IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人理化学研究所の特許一覧

特開2022-82681環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体
<>
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図1
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図2
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図3
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図4
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図5
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図6
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図7
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図8
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図9
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図10
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図11
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図12
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図13
  • 特開-環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022082681
(43)【公開日】2022-06-02
(54)【発明の名称】環境因子予測装置、方法、プログラム、学習済モデルおよび記憶媒体
(51)【国際特許分類】
   G06N 99/00 20190101AFI20220526BHJP
   G06N 5/04 20060101ALI20220526BHJP
【FI】
G06N99/00 180
G06N5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022062945
(22)【出願日】2022-04-05
(62)【分割の表示】P 2021514178の分割
【原出願日】2020-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2019077300
(32)【優先日】2019-04-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、農林水産省、農林水産分野における気候変動対応のための研究開発「有害プランクトンに対応した迅速診断技術の開発」委託事業、「エコミクス解析による漁場環境評価技術の開発」にかかる委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 研悟
(72)【発明者】
【氏名】菊地 淳
(72)【発明者】
【氏名】松本 朋子
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 大河
(72)【発明者】
【氏名】黒谷 篤之
(57)【要約】
【課題】魚介の病害の発生要因となる環境因子を長期的かつ高精度に予測する。
【解決手段】魚介の病害の原因となる病原体の量に応じた値を含む水質データと、気象データと、を説明変数とし、当該説明変数の時系列データから、単位時間後の当該説明変数の各項目の推定値を出力する予測器と、前記予測器による推定値を再び前記予測器の入力とする予測を繰り返すことにより、N単位時間後(Nは2以上の整数)までの前記水質データを予測する予測手段と、を備える、環境因子予測装置。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚介の病害の原因となる病原体の量に応じた値を含む水質データと、気象データと、を説明変数とし、当該説明変数の時系列データから、単位時間後の当該説明変数の各項目の推定値を出力する予測器と、
前記予測器による推定値を再び前記予測器の入力とする予測を繰り返すことにより、N単位時間後(Nは2以上の整数)までの前記水質データを予測する予測手段と、
を備える、環境因子予測装置。
【請求項2】
前記予測器は、第1の地域における水質データおよび気象データの観測値に基づく第1の学習データを用いて学習された学習モデルを、第2の地域における水質データおよび気象データの観測値に基づく第2の学習データを用いた転移学習によって学習することにより得られ、
前記転移学習では、地理的パラメータに関するノードの重みを調整する、
請求項1に記載の環境因子予測装置。
【請求項3】
前記予測器は、前記水質データと、前記気象データと、水質と気象の少なくとも一方のシミュレーションデータの時系列データから、単位時間後の前記水質データと前記気象データの各項目の推定値を出力し、
前記予測手段は、
N単位時間後までの前記シミュレーションデータを取得し、
前記予測器による前記水質データおよび前記気象データの予測値と、取得されたシミュレーションデータの少なくとも一部とを入力とする予測を繰り返すことにより、N単位時間後までの前記水質データを予測する、
請求項1または2に記載の環境因子予測装置。
【請求項4】
前記病原体の量に応じた値は、バクテリア、ウィルスまたは原生生物の量に応じた値である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の環境因子予測装置。
【請求項5】
前記予測手段は、前記予測器とは異なるシミュレーションから得られる気象予報データまたは水質予報データに基づいて、前記予測器から得られる気象データまたは水質データの推定値を補正した上で、前記予測器の入力とする、
請求項1から4のいずれか1項に記載の環境因子予測装置。
【請求項6】
前記予測器は、機械学習によって学習される、
請求項1から5のいずれか1項に記載の環境因子予測装置。
【請求項7】
前記予測器は、第1の地域における水質データおよび気象データの観測値に基づく第1の学習データを用いて学習された学習モデルを、第2の地域における水質データおよび気象データの観測値に基づく第2の学習データを用いた転移学習によって学習することにより得られる、
請求項1から6のいずれか1項に記載の環境因子予測装置。
【請求項8】
魚介の病害の原因となる病原体の量に応じた値を含む水質データと、気象データと、を説明変数とし、当該説明変数の時系列データを取得する第1ステップと、
前記説明変数の時系列データから単位時間後の当該説明変数の各項目の推定値を出力する予測器を用いて、前記第1ステップにおいて取得した時系列データの単位時間後の前記説明変数の各項目の推定値を取得する第2ステップと、
前記第2ステップにおいて取得した推定値を再び前記予測器の入力とする前記第2ステ
ップの処理を繰り返すことにより、N単位時間後(Nは2以上の整数)までの前記水質データを予測する第3ステップと、
を含む、環境因子予測方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法の各ステップをコンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境因子を予測する技術に関し、特に赤潮・青潮・青粉や魚介の病害等の発生に関連する水中の環境因子を予測する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
赤潮(プランクトンやバクテリアの異常増殖)の発生は、水産業に多大な被害を与えるため、従来から赤潮の予測法の構築が試みられてきた。特に近年は、計算機器やシミュレーション、人工知能(AI)、IoT関連技術の発展に伴い、種々の赤潮予測方法が提案されている。
【0003】
非特許文献1の手法は、伊勢湾においてリアルタイムに観測された水質・気象観測データについて、それぞれ環境要因適正指数モデルを作成し、それらの積からハビタット適正指数を算出して、赤潮予測を行っている。この手法では、1日前に赤潮を予測しているが、一般的には3日以上前に発生を予測することが望ましい。また、この手法では、適中率および予測率が各々59.4%および69.5%であり、十分ではあるとはいえない。
【0004】
非特許文献2の手法は、線形・非線形解析を組み合わせた機械学習による赤潮バイオマスの予測を行っており、従来よりも高精度な予測が可能になったことを示唆している。なお、特許文献2では、海洋情報のみを扱った解析を行っている。また、一般的に、環境因子の予測においては、クロロフィル濃度を予測対象とすることが多いが、特許文献2のクロロフィル濃度の予測精度は不十分であることがうかがえる。さらに、代替の予測対象の赤潮バイオマスと赤潮発生の関連性や定義が不明瞭であるという問題点がある。
【0005】
非特許文献3の手法は、クロロフィル濃度の時系列データにカオスリカレントニューラルネットワークを適用して、将来のクロロフィル濃度の予測を行っている。しかしながら、十分な予測精度が得られていない。
【0006】
なお、赤潮以外にも、青潮および青粉あるいは魚介の病害等の水中の環境関連の予測も同様に対象とすることが望まれる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】田中陽二; 杉本佑奈. 伊勢湾の自動水質観測装置を用いた植物プランクトンの大量発生予測システムの開発. 土木学会論文集 B3 (海洋開発), 2016, 72.2: I_970-I_975.
【非特許文献2】QIN, Mengjiao; LI, Zhihang; DU, Zhenhong. Red tide time series forecasting by combining ARIMA and deep belief network. Knowledge-Based Systems, 2017, 125: 39-52.
【非特許文献3】原田 昌佳, 堂馬 彬史, 平松 和昭, 丸居 篤, カオスリカレントニューラルネットワークによるクロロフィルa時系列の短期予測, 平成24年度農業農村工学会大会講演会, 2012.09.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、赤潮・青潮・青粉や魚介の病害などの発生要因となる環境因子を長期的かつ高精度に予測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る環境因子予測装置は、
水中の複数の層における、生体色素量または生体発光量に応じた値、水温、塩分濃度、溶存酸素、濁度、および流速を含む水質データと、
気温、降水量、および日照時間を含む気象データと、
を説明変数とし、当該説明変数の時系列データから、単位時間後の当該説明変数の各項目の推定値を出力する予測器と、
前記予測器による推定値を再び前記予測器の入力とする予測を繰り返すことにより、N単位時間後(Nは2以上の整数)までの前記水質データを予測する予測手段と、
を備える、ことを特徴とする。
【0010】
本開示において、赤潮は、海水中に生存している微生物、特にプランクトンやバクテリアなどの光合成微生物や化学合成微生物の異常増殖により、水の色が著しく変わる現象を指し、狭義の赤潮以外に、白潮、緑潮を含む。また、本開示において、青粉(アオコ)は、淡水中に生存している微生物、特に微細藻類が異常増殖する現象を指す。また、本開示において、青潮は、大量増殖したプランクトンやバクテリアの死骸の分解に伴う貧酸素水塊が水面近くに上昇する現象を指す。また、本開示において、プランクトンは、植物プランクトンと動物プランクトンの両方を含む。なお、化学合成微生物は、ヤコウチュウなどの従属栄養微生物が含まれる。また、本開示において、魚介の病害としては、ビブリオなどのバクテリア、コイヘルペスなどのウィルス、その他原生生物などの分類があり、魚介を対象として病原体となり得るものをいう。
【0011】
生体色素量や生体発光量に応じた値として、濃度、吸光度、または蛍光光度が挙げられる。生体色素の例として、クロロフィル、カロテン類、キサントフィル類(ルティン、フコキサンチンなど)、フィコビリン類(フィコシアニン、フィコエリトリンなど)が挙げられる。生体発光の例として、ルシフェリン-ルシフェラーゼの化学反応による発光が挙げられる。吸光度の測定により、DNAやRNAから構成される核酸、タンパク質などの生体試料の定性や定量ができ、これにより水中のバクテリア、ウィルス、原生生物などの総量の定性、定量の判断が可能である。生体色素量および生体発光量は、赤潮・青潮・青粉などの発生要因となる環境因子の一例である。
【0012】
また、赤潮などの形成種に感染するウィルス(例えば、HaRNAV(ヘテロシグマアカシオ
ウィルス)、HcRNAV、HcDNAVなど)は、赤潮などの終息現象への関与が確認されているた
め、左記ウィルスは赤潮などの終息因子の一つに含まれる。
【0013】
水質データは、例えば、水中の上層・中層・下層の3層についての上記項目のデータを含む。ただし、水質データは、水中の2層あるいは4層以上について上記項目のデータを含んでもよい。水質データは、予測の目的に応じて、海水のデータであってもよいし淡水のデータであってもよい。
【0014】
予測器は、入力される時系列データの各項目の単位時間後の推定値を出力する。単位時間は、システム要求に応じて適宜決定すればよいが、例えば、1時間、6時間、1日(24時間)などとすることができる。上述のNは2以上であれば任意であるが、N単位時間が例えば、3日以上、より好ましくは7日以上、更に好ましくは30日以上となるような値とすることができる。なお、説明変数に欠損があるときは、欠損値補間などをすることにより推定値の計算をすることができる。
【0015】
上記の構成によれば、予測器は、入力される説明変数の全てについて、単位時間後の各項目の推定値を出力するので、推定値を予測器に再帰させてさらに次の単位時間後の推定値を得ることができる。この再帰的な予測を繰り返すことで、クロロフィル濃度を含む環
境因子の予測を長期的かつ高精度に実現できる。
【0016】
本態様における環境因子予測装置は、前記予測手段によって予測されたクロロフィル濃度に基づいて、赤潮・青潮・青粉の発生を予報する予報手段、をさらに備えてもよい。予報手段は、赤潮の始期または終期あるいはその両方を予報するとよい。予報手段は、青潮の始期または終期あるいはその両方を予報するとよい。予報手段は、青粉の始期または終期あるいはその両方を予報するとよい。赤潮・青潮・青粉の発生および終息の判定には、例えば、東京都環境局のような公共機関や水産研究・教育機構その他大学等の研究機関あるいは民間企業が公表しているクロロフィル濃度の判定基準値を用いればよい。なお、プランクトン種やバクテリア種に応じた判定基準値も公表されているので、後述するような微生物データを利用して予測する場合には、優占プランクトン種や優占バクテリア種に応じた判定基準値を用いて赤潮等の発生および終息を判定しても良い。
【0017】
本態様における予測器は、さらに、試料水をサンプリングして得られるサンプリングデータを説明変数として受け付け、単位時間後の微生物データを予測してもよい。サンプリングデータの一例は、水中に含まれる微生物に関する微生物データである。微生物データの例として、PCRアンプリコン技術により得られるプランクトン類(18S rRNA
遺伝子領域、18S rRNA遺伝子配列)やバクテリア(16S rRNA遺伝子領域、16SrRNA遺伝子配列)の定性・定量(比率)データ、顕微鏡による視覚レベルでの藻類の定性・定量(個体数)データが挙げられる。また、サンプリングデータの別の例は、NMR分析やICP分析による水圏中の有機物・無機物の定性的あるいは定量的な有機物データ・無機物データである。サンプリングデータに微生物データを用いることで、予報手段は、発生される赤潮、青潮または青粉における優占プランクトン種や優占バクテリア種も予報できる。
【0018】
本態様における予測手段は、前記予測器とは異なるシミュレーションから得られる気象予報データまたは水質予報データに基づいて、前記予測器から得られる気象データまたは水質データの推定値を補正した上で、前記予測器の入力としてもよい。
【0019】
また、本態様において、気象データは風速を含んでもよい。風速が水中の流速に影響を与えるため、風速も考慮に入れることでより高精度な予測が可能となる。
【0020】
また、本態様において、予測器は機械学習によって学習されてもよい。機械学習の例として、Simple RNN, LSTM (Long Short-Term Memory),GRU (Gated Recurrent Unit)のよ
うなRNN(リカレントニューラルネットワーク)が挙げられる。機械学習のアルゴリズム
は、上述の説明変数の時系列データから各項目の単位時間後の推定値を出力して、本発明の効果として意図する環境因子の予測が可能なものである限り、種類は一切問わない。再帰型ニューラルネットワーク以外では強化学習などが挙げられるが、これに限られない。また、学習済モデルは転移学習によって再構築してもよい。また、予測器は機械学習によって学習されたものでなくても良く、例えば、通常のシミュレーターであってもよい。
【0021】
本発明はまた、上記の処理をコンピュータによって実行する環境因子予測方法と捉えることができる。すなわち、本発明の他の態様は、コンピュータによって実行される環境因子予測方法であって、
水中の複数の層における、生体色素量または生体発光量に応じた値、水温、塩分濃度、溶存酸素、濁度、および流速を含む水質データと、
気温、降水量、および日照時間を含む気象データと、
を説明変数とし、当該説明変数の時系列データを取得する第1ステップと、
前記説明変数の時系列データから単位時間後の当該説明変数の各項目の推定値を出力する予測器を用いて、前記取得ステップにおいて取得した時系列データの単位時間後の前記
説明変数の各項目の推定値を取得する第2ステップと、
前記第2ステップにおいて取得した推定値を再び前記予測器の入力とする前記第2ステップの処理を繰り返すことにより、N単位時間後までの前記水質データを予測する第3ステップと、
を含むことを特徴とする。
【0022】
本発明はまた、上記方法をコンピュータに実行させるためのプログラムとして捉えることができる。本発明はまた、上記方法を行うための学習済モデルとして捉えることができる。本発明はまた、当該プログラムまたは学習済モデルを記憶したコンピュータ可読記憶媒体として捉えることもできる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、赤潮・青潮・青粉や魚介の病害などの発生要因となる環境因子を長期的かつ高精度に予測できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本実施形態における予測の概要を説明する図である。
図2】予測器を学習するための学習装置の機能ブロック図である。
図3】一実施形態にかかる赤潮予測装置の機能ブロック図である。
図4】一実施形態にかかる赤潮予測装置における赤潮予測処理のフローチャートである。
図5】他の実施形態にかかる赤潮予測装置の機能ブロック図である。
図6】他の実施形態にかかる赤潮予測装置における赤潮予測処理のフローチャートである。
図7】実施例に係る予測器の学習結果を説明する図である(解析例1)。
図8】実施例に係る予測器を用いた長期予測の結果を説明する図である(解析例1)。
図9】実施例に係る予測器の学習結果および長期予測結果の別の例を示す図である(解析例2)。
図10】欠損値補間した海洋サンプリングデータを示す図である(解析例3)。
図11】実施例に係る予測器の学習結果および長期予測結果の別の例を示す図である(解析例3)。
図12】欠損値補間方法の比較評価結果を示す図である。
図13】転移学習を用いて生成した予測器による予測結果を説明する図である。
図14】外部シミュレーションによって得られるデータも用いて行う長期予測の予測結果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(実施形態1)
以下では、図面を参照しながら、この発明を実施するための形態を説明するが、本発明はこれに限定されない。以下で説明する各実施形態の構成要素は、適宜組み合わせることができる。また、以下の実施形態では赤潮の発生を予測するため海水データを対象として扱う。青潮の発生を予測する場合も海水データを対象として扱う。青粉の発生を予測する場合には淡水データを対象として扱えばよい。
【0026】
赤潮形成種として、珪藻類、ラフィド藻類、渦鞭毛藻類、クリプト藻類、繊毛虫等に属するプランクトンが知られている。これらはいずれも、クロロフィルaとクロロフィルcを多く含んでいる。本実施形態において、説明変数として、クロロフィルの中でも、クロロフィルaおよび/またはクロロフィルcの濃度を選択し、赤潮の始期または終期の予報を行うことができる。
【0027】
珪藻類では、スケレトネマ属、タラシオシラ属、ユーカンピア属、リゾソレニア属、キートケロス属などに属する種などが、ラフィド藻類では、ヘテロシグマ属、シャットネラ属に属する種などなどが、渦鞭毛藻類では、プロロセントラム属、ケラチウム属、ノクチルカ属(ヤコウチュウ)、カレニア属などに属する種などが、クリプト藻類では、クロオモナス属などに属する種などが、繊毛虫では、メソジニウム属(アカシオウズムシ)に属する種などなどが、しばしば赤潮の優占種となることが知られている。
【0028】
本実施形態において、環境因子予測のための説明変数として、クロロフィルaおよび/またはクロロフィルcの濃度等に加えて微生物データとして、これらの珪藻類、ラフィド藻類、渦鞭毛藻類および/またはクリプト藻類などの真核生物に特異的な18SrRNA遺伝子配列の定性・定量(比率)データを追加の説明変数として用いて、発生が予測される赤潮における優占プランクトン種や優占バクテリア種の予報を行うことができる。
【0029】
藍藻(藍色細菌、シアノバクテリア)や緑藻(クロレラ、クラミドモナスなど)が優占となると青粉が発生する。藍藻が優占となっている場合は、環境中にクロロフィルdやクロロフィルfが多く含まれるようになると考えられる。そこで、環境因子予測のための説明変数として、クロロフィルの中でもクロロフィルdおよび/またはクロロフィルfの濃度等を選択し、青粉の始期または終期の予報を行うことができる。
【0030】
また、クロロフィルdの濃度、クロロフィルfの濃度に加えて、微生物データとして、シアノバクテリア(原核生物)に特異的な16SrRNA遺伝子配列の定性・定量(比率)データを説明変数に用いて、発生が予測される青粉の原因となるバクテリア種の予報を行うことができる。
【0031】
なお、シアノバクテリアの中には、群体性ラン藻(アイアカシオ)として知られるトリコデスミウム属のように、赤潮を引き起こす種類もある。そこで、クロロフィルdおよび/またはクロロフィルfの濃度等を説明変数として選択して、赤潮の始期または終期の予報を行ってもよい。
【0032】
また、クロロフィルdの濃度、クロロフィルfの濃度に加えて、微生物データとして、シアノバクテリアに特異的な16SrRNA遺伝子配列の定性・定量(比率)データを説明変数に用いることによって、発生が予測される赤潮の原因となるバクテリア種の予報を行ってもよい。
【0033】
また、クロロフィルdの濃度、クロロフィルfの濃度に加えて、赤潮形成種に感染する終息現象に関与するウィルス(例えば、HaRNAV(ヘテロシグマアカシオウィルス)、HcRNAV、HcDNAVなど)の定量値等データを説明変数に用いて、赤潮の終期の予報を行うことができる。これらのウィルスの定量値は吸光度等の測定により得られ、したがって、生体色素量あるいは生体発光量に応じた値に該当する。
【0034】
<全体概要>
以下、赤潮の発生の長期予測の場合を例として説明する。赤潮発生の長期予測を行う上で重要なのは、直接的に1週間後や1ヶ月後を予測することではなく、1日後や1時間後を予測することである。これは、直前で起きた現象が次に起きる現象に強く影響を与えるため、予測する時期が遠いほど予測精度が落ちてしまうためである。したがって、直後の現象を精度良く予測する手法の確立が肝要であり、それができていれば短期の予測値を再度予測モデルに当てはめ、次の予測値を算出する処理を繰り返すことで、精度の良い長期予測が可能となる。
【0035】
本発明では、図1に示すように、クロロフィルa濃度を含む水質および気象の観測時系列データから、予測器を用いた回帰予測により、単位時間後の各項目の予測値を推定する。予測器は、例えば、1日単位で3日分のクロロフィルa濃度、水温、気温等を入力データとして、1日後の各項目の推定値を求める。この推定値を再帰的に予測器に入力することで、クロロフィルa濃度の長期的な予測が行える。そして、クロロフィルa濃度の長期予測から、赤潮発生の始期や終期の予測が可能である。
【0036】
<予測器の学習>
図2は、予測器を学習するための学習装置10の構成を示す。学習装置10は、学習データ取得部11、前処理部12、学習部13をその機能部として含む。学習装置10は、演算プロセッサ、記憶装置、入力装置、出力装置、通信装置等を含むコンピュータ(情報処理装置)であり、演算プロセッサがプログラムを実行することによってこれらの機能が実現される。
【0037】
学習データ取得部11は、予測器15の学習に用いる学習データを取得する。学習データとして用いる説明変数は、大略、海洋データ(水質データ)と気象データに大別される。
【0038】
海洋データは、海洋中の上層・中層・下層についての、クロロフィルa濃度、水温、塩分濃度、溶存酸素量、濁度、流速を含む。海洋データは、さらに、pHを含んでもよい。なお、ここではクロロフィル濃度としてクロロフィルa濃度を採用しているが、これに替えてあるいはこれに加えて、クロロフィルb濃度、クロロフィルc濃度、クロロフィルd濃度、クロロフィルe濃度、クロロフィルf濃度などその他のクロロフィルの濃度を採用してもよい。また、バクテリオクロロフィルa,b,c,d,e,f,g等の濃度を採用してもよい。クロロフィルは生体色素の一例であり、その他の生体色素、例えば、カロテン類、キサントフィル類(ルティン、フコキサンチンなど)、フィコビリン類(フィコシアニン、フィコエリトリンなど)の濃度を採用してもよい。また、クロロフィル濃度ではなく吸光度または蛍光光度を説明変数としてもよい。他の生体色素についても同様である。また、クロロフィル濃度に替えてあるいはこれに加えて、生体発光量を説明変数としてもよい。例えば、ヤコウチュウなどのルシフェリン-ルシフェラーゼの化学反応による発光量がある。海洋データは、海水をサンプリングしたり海水中にセンサを投入したりして直接計測する以外に、人工衛星を用いたハイパースペクトルセンサを用いたリモート計測で取得してもよい。その場合は、水流の方向に対して上流か下流かの水平方向距離も、予測因子となり得る。
【0039】
気象データは、気温、降水量、日照時間を含む。気象データは、さらに、気圧、風速、湿度、雲量を含んでもよい。
【0040】
これらの海洋データおよび気象データの観測値は、気象庁や東京湾環境情報センターなどの公的機関などが定期的に観測して公開しているので、学習データ取得部11はこれらの観測値を取得すればよい。もっとも、民間企業などのその他の機関が公開しているデータや、独自に観測したデータを用いても構わない。
【0041】
学習データには、上記以外に、海洋サンプリングした試料(海水)を使った実験による微生物データを追加してもよい。例えば、海水のPCRアンプリコンシークエンス技術による、プランクトン類(18S rRNA遺伝子領域、18S rRNA遺伝子配列)やバクテリア(16S rRNA遺伝子領域、16SrRNA遺伝子配列の定性・定量(比率
)データを追加してもよい。また、海水のNMR分析やICP分析による海洋有機物・無機物の定性・定量データを追加してもよい。また、顕微鏡による視覚レベルでの藻類の定性・定量(個体数)データを追加してもよい。
【0042】
また、海洋データや気象データに、気象・海洋のシミュレーションによる予報データを用いてもよい。例えば、全地球数値予報モデル(GSM)を用いて得られる、地球全体の大気を対象とした気圧、風速、風量、風向、気温、湿度、降水量、雲量、日射量(下向き短波放射量)、赤外放射量(下向き長波放射量)等を用いてもよい。全気球数値予報モデルではなく、メソ数値予報モデル(MSM)を用いて得られる、予報対象地域の大気を対象とした上記の各データを用いてもよい。また、海洋大循環モデル(例えば、Regional Ocean Modeling System(ROMS)など)を用いて得られる、地球全体の海水を対象とした海流、水温、塩分濃度等を用いてもよい。また、大気と海洋を結合したモデルによる予報データを用いてもよい。
【0043】
また、河川流入モデルを用いて得られる、クロロフィル濃度、水温、塩分濃度、溶存酸素量、濁度、流速等を用いてもよい。
【0044】
前処理部12は、外れ値処理、欠損値補間、データ統合、正規化の処理を行う。前処理部12は、外れ値や欠損値を、必要に応じて除外あるいは補間する。補間には、k近傍法、MissForest、中央値、平均値などを利用した値を採用すればよい。欠損値補間は、データが周期性を有する場合や変動が少ない場合に特に有効である。正規化は、最大値を1、最小値を0とするようにする処理である。前処理部12は、必要に応じて、連続データを離散データに変換する離散化処理、およびデータの圧縮処理(固有値分解)を行ってもよい。
【0045】
学習部13は、所定日数分(例えば、3日分)の観測時系列データから、入力データに含まれる各説明変数の1日後の推定値を求める予測器(予測モデル)15の学習を行う。時系列データに基づく予測を行うことから、予測器15には、再帰型ニューラルネットワーク(RNN)、具体的には、Simple RNN, Long Short-Term Memory (LSTM), Gated Recurrent Unit (GRU)などを利用可能である。機械学習のアルゴリズムは、説明変数の時系列データから各項目の単位時間後の推定値を出力して、本実施形態の効果として意図する環境因子の予測が可能なものである限り、種類は一切問わない。再帰型ニューラルネットワーク以外では強化学習などが挙げられるが、これに限られない。また、学習済モデルは転移学習によって再構築してもよい。また、予測器は機械学習によって学習されたものでなくても良く、例えば、通常のシミュレーターであってもよい。
【0046】
<赤潮発生予測>
図3は、赤潮の発生を予測するための赤潮予測装置20の一実施形態に係る構成を示す。赤潮予測装置20は、入力データ取得部21、長期予測部22、予測器23、予報部24をその機能部として含む。赤潮予測装置20は、演算プロセッサ、記憶装置、入力装置、出力装置、通信装置等を含むコンピュータ(情報処理装置)であり、演算プロセッサがプログラムを実行することによってこれらの機能が実現される。
【0047】
図4は、赤潮予測装置20が行う赤潮予測処理の流れを示すフローチャートである。以下、図3および図4を参照して、赤潮予測装置20について説明する。なお、本構成例において、予測器23は、海洋観測データおよび気象観測データに基づいて学習されていることを想定する。
【0048】
まず、ステップS101において、入力データ取得部21は、赤潮発生予測を行う地点における直近のA日(所定日数)分の観測データを取得する。ここでは、3日分(A=3)の海洋観測データ25および気象観測データ26を取得する。
【0049】
ループL1において、長期予測部22は、直近のA日間のデータを予測器23に入力し
て次の日のデータを予測し、それをさらに予測器23に再帰させることを繰り返してN日目までのデータを予測する。具体的には、A=3として、まずT-1日目からT-3日目の観測データからT日目のデータを予測し、T日目の予測データとT-1,T-2日目の観測データからT+1日目のデータを予測し、T+1,T日目の予測データとT-1日目の観測データからT+2日目のデータを予測する。これを繰り返すことで、N日目までのデータの予測が行える。ここで、例えばNは2以上の整数であれば任意の値であってよいが、例えば、N=30とすることができる。
【0050】
N日目までの予測が完了したら、ステップS103において、予報部24はN日後までのクロロフィルa濃度に基づいて赤潮の発生始期および終期を予測する。赤潮の発生および終息の判定には、例えば、東京都環境局のような公共機関が公表しているクロロフィルa濃度による判定基準値を用いればよい。
【0051】
図5は、他の実施形態にかかる赤潮予測装置30の構成を示す。図6は、本構成例における赤潮予測装置30が行う赤潮予測処理の流れを示すフローチャートである。上記と同じ構成・処理については同じ符号を付している。
【0052】
上述した構成(図3)との違いは、微生物サンプリングデータ27および気象予報データ28も用いて赤潮発生予測を行う点である。本構成例では、予測器23は、海洋観測データ、気象観測データ、微生物サンプリングデータ、気象予報データに基づいて学習されていることを想定する。
【0053】
入力データ取得部21は、ステップS101においてA日分の海洋観測データ25、気象観測データ26、および微生物サンプリングデータ27を取得する。また、入力データ取得部21は、ステップS201において、N日後までの気象予報データを取得する。気象予報データは、例えば、全球数値予報モデル(GSM)により地球全体の大気を対象とした気圧、風速、風量、風向、気温、湿度、降水量、雲量日射量等のシミュレーションデータである。
【0054】
ループL1の処理では、長期予測部22が、海洋観測データ、気象観測データ、およびサンプリングデータを予測器23に入力して1日後のデータを予測し、それをさらに予測器23に再帰させることは同様である。ただし、ステップS202において、長期予測部22は、予測器23によって予測された気象データを、取得した気象予報データに基づいて補正した上で、予測器23に再帰入力する。具体的な補正の方法は任意であり、例えば、単純平均を取ったり、重み付け平均を取ったりすることが想定される。このようにして、気象データの予測値を補正した上で、予測器23に再帰させることでより精度の良い予測が可能となる。なお、海洋観測データ(水質データ)25についても、同様にシミュレーションに基づく予測データによって、予測器23によって予測された海洋データ(水質データ)を補正した上で、予測器23に再帰入力してもよい。
【0055】
N日後までのステップS103において、予報部24はN日後までのクロロフィルa濃度に基づいて赤潮の発生始期および終期を予測する。さらに、予報部24は、発生が予測される時期の微生物サンプリングデータの予測値に基づいて、発生する赤潮における優占プランクトン種や優占バクテリア種も予測する。なお、予報部24は、優占プランクトン種や優占バクテリア種に応じた判定基準(例えばカレニア種が優占種である場合には500細胞/ml以上など)を用いて赤潮の発生始期および終期を予測してもよい。本構成例では、微生物サンプリングデータも利用しているため、このように優占プランクトン種や優占バクテリア種の予測および優占プランクトン種や優占バクテリア種に応じた判定基準を用いた赤潮発生の予測が可能である。
【0056】
<解析例1>
赤潮予測の実施例として、東京湾奥(浦安沖)を対象に、赤潮発生の指標としてのクロロフィルa濃度の予測を試みた。リアルタイムの気象観測データは、気象庁のウェブサイトから、江戸川臨界の1時間おきの日照時間と降水量を取得し、1日ごとの平均および総量を算出した。リアルタイムの海洋観測データは、東京湾環境情報センターのウェブサイトから、浦安沖の1時間おきのクロロフィルa濃度、水温、塩分濃度、溶存酸素量、濁度、流量(流速)についての海洋上層・中層・下層のデータ、および風量(風速)のデータを取得し、1日ごとの平均および総量を算出した。
【0057】
本実施例において使用する説明変数は具体的には以下の通り52項目である。
[海洋データ]
・クロロフィルa濃度(上層・中層・下層:1日平均値)
・水温(上層・中層・下層:1日平均値)
・塩分濃度(上層・中層・下層:1日平均値)
・溶存酸素量(上層・中層・下層:1日平均値)
・濁度(上層・中層・下層:1日平均値)
・流速(上層・中層・下層:東西南北の各成分につき1日平均値および1日合計値)
[気象データ]
・気温(1日平均値)
・降水量(1日平均値、1日合計値)
・日照時間(1日平均値、1日合計値)
・風速(東西南北の各成分につき1日平均値および1日合計値)
【0058】
予測器は、1~3日前の上記52項目を説明変数として、0日目の52項目を目的変数とした。つまり、入力層と出力層のノード数は同じ数とし、全ての変数の予測モデルを作成する。隠れ層は100ノードとした。
【0059】
予測器の学習には、リカレントニューラルネットワークの3つのアルゴリズム(Simple
RNN, LSTM, GRU)を用いて行ったところ、GRUが一番良好な予測を示した。その結果を図7に示す。図7Aは、観測データのうちのクロロフィルa濃度の変動を示す。このうち7年分のデータを学習データ(訓練データ)として用い、1年分をテストデータ(検証データ)として用いた。図7Bは、GRUを用いて学習した予測器による1日後の予測結果を観
測データと重畳させて示した図である。学習データを用いた予測と観測値を比較したところほぼ一致したことから、学習に関しては十分に行われたことが分かる。また、平均学習誤差(RMSE)は11.97μg/Lとなった。過学習の確認および汎用性の評価を行うため、学習に使用していない約1年分のテストデータを予測モデルに当てはめ、1日後の予測を行った。予測誤差は15.29μg/Lとなり、予測の汎用性が高いことが分かる。
【0060】
さらに、このようにして作成した1日後の予測モデルに予測値を再帰的に入力して30日後までの長期予測を行った。その結果を図8に示す。図8Aは、図7Aと同様にクロロフィルa濃度の観測データの変動であるが、2017年後半から2018年1月中旬までの期間を拡大して表示している。図8Bは、2017年12月末の3日分の観測データを入力とて1日後の予測を行い、1日後予測値を予測モデルに再帰させることにより2017年1月末までの30日間について予測した値である。図に示すように、2018年1月中旬までの約15日間については、予測値と観測値とが良い一致を示した。このように、本手法が長期予測に有用であることが分かる。
【0061】
<解析例2>
次に、解析例1の手法と同様の手法で、風速データを用いずに学習および予測を試みた。解析に用いたデータは上記解析例1と基本的に同様であるが、説明変数の数は上記52
項目から風速に関する8項目を除外した44項目である。
【0062】
図9Aは、解析例1と同様に7年分の観測データを学習データとして用い、残りの1年分をテストデータとして、GRUアルゴリズムにより学習した予測器による予測結果を観測
データと重畳させて示した図である。予測誤差は18.11μg/Lとなり、解析例1よりは低いものの十分な精度が得られていることが分かる。
【0063】
図9Bは、作成した1日後の予測モデルに予測値を再帰的に入力して30日後までの長期予測を行った結果である。解析例1(図8B)と同様に、2017年12月末の3日分の観測データを入力とて1日後の予測を行い、1日後予測値を予測モデルに再帰させることにより2017年1月末までの30日間について予測した値である。このように風速データを用いなくても、2018年1月中旬に生じているクロロフィルa濃度の上昇を予測できている。
【0064】
<解析例3>
次に、解析例1に手法において、さらに海水のサンプリングデータを加えて学習および予測を行った。ここでは、サンプリングデータとして、試料水に含まれる微生物データとしてKarenia brevisなどの7項目、有機物データとしてアミノ酸、糖類などの214項目、無機物データとして窒素、リン、ケイ素などの20項目を利用している。なお、海洋データおよび気象データの52項目のうち1日合計値19項目は利用しておらず33項目を利用している。
【0065】
本解析では、川崎人工島のデータ3年分を利用して学習している。それぞれのデータにおいて欠損値が多く存在しており、KNN(k近傍法)による補間を行っている。図10A~10Cは、例として、渦鞭毛藻(海洋微生物)、グリシン(有機物)、ケイ素(無機物)の観測データおよび補間データを示す。図中において、丸印を付したものが観測データであり、その他が補間により得られたデータである。このように、欠損値補間作業を行うことで、離散データを連続データ(1日単位のデータ)に変換して、海洋データおよび気象データとサンプリングデータとを統合している。
【0066】
図11Aは、2015年4月から2018年11月までの約3年半の観測データのうちのクロロフィルa濃度の変動を示す。この観測データのうち、先の3年分を学習データ(訓練データ)として用い、残りをテストデータ(検証データ)として用いた。図11BはGRUを用いて学習した予測器による1日後の予測結果を観測データと重畳させて示した図
である。学習誤差は5.93μg/L、予測誤差は8.21μg/Lであり、サンプリングデータを加えることでより精度の良い予測が実現できることが分かる。
【0067】
<欠損値補間方法の検討>
観測データ特にサンプリングデータには欠損値が含まれることが多いので、欠損値補間方法の比較評価を行った。ここでは、上述した72日分の1日ごとのサンプリングデータ(微生物7項目、代謝物214項目、元素20項目)に対してLOOCV(一個抜き交差検証)を行った。
【0068】
図12は、各補間手法で得られた補間値と観測値の間の誤差を示すボックスプロットである。補間手法に示すアンダーバーの後の数値は、KNNでは何個のデータから最近傍距離
を取るか、MatFac (Matrix Factorization), SVD, SoftImputeについてはいくつの成分に固有値分解して補間モデルを生成するか、を示す。
【0069】
図12には、平均誤差(RMSD)が小さい手法から順番に並べて示している。行列補間系の手法であるSVDやSoftImputeでは誤差が大きくなる項目が多く見受けられたのに対し、K
NNやMissForestなどの機械学習的補間方法は全項目で誤差が小さくなる傾向である。したがって、機械学習的補間方法を採用することが好適であり、K=15または30としたKNNを採
用することが更に好適であるといえる。なお、機械学習的補間方法以外であっても、図12に示すKNN_30からrandomまでの間の手法であれば誤差の少ない補間が可能である。
【0070】
<変形例>
上記の説明では、1日間隔のデータを用いて予測を行っているが、データの時間間隔はより長くても短くても良い。例えば、1時間おきのデータを利用して学習および予測を行ってもよい。
【0071】
また、上記の説明では、予測器は、3日分(3単位時間分)のデータを用いて1日後のデータを予測するものとしたがより長い期間のデータを使用して1日後のデータを予測してもよい。日数を長くすることで、予測精度の向上が期待でき、特にデータの周期性が学習に反映されれば予測精度の向上に大きく寄与する。一方、日数を長くすることで欠損値データに遭遇する可能性も高まるので、この点も考慮して日数を決定するとよい。
【0072】
上記の実施例では、入力データとして、海洋観測データ25と気象観測データ26との2種類を用いる例(図3)と、海洋観測データ25と気象観測データ26とサンプリングデータ27と気象予報データ28の4種類を用いる例(図5)を説明した。しかしながら、入力データとして、海洋観測データ25と気象観測データ26とサンプリングデータ27の3種類を用いてもよいし、海洋観測データ25と気象観測データ26と気象予報データ28の3種類を用いてもよい。また、サンプリングデータ27は、微生物、有機物、および無機物のうちの1つまたは2つのみのデータを含んでいてもよい。
【0073】
上記の構成では、アルゴリズム的に地域的特徴を用いていないので、ある地域の学習データ(訓練モデル)を使った学習済モデルで、別の地域の環境因子の予測が可能である。このように、地域的特徴を用いない学習済モデルを得ることで、任意の地域での予測が可能である。なお、地形要素や地域の特徴的気候等を説明変数に加えてもよく、この場合は、対象地域での予測精度の向上が期待できる。
【0074】
上記の説明では、赤潮の発生を予測しているが、同じ構成により青潮の発生も可能である。また、赤潮や青潮の発生予測まで行わずに、クロロフィルa濃度の予測までの処理を行う環境因子予測方法および装置としてもよい。また、上記と同様の構成により青粉の発生を予測してもよく、この場合、試料水は海水ではなく淡水となる。
【0075】
(実施形態2)
本実施形態は、実施形態1と基本的に同様であるが、ある地域の学習データを用いて学習した予測器をもとに転移学習を行って他の地域に適用する点が異なる。
【0076】
実施形態1は地理的特徴を説明変数として用いていないので、ある地域の学習データを用いて学習した予測器は別の地域にも適用できる。これは、それぞれの実装現場での学習データ取得が不要であるという点で有効であるが、予測器をそのまま適用すると予測精度が低下することも生じうる。そこで、本実施形態では、転移学習を用いて実装現場に適した予測器を生成する。
【0077】
本実施形態では、まず実施形態1の手法により、十分な量の学習データが取得できる地域(例えば、東京湾)での予測器(学習モデル)を生成する。この予測器(学習モデル)は事前学習済みの予測器(学習モデル)と称することもできる。次に、予測器を適用する実装現場における学習データを用意する。学習データの内容自体は実施形態1と同様である。実装現場での学習データを用いて、予測器の学習を更に行う。この際、予測器のネッ
トワークのうち入力に近い層の重みは固定し出力に近い層の重みだけを調整するようにしてもよい。あるいは、地理的パラメータに関連するノードの重み、具体的には、地理的特異性による影響が大きい(と推定される)ノードの重みだけを調整するようにしてもよい。例えば、あらかじめ複数の場所の学習データを用いて学習を行い、場所によって重要度が変わるノードのみを調整してもよい。重みの情報は、本実施形態では、ランダムフォレストによる重要度の計算によって得ているが、その他の機械学習アルゴリズムを用いて得てもよい。本実施形態では、このような転移学習によって得られた予測器を用いて現場での予測を行う。
【0078】
図13は、転移学習を用いずに東京湾の学習データを用いて学習した予測器Aをそのまま実装現場(伊万里湾のマグロ養殖場)に適用した場合の予測と、実装現場の学習データを用いて転移学習した予測器Bを適用した場合の予測を比較する図である。
【0079】
グラフ1300は、実装現場でのクロロフィルa濃度の実測値を示す。グラフ1301は予測器Aを用いた1日後の予測値、グラフ1302は予測器Aを用いた3日後の予測値を示す。比較のために実測値も細線で示している。図から分かるように、この例では予測値と実測値の誤差が大きい。なお、3日後の予測で誤差が大きいため、予測器Aを用いた7日後の予測は行っていない。
【0080】
グラフ1311~1313は、それぞれ、転移学習によって学習した予測器Bを用いた1日後、3日後、7日後の予測値をプロットしたグラフである。転移学習を行うことにより、予測精度が向上することが分かる。7日後予測であっても、クロロフィルa濃度、すなわち赤潮の発生および終息を予測できる。
【0081】
このように本実施形態によれば、学習データの多い地域についてあらかじめ学習した予測器に基づいて転移学習をするため、実装現場での学習データが少なくても精度の高い予測器を容易に生成できる。実施形態1では、地理的要因に直接関連するパラメータを説明変数として用いていないが、各パラメータが赤潮発生にどのように影響するかは、地理的な影響によって変化しうる。転移学習によって各パラメータ間の重みが実装現場での特異性を反映するように調整されて、予測精度が向上する。
【0082】
また、本実施形態によれば、実装現場ごとの重要因子を抽出することができる。転移学習済みの学習モデルおよび事前学習済みの学習モデルにおける、パラメータごとの寄与率を求めて、寄与率上位のパラメータを出力するようにしてもよい。例えば、東京湾において寄与率が高いパラメータは、有機物/無機物では、K,S,Ca,Tp,Sr,B,NH-N,Naの順であり、環境物理パラメータでは、クロロフィルa濃度、日照時間、pH、水温、西風、東風、溶存酸素量、南風の順である。一方、伊万里湾において寄与率が高いパラメータは、有機物/無機物では、Sr,Mg、K,B,Na,S,Ca,Liであり、環境物理パラメータでは、北風、南風、日照時間、西風、クロロフィルa濃度、東風、降水量、水温である。このように、本実施形態によれば、実装現場において重要な因子を求めることができる。
【0083】
(実施形態3)
本実施形態は、赤潮発生予測に、気象シミュレーションデータ、海洋シミュレーションデータ、河川流入シミュレーションデータを用いる点である。赤潮発生装置の構成は図5と同様である。
【0084】
本実施形態で用いる、観測によって得られる海洋データおよび気象データと、シミュレーションによって得られるデータを説明変数として、1タイムステップ後の海洋データおよび気象データを目的変数として予測する。
【0085】
以下では、海洋データあるいは気象データという用語は、観測によって得られるかまたは予測器23によって予測されるデータを指すこととし、予測器23とは異なるシミュレーションによって得られるデータをシミュレーションデータと呼ぶ。
【0086】
まず、入力データ取得部21は、直近の所定タイムステップ分の海洋観測データ25および気象観測データ26を取得する。また、入力データ取得部21は、直近の所定タイムステップ分および長期予報の対象とするタイムステップ分のシミュレーションデータを取得する。
【0087】
予測器23は、直近の所定タイムステップ分の海洋データ、気象データ、および直近の所定タイムステップおよび長期予報の対象とするタイムステップ分のシミュレーションデータを入力として、1タイムステップ後の海洋データおよび気象データを予測する。長期予測部22は、予測された海洋データおよび気象データを利用して1タイムステップずつ所定タイムステップ先までの海洋データおよび気象データを予測する。なお、なお、予測器23に対する入力を、直近の所定タイムステップ分の、海洋データ、気象データ、およびシミュレーションデータとしてもよい。
【0088】
なお、予測器23の学習は、実施形態1と同様の手法によって行えばよい。ただし、学習データに、観測データ以外にシミュレーションデータも用いられる点が異なる。
【0089】
以下、東京湾を対象として行った予測の具体例に則して説明する。
【0090】
本例では、海洋データとして、上層・中層・下層それぞれの、クロロフィルa濃度、水温、塩分濃度、溶存酸素量(DO)、濁度、流速(東西成分、南北成分)を採用する(21項目)。気象データとして、気温、風速(東西成分、南北成分)、降水量、日照時間を採用する(5項目)。
【0091】
海洋シミュレーションデータとして、植物プランクトン量、水温、塩分濃度、東西流速、南北流速、動物プランクトン量、アンモニア態窒素、硝酸態窒素を採用する(8項目)。気象シミュレーションデータとして、気温(海上2m)、降水量(その時刻から1時間の積算降水量)、下向き短波放射、下向き長波放射を採用する(4項目)。河川流入シミュレーションのデータとして、小糸川、小櫃川、多摩川、鶴見川、荒川、隅田川、江戸川、花見川からの流入量(8項目)を採用する。なお、海洋シミュレーションにはROMSを採用し、気象シミュレーションにはMSMを採用した。
【0092】
本例では、6時間を1タイムステップとして、6時間ごとの観測データおよびシミュレーションデータを取得し、予測器23は直近6タイムステップ(36時間)から次のタイムステップの海洋データおよび気象データを予測する。予測器23の学習には、CNN-QRNNアルゴリズムを用いている。また、長期予測部22は、予測器23による予測を6回繰り返して6タイムステップ後(36時間後)までの海洋データおよび気象データを予測する。
【0093】
図14は、東京湾におけるクロロフィルa濃度の実測値と、本例において学習した予測器を用いた予測値を示す。グラフ1400は、クロロフィルa濃度の実測値を示す。グラフ1401~1406は、それぞれ6,12,18,24,30,36時間後の予測値を示す。比較のために実測値も細線で示している。
【0094】
(実施形態4)
実施形態1~3では、赤潮、青潮、青粉の発生を予測するために、プランクトンやバク
テリアなどの光合成微生物や化学合成微生物の量を予測している。上記の技術は、赤潮、青潮、青粉以外にも、魚介の病害発生予測にも利用できる。その場合は、海洋データ(水質データ)に、病害の原因となる病原体(原因物質)の量を表すパラメータを含ませることが必要となる。
【0095】
病害の例として、ビブリオ病が挙げられる。ビブリオ病はビブリオ属細菌を病原体とする感染症の総称である。ビブリオ属細菌の量は、宿主特異的なDNA配列によって計測でき
る。病原体が原生生物である場合は、病原体の量は、特異的なDNA配列によって計測でき
る。病原体がウィルスである場合は、病原体の量は、特異的なRNAまたはDNA配列によって計測できる。
【0096】
また、吸光度の測定により、DNAやRNAから構成される核酸、タンパク質などの生体試料の定性や定量ができる。これにより水中のバクテリア、ウィルス、原生生物などの総量の定性、定量の判断が可能である。具体的には、海水や湖水などの環境水を回収し、フィルターなどで生成した後に、吸光度を測定すればよい。吸光度測定により得られるウィルスの定性、定量値は、本発明における生体色素量または生体発光量に応じた値に相当する。
【0097】
本実施形態は、実施形態1~3のいずれと組み合わせて実施してもよい。
【符号の説明】
【0098】
10:学習装置 11:学習データ取得部 12:前処理部 13:学習部
20:赤潮予測装置 21:入力データ取得部 22:長期予測部 23:予測器 24:予報部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14