IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ディーキン ユニバーシティの特許一覧

特開2022-75712反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製
<>
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図1
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図2
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図3
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図4
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図5
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図6
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図7
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図8
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図9
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図10
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図11
  • 特開-反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022075712
(43)【公開日】2022-05-18
(54)【発明の名称】反応性気体の存在下におけるボールミル粉砕によるナノシートの調製
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/192 20170101AFI20220511BHJP
   C01B 21/064 20060101ALI20220511BHJP
   C01G 39/06 20060101ALI20220511BHJP
   C01G 41/00 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
C01B32/192
C01B21/064 M
C01G39/06
C01G41/00 Z
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022030935
(22)【出願日】2022-03-01
(62)【分割の表示】P 2018565264の分割
【原出願日】2017-06-14
(31)【優先権主張番号】2016902307
(32)【優先日】2016-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AU
(71)【出願人】
【識別番号】511095676
【氏名又は名称】ディーキン ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】イン・チェン
(72)【発明者】
【氏名】スリカンス・マテティ
(57)【要約】
【課題】二次元材料、例えば、グラフェン、窒化ホウ素(BN)、及び遷移金属ジカルコゲナイド(TMD)ナノシートの製造のための、ボールミルもしくは粉砕は、積層材料の厚さ低減に用いることができ、グラフェン及びナノシート製造にさえ用いることができるが、出発バルク結晶のボールミル粉砕処理のほとんどが、材料構造を破壊する可能性があり、且つ/または多数の欠陥を引き起こし得ることから、ミル粉砕過程においては、液体界面活性剤または固体剥離剤が使用されてきた。しかしながら、これらの方法では、ナノシートから界面活性剤または作用剤を除去するためにミル粉砕後の処理が必要であり、製造コストがかさみ、また、別の汚染をさらに取り込む危険性がある。
【解決手段】本発明は、材料の結晶のボールミル粉砕によるナノシートの形態の材料を製造する方法であって、前記ボールミル粉砕が反応性気体の存在下で行われる方法を提供する。
【選択図】図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料の結晶のボールミル粉砕によるナノシートの形態の材料を製造する方法であって、前記ボールミル粉砕が反応性気体の存在下で行われる方法。
【請求項2】
前記材料が、グラファイト、窒化ホウ素、二硫化モリブデン、または二硫化タングステンから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記反応性気体が、アンモニア、メタン、エタン、エテン、エチン、及びプロパンから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ナノシートが、10nm未満の厚さを有する、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記反応性ボールミル粉砕が、反応性気体の混合物を使用して行われる、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記反応性ボールミル粉砕が、複合ナノシートを製造するための材料の混合物を使用して行われる、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の方法によって製造されたナノシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ材料、特に二次元
ナノシートに関する。本発明はまた、ナノシートの製造及び本発明に従って製造されたナノシートに関する。
【背景技術】
【0002】
二次元材料、例えば、グラフェン、窒化ホウ素(BN)、及び遷移金属ジカルコゲナイド(TMD)ナノシートは、非常に優れた電子的、機械的、及び物理的特性を有しており、これらは、基礎科学と実用的応用のいずれにとっても魅力的である。バルク結晶の厚みをナノメートルスケールにまで連続的に減少させると、これらのバルク材料の固有の特性が変更される。例えば、グラフェン中の電子は、ディラックフェルミ粒子として振舞い、MoS2ナノシートは、間接遷移型半導体から直接遷移型半導体への相変化を経て、BNナノシートは、分子を吸着する非常に優れた能力を示す。
【0003】
これらの素晴らしい材料は、様々な技術を用いて大量に生産されている。ボールミルもしくは粉砕は、積層材料の厚さ低減に用いることができ、グラフェン及びナノシート製造にさえ用いることができるが、出発バルク結晶のボールミル粉砕処理のほとんどが、材料構造を破壊する可能性があり、且つ/または多数の欠陥を引き起こし得ることから、従来、ミル粉砕過程においては、液体界面活性剤または固体剥離剤が使用されてきた。損傷を低減するために、様々な界面活性剤溶液(すなわち、MDF、NMP)と共に低いミル粉砕エネルギーが使用されてきた。湿式ミル粉砕媒体は、構造的損傷を効果的に減少させ、集塊現象を防止することができるが、これはまた、除去が困難であるかもしれない汚染物質を導入し、結果としてナノシートの特性及び応用に影響を及ぼす。
【0004】
固体剥離剤(例えば、無水CO2、硫黄、塩など)を用いたバルク結晶の乾式粉砕は、もう1つの成功したアプローチである。例えば、カルボキシル化された端部を有するグラフェンシートを製造するためのボールミル粉砕過程においては、無水CO2が使用されており、著しい量の酸素がグラフェンに導入されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの方法では、ナノシートから界面活性剤または作用剤を除去するためにミル粉砕後の処理が必要であり、このため製造コストがかさみ、また、別の汚染をさらに取り込む危険性がある。
【0006】
本発明は、上述の既知の方法に関連する欠点を克服しうるナノシート材料の製造のための、代替方法の提供を目指すものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
したがって、本発明は、材料の結晶のボールミル粉砕によってナノシートの形態の材料を製造する方法であって、前記ボールミル粉砕が、反応性気体の存在下で行われる方法を提供する。この実施態様では、当該方法は、固体または液体の剥離剤の非存在下で行われる。上記の通り、こうした種類の剥離剤は、有用なナノシートを得るためには従来の方法で除去されねばならない。
【0008】
特定の種類の気体環境における反応性ボールミル粉砕は、バルク結晶材料から様々なナノシートを製造するための新たなアプローチであると考えられている。
【0009】
本発明はまた、本発明に従って製造された場合には、ナノシートを提供する。
【0010】
本発明はまた、ドープされたナノシート、及び異なる材料の複合ナノシートに関する。
【0011】
本発明に従って製造されたナノシートは、ナノシートが有用であることが知られた様々な用途に使用することができる。ナノシートは、特に、潤滑剤配合物、例えば、エンジンオイル及びギアオイルの潤滑特性の向上に有用であり得る。
【0012】
本発明の実施態様は、以下の非限定的な図面を参照して詳説され、ここで、図1から12は、実施例において論じられる結果及び/または観察を報告する。各図についてのさらなる詳細は以下に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】異なる気体中でのボールミル粉砕下におけるグラファイトの異なる構造変化。Ar(a)及びNH3(b)中で異なる時間に亘り粉砕されたグラファイトのXRDパターン。SEM画像は、NH3(c)及びAr(d)気体中で粉砕されたグラファイトの異なる形態を示す。TEM画像は、NH3(e、f、g)及びAr(h)中で70時間に亘り粉砕されたグラファイトの異なる構造を明らかにする。挿入図はSADパターンを示す。
図2】異なる気体中でのボールミル粉砕下における窒化ホウ素(BN)の異なる構造変化。Ar(a)及びNH3(b)中で異なる時間に亘り粉砕された六方晶BNのXRDパターン。Ar(c)及びNH3(d)中で20時間に亘り粉砕されたBN試料のSEM画像;NH3(e)及びAr(f)中、20時間に亘る粉砕の後のBN試料のTEM画像;NH3(g)中で70時間に亘り粉砕されたBNのSEM画像及びそのTEM画像(i)。
図3】異なる気体中でのボールミル粉砕中の二硫化モリブデン(MoS2)の異なる構造変化。(a)Ar気体中、異なる時間に亘る粉砕の後のMoS2のXRDパターン;(b、c)Ar気体中、異なる時間に亘る粉砕の後のMoS2のSEM画像;(d)Ar中で100時間に亘り粉砕された後の試料のTEM顕微鏡回折パターン; (f) NH3気体中で20時間に亘り粉砕された後のMoS2のSEM画像;(g)NH3中で20時間に亘り粉砕されたMoS2のTEM画像。挿入図はSADパターン及び低増幅画像を示す。(h)NH3中、100時間に亘り粉砕された後の試料のTEM微小回折パターン。
図4】異なる気体中で20時間に亘って粉砕されたグラファイト(a)及び窒化ホウ素(b)のXRDパターン。
図5】粉砕後のグラファイトの特性評価。(a)2種の異なる気体中におけるボールミル粉砕の際のグラファイト粒径の低減。(b)ボールミル粉砕の際のNH3圧力変化及び、NH3中、異なる時間に亘って粉砕された試料中のN含有量。(c)NH3中で粉砕されたグラファイトの、粉砕時間の関数としてのBET表面積の変化。(d)NH3中で異なる時間に亘り粉砕されたグラファイトのN K-edge NEXAFSスペクトル。
図6】グラフェンでのアミン終端のDFTモデリング。(a)シミュレーションに用いた欠陥グラフェンモデル。(b)歪み1%の欠陥グラフェンに付着した、NH3分子から分解されたNH2及びHの配置。(c)歪み4%の欠陥グラフェンに付着した、NH3分子から分解されたNH、H、及びHの配置。(d)NH3が付着した欠陥グラフェンの応力-ひずみ曲線。
図7】NH3雰囲気から3分間及び1日に亘って取り出した後のBNナノシートについて測定された横方向摩擦力。
図8】NH3及びC2H4中におけるボールミル粉砕中のWS2の異なる構造変化。 NH3(a)及びC2H4(d)中で粉砕されたWS2のXRDパターン。粉砕中に圧力を伴う窒素及び炭素の含有量(b、e)。NH3中で30時間に亘り粉砕されたWS2のTEM画像(c)。C2H4中で粉砕されたWS2のEDSオーバーレイ画像(f)。
図9】異なるボールミル粉砕時間でのBN及びグラファイトのXRDパターン。+:グラファイト、*:BN。
図10】(a)1時間に亘りボールミル粉砕された試料のSEM画像;(b)20時間に亘りボールミル粉砕された試料;(c)40時間に亘りボールミル粉砕された試料;(d)カーボンコーティングなしで20時間に亘りボールミル粉砕された試料。
図11】20時間に亘りボールミル粉砕された後に製造されたグラファイト/BN複合ナノシートのTEM画像;(b)高倍率TEM像;(c)グラファイト/BNナノシートのEELSスペクトル。
図12】エネルギーフィルタ型TEMデータ:(a)弾性TEM画像;(b)同じ領域に元素コントラスト(ホウ素-赤、炭素-緑)をつけたエネルギーフィルタ型画像;(c、d)ホウ素及び炭素の個々のエネルギーフィルタ型マップ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明により、ナノシートを、気体環境中でのバルク結晶材料の反応性ボールミル粉砕によって調製し得ることが見出された。
【0015】
ボールミル粉砕で使用される気体は、バルク結晶材料の剥離によるナノシートの製造を促進する化学吸着及び/または機械化学的反応に関与すると考えられている。気体の分子がバルク結晶材料と相互作用する正確な機構は知られていない。しかしながら、この点に関しては、特定の結晶材料及び気体に関して、様々な可能性が以下に議論される。
【0016】
本明細書においては、ナノシートなる語は、従来の意味で使用され、本質的に二次元の性質である積層構造を示す。ナノシートは、典型的には厚さが10nm未満であり、別の方向にはミクロン寸法で延長されうる。
【0017】
本発明に従うナノシートの製造によれば、従来の方法、例えば、固体または液体の剥離剤を使用する方法と比較して、汚染物質を全く含まないかまたは汚染物質が低減されたナノシートを得ることができる。結果として、本発明は、製造されたナノシート中の汚染物質を除去するための製造後処理を、回避または軽減することができる。
【0018】
ナノシートは、積層構造を有する(バルク)結晶材料の剥離によって製造される。一例として、前記材料は、グラファイト、窒化ホウ素、二硫化モリブデン、または二硫化タングステンであってよい。
【0019】
結晶性材料をボールミル粉砕する際に使用される気体は、アンモニアまたは炭化水素気体、例えば、メタン、エタン、エテン、エチン、またはプロパンであってよい。
【0020】
追加の例として、結晶材料と気体との以下の組み合わせ:窒化ホウ素とアンモニア、メタン、エタン、またはエチン;グラファイトとアンモニア;二硫化モリブデンとアンモニア;二硫化モリブデンとメタン;及び二硫化タングステンとアンモニアまたはエチンが有用であることが判明している。
【0021】
気体の選択は、製造されるナノシートのドーピングに影響を及ぼし得る。例えば、アンモニア中で窒化ホウ素をボールミル粉砕すると純粋な窒化ホウ素ナノシートが製造されるが、炭素含有気体中でのボールミル粉砕によれば炭素ドープ窒化ホウ素ナノシートを製造することができる。
【0022】
本発明によれば、グラフェン、BN、MoS2、及びWS2などの材料のナノシートが、反応性気体の存在下においてこれらのバルク結晶をボールミル粉砕することによって製造でき、得られたナノシートは、長時間経過後でさえも、平坦さを維持し、欠陥密度の低い単結晶構造を保つことが判明している。製造されたナノシートが、異なる環境においては2Dナノ材料の劇的に異なる挙動を示すことも観察されている。したがって、空気、窒素、またはアルゴンなどのミル粉砕雰囲気を使用する同様の高エネルギーボールミル粉砕処理では、無秩序構造を有するナノサイズ粒子が生成する。本発明は、ミル粉砕過程中に反応性気体のかなりの量の原子または分子がナノシート上に吸収され、高エネルギーミル粉砕の衝撃によって生じた欠陥または端部に化学結合が形成され、架橋及び破断を防止することを解明した。
【0023】
本発明の一実施態様では、当該方法は、ある反応性気体の存在下における選択された材料の結晶の反応性ボールミル粉砕、これに次ぐ別の反応性気体の存在下におけるさらなる反応性ボールミル粉砕を含む。この実施態様によれば、使用される反応性気体に基づく様々な種でドープされたナノシートの製造を可能にし得る。例えば、アンモニア中でのBN粉末のボールミル粉砕によれば、純粋なBNナノシートが製造され;炭化水素気体中でのボールミル粉砕はCドープBNナノシートをもたらす。WS2の場合には、アンモニア中でのボールミル粉砕によりNドープナノシートが製造され、炭化水素気体中ではCドープナノシートが製造される。
【0024】
別の実施態様では、反応性ボールミル粉砕は、反応性気体の混合物、例えばエチンとアンモニアの混合物を使用して行われる。これにより二重ドープ(C、N)ナノシートが製造されよう。
【0025】
本発明によれば、出発材料の剥離は、ミル粉砕時間、ミル粉砕速度、ミル粉砕ボールサイズ、及びボール対材料比を含む、様々なミル粉砕パラメータによって影響され得る。これらの各変数、及びこれらの組み合わせの効果は、走査電子顕微鏡(SEM)によって評価することができる。
【0026】
通常、ミル粉砕ボールはステンレス鋼製である。典型的には、ボールは1-25mmの直径を有する。
【0027】
ミル粉砕ボールと出発材料との比は、典型的には5:1から20:1、例えば出発材料に応じて10:1から15:1である。
【0028】
ミル粉砕は、従来のボールミル粉砕装置を用いて行われる。
ミル粉砕は、通常数時間行われる。典型的には、合計のミル粉砕時間は30時間未満、例えば20から30時間である。剥離を達成するのに必要とされるミル粉砕時間は、ボールミル粉砕の強度及び使用される反応性気体によって異なる。
【0029】
ボールミル粉砕パラメータの典型的な組み合わせは、下記の通りである。
ステンレスボール 直径25mm
ボールと材料の比率 10:1
ミル粉砕速度 150rpm
ミル粉砕時間 20時間
【0030】
別の実施態様においては、本発明は、反応性気体の存在下での出発材料の混合物の反応性ボールミル粉砕による、複合ナノシートの製造に応用してよい。例えば、この実施態様は、アンモニア気体の存在下でのグラファイト及び六方晶窒化ホウ素(h-BN)のボールミル粉砕により実施することができる。出発物質の質量比は変更してよい。一実施態様では、この質量比は1:1である。
【0031】
本発明の実施態様は、以下の非限定的実施例を参照して詳説される。
【実施例0032】
(実施例1)
実験の項
ボールミル粉砕実験を、回転式高エネルギーボールミル中で実施した。典型的な実験では、それぞれ66gの重さ及び2.5cmの直径を有する4つの硬化スチールボールと共に、数グラムの粉末をミル粉砕ジャーに仕込んだ。回転速度は150rpmであった。実験の開始時に、ミル粉砕ジャーから排気し(真空化)、次いで選択された気体300kPaで充填した。試料の構造を、PANalytical X’Pert Pro回折計(CuKα線、λ=0.15418nm)を使用してX線粉末回折(XRD)で調べた。試料の形態を、走査電子顕微鏡(SEM、Supra 55VP)及び透過電子顕微鏡(TEM、JEOL 2100F)を使用して調べた。窒素含有量は、LECO TC 600酸素及び窒素検出器を用いて測定した。吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)分析は、オーストラリアのシンクロトロンセンターにて、炭素及び窒素端については50meV、ホウ素端については20meVの光子エネルギーのステップで行われた。Cypher走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて試料の表面摩擦力を測定した。BNナノシート試料を、90nmの酸化ケイ素で被覆されたシリコンウェハ上で、単結晶hBNを用いるスコッチテープ法によって剥離した。シリコンウェハ及びBN粒子を、350kPaの圧力で1日間、選択された雰囲気の密閉チャンバ内に配置した。これをSPMに移し、最長で1日間の異なる期間の後に、約10μm*5μmの試料の平坦な薄片について、摩擦力を測定した。2つの測定値の違いは、選択された雰囲気中と大気中との表面の摩擦偏差である。
【0033】
ナノシートの機械的特性の算出は、平面波基底Vienna Ab-initio Simulation Package (VASP)コードで実行される、PBE交換相汎関数及び射影補強波(PAW)法を用い、DFTを利用して行った。分散補正を、長距離のファンデルワールス相互作用を考慮して組み込んだ。500eVのカットオフエネルギーを平面波展開に使用し、5×5×1のMonkhorst-Pack k点メッシュを最初のブリュアンゾーンのサンプリングに使用した。23個の炭素原子及び気体分子(N2またはNH3)を有する欠陥グラフェンの単層及び20Åの真空を含むスーパーセルを使用して、周期画像間の相互作用を回避する。全ての幾何学構造は、エネルギー及び力がそれぞれ10-5eV及び0.005eV/Åに収束するまで、完全に緩和されていた。面内二軸歪み(ε)を格子ベクトルa及びbの方向に沿って0から20%まで加えた。ここで、ε=a/a0-1であり、式中、a及びびa0は、それぞれ欠陥グラフェンの歪み格子定数及び平衡格子定数である。
【0034】
結果と議論
激しいボールの衝撃の下では、材料は通常、本来の結晶構造が完全に失われるまでの激しい破断と塑性変形を被る。例えば、300kPaのArガス中におけるグラファイトのミル粉砕の場合には、図1aのX線回折(XRD)パターンは、わずか20時間のミル粉砕で完全に非晶質化する、グラファイトの結晶構造の典型的な漸進的無秩序化過程を示す。ボールミル粉砕後のグラファイトの同様の非晶質化が、既に文献に報告されている。図1bに示されるXRDパターンによって明示されるように、同様の圧力及びミル粉砕パラメータでのアンモニア(NH3)気体の別のミル粉砕雰囲気においては、Ar気体中のグラファイトの六方晶構造を破壊したミル粉砕エネルギーは、上記と同様の相変態を実現することができなかった。グラファイト構造は、20時間のミル粉砕後の試料から得たXRDパターンからも依然として明瞭に視認でき、これは70時間のさらなるミル粉砕の後でさえも消失しない。ミル粉砕時間が延長されるにつれて回折ピークの強度は減少し、また、グラファイト剥離の結果としてピークは広がるものの、XRDパターンは、ボールミル粉砕に伴う高エネルギー衝撃下においては、NH3気体が、グラファイト構造の無秩序化を減速させるかまたは防止することを明らかに示唆する。
【0035】
2つの異なる気体中でミル粉砕されたグラファイト試料については、異なる形態変化が観察された。図1の走査電子顕微鏡(SEM)画像は、NH3中でのミル粉砕の場合には、マイクロメートルサイズの出発グラファイトチップが、15時間のミル粉砕後には薄層/シートに変態することを示している(図1c)。横方向のシートサイズは数百ナノメートルである。さらなるミル粉砕処理は、30時間後でさえも試料形態を変化させない。Ar中でミル粉砕した試料においては、全く異なる形態が見られた。特に、15時間のミル粉砕後には、100nm未満の丸い粒子が生成した(図1d)。
【0036】
透過電子顕微鏡(TEM)分析は、異なる気体中でミル粉砕された試料の異なる構造及び形態を確認する。
【0037】
図1eは、NH3中で70時間ミル粉砕されたグラファイトの典型的なTEM画像を示す。ほとんどのナノシートは厚さが数ナノメートルであるが、遠心分離後には層がほとんどないグラフェンシートも観察される(図1g)。制限視野電子回折(SAED)パターンは、6回対称性を有する複数組の点を含み(図1eの挿入図)、ナノシートの損傷のない面内構造を示している。
【0038】
図1fの高解像度(HR)TEM画像は、単層ナノシートの良好な結晶性を示す。高速フーリエ変換(FFT)(図1fの挿入図)は六角形パターンの点群を示し、これは個々のナノシートが単結晶構造を有することを示している。図1fの逆FFT画像から、結晶構造がよく保持されていることが観察できる。XRD、SEM、及びTEMの結果により、NH3気体中での高エネルギーボールミル粉砕では、グラファイト粒子が、その面内構造を破壊されることなく薄いナノシートに剥離されることが確認される。全く対照的に、Ar気体中でのボールミル粉砕では、図1hの対応するTEM画像及びこれらの対応する回折パターン(挿入図)に示されるように、無秩序(アモルファス)構造のより小さな粒子が同時に生成する。
【0039】
同様のアプローチが他の材料にも有効かどうかを確認するために、六方晶(グラファイト)窒化ホウ素(h-BN)粉末も同様の条件下、2種の気体中でミル粉砕した。図2a及びbのh-BNのXRDパターンは、グラファイトと同様の傾向を示す。Ar中ではわずか20時間のミル粉砕後に、BNに非晶質化が見られる一方で、NH3雰囲気中では70時間のミル粉砕後でも、顕著な回折ピークからBNの六方晶構造が明確に視認できる(図2b)。同様の形態における相違が、図2c及び2dにおける対応のSEM画像に見られる。BNナノシートは、NH3中で20時間ミル粉砕した後に生成し、微細なナノサイズ粒子が、同一条件下で同一期間に亘るAr中でのミル粉砕の最終生成物である。TEM分析により、グラファイトの場合と同様に、NH3中でのミル粉砕により製造されたBNナノシートは優れた六方晶構造を有し(図2e)、その一方で、Ar中でのミル粉砕は非晶質ナノ粒子をもたらした(図2f)ことが確認される。最長70時間の長時間ミル粉砕は、図2g及び2hのSEM画像及びTEM画像によってそれぞれ明示されるように、NH3雰囲気中においてナノシート構造を破壊しなかった。
【0040】
図3は、MoS2のナノ小板が、20時間のミル粉砕後にArとNH3との両方の気体中で生成し、40時間のミル粉砕の後にも形態が変化しないことを示しており、このことは、40時間以下に亘ってミル粉砕された試料の同様のXRDパターンと矛盾しない(図3a及び3e)。
【0041】
図3gのTEM画像は、結晶構造を有する薄層を示す。従って、3原子層の厚さのMoS2は構造損傷に対してより復元力がある。S-S結合はMo-S結合よりも強固でないことから、MoS2は傾向としてより架橋し難い。しかしながら、100時間までのさらなるミル粉砕の間には、依然として異なる構造及び形態が見られる。60時間と100時間に亘ってミル粉砕された試料のXRDパターンを比較すると、Ar気体中でミル粉砕された試料のXRDパターンからはいくつかの回折ピークが欠けており、別のピークは、NH3気体中でミル粉砕された試料のパターンにおける対応のピークよりも弱く幅が広いことが観察され、このことは、Ar中でミル粉砕された試料中には無秩序な構造がより多く存在することを示している。
【0042】
図3d及び3hのSAEDパターンにより、NH3気体がMoS2ナノシートに対して同様の保護効果を有することが確認される。ナノ小板が、Ar気体及びNH3気体中の両方において短いミリ粉砕時間後に生成し、その構造は、長時間のミル粉砕中、アンモニア気体によって保護された。
【0043】
NH3の保護作用は、層の剪断よりもむしろ転位すべり(Si)及び脆性破壊(両方)によって変形する典型的な3D構造を有する、Si及びTiO2では効果があまり明白ではないことから、積層材料に対してより顕著である。これらの構造変化は、Ar及びNH3気体中でミル粉砕された後もほとんど同様である。これらの場合、ナノシートは製造されなかった。したがって、NH3気体は、アンモニアと反応することのできるナノシート構造を、高エネルギーミル粉砕の衝撃から保護すると考えられる。
【0044】
いくつかの異なる気体が同様のミル粉砕条件下で試験され、図4aのXRDパターンは、C2H4及びCH4中で20時間に亘りミル粉砕されたグラファイト試料が鋭い(002)回折ピークを有することを示す。約55°に観察される(004)回折は、c方向における良好な秩序を示している。一方、N2及びN2/H2混合物中でのボールミル粉砕は同様の効果を示さず、Ar中でミル粉砕された試料と同様に、非常に広い(002)回折ピークをもたらす。したがってC2H4及びCH4は、NH3と同様の作用を示す一方で、N2及びN2+H2はArと同様に保護を提供しない。SEM分析により、C2H4及びCH4気体中でグラファイトをミル粉砕した後に、ナノシートの形成が確認される。BNについては、C2H4気体中でのミル粉砕でもBNナノシートが生成するが、CH4(及びO2)はAr気体のように作用する。対応するXRDパターンを図4bに示す。
【0045】
図4aのXRDパターンもまた反応性水素気体の可能な役割を明らかにする。6MPaの非常な高圧の純粋水素気体が、グラファイトのボールミル粉砕中に保護効果をもたらし得ることが報告されている。 NH3、C2H4、及びCH4気体中でのミル粉砕の場合、高エネルギー衝撃(局所加熱)下におけるこれら気体の水素気体への完全な分解は、ミル粉砕中の密閉ミル粉砕チャンバ中において気圧が低く維持されることから、実質的に起こらなかった。反応は、ミル粉砕の結果としてダングリングボンドが生成する活性部位でのみ起こったようである。
【0046】
水素効果を明確にするために行われた、N2とH2との混合物中でのミル粉砕実験により、15%のH2の存在下では、わずか20時間のミル粉砕後に、(002)ピークが、NH3中で70時間に亘ってミル粉砕された試料のものよりも広くなることが示される(図1b)。しかしながら、N2、N2+5%H2、及びN2+15%の気体中で粉砕された試料のXRDパターンの比較では、雰囲気中のH2含有量の増加と共に(002)の広がりが減少することが示される。したがって、水素気体はある程度の保護効果を有する可能性があるが、NH3ほど顕著ではない。
【0047】
XRDパターンを注意深く分析すると、バルク(マイクロメートルサイズの)材料については、材料中の欠陥の濃度が依然として低いミル粉砕の開始時には、ミル粉砕雰囲気が様々に異なることは顕著な効果を示さないようである。図5aは、図1a及び1bの(002)面の回折ピーク幅から導き出される、ミル粉砕時間の関数としての結晶サイズの減少を示す。グラファイトの粒径がいずれの気体においても最初の10時間以内に急激に減少し、フレークの厚さが約50nmに減少するまではこれらの間にほとんど差がないことが観察される。さらなるミル粉砕中に、ナノシートが形成され、NH3気体中で徐々に薄くなる一方で、Ar気体中では、グラファイトの粒径は減少し続ける。明らかに、ナノシートの形成を促進し、さらにまた高エネルギーボールミル粉砕によって引き起こされる損傷からこれらを保護する気体がある。
【0048】
図5bにプロットされているように、70時間に亘るミル粉砕の全過程の間、300kPaから160KPaへのNH3気体の著しい圧力降下が密閉ミル粉砕チャンバ内で観察されたが、Ar気体中では圧力変化は観察されなかった。圧力低下は、新たに生成した表面への気体吸収によって説明することができ、これは、ミル粉砕された試料中の含有量が徐々に2.6質量%まで増加した(図5b)、窒素の存在によって確認される。アンモニアの圧力低下もまた、別の材料の粉砕中に観察された。しかしながら、連続的な減圧は、ミル粉砕過程全体に亘る表面積の変化と相関しない。
【0049】
図5cは、グラファイトの表面積がミル粉砕の開始時に急速に増大し、10時間後には約52m2/gの最大値に達し、その後ミル粉砕の衝撃下で起こる凝集体の形成のために43m2/gに減少することを示す。表面積の結果は、10~15時間のミル粉砕処理後にナノシートが製造されたことを示唆しており、効率的な製造方法であることを示している。表面積は、70時間までのさらなるミル粉砕の間ほぼ一定であり、一方ではNH3気体圧は連続的に減少して、炭素上への化学吸着を示唆する。特にさらなるミル粉砕の間に、NH3分子の化学吸着が起こり得る。
【0050】
Ar気流中において、熱重量分析計(TGA)中でミル粉砕試料の加熱を行い、吸収性を試験した。表面に物理吸着したガス分子は200℃以下で除去することができるが、NH3中でミル粉砕された試料を、200℃以上における3.2質量%のさらなる重量損失に示される通り、350℃まで脱気した。余分のNH3が、ボールミル粉砕によって生じた端部または空隙に化学吸着される可能性がある。ナノシートにおそらく存在する破壊された端部は、強力な化学結合の形成を伴う気体分子の化学吸着のための好ましい位置として作用する。TGAの結果及びミル粉砕過程全体に亘るアンモニア気体の連続的な減少は、ナノシート上で起こる優れた気体吸着を示しており、これはナノシート構造及び形態を保護するために重要な役割を果たす可能性がある。
【0051】
吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)分光法を用いてさらなる分析を行い、グラファイトナノシート上へのアミンまたは窒素の付着を見出した。図5dは、NH3中でのそれぞれ5、20、及び70時間に亘るミル粉砕後のグラファイトのN K-edge NEXAFSスペクトルを示す。各スペクトルは、3つの比較的鋭いπ共鳴及びより高いエネルギーでの広いσピークを有する。3つのπ共鳴は、4つの可能な化学的環境における窒素原子を表す。低エネルギーから高エネルギーの順で、これらは398.7eVのピリジン窒素(青色ピーク1)、いずれも399.9eVのピロール窒素とアミン(赤色ピーク2)、及び401.4eVのグラファイト窒素(緑色ピーク3)である。エネルギーが同等であるためにピロール窒素をアミンと区別することは困難であるが、NH3中で異なる時間に亘ってミル粉砕されたグラファイトのスペクトル間の比較により、NH3中でミル粉砕されたグラファイト由来の3つのサブピークの強度は、ミル粉砕過程共に増大することが暗示されており、これは、図5bの窒素試験の結果と一致する。ピロール窒素/アミン及びグラファイト窒素のより強いピークは、NH3分子が分解され、炭素上にアミン及び窒素官能基を生成することを示唆する。
【0052】
ナノシートの機械的強度に対するこの官能化の影響を、グラフェンシートに対して密度汎関数理論(DFT)を用い、異なるガス(N2及びNH3)中で理論的に調べた。図6aは、機械的特性を算出するために使用された欠陥グラフェンモデル(グラフェンシート中に単一の原子空孔)を示す。図6dは、吸着したNH3の存在下における欠陥グラフェンについて、応力の変化を二軸歪みの関数としてプロットしている。計算により、欠陥グラフェンの破砕に必要な臨界歪みは約14%であるが、N2の吸着により13.2%に低減されることが示される。対照的に、同じ部位にNH3吸収を有する欠陥グラフェンの破砕に必要な臨界歪みは、15.6%に増大する。N2とNH3が付着したグラフェンシートの機械的強度の注目すべき違いを調査するために、歪みの異なる欠陥グラフェン上のN2とNH3の吸着配置を調べた。計算結果は、欠陥グラフェンへのNH3付着の吸着熱力学と動力学は、歪みの下で有意に相違し得ることを示す。1%の歪みの下では、吸収されたNH3分子はまずNH2及びHラジカルに解離し(図6b)、その後歪みが4%に増加すると、活性化障壁なしにNH2基はさらにNHとH原子に解離し、機械化学的反応が確認される(図6c)。不飽和結合を有する端部部位の全ての炭素原子は、解離したNH及びH原子によって飽和する。対照的に、N2は、三重N≡N結合における大きな結合エネルギーのために、破砕されるまではN2分子が解離することはなく、欠陥グラフェン上に物理吸着されたままである。したがって、実験的に観察された異なる気体(特にN2とNH3)中の強度の違いは、N2及びNH3分子の吸着及びこれらの炭素との相互作用の間の大幅な相違に起因すると考えられる。機械化学的過程は、確かにこれらの場合に役割を果たす。欠陥グラフェン上へのNH3の吸着と同様に、NH3の付着は、欠陥BN単層中の機械的強度を13.6%から14.4%に高めることが判明した。
【0053】
BNナノシートに対するNH3の可能な潤滑化効果を、様々な気体中におけるナノシートの摩擦力を水平力顕微鏡を用いて測定することによって調査した。使用された原子間力顕微鏡ではNH3雰囲気中の摩擦をin situで測定することが不可能なため、BNナノシートを最初に350kPaの圧力で24時間に亘ってNH3気体に曝し、その後直ちに周囲条件下に取り出して摩擦力測定を行い(図7a)、24時間後に同一試料に2回目の測定を行い、摩擦の変化を調べた(図7b)。BNナノシートの表面摩擦力は、1日間空気中に放置した後に2.6から4.2mVに(約60%以上)増大する。摩擦の増大は、24時間空気中に曝した後にナノシート表面からNH3気体が放出されたためであろう。これらの結果は、NH3気体が、表面潤滑剤として機能し、BNナノシートとミル粉砕体との間の摩擦を低減して、ボールミル粉砕過程でナノシートに適用される剪断力を低減することを示唆している。C2H4中でのBNナノシート表面の摩擦力増大は1.96mVである。Ar中で測定された摩擦力の変動は、わずか0.29mVであり、すなわち空気中での摩擦力と比較した場合、大きな変化ではなかった。
【0054】
理論に拘束されることを望むものではないが、これらの結果は、NH3及びC2H4の保護効果を部分的に説明しうるものであり、これは、高エネルギー衝撃下におけるナノシートの平坦且つ変形のない挙動の要因である可能性があるが、ダングリングボンドの飽和が、高エネルギー衝撃下でも構造損傷が回避される主な理由であろう。
【0055】
ボールミル粉砕中のNH3分子の実質的な解離は、金属窒化物及びBNナノチューブの機械的化学合成のための、NH3中での金属粉末(Zr、Ti、及びMg)またはBの粉砕の場合に、以前に報告されている。最近の場合では、圧力は低いままであり、水素原子は、ミル粉砕チャンバ内に放出される代わりにナノシート上に吸収されると考えられている。したがって、理論的に予測されるアンモニア解離及び付着が可能である。
【0056】
グラファイトをメラミンと共にボールミル粉砕して層のほとんどないグラフェンフレークを製造する場合、おそらく同様の機構が作用する。ダングリングボンドの飽和は、高エネルギー衝撃下において構造損傷が回避される主な理由である。欠陥が生じると、グラフェン(またはBN)層の架橋が起こり、グラファイトフレークの剪断が不可能になり、材料の破断及び断片化を招き、これが新たな不飽和結合を作り出すなど、非常に無秩序で、非晶質でさえある構造が生成する。
【0057】
反応性アンモニアまたは炭化水素環境中における化学吸着及び機械的化学反応により、ナノシートは構造的損傷を自己修復することができるようであり、このことは、バルク結晶のナノシートへの剥離を助け、さらにこれらの面内構造を保護する。SEM及びTEM分析により、大部分のナノシートが平坦なままであり、激しい塑性変形(折り畳みまたはねじれ)または層間の架橋を受けないことが判明した。これらの気体分子は、欠陥及び端部に化学吸着し、ダングリングボンドを飽和させ、グラフェンまたはBN層の架橋及びさらなる損傷を防ぐ。したがって、ナノシートは、高エネルギーボールミル粉砕条件下でさえも破壊されないままである。DFTは、アンモニアの存在下における化学結合を支持する。応力下では、NH3は分解されてNHx基を形成し、これはBN中でCまたはBラジカルと結合を形成しうる。N2及びH2の場合には、物理吸着のみが起こるが、CまたはBとの化学結合は、二原子分子の破壊にはより高いエネルギーが必要なために困難である(N-N結合の解離エネルギーは945kJ/モルである)。したがって、N2は保護効果を示さない。C2H4及びCH4の分解は、C-H結合の比較的低い解離エネルギー(400~460kJ/モル)のために比較的容易であり、したがって同様の保護効果が観察される。
【0058】
現在の場合、純粋なグラフェンナノシートは、炭化水素気体中でグラファイトをボールミル粉砕することによって製造されている。さらに、BN及びMoS2ナノシートの製造は、機械的化学を使用して成功している。したがって、積層材料の機械的化学処理は、20時間未満の短いミル粉砕時間を採用して、かなり低密度の欠陥を有するナノシートを大量生産するための、新たな一般的アプローチを提供する。ナノシートは、固体潤滑剤、ポリマーへの添加剤、電池電極、及び、大量の多層2Dフレークまたはナノシートが必要とされる他の多くの用途に使用することができる。
【0059】
グラフェン、BN、及びMoS2のナノシートが、高エネルギーボールミル粉砕の下でNH3、C2H4及びCH4気体によって保護される一方、試料ミル粉砕過程では、Ar、N2、及びO2中で非晶質または高度無秩序ナノ粒子が生成した。こうした違いが、優れた気体吸収性及びミル粉砕の間に形成されたダングリングボンドと反応性気体との機械的化学反応及び反応性種の化学吸着のために、結合を終端し、架橋結合の形成により層の架橋を防止すると考えられる。反応性気体中でのこのミル粉砕過程は、大量の様々なナノシートを製造するために使用することができる。
【0060】
(実施例2)
高エネルギーボールミルで製造した、炭素と及び窒素でドープしたWS2ナノシート
二硫化タングステン(WS2)をエチレン(C2H4)及びアンモニア(NH3)中でミル粉砕して、NまたはCドープWS2ナノシートを製造した。XRDパターン(図8(a)及び(d))から、ピークがより広く且つより弱くなり、積層構造がミル粉砕100時間まで同じままあることが示唆される。図8(c)は、NH3中で30時間のミル粉砕の後の薄層を有する積層構造WS2を示す。ミル粉砕時間が長くなるにつれて圧力は低下し、エチレン及びアンモニア気体中でそれぞれミル粉砕された試料中の炭素及び窒素含有量は増加する(図8(b)、8(e))。炭素含有量が、C2H4中で100時間に亘ってミル粉砕されたナノシート試料中で約21原子%である一方で、窒素含有量は、NH3中で100時間粉砕した試料中で約9原子%である。さらなる調査のために、エネルギーフィルタTEM(EFTEM)を使用して試料中の元素分布を可視化した。図8(f)に示すように、孔開カーボン膜の孔の上に懸架された試料の一部をEFTEMマッピングの場所として選択した。これにより、エチレン気体中でミル粉砕されたWS2中に炭素が存在することが確認された。
【0061】
合成及び特性評価
試料は以下のように調製した。二硫化タングステン(WS2-Sigma Aldrich)を出発材料として使用した。4グラムの材料及びそれぞれ25.4mmの直径を有する4つの硬化スチールボールを、ステンレススチールミル粉砕容器に仕込んだ。次いでミル粉砕容器から排気し、開始圧力310kPaで反応性気体(エチレン(C2H4)またはアンモニア(NH3))を充填した。外部磁石と組み合わせた高エネルギーボールを使用して、160rpmの回転速度でミル粉砕した。
【0062】
電流30mAで40kVで動作させたPANalytical X’Pert Pro回折計(CuKα線、λ=0.15418nm)を使用して、焼成試料の結晶構造及び相及び配列をX線回折(XRD)によって調査した。XRDデータを、10~70°の範囲に亘って、それぞれ150秒及び0.02のステップ時間及びステップサイズで記録した。化学組成を、エネルギーフィルタTEM(EFTEM)で分析した。結晶構造を、加速電圧200kVで透過電子顕微鏡(TEM、JEOL 2100F)によって調査した。
【0063】
(実施例3)
グラフェンと窒化ホウ素との複合ナノシートの合成、及び潤滑剤におけるその使用
1.実験
直径40μm未満の市販のグラファイト及びh-BN粉末を出発粒子として選択し、最適化された高エネルギーボールミル粉砕過程を実施して、グラファイトとh-BNとの複合ナノシートをアンモニア雰囲気中で製造した。グラファイトとh-BNとの質量比が1:1の、グラファイトとh-BNとの混合物を、スチールバイアルに数グラム加えた。ボール対粉末の質量比64:1で25mmスチールボールもバイアルに仕込んだ。回転速度は140rpmであった。バイアルを密封し、310kPaのアンモニア(NH3)気体で満たした。
【0064】
得られたナノシートの構造を、X線粉末回折(PANalytical X’Pert Powder、CuKα線、λ=0.15418nm)を利用して調べた。走査電子顕微鏡(Hitachi S4500 Zeiss Supra 55VP)及び透過電子顕微鏡(JOEL JEM-2100F)を使用して、複合ナノシートの形態及び構造を特徴付けた。試料の化学組成を調べるために、JEOL JEM-2100F装置に取り付けられたGatan Quantum ER 965 Imaging Filterを用いて、電子エネルギー損失分光法(EELS)及びエネルギーフィルタ透過電子顕微鏡(EFTEM)法を行った。EELSスペクトルは、画像化結合モード(imaged-coupled mode)(TEMは選択領域回折開口によって画定される関心領域で回折モードであった)で取得し、元素マップは3ウィンドウ法を使用して取得した。
【0065】
2.結果及び議論
2.1 複合ナノシート合成
図9は、異なる期間にわたってミル粉砕されたグラファイトとBNとの混合物のXRDスペクトルを示す。1時間に亘ってボールミル粉砕された後、グラファイトとBNとの混合物のXRDスペクトルは、26°と27°の間に2つの強い(002)特徴ピークを示す。市販のグラファイト及びBNのXRDスペクトルを参照することにより、26.5°に位置するピークはグラファイトに由来し、26.7°のピークはBN相に属すると認定できる。同様に、2つの顕著な(004)ピークが54°と56°の間に位置し、54.5°に位置するピークはグラファイトに属し、55°のピークはBNに属する。ミル粉砕時間が長くなるにつれて、典型的な六方晶構造の特徴的ピーク(002)及び(004)は、サイズ低減のために弱くなり且つ広がる。(100)、(101)、(004)のピークはほとんど消失する。この結果は、20時間または40時間に亘るボールミル粉砕後には、出発粒子の厚さ対サイズ比が減少し、ナノシートがバルク材料から剥離されたことを示唆する。さらに、2つの個別の(002)及び(004)が組み合わさって1つのピークとなっており、このことは、均質なグラファイトとBNのナノシートが組み合わさってグラファイト/BN複合ナノシートとなったことを明示した。
【0066】
SEM画像は、図10に示されるように、異なるボールミル粉砕時間後に合成された複合ナノシートの形態を明らかにする。薄いカーボンコーティングを用いて、絶縁性BN試料からの帯電効果を低減した。BNとグラファイトの混合物を1時間に亘りボールミル粉砕した後、図10(a)に示される通り、粒子は密集して塊状であり、直径は依然として2μm超であった。しかしながら、ミル粉砕時間が増大するにつれ、積層構造がより完全に剥離された。20時間に亘るミル粉砕の後、図10(b)には、大きな表面を有しサイズが均一なナノシートが明確に識別できる。複数の複合ナノシートが、明瞭な端部をもって緩く積み重なっており、ナノシートの直径は200nmよりも大である。ミル粉砕を40時間にまで延長した後、図10(c)に示される通り、個々の複合ナノシートのサイズはさらに縮小され、ナノシートの直径は約100nmであった。40時間に亘るボールミル粉砕の後、グラファイト/BN複合ナノシートは密に重なってその境界は目立たず、個々の複合ナノシートが凝集してクラスターを形成したようである。出発粒子はボールミル粉砕操作中に剪断力及び破砕力を受けた。せん断力は、バルク材料を剥離してナノシートとする、弱い層間ファンデルワールス結合を剪断する原因となるため、過度のミル粉砕時間、例えば40時間では、個々のナノシートのサイズがさらに減少し、ナノシートは強固に凝集した。
【0067】
グラファイト/BN複合ナノシートを、前述と同じ最適化ボールミル粉砕条件での20時間のボールミル粉砕過程によって製造した。図10(d)は、低電圧で得られ観察されるグラファイト/BN複合ナノシートのSEM画像である。100nm未満の直径を有する絶縁性BNナノシート(白い領域)が、濃色のグラファイトナノシート上に均一に分配されて積層複合構造を形成していることは明らかである。
【0068】
グラファイト/BN複合ナノシートの微細構造をさらに明らかにするために、20時間ミル粉砕試料をTEM及びEELSを用いて調査した。図11(a)は、多孔質カーボン膜上に懸架された複合ナノシートの端部を示す。複数のナノシートが不規則に積み重なっていることが明確に識別でき、透明性の高い領域は、その領域で積み重なっているナノシートが少ないこと、またその逆も然りであることを示す。複合ナノシートの厚さは、図11(b)に示される高倍率TEM画像で観察されるように構造の側面図から推定できる。個々のグラファイトまたはBNナノシートは、それぞれ約10のグラフェンまたはBNの単層から構成されており、複合ナノシートの典型的な厚さは10nm未満のようである。図11(c)のEELSスペクトルは、B、C及びNの元素端を示しており、これは、複合ナノシートがBN及びグラフェンによって確立されたことを示している。
【0069】
エネルギーフィルタTEM(EFTEM)を用いて、試料中の元素分布を可視化した。図12(a)に示されるように、多孔質カーボン膜の孔の上に懸架された試料の一部を、EFTEMマッピングのための場所として選択した。元素の分布は、エネルギーフィルタ画像(図12(b))に示され、ここでは、ホウ素は濃色で示され、炭素は明色で表示される。ホウ素及び炭素の個々のエネルギーフィルタマップを図12(c)及び(d)に示す。炭素及びホウ素のマップによれば、これらの領域は互いに重なり合っており、グラファイトナノシート及びBNナノシートを識別することができる。複合ナノシートは、複数のグラファイトナノシートとBNナノシートを共に積層することで構成されていると結論付けることができる。
【0070】
この実施例は、グラファイト/BN複合ナノシートの大量生産が、アンモニア気体中でのグラファイト及びh-BN粉末からの高エネルギーボールミル粉砕により達成可能であることを示す。複合ナノシートのサイズ及び形態は、ミル粉砕時間の異なる期間に影響を受け、これによりさらに潤滑特性に影響を及ぼした。複合ナノシートは、均質ナノシートよりも優れた潤滑特性を有する。これは、グラフェンとBNナノシートとの間の相互作用がより強く、よって潤滑添加剤としての鉱物基油の潤滑特性を効果的に向上させることができるためであると考えられている。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【手続補正書】
【提出日】2022-03-24
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
積層構造を有するバルク結晶材料のナノシート又はドープされたナノシートを製造する方法であって、アンモニア及び炭化水素から選択される反応性気体の存在下で前記バルク結晶材料をボールミル粉砕して、10nm未満の厚さを有するナノシート又はドープされたナノシートを製造する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記材料が、グラファイト、窒化ホウ素、二硫化モリブデン、または二硫化タングステンから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記炭化水素気体が、メタン、エタン、エテン、エチン、及びプロパンから選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
記ボールミル粉砕が、反応性気体の混合物を使用して行われドープされたナノシートを製造する、請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
記ボールミル粉砕が、バルク結晶材料の混合物を使用して行われ、複合ナノシートを製造する請求項1からのいずれか一項に記載の方法。
【外国語明細書】