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特開2022-77545非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定する検査方法。
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  • 特開-非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定する検査方法。 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022077545
(43)【公開日】2022-05-24
(54)【発明の名称】非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定する検査方法。
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/21 20060101AFI20220517BHJP
   G01N 23/2273 20180101ALI20220517BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220517BHJP
   A61L 27/08 20060101ALI20220517BHJP
   A61L 29/02 20060101ALI20220517BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20220517BHJP
   A61C 8/00 20060101ALI20220517BHJP
【FI】
G01N21/21 Z
G01N23/2273
C12Q1/02
A61L27/08
A61L29/02
A61L31/02
A61C8/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020188369
(22)【出願日】2020-11-12
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和 元年11月13日に一般社団法人ニューダイヤモンドフォーラム発行による第33回ダイヤモンドシンポジウム講演予稿集にて発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.JAVA
(71)【出願人】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(71)【出願人】
【識別番号】592031444
【氏名又は名称】ナノテック株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【弁理士】
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】大越 康晴
(72)【発明者】
【氏名】鬼頭 大海
(72)【発明者】
【氏名】中森 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】平塚 傑工
(72)【発明者】
【氏名】福原 武志
【テーマコード(参考)】
2G001
2G059
4B063
4C081
4C159
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA08
2G001CA03
2G001GA01
2G001KA01
2G001LA01
2G001MA05
2G001NA03
2G059AA03
2G059BB10
2G059BB15
2G059CC02
2G059EE01
2G059EE04
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS36
4B063QS40
4B063QX01
4C081AC08
4C081BA02
4C081BB05
4C081BB08
4C081CF162
4C081DA03
4C081DA06
4C081DC03
4C081EA13
4C159AA26
4C159AA62
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、非晶質炭素膜の有する何らかの物理的特性を測定し、該測定値に基づいて、該炭素膜が細胞凝集を誘導しうるか否かを判定する検査方法、及び該検査方法を検査工程に利用した、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法を実現することにある。
【解決手段】上記課題は、非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標、例えば、消衰係数や屈折率といった光学定数やカルボニル基構成比率などを測定し、該指標を含む所定の変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法、及び、該検査方法により、該検査方法の対象となる非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定する検査工程を有することを特徴とする、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法によって解決する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を測定し、該指標を含む所定の変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法。
【請求項2】
前記指標が消衰係数kであり、前記所定の変数が該消衰係数kの逆数(1/k)であることを特徴とする請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
前記1/kで求められる値が7以上の値である時に、前記非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定することを特徴とする請求項2に記載の検査方法。
【請求項4】
前記指標が消衰係数k及び屈折率nであり、前記所定の変数がn/kであることを特徴とする請求項1に記載の検査方法。
【請求項5】
前記n/kで求められる値が13以上の値である時に、前記非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定することを特徴とする請求項4に記載の検査方法。
【請求項6】
前記指標が消衰係数k、屈折率n及びカルボニル基構成比率COであり、前記所定の変数がn/(k×CO)であることを特徴とする請求項1に記載の検査方法。
【請求項7】
前記n/(k×CO)で求められる値が565以上の値である時に、前記非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定することを特徴とする請求項6に記載の検査方法。
【請求項8】
前記消衰係数k及び/又は前記屈折率nを分光エリプソメトリにて測定することを特徴とする請求項2~7のいずれかに記載の検査方法。
【請求項9】
前記カルボニル基構成比率COをX線光電分光法にて測定することを特徴とする請求項6~8のいずれかに記載の検査方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれかに記載の検査方法により、該検査方法の対象となる非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定する検査工程を有することを特徴とする、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を測定し、該指標を含む所定の変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非晶質炭素膜とは、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜とも呼ばれ、ダイヤモンド構造に対応するsp結合を有する炭素と、グラファイト構造に対応するsp結合を有する炭素が不規則に混在したアモルファス構造の膜である。高硬度・低摩擦、表面が不活性といった特性を有するため、金属やセラミックス等の無機材料及び高分子樹脂等の有機系材料等からなる基材表面のコーティング材として利用することにより、基材表面に耐摩耗性、耐蝕性及び摺動性等の性質をもたらすことが知られている。
【0003】
非晶質状炭素膜は更に生体適合性や化学的安定性といった特性も有することから、医療用デバイスへの表面改質手段としても期待されている。即ち、これらの特性に加え、上記の様に、金属、セラミック、高分子樹脂など、様々な材にコーティングすることで表面硬度や摺動性が向上するため、例えばインプラント(特許文献1)、ステント(特許文献2)やカテーテル(特許文献3)への応用が提案されている。
【0004】
一概に非晶質炭素膜と言っても、その成膜手法によって基本物性(sp構造:ダイヤモンド構造由来、sp構造:グラファイト構造由来、H:水素含有量)が異なる。具体的には該基本物性に基づき、ta-C、ta-C:H、a-C、a-C:H、polymer、graphiticに分類され、これらによって表面機能が決定される。また、非晶質炭素膜はこれまで、膜全体に対する巨視的な分析によって評価されてきたが、個々の非晶質炭素膜においても、表面層、バルク層、基板界面層では、成膜手法によってそれぞれ膜特性が異なることが明らかになっている。従って、生体由来物質との相互作用において、非晶質炭素膜のバイオインターフェースとしての特性を引き出すには、基本物性に基づく非晶質炭素膜の表面機能の理解が不可欠である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-4166
【特許文献2】特開2010-280636
【特許文献3】特開2008-245883
【特許文献4】特開2014-057578
【特許文献5】国際公開第2 0 1 3 / 0 9 9 9 0 1 号パンフレット
【特許文献6】国際公開第2 0 1 3 / 0 2 2 0 8 5 号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】大竹 尚登ら他2名,2012年発行、NEW DIAMOND Vol.28、No.3,pp.12-18
【非特許文献2】M.Hiratsukaら他5名、2013年発行、Journal of Solid Mechanics and Materials Engineering Vol.7、No.2、pp.187-198
【非特許文献3】Y.Nittaら他3名、2012年発行、IEEE Transactions on Plasma Science Vol.40、pp.2073-2078
【非特許文献4】S.Takabayashi,及びT.Takahagi、2015年発行、Surf.Interface Anal. Vol.47,pp.345-349
【非特許文献5】M.A. Caroら他4名、2018年発行、Chemistry of Materials Vol.30、pp.7446-7455
【非特許文献6】A.Bagri,及びR.Grantab、2010年発行、J.Phys.Chem.Vol.114,pp.12053-12061
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで、非晶質炭素膜のバイオインターフェースとしての特性を示す指標としては、生体適合性や生体親和性といった、生体由来物質との良好な接合や接着を可能にしうるか、という視点が中心であった。特に、細胞が細胞外に存する何らかの器材等に対して良好に付着する性質を示す細胞親和性は、該器材等の表面(二次元)での細胞増殖の制御とも強く関連する為、非晶質炭素膜における物理的特性の中で細胞親和性と関連するものについては、既に多くの報告が存在する。例えば、特許文献4には屈折率(n)や消衰係数(k)に代表される光学定数の非晶質炭素膜における生体親和性との関連性について開示されており、特許文献3は、基材表面に形成された非晶質炭素膜表面に導入されたカルボキシル基の導入率と、該非晶質炭素膜表面に生着する平滑筋細胞の増殖抑制効果との関係について示している。
【0008】
しかしながら、近年、斯様な細胞親和性とは別に、細胞凝集性という新しい概念が提唱されてきている。細胞凝集性とは細胞凝集塊を形成する特性である。細胞凝集塊とは、分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)と呼称されるものも細胞凝集塊に包含される。斯様な細胞凝集塊の形成を誘導する機能は、従来、活用されている細胞親和性と一線を画す、バイオインターフェースに求められる新しい特徴として注目を集めつつある。
【0009】
昨今、ES細胞やiPS細胞等に代表される多能性幹細胞は、無限に増殖できる能力と、様々な細胞に分化する能力を有していることから、再生医療における難治性疾患や生活習慣病等に対する根本的治療法として脚光を浴びているが、実用化に向けて大きな障害となるのが、細胞生産の問題である。一般に臓器再生を行うには大量の細胞が必要となる為、従来の平面基板表面での二次元的培養では細胞供給方法として現実的ではない。
この問題を解決する上で、二次元的培養から細胞を積極的に凝集させ、細胞凝集塊の形で三次元的に培養する方法や専用の器材等が開発されている。しかしながら、従来の細胞凝集塊形成用器材は、単に細胞が接着しにくい材料を利用した成形品が主流であり( 特許文献5 及び6 )、この為、細胞接着性が過度に低いことに起因するアポトーシスによる細胞死等が問題となっていた。
【0010】
生体親和性を有し、様々な二次元的培養用器材の表面材として利用されている非晶質炭素膜は、成膜手法を変えることで、様々な表面機能を具備しうることが知られていることから、何らかの成膜手法により、所望の細胞凝集性を有する非晶質炭素膜を実現することが期待されていたが、該非晶質炭素膜の有する如何なる性質が、細胞凝集性の良否に関与するのか等、未だ明らかとはなっていなかった。
【0011】
以上の問題点に鑑みて、本発明の課題は、非晶質炭素膜の有する何らかの物理的特性を測定し、該測定値に基づいて、該炭素膜が細胞凝集を誘導しうるか否かを判定する検査方法、及び該検査方法を検査工程に利用した、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、非晶質炭素膜の有する細胞凝集性の指標を確立する目的で、成膜手法の異なる様々な種類の非晶質炭素膜を用いて、該炭素膜それぞれの細胞凝集性を評価すると共に、非晶質炭素膜の基本構造を反映させる指標の中で、細胞凝集性と関連する可能性のあるものを中心に測定を行い、両者の相関性について鋭意研究を行った。その結果、該指標の内、消衰係数(k)および屈折率(n)に代表される光学定数やカルボニル基構成比率(CO)と、細胞凝集の定量的特性との間に相関性を見出した。更に発明者らは、それぞれが非晶質炭素膜の異なる物理的性質を示すこれらの指標を組み合わせた新たな変数を考案し、該変数を該非晶質炭素膜の細胞凝集性の良否の基準とすることで、非晶質炭素膜の有する細胞凝集機能の判定を可能とする該非晶質炭素膜の検査方法を確立した。
【0013】
また、本発明に係る検査方法については、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法において、該製品の表面に形成された非晶質炭素膜に対して、例えば分光エリプソメトリにより消衰係数および/又は屈折率を測定し、また、例えばX線光電分光法によりカルボニル基構成比率を測定し、これらの測定値に基づく所定の変数が、一定の値以上であったときに該製品に係る非晶質炭素膜を細胞凝集機能において良品と判定する検査工程として利用できる。
【0014】
以上の知見に基づいて、本発明は完成されるに至った。
すなわち、本発明は以下の(1)~(10) に関するものである。
(1)非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を測定し、該指標を含む所定の変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法。
(2)前記指標が消衰係数kであり、前記所定の変数が該消衰係数kの逆数(1/k)であることを特徴とする(1)に記載の検査方法。
(3)前記1/kで求められる値が7以上の値である時に、前記非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定することを特徴とする(2)に記載の検査方法。
(4)前記指標が消衰係数k及び屈折率nであり、前記所定の変数がn/kであることを特徴とする(1)に記載の検査方法。
(5)前記n/kで求められる値が13以上の値である時に、前記非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定することを特徴とする(4)に記載の検査方法。
(6)前記指標が消衰係数k、屈折率n及びカルボニル基構成比率COであり、前記所定の変数がn/(k×CO)であることを特徴とする(1)に記載の検査方法。
(7)前記n/(k×CO)で求められる値が565以上の値である時に、前記非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定することを特徴とする(6)に記載の検査方法。
(8)前記消衰係数k及び/又は前記屈折率nを分光エリプソメトリにて測定することを特徴とする(2)~(7)のいずれかに記載の検査方法。
(9)前記カルボニル基構成比率COをX線光電分光法にて測定することを特徴とする(6)~(8)のいずれかに記載の検査方法。
(10)(1)~(9)のいずれかに記載の検査方法により、該検査方法の対象となる非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定する検査工程を有することを特徴とする、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、非晶質炭素膜の消衰係数や屈折率、カルボニル基構成比率を、比較的計測の簡便な分光エリプソメトリおよび/又はX線光電分光法を用いて測定し、これらの指標を組み合わせた新たな変数を基準にすることで、該非晶質炭素膜の細胞凝集性を有する膜としての良否を数値的に簡単に検査することができる。また、分光エリプソメトリおよび/又はX線光電分光法による該基本物性の測定は、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品に対する非破壊試験であって、大気中で室温に保持したまま行うことができる為、この検査方法を製造工程に組み込むことも容易である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】クローニングリングを用いた培養の様子(上図)と非晶質炭素膜(DLC)上の撮影範囲及び評価範囲模式図(下図)。
図2】各種非晶質炭素膜の光学定数(消衰係数及び屈折率)。
図3】各種非晶質炭素膜のラマンスペクトルおよび消衰係数。
図4】各種非晶質炭素膜のXPS分析Carbon1sスペクトル。
図5】各種非晶質炭素膜上での細胞接着状態/細胞凝集状態。
図6】各種非晶質炭素膜上での培養24時間後における凝集細胞の総面積。
図7】各種非晶質炭素膜上での培養24時間後における単位面積あたりの二次元接着細胞数。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の第1の形態は、非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を測定し、該指標を含む所定の変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法である。
【0018】
非晶質炭素膜は様々な成膜方法によって作成され、用途は多岐に渡るが、非晶質炭素膜の物性値としての定義が定まっておらず、定量的な評価指標が存在しないことが生産・利用の障害となっている。それ故に,使用用途に適した非晶質炭素膜を適切に活用するために、該炭素膜の用途と物性値の分類および標準化が求められてきた。これまでに75種類を超える非晶質炭素膜について,sp/sp結合比率および水素含有量,膜密度などの計14種の分析を行い,特にsp/sp結合比率および水素含有量を基準として,±5%の許容範囲でta-C,ta-C:H,a-C,および a-C:H膜の種類に分類されている(非特許文献1)。また,非晶質炭素膜の分類として上記以外にも,水素含有量が多く高分子特性を示すPLC(Polymer like carbon),黒鉛状の特性を示すGLC(Graphite like carbon)もあり,これらを総括して非晶質炭素膜の分類が行われている。
本発明に係る非晶質炭素膜は、グラファイト構造由来のspおよびダイヤモンド構造由来のsp混成軌道が混在し、水素化された構造を有する炭素膜であればよく、前記の如何なる分類に属するものも含み、特に限定されるものでは無い。
【0019】
本発明に係る非晶質炭素膜の成膜方法には、特に制限はなく、既存の如何なる成膜方法及び/又は新規の方法であってもよい。発明者らは、基本構造が異なる非晶質炭素膜を検討するに当たり、それぞれHigh Power Impulse Magnetron Sputtering法(HiPIMS),イオン化蒸着法(Ionization),DC Pulse Plasma Chemical Vapor Deposition法(DC pulse CVD),r.f. Plasma CVD法(RF CVD)を用いてSi基板に計5種類の非晶質炭素膜を成膜し、検討を行ったが、本発明はこれらの成膜方法によって成膜された非晶質炭素膜に限定されるものではない。
【0020】
非晶質炭素膜の基本構造とは、該炭素膜の基本的な構造を示し、該炭素膜の有する様々な物理的特性によって規定することが出来るものである。特に限定はしないが、本発明においては、少なくとも非晶質炭素膜の基本物性及び表面状態といった特性によって規定される構造である。
【0021】
非晶質炭素膜の基本物性とは、該炭素膜が、ダイヤモンド構造由来であるsp構造とグラファイト構造由来であるsp構造の結合比率及び水素含有量等により表される物理的特性である。
しかし、非晶質炭素膜のsp/sp結合比率および水素含有量の定量的な測定は容易ではなく,非晶質炭素膜の品質管理方法としては,コーティングメーカー等の製造現場において,簡易かつ安価な手法での評価指標が求められている。このことから,現在,分光エリプソメトリによって簡便に得られる光学定数(屈折率nおよび消衰係数k)を指標に用いた非晶質炭素膜の分類方法が提案されている(非特許文献2)。
【0022】
分光エリプソメトリは試料に対して光を照射し,入射光と反射光の偏光の変化量を測定し,膜厚と光学定数を分析する手法である.屈折率(n)は硬度や膜密度を反映し,消衰係数(k)はsp含有率及び水素含有量を反映することから,分光エリプソメトリにて得られる光学定数はいずれも非晶質炭素膜の基本物性を反映したものとなる。
【0023】
この為、本発明に係る非晶質炭素膜の基本構造を規定する特性の1つである基本物性を反映する指標としては、該炭素膜のsp/sp結合比率および水素含有量を示しうる定量的な指標であれば、特に限定はしないが、好ましくは消衰係数及び/または屈折率である。
また、基本物性を反映する指標を測定する方法は、特に限定はしないが、分光エリプソメトリやレーザラマン分光(RAMAN)、ラザフォード後方散乱分析(RBS)/弾性反跳検出分析(ERDA)、吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)等であり、好ましくはレーザラマン分光または分光エリプソメトリであり、特に好ましくは分光エリプソメトリによる測定である。
【0024】
非晶質炭素膜の表面状態は該炭素膜の基本構造を規定するもう1つの特性である。近年、非晶質炭素膜は、該炭素膜の表面状態に起因することが示唆されている生体組織適合性や細胞親和性等により、医療応用が急速に拡大しており,それに伴って非晶質炭素膜の多様化が進んでいる。この為、非晶質炭素膜のバイオインターフェースとしての指標が求められており、特に,細胞レベルでの親和性評価においては,表面に形成される酸素官能基(主としてカルボニル基)によって細胞接着機能が大きく影響を受けることが報告されている。即ち、非晶質炭素膜表面におけるカルボニル基構成比率が、細胞親和性を評価する上での表面状態を反映する指標の1つである可能性が示唆されている。
【0025】
本発明に係る非晶質炭素膜の細胞凝集性は、細胞親和性とは異なる生物学的特性であるが、カルボニル基構成比と細胞凝集性にも何らかの関連性があるか調査するべく、発明者らは、上記した様に、5種類の成膜方法によって性質の異なる非晶質炭素膜を成膜し評価した結果、両者に強い関連性を見出した。
【0026】
以上より、本発明に係る非晶質炭素膜の基本構造を規定するもう1つの特性である表面状態を反映する指標としては、特に限定はしないが、表面に形成される酸素官能基の量を定量的に示す指標が好ましく、特に好ましくは非晶質炭素膜表面におけるカルボニル基構成比率である。
また、該表面状態を反映する指標を測定する方法は、特に限定はしないが、X線光電分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)や吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)等であり、好ましくはX線光電分光法による測定である。
【0027】
本発明に係る非晶質炭素膜の細胞凝集機能とは、該炭素膜上で培養された細胞から細胞凝集塊の形成を誘導する能力を示す。細胞凝集塊とは〔0007〕に記した通り、分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊である。本発明に係る細胞凝集塊には、一部の態様においては、細胞同士が面接着しており、また、一部の態様においては、該凝集塊の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)及び/又は細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)、を形成している場合もあるが、特定の態様に限定することなく、様々な態様の細胞凝集塊が含まれる。よって、本発明に係る非晶質炭素膜の細胞凝集能とは、該炭素膜上で細胞の培養を行った場合、培養開始直後は該器材表面上で二次元方向に分散した状態で培養されていた細胞を経時的に集合させ、前記細胞凝集塊の形成を誘導することのできる、非晶質炭素膜表面の特性のことを言う。
【0028】
非晶質炭素膜の細胞凝集性について解明すべく、発明者らは、成膜方法の異なる非晶質炭素膜上において細胞培養を試みた。陽性対照となるPS-dish(polystyrene製培養皿)と共に、Si基板に成膜した非晶質炭素膜(HiPIMS, Ionization, DC pulse CVD, RFCVD(10,30Pa)の5種類の成膜方法により調製)表面にクローニングリングを設置することで培養可能な環境を準備し,その中にNIH-3T3細胞(マウス由来線維芽細胞)を播種し,培養24時間後の細胞形態(細胞接着状態及び細胞凝集状態)及び細胞接着数について評価した(図1)。
【0029】
まず細胞親和性を反映する細胞接着状態について見ると、HiPIMS,Ionization,DC pulse CVD,RF CVD 10Paにて成膜した非晶質炭素膜では,細胞が一様に接着している様子が確認された。しかし,RF CVD 30Paにより成膜した非晶質炭素膜表面では,単体で接着している細胞が少なく,2個以上の細胞が凝集している様子が顕著に確認され、斯様な凝集細胞が培養領域の多くを占めていた(図5)。陽性対照及び各種非晶質炭素膜表面で観察された凝集細胞の総面積を比較したところ、RF CVD 30Paにて成膜した非晶質炭素膜では平均で0.15mm以上なり,p値0.01において、その他の各群全てに対し統計的に有意な差異が見られた(図6)。
【0030】
一方で、非晶質炭素膜それぞれの細胞親和性を定量的に反映する接着細胞のカウント数については,RF CVD 30Paにて成膜した非晶質炭素膜で最も少なく,p値0.01の条件下において、カウント数の一番多いIonizationにより成膜した非晶質炭素膜とのみ統計的有意差が認められた(図7)。しかしながら、その他の3群とは有意な差には至らず、また,これら3群(HiPIMS,Ionization,DC pulse CVDにて成膜した非晶質炭素膜)の間には、有意差はつかないものの、大幅な差異が確認された(図7)。これは、RF CVD 30Paにて成膜した非晶質炭素膜以外の群(陽性対照群も含めた5群)間において差異が極めて小さい凝集細胞の総面積とは性質を異にしている(図6)。
【0031】
このことから、非晶質炭素膜の細胞凝集性は、単に細胞親和性が劣ることによって引き起こされる現象を観察しているのではなく、細胞親和性とは別途の、非晶質炭素膜の有するバイオインターフェースとしての特性であること、そして、成膜方法の異なる非晶質炭素膜はそれぞれ固有の細胞凝集能を有していることから、非晶質炭素膜の基本構造を反映する何らかの指標を測定し、該指標を含む所定の変数に基づくことにより、該非晶質炭素膜の細胞凝集能を判定しうる可能性が示唆された。
【0032】
次に、発明者らは、非晶質炭素膜の細胞凝集能の判定を可能とする、非晶質炭素膜の基本構造を反映する何らかの指標を見出すべく、まずはその候補の1つである光学定数(屈折率及び消衰係数)を、成膜した上記5種類の非晶質炭素膜において測定した。
図2および表2に分光エリプソメトリにより得られた各種非晶質炭素膜の光学定数を示す。HiPIMSにて成膜した非晶質炭素膜は,他の非晶質炭素膜と比べ屈折率が2.0未満と最も小さい一方で,消衰係数は0.6以上と最も大きい値を示した。一方,Ionizationにて成膜した非晶質炭素膜は,屈折率が2.4以上と最も高い傾向を示したが,消衰係数はHiPIMSよりも小さい値となった。また,RF CVD 30Paにて成膜したDLCの消衰係数は最も小さく,0.1未満となった。
【0033】
これらを整理すると,消衰係数は,PVD法で成膜した非晶質炭素膜(HiPIMS)が最も大きく,その次に,PVD法とCVD法の中間的な成膜方法であるIonization,そしてCVD法で成膜したDLC(DC pulse CVD, RF CVD)の順となり,HiPIMS > Ionizaition > DC pulse CVD > RF CVD 10 Pa > RF CVD 30Paであることが明らかとなった(表2)。
【0034】
非晶質炭素膜の光学定数の違いは,水素含有量やsp含有率の他に,硬度,および膜密度に依存する。消衰係数の値が大きい非晶質炭素膜では高sp含有率で水素含有量が少なく,更にグラファイト構造からの電子が多い傾向にある。Ionization,DC pulse CVDおよびRF CVDで成膜した非晶質炭素膜では炭化水素ガスを用いることから,膜中に水素が含まれるため,HiPIMSで成膜した非晶質炭素膜より消衰係数の値が小さくなる。また,原料ガスにCHを用いたRF CVDで成膜したDLCでは,一般的に水素含有量が多いとされ,原料ガスにCを用いたIonizationやDC pulse CVDで成膜した非晶質炭素膜に対し,消衰係数が、より小さくなると考えられる。特に,RF CVDの30Pa成膜においては,10Pa成膜よりも水素含有量が多くなり,消衰係数の値が最小となったと考えられる。一方,Ionizationは,基板バイアスの電圧が高くなると膜硬度および膜密度が高くなり,更に,一般的なCVD法で成膜した非晶質炭素膜と比較して水素含有量が少ないことが報告されている。これらのことからも,Ionizationで成膜した非晶質炭素膜は,DC pulse CVDとRF CVDで成膜した非晶質炭素膜よりも,屈折率および消衰係数が大きくなると考えられる。また,DC pulse CVDについては,RF CVDと比較して,高硬度や低水素含有量の非晶質炭素膜が成膜されるため,屈折率および消衰係数の値は,RF CVDよりも大きくなると考えられる。
【0035】
以上より,分光エリプソメトリ測定の結果,各種非晶質炭素膜の光学定数は,個々の成膜方法による非晶質炭素膜の基本特性を示しており,特に消衰係数は,成膜方法に由来する相対的な水素含有量の違いを反映した値となることが確認された。
【0036】
発明者らは、消衰係数が炭素膜構造の如何なる指標となっているのか、更に追及するべく、上記5種の非晶質炭素膜に対してラマンスペクトル分析を行い、消衰係数との関係を検討した(図3)。いずれの非晶質炭素膜も,1000~1800cm-1の領域で,アモルファス構造に起因するブロードなピークが得られた。また,非晶質炭素膜特有のピークとして,1350cm-1付近にDbandと1520~1580cm-1付近にGbandが現れている。消衰係数の値が最も大きかった非晶質炭素膜(HiPIMS成膜)では,Dbandのピークが顕著に現れ,Gbandのピークは高波数側にシフトしている。一方,その他の非晶質炭素膜については,Ionization, DC pulse CVD, RF CVD(10Pa, 30Pa)の順で,Dbandのピーク強度が減少している.また,これらの順で各非晶質炭素膜の消衰係数が小さくなるが,これに伴って,Gbandの中心ピークが低波数側にシフトしていく様子が確認された。特に,消衰係数の値が小さいRF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜については,最も低波数側にシフトする様子が確認された。
【0037】
図3のラマンスペクトルは,非晶質炭素膜を構成するspクラスタサイズによって,Dbandの強度およびGbandのピーク位置が決定する。各種非晶質炭素膜のGbandのピーク位置に注目すると,HiPIMSに対し,水素含有量が多いa-C:H膜が成膜されるRF CVD 30Paでは,Gbandのピークが1520cm-1付近まで低波数側にシフトしている。この時,Dbandの強度も同様に低下する。これらのことから,Gbandが低波数側にシフトした非晶質炭素膜は,spクラスタサイズおよびsp結合比率が低く,水素含有量が多い構造であると考えられる。即ち,図3より,HiPIMSで成膜した非晶質炭素膜では,spクラスタサイズおよびsp結合比率が最も高く,RF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜ではspクラスタサイズおよびsp結合比率が低い構造であると言える。また,IonizationとDC pulse CVD,RF CVD 10Paで成膜した非晶質炭素膜では,Gbandのピーク位置から,HiPIMSとRF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜の中間の構造であると考えられる。
以上のことから,先の分光エリプソメトリの結果を合わせると,消衰係数(k)の値と,非晶質炭素膜を構成するspクラスタサイズおよびsp比率と水素含有量を反映したラマンスペクトルのGbandの中心周波数およびDbandの強度に相関性が認められ,消衰係数がsp構造を示す指標、特にspクラスタサイズに対し正に相関する指標となることが確認された。
【0038】
以上の評価より、消衰係数は、非晶質炭素膜の水素含有量の違いを反映した値であり、尚且つ、spクラスタサイズに対し正に相関する指標であることが明らかとなった。非晶質炭素膜のspクラスタサイズが減少し、未結合種にC-H終端が増加すると、成膜面の不活性化が進展し、膜面上の細胞凝集性が増大することが予想される為、消衰係数(k)の値が小さい非晶質炭素膜である程、高い該細胞凝集能を有することが期待される。更に、各種非晶質炭素膜の消衰係数と細胞凝集能を示す凝集細胞の総面積(図6)を比較すると、該消衰係数(k)の逆数(1/k)と該総面積の間に相関性が認められることから、消衰係数は、非晶質炭素膜の細胞凝集能の判定を可能とする、非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標であると考えられた。
【0039】
ここで、本発明の第1の形態に係る、非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を含む所定の変数について説明すると、該指標を、数式及び/又は論理式中の1つ又は複数の項として有し、該項の1つ又は複数から構成される数式及び/又は論理式により規定される変数をいう。例えば、上記の場合、消衰係数(k)が非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標であり、該指標kを1つの項とし、(1/k)という数式により規定される変数が該当するが、これに限定されるものではない。
【0040】
分光エリプソメトリによって、非晶質炭素膜の光学定数として、消衰係数(k)と共に屈折率(n)も測定される。非晶質炭素膜の屈折率も消衰係数と同様に、該炭素膜の基本構造を反映する指標であり、該炭素膜の基本物性としては、炭素鎖の1重結合(C-C結合)に起因するsp構造の存在量を示している(非特許文献2)。即ち、屈折率の測定値が高いほど、成膜面の不活性化が進展し凝集性が増大することが予想されるため、屈折率は、非晶質炭素膜の細胞凝集能の判定に用いることのできる、消衰係数とは異なる基本構造を反映する指標となりうる。よって、消衰係数に加えて、屈折率も非晶質炭素膜の細胞凝集能を判定する際に、該炭素膜の基本構造を反映する指標として用いることは、判定確度の向上に繋がり、更に、屈折率は、消衰係数と共に、分光エリプソメトリによる同時測定で分析でき、簡便かつ迅速な検査の実施が可能となる為、有用である。
以上より、本発明の第1の態様のもう一つの例としては、消衰係数(k)及び屈折率(n)を非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標とし、該指標k及びnをそれぞれ1つの項として、(n/k)という数式により規定される変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法、である。
【0041】
本発明に係る非晶質炭素膜の基本構造を規定するもう1つの特性である表面状態を反映する指標を探索すべく、発明者らは、各種非晶質炭素膜の表面組成分析としてXPS分析を行った。図4にXPS Carbon1s(C1s)スペクトルを示す。また,表3に,XPS分析により得られたsp結合比率,および酸素官能基の比率について示す。sp結合比率について,消衰係数の値が比較的大きいHiPIMS,Ionization,DC pulse CVDで成膜した非晶質炭素膜では54.8~67.3%となり,RF CVD成膜では43.3~48.2%となった.また,RF CVD成膜の非晶質炭素膜では,C1sピークの半値全幅が1.64eVと比較的大きい数値であった。表3に各種非晶質炭素膜のsp結合比率と半値全幅を示す。
【0042】
各種非晶質炭素膜表面の酸素官能基についても,消衰係数の値が比較的大きいHiPIMSおよびIonizationで成膜した非晶質炭素膜については,286~289eV付近の酸素官能基に由来するピーク強度が上昇する傾向が見られ,カルボニル基(C=O基)およびO-C=O基の構成比率が高かった。一方,消衰係数の値が低くなると,286~289eV付近の酸素官能基に由来するピーク強度が低くなる傾向が見られ,RF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜では,C=O基とO-C=O基の構成比率は,他の非晶質炭素膜と比べて最小となった。
【0043】
XPSによる表面分析において,深さ領域は最大で5nm程度とされる。XPS分析から算出された非晶質炭素膜表面のsp比率について,消衰係数の値が大きい非晶質炭素膜では高い傾向を示し,消衰係数の値が低い非晶質炭素膜で低い傾向を示した。これは,ラマン分光分析より得られたDbandの強度及びGbandの中心ピーク値が示すspクラスタサイズおよびsp比率の関係と同じ傾向を示している。以上より,XPS分析の結果においても,ラマン分光分析法で得られた結果と同様に,表面層のsp比率が高くなると,消衰係数の値も大きくなることが示された。
【0044】
また,非晶質炭素膜表面の酸素官能基の形成は,非晶質炭素膜成膜後の大気暴露によって,表面が酸素終端された結果と考えられる。これまで、非晶質炭素膜の水素含有に伴う水素終端(C-H sp, C-H sp)とC-C sp結合に対し,酸素官能基の形成や酸素終端について以下のことが報告がされている。まず,C-H結合についてはC-C結合より結合エネルギーが大きいため,酸素官能基の形成が少ないこと(非特許文献3)、湿式処理による酸化反応の実験において,C-C sp結合は酸化されにくく,化学的に不活性であること(非特許文献4)、そして、水素終端が少ないa-C膜においては,sp結合に存在するひずみと幾何学的関係上,カルボニル基(C=O基)を多く形成すること(非特許文献5)、である。
以上のことからも,非晶質炭素膜表面の酸素官能基の形成については;1)成膜中,炭素原子の未結合手が水素終端(C-H sp, C-H sp)された非晶質炭素膜においては,大気暴露後の酸素終端は進行せず,非晶質炭素膜表面での酸素官能基は形成されにくいこと、2)C-C sp結合は化学的に不活性のため,酸素に対しても安定していること、3)水素含有量が少なく,sp結合が多い非晶質炭素膜においては,大気暴露によって酸素終端が進行し,非晶質炭素膜表面にカルボニル基(C=O基)が形成され易いこと、が想定される。
【0045】
前記1)~3)より、a-C膜のように,sp結合比率が高く水素含有量が少ない非晶質炭素膜表面ではカルボニル基(C=O基)が多く形成され,a-C:H膜のようにsp結合比率が低く水素含有量が多い非晶質炭素膜表面では,カルボニル基(C=O基)の形成は少ないことが推定される。よって,消衰係数の値が最も小さいRF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜では,sp結合比率が低く,水素含有量が多いことからもカルボニル基(C=O基)の構成比率が最も小さく、一方,消衰係数の値が比較的大きいHiPIMSとIonizationで成膜した非晶質炭素膜では,sp結合比率が高く,水素含有量が少ないことからも,カルボニル基(C=O基)の構成比率が大きいと考えられる。
また,グラファイトなどの炭素材料において,sp結合(C=C)に由来する六員環クラスターの表面では,酸素終端によりC-O,C=O,-C-O-C-基の酸素官能基が形成され,特にカルボニル基(C=O基)は,六員環クラスターのひずみ緩和による-C-O-C-基の安定化によって形成されることが報告されている(非特許文献6)。これらのことから,各種非晶質炭素膜表面におけるカルボニル基(C=O基)の形成過程は,spクラスタサイズおよび水素含有量の状態を反映した消衰係数の値と相関していると考えられる。即ち,消衰係数は,sp結合に含まれるπ電子が増加するに連れて大きくなり,カルボニル基(C=O基)の形成は,酸化によるπ電子共役系の破壊で形成される-C-O-C基の安定化によって誘導されると考えられる。
【0046】
以上より、カルボニル基(C=O基)構成比率(CO)の測定値が低いほど、成膜面の不活性化が進展し凝集性が増大することが予想されるため、カルボニル基(C=O基)構成比率は、非晶質炭素膜の細胞凝集能の判定に用いることのできる、前記光学定数とは別途の基本構造を反映する指標となりうる。よって、消衰係数及び屈折率に加えて、カルボニル基(C=O基)も非晶質炭素膜の細胞凝集能を判定する際に、該炭素膜の基本構造を反映する指標として用いることは、判定確度の更なる向上に繋がるものである。
よって、本発明の第1の態様の、更にもう一つの例としては、消衰係数(k)、屈折率(n)及びカルボニル基(C=O基)構成比率(CO)を非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標とし、該指標k、n及びCOをそれぞれ1つの項として、(n/(k×CO))という数式により規定される変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法、である。
【0047】
表4に、各種成膜方法により成膜した非晶質炭素膜における(1/k)、(n/k)及び(n/(k×CO))の計算値をそれぞれ記載した。3つの変数いずれにおいても、有意な細胞凝集能を有している非晶質炭素膜はRF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜のみである為、非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定しうる境界値は、RF CVD 30Paで成膜した非晶質炭素膜における計算値と、有意ではないものの、次に細胞凝集能を有するRF CVD 10Paで成膜した非晶質炭素膜における計算値の間に位置する数値である。即ち、いずれも、該計算値の間に位置する数値であれば、特に限定はしないが、変数(1/k)においては、好ましくは7以上であり、特に好ましくは11以上であり、変数(n/k)においては、好ましくは13以上であり、特に好ましくは23以上であり、変数(n/(k×CO))においては、好ましくは565以上であり、特に好ましくは2573以上である。
ただし、本発明に係る適当な境界値は、当業者であれば、様々な成膜条件で成膜された、自身が検査すべき非晶質炭素膜の消衰係数、屈折率及びカルボニル基構成比率、及び該非晶質炭素膜上での細胞凝集性を予備的な実験で検討することにより決定することが出来る為、上記の境界値に必ずしも限定されるものではない。
【0048】
本発明の第2の形態は、第1の形態に係る検査方法及び/又は第1の形態に係る検査方法を上記のいずれかの条件に限定した検査方法により、該検査方法の対象となる非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定する検査工程を有することを特徴とする、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法である。
【0049】
ここで、好適な細胞凝集能を有する、とは、本発明において対象となる非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品ごとに、当業者であれば、上記の検査方法における「好適」と「好適でない」の境界値を設定することが出来る為、特に限定はしないが、例えば、統計学上の有意差の有無を基準として該検査方法の境界値を設定もよく、該境界値を超えた評価値を有するものを好適な細胞凝集能を有するものと定義してもよい。
【0050】
本発明に係る非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品とは、非晶質炭素膜をその構成の一部に有する製品であり、尚且つ、該非晶質炭素膜の細胞凝集能を該製品の機能として発揮する製品であれば、如何なるものであってもよいが、細胞凝集性という特徴より、特に細胞培養を行う際に用いられる製品であってもよい。例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿( ディッシュ) 、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではなく、また、当業者であれば適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた製品を選択することが可能である。更に、これらの製品は、最終的に細胞凝集塊を誘導する上で必要な二次元状態での接着培養を可能とするために、一定の細胞接着性を有することが好ましい。
【0051】
本発明に係る製造方法においては、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の細胞凝集機能を判定する検査工程を製造工程の全行程終了後に行ってもよく、製造工程中の成膜行程後に実施しても良い。いずれの製造方法においても、分光エリプソメトリ及び/又は光電分光法による測定により、非晶質炭素膜の細胞凝集能を検査しているので、該製品の信頼性が向上するとともに、非晶質炭素膜の成膜工程へのフィードバックを行うことができる。
【実施例0052】
以下に実施例を示す。これらは、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の改良及び設計の変更を行ってもよい。
【0053】
1.各種成膜方法による非晶質炭素膜の成膜実験
1-1.概要
基本構造が異なる非晶質炭素膜ついて,それぞれHigh Power Impulse Magnetron Sputtering法(HiPIMS),イオン化蒸着法(Ionization),DC Pulse Plasma Chemical Vapor Deposition法(DC pulse CVD),r.f. Plasma CVD法(RF CVD)を用いてSi基板に計5種類の非晶質炭素膜を成膜した。
【0054】
1-2.実験方法
HiPMS法では,グラファイトターゲットを原料として使用した。また,Ionization法,DC pulse CVD法では,ベンゼン(C)を使用し,RF CVD法ではCHガスを原料としてDLCを成膜した.なお,RF CVDについては,原料ガスを10Paおよび30Pa(以下,RF CVD 10Pa,RF CVD 30Paと記す)として成膜を行った。表1に,本実験で用いた非晶質炭素膜の成膜条件について示す。
【表1】
表1 各種非晶質炭素膜の成膜条件
【0055】
1-3.結果
5種類の成膜方法により、所望の各種非晶質炭素膜を成膜した。該炭素膜を用いて以下の実験に供した。
【0056】
2.分光エリプソメトリを用いた各種非晶質炭素膜の光学定数の測定
2-1.概要
上記1.にて成膜した5種類の非晶質炭素膜の基本構造分析として,分光エリプソメトリによる光学定数の測定を行った。
【0057】
2-2.実験方法
非晶質炭素膜の光学定数は,分光エリプソメーター(AutoSE,HORIBA)を用いて,振幅反射率と位相差の波長変化から計測した。分光エリプソメトリ測定は単層,および多層で構成される膜の膜厚と,光学定数を偏光測定に基づいて算出する方法である。測定条件は、入射角;70度、波長領域;450~1000nm、ステップ幅;2.2nmにて実施し,振幅反射率と位相差から非晶質炭素膜の光学モデルとのフィッティングにより消衰係数kと屈折率nの評価を行った。
【0058】
2-3.結果
分光エリプソメトリにより5種類の非晶質炭素膜の光学定数(消衰係数k及び屈折率n)が測定された(図2及び表2)。
【表2】
表2 各種非晶質炭素膜の光学定数(消衰係数k及び屈折率n)
【0059】
3.ラマン分光分析を用いた各種非晶質炭素膜の構造解析
3-1.概要
上記1.にて成膜した5種類の非晶質炭素膜の基本構造分析として,ラマン分光分析による構造解析を行った。
【0060】
3-2.実験方法
非晶質炭素膜の構造解析としてラマン分光分析を行った。分析条件は、励起源;Ar、励起波長;532nm、アパーチャー;25μm、照射強度;12.5mW、測定範囲;800~2000cm-1、積算回数;3回にて実施した。即ち、非晶質炭素膜表面に励起源をArとした532nmのレーザを照射し,散乱光によって1000~1800cm-1の範囲に現れる六員環クラスター(sp炭素)のサイズに反映するGbandのピーク位置と,六員環クラスターの欠陥を表すDbandの強度との関係から各種非晶質炭素膜の膜構造を評価した。
【0061】
3-3.結果
ラマン分光分析により5種類の非晶質炭素膜のラマンスペクトルが測定された(図3)。いずれの非晶質炭素膜も,1000~1800cm-1の領域で,アモルファス構造に起因するブロードなピークが認められ、また、非晶質炭素膜特有のピークとして,1350cm-1付近と1520~1580cm-1付近に、それぞれDbandとGbandが確認された。
【0062】
4.XPS分析を用いた各種非晶質炭素膜の表面組成分析
4-1.概要
上記1.にて成膜した5種類の非晶質炭素膜の基本構造分析として,XPS分析による表面組成分析を行った。
【0063】
4-2.実験方法
表面組成はX線光電分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy,JPS-9000MC,JEOL)により,Carbon1s(C1s)スペクトルを取得し,波形分離を行った。分析条件は、線源;Mg Kalpha、加速電圧; 10kV、加速電流;10mA、スキャン回数;20回、にて実施した。C1sスペクトルについては,帯電補正を行いsp結合(284.0±0.35eV),sp結合(284.7±0.2eV),C-O(285.8eV),C=O(287.1eV),O-C=O(289.0eV)について波形分離を行い,各成分の面積比からsp結合比率(sp/(sp+sp))と酸素官能基の構成比率を評価した。
【0064】
4-3.結果
XPS分析により5種類の非晶質炭素膜のC1sスペクトルが測定された(図4)。また、該スペクトルより、各種非晶質炭素膜のsp結合比率、酸素官能基構成比率及び半値全幅が算出された(表3)。
【表3】
表3 各種非晶質炭素膜のsp結合比率、酸素官能基比率及び半値全幅
【0065】
5.各種非晶質炭素膜の細胞凝集性及び細胞接着性の検討
5-1.概要
各種非晶質炭素膜の細胞凝集性及び細胞接着性を検討するべく、上記1.に記載した5種類の非晶質炭素膜をSi基板に成膜し、各炭素膜の表面に細胞を培養した後、24時間経過時における細胞形態の観察、凝集細胞の総面積及び接着細胞数の計測を行った。
【0066】
5-2.実験方法
5-2-1.培養方法
Si基板に成膜した非晶質炭素膜(HiPIMS,Ionization,DC pulse CVD,RF CVD(10,30Pa))表面に,直径5mmのクローニングリング(RING 07,IWAKI)を設置後,その中にNIH-3T3細胞(マウス由来線維芽細胞)を3000cell播種し,培養24時間における細胞形態、凝集細胞の総面積および接着細胞数について評価した。その他の培養条件は、培地種類及び分量;DMEM(High Glucose)0.1mL、CO濃度;5%、温度;37℃、湿度;100%にて培養した。図1に培養の様子を示す。また,陽性対照としてPS-dish(VTC-D60 ,VIOLAMO)についても同様にクローニングリングを設置し培養を行った。
【0067】
5-2-2.細胞形態の観察
クローニングリングを外してカバーガラスを乗せ細胞の観察を行った。細胞の観察は,金属顕微鏡(BX51M, Olympus)用いて行い,デジタルカメラ(COOLPIX A9000, Nikon)により,クローニングリングの内の四隅の撮影を行い,画像(1202×934pixel)を保存した。そして,取得した画像について,ImageJ(Ver.ImageJ 2.0.-rc-69/1.52p/Java 1.8.0_172)にて710×600pixelにトリミングした。撮影条件は、顕微鏡倍率;10倍、フォーカス;3.5、モード;接写(マクロ)にて行った。また,図1に撮影範囲及び評価範囲の模式図を示す。本評価においては、クローニングリング内の表面張力(メニスカス)による播種細胞の分布を考慮し,中心部については敢えて評価対象から除外した。メニスカスによって中心部では細胞数が少なくなる傾向が確認された。
【0068】
5-2-3.凝集細胞の総面積及び接着細胞数の計測
ImageJにより得られた取得画像内のうち,Gray Value値が170以上の部分を非晶質炭素膜表面とし,画像処理により,単体で接着している細胞と凝集細胞に分離した。凝集細胞については,細胞が2個以上に密集している部分とし,面積を算出した。また,細胞接着数については,ImageJのCell counterを用いて,凝集細胞以外のDLC表面上の単体の細胞をカウントした。計測範囲は、pixel数;横710 縦600、実際の範囲;1.58×1.33mm、評価範囲;図1中の上下左右4領域、にて行った。凝集細胞の面積及び接着細胞数の計測は,試行回数3回の平均値を算出しTukey-Kramer method(危険値p=0.01,試行回数n=3)による有意差検定を行った。
【0069】
5-3.結果
5種類の非晶質炭素膜及び陽性対照条での培養細胞における凝集細胞の総面積(図6)及び接着細胞数(図7)が計測された。
【0070】
6.非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を含む変数の検討
6-1.概要
上記の実験から得られた、各非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標(消衰係数k、屈折率n及びカルボニル基構成比率CO)及び細胞凝集能より、非晶質炭素膜の細胞凝集能の判定に適当な、該指標を含む変数を検討した。
【0071】
6-2.結果
消衰係数k、屈折率n及びカルボニル基構成比率COの非晶質炭素膜それぞれの物理的特性及び細胞凝集能の優劣(〇、△、×にて表示)を考慮に入れた上で、これらの指標を含む、非晶質炭素膜の細胞凝集能の判定に適当な変数を検討した(表4)。
【表4】
表4 非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を含む変数の検討
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明に係る、非晶質炭素膜の基本構造を反映する指標を測定し、該指標を含む所定の変数に基づいて、該非晶質炭素膜の細胞凝集機能を判定することを特徴とする非晶質炭素膜の検査方法は、分光エリプソメトリ及び/又は光電分光法といった簡便かつ迅速な測定により、非晶質炭素膜の細胞凝集能という、細胞親和性とは一線を画す、非晶質炭素膜の有するバイオインターフェースとしての特性の有無及び/又は強弱の判定を非破壊で行うことを可能にする。
また、本発明の第2の形態である、前記検査方法により、該検査方法の対象となる非晶質炭素膜が好適な細胞凝集機能を有すると判定する検査工程を有することを特徴とする、非晶質炭素膜を構成の一部に含む製品の製造方法は、分光エリプソメトリ及び/又は光電分光法による測定により、非晶質炭素膜の細胞凝集能を検査している為、該製品の信頼性が向上するとともに、非晶質炭素膜の成膜工程へのフィードバックを行うことが可能となる。
図1
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図7