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特開2022-78843地熱貯留層の複合刺激方法、及び坑井内のスケール除去方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022078843
(43)【公開日】2022-05-25
(54)【発明の名称】地熱貯留層の複合刺激方法、及び坑井内のスケール除去方法
(51)【国際特許分類】
   C02F 5/00 20060101AFI20220518BHJP
   E21B 37/00 20060101ALI20220518BHJP
   E21B 43/00 20060101ALI20220518BHJP
   C02F 5/12 20060101ALI20220518BHJP
【FI】
C02F5/00 610F
E21B37/00
E21B43/00
C02F5/12
C02F5/00 620A
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020189791
(22)【出願日】2020-11-13
(71)【出願人】
【識別番号】591090736
【氏名又は名称】石油資源開発株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【弁理士】
【氏名又は名称】宮本 龍
(72)【発明者】
【氏名】玉川 哲也
(72)【発明者】
【氏名】赤工 浩平
(72)【発明者】
【氏名】熊野 裕介
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 則昭
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 香於里
(57)【要約】
【課題】地熱貯留層を刺激して、地熱貯留層の浸透性を向上させる地熱貯留層の複合刺激方法と、地熱貯留層に設ける坑井内のスケール除去方法を得ることを目的する。
【解決手段】本発明の地熱貯留層の複合刺激方法は、坑井から地熱貯留層に水を圧入する工程と、前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程と、を有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
坑井から地熱貯留層に水を圧入する工程と、
前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程と、を有する地熱貯留層の複合刺激方法。
【請求項2】
前記キレート剤がGLDA、GLDAの塩、HEDTA、及びHEDTAの塩からなる群より選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
【請求項3】
前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程において、前記坑井の内壁に付着するスケールが除去されることを特徴とする請求項2に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
【請求項4】
地熱発電施設で用いる生産井又は還元井を構成する坑井の内部を、GLDA、GLDAの塩、HEDTA、及びHEDTAの塩からなる群より選択される1種以上を含有するキレート剤で満たして、前記坑井の内壁に付着するスケールを除去する工程を有することを特徴とする、坑井内のスケール除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地熱貯留層の複合刺激方法、及び坑井内のスケール除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地熱発電では、地熱貯留層から高温・高圧の地熱流体(水蒸気、熱水)を取り出して発電を行う。地熱貯留層とは、マグマだまりの近くで加熱された雨水等に由来する水分が、透水性の低い地層(キャップロック)によって高温・高圧の地熱流体の状態で貯留されている層である。
地熱発電では、地熱貯留層に到達する生産井から取り出した地熱流体を発電に用いた後、還元井を通して地中に戻す。このような生産井又は還元井が設けられる地熱貯留層では、地熱流体を取り出しやすくするための浸透性が求められるが、生産井又は還元井を構成する坑井掘削時に浸透性の高い層を掘り当てることは容易ではない。
【0003】
地層の浸透性は従来の油井においても求められており、油井では、地層の浸透性を向上させるために、酸性溶液で地層を刺激する方法が採用されている。
例えば、特許文献2では、キレート剤であるGLDAと、塩酸、臭化水素酸、フッ酸、ヨウ化水素酸、硫酸、リン酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、マレイン酸、ホウ酸、及び硫化水素から選択される1種以上の酸とを含有するpHが3未満の酸性水溶液を油井を設ける炭酸塩地層の溶解剤として用いて、地層の浸透性を向上させる方法が開示されている。
油井で使用されるキレート剤には、非特許文献1で示される、EDTA、NTA、HEDTA、及びGLDA等が挙げられる。
【0004】
また、地熱流体には、地中の様々な成分が含まれており、地熱流体を取り出す生産井を構成する坑井の内壁にカルシウム等のスケールが付着しやすい。そこで、キレート剤で坑井の内壁のスケールを除去する方法が検討されている(特許文献1)。
スケールの付着によって還元能力が落ちた還元井では、低温熱水(60℃)を導入することで、その注水指数を向上させることが検討されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5228452号公報
【特許文献2】特許第5462804号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Thermal Stability of Oilfield Aminopolycarboxylic Acids/Salts (K. Sokhanvarian, et al, Society of Petroleum Engineers, 2016)
【非特許文献2】還元能力に及ぼす還元熱水の温度の影響について(日本地熱学会誌 第19巻 第4号(1997)、197~208頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
地熱発電で用いる坑井を設ける地熱貯留層では、生産井から取り出した地熱流体を発電に使用した後、還元井を用いて地中に戻して循環させるため、環境に最大限の配慮が必要である。即ち、地熱貯留層を刺激するにあたって油井で用いるような酸性水溶液は用いることが出来ない。
【0008】
また、非特許文献1で示されるように、EDTA、NTA、HEDTA、及びGLDA等のキレート剤は、高温下ではその濃度が低下する。具体的には、華氏400度(摂氏約200度)の条件下において、4時間で濃度100%のキレート剤が40%~60%となることが示されている。非特許文献1で示されるキレート剤は、華氏350度(摂氏約180度)の条件下であっても、8時間で濃度100%のキレート剤が60%となる(非特許文献、図3参照)。
地熱発電を行う地熱貯留層の温度は、油井の地層の温度より高く、これらのキレート剤のみを用いて地層を刺激することが困難であった。
【0009】
特許文献1では、ニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸から選択されるキレート剤が示されているが、これらは坑井の内壁に付着したスケールの除去にのみ用いられており、地熱貯留層の浸透性を向上させることについては検討されていない。
また、非特許文献2では、坑井内に低温熱水(60℃)を導入することで一時的に注水指数を向上させることを示唆しているが、同時に高温熱水(159℃)を導入すると注水指数が低下することも開示しており、その効果は一時的なものであった。
【0010】
本発明は上記事情を鑑みて、地熱貯留層を刺激して地熱貯留層の浸透性を向上させる地熱貯留層の複合刺激方法と、地熱貯留層に設ける坑井内のスケール除去方法を得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下のいずれかの態様を有することを特徴とする。
[1]
坑井から地熱貯留層に水を圧入する工程と、
前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程と、を有する地熱貯留層の複合刺激方法。
[2]
前記キレート剤がGLDA、GLDAの塩、HEDTA、及びHEDTAの塩からなる群より選択される1種以上を含有する[1]に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
[3]
前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程において、前記坑井の内壁に付着するスケールが除去される[2]に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
[4]
地熱発電施設で用いる生産井又は還元井を構成する坑井の内部を、GLDA、GLDAの塩、HEDTA、及びHEDTAの塩からなる群より選択される1種以上を含有するキレート剤で満たして、前記坑井の内壁に付着するスケールを除去する工程を有することを特徴とする、坑井内のスケール除去方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、坑井から地熱貯留層に水を圧入して行う前記水による前記地熱貯留層の刺激と、続けて行う前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入して行う前記キレート剤による前記地熱貯留層の刺激と、を有する地熱貯留層の複合刺激方法を提供して、前記地熱貯留層の浸透性を向上させることができ、かつ坑井の内壁に付着するスケールを除去することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】地熱貯留層の複合刺激方法の一実施形態を示す概略図である。(a)は地熱貯留層に設けられた坑井の概略図を示し、(b)は地熱貯留層に設けられた坑井から地熱貯留層に水を圧入する工程の概略図を示し、(c)は地熱貯留層に設けられた坑井から地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程の概略図を示している。
図2】地熱貯留層の複合刺激に関する試験を実験室で行うための試験装置の概略断面図である。
図3】実施例1で得たキレート剤の差圧の経時変化を示すグラフである。
図4】実施例1で得た排液中の元素濃度の経時変化を示すグラフである。
図5】実施例1で用いた花崗岩のサンプルの試験前と試験後の状態を比較するX線CT画像である。(a)は試験前のX線CT画像であり、(b)は試験後のX線CT画像である。
図6】実施例2で得たキレート剤の差圧の経時変化を示すグラフである。
図7】実施例2で得た排液中の元素濃度の経時変化を示すグラフである。
図8】実施例2で用いた花崗岩のサンプルの試験前と試験後の状態を比較するX線CT画像である。(a)は試験前のX線CT画像であり、(b)は試験後のX線CT画像である。
図9】比較例1で得た硝酸水溶液の差圧の経時変化を示すグラフである。
図10】比較例1で得た排液中の元素濃度の経時変化を示すグラフである。
図11】比較例1で用いた花崗岩のサンプルの試験前と試験後の状態を比較するX線CT画像である。(a)は試験前のX線CT画像であり、(b)は試験後のX線CT画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の地熱貯留層の複合刺激方法の実施形態について説明する。
なお、以下に示す各実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、以下の説明で用いる図面は、本実施形態の特徴をわかりやすくするために、要部となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0015】
本実施形態の地熱貯留層の複合刺激方法は、地熱貯留層100に坑井10から水Wを圧入する工程と、前記地熱貯留層100に前記坑井10からキレート剤Cを圧入する工程とを有する。
【0016】
[坑井]
図1(a)は、本実施形態の地熱発電施設で用いる坑井10を示している。坑井10は地熱発電施設の生産井であっても還元井であってもよい。
坑井10は、地熱貯留層100に到達するまで掘削された孔に埋め込まれた鋼管11を有している。
地熱貯留層100とは、マグマだまり200の近くで加熱された雨水等に由来する水分が、高温・高圧の地熱流体の状態で貯留されている層である。
鋼管11の下部先端側の管壁には地熱貯留層100に接する排出口12が設けられている。鋼管11の地上側の坑口13では流路を開閉可能な弁を有するバルブ16、17が設けられており、バルブ16から接続する管は図示外の地熱発電施設に接続しており、バルブ17はキレート剤Cを供給するタンク23及び水Wを供給するタンク22に接続している。
【0017】
[地熱貯留層の複合刺激方法]
次に、本実施形態の地熱貯留層の複合刺激方法について説明を行う。
(1)水による地熱貯留層の刺激
本実施形態の地熱貯留層の複合刺激方法では、先ず、坑口13のバルブ16、17を閉じて、坑口13を密閉状態とする。
次に、図1(b)で示すように、バルブ17を解放し、ポンプ21を用いてタンク22から水Wを坑井10内に供給し、坑井10内が水Wで満たされた状態とする。
坑井10内を水Wで満たした後、更にポンプ21で圧をかけて坑井10内に水Wを供給し、坑井10の排出口12を通じて、地熱貯留層100に水Wを圧入する。
【0018】
このとき、ポンプ21による水圧は、貯留層の浸透性と圧入量によって大きく変化し、自然流下状態(大気圧)から100MPaを超える圧力となる場合がある。必要となる水圧と圧入量に応じた馬力のポンプを用意する。
水Wとしては常温の水を用いればよく、ここで常温とは特に限定されないが5~35℃程度の温度である。
【0019】
地熱貯留層100は、温度150~350程度の亀裂を有する岩層又は地層であり、これに常温の水を圧入すると岩層又は地層が冷えて収縮し、き裂101が開き、隙間が増える。
地熱貯留層100への水Wの圧入は、十分な温度低下が得られるまで、また、刺激したい領域にもよるが、数十kl~数万klの圧入が想定される。具体的な圧入量は、貯留層条件を数値的に反映したシミュレーションによって決定される。
【0020】
(2)キレート剤による地熱貯留層の刺激
次に、ポンプ21を用いてタンク23からキレート剤Cを坑井10内に供給し、坑井10内がキレート剤Cで満たされた状態とする。このとき、キレート剤Cを坑井10内に供給することで、坑井10内の水Wを排出口12を通じて地熱貯留層100に圧入させて、坑井10内をキレート剤Cに置き換える。
坑井10内をキレート剤Cで満たした後、更にポンプ21で圧をかけて坑井10内にキレート剤Cを供給し、排出口12を通じて、地熱貯留層100にキレート剤Cを圧入する。
【0021】
キレート剤Cを圧入する際の、ポンプ21による水圧は、貯留層の浸透性と圧入量によって大きく変化し、自然流下状態(大気圧)から100MPaを超える圧力となる場合がある。必要となる水圧と圧入量に応じた馬力のポンプを用意する。
キレート剤Cとしてはグルタミン酸N,N-二酢酸(GLDA)、GLDAの塩、N-(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミン-N,N‘,N‘-三酢酸(HEDTA)、及びHEDTAの塩から選択される1種以上を用いることが出来る。
キレート剤Cとして、GLDA又はその塩、HEDTA又はその塩から選択される1種を水に添加したものを用いてもよく、その濃度は10~30wt%であることが好ましく、より好ましくは約20wt%である。
キレート剤Cの温度は特に限定されないが、水と同じく常温のキレート剤Cを用いるとよい。
キレート剤には硝酸等の酸を添加してもよいが、環境への影響を考慮してそのpHは4.0~6.0の範囲であることが好ましい。
地熱貯留層100へのキレート剤Cの圧入は、鉱物量と刺激したい領域に依存し、数kl~数千klの圧入が想定される。具体的な圧入量は、貯留層条件を数値的に反映したシミュレーションによって決定される。
【0022】
水による刺激で岩層又は地層のき裂101が開いている地熱貯留層100にキレート剤Cを圧入すると、岩層又は地層における炭酸塩鉱物脈を溶解してワームホール(Wormhole)等の空隙102を形成するだけでなく、岩層又は地層における有色鉱物(黒雲母、角閃石)等を溶解して空隙102を形成することが可能になる。
水による刺激だけでは、一時的に岩層又は地層のき裂101が開いても、温度が元に戻れば岩層又は地層が膨張してき裂101が閉じるため、地熱貯留層100の浸透性を恒常的に向上させることが困難である。
しかし、水による刺激の後に続けて、キレート剤Cを圧入し、キレート剤Cで地熱貯留層100を刺激すると、き裂101内の炭酸塩鉱物脈や有色鉱物が溶解されるため、温度が元に戻っても地熱貯留層100の浸透性を維持することができる。
なお、キレート剤Cに用いるGLDA、GLDAの塩、HEDTA、HEDTAの塩は高温下でその反応性が低下する傾向があり、且つ高価であるため、キレート剤Cによって地熱貯留層100を刺激する前に、水で地熱貯留層100を刺激することが重要である。
【0023】
(3)キレート剤の回収
キレート剤Cは、キレート剤Cによる地熱貯留層100の刺激後、バルブ17を経由して速やかに回収するとよい。
本実施形態の地熱貯留層の複合刺激方法で用いるキレート剤CであるGLDA又はその塩はグルタミン酸の一種であり、洗浄剤あるいは洗浄添加剤として利用される生分解性キレート剤であり、HEDTA又はその塩は、殺菌防腐剤として化粧品等に用いるものであり、何れも環境への負荷が低いキレート剤である。
これらのキレート剤Cを刺激後、速やかに回収することで、環境への負荷を限りなく低くすることが出来る。
【0024】
(4)地熱発電
キレート剤Cの回収後、バルブ17を閉じて、図示外の地熱発電施設に接続しているバルブ16を適宜解放して、地熱貯留層100からの地熱流体による地熱発電を行うことが出来る。
本発明の地熱貯留層の複合刺激方法で刺激された地熱貯留層100には、ワームホールなどの空隙102が形成されているため、地熱流体の浸透性がよく、効率よく地熱発電を行うことが出来る。
【0025】
地熱流体には地中の様々な鉱物成分が含まれており、地熱発電を継続的に行うと、地熱貯留層100内これらの鉱物が析出、付着して貯留層の浸透性が低下することがある。
しかし、本発明の地熱貯留層の複合刺激方法は、そのような貯留層の浸透性が低下した地熱貯留層100にも適用することができ、地熱貯留層100における貯留層の浸透性を向上させることが出来る。
【0026】
(5)坑井内のスケール除去
前述の通り、地熱流体には地中の様々な鉱物成分が含まれており、地熱流体を取り出す坑井10の内壁にカルシウムなどのスケールが付着しやすい。
しかし、本発明の地熱貯留層の複合刺激方法によれば、キレート剤による地熱貯留層の刺激の工程で、坑井10内をキレート剤Cで満たした状態とする際に、坑井10の内壁のスケールを除去することが出来る。
坑井10の内壁のスケールの除去は、キレート剤Cを一定時間坑井10内に滞留させてキレート剤とスケールとを反応させることで行ってもよく、キレート剤Cを坑井10を介して地熱貯留層100に圧入しながら行ってもよい。
【実施例0027】
以下、実験室における試験により、本発明の方法によれば地熱貯留層を複合刺激することで、地熱貯留層の浸透性を向上させることが出来ることを模式的に示す。
【0028】
(実施例1)
図2で示す試験装置300を用いて、試験を行った。
試験装置としては、圧力容器310と、圧力容器310を覆うマントルヒーター311と、圧力容器310内の圧力を調整する圧力維持用ポンプ318とを有する試験装置300を用意した。
次に、圧力容器310の中央に花崗岩のサンプル320(直径25mm、長さ25mm)を配置し、その周囲をフッ素ゴムのスリーブ321で覆った。また、圧力容器310内は封圧用のシリコーンオイル313で満たした。
花崗岩のサンプル320は予め電気炉で加熱し(570℃、120min)、サンプル320内にき裂を形成したものを用いた。
次に、圧力容器310内の温度を200℃、封圧を15MPaとして、注入ポンプ314を用いて、常温(20~30℃)の水を、上流側の圧力計315及び下流側の圧力計316で測定される、上流側と下流側の圧力差が安定するまで流通させた後(流量:1mL/min、背圧:5MPa)、常温のGLDA水溶液を2時間流通させた(流量:1mL/min、背圧:5MPa)。流量は注入ポンプ314にて調整し、背圧は圧力調整器312にて調整した。圧力容器310の内部の温度は温度計317を用いて測定した。
圧力容器内に常温の水を流通させることで、花崗岩のサンプル320に形成したき裂が開き、その後常温のGLDA水溶液を流通させることで、き裂内にGLDA水溶液が浸透して花崗岩のサンプル320内の浸透性が向上することが確認された。
GLDA水溶液としては、GLDA―Na水溶液(濃度40wt%)、水、及び硝酸を混合して調整したpH4.0の20wt%GLDA-Na水溶液を用いた。
【0029】
図3に、実施例1の試験における花崗岩のサンプル320の上流側の圧力計315で測定した流体の圧力と、下流側の圧力計316で測定した流体の圧力との差の変化を示した。
図3によれば、先ず圧力容器310内に水を流通させることで、岩石を水で飽和し初期状態としている。このとき、花崗岩のサンプル320に形成したき裂が開く。
次に、圧力容器310内がGLDA水溶液で置換された後、GLDA水溶液を流通させると、花崗岩のサンプル320の上流側と下流側の流体圧力の差が小さくなっており、花崗岩のサンプル320内の浸透性が約1.7倍向上していることが示された。
【0030】
図4に、実施例1の試験において圧力容器310内から回収される排液の成分をICP-OES(Agilent Technologies社製)を用いて分析した結果を示す。
図4では、GLDA水溶液を圧力容器310内に流通させた初期において、排液中のFe、Ca、Al、Mgの濃度が増加し、その後一定値になることが示されている。また、図4では、K及びSiの濃度が徐々に増加した後一定になることも示されている。これら6つの元素の濃度変化は、カリ長石(KAlSi)、斜長石(NaAlSi-CaAlSi)、黒雲母(K(Mg,Fe)AlSi10(OH,F))、及び角閃石(Ca(Mg,Fe)Al(AlSi22)(OH))のうちの複数の鉱物の溶解挙動を反映したものであるが、最も顕著に変化したFeの濃度変化は黒雲母と角閃石(角閃石の含有量は小さいため、主に黒雲母)の溶解挙動を反映したものである。
また、図4では、排液中のK及びSiの濃度が徐々に増加した後一定になることが示されており、これは長石類の溶解挙動を示すものである。
従って、実施例1の花崗岩のサンプル320においては、主に黒雲母が溶解していることが示された。
【0031】
図5では、実施例1の試験前の花崗岩のサンプル320の断面のX線CT画像(マイクロフォーカスX線CT装置(コムスキャンテクノ株式会社製)を用いて撮影)(図5(a))と、試験後の花崗岩のサンプル320の断面のX線CT画像(図5(b))とを比較した。
図5によれば、実施例1の試験によって、花崗岩のサンプル320内の角閃石410と黒雲母411とが溶解して、空隙(黒い部分)が形成されていることが確認された。
【0032】
(実施例2)
GLDA水溶液をHEDTA水溶液に代えて、実施例1と同様の試験を行った。HEDTA水溶液としては、HEDTA―Na二水和物、水、及び硝酸を混合して調整したpH4.0の20wt%HEDTA―Na水溶液を用いた。
【0033】
図6に、実施例2の試験における花崗岩のサンプル320の上流側の圧力計315で測定した流体の圧力と、下流側の圧力計316で測定した流体の圧力との差の変化を示した。
図6によれば、先ず圧力容器310内に水を流通させることで、岩石を水で飽和し初期状態としている。このとき、花崗岩のサンプル320に形成したき裂が開く。
次に、圧力容器310内がHEDTA水溶液で置換された後、HEDTA水溶液を流通させると、花崗岩のサンプル320の上流側と下流側の流体圧力の差が小さくなっており、花崗岩のサンプル320内の浸透性が約1.5倍向上していることが示された。
【0034】
図7に、実施例2の試験において圧力容器310内から回収される排液の成分をICP-OESを用いて分析した結果を示す。
図7では、HEDTA水溶液を圧力容器310内に流通させた初期において、排液中のFe、Ca、Al、Mgの濃度が増加し、その後一定値になることが示されている。また、図4では、K及びSiの濃度が徐々に増加した後一定になることも示されている。これら6つの元素の濃度変化は、カリ長石(KAlSi)、斜長石(NaAlSi-CaAlSi)、黒雲母(K(Mg,Fe)AlSi10(OH,F))、及び角閃石(Ca(Mg,Fe)Al(AlSi22)(OH))のうちの複数の鉱物の溶解挙動を反映したものであるが、最も顕著に変化したFeの濃度変化は黒雲母と角閃石(角閃石の含有量は小さいため、主に黒雲母)の溶解挙動を反映したものである。
【0035】
図8では、実施例2の試験前の花崗岩のサンプル320の断面のX線CT画像(マイクロフォーカスX線CT装置を用いて撮影)(図8(a))と、試験後の花崗岩のサンプル320の断面のX線CT画像(図8(b))とを比較した。
図8によれば、実施例1の試験によって、花崗岩のサンプル320内の黒雲母411が溶解して、空隙(黒い部分)が形成されていることが確認された。
【0036】
(比較例1)
GLDA水溶液を硝酸水溶液に代えて、実施例1と同様の試験を行った。硝酸水溶液としては、硝酸を用いてpH4.0に調整した水溶液を用いた。
【0037】
図9に、比較例1の試験における花崗岩のサンプル320の上流側の圧力計315で測定した流体の圧力と、下流側の圧力計316で測定した流体の圧力との差の変化を示した。
図9によれば、先ず圧力容器310内に水を流通させることで、岩石を水で飽和し初期状態としている。このとき、花崗岩のサンプル320に形成したき裂が開く。
次に、圧力容器310内が硝酸水溶液で置換された後、硝酸水溶液を流通させた。結果、花崗岩のサンプル320の上流側と下流側の流体圧力の差は、一旦減少したものの、最終的には初期値に戻り、浸透性がほぼ変化しないことが示された。
これは、硝酸水溶液によって生じる溶解にともなう空隙は、封圧下で維持されない程度の小さなものであるためと考えられる。
【0038】
図10に、比較例1の試験において圧力容器310内から回収される排液の成分をICP-OESを用いて分析した結果を示す。
図10では、硝酸水溶液を圧力容器310内に流通させた場合に、鉱物の溶解挙動を示す排液中の元素濃度の顕著な増加は生じず、硝酸水溶液では花崗岩のサンプル320内の鉱物の溶解は顕著に促進されないことが示された。
【0039】
図11では、比較例1の試験前の花崗岩のサンプル320の上端面のX線CT画像(マイクロフォーカスX線CT装置を用いて撮影)(図11(a))と、試験後の花崗岩のサンプル320の上端面のX線CT画像(図11(b))とを比較した。
図11によれば、比較例1の試験では顕著な鉱物の溶解が生じていないことが確認された。
【0040】
以上、実施例1及び2によれば、圧力容器310内を200℃と高温に設定しても、圧力容器310内に水を圧入した後、キレート剤を圧入することにより、花崗岩のサンプル320内の黒雲母等の有色鉱物を選択的に溶解して、空隙を形成できることが示された。
従って、本発明の方法によれば、地熱貯留層の浸透性を向上させることができる。
【符号の説明】
【0041】
100:地熱貯留層
101:き裂
102:空隙
200:マグマだまり
10: 坑井
11:鋼管
12:排出口
13:坑口
16、17:バルブ
21:ポンプ
22、23:タンク
300:試験装置
310:圧力容器
311:マントルヒーター
312:圧力調節器
313:シリコーンオイル
314:注入ポンプ
315、316:圧力計
317:温度計
318:圧力維持用ポンプ
319:プラグ
320:サンプル
321:スリーブ
410:角閃石
411:黒雲母
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の地熱貯留層の複合刺激方法によれば、地熱発電に用いる地熱貯留層の浸透性を、環境への負荷を最小限に留めながら、生産井、還元井の何れにおいても向上させることができる。また、本発明の地熱貯留層の複合刺激を行う過程で、地熱発電に用いる坑井の内壁に付着するスケールを除去することが可能となる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【手続補正書】
【提出日】2022-03-15
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
坑井から地熱貯留層に常温の水を圧入して、前記地熱貯留層の亀裂を有する岩層又は地層を冷やす第1の工程と、
前記第1の工程に続いて前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する第2の工程と、を有する地熱貯留層の複合刺激方法。
【請求項2】
前記キレート剤がGLDA、GLDAの塩、HEDTA、及びHEDTAの塩からなる群より選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
【請求項3】
前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程において、前記坑井の内壁に付着するスケールが除去されることを特徴とする請求項2に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0011
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0011】
本発明は以下のいずれかの態様を有することを特徴とする。
[1]
坑井から地熱貯留層に常温の水を圧入して、前記地熱貯留層の亀裂を有する岩層又は地層を冷やす第1の工程と、
前記第1の工程に続いて前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する第2の工程と、を有する地熱貯留層の複合刺激方法。
[2]
前記キレート剤がGLDA、GLDAの塩、HEDTA、及びHEDTAの塩からなる群より選択される1種以上を含有する[1]に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。
[3]
前記坑井から前記地熱貯留層にキレート剤を圧入する工程において、前記坑井の内壁に付着するスケールが除去される[2]に記載の地熱貯留層の複合刺激方法。