IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社リガクの特許一覧

特開2022-80773定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体
<>
  • 特開-定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体 図1
  • 特開-定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体 図2
  • 特開-定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体 図3
  • 特開-定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体 図4
  • 特開-定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022080773
(43)【公開日】2022-05-30
(54)【発明の名称】定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20220523BHJP
   G01N 23/207 20180101ALI20220523BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
G01N23/207
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020192042
(22)【出願日】2020-11-18
(71)【出願人】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】特許業務法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 由紀子
(72)【発明者】
【氏名】姫田 章宏
(72)【発明者】
【氏名】室山 知宏
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA18
2G001CA01
2G001FA01
2G001KA01
2G001MA04
(57)【要約】      (修正有)
【課題】関心物質を第1状態で添加物質中に含有する混合物を試料とし、試料内にて第1状態とは異なる第2状態の関心物質が析出し得る場合における関心物質の定量を好適な精度で実現する。
【解決手段】定性情報取得部20は、関心物質及び添加物質の情報、並びに混合物における関心物質と添加物質との初期の混合比である初期混合比を取得する。粉末回折パターン取得部21は試料について粉末回折測定による観測パターンを取得する。定量値算出部22は第2状態の関心物質、及び混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、観測パターンを第2状態の関心物質及び混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき試料内の結晶についての定量を行う。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料中に存在する前記第1状態とは異なる第2状態の前記関心物質を定量する定量分析装置であって、
前記関心物質及び前記1以上の他の物質の情報、並びに前記混合物における前記関心物質と前記1以上の他の物質の初期の混合比である初期混合比の情報を取得する定性情報取得手段と、
前記試料について粉末回折測定による観測パターンを取得する粉末回折パターン取得手段と、
前記第2状態の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを前記第2状態の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき前記試料内の前記第2状態の前記関心物質についての定量を行う定量値算出手段と、を有し、
前記定量値算出手段は、前記混合物の前記フィッティング関数として、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分に相応した前記混合比を有する前記混合物に対応する当該関数を用いること、
を特徴とする定量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の定量分析装置において、
前記第1状態は非晶質状態であり、前記第2状態は結晶状態であり、前記混合物は、少なくとも1つの前記他の物質を担体とし当該担体中に前記関心物質が分散した固体分散体であること、を特徴とする定量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の定量分析装置において、
前記混合物についての前記フィッティング関数として、観測又は計算によるプロファイル強度を用いること、を特徴とする定量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の定量分析装置において、
前記定量値算出手段は、前記試料中における前記関心物質の総重量分率が一定となるよう、前記混合物の混合比を更新する混合比更新手段を有すること、を特徴とする定量分析装置。
【請求項5】
請求項4に記載の定量分析装置において、
互いに異なる混合比を有する複数の前記混合物それぞれについての前記フィッティング関数を代表混合比フィッティング関数として取得するフィッティング関数取得手段を有し、
複数の前記代表混合比フィッティング関数を重み付け合成して、更新された前記混合比を有する前記混合物の前記フィッティング関数を生成すること、
を特徴とする定量分析装置。
【請求項6】
請求項3から請求項5のいずれか1つに記載の定量分析装置において、
前記初期混合比の前記混合物についての前記フィッティング関数を初期混合比フィッティング関数として取得するフィッティング関数取得手段を有し、
前記定量値算出手段は、前記結晶の前記寄与分が予め定めた上限以下の場合に、前記混合物の前記フィッティング関数として前記初期混合比フィッティング関数を用いること、
を特徴とする定量分析装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1つに記載の定量分析装置において、
前記第1状態は非晶質状態であり、前記第2状態は結晶状態であり、
前記定性情報取得手段が取得する情報は、前記関心物質の結晶多形についての情報を含み、
前記関心物質の前記結晶についての前記フィッティング関数として、複数の結晶構造それぞれについての前記フィッティング関数を取得するフィッティング関数取得手段を有し、
前記定量値算出手段は、前記各結晶構造の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記全パターンフィッティング法により前記観測パターンを前記複数の結晶構造の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すること、
を特徴とする定量分析装置。
【請求項8】
関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料中に存在する前記第1状態とは異なる第2状態の前記関心物質を定量する定量分析方法であって、
前記関心物質及び前記1以上の他の物質の情報、並びに前記混合物における前記関心物質と前記1以上の他の物質の初期の混合比である初期混合比の情報を取得するステップと、
前記試料について粉末回折測定による観測パターンを取得するステップと、
前記第2状態の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを前記第2状態の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき前記試料内の前記第2状態の前記関心物質についての定量を行うステップと、を含み、
前記混合物の前記フィッティング関数として、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分に相応した前記混合比を有する前記混合物に対応する当該関数を用いること、
を特徴とする定量分析方法。
【請求項9】
関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料中に存在する前記第1状態とは異なる第2状態の前記関心物質を定量する定量分析装置としてコンピュータを動作させるためのプログラムであって、
前記関心物質及び前記1以上の他の物質の情報、並びに前記混合物における前記関心物質と前記1以上の他の物質の初期の混合比である初期混合比の情報を取得する定性情報取得手段、
前記試料について粉末回折測定による観測パターンを取得する粉末回折パターン取得手段、及び
前記第2状態の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを前記第2状態の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき前記試料内の前記第2状態の前記関心物質についての定量を行う定量値算出手段、
として前記コンピュータを機能させ、
前記定量値算出手段は、前記混合物の前記フィッティング関数として、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分に相応した前記混合比を有する前記混合物に対応する当該関数を用いること、
を特徴とするプログラム。
【請求項10】
請求項9に記載のプログラムを記録したコンピュータ可読情報記憶媒体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に析出する結晶を、試料の粉末回折パターンに基づき定量する定量分析装置、方法、プログラム及び情報記憶媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品では、難溶性原薬の溶解性問題を克服する技術として、原薬を非晶質化することが行われており、その一手法として原薬を非晶質状態で高分子に均一に分散させる固体分散化がある。医薬品業界では、こうした医薬品の品質評価として、固体分散体中の非晶質相の原薬と、固体分散体から析出した結晶相の原薬と、が混在した試料に対して、その含有成分を定量することについてニーズがある。
【0003】
定量分析法のうち、X線等の回折パターンを用いるものとしては、検量線法、RIR(Reference Intensity Ratio)法、リートベルト法が知られている。これらは様々な物質に対して適用できる汎用手法である。また、最近提案された汎用の定量分析法としてDD(Direct Derivation)法がある(下記特許文献1)。
【0004】
DD法では、試料を測定して取得した回折パターンを、試料を構成する結晶相ごとの回折パターンに分離し、各結晶相の散乱強度の総和と各成分の化学組成のデータから重量比を求める。測定された粉末回折パターンの分離には、パターンフィッティングが適用される。DD法のパターンフィッティングでは、複数のフィッティング関数を組み合わせることができる。そのため、結晶性の異なる物質が混在した混合物に対しても適用ができる。例えば、特許文献1には、このDD法を用いて、1つの非晶質相と1又は複数の結晶相とが混在する試料について定量する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-184254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
複数成分の非晶質相を含む混合物の試料についても、非晶質相ごとにフィッティング関数を用意し、それらの線形結合によりパターンフィッティングを行うことが考えられる。
【0007】
しかし、複数成分の非晶質相の混合物では、成分間で相互作用が働くことから、当該混合物の粉末回折パターンは、必ずしも各成分のフィッティング関数の線形結合にならない。特に、固体分散体にてそのようなことが起こることが知られている。図5に、インドメタシンをポリビニルピロリドン(Polyvinylpyrrolidone:PVP)に分散させた固体分散体を例に、各成分の相の回折パターンと混合相の回折パターンとの比較を示す。
【0008】
同図(a)~(c)において、横軸は回折角2θ、縦軸は回折強度である。同図(a),(b)はそれぞれインドメタシン非晶質粉末、PVPの粉末回折パターンである。同図(c)はインドメタシンとPVPとを6:4の重量比で混合してなる試料の粉末回折パターンを示している。破線で示す曲線は、同図(a),(b)の粉末回折パターンを重み付け加算して得られる計算結果である。一方、同図(c)の実線で示す曲線は、当該混合物が固体分散体となっている試料について実際に測定された粉末回折パターンである。同図(c)の実線と点線とのずれは、固体分散体の粉末回折パターンは、同図(a),(b)の粉末回折パターンをフィッティング関数に用いた全パターンフィッティング法では好適にフィッティングできないことを示している。このように、非晶質相ごとにフィッティング関数を定める場合、全パターンフィッティング法を適用できるとは限らないという問題があった。
【0009】
一方、混合物を1つの非晶質相として、これに対応する1つのフィッティング関数を用いて全パターンフィッティング法を適用することも考えられるが、この手法でも必ずしも十分な精度で定量することができない。例えば、上述の非晶質固体分散体から原薬の結晶が析出する場合、固体分散体側の原薬の濃度が変化する。この場合、そうした濃度変化に応じて固体分散体の粉末回折パターンも変化することが本発明者らの分析により判明した。そのため、単純に、固体分散体に対して1つのフィッティング関数を定めて全パターンフィッティングを行っても、フィッティングが好適に行えず、高精度の定量が保証されないという問題があった。
以上、複数成分の非晶質相を含む混合物について全パターンフィッティング法を適用することの困難性について説明したが、共結晶などの他の状態の混合物においても同様の困難性は存在する。
【0010】
本発明は上記問題点を解決するためになされたものであり、関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料において、前記第1状態とは異なる第2状態の関心物質が生じ得る場合における関心物質の定量を好適な精度で実現する定量分析装置、プログラム及び情報記憶媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)本発明に係る定量分析装置は、関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料中に存在する前記第1状態とは異なる第2状態の前記関心物質を定量する装置であって、前記関心物質及び前記1以上の他の物質の情報、並びに前記混合物における前記関心物質と前記1以上の他の物質の初期の混合比である初期混合比の情報を取得する定性情報取得手段と、前記試料について粉末回折測定による観測パターンを取得する粉末回折パターン取得手段と、前記第2状態の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを前記第1状態の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき前記試料内の前記第2状態の前記関心物質についての定量を行う定量値算出手段と、を有し、前記定量値算出手段は、前記混合物の前記フィッティング関数として、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分に相応した前記混合比を有する前記混合物に対応する当該関数を用いる。
【0012】
(2)上記(1)に記載する定量分析装置において、前記第1状態は非晶質状態であり、前記第2状態は結晶状態であり、前記混合物は、少なくとも1つの前記他の物質を担体とし当該担体中に前記関心物質が分散した固体分散体とすることができる。
【0013】
(3)上記(1),(2)に記載する定量分析装置において、前記混合物についての前記フィッティング関数として、観測又は計算によるプロファイル強度を用いることができる。
【0014】
(4)上記(3)に記載する定量分析装置において、前記定量値算出手段は、前記試料中における前記関心物質の総重量分率が一定となるよう、前記混合物の混合比を更新する混合比更新手段を有する構成とすることができる。
【0015】
(5)上記(4)に記載する定量分析装置において、互いに異なる混合比を有する複数の前記混合物それぞれについての前記フィッティング関数を代表混合比フィッティング関数として取得するフィッティング関数取得手段を有し、複数の前記代表混合比フィッティング関数を重み付け合成して、更新された前記混合比を有する前記混合物の前記フィッティング関数を生成する構成とすることができる。
【0016】
(6)上記(3)~(5)に記載する定量分析装置において、前記初期混合比の前記混合物についての前記フィッティング関数を初期混合比フィッティング関数として取得するフィッティング関数取得手段を有し、前記定量値算出手段は、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分が予め定めた上限以下の場合に、前記混合物の前記フィッティング関数として前記初期混合比フィッティング関数を用いる構成とすることができる。
【0017】
(7)上記(1)~(6)に記載する定量分析装置において、前記第1状態は非晶質状態であり、前記第2状態は結晶状態であり、前記定性情報取得手段が取得する情報は、前記関心物質の結晶多形についての情報を含み、前記関心物質の前記結晶についての前記フィッティング関数として、複数の結晶構造それぞれについての前記フィッティング関数を取得するフィッティング関数取得手段を有し、前記定量値算出手段は、前記各結晶構造の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記全パターンフィッティング法により前記観測パターンを前記複数の結晶構造の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解する構成とすることができる。
【0018】
(8)本発明に係る定量分析方法は、関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料中に存在する前記第1状態とは異なる第2状態の前記関心物質を定量する定量分析方法であって、前記関心物質及び前記1以上の他の物質の情報、並びに前記混合物における前記関心物質と前記1以上の他の物質の初期の混合比である初期混合比の情報を取得するステップと、前記試料について粉末回折測定による観測パターンを取得するステップと、前記第2状態の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを前記第2状態の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき前記試料内の前記第2状態の前記関心物質についての定量を行うステップと、を含み、前記混合物の前記フィッティング関数として、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分に相応した前記混合比を有する前記混合物に対応する当該関数を用いること、を特徴とする。
【0019】
(9)本発明に係るプログラムは、関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料中に存在する前記第1状態とは異なる第2状態の前記関心物質を定量する定量分析装置としてコンピュータを動作させるためのプログラムであって、前記関心物質及び前記1以上の他の物質の情報、並びに前記混合物における前記関心物質と前記1以上の他の物質の初期の混合比である初期混合比の情報を取得する定性情報取得手段、前記試料について粉末回折測定による観測パターンを取得する粉末回折パターン取得手段、及び前記第2状態の前記関心物質、及び前記混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、前記観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを前記第2状態の前記関心物質及び前記混合物それぞれの寄与分に分解すると共に、当該分解結果に基づき前記試料内の前記第2状態の前記関心物質についての定量を行う定量値算出手段、として前記コンピュータを機能させ、前記定量値算出手段は、前記混合物の前記フィッティング関数として、前記第2状態の前記関心物質の前記寄与分に相応した前記混合比を有する前記混合物に対応する当該関数を用いる。
【0020】
(10)本発明に係るコンピュータ可読情報記憶媒体は、上記(9)に記載のプログラムを記録したコンピュータ可読情報記憶媒体である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ第1状態で含有する混合物を含む試料内にて第2状態の関心物質が生じ得る場合における関心物質の定量を好適な精度で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の実施形態に係る定量分析システムの概略の構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施形態に係る定量分析装置の動作を説明する概略のフローチャートである。
図3】試料内に含まれる物質の情報を入力するためのユーザインターフェースの例を説明する模式図である。
図4】定性分析結果を出力するためのユーザインターフェースの例を説明する模式図である。
図5】複数成分の非晶質相の混合物が固体分散体をなす試料の粉末回折パターンについての説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態(以下実施形態という)について、図面に基づいて説明する。なお、図面は説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、寸法、形状等について模式的に表す場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宜省略することがある。
【0024】
図1は、本発明の実施形態に係る定量分析システム1の概略の構成を示すブロック図である。定量分析システム1は、X線回折装置2、定量分析装置3、入力装置4及び出力装置5を有する。
【0025】
X線回折装置2は粉末X線回折測定を行う。具体的にはX線回折装置2は、試料とする物質に既知波長のX線を入射し、回折X線の回折角度2θ及びX線強度を測定することによって、X線回折データを取得する。X線回折装置2は定量分析装置3と接続され、取得したX線回折データを定量分析装置3へ出力する。なお、X線回折装置2は、X線回折データに基づいて粉末回折パターンを生成して、これを定量分析装置3へ出力してもよい。
【0026】
定量分析装置3はX線回折装置2から出力されたX線回折データから粉末回折パターンを生成する。また、定量分析装置3は、後述する定量分析方法をコンピュータプログラムにより実行し、粉末回折パターンに基づいて、試料に含まれる1以上の物質の定量、すなわち試料に含まれる1以上の物質の重量分率の算出を行う。特に、定量分析装置3は、関心物質及び1以上の他の物質をそれぞれ非晶質状態で含有する混合物である試料、又は同混合物を含む試料について定量を行うことができる。当該定量分析により、試料中に析出や混入等により存在する関心物質の結晶を定量することができる。なお、以下の説明にて、混合物は関心物質と添加物質とからなる混合物を意味し、析出や混入等により存在し得る関心物質の結晶は混合物には含めない。つまり、結晶が析出等した試料には、混合物と関心物質の結晶とが互いに別のものとして存在する。
【0027】
定量分析装置3は、試料に含まれる各物質の結晶状態および化学組成を区別して、試料を構成する成分を規定する。試料を構成する成分のうち化学組成は変化せず、非晶質状態から結晶状態へと状態が変化する物質、または、結晶状態から非晶質状態へと状態が変化する物質を本明細書では関心物質と呼ぶ。また、関心物質とは異なる化学組成で、混合した後も化学組成や形態は変化せず、非晶質状態もしくは結晶状態で関心物質と混在する物質を添加物質と呼ぶ。
【0028】
晶析現象の分析は、医薬品製造だけでなく、食品、宝石、機能品、環境、エネルギー分野などにおける結晶性物質の取扱いや、特定物質の回収などにも利用されている。後述する定量分析方法は、上記の関心物質と添加物質の関係に相当するものであれば、各種分野における試料について適用可能である。
【0029】
具体的には、定量分析装置3は演算装置10と記憶装置11とを備え、一般に用いられるコンピュータによって実現される。演算装置10は、CPU(Central Processing Unit)等で構成され、プログラムに基づいて動作する。例えば、演算装置10は実行するプログラムに応じて、後述する定性情報取得部20、粉末回折パターン取得部21、定量値算出部22などの各種機能部として動作する。記憶装置11は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク等であり、演算装置10で用いられる各種プログラムや各種データを記憶し、演算装置10との間でこれらの情報を入出力する。本実施形態に係る定量分析方法を用いる分析プログラムは、半導体メモリその他のコンピュータ可読情報記憶媒体に格納されてよく、定量分析装置3を構成するコンピュータに該媒体から読み出される。
【0030】
定性情報取得部20は関心物質及び添加物質の情報(定性情報)を取得する。当該情報は定量分析に先立って相同定/定性分析で得られるような情報であり、例えば、関心物質及び添加物質の化学式又は組成式や、関心物質の結晶構造の情報が含まれる。また、定性情報取得部20は混合物における関心物質と添加物質との混合初期の混合比である初期混合比(重量分率の比)の情報を取得する。この情報は、混合初期の混合比そのものだけでなく、例えば複数物質を混合した際の仕込みの各重量など、初期混合比を計算するために用いられる各種情報であってもよい。
【0031】
粉末回折パターン取得部21は、試料について粉末回折測定による観測パターンを取得する。例えば、粉末回折パターン取得部21は、観測パターンとなる粉末回折パターンを、X線回折装置2が取得し出力したX線回折データから生成する。また、X線回折装置2が粉末回折パターンを生成し出力する場合には、粉末回折パターン取得部21はそれを取得する。また、観測パターンである粉末回折パターンが事前に測定されるなどして記憶装置11に記憶されている場合には、粉末回折パターン取得部21は記憶装置11から当該粉末回折パターンを読み出す。なお、粉末回折パターン取得部21は、フィッティング関数として用いられる粉末回折パターンについても、X線回折装置2が出力するX線回折データから生成し、次に説明する定量値算出部22での計算のために、記憶装置11に記憶しておいてよい。
【0032】
定量値算出部22は、関心物質の結晶、及び混合物それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数を用いて、粉末回折パターン取得部21により取得した観測パターンに対し全パターンフィッティング法を適用し、当該観測パターンを関心物質の結晶の寄与分と混合物の寄与分とに分解すると共に、当該分解結果に基づき試料内の関心物質の結晶についての定量を行う。
【0033】
定量値算出部22は、混合物のフィッティング関数として、関心物質の結晶の寄与分に相応した混合比を有する混合物に対応する当該関数を用いる。つまり、混合物から関心物質が析出して結晶となると混合物の混合比が変化するが、混合物のフィッティング関数としてそのことに配慮したものを用いる。例えば、初期状態にて全て混合物であった試料に定量分析時において結晶の析出が生じている場合に、析出した結晶相の重量分率を考慮して、混合物のフィッティング関数に対応する混合比を変更する。例えば、当該配慮により、定量分析の結果における関心物質の結晶量と混合物中の関心物質の非晶質量との和が、初期状態での混合物中の関心物質の量と一致するようにしてよい。或いは、少なくとも定量分析の目的に応じた許容範囲で、関心物質の結晶量と混合物中の関心物質の非晶質量との和が、初期状態での混合物中の関心物質の量と、無矛盾となるようにしてよい。関心物質の結晶量と混合物中の関心物質の非晶質量との和が、初期状態での混合物中の関心物質の量と一致するように定量を行うようにすれば、非晶質相の関心物質についても混合比を正しく算出することができる。
【0034】
入力装置4は定量分析装置3に接続されたキーボード、マウス、タッチパネルなどであり、ユーザが定量分析装置3への操作を行うために用いる。出力装置5は定量分析装置3に接続されたディスプレイ、プリンタなどであり、定量分析装置3による処理結果などを画面表示、印刷等によりユーザに示す等に用いられる。
【0035】
次に、定量分析システム1における定量分析処理について説明する。当該定量分析処理は、定量分析装置3にてDD法を用いて行われる。以下、DD法について説明する。K個の成分からなる混合物の場合、k番目(k=1~K)の成分の重量Wは次式で求まる。
【0036】
【数1】
【0037】
ここで、Cは比例定数であり、Sはk番目の成分からの散乱強度の総和である。また、a -1は単位重量当たりの散乱強度に相当する量である。
【0038】
k番目の成分の重量分率wは次式で定義される。
【0039】
【数2】
【0040】
これに式(1)を代入して、IC(Intensity-Composition)formulaと呼ばれる次式が得られる。
【0041】
【数3】
【0042】
は次式により、k番目の成分の化学式から求めることができる。
【0043】
【数4】
【0044】
ここで、Mはk番目の成分の化学式量、N はk番目の成分の化学式に含まれる原子の総数である。nikの添字iは、k番目の成分のN 個の原子を識別する番号であり、i=1~N である。そして、nikは番号iの原子に属する電子の数である。
【0045】
散乱強度Sは、観測された粉末回折パターン(観測パターン)を成分ごとの回折パターンに分離することにより求める。このパターン分離は2つのカテゴリに分類でき、第1のカテゴリは観測パターンを個々の回折線に分解し、それらを成分ごとに区分して足し合わせるものであり、第2のカテゴリは成分ごとの回折パターンを用いて、観測パターンを直接フィッティングするものである。
【0046】
第1のカテゴリのパターン分離は、個別プロファイルフィッティング(individual profile fitting:IPF)法を用いて行うことができ、観測パターンがそれほど複雑でない場合に用いることができる。一方、複雑な観測パターンの分離は全パターンフィッティング法(whole-powder-pattern fitting:WPPF)法を用いる第2のカテゴリのパターン分離で行われる。
【0047】
WPPF法における成分ごとのプロファイル強度の計算に用いる計算モデルとして4種類があり、それらで用いられるフィッティング関数をType-A関数、Type-B関数、Type-C関数、Type-C関数と呼ぶ。なお、パターン分離に際して、成分ごとに異なる種類のフィッティング関数を用いることができる。
【0048】
以下、これらフィッティング関数について説明する。試料全体の粉末回折パターンy(2θ)は、バックグラウンド強度y(2θ)backと各k(k=1~K)に対応する成分それぞれの粉末回折パターンを表すフィッティング関数y(2θ)との重ねあわせとして次式で与えられる。
【0049】
【数5】
【0050】
Type-A関数は、最小二乗法を用いた全パターン分解法(Pawley法)のフィッティング関数と同じであり、k番目の成分について次式で表される。
【0051】
【数6】
【0052】
ここで、Ijkは、Pawley法によって得られる、j番目の回折線の積分強度であり、P(2θ)jkは当該回折線のプロファイル形状を記述する規格化されたプロファイル関数である。フィッティングにおいて積分パラメータの集合{Ijk}が精密化される。一方、IPFと異なり、回折線位置は格子定数によって拘束されており、個々の回折線位置の代わりに格子定数を精密化する。精密化後、積分強度Ijkから次式を用いてk番目の成分についての回折強度の総和となるSが得られる。なお、Gjkはローレンツ・偏光因子に対する強度補正項である。
【0053】
【数7】
【0054】
Type-B関数は、事前に用意された積分強度の集合{I'jk}を用いており、k番目の成分について次式で表される。
【0055】
【数8】
【0056】
ここで、Sckはスケール因子であり、Ijk=SckI'jkで定義される。{I'jk}は、k番目の成分からなる単一相試料をパターン分解して得ることもできるし、結晶構造モデルに基づいて計算で求めることもできる。フィッティングにおいて{I'jk}の値は固定され、Sckが精密化される。ちなみに、Sは式(7)にてIjkをSckI'jkで置き換えたものとなる。
【0057】
Type-C関数は、事前に用意された回折パターンy(2θ)'そのものを用い、次式で表される。
【0058】
【数9】
【0059】
y(2θ)'は、k番目の成分からなる単一相試料のプロファイル強度測定あるいは計算で求めることができる。フィッティングにおいてスケール因子Sckが精密化される。つまり、回折パターン全体を直接フィッティングに用いる。なお、フィッティングにより2θ方向に沿ったパターン全体のずれを補正できる。Sは式(9)を積分して求めることができる。
【0060】
Type-C関数は、それを使用する前に観測パターンからバックグラウンドを除去する必要がある。Type-C関数は、当該バックグラウンドを除去すること無しに、単成分試料の観測パターンをそのまま用いる。このType-C関数により得られる散乱強度の総和をS BPと表すと、式(9)に基づくSよりもバックグラウンドの寄与分Bだけ大きくなる。つまり、S BP=S+Bとなる。R=B/Sと定義すると、S BPは次式によってSに変換できる。
【0061】
【数10】
【0062】
また、試料が以下の条件1),2)を満たす場合には、式(10)を式(3)に代入したIC formulaからRを消去することができる。つまり、この場合、R値は不要でありS BPを用いて定量を行うことができる。
1)試料を構成するK個の全成分にType-C関数を適用できる。
2)全R値(k=1~K)がほぼ等しい。
【0063】
図2は本発明の実施形態に係る定量分析装置3の動作、定量分析方法を説明する概略のフローチャートである。ここでは、固体分散体である医薬品において析出する原薬の結晶量を定量分析する例を用いて、定量分析装置3の動作、定量分析方法を説明する。以下、混合相における関心物質をα、添加物質をβとし、混合相の関心物質と添加物質の混合比γを(関心物質αの重量分率wα(N)):(添加物質βの重量分率wβ)と定義する。
【0064】
分析対象の医薬品は、一例として、関心物質αを原薬であるインドメタシンとし、添加物質βをPVPとした混合物とすることができる。当該混合物はインドメタシン非晶質粉末をPVPに分散させたものであり、PVPを担体とし当該担体中にインドメタシンが分散した固体分散体を形成する。
【0065】
定量分析装置3は定量分析に先立ち、定性情報取得部20として機能する。定性情報取得部20は上述したように、試料とする混合物を構成する関心物質及び添加物質の情報、並びに混合物の初期混合比γなどを取得する(ステップS1)。なお、これらの情報を取得する処理は、ユーザの入力操作により行うことができるが、記憶装置11のデータベースに既に登録されている情報については、ユーザ入力を省略することができ、ユーザは代わりに、データベースに登録されている情報の中から、実施する定量分析に関係する物質の情報を選択・指定する。
【0066】
例えば、定性情報取得部20は、出力装置5のディスプレイに、それら情報をユーザに入力させるためのユーザインターフェース(UI)画面を表示し、ユーザは当該画面にて入力を求められている項目に対して、入力装置4を操作して情報を入力する。定性情報取得部20は取得した情報を記憶装置11に保存する。
【0067】
図3は当該UIの例を説明する模式図である。定性情報取得部20は関心物質や添加物質など、定量分析に関連する物質ごとに、データ名の表示欄とその値の入力欄とを対応させたテーブルを表示する。テーブル30の「分類」としては、“関心物質”と“添加物質”とが事前に記憶装置11に入力候補として記憶されており、ユーザはいずれかを選択することによりテーブル30の「分類」に値を設定できる。例えば、テーブル30の「分類」にユーザが値“関心物質”を設定すると、定性情報取得部20はユーザに、テーブル30の「化学式」または「組成」の欄の少なくともいずれかに“関心物質”の値を入力させる。図3の例では、関心物質である原薬としてインドメタシンの化学式(C1916ClNO)及び組成が「化学式」及び「組成」の入力欄に入力されている。また、定性情報取得部20はテーブル30に「重量」の欄を表示しており、ユーザの入力を可能としている。この「重量」の欄に入力する値は、例えば試料調整時の秤量値であってよく、初期混合比率γを算出するのに用いられてよい。なお、ここでは入力された重量のすべては非晶質相の“関心物質”であると仮定するが、少量の結晶相の“関心物質”が予め含まれることを排除するものではない。
【0068】
図示しない終了ボタンが押下されなければ、定性情報取得部20は、他の物質についての設定を行うテーブル31をさらに表示する。テーブル31の「分類」にユーザが値“添加物質”を設定すると、定性情報取得部20はユーザに、テーブル31の「化学式」または「組成」の欄の少なくともいずれかに“添加物質”の値を入力させる。“添加物質”も原則として非晶質相の物質とするが、後述するように結晶相の物質を追加で設定できるようにして、混合物に結晶相の物質が含まれるようにしてもよい。図3の例では、“添加物質”としてPVPの単量体の分子式(CNO)及び組成が「化学式」及び「組成」の入力欄に入力されている。また、定性情報取得部20はテーブル31にも「重量」の欄を表示しており、ユーザの入力を可能としている。定性情報取得部20は、図示しない終了ボタンが押下されるまで、新たなテーブルを順次表示して、ユーザに混合物の他の組成物についての設定を行わせる。このとき、2つ目以降“添加物質”については、結晶相又は非晶質相の区別をテーブルに入力可能としてよい。
【0069】
一方、終了ボタンが押下されると、定性情報取得部20は混合物についての設定を行うテーブル32を表示する。当該テーブルは「分類」、「化学式」、「組成」、「初期混合比」、「定量値」、「現混合比」の欄を含む。ここで「分類」の欄には“混合相”の値、「定量値」の欄には“100”の値が、それぞれ定性情報取得部20により事前に設定されている。「化学式」、「組成」、「初期混合比」、「定量値」、「現混合比」の欄には、ユーザが値を任意に入力できるようにしてよい。或いは、「化学式」及び「組成」の値は、定性情報取得部20がテーブル30,31のそれらの値を転記してよい。また、「初期混合比」及び「現混合比」の欄の値は、定性情報取得部20がテーブル30,31の「重量」の各値に基づいて演算し、自働設定してよい。
【0070】
さらに、定性情報取得部20は、原薬の結晶についての設定を行うテーブル33を表示する。例えば、定性情報取得部20は当該テーブルの「分類」の欄にデフォルト値として“結晶相”を設定すると共に、「化学式」及び「組成」の欄には、テーブル30の値を転記することができる。一方、定性情報取得部20は、当該テーブルに、結晶構造パラメータやd-Iデータなどを設定するようユーザに求めることができる。なお、記憶装置11に過去に設定したり取得したりした物質の情報を登録するデータベースを設け、「化学式」などをキーとして当該データベースを検索し、登録済みの結晶構造パラメータやd-Iデータがあれば、それを読み出すことで、ユーザ入力を省略することもできる。また、定量値としては初期値として“0”を設定する。
【0071】
原薬に結晶多形が存在する場合があるので、定性情報取得部20はテーブルを順次表示して、それら結晶多形についての設定を可能とするのがよい。
【0072】
次に、ステップS1にて設定された混合物についての粉末回折パターンを用意するための処理が行われる(ステップS2)。定量分析装置3は、ステップS1にて設定された混合物の情報(テーブル32)を参照して、それと同じ組成物からなる混合物の粉末回折パターンが記憶装置11に記憶されているかを調べ、その結果を表示する。その結果の表示には、当該混合物の混合比も表示するのが好適である。この後の定量分析では、混合比がステップS1にて設定された値と同じである混合物についての粉末回折パターンが必要になり、また複数の混合比での粉末回折パターンを用いる場合もあるので、ユーザは記憶装置11の保存されている粉末回折パターンの調査結果を受けて、必要に応じて粉末回折パターンを取得して記憶装置11に格納する。例えば、取得した混合物の粉末回折パターンは、その混合比と共に、当該混合物に対応するテーブル32に対応付けて記憶装置11に記憶させることができる。
【0073】
この点に関しては、ユーザは、品質評価を予定している医薬品を作成したときに、その医薬品からなる試料を作り、X線回折装置2などにより初期状態での観測パターンを測定して記憶装置11に保存しておくことが好適である。
【0074】
定量分析装置3は、粉末回折パターン取得部21として機能して、分析対象とする試料の観測パターンを取得する(ステップS3)。
【0075】
観測パターンを取得すると、定量分析装置3は定量値算出部22として機能し、当該観測パターンをWPPF法により、成分ごとにパターン分離する処理を開始する。
【0076】
定量値算出部22は、後述する反復処理の実行回数iを0に初期化すると共に、混合比γの推定値γとして初期混合比γを設定する(ステップS4)。
【0077】
定量値算出部22は次にフィッティング関数取得手段として機能し、γに対応する混合物のフィッティング関数y)を取得する(ステップS5)。ここで、試料は非晶質混合物であり、シャープな回折線が現れにくいという特徴があるので、フィッティング関数として、観測又は計算によるプロファイル強度を用いるのが好適である。よって、一般的にはy)としてType-C関数、Type-C関数を用いる。ステップS2での処理の結果、記憶装置11には混合比γの混合物についての粉末回折パターンが基本的に記憶されており、初期混合比γに対応する関数y)には、それを用いたType-C又はCのフィッティング関数を設定することができる。
【0078】
また、定量値算出部22はさらにフィッティング関数取得手段として機能し、関心物質の結晶についてのフィッティング関数yも取得する(ステップS6)。関数yはType-A,B,C,C関数のいずれかとすることができ、テーブル33にて設定した結晶構造パラメータなどに基づく計算により求めたり、事前に測定した観測パターンに基づいて設定したりすることができる。なお、結晶多形を考慮する場合には、各結晶について関数yを用意する。
【0079】
定量値算出部22はフィッティング関数y),yを用い、WPPF法を適用して、ステップS3にて取得した観測パターンを結晶の寄与分と混合物の寄与分とに分解する(ステップS7)。なお、結晶多形が存在する場合には、関数y)及び各結晶多形の関数yを用いて、観測パターンを複数の結晶多形及び混合物それぞれの寄与分に分解する。
【0080】
定量値算出部22は、分解結果に基づいて、結晶の重量分率wα(C)(結晶多形を考慮する場合はそれらの合計)と混合物の重量分率wとを算出する(ステップS8)。具体的には、IC formulaを用いて分解結果から結晶及び混合物それぞれの重量分率が求まる。
【0081】
定量値算出部22は、試料中における関心物質αの総重量分率wα(結晶相の重量分率と非晶質相の重量分率の合計値)が一定となるよう、混合物の混合比γを更新する(ステップS9)。ここで、初期状態では関心物質αの総重量分率wαは、混合物中の非晶質相の関心物質αの重量分率wα(N)と一致するものとみなせるので、初期混合比γから直ちに求めることができる。また、添加物質の重量分率wβも初期混合比γから直ちに求めることができ、この値は不変とみなす。ステップS9では、混合物中の非晶質相の関心物質αの重量分率wα(N)からステップS8で算出される結晶相の重量分率wα(C)を減算し、減算後の値を新たな重量分率wα(N)とする。そして、新たな重量分率wα(N)と、添加物質の重量分率wβと、の比を、新たな混合比γとする。
【0082】
定量値算出部22は実行回数iを1つインクリメントし、ステップS9で求めた値で現混合比γを更新する(ステップS10)。
【0083】
定量値算出部22は基本的にはγの変化、すなわち非晶質相の関心物質αの重量分率wα(N)が収束するまで(ステップS11にて「No」の場合)、ステップS5~S10の処理を反復する。この反復処理にて、定量値算出部22は、混合物のフィッティング関数を更新された現混合比γに対応させて変化させる手段として機能する。なお、反復回数iが所定の上限回数に達したことを以て、上記反復処理を打ち切ってもよい。
【0084】
定量値算出部22はγが収束すると(ステップS11にて「Yes」の場合)、その時点(具体的には、直近に行われたステップS8)で得られている重量分率wα(C)を試料に含まれる結晶についての定量結果として出力する(ステップS12)。例えば、図5に示すUIにおいて、混合物に係るテーブル33の「定量値」の欄に、最終的に得られた非晶質相の関心物質αの重量分率wα(N)と、添加物質の重量分率wβと、の和を表示するとともに、「混合比」の欄に、最終的に得られた混合比γを表示する。さらに、結晶相に係るテーブル33の「定量値」の欄に、最終的に得られた結晶相の関心物質αの重量分率wα(C)を表示する。
【0085】
なお、推定されたγに対応する混合物のフィッティング関数y)を取得するステップS5の処理に関して、初期混合比γに対しては上述のように試料の初期状態での観測パターンが予め記憶装置11に記憶されていることが期待できる。更新されたγに対しては、それに対応する粉末回折パターンが記憶装置11に登録されている場合は、それを読み出してフィッティング関数y)を得ることができる。
【0086】
しかし、任意の推定値ρについてそれに対応する粉末回折パターンが記憶装置11に登録されているとは限らない。その場合には、定量値算出部22は、記憶装置11の記憶されている複数の混合比率での粉末回折パターンから補間処理により、γに対応する混合物のフィッティング関数y)を生成する構成とすることができる。
【0087】
この場合、定量値算出部22は、同じ組成の混合物について、互いに異なる混合比を有する複数の混合物のそれぞれについて事前に記憶装置11に記憶されている、複数のフィッティング関数をそれぞれ代表混合比フィッティング関数として取得する。そして、定量値算出部22はフィッティング関数調整手段として、複数の代表混合比フィッティング関数を重み付け合成して、結晶の寄与分から推定した混合比γを有する混合物についてのフィッティング関数y)を生成する。
【0088】
このために、ステップS2での処理にて、記憶装置11に複数の混合比での粉末回折パターンを格納させておいてよい。例えば、ユーザは、互いに異なる混合比γSξ(ξ=1,2,…)を有する複数の混合物それぞれについて、フィッティング関数(代表混合比フィッティング関数)ySξ)を予め測定等により取得して、混合比γSξに関連づけて記憶装置11に記憶させておいてよい。
【0089】
上述のように定量値算出部22の混合比更新手段としての機能により、例えば、初期状態にて全て混合物であった試料に定量分析時において結晶の析出が生じている場合に、定量分析の結果における関心物質の結晶量と混合物中の関心物質の非晶質量との和を、初期状態での混合物中の関心物質の量と整合させることが原理的に可能となり、定量分析の精度向上が図られる。
【0090】
さて、原薬が非晶質として安定に存在するように作られる医薬品においては、析出する結晶の量は少ないことが期待できる。このような場合は、初期混合比γに対応する関数y)は、結晶の析出が生じている定量分析時における混合物のフィッティング関数の好適な近似となっているであろう。つまり、定量分析時における混合物のフィッティング関数に関数y)を用いても、定量分析の結果における関心物質の結晶量と混合物中の関心物質の非晶質量との和と、初期状態での混合物中の関心物質の量とを、許容範囲で無矛盾にすることが可能である。この場合、定量値算出部22はフィッティング関数取得手段として、混合比が初期混合比γである混合物についてのフィッティング関数y)を初期混合比フィッティング関数として取得する。そして、定量値算出部22は結晶の寄与分が予め定めた上限以下の場合に、混合物の前記フィッティング関数として初期混合比フィッティング関数を用いる。
【0091】
具体的には、初回の、つまり反復回数i=1でのステップS7で、混合物のフィッティング関数として初期混合比フィッティング関数y)を用いてパターン分解し、その分解結果で得られた結晶の寄与分wα(C)が予め定めた上限以下の場合に、ステップS5~S10についての反復処理は省略し、混合物のフィッティング関数y)を用いてステップS8で得られるwα(C)を定量結果として出力する構成とすることができる。
【0092】
なお、この構成にて、寄与分が上述の上限や閾値を超えた場合には、定量分析装置3はアラートを発するようにしてもよい。
【0093】
また、上述の上限以下や閾値以下であるという条件が基本的に満たされることが想定される状況では、当該条件判断も省略してもよい。
【0094】
以上、実施形態により説明した本発明は、混合物から結晶が析出する試料の定量分析を好適に行うことができ、特に、混合物の粉末回折パターンが各成分のフィッティング関数の線形結合からずれる場合に好適である。上記実施形態では、その例として固体分散体を挙げて説明したが、固体分散体以外でも、成分間の相互作用や反応などにより線形結合からずれる混合物に本発明が有効である。例えば、混合物の例としては、共結晶があげられる。医薬品の共結晶は、薬効を有する活性分子と添加剤が、分子間相互作用を介して複合体を形成し、結晶状態で存在する。このような医薬品においては、共結晶状態の活性分子と単体の結晶状態の活性分子とが共存することがあり得る。このような場合において、単体の結晶状態の活性分子の定量に本発明は同様に適用できる。すなわち、本発明における混合物は、成分間で相互作用が働くことにより、それぞれ成分単体の粉末回折パターンを生じない第1状態にある。また、関心物質は、他の物質との間で相互作用が働く第1状態から、そのような相互作用が働かない又は抑制された第2状態へと状態変化する物質である。
【0095】
また、本発明は粉末以外の試料の分析にも用いることができ、例えば、上述の定量分析装置3を液体の試料の分析に用いることができる。
【0096】
上記実施形態では、試料において析出している結晶を定量したが、試料における混合物に関する定量を行うこともでき、例えば、反復処理で得られた混合比率ρを定量分析結果として出力してもよい。
【0097】
上記実施形態では、混合物のフィッティング関数y)としてType-C,C関数を用いたが、混合物の粉末回折パターンの特徴によっては他の形の関数、例えばType-A,B関数を用い得る場合もある。
【0098】
また、上述の実施形態では、定量分析装置3は、X線回折測定による粉末回折パターンに基づいて定量分析を行う例を示したが、粉末回折パターンはX線回折測定以外の方法で得られたものであってもよい。また、それに対応して、定量分析システム1はX線回折装置2以外の回折測定装置を備えることができる。例えば、粉末回折パターンは、電子線回折や中性子回折で得られたものとすることができる。
【0099】
なお、上記実施形態では、ステップS1にて定性情報をユーザ入力により得たが、定性情報取得部20は、相同定を行って、定量分析に必要な情報を取得するものであってもよい。
【0100】
また、以上の説明では混合物から関心物質αの結晶が析出する場合について説明したが、試料中に存在している添加物質に関心物質αが吸収又は吸着する場合の定量分析にも、本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0101】
1 定量分析システム、2 X線回折装置、3 定量分析装置、4 入力装置、5 出力装置、10 演算装置、11 記憶装置、20 定性情報取得部、21 粉末回折パターン取得部、22 定量値算出部。

図1
図2
図3
図4
図5