(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022076870
(43)【公開日】2022-05-20
(54)【発明の名称】花粉の形成に関わるポリヌクレオチド、及びその利用、並びに本塩基配列を用いた雄性不稔性の判定方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/29 20060101AFI20220513BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20220513BHJP
A01H 6/56 20180101ALI20220513BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20220513BHJP
C12N 15/55 20060101ALN20220513BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220513BHJP
【FI】
C12N15/29
A01H1/00 A ZNA
A01H6/56
C12N15/63 Z
C12N15/55
C12N15/09 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020187502
(22)【出願日】2020-11-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業(無花粉および葉枯病耐性テッポウユリ類の新品種育成)」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(71)【出願人】
【識別番号】591108178
【氏名又は名称】秋田県
(71)【出願人】
【識別番号】591155242
【氏名又は名称】鹿児島県
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 桂一
(72)【発明者】
【氏名】森山 高広
(72)【発明者】
【氏名】シェア ダニエル
(72)【発明者】
【氏名】横井 直人
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 隆明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝夫
(72)【発明者】
【氏名】今給黎 征郎
(72)【発明者】
【氏名】吉水 竜次
(72)【発明者】
【氏名】熊本 修
(72)【発明者】
【氏名】長谷 健
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD20
2B030CA17
2B030CA24
2B030CB02
2B030CG01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる新規の方法の提供。
【解決手段】ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる方法であって、以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させることを含む、方法。(A)特定のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;(B)前記特定の配列からなるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;(C)前記特定の配列からなるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる方法であって、
以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させることを含む、方法。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
前記ユリ属植物がオリエンタルユリ、アジアンティックユリ、ロンギフローラムユリ及びこれらを掛け合わせた交配種からなる群より選択される1種以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法であって、
以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる工程を含む、作出方法。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項4】
前記欠損又は抑制させる工程において、ゲノム編集技術を用いて、前記TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる、請求項3に記載の作出方法。
【請求項5】
前記ゲノム編集技術がCRISPR/Casシステムである、請求項4に記載の作出方法。
【請求項6】
前記CRISPR/Casシステムにおいて、配列番号2で表される塩基配列に相補的な配列を含む核酸からなるガイドRNAを用いる、請求項5に記載の作出方法。
【請求項7】
配列番号3で表される塩基配列を含む核酸からなる、ガイドRNA。
【請求項8】
Cas9をコードする核酸と、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸と、を含むベクター。
【請求項9】
Cas9をコードする核酸を含む第1のベクターと、
配列番号2で表される塩基配列を含む核酸を含む第2のベクターと、
を備える、ベクターセット。
【請求項10】
以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能が欠損又は抑制されており、花粉生産能を有さない、雄性不稔性のユリ属植物。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項11】
前記ユリ属植物がオリエンタルユリ、アジアンティックユリ、ロンギフローラムユリ及びこれらを掛け合わせた交配種からなる群より選択される1種以上である、請求項10に記載のユリ属植物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる方法、雄性不稔性のユリ属植物の作出方法、ベクター、ベクターセット、及び雄性不稔性のユリ属植物に関する。
【背景技術】
【0002】
テッポウユリは日本固有の花であり、清楚で優雅な花姿から国内外で儀式の際等に好んで使用されている。テッポウユリ等の切り花用途のユリは、花粉が花弁を汚し、著しく観賞性を損なう。そのため、花粉だけでなく、不稔花粉の殻(残渣)も残らない完全な雄性不稔性のユリ品種の開発が望まれている。
【0003】
一方、モデル植物のシロイヌナズナの花粉形成に関わるTDF1遺伝子が突然変異を起こすと、雄性不稔を起こすことが知られている(例えば、非特許文献1等参照)。また、特許文献1には、アスパラガス等の雌雄異株植物において、TDF1遺伝子が雄蕊の形成の促進に関わる遺伝子として同定され、雄性植物においてTDF1遺伝子及びGDS(雌蕊発達抑制因子)遺伝子の両方を欠損させることで、雌性植物に変換できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Zhu J C et al., “Defective in tapetal development and function 1 is essential for anther development and tapetal function for microspore maturation in Arabidopsis.” Plant J., Vol. 55, pp.266-277, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これまで花粉だけでなく、不稔花粉の殻(残渣)も残らない完全な雄性不稔性のユリ属植物は知られていない。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる新規の方法を提供する。また、新規の雄性不稔性のユリ属植物及びその作出方法、並びに、前記雄性不稔性のユリ属植物を得るためのベクター、及びベクターセットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる方法であって、
以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させることを含む、方法。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(2) 前記ユリ属植物がオリエンタルユリ、アジアンティックユリ、ロンギフローラムユリ及びこれらを掛け合わせた交配種からなる群より選択される1種以上である、(1)に記載の方法。
(3) 花粉の生産能を有さない雄性不稔性の、ユリ属植物の作出方法であって、
以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる工程を含む、作出方法。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(4) 前記欠損又は抑制させる工程において、ゲノム編集技術を用いて、前記TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる、(3)に記載の作出方法。
(5) 前記ゲノム編集技術がCRISPR/Casシステムである、(4)に記載の作出方法。
(6) 前記CRISPR/Casシステムにおいて、配列番号2で表される塩基配列に相補的な配列を含む核酸からなるガイドRNAを用いる、(5)に記載の作出方法。
(7) 配列番号3で表される塩基配列を含む核酸からなる、ガイドRNA。
(8) Cas9をコードする核酸と、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸と、を含むベクター。
(9) Cas9をコードする核酸を含む第1のベクターと、
配列番号2で表される塩基配列を含む核酸を含む第2のベクターと、
を備える、ベクターセット。
(10) 以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能が欠損又は抑制されており、花粉生産能を有さない、雄性不稔性のユリ属植物。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(11) 前記ユリ属植物がオリエンタルユリ、アジアンティックユリ、ロンギフローラムユリ及びこれらを掛け合わせた交配種からなる群より選択される1種以上である、(10)に記載のユリ属植物。
【発明の効果】
【0009】
上記態様の方法によれば、ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させることができる。上記態様の作出方法、ベクター及びベクターセットによれば、花粉生産能を有さない、雄性不稔性のユリ属植物が得られる。上記態様のユリ属植物は、花粉生産能を有さない、雄性不稔性のユリ属植物である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1におけるLfTDF1遺伝子のmRNAとゲノムDNAの構造を比較した図である。
【
図2A】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びテッポウユリ(品種:ひのもと)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図2B】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びテッポウユリ(品種:ひのもと)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図2C】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びテッポウユリ(品種:ひのもと)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図3A】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びタカサゴユリのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図3B】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びタカサゴユリのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図3C】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びタカサゴユリのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図4A】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びオリエンタルハイブリッドユリ(品種:シベリア)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図4B】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びオリエンタルハイブリッドユリ(品種:シベリア)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図4C】実施例1におけるシンテッポウユリ(品種:秋試1号)及びオリエンタルハイブリッドユリ(品種:シベリア)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を比較した図である。
【
図5】実施例2における無花粉系統及び有花粉系統のLfTDF1遺伝子の発現解析の結果を示す画像である。
【
図6】実施例2における有花粉系統の器官別のLfTDF1遺伝子の発現解析の結果を示す画像である。
【
図7】実施例2における葯の生育ステージ別のLfTDF1遺伝子の発現解析の結果を示す画像である。
【
図8】実施例3におけるLfTDF1遺伝子のcDNAの構造と設計した2種のプライマーによるPCR産物の対応関係を示す図である。
【
図9】実施例4における各系統の葯のパラフィン切片の染色像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
≪花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法≫
本発明の一実施形態に係る花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法(以下、「本実施形態の作出方法」と称する場合がある)は、以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる工程を含む。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0012】
本実施形態の作出方法によれば、花粉生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物が得られる。すなわち、本実施形態の作出方法は、ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させる方法ということもできる。
【0013】
なお、一般に、「雄性不稔」とは、植物個体が有する花器官のうち一部又は全部の雄ずいの稔性が失われた状態を意味する。雄ずいの不稔化は、植物体における雄ずいの形態観察により調べてもよく、正常個体の雌ずいと掛け合わせにより種子が形成されるかどうかによっても容易に調べることができる。
【0014】
本実施形態の作出方法により得られるユリ属植物は、雄ずいが正常に形成されず、花粉を生産できない、雄性完全不稔性となっている。後述する実施例に示すように、本実施形態の作出方法で得られるユリ属植物は、雄性配偶子が発達する際に、減数分裂期前半で花粉が退化することから、精細胞だけでなく、花粉壁も形成されず、不稔花粉の殻(残渣)も残らない。そのため、本実施形態の作出方法を用いてユリ属植物を雄性完全不稔性とすることで、花粉が花弁を汚し、著しく観賞性を損なうことを防ぐことができる。
【0015】
なお、本実施形態の作出方法を用いて得られる雄性不稔性のユリ属植物としては、植物体のみならず、植物体を作出した場合に不稔化されているものであれば、細胞を包含する意味で用いられる。細胞は、組織又は器官の状態であってもよい。本実施形態の作出方法を用いて得られる雄性不稔性のユリ属植物とは、それらの後代若しくはクローンの植物体又は細胞であってもよい。例えば、前記クローンの植物体としては鱗片挿し又はムカゴや木子を蒔く等により得られた植物体が挙げられる。
【0016】
本実施形態の作出方法の対象となるユリ属植物としては、TDF1遺伝子がユリ属植物中において高度に保存されていることから、ユリ属植物であれば特に限定されない。中でも、切り花や鉢物として流通している品種であることが好ましい。
そのようなユリ属植物の品種としては、例えば、ヤマユリ、ササユリ、カノコユリ、オトメユリ等のオリエンタルユリ;エゾスカシユリ、ヒメユリ、オニユリ、リーガルリリー等のアジアンティックユリ;テッポウユリ、タカサゴユリ等のロンギフローラムユリ等が挙げられる。また、これら品種を掛け合わした交雑種であってもよく、例えば、シンテッポウユリ等のロンギフローラムハイブリッド(テッポウユリとタカサゴユリ(ロンギフローラムユリ同士)を掛け合わした交配品種群);ランディーニ等のアジアティックハイブリッド(アジアンティックユリ同士の交配品種群);マルコポーロ、イザベラ、シアラ、カサンドラ、カサブランカ、シベリア等のオリエンタルハイブリッド(日本固有種を元に作られた(オリエンタルユリ同士)を掛け合わした)交配品種群);ロンギフローラムアジアンティック(LA)ハイブリッド(クーリエ等)、ロンギフローラムオリエンタル(LO)ハイブリッド(乙女の姿等)、オリエンタルトランペット(OT)ハイブリッド)(コンカドール、イエローウィン等)等の異なる系統の品種同士を掛け合わせた交配種等が挙げられる。
【0017】
<TDF1遺伝子>
後述する実施例に示すように、発明者らは、シンテッポウユリの無花粉系統と、有花粉系統を用いて、RNA次世代シークエンシング(RNA-seq)解析を行なうことで、花粉形成に関わる遺伝子としてTDF1遺伝子を同定した。シンテッポウユリのTDF1遺伝子のcDNAの塩基配列を配列番号4に、TDF1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号1に示す。
【0018】
なお、シンテッポウユリのTDF1遺伝子/TDF1タンパク質と、シンテッポウユリ以外のユリ属植物のTDF1遺伝子/TDF1タンパク質との塩基配列同士又はアミノ酸配列同士の配列同一性は、(又は相同性)は、2つの塩基配列又はアミノ酸配列を、対応する塩基又はアミノ酸が最も多く一致するように、挿入及び欠失に当たる部分にギャップを入れながら並置し、得られたアラインメント中のギャップを除く、塩基配列全体又はアミノ酸配列全体に対する一致した塩基又はアミノ酸の割合として求められる。塩基配列又はアミノ酸配列どうしの配列同一性は、当該技術分野で公知の各種相同性検索ソフトウェアを用いて求めることができる。例えば、塩基配列の配列同一性の値は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTNにより得られたアライメントを元にした計算によって得ることができ、アミノ酸配列の配列同一性の値は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTPにより得られたアライメントを元にした計算によって得ることができる。
後述する実施例に示すように、シンテッポウユリと、テッポウユリ、タカサゴユリ又はシベリア(オリエンタルハイブリッド品種)とのTDF遺伝子の配列同一性はいずれも95%以上であり、TDF遺伝子は、ユリ属遺伝子で高度に保存されている。
【0019】
本実施形態の作出方法において、標的となるTDF1遺伝子は、上述の(A)~(C)のいずれかの遺伝子である。
【0020】
一般に、何らかの生理機能を有するタンパク質は、本来の機能を損なうことなく、1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加可能なことが知られている。
上述の(B)の遺伝子がコードするタンパク質では、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、欠失、置換又は付加されていてもよいアミノ酸の数は、1個以上30個以下が好ましく、1個以上20個以下がより好ましく、1個以上10個以下がさらに好ましく、1個以上5個以下が特に好ましく、1個以上3個以下が最も好ましい。
【0021】
上述の(C)の遺伝子がコードするタンパク質では、配列番号1で表されるアミノ酸配列との同一性が、90%以上100%未満であることが好ましく、95%以上100%未満であることがより好ましく、98%以上100%未満であることがさらに好ましく、99%以上100%未満であることが特に好ましい。
【0022】
なお、アミノ酸配列同士の同一性は、公知の各種相同性検索プログラムを用いて求めることができる。本実施形態の作出方法において、アミノ酸配列同士の同一性は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTPにより得られた値を採用できる。本実施形態の作出方法において、アミノ酸配列同士の同一性は、市販の遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX等により得られた値を採用できる。
【0023】
上述の(A)~(C)の遺伝子がコードするタンパク質は、花粉形成能を有する。
なお、本明細書において、「花粉形成能」とは、稔性を有する花粉を形成する能力を意味する。タンパク質が花粉形成能を有しているかどうかは、植物体における雄ずいの形態観察により調べてもよく、正常個体の雌ずいと掛け合わせにより種子が形成されるかどうかによっても容易に調べることができる。
【0024】
上述の(A)の遺伝子において、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、当該アミノ酸配列のみからなるタンパク質であってもよく、花粉形成能を有する範囲において、当該アミノ酸配列からなるタンパク質に任意の配列が付加されていてもよい。
前記任意の配列とは、例えば、リンカー配列、タグ配列、タンパク質安定化のための修飾配列等が挙げられる。
【0025】
配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、公知の手法により製造可能である。例えば、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドを、発現ベクターに組み込み、これを発現させることで、合成することができる。或いは、ポリペプチド合成装置により、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質を合成することもできる。
【0026】
本実施形態の作出方法において、標的となるTDF1遺伝子は、TDF1タンパク質をコードするものであり、以下の(I)~(III)のいずれかのポリヌクレオチドである。
(I)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(II)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、花粉形成能を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(III)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、花粉形成能を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0027】
上述の(I)~(III)に示すポリヌクレオチドがコードするタンパク質としては、上述の(A)~(C)の遺伝子がコードするタンパク質と同様である。
【0028】
上述の(I)に示すポリヌクレオチドの塩基配列として具体的には、以下に示すとおりである。
上述の(I)における配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号4で表される塩基配列であってもよい。
【0029】
TDF1遺伝子をコードするcDNAである、配列番号4で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、公知の手法により製造可能である。TDF1遺伝子をコードするcDNAは、例えば、ユリ属植物のcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号4の塩基配列等に基づいて設計したプライマーにより、TDF1遺伝子をコードするcDNAをPCR等により増幅し、得ることができる。
【0030】
<TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる工程>
本工程では、上述の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる。
【0031】
本明細書において、TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させるとは、該遺伝子又はその発現を制御することで、該遺伝子産物の活性を欠損又は抑制させる、或いは、該遺伝子の発現が欠損又は抑制させることを指す。
【0032】
遺伝子の機能を欠損又は抑制させる方法としては、例えば、対象とする遺伝子のゲノムに人為的に改変又は変異を加えることにより、機能的な遺伝子産物の生成が欠損又は抑制された植物体を得ることができる。より具体的には、例えば、突然変異誘発剤の処理により、対象とする遺伝子の機能が欠損又は抑制された植物体をスクリーニングして得る方法が挙げられる。また例えば、遺伝子ターゲッティング法や、ゲノム編集技術、トランスジェニック等によって、対象とする遺伝子のゲノムに人為的に改変又は変異を加えることにより、機能的な遺伝子産物の生成が欠損又は抑制された植物体を得てもよい。対象とする遺伝子としては、TDF1遺伝子である。
ゲノム編集技術としては、例えば、CRISPR-Casシステムや、ジンクフィンガーヌクレアーゼ、TALEN、DNAの塩基配列を改変可能なその他手法が挙げられる。
又は、対象とする遺伝子の発現を欠損又は抑制させる核酸が人為的に導入されることによって、遺伝子産物の生成が欠損又は抑制された植物体を得ることができる。
中でも、ゲノム編集技術を用いることが好ましく、CRISPR-Casシステムを用いることがより好ましい。
【0033】
なお、以下、本明細書における「核酸」には、RNA、DNAに加えて、LNA等の核酸アナログや、ペプチド核酸(PNA)、及びそれらの混成物も包含する。
【0034】
また、本明細書において、「改変」とは、標的遺伝子の塩基配列が変化することを意味する。例えば、標的遺伝子の切断、切断後の外因性配列の挿入(物理的挿入又は相同指向修復を介する複製による挿入)による標的遺伝子の塩基配列の変化、切断後の非相同末端連結(NHEJ:切断により生じたDNA末端どうしが再び結合すること)による標的遺伝子の塩基配列の変化(例えば、コーディング領域における1~全塩基の欠失、置換又は挿入等)等が挙げられる。本実施形態の作出方法によれば、ゲノム編集技術を用いることで、標的遺伝子(具体的には、上述のTDF1遺伝子)の改変により、標的遺伝子への変異の導入、又は、標的遺伝子の機能を欠損又は抑制することができる。
【0035】
本実施形態の作出方法では、TDF1遺伝子に変異が導入され、又は、機能が欠損又は抑制されることで、花粉生産能を有さない雄性完全不稔性のユリ属植物を得ることができる。
【0036】
本実施形態において、TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる対象となるユリ属植物は、植物個体のみのならず細胞を包含する。細胞は、組織又は器官の状態であってもよい。
本実施形態において、対象となるユリ属植物は、植物体、植物細胞、植物培養細胞、又はカルスであることが好ましい。
【0037】
本実施形態の作出方法は、例えば、前記TDF1遺伝子の機能を、前記TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変することによって、欠損又は抑制する方法等が挙げられる。より具体的には例えば、ユリ属植物に前記TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変するための核酸を導入することによって、前記TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制する方法等が挙げられる。
【0038】
[CRISPR-Casシステムを用いた方法]
遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変する核酸としては、例えば、CRISPR-Casシステムに使用される核酸等が挙げられる。
【0039】
(ガイドRNA)
前記TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変するための核酸としては、例えば、以下の(a)の核酸等が挙げられる。
(a)前記TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターの配列から選ばれた配列に相補的な塩基配列を含むガイドRNA
【0040】
ガイドRNA(guide RNA;gRNA)」とは、CRISPR-Casシステムに用いられるガイドRNAであって、細菌及び古細菌において侵入外来核酸に対する獲得耐性を提供する適応免疫系を構成する、外来配列(ガイド配列)を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNA:crRNA)と該crRNAと一部相補的なRNA(trans-activating crRNA:tracrRNA)とを融合させたtracrRNA-crRNAキメラのヘアピン構造を模倣したものを意味する。本実施形態の作出方法で用いられるgRNAは、ガイド配列(具体的には、標的遺伝子である上述のTDF1遺伝子中の標的配列)を含むcrRNAとtracrRNAとが融合した状態で合成されたtracrRNA-crRNAキメラであってもよい。又は、ガイド配列を含むcrRNAとtracrRNAとを別々に作製し、導入前にアニーリングしてtracrRNA-crRNAキメラとしたものであってもよい。又は、tracrRNAの必須部分及びcrRNAの融合によって作製される一本鎖RNA(sgRNA)であってもよい。ガイドRNAの一部として連結される配列としては、例えば、PAM配列の存在やCRISPR-Casの核酸の切断活性等を考慮して適宜設計することができる。具体的には、例えば、本実施形態の作出方法で用いられるgRNAは、標的遺伝子中のPAM配列の1塩基上流から、好ましくは17塩基以上24塩基以下、より好ましくは20塩基以上24塩基以下までの塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを5’末端領域に含むものである。さらに、標的遺伝子と非相補的な塩基配列を含み、一点を軸として対称に相補的な配列になるように並び、ヘアピン構造をとり得る塩基配列からなるポリヌクレオチドを1つ以上含んでいてもよい。
【0041】
なお、本明細書において、「PAM(proto-spacer adjacent motif)配列」とは、標的遺伝子(具体的には、上述のTDF1遺伝子)中に存在し、CRISPR-Cas酵素により認識可能な配列を意味し、PAM配列の長さや塩基配列はCRISPR-Cas酵素の由来となる細菌種によって異なる。
例えば、S.pyogenesでは「NGG」(Nは任意の塩基を表す)の3塩基を認識する。
また、例えば、S.thermophilusは2つのCRISPR-Cas酵素を持っており、それぞれ「NGGNG」又は「NNAGAA」(Nは任意の塩基を表す)の5塩基以上6塩基以下をPAM配列として認識する。
【0042】
前記(a)の核酸において、ガイドRNAの一部として連結されるTDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターの配列に相補的な塩基配列は、例えば、TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターの配列に基づいて、1以上の配列を適宜設計することができ、1つの配列を単独で用いてもよく、2以上の配列を組み合わせて用いてもよい。当該配列は、例えば、配列番号4で表される塩基配列からなるTDF1遺伝子の配列中の連続する17塩基以上24塩基以下の配列と相補的な配列であってもよく、配列番号2で表される塩基配列と相補的な配列を含む核酸からなるガイドRNAが好ましいものとして例示することができ、配列番号3で表される塩基配列を含む核酸からなるガイドRNAがより好ましいものとして例示することができる。なお、TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変できるものとであれば、配列番号3で表される塩基配列に限らず、配列番号3で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠損、置換及び/又は付加された塩基配列からなるものも使用することができる。
【0043】
ここで、ガイドRNAの一部として適宜設計される2つ以上の配列としては、遺伝子及びそのプロモーターあたり2つ以上4つ以下とすることができ、2つが好ましい。
配列番号2で表される塩基配列における「1~数個」とは、1個以上3個以下とすることができ、1個以上2個以下とすることができ、1個とすることができる。
【0044】
gRNAは、単離又は合成されたRNAであってもよく、発現ベクター内に組み込まれたRNAの形であってもよい。また、gRNAは、gRNAをコードする核酸の形であってもよく、当該gRNAをコードする核酸が発現ベクターにコードされている形であってもよい。なお、発現ベクターについては、後述する。
【0045】
(CRISPR-Cas酵素)
本実施形態の作出方法において、CRISPR-Casシステムを用いる場合には、上記gRNAに加えて、CRISPR-Cas酵素を導入する。植物体内への導入方法としては、後述する。
【0046】
一般に、「CRISPR-Cas酵素」とは、細菌及び古細菌において侵入外来核酸に対する獲得耐性を提供する適応免疫系を構成するCasタンパク質ファミリーのことを示し、外来侵入性DNA中のPAM配列を認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断するエンドヌクレアーゼである。本明細書において、CRISPR-Cas酵素は、RNAと複合体を形成し、DNA切断活性を有するものを意味する。
本実施形態の作出方法において用いられるCRISPR-Cas酵素は、Cas9であること好ましく、その種類について特別な限定はなく、Cas9のホモログ又は改変体であってもよい。
【0047】
Cas9として具体的には、例えば、Streptococcus pyogenes(S.pyogenes)に由来するSpCas9、Streptococcus aureusに由来するSaCas9、Streptococcus thermophilus(S.thermophilus)に由来するStCas9等が挙げられ、これらに限定されない。
【0048】
また、Cas9としては、Cas9タンパク質であってもよく、Cas9をコードする核酸であってもよい。Cas9をコードする核酸を導入する場合、Cas9をコードする核酸が発現ベクターにコードされている形であってもよい。上述のタンパク質をコードする核酸が発現ベクターにコードされている形で植物細胞又は植物体に導入する場合、導入後、植物細胞又は植物体内において発現させることができる。なお、発現ベクターについては、後述する。
【0049】
[TDF1遺伝子の発現を欠損又は抑制させる核酸を用いる方法]
或いは、本実施形態の作出方法は、例えば、ユリ属植物に前記TDF1遺伝子の発現を欠損又は抑制させる核酸を導入することによって、前記TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる方法等が挙げられる。
【0050】
遺伝子の発現を抑制される核酸としては、例えば、RNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、リボザイム等が挙げられる。RNAi誘導性核酸としては、例えば、siRNA、miRNA、shRNA等が挙げられる。
【0051】
アンチセンス核酸としては、例えば、抑制対象となる遺伝子のmRNAの配列であるセンス配列と相補的な塩基配列を有する核酸等が挙げられる。
配列番号4で表される塩基配列は、TDF1遺伝子のcDNAの塩基配列である、配列番号4で表される塩基配列のうち、1039番目から1370番目までの領域は3’UTRの領域である。
TDF1遺伝子の発現を抑制するアンチセンス核酸は、当業者であれば、配列番号4で表される塩基配列に基づいて、適宜設計することができる。
【0052】
リボザイムは、触媒活性を有するRNAである。リボザイムは、標的となる核酸と反応する活性部位、及び標的となる核酸と結合する基質結合部位を有する。リボザイムとしては、例えば、基質結合部位として、抑制対象となる遺伝子のmRNAの配列と相補的な配列を有するリボザイム等が挙げられる。
TDF1遺伝子の発現を抑制するリボザイムは、当業者であれば、配列番号4で表される塩基配列に基づいて、適宜設計することができる。
【0053】
RNAi誘導性核酸としては、shRNA、siRNA、miRNA、それらの前駆体等が挙げられ、例えば、抑制対象となる遺伝子のmRNAの配列と同一の塩基配列又はその部分配列を有する二本鎖構造のRNA等が挙げられる。抑制対象となる遺伝子の発現を抑制可能な範囲において、RNAi誘導性核酸は、抑制対象となる遺伝子のmRNAの配列と同一の塩基配列又はその部分配列を有する二本鎖構造のRNAであってもよい。
【0054】
TDF1遺伝子の発現を抑制する核酸としては、例えば、以下の(b)~(d)のいずれかの核酸等が挙げられる。
(b)配列番号4で表される塩基配列からなるセンス鎖の一部と、該センス鎖の一部と二重鎖を形成可能なアンチセンス鎖と、を含む核酸;
(c)配列番号4で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠失、置換及び/又は付加された塩基配列からなるセンス鎖の一部と、該センス鎖の一部と二重鎖を形成可能なアンチセンス鎖と、を含み、TDF1遺伝子の発現を抑制可能な核酸;
(d)配列番号4で表される塩基配列と同一性が90%以上の塩基配列からなるセンス鎖の一部と、該センス鎖の一部と二重鎖を形成可能なアンチセンス鎖と、を含み、TDF1遺伝子の発現を抑制可能な核酸。
【0055】
配列番号4で表される塩基配列からなるセンス鎖の一部に対応するアンチセンス鎖が発現するだけでもアンチセンス核酸となり、TDF1遺伝子の発現を抑制し得る。配列番号4で表される塩基配列からなるセンス鎖の一部と、該センス鎖の一部と二重鎖を形成可能なアンチセンス鎖と、を含む核酸が発現することで、2本鎖RNAが形成され、siRNAの形成等により、植物体内でサイレンシングが効率よく引き起こされる。
【0056】
一般的に、何らかの生理機能を有する核酸は、本来の機能を損なうことなく、1~数個の塩基配列が欠失、置換及び/又は付加可能なことが知られている。
前記(c)の核酸において、配列番号4で表される塩基配列において、1~数個の塩基が欠失、置換及び/又は付加されていてもよい塩基の数は、1個以上30個以下が好ましく、1個以上20個以下がより好ましく、1個以上10個以下がさらに好ましく、1個以上5個以下がさらに好ましく、1個以上3個以下が特に好ましい。
【0057】
前記(d)の塩基において、配列番号4で表される塩基配列との同一性は、90%以上100%未満であり、93%以上100%未満であることが好ましく、95%以上100%未満であることがより好ましく、98%以上100%未満であることがさらに好ましい。
塩基配列同士の同一性は、公知の各種相同性検索プログラムを用いて求めることができる。本発明における塩基配列同士の同一性は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTにより得られた値を採用できる。本発明における塩基配列同士の同一性は、後述する実施例に示すように市販の遺伝情報処理ソフトウェアGENETYXにより得られた値を採用できる。
【0058】
前記(b)~(d)に示される核酸において、センス鎖の一部と二重鎖を形成可能なアンチセンス鎖は、該センス鎖の一部と完全に相補する配列からなるものが好ましいが、植物内でセンス鎖の一部と二重鎖を形成可能で、抑制対象となる遺伝子の発現を抑制可能なものであれば、該センス鎖と部分的に相補する配列からなるものであってもよい。
【0059】
前記(b)~(d)に示される核酸において、配列番号4で表される塩基配列からなるセンス鎖の一部とは、配列番号4で表される塩基配列中の連続する19個以上の塩基からなるものを例示できる。
前記(b)~(d)に示される核酸において、センス鎖の一部となる配列番号4で表される塩基配列中の連続する19個以上の塩基長としては、抑制対象となる遺伝子によって適宜定めればよく、例えば、19塩基以上400塩基以下程度、20塩基以上100塩基以下程度、21塩基以上50塩基以下程度とすることができる。
前記(b)~(d)に示される核酸において、センス鎖の一部となる配列番号4で表される塩基配列中の連続する19個以上の塩基は、配列番号4で表される塩基配列中の1039番目から1370番目までの塩基配列からなる領域の一部(連続する19個以上の塩基)又は全部を含むものが好ましい。配列番号4で表される塩基配列中の1039番目から1370番目までの塩基配列からなる領域は、配列番号4で表される塩基配列のうちの3’UTRの領域に対応する。
【0060】
前記(b)~(d)の核酸は、TDF1遺伝子の発現を抑制する活性を有する。(b)~(d)の核酸が、TDF1遺伝子の発現を抑制する活性を有しているかどうかは、常法により調べることができる。例えば、(b)~(d)のいずれかの核酸が導入された植物と、(b)~(d)のいずれかの核酸が導入されていない植物とを比較し、(b)~(d)のいずれかの核酸が導入された植物で、TDF1遺伝子の発現量が有意に減少している場合に、(b)~(d)のいずれかの核酸が、TDF1遺伝子の発現を抑制する活性を有していると判断できる。
【0061】
前記(b)~(d)に示される核酸は、TDF1遺伝子の発現を抑制可能なものであれば、前記各センス鎖の一部、及び前記各アンチセンス鎖又はその一部の他に、任意の核酸が付加されていてもよい。
【0062】
[導入方法]
本実施形態の作出方法において、上記TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変する核酸(及び、CRISPR-Cas酵素又は当該酵素をコードする核酸)、並びに、上記TDF1遺伝子の発現を抑制する核酸を導入する方法としては、これら核酸を植物内で発現可能なベクターを植物内に導入する方法等が挙げられる。導入された核酸は、ゲノム上に導入されていてもよく、ゲノム上に導入されていなくてもよい。
【0063】
発現ベクターとしては、例えば、プラスミド、ファージ、コスミド、ウイルスベクター等を用いることができ、導入される植物細胞や導入方法に応じて適宜選択することができる。発現ベクターとしてより具体的には、例えば、pBR322、pBR325、pUC19、pUC119、pBluescript、pBluescriptSK、pBI系、pPZP系のベクター等が挙げられる。特に、植物細胞又植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウム法である場合には、pBI系又はpPZP系のバイナリーベクターを用いることが好ましい。pBI系のバイナリーベクターとして具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等が挙げられる。pPZP系のバイナリーベクターとして具体的には、例えば、pPZP100、pPZP200、pPZP500、pPZP3425等が挙げられる。
【0064】
ベクターを用いて形質転換体を作出する方法は、特に限定されず、当技術分野で通常行われている方法により行うことが可能である。当該方法としては、例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法が挙げられ、アグロバクテリウム法が好ましい。
アグロバクテリウム法を採用する場合には、予め宿主であるアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)へ使用する核酸(及び必要に応じて、CRISPR-Cas酵素又は当該酵素をコードする核酸)を組み込む必要がある。組み込む方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、ウィスカー法等の公知の方法が挙げられる。
【0065】
植物内に、上記TDF1遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変する核酸、又は、上記TDF1遺伝子の発現を抑制する核酸を導入することによって、前記TDF1遺伝子の機能を欠損又は抑制させる場合、これらの核酸(及び必要に応じて、CRISPR-Cas酵素又は当該酵素をコードする核酸)は少なくとも花において発現されることが好ましい。
【0066】
当該核酸を花において発現させる場合、花において特異的に核酸を発現させる転写調節領域によって、核酸を発現させてもよく、花を含む植物体全体で核酸を発現させる恒常的プロモーター等の転写調節領域によって、核酸を発現させてもよい。
【0067】
恒常的プロモーターとしては、CaMV35S(カリフラワーモザイクウイルス35S)プロモーターが挙げられる。
【0068】
転写調節領域によって核酸を発現させる方法は公知であり、例えば、発現させるべき核酸をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドに、転写調節領域を作動可能に連結されることが挙げられる。
【0069】
「作動可能に連結されている」とは、前記転写調節領域が核酸の発現を調節可能であることを意味する。
【0070】
「転写調節領域」としては、転写開始や転写効率を制御可能な配列であり、プロモーター、エンハンサー、応答配列が挙げられる。
【0071】
「花において転写調節可能な転写調節領域」とは、花を構成する細胞において核酸の転写を調節可能であることを意味する。より詳しくは、花において転写調節可能な転写調節領域とは、前記核酸が雄ずいの形成に作用可能なように転写調節可能な転写調節領域であり、花において特異的に遺伝子の発現をもたらし得る転写調節領域が好ましく、雄ずいにおいて特異的に核酸の発現をもたらし得る転写調節領域がより好ましい。
【0072】
本実施形態の作出方法を用いて得られるユリ属植物において、TDF1遺伝子について、該遺伝子産物の活性の欠損又は抑制の程度、或いは、該遺伝子の発現の欠損又は抑制の程度は、植物体の完全不稔化が達成される程度であればよい。
本実施形態の作出方法を用いて得られるユリ属植物において、TDF1遺伝子について、該遺伝子産物の活性の欠損又は抑制の生じる部位、或いは、該遺伝子の発現の欠損又は抑制の生じる部位は、植物体の完全不稔化が達成される程度であればよい。例えば、遺伝子産物の活性が花で特異的に欠損又は抑制することで、植物の完全不稔化が達成されてもよい。
【0073】
≪雄性不稔性のユリ属植物≫
本発明の一実施形態に係る雄性不稔性のユリ属植物(以下、「本実施形態のユリ属植物」と称する場合がある)は、以下の(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子の機能が欠損又は抑制されており、花粉生産能を有さない。
(A)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(C)配列番号1で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ花粉形成能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0074】
本実施形態のユリ属植物は、花粉生産能を有さない、雄性完全不稔性のユリ属植物である。
【0075】
本実施形態のユリ属植物は、例えば、上述した「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」に記載の方法により得られる。また、上記(A)~(C)のいずれかのTDF1遺伝子については、上述した「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」において説明されたものと同様である。
【0076】
本実施形態のユリ属植物としては、中でも、切り花として流通している品種であることが好ましい。このようなユリ属植物としては、上述した「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」において説明されたものと同様である。
【0077】
≪ベクター≫
本発明の一実施形態に係るベクター(以下、「本実施形態のベクター」と称する場合がある)は、Cas9をコードする核酸と、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸と、を含む。
【0078】
本実施形態のベクターによれば、花粉生産能を有さない、雄性完全不稔性のユリ属植物を製造することができる。
【0079】
Cas9をコードする核酸としては、上述の「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」において例示されたものと同様である。
【0080】
上記配列番号2で表される塩基配列を含む核酸は、TDF1遺伝子中の標的配列を含む核酸、すなわちTDF1遺伝子を標的とするガイドRNAをコードする核酸である。
【0081】
よって、本実施形態のベクターを植物内に導入することで、Cas9、及び、TDF1遺伝子を標的とするガイドRNAが発現する。そのため、CRISPR/Casシステムにより、TDF1遺伝子が改変されて、雄性完全不稔性のユリ属植物を作出することができる。
【0082】
ベクターとしては、発現ベクターであることが好ましい。
植物へのベクターの導入方法や発現ベクターの種類及び構成等は、上述の「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」において例示されたものと同様である。
【0083】
また、本実施形態のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、Cas9をコードする核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0084】
また、本実施形態のベクターは、Cas9をコードする核酸、及び、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸の他に、薬剤耐性配列等の配列を有していてもよい。
【0085】
本実施形態のベクターは、周知の遺伝子組み換え技術を用いて、Cas9をコードする核酸、及び、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸を、ベクターに組み込むことで製造可能である。当該核酸を組み込む際には、市販の発現用ベクター作製キットを用いてもよい。
【0086】
≪ベクターセット≫
本発明の一実施形態に係るベクターセット(以下、「本実施形態のベクターセット」と称する場合がある)は、Cas9をコードする核酸を含む第1のベクターと、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸を含む第2のベクターと、を備える。
【0087】
本実施形態のベクターセットによれば、花粉生産能を有さない、雄性完全不稔性のユリ属植物を製造することができる。
【0088】
Cas9をコードする核酸としては、上述の「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」において例示されたものと同様である。
【0089】
上記配列番号2で表される塩基配列を含む核酸は、TDF1遺伝子中の標的配列を含む核酸、すなわちTDF1遺伝子を標的とするガイドRNAをコードする核酸である。
【0090】
よって、上記第1のベクター及び上記第2のベクターを植物内に導入することで、Cas9、及び、TDF1遺伝子を標的とするガイドRNAが発現する。そのため、CRISPR/Casシステムにより、TDF1遺伝子が改変されて、雄性完全不稔性のユリ属植物を作出することができる。
【0091】
上記第1のベクター及び上記第2のベクターとしては、発現ベクターであることが好ましい。
植物へのベクターの導入方法や発現ベクターの種類及び構成等は、上述の「花粉の生産能を有さない雄性不稔性のユリ属植物の作出方法」において例示されたものと同様である。
【0092】
本実施形態のベクターセットにおいて、第1のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、Cas9をコードする核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0093】
また、本実施形態のベクターセットにおいて、第2のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、上記配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0094】
また、本実施形態のベクターセットにおいて、第1のベクター及び第2のベクターは、それぞれCas9をコードする核酸、及び、上記配列番号2で表される塩基配列を含む核酸の他に、薬剤耐性配列等の配列を有していてもよい。
【0095】
本実施形態のベクターセットにおいて、第1のベクター及び第2のベクターは、周知の遺伝子組み換え技術を用いて、それぞれCas9をコードする核酸、及び配列番号2で表される塩基配列を含む核酸をそれぞれ、ベクターに組み込むことで製造可能である。当該核酸を組み込む際には、市販の発現用ベクター作製キットを用いてもよい。
【実施例0096】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0097】
[実施例1]
(シンテッポウユリにおける雄性完全不稔が生じる原因遺伝子の特定)
秋田県農業試験場におけるシンテッポウユリの交配育種の過程で無花粉個体を分離し、近親系統との交配により、シンテッポウユリの無花粉系統(秋試1号)を得た。
【0098】
次いで、雄性完全不稔が生じる原因遺伝子を特定するために、シンテッポウユリの有花粉系統と、無花粉系統(秋試1号)について、RNA次世代シークエンシング(RNA-seq)解析を行なった。具体的には、シンテッポウユリの有花粉系統及び無花粉系統(秋試1号)において、蕾長10mm以上14mm以下程度の葯から、RNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN製)を用いてRNAを抽出した。シンテッポウユリの有花粉系統及び無花粉系統それぞれ3個体のRNAを均等に混合(バルク化)して、Illumina Hi-seq HiSeq2500を用いてRNA次世代シークエンシング(RNA-seq)解析を行なった。fastqcを用いて得られたデータを精製後、TRINITYを用いて、de novoアセンブル解析を行なった。さらに、解析されたデータにおいて発現量が有花粉系統及び無花粉系統(秋試1号)間で10倍異なるものをDifferential Expressed Gene(DEG)として抽出した。抽出された遺伝子について、Swissprot database内を検索し、E-value:10-10を基準としてホモログである遺伝子を検索した(BLASTx解析)。次いで、ホモログとされた遺伝子についてアノテーションを行った(GO解析)。同定された遺伝子の一覧を以下の表1及び表2に示す。
【0099】
【0100】
【0101】
花粉-タペータム組織の発達に関連する遺伝子及びアノテーションされたDEGの内、有花粉系統のみで転写が確認されたDEGを検出した結果、当該遺伝子は、Arabidopsis thalianaのTDF1(MYB35)とホモログであることが示された。よって、当該遺伝子を「LfTDF1遺伝子」と名付けた。
【0102】
また、
図1に示すように、ゲノムとcDNAとを用いて、DNAの塩基配列を決定した。なお、LfTDF1遺伝子のcDNAを配列番号4に示す。
【0103】
さらに、シンテッポウユリは、タカサゴユリとテッポウユリとを掛け合わせた品種であることから、シンテッポウユリとタカサゴユリ又はテッポウユリでのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を確認した。結果を
図2A~
図2C(シンテッポウユリとタカサゴユリでのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性比較)及び
図3A~
図3C(シンテッポウユリとテッポウユリでのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性比較)に示す。また、
図2A~
図2C及び
図3A~
図3CにおけるシンテッポウユリのTDF1遺伝子の塩基配列を配列番号5に、
図2A~
図2CにおけるタカサゴユリのTDF1遺伝子の塩基配列を配列番号6に、
図3A~
図3CにおけるテッポウユリのTDF1遺伝子の塩基配列を配列番号7に示す。
図2A~
図2C及び
図3A~
図3Cに示すように、シンテッポウユリとタカサゴユリでのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性は99.9%、シンテッポウユリとテッポウユリ(品種:ひのもと)のTDF1遺伝子の塩基配列の相同性は98.6%であり、これらユリ品種間でTDF1遺伝子が高度に保存されていることが確かめられた。
【0104】
さらに、シンテッポウユリとオリエンタルハイブリッド品種であるシベリアでのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性を確認した。結果を
図4A~
図4Cに示す。
図4A~
図4CにおけるシンテッポウユリのTDF1遺伝子の塩基配列を配列番号5に、シベリアのTDF1遺伝子の塩基配列を配列番号8に示す。
図4A~
図4Cに示すように、シンテッポウユリとシベリアでのTDF1遺伝子の塩基配列の相同性は95.7%であり、ユリ属植物に属する品種間においてもTDF1遺伝子が高度に保存されていることが確かめられた。
【0105】
[実施例2]
(ユリLfTDF1遺伝子の発現解析)
シンテッポウユリの有花粉系統及び無花粉系統(秋試1号)において、蕾の発達段階別にクラス分けし、抽出したRNAを用いて、定量RT-PCR(qRT-PCR)を実施した。なお、qRT-PCRは各クラス内で3反復行った。用いたプライマーの配列を以下の表3に示す。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動した結果を
図5に示す。
図5において、「f2r2」はLfTDF1遺伝子特異的プライマーを用いたPCR産物を示し、「LfActin」は内在性コントロールとして、Actin遺伝子特異的プライマーを用いたPCR産物を示す。
【0106】
【0107】
図5に示すように、有花粉系統では、LfTDF1遺伝子の発現が認められたのに対して、無花粉系統(秋試1号)では、LfTDF1遺伝子の発現が認められなかった。
【0108】
また、有花粉系統の葯、雌ずい、花被及び葉から抽出されたRNAについて、LfTDF1遺伝子特異的プライマー及び内在性コントロールとして、Actin遺伝子特異的プライマーを用いて、定量RT-PCR(qRT-PCR)を実施した。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動した結果を
図6に示す。
図6において#は個体番号を示す。
図6に示すように、LfTDF1遺伝子の発現は葯においてのみ認められた。
【0109】
さらに、有花粉系統の葯の生育ステージ別でのLfTDF1遺伝子の発現の変化を
図7(得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動した結果)に示す。
図7に示すように、有花粉系統では、LfTDF1遺伝子の発現がPMC増殖前半以降において認められることが明らかとなった。また、無花粉系統の形態観察から、蕾長が19mm以上22.9mm程度の減数分裂期前半のステージにあたる時期において、花粉の退化が起こることが明らかとなった。
【0110】
[実施例3]
(有花粉系統及び無花粉系統における表現型調査及びLfTDF1遺伝子のジェノタイピング)
次いで、無花粉系統同士、無花粉系統及び有花粉系統、並びに、有花粉系統同士を掛け合わせた個体について表現型を調査した。また、各個体におけるLfTDF1遺伝子の発現有無について、各個体から抽出されたRNAを試料として、以下の表4に示す2種類のプライマーを用いたRT-PCRを行うことで確認した。LfTDF1遺伝子のcDNAとプライマーにより増幅されるPCR産物の対応を
図8に示す。表現型調査及びLfTD1遺伝子のジェノタイピングの結果を表5に示す。
【0111】
【0112】
【0113】
表5に示すように、有花粉ヘテロ個体×有花粉ヘテロ個体から得られた分離集団において、LfTDF1遺伝子は一遺伝子性の優性(顕性)遺伝子であることが確かめられた。また、表5の中段及び下段に示した予備選抜集団(無花粉の個体を選抜したが、有花粉も散在する)においては、表現型とPCRでのLfTDF1遺伝子の遺伝子型判定が例外なく一致した。
【0114】
[実施例4]
(突然変異系統での葯の生育ステージ別の形態観察)
無花粉系統、有花粉系統、並びに、γ線照射により突然変異を誘発させた2系統(#72及び#318)について、蕾の発達各段階に葯を採取した。なお、#72及び#318の2系統は、花粉の形成が見られるものの、稔性を有さない雄性不稔化個体である。次いで、採取した葯をFormalin-Acetic acid-Alcohol(FAA)固定液で固定後、パラフィン包埋し、ミクロトームにより薄切りを作製した。次いで、0.05v/w%トルイジンブルー溶液(pH4.1、富士フィルム和光純薬製)を用いて染色し、顕微鏡で観察した。結果を
図9に示す。
図9において、各画像の左下に記載の数値は、蕾長を示し、右下のスケールバーは100μmである。
【0115】
図9に示すように、有花粉系統及びγ線照射により突然変異を誘発させた2系統(#72及び#318)では、蕾の発達に応じて、葯内で配偶子の発達が進行していた。一方で、無花粉系統(秋試1号)では、蕾長が19mm以上22.9mm程度の減数分裂期前半のステージにあたる時期において、花粉の退化が起こり、花粉だけでなく、不稔花粉の殻(残渣)も形成されないことが確かめられた。
本実施形態の方法によれば、ユリ属植物において花粉の生産能を有さない雄性不稔を誘発させることができる。本実施形態の作出方法、ベクター及びベクターセットによれば、花粉生産能を有さない、雄性完全不稔性のユリ属植物が得られる。本実施形態のユリ属植物は、花粉生産能を有さない、雄性完全不稔性のユリ属植物である。