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特開2022-78383単離された植物細胞の凝集を抑制する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022078383
(43)【公開日】2022-05-25
(54)【発明の名称】単離された植物細胞の凝集を抑制する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/02 20060101AFI20220518BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20220518BHJP
   A01H 6/46 20180101ALI20220518BHJP
   A01H 4/00 20060101ALI20220518BHJP
   C12N 5/04 20060101ALI20220518BHJP
【FI】
C12N5/02
A01H5/00 A
A01H6/46
A01H4/00
C12N5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2019068419
(22)【出願日】2019-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000004569
【氏名又は名称】日本たばこ産業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100107386
【弁理士】
【氏名又は名称】泉谷 玲子
(72)【発明者】
【氏名】松井 南
(72)【発明者】
【氏名】岡本 龍史
(72)【発明者】
【氏名】加藤 紀夫
【テーマコード(参考)】
2B030
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030CA14
2B030CA28
2B030CD11
2B030CD28
4B065AA88X
4B065BC46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】本発明は、単離された植物細胞の凝集を抑制する方法、及び植物に物質を導入する方法に関する。
【解決手段】本発明の方法は、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離された植物細胞の凝集を抑制する方法であって、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む、前記方法。
【請求項2】
植物細胞を単離、培養する工程の一部において、単離された植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物を用いて単離、培養することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
植物細胞を培養する工程の前に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる工程を含む、請求項1又は2に記載の補方法。
【請求項4】
単離された植物細胞が、受精卵細胞又は卵細胞である、請求項1-3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
単離された植物細胞が、植物組織分解酵素による処理が行われていない受精卵細胞である、請求項1-3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
単離された植物細胞が、プロトプラスト化された植物細胞である、請求項1-3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
単離された植物細胞が、以下の工程:
(1-i)植物の受精卵細胞を含む組織から受精卵細胞を単離し、その後、当該受精卵細胞を植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理する、
(1-ii)植物の受精卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理し、次いで、酵素処理された受精卵細胞を単離する、
(1-iii)植物の受精卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で低力価条件処理すると同時に、酵素処理された受精卵細胞を単離する、
(1-iv)植物体から卵細胞および精細胞を単離し、それらを融合することで受精卵を作出し、その後、当該受精卵細胞を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理する、あるいは、
(1-v)植物の卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理し、次いで、酵素処理された卵細胞を単離、さらに、単離した精細胞と融合させる、
のいずれかの工程によって得られる受精卵細胞である、
請求項1-4、6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
植物細胞を、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に添加し、その後、培養培地に移して培養する、ことを含む、請求項1-7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
植物細胞に、核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入する、ことを含む、請求項1-8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
物質の導入前に、物質の導入の同時に、及び/又は、物質の導入後培養前に、植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることを含む、請求項1-9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
植物細胞の培養効率が向上する、請求項1-10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
物質の導入効率が向上する、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項13】
植物に物質を導入する方法であって、
(i)植物細胞を単離し;
(ii)植物細胞に核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入し;そして、
(iii)物資が導入された植物細胞を培養する、
工程を含み、いずれかの工程において、あるいは、工程と工程の間に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む、前記方法。
【請求項14】
物質の導入前に、物質の導入の同時に、及び/又は、物質の導入後培養前に、植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることを含む、
【請求項15】
(iii’)植物細胞の培養により、物質を導入した細胞をカルス化又は胚様体化し、そして、上記カルス化又は胚様体化した組織を再分化培地で再分化させる、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
物質導入が、PEG法又はエレクトロポレーション法を用いて行われる、請求項13-15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
植物が、単子葉植物である、請求項1-16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
植物が、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、イネ、ソルガム及びライムギからなる群から選択される、請求項1-17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物が、液体又は半固体状である、請求項1-18のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単離された植物細胞の凝集を抑制する方法、及び植物に物質を導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物、特に単子葉植物への遺伝子組換え技術は、1990年代にアグロバクテリウムを利用した方法がイネ、トウモロコシで開発されたことを契機に急速に利用が普及した。現在までに様々な形質転換方法が開発されてきている。しかしながら、それらの多くは、植物組織の脱分化と再分化を経由することが必要であるが故に、種や品種間で形質転換の効率が大きく異なることが知られている。種や品種によっては形質転換の効率が低く、再現性をもって形質転換植物を得ることができない。例えば、トウモロコシにおいて育種上非常に重要な系統であるB73は代表的な難培養品種として認識されてきており、再現性を持った形質転換法を作出することは困難であった。最近いくつかの遺伝子を導入することにより、難培養品種においても再生個体を獲得する方法が開発されたが、遺伝子導入技術を用いることが必須であり、実用段階での認可に懸念も残る。また、他の種においても、難培養品種と呼ばれる組織培養による個体再生が難しいとされる品種、系統が普遍的に存在しており、育種上の障害となっている。
【0003】
また、近年効率的にゲノム編集を行うことが可能になりつつあるが、これも作物種、品種ごとに組織培養の容易性が異なる点が、ゲノム編集効率に大きな影響を与えるため、実用化の妨げとなっている。
【0004】
一方、1990年代に、植物体から精細胞と卵細胞を単離し、それらを人工的に融合させる人工受精(in vitro受精)が試みられ、植物体の作出に成功している。非特許文献1には、トウモロコシの卵細胞及び精細胞を電気融合して受精卵細胞(in vitro受精卵)を作出し、それを植物体にまで培養する方法が記載されている。非特許文献1では卵細胞の分離に高濃度の植物組織分解酵素の混合物を用いている。また、非特許文献2には、イネの雌雄配偶子の電気融合により、受精卵を作出し、それを植物体にまで培養する方法が記載されている。植物の人工授精(in vitro受精系)は、受粉前の花からの配偶子細胞(卵細胞および精細胞)の単離、単離した細胞の融合(受精)、融合細胞(受精卵)の培養の3つのステップからなる。成功例として代表的なものは、トウモロコシ(非特許文献1)およびイネ(非特許文献2)であり、コムギ、タバコでも数例の報告がある。一般的に、卵細胞は、受粉前の子房を切断すること、あるいは、セルラーゼやペクチナーゼ等の植物組織分解酵素で処理した子房又は胚珠を顕微鏡下で分解することで得られ、精細胞は適当な浸透圧溶液中で花粉をバーストさせることで得られる。次に、それら雌雄の配偶子をガラスキャピラリーで融合用ドロップに移す。配偶子細胞の融合法については、電気的融合(非特許文献1、2)、カルシウムイオンによる融合(非特許文献3)、ポリエチレングリコール融合(非特許文献4、5)の3種の方法が報告されている。しかしながら、受精卵が胚へと成長して植物体にまで再生することが報告されているのは、電気的融合により作出した受精卵についてのみである(非特許文献1、2)。これら先行文献には、人工的に雌雄配偶子を融合させた受精卵細胞から植物体の誘導が可能であることが示されている。しかしながら、受精卵への遺伝子導入や形質転換といった点は全く記載されておらず、in vitro受精卵を用いて形質転換が行えるかどうかは全く不明であった。
【0005】
トウモロコシ(非特許文献6)、イネ(非特許文献7)、コムギ(非特許文献8)、オオムギ(非特許文献9、11)、タバコ(非特許文献10)などの種において、受精後の子房や胚珠から受精卵をとりだして培養し、植物体を作出した例も知られている。トウモロコシ、オオムギに関する非特許文献6、11は、受精卵細胞にDNAをマイクロインジェクション法により導入したことを記載している。しかしながら、受精卵を対象としたマイクロインジェクション法による植物形質転換法が実用化された事実は報告されていない。また、そのほかの方法による遺伝子導入については全く知見がない。
【0006】
マイクロインジェクション法は細胞壁を有する細胞にも遺伝子導入が可能であり、導入対象の植物細胞の細胞壁を植物組織分解酵素処理等により除去する必要は特にない。しかし、一回の導入操作で一細胞しか扱えないという欠点があり、多数の植物細胞を用いた中~大規模な遺伝子導入実験には不向きである。また、検鏡下での複雑な操作を要し、熟練した技術を必要とするため、実用化は困難であった。他に細胞に遺伝子を導入する方法としては、マイクロインジェクション法以外にポリエチレングリコール法(polyethylene glycol:PEG法)、ペプチド法(非特許文献12)、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法などがある。エレクトロポレーション法、ペプチド法やPEG法、特にPEG法は、マイクロインジェクション法に比べ手法が簡便であり、一回に多数の細胞を扱える利点がある。しかしながら、植物の細胞は細胞壁を有していることから、特にPEG法やエレクトロポレーション法を行う際には、セルラーゼやペクチナーゼ、プロテアーゼ、ヘミセルラーゼなどの植物組織分解酵素で組織および細胞を処理、細胞壁を溶解し、細胞をプロトプラスト化するのが一般的である。このことから、これまで上記の方法では葉、培養細胞、カルスなどの大量にプロトプラストを得ることができる材料が対象となっている。(非特許文献13、14)
一方、葉、培養細胞、カルスなどと異なり、受精卵は、作出や単離に手間がかかり、大量にプロトプラストを得られない。また、受精直前の卵細胞や精細胞は電気処理やカルシウム溶液添加など融合処理をしなければ分化を開始しない。またそのようなin vitro受精系で得られた受精卵については、前記の融合処理のような人工的受精操作により細胞に何らかの損傷が発生している可能性が考えられている。さらに、受精卵細胞については、細胞壁除去後に細胞分裂を継続し植物体に成長できるような細胞活性を維持した状態で、細胞壁を受精卵から除去する方法が不明であった。このような事情から、卵細胞、精細胞や受精卵細胞については遺伝子を導入する対象として相応しくないと推察されており、PEG法等の方法により遺伝子導入を行い、細胞分裂にまで至らせた報告はなされていなかった。
【0007】
しかしながら、近年、細胞活性を維持した状態で細胞壁を除去する酵素処理方法が見出されPEGを用い、受精卵細胞へ物質が導入でき、さらには個体再生にいたる方法が確立された(特許文献1 WO2017/171092)。また、試験管内受精直後で細胞壁が未発達の受精卵細胞には酵素処理をすることなしにPEGで物質導入可能であることが見出されている(特許文献2 WO2018/143480)。これらの技術により受精卵に物質を導入し、その受精卵から再生した植物体を育種等で利用することは可能になった。
【0008】
しかしながら、受精卵は、受精後の経過時間にかかわらず、単離・培養や物質導入の際に、受精卵がスライドグラスやカバーガラス、柄付き針などの実験器具に接着することがあった。また、受精卵同士がお互いに凝集することもあり、このような場合、せっかく得た受精卵を回収できず、その後の培養に供することが困難になることがあった。また、回収できたとしても回収時につけた傷のせいで培養が開始されず、培養効率が著しく低下し、ひいては遺伝子導入の効率が低下することが問題として挙げられてきた。
【0009】
特に、植物細胞への遺伝子等を導入を目的とする場合、PEG法は、多量の細胞に対し同時に物質を導入させることができる点が大きな特長である。しかしながら、受精卵細胞にこのような凝集が起こると、一度に多量の細胞を取り扱うことができず少量の細胞しか取り扱えないため、PEG法の利点が失われてしまう。また、受精卵細胞に観察される接着や凝集の現象は、受精卵細胞と同様、単離された植物細胞であるプロトプラストを用いた植物培養や、物質導入の際にも散見されるものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2017/171092
【特許文献2】WO2018/143480
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Kranz E. and Loerz H., (1993), Plant Cell 5:739-746
【非特許文献2】Uchiumi, T. et al., (2007), Planta 226:581-589
【非特許文献3】Faure, J.E. et el., (1994), Science 263:1598-1600
【非特許文献4】Sun, M.X. et al., (1995), Acta Bot Sin 36:489-493
【非特許文献5】Tian, H.Q. and Russell, S.D . (1997), Plant Cell Rep 16:657-661
【非特許文献6】Leduc, N. et al., (1996), Developmental Biology 177: 190-203
【非特許文献7】Zhang, J. et al., (1999), Plant Cell Reports 19:128-132
【非特許文献8】Kumlehn, J. et al., (1997), Plant Cell Reports 16: 663-667
【非特許文献9】Holm, P. B. et al., (1994), The Plant Cell 6: 531-543
【非特許文献10】Yuchi, H.E. et al., (2004), Chinese Science Bulletin 49: 810-814
【非特許文献11】Holm, P. B. et al., (2000), Transgenic Research 9: 21-32
【非特許文献12】Laksmanan, M. et.al., (2012), Biomacromolecules 14,10-16
【非特許文献13】Yoo, S.D. et al. (2007), Nature Protocol 2: 1565-1572
【非特許文献14】Zhai, Z. et al. (2009), Plant Physiol. 149: 642-652.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、単離された植物細胞の凝集を抑制する方法、及び植物に物質を導入する方法、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記問題解決のために鋭意研究に努めた結果、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることにより、植物細胞の凝集を抑制することができることを見出し、本発明を想到した。限定されるわけではないが、本発明は以下の態様を含む。
【0014】
[態様1]
単離された植物細胞の凝集を抑制する方法であって、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む、前記方法。
【0015】
[態様2]
植物細胞を単離、培養する工程の一部において、単離された植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物を用いて単離、培養することを含む、態様1に記載の方法。
【0016】
[態様3]
植物細胞を培養する工程の前に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる工程を含む、態様1又は2に記載の補方法。
【0017】
[態様4]
単離された植物細胞が、受精卵細胞又は卵細胞である、態様1-3のいずれか1項に記載の方法。
【0018】
[態様5]
単離された植物細胞が、植物組織分解酵素による処理が行われていない受精卵細胞である、態様1-3のいずれか1項に記載の方法。
【0019】
[態様6]
単離された植物細胞が、プロトプラスト化された植物細胞である、態様1-3のいずれか1項に記載の方法。
【0020】
[態様7]
単離された植物細胞が、以下の工程:
(1-i)植物の受精卵細胞を含む組織から受精卵細胞を単離し、その後、当該受精卵細胞を植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理する、
(1-ii)植物の受精卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理し、次いで、酵素処理された受精卵細胞を単離する、
(1-iii)植物の受精卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で低力価条件処理すると同時に、酵素処理された受精卵細胞を単離する、
(1-iv)植物体から卵細胞および精細胞を単離し、それらを融合することで受精卵を作出し、その後、当該受精卵細胞を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理する、あるいは、
(1-v)植物の卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理し、次いで、酵素処理された卵細胞を単離、さらに、単離した精細胞と融合させる、
のいずれかの工程によって得られる受精卵細胞である、
態様1-4、6のいずれか1項に記載の方法。
【0021】
[態様8]
植物細胞を、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に添加し、その後、培養培地に移して培養する、ことを含む、態様1-7のいずれか1項に記載の方法。
【0022】
[態様9]
植物細胞に、核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入する、ことを含む、態様1-8のいずれか1項に記載の方法。
【0023】
[態様10]
物質の導入前に、物質の導入の同時に、及び/又は、物質の導入後培養前に、植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることを含む、態様1-9のいずれか1項に記載の方法。
【0024】
[態様11]
植物細胞の培養効率が向上する、態様1-10のいずれか1項に記載の方法。
[態様12]
物質の導入効率が向上する、態様9又は10に記載の方法。
【0025】
[態様13]
植物に物質を導入する方法であって、
(i)植物細胞を単離し;
(ii)植物細胞に核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入し;そして、
(iii)物資が導入された植物細胞を培養する、
工程を含み、いずれかの工程において、あるいは、工程と工程の間に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む、前記方法。
【0026】
[態様14]
物質の導入前に、物質の導入の同時に、及び/又は、物質の導入後培養前に、植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることを含む、
[態様15]
(iii’)植物細胞の培養により、物質を導入した細胞をカルス化又は胚様体化し、そして、上記カルス化又は胚様体化した組織を再分化培地で再分化させる、態様13又は14に記載の方法。
【0027】
[態様16]
物質導入が、PEG法又はエレクトロポレーション法を用いて行われる、態様13-15のいずれか1項に記載の方法。
【0028】
[態様17]
植物が、単子葉植物である、態様1-16のいずれか1項に記載の方法。
[態様18]
植物が、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、イネ、ソルガム及びライムギからなる群から選択される、態様1-17のいずれか1項に記載の方法。
[態様19]
少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物が、液体又は半固体状である、態様1-18のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、受精卵やプロトプラストなどの単離された植物細胞を取り扱う場合において、植物細胞の凝集を避けるために、アガロースなどのゲル化剤を含む組成物を接触させることにより、当該植物細胞の培養効率を向上させることができる。さらに、植物細胞に物質導入を行う場合に、物質の導入効率を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
1.単離された植物細胞の凝集を抑制する方法
本発明は、単離された植物細胞の凝集を抑制する方法に関する。本発明の方法は、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む。
【0031】
(1)植物
植物の種類は特に限定されるものではない。双子葉植物および単子葉植物のいずれでもよく、好ましくは単子葉植物であるさらに好ましくは、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、イネ、ソルガム、ライムギ等であり、最も好ましくは、トウモロコシ、コムギ、イネである。
【0032】
限定されるわけではないが、単離された植物細胞の凝集を抑制する方法は、特に、「難培養」とされる植物あるいは品種に用いることが可能である。「難培養」とは、培養が困難、具体的には、例えば、植物体から単離された細胞の培養が困難、脱分化等の処理によるカルスの形成や、カルスからの植物体への再分化が困難である、ことを意味する。
【0033】
一般的には、双子葉植物よりも単子葉植物の方が培養困難である。「難培養」の植物は、例えば、大豆、インゲンマメ、トウガラシ等を含む。「難培養品種」とは、同じ種の一般的な研究用品種(トウモロコシならA188など)と比べ、培養が困難である品種を意味する、例えば、トウモロコシのB73およびB73を由来に持つトウモロコシエリート品種、コムギのエリート品種(例えばAC BarrieやTAMなど)、オオムギのGoldenPromiseとIgri以外の品種、ソルガムの296B、C401、SA281、P898012、Pioneer 8505、Tx430以外の品種などが挙げられる。
【0034】
一態様において、植物は、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、イネ、ソルガム及びライムギからなる群から選択される。
(2)単離された植物細胞
単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることにより、このような植物細胞の凝集を抑制する。
【0035】
「単離された植物細胞」とは、植物の組織内に存在する植物体細胞のように原形質連絡以外の細胞のほぼすべてが細胞壁で囲まれている細胞ではなく、細胞1つ又はごく少数が他の細胞とは分離・単離された状態で存在する細胞である。例えば、植物組織の酵素処理などにより単離された、、細胞の一部あるいは全部が細胞壁に囲まれていない細胞(一部または全部がプロトプラスト化された植物細胞)を含む。あるいは、単離された植物生殖細胞は、卵細胞、精細胞を含む、有性生殖のための配偶子も含む。
【0036】
本明細書において「卵細胞」とは、雌ずいの中において、胚嚢母細胞の減数分裂により形成される雌性配偶子を意味する。卵細胞の単離方法は限定されないが、例えば、適切な浸透圧の溶液中において子房を切断し、その切断面から出てきた卵細胞を顕微鏡下においてガラスキャピラリーを用いて単離することができる。本明細書において「精細胞」とは、雄ずいの葯の中において、花粉母細胞の減数分裂により形成される雄性配偶子を意味する。本明細書において「受精卵細胞」とは、精細胞と卵細胞とが融合した細胞を意味する。
【0037】
一態様において、単離された植物生殖細胞は、単離された受精卵細胞又は卵細胞である。特に、受精によって形成される受精卵細胞であって、細胞壁形成が開始していない、あるいは、細胞壁形成が開始しているがまだ完了しておらず、不完全である状態の受精卵細胞、または細胞壁形成が完了した受精卵細胞を含む。
【0038】
植物生殖細胞の細胞壁形成は、例えば、カルコフロールによるセルロース染色、アニリンブルー染色等の公知の方法で確認することができる。カルコフロールは、植物細胞、真菌等の細胞壁に含まれるセルロースやキチンと結合する非特異的蛍光染料である。励起は300~440nm(最大355nm)であり、0.1M リン酸緩衝液 pH7.0中のセルロースの最大蛍光は、433nmである。非限定的に、例えば、共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて蛍光輝度を測定することができ、また蛍光強度の画像解析を行い、積算輝度を求めることができる。
【0039】
「細胞壁形成率」とは、非限定的に、例えば、植物細胞の細胞壁形成が完全に終了し、細胞全体が細胞壁で覆われている状態の細胞の輝度と比較した場合の、輝度の比率で表現することができる。「単離された」とは、非限定的に、細胞壁形成率が、好ましくは80%以下、より好ましくは70%以下、さらに好ましくは65%以下、さらにより好ましくは63%以下、特に好ましくは60%以下、特にさらに好ましくは50%以下、最も好ましくは30%以下である、ことを意味する。
【0040】
(3)受精卵細胞
単離された植物細胞の凝集を抑制する方法の一態様において、植物生殖細胞として受精卵細胞を用いることができる。受精卵細胞の取得方法は特に限定されない。
【0041】
例えば、自然受精法により植物体において受精卵細胞を作出し、作成された受精卵細胞を植物体から取得してもよい。自然受精法を用いた受精卵細胞の取得方法は、例えば、柱頭を露出させ、花粉を付着させ受粉させたのち、胚嚢を含む組織から受精卵細胞を単離する方法である。植物体からの受精卵細胞の単離は、受粉後の植物体から受精直後の子房を取り出し、適切な浸透圧の溶液中においてその子房を切断し、その切断面から出て来た受精卵細胞を顕微鏡下においてガラスキャピラリー等を用いて単離することができる。あるいは、酵素溶液で子房又は胚珠を一定時間処理した後に、例えば、ガラス針等を用いて顕微鏡下において珠心等の組織を解剖し摘出、単離することもできる。なお、本明細書において自然受精法とは、人工的に柱頭に花粉を付着させる人工交配であってもよいし、自然交配であってもよい。
【0042】
あるいは、植物の卵細胞を予め植物体から単離した後、植物の卵細胞と精細胞とin vitroで融合して受精卵細胞を作出してもよい。即ち、植物体より先ず卵細胞と精細胞を単離し、電気融合法等の公知の方法により、in vitroで受精卵細胞を作出してもよい(配偶子融合ともいう)。非限定的に、単離された植物細胞の凝集を抑制する方法においては、in vitroで受精卵細胞を作出する方が好ましい。
【0043】
電気融合法は、電気刺激により2種又は2種以上の細胞をin vitroで融合する方法である。適切な浸透圧の溶液中において受粉前の子房を切断し、その切断面から出て来た卵細胞を顕微鏡下においてガラスキャピラリー等を用いて単離した卵細胞及び、適切な浸透圧の溶液中に花粉を沈め、その花粉から放出されてきた精細胞を顕微鏡下においてガラスキャピラリー等を用いて精細胞に、パルスを加えることで細胞融合を引き起こすことができる。
【0044】
電気融合により細胞融合を行う場合、電圧、電極間距離等の条件は、植物の種類又は細胞の大きさ等に応じて当業者が適宜決めることができる。精細胞と卵細胞とを電気融合により1つの融合細胞(受精卵細胞)を作製する際、直流電圧は、非限定的に、下限を10kV以上にすることが好ましく、また、上限を17kV以下にすることが好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0045】
また、電極間距離は、非限定的に、下限を、融合させる卵細胞と精細胞の直径の和の1.5倍以上にすることが好ましく、また、上限を6倍以下にすることが好ましい。細胞の直径を測定する方法としては、顕微鏡に装着した測微接眼レンズを用いて直径を測定する方法や、顕微鏡で撮影した画像をコンピュータに取り込み、画像解析ソフトウェアで測定する方法がある。あるいは、電極間距離は、例えば、下限を80μm以上とすることが好ましく、また、上限を240μm以下とすることが好ましい。電極間距離の上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0046】
精細胞と卵細胞を電気融合して1つの融合細胞を作製する際に用いる溶液の浸透圧は、用いる植物の種類に応じて適宜選択可能である。例えば、イネでは下限を380mosmol/kg HO以上とすることが好ましく、390mosmol/kg HO以上とすることがより好ましく、また、上限を470mosmol/kg HO以下とすることが好ましい。トウモロコシでは、下限を500mosmol/kg HO以上とすることが好ましく、また、上限を700mosmol/kg HO以下とすることが好ましい。溶液の浸透圧の上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0047】
あるいは、卵細胞と精細胞の細胞融合には、カルシウム融合法、PEG融合法等の他の公知の細胞融合方法を用いてもよい。「カルシウム融合法」は、カルシウム濃度依存的に細胞膜の融合が生じやすくなる、という細胞膜の性質を利用するものである。「PEG融合法」は、細胞をポリエチレングリコール(polyethyleneglycol、PEG)で処理することによって細胞膜が結合し、PEGを取り除くと細胞が融合することを利用するものである。
【0048】
一態様において、単離された植物細胞は、以下の工程:
(1-i)植物の受精卵細胞を含む組織から受精卵細胞を単離し、その後、当該受精卵細胞を植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理する、
(1-ii)植物の受精卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理し、次いで、酵素処理された受精卵細胞を単離する、
(1-iii)植物の受精卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で低力価条件処理すると同時に、酵素処理された受精卵細胞を単離する、
(1-iv)植物体から卵細胞および精細胞を単離し、それらを融合することで受精卵を作出し、その後、当該受精卵細胞を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理する、あるいは、
(1-v)植物の卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で処理し、次いで、酵素処理された卵細胞を単離、さらに、単離した精細胞と融合させる、
のいずれかの工程によって得てもよい。
【0049】
一態様において、適切な浸透圧の溶液中において胚嚢を含む組織(例えば胚珠)を切断し、その切断面から出て来た(受精)卵細胞を顕微鏡下においてガラスキャピラリー等を用いて単離することができる。なお、この場合、単離した(受精)卵細胞に対し酵素溶液で一定時間処理することで酵素処理された受精卵を得る。あるいは、酵素溶液で胚珠等の胚嚢を含む組織を一定時間処理した後に、例えば、ガラス針等を用いて顕微鏡下において珠心等の組織を解剖し機械的に摘出、単離することもできる。この場合、その後の酵素処理を行うことなく酵素処理(受精)卵が得られる。なお、単離した卵細胞と精細胞の融合によって受精卵を得る場合の酵素処理は、卵細胞単離の前、同時あるいは精細胞との融合後のいずれの段階であってもよい。
【0050】
本発明の方法は、植物の(受精)卵細胞を含む組織から、(受精)卵細胞を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で低力価条件処理することを特徴とする。酵素処理は、(受精)卵細胞を組織から単離する前、単離と同時、あるいは、単離の後、のいずれの時期に行ってもよいが、好ましくは単離と同時あるいは単離の後である。
【0051】
植物の細胞壁は、セルロースからなる基本骨格が他の多糖やタンパク質からなる基質(マトリックス、基質ゲル)の中に埋め込まれている。基質を構成する多糖は、伝統的に熱水や酸性緩衝液で抽出されるペクチン(pectin)と、アルカリに可溶な成分であるヘミセルロース(hemicellulose)に分けられているが、最近ではマトリックス多糖(matrix polysaccharide)としてまとめられることが多い。本明細書における「植物組織分解酵素」とは、植物組織および細胞周辺のペクチン、セルロース、ヘミセルロース、そのほかのマトリックス多糖、リン脂質、タンパク質等に直接あるいは間接的に作用して分解する酵素の総称である。
【0052】
「植物組織分解酵素」として、例えば、非限定的に、プロトプラスト調製用酵素、細胞膜を分解するフォスフォリパーゼ、組織分解に役立つと考えられているタンナーゼ、イネなどタイプII細胞壁に含まれる成分を分解するフェルラ酸エステラーゼ、プロテアーゼ等が含まれる。特に、植物細胞の細胞壁を溶解してプロトプラストを調製するために使用される、種々のプロトプラスト調製用酵素が使用されうる。例えば、ペクチナーゼ、セルラーゼ、プロテアーゼ、ヘミセルラーゼ類(ヘミセルラーゼとは、一般的にヘミセルロースを加水分解する酵素の総称を指す)、グルクロニダーゼ、ザイモリダーゼ、キチナーゼ、グルカナーゼ、キシラナーゼ,ガラクタナーゼ,アラビナナーゼおよびリグニン分解酵素、あるいは、これらの混合物(これら酵素群のうち2種以上の混合物)が含まれる。ペクチナーゼは、例えば、ポリガラクツロナーゼ(ガラクツロナーゼ)、ペクチンリアーゼおよびペクチンメチルエステラーゼを含む。
【0053】
あるいは、一態様において、単離された植物細胞は、上述したような、植物組織分解酵素による処理が行われていない受精卵細胞であってもよい。「植物組織分解酵素による処理が行われていない受精卵細胞」としては、例えば、特許文献2(WO2018/143480)に記載の、単離された植物生殖細胞を用いることができる。あるいは、単離された植物細胞は、特許文献1(WO2017/171092)に記載されているような、受精卵細胞、植物の受精卵細胞を含む組織、又は植物の卵細胞を含む組織を、植物組織分解酵素を含む酵素溶液で低力価条件処理したものであってもよい。
【0054】
(4)プロトプラスト
一態様において、単離された植物細胞は、プロトプラスト化された植物細胞であってもよい。「プロトプラスト」とは、植物細胞から細胞壁を取り除いた細胞である、一般に、球形で弱く、少しの衝撃で破壊される、という性質を有する。プロトプラストの性質を利用して、PEGによる処理や電気刺激により、細胞への物質導入や細胞融合が可能である。プロトプラストを培養して増殖させることによりカルスを取得することができる。ただし、例えば物質導入を目的とする場合、PEG処理によりプロトプラスト同士が凝集しやすい、試験用器具に接着してしまう、等の問題が生じる場合がある。このような場合に、プロトプラストを少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることにより、好ましくない凝集を抑制することができる。
【0055】
(5)ゲル化剤
植物細胞の凝集を抑制する方法に用いるゲル化剤は、公知のゲル化剤であって良く、当該技術分野において公知のゲル化剤を用いることができる。非限定的に、そのようなゲル化剤としては、例えばアガロース、寒天やゲランガム、ゲルライト、アルギン酸、ゼラチン、ファイタゲル等である。
【0056】
ゲル化剤の濃度はゲル化剤の種類によって適宜選択される。好ましくは少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物が、液体状又は半固体状を有する濃度となるように選択される。例えば、アガロースの場合、0.05-2.0%が好ましく、0.1-1.0%がより好ましく、0.2-0.5%がさらに好ましく、0.3-0.4%が最も好ましい。
【0057】
本明細書において「液体状」とは、ゲル化剤を含む組成物(例えば、溶液)が液状であることを示し、定まった形のない流動体を取る状態を示す。「半固体状」とは、液体と固体の両方の属性を持つ状態を示し、液体より固体に近い半流動体として定義され、粘性があり自由に変形することを特徴とする、いわゆるゲル状のものを示す。
【0058】
一方、例えば、アガロースビーズのようなある一定期間一定の形を保つことができる固体上の態様については、本発明に含まれない。
(6)少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物
少なくとも一種のゲル化剤を含む組成物については、ゲル化剤を含む組成物であれば特に限定されない。植物細胞の凝集を抑制する方法の一態様において、植物細胞を単離、培養する工程の一部において、単離された植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物を用いて単離、培養することを含む。非限定的に、植物細胞を培養する工程の前に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる工程を含む。植物細胞を、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に添加し、その後、培養培地に移して培養してもよい。組成物に含まれるゲル化剤は、1種類でも、2種類以上(例えば、2種類、3種類、4種類、それ以上)であってもよい。
【0059】
一態様において、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物は、単離された単離された植物細胞を、培養のための培地に移植する前に移動させる溶液である。非限定的に、例えば、マンニトールやシュークロースなど浸透圧調整物質、MESなどのpH調整物質及び/又はマグネシウム塩などを主な成分とする溶液(MMG溶液ともいう)が挙げられる。
【0060】
なお、本明細書において「培地」とは、植物細胞を培養するための培地であって、植物細胞を培養するために必要な炭素源、窒素源や塩などが含まれたもの(限定されるものではないが、例えば、M6培地、B5培地、N6培地、ZMS培地など)をいう。培養用「培地」は、前述の培養開始前に、単離された植物細胞を処理する溶液、例えば、MMG溶液などからは区別される。
【0061】
例えば、単離された植物細胞がプロトプラストである場合は、植物組織を酵素処理しプロトプラストを形成した後、プロトプラスとの単離又は洗浄のためにマンニトールやシュークロースが含まれる溶液に添加する。少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物は、そのマンニトールやシュークロースが含まれる溶液であっても良い。少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物は、脱分化(カルス化)や再分化を誘導する成分を含んでもよい。
【0062】
例えば、前記植物細胞が受精卵細胞である場合は、植物組織から酵素的又は機械的に単離した受精卵、又は卵細胞と精細胞を電気的に融合させ取得した受精卵について、単離又は取得後、培地に移動させる前に一度洗浄やインキュベーションのためマンニトールやシュークロースが含まれる溶液(限定されるものではないが、MMG溶液など)に添加するが、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物はその溶液であってもよい。
【0063】
一態様において、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物は、液体又は半固体状である。
植物細胞の凝集を抑制する方法は、植物細胞に、核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入する、ことを含んでもよい。例えば、PEG法を用いて植物細胞に物質を導入する場合、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物は、単離された植物細胞を、導入したい物質が含まれるPEG溶液、及び/又は当該PEG溶液の前に移動させる溶液であってよい。例えば、植物組織から酵素的又は機械的に単離した受精卵、又は卵細胞と精細胞を電気的に融合させ取得した受精卵について、以下の(i)、(ii)のいずれか、又は両方にゲル化剤が含まれていてよい。好ましくは(i)、(ii)の両方にゲル化剤が含まれていてよい。
【0064】
(i)受精卵の単離又は取得後、培地に移動させる前に一度洗浄やインキュベーションを行うための、マンニトールやシュークロースが含まれる溶液(限定されるものではないが、MMG溶液など);並びに/又は、
(ii)導入する物質及びPEGが含まれるPEG法による物質導入のために用いる溶液。
【0065】
(7)凝集を抑制
本発明の方法により、単離された植物細胞の凝集が抑制される。「植物細胞の凝集」とは、例えば、植物細胞同士、例えば、受精卵同士やプロトプラスト同士、の凝集、植物細胞の試験用器具(例えば、カバーグラス)への接着など、細胞の凝集、接着、密着等を広く含む意味である。
【0066】
「植物細胞の凝集を抑制」するとは、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる、ことをしなかった場合と比較して、植物細胞の凝集が抑えられる、ことを意味する。その結果、好ましくは、例えば、植物細胞の培養効率が向上する、物質導入をおこなった場合の物質の導入効率が向上する、などの効果が得られる。
【0067】
(8)物質の導入
単離された植物細胞の凝集が抑制方法は、植物細胞に、核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入する、工程を含んでもよい。
【0068】
「植物細胞に、核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入する」工程は、例えば、特許文献1(WO2017/171092)、特許文献2(WO2018/143480)の記載を参照して行うことができる。
【0069】
植物に導入される物質は、標的とする細胞内に供給可能なサイズ及び性状の物質をいう。天然に存在するものであってもよく、或いは人為的に製造されたものであってもよい。例としては種々の生体分子や、化合物が挙げられる。生体分子としては、例えば、核酸、タンパク質、ペプチド、多糖、脂質、細胞小器官などが挙げられる。一態様として、物質は、核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される。ゲノム編集のためのCas9ヌクレアーゼ等ヌクレアーゼや、修飾酵素、抗体等のタンパク質も導入しうる。
2種類以上の核酸、タンパク質、ペプチド、多糖及び脂質等や、金属イオンや化合物等の物質を組み合わせて導入してもよい。例えば、核酸は、2種類以上のDNA又はRNAでも、DNAとRNAの組み合わせでもよい。核酸とタンパク質など異なる種の物質を同時に、または複合体として導入してもよい。
【0070】
物質を植物に導入する方法は、植物に所望の物質を導入することのできる公知の方法ならば特に限定されず、植物の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、PEG法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法、ウィスカー法などの物理化学的方法(DNAの直接導入法)あるいはアグロバクテリウム法などの生物学的方法(DNAの間接導入法)を好ましく用いることができる。好ましくは直接導入法、さらに好ましくはPEG法又はエレクトロポレーション法である。より好ましくはPEG法である。PEG法については、非特許文献13(Yoo et al.(2007))など公知の方法を参考に行うことができる。
【0071】
植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させる時期は特に限定されない。一態様において、単離された植物細胞の凝集が抑制方法は、物質の導入前に、物質の導入の同時に、及び/又は、物質の導入後培養前に、植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることを含む。
【0072】
2.植物に物質を導入する方法
本発明は、植物に物質を導入する方法に関する。本発明の方法は、
(i)植物細胞を単離し;
(ii)植物細胞に核酸、タンパク質及びペプチドからなる群から選択される物質を導入し;そして、
(iii)物資が導入された植物細胞を培養する、
工程を含む。本発明は上記(i)-(iii)のいずれかの工程において、あるいは、工程と工程の間に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させることを含む、ことを特徴とする。
【0073】
「植物細胞」、「物質」、「物質の導入」の定義については、「1.単離された植物細胞の凝集を抑制する方法」の項目で述べた通りである。
植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させる時期は特に限定されない。上記(i)-(iii)のいずれかの工程において使用する溶液にゲル化剤を含ませてもよい。あるいは、上記(i)-(iii)の工程と工程の間に、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる工程を含んでもよい。一態様において、単離された植物細胞の凝集が抑制方法は、物質の導入前に、物質の導入の同時に、及び/又は、物質の導入後培養前に、植物細胞を少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物に接触させることを含む。
【0074】
一態様において、物質導入は、PEG法又はエレクトロポレーション法を用いて行われる。
植物に物質を導入する方法は、一態様において、(iii’)植物細胞の培養により、物質を導入した細胞をカルス化又は胚様体化し、そして、上記カルス化又は胚様体化した組織を再分化培地で再分化させる、工程を含んでもよい。
【0075】
カルス化又は胚様体化工程、及び、再分化工程は特に限定されず、植物細胞から植物体を再生するための公知の方法を利用することが可能である。例えば、特許文献2(WO2018/143480)に記載の方法を用いてもよい。一態様において、物質導入受精卵細胞を分裂誘導し細胞増殖させ、カルス又は胚様体を形成させる工程は、植物によって最適条件が異なるため特に限定されないが、Feeder細胞を加えた、ナースカルチャー法を用いることができる。例えば、物質導入受精卵細胞を、マンニトール液滴(例えば、450mosmol/kg HO)の中に入れて洗浄し、無菌化を行う前処理、並びに、液体培地に物質導入受精卵細胞を移し、静置した後、振とう培養する、液体培地中での培養を含む。液体培地にはフィーダー細胞を加え共培養(ナースカルチャー法)を行うことが好ましい。培地としては、例えば、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、ナフタレン酢酸などのオーキシンを添加した、液体のMS培地、B5培地、N6培地等を用いることができる。培養工程によって、受精卵際棒の培養開始から4~14日後、直径50~200μm程度の球状の胚様体が形成される。
【0076】
再分化工程も公知の再分化工程に従い実施することができる。例えば、特許文献2(WO2018/143480)に記載の方法を用いてもよい。一態様として、球状の胚様体を、フィーダー細胞を加えていない前記培地に移し、さらに10~14日程度培養し、オーキシンを添加しない任意の培地、例えばMS培地に入れて培養し植物体を形成させる。培地としては、例えばMS培地、B5培地、N6培地であって、アガロース、寒天やゲランガム、ゲルライト等を使用した固体培地などが挙げられる。
【0077】
3.植物細胞の培養効率が向上、物質の導入効率が向上
本発明の単離された植物細胞の凝集を抑制する方法又は植物に物質を導入する方法を用いることによって、植物細胞の培養効率が向上する、及び/又は、物質の導入効率が向上する、という効果を得ることができる。
【0078】
「植物細胞の培養効率が向上する」とは、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる、ことをしなかった場合と比較して、植物細胞がより効率よく培養される、ことを意味する。例えば、受精卵の培養により、正常に分裂を開始する受精卵の割合が増加する(分裂開始率)、球状様胚又はカルス様胚の形成割合が増加する、その後の培養工程における生存確率が増加する、などの事象により確認することができる。例えば、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物への添加がなかった場合と比較して、分裂開始率が5%以上、10%以上、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上、上昇する。
【0079】
「物質の導入効率が向上する」とは、単離された植物細胞と、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物とを接触させる、ことをしなかった場合と比較して、植物に物質を導入される確率が上昇する、ことを意味する。例えば、少なくとも1種のゲル化剤を含む組成物への添加がなかった場合と比較して、物質導入効率が2%以上、5%以上、10%以上、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上、35%以上、上昇する。
【0080】
4.物質導入植物
本発明はさらに、植物に物質を導入する方法によって得られた、物質導入植物も含む。なお、本発明以前は、特に「難培養」とされる植物や品種について、物質導入植物を得ることは困難あるいは不可能であった。本発明により、このような植物、品種についても簡便な方法で効率良く物質導入植物を得ることが可能になる。
【0081】
また、本発明の方法によって得られた物質導入植物とは、プラスミドや遺伝子配列断片などの核酸、ゲノム編集などのためのタンパク質、ペプチドが導入され植物内に保持されている植物だけではなく、物質、特に遺伝子の導入により得られた形質転換植物や、Cas9やガイドRNA等ゲノム編集関連物質の導入によりゲノム編集された植物、及びそれらの後代、クローン等を含む。
【実施例0082】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0083】
実施例1 トウモロコシの受精卵細胞の単離
本実施例では、トウモロコシの受精卵細胞の単離を行った・
温室内で育成したトウモロコシの交配適期の雌穂を採取し、雌穂の包皮を除去し、子房を露出させ、シルク(トウモロコシのひげ、めしべ)の長さを12cm程度に切りそろえた。その後、雌穂を縦方向に2分割しシルクの先端に、トウモロコシの雄穂から採取した花粉を受粉させた。交配時間は午前9時前後に行った。糖類を含まないMS寒天培地に交配後の雌穂を置床し、25℃程度の環境下に置いた。
【0084】
交配後12時間経過後、雌穂は5度程度の環境下に移し、単離作業を行うまで、その条件下に保持した。
単離作業時は、雌穂は5℃から室温に移した。雌穂の胚珠から、胚嚢を含む珠心切片を摘出し、3.5cmプラスチックシャーレ中の1mLの10%マンニトール溶液(650mosmol/kg HO)に入れた。3.5cmプラスチックシャーレに、酵素混合液0.5mLを入れ、1.5mL酵素溶液とし、5-45分間室温で放置した。
【0085】
酵素溶液は、1%セルラーゼ(Worthington社製)、0.3%マセロザイム(ヤクルト本社製)、0.05%ペクトリアーゼ(盛進製薬社製)を含む浸透圧650mosmol/kgのマンニトール水溶液を3倍希釈したものを使用した。
【0086】
酵素溶液中に20分から30分放置後、酵素溶液をピペットで除去し、10%マンニトール液で2度洗浄した。酵素処理、洗浄した珠心切片を1.5mLの同濃度のマンニトール溶液中に入れ単、受精卵の離作業に供した。
【0087】
受精卵の単離は、2本のガラス針を用いて行った。片方のガラス針で珠心切片を固定し動かないようにし、もう一方のガラス針で、受精卵細胞が存在すると推定される領域の組織を掻き出すことにより受精卵細胞を単離した。領域の推定は、受精が行われると、2個存在する助細胞のうち花粉管が侵入した方が変性し、暗褐色化するのでそれを目印とした。単離した受精卵細胞は、マイクロピペットをマンニトール液で洗浄後、カバーグラスもしくはガラス底シャーレー上の液滴に移動した。
【0088】
なお、カバーグラス上の液滴は以下の方法で作成した。
1)カバーガラスの周囲を、5%ジクロロメチルシランを含む1,1,1-トリクロロエタン溶液に浸し、乾燥させる;
2)当該カバーガラス中央部分に0.2-0.3mLのミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)を載せる;そして、
3)当該ミネラルオイル内に1~2μLの10%マンニトール液(650mosmol/kg HO)をマイクロピペットで挿入する。
【0089】
ガラス底シャーレー上の液滴は以下の方法で作成した。
1)当該カバーガラス中央部分に0.4-0.5mLのミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)を載せる;そして、
2)当該ミネラルオイル内に1~2μLの10%マンニトール液(650mosmol/kg H2O)をマイクロピペットで挿入する。
【0090】
実施例2 受精卵への核酸導入
本実施例では、実施例1によって得られた受精卵に核酸を導入した。
具体的には、実施例1により単離した受精卵細胞をMMG溶液(15mM MgCl、4mM MES(pH5.7)、650mosmol/kg HO マンニトール)の液滴(約2μL)に移動し、その後MMGに導入する塩基配列、35Sプロモーター::シグナル配列::GFP::小胞体残留シグナル(HDEL)::ノスターミネーターを含むプラスミド(非特許文献11)を加えた液滴に移動した。次に受精卵細胞を含む液滴とPEG溶液(12.5mL マンニトール溶液(650mosmol/kg HO)に、7.5gのPEG4000、2.5mLの1M塩化カルシウムを加え蒸留水で25mgになるように調整)の液滴(約2μL)を混ぜ、ガラスキャピラリーで30~50回撹拌した。
【0091】
ただし、PEG処理前後の過程で5分から30分液滴中で放置した。放置条件の液滴には、アガロースを最終濃度が0.3%になるように添加した区と無添加の区を設け、アガロース添加による影響を確認する比較実験を行った。
【0092】
実施例3 核酸導入処理を行った受精卵細胞の培養
実施例2において核酸導入処理を行った受精卵細胞を、本実施例において培養した。
具体的には、核酸導入処理を行った受精卵細胞を、用意した2μlの受精細胞用培地に移し、暗所で静置培養した。受精細胞用培地は、ZMS培地(Kranz、1993)である。MS培地との変更点は、165mg/L NHNO3、有機物として、1.0mg/L ニコチン酸、10.0mg/L チアミン・HO、1mg/L ピリドキシン・HCl、750mg/L グルタミン、150mg/L プロリン、100mg/L アスパラギン、100mg/L ミオイノシトールを添加した点である。植物ホルモンとして2mg/L 2,4-D、を加え、さらにグルコースを添加し浸透圧を600mosmol/kg HOに調整した。pHは5.7とした。
【0093】
作成した受精細胞用培地を直径12mmのMillicell CMインサート(ミリポア社製)内に入れ、2mLの培地の入った3.5cmプラスチックシャーレの中に入れた。さらに、40~60μLのイネ浮遊細胞培養物(Line Oc、理研バイオリソースセンター製)をフィーダー細胞としてシャーレーに加えた。
【0094】
洗浄・滅菌したミクロキャピラリーを用い、単離した受精卵細胞を新鮮な9%マンニトール液滴(600mosmol/kg H2O)中に投入し、その後、受精細胞用培地の入ったCMインサート内のメンブレン上に移した。
【0095】
受精卵細胞を、暗所に26℃で1日間静置したのち、WO2018/143480に従って振盪培養を開始した。振盪培養の結果、正常に分裂を開始した受精卵の数を以下に示す。
【0096】
【表1】
【0097】
表1に示された通り、アガロースをMMG溶液に添加した区(使用区)では、添加しなかった区(非使用区)と比べ、明らかに正常に分裂を開始した受精卵が多く、培養効率が向上していることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明により、単離された植物細胞の凝集を抑制することが可能になり、植物細胞の培養、物質導入をより効率良く行うことが可能になった。これにより、従来培養が困難等の理由で形質転換が困難であったため有用形質を付与することできなかった植物体であっても、簡便に、安定して再現性良く形質転換体やゲノム編集個体を得ることが可能となる。