(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022079113
(43)【公開日】2022-05-26
(54)【発明の名称】細胞凍結保存液、凍結細胞保存方法、及び細胞凍結方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220519BHJP
C12N 13/00 20060101ALI20220519BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N13/00
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020190092
(22)【出願日】2020-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】500063435
【氏名又は名称】株式会社アビー
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】奥田 華奈
(72)【発明者】
【氏名】大和田 哲男
【テーマコード(参考)】
4B033
4B065
【Fターム(参考)】
4B033NH10
4B033NJ02
4B065AA90X
4B065BB16
4B065BB19
4B065BD09
4B065BD12
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】解凍後の細胞生存率が高く、安全性に優れた安価で、原料の入手が容易な細胞凍結保存液を提供する。
【解決手段】生理食塩水を溶媒とし、添加剤としてトレハロースとオボアルブミンとが含まれ、好適には、前記生理食塩水中に200mM以上300mM以下の濃度で前記トレハロースが含まれるトレハロース溶液に対して、前記オボアルブミンが1vol%以上~10vol%以下の割合で添加されてなる、細胞凍結保存液である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生理食塩水を溶媒とし、添加剤としてトレハロースとオボアルブミンとが含まれる、細胞凍結保存液。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞凍結保存液であって、前記生理食塩水中に200mM以上300mM以下の濃度で前記トレハロースが含まれるトレハロース溶液に対して、前記オボアルブミンが1vol%以上~10vol%以下の割合で添加されてなる、細胞凍結保存液。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の細胞凍結保存液を用いて凍結させた細胞を保存する方法であって、
凍結対象となる細胞に前記細胞凍結保存液を加えた細胞懸濁液をサンプルとして作製するサンプル作製ステップと、
前記サンプルが収納された第1の容器を、2-プロパノールで満たされた第2の容器内に設置するサンプル設置ステップと、
前記サンプル設置ステップに次いで、前記第2の容器を所定の温度に設定された冷凍庫内に保持して前記サンプルを凍結させる凍結ステップと、
凍結した前記サンプルを-135℃以上-80℃以下の温度で保存する、サンプル保存ステップと、
を含む凍結細胞保存方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の細胞凍結保存液を用いて細胞を凍結させる方法であって、
凍結対象となる細胞に前記細胞凍結保存液を加えた細胞懸濁液をサンプルとして作製するサンプル作製ステップと、
前記サンプルが収納された第1の容器を、2-プロパノールで満たされた第2の容器内に設置するするサンプル設置ステップと、
前記サンプル設置ステップに次いで、前記第2の容器を所定の温度に設定された冷凍庫内に保持して前記サンプルを凍結させる凍結ステップと、
を含み、
前記凍結ステップでは、前記冷凍庫内に磁場を発生させて、当該磁場を前記サンプルに印加する、
細胞凍結方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞凍結保存液、凍結細胞保存方法、及び細胞凍結方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種臓器の細胞組織や多能性細胞等を凍結保存しておき、移植等の治療時に凍結保存しておいた細胞を解凍して利用する、細胞凍結技術が注目されている。細胞組織の一般的な凍結方法は、例えば、細胞組織に、生理食塩水に各種添加剤を添加した凍結保存液を加えた細胞懸濁液を作製し、その細胞懸濁液が入った容器(クライオチューブなど)を、2-プロパノールで満たされた細胞凍結容器内に設置し、その細胞凍結容器を所定の温度(例えば、-80℃)に設定した冷凍庫に所定時間(例えば、24H)保持することで行われる。そして、凍結後の細胞懸濁液が入った容器を液体窒素に浸漬して凍結細胞を保存する。
【0003】
なお、以下の非特許文献1や2にはiPS細胞の凍結保存技術について記載されている。また以下の非特許文献3には、iPS細胞などの細胞組織の凍結保存方法や細胞組織用の凍結保存液の概略について記載されている。以下の特許文献1や非特許文献4には、細胞毒性が低い細胞凍結保存液である細胞凍結保存用組成物について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】京都大学、”ヒトiPS細胞の効果的凍結保存法の確立”、[online]、[令和2年11月6日検索]、インターネット<URL:http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news6/2010/101201_3.htm>
【非特許文献2】公益社団法人日本生物工学会、” 霊長類ES/iPS細胞の凍結保存”、[online]、[令和2年11月6日検索]、インターネット<URL:https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9009/9009_tokushu-1_3.pdf>
【非特許文献3】ゼノアックリソース株式会社、”STEM-CELLBANKER GMP grade 製品案内(「STEM-CELLBANKER」は登録商標)”、[online]、[令和2年11月6日検索]、インターネット<URL:http://www.zenoaq.jp/zenoaq_resource/stem-cellbanker.html>
【非特許文献4】ナカライテスク株式会社、”細胞保存液 Cell Reservoir One”、[online]、[令和2年11月6日検索]、インターネット<URL:https://www.nacalai.co.jp/products/entry/d001007.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的な細胞凍結保存液は、非特許文献3に記載されているように、添加剤としてジメチルスルホキシド(DMSO)を含んでいる。しかし、DSMOには細胞毒性があることが知られている。したがって、現在の実験レベルや臨床レベルにある、医療用途の細胞凍結保存技術を、今後の実用レベルにまで移行させていくことを考慮すると、細胞凍結保存液にはより高い安全性が求められる。もちろん、細胞凍結保存液には、安全性ととともに、解凍時に高い細胞生存率を有することも求められている。
【0007】
上記特許文献1や非特許文献4に記載の細胞凍結保存液は、絹タンパク質であるセリシンを主とした添加剤を含み、さらに、これらの文献にはDSMOを含まないものについても開示されている。しかしながら、セリシンは、マユ由来の絹タンパク質を原料とし、製糸過程の製錬工程で発生する排水中から抽出して精製して得ることから、より低いコストで製造することが難しい。また、原料の入手先も限定される。
【0008】
医療用途の細胞凍結技術を実用レベルにまで引き上げるためには、安全性と細胞生存率が高く、かつ安価で入手が容易な原料を用いた細胞凍結保存液が必要となる。
【0009】
そこで本発明は、解凍後の細胞生存率が高く、安全性に優れた安価で、原料の入手が容易な細胞凍結保存液と、この細胞凍結保存液を用いて凍結させた細胞の保存方法(凍結細胞保存方法)、及び細胞凍結方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、生理食塩水を溶媒とし、添加剤としてトレハロースとオボアルブミンとが含まれる、細胞凍結保存液である。
【0011】
前記生理食塩水中に200mM以上300mM以下の濃度で前記トレハロースが含まれるトレハロース溶液に対して、前記オボアルブミンが1vol%以上~10vol%以下の割合で添加されてなる、細胞凍結保存液とすればより好ましい。
【0012】
本発明の他の態様は、上記細胞凍結保存液を用いて凍結させた細胞を保存する方法であって、
凍結対象となる細胞に前記細胞凍結保存液を加えた細胞懸濁液をサンプルとして作製するサンプル作製ステップと、
前記サンプルが収納された第1の容器を、2-プロパノールで満たされた第2の容器内に設置するサンプル設置ステップと、
前記サンプル設置ステップに次いで、前記第2の容器を所定の温度に設定された冷凍庫内に保持して前記サンプルを凍結させる凍結ステップと、
凍結した前記サンプルを-135℃以上-80℃以下の温度で保存する、サンプル保存ステップと、
を含む凍結細胞保存方法である。
【0013】
本発明の態様には、上記細胞凍結保存液を用いて細胞を凍結させる方法も含まれ、当該方法は、
凍結対象となる細胞に前記細胞凍結保存液を加えた細胞懸濁液をサンプルとして作製するサンプル作製ステップと、
前記サンプルが収納された第1の容器を、2-プロパノールで満たされた第2の容器内に設置するするサンプル設置ステップと、
前記サンプル設置ステップに次いで、前記第2の容器を所定の温度に設定された冷凍庫内に保持して前記サンプルを凍結させる凍結ステップと、
を含み、
前記凍結ステップでは、前記冷凍庫内に磁場を発生させて、当該磁場を前記サンプルに印加する、
細胞凍結方法としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、解凍後の細胞生存率が高く、安価で安全性に優れた細胞凍結保存液、その細胞凍結保存液を用いた凍結細胞保存方法、及び細胞凍結方法が提供される。なお、その他の効果については以下の記載で明らかにする。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】HEK293細胞(試験用細胞)に生理食塩水(D-PBS)を加えて得たサンプルを凍結して解凍したときの細胞生存率を示す図である。
【
図2】上記試験用細胞に、上記D-PBSに各種糖類が添加されてなる細胞凍結保存液を加えて得たサンプルを凍結して解凍したときの細胞生存率を示す図である。
【
図3】上記試験用細胞に、上記D-PBSにトレハロースと各種タンパク質とが添加されてなる細胞凍結保存液を加えて得たサンプルを凍結して解凍したときの細胞生存率を示す図である。
【
図4】上記試験用細胞に、上記D-PBSにトレハロースとオボアルブミン(OVA)とが添加されてなる細胞凍結保存液を加えて得たサンプルを凍結後に保存する際の温度と細胞生存率との関係を示す図である。
図4(A)は、当該サンプルを1週間保存したときの細胞生存率を示す図であり、
図4(B)は、当該サンプルを1ヶ月保存した時夫細胞生存率を示す図である。
【
図5】凍結槽内に磁場を発生することができる磁場発生式冷凍装置の外観の一例を示す図である。
【
図6】上記磁場発生式冷凍装置の構成の一例を示す図である。
【
図7】上記試験用細胞に上記D-PBSを加えて得たサンプルを、磁場発生式冷凍装置を用いて凍結させて解凍したときの細胞生存率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施例について、以下に添付図面を参照しつつ説明する。
【0017】
===第1の実施例(細胞凍結保存液)===
上述したように、医療用途の細胞凍結保存技術を実用化させるためには、高い安全性と細胞生存率に加え、低価格で入手が容易であることが重要である。そこで本発明者は、食品由来の物質を細胞凍結保存液に用いることを検討し、その上で、より高い細胞生存率を達成するべく鋭意研究を重ねた。そして、本発明に想到した。
【0018】
まず、本発明の第1の実施例として、添加剤として食品由来の物質を含む細胞凍結保存液を挙げる。上記特許文献1にも記載されているように、食品由来の細胞凍結保存液の添加物としては、糖類がある。そこでまず、添加剤として糖類を含む凍結保存液を用いた細胞懸濁液をサンプルとし、そのサンプルを凍結させ、解凍後の細胞生存率を調べた。
【0019】
<サンプルの作製手順>
以下、サンプルの作製手順、サンプルの凍結手順、及びサンプルの解凍手順について、その一例を具体的に説明する。なお、ここでは、凍結対象となる細胞組織として、ヒト胎児由来腎細胞株(HEK293A)を培養して得たHEK293細胞を採用した。
【0020】
サンプルの作製手順は、まず、ヒト胎児由来腎細胞株(HEK293A)を、基本培地であるDMEM(ダルベッコ改変イーグル培地、Dulbecco's Modified Eagle's Medium)に対してウシ胎児血清(FBS)及びペニシリンストレプトマイシンを、夫々10vol%及び1vol%加えた培地を用いて、温度37℃、CO2濃度5%の環境下で培養してHEK293細胞(以下、試験用細胞)を得る。次に、試験用細胞に細胞凍結保存液を加えた細胞懸濁液をサンプルとする。なお、細胞懸濁液における細胞濃度は1×107(cells/ml)とした。
【0021】
サンプルに用いた細胞凍結保存液は、D-PBS(ダルベッコりん酸緩衝生理食塩水)を主成分として糖類が添加されたものであり、サンプルに応じて糖類の種類が異なっている。また、各細胞凍結保存液における糖類の濃度は、サンプルごとにD-PBSの量を変えることで一律に200mMとした。なお、糖類を添加剤として含んだ細胞凍結保存液の効果を確認するために、添加剤を含まないD-PBSのみを細胞凍結保存液としたサンプルも作製した。
【0022】
次に、クライオチューブを第1の容器として、当該第1の容器(以下、チューブと言うことがある)に500μlのサンプルを入れた。次いで、サンプルが入ったチューブを、2-プロパノールで満たされた第2の容器である凍結保存容器内に設置し、その凍結保存容器(以下、容器と言うことがある)を-80℃の温度に設定された冷凍庫内に入れて24時間保持し、サンプルを凍結させた。
【0023】
解凍は、凍結したサンプルが入ったチューブが設置された凍結保存容器を、37℃の恒温槽に1分間保持する手順で行った。そして、各サンプルに対し、上述した手順で凍結して解凍する凍結解凍試験を行い、解凍後のサンプル内において生存している細胞の数を計測し、凍結前の細胞の数と解凍後の生存細胞の数とに基づいて細胞生存率を求めた。なお、生存細胞の数は、フロートサイトメーターによる自動解析により、視細染色色素(PI)を用いて染色したサンプル内の試験用細胞の生死判定を行うことで計測した。
【0024】
図1に糖類の種類が異なる各種細胞凍結保存液を用いたサンプルの夫々における細胞生存率を示した。なお、
図1には、D-PBSのみを用いた細胞凍結保存液を用いたサンプル(以下、比較用サンプル)についての細胞生存率も示した。
図1に示したように、D-PBSのみの細胞凍結保存液を用いた比較用サンプルでは、生存率が19.8%であったが、糖類が添加されているサンプルでは、比較用サンプルに対して細胞生存率が10%~40%向上した。とくに、添加剤にトレハロースを用いたサンプルでは細胞生存率が50%を上回った。
【0025】
<添加物の副成分>
上述したように、細胞毒性のある添加剤を含まず食品由来の糖類を添加剤とした細胞凍結保存液を用いることで細胞生存率が向上することがわかった。そこで、細胞生存率をさらに向上させるために、主成分であるトレハロースと、トレハロース以外の副成分とからなる添加剤を含む細胞凍結保存液を用いてサンプルを作製した。そして、上記と同様の手順でサンプルに対する凍結解凍試験を行って、サンプルの細胞生存率を調べた。
【0026】
ここでは、添加剤の副成分として、各種タンパク質を用いた。タンパク質は、糖と同様に、生体において極めて重要な高分子であるとともに、生体においては水を溶媒としていることから、生理食塩水であるD-PBSに対する添加剤として糖とタンパク質とを含んだ細胞凍結保存液であれば、添加剤と水との相互作用(水和)によって、凍結時の細胞の破壊を抑制し、かつ解凍後の細胞生存率も向上すると仮定した。そして、細胞凍結保存液の添加剤として実績のある、特許文献1や非特許文献4に記載のセリシンや、FBS、ウシ血清アルブミン(BSA)を副成分として選定した。
【0027】
さらに、セリシン、FBS、BSAは、決して安価とは言えないことから、細胞凍結保存液用としては全く実績のない添加剤についても検討する必要があると考え、オボアルブミン(OVA)を選定した。OVAは、食品中の卵タンパク質の濃度測定用試薬として広く使用されており、安全性が高く、極めて安価に、かつ容易に入手できる。
【0028】
そこで、D-PBSを溶媒とした濃度200mMのトレハロース溶液に上記副成分のいずれかを加えてなる各種細胞凍結保存液を作製し、夫々の細胞凍結保存液を用いた細胞懸濁液をサンプルとした。なお、細胞凍結保存液中の副成分の濃度は、10vol%とした。
【0029】
図2に、副成分の種類が異なる各種細胞凍結保存液を用いたサンプルに対する凍結解凍試験後の細胞生存率を示した。
図2に示したように、添加剤の副成分としてOVAを含んだ細胞凍結保存液を用いたサンプルでは、細胞生存率が84.3%で、80%を越え、当該サンプルは他の副成分を用いたサンプルに対して特異的に細胞生存率が高かった。したがって、細胞生存率を向上させるためには、細胞凍結保存液の添加物にトレハロースとOVAとを用いることが有効である。
【0030】
細胞凍結保存液の添加剤として用いたトレハロースとOVAは、上述したように、食品由来の高い安全性を有する添加剤であり、かつ安価で入手も容易である。第1の実施例に係る細胞凍結保存液は、こられの添加剤を含む細胞凍結保存液であり、第1の実施例に係る細胞凍結保存液は、凍結細胞を利用した医療の実用化にも寄与するものと考えられる。
【0031】
<細胞凍結保存液の最適化>
次に、D-PBSを溶媒とし、糖濃度が100mM、又は300mMのトレハロース溶液に対してOVAの添加量を変え、細胞凍結保存液中のOVAの濃度が異なる各種細胞凍結保存液を調製して、上記と同様の細胞懸濁液を作製した。そして、これらの細胞懸濁液をサンプルとして、各サンプルに対して上記と同様の手順で凍結保存試験を行った後、各サンプルにおける細胞生存率を調べた。
【0032】
図3に、トレハロース溶液における糖濃度やOVAの濃度が異なる各種細胞凍結保存液を用いたサンプルの細胞生存率を示した。
図3に示したように、OVAの濃度を0~10%とし、OVAの濃度が1%~10%のサンプルについては、OVAを添加する前のトレハロース溶液の濃度が100mMのものと、300mMのものの二種類を用意した。
【0033】
図3に示した各サンプルの細胞生存率を見ると、主成分として300mMのトレハロース溶液を用いたサンプルの方が100mMのトレハロース溶液を用いたサンプルよりも細胞生存率が高くなることが確認された。また、
図2に示した主成分として200mMのトレハロース溶液にOVAを添加したサンプルの細胞生存率と比較しても、300mMのトレハロース溶液を用いたサンプルの方が高い細胞生存率を示した。
【0034】
なお、300mMのトレハロース溶液を用いたサンプルであっても、OVAの濃度が1vol%未満では、細胞生存率のバラツキが大きかった。OVAの濃度が1vol%以上のサンプルでは、OVAの濃度と細胞生存率との相関性は見いだせなかったが、84.0%~90.1%の高い細胞生存率が安定的に得られた。したがって、
図2に示した、200mMのトレハロース溶液を用いたサンプルの生存率が84.3%であることを考慮すれば、濃度が200mM以上のトレハロース溶液にOVAを添加して、OVAの濃度が1vol%以上となるように調製された細胞凍結保存液を用いて細胞を凍結させれば、少なくとも80%以上の高い細胞生存率が得られると考えられる。
【0035】
なお、OVAは、硬度が高い物質であり、他のタンパク質と比較して水に溶け難い。そのため、細胞凍結保存液中のOVAの濃度が高すぎると、0.45μm以下のメンブレンフィルタでその細胞凍結保存液を濾過することが困難となる。細胞凍結保存液については、日本薬局方により、微生物の捕集効率が確立された公称孔径0.45μmのメンブレンフィルタで濾過することが規定されている。したがって、細胞凍結保存液中のOVAの濃度は、サンプルとして実際に作製した10vol%を上限とすることが好ましい。
【0036】
いずれにしても、第1の実施例に係る細胞凍結保存液の技術的意義は、従来の用途からでは想到し得なかったOVAが細胞凍結保存液の添加剤として利用でき、しかも、OVAを添加剤とすることで、高い安全性を確保しつつ、想定外の高い効果を奏することが確認されたことにある。
【0037】
===(凍結細胞保存方法)===
医療用途の細胞凍結技術をより確実に実用化させるためには、凍結細胞を長期間保存した後で高い細胞生存率を有していることも必要となる。そこで、第2の実施例として、第1の実施例に係る細胞凍結保存液を用いて凍結させた細胞の保存方法(凍結細胞保存方法)を挙げる。
【0038】
第2の実施例に係る凍結保存方法の有効性を確認するために、上記第1の実施例に係る細胞凍結保存液を用いたサンプルを、上記の凍結解凍試験におけるサンプルの凍結手順まで行って凍結させ、その凍結後のサンプルを、異なる温度で保存する凍結保存試験をおこなった。そして、凍結保存試験の開始から1週間後、及び1ヶ月後に凍結解凍試験における解凍手順によりサンプルを解凍し、解凍後のサンプルにおける細胞生存率を調べた。なお、サンプルには、300mMのトレハロース溶液に1vol%のOVAを添加してなる細胞凍結保存液を用いた。
【0039】
図4に、凍結保存試験の結果を示した。
図4(A)は、保存期間を1週間としたときの試験結果であり、
図4(B)は、保存期間を1ヶ月としたときの試験結果である。なお、
図4において、「LN」は、サンプルを容器ごと液体窒素に浸漬させて凍結細胞を保存したことを示している。なお、-135℃の保存温度は、例えば、液体窒素を用いた周知の気相保存により維持できる。-80℃の保存温度は、冷凍庫で凍結させたサンプルをその冷凍庫内で保管することで維持できる。
【0040】
図4(A)、
図4(B)に示したように、保存期間が1週間と1ヶ月のいずれにおいても、保存温度を-80℃又は-135℃としたときの細胞生存率が他の温度で保存したサンプルよりも高く、1週間の保存期間では、85%以上の細胞生存率を示した。1ヶ月後の保存期間でも80以上の細胞生存率を示した。したがって、実施例に係る細胞凍結保存液を用いて凍結させた細胞の保存温度は、-135℃以上-80℃以下であることが好ましい。
【0041】
===第3の実施例(細胞凍結方法)===
第1の実施例に係る細胞凍結保存液を用いた凍結解凍試験や凍結細胞保存試験では、サンプルを、一般的な凍結方法を採用していた。しかし、一般的な凍結方法では、極低温(例えば、-80℃)まで冷却できる性能を有する高価な冷凍装置が必要となる。そして、冷凍庫内をこの極低温にまで冷却するためには長い時間を要する。冷却に要する電力も大きい。したがって、細胞を凍結する際の総合的なコストを考慮すれば、細胞をより高い温度で効果的に凍結させることができる技術が必要となる。そこで、第3の実施例として、第1の実施例に係る細胞凍結保存液を用いつつ、高い温度でも細胞を短時間で凍結させることができる細胞凍結方法を挙げる。
【0042】
第3の実施例に係る細胞凍結方法では、凍結対象物に磁場を印加しながら冷却して細胞を凍結している。この種の細胞凍結方法は、細胞組織における細胞破壊を最小限に抑制し、例えば、生鮮食料品などの鮮度を保ったまま凍結させる用途に用いられている。
【0043】
参考までに、
図5と
図6に、凍結槽内に磁場の発生が可能な冷凍装置(以下、磁場発生式冷凍装置1と言うことがある)の一例を示した。
図5は、磁場発生式冷凍装置1の外観図であり、
図6は磁場発生式冷凍装置1の概略構成を示している。
【0044】
図5に示した磁場発生式冷凍装置1は、水平面に載置した状態で上下方向に長い箱状の冷凍装置本体(以下、本体10とも言う)と本体10とケーブル2で接続された制御ユニット20とから構成されている。制御ユニット20は、本体10の動作を制御したり、本体の動作状態を監視したりするための装置であり、ユーザインタフェースとして、各種設定操作を受け付ける入力部(23、26)や、本体10の設定状態等を表示する表示部(24、27)を備える。
【0045】
図6に示したように、本体10は内部に凍結槽11、スターリング冷凍機等の冷凍機12、熱交換器である冷却ヘッド13、ヒーター14、凍結槽11内の温度を監視する温度センサ15、および凍結槽11内に磁場を発生させるためのコイル16などを含んで構成されている。なおコイル16を構成する導線は、例えば、上下方向を軸として凍結槽11の周囲に矩形状に巻回される。また冷却ヘッド13は上面が凍結槽の底面を構成し、この冷却ヘッド13内にヒーター14と温度センサ15が組み込まれている。それによって凍結槽11内がこの冷却ヘッド13を介して直接冷却あるいは加温される。
【0046】
第3の実施例に係る細胞凍結方法の有効性を確認するため、上記試験用細胞にD-PBSのみを加えて作製した細胞懸濁液をサンプルとして作製した。次いで、そのサンプルを、磁場発生式冷凍装置(CAS-LAB1、株式会社アビー製)を用いて凍結させる磁場印加凍結試験を行った。なお、磁場印加凍結試験では、サンプルが入ったチューブを2-プロパノールで満たされた容器内に設置し、その容器を磁場発生式冷凍装置の凍結槽内に配置した。
【0047】
磁場印加凍結試験では、凍結槽内の温度を、-30℃、又は-50℃に設定し、凍結槽内に、周波数50Hz、磁束密度0.36mT(設定値)の交流磁場を発生させた。そして、上記容器を凍結槽内に10分保持してサンプルを凍結させた。
【0048】
図7に、磁場印加凍結試験の結果を示した。
図7では、一般的な凍結方法によって上記比較用サンプルを凍結させた際の細胞生存率も示した。
図7に示したように、第3の実施例に係る凍結方法(磁場印加凍結方法)によってサンプルを冷却することで、高い温度でかつ極めて短い時間(10分)でサンプルを凍結させることができ、解凍後の細胞生存率も一般的な方法で凍結させたサンプルよりも高くなった。特に、磁場を印加しつつ-30℃の温度で凍結させたサンプルは、D-PBSのみからなる細胞凍結保存液であっても高い細胞生存率(87.6%)を示した。したがって、第1の実施例に係る細胞凍結保存液と、磁場発生式冷凍装置とを用いて細胞を凍結させれば、当然のことながら、細胞生存率を飛躍的に向上させることができると考えられる。そして、細胞の凍結コストの低減との相乗効果により、医療用途の細胞凍結技術の実用化可能性をより高めることができる。そして、サンプルに印加する磁束密度や冷凍庫内の温度、あるいは冷却手順を最適化すれば、さらに生存率を高めることが期待できる。
【0049】
===その他の実施例===
上記各実施例では、試験用細胞としてHEK293細胞を用いていたが、上記各実施例は、他の細胞にも適用可能である。
【0050】
第1~第3の実施例において作製されたサンプルは、各実施例に関する試験を行う際に調整されたものである。そのため、各実施例において使用されたサンプルは、作製条件や試験方法が同じであっても、細胞生存率等の試験結果が若干異なる場合がある。
【0051】
図5、
図6に示した磁場発生式冷凍装置1は、磁場発生式冷凍装置の基本的、或いは代表的な構成を説明するためのものであり、第3の実施例において使用された磁場発生式冷凍装置や、実用時に導入される磁場発生式冷凍装置とは、当然のことながら、外観、細部の構成、仕様等が異なる場合がある。
【符号の説明】
【0052】
1 磁場発生式冷凍装置、10 冷凍装置本体、11 凍結槽、12 冷凍機、
15 温度センサ、16 コイル、20 制御ユニット、22 コイル制御部、
25 温度制御部