(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022080044
(43)【公開日】2022-05-27
(54)【発明の名称】センサ及びガスの分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20220520BHJP
G01N 27/48 20060101ALI20220520BHJP
G01N 5/02 20060101ALI20220520BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220520BHJP
G01N 27/02 20060101ALI20220520BHJP
【FI】
G01N27/00 K
G01N27/48 311
G01N5/02 A
G01N33/53 S
G01N27/02 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020190990
(22)【出願日】2020-11-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】海塩 洋
(72)【発明者】
【氏名】井之上 一平
(72)【発明者】
【氏名】山下 一郎
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA01
2G060AB26
2G060AE19
2G060AF03
2G060AF06
2G060AG10
2G060BB04
2G060BB10
2G060HC13
2G060KA01
(57)【要約】
【課題】湿度に影響されることなく検出対象分子を高感度に検出可能な新規なセンサを提供する。
【解決手段】センサ素子と、センサ素子と接合して設けられたウェット層と、ウェット層と流体連通している分析試料導入部と、ウェット層中でセンサ素子に固定化されており、かつ、分析試料からウェット層中に拡散した検出対象分子と選択的に結合するアプタマーと、を含む、センサ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
センサ素子と、
センサ素子と接合して設けられたウェット層と、
ウェット層と流体連通している分析試料導入部と、
ウェット層中でセンサ素子に固定化されており、かつ、分析試料からウェット層中に拡散した検出対象分子と選択的に結合するアプタマーと、
を含む、センサ。
【請求項2】
検出対象分子が、揮発性分子である、請求項1に記載のセンサ。
【請求項3】
分析試料がガス試料である、請求項1又は2に記載のセンサ。
【請求項4】
ウェット層が、水性媒質を含む、請求項1~3の何れか1項に記載のセンサ。
【請求項5】
水性媒質が、水又はハイドロゲルである、請求項4に記載のセンサ。
【請求項6】
ハイドロゲルが、アガロースゲルである、請求項5に記載のセンサ。
【請求項7】
ハイドロゲルが、アガロース濃度0.05~3質量%のアガロースゲルである、請求項5又は6に記載のセンサ。
【請求項8】
ウェット層が、電解質及び酸化還元対からなる群から選択される1種以上を含む、請求項1~7の何れか1項に記載のセンサ。
【請求項9】
センサ素子が、電気化学センサ素子及び圧電センサ素子からなる群から選択される、請求項1~8の何れか1項に記載のセンサ。
【請求項10】
アプタマーが、核酸アプタマーを含む、請求項1~9の何れか1項に記載のセンサ。
【請求項11】
核酸アプタマーの塩基数が50以上である、請求項10に記載のセンサ。
【請求項12】
センサ素子が、チオール基を有するアルコール化合物で表面修飾されている、請求項1~11の何れか1項に記載のセンサ。
【請求項13】
請求項1~12の何れか1項に記載のセンサを用いて、ガス試料中の揮発性分子を分析する、ガスの分析方法。
【請求項14】
揮発性分子が、匂い分子である、請求項13記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、センサ及びガスの分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
匂いを検出・分析し得るセンサは、様々な用途への適用が期待されている。例えば、食品開発において、人の嗅覚による官能評価に代えて又は該官能評価と組み合わせて、食品アロマをセンサにより検出し得られた数値に基づき食品の特徴や嗜好性を評価する試みが行われている。また、例えば、食品の腐敗によって発生する匂いを検知し、食品の品質を管理するための匂いセンサの開発も進められている。
【0003】
このような匂いを検出・分析し得る技術として、現在までに、水晶振動子(特許文献1)、表面プラズモン共鳴(特許文献2、非特許文献1)、応力(非特許文献2)、電界効果トランジスタ(特許文献3)、金属酸化物半導体(特許文献4)、電極(特許文献5)、構造色(非特許文献3)などを用いた数多くのガスセンサや原理が提案されている。しかし、いずれのセンサも、分析試料中に含まれる湿分(水蒸気)により、検出対象である匂い分子由来の出力信号が乱される課題を抱えている。また、分析試料中の匂い分子は微量かつ多様であるが、従来のガスセンサでは、検出対象分子が制限されたり、(湿度による外乱も相俟って)検出感度に劣ったりするといった課題を抱えていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-225842号公報
【特許文献2】特開2009-264964号公報
【特許文献3】特開2002-310969号公報
【特許文献4】特開2003-172565号公報
【特許文献5】特表2015-508304号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 10394-10398
【非特許文献2】Nano Let,. 2011, 11, 1044-1048
【非特許文献3】Nat. Commun., 2014, 5, 3043
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、湿度に影響されることなく検出対象分子を高感度に検出可能な新規なセンサを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題につき鋭意検討した結果、下記構成を有するセンサにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
[1] センサ素子と、
センサ素子と接合して設けられたウェット層と、
ウェット層と流体連通している分析試料導入部と、
ウェット層中でセンサ素子に固定化されており、かつ、分析試料からウェット層中に拡散した検出対象分子と選択的に結合するアプタマーと、
を含む、センサ。
[2] 検出対象分子が、揮発性分子である、[1]に記載のセンサ。
[3] 分析試料がガス試料である、[1]又は[2]に記載のセンサ。
[4] ウェット層が、水性媒質を含む、[1]~[3]の何れかに記載のセンサ。
[5] 水性媒質が、水又はハイドロゲルである、[4]に記載のセンサ。
[6] ハイドロゲルが、アガロースゲルである、[5]に記載のセンサ。
[7] ハイドロゲルが、アガロース濃度0.05~3質量%のアガロースゲルである、[5]又は[6]に記載のセンサ。
[8] ウェット層が、電解質及び酸化還元対からなる群から選択される1種以上を含む、[1]~[7]の何れかに記載のセンサ。
[9] センサ素子が、電気化学センサ素子及び圧電センサ素子からなる群から選択される、[1]~[8]の何れかに記載のセンサ。
[10] アプタマーが、核酸アプタマーを含む、[1]~[9]の何れかに記載のセンサ。
[11] 核酸アプタマーの塩基数が50以上である、[10]に記載のセンサ。
[12] センサ素子が、チオール基を有するアルコール化合物で表面修飾されている、[1]~[11]の何れかに記載のセンサ。
[13] [1]~[12]の何れかに記載のセンサを用いて、ガス試料中の揮発性分子を分析する、ガスの分析方法。
[14] 揮発性分子が、匂い分子である、[13]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、湿度に影響されることなく検出対象分子を高感度に検出可能な新規なセンサを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係るセンサの概略構成図である。
図1(A)はセンサ10の概略構成図であり、
図1(B)はセンサ10による検出対象分子5の検出・分析を示す概略図である。
【
図2】
図2は、実施例で使用したセンサ素子のクリーニング時のサイクリックボルタモグラムである。
図2(A)は、0.5M水酸化ナトリウム水溶液で処理した際のサイクリックボルタモグラム(サイクル数=25)であり、
図2(B)は、
図2(A)に示す処理の後、0.5M硫酸水溶液で処理した際のサイクリックボルタモグラム(サイクル数=25)である。
【
図3】
図3は、実施例で使用した実験モデルを示す模式図である。
図3(A)は水性媒質(水)を含むウェット層を備えた実験モデルを、
図3(B)は水性媒質(ハイドロゲル)を含むウェット層を備えた実験モデルをそれぞれ示す。
【
図4】
図4は、本発明の一実施形態に係るセンサを用いてクロラムフェニコールを分析した結果を示す図である(センサ素子:電気化学インピーダンス法、ウェット層:水、クロラムフェニコール濃度:0、3、10、30nM)。
図4(A)に濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、3、10、30nM、検出対象分子への暴露時間:10分間)を、
図4(B)に時間依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:3nM、検出対象分子への暴露時間:5、10、15、20分間)をそれぞれ示す。
【
図5】
図5は、本発明の一実施形態に係るセンサを用いてクロラムフェニコールを分析した結果を示す図である(センサ素子:電気化学インピーダンス法、ウェット層:水、クロラムフェニコール濃度:0、3、10、30、100nM)。
図5(A)に濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、3、10、30、100nM、検出対象分子への暴露時間:10分間)を、
図5(B)に時間依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:3nM、検出対象分子への暴露時間:5、10、15、20分間)を、
図5(C)にナイキスト線図のフィッティングにより得た電荷移動抵抗Rct比(縦軸:検出対象分子濃度0nMのRctを分母としたときの比)と、クロラムフェニコール濃度(横軸)との片対数プロット図をそれぞれ示す。
【
図6】
図6は、本発明の一実施形態に係るセンサを用いてクロラムフェニコールを分析した結果を示す図である(センサ素子:電気化学インピーダンス法、ウェット層:水、クロラムフェニコール濃度:0、0.1、1、10、100、1000nM)。
図6(A)に濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、0.1、1、10、100、1000nM、検出対象分子への暴露時間:5分間)を、
図6(B)にナイキスト線図のフィッティングにより得た電荷移動抵抗Rct比(縦軸:検出対象分子濃度0nMのRctを分母としたときの比)と、クロラムフェニコール濃度(横軸)との片対数プロット図をそれぞれ示す。
【
図7】
図7は、本発明の一実施形態に係るセンサを用いてクロラムフェニコールを分析した結果を示す図である(センサ素子:電気化学インピーダンス法、ウェット層:アガロースゲル、クロラムフェニコール濃度:0、10、100nM)。濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、10、100nM、検出対象分子への暴露時間:10分間)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。説明にあたり図面を参照する場合もあるが、各図面は、発明が理解できる程度に、構成要素の形状、大きさおよび配置が概略的に示されているに過ぎない。本発明は以下の記述によって限定されるものではなく、各構成要素は本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【0012】
[センサ]
本発明のセンサは、センサ素子と、センサ素子と接合して設けられたウェット層と、ウェット層と流体連通している分析試料導入部と、ウェット層中でセンサ素子に固定化されており、かつ、分析試料からウェット層中に拡散した検出対象分子と選択的に結合するアプタマーとを含むことを特徴とする。
【0013】
先述のとおり、匂いを検出・分析し得る技術として、数多くのガスセンサや原理が提案されている。しかし、いずれのセンサも、分析試料中に含まれる湿分(水蒸気)により、検出対象である匂い分子由来の出力信号が乱される課題(以下、「湿度外乱」ともいう。)を抱えている。また、分析試料中の匂い分子は微量かつ多様であるが、従来のガスセンサでは、検出対象分子が制限されたり(例えば、酸化物半導体センサでは可燃性ガスに制限され、また、固体電解質センサでは酸素に制限されていた)、湿度外乱の影響も相俟って検出感度に劣ったりするといった課題を抱えていた。これに対し、
図1(A)に示すとおり、センサ素子1上にウェット層2を備える本発明のセンサ10においては、該ウェット層2により湿度外乱の影響を抑制・排除することが可能である。本発明のセンサによる検出・分析においては、
図1(B)に示すとおり、分析試料中の検出対象分子5は、ウェット層2中に拡散し、センサ素子1により検出されることとなる。その際、ウェット層2が水性媒質であれば、分析試料中の水蒸気量に比し著しく多い湿分がウェット層中に元々存在し、分析試料中の水蒸気の影響を抑制・排除し得る。また、ウェット層2が油性媒質であれば、吸湿により分析試料中の水蒸気がウェット層中に拡散する場合があるが、ウェット層中の水分量が飽和状態に達すれば、やはり分析試料中の水蒸気の影響を抑制・排除し得る。本発明のセンサでは、検出対象分子5が拡散し得るウェット層2を用いる限り、分析試料中の水蒸気に起因した湿度外乱の影響を抑制・排除することが可能である。また、本発明のセンサ10は、ウェット層2中でセンサ素子1に固定化されており、かつ、ウェット層2中に拡散した検出対象分子5と選択的に結合するアプタマー3を備えており、分析試料中に存在する微量かつ多様な検出対象分子5を検出・分析することが可能である。
【0014】
以下、本発明のセンサを構成する各構成要素について説明する。
【0015】
-センサ素子-
本発明のセンサは、センサ素子を含む。
【0016】
センサ素子は特に限定されず、ウェット層中に拡散した検出対象分子を検出し検出信号を出力できる任意のセンサ素子を用いてよい。センサ素子としては、化学物質を検知対象とする化学センサ素子を広く用いてよいが、ウェット層やアプタマーとの組み合わせにおいて、分析試料中に存在する微量かつ多様な検出対象分子を検出・分析し得る観点から、電気化学センサ素子、圧電センサ素子及び光学センサ素子からなる群から選択されるセンサ素子が好適であり、電気化学センサ素子及び圧電センサ素子がより好適である。
【0017】
本発明のセンサにおいて、好適に用いられる電気化学センサ素子としては、例えば、電気化学インピーダンス分光法(EIS:Electrochemical Impedance Spectroscopy)を利用したセンサ素子(以下、「EISセンサ素子」ともいう。)、微分パルスボルタンメトリー(DPV:Differential Pulse Voltmmetry)測定を利用したセンサ素子(以下、「DPVセンサ素子」ともいう。)が挙げられる。
【0018】
例えば、EISセンサ素子を用いる場合、電極間に交流電圧を印加し、交流の周波数を変化させながらインピーダンスを測定する。測定したインピーダンスは、実数部を横軸、虚数部を縦軸としたグラフに曲線としてプロットする。このグラフは「ナイキスト線図」と呼ばれ、ナイキスト線図の曲線は、通常は半円を描く。ここで、センサ素子(の電極上)にアプタマーを固定化しておくと、アプタマーが検出対象分子と結合することで電荷移動抵抗が変化し、半円の直径が変化する。この直径の変化量から、検出対象分子の存在・量を把握・計算できる。
【0019】
本発明のセンサにおいて、好適に用いられる圧電センサ素子としては、例えば、水晶振動子マイクロバランス(QCM:Quartz Crystal Microbalance)法を利用したセンサ素子(以下、「QCMセンサ素子」ともいう。)、膜型表面応力(MSS:Membrane-type Surface Stress)センサ素子(以下、「MSSセンサ素子」ともいう。)が挙げられる。
【0020】
例えば、QCMセンサ素子を用いる場合、水晶の薄い板の両面に電極を設けて交流の電界を加えると、一定の周波数(共振周波数)の振動が発生する。斯かる素子を「水晶振動子」といい、共振周波数は、水晶振動子の電極上に付着した物質の質量によって変化する。ここで、センサ素子(の電極上)にアプタマーを固定化しておくと、アプタマーが検出対象分子と結合することで電極上の質量が変化し、共振周波数が変化する。この周波数変化から、検出対象分子の存在・量を把握・計算できる。
【0021】
本発明のセンサにおいて、好適に用いられる光学センサ素子としては、例えば、表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon Resonance)を利用したセンサ素子(以下、「SPRセンサ素子」ともいう。)が挙げられる。
【0022】
SPRセンサ素子を用いる場合、金属薄膜を支持したガラス基板の裏面から、単一波長の光を金属薄膜に斜めに照射すると、光によって金属薄膜表面の自由電子が集団となって振動(プラズマ振動)し、電界を発生させる。特定の反射角の光は、プラズマ振動による電界と共鳴することにより強く吸収される。これが表面プラズモン共鳴である。ここで、センサ素子(の金属薄膜上)にアプタマーを固定化しておくと、アプタマーが検出対象分子と結合することで、金属薄膜表面の誘電率が変化し、表面プラズモン共鳴の発生する反射角が変化する。この反射角の違いを受光素子で検出し電気信号に変えることで、検出対象分子の存在・量を把握・計算できる。
【0023】
ウェット層やアプタマーとの組み合わせにおいて、分析試料中に存在する微量かつ多様な検出対象分子を高感度に検出・分析し得る観点から、センサ素子としては、EISセンサ素子、DPVセンサ素子、QCMセンサ素子、MSSセンサ素子及びSPRセンサ素子が好適であり、中でも、EISセンサ素子、DPVセンサ素子、QCMセンサ素子及びMSSセンサ素子が特に好適である。
【0024】
-ウェット層-
本発明のセンサは、センサ素子と接合して設けられたウェット層を含む。
【0025】
本発明において、ウェット層とは、検出・分析を行う条件下で、水性媒質、油性媒質あるいはイオン液体により濡れた状態にある層を意味し、分析試料中の検出対象分子が該ウェット層を拡散するに際して液中拡散することとなる層を表す。
【0026】
ウェット層は、検出・分析を行う条件下で、分析試料中の検出対象分子が拡散し得る限り、水性媒質を含んでもよく、油性媒質を含んでもよく、イオン液体を含んでもよい。なお、本発明において、水性媒質とは、少なくとも水を含み、オクタノール/水分配係数(LogPow)の値が負である媒質を意味する。他方、油性媒質とは、LogPow値が正である媒質を意味する。イオン液体とは、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)のみから構成される化合物であり、幅広い温度範囲で液体として存在する。特に、常温付近で液体状態である常温イオン液体(RTIL:Room Temperature Ionic Liquid)が好適である。イオン液体を構成するカチオンとして、例えば、イミダゾリウムカチオンが挙げられる。イオン液体を構成するアニオンとしては、例えば、BF4
-、PF6
-が挙げられる。イオン液体を構成するカチオン、アニオンの種類は適宜選択してよく、また、イオン液体中に水や他の液体が含まれていてもよい。
【0027】
食品由来の匂い分子は、水溶性・水混和性のものが多いことから、それら匂い分子を検出対象とする場合、ウェット層は、水性媒質を含むことが好適である。したがって、好適な一実施形態において、ウェット層は、水性媒質を含む。検出対象分子が疎水性・油溶性である場合には、ウェット層として、油性媒質あるいはイオン液体(疎水基部分の大きいイオン液体が好適)を用いることが好適である。
【0028】
水性媒質としては、水又はハイドロゲルが好適である。ハイドロゲルとは、主成分として水を含むゲル物質を指し、三次元網目構造を有する高分子が水を含んで膨潤した構造を有する。
【0029】
ウェット層が水性媒質としてハイドロゲルを含む場合、上記の高分子としては、ハイドロゲルを形成し得る限り特に限定されず、例えば、アガロース、寒天、セルロース、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロース、グリコーゲン及びこれらの誘導体、コラーゲン、ヒアルロナン、ゼラチン、フィブロネクチン、エラスチン、テナシン、ラミニン、ビトロネクチン、ポリペプチド、ヘパラン硫酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、ケラタン、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸、カラギーナン、ヘパリン、キチン、キトサン、アルギン酸塩、フィブリン、フィブリノゲン、トロンビン、ポリグルタミン酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ビニルアルコール系重合体、ジェランガム、キサンタンガム、ガラクトマンナン、グアガム、ローカストビーンガム及びタラガム、架橋ポリロタキサン等が挙げられる。これら高分子は、1種単独で使用してもよく2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0030】
中でも、アガロース、コラーゲン、ヘパリン、キチン、キトサン、アルギン酸塩、寒天、トロンビン、ビニルアルコール系重合体及びジェランガム、架橋ポリロタキサンから選択される親水性高分子が好適である。したがって一実施形態において、ウェット層は、水と親水性高分子を含有するハイドロゲルを含む。
【0031】
ハイドロゲル中の上記高分子の含有量は、ハイドロゲルを形成し得る限り特に限定されず、高分子の種類に応じて適宜決定してよい。ハイドロゲル中の高分子の含有量は、良好な保水性を実現し検出対象分子の円滑な拡散を長期にわたり担保する観点からは高いことが好ましく、例えば、ハイドロゲル全体の質量を100質量%としたとき、好ましくは0.05質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、0.1質量%超、0.2質量%以上、0.3質量%以上又は0.5質量%以上である。
【0032】
他方において、アプタマーを利用する本発明のセンサにおいては、ウェット層中でのアプタマーのコンホメーション変化を阻害せず検出対象分子を高感度に検出・分析し得る観点から、ハイドロゲル中の高分子の含有量は低いことが好ましく、その上限は、好ましくは3質量%以下、2質量%以下、1.5質量%以下、1質量%以下、0.9質量%以下又は0.8質量%以下である。
【0033】
この点、アガロースゲルは一般に電気泳動を利用した核酸の分離に使用されており、その含有量が1質量%程度でも100bp程度の二本鎖DNAの泳動を阻害することが知られており、長鎖アプタマーを用いる場合にはコンホメーション変化を阻害する懸念がある。本発明者らは、ハイドロゲルとしてアガロースゲルを用いて検討を重ねた結果、後述のとおり、1質量%のアガロースゲルを設けたセンサにおいて、塩基数80の長鎖DNAアプタマーによりnMオーダーの検出対象分子を検出・分析し得るという予期せぬ効果を見出したものである。したがって、好適な一実施形態において、ハイドロゲルは、アガロースゲルである。より好適な一実施形態において、ハイドロゲルは、アガロース濃度0.05~3質量%のアガロースゲルである。
【0034】
ウェット層として水性媒質を用いる場合、検出対象分子の円滑な拡散を長期にわたり担保する観点から、水性媒質中の水分量を維持することが好適である。例えば、水性媒質としてハイドロゲルを用いたり、サイフォン式給水装置等の給水装置を付加したりすることにより、水性媒質中の水分量を一定値に維持することが可能である。分析試料がガス試料である場合には、水性媒質の表面を防水通気フィルムにより覆ってもよい。
【0035】
ウェット層として油性媒質を用いる場合、水性媒質に比し油分量は維持される傾向にあるが、同様にオイルゲルを用いたり、給油装置を付加したり、分析試料がガス試料である場合には油性媒質の表面を防油通気フィルムで覆ってもよい。
【0036】
ウェット層としてイオン液体を用いる場合、水性媒質に比し液量は維持される傾向にある。イオン液体の蒸気圧は低いことから、薄膜状に薄い液層として形成しても、乾燥せず、ウェット状態を維持できる。また、イオン液体の吸湿性を利用して、水分を含んだイオン液体として、ウェット状態を実現することもできる。
【0037】
ウェット層は、電解質及び酸化還元対からなる群から選択される1種以上をさらに含んでよい。これにより、センサ素子として電気化学センサ素子を用いる場合に、測定を容易に行うことができる。
【0038】
電解質としては、例えば、リン酸バッファやTrisバッファ等の緩衝液が好適に挙げられる。また、酸化還元対としては、例えば、Fe(II)/Fe(III)系など、遷移金属の酸化還元系が好適に挙げられ、中でも、[Fe(CN)6]3-/[Fe(CN)6]4-系が好適である。ウェット層が電解質を含む場合、電解質の濃度は、リン酸あるいはTris基準で、好ましくは1~100mM、より好ましくは5~50mM、10~40mMである。ウェット層が酸化還元対を含む場合、酸化還元対の濃度は、酸化種・還元種の合計基準で、好ましくは1~100mM、より好ましくは5~50mM、10~40mMである。
【0039】
本発明のセンサにおいて、ウェット層の厚さは、センサ素子の表面を基準にして、アプタマーの上端高さよりもウェット層の上端高さが高い限りにおいて特に限定されない。例えば、ウェット層の厚さは、0.5μm以上、1μm以上、5μm以上又は10μm以上であってよく、その厚さの上限は、10mm以下、8mm以下、6mm以下、5mm以下、4mm以下又は3mm以下であってよい。
【0040】
-分析試料導入部-
本発明のセンサは、ウェット層と流体連通している分析試料導入部を含む。
【0041】
分析試料導入部は、分析試料中の検出対象分子がウェット層中に拡散し得るようにウェット層と流体連通して設けられる限りにおいて、その形状・構成は特に限定されず、センサにおいて検出部に分析試料を導入するための公知の部材を用いてよい。
【0042】
例えば、分析試料がガス試料である場合、分析試料導入部は、該ガス試料をウェット層に導くことが可能であればよく、ウェット層の露出表面の近傍に設けられた単なるガス入口であってよく、あるいは、ウェット層の露出表面から離間した位置に設けられたガス入口と、ガス入口から導入されたガス試料をウェット層に導くためのガス経路とからなってよい。
【0043】
分析試料が液体試料又はゲル状試料である場合、分析試料導入部は、該液体試料又はゲル状試料をウェット層に導くことが可能であればよく、ウェット層の露出表面の近傍に設けられた単なる液体/ゲル入口であってよく、あるいは、ウェット層の露出表面から離間した位置に設けられた液体/ゲル入口と、液体/ゲル入口から導入された液体試料又はゲル状試料をウェット層に導くための液体/ゲル経路とからなってよい。
【0044】
-アプタマー-
本発明のセンサは、センサ素子に固定化されたアプタマーを含む。該アプタマーは、分析試料からウェット層中に拡散した検出対象分子と選択的に結合する分子である。
【0045】
アプタマーとしては、ウェット層中に拡散した検出対象分子と選択的に結合し得る限り特に限定されず、例えば、DNAアプタマーやRNAアプタマーといった核酸アプタマー、ペプチドアプタマーが挙げられる。
【0046】
ウェット層との組み合わせにおいて、分析試料中に存在する微量かつ多様な検出対象分子を検出・分析し得る観点から、核酸アプタマーが好ましい。したがって、好適な一実施形態において、アプタマーは、核酸アプタマーを含む。
【0047】
アプタマーの塩基配列を最適化することで種々の分子を検出することが可能である。これにより、本発明のセンサは、分析試料中に存在する多様な検出対象分子を検出・分析し得る。
【0048】
検出対象分子と選択的に結合する塩基配列を持った核酸アプタマーを製造する技術として、SELEX(Systematic Evolution of Ligands by EXponential enrichment)法が知られている。SELEX法においては、配列の異なる一本鎖オリゴDNAの混合物を初期ライブラリとして目的の活性をもつ核酸のスクリーニングを行う。初期ライブラリはDNA固相合成法により化学的に合成される。DNAアプタマーの場合は、その初期ライブラリを標的分子(検出対象分子)が固定化されたアフィニティカラムなどに通し、結合活性があるものとないものに選別する。標的分子に親和性を示したDNAはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅した後に一本鎖を調製し、それを二次ライブラリとする。二次ライブラリは再びアフィニティカラムなどを用いた選別にかける。この選別と増幅の過程を繰り返すことにより、標的分子に親和性を示す配列をもつDNAが濃縮される。濃縮されたDNAライブラリからクローニング法によってDNAアプタマーを単離することができる。SELEX法は、生物の進化の変異、淘汰、増殖に似ていることから試験管内進化法とも呼ばれる。
【0049】
このSELEX法では、配列を最適化するランダム配列(一般に塩基数30以上)の両側にPCRに必要な配列を付加する必要があることから、DNAの長さは、塩基数で30超になる。DNAアプタマーの低分子に対する結合親和性は、その二次構造が重要であることが知られているが、PCRに必要な配列が二次構造の保持に必須の場合には、単離した全長のDNAアプタマーと最適化したランダム配列のみを抽出したものでは親和性が大きく異なることがあり得るため、全長のDNAアプタマーを用いることが好適である。
【0050】
RNAアプタマーの場合には、前述のDNAアプタマー作製スキームに、RNAポリメラーゼを用いて合成DNAの初期ライブラリをRNAライブラリに変換する過程と、選別後のRNAを逆転写してDNAに戻しPCR増幅(RT-PCR)を行う過程を加えればよい。
【0051】
SELEX法による核酸アプタマーの製造技術に関しては種々の報告がなされており(例えば、生化学 第82巻 第4号 318-323(2010年4月)等)、検出対象分子に親和性を示す核酸アプタマーを適宜製造可能である。
【0052】
なお、ペプチドアプタマーを用いる場合、ツーハイブリッド法などの公知の方法により、種々の検出対象分子に親和性を示すペプチドアプタマーを製造可能である。
【0053】
上記の手順で調製した、検出対象分子と選択的に結合するアプタマーの末端に、センサ素子表面に結合し得る官能基を導入し、センサ素子表面への固定化に供することができる。センサ素子表面に結合し得る官能基としては、特に限定はされないが、センサ素子の電極は金属からなることから、チオール基を好適に用い得る。
【0054】
本発明のセンサにおいて、センサ素子の表面に固定化するアプタマーの量は、センサ素子の表面1mm2当たり、好ましくは0.001pmol以上、より好ましくは0.01pmol以上、0.05pmol以上、0.1pmol以上、0.5pmol以上、1pmol以上、2pmol以上、3pmol以上又は5pmol以上である。該アプタマー量の上限は、特に限定されないが、好ましくは1nmol以下、より好ましくは100pmol以下、80pmol以下、60pmol以下、50pmol以下、40pmol以下、30pmol以下又は20pmol以下である。
【0055】
先述のとおり、ウェット層との組み合わせにおいて、分析試料中に存在する微量かつ多様な検出対象分子を検出・分析し得る観点から、アプタマーとして核酸アプタマーを用いることが好ましい。核酸アプタマーの塩基数は、SELEX法により配列の最適化を行う関係上、30超であることが好ましく、より好ましくは40以上、50以上、又は60以上である。
【0056】
ここで、アプタマーの全長が長くなると、センサ素子上でのアプタマーのコンホメーションを制御し難くなり、信号出力の安定化に長時間を要する(すなわち、センサの応答完了までに要する時間が長くなる)傾向にある。例えば、塩基数が80程度の長鎖DNAアプタマーでは、検出対象分子に暴露してから信号出力が安定化するまでに1時間以上を要する傾向にあることを確認している。
【0057】
この点、本発明者らは、後述のとおり、アプタマーを固定化したセンサ素子を、チオール基を有するアルコール化合物で表面修飾することにより、応答完了までに要する時間をドラスティックに短縮できることを見出した。斯かる表面修飾を行うことにより、長鎖のアプタマーを用いる場合であっても、検出対象分子を短時間で検出・分析することが可能である。したがって本発明のセンサにおいて、核酸アプタマーの塩基数は、70以上、75以上又は80以上にまで高くしてよい。これにより、核酸アプタマーの配列最適化の自由度が高まり、広範な種類の分子を検出対象とすることが可能となる。
【0058】
核酸アプタマーの塩基数の上限は、広範な分子を検出可能としつつ短時間で応答するセンサを実現し得る観点から、好ましくは120以下、110以下又は100以下である。
【0059】
本発明のセンサにおいて、アプタマーの固定化されたセンサ素子は、さらにチオール基を有するアルコール化合物で表面修飾されていることが好ましい。センサ素子の残余表面をチオール基を有するアルコール化合物で表面修飾することにより、センサ素子表面への非特異的な吸着を抑制することができ、バックグラウンドノイズを低減できる。
【0060】
さらに本発明者らは、アプタマーの固定化されたセンサ素子の残余表面をチオール基を有するアルコール化合物で表面修飾することにより、長鎖のアプタマーを使用する場合であっても、応答完了までに要する時間をドラスティックに短縮できることを見出した。例えば、塩基数が80程度の長鎖DNAアプタマーを用いる場合であっても、チオール基を有するアルコール化合物による表面修飾を行うことによって、検出対象分子に暴露してから信号出力が安定化するまでの時間を10分以内とし得る(後述の実施例3~5を参照)。
【0061】
センサ素子の表面修飾に好適なチオール基を有するアルコール化合物としては、1分子当たりチオール基を好ましくは1~4個、より好ましくは1~3個、さらに好ましくは1個又は2個有するアルコール化合物が挙げられる。該アルコール化合物は、1分子当たりヒドロキシ基を好ましくは1~4個、より好ましくは1~3個、さらに好ましくは1個又は2個有する。センサ素子の表面修飾に特に好適なチオール基を有するアルコール化合物としては、例えば、炭素数1~20(好ましくは3~10、より好ましくは3~6)のメルカプトアルカノール、炭素数1~20(好ましくは3~10、より好ましくは3~6)のジメルカプトアルカノール、炭素数1~20(好ましくは3~10、より好ましくは3~6)のメルカプトアルカンジオール、炭素数1~20(好ましくは3~10、より好ましくは3~6)のジメルカプトアルカンジオールが挙げられ、中でも、炭素数1~20(好ましくは3~10、より好ましくは3~6)のメルカプトアルカノール、炭素数1~20(好ましくは3~10、より好ましくは3~6)のジメルカプトアルカンジオールが好適であり、とりわけ、応答速度を著しく向上させ得る観点から、6-メルカプトヘキサノール(MCH)、1,4-ジメルカプトブタン-2,3-ジオール(ジチオスレイトール)が好適である。
【0062】
チオール基を有するアルコール化合物による表面修飾の程度は、センサ素子の表面1mm2当たり、該アルコール量が好ましくは0.1pmol以上、より好ましくは0.5pmol以上、1pmol以上、5pmol以上、10pmol以上、0.05nmol以上、0.1nmol以上、0.15nmol以上又は0.2nmol以上である。該アルコール化合物量の上限は、特に限定されないが、好ましくは10nmol以下、8nmol以下、6nmol以下又は5nmol以下である。
【0063】
本発明のセンサは、上記のセンサ素子、ウェット層、アプタマー及び分析試料導入部を備える限り、さらに他の部材、構成を含んでもよい。例えば、本発明のセンサは、センサ外部の分析試料を分析試料導入部から吸引し、導入した分析試料をウェット層へと供給するための吸引・供給手段を含んでよい。斯かる吸引・供給手段としては、分析試料を吸引・供給し得る限り特に限定されず、各種ポンプ等を用いればよい。吸引・供給手段はまた、取得する分析試料の量、流速を制御するために、マスフローコントローラ等の流量制御機を含むことが好ましい。
【0064】
以下、本発明のセンサが対象とする、分析試料・検出対象分子について説明する。
【0065】
本発明のセンサは、分析試料中に存在する微量かつ多様な検出対象分子を検出・分析し得る。検出対象分子としては、ウェット層に拡散し得る限り特に限定されず、揮発性分子でも不揮発性分子でもよいが、上述の本発明の効果をより享受し得る観点から、食品や香料が発する匂い分子などの揮発性分子が好適である。ここで、揮発性分子とは、常温(20℃)において揮発して蒸気圧を有する分子を表す。
【0066】
アプタマーを利用する本発明のセンサでは、食品や香料が発する広範な種類の匂い分子を検出可能である。なお、食品としては、人や動物によって経口摂取される物が広く包含され、例えば、生鮮食品(肉、魚介、卵、牛乳、穀物、豆類、芋類、キノコ類、野菜、海藻、果物、ハーブ等)、加工食品(漬物、佃煮、乾物、練り製品、瓶詰、缶詰、冷凍食品、レトルト食品、インスタント食品、乳製品、菓子類、ペットフード等)、調理・調味用材料(油脂類、甘味料、調味料、香辛料)、飲料(コーヒー、ジュース、茶、清涼飲料、アルコール飲料等)、健康食品等が挙げられる。
【0067】
含水率の高い食品(例えば、含水率が10%以上、30%以上、50%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上(重量基準))では、匂い分子と共に水蒸気も多量に発することから、従来のセンサでは湿度外乱の影響を強く受け、高感度の分析は困難であった。これに対し、ウェット層を備える本発明のセンサでは、先述のとおり、湿度外乱の影響なく、検出対象分子(匂い分子)を高感度に検出・分析することが可能である。
【0068】
本発明のセンサが対象とする分析試料は、ウェット層との間において検出対象分子の物質移動(拡散)が実現される限りにおいて特に限定されず、ガス試料でも、液体試料でも、ゲル状試料でもよい。例えば、食品や香料から発せられる匂い分子などの揮発性分子を検出対象とする場合、食品や香料から発せられる匂い分子を含有するガス試料(例えば、匂い分子を含有する空気)を分析試料として用いてよい。あるいは、食品や香料から発せられる匂い分子に親和性を呈する液体又はゲルに溶解・混和させた液体試料又はゲル状試料を分析試料として用いてよい。あるいはまた、食品や香料が液状あるいはゲル状である場合は、それら食品や香料をそのまま分析試料として用いてもよい。
【0069】
分析試料とウェット層との間で生じる検出対象分子の物質移動(拡散)は、分析試料がガス試料である場合には、気(分析試料)-液(ウェット層)拡散であり、分析試料が液体試料あるいはゲル状試料である場合には、液(分析試料)-液(ウェット層)拡散である。
【0070】
ここで、気-液拡散にしても、液-液拡散にしても、拡散メカニズムは、平衡論的・速度論的に既に解明されており、例えば、気-液拡散、液-液拡散の何れについても適用し得るフィックの法則や、揮発性分子の気-液拡散に適用し得るヘンリーの法則など、多くの理論則・経験則により解析・実証されている。そして、アプタマーを備える本発明のセンサによれば、ウェット層中の検出対象分子濃度換算で0.1nM~1000nMという極低濃度から広い濃度域をカバーし得る測定レンジが達成されることを確認しており、分析試料中に通常含有される濃度の匂い分子は優に検出・分析し得るほか、より低濃度の匂い分子までも検出・分析することが可能である。例えば、気相と液相で溶解平衡にあれば、トルエンは気相中濃度が10ppb以上で、アセトンは気相中濃度が20ppt以上で、エタノールは気相中濃度が10ppt以上で、それぞれ液相濃度は0.1nM以上となる。
【0071】
[ガスを分析する方法]
本発明はまた、ガスの分析方法も提供する。
【0072】
本発明のガスの分析方法は、本発明のセンサを用いて、ガス試料中の揮発性分子を分析することを特徴とする。本発明のセンサの構成は先述のとおりである。
【0073】
本発明のガスの分析方法によれば、湿度外乱の影響なしに、ガス試料中に含まれる微量かつ多様な揮発性分子を高感度に分析することが可能である。よって、食品や香料から発せられる匂い分子を含有するガス試料の分析に好適であり、特に含水率の高い食品(例えば、含水率が10%以上、30%以上、50%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上(重量基準))から発せられる匂い分子を含有するガス試料の分析に好適である。
【0074】
したがって好適な一実施形態において、ガス試料中に含まれる揮発性分子は、匂い分子である。
【実施例0075】
以下、本発明について、実施例を示して具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0076】
<実施例1:実験モデル(センサ)の作製>
1.センサ素子のクリーニング
市販の三電極センサチップ(AUTE100、Zensor R&D社製)の中央の電極を作用極、白金電極(Ptカウンター電極5.7cm、BAS社製)を対極、銀塩化銀電極(RE-1B水系参照電極(Ag/AgCl)、BAS社製)を参照極として、それぞれ準備した。そして電気化学測定システム(HZ-5000、北斗電工社製)を用いて、以下の表1に示す条件でサイクリックボルタンメトリー(CV)を実施した。
【0077】
【0078】
図2に、サイクリックボルタモグラムを示す。詳細には、
図2(A)に、0.5M水酸化ナトリウム水溶液で処理した際のサイクリックボルタモグラムを、また、
図2(B)に、0.5M硫酸水溶液で処理した際のサイクリックボルタモグラムをそれぞれ示す。
図2(A)及び
図2(B)に示すとおり、0.5M水酸化ナトリウム水溶液、0.5M硫酸水溶液で25サイクル処理することで、サイクリックボルタモグラムは収束することを確認した。0.5M硫酸/0.1M塩化カリウム水溶液による処理では、サイクルごとの変化は見られなかった。
【0079】
2.アプタマーの脱保護
5’-チオール化したクロラムフェニコールアプタマーx)(Eurofins Genomics社にてカスタム合成、塩基数80のDNAアプタマー)を、以下の手順で脱保護した。
1)逆相カラム(Sep-Pak Cartridge、Waters社製)をアセトニトリル(5ml)で洗浄し、2M TEAA水溶液(5ml)で平衡化した。
2)固体のアプタマーに0.1Mジチオトレイトール水溶液(500μl)を加え、ボルテックスミキサーで溶解し、室温で30分間静置した。
3)上記2)で得たサンプルにMilli-Q水(500μl)を加え、上記1)で平衡化したカラムに2回通して吸着させた。
4)5%アセトニトリル/0.1M TEAA水溶液(10ml)、Milli-Q水(10ml)をカラムに通してサンプルを洗浄した。
5)30%アセトニトリル水溶液をカラムに通してサンプルを回収し、1晩凍結乾燥した。
x) Journal of Biotechnology 2011, 155, 361-369.
x) Anal. Chem. 2012, 84, 6753-6758.
x) Sensors 2014, 14, 12059-12069.
【0080】
3.センサ素子へのアプタマーの固定化
まず、以下のバッファa、bを調製した。
・バッファa) 2×Trisバッファ:以下の表2に組成を示す(pH 7.60)
・バッファb) 1×Trisバッファ:バッファaをMilli-Q水で2倍に希釈したもの
【0081】
【0082】
次に、上記2.で得た凍結乾燥サンプルをバッファb(200μl)に溶解し、微量分光光度計(Nanovue Plus、Biochrom社製)で濃度を測定後、同バッファで5μMあるいは5.236μMまで希釈した。これをPCR用の8連チューブに移して95℃で5分間加温し、その後急速氷冷して10分間保持した。5.236μMの溶液に関しては、氷冷開始後10秒の時点で20μM クロラムフェニコール(CAP)溶液を液量にして1/19加え、そのまま氷冷下で静置した。
【0083】
上記1.で得たクリーニング済みセンサチップの円形金電極(直径3mm)に、上記の変性処理済みアプタマー溶液(2種類)あるいは未処理の溶液を8μl滴下し、水蒸気で飽和した4℃の密閉空間内にて4時間静置した。Mill-Q水でリンスし、エアーダスター(AD400FL、オリエンテック社製)でエアブローした後、1mM 6-メルカプトヘキサノール(MCH)水溶液あるいはMilli-Q水を8μl滴下し、水蒸気で飽和した4℃の密閉空間内にて1時間静置した。最後に、Mill-Q水でリンスし、エアーダスター(AD400FL、オリエンテック社製)でエアブローし、褐色バイアル瓶内(アルゴン雰囲気下あるいはバッファbに浸漬)で保管した。
【0084】
すなわち、アプタマーの変性処理やMCH修飾の手順・有無の異同に基づき、以下の6タイプを調製した。
・タイプ1:変性処理なし、MCH修飾なし
・タイプ2:変性処理あり(加温・氷冷のみ)、MCH修飾なし
・タイプ3:変性処理あり(加温・氷冷+CAP添加)、MCH修飾なし
・タイプ4:変性処理なし、MCH修飾あり
・タイプ5:変性処理あり(加温・氷冷のみ)、MCH修飾あり
・タイプ6:変性処理あり(加温・氷冷+CAP添加)、MCH修飾あり
【0085】
4.ウェット層の形成
-水性媒質(水)を含むウェット層の場合-
アプタマーの固定化後、センサ素子を治具に固定した。詳細には、
図3(A)に示すように、センサ素子1を支持台11(金属)に載せ、シリコン樹脂スペーサー13、アクリル樹脂スペーサー12を設けた後、ねじ14で加圧固定した。なお、加圧固定後のシリコン樹脂スペーサー13の厚さは2mm、センサ素子1上方のスペーサー開口部は直径6mmであった。次いで、以下の手順に従って、ウェット層を形成した。
【0086】
スペーサー開口部に、以下の表3に示す組成の溶液60μlを注入し、水を含むウェット層を形成した。表3中、水溶液Aは、上記3.で調製した1×Trisバッファ(バッファb)に体積にして1%のエタノールを加えて調製した。
【0087】
【0088】
-水性媒質(ハイドロゲル)を含むウェット層の場合-
アプタマーの固定化後、センサ素子を治具に固定した。詳細には、
図3(B)に示すように、センサ素子1を支持台11(金属)に載せ、直径6mmの開口部を備えたシリコン樹脂スペーサー13a(厚さ2mm)を該開口部がセンサ素子1の上部に位置するように設けた後、後述の手順に従って形成したウェット層をシリコン樹脂スペーサー13aの開口部に嵌め込んだ。これにより、センサ素子と密着するようにウェット層を設けた。次いで、直径3mmの開口部を備えたシリコン樹脂スペーサー13b(厚さ2mm)と、直径6mmの開口部を備えたシリコン樹脂スペーサー13c(厚さ2mm)をこの順序で設け、さらにその上に直径3mmの開口部を備えたアクリル樹脂スペーサー12を設けた後、ねじ14で加圧固定した。シリコン樹脂スペーサー13a、13b、13cとアクリル樹脂スペーサー12は、各々の開口部が同軸上に位置するように設けた(すなわち、全ての開口部の中心軸が同軸となるように位置合わせした)。
【0089】
(ウェット層の形成)
ポリプロピレン製の土台の上に直径6mmの開口部を備えたシリコン樹脂スペーサー(厚さ2mm)を設け、スペーサー開口部に約100℃に加温した1%アガロース水溶液を注ぎ、室温で15分間放置することで6mmφ×2mmの円柱状のゲルを調製した。これをバッファb(3ml)に3時間浸漬し、デカンテーション法によって新しいバッファb(3ml)に交換後さらに18時間浸漬した。その後同様に、表3に示す組成の溶液(1ml、CAP濃度0nM)に2時間浸漬し、デカンテーション法によって新しい表3に示す組成の溶液に2時間浸漬した。これにより、アガロースゲルを含むウェット層を得た。
【0090】
<実施例2:センサ1の検出・分析能の評価>
(1)分析試料の調製
以下の手順で、検出・分析用のクロラムフェニコール(CAP)溶液を調製した。
1)1×Trisバッファ(上記バッファb)に体積にして1%のエタノールを加えた。
2)CAP(32.3mg)をエタノール(1ml)に溶解し、0.1M CAP溶液を調製した。
3)上記2)の溶液をMilli-Q水で10倍、1×Trisバッファで10倍に希釈し、1mM CAP/1% EtOH溶液を調製した。
4)上記3)の溶液を1)の溶液で希釈し、100×c nM CAP/1% EtOH溶液(c=6,17,50)を調製した。
5)上記4)の溶液を用いて、以下の表4に示す組成にて検出・分析用のCAP溶液を調製した。
【0091】
【0092】
(2)センサ1の検出・分析能の評価
センサ1として、タイプ2の修飾を施したセンサ素子に、水を含むウェット層を設けたセンサを用いた。ウェット層の形成後、三電極用コネクタを用いてセンサチップを電気化学測定装置(Interface 1000、Gamry社製)に電気的に接続し、電気化学インピーダンス分光(EIS)法モードで測定を開始した。交流電圧の実効値は5mV、周波数は1Hz~10kHz、測定ポイントは6points/decadeとした。
【0093】
EIS測定結果(ナイキスト線図)をモニタリングした後、スペーサー開口部に注入した溶液の半量に当たる30μlを除いて、代わりに検出・分析用のCAP溶液(6nM、30μl)を添加し、ウェット層中のCAP終濃度を3nMに調整した。電極表面が露出しないよう注意しながら5回ピペッティング後、電気化学インピーダンス分光法モードで測定し、上記と同様にモニタリングした。準備した分析試料(CAP濃度17、50nM)を用いて上記操作を繰り返した。以上の操作により、ウェット層中のCAP終濃度が0、3、10、30nMの場合のナイキスト線図を得た。
【0094】
結果を
図4に示す。
図4(A)に濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、3、10、30nM、検出対象分子への暴露時間:10分間)を、
図4(B)に時間依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:3nM、検出対象分子への暴露時間:5、10、15、20分間)をそれぞれ示す。
図4(A)の結果から、センサ1は、ウェット層中に存在する検出対象分子CAPの濃度に依存した応答を示し、ウェット層中にnMオーダーで存在する検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。検出・分析し得ることが確認された最も低濃度の検出対象分子CAPの濃度は3nM(注:1ppbに相当)であり、今回の原理を用いてppbオーダーで存在する検出対象分子の濃度を測定できることが示唆された。このセンサ感度では、気相と液相で溶解平衡にある場合、例えばトルエンでは気相中濃度が300ppb以上、アセトンでは気相中濃度が600ppt以上、エタノールでは気相中濃度が300ppt以上でガスの検出・分析が期待できる(今回の原理を用いて構成したセンサの検出濃度帯に関しては実施例4も参照されたい)。よって、分析試料がガス試料であり、試料中の検出対象分子がごく微量であっても当該検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。なお、
図4(B)に示すとおり、実施例2のセンサに関しては、測定開始より20分間の範囲では、電荷移動抵抗の値は徐々に変化し、当該値の収束は確認されなかった(電荷移動抵抗の値は少なくとも1時間は変化し続けることを確認している)。
【0095】
<実施例3:センサ2の検出・分析能の評価-応答速度について->
(1)分析試料の調製
実施例2と同様にして、検出・分析用のCAP溶液(CAP終濃度6、17、50、170nM)を調製した。
【0096】
(2)センサ2の検出・分析能の評価
センサ2として、タイプ5の修飾を施したセンサ素子に、水を含むウェット層を設けたセンサを用いた。ウェット層の形成後、実施例2と同様にして、電気化学インピーダンス分光(EIS)法モードで測定を開始した。
【0097】
EIS測定結果(ナイキスト線図)をモニタリングし、200分後に電荷移動抵抗の値の収束を確認した。そして実施例2と同様にして、ウェット層中のCAP終濃度が0、3、10、30、100nMの場合のナイキスト線図を得た。なお、本センサ2では、溶液の半量を置換してから10~15分後に電荷移動抵抗の値が収束することを確認した。
【0098】
結果を
図5に示す。
図5(A)に濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、3、10、30、100nM、検出対象分子への暴露時間:10分間)を、
図5(B)に時間依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:3nM、検出対象分子への暴露時間:5、10、15、20分間)を、
図5(C)にナイキスト線図のフィッティングにより得た電荷移動抵抗Rct比(縦軸)と、CAP濃度(横軸)との片対数プロット図をそれぞれ示す。
図5(A)の結果から、センサ2は、ウェット層中に存在する検出対象分子CAPの濃度に依存した応答を示し、ウェット層中にnMオーダーで存在する検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。検出・分析し得ることが確認された最も低濃度の検出対象分子CAPの濃度は3nM(注:1ppbに相当)であり、実施例2(センサ1)と同様に、分析試料がガス試料であり、試料中の検出対象分子がごく微量であっても当該検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。さらに、MCH修飾を施した本センサ2では、応答収束までの時間が著しく短く、塩基数80という長鎖アプタマーを用いる場合であってもセンサ応答速度が著しく短縮されることが確認された(
図5(B))。また、
図5(C)の結果から、ウェット層中の検出対象分子の濃度が3nM~100nMの広い範囲で線形応答しており、センサ2は広い測定レンジを有することが実証された。
【0099】
<実施例4:センサ3の検出・分析能の評価-検出濃度帯について->
(1)分析試料の調製
実施例2と同様にして、検出・分析用のCAP溶液(CAP終濃度0.2、1.9、19、190、1900nM)を調製した。
【0100】
(2)センサ3の検出・分析能の評価
センサ3として、タイプ5の修飾を施したセンサ素子に、水を含むウェット層を設けたセンサを用いた。ウェット層の形成後、実施例2と同様にして、電気化学インピーダンス分光(EIS)法モードで測定を開始した。
【0101】
EIS測定結果(ナイキスト線図)をモニタリングし、実施例2と同様にして、ウェット層中のCAP終濃度が0、0.1、1、10、100、1000nMの場合のナイキスト線図を得た。なお、本センサ3では、溶液の半量を置換してから10~15分後に電荷移動抵抗の値が収束することを確認した。
【0102】
結果を
図6に示す。
図6(A)に濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、0.1、1、10、100、1000nM、検出対象分子への暴露時間:5分間)を、
図6(B)にナイキスト線図のフィッティングにより得た電荷移動抵抗Rct比(縦軸)と、CAP濃度(横軸)との片対数プロット図をそれぞれ示す。
図6(A)の結果から、センサ3は、ウェット層中に存在する検出対象分子CAPの濃度に依存した応答を示し、ウェット層中に0.1nM~1000nMの範囲で存在する検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。検出・分析し得ることが確認された最も低濃度の検出対象分子CAPの濃度は実に0.1nM(注:30pptに相当)と低く、今回の原理を用いてpptオーダーで存在する検出対象分子の濃度を測定できることが示唆された。このセンサ感度では、気相と液相で溶解平衡にある場合、例えばトルエンでは気相中濃度が10ppb以上、アセトンでは気相中濃度が20ppt以上、エタノールでは気相中濃度が10ppt以上でガスの検出・分析が期待できる。よって、分析試料がガス試料である場合にも検出・分析し得、また、検出対象分子を極低濃度から広い濃度域にわたって検出・分析し得ることが確認された。さらに、MCH修飾を施した本センサ3では、応答収束までの時間が著しく短く、塩基数80という長鎖アプタマーを用いる場合であってもセンサ応答速度が著しく短縮されることが確認された。また、
図6(B)の結果から、ウェット層中の検出対象分子の濃度が0.1nM~1000nMの広い範囲で線形応答しており、センサ3は広い測定レンジを有することが実証された。
【0103】
<実施例5:センサ4の検出・分析能の評価>
(1)分析試料の調製
実施例2と同様にして、検出・分析用のCAP溶液(CAP終濃度20、190nM)を調製した。
【0104】
(2)センサ4の検出・分析能の評価
センサ4として、タイプ5の修飾を施したセンサ素子に、アガロースゲルを含むウェット層を設けたセンサを用いた。ウェット層の形成後、実施例2と同様にして、電気化学インピーダンス分光(EIS)法モードで測定を開始した。
【0105】
EIS測定結果(ナイキスト線図)をモニタリングした後、スペーサー開口部に検出・分析用のCAP溶液(20nM、56.5μl)を注入し、ウェット層中のCAP終濃度を10nMに調整した。そして、電気化学インピーダンス分光法モードで測定し、上記と同様にモニタリングした。モニタリングした後、スペーサー開口部に注入したCAP溶液を取り除き、分析試料(CAP濃度190nM、56.5μl)を注入し、ウェット層中のCAP終濃度を100nMに調整した。そして、電気化学インピーダンス分光法モードで測定し、上記と同様にモニタリングした。以上の操作により、ウェット層中のCAP終濃度が0、10、100nMの場合のナイキスト線図を得た。
【0106】
結果を
図7に示す。
図7は濃度依存性に係るナイキスト線図(検出対象分子濃度:0、10、100nM、検出対象分子への暴露時間:10分間)である。
図7の結果から、センサ4は、ウェット層中に存在する検出対象分子CAPの濃度に依存した応答を示し、ウェット層中にnMオーダーで存在する検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。検出・分析し得ることが確認された最も低濃度の検出対象分子CAPの濃度は10nM(注:3ppbに相当)であり、今回の原理を用いてppbオーダーで存在する検出対象分子の濃度を測定できることが示唆された。このセンサ感度では、気相と液相で溶解平衡にある場合、例えばトルエンでは気相中濃度が1000ppb(1ppm)以上、アセトンでは気相中濃度が2000ppt(2ppb)以上、エタノールでは気相中濃度が1000ppt(1ppb)以上でガスの検出・分析が期待できる。よって、分析試料がガス試料であり、試料中の検出対象分子がごく微量であっても当該検出対象分子を検出・分析し得ることが確認された。さらに、MCH修飾を施した本センサ4では、応答収束までの時間が著しく短く、塩基数80という長鎖アプタマーを用いる場合であってもセンサ応答速度が著しく短縮されることが確認された。