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  • 特開-消耗電極アーク溶接電源 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022080333
(43)【公開日】2022-05-30
(54)【発明の名称】消耗電極アーク溶接電源
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/073 20060101AFI20220523BHJP
   B23K 9/095 20060101ALI20220523BHJP
   B23K 9/09 20060101ALN20220523BHJP
【FI】
B23K9/073 545
B23K9/095 505B
B23K9/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020191318
(22)【出願日】2020-11-18
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(72)【発明者】
【氏名】西野 晋太朗
【テーマコード(参考)】
4E082
【Fターム(参考)】
4E082AA01
4E082BA04
4E082CA01
4E082EA02
4E082EA20
4E082EB11
4E082EC03
4E082EC13
4E082EC14
4E082EC16
4E082EC17
4E082EF07
4E082EF08
4E082FA01
4E082FA04
4E082FA06
(57)【要約】
【課題】溶接ケーブルが長い場合でも、短絡・アーク判別を正確に行うこと。
【解決手段】出力端子電圧検出信号Vtdを出力する出力端子電圧検出部VTDと、溶接電流変化率検出信号dId/dtを出力する溶接電流変化率検出部DIと、増幅率Gを設定する増幅率設定部GRと、溶接電流変化率増幅信号G・dId/dtを出力する溶接電流変化率増幅部GDIと、出力端子電圧検出信号から溶接電流変化率増幅信号を減算して電圧検出信号Vdを出力する電圧検出部VDと、電圧検出信号によって短絡・アーク判別信号Saを出力する短絡・アーク判別部SAと、を備えた消耗電極アーク溶接電源において、短絡発生頻度が基準値以上のときは短絡発生頻度検出信号Shを出力する短絡発生頻度検出部SHと、を備え、増幅率設定部GRは、短絡発生頻度検出信号Shに基づいて増幅率Gを調整する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接電源の出力端子の電圧を検出して出力端子電圧検出信号を出力する出力端子電圧検出部と、
溶接電流の変化率を検出して溶接電流変化率検出信号を出力する溶接電流変化率検出部と、
増幅率を設定する増幅率設定部と、
前記溶接電流変化率検出信号に前記増幅率を乗じて溶接電流変化率増幅信号を出力する溶接電流変化率増幅部と、
前記出力端子電圧検出信号から前記溶接電流変化率増幅信号を減算して電圧検出信号を出力する電圧検出部と、
前記電圧検出信号によって短絡期間とアーク期間とを判別して短絡・アーク判別信号を出力する短絡・アーク判別部と、
前記短絡・アーク判別信号に基づいて溶接電流の制御を切り換える電力制御部と、
を備えた消耗電極アーク溶接電源において、
前記短絡・アーク判別信号によって短絡発生頻度を検出し、前記短絡発生頻度が基準値以上のときは短絡発生頻度検出信号を出力する短絡発生頻度検出部と、を備え、
前記増幅率設定部は、前記短絡発生頻度検出信号に基づいて前記増幅率を調整する、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接電源。
【請求項2】
前記増幅率設定部は、前記短絡発生頻度検出信号が出力されなくなるように前記増幅率を調整する、
ことを特徴とする請求項1に記載の消耗電極アーク溶接電源。
【請求項3】
前記増幅率設定部は、溶接が終了したときの前記増幅率の値を保存する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の消耗電極アーク溶接電源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ケーブルが長い場合でも短絡期間とアーク期間とを正確に判別して安定した溶接を行うことができる消耗電極アーク溶接電源に関するものである。
【背景技術】
【0002】
消耗電極アーク溶接電源は溶接状態が短絡期間であるかアーク期間であるかによって溶接電流の制御を切り換えることによって、安定した溶接を行うことができる。このためには、短絡期間にあるかアーク期間にあるかを正確に判別することが必要である。通常、この短絡・アーク判別には、溶接電源の出力端子の電圧を検出し、この出力端子電圧が閾値以上にあるときはアーク期間であると判別し。閾値未満であるときは短絡期間にあると判別する方法が採用されている。
【0003】
消耗電極アーク溶接電源を使用する場合、溶接電源と溶接を行う場所とが離れていることが多くある。この場合には、両者の間を溶接ケーブルで接続して溶接を行うことになる。このときに、溶接ケーブルによる抵抗分及びインダクタンス分が通電路に挿入されることになる。抵抗分は、溶接状態にあまり影響を与えない程度の小さな値であることが多いので無視することができる。しかし、インダクタンス分は、溶接ケーブルが数十mと長くなると溶接状態に影響を与えることになる。
【0004】
ここで、出力端子電圧をVt、溶接個所の溶接電圧をVw、溶接電流をIw、溶接ケーブルのインダクタンス値をL、dIw/dtを溶接電流の変化率とすると、下式が成立する。
Vt=Vw+L・dIw/dt
溶接電圧Vwが閾値以上のときはアーク期間となり、閾値未満のときは短絡期間となる。しかし、出力端子電圧Vtには、インダクタンス値による逆起電圧L・dIw/dtがノイズとして重畳する。インダクタンス値L及び溶接電流変化率dIw/dtが大きくなると、この逆起電圧は大きな値となる。この結果、出力端子電圧Vtには大きなノイズが重畳することになり、短絡・アーク判別に誤判別が生じる。
【0005】
特許文献1の発明には、この誤判別を防止する方法が記載されている。すなわち出力端子電圧検出信号Vtdから溶接電流変化率検出信号dId/dtに予め定めた増幅率Gを乗じた溶接電流変化率増幅信号G・dId/dtを減算した値を電圧検出信号Vdとすると、下式が成立する。
Vd=Vtd-G・dId/dt=Vw+L・dIw/dt-G・dId/dt …(1)式
この式において、dIw/dt=dId/dtであるので、増幅率Gを溶接ケーブルによるインダクタンス値Lと等しくなるように設定すると、Vd=Vwとなる。したがって、この電圧検出値Vdによって短絡・アーク判別を行うと、誤判別することなく正確に判別することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3696907号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した従来技術の短絡・アーク判別方法においては、(1)式に示すように、溶接ケーブルによるインダクタンス値Lと増幅率Gとが等しいことが要求される。実際の溶接施工においては、溶接ケーブルの長さ、敷設状態等が多様であるので、インダクタンス値Lも種々な値となる。増幅率Gがインダクタンス値Lと近似した値でないときは、補正した電圧検出信号Vdによって短絡・アーク判別を正確に行うことができない。しかし、溶接ケーブルによるインダクタンス値Lを正確に測定することは困難であり、かつ、測定には手間がかかるために、増幅率Gをインダクタンス値Lと近似した値に設定することは困難であるという問題がある。
【0008】
そこで、本発明では、溶接ケーブルが長い場合でも、短絡・アーク判別を正確に行うことができ、良好な溶接品質を得ることができる消耗電極アーク溶接電源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
溶接電源の出力端子の電圧を検出して出力端子電圧検出信号を出力する出力端子電圧検出部と、
溶接電流の変化率を検出して溶接電流変化率検出信号を出力する溶接電流変化率検出部と、
増幅率を設定する増幅率設定部と、
前記溶接電流変化率検出信号に前記増幅率を乗じて溶接電流変化率増幅信号を出力する溶接電流変化率増幅部と、
前記出力端子電圧検出信号から前記溶接電流変化率増幅信号を減算して電圧検出信号を出力する電圧検出部と、
前記電圧検出信号によって短絡期間とアーク期間とを判別して短絡・アーク判別信号を出力する短絡・アーク判別部と、
前記短絡・アーク判別信号に基づいて溶接電流の制御を切り換える電力制御部と、
を備えた消耗電極アーク溶接電源において、
前記短絡・アーク判別信号によって短絡発生頻度を検出し、前記短絡発生頻度が基準値以上のときは短絡発生頻度検出信号を出力する短絡発生頻度検出部と、を備え、
前記増幅率設定部は、前記短絡発生頻度検出信号に基づいて前記増幅率を調整する、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接電源である。
【0010】
請求項2の発明は、
前記増幅率設定部は、前記短絡発生頻度検出信号が出力されなくなるように前記増幅率を調整する、
ことを特徴とする請求項1に記載の消耗電極アーク溶接電源である。
【0011】
請求項3の発明は、
前記増幅率設定部は、溶接が終了したときの前記増幅率の値を保存する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の消耗電極アーク溶接電源である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、溶接ケーブルが長い場合でも、短絡・アーク判別を正確に行うことができ、良好な溶接品質を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施の形態に係る消耗電極アーク溶接電源のブロック図である。
図2図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
図1は、本発明の実施の形態に係る消耗電極アーク溶接電源のブロック図である。同図は、消耗電極アーク溶接電源がパルスアーク溶接電源の場合である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0016】
電力制御回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御による出力制御を行い、溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。この電力制御回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を上記の駆動信号Dvに従って高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトルを備えている。
【0017】
上記の電力制御回路PMの出力端子6aと溶接トーチ4とは溶接ケーブル7aで接続されており、もう一方の出力端子6bと母材2とは溶接ケーブル7bで接続されている。この溶接ケーブル7a、7bの長さは往復50m以上になる場合もある。この溶接ケーブル7a、7bによるインダクタンス値がL(μH)となる。インダクタンス値Lは、長さ、敷設状態によって10~200μH程度の範囲で種々な値となる。
【0018】
溶接ワイヤ1は、ワイヤリール1aに巻かれている。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生して溶接が行われる。アーク3中を溶接電流Iwが通電し、溶接ワイヤ1と母材2との間に溶接電圧Vwが印加する。
【0019】
出力端子電圧検出回路VTDは、出力端子6aと6bとの間の出力端子電圧Vtを検出して、出力端子電圧検出信号Vtdを出力する。
【0020】
電圧平均値算出回路VAVは、上記の出力端子電圧検出信号Vtdを入力として、ローパスフィルタに通すことによって平均化して、電圧平均値信号Vavを出力する。溶接電圧設定回路VRは、予め定めた溶接電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この溶接電圧設定信号Vrと上記の溶接電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0021】
電圧・周波数変換回路VFは、上記の電圧誤差増幅信号Evを入力として、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間Highレベルになる信号である。
【0022】
溶接電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して溶接電流検出信号Idを出力する。
【0023】
溶接電流変化率検出回路DIは、上記の溶接電流検出信号Idを入力として、微分して溶接電流変化率検出信号dId/dtを出力する。
【0024】
増幅率設定回路GRは、後述する短絡発生頻度検出信号Shを入力として、予め定めた初期値に、短絡発生頻度検出信号Shが短時間Highレベルになるごとに予め定めた増加値だけ加算して増幅率設定信号Grを出力する。初期値は、例えば、溶接ケーブルの長さが往復10mのときの溶接ケーブルによるインダクタンス値Lである10μHに設定する。増加値は、例えば10μHに設定する。
【0025】
溶接電流変化率増幅回路GDIは、上記の溶接電流変化率検出信号dId/dt及び上記の増幅率設定信号Grを入力として、両値を乗算して、溶接電流変化率増幅信号G・dId/dtを出力する。
【0026】
電圧検出回路VDは、上記の出力端子電圧検出信号Vtd及び上記の溶接電流変化率増幅信号G・dId/dtを入力として、上述した(1)式に基づいてVd=Vtd-G・dId/dtを演算して、電圧検出信号Vdを出力する。
【0027】
短絡・アーク判別回路SAは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、その値が予め定めた閾値未満のときは短絡期間にあると判別してHighレベルとなり、その値が上記の閾値以上のときはアーク期間にあると判別してLowレベルとなる短絡・アーク判別信号Saを出力する。
【0028】
短絡発生頻度検出回路SHは、上記の短絡・アーク判別信号Saを入力として、短絡・アーク判別信号Saによって短絡発生頻度を検出し、短絡発生頻度が基準値以上であるときは短時間Highレベルになる短絡頻度検出信号Shを出力する。短絡発生頻度の基準値は、例えば3msの期間中に3回以上の短絡が発生した場合である。
【0029】
立上り期間設定回路TURは、予め定めた立上り期間設定信号Turを出力する。立下り期間設定回路TDRは、予め定めた立下り期間設定信号Tdrを出力する。
【0030】
ピーク期間設定回路TPRは、予め定めたピーク期間設定信号Tprを出力する。
【0031】
タイマ回路TMは、上記のパルス周期信号Tf、上記の立上り期間設定信号Tur、上記のピーク期間設定信号Tpr及び上記の立下り期間設定信号Tdrを入力として、パルス周期信号Tfが短時間Highレベルに変化すると、立上り期間設定信号Turによって定まる立上り期間Tu中はその値が1となり、その後のピーク期間設定信号Tprによって定まるピーク期間Tp中はその値が2となり、その後の立下り期間設定信号Tdrによって定まる立下り期間Td中はその値が3となり、その後のパルス周期信号Tfが短時間Highレベルになるまでのベース期間Tb中はその値が4となるタイマ信号Tmを出力する。
【0032】
ピーク電流設定回路IPRは、予め定めたピーク電流設定信号Iprを出力する。ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。
【0033】
アーク電流設定回路IARは、上記のタイマ信号Tm、上記のピーク電流設定信号Ipr及び上記のベース電流設定信号Ibrを入力として、以下の処理を行い、アーク電流設定信号Iarを出力する。
1)タイマ信号Tm=1(立上り期間Tu)のときは、ベース電流設定信号Ibrの値からピーク電流設定信号Iprの値へと上昇するアーク電流設定信号Iarを出力する。
2)タイマ信号Tm=2(ピーク期間Tp)のときは、ピーク電流設定信号Iprの値となるアーク電流設定信号Iarを出力する。
3)タイマ信号Tm=3(立下り期間Td)のときは、ピーク電流設定信号Iprの値からベース電流設定信号Ibrの値へと下降するアーク電流設定信号Iarを出力する。
4)タイマ信号Tm=4(ベース期間Tb)のときは、ベース電流設定信号Ibrの値となるアーク電流設定信号Iarを出力する。
【0034】
電流制御設定回路ICRは、上記のアーク電流設定信号Iar及び上記の短絡・アーク判別信号Saを入力として、以下の処理を行い、電流制御設定信号Icrを出力する。
1)短絡・アーク判別信号SaがLowレベルのときはアーク電流設定信号Iarを電流制御設定信号Icrとして出力する。
2)短絡・アーク判別信号SaがHighレベルのときは、短絡期間の時間経過に伴い増加する増加値をアーク電流設定信号Iarに加算した短絡電流設定信号Isrを電流制御設定信号Icrとして出力する。
【0035】
電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Icrと上記の溶接電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、この電流誤差増幅信号Eiを入力として、パルス幅変調制御を行い、上記の電力制御回路PMのインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0036】
溶接電流平均値設定回路IRは、予め定めた溶接電流平均値設定信号Irを出力する。送給速度設定回路FRは、この溶接電流平均値設定信号Irを入力として、予め内蔵されている溶接電流平均値と送給速度との関係式によって溶接電流平均値設定信号Irの値に対応した送給速度設定信号Frを算出して出力する。送給制御回路FCは、この送給速度設定信号Frを入力として、この値によって定まる送給速度で溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記のワイヤ送給モータWMに出力する。
【0037】
図2は、図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)は短絡・アーク判別信号Saの時間変化を示し、同図(D)は短絡発生頻度検出信号Shの時間変化を示す。同図は、溶接ケーブルが長い場合であり、インダクタンス値Lが大きい場合である。以下、同図を参照して各信号の動作について説明する。
【0038】
同図は、時刻t1~t5の第n回目のパルス周期と、時刻t5~t7の第n+1回目のパルス周期の2パルス周期の波形を表示している。nは1以上の整数である。
【0039】
時刻t1~t2の立上り期間Tu中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流Ibからピーク電流Ipへと上昇し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはベース電圧からピーク電圧へと上昇する。時刻t2~t3のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはピーク電流Ipとなり、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはピーク電圧となる。時刻t3~t4の立下り期間Td中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはピーク電流Ipからベース電流Ibへと下降し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはピーク電圧からベース電圧へと下降する。時刻t4~t5のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流Ibとなり、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはベース電圧となる。時刻t1~t5の期間が1パルス周期Tfとなる。ピーク電流Ip及びピーク期間Tpは、1パルス周期Tfごとに溶滴が移行するように設定される。ベース電流Ibは溶滴が形成されないように小電流値に設定される。ピーク電流Ipは図1のピーク電流設定信号Iprによって設定され、ベース電流Ibは図1のベース電流設定信号Ibrによって設定される。立上り期間Tuは図1の立上り期間設定信号Turによって設定され、ピーク期間Tpは図1のピーク期間設定信号Tprによって設定され、立下り期間Tdは図1の立下り期間設定信号Tdrによって設定される。
【0040】
上記のパルスパラメータの数値例を以下に示す。
ピーク期間Tp=1.2ms、ピーク電流Ip=500A
立上り期間Tu=0.5ms、立下り期間Td=0.5ms、ベース電流Ib=50A
パルス周期Tf(変調幅)=4~10ms
【0041】
パルス周期Tfは、出力端子電圧Vtの平均値(図1の電圧平均値信号Vav)が図1の溶接電圧設定信号Vrと等しくなるように周波数変調制御される。これにより、アーク長が適正値になるように制御している。
【0042】
同図では、ベース期間Tb中の時刻t41~t42の期間中に溶接ワイヤと母材との短絡が発生しており、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値となっている。これに応動して、同図(C)に示すように、短絡・アーク判別信号SaがHighレベルになるので、溶接電流Iwの制御が切り換わる。すなわち、図1の電流制御設定信号Icrがアーク電流設定信号Iarから短絡電流設定信号Isrに切り換わり、アーク期間の制御から短絡期間の制御へと切り換わる。このために、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流Ibから傾斜を有して増加する。ここで、上述した(1)式において、増幅率Gが溶接ケーブルによるインダクタンス値Lよりも小さな値である場合であるとすると、図1の電圧検出信号Vdに重畳したL・dIw/dtのノイズ分をG・dId/dtによって完全に補償することができない。この結果、電圧検出信号Vdには溶接電圧Vwに正の値の電圧が重畳されるので、判別閾値以上となり、同図(C)に示すように、短絡・アーク判別信号Saは誤判別して短時間でLowレベル(アーク期間)に変化する。短絡・アーク判別信号SaがLowレベルになると、溶接電流Iwの制御はアーク期間の制御に切り換わり、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流Ibに向かって減少する。L・dIw/dtは溶接電流Iwが減少しているので、負の値となり、電圧検出信号Vdは判別閾値未満となり、Highレベルに変化する。ここで、再び、アーク短絡期間の制御に切り換わるので、溶接電流Iwは再び増加する。
【0043】
上述した動作によって、時刻t41~t42の溶接ワイヤと母材とが実際に短絡状態にある期間において、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは3回増加・減少を繰り返し、同図(C)に示すように、短絡・アーク判別信号Saも3回HighレベルとLowレベルを繰り返す。時刻t42において、短絡発生頻度が基準値以上になったために、同図(D)に示すように、短絡発生頻度検出信号Shが短時間Highレベルとなる。この短絡発生頻度検出信号Shが出力される状態は、実際に短絡が発生しているのではなく短絡・アーク判別が誤判別しているときである。すなわち、短絡の判別の頻度が、実際の短絡が発生する頻度の上限値を超えているときは、誤判別が生じていると判断している。これに応動して、増幅率G(図1の増幅率設定信号Gr)は、予め定めた増加値だけ大きくなる。時刻t41~t42の期間中は、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値のままである。
【0044】
時刻t5~t7の第n+1回目のパルス周期において、時刻t5~t6の立上り期間、ピーク期間及び立下り期間の動作は、前周期と同一であるので、説明は繰り返さない。
【0045】
時刻t6~t7のベース期間中の時刻t61~t62の期間中に溶接ワイヤと母材との短絡が発生しており、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値となっている。これに応動して、同図(C)に示すように、短絡・アーク判別信号SaがHighレベルになるので、溶接電流Iwの制御が切り換わる。すなわち、図1の電流制御設定信号Icrがアーク電流設定信号Iarから短絡電流設定信号Isrに切り換わり、アーク期間の制御から短絡期間の制御へと切り換わる。このために、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流Ibから傾斜を有して増加する。ここで、上述した(1)式において、増幅率Gが前周期に大きくなるように調整されたために、溶接ケーブルによるインダクタンス値Lと近似した値になっている。したがって、図1の電圧検出信号Vdに重畳したL・dIw/dtのノイズ分をG・dId/dtによってほぼキャンセルしている。この結果、Vd≒Vwとなり、短絡・アーク判別信号Saは正確に短絡期間とアーク期間とを判別することができる。
【0046】
上述した動作によって、時刻t61~t62の溶接ワイヤと母材とが実際に短絡状態にある期間において、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは傾斜を有して増加し、同図(C)に示すように、短絡・アーク判別信号SaはHighレベルのままとなる。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値となる。
【0047】
時刻t41~t42の短絡期間のときは、増幅率Gがインダクタンス値Lと近似する値になるようにする調整がまだ不十分であるために、短絡・アーク判別に誤判別が生じており、そのために、溶接電流の増加・減少の繰り返しが発生している。この結果、溶接電流の増加が不十分なために、短絡期間を早期に解除してアーク期間に移行させることができず、スパッタの発生、溶接状態の不安定を招いている。これに対して、時刻t61~t62の短絡期間のときは、増幅率Gがインダクタンス値Lに近似する値に調整されているために、短絡・アーク判別が正確に行われており、そのために、溶接電流は傾斜を有して増加している。この結果、溶接電流の増加が十分であるために、短絡期間を早期に解除してアーク期間に移行させることができ、スパッタの発生の少ない安定した溶接状態となっている。
【0048】
図2においては、短絡がベース期間に発生する場合について説明したが、立上り期間、ピーク期間及び立下り期間に短絡が発生する場合も同様である。また、上記の実施の形態においては、パルスアーク溶接に使用する消耗電極アーク溶接電源について説明したが、本発明は、炭酸ガスアーク溶接、マグ溶接、ミグ溶接等に使用する消耗電極アーク溶接電源にも適用することができる。
【0049】
上述した実施の形態に係る消耗電極アーク溶接電源によれば、短絡・アーク判別信号によって短絡発生頻度を検出し、短絡発生頻度が基準値以上のときは短絡発生頻度検出信号を出力する短絡発生頻度検出部と、を備え、増幅率設定部は、短絡発生頻度検出信号に基づいて増幅率を調整する。増幅率設定部は、短絡発生頻度検出信号が出力されなくなるように増幅率を調整する。実際の溶接施工においては、溶接ケーブルの長さ、敷設状態等が多様であるので、インダクタンス値も種々な値となる本実施の形態では、短絡発生頻度が基準値以上になったことを指標として増幅率をインダクタンス値と近似する値になるように自動的に調整することができる。短絡発生頻度検出信号が出力されているときは短絡・アークの誤判別が発生しているときであり、増幅率がインダクタンス値と近似した値にまだ収束されていない状態である。したがって、短絡発生頻度検出信号が出力されない状態になるように増幅率を調整すれば、増幅率がインダクタンス値と近似した値に調整されることになる。これにより、溶接ケーブルが長い場合でも、短絡・アーク判別を正確に行うことができ、良好な溶接品質を得ることができる。
【0050】
さらに、本実施の形態によれば、増幅率設定部は、溶接が終了したときの増幅率の値を保存することが好ましい。このようにすれば、溶接ケーブルの敷設状態が変化しない限り、溶接開始時点から短絡・アーク判別を正確に行うことができ、安定した溶接を行うことができる。
【符号の説明】
【0051】
1 溶接ワイヤ
1a ワイヤリール
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
6a、6b 出力端子
7a、7b 溶接ケーブル
DI 電流変化率検出回路
dId/dt 電流変化率検出信号
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
G 増幅率
GDI 溶接電流変化率増幅回路
G・dId/dt 溶接電流変化率増幅信号
GR 増幅率設定回路
Gr 増幅率設定信号
IAR アーク電流設定回路
Iar アーク電流設定信号
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
ICR 電流制御設定回路
Icr 電流制御設定信号
ID 溶接電流検出回路
Id 溶接電流検出信号
Ip ピーク電流
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
IR 溶接電流平均値設定回路
Ir 溶接電流平均値設定信号
Isr 短絡電流設定信号
Iw 溶接電流
L (溶接ケーブルによる)インダクタンス値
PM 電力制御回路
SA 短絡・アーク判別回路
Sa 短絡・アーク判別信号
SH 短絡発生頻度検出回路
Sh 短絡発生頻度検出信号
Tb ベース期間
Td 立下り期間
TDR 立下り期間設定回路
Tdr 立下り期間設定信号
Tf パルス周期(信号)
TM タイマ回路
Tm タイマ信号
Tp ピーク期間
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
Tu 立上り期間
TUR 立上り期間設定回路
Tur 立上り期間設定信号
VAV 電圧平均値算出回路
Vav 電圧平均値信号
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VF 電圧・周波数変換回路
VR 溶接電圧設定回路
Vr 溶接電圧設定信号
Vt 出力端子電圧
VTD 出力端子電圧検出回路
Vtd 出力端子電圧検出信号
Vw 溶接電圧
WM ワイヤ送給モータ
図1
図2