(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022079062
(43)【公開日】2022-05-26
(54)【発明の名称】動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法、動物細胞、外来遺伝子挿入用キット、ベクター、ガイドRNA、及びガイドRNA発現ベクター
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20220519BHJP
C12N 15/85 20060101ALI20220519BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220519BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/85 Z ZNA
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020190015
(22)【出願日】2020-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】石原 寿光
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA44
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】外来遺伝子の均一な発現を達成し得る、動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法、動物細胞、及び外来遺伝子挿入用キットを提供する。
【解決手段】動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法は、動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に外来遺伝子を挿入する工程を含む。動物細胞は、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域に、リコンビナーゼ認識配列が挿入されている。外来遺伝子挿入用キットは、前記動物細胞と、前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列を認識するリコンビナーゼと、前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列と同一のリコンビナーゼ認識配列を有するベクターと、を備える。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に外来遺伝子を挿入する工程を含む、動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法。
【請求項2】
前記Zxdb遺伝子の上流領域が、前記Zxdb遺伝子の転写開始点から1~50kbp上流の領域である、請求項1に記載の挿入方法。
【請求項3】
前記Zxdb遺伝子の上流領域が、前記Zxdb遺伝子の転写開始点から5~15kbp上流の領域である、請求項1又は2に記載の挿入方法。
【請求項4】
前記Zxdb遺伝子の上流領域が、前記Zxdb遺伝子の転写開始点から9~11kbp上流の領域である、請求項1~3のいずれ一項に記載の挿入方法。
【請求項5】
X染色体のZxdb遺伝子の上流領域に、リコンビナーゼ認識配列が挿入されている、動物細胞。
【請求項6】
前記リコンビナーゼ認識配列がFRT配列又はloxP配列である、請求項5に記載の動物細胞。
【請求項7】
ヒト又はマウス由来の細胞である、請求項5又は6に記載の動物細胞。
【請求項8】
請求項5~7のいずれか一項に記載の動物細胞と、
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列を認識するリコンビナーゼと、
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列と同一のリコンビナーゼ認識配列を有するベクターと、
を備える、外来遺伝子挿入用キット。
【請求項9】
外来遺伝子と、
前記外来遺伝子の上流及び下流に結合した、標的動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域と相同な配列を有する核酸と、
を含む、ベクター。
【請求項10】
前記外来遺伝子の上流に、配列番号1で表される配列と相同な配列を有する核酸が結合しており、且つ、前記外来遺伝子の下流に、配列番号2で表される配列と相同な配列を有する核酸が結合している、請求項9に記載のベクター。
【請求項11】
配列番号3で表される塩基配列からなる核酸を含む、ガイドRNA。
【請求項12】
配列番号4で表される塩基配列からなる核酸を含む、ガイドRNA発現ベクター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法、動物細胞、外来遺伝子挿入用キット、ベクター、ガイドRNA、及びガイドRNA発現ベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、未解明の遺伝子の細胞における機能を解析するために、当該遺伝子のcDNAや当該遺伝子に対するshRNAを染色体に組込み、発現されることが行われてきた。これら核酸の染色体への組込みをランダムに行うと、組込み位置によっては発現しない、或いは、発現が弱くなることがあり、さらに、既存の遺伝子を破壊する虞がある。
【0003】
これに対し、これまでセーフハーバー遺伝子座と呼ばれる染色体座が探索されている。セーフハーバー遺伝子座は、外来遺伝子を挿入しても有害でない位置で、且つ、均一で一定レベルの遺伝子発現が起こる部位である。マウス細胞で発見されたRosa26等のセーフハーバー遺伝子座は、外来遺伝子を挿入する標的位置として一般的に用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Beard C et al., “Efficient Method to Generate Single-Copy Transgenic Mice by Site-Specific Integration in Embryonic Stem Cells.”, Genesis, Vol. 44, pp. 23-28, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年、当該位置に入れた外来遺伝子の発現が均一に起こらない等の問題が指摘されている(例えば、参考文献1参照)。特に、テトラサイクリン依存性プロモーターにより発現させようとする外来遺伝子は、サイレンシングと呼ばれる現象が起きて、発現量が個々の細胞によってバラバラなモザイク状となり、均一な発現を達成できない。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、外来遺伝子の均一な発現を達成し得る、動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法を提供する。また、外来遺伝子の均一な発現を達成し得る動物細胞、外来遺伝子挿入用キット、ベクター、ガイドRNA、及びガイドRNA発現ベクターを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の転写開始点から10.6kbp程度上流の位置に外来遺伝子を挿入することで、当該外来遺伝子が均一に発現することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) 動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に外来遺伝子を挿入する工程を含む、動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法。
(2) 前記Zxdb遺伝子の上流領域が、前記Zxdb遺伝子の転写開始点から1~50kbp上流の領域である、(1)に記載の挿入方法。
(3) 前記Zxdb遺伝子の上流領域が、前記Zxdb遺伝子の転写開始点から5~15kbp上流の領域である、(1)又は(2)に記載の挿入方法。
(4) 前記Zxdb遺伝子の上流領域が、前記Zxdb遺伝子の転写開始点から9~11kbp上流の領域である、(1)~(3)のいずれ一つに記載の挿入方法。
(5) X染色体のZxdb遺伝子の上流領域に、リコンビナーゼ認識配列が挿入されている、動物細胞。
(6) 前記リコンビナーゼ認識配列がFRT配列又はloxP配列である、(5)に記載の動物細胞。
(7) ヒト又はマウス由来の細胞である、(5)又は(6)に記載の動物細胞。
(8) (5)~(7)のいずれか一つに記載の動物細胞と、
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列を認識するリコンビナーゼと、
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列と同一のリコンビナーゼ認識配列を有するベクターと、
を備える、外来遺伝子挿入用キット。
(9) 外来遺伝子と、
前記外来遺伝子の上流及び下流に結合した、標的動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域と相同な配列を有する核酸と、
を含む、ベクター。
(10) 前記外来遺伝子の上流に、配列番号1で表される配列と相同な配列を有する核酸が結合しており、且つ、前記外来遺伝子の下流に、配列番号2で表される配列と相同な配列を有する核酸が結合している、(9)に記載のベクター。
(11) 配列番号3で表される塩基配列からなる核酸を含む、ガイドRNA。
(12) 配列番号4で表される塩基配列からなる核酸を含む、ガイドRNA発現ベクター。
【発明の効果】
【0009】
上記態様の挿入方法、動物細胞、外来遺伝子挿入用キット、ベクター、ガイドRNA、及びガイドRNA発現ベクターによれば、外来遺伝子の均一な発現を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1におけるゼオシン耐性獲得用プラスミドの構成図である。
【
図2】実施例1におけるGFP発現プラスミドの構成図である。
【
図3】実施例1におけるゲノムウォーキング法により同定されたX染色体上の発現ユニットの挿入位置を示す図である。
【
図4】実施例2におけるGFP発現ユニットの染色体上の挿入位置が異なるMIN6細胞の明視野像(左)及び蛍光像(右)である。
【
図5】実施例3におけるDsRed2発現プラスミドの構成図である。
【
図6】実施例4におけるグルコキナーゼ発現プラスミドの構成図である。
【
図7】実施例4におけるグルコキナーゼ発現ユニットの染色体上の挿入位置が異なるMIN6細胞でのインスリン分泌量を示すグラフである。
【
図8】実施例5におけるドナープラスミド(ゼオシン発現プラスミド)及びガイドRNA発現プラスミドの構成図である。
【
図9】実施例5におけるドナープラスミドに由来するDNA断片(ゼオシンのcDNAを含む)の染色体上の挿入位置を確認するためのプライマーの標的配列を示す図である。
【
図10】実施例5におけるGFP発現プラスミドの構成図である。
【
図11】実施例5におけるGFP発現ユニットがX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に挿入されたMIN6細胞の明視野像(左)及び蛍光像(右)である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
≪用語の定義≫
本明細書において、「ポリヌクレオチド」及び「核酸」という用語は、相互に互換的に使用され、ヌクレオチドがホスホジエステル結合によって結合したヌクレオチドポリマーを指す。「ポリヌクレオチド」及び「核酸」は、DNAであってもよく、RNAであってもよく、DNAとRNAとの組み合わせから構成されてもよい。また、「ポリヌクレオチド」及び「核酸」は、天然ヌクレオチドのポリマーであってもよく、天然ヌクレオチドと非天然ヌクレオチド(天然ヌクレオチドの類似体、塩基部分、糖部分及びリン酸部分のうち少なくとも一つの部分が修飾されているヌクレオチド(例えば、ホスホロチオエート骨格)等)とのポリマーであってもよく、非天然ヌクレオチドのポリマーであってもよい。
本明細書において、「ポリヌクレオチド」又は「核酸」の塩基配列は、特に明示しない限り、一般的に認められている1文字コードで記載される。特に明示しない限り、塩基配列は、5’側から3’側に向かって記載する。
本明細書において、「ポリヌクレオチド」又は「核酸」を構成するヌクレオチド残基は、単に、アデニン、チミン、シトシン、グアニン、又はウラシル等、あるいはそれらの1文字コードで記載される場合がある。
【0012】
本明細書において、「遺伝子」という用語は、特定のタンパク質をコードする少なくとも1つのオープンリーディングフレームを含むポリヌクレオチドを指す。遺伝子は、エクソン及びイントロンの両方を含み得る。
【0013】
本明細書において、「ポリペプチド」、「ペプチド」及び「タンパク質」という用語は、相互に互換的に使用され、アミド結合によって結合したアミノ酸のポリマーを指す。「ポリペプチド」、「ペプチド」又は「タンパク質」は、天然アミノ酸のポリマーであってもよく、天然アミノ酸と非天然アミノ酸(天然アミノ酸の化学的類似体、修飾誘導体等)とのポリマーであってもよく、非天然アミノ酸のポリマーであってもよい。特に明示しない限り、アミノ酸配列は、N末端側からC末端側に向かって記載する。
【0014】
本明細書において、「ゲノム編集」という用語は、ゲノム上の所望の位置(標的領域)に変異を誘導することを指す。ゲノム編集は、標的領域のDNAを切断するように操作されたヌクレアーゼの使用を含み得る。典型的には、部位特異的ヌクレアーゼの使用により、標的領域のDNAに二本鎖切断(DSB)が誘導され、その後、相同組み換え修復(Homologous Directed Repair:HDR)及び非相同末端再結合(Non-Homologous End-Joining Repair:NHEJ)のような、細胞の内因性プロセスによってゲノムが修復される。NHEJは、修復用鋳型DNAを用いずに二本鎖切断された末端を連結する修復方法であり、修復の際に挿入及び/又は欠失(indel)が高頻度で誘導される。HDRは、修復用鋳型DNAを用いた修復機構であり、標的領域に所望の変異を導入することも可能である。
【0015】
本明細書において、「ドナーベクター」という用語は、修復用鋳型DNAとして用いられる外来性DNAを指す。ドナーベクターは、ホモロジーアームとして標的領域に隣接する塩基配列を含む。本明細書においては、標的領域の5’側に隣接する塩基配列からなるホモロジーアームを「5’アーム」、標的配列の3’側に隣接する塩基配列からなるホモロジーアームを「3’アーム」と記載する場合がある。ドナーベクターは、5’アームと3’アームとの間に、所望の塩基配列を含むことができる。各ホモロジーアームの長さは、通常0.1kbp~10kbp程度である。5’アーム及び3’アームの長さは、同じであってもよく、異なっていてもよいが、同じであることが好ましい。
【0016】
本明細書において、「Casタンパク質」という用語は、CRISPR関連(CRISPR-associated)タンパク質を指す。好ましい態様において、Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、エンドヌクレアーゼ活性又はニッカーゼ活性を示す。Casタンパク質としては、特に限定されないが、例えば、Cas9タンパク質、Cpf1タンパク質、C2c1タンパク質、C2c2タンパク質、及びC2c3タンパク質等が挙げられる。Casタンパク質は、ガイドRNAと協働してエンドヌクレアーゼ活性又はニッカーゼ活性を示す限り、野生型Casタンパク質及びそのホモログ(パラログ及びオーソログ)、並びにそれらの変異体を包含する。
好ましい態様において、Casタンパク質は、クラス2のCRISPR/Cas系に関与するものであり、より好ましくはII型のCRISPR/Cas系に関与するものである。Casタンパク質の好ましい例としては、Cas9タンパク質が例示される。
【0017】
本明細書において、「Cas9タンパク質」という用語は、II型のCRISPR/Cas系に関与するCasタンパク質を指す。Cas9タンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAと協働して標的領域のDNAを切断する活性を示す。Cas9タンパク質は、前記の活性を有する限り、野生型Cas9タンパク質及びそのホモログ(パラログ及びオーソログ)、並びにそれらの変異体を包含する。野生型Cas9タンパク質は、ヌクレアーゼドメインとしてRuvCドメイン及びHNHドメインを有するが、本明細書におけるCas9タンパク質は、RuvCドメイン及びHNHドメインのいずれか一方が不活性化されたものであってもよい。
Cas9タンパク質が由来する生物種は特に限定されないが、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属、ナイセリア(Neisseria)属、又はトレポネーマ(Treponema)属に属する細菌等が好ましく例示される。より具体的には、S.pyogenes、S.thermophilus、S.aureus、N.meningitidis、又はT.denticola等に由来するCas9タンパク質が好ましく例示される。好ましい態様において、Cas9タンパク質は、S.pyogenes由来のCas9タンパク質である。
【0018】
各種Casタンパク質のアミノ酸配列、及びそのコード配列の情報は、GenBank、UniProt等の各種データベース上で得ることができる。例えば、S.pyogenesのCas9タンパク質のアミノ酸配列は、アクセッション番号Q99ZW2としてUniProtに登録されたもの等を用いることができる。
【0019】
本明細書において、「ガイドRNA」及び「gRNA」という用語は、相互に互換的に使用され、Casタンパク質と複合体を形成し、Casタンパク質を標的領域に誘導することができるRNAを指す。好ましい態様において、ガイドRNAは、CRISPR RNA(crRNA)及びトランス活性化型CRISPR RNA(tracrRNA)を含む。crRNAは、ゲノム上の標的領域への結合に関与し、tracrRNAは、Casタンパク質との結合に関与する。好ましい態様において、crRNAは、スペーサー配列とリピート配列とを含み、スペーサー配列が標的領域において標的配列の相補鎖と結合する。好ましい態様において、tracrRNAは、アンチリピート配列と3’テイル配列とを含む。アンチリピート配列はcrRNAのリピート配列と相補的な配列を有し、リピート配列と塩基対を形成し、3’テイル配列は通常3つのステムループを形成する。
ガイドRNAは、crRNAの3’末端にtracrRNAの5’末端を連結した単一ガイドRNA(sgRNA)であってもよく、crRNA及びtracrRNAを別々のRNA分子とし、リピート配列及びアンチリピート配列で塩基対を形成させたものであってもよい。
【0020】
本明細書において、「標的配列」という用語は、Casタンパク質による切断の対象となるゲノム中のDNA配列を指す。Casタンパク質としてCas9タンパク質を用いる場合、標的配列は、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)の5’側に隣接する配列である必要がある。標的配列は、通常、PAMの5’側直前に隣接する17~30塩基(好ましくは18~25塩基、より好ましくは19~22塩基、さらに好ましくは20塩基)の配列が選択される。標的配列の設計には、CRISPR DESIGN(crispr.mit.edu/)等の公知のデザインツールを利用することができる。
【0021】
本明細書において、「プロトスペーサー隣接モチーフ」及び「PAM」という用語は、相互に互換的に使用され、Casタンパク質によるDNA切断の際に、Casタンパク質に認識される配列を指す。PAMの配列及び位置は、Casタンパク質の種類によって異なる。例えば、Cas9タンパク質の場合、PAMは標的配列の3’側直後に隣接する必要がある。Cas9タンパク質に対応するPAMの配列は、Cas9タンパク質が由来する細菌種によって異なっている。例えば、S.pyogenesのCas9タンパク質に対応するPAMは「NGG」であり、S.thermophilusのCas9タンパク質に対応するPAMは「NNAGAA」であり、S.aureusのCas9タンパク質に対応するPAMは「NNGRRT」又は「NNGRR(N)」であり、N.meningitidisのCas9タンパク質に対応するPAMは「NNNNGATT」であり、T.denticolaのCas9タンパク質に対応する「NAAAAC」である(「R」はA又はG;「N」は、A、T、G又はC)。
【0022】
本明細書において、「発現可能な状態」という用語は、ポリヌクレオチドが導入された細胞内で、該ポリヌクレオチドが転写され得る状態にあることを指す。
本明細書において、「発現ベクター」という用語は、対象ポリヌクレオチドを含むベクターであって、該ベクターを導入した細胞内で、対象ポリヌクレオチドを発現可能な状態にするシステムを備えたベクターを指す。例えば、「Casタンパク質の発現ベクター」とは、該ベクターを導入した細胞内で、Casタンパク質を発現可能なベクターを意味する。また、例えば、「ガイドRNAの発現ベクター」とは、該ベクターを導入した細胞内で、ガイドRNAを発現可能なベクターを意味する。
【0023】
≪動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法≫
本発明の一実施形態に係る動物細胞の染色体上への外来遺伝子の挿入方法(以下、単に「本実施形態の挿入方法」と称する場合がある)は、動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に外来遺伝子を挿入する工程を含む。
【0024】
発明者らは、マウス由来のインスリン分泌細胞株であるMIN6細胞を用いた実験系において、外来遺伝子が均一に発現することができる染色体上の挿入位置として、X染色体のZxdb遺伝子の転写開始点から10.6kbp程度上流の位置を同定し、本発明を完成するに至った。すなわち、発明者らによって同定されたX染色体のZxdb遺伝子の上流領域の挿入位置は、新規のセーフハーバー遺伝子座ということもできる。
本実施形態の挿入方法によれば、後述する実施例に示すように、インビトロ条件下で、染色体上に組み込まれた外来遺伝子を均一に発現することができる。
なお、ここでいう「外来遺伝子を均一に発現する」とは、外来遺伝子が染色体上に組み込まれた細胞において、細胞間での外来遺伝子の発現量にばらつきがなく、当該外来遺伝子を発現することを意味する。
【0025】
以下、本実施形態の挿入方法の各工程について詳細を説明する。
【0026】
<挿入工程>
挿入工程では、動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に外来遺伝子を挿入する。
【0027】
X染色体のZxdb遺伝子の上流領域とは、Zxdb遺伝子とその上流に存在するGspt2遺伝子の間の領域、具体的には、Zxdb遺伝子の転写開始点から1bp~86kbp上流の領域を意味する。中でも、外来遺伝子の挿入位置としては、Zxdb遺伝子の転写開始点から1~50kbp上流の領域であることが好ましく、Zxdb遺伝子の転写開始点から5~15kbp上流の領域であることがより好ましく、9~11kbp上流の領域であることがさらに好ましく、10~10.8kbp上流の領域であることがよりさらに好ましく、10.5~10.7kbp上流の領域であることが特に好ましく、10.6kbp上流の領域であることが最も好ましい。
【0028】
なお、Zxdb遺伝子の塩基配列情報は、GenBank、UniProt等の各種データベース上で得ることができる。例えば、マウスZxdb遺伝子の塩基配列情報は、アクセッション番号NC_000086.8としてGenBankに登録されたもの等を用いることができる。マウスZxdb遺伝子のmRNAの塩基配列情報は、NM_001081473.1としてGenBankに登録されたもの等を用いることができる。マウスZxdb遺伝子の塩基配列情報と、マウスZxdb遺伝子のmRNAの塩基配列情報とを照らし合わせることで、転写開始点を確認し、当該転写開始点の上流領域を外来遺伝子の挿入位置として利用することができる。
また、ヒトZxdb遺伝子の塩基配列情報は、アクセッション番号NC_000023.11としてGenBankに登録されたもの等を用いることができる。ヒトZxdb遺伝子のmRNAの塩基配列情報は、NM_007157.4としてGenBankに登録されたもの等を用いることができる。ヒトZxdb遺伝子の塩基配列情報と、ヒトZxdb遺伝子のmRNAの塩基配列情報とを照らし合わせることで、転写開始点を確認し、当該転写開始点の上流領域を外来遺伝子の挿入位置として利用することができる。
【0029】
また、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域の塩基配列の動物種間での配列同一性(又は相同性)は、2つの塩基配列を、対応する塩基が最も多く一致するように、挿入及び欠失に当たる部分にギャップを入れながら並置し、得られたアラインメント中のギャップを除く、塩基配列全体に対する一致した塩基の割合として求められる。塩基配列同士の配列同一性は、当該技術分野で公知の各種相同性検索ソフトウェアを用いて求めることができる。例えば、塩基配列の配列同一性の値は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTNにより得られたアライメントを元にした計算によって得ることができる。また、上記方法を用いて、マウスにおけるX染色体のZxdb遺伝子の転写開始点から10.6kbp程度上流の位置に相当する、他の動物種における位置を特定することができる。
【0030】
[動物細胞]
動物細胞の由来となる動物種としては、X染色体上にZxdb遺伝子を有する動物種であればよいが、中でも、哺乳類動物が好ましい。哺乳類動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、ウマ、サル、マーモセット、ニワトリ、ヒツジ、ヤギ等が挙げられる。中でも、哺乳類動物としては、ヒト又はマウスが好ましい。すなわち、本実施形態の挿入方法で使用する動物細胞としては、ヒト又はマウスに由来する細胞であることが好ましい。
【0031】
細胞の種類としては、特に限定されないが、各種組織由来又は各種性質の細胞、具体的には、例えば、血液細胞、造血幹細胞・前駆細胞、配偶子(卵子)、受精卵、線維芽細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、神経細胞、肝細胞、ケラチン生成細胞、筋細胞、表皮細胞、内分泌細胞、組織幹細胞、iPS細胞、ES細胞、がん細胞等が挙げられる。また、例えば、1型又は2型糖尿病患者由来のβ細胞等、各種疾患を有する細胞等が挙げられる。
【0032】
[外来遺伝子]
外来遺伝子としては、特に限定されず、細胞の染色体上に組み込んで発現させたい所望の遺伝子を用いることができる。
例えば、後述する実施例に示すように、グルコキナーゼ遺伝子(グルコキナーゼのcDNA)をマウス由来のインスリン分泌細胞株であるMIN6細胞に挿入することで、インスリン分泌能が増強された細胞を得ることができる。
【0033】
外来遺伝子の大きさとしては、挿入効率及び挿入された外来遺伝子の確認しやすさの観点から、0.1kbp以上10kbp以下が、0.1kbp以上10kbp以下がより好ましく、0.1kbp以上8kbp以下がさらに好ましく、0.1kbp以上5kbp以下が特に好ましい。
【0034】
外来遺伝子は、機能的遺伝子配列からなるものであるが、さらに、プロモーター配列、転写終結配列、マーカー遺伝子、タグ配列、及びリコンビナーゼ認識配列からなる群より選ばれる1種以上が付加されていてもよい。
【0035】
プロモーター配列としては、特に限定されず、例えば、pol II系プロモーターを各種使用することができる。pol II系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばCMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、hTERTプロモーター、βアクチンプロモーター、CAGプロモーター、CBhプロモーター等が挙げられる。
【0036】
「マーカー遺伝子」とは、該マーカー遺伝子を細胞に導入することにより、細胞の選別や選択を可能とするような遺伝子を指す。マーカー遺伝子の具体例としては、例えば、薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子、発光酵素遺伝子、発色酵素遺伝子等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。薬剤耐性遺伝子としては、例えば、ピューロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ヒスティディノール耐性遺伝子、ブラストサイジン耐性遺伝子等が挙げられる。蛍光タンパク質遺伝子としては、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、黄色蛍光タンパク質(YFP)遺伝子、赤色蛍光タンパク質(RFP)遺伝子等が挙げられる。発光酵素遺伝子としては、例えば、ルシフェラーゼ遺伝子等が挙げられる。発色酵素遺伝子としては、例えば、βガラクトシターゼ遺伝子、βグルクロニダーゼ遺伝子、アルカリフォスファターゼ遺伝子等が挙げられる。
【0037】
タグ配列としては、例えば、アフィニティータグ、デグロンタグ、局在タグ等が挙げられる。
【0038】
外来遺伝子はベクターの形で用いてもよい。
ベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター等が挙げられる。
【0039】
ウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)ベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、ポリオウイルスベクター、シルビスウイルスベクター、ラブドウイルスベクター、パラミクソウイルスベクター、オルソミクソウイルスベクター等が挙げられる。
【0040】
プラスミドベクターとしては、例えば、pBluescript、pDrive、pX459、pA1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0041】
中でも、プラスミドベクターであることが好ましい。
【0042】
また、外来遺伝子はその上流及び下流に、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域と相同な配列を有する任意の長さの核酸(ホモロジーアーム)が結合したドナーベクターの形態であることが好ましい。すなわち、外来遺伝子と、前記外来遺伝子の上流及び下流に結合した、標的動物細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域と相同な配列を有する核酸(ホモロジーアーム)と、を含むベクターであることが好ましい。
【0043】
外来遺伝子の上流に結合する5’アームとしては、配列番号1で表される配列と相同な配列を有する核酸であることが好ましい。
外来遺伝子の上流に結合する3’アームとしては、配列番号2で表される配列と相同な配列を有する核酸であることが好ましい。
【0044】
ドナーベクターは、環状DNAベクター(例えばプラスミドベクター)であってもよく、線状DNAベクターであってもよい。
【0045】
[挿入方法]
外来遺伝子は、公知のゲノム編集技術を用いて挿入することができる。
【0046】
公知のゲノム編集技術としては、HDRを誘発するゲノム編集技術であればよく、例えばCRISPR-Cas9システム、TALENシステム、Znフィンガーヌクレアーゼシステムが使用できる。このうちCRISPR-Cas9システムを用いることが好ましい。
【0047】
(TALENシステム)
TALENシステムは、Transcription activator-like effector nuclease(TALEN)を用いるシステムであり、TALENはカスタム化された結合ドメインと非特異的なFokIヌクレアーゼドメインとを融合させたものである。DNA結合ドメインは、キサントモナスのプロテオバクテリアが分泌し宿主植物の遺伝子転写を変えさせる蛋白であるtranscription activator-like effectors(TALE)由来の保存されたリピートからなっている。TALENシステムにより、外来遺伝子をゲノムの目的部位に挿入するには、ゲノム中の挿入部位に対するTALENを作製し、外来遺伝子を有し、且つ、挿入部位周辺に相同性をもつドナーベクターを作製する。TALEN及びドナーベクターを共導入することにより、目的部位が切断され、それに引き続きドナーベクターを利用したHDRにより、目的外来DNAが導入される。外来遺伝子に薬剤選択マーカーを持たせておくことにより、薬剤選択により外来遺伝子導入が起きた細胞を効率よく選択できる。
【0048】
(CRISPR-Cas9システム)
CRISPR-Cas9システムは、細菌や古細菌が有する、外部から侵入した核酸(ウイルスDNA、ウイルスRNA、プラスミドDNA)に対する一種の獲得免疫として機能する座位を利用したシステムである。CRISPR-Cas9システムにより、外来遺伝子をゲノムの目的部位に挿入するには、目的部位にCas9を誘導するガイドRNA又はその発現ベクター及びCas9又はその発現ベクターが必要である。
【0049】
ガイドRNAとしては、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域の配列から適宜標的配列を設定して、当該標的配列に相補的な配列を含む核酸として公知の方法を用いて設計することができる。中でも、ガイドRNAとしては、配列番号3で表される塩基配列からなる核酸を含むものであることが好ましい。配列番号3で表される塩基配列は、Zxdb遺伝子の転写開始点から10,604~10,623bp上流の領域を標的配列として、当該標的配列に相補的な配列である。
【0050】
ガイドRNAが発現ベクターの形態である場合には、当該発現ベクターは、ガイドRNAをコードする配列と、前記ガイドRNAをコードする配列の発現を制御するプロモーターを含んでいることが好ましい。発現ベクターにおいて、ガイドRNAコード配列は、プロモーターに機能的に連結している。
【0051】
プロモーターは、特に限定されず、例えば、pol II系プロモーターを使用することもできるが、比較的短いRNAの転写をより正確に行わせるという観点から、pol III系プロモーターが好ましい。pol III系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばマウス及びヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーター等が挙げられる。U6プロモーターを用いる場合、転写開始のためにガイドRNAの5’末端が「G」であることが好ましい。
【0052】
発現ベクターは、ガイドRNAのコード配列及びプロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、マーカー遺伝子、複製開始点、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子等を含んでいてもよい。
【0053】
発現ベクターの種類は、特に限定されず、公知の発現ベクターを用いることができる。発現ベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、及びウイルスベクター等が挙げられる。プラスミドベクター、及びウイルスベクターとしては、上記「外来遺伝子」において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0054】
好ましい発現ベクターとしては、配列番号4で表される塩基配列からなる核酸を含む、ガイドRNA発現ベクター等が挙げられる。配列番号4で表される塩基配列は、Zxdb遺伝子の転写開始点から10,604~10,623bp上流の領域の配列である。
【0055】
Casタンパク質は、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば、特に限定されない。例えば、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAにより標的領域に誘導されて、標的領域のDNAを2本鎖切断できるものを各種使用することができる。
【0056】
Casタンパク質に代えて、Casタンパク質の発現ベクターを用いてもよい。
Casタンパク質の発現ベクターは、Casタンパク質のコード配列と、前記Casタンパク質コード配列の発現を制御するプロモーターを含んでいることが好ましい。発現ベクターにおいて、Casタンパク質コード配列は、プロモーターに機能的に連結している。
プロモーターとしては、上記「外来遺伝子」において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0057】
発現ベクターは、Casタンパク質コード配列及びプロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、マーカー遺伝子、複製開始点、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子等を含んでいてもよい。
【0058】
発現ベクターの種類は、特に限定されず、公知の発現ベクターを用いることができる。発現ベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、及びウイルスベクター等が挙げられる。プラスミドベクター、及びウイルスベクターとしては、上記「外来遺伝子」において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0059】
発現ベクターに含まれるCasタンパク質コード配列は、当該発現ベクターを導入する細胞が由来する生物種に応じて、コドン最適化されていてもよい。一般に、コドン最適化とは、元のアミノ酸配列を維持しつつ、元の塩基配列の少なくとも1つのコドンを、対象の生物種においてより頻繁に使用されるコドンで置き換えることを指す。コドン使用頻度表は、例えば、公益財団法人かずさDNA研究所が提供する「Codon Usage Database」(www.kazusa.or.jp/codon/)において容易に入手可能であり、これらの表を用いて、コドンを最適化することができる。特定の動物種における発現のために特定の配列をコドン最適化するためのコンピューターアルゴリズムについても、例えば、Gene Forge(Aptagen社;Jacobus、PA)等において入手可能である。
【0060】
ガイドRNAの発現ベクターと、Casタンパク質の発現ベクターとは、同一の発現ベクターであってもよい。すなわち、本実施形態の挿入方法では、ガイドRNAコード配列と、Casタンパク質コード配列とを、それぞれ発現可能な状態で含む発現ベクターを用いることができる。当該発現ベクターにおいて、ガイドRNAコード配列と、Casタンパク質コード配列とは、それぞれ異なるプロモーターに機能的に連結されていることが好ましい。
【0061】
外来遺伝子を有し、且つ、挿入部位周辺に相同性をもつドナーベクターを、上記ガイドRNA又はその発現ベクター及び上記Cas9又はその発現ベクターと共導入することにより、目的部位が切断され、それに引き続きドナーベクターを利用したHDRにより、目的外来遺伝子が導入される。外来遺伝子に薬剤選択マーカーを持たせておくことにより、薬剤選択により外来遺伝子導入が起きた細胞を効率よく選択できる。
【0062】
なお、上記外来遺伝子を有するドナーベクターと、上記ガイドRNA又はその発現ベクター及び上記Cas9又はその発現ベクターと、を外来遺伝子挿入用キットとすることができる。すなわち、一実施形態において、本発明は、上記外来遺伝子を有するドナーベクターと、上記ガイドRNA又はその発現ベクターと、上記Cas9又はその発現ベクターと、を備える外来遺伝子挿入用キットを提供する。
【0063】
(Znフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)システム)
Znフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)システムは、ZnフィンガードメインとDNA切断ドメインからなる人工制限酵素を用いたゲノム編集である。一つのZnフィンガードメインは3塩基を認識するが、3~5つのZnフィンガードメインを連結させることで、特定の9~15塩基配列を認識するDNA結合タンパク質を設計できる。このDNA結合タンパク質に、FokIヌクレアーゼドメインを融合させることで、目的部位を切断する人工ヌクレアーゼZFNを設計する。ZFNシステムにより、前記プラスミドをゲノムの目的部位に挿入するには、ゲノム中の挿入部位に対するZFNを作製し、挿入部位周辺に相同性をもつドナーベクターを作製する。これらベクターを共導入することにより、目的部位が切断され、それに引き続きドナーベクターを利用したHDRにより、目的外来DNAが導入される。外来DNAに薬剤選択マーカーを持たせておくことにより、薬剤選択により外来DNA導入が起きた細胞を効率よく選択できる。
【0064】
外来遺伝子や、上述した公知のゲノム編集技術のツールを細胞内に導入する方法としては、対象細胞、材料の種類(核酸であるのか、タンパク質であるのか等)に応じて、適宜選択することができる。
【0065】
ベクターの細胞への導入方法としては、例えば、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、DEAEデキストラン法、遺伝子銃法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法等が挙げられる。ベクターがウイルスベクターである場合に、ウイルスベクターを細胞に感染させる方法としては、例えば、ポリブレン法が挙げられる。
【0066】
RNAを細胞に導入する方法は、特に限定されず、公知の方法を適宜選択して用いることができる。例えば、RNAは、Lipofectamine(登録商標)MessengerMAX(Life Technologies社製)等の、市販のRNAトランスフェクション試薬等を用いることができる。
【0067】
タンパク質を細胞に導入する方法は、特に限定されず、公知の方法を適宜選択して用いることができる。そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。
【0068】
外来遺伝子や、上述した公知のゲノム編集技術のツールは、同時に細胞に導入してもよく、逐次的に導入してもよく、又は一定期間を空けて別々に導入してもよい。中でも、これら全てを同時に細胞に導入することが好ましい。
【0069】
<任意の工程>
[培養工程]
本実施形態の挿入方法は、挿入工程の後、具体的には、外来遺伝子、及び上述した公知のゲノム編集技術のツールを細胞に導入後に、細胞を培養する培養工程を更に含んでもよい。
【0070】
細胞の培養は、細胞の種類に応じて、適切な培養条件下で行えばよい。外来遺伝子が、薬剤耐性マーカーを含むベクターである場合には、培養は、当該薬剤の存在下で行ってもよい。当該薬剤の存在下で培養を行うことにより、ゲノム編集された細胞を効率よく選択することができる。また、細胞培養液の希釈又はプレーティング等により、細胞のクローン化を行ってもよい。
【0071】
[解析工程]
本実施形態の挿入方法は、挿入工程の後、具体的には、外来遺伝子、及び上述した公知のゲノム編集技術のツールを細胞に導入後に、細胞のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に外来遺伝子が挿入されていることを解析する解析工程を更に含んでもよい。
【0072】
解析方法は特に限定されないが、上記挿入工程後、例えば、適宜、培養工程を行った後、細胞培養液のプレーティングを行い、生じたコロニーからDNAを抽出してX染色体のZxdb遺伝子の上流領域の配列解析を行う方法等が挙げられる。
【0073】
≪動物細胞≫
本実施形態の動物細胞は、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域に、リコンビナーゼ認識配列が挿入されている。
【0074】
リコンビナーゼ認識配列の挿入位置としては、上記実施形態の挿入方法において外来遺伝子の挿入位置として例示された位置と同様の位置である。
【0075】
動物細胞の由来となる動物種及び細胞の種類としては、上記実施形態の挿入方法において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0076】
本実施形態の動物細胞は、上記実施形態の挿入方法において外来遺伝子をリコンビナーゼ認識配列に置き換えることで、上記実施形態の挿入方法を用いて作製することができる。
【0077】
また、本実施形態の動物細胞は、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域において、リコンビナーゼ認識配列に挟まれた外来遺伝子が挿入されていてもよい。外来遺伝子としては、上記実施形態の挿入方法において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0078】
<リコンビナーゼ認識配列>
本明細書において、「リコンビナーゼ認識配列」とは、特定のリコンビナーゼがリコンビナーゼ認識配列を認識し、その部分でDNAの組換えを起こす現象を利用した、いわゆるリコンビナーゼ/リコンビナーゼ認識配列システムにおけるリコンビナーゼ認識配列を意味する。また、本明細書において、用語「塩基配列」は、当該塩基配列からなる核酸を意味する場合がある。
【0079】
リコンビナーゼ/リコンビナーゼ認識配列システムとしては、例えば、バクテリオファージP1由来のCreリコンビナーゼと、Creリコンビナーゼが認識する34塩基対のloxP配列を利用したCre/loxPシステム、酵母由来のFLPリコンビナーゼと、FLPリコンビナーゼが認識するFRT配列を利用したFLP/FRTシステム、ジゴサッカロマイセス・ロキシー(Zygosaccharomyces rouxii)由来のRリコンビナーゼと、Rリコンビナーゼが認識するRS配列を利用したR/RSシステム等が挙げられる。したがって、本実施形態の製造方法で用いるリコンビナーゼ認識配列としては、FRT配列、loxP配列、RS配列等が挙げられる。中でも、リコンビナーゼ認識配列としては、FRT配列、又はloxP配列が好ましい。
【0080】
FRT配列としては、例えば、5’-GAAGTTCCTATTCTCTAGAAAG
TATAGGAACTTC-3’(配列番号5)等の塩基配列を使用することができる。
【0081】
loxP配列としては、5’-ATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT-3’(配列番号6)で表される塩基配列のほか、例えば、Siegel R. W., et al., Using an in vivo phagemid system to identify non-compatible loxP sequences, FEBS Lett., 505, 467-473, 2001.に記載された、5’-ATAACTTCGTATAGTATACATTATACGAAGTTAT-3’(lox511、配列番号7)、5’-ATAACTTCGTATAGGATACTTTATACGAAGTTAT-3’(lox2272、配列番号8)、5’-ATAACTTCGTATATACCTTTCTATACGAAGTTAT-3’(loxFAS、配列番号9)等の変異lox
P配列等を使用することができる。
【0082】
RS配列としては、例えば、5’-TTGATGAAAGAATAACGTATTCTTTCATCAA-3’(配列番号10)等の塩基配列を使用することができる。
【0083】
ゲノム上にリコンビナーゼ認識配列が存在しても、特定のリコンビナーゼが存在しない限り組換えは起きない。したがって、リコンビナーゼを時期特異的又は組織特異的に発現させることで、リコンビナーゼによる組換えを時期特異的又は組織特異的に生じさせることができる。
【0084】
≪外来遺伝子挿入用キット≫
本実施形態の外来遺伝子挿入用キット(以下、単に「本実施形態のキット」と称する場合がある)は、以下を備える。
上記実施形態の動物細胞;
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列を認識するリコンビナーゼ;
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列と同一のリコンビナーゼ認識配列を有するベクター。
【0085】
本実施形態のキットにおいて、リコンビナーゼとリコンビナーゼ認識配列の組み合わせは、上記実施形態の動物細胞において例示された組み合わせと同様のものが挙げられる。
【0086】
リコンビナーゼは、発現ベクターに組み込まれた形態であってもよい。発現ベクターとしては、上記実施形態の挿入方法において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0087】
前記動物細胞の染色体に挿入されているリコンビナーゼ認識配列と同一のリコンビナーゼ認識配列を有するベクターは、リコンビナーゼ認識配列に挟まれた外来遺伝子が挿入されていてもよい。外来遺伝子としては、上記実施形態の挿入方法において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0088】
本実施形態のキットによれば、後述する実施例に示すように、リコンビナーゼ媒介カセット交換(Recombinase-Mediated Cassette Exchange)法により、所望の外来遺伝子を動物細胞のZxdb遺伝子の上流領域に容易に挿入し得るシステムを提供することができる。
【実施例0089】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0090】
[材料及び方法]
(MIN6細胞の培養)
マウス由来インスリン分泌細胞株であるMIN6細胞は15w/v% fetal bovine serum、100U/mLのペニシリン、及び100μg/mLのストレプマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(Sigma社製)を用いて、5%CO2の条件下で培養した。
【0091】
(プラスミドの構築)
制限酵素、Quick Bluntingキット、One Taq DNA polymerase systemは、New England Biolabs Japan社、Rapid DNA Dephos&Ligation Kitは、Roche Diagnostics Japan社、Competent high JM109は、東洋紡社より購入した。
【0092】
染色体に組込まれ、任意の発現ユニットを受け取るアクセプターを構築するために、野生型FRT配列(FRTw)及び変異型FRT配列(FRTm)をもつ2つのオリゴヌクレオチド(FRTmFRTw-FとFRTmFRTw-R)を、Sigma-Aldrich Japan社に合成委託し、PCRを行った。
【0093】
FRTmFRTw-F:
5’-GAGCTCGAAGTTCCTATTCCGAAGTTCCTATTCTTCAAATAGTATAGGAACTTCAAGCTTCCGAATTCAACTGCA-3’(配列番号11)
FRTmFRTw-R:
5’-GGTACCGAAGTTCCTATTCCGAAGTTCCTATTCTCTAGAAAGTATAGGAACTTCCTGCAGTTGAATTCGGAAGCT-3’(配列番号12)
【0094】
この2つのオリゴヌクレオチドは、各々の3’側が相補的になっており、互いにアニールしてPCRで増幅することにより、SacI-FRTm-HindIII-EcoRI-PstI-reversed FRTw-KpnI(SacI、HindIII等は、それぞれSacI制限酵素認識配列、HindIII制限酵素認識配列を表す)という構成をもつ130bpsの2本鎖DNAとなるように設計した。51℃にてPCRを行い、pBluescriptにサブクローニングした。さらに、ウサギβ-グロブリンスプライスアクセプターサイト(SA)、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼのポリAシグナル領域はpCAGGS、ゼオシン耐性遺伝子はpFlip-in(Life Technology社製)から使用した。これらにより作製されたDNA(以下、「発現ユニット」と称する場合がある)をpZDmR26プラスミドのRosa26遺伝子座の左右ホモロジーアームの間に組込み、プラスミドを構築した。発現ユニットが染色体に組込まれ、SAでいずれかのプロモーターにより転写されているmRNAを受け取るとゼオシン耐性を獲得する。
【0095】
リコンビナーゼ媒介カセット交換のためのドナープラスミドも同様に作製した。ゼオシンの代わりにブラストサイジンのcDNAをpcDNA6(Life Technology社製)から取り出し、用いた。さらに、TRE3Gプロモーターの下流にGFPを発現するユニットを接続した。TRE3Gプロモーターは、pTRE3Gベクター(Clontech社製)、ウサギβ-グロブリンポリA領域は、pCAGGSから取り出して、GFP発現プラスミドを構築した。GFPはSalI-EcoRIで切り出し、任意のcDNAと置き換えることができる。
さらにもう一種類のドナープラスミドを同様に作製し、DsRed2発現プラスミドと名付けた。このドナープラスミドにより、DNAが正しく挿入されると、ハイグロマイシン耐性となり、またドキシサイクリン添加でDsRed2(Clontech社製)により細胞が赤く光る。
さらにもう一種類のドナープラスミドを同様に作製し、グルコキナーゼ発現プラスミドと名付けた。このドナープラスミドにより、DNAが正しく挿入されると、ブラストサイジン耐性となり、またドキシサイクリン添加でβ細胞型グルコキナーゼ(MIN6c4細胞のmRNAからクローニング)のmRNAが発現する。
【0096】
(エレクトロポレーション法による遺伝子導入)
MIN6細胞をトリプシンEDTAではがし、細胞数を算定した後、2×106を遠心にて集めた。Nucreofector(Lonza Japan社製)に供給されているsolution Vを100μLとり、細胞を浮遊させ、10μgのプラスミドやmRNAの混合物を加え、キュベットに注入した。Nucreofectorの設定G-016でDNAを導入した。細胞をDMEMに浮遊させ、5日目から抗生物質にて選別した。
【0097】
(インスリン分泌試験)
2×105のMIN6細胞を24ウェルプレートの1ウェルごとに播き、48時間後にドキシサイクリンを最終濃度1μg/mLになるように加え、さらに48時間後にインスリン分泌実験を行った。Krebs-Ringer Bicarbonate buffer(KRB:Na+ 144mM、HCO3
- 25mM、Ca2+ 1.5mM、pH7.4)に0.1w/v% BSA(Sigma社製)を加えて、分泌実験溶液とし、1M グルコース溶液を適当量加えて、5mM及び12.5mMグルコース溶液を作製した。各ウェルから培養液を吸引し、KRB bufferで一度洗浄後、5mMグルコース溶液にて30分間、37℃で培養後、12.5mMグルコース溶液に置換し、60分間、37℃で培養した。インスリン濃度は、マウスインスリンELISAキット(Shibayagi社製)で測定した。
【0098】
[実施例1]
(染色体上の挿入位置の解析)
効率的に遺伝子導入インスリン分泌細胞株を作製する方法の開発することを目的として、導入したい遺伝子が染色体上の特定の位置に挿入されるように、マウス由来のインスリン分泌細胞株であるMIN6細胞の染色体に、アクセプター配列を設置した。アクセプター配列には、FRT配列が含まれ、Flip-recombinase(Flip)の存在下で、同様のFRT配列をもつドナープラスミドとDNA交換が可能である。
まず、染色体のRosa26遺伝子座を挿入位置に選択し、アクセプター配列を挿入し、緑色蛍光タンパク質(GFP)を含むプラスミドとFlipを発現するプラスミドを導入して交換反応を起こさせた。交換反応は成功したと考えられたが、GFPの発現が細胞ごとに異なるモザイク状で、平均的発現レベルも高くないと推定された。そこで、染色体の任意の位置に挿入し、転写活性の高い染色体の位置に挿入され、交換反応後のGFPの発現が高くなったクローンを選択してくる方法を検討した。具体的な方法を以下に示す。
【0099】
図1に示すプラスミドベクターにおいて、アクセプター配列に挟まれており、プロモーターをもたない発現ユニットを制限酵素を用いて切り出し、5μgの発現ユニットのDNA断片をエレクトロポレーション法によりMIN6細胞に導入し、ランダムにゲノム上に挿入した。
【0100】
細胞導入から4日目にゼオシン200μg/mLまあは400μg/mLで選別を開始した。ゼオシン耐性となったクローンには、発現ユニットが1コピー挿入されているものもあれば、数コピー又は数十コピー導入されているものもあると考えられる。この場合、複数コピー挿入されている場合でも多くの場合、染色体の同一箇所に縦にならんで挿入されることが多く、異なる染色体上の位置に挿入されることは少ない。そこで、これらのゼオシン耐性クローンとなった、すなわち発現ユニットが挿入された細胞に、ブラストサイジン耐性遺伝子を含む発現ユニットとリコンビナーゼ媒介カセット交換を起こさせる場合、うまく交換が起こった細胞では、1コピー或いは一か所に数コピーのみで、それらが交換したと考えられると仮定し、ゼオシン耐性クローンのプールに対し、GFP発現プラスミド(
図2参照)及びpCAG-Flpeプラスミドをエレクトロポレーション法によりMIN6細胞に導入した。細胞導入から3週間、ブラストサイジン2.5μg/mLで選別した。
【0101】
その結果、ブラストサイジン耐性となった34個のクローンが得られた。そのうち29クローンは、ゼオシン感受性であり、またドキシサイクリン添加による誘導でGFPの発現が認められた。また、5クローンはゼオシンにも耐性で、うち3クローンはGFPの発現が認められ、2クローンでは認められなかった。
【0102】
29クローンのうち、発現レベルが均一でまた、発現強度が高い上位4クローンについてゲノムウォーキングキット(Clontech/Takara 636405、Universal GenomeWalkerTM 2.0)を用いて、発現ユニットの挿入位置を同定した。
【0103】
その結果、3クローンについては遺伝子の途中に発現ユニットが挿入されていた。一方、1クローンは、X染色体上の94,713,947番目の位置、すなわち、X染色体のZxdb遺伝子の転写開始点から10,622bp(約10.6kbp)上流の位置であることが明らかとなった(
図3参照)。
【0104】
[実施例2]
(挿入位置の違いによるGFP発現の比較)
実施例1で得られたGFP遺伝子を含む発現ユニットがX染色体のZxdb遺伝子の転写開始点から約10kbp上流の位置に挿入されたMIN6細胞と、GFP遺伝子を含む発現ユニットがRosa26遺伝子座に挿入されたMIN6細胞を顕微鏡(KEYENCE All-in-One Fluorescence midroscope BZ-X710、拡大倍率:100倍)で観察し、比較した。結果を
図4に示す。
【0105】
図4に示すように、X染色体のZxdb遺伝子の上流領域にGFP遺伝子を含む発現ユニットが挿入されたMIN6細胞では、Rosa26遺伝子座に挿入されたMIN6細胞よりも、GFPの発現レベルが均一であり、且つ、発現強度が高いことが確認された。
【0106】
[実施例3]
(リコンビナーゼ媒介カセット交換法による発現ユニットの交換)
実施例1で得られたGFP遺伝子を含む発現ユニットがX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に挿入されたMIN6細胞に、DsRed2発現プラスミド(
図5参照)及びpCAG-Flpeプラスミドをエレクトロポレーション法により導入し、リコンビナーゼ媒介カセット交換を起こさせた。細胞導入から3週間、ハイグロマイシン200μg/mLで選別した。
【0107】
その結果、ハイグロマイシン耐性となったクローンが得られた。これらクローンについて、ドキシサイクリン添加による誘導でDsRed2の発現が認められた(図示せず)。
【0108】
[実施例4]
(インスリン高分泌細胞の構築)
実施例2で得られたDsRed2遺伝子を含む発現ユニットがX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に挿入されたMIN6細胞に、グルコキナーゼ発現プラスミド(
図6参照)及びpCAG-Flpeプラスミド(Addgene社製、♯13787)をエレクトロポレーション法により導入し、リコンビナーゼ媒介カセット交換を起こさせた。細胞導入から3週間、ブラストサイジン2.5μg/mLで選別した。
【0109】
その結果、ブラストサイジン耐性となったクローンが得られた。これらクローンについて、ドキシサイクリン添加による誘導でグルコキナーゼの発現を誘導し、インスリン分泌試験を行った。結果を
図7に示す。
【0110】
図7に示すように、グルコキナーゼ遺伝子を含む発現ユニットがX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に挿入されたMIN6細胞では、グルコキナーゼ遺伝子が導入されていないMIN6細胞及びグルコキナーゼ遺伝子を含む発現ユニットがRosa26遺伝子座に挿入されたMIN6細胞よりも、インスリンの分泌量が有意に多かった。
【0111】
[実施例5]
(CRISPR/Casシステムを用いた染色体への挿入)
Cas9発現プラスミド4.0μg、ドナープラスミド(
図8参照)3.5μg及びガイドRNA発現プラスミド(
図8参照)2.5μgを、Nucleofector(Lonza社製)を用いてエレクトロポレーション法によりMIN6細胞に導入し、CRISPR/Casシステムを用いて、ドナープラスミドに由来するDNA断片(ゼオシンのcDNAを含む領域)をX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に挿入した。なお、ドナープラスミドの全長塩基配列を配列番号13に、ドナープラスミド中のLeft arm及びRight armの塩基配列をそれぞれ配列番号1及び2に示す。また、ガイドRNA発現プラスミドの全長塩基配列を配列番号14に、ガイドRNA発現プラスミド中のX染色体のZxdb遺伝子の上流領域の標的配列を配列番号4に示す。ガイドRNA発現プラスミド中において、U6プロモーターの転写効率を考慮して、標的配列の前にG(グアニン)を1つ付加した配列とした。
【0112】
次いで、ゼオシン存在下で、21日間培養し、形成されたコロニーをクローニングシリンダーでピックアップし、24ウェルプレートに播種した。細胞数が増加したところで、半分を植え継ぎに使用し、残りの半分をgenomic DNA抽出に用いた。
【0113】
抽出したgenomic DNAに対し、PCRを行い、ドナープラスミドに由来するDNA断片(ゼオシンのcDNAを含む領域)が挿入されていることを確認した。使用したプライマーの配列を以下に示す。また、設計したプライマーの染色体上の標的位置を
図9に示す。
op1222:5’-GTGTCTAAGGGACAGACATTCCCG-3’(配列番号15)
op1272:5’-GGGAAACTTGGAAGTCAGTTGTCTGC-3’(配列番号16)
op1251:5’-GAACGGCACTGGTCAACTTGG-3’(配列番号17)
op1252:5’-GCAACTGCGTGCACTTCGTG-3’(配列番号18)
【0114】
次いで、ドナープラスミドに由来するDNA断片が確認されたコロニーに対して、GFP発現プラスミド(
図10参照)及びpCAG-Flpeプラスミド(Addgene社製、♯13787)を、Nucleofector(Lonza社製)を用いてエレクトロポレーション法により導入し、リコンビナーゼ媒介カセット交換を起こさせた。細胞導入から3週間、ブラストサイジン2.5μg/mLで選別した。
【0115】
その結果、ブラストサイジン耐性となったクローンが得られた。これらクローンについて、ドキシサイクリン添加による誘導でGFPの発現を誘導した。
図11は、GFP遺伝子を含む発現ユニットがX染色体のZxdb遺伝子の上流領域に挿入されたMIN6細胞の顕微鏡像(顕微鏡:KEYENCE All-in-One Fluorescence midroscope BZ-X710、拡大倍率:100倍、左:明視野像、右:蛍光像)である。
【0116】
図11に示すように、GFPがほぼ均一に発現することが確認された。