(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022077964
(43)【公開日】2022-05-24
(54)【発明の名称】植物苗、育苗方法、培土、および植物育成方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20220517BHJP
A01G 24/20 20180101ALI20220517BHJP
【FI】
A01G7/00 605Z
A01G24/20
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021148604
(22)【出願日】2021-09-13
(62)【分割の表示】P 2021146540の分割
【原出願日】2021-09-09
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2020189038
(32)【優先日】2020-11-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021038477
(32)【優先日】2021-03-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520360486
【氏名又は名称】サンリット・シードリングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125531
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 曜
(72)【発明者】
【氏名】石川 奏太
【テーマコード(参考)】
2B022
【Fターム(参考)】
2B022BA18
(57)【要約】
【課題】草本、木本を問わず広範な植物の育苗に適用でき、良質な苗が得られ、得苗率を向上させる。
【解決手段】育成対象植物の生育を促進できる共生微生物を特定し、共生微生物を培養した微生物床を含む培土で育成対象植物を発根させ、育成対象植物の根に共生微生物の菌糸体を付着させて共生関係を構築させる。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する植物苗の育成方法。
【請求項2】
前記植物苗は、容器に前記培土を充填し前記育成対象植物を発根させ育成した樹木の容器苗である請求項1に記載の植物苗の育成方法。
【請求項3】
前記植物苗は、植林用の針葉樹の苗である請求項1または2に記載の植物苗の育成方法。
【請求項4】
前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である請求項1から3のいずれかに記載の植物苗の育成方法。
【請求項5】
人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られた植物苗。
【請求項6】
前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である請求項5に記載の植物苗。
【請求項7】
前記植物苗は、造林用の針葉樹苗である請求項5または6に記載の植物苗。
【請求項8】
請求項5から7のいずれかに記載の苗を前記定植地に定植して育成する植物育成方法。
【請求項9】
植物を人為的に育成するために用いられる植物用培土であって、
菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌であって、人為的に育成する植物である育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を単離して培養した種菌を、当該種菌の増殖基質となる増殖基質で増殖させた微生物床と、
前記微生物床に含まれる前記生育寄与型菌が菌糸を伸長させる菌糸成育をするために必要な有機物と、を含む培土。
【請求項10】
前記生育寄与型菌は、前記育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌である請求項9に記載の培土。
【請求項11】
前記培土は、請求項1から7のいずれかに記載された植物苗の生育に用いられ、
当該培土中で前記育成対象植物を発根させて育成することにより前記植物苗を得るために用いられる請求項9または10に記載の培土。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農林産物生産のために用いられる植物の苗、その育苗方法、培土、および植物苗を用いた植物の育成方法、特に微生物を利用する植物育成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農林業において、一定の大きさまで育成した植物苗を農林地に定植して収穫物を得るまで育成させる植物栽培が広く行われている。一定の大きさに達した苗を農林地に定植することで、種子を農林地に直接、播種する直播に比べて発芽率を向上させ、幼苗の病害虫などによるロスを低減できる。
【0003】
定植用に育成される苗には、露地で育苗されるものと、容器で育成される容器苗(樹木苗の場合は「コンテナ苗」とも呼ばれ、本明細書では「容器苗」と呼ぶ)とがある。容器苗はビニールハウスのような屋内での通年栽培や狭小地での集約栽培が可能であることから、野菜や花卉のような草本植物の苗の多くは容器苗である。しかし容器苗に用いられる容器の容量は一般に50~350mm程度と小さく、長期の育苗期間を要する植物の育苗には好適でない。このため、従来は、2年程度の育苗期間を要する木本植物苗は露地で育苗される裸苗が一般的であったが、近年は植林や造園に用いられる木本植物の容器苗も提供されている。
【0004】
ところで生育が良い苗は定植後も病害虫などのストレス耐性が高いため、苗の育成においては、生育が良い苗を育成することが求められる。また、播種した種子の発芽率を高めることができれば、得られる苗の数を多くできる。このため、様々な植物において苗の生育を良好にしたり、発芽率を高めたりする方法が提案されている。
【0005】
また、農地や庭、公園などに植栽された植物(以下、「育成対象植物」)の育成に際しては、人為的に植物の成長を促進させる肥料や、土壌の物理化学性を改質する土壌改良材(剤)、植物を病害虫から防御する農薬(以下、肥料、土壌改良材(剤)及び農薬を「植物栽培資材」と総称する場合がある)が用いられている。
【0006】
これらの植物栽培資材のうち、化学的に合成された肥料(化学肥料)は、植物が必要とする窒素やリンなどの栄養素を、植物が吸収しやすい形態で(すなわち無機物として)植物に供給する。このため、化学肥料は効果を奏しやすく広く用いられてきた。化学的に合成された農薬(化学農薬)は、虫や微生物を死滅させる作用機序を有する化学物質であるため、化学肥料と同じく、迅速かつ確実な効果を奏し、広く用いられてきた。
【0007】
一方、こうした化学肥料や化学農薬は、植物自身が持つ成長力やストレス耐性を高めるものではない。このため、植物が健康に育ちやすい育成環境を整えることにより、化学肥料や化学農薬に頼ることなく、健康でストレス耐性の高い植物を育成する植物育成法も提案されている。
【0008】
植物自体を健康に育てる植物育成法においては、特に「土づくり」が重視されることが多い。植物の生育基盤となる土壌には様々な生物が生息しており、土壌に生息する生物によって土壌に含まれる動植物残渣(生物の排泄物、落ち葉などの有機物、以下「土壌有機物」)が低分子化される。窒素やリンなどの栄養素は、このように土壌有機物が低分子化されることで植物が吸収可能な形態となり植物根から吸収される。
【0009】
植物がしっかりと根を張ってストレスを緩和し、生育に必要な栄養素が吸収しやすく、植物の生育を助け病害生物から守ってくれるような生物が多く生息する土壌が「よい土(土壌)」とされる。このように土壌の良し悪しは物理的構造、化学的特性、生物的特性に左右される。そして、これらの要素は相互に影響し合うことから人為的な制御が難しく、中でも生物的特性は肉眼で観察できない微小な生物(微生物)の影響を受けることから人為的に制御しがたい。
【0010】
こうした状況に対し、従来、病害生物に対する防御作用を奏する微生物を農薬として用いる技術が提案されている(特許文献3)。病害生物に対する防御作用を有する微生物を製剤化した農薬(微生物農薬)は、病害生物以外の生物にも作用してしまう化学農薬に比して、生態系に与える影響が軽微である。すなわち微生物農薬によれば、病害生物を低減させながら植物の生育に有益な生物を殺すことを回避しやすいため、化学農薬や化学肥料の使用を避けた「よい土づくり」においても使用しやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第6516252号
【特許文献2】特開2019-170179号
【特許文献3】WO2017/188051号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで特許文献1に記載された発明では、育苗や発芽率を改善する方法の工夫が特定の植物種を対象として行われている。植物種を限定した育苗方法の改善は、植物種ごとの特性を考慮することでより適切な育苗方法の改善を図ることができる一方、植物種ごとの工夫が必要となる問題がある。特許文献2に記載された発明は育苗期間が長い樹木苗の育成に係り、野菜、花卉、作物その他の草本植物には必ずしも適さない。樹木苗の育成については、特にスギ、ヒノキ、アカマツ、エゾマツ、トドマツ、カラマツといった造林用の針葉樹の中でも、アカエゾマツ、エゾマツ、グイマツ、トドマツ、カラマツのように寒冷地で育成される樹木苗は、容器苗にすると施設内で通年育成ができるので好ましい。しかし育成期間が長い樹木苗を容器苗として育成する場合、培土が少ないために生育が不良になりやすいといった問題がある。
【0013】
微生物農薬は、一般に特許文献3に記載されているとおり、化学農薬と同様、液体として散布や塗布されたり、培土や堆肥のような土壌改良材といった資材に混合されたりして使用されている。しかし、微生物農薬を施した土壌や植物体にはさまざまな生物が存在していることから、施された微生物がもとから存在している生物に駆逐されるなどして十分な効果を奏すことができない場合も多い。また、微生物農薬がもとから存在している生物に駆逐されないようにするために、施肥量を多く必要とするという課題もあった。
【0014】
これら従来技術に対し、本発明は、特定の植物種に限定されず、草本・木本の別も問わず適用可能で、様々な植物種の苗の生育を促進し良質な苗を得ることができ、播種した種子の発芽率を向上させ得苗率を増大させることができる育苗方法を提供する。本発明は特に、育苗期間が数か月単位の草本植物のみならず、育苗期間が1年以上に及ぶ木本植物にも適用でき、さらに、少量の培土で屋内生産される容器苗の育苗にも適用できる育苗方法を提供する。
【0015】
また、本発明は、育成対象植物に対する成長促進などの有益な機能を奏する微生物の施肥量を低減しながら、所望の効果をより発揮させることができる、微生物を利用する植物育成方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、育成対象植物と共生でき当該植物の育成を促進する機能を有する共生微生物を特定し、当該共生微生物を増殖させて得られる微生物床と植物を育成する基質とを混合した培土で育成対象植物を発根させることで、育成対象植物と共生微生物との共生関係を構築し、「先住効果」を持たせた植物苗、育苗方法に係り、当該植物苗を育成するための培土、および当該植物苗を用いる植物育成方法に係る。
【0017】
共生微生物としては、糸状の菌糸体を植物根に付着させる糸状菌を用いることが好ましい。従来、排水処理や土壌改良剤などとして工業的に利用されている微生物は単細胞微生物である細菌類、酵母類、細菌類の仲間である放線菌類が主体であった。一方、微生物の中でも真菌類は一部がキノコ栽培に用いられる程度で工業的な利用が進んでいない。真菌類は、酵母のように例外的に単細胞微生物である種もあるものの、多くは多細胞微生物であり、多細胞性の真菌類は一般に複数の細胞が糸状に連なった菌糸体を形成する。このように菌糸体を形成する多細胞微生物である糸状菌は、細菌類や酵母菌類、放線菌類に比して機能や生態などについて未解明な点が多く、取り扱いも難しい。こうした状況に対し、近年、植物と共生している微生物叢を解析し、植物の生育を促進する機能を有する微生物を推定する方法が提案され(Toju, H. et al. Core microbiomes for sustainable agroecosystems. Nature Plants 4 247-257(2018)、以下「Tojuによる微生物叢解析」と称する)、微生物叢における糸状菌の機能などを解明する端緒が拓かれている。
【0018】
本発明者は、Tojuによる微生物解析をベースした研究の中で、入手が容易な植物残渣を培養基質として増殖させられる(すなわち後述する単独培養型の非菌根性の)糸状菌の中にさまざまな植物と共生し当該植物の生育を良好にできる糸状菌がいること、植物残渣を基質として糸状菌を増殖させて糸状の菌体が有機物の基質中を伸長する状態で育成対象植物を発根させることで、植物苗の発芽率を向上させ、苗の生育を良好にできることを見出し、本発明を完成させた。
【0019】
本発明では、Tojuによる微生物解析その他の方法によって育成対象植物の生育を良好にできる共生微生物を特定し、特定した共生微生物の増殖に好適な微生物培養用の基質中で培養して糸状の菌糸体を伸長させ、植物を育成するための培土に菌糸を伸長させる状態にした共生微生物を混合して育成対象の植物を発根させる。
【0020】
本発明では、特に、育成対象植物を定植する定植地やその近隣地の土壌微生物を構成する糸状菌の中から共生微生物を特定し、用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、育成対象植物の生育を促進できる共生微生物を特定し、特定した共生微生物を単離培養した種菌を培養基質で増殖させ共生微生物の菌糸を伸長させ、微生物床に含まれる菌糸を培土中でさらに伸長させながら育成対象植物を発根させることで、共生微生物を育成対象植物の根圏で当該植物と共生させることができる。発根時から根圏で共生微生物との共生関係を構築した育成対象植物は生育が促進され、また共生微生物の菌糸が伸長する培土に植物苗を播種すると発芽率を向上させることができる。また本発明により得られた植物苗は、発根時から共生微生物を共生させたことにより「先住者効果」を得て、定植後も共生微生物との共生関係をベースにして定植地の土着微生物との共生ネットワークを構築できる。このため共生微生物として、育成対象植物を定植する予定の定植地の土着微生物との間で好ましい共生ネットワークを誘導する微生物(コア微生物)を用いれば、定植後の活着や生育を向上させられる。
【0022】
本発明によれば、育成対象植物に有益な機能を奏する共生微生物を、育成対象植物の定植地またはその近隣地から採取し、これを単離して培養し、菌糸を伸長する状態で植物根が伸長する領域に配置する。これにより育成対象植物の根に共生微生物の菌体を入り込ませたり、根圏で密接に関係させたりして育成対象植物と共生微生物との共生関係を人為的に構築させ、少ない施肥量でより確実な効果を発揮させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施例1で用いた微生物床を調製するための共生微生物の培養基質の写真である。
【
図3】実施例1により得られた植物苗(右側縦1列)と、比較例1により得られた植物苗(左側縦1列)を示す写真である。
【
図4】実施例1で得られた植物苗の根に共生微生物の糸状菌体(矢印で示す部分)が付着した状態を示す写真である。
【
図5】実施例2(左側縦2列)と比較例2(右側縦2列)による苗の生育状態を示す写真である。
【
図6】実施例3(右側写真)と比較例3(左側写真)による容器苗(ネギ)の生育状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施形態について説明する。本発明では、育成対象植物の育成に先立って当該植物の生育に有益な効果を奏する共生微生物を特定する。共生微生物を特定する方法としては、例えば、野外調査を行って共生微生物により生育に良い影響がもたらされていると推測される植物と共生している共生微生物を抽出する方法、文献調査をして育成対象植物にとって有益な効果が認められた微生物を特定する方法、微生物データベースを参照して育成対象植物に対する有益な効果を有すると推定される微生物を特定する方法、Tojuによる解析方法を用いて特定する方法が挙げられる。なお、「特定する」とは、育成対象植物に有益な効果を持つと考えられる微生物種を上述したような方法で共生微生物に決定することを意味し、育成対象植物に対して有益な効果があることが確認された微生物を共生微生物とすることのみならず、育成対象植物の正の効果があると推定される微生物種を共生微生物とすることも含む。
【0025】
共生微生物を特定した後、特定された共生微生物の単離培養物を種菌として微生物の培養基質に接種してこれを培養する。種菌とする共生微生物としては、育成対象植物を栽培する農林地(定植地)またはその近隣地の土壌やそこに生育している植物から単離し培養したものを用いることが好ましい。定植地の近隣地としては、定植地と同様の自然環境下にあって植物を含む自然生態系が構築されている場所、具体的には気象条件や自然植生が定植地と同様となる地域、好ましくは定植地から半径50km程度の圏内にあって定植地に自然に構築されると考えられる自然植生が存在する場所が好ましい。ただし、遺伝資源の人為的な攪乱を防止できる近隣地(日本の場合は定植地から100~300km圏内、外国など地続きで広大な土地であれば500km程度の圏内であってよい)から種菌を得ることが許容される。共生微生物としては、これら定植地やその近隣地域に存在している土着微生物を用いることが好ましく、特に糸状菌体を形成する土着の糸状菌を用いることが好ましい。
【0026】
より詳細には、植物根に菌糸を侵入させる、または根圏で育成対象植物と密接に関係する共生関係を持つと考えられる糸状菌であって、植物根との共生体(菌根)を形成させることなく一般的な培地(例えばPDA培地やオートミール培地など)や動植物残渣を基質として、その菌のみを人工培養することができる糸状菌(以下、「非菌根性糸状菌」と称する)が好ましい。ここで、糸状菌の中には、「菌根」と呼ばれる植物根との共生体を形成して植物と共生関係を構築するもの(菌根菌)がある。菌根は、植物根と菌糸とが一体化した特徴的な構造の共生体であり、内生型と称されるアーバスキュラー菌根菌や、マツタケのようなキノコを生じさせる外生菌根菌とに分類されてきた。
【0027】
こうした菌根菌は、一般に、植物と糸状菌と双方の生育にお互いを必要とする(以下、「絶対共生型」と称する)ため、植物根と共生させた状態または特殊な培地や特殊な培養法でしか人工的に増殖させることができない。一方、非菌根性糸状菌は、菌根を形成することなく植物体内に菌糸を侵入させたり、植物の根圏で植物と密接に関係したりして植物と共生関係を持つと考えられ、植物根と共生させることなく、一般的な培地や動植物残渣を基質としてその菌だけを人工的に純粋培養(単離)できる(以下、「単独培養型」と称する)。また単独培養型の非菌根性糸状菌は、土壌有機物となる多種多様な動植物残渣を栄養源(分解基質)として低分子化して吸収して増殖できるため、様々な動植物残渣を増殖基質とすることができ、増殖も速い。このように、非菌根性糸状菌は菌根菌に比べて、入手や取り扱いが容易な基質や培養条件で、短期間で大量に増殖させることができる。
【0028】
絶対共生型の菌根菌は、植物と相互依存的な共生関係を構築し、一般的に植物の生育に有益であることが従来から知られている。これに対し、単独培養型の非菌根性糸状菌は植物の生育に有益であるか不明であるものも多く、植物の生育を阻害する病害を引き起こす病原菌と考えられているものもある。
【0029】
しかし、単独培養型の非菌根性糸状菌の中にも、植物の生育に有益な効果(成長促進、病害防御、乾湿ストレスや寒暖ストレス耐性の向上など)を奏するものがある。特に、本発明は、属レベルで従来、植物病害菌と考えられていた属の単離培養型非菌根性糸状菌であっても、系統によっては植物の生育に寄与する糸状菌もあることを見出すことにより完成された。
【0030】
すなわち、単離培養型非菌根性糸状菌の中に菌糸を植物根に付着させることでその菌単独で植物の生育に有益な効果を奏するもの(以下、「成育寄与型」と称する)がある。さらに、その非菌根性糸状菌自身の機能は不明であるものの(以下「リクルート型」と称する)、そのリクルート型の単離培養型非菌根性糸状菌を植物根に付着させておくことで植物の生育に寄与する別の糸状菌(以下、「随伴型の糸状菌」と称する)と連携して植物の生育を助ける菌糸のネットワークを構築するものがある。
【0031】
本発明では、共生微生物として特に、育成対象植物ごとに、成育寄与型またはリクルート型の単離培養型非菌根性糸状菌を特定し、特定した単離培養型非菌根性糸状菌を植物根に付着させることが好ましい。
【0032】
成育寄与型およびリクルート型は、育成対象植物根に入り込んで直接、共生する「内生型」が好ましい。内生型の糸状菌は「内生菌」と呼ばれることもあり、植物の根圏(一般的には土壌)に存在して植物根に付着して植物体内に入り込むことができる。一方、非菌根性で植物と共生する糸状菌の中には、植物体内に入り込まず(外生型)、植物の根圏で植物根と密接に関わり合い、共生するものもいる。内生型、外生型を問わず、植物と共生する非菌根性糸状菌は、菌根を形成する菌根菌とは異なる植物との共生メカニズムを持っている可能性がある。これらの非菌根性糸状菌は、菌根を形成することなく土壌に存在して動植物残渣を栄養源として分解するため、「土壌菌」「腐生菌」と呼ばれることもある。ただし糸状菌の形態や栄養獲得様式は条件によって異なるため、従来の「土壌菌」「腐生菌」「内生菌」といった分類や最新の分類系統から生育寄与型、またはリクルート型の単離培養型非菌根性糸状菌を特定することは難しい。さらに、単離培養型非菌根性糸状菌と植物との関係は、植物種や環境条件などによって、相互に利益がある共生関係となる場合もあれば、糸状菌が植物に病変を生じさせる関係になる(病害菌とみなされる)場合もある。
【0033】
このため、系統や植物との関係が明確に解明されている菌根菌などのごく限られた糸状菌を除けば、糸状菌を用いて植物の生育を良好にしようとしても所望の効果が奏されないことも多く、これまで糸状菌は植物育成に利用されてこなかった。これに対し、本発明では育成対象植物ごとにTojuによる微生物解析や糸状菌データベースの利用、植物に対する糸状菌の接種試験などを行うことにより、育成対象植物の生育に有益な糸状菌を特定し、特定された生育寄与型の糸状菌を植物の根圏で増殖させながら植物根を伸長させることで、菌根菌に比べて取り扱いが容易で多種多様な糸状菌を用いて、より効果的、安定的に植物成育を良好にできる。
【0034】
なお、育成対象植物の生育に寄与する機能を持つものの育成対象植物と直接的には共生しにくい微生物は随伴型として区別する。すなわち成育寄与型とリクルート型の糸状菌は非菌根性糸状菌であることが好ましいが、随伴型の糸状菌は非菌根糸状でなくてもよい。本発明において共生微生物は複数、特定してもよく、例えばリクルート型の単離培養型非菌根性糸状菌と随伴型の糸状菌とを共生微生物とし、それぞれを単離して得た種菌を用いて微生物床を調製してもよい。
【0035】
特に、育成対象植物を収穫まで育成する定植地の土壌微生物叢を分析するなどして、定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から生育寄与型菌を特定し、これを単離して育成対象植物と共生させることが好ましい。なお「近隣地」とは、定植地から100~300km圏内(地続きで広大な土地に同一の生態系が広がっていれば50km圏内程度も可)を意味するものとする。定植地やその近隣地の土壌微生物叢を分析することにより、数千、数万種に及ぶ非菌根性糸状菌の中から生育寄与型の非菌根性糸状菌を特定する範囲を狭めることができる。
【0036】
定植地やその近隣地に存在する土着の微生物は、定植地の環境に適応しており、効果を奏しやすいと考えられ、遺伝資源の人為的な拡散を防止する点でも好ましい。定植地やその近隣地から試料を採取し、この試料から単離した糸状菌を種菌にする場合、定植地やその近隣地の土壌微生物叢分析を行うことなく、生育寄与型の糸状菌を特定して得ることもできる。ただし、定植地やその近隣地の土壌微生物叢を分析すれば、当該定植地やその近隣地にどのような病害菌が存在し、その病害菌に対抗しうるどのような生育寄与型菌がいるかを推定しやすくなるため、生育寄与型の糸状菌の特定が容易になる。なお、定植地の「土壌」には、定植地が施設栽培の場合の人工的な土壌代替材も含むものとする。
【0037】
次に種菌の調製から培土の調製について述べる。単離培養型非菌根性糸状菌は、一般的な微生物培養用の培地を用いて単離し、人工的にその菌だけを増殖させる、すなわち純粋培養して種菌にできる。具体的には、共生微生物として特定した単離培養型非菌根性糸状菌を含む試料を、一般的な糸状菌培養用の培地(例えばPDA培地)で培養し、生じた菌体を単離用の培地(PDA培地などの一般的な糸状菌培養用培地)に移して純粋培養して種菌とする。ここで、定植地またはその近隣地から採取した試料を用いることで、土着の単離培養型非菌根性糸状菌を単離でき、単離菌株をDNA分析したり、形態観察して接種試験したりすることにより、単離菌株が本発明に用いる共生微生物(特に生育寄与型の非菌根性糸状菌)か否かを判別して、その種菌を得ることができる。
【0038】
本発明においては、育成対象植物を育成する定植地またはその近隣地から採取した試料に含まれる成育寄与型またはリクルート型の単離培養型非菌根性糸状菌を、一般的な微生物培養培地を用いて単離し、培養した種菌を用いて微生物床を調製することが好ましい。
【0039】
単離培養型非菌根性糸状菌は、腐葉土やおがくず、堆肥といった、土壌有機物になる有機物残渣であって窒素やリンといった微生物の増殖に必要な栄養素を含む有機物残渣を基質として、増殖させることができる。このような有機物残渣は培養用の基質(培地)より安価で入手や取り扱いも容易である。そこで、試料から単離して培養して得られた種菌を、このような有機物残渣を増殖基質として接種して菌糸を生育させて増殖させて微生物床を調製するとよい。
【0040】
微生物床としては、通気性が良好な植物残渣を主体とし、栄養素(窒素、リン)源が添加された基質で共生微生物を培養し菌糸を伸長させたものを用いるとよい。共生微生物を増殖させる微生物増殖用の基質としては、植物を育成する培土より窒素およびリンを多く含む基質を用いることが好ましい。微生物増殖用の基質は、液体、固体のどちらでもよく、種菌の調製に用いるような市販の微生物培養用の培養基質や植物用の液肥などを用いてもよいが、入手が容易で土壌改良材としても用いられるような植物残渣を主体とする有機物残渣を増殖基質として作製するとよい。具体的には、通気性が良好な植物残渣として、腐葉土、木くず、もみ殻やヤシ殻などの植物殻、稲わらなどの炭素源となる植物残渣を主体とし、栄養素源として米ぬかやフスマなどの養分質の植物残渣を混合したものを用いることができる。あるいは炭素源に窒素やリンといった栄養素の供給源となる肥料や溶液を混合してもよい。微生物増殖用の基質は窒素が0.5~1.5質量%、特に0.6~1質量%程度、リンが0.8~2質量%特に1~1.5質量%程度、カリウムが0.4~1.2特に0.5~0.7質量%程度となるよう調製することが好ましい。
【0041】
固体の植物残渣混合物を種菌増殖用の基質とする場合、腐葉土のように植物片や粒、粉体が混ざって通気性を良好にする隙間を有する植物残渣を用いて嫌気的な部分が生じないようにして共生微生物を接種して菌糸を伸長させるとよい。通気性の増殖基質に嫌気的な部分が生じない状態とは、基質が適度な水分(10~40質量%程度、好ましくは15~30%程度)を含みつつ、基質が水分を含んで塊となった部分を生じず手でほぐすとばらけるような状態とし、基質の厚さも5cmを超えない程度の薄さ、好ましくは1~2cm程度とした状態で菌糸体を伸長させるとよい。
【0042】
特に、増殖基質は、手でほぐすとばらける程度に水分を含んでしっとりした状態として滅菌処理し、単離培養された種菌(共生微生物)を接種することが好ましい。腐葉土などの増殖基質には様々な微生物が生息している。そこで、増殖基質は滅菌して種菌以外の微生物を死滅または不活性化した状態で種菌を接種してもよい。増殖基質を滅菌することで種菌が増殖基質中で優占的となり種菌が菌糸を伸長させやすいためであるが、種菌によっては滅菌しなくてもよい場合もある。種菌は、体積比で増殖基質100に対し、0.1~5程度とすることが好ましい。種菌の接種量が少ないと微生物床を得るまでに必要な培養時間が長くなり、種菌の接種量が多すぎると微生物床の調製に必要な種菌の量が多くなる。
【0043】
種菌を接種した増殖基質は、常温(概ね15~30℃)で培養して共生微生物を増殖させ、共生微生物を優占させた微生物床を得る。共生微生物を優占させるためには、種菌を接種した増殖基質を好気的条件で培養することが好ましく、培養時間は、半日以上15日以内程度、特に1日~7日程度の時間で培養することが好ましい。特に、共生微生物として糸状菌を優占させる場合、種菌を接種した増殖基質に水分を含んで塊になった部分がなく、全体が自然に通気する状態で増殖を行い、増殖基質の中で共生微生物の菌糸を伸長させることが好ましい。
【0044】
本明細書において、「微生物床において共生微生物が優占している」とは、微生物床中の微生物叢のDNA分析をした場合に相対比が最大となっている状態を指すものとする。別の指標としては、共生微生物接種前は塊状をなさなかった増殖基質に接種した共生微生物の糸状菌体が伸長して増殖基質が塊を形成している状態、または増殖基質に共生微生物の菌体が視認される状態を指すものとする。
【0045】
菌糸体を伸長させた共生微生物を含む微生物床は植物の育成用の基質と混合して培土とし、培土中で共生微生物の菌糸が伸長する状態で育成対象植物を発根させるようにする。植物育成用の基質は特に限定されないが、共生微生物が菌糸を伸長させられるように有機物を含むことが好ましい。特に、共生微生物として、単独培養型の非菌根性糸状菌を用いる場合は、その分解基質となる有機物を含ませるとよい。植物育成用の基質はパーライトや赤土のような鉱物質を含んでもよいが、軽量化の観点から鉱物質を含まない有機物のみの基質を用いてもよい。植物育成用基質に用いる有機物としては、微生物床に用いる植物残渣と同じものを用いることができるが、植物培土としての利便性の良い植物残渣、例えばヤシ殻やココピートなどの果実残渣破砕物、稲わらや麦わらその他の植物茎や樹皮などの支持組織の裁断物といった植物残渣を用いることができる。植物育成用基質は、微生物床を調製するための培養基質に比べて貧栄養とすることが好ましく、炭素源となる植物残渣に栄養素源を添加せず用いることができる。植物育成用基質を微生物床と混合して調製する培土は、窒素が0.1~0.8質量%、特に0.3~0.6質量%程度、リンが0.2~1質量%特に0.3~0.8質量%程度、カリウムが0.1~0.7特に0.2~0.5質量%程度となるよう調製することが好ましい。
【0046】
培土は、微生物床を容量比で5%以上50%以下程度含み、特に10%以上30%以下程度含むことが好ましい。培土は調整コスト(手間)を考慮し、殺菌せず種菌以外の微生物を含んだものを用いてよい。このような無殺菌培土を用いる場合、微生物床が少なすぎると種菌が十分に増殖しない恐れがあり、種菌が多すぎると微生物床の使用量が多くなる。また共生微生物として単独培養型の非菌根性糸状菌を用いる場合には特に、培土中に非菌根性糸状菌の増殖基質が必要である。このため、培土は菌の増殖基質となる有機物を容量比3%以上30%以下程度含み、特に5%以上15%以下程度、含んで、窒素、リン、カリウムについて上述した養分状態となるよう調整することが好ましい。
【0047】
このようにして調製した培土に、種子、挿し木や挿し芽、植物組織などの任意の発根源を植え、温度や水分を調整して発根条件を整えて培土中で発根源から育成対象植物を発根させる。発根源は植物根を生じる植物体(植物細胞含む)であれば限定されない。
【0048】
植物育成用の培土は滅菌する必要がないため、微生物床に比べて大量に調製することが容易である。微生物床は好ましくは滅菌した増殖用の基質で調製し、苗の育成に必要な量は少ない方が好ましいため、培土全体の5~30容量比程度になるよう、培土全体に混合してもよく、発根源の周囲のみ(例えば発根源を中心に半径1~3cm程度の範囲)に配置してもよい。特に共生微生物として単離培養型の非菌根性糸状菌を用いる場合、一般的な培地・培養法で単離し純粋培養して得た種菌を、腐葉土などの増殖基質で菌糸伸長させ増殖させることができる。種菌を増殖基質で増殖させて得られる微生物床は、入手や取り扱いが容易で植物の育成培土としても機能する。この微生物床中では種菌が菌糸を成長させていることから育成対象植物根が種菌由来の菌糸が菌糸成長する中で伸長するように微生物床を配置することで、少ない量の微生物資材(微生物床)であっても、種菌の菌糸を育成対象植物の植物との共生関係をより確実に誘導できる。
【0049】
このようにして培土中で育成植物が発根を開始(すなわち培土に発根源を植えて発根可能な状態と)してから数日~数週間で、育成対象植物の根圏で種菌とした共生微生物由来の糸状の菌糸が伸長し、共生関係を構築させることができる。なお、発根開始から植物根に菌糸体を付着させるまでに要する期間は、植物種や発根源、温度条件などによって異なる。「根に菌糸を付着させた」状態とは、培土中の育成対象植物の根の細胞壁間隙や細胞内に共生微生物の菌糸が侵入している状態(内生型)、または根の表面に菌糸が付着している状態(外生型)を指す。
【0050】
本発明においては、共生微生物として単離培養型非菌根性糸状菌を用いることが好ましい。共生微生物を複数とする場合、少なくとも成育寄与型またはリクルート型の単離培養型非菌根性糸状菌を含み、1以上の随伴型の糸状菌を共生微生物としてよい。菌根菌は、一般に宿主(共生対象)が限定的であり、基本的に単独での人工培養は困難で植物根と共生させた状態で増殖させるか、特殊な培養法や培地を要する。このため菌根菌と育成対象植物を共生させるためには高度な技術操作が必要とされる。
【0051】
これに対し、単離培養型非菌根性糸状菌は一般的な微生物培地で純粋培養でき、腐葉土のように一般的な植物栽培資材として用いられている有機物を滅菌しまたは滅菌していない基質中で菌糸を伸長させることができる。また、非菌根性糸状菌の中にはさまざまな種類の育成対象植物根に入り込むことができる宿主特異性が低いものもいれば、宿主特異性は高いがその宿主の生育に寄与する機能性に優れるものもいる。
【0052】
本発明では、単離培養型の非菌根性糸状菌のうち、育成対象植物の生育への寄与が低いあるいは不明であるものの宿主特異性が低い(すなわちリクルート型の)単離培養型非菌根性糸状菌を共生微生物として育成対象植物の根と共生させてもよい。あるいは、成育寄与型で宿主特異性が高い単独培養型非菌根性糸状菌を共生微生物としてもよい。いずれにしても、本発明においては共生微生物を特定した後の操作(種菌の調製→種菌からの微生物床の調製→微生物床の根圏配置)は同じにできる。このため、育成対象植物が異なっても、苗や植物育成の手順や資材を共通化して、植物の育成工程や植物栽培資材の調製、使用法の大規模化や簡素化を容易にできる。
【0053】
単離培養型非菌根性糸状菌は、植物の体内に入り込む内生型でも、植物の体内には入り込まずに付着するなどしている外生型でもよい。内生型は、外生型より強固に植物根と結びつくと考えられることから、外生型より好ましい。
【0054】
育成対象植物の根に共生微生物由来の糸状の菌糸体を付着させるためには、育成対象植物が培土中で発根または伸長する際に、微生物床に含まれる共生微生物が根圏で菌糸を伸長している状態としていることが好ましい。具体的には、増殖基質に種菌を接種して共生微生物の増殖を開始してから2週間以内、好ましくは1週間以内に得られる微生物床で培土を調製することが好ましい。そして調製した培土には遅滞なく、具体的には培土を調製した当日、または翌日、遅くとも翌々日までに発根源を植え付けるなどして、植え付け後も遅滞なく、すなわち植え付けた当日または遅くとも翌日までには播種等をして発根源からの発根を開始または根を伸長させるとよい。
【0055】
育成対象植物は、共生微生物、特に生育寄与型の単離培養型非菌根性糸状菌を含ませた培土で育苗し、その苗を定植地に定植して育成することが好ましい。特に、育苗容器を用いて育苗すれば、用いる培土の量が比較的少量で済み、苗の根圏に定植地に存在する病害菌が生育初期の苗を汚染するリスクも低減できる。そして、生育寄与型の種菌と共生させることで苗の初期成育を良好にして頑健で生育が早い(すなわち早期に定植できる)苗を得ることができる。
【0056】
育成対象植物の育苗は、培土が通気性の良い状態で行うことが好ましく、容器に培土を充填して育苗する場合は、通気性の良い容器を用いることが好ましい。通気性の良い容器としては、側面に通気孔が設けられたスリット容器や植物片を容器型に成型した通気性植物容器などが挙げられる。また、本発明では、容量50~350cc程度の小ぶりな容器でも樹木苗の健全な育成を図ることができる。ただし育苗容器の大きさや形状は限定されず、容量が数千ccのプランターなどを用いてもよい。
【0057】
容器で育成された苗は、定植に適した大きさになれば、野外や施設内の圃場に定植できる。本発明により得られた植物苗は、発根時において根圏に生育を促進する共生微生物の菌糸が存在することにより発根時から共生微生物との共生関係を構築している。このような植物苗には共生微生物が「先住者」として共生し定植後に根圏に存在する土着の微生物と植物苗との共生関係に影響を及ぼす(先住効果)。このため植物苗の定植後も共生微生物が植物苗の育成を促進できる。また、共生微生物として定植地に存在する微生物叢との相性が良い、すなわち植物苗の生育に寄与する微生物(コア微生物)を用いれば、定植後にコア微生物が土着微生物との良好な共生ネットワークの構築を促進し植物苗の良好な育成を促進できる。
【0058】
また、本発明に係る微生物を利用した植物育成方法では、前述した微生物床または培土(以下、「共生微生物含有資材」と称する)を育成対象植物の根が伸長する範囲に配置する。すなわち、植物の種子や枝などの植物組織から発根させた植物苗を作製する場合、特に培土を充填した容器に播種や挿し木をして発根させるため、必要な培土の量は少ない。このため、植物苗を作製する際に共生微生物との共生関係を人為的に構築する場合は、微生物床を混合した培土中で菌糸を伸長させ植物根を発根させればよい。
【0059】
一方、容器を用いず野外の農林地の土壌で育成対象植物を育成する場合、野外の土壌には共生微生物以外にも様々な生物が生息している。このため、共生微生物を含む培土や培養液を一般的な植物栽培資材のように土壌に撒いたり混合したりしても、共生微生物がもとから土壌に生息していた生物との競争に負けるなどして育成対象植物と共生関係を築けないことも多い。
【0060】
そこで、本発明では前述した共生微生物含有資材を植物根が伸長する根圏に配置し、共生微生物含有資材の中で植物根と菌糸とを伸長させることで、共生微生物の菌糸を育成対象植物の根に侵入させることで、共生微生物と育成対象植物との共生関係を人為的に構築させる。
【0061】
<実施例1>
実施例1では、育成対象植物として、草本植物であるコマツナの苗を育成した。コマツナの生育を促進する共生微生物としては、野外調査を行って鉱物質土壌(B層)がむき出しになっている裸地で微生物との共生関係を構築して生育している植物個体を試料として単離した微生物を用いた。試料は、実施例2で育成するグイマツを定植する予定としている定植地一帯(約30km四方)から採取した。単離された微生物のうち、文献などを参照して、子嚢菌類に分類されるSporocadaceae科の糸状菌を共生微生物と特定した。糸状菌は、PDA寒天培地を用いて単離したものをオートミール培地で純粋培養して種菌とし、種菌を増殖させる増殖基質として、炭素源である腐葉土に栄養素源として米ぬかとフスマとを混合した基質に接種した。腐葉土はC/N比が30、窒素含有率0.4質量%であった。この腐葉土に栄養素源を混合して調整した増殖基質は100gあたりに炭素源12g、窒素、リン酸、カリウムをそれぞれ0.884g、1.364g、0.656g含んでいた。この増殖基質200mlに50mlの水を加えて混合し、手でほぐすとばらける程度にしっとりした状態(
図1)として、オートクレーブ滅菌した。滅菌済みの増殖基質200mlに対し、単離された糸状菌を培養しているオートミール寒天培地片(約5mm×5mm)を種菌として接種し、室温(約25℃)で3日間培養して微生物床を作製した。
【0062】
得られた微生物床は接種した糸状菌の菌糸体があることにより塊を形成し、表面に糸状菌の菌体があることが目視で確認できた(
図2)。得られた微生物床10mlに対し、植物育成用基質200mlを混合し、培土とした。植物育成用基質としては、軽石やパーライトなどの鉱物質を主体とする無肥料園芸用土(商品名「銀の土」)を用いた。調製した培土を育苗用連結ポット(各ポットの容量80ml)に充填し、遅滞なく各セルにコマツナの種子を播種した。コマツナを播種した後、潅水して室温で発根を開始した。
【0063】
<比較例1>
比較例1として、実施例1で用いた植物育成用基質に微生物床を混合しなかった他は、実施例1と同じ条件で実験を行った。
【0064】
図3に、実施例1と比較例1で育成した、発根開始(すなわち播種してから)20日経過後のコマツナ苗を示す。実施例1で育成した苗は
図3右に示すように、
図3左に示す比較例1で育成した苗より生育が良好であった。また実施例1、比較例1で得られた苗の根を染色し、顕微鏡で観察したところ、実施例1の苗の根には共生微生物由来の糸状の菌糸が細胞間隙に侵入し細胞表面を覆うなどしており、糸状の菌糸がコマツナ苗の根に付着していることが確認できた(
図4)。一方、比較例1の苗の根には実施例1の苗の根に見られたような糸状菌の菌糸体の付着は確認できなかった。
【0065】
<実施例2>
実施例2では、育成対象植物として、植林に用いられる造林用針葉樹苗としてグイマツの育苗を行った。育成対象植物をグイマツとした以外の条件は実施例1と同様とした。
【0066】
<比較例2>
比較例2として、比較例1で用いた培土を用い、グイマツの育苗を行った。育成対象植物をグイマツとした以外の条件は比較例2と同様とした。
【0067】
実施例2では、グイマツ種子を播種したセルポット10個のうち発根開始(すなわち播種してから)20日経過後で発芽した苗は3本であったのに対し、比較例2では播種したセルポット10個のうち発根開始20日経過後で発芽した苗はなかった。また、発根開始後30日における実施例2のグイマツ苗は
図5左に示す通り3~4cmまで生育していたのに対し、比較例2では
図5右に示す通り発根開始後30日を経過しても種子が割れて発芽しかけているセルがあったにとどまり発芽は確認されなかった。
【0068】
以上、示した通り、本発明によれば植物苗の育成における発芽率を向上させ、苗の生育を促進できる。
【0069】
<実施例3>
実施例3として、ネギの周年栽培(連作)を行っている圃場を定植地とし、この定植地の環境DNA分析による土壌微生物叢分析を行った。定植地の土壌微生物叢分析の結果、フザリウム(Fusarium)属、アルテルナリア(Alternaria)属などのネギの病原菌が含まれていた。また文献調査と接種試験とから、ネギの生育を促進する成育寄与型の非菌根性糸状菌と考えられたモルティエレラ(Mortierella)属の菌が含まれていた。そこで、定植地から直線距離で約200km離れた場所について、地続きで定植地の「近隣地」として許容できると判断し、その山林土壌から試料を得て複数の単独培養型非菌根性糸状菌を単離した。単離された菌株について形態観察とDNA分析からモルティエレラ属であると確認できた菌株を、成育寄与型の非菌根性糸状菌とした。
【0070】
廃菌床培土(商品名「マッシュORG」)を種菌の増殖用基質として米ぬかを添加し、実施例1と同じ要領で種菌を接種して微生物床を調製した。なお、実施例3では、増殖用基質は滅菌せず種菌を接種した。植物育成用基質としては種菌の増殖用基質と用いたのと同じ廃菌床培土を用い、米ぬかを添加せず、滅菌せず、容量比で微生物床1リットルに対し植物育成用基質4リットルの割合で混合して育苗用の培土を調製した。得られた育苗用培土を200穴の育苗プレートに充てんして播種し、育苗した。
【0071】
<比較例3>
育苗用の培土として、微生物床を含まない培土を用いた以外は実施例3と同じとし、実施例3と同様の条件でネギの播種と育苗を行った。
【0072】
図6に、実施例3と比較例3で得られた苗を示す。
図6左側トレーが比較例3、右側トレーが実施例3である。実施例3と比較例3に係る実験は、ネギ苗の育成に過酷な高温多湿(夏季)に行ったため、比較例3では200本中の150本程度が立ち枯れた。一方、実施例3では立ち枯れた苗は約50本であり、実施例3で比較例3に比して苗の生育が良好であった。
【手続補正書】
【提出日】2021-11-12
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する植物苗の育成方法。
【請求項2】
前記植物苗は、容器に前記培土を充填し前記育成対象植物を発根させ育成した樹木の容器苗である請求項1に記載の植物苗の育成方法。
【請求項3】
前記植物苗は、植林用の針葉樹の苗である請求項1または2に記載の植物苗の育成方法。
【請求項4】
前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である請求項1から3のいずれかに記載の植物苗の育成方法。
【請求項5】
人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、
前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗。
【請求項6】
前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である請求項5に記載の植物苗。
【請求項7】
前記植物苗は、造林用の針葉樹苗である請求項5または6に記載の植物苗。
【請求項8】
請求項5から7のいずれかに記載の苗を前記定植地に定植して育成する植物育成方法。
【請求項9】
植物を人為的に育成するために用いられる植物用培土であって、
菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌であって、人為的に育成する植物である育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を単離して培養した種菌を、当該種菌の増殖基質となる増殖基質で増殖させた微生物床と、
前記微生物床に含まれる前記生育寄与型菌が菌糸を伸長させる菌糸成育をするために必要な有機物と、を含む培土。
【請求項10】
前記生育寄与型菌は、前記育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌である請求項9に記載の培土。
【請求項11】
前記培土は、請求項1から7のいずれかに記載された植物苗の生育に用いられ、
当該培土中で前記育成対象植物を発根させて育成することにより前記植物苗を得るために用いられる請求項9または10に記載の培土。
【手続補正書】
【提出日】2021-11-18
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成する植物苗の育成方法。
【請求項2】
前記植物苗は、容器に前記培土を充填し前記育成対象植物を発根させ育成した樹木の容器苗である請求項1に記載の植物苗の育成方法。
【請求項3】
前記植物苗は、植林用の針葉樹の苗である請求項1または2に記載の植物苗の育成方法。
【請求項4】
前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である請求項1から3のいずれかに記載の植物苗の育成方法。
【請求項5】
人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する土着の非菌根性糸状菌であって、前記育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を特定し、
前記生育寄与型菌を単離して培養して得られた種菌を増殖基質で増殖させた微生物床を含む発根用培土で発根させて前記育成対象植物を育成することにより得られ、
前記発根用培土中に前記育成対象植物の根圏があり、当該根圏で当該育成対象植物と前記生育寄与型菌との共生関係を構築させた植物苗。
【請求項6】
前記生育寄与型菌は、前記定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌の中から単離された非菌根性糸状菌である請求項5に記載の植物苗。
【請求項7】
前記植物苗は、造林用の針葉樹苗である請求項5または6に記載の植物苗。
【請求項8】
請求項5から7のいずれかに記載の苗を前記定植地に定植して育成する植物育成方法。
【請求項9】
植物を人為的に育成するために用いられる植物用培土であって、
菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌であって、人為的に育成する植物である育成対象植物を定植する定植地またはその近隣地に存在する土着の非菌根性糸状菌であり、当該育成対象植物の生育に有益な生育寄与型菌を単離して培養した種菌を、当該種菌の増殖基質となる増殖基質で増殖させた微生物床と、
前記微生物床に含まれる前記生育寄与型菌が菌糸を伸長させる菌糸成育をするために必要な有機物と、を含む培土。
【請求項10】
前記培土は、請求項1から7のいずれかに記載された植物苗の生育に用いられ、
当該培土中で前記育成対象植物を発根させて育成することにより前記植物苗を得るために用いられる請求項9に記載の培土。