(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022076410
(43)【公開日】2022-05-19
(54)【発明の名称】悪性末梢神経鞘腫瘍の診断マーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20220512BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220512BHJP
【FI】
G01N33/574 A
G01N33/53 D
G01N33/53 Y
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020186829
(22)【出願日】2020-11-09
(71)【出願人】
【識別番号】307014555
【氏名又は名称】北海道公立大学法人 札幌医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】特許業務法人IPアシスト特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼澤 啓
(72)【発明者】
【氏名】江森 誠人
(72)【発明者】
【氏名】車野 晃大
(72)【発明者】
【氏名】小山内 誠
(57)【要約】 (修正有)
【課題】悪性末梢神経鞘腫瘍と神経線維腫との判別に有用な手段を提供する。
【解決手段】被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、インスリン様成長因子2-mRNA結合タンパク質2(IGF2BP2)及びパラジンのうちの少なくとも一方のタンパク質を検出することを含む、被験者が悪性末梢神経鞘腫瘍に罹患している可能性を評価する方法。IGF2BP2に対する特異抗体及びパラジンに対する特異抗体のうちの少なくとも一方を含む悪性末梢神経鞘腫瘍の診断において使用するための検査キット。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、インスリン様成長因子2-mRNA結合タンパク質2(IGF2BP2)及びパラジンのうちの少なくとも一方のタンパク質を検出することを含む、被験者が悪性末梢神経鞘腫瘍に罹患している可能性を評価する方法。
【請求項2】
被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、IGF2BP2及びパラジンのうちの少なくとも一方のタンパク質を定量的又は半定量的に検出する工程、
検体中のタンパク質の定量値又は半定量値とカットオフ値とを比較する工程であって、前記カットオフ値が、悪性末梢神経鞘腫瘍病変及び神経線維腫病変のそれぞれから採取された検体中の対応するタンパク質の定量値又は半定量値に基づいて設定される値である、前記工程、並びに
検体中のタンパク質の定量値又は半定量値がカットオフ値を上回る場合、検体中の神経性腫瘍は悪性末梢神経鞘腫瘍である可能性が高いと評価する工程
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
検体中のIGF2BP2及びパラジンのうちの少なくとも一方のタンパク質を、免疫染色法によって染色強度又は免疫反応性スコアとして半定量的に検出する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
IGF2BP2に対する特異抗体及びパラジンに対する特異抗体のうちの少なくとも一方を含む、悪性末梢神経鞘腫瘍の診断において使用するための検査キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、悪性末梢神経鞘腫瘍の診断に有用な新規バイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
悪性末梢神経鞘腫瘍(malignant peripheral nerve sheath tumor; 以下、MPNSTと表す)は、末梢神経の神経鞘から発生する予後不良な悪性腫瘍であり、その半数は神経線維腫症1型(neurofibromatosis type 1; 以下、NF1と表す)患者に生じる神経線維腫(neurofibroma; 以下、NFと表す)から悪性転化したものである。MPNSTは、従来の化学療法に抵抗性で、外科的切除が現在唯一の治療法であることから、その治療にあたっては精度の高い診断が求められる。しかしながら、実際には、1つの病変の中にMPNSTとNFとが隣接して存在する症例も多く、診断に難渋することも多い。
【0003】
MPNSTとNFとを病理組織学的に鑑別するための因子として、細胞密度の増加、核腫大、核クロマチンの増量、核分裂像などが挙げられる。しかしながら、これらの因子の判定は観察者の主観によるところが大きく、観察者間の一致率は低いのが現状である。
【0004】
最近、H3K27me3(ヒストンH3の27番目のリジン残基がトリメチル化されたもの)を選択的に認識する抗体が、MPNSTとNFとの鑑別に有用であるとの報告がなされた(非特許文献1及び2)。しかしながら、その後、MPNSTの半数程度はH3K27me3陰性であるとの報告がなされたこともあり(非特許文献3及び4)、H3K27me3の診断マーカーとしての可能性について一定の見解が得られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Prieto-Granada CN, et. al., Am. J. Surg. Pathol. 2016; 40; 479-489.
【非特許文献2】Schaefer IM, et. al., Mod. Pathol. 2016; 29; 4-13.
【非特許文献3】Arjen H.G. Cleven, et. al., Mod Pathol. 2016 June ; 29(6): 582-590.
【非特許文献4】Asano N, et. al., Histopathology 2017, 70, 385-393.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、MPNSTとNFとの判別に有用な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、インスリン様成長因子2-mRNA結合タンパク質2(Insulin Like Growth Factor 2 mRNA Binding Protein 2; 以下、IGF2BP2と表す)及びパラジン(Palladin; 以下、PALLDと表す)が、NFと比較してMPNSTにおいて高発現していることを見出し、以下の発明を完成させた。
【0008】
(1) 被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質を検出することを含む、被験者が悪性末梢神経鞘腫瘍に罹患している可能性を評価する方法。
(2) 被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質を定量的又は半定量的に検出する工程、
検体中のタンパク質の定量値又は半定量値とカットオフ値とを比較する工程であって、前記カットオフ値が、悪性末梢神経鞘腫瘍病変及び神経線維腫病変のそれぞれから採取された検体中の対応するタンパク質の定量値又は半定量値に基づいて設定される値である、前記工程、並びに
検体中のタンパク質の定量値又は半定量値がカットオフ値を上回る場合、検体中の神経性腫瘍は悪性末梢神経鞘腫瘍である可能性が高いと評価する工程
を含む、(1)に記載の方法。
(3) 検体中のIGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質を、免疫染色法によって染色強度又は免疫反応性スコアとして半定量的に検出する、(1)又は(2)に記載の方法。
(4) IGF2BP2に対する特異抗体及びPALLDに対する特異抗体のうちの少なくとも一方を含む、悪性末梢神経鞘腫瘍の診断において使用するための検査キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明が提供する診断マーカーIGF2BP2及びPALLDを利用することにより、MPNSTをNFから判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】ヘマトキシリン・エオジン染色(図上段)、PALLDに対する特異抗体を用いた免疫組織染色(図中段)、又はIGF2BP2に対する特異抗体を用いた免疫組織染色(図下段)を行った、NF(1症例)及びMPNST(4症例)のFFPE切片の顕微鏡観察像を示す。
【
図2】PALLDに対する特異抗体を用いた免疫組織染色により得られた免疫染色の強度及び免疫反応性スコア(Immunoreactive Score、IRS)をプロットしたドットチャート(図上段)、並びにこれらのデータに基づいて作製されたROC曲線(図下段)を示す。
【
図3】IGF2BP2に対する特異抗体を用いた免疫組織染色により得られた免疫染色の強度及びIRSをプロットしたドットチャート(図上段)、並びにこれらのデータに基づいて作製されたROC曲線(図下段)を示す。
【
図4】生検材料及び手術材料のそれぞれから作製したMPNSTのFFPE切片に対して、IGF2BP2に対する特異抗体を用いた免疫組織染色を行って得られた免疫染色の強度をプロットしたドットチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態又は具体例に基づくことがあるが、本発明はそのような実施形態又は具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において、各数値範囲の上限値及び下限値は任意に組み合わせることができる。また、本明細書において「~」又は「-」を用いて表される数値範囲は、特に断りがない場合、その両端の数値を上限値及び下限値として含む範囲を意味する。
【0012】
本発明の第1の態様は、被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質を検出することを含む、被験者がMPNSTに罹患している可能性を評価する方法に関する。
【0013】
検体
本発明においては、被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体が用いられる。検体は、MPNSTへの罹患が疑われる被験者、例えばNF1患者等において神経系に発生した腫瘍病変を、外科的に切除することによって、又はバイオプシーによって採取することができる。被験者から採取された検体は、タンパク質の検出のための一般的な前処理を施した後に用いてもよく、あるいはホルマリン固定等の一般的な保存処理を施した後に用いてもよい。
【0014】
マーカータンパク質
IGF2BP2は、インスリン様成長因子2(IGF2)をコードするmRNAの5'末端側非翻訳領域に結合してmRNAからの翻訳を制御するタンパク質である。IGF2BP2には6個のアイソフォームが存在することが知られている。ヒトIGF2BP2アイソフォーム1~6のアミノ酸配列は、UniProtにそれぞれアクセッション番号Q9Y6M1-2、Q9Y6M1-1、Q9Y6M1-3、Q9Y6M1-4、Q9Y6M1-5及びQ9Y6M1-6として登録されている。
【0015】
PALLDは、アクチン含有マイクロフィラメントの成分であり、細胞の形状、接着、収縮の制御に関与する細胞骨格タンパク質である。PALLDには9個のアイソフォームが存在することが知られている。ヒトPALLDアイソフォーム1~9のアミノ酸配列は、UniProtにそれぞれアクセッション番号Q8WX93-1、Q8WX93-2、Q8WX93-3、Q8WX93-4、Q8WX93-5、Q8WX93-6、Q8WX93-7、Q8WX93-8及びQ8WX93-9として登録されている。
【0016】
本発明においては、検体中に存在する、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方、すなわちIGF2BP2又はPALLDのいずれか一方又は両方のタンパク質が検出される。以下、IGF2BP2及びPALLDのタンパク質を総称としてマーカータンパク質と呼ぶ。
【0017】
マーカータンパク質の検出
検体中のマーカータンパク質は、生物学的試料中の目的タンパク質を検出することが可能な一般的な方法によって、例えば、マーカータンパク質に対する特異抗体又はその誘導体を用いたイムノアッセイによって検出することができる。イムノアッセイの例としては、組織又は細胞の免疫染色、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、イムノブロッティング、イムノクロマトグラフィー等を挙げることができる。イムノアッセイは、当業者に公知又は周知の方法によって、例えばThe Immunoassay Handbook: Theory and Applications of Ligand Binding, ELISA and Related Techniques (4TH), Elsevierの記載を参照して行うことができる。
【0018】
マーカータンパク質に対する特異抗体、すなわちIGF2BP2に対する特異抗体及びPALLDに対する特異抗体は、それぞれIGF2BP2に特異的に結合する抗体及びPALLDに特異的に結合する抗体と表すこともできる。本発明において、マーカータンパク質に対する特異抗体とは、非標的タンパク質よりもマーカータンパク質に優先的に結合する抗体である。マーカータンパク質に対する特異抗体は、マーカータンパク質に高い結合親和性を有する抗体と表すこともでき、非標的タンパク質とのアフィニティーよりも少なくとも2倍強い、好ましくは少なくとも10倍強い、より好ましくは少なくとも20倍強い、最も好ましくは少なくとも100倍強いアフィニティーを有して、マーカータンパク質に結合することができる。抗体がマーカータンパク質の存在を、望まれない結果、典型的には偽陽性又は偽陰性等を生じることなく検出することができるならば、当該抗体はマーカータンパク質に対する特異抗体であると考えられる。
【0019】
IGF2BP2に対する特異抗体は、ヒトIGF2BP2のアイソフォーム1~6に共通するアミノ酸配列を認識し、これらのアイソフォームに特異的に結合する抗体であることが望ましい。このような抗体は、ヒトIGF2BP2のアイソフォーム1~6に共通するアミノ酸配列を有するペプチドを抗原として用いることで作製することができる。例えば、IGF2BP2 (F-12): sc-377014(Santa Cruz Biotechnology)は、ヒトIGF2BP2のアイソフォーム1~6に共通する367~436番目のアミノ酸配列を認識し、これらのアイソフォームに特異的に結合する抗体である。
【0020】
PALLDに対する特異抗体は、ヒトPALLDのアイソフォーム1~5及び7~9に共通するアミノ酸配列を認識し、これらのアイソフォームに特異的に結合する抗体であることが望ましい。このような抗体は、ヒトPALLDのアイソフォーム1~5及び7~9に共通するアミノ酸配列を有するペプチドを抗原として用いることで作製することができる。例えば、Palladin (D9H2) Rabbit mAb #8518(Cell Signaling Technology)は、ヒトPALLDのアイソフォーム1~5及び7~9に共通する1043番目のプロリン周辺のアミノ酸配列を認識し、これらのアイソフォームに特異的に結合する抗体である。
【0021】
マーカータンパク質に対する特異抗体は、例えばマウス、ラット、サメ、ウサギ、ブタ、ハムスター、ラクダ、ラマ、ヤギ又はヒトを包含する任意の種を起源とすることができる。また特異抗体は、免疫グロブリン分子の任意のクラス(例としてIgG、IgE、IgM、IgD又はIgA)及びサブクラスのものであることができるが、IgGであることが好ましい。
【0022】
本発明において、マーカータンパク質の検出のために用いられる特異抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。
【0023】
マーカータンパク質に対する特異抗体の誘導体は、上記抗体に由来する、抗原と特異的に結合する能力を保持した抗体の部分断片として定義される抗原結合性断片、例えばFab(fragment of antigen binding)、Fab'、F(ab')2、一本鎖抗体(single chain Fv)、ジスルフィド安定化抗体(disulfide stabilized Fv)及びCDRを含むペプチド等であり得るが、これらには限定されない。
【0024】
マーカータンパク質に対する特異抗体及びその誘導体は、当業者に公知の方法を用いて作製することができる。例えば、前述のデータベースに登録されているIGF2BP2又はPALLDのアミノ酸配列又はこれをコードするDNAの塩基配列に基づいて遺伝子工学的手法によりIGF2BP2又はPALLDを作製し、これを抗原として適当な動物に免疫することで、さらに当該動物のB細胞をミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマを得ることで作製することができる。ハイブリドーマ法については、例えばMeyaard et al. (1997) Immunity 7:283-290; Wright et al. (2000) Immunity 13:233-242; Kaithamana et al. (1999) J.Immunol. 163:5157-5164等を参照されたい。また、例えば前出のIGF2BP2 (F-12): sc-377014(Santa Cruz Biotechnology)等の市販の抗IGF2BP2特異抗体又は前出のPalladin (D9H2) Rabbit mAb #8518(Cell Signaling Technology)等の市販の抗PALLD特異抗体、さらにはこれらの抗体のCDR配列と同じ又は配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列をCDR配列として含む抗体や、これらの抗体の重鎖可変領域及び軽鎖可変領域のアミノ酸配列と同じ又は配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を重鎖可変領域及び軽鎖可変領域として含む抗体も利用可能である。
【0025】
マーカータンパク質に対する特異抗体及びその誘導体は、適当な標識化合物によって標識してもよい。標識化合物の例としては、蛍光物質(例えばFITC、ローダミン等)、金コロイド等の金属粒子、Luminex(登録商標、ルミネックス社)等の蛍光マイクロビーズ、色素タンパク質(例えばフィコエリトリン、フィコシアニン等)、放射性同位体(例えば3H、14C、32P、35S、125I、131I等)、酵素(例えばペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、ビオチン、ストレプトアビジンを挙げることができる。
【0026】
マーカータンパク質の検出は、定性的に行われてもよく、定量的に行われてもよく、半定量的に行われてもよい。ここでマーカータンパク質の定性的な検出とは、検体中にマーカータンパク質に含まれるか否かを調べることを意味する。また、マーカータンパク質の定量的な検出とは、検体中のマーカータンパク質の存在量を正確な数値として測定することを意味する。さらに、マーカータンパク質の半定量的な検出とは、定量的検出のように正確な数値として測定するのではなく、検体中のマーカータンパク質の存在量のおおよその程度を調べることを意味する。
【0027】
マーカータンパク質の定量値又は半定量値は、検出方法に応じて、絶対値で表してもよく、又は内部標準に対する相対値で表してもよい。例えば、マーカータンパク質の定量値又は半定量値は、β-アクチン、GAPDH、β-チューブリン等のタンパク質の定量値又は半定量値に対する相対値で表すことができる。また、マーカータンパク質の定量値又は半定量値は、標識された特異抗体を用いてマーカータンパク質を検出する場合、マーカータンパク質と特異抗体との複合体に対応する標識化合物由来シグナルの強度に基づいて表してもよい。
【0028】
マーカータンパク質を半定量的に検出する場合、マーカータンパク質の半定量値は、マーカータンパク質の存在量の程度に応じたスコアとして表すことができる。例えば、免疫染色によって検体中のマーカータンパク質を半定量的に検出する場合、マーカータンパク質の半定量値は、マーカータンパク質の染色強度をスコア化した染色強度スコアとして表すことができる。さらに、免疫染色の染色範囲(観察した全面積に占める染色部分の面積の割合)を合わせてスコア化することで、マーカータンパク質の半定量値を、染色強度スコアと染色範囲スコアを乗算した免疫反応性スコア(IRS)として表すこともできる。
【0029】
好ましい実施形態において、検体中のマーカータンパク質は、免疫染色法によって染色強度又は免疫反応性スコアとして半定量的に検出され、得られた半定量値を用いて評価が行われる。
【0030】
悪性末梢神経鞘腫瘍への罹患可能性の評価
後述の実施例に示されるように、IGF2BP2及びPALLDは、MPNSTにおいて高発現している一方、NFにおいては発現が検出されないか、又はわずかな発現しか検出されないことが確認されている。したがって、検体中のマーカータンパク質の検出結果に基づいて、被験者がMPNSTに罹患している可能性を評価することができる。
【0031】
例えば、検体中のマーカータンパク質を定性的に検出し、マーカータンパク質の存在が確認された場合、当該検体に含まれる神経性腫瘍はMPNSTである可能性が高いと判定することができ、一方、マーカータンパク質の存在が確認されなかった場合、当該検体に含まれる神経性腫瘍はNFである可能性が高いと評価することができる。
【0032】
また、検体中のマーカータンパク質を定量的又は半定量的に検出し、得られた定量値又は半定量値をカットオフ値と比較し、当該定量値又は半定量値がカットオフ値以上の場合には当該検体に含まれる神経性腫瘍はMPNSTである可能性が高いと、またカットオフ値未満の場合には当該検体に含まれる神経性腫瘍はNFである可能性が高いと評価することもできる。
【0033】
カットオフ値は、MPNST病変及びNF病変のそれぞれから採取された検体を基準検体として用いて、これらの検体中のマーカータンパク質を定量的又は半定量的に検出し、それらの定量値又は半定量値を用いたROC解析を行うことによって、事前に設定することができる。具体的には、最初に、基準検体中のマーカータンパク質の定量値又は半定量値を説明変数とし、基準検体に含まれる腫瘍がMPNST(陽性)であるかNF(陰性)であるかを目的変数としたROC解析を行い、横軸に1-特異度(偽陽性率)を、縦軸に感度(陽性率)を取ったROC曲線を作成する。次いで、ROC曲線を参照して、カットオフ値を設定する。
【0034】
カットオフ値は、一般に検査において求められるレベル以上の感度及び特異度を有する範囲で、例えば感度80%以上かつ特異度80%以上となる範囲で、好ましくは感度90%以上かつ特異度90%以上となる範囲で任意に設定することが可能である。好ましい実施形態において、カットオフ値は、ROC曲線からカットオフ値を求めるために通常用いられる方法、例えばYouden's index(感度-(1-特異度))が最大となるポイントにカットオフ値を設定する方法、又はROC曲線の左上隅からの距離が最小となるポイントにカットオフ値を設定する方法等によって設定することができる。
【0035】
カットオフ値の設定に利用される基準検体は、病理専門医による確定診断がなされたMPNST病変及びNF病変であり、いずれもNF1患者由来であることが好ましい。
【0036】
このようにカットオフ値を利用する本発明の評価方法の一つの実施形態は、被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質を定量的又は半定量的に検出する工程;検体中のタンパク質の定量値又は半定量値とカットオフ値とを比較する工程であって、前記カットオフ値が、MPNST病変及びNF病変のそれぞれから採取された検体中の対応するタンパク質の定量値又は半定量値に基づいて設定される値である、前記工程;並びに検体中のタンパク質の定量値又は半定量値がカットオフ値を上回る場合、検体中の神経性腫瘍はMPNSTである可能性が高いと評価する工程を含む、被験者がMPNSTに罹患している可能性を評価する方法と表すことができる。
【0037】
被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中のIGF2BP2タンパク質を免疫染色法によって検出し、得られるIRSをMPNSTへの罹患可能性評価に利用する場合、カットオフ値は、基準検体の免疫染色により検出されたIGF2BP2タンパク質のIRSに基づいて設定することができる。この実施形態において、IGF2BP2タンパク質のIRSのカットオフ値は、感度80%以上かつ特異度80%以上となるように設定する場合は0.5-22.5の間の任意の値、感度90%以上かつ特異度90%以上となるように設定する場合は0.5-19.0の間の任意の値であり得て、またYouden's index法による最適カットオフ値は5であり得る。
【0038】
被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中のPALLDタンパク質を免疫染色法によって検出し、得られるIRSをMPNSTへの罹患可能性評価に利用する場合、カットオフ値は、基準検体の免疫染色により検出されたPALLDタンパク質のIRSに基づいて設定することができる。この実施形態において、PALLDタンパク質のIRSのカットオフ値は、感度80%以上かつ特異度80%以上となるように設定する場合は6.5-22.5の間の任意の値、感度90%以上かつ特異度90%以上となるように設定する場合は7.5-17.0の間の任意の値であり得て、またYouden's index法による最適カットオフ値は8.5であり得る。
【0039】
本発明の評価方法においては、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質の検出結果に基づいて評価が行うことができるが、IGF2BP2タンパク質の検出結果に基づいて評価が行うことが好ましい。
【0040】
本発明はまた、被験者の神経性腫瘍病変から採取された検体中の、IGF2BP2及びPALLDのうちの少なくとも一方のタンパク質を検出することを含む、MPNSTの診断のための、特にMPNSTとNFとを判別するためのデータを収集する方法を提供する。ここで、検体、IGF2BP2、PALLD、タンパク質の検出等の各用語の説明は先に記載したとおりである。医師は、本方法により収集されたデータを利用して、MPNSTの診断を行うことができる。
【0041】
検査キット
本発明はさらに、IGF2BP2に対する特異抗体及びPALLDに対する特異抗体のうちの少なくとも一方を含む、MPNSTの診断又はMPNSTに罹患している可能性の評価において使用するためのタンパク質検査キットを提供する。タンパク質検査キットは、それぞれの検出方法に応じて、試薬、例えばブロッキング溶液、洗浄液及び発色基質等;器具、例えば固相支持体及び反応容器等;並びに取扱説明書をさらに含んでもよい。
【0042】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の理解を助けるためのものであって、本発明の技術的範囲はこれらにより限定されるものではない。
【実施例0043】
実施例1 MPNST病変及びNF病変におけるIGF2BP2及びPALLDの発現解析
材料と方法:
1)検体の採取
臨床研究は、札幌医科大学の治験審査委員会の承認を受けて実施した。札幌医科大学付属病院でMPNSTへの悪性転化を有すると診断されたNF1患者(n=32)を本研究の適格とした。生体組織検査又はMPNST切除術の際に各患者からMPNST病変及びNF病変の両方を採取した。採取した検体を緩衝ホルマリン液中で固定し、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックを作製した。
【0044】
2)免疫組織染色
FFPEブロックをミクロトームを用い4μm厚の薄片に切り分け、切り分けた切片をガラススライドに伸展した。ガラススライドに伸展した組織を、キシレン中で脱パラフィンし、エタノール中で再水和した。4% Block Ace (DS Pharma Biomedical, Tokyo, Japan)によりブロッキングした後、一次抗体として抗ヒトIGF2BP2抗体(1:100希釈、F-12, Santa Cruz社)又は抗ヒトPALLD抗体(1:300希釈、D9H2, CST社)を切片上にのせて、湿潤箱に静置した後、4℃で一晩インキュベートした。切片を洗浄後、デキストランポリマーにマウス・ラビットの二次抗体とパーオキシダーゼが結合したポリマー試薬(DAKO EnVision REAL Detection System)を、切片上にのせて、室温で30分間インキュベートした。洗浄後、切片に発色基質(DAB; 3,3’-diaminobenzidine)をのせて、5分間インキュベートして発色させた。洗浄後、ヘマトキシリン溶液に3分間浸透させ、核染色を行った。洗浄後、脱水処理、キシレン処理を行った後、封入剤(マリノール、武藤化学)を乗せたのち、カバースライドにて封入した。その後、正立顕微鏡(BX51、オリンパス社)を用いて観察した。
【0045】
病理専門医による、各切片に含まれる腫瘍領域全体の観察結果として、免疫染色の強度を4段階(0: none, 1: weak, 2: moderate, 3: strong)で、腫瘍領域の面積に占める染色面積の割合(染色範囲)を11段階(0:0%, 1:1-10%, 2:11-20%, 3:21-30%, 4:31-40%, 5:41-50%, 6:51-60%, 7:61-70%, 8:71-80%, 9:81-90%, 10:91-100%)でスコア付けした。また、染色強度と染色範囲を乗算し、IRSを算出した。IRSは0-30の範囲の値となる。
【0046】
3)ROC解析
また、IGF2BP2及びPALLDのそれぞれについて、GraphPad Prism 8(MDF社)を用いて、目的変数をMPNST、説明変数を染色強度(intensity)又はIRSとするROC解析を行い、ROC曲線を作製し、AUCを算出した。このROC曲線を参照して、Youden's index法によってカットオフ値を設定した。
【0047】
結果:
NF及びMPNSTそれぞれの免疫組織染色の代表例を
図1に示す。NFではIGF2BP2及びPALLDはいずれも発現を確認できなかった一方、MPNSTではIGF2BP2及びPALLDの高発現が確認された。
【0048】
NF及びMPNSTそれぞれにおけるPALLDの染色強度及びIRSと、それらをROC解析して得られたROC曲線を
図2に示す。染色強度は、MPNSTでは31症例が2-3、1症例が1となり、NFでは30症例が0-1、2症例が2となった。これらのデータから算出された染色強度の最適カットオフ値は1.5であり、このときの感度は93.75%、特異度は93.75%であった。また、IRSのデータから算出されたIRSの最適カットオフ値は8.5で、このときの感度は96.88%、特異度は96.88%であった。
【0049】
また、PALLDのIRSについて、ROC曲線の各基準点に対応する感度及び特異度を表1に示す。IRSのカットオフ値を6.5-22.5の間に設定した場合は感度、特異度ともに80%以上となり、IRSのカットオフ値を7.5-17.0の間に設定した場合は感度、特異度ともに90%以上となった。
【表1】
【0050】
染色強度に関するROC曲線の曲線下面積(Area under the curve、AUC)は0.9844、IRSに関するROC曲線のAUCは0.9971であった。これらの結果から、PALLDの染色強度及びIRSのいずれを指標とした検査も優れた精度を有することが示された。
【0051】
NF及びMPNSTそれぞれにおけるIGF2BP2の染色強度及びIRSと、それらをROC解析して得られたROC曲線を
図3に示す。染色強度は、MPNSTでは全ての症例が2-3となり、NFでは全ての症例が0-1となった。これらのデータから算出された染色強度の最適カットオフ値は1.5であり、このときの感度は100%、特異度は100%であった。また、IRSは、MPNSTでは全ての症例で9以上、NFでは全ての症例で1以下となった。これらのデータから算出されたIRSの最適カットオフ値は5で、このときの感度は100%、特異度は100%であった。
【0052】
また、IGF2BP2のIRSについて、ROC曲線の各基準点に対応する感度及び特異度を表2に示す。IRSのカットオフ値を0.5-22.5の間に設定した場合は感度、特異度ともに80%以上となり、IRSのカットオフ値を0.5-19.0の間に設定した場合は感度、特異度ともに90%以上となった。
【表2】
【0053】
染色強度に関するROC曲線のAUC、IRSに関するROC曲線のAUCはいずれも1.00であった。これらの結果から、IGF2BP2の染色強度及びIRSのいずれを指標とした検査も非常に優れた精度を有することが示された。
【0054】
また、MPNSTにおけるIGF2BP2の染色強度を、検体採取方法に応じて2群に分けて
図4に示す。検体として生検材料及び手術材料のいずれを用いた場合も同等の結果が得られることが確認された。