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特開2022-81223摺動部材、摺動部材の製造方法、および固体潤滑膜の改質方法
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  • 特開-摺動部材、摺動部材の製造方法、および固体潤滑膜の改質方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022081223
(43)【公開日】2022-05-31
(54)【発明の名称】摺動部材、摺動部材の製造方法、および固体潤滑膜の改質方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/14 20060101AFI20220524BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20220524BHJP
   F16C 33/34 20060101ALI20220524BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20220524BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20220524BHJP
   B05D 5/00 20060101ALI20220524BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20220524BHJP
   B05D 3/02 20060101ALI20220524BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20220524BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20220524BHJP
【FI】
F16C33/14 Z
F16C33/32
F16C33/34
F16C33/66 A
F16C33/12 A
B05D5/00 Z
B05D7/24 303B
B05D3/02 Z
C23C26/00 A
C23C28/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020192634
(22)【出願日】2020-11-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003942
【氏名又は名称】日新電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】松葉 晃明
(72)【発明者】
【氏名】朝比 大揮
【テーマコード(参考)】
3J011
3J701
4D075
4K044
【Fターム(参考)】
3J011AA06
3J011AA20
3J011DA01
3J011DA02
3J011MA02
3J011QA04
3J011SE06
3J701AA01
3J701BA09
3J701BA10
3J701DA05
3J701EA78
3J701FA32
4D075BB21Z
4D075BB56Z
4D075CA09
4D075DA23
4D075DB02
4D075DC16
4D075EA10
4D075EA41
4D075EC01
4K044AA02
4K044AB05
4K044AB10
4K044BA11
4K044BA17
4K044BA21
4K044BB01
4K044BB03
4K044BC01
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】従来とは異なる方法により摺動部材の耐摩耗性を向上させる。
【解決手段】摺動部材(1)の製造方法は、基材(20)の表面の少なくとも一部に、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜(13)を形成する膜形成工程と、固体潤滑膜(13)が形成された基材(20)を、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する湿潤加熱工程と、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面の少なくとも一部に、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜を形成する膜形成工程と、
前記固体潤滑膜が形成された前記基材を、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する湿潤加熱工程と、を含む摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記湿潤加熱工程において、前記条件下で、1200時間以上の加熱を施す、請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記基材は、
本体部と、
前記固体潤滑膜が形成される下地である下地膜と、を備え、
前記膜形成工程の前に、前記本体部の表面の少なくとも一部に前記下地膜を形成する下地膜形成工程を含む、請求項1または2に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記膜形成工程では、二硫化モリブデンを含む塗料を前記基材の表面に塗布することによって前記固体潤滑膜を形成する、請求項1~3のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法によって製造された摺動部材であって、
前記固体潤滑膜の膜厚は、5~30μmであることを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
基材の表面の少なくとも一部に形成される、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する湿潤加熱工程を含む、固体潤滑膜の改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、摺動部材の製造方法、および固体潤滑膜の改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜を被覆した摺動部材の耐摩耗性を向上させる技術が知られている。例えば、特許文献1には、境界層と上層の2層に分かれており、境界層に含まれている酸素の原子濃度が5~30%で、上層に含まれている酸素の原子濃度が3%以下である固体潤滑膜を被覆した転動要素(摺動部材)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-249066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載されている固体潤滑膜を転動要素に被覆することは容易では無い。特許文献1に記載の製造方法では、スパッタリング法を用いて、境界層並びに上層のそれぞれを、膜厚および酸素量を精緻に制御して成膜することが要求される。
【0005】
本発明の一態様は、上記の問題点を鑑みてなされたものであり、従来とは異なる方法により摺動部材の耐摩耗性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る摺動部材の製造方法は、基材の表面の少なくとも一部に、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜を形成する膜形成工程と、前記固体潤滑膜が形成された前記基材を、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する湿潤加熱工程と、を含む。
【0007】
上記構成によれば、二硫化モリブデン系の固体潤滑膜について、比較的高度な湿潤雰囲気下において加熱処理を施すことにより、摺動部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【0008】
また、前記摺動部材の製造方法は、湿潤加熱工程において、前記条件下で、1200時間以上の加熱を施してもよい。
【0009】
また、前記基材は、本体部と、前記固体潤滑膜が形成される下地である下地膜と、を備え、前記摺動部材の製造方法は、前記膜形成工程の前に、前記本体部の表面の少なくとも一部に前記下地膜を形成する下地膜形成工程を含んでもよい。
【0010】
また、前記摺動部材の製造方法は、膜形成工程では、二硫化モリブデンを含む塗料を前記基材の表面に塗布することによって前記固体潤滑膜を形成してもよい。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る摺動部材は、前記製造方法によって製造された摺動部材であって、前記固体潤滑膜の膜厚は、5~30μmである。
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る固体潤滑膜の改質方法は、基材の表面の少なくとも一部に形成される、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する湿潤加熱工程を含む。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様によれば、従来とは異なる方法により摺動部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施形態に係る摺動部材を、表面に垂直な面で切ったときの断面を模式的に示す概略断面図である。
図2】上記摺動部材の製造方法の一例を示す工程図である。
図3】比較例に係る摺動部材および実施例に係る摺動部材について、湿潤加熱工程における処理条件と、摺動試験の測定結果との関係を示す表である。
図4】比較例に係る摺動部材および実施例に係る摺動部材について、湿潤加熱工程における処理条件と、摺動試験の測定結果との関係を示す表である。
図5】比較例に係る摺動部材の耐摩耗性および実施例に係る摺動部材の耐摩耗性について示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態における摺動部材1について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。簡潔のため、公知技術と同様の事項については、説明を適示省略する。
【0016】
(1.本発明の一態様の特徴点について)
従来、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜(以下、二硫化モリブデン系の固体潤滑膜と称することがある)は、低い摩擦係数を示す一方で、使用環境等の影響によって性能の変動が生じ得ることが知られている。例えば、湿度の影響による潤滑性能の悪化若しくは摺動部材の寿命の低下、並びに、固体潤滑膜の酸化による潤滑性能の変化、等の現象が知られている。二硫化モリブデン系の固体潤滑膜における劣化現象について、その劣化メカニズムは充分に明らかになっていない。
【0017】
本発明者らは、二硫化モリブデン系の固体潤滑膜における耐摩耗性を向上させる方法について鋭意検討を行った。その結果、以下のような新たな知見を得て本願発明を想到した。すなわち、本発明者らは、二硫化モリブデン系の固体潤滑膜について、比較的高度な湿潤雰囲気下において、比較的高温かつ長時間の加熱処理を施すことにより、当該固体潤滑膜の耐摩耗性が向上することを見出した。この知見は、二硫化モリブデン系の固体潤滑膜に関する従来の知見から予想できない、極めて意外性の高い知見である。
【0018】
(2.摺動部材の概要)
本発明の一実施形態における摺動部材について、図1を用いて説明すれば以下のとおりである。図1は、本実施形態に係る摺動部材1を、表面に垂直な面で切ったときの断面を模式的に示す概略断面図である。なお、図1では、摺動部材1の表面近傍を拡大して示しているとともに、複数の層を模式的に示しており実際の各層の厚さを限定するものではない。
【0019】
図1に示すように、摺動部材1は、基材20と、固体潤滑膜13とを備えている。摺動部材1は、詳しくは後述するが、固体潤滑膜を表面に形成した基材20に対して、表面改質処理(具体的には湿潤加熱処理)を施すことにより製造することができる。以下では、基材20上に形成された表面改質処理を施す前の固体潤滑膜を、説明の便宜上、「未改質固体膜UF」と称することがある。
【0020】
摺動部材1は、例えばローラ、ボール、ディスク、リング、歯車等であってもよく、具体的な形状および用途等は特に限定されない。摺動部材1の製造過程において、上記未改質固体膜UFは、基材20上にスパッタリング膜として形成されてもよく、塗布膜として形成されてもよい。そのため、様々な形状および材質の基材20に対して本発明を適用して、各種の摺動部材1を製造することができる。
【0021】
(基材)
本実施形態における基材20は、本体部11と、本体部11の表面に形成された下地膜12とを備えている。
【0022】
本体部11は、例えば、クロムモリブデン鋼(JIS規格:SCM435)を材質とする部品である。なお、本体部11は、摺動部材1の種類および用途に対応するように選択された材質および形状の部品であればよく、具体的な材質および形状は特に限定されるものではない。また、本体部11は、下地膜12が形成される前に、各種の表面処理(硬化処理、粗面化処理、等)が施されていてもよい。
【0023】
下地膜12は、例えば、本体部11に対してリン酸マンガン処理を施すことによって本体部11の表面に形成された、リン酸マンガン系の皮膜である。なお、下地膜12は、リン酸マンガン系の皮膜に限定されず、各種の化成処理によって形成された化成処理皮膜(リン酸塩皮膜)であってもよい。この化成処理皮膜(リン酸塩皮膜)としては、公知の素材を用いてもよい。そのため、化成処理皮膜の成分および構造等に関する詳細な説明は省略する。また、下地膜12は、その他の表面被覆膜であってもよく、例えば、サンドブラストのような粗面化処理によって形成された皮膜等であってもよい。
【0024】
下地膜12は、本体部11の少なくとも一部を被覆する固体潤滑膜13(未改質固体膜UF)を形成するための下地として、本体部11の表面の少なくとも一部に形成されている。下地膜12は、本体部11および固体潤滑膜13(未改質固体膜UF)と高い密着性を有するものであればよく、具体的な態様が特に限定されるものではない。下地膜12は、例えば膜厚1μm以上10μm以下であってもよく、膜厚2μm以上7μm以下であることが好ましい。下地膜12は、膜厚が1μmよりも小さいと、下地としての機能が不十分となり得る。一方で、下地膜12は、膜厚が10μmを超えると、厚膜形成のために本体部11のエッチング量が多くなることにより、均一な膜を形成することが困難であるとともに、不経済となり得る。
【0025】
摺動部材1は、本体部11と固体潤滑膜13との間に下地膜12が介在することにより、基材20と固体潤滑膜13との密着性を向上させることができる。これにより、基材20に固体潤滑膜13が強固に付着する。そのため、固体潤滑膜13が剥離し難くなり、摺動部材1の耐久性を向上させることができる。
【0026】
(固体潤滑膜)
固体潤滑膜13は、基材20の表面(すなわち、下地膜12の表面)に形成されている。固体潤滑膜13は、二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜(二硫化モリブデン系の固体潤滑膜)であって、基材20の表面上に未改質固体膜UFを形成した後、未改質固体膜UFに対して後述する湿潤加熱工程を施すことによって得られる。
【0027】
未改質固体膜UFとしては、公知の二硫化モリブデン系の固体潤滑膜であってもよく、例えば、スパッタリング法(物理気相蒸着法、化学気相蒸着法、等)によって形成されたスパッタリング膜であってもよい。また、未改質固体膜UFは、二硫化モリブデンを含む塗料を基材20の表面に塗布し、乾燥させることにより形成された塗布膜であってもよい。
【0028】
固体潤滑膜13は、摺動部材1の相手部材(被摺動部材)と接触する。基材20の表面に固体潤滑膜13が形成されていることにより、摺動部材1の耐荷重性を向上させ、相手部材との摩擦抵抗を低下させることができる。
【0029】
未改質固体膜UFを改質することにより得られる固体潤滑膜13について、より詳しくは、以下の摺動部材の製造方法と併せて説明する。
【0030】
(3.摺動部材の製造方法)
摺動部材1の製造方法について、図2を用いて以下に説明する。図2は、摺動部材1の製造方法の一例を示す工程図である。なお、図2では、摺動部材1の製造方法の一例として、固体潤滑剤を基材20の表面に塗布することによる固体潤滑膜13の成膜方法を示している。摺動部材1の製造方法としてはこれに限らず、公知の成膜方法(例えば、スパッタリング法による固体潤滑膜の成膜方法)を適用してもよい。
【0031】
本実施形態における摺動部材1の製造方法では、まず、本体部11の表面の油脂などを除去する(S1:脱脂工程)。脱脂した本体部11を水洗した後、塩酸または硫酸等を用いて酸洗してもよい(図示省略)。本体部11を酸洗する工程は、例えば、本体部11に対する前処理によって本体部11の表面に形成された酸化スケールを除去する目的で行われる。なお、摺動部材1の製造方法において、本体部11を酸洗する工程は含まれていなくてもよい。
【0032】
次いで、脱脂後または酸洗後の本体部11の表面に下地膜12を形成する(S2:下地膜形成工程)。下地膜形成工程では、例えば、本体部11を80℃以上に加熱したリン酸マンガン処理液に所定時間浸漬させる。これにより、下地膜12としてのリン酸マンガン皮膜が本体部11の表面に形成され、本実施形態における基材20が製造される。なお、本体部11の表面の一部に下地膜12を形成してもよく、この場合、本体部11の表面における、下地膜12を形成しようとする箇所に対して局所的にリン酸マンガン処理を施せばよい。
【0033】
次いで、基材20の表面に二硫化モリブデンを含む固体潤滑剤を塗布する(S3:固体潤滑剤塗布工程)。この固体潤滑剤としては、例えば二硫化モリブデンの粉末と結合剤と希釈溶媒とを含む塗料が使用される。固体潤滑剤は、例えばスプレー、刷毛塗り等により基材20に塗布される。なお、基材20の表面の一部に固体潤滑膜13を形成しようとする場合、固体潤滑膜13を形成しようとする箇所に固体潤滑剤を塗布すればよい。
【0034】
次いで、固体潤滑剤が塗布された基材20を加熱し、固体潤滑剤を乾燥させる(S4:加熱乾燥工程)。これにより、基材20の表面に、一般的な塗布膜の固体潤滑膜である未改質固体膜UFが形成される。工程S3および工程S4を含む工程を、膜形成工程と称することがある。
【0035】
次いで、未改質固体膜UFが形成された基材20(以下、中間品M)に対して、湿潤環境下で長時間の加熱処理を施す(S5:湿潤加熱工程)。この湿潤加熱工程S5における加熱雰囲気は、具体的には、湿度90%RH以上の大気である。湿潤加熱工程S5における加熱雰囲気は、大気に限定されず、例えば大気に各種のガスを添加して制御された雰囲気であってもよい。
【0036】
湿潤加熱工程S5における加熱温度は、60℃以上90℃以下に設定される。加熱温度が60℃未満では、所定の加熱時間における処理によって摺動部材1の耐摩耗性を向上させることは困難である。湿潤加熱工程S5において、加熱温度が高温であるほど、摺動部材1の耐摩耗性を向上させるために要する加熱時間が比較的短くなる傾向にある。一方で、加熱温度が90℃を超えると、高湿度での制御が困難であるため、安定した湿潤加熱処理が行えない。
【0037】
湿潤加熱工程S5における加熱時間は、例えば400時間以上であってよい。例えば、加熱温度が90℃程度に高温である場合には、湿潤加熱工程S5における加熱時間を400時間以上とすることによって、摺動部材1の耐摩耗性を向上させることができる。また、湿潤加熱工程S5における加熱時間は、例えば1200時間以上に設定されてもよい。加熱時間が1200時間未満では、比較的低温の加熱温度(例えば60℃~75℃)では摺動部材1の耐摩耗性を向上させることが困難な場合がある。60℃以上90℃以下の加熱温度にて1200時間以上の加熱を施すことにより、摺動部材1の耐摩耗性を向上させることができる。
【0038】
また、湿潤加熱工程S5における加熱時間は、3000時間以上であることが好ましい。加熱時間が3000時間以上であれば、60℃以上90℃以下の範囲内の任意の加熱温度で、摺動部材1の耐摩耗性を大幅に向上させることができる。
【0039】
湿潤加熱工程S5における加熱時間の上限は特に限定されないが、加熱時間は、例えば4000時間以下に設定されてもよい。湿潤加熱工程S5における加熱時間が長くなるほど、製造コストが嵩むためである。
【0040】
摺動部材1の製造方法における湿潤加熱工程S5の一例では、中間品Mに対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する。好ましくは、中間品Mに対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で、1200時間以上の加熱を施す。
【0041】
このような湿潤加熱工程S5を施すことにより、中間品Mよりも耐摩耗性の向上した摺動部材1を製造することができる(後述の実施例並びに図3図5を参照)。
【0042】
摺動部材1の耐摩耗性が中間品Mに比べて向上する理由(機構)は明らかでは無いが、固体潤滑膜13の表面性状、および、固体潤滑膜13と下地膜12との密着性等が影響していると考えられる。
【0043】
ここで、固体潤滑膜13は、未改質固体膜UFが改質されることにより形成される。そのため、固体潤滑膜13は、二硫化モリブデン系の固体潤滑膜であり、未改質固体膜UFと類似した成分組成および構造を有していると考えられる。しかし、固体潤滑膜13と未改質固体膜UFとの違いを、固体潤滑膜13の構造または特性によって具体的に特定することは容易ではなく、そのような違いを特定することは実際的でない。これは、固体潤滑膜13の構造を詳細に解析すること、および構造と耐摩耗性との関係を明らかにすることは、多大な困難を伴うためである。少なくとも、そのような解析には膨大な時間およびコストを要する。また、摺動部材1における耐摩耗性の向上は、中間品Mの耐摩耗性に対して相対的に特定される性質であり、客観的な指標によって摺動部材1を機能的に特定することは難しい。
【0044】
固体潤滑膜13は、一般的に数層程度の分子層が削れることで潤滑性能を発揮している。ここで、固体潤滑膜13の膜厚が薄すぎると、摺動部材1の動作回数が所定の動作回数に到達する前に固体潤滑膜13の分子層が消耗しきってしまう。一方で、固体潤滑膜13の膜厚が厚すぎると、多くの分子層が一度に削れてしまうおそれがある。
【0045】
固体潤滑膜13は、例えば膜厚5μm以上30μm以下であってもよく、膜厚5μm以上15μm以下であることが好ましい。固体潤滑膜13は、膜厚が5μmよりも小さいと、必要な耐摩耗性が確保しにくい。一方で、固体潤滑膜13は、膜厚が30μmを超えると、膜厚増加による耐摩耗性の向上は得られにくいとともに、逆に耐摩耗性が低下する場合があり得る。
【0046】
(4.摺動部材の製造方法の利点)
本実施形態における摺動部材1の製造方法では、膜形成工程によって未改質固体膜UFを形成する。このとき、例えば特許文献1に記載の技術のように、固体潤滑膜に含まれる酸素量あるいは膜厚の精緻な制御を行う必要がない。摺動部材1の製造方法は、膜形成工程における成膜方法を限定せず、上述の湿潤加熱工程といった、従来とは異なる方法により摺動部材1の耐摩耗性を向上させることができる。
【0047】
(5.変形例)
(a)下地膜12は、複数の層によって構成されていてもよく、この場合、当該複数の層は互いに異なる種類の層であってもよい。また、下地膜12は、固体潤滑膜13とは異なる種類の固体潤滑膜であってもよい。
【0048】
(b)本体部11の表面に下地膜12が形成されていなくてもよい。つまり、摺動部材1は、本体部11の表面に固体潤滑膜13が形成されていてもよく、この場合、摺動部材1は、本体部11を基材20として備えていてもよい。
【0049】
(c)二硫化モリブデンを含む固体潤滑膜(未改質固体膜UF)に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で加熱する湿潤加熱工程を含む、固体潤滑膜の改質方法についても、本発明の範囲に含まれる。なお、固体潤滑膜の改質方法における湿潤加熱工程は、前述の摺動部材の製造方法における湿潤加熱工程S5と同様である。
【実施例0050】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
図3は、比較例R1、R2に係る摺動部材と、実施例A1~A8に係る摺動部材とにおいて、湿潤加熱工程における処理条件と、摺動試験の測定結果との関係を示す表である。図4は、比較例R3~R6に係る摺動部材と、実施例A9、A10に係る摺動部材とにおいて、湿潤加熱工程における処理条件と、摺動試験の測定結果との関係を示す表である。湿潤加熱工程における処理条件としては、処理湿度、処理温度、および処理時間が示されている。摺動試験の測定結果としては、摺動部材の寿命が示されている。
【0052】
実施例A1~A10に係る摺動部材は、図2に示す工程S1~S5で製造された摺動部材である。比較例R1に係る摺動部材は、工程S1~S4によって製造された摺動部材であって、換言すれば湿潤加熱工程(図2に示す工程S5)を施していない摺動部材(上述の中間品M)である。また、比較例R2に係る摺動部材は、湿潤加熱工程の代わりに、湿度10%RHの条件下で製造された摺動部材である。また、比較例R3~R6に係る摺動部材は、湿潤加熱工程において、処理温度60℃または75℃の条件下で処理時間400時間または800時間の加熱を施して製造された摺動部材である。
【0053】
比較例R1~R6および/または実施例A1~A10に係る摺動部材の具体的な製造方法について、以下に説明する。下地膜形成工程(図2に示す工程S2)においては、本体部を80℃程度に加熱したリン酸マンガン処理液に5~30分浸漬させた。これにより、膜厚が2~15μm程度であるリン酸マンガン皮膜を本体部の表面に形成させた。固体潤滑剤塗布工程(図2に示す工程S3)においては、基材の表面に二硫化モリブデンとバインダ(結合剤)とで構成される固体潤滑剤を塗布した。加熱乾燥工程(図2に示す工程S4)においては、基材を加熱温度180℃で60分程度加熱し、中間品Mを製造した。湿潤加熱工程(図2に示す工程S5)においては、中間品Mを恒温恒湿槽に静置し、図3、4に示す各種条件にて湿潤加熱処理を施した。
【0054】
(摺動部材の評価)
比較例R1~R6に係る摺動部材および実施例A1~A10に係る摺動部材について、摺動試験により、摺動部材の耐摩耗性を検証した。なお、図3、4においては、摺動部材の耐摩耗性を、摺動試験における摺動部材の寿命として示している。摺動部材の寿命は、摺動部材の摩擦係数μが初めて所定の閾値(0.4に設定)を超えた時点での試験時間としている。なお、所定の閾値は、複数の試料について耐摩耗性を互いに比較できるような値に適宜設定されてよい。
【0055】
具体的には、摺動試験は、振動摩擦摩耗試験機(Optimol社製、商品名:SRV5)を使用して行った。実施例および比較例に係る摺動部材の固体潤滑膜をSRVシリンダーが往復摺動する方法により、摺動試験を行った。具体的には、SRVシリンダーを固体潤滑膜に対して面圧1.8GPaで押し当て、速度100mm/sで摺動させた。このような条件下において、摺動部材の摩擦係数μの時系列データを測定した。ここで、摺動部材の摩擦係数μが初めて0.4を超えた時点での試験時間を、摺動部材の寿命とした。
【0056】
図3に示すように、比較例R2に係る摺動部材の寿命(43min)は、比較例R1に係る摺動部材の寿命(71min)に対して短くなっている。すなわち、摺動部材に対して、湿度10%RH、温度60℃の条件下で、4000時間の加熱を施した場合、摺動部材の寿命が短くなった(耐摩耗性が悪化した)。
【0057】
一方、実施例A1~A8に係る摺動部材の寿命はいずれも、比較例R1に係る摺動部材の寿命(71min)に対して長くなっている。すなわち、摺動部材に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で、1200時間以上の加熱を施したことにより、湿潤加熱工程を施す前よりも摺動部材の寿命が長くなった(耐摩耗性が向上した)。
【0058】
また、実施例A2、A3、A5、A7およびA8に係る摺動部材の摩擦係数μはいずれも、試験時間130minの時点で所定の閾値を超えていなかった。よって、実施例A2、A3、A5、A7およびA8に係る摺動部材の寿命はいずれも、130min以上であった。このことから、摺動部材に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で、3000時間以上の加熱を施したことにより、摺動部材の寿命がさらに長くなった(耐摩耗性がさらに向上した)ことが分かる。
【0059】
図4に示すように、比較例R3~R6に係る摺動部材の寿命は、比較例R1に係る摺動部材の寿命(71min)に対して短くなっている。すなわち、一例における摺動部材に対して、湿度90%RH以上、温度60℃または75℃の条件下で400時間または800時間の加熱を施した場合、耐摩耗性が向上する効果は明確には表れなかった。
【0060】
一方、実施例A9、A10に係る摺動部材の寿命はいずれも、比較例R1に係る摺動部材の寿命(71min)に対して長くなっている。すなわち、摺動部材に対して、湿度90%RH以上、温度90℃の条件下で、400時間以上の加熱を施したことにより、湿潤加熱工程を施す前よりも摺動部材の寿命が長くなった(耐摩耗性が向上した)。
【0061】
図5は、比較例R1、R2に係る摺動部材と実施例A1、A3に係る摺動部材との耐摩耗性を示すグラフである。図5のグラフにおいて、縦軸は摺動試験における摺動部材の摩擦係数μ、横軸は試験時間(min)である。
【0062】
図5に示すように、比較例R1、R2に係る摺動部材の摩擦係数μは、特定の時点(それぞれ、試験時間69min、41min)を過ぎたあたりから、急増していることがわかる。これは、摺動部材に生じる摩擦力が固体潤滑膜の根本部分に最大せん断応力として作用し、固体潤滑膜が根本部分から折れて剥離するためであると考えられる。
【0063】
実施例A1に係る摺動部材の摩擦係数μについても、特定の時点(試験時間80min)を過ぎたあたりから、急増している。しかしながら、実施例A1に係る特定の時点は、比較例R1、R2に係る特定の時点に比べて遅くなっている。すなわち、摺動部材に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で、1200時間以上の加熱を施したことにより、基材20と固体潤滑膜13との密着性が向上したことが分かる。
【0064】
実施例A3に係る摺動部材の摩擦係数μは、試験時間130minまでに急増することはなかった。すなわち、摺動部材に対して、湿度90%RH以上、温度60℃以上90℃以下の条件下で、3000時間以上の加熱を施したことにより、基材20と固体潤滑膜13との密着性がさらに向上したことが分かる。
【0065】
以上より、固体潤滑膜13が形成された基材20に対して湿潤加熱工程(図2に示す工程S5)を施したことにより、摺動部材1の耐摩耗性が向上したといえる。
【0066】
(付記事項)
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、上記説明において開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0067】
1 摺動部材
11 本体部
12 下地膜
13 固体潤滑膜
20 基材
図1
図2
図3
図4
図5