(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022076932
(43)【公開日】2022-05-20
(54)【発明の名称】摺動部材、潤滑油および摺動機構
(51)【国際特許分類】
   F16C  33/16        20060101AFI20220513BHJP        
   F16C  17/00        20060101ALI20220513BHJP        
   F16C   9/02        20060101ALI20220513BHJP        
   F16J   9/26        20060101ALI20220513BHJP        
   C10M 105/32        20060101ALI20220513BHJP        
   C10M 105/38        20060101ALI20220513BHJP        
   C10N  20/00        20060101ALN20220513BHJP        
   C10N  40/02        20060101ALN20220513BHJP        
   C10N  30/00        20060101ALN20220513BHJP        
   C10N  40/04        20060101ALN20220513BHJP        
   C10N  30/06        20060101ALN20220513BHJP        
【FI】
F16C33/16 
F16C17/00 Z 
F16C9/02 
F16J9/26 C 
C10M105/32 
C10M105/38 
C10N20:00 Z 
C10N40:02 
C10N30:00 Z 
C10N40:04 
C10N30:06 
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020187588
(22)【出願日】2020-11-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り  (1)  ▲1▼発行日  令和2年11月2日  ▲2▼刊行物  トライボロジー会議2020秋  別府  予稿集、P231、232  ▲3▼公開者  内海  慶春、高松  玄、吉田  健太郎、加納  眞、文字山  峻輔、小田  和裕
(71)【出願人】
【識別番号】591029699
【氏名又は名称】日本アイ・ティ・エフ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO  WORLD  PATENT  &  TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】内海  慶春
(72)【発明者】
【氏名】高松  玄
【テーマコード(参考)】
3J011
3J033
3J044
4H104
【Fターム(参考)】
3J011AA10
3J011AA20
3J011DA01
3J011DA02
3J011JA02
3J011LA04
3J011MA02
3J011NA01
3J011NA03
3J011QA04
3J011RA03
3J011SB12
3J011SB13
3J011SB14
3J011SB20
3J011SE02
3J033AA05
3J033GA07
3J033GA11
3J044AA12
3J044AA20
3J044BB14
3J044BB19
3J044BB26
3J044BB28
3J044BB30
3J044BB39
3J044BC06
4H104BB31A
4H104BB34A
4H104EA22A
4H104LA03
4H104LA20
4H104PA01
4H104PA02
(57)【要約】
【課題】生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下で十分な低摩擦性を発現可能な摺動機構を実現する。
【解決手段】摺動機構(1)は、摺動部材(10)、相手材(20)および潤滑油(30)で構成されている。摺動部材(10)は、特定の炭素系被膜(12)を介して、回転運動可能な相手材(20)に当接している。潤滑油(30)は、生分解性を有するエステル系の潤滑油であり、炭素系被膜(12)と相手材(20)との間に介在している。
【選択図】
図1
 
【特許請求の範囲】
【請求項1】
  基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、
  生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において前記炭素系被膜にて相手材と相対的に摺動可能であり、
  前記炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜を含む、摺動部材。
【請求項2】
  基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、
  生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において前記炭素系被膜にて相手材と相対的に摺動可能であり、
  前記炭素系被膜は、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜を含む、摺動部材。
【請求項3】
  前記炭素系被膜は複数の層で構成され、
  前記複数の層のうち、前記炭素系被膜の表面に位置する層は、前記水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、前記水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、である、請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
  前記炭素系被膜の表面の算術平均粗さは0.1μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項5】
  前記炭素系被膜の表面の平滑部における算術平均粗さは0.01μm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項6】
  建築機械、船舶、海洋構造物、ダム・水門設備、水力発電装置、食品製造装置、食品加工装置、飲料製造装置、医薬品製造装置および医療機器からなる群から選ばれる一以上の装置において、前記生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において前記炭素系被膜で当接して前記相手材と相対的に摺動するのに使用される、請求項1~5のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項7】
  自動車のエンジンにおけるカムフォロワ、ピストンリング、クランクジャーナル、自動車の駆動系における歯車および転がり軸受からなる群から選ばれる一以上の器具において、前記、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において前記炭素系被膜で当接して前記相手材と相対的に摺動するのに使用される、請求項1~5のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項8】
  エステル系であり、生分解性を有する、
  基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、前記炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、を含む摺動部材の、前記炭素系被膜とそれに当接する前記相手材との相対的な摺動箇所に介在させるための潤滑油。
【請求項9】
  炭素数が5~10であり、アルコールの価数が3~6価のネオペンチルポリオールと、炭素数6~22の直鎖脂肪酸とのエステル化合物を含む潤滑油であり、水酸基価が0.1~100mgKOH/gであり、かつ酸価が5.0mgKOH/g以下であることを特徴とする請求項8に記載の潤滑油。
【請求項10】
  請求項1~7のいずれか一項に記載の摺動部材、前記炭素系被膜で当接して前記摺動部材と相対的に摺動可能な相手材、および、前記炭素系被膜と前記相手材との間に介在する、生分解性を有するエステル系の潤滑油、を含む摺動機構。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
  本発明は、摺動部材、潤滑油および摺動機構に関する。
【背景技術】
【0002】
  互いに接触する二つの部材が摺動する摺動機構は、様々な機械において使用されている。摺動機構では、低摩擦性が求められている。比較的高温または高圧に曝される摺動機構(例えばベアリングおよびジョイント部など)では、潤滑材として潤滑油ではなくグリースが使用される傾向にある。このような摺動機構には、エステル油またはエーテル油を基油とするグリースの存在下で摺動部材と相手材とが互いに摺動する摺動機構であり、摺動部材の摺動部は、水素含有量が20原子%以下の硬質炭素被膜で被覆されている機構が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
  グリースにエステル油またはエーテル油を基油とするグリースを用い、一方の摺動部材の摺動部に、水素含有量が20原子%以下の硬質炭素膜を被覆することにより、優れた低摩擦特性が得られる。
【0005】
  しかしながら、上述のような従来技術は、潤滑材としてグリースが使用されている。潤滑油の存在下で使用される摺動機構においても同様に低摩擦性が求められているが、従来技術は、潤滑油摺動する機構における低摩擦性を実現する観点から検討の余地が残されている。
【0006】
  また、近年、環境への負荷を軽減することが求められている。上記の摺動機構においても、その使用による環境への負荷を軽減することが求められている。
【0007】
  本発明の一態様は、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下で十分な低摩擦性を発現可能な摺動機構を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
  上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る摺動部材は、基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において前記炭素系被膜にて相手材と相対的に摺動可能であり、前記炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜を含む。
【0009】
  また、上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る摺動部材は、基材と、前記材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において前記炭素系被膜にて相手材と相対的に摺動可能であり、前記炭素系被膜は、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜を含む。
【0010】
  また、上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る潤滑油は、エステル系であり、生分解性を有する潤滑油であって、基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、前記炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、を含む摺動部材の、前記炭素系被膜とそれに当接する前記相手材との相対的な摺動箇所に介在させるための潤滑油である。
【0011】
  さらに、上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る摺動機構は、上記の摺動部材、前記炭素系被膜で当接して前記摺動部材と相対的に摺動可能な相手材、および、前記炭素系被膜と前記相手材との間に介在する、生分解性を有するエステル系の潤滑油、を含む。
【発明の効果】
【0012】
  本発明の一態様によれば、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下で十分な低摩擦性を発現可能な摺動機構を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
            【
図1】本発明の一実施形態に係る摺動機構の構成の一例を模式的に示す図である。
 
            【
図2】本発明の実施例および比較例の摺動部材における摺動速度と摩擦係数との関係を示す図である。
 
            【
図3】本発明の実施例1の摺動部材における潤滑油ごとの摺動速度と摩擦係数との関係を示す図である。
 
            【
図4】本発明の実施例2の摺動部材における潤滑油ごとの摺動速度と摩擦係数との関係を示す図である。
 
          
【発明を実施するための形態】
【0014】
  本発明の実施形態は、潤滑油が使用される摺動部材の摩擦特性を改善する技術に関し、特に摺動速度の速い混合潤滑領域から流体潤滑領域の摺動特性を改善する技術に関する。
【0015】
  〔摺動部材〕
  本発明の実施形態に係る摺動部材は、生分解性を有するエステル系潤滑油の存在下において炭素系被膜にて相手材と相対的に摺動可能な部材である。摺動部材および相手材は、炭素系被膜を介して互いに摺動可能であればよく、一方が固定されていてもよいし、他方が固定されていてもよいし、両方が互いに移動可能であってもよい。また、摺動部材と相手材とのまた互いの動き方も、炭素系被膜を介して互いに摺動可能であればよい。
【0016】
  上記摺動部材は、基材と、基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有する。基材は、その表面における相手材に対向する位置に、少なくとも炭素系被膜を表面に担持することができればよい。基材の材質は、摺動機構の用途に応じて適宜に決めることができ、金属であってもよいし、非金属であってもよいし、樹脂組成物であってもよい。
【0017】
  [炭素系被膜]
  本発明の実施形態において、摺動部材は、少なくとも相手材と摺動する部分に炭素系被膜を有する。当該炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、を含んでもよい。以下、「水素原子を含有する非晶質炭素膜」を特に「a-C:H膜」とも言い、「水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜」を特に「スムースta-C膜」とも言う。
【0018】
  炭素系被膜は、a-C:H膜またはスムースta-C膜を少なくとも一層含んでいればよい。炭素系被膜は、上記のいずれかの膜の単層構造を有していてもよいし、上記の少なくとも何れかの膜を含む複数層の積層構造を有していてもよい。たとえば、炭素系被膜は、相手攻撃性を低減させる目的で、あるいは、耐摩耗性、耐焼き付き性または耐剥離性を向上する目的で、a-C:H膜およびスムースta-C膜を一回または繰り返し積層した構造を有していてもよい。あるいは、炭素系被膜は、a-C:H膜およびスムースta-C膜の少なくも一方と他の炭素系被膜とを一回または繰り返し積層した構造を有していてもよい。後述の潤滑油中における十分な低摩擦性を発現する観点から、炭素系被膜が複数の層で構成され、かつ炭素系被膜の表面層がa-C:H膜またはスムースta-C膜であることが好ましい。
【0019】
  炭素系被膜の表面の算術平均粗さは、大きすぎると摺動部材の摺動時において炭素系被膜が有する低摩擦性が十分に発現されないことがある。後述の潤滑油中で低摩擦性をより一層発現させる観点から、炭素系被膜の表面の算術平均粗さは、0.1μm以下であることが好ましく、0.05μm以下であることがより好ましく、0.02μm以下であることがさらに好ましい。炭素系被膜の表面の算術平均粗さは、潤滑油中で十分な低摩擦性が発現されればよく、例えば0.005μm以上であればよい。
【0020】
  当該算術平均粗さは、炭素系被膜の表面粗さを測定する公知の方法によって測定することが可能である。また、当該表面粗さは、基材の表面における炭素系被膜を形成する部分の仕上げあるいは研磨、または当該部分に形成した炭素系被膜の表面の研磨、などにより調整することが可能である。
【0021】
  炭素系被膜の表面の平滑部における算術平均粗さが十分に小さいことは、潤滑油中での低摩耗性をより高める観点から好ましい。ここで、「平滑部」とは、炭素系被膜の表面のうち、炭素系被膜の成膜に起因して生じるピンホールなどの欠陥を含まない部分である。当該欠陥は、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)による炭素系被膜の表面の観察により確認することが可能である。
【0022】
  低摩耗性をより高める観点から、炭素系被膜の表面の平滑部における算術平均粗さは、0.01μm以下であることが好ましく、0.005μm以下であることがより好ましく、0.002μm以下であることがさらに好ましい。上記平滑部の算術平均粗さは、潤滑油中での十分に高い低摩擦性が発現されればよいことから、例えば0.001μm以上であってよい。
【0023】
  平滑部の算術平均粗さは、平滑部のみの表面粗さを、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定することによって、求めることが可能である。また、平滑部の算術平均粗さは、炭素系被膜の製法または成膜の条件によって調整することが可能である。
【0024】
  <水素原子を含有する非晶質炭素膜(a-C:H膜)>
  本発明の実施形態において、a-C:H膜の水素の含有量は、少なすぎると、エステル系の生分解油中での摺動において十分に低い摩擦性が得られなくなることがあり、多すぎると耐摩耗性が不十分となることがある。a-C:H膜の水素の含有量は、炭素系被膜の摩擦係数の増加を抑制する観点から、15原子%以上であることが好ましく、20原子%以上であることがより好ましく、25原子%以上であることがさらに好ましい。また、a-C:H膜の水素の含有量は、摩耗を抑制する観点から、40原子%以下であることが好ましく、35原子%以下であることがより好ましく、30原子%以下であることがさらに好ましい。
【0025】
  a-C:H膜は、プラズマCVD法によって製造することが可能である。また、a-C:H膜の水素の含有量は、弾性反跳検出分析(ERDA)によって求めることが可能である。また、a-C:H膜の水素の含有量は、a-C:H膜製造時における原料ガスの種類および供給量によって適宜に調整することが可能である。
【0026】
  本発明の実施形態において、a-C:H膜の膜硬度は、低すぎると、耐摩耗性が不十分になることがある。a-C:H膜の膜硬度は、摩耗を抑制する観点から、10GPa以上であることが好ましく、15GPa以上であることがより好ましく、20GPa以上であることがさらに好ましい。a-C:H膜の膜硬度の上限は制限されないが、a-C:H膜の膜硬度は、摩耗を十分に抑制可能な観点から、30GPa以下であってよい。
【0027】
  a-C:H膜の膜硬度は、ナノインデンテーション法によって求めることが可能である。また、a-C:H膜の膜硬度は、水素の含有量または成膜条件によって調整することが可能である。
【0028】
  本発明の実施形態において、a-C:H膜の膜厚は、薄すぎると、摺動により摩滅して耐久性不足となることがある。a-C:H膜の膜厚は、摩滅を抑制する観点から、0.5μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましく、2μm以上であることがさらに好ましい。a-C:H膜の膜厚の上限は制限されないが、a-C:H膜の膜厚は、摩滅を十分に抑制可能な観点から、5μm以下であってよい。
【0029】
  a-C:H膜の膜厚は、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面観察によって求めることが可能である。また、a-C:H膜の膜厚は、成膜時間によって調整することが可能である。
【0030】
  a-C:H膜における水素以外の成分は、全て炭素であってよいし、本実施形態の効果が得られる範囲において、他の元素を含んでいてもよい。他の元素は一種でもそれ以上でもよく、当該元素による効果がさらに得られる範囲において適宜に使用されればよい。当該他の元素の例には、Ti、Si、Cr、WおよびBが含まれる。これらの他の元素は、プラズマCVD法における公知の方法、あるいは、これらの原料をスパッタターゲットに使用し、炭化水素ガスを炭素、および水素の供給源とする公知のスパッタ法、によってa-C:H膜に配合することが可能である。他の元素は、a-C:H膜中に一様に分布していてもよいし、偏在していてもよい。
【0031】
  摩擦する二部材の微視的状態として、摺動の速度の遅い順に、境界潤滑、混合潤滑、および流体潤滑が知られている。a-C:H膜は、摺動部材の摺動の速度がより高い潤滑の状態でより優れた摩擦性(滑り性)を発現する。
【0032】
  <水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜(スムースta-C膜)>
  本発明の実施形態において、スムースta-C膜の膜硬度は、低すぎると、耐摩耗性が不十分になることがあり、あるいは境界潤滑における摩擦係数が増加することがある。一方で当該膜硬度が高すぎると、スムースta-C膜が剥離しやすくなることがある。スムースta-C膜の膜硬度は、摩耗または境界潤滑における摩擦係数の増加を抑制する観点から、30GPa以上であることが好ましく、35GPa以上であることがより好ましく、40GPa以上であることがさらに好ましい。また、スムースta-C膜の膜硬度は、スムースta-C膜の剥離を抑制する観点から、70GPa以下であることが好ましく、65GPa以下であることがより好ましく、60GPa以下であることがさらに好ましい。
【0033】
  スムースta-C膜は、スパークレスアーク法によって製造することが可能である。スムースta-C膜の膜硬度は、ナノインデンテーション法によって求めることが可能である。また、スムースta-C膜の膜硬度は、成膜時の基材温度または基材に印加するバイアス電圧などの成膜条件によって調整することが可能である。
【0034】
  本発明の実施形態において、スムースta-C膜の膜厚は、薄すぎると、摺動により摩滅して耐久性不足となることがある。スムースta-C膜の膜厚は、摩滅を抑制する観点から、0.3μm以上であることが好ましく、0.5μm以上であることがより好ましく、1μm以上であることがさらに好ましい。スムースta-C膜の膜厚の上限は制限されないが、スムースta-C膜の膜厚は、摩滅を十分に抑制可能な観点から、3μm以下であってよい。
【0035】
  スムースta-C膜の膜厚は、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面観察によって求めることが可能である。また、スムースta-C膜の膜厚は、成膜時間によって調整することが可能である。
【0036】
  スムースta-C膜は、全て炭素で構成されていてもよいし、本実施形態の効果が得られる範囲において、他の元素を含んでいてもよい。ただし、スムースta-C膜は、実質的に水素を含まない。ここで「実質的に含まない」とは、成膜時に成膜チャンバー内の残留水分などから不可避的に膜中に取り込まれる水素以外の水素を含まないことを意味し、意図せず水素が混入し得る範囲であれば、スムースta-C膜は水素を含有していてもよい。スムースta-C膜における水素の許容量は、一概には言えないが、例えば5原子%以下であってよい。
【0037】
  また、スムースta-C膜は、マクロパーティクルを実質的に含有しない。ここで、マクロパーティクルとは、一般的な真空アーク蒸着法による成膜に起因して発生するグラファイト粒子である。マクロパーティクルは、一般に数十nmの径を有する粒子であり、例えば成膜時における陰極から飛来するなど、成膜に起因して炭素系被膜中に取り込まれる粒子である。スムースta-C膜を成膜するために使用されるスパークレスアーク法は、真空アーク蒸着法の一種であるが、原理的にマクロパーティクルが発生しないスパークレス放電により成膜するため、マクロパーティクルを実質的に含有しない被膜が得られる。ここで「実質的に含有しない」とは、成膜チャンバー内に残存するダストや、スパークレス放電の異常により発生したマクロパーティクルなど、意図せず取り込まれるマクロパーティクル以外のマクロパーティクルを含有しないことを意味する。
【0038】
  スムースta-C膜は、本実施形態の効果が得られる範囲において、水素以外の他の元素を含んでいてもよい。当該他の元素は一種でもそれ以上でもよく、当該元素による効果がさらに得られる範囲において適宜に使用されればよい。当該他の元素の例には、Ti、Si、Cr、WおよびBが含まれる。これらの他の元素は、スパークレスアーク法における公知の方法によってスムースta-C膜に配合することが可能である。他の元素は、スムースta-C膜中に一様に分布していてもよいし、偏在していてもよい。
【0039】
  スムースta-C膜は、a-C:H膜に比べると、摺動速度が低いほどより低い摩擦性(高い滑り性)を示し、潤滑領域の全般において十分に低い摩擦性を発現する。流体潤滑の状態での摩擦性は、a-C:H膜に比べて若干高くなる傾向がある。
【0040】
  <その他の層>
  本発明の実施形態における炭素系被膜は、本発明の実施形態における効果が得られる範囲において、前述したa-C:H膜およびスムースta-C膜以外の他の層をさらに含んでいてもよい。他の層は、一層でもそれ以上でもよい。たとえば、炭素系被膜は、基材と炭素系被膜との密着性を高める観点から、炭素系被膜の最下層に密着層を有していてもよい。当該密着層は、例えば、Cr、Ti、W、Siおよびこれらの炭化物によって構成することが可能である。密着層は、スパッタ法、真空アーク蒸着法、プラズマCVD法などの公知の方法によって製造することが可能である。密着層を構成する元素は、基材の表面の組成に応じて適宜に決めることが可能である。
【0041】
  また、炭素系被膜は、炭素系被膜の表面を覆う保護層をさらに有していてもよい。保護層は、摺動部材の使用前の処理または使用によって消滅可能な層である。摺動部材の使用により消滅する保護層の例には、a-C:H膜またはスムースta-C膜よりも低い膜硬度を有する非晶質炭素膜が含まれる。このような保護層は、いわゆる初期なじみ層として機能し、摺動部材の摺動運転の条件が十分に確立したときにa-C:H膜またはスムースta-C膜が露出して所期の低摩耗性を発現することを可能にすることができる。
【0042】
  [その他の構成]
  摺動部材は、本発明の実施形態における効果を奏する範囲において、他の構成をさらに含んでいてもよい。
  [用途]
  摺動部材は、前述したように、相対的に摺動する二つの部材の一方であればよく、摺動に際して移動する部材であってもよいし、固定されている部材であってもよい。より詳しくは、摺動部材は、一方の部材とそれに当接した状態で回転運動する他方の部材とのいずれであってもよいし、一方の部材とそれに当接した状態で直線往復運動する他方の部材とのいずれであってもよい。当該一方の部材と他方の部材は、少なくとも一方が摺動のための運動をすればよく、両方が摺動のための運動をしてもよい。摺動部材が上記の一方の部材である場合、相手材は上記の他方の部材である。また、摺動機構において、相対的に摺動する二つの部材の両方に、本発明の実施形態に係る摺動部材を用いることも可能である。
【0043】
  より詳しくは、相手材は、炭素系被膜を有していなくてもよいし、めっき層のような炭素系被膜以外の他の表面層を有していてもよい。また、相手材は、前述のa-C:H膜およびスムースta-C膜以外の非晶質炭素系被膜を有していてもよいし、a-C:H膜およびスムースta-C膜の一方または両方を有していてもよい。
【0044】
  本発明の実施形態における摺動部材は、生分解性のエステル系潤滑油の存在下で使用され、前述のa-C:H膜またはスムースta-C膜を介して相手材と摺動することから、極めて低い摩擦を生じさせることができる。特に、摺動速度の速い混合潤滑から流体潤滑領域において、極めて低い摩擦が得られる。よって、これらの特徴が活かされる様々な用途に使用することが可能である。
【0045】
  たとえば、本発明の実施形態における摺動部材は、建築機械、船舶、海洋構造物、ダム・水門設備、水力発電装置、食品製造装置、食品加工装置、飲料製造装置、医薬品製造装置および医療機器からなる群から選ばれる一以上の装置において、後述の生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において炭素系被膜で当接して相手材と相対的に摺動するのに使用され得る。
【0046】
  上記摺動部材は、上述のように、生分解性を有する潤滑油の存在下で使用され、かつ摺動速度が速い潤滑領域での低摩擦性に優れる。このため、当該摺動部材は、建築機械、船舶、海洋構造物、ダム・水門設備および水力発電装置などの装置における摺動する部品として使用されることにより、当該摺動部材の使用による土壌、地下水、海洋、湖沼、河川の汚染を防止することができる。
【0047】
  また、上記摺動部材は、同様の理由で、食品製造装置、食品加工装置、飲料製造装置、医薬品製造装置および医療機器などの装置における摺動する部品として使用されることにより、当該摺動部材の使用による人体への影響を実質的に抑制することができる。
【0048】
  また、本発明の実施形態における摺動部材は、自動車のエンジンにおけるカムフォロワ、ピストンリング、クランクジャーナル、自動車の駆動系における歯車および転がり軸受からなる群から選ばれる一以上の器具において、後述の生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において炭素系被膜で当接して相手材と相対的に摺動するのに使用され得る。
【0049】
  上記摺動部材は、大量に生産される自動車において、上記の用途で使用されることにより、内燃機関車の燃費改善、電気自動車の継続走行距離の改善が図られるとともに、当該自動車の運転、使用に伴う環境への負荷をより軽減することが可能になる。
【0050】
  〔潤滑油〕
  [構成]
  本発明の実施形態における潤滑油は、OECDテストガイドライン301A、301B、301C、301D、301Eおよび301Fのいずれかに従って生分解性試験を行ったとき、生分解性が50%以上を有するエステル系の潤滑油である。たとえば、潤滑油は、実質的に以下のエステル化合物で構成される。
【0051】
  <エステル化合物>
  当該エステル化合物は、炭素数が5~10であり、アルコールの価数が3~6価のネオペンチルポリオールと、炭素数6~22の直鎖脂肪酸とのエステル化合物である。
【0052】
  本発明の実施形態における「ネオペンチルポリオール」とは、水酸基に対するβ位の炭素に水素原子を持たないネオペンチル骨格を有するアルコールである。本発明におけるネオペンチルポリオールは、炭素数が5~10であり、かつアルコールの価数が3~6価のネオペンチルポリオールである。2価のネオペンチルポリオールとしては、例えば、ネオペンチルグリコールが挙げられ、3価のネオペンチルポリオールとしては、例えば、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパンなどが挙げられ、4価のネオペンチルポリオールとしては、例えば、ペンタエリスリトールなどが挙げられ、6価のネオペンチルポリオールとしては、例えば、ジペンタエリスリトールが挙げられる。これらのネオペンチルポリオールの中から一種を単独で、または二種以上を組み合わせて使用することができる。
【0053】
  上記ネオペンチルポリオールのうち、好ましくは2~4価のネオペンチルポリオールを使用することができ、特に好ましくは2価のネオペンチルグリコール、3価のトリメチロールプロパンを使用することができる。
【0054】
  本発明の実施形態において使用する炭素数6~22の直鎖脂肪酸とは、炭素数6~22の直鎖飽和脂肪酸、炭素数6~22の直鎖不飽和脂肪酸もしくはそれらの混合脂肪酸である。炭素数6~22の直鎖飽和脂肪酸とは、例えば、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸またはベヘン酸である。炭素数6~22の直鎖不飽和脂肪酸とは、例えば、パルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸またはエルカ酸である。
【0055】
  上記直鎖飽和脂肪酸および直鎖不飽和脂肪酸においては、好ましくはオレイン酸、リノール酸、リノレン酸であり、さらに好ましくはオレイン酸である。炭素数が6より少ない場合、潤滑性(低摩擦性)が低下する恐れがある。一方で、炭素数が22よりも多い場合、生成するエステルが固体となり、潤滑油として使用できない恐れがある。
【0056】
  エステル化合物は、ネオペンチルポリオールと直鎖脂肪酸とを直接反応させる方法、エステル交換により合成する方法などの既知の方法で製造することができる。また、エステル化後、必要に応じ、未反応の直鎖脂肪酸などの除去を目的として、減圧留去、アルカリ中和後の水洗処理などの除去方法を行ってもよい。
【0057】
  <その他の成分>
  潤滑油は、本発明の実施形態の効果を損なわない範囲において、上記のエステル化合物以外の他の成分をさらに含有していてもよい。例えば、フェノール系、アミン系、キノリン系などの酸化防止剤、ベンゾトリアゾール、チアジアゾールまたはジチオカーバメートなどの金属不活性化剤、エポキシ化合物またはカルボジイミドなどの酸補足剤、リン系の極圧剤などの公知の添加剤を目的に応じて適宜配合することができる。
【0058】
  [水酸基価]
  上記潤滑油の水酸基価は、低すぎると潤滑性(低摩擦性)が低下する恐れがあり、高すぎると安定性が低下する恐れがある。潤滑油の水酸基価は、潤滑性(低摩擦性)の観点から、0.1mgKOH/g以上であることが好ましく、1mgKOH/g以上であることがより好ましく、10mgKOH/g以上であることがさらに好ましい。また、潤滑油の水酸基価は、安定性の観点から、100mgKOH/g以下であることが好ましく、90mgKOH/g以下であることがより好ましく、80mgKOH/g以下であることがさらに好ましい。
【0059】
  [酸価]
  上記潤滑油の酸価は、高すぎると潤滑油の安定性を損なうことがある。潤滑油の酸価は、安定性の観点から、5.0mgKOH/g以下であることが好ましく、4.0mgKOH/g以下であることがより好ましく、3.0mgKOH/g以下であることがさらに好ましい。
【0060】
  [生分解度]
  本発明の実施形態における潤滑油は、生分解性を有する。たとえば、潤滑油は、OECDテストガイドライン301A、301B、301C、301D、301Eおよび301Fのいずれかの試験法で測定した生分解度が50%以上であり、60%以上であることが好ましい。
【0061】
  [その他の成分]
  本発明の実施形態における潤滑油は、前述した摺動部材の、炭素系被膜とそれに当接する相手材との相対的な摺動箇所に介在する。当該潤滑油は、当該摺動箇所に介在する観点から必要な、あるいは好適なさらなる構成を有していてもよい。たとえば、潤滑油は、高速の摺動による潤滑領域に適した分子構造、分子量、組成、好適な添加剤の含有などの、摺動部材の摺動がもたらす所定の潤滑領域に応じる構成をさらに有していてもよい。また、潤滑油は、生分解性を所望の程度の生分解性に調整するための分子構造、分子量、組成、好適な添加剤の含有などの、所期の生分解性に応じる構成をさらに有していてもよい。
【0062】
  〔摺動機構〕
  本発明の実施形態における摺動機構は、前述の摺動部材、相手材および潤滑油を含む。摺動機構において、潤滑油は、摺動部材の炭素系被膜と相手材との間に介在する。
【0063】
  図1は、本発明の実施形態に係る摺動機構の構成の一例を模式的に示す図である。
図1に示されるように、摺動機構1は、摺動部材10、相手材20および潤滑油30で構成されている。
 
【0064】
  摺動部材10は、直方体状の基材11と、その一方の主面上に形成されている炭素系被膜12とを有している。炭素系被膜12は、前述したa-C:H膜またはスムースta-C膜を含んでいる。a-C:H膜またはスムースta-C膜は、炭素系被膜12の表面層である。摺動部材10は、他方の主面側から所望の荷重が印加されるように構成されている。
【0065】
  相手材20は、円筒状の部材であり、その中心軸を回転軸として矢印S方向に所望の速度で回転可能に配置されている。相手材20の外周面には、荷重の印加によって摺動部材10が相手材20に向けて付勢されて当接しており、炭素系被膜12は、荷重の大きさに応じて相手材20の外周面に押し付けられる。
【0066】
  潤滑油30は、前述した生分解性を有するエステル系の潤滑油である。摺動部材10および相手材20の両方が潤滑油30中に没しており、炭素系被膜12と相手材20との当接箇所には常に潤滑油30が介在している。潤滑油は、摺動面に必要十分な量が供給される機構によって摺動面に十分に供給することが可能である。当該潤滑油を摺動面に十分に供給する方法には、例えば、相手材の一部が潤滑油に没するように配置され、相手材の回転によって潤滑油を摺動面に供給する方法、あるいは、摺動部材10および相手材20の一方または両方の摺動面に潤滑油を滴下する方法、を使用することができる。
【0067】
  回転数が遅い領域では、摺動部材10は荷重で相手材20に向けて押圧されているため、炭素系被膜12の表面と相手材20の外周面とは密接し、潤滑油30は、それらの間に薄い油膜として存在し、固体接触の面積が増える。そのため、摺動部材10(炭素系被膜12)の摩擦係数は最も高くなる(境界潤滑領域)。相手材20の回転速度が増すにつれて、摺動部材10と相手材20との間の油膜の厚さも厚くなり、両者の摩擦も軽減していく(混合潤滑領域)。相手材20の回転速度がさらに増すと、摺動部材10と相手材20との間の油膜の厚さは十分に厚くなり、摺動部材10の摩擦係数は最小となる(弾性流体領域)。以後、相手材20の回転数の増加に伴い、摺動部材10の摩擦係数は十分に小さい範囲で推移する(流体潤滑領域)。
【0068】
  一般に、非晶質炭素膜(ダイヤモンドライクカーボン:DLC)の中でも水素を含まない水素非含有硬質炭素膜(ta-C)は、面圧が高く摺動速度の遅い境界潤滑領域において低い摩擦係数を示すことが知られている。このような非晶質炭素膜は、自動車エンジンのバルブリフターなどに使用されている。
【0069】
  潤滑油の油膜厚さが厚く油膜を介した摺動となる流体潤滑領域においては、潤滑油と固体表面とのせん断力、潤滑油のせん断力が摩擦力の要因となる。このため、従来、流体潤滑領域においては、摺動部材の摺動箇所を非晶質炭素膜で被覆しても、摩擦低減の効果は得られないであろうと考えられている。
【0070】
  しかしながら、本発明の実施形態によれば、非晶質炭素膜と潤滑油との特定の組合せにより、境界潤滑領域に加え、さらに速度の速い混合潤滑から流体潤滑領域でも低摩擦を実現することができる。
【0071】
  一例を挙げると、本発明の実施形態では、摺動部材の潤滑油存在下の摩擦特性として、ストライベック線図における弾性流体潤滑領域において、摩擦係数を0.01以下にすることが可能である。あるいは、本発明の実施形態では、摺動部材の潤滑油存在下の摩擦特性として、ストライベック線図における弾性流体潤滑領域において、炭素系被膜を有さない摺動部材(すなわち基材)の摩擦係数に対して30%以上の低い値の摩擦係数を実現することが可能である。
【0072】
  このように、本発明の実施形態では、潤滑油にエステル系の生分解性を有する潤滑油を用い、摺動部材の相手材に当接する表面をa-C:H膜およびスムースta-C膜で被覆することにより、摺動部材の摺動における低摩擦を実現することができる。
【0073】
  本発明の実施形態における摺動機構は、摺動部材の説明で前述したように、建築機械、船舶、海洋構造物、ダム・水門設備、水力発電装置、食品製造装置、食品加工装置、飲料製造装置、医薬品製造装置および医療機器からなる群から選ばれる一以上の装置の摺動機構として好適に使用され得る。
【0074】
  また、本発明の実施形態における摺動機構は、前述したように、自動車のエンジンにおけるカムフォロワ、ピストンリング、クランクジャーナル、自動車の駆動系における歯車および転がり軸受からなる群から選ばれる一以上の器具の摺動機構として好適に使用され得る。
【0075】
  〔まとめ〕
  以上の説明から明らかなように、本発明の実施形態に係る摺動部材(10)は、基材(11)と、基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜(12)とを有し、生分解性を有するエステル系の潤滑油(30)の存在下において炭素系被膜にて相手材(20)と相対的に摺動可能である。そして、炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、を含む。
【0076】
  また、本発明の実施形態に係る潤滑油は、エステル系であり、生分解性を有する。そして、基材と、基材の表面の少なくとも一部を被覆する炭素系被膜とを有し、炭素系被膜は、水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、を含む摺動部材の、炭素系被膜とそれに当接する相手材との相対的な摺動箇所に介在させるための潤滑油である。
【0077】
  さらに、本発明の実施形態に係る摺動機構(1)は、上記の摺動部材、炭素系被膜で当接して摺動部材と相対的に摺動可能な相手材、および、炭素系被膜と相手材との間に介在する、生分解性を有するエステル系の潤滑油、を含む。
【0078】
  本発明の実施形態における摺動部材、潤滑油および摺動機構は、上記の特徴を有することから、本発明の実施の形態は、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下で十分な低摩擦性を発現可能な摺動機構を実現することができる。
【0079】
  上記摺動部材において、炭素系被膜は複数の層で構成され、複数の層のうち、炭素系被膜の表面に位置する層は、水素原子を含有する非晶質炭素膜、または、水素原子およびマクロパーティクルを実質的に含有しない非晶質炭素膜、であってよい。このような特徴は、低摩擦性のさらなる発現の観点からより一層効果的である。
【0080】
  また、上記摺動部材において、炭素系被膜の表面の算術平均粗さは0.1μm以下であってよい。このような特徴は、低摩擦性のさらなる発現の観点からより一層効果的である。
【0081】
  また、上記摺動部材において、炭素系被膜の表面の平滑部における算術平均粗さは0.01μm以下であってよい。このような特徴は、低摩擦性のさらなる発現の観点からより一層効果的である。
【0082】
  また、上記摺動部材は、建築機械、船舶、海洋構造物、ダム・水門設備、水力発電装置、食品製造装置、食品加工装置、飲料製造装置、医薬品製造装置および医療機器からなる群から選ばれる一以上の装置において、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において炭素系被膜で当接して相手材と相対的に摺動するのに使用されてもよい。このような特徴は、摺動部材に起因する環境への負荷を軽減する観点からより一層効果的である。
【0083】
  あるいは、上記摺動部材は、自動車のエンジンにおけるカムフォロワ、ピストンリング、クランクジャーナル、自動車の駆動系における歯車および転がり軸受からなる群から選ばれる一以上の器具において、生分解性を有するエステル系の潤滑油の存在下において炭素系被膜で当接して相手材と相対的に摺動するのに使用されてもよい。このような特徴も、摺動部材に起因する環境への負荷を軽減する観点からより一層効果的である。
【0084】
  また、上記の潤滑油は、炭素数が5~10であり、アルコールの価数が3~6価のネオペンチルポリオールと、炭素数6~22の直鎖脂肪酸とのエステル化合物を含む潤滑油であり、水酸基価が0.1~100mgKOH/gであり、かつ酸価が5.0mgKOH/g以下であってもよい。このような特徴は、低摩擦性の発現および環境への負荷の軽減の観点からより一層効果的である。
【0085】
  本発明は、上述した各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0086】
  本発明の一実施例について以下に説明する。
【0087】
  [潤滑油の準備]
  各潤滑油の測定結果について、以下の試験を実施した。各潤滑油の測定結果を表1に示す。
【0088】
【0089】
  なお、表1中の「TMPTO」はトリメチロールプロパントリオレートを表し、「PAO」はポリα-オレフィンを表し、「GMO」はグリセリンモノオレートを表す。また、表1中の粘度、酸価、水酸基価および生分解性は、以下のようにして求めた。
  (粘度)
  日本産業規格JIS  K  2283に従い、測定した。
  (酸価および水酸基価)
  日本産業規格JIS  K  0070に従い、測定した。
  (生分解性試験)
  OECD301Cに従い、生分解性試験を実施した。なお、公益社団法人日本環境協会エコマーク事務局では、本試験での生分解性が60%以上で生分解性潤滑油としての基準を満たしていると認定している。本試験では生分解性が70%以上のものを「◎」とし、50%以上70%未満のものを「〇」とし、50%未満のものを「×」とした。
【0090】
  [実施例1]
  図1に示されるような摺動部材および相手材を用意した。当該摺動部材の基材は、FALEX社製ブロックオンリング試験片におけるブロック試験片であり、相手材は、同試験片におけるリング試験片である。
 
【0091】
  当該ブロック試験片の第一の主面を研磨し、当該主面の算術平均粗さRaを0.01μmに調整した。また、リング試験片の外周面を研磨し、当該外周面のRaを0.01μmに調整した。
【0092】
  表面粗さを調整したブロック試験片の第一の主面に、水素含有非晶質炭素(a-C:H)膜を作製した。a-C:H膜の作製には、PIG型イオン源を用いたプラズマCVD装置を使用し、原料ガスにはC2H2を用いた。こうして、摺動面にa-C:H膜を有する摺動部材1を作製した。a-C:H膜の膜厚は1μmであった。また、a-C:H膜の表面全体における算術平均粗さRa1は0.014μmであり、a-C:H膜の表面の平滑部における算術平均粗さRa2は0.004μmであった。さらに、a-C:H膜の膜硬度は16GPaであった。
【0093】
  なお、本発明の実施例および比較例において、炭素系被膜の膜厚は、測定装置にSEMを用い、無作為に抽出した5箇所の膜厚を測定したときの測定値の平均値である。また、炭素系被膜の表面の算術平均粗さRa1は、測定装置に触針式表面粗さ測定装置を用い、無作為に抽出した5箇所の表面の算術平均粗さを測定したときの測定値の平均値である。また、平滑部の算術平均粗さRa2は、測定装置にAFMを用いて測定した被膜表面の3次元画像から、ピンホール等の凸部の存在しない5箇所の算術平均粗さを測定したときの測定値の平均値である。さらに、炭素系被膜の膜硬度は、測定装置にナノインデンターを用いて被膜表面から測定した10箇所の測定値の平均値である。
【0094】
  潤滑油1中に、相手材であるリング試験片を回転可能に配置し、a-C:H膜がリング試験片の外周面に当接するように、リング試験片に向けて付勢して摺動部材1を配置した。こうして、
図1に示されるような摺動機構1を作製した。
 
【0095】
  [実施例2]
  摺動部材1に代えて摺動部材2を用いる以外は実施例1と同様にして摺動機構2を作製した。摺動部材2は、表面粗さを調整したブロック試験片の第一の主面に、a-C:H膜に代えてマクロパーティクルを含まない水素非含有非晶質炭素(スムースta-C)膜を作製する以外は実施例1と同様にして作製した。
【0096】
  スムースta-C膜は、スパークレスアーク法を用いて成膜した。スムースta-C膜の膜厚は0.5μmであった。また、スムースta-C膜の表面全体における算術平均粗さRa1は0.012μmであり、スムースta-C膜の表面の平滑部における算術平均粗さRa2は0.002μmであった。さらに、スムースta-C膜の膜硬度は41GPaであった。
【0097】
  スムースta-C膜の水素原子の含有量をERDAによって測定したが、水素原子の存在は確認されなかった。また、スムースta-C膜の表面における無作為に抽出した5箇所をSEMで観察したが、いずれの視野においてもマクロパーティクルは観察されなかった。
【0098】
  [比較例1]
  摺動部材1に代えて摺動部材C1を用いる以外は実施例1と同様にして摺動機構C1を作製した。摺動部材C1は炭素系被膜を有さないノンコートの摺動部材である。摺動部材C1は、表面粗さを調整したブロック試験片の第一の主面に炭素系被膜を作製しない以外は実施例1と同様にして用意した。
【0099】
  [比較例2]
  摺動部材1に代えて摺動部材C2を用いる以外は実施例1と同様にして、摺動機構C2を作製した。摺動部材C2は、表面粗さを調整したブロック試験片の第一の主面に、a-C:H膜に代えて、水素原子を含まない水素非含有非晶質炭素(ta-C)膜を作製する以外は実施例1と同様にして作製した。ta-C膜は、真空アーク蒸着法を用いて作製し、成膜後に被膜表面に対し研磨処理を行った。
【0100】
  ta-C膜の膜厚は0.5μmであった。また、ta-C膜の表面全体における算術平均粗さRa1は0.017μmであり、ta-C膜の表面の平滑部における算術平均粗さRa2は0.011μmであった。さらに、ta-C膜の膜硬度は62GPaであった。ta-C膜の表面における無作為に抽出した箇所をSEMで観察したところ、1.2×105~2.0×105個/mm2のマクロパーティクルが観察された。
【0101】
  [評価]
  前述の摺動機構を用いて摺動試験を実施した。摺動試験には、Bruker社製、UMT  TriboLabのブロック・オン・リングモジュールを使用した。摺動試験の条件は、潤滑油の温度が80℃であり、リング試験片への摺動部材の荷重が32Nであり、リング部材の回転数は20rpm(滑り速度0.04m/s)から5000rpm(滑り速度9.2m/s)である。リング試験片の回転数は、上記範囲において段階的に増加させ、各段階の回転数で30秒間保持する。滑り速度はリングの直径と回転数とから計算することによって求めている。摩擦係数は、摺動試験機に取り付けられたセンサーで摩擦力を検知することによって求めている。
【0102】
  <摺動試験1>
  摺動試験1は、潤滑油1(TMPTO)中でリング試験片の回転速度を上げたときの各摺動機構における滑り速度と摩擦係数とを求める試験である。また、「弾性流体潤滑(EHL)領域」とは、試験中で最も低い摩擦係数を示す滑り速度を含む領域である。
【0103】
  図2は、本発明の実施例および比較例の摺動部材における摺動速度と摩擦係数との関係を示す図である。
図2中の黒のひし形「a-C:H」は、摺動機構1の試験結果を示している。
図2中の白抜きの三角「スムースta-C」は、摺動機構2の試験結果を示している。
図2中の×印「ノンコート」は、摺動機構C1の試験結果を示している。そして、
図2中の白抜きの四角「ta-C」は、摺動機構C2の試験結果を示している。
 
【0104】
  図2に示されるように、摺動機構1、2は、摺動機構C1、C2に比べて、混合潤滑から流体潤滑の全域において、十分に低い摩擦係数を示している。
 
【0105】
  図2において、摺動試験1における摺動機構1のEHL領域は、摩擦係数が最小となる滑り速度が1.83m/s前後の領域であり、摺動試験1における摺動機構2のEHL領域は、摩擦係数が最小となる滑り速度が0.37m/s前後の領域である。また、摺動試験1における摺動機構C1のEHL領域は、摩擦係数が最小となる滑り速度が0.73m/s前後の領域であり、摺動試験1における摺動機構C2のEHL領域は、摩擦係数が最小となる滑り速度が1.1m/s前後の領域である。
 
【0106】
  EHL領域において、摺動機構1の最小の摩擦係数は0.0006であり、摺動機構2の最小の摩擦係数は0.0025であり、摺動機構C1の最小の摩擦係数は0.0041であり、摺動機構C2の摩擦係数は0.0065である。このように、摺動機構1、2は、いずれもTMPTO中で、またEHL領域において、摺動機構C1のそれに比べてそれぞれ-86%、-39%との低い摩擦係数を示している。
【0107】
  さらに、摺動機構1と摺動機構2とを比べると、摺動機構1は、摺動機構2に比べて、混合潤滑領域ではより高い摩擦係数を示すが、流体潤滑領域ではより低い摩擦係数を示している。
【0108】
  <摺動試験2>
  摺動試験2は、潤滑油1~3中において、摺動機構1のリング試験片の回転数を上げたときの滑り速度と摩擦係数とを求める試験である。
図3は、摺動部材1における潤滑油ごとの摺動速度と摩擦係数との関係を示す図である。
図3中の白抜きの四角は、潤滑油C2「PAO+1質量%のGMO」の試験結果を示している。
図3中の黒のひし形は、潤滑油C1の試験結果を示している。
図3中の白抜きの三角は、潤滑油1「TMPTO」の試験結果を示している。本発明1の潤滑油であるTMPTO中では、摺動部材1は、潤滑油C1(PAO)、潤滑油C2(PAO+GMO  1質量部%)のそれに比べて、試験した混合潤滑から流体潤滑のほぼ全域において低い摩擦係数を示している。
 
【0109】
  <摺動試験3>
  摺動試験3は、潤滑油1~3中において、摺動機構2のリング試験片の回転数を上げたときの滑り速度と摩擦係数とを求める試験である。
図4は、摺動部材2における潤滑油ごとの摺動速度と摩擦係数との関係を示す図である。
図4中の白抜きの四角では、潤滑油C2「PAO+1質量%のGMO」の試験結果を示している。
図4中の黒のひし形は、潤滑油C1の試験結果を示している。
図3中の白抜きの三角は、潤滑油1「TMPTO」の試験結果を示している。本発明1の潤滑油1であるTMPTO中では、摺動機構2は、摺動機構と同様に潤滑油C1(PAO)、潤滑油C2(PAO+GMO  1質量部%)のそれに比べて、試験した混合潤滑から流体潤滑のほぼ全域において低い摩擦係数を示している。
 
【0110】
  摺動試験2および摺動試験3においても、摺動機構1は摺動機構2に比べて、混合潤滑領域ではより高い摩擦係数を示すが、流体潤滑領域ではより低い摩擦係数を示す傾向が見られる。