(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022007947
(43)【公開日】2022-01-13
(54)【発明の名称】給電チップ及び給電チップユニット
(51)【国際特許分類】
B23K 9/26 20060101AFI20220105BHJP
【FI】
B23K9/26 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021006774
(22)【出願日】2021-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2020110728
(32)【優先日】2020-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】510086327
【氏名又は名称】株式会社最新レーザ技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100081776
【弁理士】
【氏名又は名称】大川 宏
(72)【発明者】
【氏名】沓名 宗春
(72)【発明者】
【氏名】村上 隆昭
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001LE06
4E001LE08
4E001LH03
4E001MC01
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性が高く、製造が容易な給電チップ及びその給電チップを備えた給電チップユニットを提供する。
【解決手段】本発明の給電チップ1は、溶接ワイヤ12を挿通するワイヤ挿通孔9を有する円筒状の給電チップ1であって、酸化物分散銅からなり、ワイヤ挿通孔9は、給電チップ1の先端部10の先端から5mmまでの範囲において、その内面にグラファイトが塗布、焼付されてなるグラファイト処理層17を備えることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤを挿通するワイヤ挿通孔を有する円筒状の給電チップであって、
酸化物分散銅からなり、
前記ワイヤ挿通孔は、前記先端部の先端から5mmまでの範囲において、その内面にグラファイトが塗布、焼付されてなるグラファイト処理層を備えることを特徴とする給電チップ。
【請求項2】
前記酸化物分散銅はアルミナ分散銅であり、
前記アルミナ分散銅は、アルミナ(Al2O3)の含有量が0.1~0.7重量%である請求項1に記載の給電チップ。
【請求項3】
表面に純銅よりなる被覆層を有し、
前記被覆層の厚さが20~200μmである請求項1又は2に記載の給電チップ。
【請求項4】
前記ワイヤ挿通孔は、前記給電チップの中心軸に沿って、前記ワイヤの送り方向先端側の先端部から、他方の根元部の方向に向かって孔径が漸次拡大するテーパを備える請求項1~3のいずれか1項に記載の給電チップ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の給電チップを備え、
前記給電チップは一対の半円筒状チップ分割体を組み合わせてなる半割れ型給電チップであり、
さらに、前記給電チップを覆うチップカバーと、
前記給電チップの前記根元部側において、前記チップカバーと螺合され、前記給電チップと外部電源とを接続し、ワイヤ挿通孔を有するチップベースと、
を備え、
前記チップカバー及び前記チップベースは、その外表面にグラファイトが塗布、焼付されてなるグラファイト処理層を備えることを特徴とするチップユニット。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の給電チップを備え、
前記給電チップは円筒状の一体型給電チップであり、
前記給電チップの前記根元部側において、前記給電チップと離間して配置されワイヤ挿通孔を有する根元部材と、
前記給電チップと前記根元部材との間を接続しワイヤ挿通孔を有するスペーサとを備え、
前記スペーサを交換することにより、前記根元部材の後端から前記給電チップの先端までの長さを調節可能であるスペーサ付チップユニット。
【請求項7】
前記給電チップの前記ワイヤ挿通孔は、前記先端部の先端から5mmまでの範囲において、前記ワイヤ挿通孔に挿通される前記ワイヤの径よりも0.01~0.05mm大きい孔径を有し、前記先端部の先端から5mmを超える範囲において、前記ワイヤの径よりも0.6mm以上大きい孔径を有する請求項6に記載のスペーサ付チップユニット。
【請求項8】
前記根元部材の後端から前記給電チップの先端までの長さが30~50mmである請求項6又は7に記載のスペーサ付チップユニット。
【請求項9】
前記根元部材及び前記スペーサの少なくとも一方は、純銅又はクロム銅合金よりなる請求項6~8のいずれか1項に記載のスペーサ付チップユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接機器のトーチ部品である給電チップ、及び、その給電チップを備えた給電チップユニットに関する。特にシールドガスアーク溶接であるミグ溶接、マグ溶接、炭酸ガスアーク溶接などにおける自動溶接や半自動溶接に適用される給電チップの材質、形状および表面処理に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、造船、建築物、橋梁、自動車部品、電気部品の溶接作業において、シールドガスアーク溶接を用いた自動溶接(ロボット溶接を含む)や半自動溶接がなされている。これらのアーク溶接において、溶接トーチの先端部に取付けられ、溶接ワイヤへの給電を行う給電チップは、溶接ワイヤに溶接電流を給電する機能のほかに、溶接ワイヤを溶接個所に正確に導くためのガイドとしての機能を持っている。給電チップは、繰り返し使用することにより、溶接ワイヤを挿通するワイヤ挿通孔の内面の摩耗が進行する。給電チップ先端でワイヤ挿通孔が摩耗すると、溶接ワイヤを導くためのガイドとしての機能が低下し、ワイヤ先端の位置が教示した位置からズレたり、アークの発生位置がズレたりし、適切な溶接ができなくなる。このような状態になると、給電チップそのものを交換する必要がある。給電チップの寿命は、溶接条件や用いる給電チップにより異なるが、短いものでは2~4時間の短時間で交換する必要がある。特に、溶接電流が300A以上の高電流のときや、近年開発されたCMT方式、シンクロフィード方式、アクティブタワー方式の溶接機では、ワイヤの出し入れが激しいので、給電チップの摩耗も激しい。この課題を解決し、摩耗の少ない給電チップが要望されている。また、発生したスパッタがノズルやコンタクトチップに付着しにくい給電チップが要望されている。
【0003】
従来の給電チップは、略円筒状の部材の中心にワイヤ挿通孔である貫通孔を形成した一体型給電チップが用いられてきた。給電チップ内部において、溶接ワイヤがワイヤ挿通孔の内側の壁面に接触することにより給電チップから溶接ワイヤへ給電されるが、例えば、曲がりくせのある溶接ワイヤが用いられると、通常時に溶接ワイヤが接触する位置よりも根元側に入ったところで溶接ワイヤが接触し、給電チップから溶接ワイヤへの給電点が時々刻々変動する。溶接時には、給電点からジュール発熱が起こり、給電点が変動すると溶接電流が変動し、アークが不安定になったり、溶接の仕上がりにばらつきが発生したりする。また、給電された溶接ワイヤのジュール発熱により溶接ワイヤが赤熱され高温になり、接触している給電チップ先端部が400℃以上に加熱される。その結果、従来一般的に使用されるクロム銅合金製の給電チップは先端が軟化して、その部分の摩耗が促進される。そしてチップ寿命が短縮する。さらに摩耗が一層進行すると、溶接ワイヤの先端位置がズレて、教示した位置の溶接が困難となったり、被溶接部材にきれいな溶接ビードを形成することができなくなったりなる。このような給電チップにおける摩耗や給電の不安定さを防ぐための技術に関連して、例えば以下の特許文献1、2、3が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許4261519号
【特許文献2】特許4683673号
【特許文献3】特開2017-217674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献に示す給電チップでも上述の問題点を解決できなく、以下のような問題があった。特許文献1には、棒材を鍛圧加工により成形し、長手方向に断面半円状の溝部を形成した一対の分割チップ部材を、前記溝部どうしが対向して真円のワイヤ挿通孔を形成するように接合したことを特徴とするアーク溶接用電極チップが記載されているが、各種溶接トーチに対応した給電チップを作成するには困難があった。
【0006】
特許文献2には、一対の分割された半割れ型給電チップと、当該給電チップを内蔵する溶接トーチであって、給電チップの根元側に特殊な構造を設けることにより、溶接ワイヤと給電チップとの接触箇所を安定させる構造が記載されている。しかしながら、給電チップの根元側に特殊な構造を採用しているため、給電チップの製造に際して従来と異なる製造工程を要し、製造が困難であった。また、給電点は安定するものの、給電チップの耐熱性は十分ではなく、特に溶接電流が280A以上の溶接条件では、寿命の改善効果が少なかった。
【0007】
特許文献3には、給電チップの先端部に耐熱性、耐摩耗性の高い銅―タングステン合金を固着させ、給電チップの寿命を改善できることが述べられている。しかし、銅―タングステン合金は、給電チップの基材に固着するのが困難で、製造が難しいという問題があった。
【0008】
また、従来より、一体の円筒状の銅またはクロム銅合金の軸芯に、溶接ワイヤが通過できる径の穴(挿通孔と呼ぶ)を加工した給電チップや、4分割、2分割型の給電チップが使用されている。一体型の給電チップは、円筒状一体構造のチップに穴を開け、この穴とワイヤの接触により給電する方式であるために、ワイヤの曲がり等により穴内面に圧力がかかり、穴内面がワイヤに強く引掻かれ、磨耗し、楕円状の穴になりやすい。このことがワイヤ先端と溶接線の位置ズレを起こし、溶接欠陥や溶接品質のバラツキを引起す原因ともなる。また、アークが不安定になるなどの給電性に問題があった。また、ワイヤが正常な接触箇所よりも根元側で給電チップと接触するとそこからチップ先端までの溶接ワイヤ中にジュール発熱が生じ、急激な発熱を引き起こすこともある。この発熱でチップ先端は400℃を超える高温になり、銅合金が軟化して磨耗が加速され、短命となる。これらの通電によるチップ先端部内面の摩耗は、使用する溶接電流、アーク電圧、溶接法、溶接時間、スパッタの付着などにより異なる。溶接ワイヤの直径が1.2mmを例にしてあげると、ロボット溶接では約2時間~8時間で給電チップを1つ交換するのが実情である。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑み、耐摩耗性が高く、製造が容易な給電チップ及びその給電チップを備えた給電チップユニットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の給電チップは、ワイヤを挿通するワイヤ挿通孔を有する円筒状の給電チップであって、酸化物分散銅からなり、前記ワイヤ挿通孔は、前記先端部の先端から5mmまでの範囲において、その内面にグラファイトが塗布、焼付されてなるグラファイト処理層を備えることを特徴とする。
【0011】
本発明のチップユニットは、一対の半円筒状チップ分割体を組み合わせてなる半割れ型給電チップを備え、さらに、前記給電チップを覆うチップカバーと、前記チップの前記根元部側において、前記チップカバーと螺合され、前記給電チップと外部電源とを接続し、ワイヤ挿通孔を有するチップベースと、を備え、前記チップカバー及び前記チップベースは、その外表面にグラファイトが塗布、焼付されてなるグラファイト処理層を備えることを特徴とする。
【0012】
本発明のスペーサ付チップユニットは、円筒状の一体型給電チップと、前記給電チップの根元部側において、前記給電チップと離間して配置され、ワイヤ挿通孔を有する根元部材と、前記給電チップと前記根元部材との間を接続し、ワイヤ挿通孔を有するスペーサとを備え、前記スペーサを交換することにより、前記根元部材の後端から前記給電チップの先端までの長さを調節可能であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の給電チップは、消耗式ガスシールドアーク溶接において、溶接ワイヤに電流を通電する給電チップであって、その給電チップ本体を酸化物分散銅により形成することにより、耐摩耗性に優れるとともに、その製造性に優れる。また、給電チップの中心軸に沿って、ワイヤの送り方向先端側の先端部から、他方の根元部の方向に向かって孔径が漸次拡大するテーパ状のワイヤ挿通孔を備えることにより、給電チップの先端部の先端から根元部側に過度に離れたワイヤ挿通孔内面と溶接ワイヤの接触通電を減少でき、ワイヤ中にジュール発熱が生じるのを低減できる。
【0014】
本発明のチップユニットは、分割可能な一対の半円筒状チップ分割体を組み合わせてなる半円筒状半割れ型給電チップと、給電チップを覆うチップカバーと、給電チップの根元部側において、チップカバーと螺合され、給電チップと外部電源とを接続するチップベースと、を備える。このような構造とすることにより、給電チップの点検、補修、又は、交換が容易となり、チップユニットの使用寿命に優れる。また、チップカバー及びチップベースの外表面にグラファイト処理層を設けることにより、外表面の摩耗量を低減し、付着したスパッタを容易に剥離できる。
【0015】
本発明のスペーサ付チップユニットは、スペーサを交換することにより、その全体長さを各種市販品に対応できるように調整できる。特に、根元部材およびスペーサを安価な純銅またはクロム銅合金で作製することにより、各種チップの量産を容易にし、製造コストの低下を可能とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態1である半割れ型給電チップの部品構成を示す図である。
【
図2】半割れ型給電チップの形状およびグラファイト塗布領域を示す図である。
【
図3】半割れ型給電チップを内蔵するチップユニットの構造を示す概略図である。
【
図4】アルミナ分散銅製の半割れ型給電チップの先端部の横断面写真を示す図である。
【
図5】純銅、クロム銅およびアルミナ分散銅の高温強度の比較を示す図である。
【
図6】本発明の実施形態2である一体型給電チップの外観を示す図である。
【
図7】スペーサを使用した円筒状給電チップの構成を示す図である。
【
図8】給電チップの長時間溶接実験の前と12時間溶接後の給電チップの先端形状をレーザ顕微鏡で観察した溝の形状および溝深さ(この差が摩耗量)を示す図である。
【
図9】給電チップの長時間溶接実験の前と4時間、8時間、12時間溶接した後の給電チップの先端形状をレーザ顕微鏡で観察した溝の溝深さを示す表である。
【
図10】チップカバーのみにグラファイト塗布・焼付け処理したチップユニットの外観を示す図である。
【
図11】チップカバー及びチップベースにグラファイト塗布・焼付け処理したチップユニットの外観を示す図である。(a)は、グラファイト塗布前のチップユニットであり、(b)は、グラファイト塗布後、焼付け処理したチップユニットであり、(c)は、8時間溶接後のチップユニットである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。本明細書において、給電チップに挿通されるワイヤの送り方向先端側を「先端」、ワイヤの送り方向後端側を「後端」又は「根元」と呼ぶ。
【0018】
<実施形態1>
実施形態1の給電チップ1は、
図1に示すように分割可能な半割れ型チップである。給電チップ1は、チップカバー2とチップベース3の中に小型の給電チップ1を組み込むことにより、チップユニット4を形成する。
【0019】
給電チップ1は、
図2に示すように、円筒を半割状に分割したような半円筒状の一対の半円筒状チップ分割体を組み合わせてなる。半円筒の分割面にあたる平面の中央には、長手方向に沿って、溶接ワイヤが挿通されるワイヤ挿通孔9を形成する溝が設けられる。給電チップ1の根元部8の端部は、分割面よりも径方向外側に広がった傾斜面を有し、拡径部となっている。一方、給電チップ1の先端部10の先端には、グラファイト処理層11が形成される。
【0020】
給電チップ1は、酸化物分散銅により形成される。酸化物分散銅は、銅を母相とし、酸化物粒子を分散させた合金であり、耐摩耗性に優れる。酸化物分散銅としては、アルミナ分散銅が好ましい。アルミナ分散銅におけるアルミナの含有量は、0.1~0.7重量%の範囲であることが好ましい。上記範囲内であると、通電性(電気伝導度)の低下を最小限に抑制しつつ、耐摩耗性に優れる。本実施形態の給電チップ1は、
図4に示すようにアルミナ分散銅により形成される基材16の表面に純銅よりなる被覆層15を有する二重構造である。基材16の表面を通電性に優れる純銅で被覆することにより、給電チップ1の通電性を向上させ、発熱を抑制することができる。純銅による被覆層15は、20~200μmの厚さで形成されることが好ましい。
【0021】
グラファイト処理層11は、先端部10の端部から5mmまでの範囲のワイヤ挿通孔9内面に形成される。グラファイト処理の方法は特に限定されないが、グラファイトを含む処理液を塗布する塗布工程と、塗布されたグラファイトを焼き付ける焼付工程とにより容易に形成することができる。塗布工程としては、スプレー塗布、刷毛等による塗布、処理液への浸漬等が挙げられる。焼付工程としては、炉内加熱、熱風、ヒーター加熱、火炎による加熱等が挙げられ、加熱温度は250~450℃程度、加熱時間は10分~5時間程度が好ましい。このように、グラファイトにより処理することで、酸化物分散銅の内部に炭素が入り込み、浸炭層が形成されると考えられる。先端部10にグラファイト処理層11を形成すると、グラファイトが減摩材として作用し、給電チップ先端の摩耗量を低減し、付着したスパッタも剥離しやすくすることが可能となり、給電チップの交換寿命を長くすることができる。また、消耗式ガスシールドアーク溶接においては、スパッタの発生が問題となる場合がある。給電チップにグラファイト処理層を設けることにより、付着したスパッタを剥離しやすくすることが可能である。
【0022】
本実施形態の半円筒状の半割れ型給電チップ1は、その材質は酸化物分散銅(アルミナ分散銅)を純銅で被覆した二重構造を有する。給電チップ1は中心軸に沿って先端部(アークが発生する方)から根元部の方向に向かって、ワイヤ挿通孔9の長手方向100mmに対して、ワイヤ挿通孔9を形成する溝の深さが0.05~1mm深くなるテーパ状の溝を備える。また、必要により、そのチップ先端部挿通孔内面に先端より5mmまでの範囲にグラファイトを含む処理液でグラファイトを1~200μmの塗布厚さでスプレー塗布あるいは筆や刷毛(はけ)によるグラファイト塗布する方法で、グラファイト塗布後、さらに炉内加熱で塗布部を250℃~450℃の温度範囲で、10分~5時間の範囲内で加熱し、グラファイトを部品表面に焼付けることにより、高融点のグラファイト処理層を設けることが好ましい。グラファイト処理層は摩耗に対する減摩材の役割を発揮するとともに、給電チップ1の先端部10で酸化物分散銅(アルミナ分散銅)を守る役目を発揮し、給電チップの寿命を改善できる。
【0023】
給電チップ1は、
図3に示すようなチップユニット4を形成し、溶接に用いられる。チップユニット4は、半円筒状半割れ型の給電チップ1を備え、給電チップ1を覆うチップカバー2と、給電チップ1の根元部側において、チップカバー2と螺合され、給電チップ1と図示しない外部電源とを接続し、ワイヤ挿通孔を有するチップベース3と、を備える。
【0024】
一対の半円筒状チップ分割体は、ワイヤ挿通孔9が対向するように合わせられ、チップカバー2に収容される。実施形態1のチップユニット4は、溶接時、
図3に示すように溶接ワイヤ12がワイヤ挿通孔9に挿入されると、チップベース3が螺合され、チップ押し付け用バネ13により押し付けられたチップ受け台14が押し出される。給電チップ1の根元部8の端部は、分割面よりも径方向外側に広がった傾斜面を有し、傾斜部にチップ受け台14が挿通されることにより、給電チップ1の根元が広げられ、給電チップ1の先端部10は逆に締め付けられる。この締め付けにより一対の半円筒状チップ分割体の先端部10が溶接ワイヤ12に密着し、1点通電が起こる。従来型の給電チップではこの先端以外にチップ内部でも通電が生じる。チップユニット4を構成する給電チップ1は、
図1に示したように一対の分割された半円筒状チップ分割体でできており、ワイヤ挿通孔9どうしを向かい合わせて一体的に結合し円筒形状としたものである。一対のチップ分割体によって形成された円筒形状の給電チップ1において、ワイヤ挿通孔9は、給電チップの中心軸に沿って先端部10から根元部8の方向に向かって孔径が漸次拡大するテーパ形状を有する。一対の半円筒状チップ分割体により形成されるワイヤ挿通孔9のテーパ形状の広がりは、ワイヤ挿通孔9の長手方向100mmに対して、ワイヤ挿通孔9の径が0.1~2mm大きくなることが好ましい。
【0025】
こうして、溶接ワイヤ12は溶接対象物との間でのアーク放電により溶融され溶接を行うことができる。次に、溶接ワイヤ12と接触してワイヤ挿通孔の先端部の内壁の摩耗が進んだときには、給電チップ1の先端部間隔をチップ押し付け用バネ13で締め付け狭めることで、溶接ワイヤ12とワイヤ挿通孔との接触を保つようにしている。このことにより、給電チップの給電点は当初の位置と変わることなく溶接ワイヤ12と給電チップとの接触が保たれ、給電性が低下することなく安定した電流供給がなされる。
【0026】
なお、一対の半円筒状チップ分割体を用いてチップユニット4を構成した場合、主に消耗するのはチップユニット4の全体ではなく、重さが約3.7g(1対当たり)の給電チップ1であるため、高価なアルミナ分散銅を用いたとしても、従来の一体型給電チップ(約15~17g)と比較すると材料の使用量を低減でき、非常に高価となるという問題も解決できる。また、チップユニット4の消耗品は主として給電チップ1であるが、チップカバー2やチップベース3もスパッタの付着などにより寿命が制限される。例えば、溶接電流250Aくらいで溶接するマグ溶接の場合、チップカバー2を1ケ月くらいで交換する必要である。また、チップベース3も同様に1年くらいで交換する必要がある。そこで、本実施形態ではチップカバー2およびチップベース3の外皮として、給電チップ1と同様のグラファイト処理層11を設けている。グラファイト処理の方法は、グラファイト塗布後、さらに炉内加熱、熱風、ヒーター加熱または火炎で塗布部を250℃~450℃の温度範囲で、10分~5時間の範囲内で加熱し、グラファイトを焼付ける。チップカバー2やチップベース3に高沸点のグラファイト処理層11を設けることにより、スパッタの付着を低減し、その剥離を促進できる特徴をもつ。こうして、給電チップ1の寿命をさらに改善できる。
【0027】
給電チップ1は、アルミナ分散銅製の半割れ型給電チップの場合、素材として、
図4の横断面図が示すようにて、内部がアルミナ分散銅で表面(被覆層15)が電気伝導度の高い純銅でできている。このように純銅で包むことにより、電気がチップ表面で通電されやすく、電気伝導度の低下が抑制できる。特に、アルミナ分散銅のアルミナ含有量が多くなると、著しく電気伝導度が低下するので、本実施形態では0.1~0.7質量%の範囲を適正範囲とする。
【0028】
図5は給電チップの素材として用いられることの多い純銅、クロム銅、および本実施形態のアルミナ分散銅の高温条件における硬さを示すグラフである。クロム銅の高温硬さは400℃以上で急激に低下するが、アルミナ分散銅の場合は、800℃程度まで硬度の低下が少ない。従来の給電チップは、溶接時、チップ先端部が500℃以上になると急激に軟化して摩耗が進むが、アルミナ分散銅を用いた場合は、500℃以上となっても軟化しにくく、摩耗も少ない。よって給電チップの寿命が長くなる。特に、近年発達してきたCMT方式(ワイヤをメカニカルにチップ先端で高速に出し入れすることによりスパッタを低減する方式)の溶接ではチップ先端が500℃以上となるので、短時間で交換する必要があるが、この問題を本発明は解決することが可能である。
【0029】
<実施形態2>
次に、実施形態2の給電チップ40について説明する。給電チップ40は、
図6に示すように、先端部5方向に向かって外径が細くなる略円筒状の一体構造である。円筒状の中心部には、溶接ワイヤを挿通するワイヤ挿通孔9が形成される。根元部6はネジ状に成型され、図示しない溶接トーチに螺合して使用する。
【0030】
一体構造の給電チップ40は、軸方向に、溶接ワイヤを挿通するワイヤ挿通孔9を先端部5から根元部6にかけて、使用溶接ワイヤ径よりわずかに大きい径であけたものである。本発明ではこのワイヤ挿通孔9をこの先端部5から根元部6にかけて、ワイヤ挿通孔9の長手方向100mmに対して、01mmの勾配で大きくなるようにあけたものである。ワイヤ挿通孔9は、チップ本体の中心軸に沿って先端部5から根元部6の方向に向かって孔径が漸次拡大するテーパ形状を有することが好ましく、テーパ形状の広がりは、ワイヤ挿通孔9の長手方向100mmに対して、0.05~1mmの範囲であることが好ましい。先端部5の先端より5mmまでの範囲のワイヤ挿通孔9内面のみグラファイトを塗布し、250℃~450℃の温度範囲で10分から5時間の範囲で焼付け処理している。高融点のグラファイト処理層を設けることにより、より高電流で溶接ができるとともに長寿命となる。
【0031】
<実施形態3>
実施形態3は、一体構造の給電チップ20と、給電チップ20の根元部側において、給電チップ20と離間して配置される根元部材18と、給電チップ20と根元部材18との間を接続するスペーサ19とを備えるスペーサ付チップユニット27について説明する。スペーサ付チップユニット27は、スペーサ19を交換することにより、根元部材18の後端から給電チップ20の先端までの全体の長さを調節可能である。
【0032】
図7に示すスペーサ付チップユニットは3つの部品から構成されている。根元部材18、スペーサ19、及び、通電部をもつ給電チップ20である。根元部材18、スペーサ19、及び、給電チップ20は、それぞれ独立した略円筒状の部材である。根元部材18およびスペーサ19の先端側は、外径が細く形成される。スペーサ19および給電チップ20の後端側は、それぞれ隣接する根元部材18およびスペーサ19の先端側の先細部分を収容可能なように内径が大きく形成される。根元部材18、スペーサ19、及び、給電チップ20は、先端側の先細部分と後端側の拡径部分とを嵌合して接続される。それぞれの嵌合部分は、螺合可能なネジ状としてもよい。嵌合部分をネジ状としない場合には、実施形態1のチップカバー2のようなカバー体により全体を保持してもよいし、図示しない係止部材により、それぞれを係止してもよい。根元部材18の後端側は、図示しない溶接トーチに接続される。
【0033】
給電チップ20は、実施形態1及び実施形態2と同様に、酸化物分散銅(アルミナ分散銅)により形成される。一方、根元部材18およびスペーサ19の少なくとも一方は、純銅またはクロム銅合金により形成されることが好ましい。根元部材18およびスペーサ19を安価な純銅またはクロム銅合金で作製することにより、各種チップの量産を容易にし、製造コストの低下を可能とすることができる。
【0034】
また、根元部材18、スペーサ19、及び、給電チップ20は、溶接ワイヤ12を挿通するためのワイヤ挿通孔25を有しているが、その孔径は異なる。給電チップ20は、先端部の端部から5mmまでの範囲の少なくとも一部において、ワイヤ挿通孔25の径が他の箇所よりも小さく、溶接ワイヤ12と接触しやすい通電部26を有する。通電部26の径24は使用する溶接ワイヤ12の径より0.01~0.05mm程度大きいことが好ましい。このような径であると、ワイヤ挿通孔9の内面と溶接ワイヤ12とが接触しやすく、当該接触箇所が通電部となる。一方、給電チップ20の通電部26以外の領域、例えば、給電チップ20の後端側におけるワイヤ挿通孔25の径25c、根元部材18のワイヤ挿通孔25の径25a、及び、スペーサ19のワイヤ挿通孔25の径25bは使用する溶接ワイヤ12の径より0.6mm以上大きいことが好ましい。このような径とすることで、ワイヤ挿通孔9の内面と溶接ワイヤ12との接触を避け、先端部10以外での通電を抑制することができる。これにより、給電チップ1から溶接ワイヤ12への給電点が安定し、溶接電流の変動が小さくなる。よって、アークが安定し、溶接欠陥や溶接品質のバラツキを引起しにくくなる。なお、上記の実施形態2で述べた一体型給電チップ40においても、先端部5の先端から5mmまでの範囲の少なくとも一部を溶接ワイヤ12の径より0.01~0.05mm程度大きくし、先端部5の先端から5mmを超える範囲において、溶接ワイヤ12の径より0.6mm以上大きしてもよい。
【0035】
根元部材18、スペーサ19、及び、給電チップ20を接続した際の、根元部材18の後端から給電チップ20の先端までの全体の長さは、30~50mmであることが好ましい。すなわち、根元部材18の表面長さ21、スペーサ19の表面長さ22、給電チップ20の表面長さ23を足した値が30~50mmとなる。特に、給電チップ20の表面長さ23は、10~17mmであることが好ましい。国内で市販される給電チップは、全長が30mm、40mm、41mm、および45mmであるものが多い。根元部材18を一定の形状とし、スペーサ19を利用することで、摩耗の激しい給電チップ20を縮小化でき、比較的高価な酸化物分散銅の使用量を必要最小限に低減し、各種給電チップに取り付けることで、製造コストの低減を可能とすることができる。
【実施例0036】
本発明の実施例として、半割れ型給電チップの評価について以下に述べる。
マグ溶接(80%Ar+20%CO2の混合ガスを使用)を用いたロボット溶接において比較した。すなわち、従来のクロム銅からなる一体型円筒状給電チップをトーチに取付けて鋼材をアーク溶接した場合と、本発明のアルミナ分散銅製の半割れ型給電チップユニットをノズル先端部に固着し、マグ溶接をした場合の溶接結果を比較した。
鋼板は、SS400鋼で、板厚9mm、200mm×600mmの寸法のものを用いた。その上に、溶接ワイヤMG-50(1.2mm径)を用いてビードオン溶接した。1.8m長さの溶接ビードを3分間溶接した後、約2分休み、残り1.8m長さを3分間で溶接した。
【0037】
溶接条件は いずれも、溶接電流295A~330A、アーク電圧30V~31.5V、溶接速度600mm/分、ワイヤ突出し長さ16~17mm、シールドガス流量15L/分のとした。いずれも、アークタイムで2時間溶接した後は、給電チップユニットを取り外し、給電チップを取り出し通電側(内側)の溝の深さをレーザ顕微鏡で正確に計測した。
【0038】
給電チップの溝内面の摩耗量をレーザ顕微鏡で観察して測定した結果を
図8に示す。図中に示す曲線は溝の断面形状を示す。この曲線より平坦部と溝底部の高さを比較して、溝深さを測定した。この溝深さを溶接前(466μm)と12時間溶接後(471μm)とを比較して、給電チップの摩耗量とした。この
図8の場合は次式より計算した。
471-466=5μm
この実験結果より本発明の給電チップの摩耗量は、片側のチップで5μmであった。もう片側の給電チップの摩耗量も
図9に示ように5μmであった。両者を合わせて10μmの摩耗量であった。4時間溶接で比較すると、従来の一体型給電チップでは摩耗量が約540μmであったが、本発明の給電チップの摩耗量は10μmであった。実に、54分の1の摩耗量で、改善効果が非常に大きい。
【0039】
チップユニット4の外表面におけるグラファイト処理層17の効果について検証した。
図10に、チップカバー2、にグラファイト処理層17設けたチップユニット4の外観を示す。グラファイト処理は、グラファイトを含む処理液を用いてスプレーで塗布し、その後、電気炉内において、270℃で3時間加熱して焼付けることにより行った。グラファイト処理層17は、
図10に示すように、外観が黒色となる。
図11-(a)は、グラファイト塗布前のチップユニット4である。このチップユニット4のチップカバー2及びチップベース3に、上記と同様の方法でグラファイト処理層17を設けた。チップユニット4は
図11-(b)に示すように、螺合部を除く全体に黒色のグラファイト処理層17を有する。このチップユニット4を用いて、8時間の溶接を行った後のチップユニット4の外観を
図11-(c)に示す。
図11-(c)から明らかなように、グラファイト処理層17を設けたチップユニット4は、8時間溶接後も、スパッタの付着がわずかで、この後も長時間使用できる状態にある。
現在、ガスシールドアーク溶接機は、日本国内だけでも20万台以上利用されている。その内、溶接ロボットは15万台以上あり、1つ1つの溶接ロボットで1つの給電チップが必要である。その寿命が本発明で改善できるので、産業上で利用する効果は非常に大きい。