばく露させるときに、前記軽減温度及び前記軽減時間の前記他方を出力する温度負荷軽減方法。
【請求項12】
請求項11に記載の温度負荷軽減方法をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。