(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022080320
(43)【公開日】2022-05-30
(54)【発明の名称】生体高分子操作装置および生体高分子操作方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/14 20060101AFI20220516BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20220516BHJP
【FI】
C07K1/14
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020188243
(22)【出願日】2020-11-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 〔刊行物等〕 掲載日 令和1年11月12日 ウェブサイトのアドレス 1-1.https://arxiv.org/abs/1911.04674 1-2.https://arxiv.org/pdf/1911.04674 〔刊行物等〕 掲載日 令和1年11月18日 ウェブサイトのアドレス 2-1.https://www.biorxiv.org/content/10.1101/846295v2 2-2.https://www.biorxiv.org/content/10.1101/846295v2.full.pdf 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年1月20日 ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/lsj40/top 〔刊行物等〕 集会名 レーザー学会学術講演会第40回年次大会 開催日 令和2年1月20日 〔刊行物等〕 刊行物 「2019年度衝撃波シンポジウム」の講演論文集(CD-ROM) 発行日 令和2年2月17日 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年2月28日 ウェブサイトのアドレス https:/meeting.jsap.or.jp/jsap2020s/ 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年6月2日 ウェブサイトのアドレス https://www.nature.com/articles/s41598-020-65955-5 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年6月2日 ウェブサイトのアドレス https://www.riken.jp/press/2020/20200602_2/index.html 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年7月16日 ウェブサイトのアドレス 9-1.https://www.sankeibiz.jp/business/news/200716/cpc2007160500001-n1.htm 9-2.https://www.sankeibiz.jp/business/news/200716/cpc2007160500001-n2.htm 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年8月26日 ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jsap2020a/top
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 〔刊行物等〕 集会名 2020年(令和2年)応用物理学会秋季学術講演会(オンライン) 開催日 令和2年9月8日 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年9月28日 ウェブサイトのアドレス https://www.ile.osaka-u.ac.jp/ja/wp-content/uploads/2020/10/20200929-02_YamazakiShota_RIKEN.pdf 〔刊行物等〕 集会名 光・量子ビーム科学合同シンポジウム2020(オンライン) 開催日 令和2年9月29日 〔刊行物等〕 集会名 光・量子ビーム科学合同シンポジウム2020(オンライン) 開催日 令和2年9月29日 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年10月28日 ウェブサイトのアドレス https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7595166/ 〔刊行物等〕 掲載日 令和2年10月28日 ウェブサイトのアドレス https://www.qst.go.jp/site/press/45262.html
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山崎 祥他
(72)【発明者】
【氏名】保科 宏道
(72)【発明者】
【氏名】大谷 知行
(72)【発明者】
【氏名】原田 昌彦
(72)【発明者】
【氏名】坪内 雅明
(72)【発明者】
【氏名】小川 雄一
(72)【発明者】
【氏名】磯山 悟朗
(72)【発明者】
【氏名】永井 正也
【テーマコード(参考)】
4B029
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC02
4H045AA20
(57)【要約】
【課題】細胞毒性が低く、任意の細胞群及び細胞内領域のみで重合性タンパク質を制御可能な新しい技術を提供する。
【解決手段】生体高分子操作方法は、液体の界面にテラヘルツパルス光を照射し、当該照射により生じる前記液体中の衝撃波によって、前記液体内にある生体高分子を操作する、ことを特徴とする。生体高分子は、例えば、アクチンなどの重合性タンパク質であり、本方法は、テラヘルツパルス光の照射によって、前記重合性タンパク質の繊維構造を切断してもよい。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体の界面にテラヘルツパルス光を照射し、当該照射により生じる前記液体中の衝撃波によって、前記液体内にある生体高分子を操作する、ことを特徴とする生体高分子操作方法。
【請求項2】
前記生体高分子は、重合性タンパク質であり、
前記テラヘルツパルス光の照射によって、前記重合性タンパク質の繊維構造を切断する、
請求項1に記載の生体高分子操作方法。
【請求項3】
前記生体高分子が接着した試料プレートを、前記液体を含むフィルムボトムディッシュの底面から所定の距離離れた位置に配置し、前記フィルムボトムディッシュの底面に前記テラヘルツパルス光を照射する、
請求項1または2に記載の生体高分子操作方法。
【請求項4】
前記テラヘルツパルス光の周波数は、1THz以上25THz以下である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の生体高分子操作方法。
【請求項5】
前記テラヘルツパルス光のパルス幅は、1ps以上1000ps以下である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の生体高分子操作方法。
【請求項6】
前記テラヘルツパルス光のエネルギーは、50μJ/cm2以上500μJ/cm2以下である、
請求項1から5のいずれか1項に記載の生体高分子操作方法。
【請求項7】
液体を保持し、少なくとも前記液体の界面から離れた位置に生体高分子を保持する保持部と、
前記液体の界面にテラヘルツパルス光を照射する光照射部と、
を備え、
前記テラヘルツパルス光の照射によって生じる前記液体中の衝撃波によって前記生体高分子を操作することを特徴とする生体高分子操作装置。
【請求項8】
前記生体高分子は、重合性タンパク質である、
請求項7に記載の生体高分子操作装置。
【請求項9】
前記保持部は、フィルムボトムディッシュと、前記生体高分子を担持する試料プレートと、を含み、
前記光照射部は、前記フィルムボトムディッシュのフィルム部に前記テラヘルツパルス光を照射する、
請求項7または8に記載の生体高分子操作装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体高分子操作技術に関連し、特にタンパク質の重合構造の切断を行う技術に関連する。
【背景技術】
【0002】
重合性タンパク質は、生体内において単量体と重合した繊維の二つの形態で存在する。特にアクチン繊維は、細胞の増殖・遊走・分化・発生において必須の役割を持つ。がん細胞では前述の生体機能が恒常的に活性化されており、そのためアクチン繊維の形成阻害を標的とした新しいがん治療技術が探索されている。
【0003】
従来のアクチン繊維の形成阻害方法では、アクチンに結合し繊維の伸長を阻害する薬剤(サイトカラシンD, ラトランキュリンB, ミカロライドBなど)の投与が主流であり、実
際にin vitro解析から薬剤処理によるがん細胞の分裂、遊走、浸潤の抑制効果が報告されている(非特許文献1,2)。
【0004】
一方でこれら薬剤は、正常細胞のアクチン繊維化も阻害すること、生体内の疾患領域に限定したドラッグデリバリーが困難であること、アクチン結合状態で安定化し細胞から排出されず高い細胞毒性を示すことが問題点として存在する。この特性は、これら薬剤の起源がキノコや海綿の毒素であることに起因し、可逆的、一過的なアクチン繊維の操作は困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Saito, S., Watabe, S., Ozaki, H., Fusetani, N. & Karaki, H. Mycalolide B, a novel actin depolymerizing agent. J. Biol. Chem. 269, 29710-29714 (1994).
【非特許文献2】Wakatsuki, T., Schwab, B., Thompson, N. C. & Elson, E. L. Effects of cytochalasin D and latrunculin B on mechanical properties of cells. J. Cell Sci. 114, 1025-1036 (2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記実情を鑑み、本発明は、細胞毒性が低く、任意の細胞群及び細胞内領域のみで重合性タンパク質を制御可能な新しい技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、テラヘルツパルス光を液体に照射すると、液体界面で衝撃波が発生し、テラヘルツ光のエネルギーが衝撃波として液体中を伝搬することを発見した。さらには、この衝撃波によって重合性タンパク質の操作が可能であることを発見した。
【0008】
本発明の第一の態様は生体高分子操作方法であって、液体の界面にテラヘルツパルス光を照射し、当該照射により生じる前記液体中の衝撃波によって、前記液体内にある生体高分子を操作する、ことを特徴とする。生体高分子は、例えば、アクチンなどの重合性タンパク質であり、テラヘルツパルス光の照射によって生じる衝撃波によって、重合性タンパク質の繊維構造を切断できる。なお、液体の界面にテラヘルツパルス光を照射するというのは、液体の界面に直接テラヘルツパルス光を照射することに加えて、テラヘルツパルス光としてその光エネルギーを液体界面まで伝播できれば、フィルム、ガラス、生体組織を
介して液体界面にテラヘルツパルス光を照射することを意味する。本発明によれば、繊維構造の先端のみならず、構造の途中であっても繊維構造を切断できる。また、テラヘルツパルス光の照射位置の調整によって、切断領域を特定の領域に限定することができる。また、テラヘルツパルス光の照射によって、タンパク質の変性、凝集、細胞傷害を与えないため安全面でも有利である。
【0009】
本態様において、生体高分子を保持するガラスプレートを、液体を含むフィルムボトムディッシュの底面から所定の距離離れた位置に配置して、フィルムボトムディッシュの底面に前記テラヘルツパルス光を照射してもよい。上記の所定距離は、テラヘルツパルス光の照射による熱効果が及ばない程度に離れた距離であり、かつ、液体中に生じる衝撃波によってエネルギーが到達できる程度の距離であることが望ましい。生体高分子は、生きた細胞内に存在していてよい。例えば、ガラスプレート上で細胞を培養して、上述のようにしてテラヘルツパルス光を照射してもよい。あるいは、生体高分子は、前記液体中に溶解されていてもよい。
【0010】
本発明の第二の態様は生体高分子操作装置であって、液体を保持し、少なくとも前記液体の界面から離れた位置に生体高分子を保持する保持部と、前記液体の界面にテラヘルツパルス光を照射する光照射部と、を備え、前記テラヘルツパルス光の照射によって生じる前記液体中の衝撃波によって前記生体高分子を操作することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、細胞毒性が低く、任意の細胞群及び細胞内領域のみで重合性タンパク質を制御できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1に係る生体高分子操作装置の概要構成を示す図。
【
図3】液体表面に照射したテラヘルツ波によって生じる衝撃波を可視化した図。
【
図4】実施例2に係る生体高分子操作装置の概要構成(光学系部分を除く)を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下では、図面を参照しながら、この発明を実施するための形態を説明するが、本発明はこれに限定されない。以下で説明する各実施形態の構成要素は、適宜組み合わせることができる。
【0014】
[1.水溶液中のアクチンへのテラヘルツ波照射]
まず、水溶液中のアクチン繊維形成へテラヘルツ光照射が及ぼす影響を調べた。
図1は、本実施例に係るアクチン繊維切断装置(生体高分子操作装置)1の概要構成を示す図である。アクチン繊維切断装置1は、テラヘルツパルス波を照射する光照射部10、強度調整のための減衰器11、放物面ミラー12、フィルムボトムディッシュ13を含む。
【0015】
光照射部10は、自由電子(FEL)レーザー光源を含み、テラヘルツ周波数のパルス光を照射可能に構成される。本実施例では、光照射部10は、パルス幅5ピコ秒の約100のミクロパルスからなるマクロパルスを5Hzの繰り返し周波数で照射する。テラヘルツ波の中心周波数は4THzであり帯域幅は1THzである。テラヘルツ光は、放物面ミラー12によって緩く集束され、焦点は試料から25mm離れた位置とした。また、ビーム径は試料上で4mmである。ビーム強度は、ワイヤーグリッド偏光子11a,11bおよびテラヘルツアッテネーター11cからなる減衰器によって調整可能である。本実施例
のビーム強度は1ミクロパルスあたり80~250μJ/cm2とした。光照射部10からのテラヘルツパルス光は、フィルムボトムディッシュ13のフィルム部に照射される。なお、テラヘルツパルス光はフィルム部に照射されるが、フィルム部は十分に薄く、テラヘルツパス光の光エネルギーがフィルム部とアクチン水溶液14の界面まで伝播するので、上記の照射はアクチン水溶液14の界面へのテラヘルツパルス光の照射と捉えられる。
【0016】
アクチン水溶液14は、精製アクチンを水に溶解して得られるG-アクチン(球状アクチン)の溶液に、アクチンを重合化する緩衝液を加えたものである。アクチン水溶液14は、フィルムボトムディッシュ13上に厚さ1mmとなるよう滴下し、フィルムボトムディッシュ13上で重合反応をさせた。
【0017】
フィルムボトムディッシュ13の底部から、強度80μJ/cm2の波長4THzのパルス光を30分間照射した。また、比較のために、テラヘルツパルス光を照射しないアクチン水溶液を、テラヘルツパルス光を照射するアクチン水溶液の隣に配置した。
【0018】
図2は、30分間のテラヘルツパルス光の照射の後、アクチン繊維を蛍光プローブで染色して蛍光顕微鏡で観察した結果である。
図2(A)はテラヘルツパルス光の非照射サンプル、
図2(B)はテラヘルツパルス光の照射サンプルの観察結果である。顕微鏡視野内のアクチンタンパク質の濃度は同じ(2.4μM)であり、アクチン繊維のみを染色して可視化している。明らかに、照射サンプル(
図2(B))は、非照射サンプル(
図2(A))と比較して輝度が低下しており、検出可能な長さを有するアクチン繊維の数が少ないことが分かる。また、
図2(C)は顕微鏡視野内で計数したアクチン繊維数を示しており、テラヘルツパルス光照射によりアクチン繊維数が約40%減少することが分かる。また、1つのアクチン繊維を拡大して観察したところ、アクチン繊維の直線状の正常な繊維構造に影響は認められず、変性や凝集体形成のような構造変化が生じていないことが確認できた。
【0019】
このように、アクチン水溶液にテラヘルツパルス光を照射することにより、アクチン繊維の切断あるいは形成阻害が可能である。従来行われていた薬剤による手法では、繊維の伸長阻害に加えて、薬剤結合によるアクチンの構造変化が問題になるが、上述のように本手法によれば構造変化を招かない。
【0020】
また、水溶液系による本実験結果は、テラヘルツパルス光照射による繊維形成の阻害効果が、細胞内現象(細胞内シグナル、化学修飾、タンパク質制御因子)を介さない直接的な作用であることを示している。また、照射するテラヘルツパルス光のエネルギーは108W/cm2程度と十分に小さいため熱作用による副作用を招かない。
【0021】
テラヘルツ光照射による熱効果は液体深部には及ばない。テラヘルツ光は水素結合ネットワークの分子間振動を直接励起する。水の4THz波の吸収係数を考慮すると99%のエネルギーが液体表面から10μm以内で吸収されてしまう。この強い吸収は局所的な温度および圧力の急速な上昇を生じ、高い効率で水中に衝撃波を生じさせる。
【0022】
図3はこのようにして生じる水中の衝撃波を可視化した実験結果である。この図では、周波数4THz、ビーム径0.7mm、1マイクロパルスあたりのエネルギー密度4.5mJ/cm
2(パワー密度3.1GW/cm
2)のテラヘルツパルス光を水面に緩く収束させて照射したときの水中の状態をシャドウグラフ法によって観察している。図から、水中に平面波の衝撃波が生じていることが分かる。平面波であるので長距離の伝播が可能であり、表面から3mm以上伝播していることが分かる。
【0023】
以上の理由から、テラヘルツパルス光のアクチン水溶液照射によるアクチン分子の操作
は、テラヘルツ波の熱効果によるものではなく、テラヘルツパルス光の照射に伴う衝撃波によるものであるといえる。すなわち、液体の界面にテラヘルツパルス光を照射して、この照射により生じる液体中の衝撃波によって、液体中の生体高分子の操作が可能である。
【0024】
なお、高強度の可視光または近赤外光を照射して、プラズマ化およびアブレーション作用によって水中に衝撃波を発生させることもできるが、球面波が発生するため衝撃波の発生効率が悪く、また1015W/cm2ものエネルギーが必要であるため生体への安全面で問題が生じる。
【0025】
[2.細胞中のアクチンへのテラヘルツ波照射]
次に、生きた細胞中のアクチンへのテラヘルツ波照射の影響を調べるために、ヒト培養細胞内に存在するアクチン繊維にテラヘルツ波を照射した。
【0026】
生きた細胞内のアクチン繊維への影響を調べるためには、照射環境において細胞の生命機能を維持する必要がある。そこで、本実施例に係るアクチン繊維切断装置(生体高分子操作装置)は、テラヘルツパルス光照射の光学系、細胞培養装置、蛍光顕微鏡を組み合わせた可搬型の照射・観察プラットフォームと自由電子レーザー光源と組み合わせて構築した。光学系の構成は
図1の例と同様であるため繰り返しの説明は省略する。
【0027】
図4は、細胞培養装置部分と蛍光顕微鏡部分の拡大図である。細胞培養装置部分(保持部)は、開口を有する加熱ステージ21、フィルムボトムディッシュ22、培養細胞とフィルムボトムディッシュ22の底面の間の距離を所定の距離に調整するためのスペーサ23、培養細胞を担持するカバーガラス24を有する。加熱ステージ21は、フィルムボトムディッシュ22内の培養液26を一定の温度(例えば37℃)に保つ。スペーサ23は、培養細胞が接着したカバーガラス24を、フィルムボトムディッシュの底面から所定の距離離れた位置に配置するよう調整するために用いられ、本実施形態では所定の距離は少なくとも800μmから2800μmの範囲で調整可能である。カバーガラス(試料プレート)24上で培養細胞(HeLa細胞)25を培養している。
【0028】
また、本実施例ではテラヘルツ波照射による経時的な影響を観察するために、集光面の上方に水浸対物レンズ27を有する蛍光顕微鏡(不図示)を設置している。培養細胞25内のアクチン繊維を蛍光プローブで染色して、蛍光顕微鏡で観察することにより、照射影響の経時的な観察を可能としている。なお、蛍光顕微鏡はアクチン繊維の切断という観点からは省略可能である。
【0029】
培養細胞(HeLa細胞)25は実験2日前にカバーガラス24に播種して、10%ウシ胎児血清(FBS)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中に加えて、37℃、5%CO2条件下で培養した。また、細胞内のアクチン繊維の染色には、蛍光プローブであるシリコンローダミン(SiR)アクチンを使用した。SiRアクチンは細胞膜透過性が高く、アクチン繊維に結合することで蛍光を発するため、細胞内のアクチン繊維のみを高い解像度で観察することができる。染色後に、培養細胞が接着したカバーガラス24をフィルムボトムディッシュ22に設置した。この際、スペーサ23によって、カバーガラス24をフィルムボトムディッシュ22の底面から800μm離れた位置に設置している。その後、フィルムボトムディッシュ22を加熱ステージ21上に置き、培地を37℃に保った状態でフィルムボトムディッシュ22の底面にテラヘルツパルス光を照射した。
【0030】
本実施例では、テラヘルツ波のビーム強度が1ミクロパルスあたり250J/cm2である以外は、第1の実験と照射条件は同じである。すなわち、テラヘルツパルス光は、パルス幅5ピコ秒の約100のミクロパルスからなるマクロパルスを5Hzの繰り返し周波
数を有し、テラヘルツビームの中心周波数は4THz、帯域幅は1THzである。また、テラヘルツビームは緩く集束して、焦点は試料から25mm離れた位置とし、ビーム径は試料上で4mmである。
【0031】
なお、比較のために、テラヘルツパルス光の照射を行わない以外は同じ条件での観察も行っている。
【0032】
図5は、実験結果を示す蛍光顕微鏡の観察結果である。
図5(A)はテラヘルツパルス光の非照射サンプルの観察結果であり、
図5(B)は
図5(A)の部分拡大図である。
図5(C)はテラヘルツパルス光の照射サンプルの観察結果であり、
図5(D)は
図5(C)の部分拡大図である。テラヘルツパルス光を30分照射したサンプルでは、細胞内に存在するアクチン繊維が断片化している様子が確認できた(
図5(D)の矢印部分)。この結果は、前述の精製アクチンと同様に、生体内のアクチン繊維もテラヘルツパルス光照射によって切断されることを示している。
【0033】
カバーガラス24とフィルムボトムディッシュ22の底面との間の距離を変えて実験をしたところ、テラヘルツ波の照射によるエネルギーは少なくとも界面から1000μmの深さまで到達している。これは、熱効果によりエネルギーが伝達したのではなく、照射された光子エネルギーが圧力波(衝撃波)として水中を伝わり、細胞内のアクチン繊維を切断したことを意味する。
【0034】
本実施例によれば、アクチン繊維を構造の途中で切断することができる(
図5(D))。従来の薬物投与による繊維形成阻害の作用機序は、薬剤が繊維の先端へ結合・キャッピングすることで単量体アクチンの接合を抑制するものであり、伸長を末端のみで阻害する。つまり、本実施例のアクチン繊維切断は、これまでにない新規な繊維構造の崩壊誘導効果である。この作用は、薬剤と比較してテラヘルツ光照射がより効率的に短時間で繊維を切断・崩壊させる可能性を示唆している。加えて薬剤投与で生じるアクチンの凝集(変性)体は水溶液系と同様に細胞内でも観察されず、細胞の生存率も99%以上であることが確認できている。さらに、本手法はテラヘルツ光を集光することで、任意の領域へ限定的に作用させることができる。したがって、本手法は、従来は困難であった特定領域に限定して作用させることが可能であり、また、安全面においても大きな利点を有する。
【0035】
[3.その他の実施例]
本発明は、液体の界面にテラヘルツパルス光を照射し、この照射により生じる液体中の衝撃波によって、液体内にある生体高分子を操作する生体高分子操作方法と捉えられる。上記の説明では生体高分子としてアクチンを対象としてテラヘルツパルス光の照射による構造操作を行っているが、アクチン以外にもチューブリンやケラチン、アミロイド、コラーゲンなどを含む任意の重合性タンパク質を対象とすることもできる。
【0036】
また、使用可能なテラヘルツ光は、液体中に衝撃波(圧力波)を引き起こせるように高周波、高エネルギー、短パルスであることが好ましいが、上記で説明した周波数やエネルギー密度のものに限られない。例えば、テラヘルツビームの周波数は1THz以上25THz以下であればよく、4THz以上20THz以下であることがより好ましい。また、エネルギー密度は、1マイクロパルスあたり50μJ/cm2以上500μJ/cm2であればよい。また、パルス幅は、1ps(ピコ秒)以上1000ps以下であればよい。
【0037】
また、上記の説明ではテラヘルツビームの光源として自由電子レーザー光源を使用しているがこれに限られない。近年の技術の進展により、強力で小型、安価な光源が提案されており、上記の条件を満たすテラヘルツ波を照射できる限りどのような光源を用いてもよい。小型な光源を採用することで可搬な生体高分子操作装置を構築することができる。
【0038】
また、培養細胞ではなく生体組織に対して水などの液体を介してテラヘルツ波を照射してもよい。また、液体は生体組織中の水分であってもよい。テラヘルツ波照射に伴う衝撃波が2~3mm程度の深さに到達すること、および、人体において皮膚の厚さが2mm程度であることから、テラヘルツパルス光の影響が皮膚組織の深部まで到達する。すなわち、生体高分子操作装置は、人体あるいは動物の皮膚表面に対してテラヘルツパルス光を照射して、この照射によって生じる生体組織内の衝撃波によって、組織深部の重合性タンパク質を操作することができることが期待される。
【符号の説明】
【0039】
1:生体高分子操作装置 10:光照射部
11a,11b:ワイヤーグリッド偏光子 11c:テラヘルツアッテネーター
12:放物面ミラー 13:フィルムボトムディッシュ
21:加熱ステージ 22:フィルムボトムディッシュ 23:スペーサ
24:カバーガラス 25:培養細胞(HeLa細胞) 25:培養液
27:水浸対物レンズ