(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022082012
(43)【公開日】2022-06-01
(54)【発明の名称】表面被覆部材、海洋・湾岸構造体、及び基材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
C09D 183/00 20060101AFI20220525BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20220525BHJP
C09D 5/10 20060101ALI20220525BHJP
C09D 133/00 20060101ALI20220525BHJP
C09D 163/00 20060101ALI20220525BHJP
C09D 175/04 20060101ALI20220525BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20220525BHJP
B32B 27/18 20060101ALI20220525BHJP
【FI】
C09D183/00
C09D7/61
C09D5/10
C09D133/00
C09D163/00
C09D175/04
C23C26/00 A
B32B27/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020193298
(22)【出願日】2020-11-20
(71)【出願人】
【識別番号】000154794
【氏名又は名称】株式会社放電精密加工研究所
(71)【出願人】
【識別番号】592025557
【氏名又は名称】ローバル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】中川 陽平
(72)【発明者】
【氏名】康 諭基泰
(72)【発明者】
【氏名】窪澤 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 郁心
(72)【発明者】
【氏名】村井 規真
(72)【発明者】
【氏名】中村 健一
(72)【発明者】
【氏名】樋垣 雅史
(72)【発明者】
【氏名】遠嶋 良輔
【テーマコード(参考)】
4F100
4J038
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AA20B
4F100AB01A
4F100AB03A
4F100AB18B
4F100AH06C
4F100AH08C
4F100AK25B
4F100AK51B
4F100AK53B
4F100AL05C
4F100AP00A
4F100AT00A
4F100BA03
4F100CA14B
4F100DE01B
4F100EH46B
4F100EH61B
4F100EJ82C
4F100EJ86B
4F100EJ86C
4F100JB02
4F100JB09B
4F100JB09C
4F100YY00B
4F100YY00C
4J038CG031
4J038CG141
4J038DB001
4J038DG031
4J038DG261
4J038DL031
4J038HA066
4J038HA216
4J038HA446
4J038KA20
4J038NA03
4J038NA11
4J038PB05
4J038PC02
4J038PC04
4J038PC06
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA14
4K044BA21
4K044BB03
4K044BC02
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】基材の劣化防止に優れた表面被覆部材を提供する。
【解決手段】本発明の表面被覆部材は、基材と、基材の表面上に形成された、ジンクリッチ塗膜と、ジンクリッチ塗膜の表面上に形成された、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物の加水分解縮合物を含む、ケイ素皮膜と、を備えるものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面上に形成された、ジンクリッチ塗膜と、
前記ジンクリッチ塗膜の表面上に形成された、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物の加水分解縮合物を含む、ケイ素皮膜と、
を備える、表面被覆部材。
【請求項2】
請求項1に記載の表面被覆部材であって、
前記ジンクリッチ塗膜が、亜鉛粉末を70重量%以上含む、表面被覆部材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の表面被覆部材であって
前記ジンクリッチ塗膜の厚みが30μm以上である、表面被覆部材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の表面被覆部材であって
前記ジンクリッチ塗膜が、有機ジンクリッチ塗料の塗膜を含む、表面被覆部材。
【請求項5】
請求項4に記載の表面被覆部材であって、
前記有機ジンクリッチ塗料が、アクリル化合物、エポキシ化合物及びウレタン化合物からなる群から選ばれるバインダー成分を一種又は二種以上含む、表面被覆部材。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の表面被覆部材であって
前記基材が、金属基材、木基材、及び石基材からなる群から選ばれる、表面被覆部材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の表面被覆部材であって
前記ケイ素皮膜が、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物、及びシラン化合物を含む水性防錆表面処理組成物の乾燥膜を含む、表面被覆部材。
【請求項8】
請求項7に記載の表面被覆部材であって、
前記水性防錆表面処理組成物が、水性コロイダルシリカを含む、表面被覆部材。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の表面被覆部材であって、
前記水性防錆表面処理組成物が、二酸化チタン粉末及び鱗片状金属亜鉛粉末の少なくとも一方を含まない、表面被覆部材。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の表面被覆部材であって
前記ジンクリッチ塗膜及び前記ケイ素皮膜の両者が、クロム成分を実質的に含まない、表面被覆部材。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の表面被覆部材を備える、海洋・湾岸構造体。
【請求項12】
基材の表面上に、ジンクリッチ塗料を塗工して、ジンクリッチ塗膜を形成する工程と、
前記ジンクリッチ塗膜の表面上に、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物、及びシラン化合物を含む水性防錆表面処理組成物を塗布し、乾燥して、ケイ素皮膜を形成する工程と、
を含む、基材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆部材、海洋・湾岸構造体、及び基材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで基材を保護する塗料等や表面処理剤において様々な開発がなされてきた。この種の技術として、例えば、特許文献1に記載の技術が知られている。特許文献1には、鋼材の表面に有機ジンクリッチペイントによる地塗膜を形成する塗装技術が記載されている(請求項1、段落0001など)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者が検討した結果、特許文献1の塗装技術において、基材の劣化防止の点で改善の余地があることが判明した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ジンクリッチペイントは、防錆塗料として用いられる。
しかしながら、ジンクリッチペイントを単独で長期使用した場合、劣化因子を含む厳しい外部環境に曝露されると、基材の劣化を抑制できない場合がある。基材劣化として、例えば、基材の色調変化や基材の腐食が挙げられる。
とくに金属基材を、海洋や湾岸に近い塩害地域で長期使用した場合、水や海塩粒子などの塩分等を含む外部環境の影響によって、腐食の進行が早まり、想定通りの防食効果が得られないことが判明した。このような金属腐食は、塗膜に傷が付くと、想定以上に進行してしまう。
【0006】
本発明者らは、このような知見に基づきさらに鋭意研究したところ、基材の表面に形成されたジンクリッチ塗膜を、所定のケイ素皮膜で保護することによって、長期使用時における上記の基材劣化を抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
詳細なメカニズムは定かではないが、所定の有機金属化合物の加水分解縮合物を含むケイ素皮膜は、水や塩分等を含む環境において、ジンクリッチ塗膜中の亜鉛が溶解する速度を抑制できるとともに、さらには、塩化物イオンの透過を抑制する遮断効果を有するので、ジンクリッチ塗膜の劣化を抑制でき、その結果として、基材全体の劣化を抑制できると、考えられる。
【0007】
本発明によれば、
基材と、
前記基材の表面上に形成された、ジンクリッチ塗膜と、
前記ジンクリッチ塗膜の表面上に形成された、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物の加水分解縮合物を含む、ケイ素皮膜と、
を備える、表面被覆部材が提供される。
【0008】
また本発明によれば、
上記の表面被覆部材を備える、海洋・湾岸構造体が提供される。
【0009】
また本発明によれば、
基材の表面上に、ジンクリッチ塗料を塗工して、ジンクリッチ塗膜を形成する工程と、
前記ジンクリッチ塗膜の表面上に、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物、及びシラン化合物を含む水性防錆表面処理組成物を塗布し、乾燥して、ケイ素皮膜を形成する工程と、
を含む、基材の表面処理方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、基材の劣化防止に優れた表面被覆部材、海洋・湾岸構造体、及び基材の表面処理方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本実施形態に係る表面被覆部材の構成の一例を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。なお、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。また、図は概略図であり、実際の寸法比率とは一致していない。
【0013】
本実施形態の表面被覆部材について概説する。
【0014】
本実施形態の表面被覆部材は、基材と、基材の表面上に形成された、ジンクリッチ塗膜と、ジンクリッチ塗膜の表面上に形成された、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物の加水分解縮合物を含む、ケイ素皮膜と、を備える。
【0015】
本発明者の知見によれば、基材の表面をジンクリッチ塗膜及びケイ素皮膜で被覆することによって、基材劣化を抑制できることが見出された。
とくに金属基材を海洋や湾岸に近い塩害地域で長期使用した場合でも、金属基材の腐食の進行を抑制し、優れた防食効果が得られることが判明した。
さらには、このような水や海塩粒子などの塩分等を含む外部環境で長期使用において、ジンクリッチ塗膜及びケイ素皮膜に傷を付けた場合でも、表面被覆部における防食性の低下を大幅に抑制できること、すなわち、耐傷性に優れることも分かった。
【0016】
本実施形態の表面被覆部材は、各種の用途に用いることができ、例えば、土木構造物、建築構造物、電力・通信用構造物、船舶漁業用構造物、鉄道・運輸・道路用構造物、農業園芸用構造物、環境衛生用構造物等の全体又は一部を構成する用途に用いられる。
【0017】
土木構造物として、橋梁支承部、陸橋、めっき橋、グレーチング、鉄筋、耐震補強、土木用めっき資材、建築構造物として、電気・ガス・水道等鋼管、ゴルフ場等のネット支柱、球場柱、ビル・家屋鉄骨柱・梁、仮設足場、手すり、安全柵、外部階段、各種架台、鉄サッシ、立体駐車場、避雷針、耐震補強、電力・通信用構造物として、鉄塔、鉄柱、パンザマスト、電力機器用架台、碍子金具、各種アンテナ、トランスハンガー、変圧器、船舶漁業用構造物として、冷凍施設、錨、鎖、集魚灯、浮標、油槽、各種艤装金物、配管金物、鉄道・運輸・道路用構造物として、防音壁、架線鉄構、送電鉄塔、照明柱、ガードレール、標識柱、フェンス、レール、農業園芸用構造物として、温室、サイロ、養鶏舎、農業用組立構造物、灌漑用パイプ、農機具、ビニールハウス、環境衛生用構造物として、環境衛生設備、焼却炉、各種タンク外面等が挙げられる。
このような中でも、海洋中、海洋外近傍、或いは湾岸近傍に設けられた構造体、いわゆる、海洋・湾岸構造体が、上記の表面被覆部材を備えることが好ましい。
【0018】
本実施形態の表面被覆部材は、ジンクリッチ塗膜及びケイ素皮膜の少なくとも一方、好ましくは両者が、クロム成分を実質的に含まないように構成されてもよい。これにより、環境負荷を低減できるため、表面被覆部材を外部環境に暴露される構造体に好適に適用できる。
【0019】
以下、表面被覆部材の各部の構成について詳述する。
【0020】
表面被覆部材の基材は、例えば、金属基材、木基材、及び石基材からなる群から選ばれる。その他、コンクリート基材やセラミック基材を用いてもよい。
本実施形態によれば、金属基材の耐食性の低下を抑制でき、木基材や石基材の色調変化を抑制できる。
【0021】
金属基材を構成する金属材料は、Al系材料、Fe系材料、Ni系材料、Co系材料等が挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
Fe系材料としては、各種の鉄鋼材料および鉄基合金を用いることができ、例えば、炭素鋼、合金鋼、ニッケルクロム鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、マンガン鋼、工具鋼、ステンレス鋼、耐熱鋼、窒化鋼、肌焼鋼などが挙げられる。
【0022】
ジンクリッチ塗膜中の亜鉛粉末の含有量の下限は、亜鉛元素換算で、例えば、70重量%以上、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、さらに好ましくは92重量%以上である。これにより、犠牲防食性などの基材保護能を高められる。
一方、上記亜鉛粉末の含有量の上限は、特に限定されないが、亜鉛元素換算で、例えば、99重量%以下でもよい。ジンクリッチ塗膜のその他の特性のバランスを図ることができる。
【0023】
ジンクリッチ塗膜の厚みの下限は、例えば、30μm以上、好ましくは40μm以上、より好ましくは72μm以上である。これにより、犠牲防食性などの基材保護能を高められる。
一方、上記ジンクリッチ塗膜の厚みの上限は、特に限定されないが、200μm以下としてもよい。
なお、厚みは、乾燥膜厚とする。
【0024】
ジンクリッチ塗膜は、ジンクリッチ塗料を塗布、乾燥させて得られる塗膜(乾燥膜)を含む。
このジンクリッチ塗料は、有機ジンクリッチ塗料、又は無機ジンクリッチ塗料のいずれでもよい。
ジンクリッチ塗膜の好ましい態様の一つは、有機ジンクリッチ塗料の塗膜である。有機ジンクリッチ塗料は、下地基材への付着性に優れ、作業性・保存性がよい。
【0025】
有機ジンクリッチ塗料は、亜鉛粉末、及び溶媒を含む。1液タイプが好適に用いられる。
【0026】
有機ジンクリッチ塗料は、主たる溶媒が有機溶剤である溶剤系塗料でもよく、主たる溶媒が水である水系塗料でもよい。
【0027】
亜鉛粉末は、平均粒径が、例えば、1μm~10μm、好ましくは3μm~7μmの亜鉛粒子を含んでもよい。
【0028】
有機ジンクリッチ塗料は、アクリル化合物、エポキシ化合物及びウレタン化合物からなる群から選ばれるバインダー成分を一種又は二種以上含んでもよい。
【0029】
有機ジンクリッチ塗料は、必要に応じて、その他の添加剤を含んでもよい。
添加剤として、例えば、顔料、増粘剤、消泡剤、分散剤、防錆剤等が挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
有機ジンクリッチ塗料は、六価クロム、三価クロム等のクロム成分を実質的に含まない、クロムフリー塗料としてもよい。
【0031】
有機ジンクリッチ塗料として、例えば、ローバル社製の「ローバル」、「エポローバル」、「ローバルシルバー」、「ローバルアルファ」、「水性ローバル」等を用いてもよい。
【0032】
ケイ素皮膜は、ジンクリッチ塗膜の表面上に、所定の水性防錆表面処理組成物を、例えば、塗工、乾燥させることによって得られる。すなわち、ケイ素皮膜は、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物、及びシラン化合物を含む水性防錆表面処理組成物の乾燥膜を含む。シラン化合物は、後述のシランカップリング剤及びアルコキシシランからなる群から選ばれる一又は二以上を含む。
【0033】
ケイ素皮膜の厚み(乾燥膜厚)の下限は、例えば、0.3μm以上、好ましくは0.5μm以上、より好ましくは1.0μm以上である。これにより、耐食性の効果を十分に発揮できる。
一方、上記ケイ素皮膜の厚みの上限は、特に限定されないが、例えば、100μm以下、50μm以下、30μm以下でもよい。
【0034】
ケイ素皮膜中、水性防錆表面処理組成物に含まれる各成分は、後述の通り、多様な架橋反応、空間配置、及び/又は分散などした状態となる。ケイ素皮膜中、水を含む溶媒は、乾燥によって除去された状態であるが、不可避に残存する場合を許容する。
【0035】
詳細なメカニズムは定かでないが、ケイ素皮膜の構造は、以下の通りに推察される。
シランカップリング剤及び/又はアルコキシシラン等のシラン化合物は、分子内に含まれるシリル基が加水分解縮合等の架橋反応などにより、二次元的構造及び/又は三次元的架橋構造を有するケイ素皮膜を形成できる。
シラン化合物の加水分解縮合物と有機金属化合物との脱水縮合反応などによる架橋構造を有する皮膜が形成される。例えば、シラン化合物由来のケイ素原子と有機金属化合物由来の遷移金属原子との酸素原子を介した架橋構造が皮膜中に形成される。また、有機金属化合物は、シラン化合物、または、他に含まれる成分との化学的な結合を促進し、強度の高い皮膜を形成できる。
また、シラン化合物由来のケイ素原子や、有機金属化合物の金属原子が、酸素原子を介して、下地膜であるジンクリッチ塗膜に化学的に結合すること、ケイ素皮膜が下地膜に物理的に結合することによって、ケイ素皮膜とジンクリッチ塗膜との密着性を高められる。
また、このような皮膜中の空隙空間に、適切な粒径を有するシリカ等の無機粒子が適切に配置されるため、緻密性が高いケイ素皮膜が得られる。このシリカ等の無機粒子の表面には、酸素原子を介して、架橋構造中のシラン化合物のケイ素原子と化学結合を形成できる。
【0036】
以下、水性防錆表面処理組成物の各成分について説明する。
【0037】
<シラン化合物>
シラン化合物は、シランカップリング剤及びアルコキシシランからなる群から選ばれる一又は二以上を含む。
【0038】
シランカップリング剤としては、ケイ素原子上に、アルコキシ基等の加水分解性基及び反応性官能基が結合したシラン化合物が用いられる。シランカップリング剤として、モノマー、オリゴマーのいずれか一方または両方を用いてもよい。
シランカップリング剤を用いることで、水性溶液として安定化させることができる。シランカップリング剤が、水性コロイダルシリカ等の成分間の親和性を向上できるため、安定な水性溶液(組成物)を形成することができる、と考えられる。
【0039】
上記シランカップリング剤として、水中に溶解できる水溶性シランカップリング剤が好ましい。
上記水溶性シランカップリング剤としては、例えば、官能基がエポキシ基を備えるシランカップリング剤(エポキシシラン)、または官能基がアミノ基を備えるシランカップリング剤(アミノシラン)を含むことができる。この中でも、耐食性の観点から、エポキシシランを用いることがより好ましい。
【0040】
上記エポキシシランとしては、例えば、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシルエチル)トリメトキシシランなどのグリシジルまたはエポキシ基含有トリアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0041】
アルコキシシランとしては、ケイ素原子上に、アルコキシ基が結合し、水素基やアルキル基等の非反応性官能基が結合したシラン化合物が用いられる、例えば、アルキルアルコキシシランを用いることができる。アルコキシシランとして、モノマー、オリゴマーのいずれか一方または両方を用いてもよい。
アルキルアルコキシシランモノマーとしては、例えば、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン及びγ‐メタクリロキシプロピルトリメトキシシランから選ばれた少なくとも1種を用いることができる。
【0042】
上記シランカップリング剤及び/又はアルコキシシランの含有量は、水性防錆表面処理組成物中に、固形分換算で、例えば、0.1質量%~12質量%、好ましくは1質量%~11質量%、より好ましくは1.5質量%~10質量%である。
【0043】
本明細書中、「~」は、特に明示しない限り、上限値と下限値を含むことを表す。
また、固形分とは、水やアルコール溶媒等の揮発成分を除いた残部を指す。この固形分は、水性防錆表面処理組成物を加熱処理した後、各成分の反応後に残存する残存物としてもよい。
【0044】
<有機金属化合物>
有機金属化合物は、有機チタン化合物、有機ジルコニウム化合物、及び有機アルミニウム化合物からなる群から選ばれる一又は二以上を含む。
【0045】
有機チタン化合物として、チタンキレート、チタンアルコキシド、チタンアシレート等が挙げられる。有機ジルコニウム化合物として、ジルコニウムキレート、ジルコニウムアルコキシド、ジルコニウムアシレート等が挙げられる。有機アルミニウム化合物として、アルミニウムキレート、アルミニウムアルコキシド等が挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、有機金属化合物は、モノマー、オリゴマーのいずれか一方または両方を用いてもよい。
【0046】
上記有機チタン化合物は、水性防錆表面処理組成物全体中、固形分換算で、例えば、0.01質量%~7質量%、好ましくは0.015質量%~5質量%、より好ましくは0.02質量%~3質量%である。
【0047】
ここで、水性防錆表面処理組成物が、二酸化チタン粉末及び鱗片状金属亜鉛粉末の少なくとも一方を、好ましくは両方を含まないように構成されてもよい。二酸化チタン粉末や鱗片状金属亜鉛粉末を含まないことによって、水性防錆表面処理組成物における長期膜安定性を向上させ、シリカ皮膜における経時後の膜割れを抑制できる。
【0048】
<水性コロイダルシリカ>
上記水性防錆表面処理組成物は、水性コロイダルシリカを含んでもよい。
【0049】
水溶性コロイダルシリカは、水溶媒や、水を含む混合溶媒中に分散するもので、SiO2で構成される無機粒子を含む。無機粒子の平均粒子径は、たとえば、1~200nmとしてもよい。
【0050】
水性防錆表面処理組成物は、水性コロイダルシリカ以外の、Al2O3、ZrO2、Fe2O3等の無機酸化物で構成される無機コロイド粒子を含んでもよい。無機コロイド粒子は、水中に分散する無機粒子で構成される。
【0051】
水性コロイダルシリカを用いることで、水性防錆表面処理組成物から得られる皮膜についての強度を一段と向上させることができる。また、組成物中の分散性を高めることができるので、シリカ粒子が皮膜中に均一に分散した、ケイ素皮膜を形成できる。
【0052】
上記水性コロイダルシリカの含有量は、水性防錆表面処理組成物中に、固形分換算で、例えば、0.5質量%~12質量%、好ましくは0.6質量%~10質量%、より好ましくは0.8質量%~8質量%である。上記下限値以上とすることで、皮膜に適度な強度を付与できる。上記上限値以下とすることで、皮膜の物性のバランスを図ることができる。
【0053】
<水分散性樹脂>
上記水性防錆表面処理組成物は、水分散性樹脂及び又は水溶性樹脂の少なくとも一方を含んでもよい。
水分散性樹脂は、水中に分散する樹脂で構成される。水溶性樹脂は、水中に溶解する樹脂で構成される。
【0054】
水分散性樹脂または水溶性樹脂を構成する樹脂としては、水に分散できる樹脂の中から適宜選択すればよく、例えば、ポリアクリル酸樹脂、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、フェノール樹脂およびこれらの変性体を用いることができる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
この中でも、耐食性、皮膜の耐久性の観点から、水分散性樹脂として、ポリアクリル酸樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂等を用いてもよい。
【0055】
水分散性樹脂の含有量は、水性防錆表面処理組成物中、固形分換算で、例えば、1質量%~12質量%、好ましくは1.5質量%~11質量%、より好ましくは2質量%~10質量%である。上記下限値以上とすることで、皮膜の耐熱性や耐食性を向上できる。上記上限値以下とすることで、皮膜の物性のバランスを図ることができる。
なお、水溶性樹脂の含有量は、上記水分散性樹脂の含有量と同じ範囲のものを使用できる。
【0056】
<溶媒>
上記の水性防錆表面処理組成物は、水を含有する溶媒を含む。この溶媒は、水のみを含む水溶媒で構成されていてもよく、水と水以外の親水性溶媒とを含む水系混合溶媒で構成されていてもよい。
【0057】
上記水としては、例えば、市水、蒸留水、イオン交換水等が挙げられる。
【0058】
上記親水性溶媒としては、アルコールなどの極性有機溶媒が挙げられる。溶液安定性の観点から、上記水系混合溶媒は、水とアルコールとの混合溶媒で構成されてもよい。水性防錆表面処理組成物中の各成分の化学的性質や配合量などを鑑み、水系混合溶媒中の水の含有比率を決定できる。
アルコールを用いることで、各成分の溶解性を向上させ、得られる水性防錆表面処理組成物の保存安定性を向上させることができる。
【0059】
上記アルコールとしては、たとえば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、iso-プロピルアルコールなどの沸点が100℃未満の低沸点アルコールや、iso-ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、プロピレングリコールモノメチルエーテル(PGME)、ブチルセロソルブ、エチレングリコールモノターシャルブチルエーテル(ETB)、ジホルムアルデヒドメトキシエタノールなどの沸点が100℃以上の高沸点アルコールを用いることができる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0060】
(他の成分)
上記水性防錆表面処理組成物は、上記成分以外にも、その他の添加剤を含むことができる。
その他の添加剤としては、通常、プライマー材料に含まれる各種添加剤を用いることができるが、例えば、防錆剤、pH調整剤、滑剤、防腐剤、充填材、着色剤、界面活性剤、消泡剤、レベリング剤、抗菌剤などが挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。添加剤の添加量は、用途に応じ適宜設定することができる。
【0061】
上記防錆剤として、例えば、リン酸系防錆剤などが用いられる。
上記防腐剤として、イソチアゾリン系化合物などが挙げられる。
【0062】
水性防錆表面処理組成物(水性防錆処理剤)の一例としては、組成物中に含まれる全ての成分が、水溶性成分または水分散性成分で構成されていてもよい。すなわち、上記水性防錆表面処理組成物は、水溶性成分または水分散性成分のみを含む水溶液で構成され得る。
【0063】
水性防錆表面処理組成物は、六価クロム、三価クロム等のクロム成分を実質的に含まない、クロムフリー防錆処理剤としてもよい。
【0064】
なお、本明細書において、クロム成分を実質的に含まないとは、六価クロムおよび三価クロムの量が、0.1質量%以下を指す。この六価クロムおよび三価クロムの量は、この特定の価数を有するクロムの塩の含有量を指すものとする。
【0065】
水性防錆表面処理組成物として、例えば、放電精密加工研究所社製、「ZEC-888」シリーズ、「ZEC-W」シリーズ等を用いてもよい。
【0066】
上記水性防錆表面処理組成物の製造方法は、特に限定されないが、以下の各成分を混合することにより得られる。各成分の混合する順番は、限定されるものではなく、任意の順番で混合することが可能である。
【0067】
以下、表面被覆部材の製造方法について、
図1を用いて説明する。
図1は、表面被覆部材100の構成の一例を示す断面図である。
【0068】
本実施形態の基材の表面処理方法の一例としては、基材10の表面上に、上記のジンクリッチ塗料を塗布して、ジンクリッチ塗膜20を形成する工程と、得られたジンクリッチ塗膜20の表面上に、チタン元素、ジルコニウム元素、及びアルミニウム元素からなる群から選ばれる一種又は二種以上を含有する有機金属化合物、及びシランカップリング剤を含む上記の水性防錆表面処理組成物を塗布し、乾燥して、ケイ素皮膜30を形成する工程と、を含む。
【0069】
塗布する方法としては、基材を浸漬する方法、スピンコーターを用いる方法、スプレーで吹き付ける方法、刷毛で塗工する方法などが挙げられる。
ジンクリッチ塗膜20、ケイ素皮膜30は、いずれの塗布方法で形成されてもよい。
ジンクリッチ塗膜20時の塗布回数は、1回でもよいが、2回以上の複数回が好ましい。
【0070】
乾燥処理は、20~25℃の常温で乾燥してもよいが、適切な温度まで加熱して行ってもよい。
【0071】
このような基材の表面処理方法によって、表面被覆部材100が得られる。
【0072】
表面被覆部材100は、目的に応じて、これらの膜以外を備えてもよく、また各皮膜のそれぞれを単層、または複数層有していてもよい。
【0073】
表面被覆部材におけるトップコート層のケイ素皮膜に対して、塗料を用いて塗装を施してもよい。
塗装は、公知の塗料を用いることができ、例えば、着色塗料、メタリック塗料、クリア塗料、カラークリア塗料、エポキシ塗料等が挙げられる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することができる。また、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれる。
【実施例0075】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例の記載に何ら限定されるものではない。
【0076】
<ジンクリッチ塗料の調整>
・ジンクリッチ塗料1:亜鉛粉末、アクリル化合物、有機溶媒を混合し、1液タイプのアクリル系有機ジンクリッチ塗料を得た。ジンクリッチ塗料1の乾燥膜中の亜鉛元素の含有量が96重量%、乾燥膜のマンセル値がN6~N6.5の範囲内であった。
【0077】
・ジンクリッチ塗料2:亜鉛粉末、アクリル化合物、顔料、有機溶媒を混合し、1液タイプのアクリル系有機ジンクリッチ塗料を得た。ジンクリッチ塗料2の乾燥膜中の亜鉛元素の含有量が83重量%、乾燥膜のマンセル値がN8~N8.5の範囲内であった。
【0078】
・ジンクリッチ塗料3:亜鉛粉末、ウレタン化合物、水を混合し、1液タイプの水系有機ジンクリッチ塗料を得た。ジンクリッチ塗料3の乾燥膜中の亜鉛元素の含有量が93重量%、乾燥膜のマンセル値がN6~N6.5の範囲内であった。
【0079】
<水性防錆表面処理組成物の調製>
・水性防錆表面処理組成物1:
アルコキシシラン原料としてエチルシリケート40(多摩化学工業社製)250重量部、ビニルトリメトキシシラン(東レ・ダウコーニング社製、SH6300)5重量部及びイソプロピルアルコール約65重量部を混合した混合液に1規定の塩酸4重量部と水27重量部を混合した酸性水を添加し、攪拌しながら24時間35℃に保温して、アルコキシシラン縮重合させ、アルコキシシランのオリゴマー溶液を得た。
得られたアルコキシシランのオリゴマー溶液25重量部、有機金属化合物(チタンキレート剤:チタンラクテートアンモニウム塩、マツモトファインケミカル社製、TC-200)3重量部、ノルマルプロピルアルコール36重量部、エチレングリコールターシャリーブチルエーテル16重量部、プロピレングリコールモノメチルエーテル20重量部、シランカップリング剤(エポキシシラン:3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、旭化成ワッカーシリコ-ン社製、GF-82)0.3重量部を、攪拌機を用いて混合し、水溶液(水性プライマー処理組成物1)を得た。
・水性防錆表面処理組成物2:
シランカップリング剤(エポキシシラン:3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、旭化成ワッカーシリコ-ン社製、GF-82)3重量部、水分散性樹脂(水分散性ウレタン樹脂、Lubrizol社製)8重量部、有機金属化合物(チタンキレート剤:チタンラクテートアンモニウム塩、マツモトファインケミカル社製、TC-300)0.5重量部、無機粒子(水性コロイダルシリカ、日産化学工業社製、スノーテックスST-O、酸性ゾル、粒子径:20nm)8重量部、イオン交換水80重量部、イソプロピルアルコール1重量部を、攪拌機を用いて混合し、水溶液(水性プライマー処理組成物2)を得た。
上記の非溶媒成分(シランカップリング剤、水分散性樹脂、有機金属化合物、無機粒子)の含有量は、使用量を表す。
【0080】
<基材の準備>
・基材1:冷間圧延鋼板(SPCC)のグリッドブラスト
・基材2:ダル仕上げ・冷間圧延鋼板(SPCC-SD)
【0081】
<表面被覆部材の作製>
[実施例]
準備した基材上に、得られたジンクリッチ塗料を、スプレー塗布、常温乾燥を2回繰り返し、約75μmのジンクリッチ塗膜を形成した。得られたジンクリッチ塗膜の表面に、得られた水性防錆表面処理組成物に浸漬させ、常温にて乾燥を行い、約1μmのケイ素皮膜を形成した。
以上により、表面被覆部材が得られた。
【0082】
上記の表面被覆部材の作製に従って、以下のサンプル1~4を準備した。
・サンプル1:基材1、ジンクリッチ塗料1を2回塗布、水性防錆表面処理組成物1を使用。
・サンプル2:基材1、ジンクリッチ塗料1、ジンクリッチ塗料2の順番で塗布、水性防錆表面処理組成物1を使用。
・サンプル3:基材2、ジンクリッチ塗料1を2回塗布、水性防錆表面処理組成物1を使用。
・サンプル4:基材1、ジンクリッチ塗料1を2回塗布、水性防錆表面処理組成物2を使用。
[比較例]
準備した基材1上に、市販のジンクリッチ塗料(ジンキーグレー)を乾燥膜厚が約30μm、又は約60μmとなるように塗布し、ジンクリッチ塗膜を形成した。
【0083】
得られた表面被覆部材を用いて、以下の評価項目について評価を行った。
【0084】
<屋外暴露試験>
得られた実施例のサンプル1~3の表面被覆部材を、JIS Z 2381:2017に準拠した「大気暴露試験方法通則の9.5.1直接暴露試験」による試験方法に基づき、屋外直接暴露、南面45°、海岸暴露場の試験条件にて、1ヶ月~6ヶ月に亘って、屋外暴露試験を行った。
【0085】
屋外暴露試験の結果、サンプル1~3の表面被覆部材において、1ヶ月経過後には変色及び赤錆は見られなかった、6ヶ月経過後には僅かに変色が見られたものの、赤錆は見られなかった。
サンプル1~3の表面被覆部材にクロスカットを基材表面に達するまで入れた場合でも、6ヶ月経過後には、クロスカットに変色が見られたものの、赤錆は見られなかった。
【0086】
<複合サイクル試験:CCT試験>
得られた実施例のサンプル1、4、比較例の表面被覆部材を用いて、クロスカットを基材表面に達するまで入れ、JASO M 609に準拠し、72h~288hまで複合サイクル試験(35℃、2h塩水噴霧→60℃、4時間乾燥→50℃、2時間湿潤の8時間を1サイクル)を実施した。試験時間が72h、120h、288hの時点において、表面被覆部材のクロスカット部分における錆状態について、観察した。
【0087】
複合サイクル試験の結果、実施例のサンプル1、4の表面被覆部材において、72h~288hまで、クロスカット部分に赤錆が発生しなかった。
比較例の表面被覆部材において、厚みが30μm、60μmのいずれの場合も、72hの時点で、クロスカット部分に赤錆が発生した。
【0088】
各実施例の表面被覆部材は、比較例に比べて、優れた耐食性等の基材劣化防止効果が得られる結果を示した。