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  • 特開-PEEK成形体、及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022078517
(43)【公開日】2022-05-25
(54)【発明の名称】PEEK成形体、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/00 20060101AFI20220518BHJP
   C08J 5/00 20060101ALI20220518BHJP
【FI】
C08J7/00 305
C08J5/00 CEZ
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020189246
(22)【出願日】2020-11-13
(71)【出願人】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】特許業務法人南青山国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100168181
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲平
(74)【代理人】
【識別番号】100160989
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 正好
(74)【代理人】
【識別番号】100117330
【弁理士】
【氏名又は名称】折居 章
(74)【代理人】
【識別番号】100168745
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 彩子
(74)【代理人】
【識別番号】100176131
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】眞壁 岳史
(72)【発明者】
【氏名】赤岡 太一
【テーマコード(参考)】
4F071
4F073
【Fターム(参考)】
4F071AA51X
4F071AA87X
4F071AF15
4F071AF16
4F071AF28
4F071AG05
4F071AG14
4F071BB05
4F071BC03
4F071BC07
4F071BC12
4F073AA05
4F073AA07
4F073AA10
4F073BA27
4F073BB02
4F073BB08
4F073CA42
4F073HA05
4F073HA11
4F073HA12
(57)【要約】
【課題】PEEK成形体の更なる性能の向上を実現可能な技術を提供する。
【解決手段】PEEK成形体は、本体部と、表層部と、を具備する。上記本体部は、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが、第1発熱ピークと、上記第1発熱ピークよりも高温側にある第2発熱ピークと、の2つである。上記表層部は、上記本体部を覆い、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが、上記第1発熱ピークよりも高温側にある第3発熱ピークのみである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが、第1発熱ピークと、前記第1発熱ピークよりも高温側にある第2発熱ピークと、の2つである本体部と、
前記本体部を覆い、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが、前記第1発熱ピークよりも高温側にある第3発熱ピークのみである表層部と、
を具備するPEEK成形体。
【請求項2】
請求項1に記載のPEEK成形体であって、
前記表層部の厚みが50μm以上である
PEEK成形体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のPEEK成形体であって、
摺動部材として構成される
PEEK成形体。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のPEEK成形体であって、
ギア部材として構成される
PEEK成形体。
【請求項5】
DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが2つである成形体を作製する工程と、
前記成形体の表面に電子線を照射する工程と、
を含むPEEK成形体の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載のPEEK成形体の製造方法であって、
前記電子線を照射する工程では、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが1つのみである表層部を形成する
PEEK成形体の製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6に記載のPEEK成形体の製造方法であって、
前記電子線を照射する工程では、前記成形体を加熱する
PEEK成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種部品に利用可能なPEEK成形体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
産業機械分野では、軽量化の観点などから金属部品から樹脂成形体への代替が求められている。このような樹脂成形体の製造には、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)に代表される、特に優れた耐熱性及び機械的強度を有するスーパーエンジニアリングプラスチックが用いられる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011-111091号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、摺動部材やギア部材などといった特に過酷な動作環境で用いられる部品では、PEEK成形体においても安定して充分な性能が得られにくい。したがって、PEEK成形体を産業機械分野において更に広く利用可能とするために、PEEK成形体には更なる性能の向上が望まれる。
【0005】
以上のような事情に鑑み、本発明は、PEEK成形体の更なる性能の向上を実現可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係るPEEK成形体は、本体部と、表層部と、を具備する。
上記本体部は、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが、第1発熱ピークと、上記第1発熱ピークよりも高温側にある第2発熱ピークと、の2つである。
上記表層部は、上記本体部を覆い、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが、上記第1発熱ピークよりも高温側にある第3発熱ピークのみである。
【0007】
このPEEK成形体では、表面を構成する表層部において、表層部の内側の本体部よりも、分子量が低いPEEKの量が減少させられている。これにより、このPEEK成形体では、表層部において高い機械的強度が得られるため、摩耗の進行及び欠けの発生を抑制することができる。
この一方で、このPEEK成形体では、分子量が低いPEEKが残された本体部において衝撃吸収性が維持されるため、表層部に加わる衝撃が本体部に吸収される。これにより、このPEEK成形体では、表層部に局所的に大きい応力が加わりにくくなるため、損傷の発生を更に抑制することができる。
【0008】
上記表層部の厚みが50μm以上であってもよい。
上記PEEK成形体は、摺動部材として構成されてもよい。
上記PEEK成形体は、ギア部材として構成されてもよい。
【0009】
本発明の一形態に係るPEEK成形体の製造方法は、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが2つである成形体を作製する工程と、上記成形体の表面に電子線を照射する工程と、を含む。
この構成では、電子線の照射によって、表面を構成する表層部において平均分子量が低いPEEKの量を減少させることができる。
【0010】
上記電子線を照射する工程では、DSC曲線に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークが1つのみである表層部を形成してもよい。
上記電子線を照射する工程では、上記成形体を加熱してもよい。
【発明の効果】
【0011】
以上のように、本発明では、PEEK成形体の更なる性能の向上を実現可能な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係るPEEK成形体の製造方法を示すフローチャートである。
図2】上記PEEK成形体をギア部材として構成した例を示す平面図である。
図3】実施例及び比較例に係るPEEK成形体の表層部のDSC曲線を示すグラフである。
図4】実施例及び比較例に係るPEEK成形体の表層部のDDSC曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[PEEK成形体の説明]
本発明は、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の成形体であるPEEK成形体に関する。本発明では、PEEK成形体を構成するPEEKの分子量をコントロールすることで、PEEK成形体の性能の向上を図る。本発明の一実施形態では、PEEKの平均分子量を示差走査熱量測定(DSC)によって把握する。
【0014】
具体的に、350℃以上の溶融状態からの降温過程のDSC曲線において、250~300℃の温度域に表れるPEEKの結晶化を示す発熱ピークを検出する。これにより、発熱ピークが表れる結晶化温度が高いPEEKほど平均分子量が大きく、発熱ピークが表れる結晶化温度が低いPEEKほど平均分子量が小さいことがわかる。
【0015】
図1は、本実施形態に係るPEEK成形体の製造方法を示すフローチャートである。まず、本実施形態に係るステップS01では、原料PEEKを用意する。ステップS01で用意する原料PEEKは、DSC曲線においてPEEKの結晶化を示す発熱ピークが2つ表れるPEEKである。
【0016】
本実施形態では、このような原料PEEKを、平均分子量が相対的に大きいPEEK及び平均分子量が相対的に小さいPEEKの2種類のPEEKの混合物とみなす。原料PEEKとしては、2種類のPEEKを混合して生成してもよく、予め混合物として構成された市販品を用いてもよい。
【0017】
次に、ステップS02では、ステップS01で用意した原料PEEKを成形する。原料PEEKの成形には、例えば、射出成形や押出成形などの公知の成形方法を利用可能である。これにより、ステップS02では、原料PEEKと同様に、2種類のPEEKの混合物からなる成形体が得られる。
【0018】
つまり、ステップS02で得られる原料PEEKの成形体のDSC曲線では、PEEKの結晶化を示す2つの発熱ピークである低温側の第1発熱ピークと高温側の第2発熱ピークとが表れる。なお、DSC曲線に表れる2つの発熱ピークの位置及び形状は、原料PEEKの成形前後において相互に異なっていてもよい。
【0019】
そして、ステップS03では、ステップS02で得られた原料PEEKの成形体の表面に電子線を照射する。これにより、原料PEEKの成形体では、表面に入射する電子線によって低分子量のPEEK分子の架橋が選択的に促進され、分子量の小さいPEEKの量が減少させられた表層部が形成される。
【0020】
ステップS03における電子線の照射条件は、適宜決定可能である。例えば、電子線の照射線量は、上記のような架橋の促進効果が得られやすくなるように50kGy以上とすることが好ましい。また、電子線の照射線量は、PEEKの分子鎖の分解の進行を防ぐために200kGy以下に留めることが好ましい。
【0021】
ステップS03により、電子線の照射の影響を受けない本体部と、電子線の照射によって分子量の小さいPEEKの量が減少させられた表層部と、を有する本実施形態に係るPEEK成形体が得られる。本実施形態に係るPEEK成形体の本体部及び表層部のDSC曲線では、相互に異なる発熱ピークが表れる。
【0022】
具体的に、本体部のDSC曲線では、電子線の照射前の原料PEEKの成形体と同様に、PEEKの結晶化を示す第1発熱ピーク及び第2発熱ピークが表れる。これに対し、表層部では、電子線の照射によって第1発熱ピークに対応する分子量の小さいPEEKが減少した分だけ、DSC曲線に表れる第1発熱ピークが低くなる。
【0023】
PEEK成形体では、電子線の照射による効果をより有効に得るために、表層部のDSC曲線において第1発熱ピークが消滅しているものとみなせる程度に低くなっていることが好ましい。つまり、表層部のDSC曲線では、第1発熱ピークよりも高温側にある単一の第3発熱ピークのみが表れることが好ましい。
【0024】
ここで、本実施形態では、発熱ピークの有無を、DSC曲線を微分して得られるDDSC曲線に表れる傾きが降温過程において減少から増加に転じる下に凸のピークの有無によって判別するものとする。つまり、本実施形態では、DSC曲線の発熱ピークと、DDSC曲線の下に凸のピークと、が1体1対応するものとする。
【0025】
本実施形態に係るPEEK成形体では、表層部において、分子量の小さいPEEKの量を減少させることで、応力が集中しやすい表面近傍の機械的強度を高めることができる。これにより、本実施形態に係るPEEK成形体では、表層部で構成される表面近傍における摩耗の進行や欠けの発生を抑制することができる。
【0026】
また、本実施形態に係るPEEK成形体では、分子量の小さいPEEKが残る本体部における衝撃吸収性が維持されるため、表層部に加わる衝撃が良好に吸収される。これにより、本実施形態に係るPEEK成形体では、表層部に局所的に大きい応力が加わりにくくなるため、損傷の発生を更に効果的に抑制することができる。
【0027】
このように、本実施形態に係るPEEK成形体では、電子線を照射することで、原料PEEKに含まれる低分子量のPEEK由来の本体部の柔軟性を損なわずに、表層部のみの機械的強度を高めることができる。これにより、本実施形態に係るPEEK成形体では、表層部と本体部との相乗作用による損傷の発生の抑制効果が得られる。
【0028】
本実施形態に係るPEEK成形体における表層部の厚みは、用途などに応じて適宜決定可能である。例えば、表層部による上記の作用をより確実に得る観点から、表層部の厚みを50μm以上とすることが好ましい。この一方で、本体部による衝撃吸収性をより有効に得る観点から、表層部の厚みを700μm以下に留めることが好ましい。
【0029】
PEEK成形体における表層部の厚みは、電子線の照射条件を変化させることによって様々にコントロール可能である。但し、表層部の厚みを大きくするためには大掛かりな設備が必要となるため、大掛かりな設備を用いずに製造コストを低く抑える観点からも、表層部の厚みを700μm以下に留めることが好ましい。
【0030】
また、本実施形態のステップS03では、原料PEEKの成形体を加熱しながら電子線を照射することが好ましい。これにより、本実施形態に係るPEEK成形体では、表層部による機械的強度を向上させる作用が更に得られやすくなり、例えば、破壊特性をより一層向上させることができる。
【0031】
本実施形態に係るPEEK成形体は、表面に応力が集中しやすい部品への応用に特に適している。このような部品としては、例えば、シールリングやスラストワッシャーなどの摺動部材が挙げられる。摺動部材として構成されたPEEK成形体では、損傷の発生の抑制に加え、摩擦損失の低減も図ることができる。
【0032】
更に、本実施形態に係るPEEK成形体は、例えば、図2に示すようなギア部材への応用にも特に適している。ギア部材では、外周に沿って連設された複数の歯Tの歯元部に応力が集中しやすいが、本実施形態に係るPEEK成形体として構成することで歯Tの欠けの発生を効果的に抑制することができる。
【0033】
[実施例及び比較例]
(概略説明)
上記実施形態の実施例及び比較例について説明する。実施例1~6及び比較例では、PEEK成形体のサンプルを作製し、各サンプルについて評価を行った。実施例1~6及び比較例ではいずれも、原料PEEKとしてダイセル・エボニック製の「ベスタキープ(登録商標) 4000G」を用いた。
【0034】
実施例1~6では、原料PEEKを成形して得た成形体に対して、異なる照射条件で電子線を照射した。電子線の照射には、岩崎電気製の「EC300/30/30mA」を用いた。なお、実施例1~6ではいずれも、加速電圧を290kVとし、ビーム電流を6.3mAとし、搬送速度を8m/minとした。
【0035】
また、比較例では、上記実施例1~6とは異なり、原料PEEKの成形体に対して電子線を照射しなかった。つまり、電子線を照射する前の原料PEEKの成形体を比較例に係るサンプルとした。なお、実施例1~6及び比較例に係るサンプルではいずれも、電子線の照射に関わる構成以外を共通とした。
【0036】
(実施例1~3)
実施例1~3では、電子線の照射条件として、サンプル温度を一定とし、電子線の照射線量を相互に変化させた。具体的に、実施例1では照射線量を50kGyとし、実施例2では照射線量を100kGyとし、実施例3では照射線量を200kGyとした。また、実施例1~3ではいずれも、サンプル温度を室温とした。
【0037】
まず、実施例1~3及び比較例に係るサンプルについて、表面近傍から採取した試験片の示差走査熱量測定(DSC)を行った。DSCには、NETZSCH製の「DSC3500」を用いた。各サンプルのDSCではそれぞれ、2回の昇温降温過程(1stラン、2ndラン)を連続して行った。
【0038】
より詳細に、各サンプルのDSCではそれぞれ、1stランの温度範囲を20℃~400℃とし、2ndランの温度範囲を20℃~500℃とた。また、各サンプルのDSCの1stラン及び2ndランではいずれも、昇温過程及び降温過程における速度を10℃/minとした。
【0039】
まず、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、2ndランの昇温過程のDSC曲線に表れる発熱ピークから融解開始点及び融解エネルギを求めた。その結果として、表1には、実施例1~3について、比較例に対する融解開始点(℃)及び融解エネルギ(J/G)の変化率(%)が示されている。
【0040】
表1に示されるように、実施例1~3ではいずれも、比較例よりも融解開始点が高く、かつ比較例よりも融解エネルギが低かった。この結果により、実施例1~3に係るサンプルではいずれも、表層部が形成されることで、比較例に係るサンプルよりもPEEKが高分子量化していることがわかる。
【0041】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、2ndランの降温過程のDSC曲線に表れる発熱ピークについて分析した。図3は、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルのDSC曲線を示すグラフである。また、図4は、図3に示す各DSC曲線を微分して得られる各サンプルのDDSC曲線を示すグラフである。
【0042】
図3を参照すると、比較例に係るサンプルでは、DSC曲線に表れる発熱ピークが、第1発熱ピークP1及び第2発熱ピークP2の2つであることがわかる。この一方で、実施例1~3に係るサンプルではいずれも、DSC曲線に表れる発熱ピークが、第1発熱ピークPよりも高温側にある第3発熱ピークのみであることがわかる。
【0043】
比較例に係るサンプルの第1発熱ピークP1及び第2発熱ピークP2の存在はそれぞれ、図4に示すDDSC曲線の下に凸の第1ピークP1'及び第2ピークP2'によって確認することができる。また、実施例1~3に係るサンプルの第3ピークP3の存在は、図4に示すDDSC曲線の下に凸の第3ピークP3'によって確認することができる。
【0044】
このDSCの結果によって、実施例1~3に係るサンプルでは、比較例に係るサンプルに対して分子量の小さいPEEKの量が減少している表層部が形成されていることがわかる。なお、実施例1~3に係るサンプルにおける本体部のDSC曲線は、図3に示す比較例に係るサンプルのDSC曲線と同様であった。
【0045】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、硬度の評価のために、表面のD硬度の測定を行った。D硬度の測定にはTECLOCK製の「GS-702G」を用いた。各サンプルのD硬度の測定ではいずれも、押し込み荷重を5kgfとし、その他の条件も共通とした。
【0046】
その結果として、表1には、実施例1~3について、比較例に対するD硬度の変化率(%)が示されている。表1に示されるように、実施例1~3のサンプルではいずれも、比較例に係るサンプルよりも表面のD硬度が高く、表層部の作用によって高い硬度が得られていることがわかる。
【0047】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、摩耗特性の評価のために、耐摩耗試験を行った。耐摩耗試験には、新東科学製の往復摺動型摩擦摩耗試験機「TRIBOGEAR TYPE-14」を用いた。耐摩耗試験では、各サンプルの形状を10mm×80mm×0.1mmの短冊状とした。
【0048】
また、各サンプルの耐摩耗試験ではいずれも、円錐形の圧子(サファイヤ製、内抱角90°、先端曲率半径0.05mm)を用い、荷重を150gfとし、摺動速度を300mm/minとし、移動距離を10mmとし、その他の条件も共通とした。各サンプルについて、100μm以上の摩耗の有無によって「OK」及び「NG」を判定した。
【0049】
表1には、実施例1~3及び比較例について、往復回数(10往復、20往復、30往復、40往復)ごとの結果が示されている。表1に示されるように、実施例1~3に係るサンプルではいずれも、40往復まで良好な結果が得られ、40往復において「NG」であった比較例に係るサンプルよりも高い耐摩耗性が得られた。
【0050】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、破壊特性の評価のために、引張試験を行った。引張試験には、島津製作所製の「AGX」を用いた。引張試験では、各サンプルを、JIS K7139(2009)に準拠したA12型のダンベル形状とした。各サンプルの引張試験ではいずれも、引張速度を10mm/minとし、その他の条件も共通とした。
【0051】
その結果として、表1には、実施例1~3について、比較例に対する破断強度の変化率(%)が示されている。表1に示されるように、実施例1~3のサンプルではいずれも、比較例に係るサンプルよりも破断強度が高く、表層部の作用によって高い破断強度が得られていることがわかる。
【0052】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、破壊特性の評価のために、引裂き試験を行った。引裂き試験には、島津製作所製の「AGX」を用いた。引裂き試験では、各サンプルを10mm×80mm×0.1mmの短冊状(1mmノッチ有り)とした。各サンプルの引裂き試験ではいずれも、引張速度を10mm/minとして、その他の条件も共通とした。
【0053】
その結果として、表1には、実施例1~3について、比較例に対する引裂きストロークの変化率(%)が示されている。表1に示されるように、実施例1~3のサンプルではいずれも、比較例に係るサンプルよりも引裂きストロークが大きく、表層部の作用によって大きい引裂きストロークが得られていることがわかる。
【0054】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、摺動部材としての摩擦特性の評価のために、摩擦試験を行った。摩擦試験には、新東科学製の往復摺動型摩擦摩耗試験機「TRIBOGEAR TYPE-14」を用いた。摩擦試験では、各サンプルの形状を10mm×80mm×0.1mmの短冊状とした。
【0055】
また、各サンプルの摩擦試験ではいずれも、球形の圧子(SUS製、φ4mm)を用い、荷重を100gfとし、摺動速度を600mm/minとし、移動距離を20mmとし、その他の条件も共通とした。また、各サンプルにおける圧子を摺動させる摺動面の潤滑のために、グリス(スミテックF931)を用いた。
【0056】
その結果として、表1には、実施例1~3について、比較例に対する動摩擦係数の変化率(%)が示されている。表1に示されるように、実施例1~3のサンプルではいずれも、比較例に係るサンプルよりも動摩擦係数が低く、表層部の作用によって摺動部材としての高い摺動特性が得られていることがわかる。
【0057】
次に、実施例1~3及び比較例に係る各サンプルについて、ギア部材としての疲労特性を評価するために、歯車疲労試験を行った。歯車疲労試験では、各サンプルの形状をギア形状とした。各サンプルの歯車疲労試験では、相手材としてギア部材(S45C製)を用い、相手材と噛み合った状態で回転駆動させた。
【0058】
また、各サンプルの歯車疲労試験ではいずれも、回転速度を2000rpmとし、トルクを6N・mとし、その他の条件も共通とした。回転駆動時の各サンプルと相手材との間の潤滑状態は、ドライとした。各サンプルについて、20万回回転させた後の歯の欠けの有無によって「OK」及び「NG」を判定した。
【0059】
表1には、実施例1~3及び比較例について、歯車疲労試験の結果が示されている。表1に示されるように、実施例1~3に係るサンプルではいずれも歯の欠けが発生しなかったのに対し、比較例に係るサンプルでは歯の欠けが発生した。これにより、実施例1~3では、ギア部材としての高い疲労特性が得られることがわかる。
【0060】
【表1】
【0061】
(実施例4~6)
実施例4~6では、電子線の照射条件として、電子線の照射線量を実施例2と同様とし、サンプル温度を実施例2から変化させた。具体的に、実施例4では温度を200℃とし、実施例5では温度を250℃とし、実施例6では温度を300℃とした。また、実施例4~6では、実施例2と同様に、照射線量を100kGyとした。
【0062】
つまり、実施例4~6では、サンプル温度が室温である実施例2と、サンプルを加熱している点で電子線の照射条件が異なる。実施例4~6に係る各サンプルについて、破壊特性の評価のために、引張試験を行った。引張試験の条件は、上記の実施例1~3及び比較例と同様とした。
【0063】
その結果として、表2には、実施例2,4~6について、比較例に対する破断強度の変化率(%)が示されている。表2に示されるように、サンプルを加熱しながら電子線を照射した実施例4~6のサンプルではいずれも、実施例2に係るサンプルよりも高い破断強度が得られていることがわかる。
【0064】
【表2】
図1
図2
図3
図4