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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022077008
(43)【公開日】2022-05-20
(54)【発明の名称】高圧ガス用容器およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F17C 1/02 20060101AFI20220513BHJP
【FI】
F17C1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021179843
(22)【出願日】2021-11-02
(31)【優先権主張番号】P 2020187525
(32)【優先日】2020-11-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】391018019
【氏名又は名称】JFEコンテイナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【弁理士】
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】岡野 拓史
(72)【発明者】
【氏名】松原 和輝
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 周作
(72)【発明者】
【氏名】石川 信行
(72)【発明者】
【氏名】高野 俊夫
【テーマコード(参考)】
3E172
【Fターム(参考)】
3E172AA02
3E172AA05
3E172AB01
3E172BA01
3E172BB05
3E172BC06
3E172BD05
3E172DA34
3E172DA40
3E172DA90
3E172EA02
3E172EA35
3E172KA02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】金属製容器を備えた高圧ガス用容器において、ねじ部にかかる応力を緩和し、疲労破壊を防止する。
【解決手段】金属製容器を備えた高圧ガス用容器であって、前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備え、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が、100MPa以上、前記金属円筒の材料の引張強度以下、かつ前記蓋の材料の引張強度以下である高圧ガス用容器。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製容器を備えた高圧ガス用容器であって、
前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備え、
前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が、100MPa以上、前記金属円筒の材料の引張強度以下、かつ前記蓋の材料の引張強度以下である高圧ガス用容器。
【請求項2】
前記残留圧縮応力の最大値が、前記金属円筒の材料の降伏応力以下、かつ前記蓋の材料の降伏応力以下である、請求項1に記載の高圧ガス用容器。
【請求項3】
前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合された状態であり、
前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超である、請求項1または2に記載の高圧ガス用容器。
【請求項4】
金属製容器を備えた高圧ガス用容器の製造方法であって、前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備えており、
下記(A)および(B)の少なくとも一方を満たし、かつ、下記(C)および(D)の両者を満たす条件で前記金属製容器に対して内圧を付与する内圧付与工程を備える、高圧ガス用容器の製造方法。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(B)前記雄ねじ部のねじ底応力が前記蓋の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【請求項5】
金属製容器を備えた高圧ガス用容器の製造方法であって、前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備えており、
前記金属円筒に、雄ねじ部を外周面に有する治具を、前記治具の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう取り付ける治具取付工程と、
下記(A)、(C)、および(D)を満たす条件で前記金属製容器に対して内圧を付与する内圧付与工程と、
前記治具を前記金属容器から取り外す治具取外し工程と、
前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう前記金属円筒に前記蓋を締付ける蓋締付工程とを備え、
前記蓋締付工程においては、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超となるように締付トルクを調整する、高圧ガス用容器の製造方法。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧ガス用容器およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CO排出問題を解決すると共に、エネルギー問題を解決可能な燃料電池自動車は、今後の新たな自動車として期待されている。この燃料電池自動車に水素を供給するための水素ステーションには、80MPa以上の圧力で水素を蓄圧する高圧ガス用容器(蓄圧器とも呼ばれる)が設置されている。
【0003】
このような高圧ガス用容器には、大きく2種類の形状がある。一つはガスボンベに代表されるような、管の端部に絞り加工を施して鏡部(dome part)を作製したボンベ型容器であり、もう一つはストレートな管の両端に蓋をしたストレート型容器である。
【0004】
ボンベ型容器は、ガスの出口、すなわち長手方向端部に向けて容器内の断面積が減少する形状を有しており、当該端部は「鏡部」と称される。前記鏡部の先端にはガスを出し入れするための口金が設けられており、前記口金はねじを有する留め金で封止される。前記留め金の面積は、該ボンベ型容器の円筒部の断面積に比べて十分小さいため、口金のねじ部にかかる応力は低減され、したがって、圧力の封止に関する問題はない。しかし、水素ステーション用などの高圧ガス用容器では、使用開始後に定期的に内面検査を行う必要があり、ボンベ型容器では容器の内面検査が困難であるという問題がある。
【0005】
また、金属製容器を用いて高圧ガス用容器を作製する場合には、通常、強度向上を目的として金属製容器に熱処理が施される。前記熱処理においては、金属製容器を加熱した後に冷却水によって急冷する焼入れが施されることが一般的であるが、ボンベ型容器の場合、容器内部への冷却水の侵入および排出に時間がかかるため、熱処理時の冷却速度が遅くなり、鋼組織のばらつきが大きくなる。
【0006】
さらに、前記熱処理によって金属製容器の表面にはスケールや脱炭層が生成するが、ボンベ型容器の場合、容器内面に生成したスケールや脱炭層を除去することが困難である。そのため、内面を熱処理ままの状態で用いることとなり、金属製容器の疲労特性劣化の原因となる。
【0007】
そこで、上記のような問題を回避するために、ストレート型の容器を用いることが考えられる。ストレートな管に蓋をした構造であれば、管の開口部が大きいため、熱処理時の冷却が容易になり、鋼材の組織を精緻に制御することができる。また、熱処理時に生成する脱炭層やスケールを機械加工により容易に除去することができる。さらに、蓋を取り外すことにより、使用後に容器の内面を検査することも容易である。加えて、ストレート型容器では絞り加工された鏡部がないため、加工によるばらつきもほとんどなく、均一な容器製造が可能となる。このような高圧ガス用容器としては、例えば、特許文献1、2に記載されたものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2015-158243号公報
【特許文献2】特開2017-141919号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、ストレート形状の容器を用いた場合、容器断面が一定であるため、内部の圧力はすべて蓋で受圧される。したがって、ストレート形状の容器を用いた高圧ガス用容器の蓋構造には、極めて高い圧力に耐えることが求められる。
【0010】
ストレート型容器の蓋構造としては、ストレート形状の容器の端部にフランジを設け、該フランジを用いて蓋をボルト止めする構造や、蓋を容器にねじ止めする構造などが考えられる。
【0011】
しかし、フランジを用いた蓋構造では、フランジを設けるために容器サイズが大きくなり、コストが高くなるという問題がある。そのため、容器サイズの小型化や低コスト化の要請に応えるためには、ねじ止めによる蓋構造を採用することが望ましい。
【0012】
しかし、ねじ止めによる蓋構造では、フランジを用いた場合の問題は回避できるものの、ねじ部に負荷される応力が高く、ねじ部を起点として疲労破壊が生じる場合がある。
【0013】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、金属製容器を備えた高圧ガス用容器において、ねじ部にかかる応力を緩和し、疲労破壊を防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0015】
(1)高圧ガス用容器の金属製容器内部にガスを充填すると、金属製容器に内圧がかかり、金属製容器には前記内圧による引張応力が発生する。前記引張応力は、ねじ部の、特にねじ底付近に集中する。
【0016】
(2)そこで、ねじ底付近に所定の残留圧縮応力を予め付与しておくことにより、金属製容器にガスを充填した際にねじ部に負荷される引張応力の少なくとも一部が前記残留圧縮応力により相殺され、実際にねじ部にかかる応力を大幅に緩和することができる。そしてその結果、ねじ部を起点として生じる疲労破壊を抑制することができる。
【0017】
(3)高圧ガス用容器に該高圧ガス用容器の常用圧力よりも高い内圧をかけると、過大な応力が発生し、ねじ底に局所的な塑性変形が生じる。塑性変形が生ずる領域は一部であり、その他の領域の多くは弾性域であるため、前記内圧を除荷した後には、ねじ底部に圧縮応力が残留する。したがって、高圧ガス用容器の製造過程において、該高圧ガス用容器に所定の条件で高い内圧をかけることにより、ねじ部に所定の残留圧縮応力を付与することができる。
【0018】
本発明は上述の知見に基づいてなされたものであり、以下を要旨とするものである。
【0019】
1.金属製容器を備えた高圧ガス用容器であって、
前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備え、
前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が、100MPa以上、前記金属円筒の材料の引張強度以下、かつ前記蓋の材料の引張強度以下である高圧ガス用容器。
【0020】
2.前記残留圧縮応力の最大値が、前記金属円筒の材料の降伏応力以下、かつ前記蓋の材料の降伏応力以下である、上記1に記載の高圧ガス用容器。
【0021】
3.前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合された状態であり、
前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超である、上記1または2に記載の高圧ガス用容器。
【0022】
4.金属製容器を備えた高圧ガス用容器の製造方法であって、前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備えており、
下記(A)および(B)の少なくとも一方を満たし、かつ、下記(C)および(D)の両者を満たす条件で前記金属製容器に対して内圧を付与する内圧付与工程を備える、高圧ガス用容器の製造方法。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(B)前記雄ねじ部のねじ底応力が前記蓋の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【0023】
5.金属製容器を備えた高圧ガス用容器の製造方法であって、前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備えており、
前記金属円筒に、雄ねじ部を外周面に有する治具を、前記治具の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう取り付ける治具取付工程と、
下記(A)、(C)、および(D)を満たす条件で前記金属製容器に対して内圧を付与する内圧付与工程と、
前記治具を前記金属容器から取り外す治具取外し工程と、
前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう前記金属円筒に前記蓋を締付ける蓋締付工程とを備え、
前記蓋締付工程においては、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超となるように締付トルクを調整する、高圧ガス用容器の製造方法。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、高圧ガス用容器のねじ部にかかる応力を緩和し、疲労破壊を防止することができる。したがって、本発明の高圧ガス用容器は、従来に比べ、より高圧、大断面で使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明において圧縮残留応力を規定する位置を示す模式図である。
図2】本発明の一実施形態における高圧ガス用容器の構造を示す断面模式図である。
図3】本発明の他の実施形態における高圧ガス用容器の構造を示す断面模式図である。
図4】本発明の他の実施形態における高圧ガス用容器の構造を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
次に、本発明を実施する方法について具体的に説明する。なお、以下の説明は、本発明の好適な実施態様を示すものであり、本発明は以下の説明によって何ら限定されるものではない。
【0027】
[高圧ガス用容器]
本発明の一実施態様における高圧ガス用容器は、金属製容器を備えた高圧ガス用容器であって、前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備えている。
【0028】
前記蓋は、金属製容器の両端に設けることが好ましい。すなわち、前記金属製容器は、前記金属円筒の両端部の内周面に設けられた雌ねじ部と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備えることが好ましい。
【0029】
前記高圧ガス用容器は、高圧水素ガス用容器、例えば、水素ステーション用容器、移動式水素ステーション、車両搭載用容器として用いることができるが、それに限定されることなく、任意の用途で用いることができる。
【0030】
本発明においては、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が100MPa以上、前記金属円筒の材料の引張強度以下、かつ前記蓋の材料の引張強度以下であることが重要である。以下、その理由について説明する。
【0031】
図1は、本発明において圧縮残留応力を規定する位置を示す模式図である。金属円筒10の少なくとも一方の端部の内周面に設けられた雌ねじ部11には、複数のねじ溝12が設けられており、ねじ溝12の底部を雌ねじ部のねじ底13とする。一方、蓋20の外周面には、雌ねじ部11のねじ溝12に螺合する雄ねじ部21が設けられており、雄ねじ部21は複数のねじ山22を有している。隣接するねじ山22の間の空間をねじ溝と見なしたときの底部を、雄ねじ部のねじ底23とする。本発明では、雌ねじ部のねじ底13と雄ねじ部のねじ底23のそれぞれから、深さ方向に0.4mmの位置Pにおける残留圧縮応力の最大値が上記条件を満たすように制御する。なお、図1はあくまでも説明のための模式図であり、実際のねじ部の形状および寸法を表したものではない。
【0032】
上述したように、高圧ガス用容器を使用する際に、金属製容器内部にガスを充填すると該金属製容器に内圧がかかり、前記内圧による引張応力が発生する。前記引張応力は、ねじ部の、特にねじ底付近に集中する。そこで、ねじ底付近に残留圧縮応力を予め付与しておくことにより、金属製容器にガスを充填した際にねじ部に負荷される引張応力の少なくとも一部が前記残留圧縮応力により相殺され、実際にねじ部にかかる応力を大幅に緩和することができる。そしてその結果、ねじ部を起点として生じる疲労破壊を抑制することができる。
【0033】
しかし、高圧ガス用容器の使用時に発生する引張応力は、ねじ部の表面だけでなく材料内部にまで広がる。そのため、ねじ部の表層部にのみ残留圧縮応力が存在していても上記の効果を得ることはできない。そこで、本発明においては、ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値を100MPa以上とする。
【0034】
一方、前記残留圧縮応力の最大値が過度に高いと、金属製容器を構成する部材が座屈し、該金属製容器が変形する。そのため、金属製容器の変形を防止するために、前記残留圧縮応力の最大値を、前記金属円筒の材料の引張強度以下、かつ前記蓋の材料の引張強度以下とする。
【0035】
ねじ部の座屈をより確実に防止するという観点からは、前記残留圧縮応力の最大値は、前記金属円筒の材料の降伏応力以下、かつ前記蓋の材料の降伏応力以下であることが好ましい。
【0036】
なお、ここで、前記残留圧縮応力の最大値は、前記金属製容器に内圧が付与されていない状態における値を指すものと定義する。前記残留圧縮応力の最大値は、有限要素法(FEM)による弾塑性解析により求めることができる。ただし、雄ねじ部および雌ねじ部の断面における残留応力をX線応力測定法により測定して、前記残留圧縮応力の最大値を求めることもできる。
【0037】
[金属円筒]
上記金属円筒の材料としては、特に限定されることなく任意の金属を用いることができる。低コスト化の観点からは、前記材料として、低合金鋼を用いることが好ましい。前記低合金鋼としては、特に、クロムモリブデン鋼(JIS SCM steel)、ニッケルクロムモリブデン鋼(JIS SNCM steel)、マンガンクロム鋼(JIS SMnC steel)、マンガン鋼(JIS SMn steel)、ASEM SA-723、およびボロン添加鋼N28CB、N36CB、N46CBのうちいずれか1つを用いることが好ましい。中でも、材料強度との両立の観点からは、焼き入れ性を確保しやすいクロムモリブデン鋼、SA723鋼、またはクロムモリブデンニッケル鋼を用いることがより好ましい。例えば、クロムモリブデン鋼(SCM435)は、C:0.33~0.38質量%、Si:0.15~0.35質量%、Mn:0.60~0.90質量%、P:0.030質量%以下、S:0.030質量%以下、Cr:0.90~1.20質量%、Mo:0.15~0.30質量%である。
【0038】
上記金属円筒としては、任意の方法で製造されたものを用いることができる。例えば、鋼材の内部をくり抜いて容器としたものであってもよく、鋼管を加工したものであってもよい。また、前記鋼管としては、電縫溶接鋼管やシームレス鋼管など、任意のものを用いることができるが、中でもシームレス鋼管からなる金属円筒を用いることが好ましい。シームレス鋼管からなる金属円筒は、くり抜きによって製造される金属円筒に比べて靭性などの特性に優れることに加え、溶接部もないため、高圧ガス用容器の容器として極めて好適である。
【0039】
上述したように、前記金属円筒の少なくとも一方の端部の内周面には、蓋をねじ止めするための雌ねじ部が設けられている。言い換えると、前記金属円筒は、少なくとも一方の端部に、蓋を取り付けるための開口部を有しており、前記開口部の内周面に雌ねじ部が設けられている。前記雌ねじ部は、金属円筒の両端に設けられていることが好ましい。
【0040】
前記開口部のサイズはとくに限定されないが、開口部が過度に小さいと、後述する方法によってねじ部に十分な圧縮残留応力を付与することが困難となる。そのため、金属円筒の雌ねじ部における内径Dsに対する、該金属円筒の内径Diの比、Di/Dsが3.5以下であることが好ましく、2.0以下であることがより好ましく、1.5以下であることがさらに好ましい。なお、ここで雌ねじ部における内径Dsとは、金属円筒の内周面に形成されている雌ねじ部の、対向する位置におけるねじ底間の距離と定義する。また、金属円筒の内径Diとは、雌ねじが形成されていない部分における金属円筒の内径、すなわち、ガス貯蔵部の内径を指すものとする。
【0041】
一方、Di/Dsが0.8未満の場合、金属円筒の肉厚に対してねじが深すぎるため、ねじ底にかかる応力が増加する。したがって、ねじ底にかかる応力をさらに低減するという観点からは、Di/Dsを0.8以上とすることが好ましく,0.9以上とすることがより好ましい。
【0042】
[炭素繊維強化樹脂層]
上記金属製容器の表面には、炭素繊維強化樹脂層を設けることができる。前記炭素繊維強化樹脂層を設けることにより、容器の耐圧性および疲労特性をさらに向上させることができる。
【0043】
炭素繊維強化樹脂は、強化材としての炭素繊維に樹脂を含浸させて強度を向上させた複合材料であり、CFRP(carbon-fiber-reinforced plastic)と呼ばれている。前記炭素繊維としては、特に限定されることなく、例えば、PAN系、ピッチ系など、任意のものを用いることができる。炭素繊維強化樹脂層における炭素繊維の体積含有率は、日本工業規格JIS K 7075(1991)に準拠して求めることができ、通常50%~80%の範囲とすることが好ましい。
【0044】
前記炭素繊維強化樹脂層は、金属製容器の外表面の全域または一部を覆うことができる。例えば、上記高圧ガス用容器は、金属製容器の外表面全域が炭素繊維強化樹脂層によって覆われた構造(フルラップ)であってもよい。しかし、低コスト化の観点からは、炭素繊維強化樹脂層がフープラップされた構造、すなわち、金属製容器の周方向のみに炭素繊維を巻き付けた構造とすることが好ましい。
【0045】
金属製容器の外表面に炭素繊維強化樹脂層を備える場合、前記金属製容器の外周面に電蝕防止のための処理、例えば粉体塗装によるコーティングやガラス繊維強化型樹脂(GFRP)の巻き付けを施すことが好ましい。これにより、表層である炭素繊維強化樹脂層にクラック等が発生して、水分がライナ層と炭素繊維強化樹脂層との界面に溜まったとしても、金属製容器に電位差腐食による錆が生じることを防止できる。粉体塗装には、塩化ビニル系樹脂等をベースとする熱可塑性粉体塗料や、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂およびエポキシ樹脂等をベースとする熱硬化性粉体塗料を用いることができる。水素などのガスを充填する際の発熱を考慮すると、熱硬化性粉体塗料を用いることが好ましい。
【0046】
[蓋]
上記金属製容器の蓋としては、とくに限定されることなく、前記金属円筒の雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有するものであれば任意の蓋を用いることができる。言い換えると、本発明の高圧ガス用容器は、金属円筒の少なくとも一方に取る付けることができるねじ込み式の蓋を備えている。前記蓋は、一体構造であってもよく、複数の部材からなる構造であってもよい。
【0047】
前記蓋は、容器内の高圧ガスをシールするためのシール部材を外周面に備えることが好ましい。前記シール部材としては、とくに限定されず、任意のシール部材を用いることができる。シール部材としては、Oリングを用いることが好ましい。蓋がOリングを備える場合、前記Oリングは、雄ねじ部よりも容器内側位置に設けることが好ましい。
【0048】
前記蓋の材料は、とくに限定されないが、金属製とすることが好ましく、鋼製とすることがより好ましい。前記鋼としては、引張強さ(TS)が750MPa以上の鋼材(低合金鋼)を用いることがさらに好ましい。前記蓋の材料としては、前記金属円筒の材料として挙げたものと同じ材料を使用することもできる。蓋の材料と金属円筒の材料は、同じであっても異なっていてもよいが、同じとすることが好ましい。また、図3、4に示した例のように、蓋が複数の部材からなる場合、各部材の材料は独立して選択することができ、同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0049】
蓋の雄ねじ部のねじ形状は特に限定されず、例えば、JISで規定されているネジとすることができるが、より応力集中を低減する形状とすることが好ましい。応力集中を低減する形状としては、例えば、ネジ底先端の曲率半径が大きいネジ(台形ネジの先端を丸くした形状等)が挙げられる。
【0050】
以下、3つの実施形態を挙げて、蓋の構造の例を説明する。なお、以下の説明では、金属円筒に蓋を取り付けた状態の構造を表した模式図を参照するが、本発明の高圧ガス用容器は、金属円筒に蓋を取り付けた状態に限定されるものではない。
【0051】
図2は、本発明の一実施形態における高圧ガス用容器1の構造を示す模式図であり、高圧ガス用容器1の中心軸を通る面における断面を表している。高圧ガス用容器1は、金属円筒10を備えており、金属円筒10の内部空間は、高圧ガスを貯蔵するための貯蔵部14を構成している。また、金属円筒10の両端の内周面には、雌ねじ部11が設けられている。
【0052】
金属円筒10の両端には、中実円柱状の蓋20が備えられている。蓋20の外周面には、金属円筒10の雌ねじ部に螺合する雄ねじ部21が設けられている。このような一体構造の蓋は、製造が容易であるという利点を有している。
【0053】
蓋20は、その外周面にシール部材としてのOリング24を備えている。雄ねじ部21は、Oリング24よりも容器外側(貯蔵部14と反対の側)に設けられている。
【0054】
図3は、本発明の他の実施形態における高圧ガス用容器1の構造を示す断面模式図である。なお、特に言及しない点については図2に示した実施形態と同様とする。
【0055】
本実施形態における蓋20は、鏡板(head plate)25とねじ込みナット26とからなる。鏡板25は、容器内のガスを封止するための略板状(円盤状)の部材であり、その周側面にはねじを備えない代わりに、シール部材としてのOリング24を備えている。鏡板25の対向する2つの主面の内、一方の主面は貯蔵部14と接しており、他方の主面はねじ込みナット26と接している。ねじ込みナット26は中実円柱状の部材であり、その外周面には、金属円筒10の雌ねじ部に螺合する雄ねじ部21が設けられている。図3に示すように鏡板25とねじ込みナット26を取り付けることにより、鏡板25をねじ込みナット26によって支持することができる。蓋がこのような分離構造であれば、ねじ込みナットの雄ねじ部が損傷した場合、ねじ込みナットのみを交換すればよく、鏡板はそのまま使用できるという利点がある。
【0056】
図4は、本発明の他の実施形態における高圧ガス用容器1の構造を示す断面模式図である。なお、特に言及しない点については図3に示した実施形態と同様とする。
【0057】
本実施形態における蓋20は、鏡板25とねじ込みナット26とからなる。鏡板25は、容器内のガスを封止するための略板状(円盤状)の部材であり、その周側面にはねじを備えない代わりに、シール部材としてのOリング24を備えている。鏡板25の対向する2つの主面の内、一方の主面は貯蔵部14と接しており、他方の主面はねじ込みナット26と接している。ねじ込みナット26は中空円筒状の部材であり、その外周面には、金属円筒10の雌ねじ部に螺合する雄ねじ部21が設けられている。図4に示すように鏡板25とねじ込みナット26を取り付けることにより、鏡板25をねじ込みナット26によって支持することができる。
【0058】
図4に示した実施形態と同様、蓋がこのような分離構造であれば、ねじ込みナットの雄ねじ部が損傷した場合、ねじ込みナットのみを交換すればよく、鏡板はそのまま使用できるという利点がある。また、本実施形態では、ねじ込みナット26が中空円筒状であるため、蓋の重量を大幅に軽減でき、高圧ガス用容器を軽量化することができる。さらに、ねじ込みナット26が中実円柱状の部材である場合に比べて雄ねじ部のねじ底に応力をかけやすいため、金属円筒に過度の応力をかけることなく雄ねじ部のねじ底に残留圧縮応力を付与することができる。
【0059】
中空円筒状のねじ込みナット26は、任意の方法で製造することができる。例えば、鋼材の内部をくり抜いて中空円筒状としてもよく、鋼管を用いてもよい。前記鋼管としては、電縫溶接鋼管やシームレス鋼管など任意のものを用いることができるが、シームレス鋼管を用いることが好ましい。特に、金属円筒10とねじ込みナット26の両者をシームレス鋼管からなるものとすれば、金属円筒とねじ込みナットの製造工程の一部を共通化できるため、生産性の観点から極めて好ましい。
【0060】
なお、上記のように蓋が複数の部材からなる場合には、「蓋を構成する部材のうち、雄ねじ部が設けられている部材の引張強度」を「蓋の材料の引張強度」と定義する。同様に、蓋が複数の部材からなる場合は、「蓋を構成する部材のうち、雄ねじ部が設けられている部材の降伏応力」を「蓋の材料の降伏応力」と定義する。例えば、図3または図4に示した蓋の場合、ねじ込みナット26の材料の引張強度および降伏応力を、蓋の材料の引張強度および降伏応力と定義する。
【0061】
[蓋の締付]
上述したように、ねじ底付近に所定の残留圧縮応力を予め付与しておくことにより、金属製容器にガスを充填した際にねじ部にかかる応力を緩和することができる。しかし、本発明の高圧ガス用容器を実際に使用する際には、蓋を締付ける力によって、前記残留圧縮応力による応力低減効果が変化する。
【0062】
すなわち、高圧ガス用容器に蓋を締付ける場合、通常は、一定のトルクをかけて締付が行われる。しかし、蓋を締付けることによってねじ部に応力がかかるため、前記応力が、予め付与した残留圧縮応力を超えると、前記残留圧縮応力が相殺されてしまう。したがって、本発明の高圧ガス用容器に蓋を締付けて、蓋の雄ねじ部が金属円筒の雌ねじ部に螺合された状態とする場合には、予め付与した圧縮残留応力が残存するように締付トルクを調整することが好ましい。具体的には、雌ねじ部および雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値を0超とすることが好ましい。
【0063】
したがって、本発明の一実施形態における高圧ガス容器は、前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合された状態であり、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超である。
【0064】
言い換えると、本発明の一実施形態における高圧ガス容器組立体は、金属製容器を備えた高圧ガス用容器組立体であって、
前記金属製容器は、少なくとも一方の端部の内周面に雌ねじ部を有する金属円筒と、前記雌ねじ部に螺合する雄ねじ部を外周面に有する蓋とを備え、
前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合された状態であり、
前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が、0超、前記金属円筒の材料の引張強度以下、かつ前記蓋の材料の引張強度以下である高圧ガス用容器組立体である。
【0065】
予め付与した圧縮残留応力を残存させるためには、締付トルクが小さければ小さいほど好ましい。したがって、締付トルクの下限は0であってよい。しかし、締付トルクが小さすぎると、高圧ガス用容器を運搬する際の振動などによって蓋にゆるみが生じる場合がある。そのため、10N・m以上のトルクで蓋を締付けることが好ましく、100N・m以上のトルクで締付けることがより好ましい。なお、蓋がゆるんで外れてしまうことを防止するために、蓋の脱落を防止する治具を高圧ガス用容器に装着することも好ましい。
【0066】
[製造方法]
次に、本発明の一実施形態における高圧ガス用容器の製造方法について説明する。上述したように、高圧ガス用容器に該高圧ガス用容器の常用圧力よりも高い内圧をかけると、過大な応力が発生し、ねじ底に局所的な塑性変形が生じる。塑性変形が生ずる領域は一部であり、その他の領域の多くは弾性域であるため、前記内圧を除荷した後には、ねじ底部に圧縮応力が残留する。したがって、高圧ガス用容器の製造過程において、該高圧ガス用容器に所定の条件で高い内圧をかけることにより、ねじ部に所定の残留圧縮応力を付与することができる。
【0067】
(第一の実施形態)
そこで、本発明の一実施形態における金属製容器の製造方法は、下記(A)および(B)の少なくとも一方を満たし、かつ、下記(C)および(D)の両者を満たす条件で金属製容器に対して内圧を付与する内圧付与工程を備える。この製造方法によれば、上述した所定の残留圧縮応力を有する高圧ガス用容器を製造することができる。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(B)前記雄ねじ部のねじ底応力が前記蓋の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【0068】
以下、上記条件の限定理由について説明する。
【0069】
・条件(A)、(B)
ねじ底付近に残留圧縮応力を付与するためには、ねじ底に塑性変形を生じさせる必要がある。そして、ねじ底に塑性変形を生じさせるためには、材料の降伏応力を超えるねじ底応力を付与すればよい。そこで本発明では、前記内圧付与工程において、上記(A)および(B)の少なくとも一方を満たす条件で内圧を付与することとする。条件(A)を満たす場合、金属円筒の雌ねじ部に残留圧縮応力を付与することができる。また、条件(B)を満たす場合、蓋の雄ねじ部に残留圧縮応力を付与することができる。
【0070】
残留圧縮応力をより効果的に付与するためには、内圧付与工程において付与するねじ底応力を材料の引張強度以上とすることが好ましい。言い換えると、上記内圧付与工程においては、下記(A’)および(B’)の少なくとも一方を満たす条件で内圧を付与することが好ましい。
(A’)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の引張強度より大きい
(B’)前記雄ねじ部のねじ底応力が前記蓋の材料の引張強度より大きい
【0071】
なお、前記内圧付与工程における、雌ねじ部のねじ底応力および雄ねじ部のねじ底応力の上限はとくに限定されず、所望の残留圧縮応力が付与されるように調整すればよい。なお、効果的に残留圧縮応力を付与するという観点からは、内圧付与工程において、金属円筒の雌ねじ部に相対する外表面(円筒の外周面)における応力を、該金属円筒の材料の降伏応力以下とすることが好ましい。ねじ底応力を降伏応力より大きくすると同時に、金属円筒の外表面における応力を降伏応力以下とすることにより、金属円筒の肉厚方向の全域にわたって降伏応力より高い応力をかけた場合に比べ、ねじ底付近に効果的に残留圧縮応力を付与することができる。
【0072】
同様の理由から、図4に示したように鏡板と中実円筒状のねじ込みナットからなる蓋を用いる場合には、内圧付与工程において、前記ねじ込みナットの雄ねじ部に相対する内表面(円筒状ナットの内周面)における応力を、該ねじ込みナットの材料の降伏応力以下とすることが好ましい。
【0073】
・条件(B)、(C)
上述したように、残留圧縮応力を付与するためには内圧をかけて塑性変形を生じさせる必要があるが、内圧が高すぎると金属円筒が破壊されてしまう。金属円筒の破壊を防ぐためには、金属円筒にかかる軸方向応力と周方向応力の両者が、該金属円筒の材料の引張強度以下とする必要がある。上記(B)および(C)は、前記条件を具体的に定めたものである。
【0074】
なお、金属円筒にかかる軸方向応力と周方向応力は、それぞれ下記の(1)、(2)式で求めることができる。
軸方向応力=(蓋の受圧面積×内圧)/金属円筒の最小断面積…(1)
周方向応力=(金属円筒の内径×内圧)/(2×金属円筒の板厚)…(2)
ここで、「蓋の受圧面積」とは、蓋の、貯蔵部と接する面の面積であり、図3、4に示すように鏡板を使用する場合、鏡板の面積を指す。また、金属円筒の「断面積」とは、該金属円筒の軸方向に垂直な断面における、金属部分の断面積を指し、該金属円筒の内部空間の断面積は含まない。なお、金属円筒の断面積は、該金属円筒の長手方向位置によって異なる場合があり、金属円筒にかかる軸方向応力は断面積が最小の部分で最大となる。そのため、上記(1)式では金属円筒の最小断面積を使用する。なお、(1)および(2)式で得られる軸方向応力および周方向応力は金属円筒の断面積当たりの平均的な応力である。一方、局所的な応力であるねじ底応力は、後述するように有限要素法等により算出することができる。
【0075】
ただし、上記金属製容器の外表面に炭素繊維強化樹脂層を有する場合、金属円筒部にかかる軸方向応力と周方向応力は、それぞれ上記(1)および(2)式で算出される値よりも低くなる。そのため、金属製容器の外表面に炭素繊維強化樹脂層を有する場合、金属円筒部にかかる軸方向応力と周方向応力は、有限要素法を用いた数値解析によって評価する。
【0076】
すなわち、金属製容器の外表面に炭素繊維強化樹脂層を有する場合には、炭素繊維強化樹脂層を有していない場合に比べて、より高い内圧を付与することができるため、より効果的に残留圧縮応力を付与することができる。
【0077】
なお、金属円筒部にかかる軸方向応力と周方向応力の少なくとも一方が前記金属円筒の材料の降伏応力を超えた場合、金属円筒が塑性変形し、金属円筒の内径が変化する可能性がある。そのため、金属円筒の塑性変形に起因するシール性の低下を抑制するという観点からは、金属円筒部にかかる軸方向応力と周方向応力を、前記金属円筒の材料の降伏応力以下とすることが好ましく、降伏応力の90%以下とすることがより好ましい。言い換えると、上記内圧付与工程においては、下記(C’)および(D’)の両者を満たす条件で内圧を付与することが好ましく、下記(C’’)および(D’’)の両者を満たす条件で内圧を付与することがより好ましい。
(C’)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の降伏応力以下
(D’)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の降伏応力以下
(C’’)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の降伏応力の90%以下
(D’’)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の降伏応力の90%以下
【0078】
上記内圧付与工程において金属製容器に内圧を付与するためには、任意の圧力媒体を金属製容器の内部に充填すればよい。前記圧力媒体としては、特に限定されることなく任意の媒体を用いることができるが、安全性の観点からは、水や油に代表されるような非圧縮性流体を用いることが好ましい。さらに、金属製容器の腐食を防ぐという観点からは、腐食防止剤を含有する非圧縮性流体や、エチレングリーコル等のアルコールの水溶液を用いることが好ましい。
【0079】
(第二の実施形態)
また、本発明の他の実施形態における金属製容器の製造方法は、
前記金属円筒に、雄ねじ部を外周面に有する治具を、前記治具の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう取り付ける治具取付工程と、下記(A)、(C)、および(D)を満たす条件で前記金属製容器に対して内圧を付与する内圧付与工程と、
前記治具を前記金属容器から取り外す治具取外し工程と、
前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう前記金属容器に前記蓋を締付ける蓋締付工程とを備え、
前記蓋締付工程においては、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超となるように締付トルクを調整する、高圧ガス用容器の製造方法である。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【0080】
上記製造方法によっても、上述した所定の残留圧縮応力を有する高圧ガス用容器を製造することができる。以下、各工程について説明する。
【0081】
[治具取付工程]
まず、金属円筒に、雄ねじ部を外周面に有する治具を、前記治具の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう取り付ける(治具取付工程)。前記治具としては、金属円筒の雌ねじ部に螺合する雄ねじを有する治具であれば、任意のものを用いることができる。前記治具としては、金属製容器の蓋として使用される部材と同等のものを用いることが好ましい。また、前記治具として用いた蓋を、後述する蓋締付工程において再度蓋として使用することがより好ましい。
【0082】
治具の材料は、とくに限定されないが、金属製とすることが好ましく、鋼製とすることがより好ましい。前記鋼としては、引張強さ(TS)が750MPa以上の鋼材(低合金鋼)を用いることがさらに好ましい。治具の材料としては、前記金属円筒の材料として挙げたものと同じ材料を使用することもできる。治具の材料と金属円筒の材料は、同じであっても異なっていてもよいが、同じとすることが好ましい。
【0083】
[内圧付与工程]
金属円筒に治具を取り付けた後、下記(A)、(C)、および(D)を満たす条件で前記金属製容器に対して内圧を付与する(内圧付与工程)。なお、(A)、(C)、および(D)の各条件の限定理由は、上記第一の実施形態の説明において述べたとおりである。また、その他の点についても、特に断らない限り上記第一の実施形態と同様とすることができる。
(A)前記雌ねじ部のねじ底応力が前記金属円筒の材料の降伏応力より大きい
(C)前記金属円筒の軸方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
(D)前記金属円筒の周方向応力が前記金属円筒の材料の引張強度以下
【0084】
[治具取外し工程]
上記内圧付与工程において内圧を付与した後、前記治具を前記金属容器から取り外す(治具取外し工程)。
【0085】
[蓋締付工程]
その後、前記蓋の雄ねじ部が前記金属円筒の雌ねじ部に螺合するよう前記金属円筒に前記蓋を締付ける(蓋締付工程)。前記蓋締付工程においては、前記雌ねじ部および前記雄ねじ部の複数のねじ底における、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超となるように締付トルクを調整する。
【0086】
なお、先にも述べたように、治具取付工程において治具として蓋を使用し、蓋締付工程においては治具取付工程で使用した蓋を再度使用することが好ましい。しかし、蓋がOリングなどのシール部材を備えている場合、内圧付与工程で高い内圧がかかることにより前記シール部材が損傷し、シール性が損なわれる場合がある。そのため、治具取外し工程で治具を取り外した後、蓋のシール部材を交換した上で、蓋の締付を行うことが好ましい。さらに、内圧付与工程では高い内圧がかかることを考慮すると、内圧付与工程で使用するシール部材の径は、最終的な蓋締付工程で使用するシール部材の径よりも大きいことが好ましい。
【実施例0087】
以下、本発明の作用効果について、実施例を用いて説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0088】
(実施例1)
容器モデルを用いた有限要素法(FEM)による弾塑性解析によりねじ底応力を解析した。前記容器モデルとしては、低合金鋼製の金属製容器からなり、炭素繊維強化樹脂層を有さないタイプ1容器と、前記タイプ1容器と同じ低合金鋼製の金属製容器(ライナ)と、前記金属製容器の表面にCFRPを厚さ5mmとなるように巻き付けて形成された炭素繊維強化樹脂層とからなるタイプ2容器の2種類を使用した。前記金属製容器を構成する金属円筒と蓋の材質は同じ低合金鋼とし、前記低合金鋼の引張強度(TS)は821MPa、降伏応力(YP)は705MPaとした。また、前記低合金鋼の応力-ひずみ曲線としては、TS:900MPa級 SNCM439鋼の応力ひずみ曲線を用いた。
【0089】
金属製容器を構成する金属円筒の寸法は、長手方向長さを4500mm、外径を404mmで固定とし、内径および肉厚は表1に示す通りとした。また、蓋は、図4に示したように、円盤状の鏡板と、中空円筒状のねじ込みナットからなる構造とし、鏡板の肉厚は75mm、ねじ込みナットの肉厚は37mmとした。ここで、ねじ込みナットの肉厚とは、外周面に設けられたねじ部の頂点から内面までの厚さとした。また、ねじ形状は、ピッチ12mm、ねじ深さ12mm、ねじ肩曲率半径2.2mmのJIS台形ネジとした。
【0090】
上記FEMによる解析は、以下の条件で実施した。
ソフトウェア:ABAQUS Ver.6.12-4(ダッソー・システムズ株式会社)
計算モデル:軸対称モデル
メッシュ分割:応力集中部において50μm
境界条件:金属円筒の内面および鏡板のガス貯蔵部側にガス圧力を付与
拘束条件:金属円筒:Y対称面上の節点、Y方向変位拘束
鏡板、ねじ込みナット:積極的な節点の変位の固定は無し
接触条件:接触摩擦係数μ=0.05
【0091】
(内圧付与工程)
上記金属製容器に対し、表1に示した負荷内圧をかけた際のねじ底応力をFEMにより求めた。雌ねじ部におけるねじ底応力の最大値と、雄ねじ部におけるねじ底応力の最大値は表1に示したとおりであった。また、ねじ底応力の最大値とは、ねじ底から、該ねじ底とは反対側の表面までの肉厚方向全体における応力の最大値を指す。なお、本実施例では、内圧負荷工程における雄ねじ部のねじ底応力の最大値は、表1に示したすべての例において雌ねじ部のねじ底応力の最大値よりも低かった。そのため、表1には雌ねじ部のねじ底応力の最大値のみを示した。
【0092】
また、上記負荷内圧をかけた際の、金属円筒の軸方向応力と周方向応力を表1に併記した。金属製容器がタイプ1容器である場合、前記軸方向応力と周方向応力は、下記(1)、(2)式により算出した。
軸方向応力=(蓋の受圧面積×内圧)/金属円筒の最小断面積…(1)
周方向応力=(金属円筒の内径×内圧)/(2×金属円筒の板厚)…(2)
また、金属製容器がタイプ2容器である場合、前記軸方向応力と周方向応力はFEMによる解析で求めた。
【0093】
(残留圧縮応力)
次いで、FEMによる解析により、上記内圧を除荷した状態における、ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力を求めた。表2には、雄ねじ部における残留圧縮応力の最大値、雌ねじ部における圧縮残留応力の最大値、およびそれらの最大値を示す。
【0094】
次に、各金属製容器の性能を評価するために、再度内圧を負荷した際のねじ底応力と、ねじ部破断寿命を求めた。
【0095】
(内圧負荷時のねじ底応力)
金属製容器を実際に高圧ガス容器として使用する際の条件を想定して、金属製容器に対し82MPaの内圧を負荷した際のねじ底応力の最大値を、FEMによる解析で求めた。得られた結果は表2に示したとおりであった。
【0096】
(ねじ部破断寿命)
FEMによる解析で求められた応力から、圧力サイクル試験におけるねじ部の破断寿命を評価した。破断寿命の評価は、高圧ガス保安協会が定めた「各種部位のき裂進展解析法」(KHKS 0220(2010)附属書IX)にしたがって実施した。圧力付与の条件は、最小圧力:2MPa、最大圧力:82MPa、温度:室温とした。
【0097】
表2に示した結果から分かるように、適切な条件で内圧付与を行うことにより、本発明の条件を満たす圧縮残留応力をねじ底に導入することができる。そして、前記ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が本発明の条件を満たす金属製容器は、内圧を負荷した際のねじ底応力が低減されており、その結果、優れた疲労寿命を示した。
【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
(実施例2)
次に、蓋を金属円筒に締付ける条件が疲労寿命に与える影響をFEM解析により評価した。具体的には、まず、実施例1におけるNo.6、11、および13の容器のそれぞれについて、内圧付与工程の後に一旦蓋を取り外した後、再度、表3に示す条件で蓋を締付けた。次いで、再度内圧を負荷した際のねじ底応力と、ねじ部破断寿命を、実施例1と同様の手順で求めた。結果を表3に示す。
【0101】
表3に示した結果から、ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置における残留圧縮応力の最大値が0超となるように蓋を締付けることにより、ねじ部破断寿命がさらに改善することが分かる。
【0102】
【表3】
【符号の説明】
【0103】
1 高圧ガス用容器
10 金属円筒
11 雌ねじ部
12 ねじ溝
13 雌ねじ部のねじ底
14 貯蔵部
20 蓋
21 雄ねじ部
22 ねじ山
23 雄ねじ部のねじ底
24 Oリング
25 鏡板
26 ねじ込みナット
P ねじ底から深さ方向に0.4mmの位置
図1
図2
図3
図4