(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022083554
(43)【公開日】2022-06-06
(54)【発明の名称】溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/00 20060101AFI20220530BHJP
G01N 3/30 20060101ALI20220530BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20220530BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20220530BHJP
【FI】
G01N3/00 Q
G01N3/30
B23K31/00 F
B23K9/02 D
B23K9/02 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020194932
(22)【出願日】2020-11-25
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】長尾 涼太
(72)【発明者】
【氏名】半田 恒久
【テーマコード(参考)】
2G061
4E081
【Fターム(参考)】
2G061AA13
2G061AB04
2G061AC04
2G061BA03
2G061BA05
2G061CA02
2G061CB07
2G061CB19
2G061DA11
2G061EA03
2G061EA04
2G061EC02
4E081AA08
4E081BA05
4E081BA40
4E081DA05
4E081DA10
4E081DA12
4E081FA15
(57)【要約】 (修正有)
【課題】溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法を提案する。
【解決手段】接合部材と被接合部材とを溶接接合してなる溶接継手を有する溶接構造体において、伝播する脆性亀裂が、溶接継手の溶接金属部に突入する際の、亀裂先端近傍の応力分布の指標であるパラメータσwと、溶接継手の溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsと、を用いて、溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を評価する。パラメータσwは、亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σより算出する。なお、亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σは、対象とする溶接構造体を模擬し、溶接金属部に突入し伝播する脆性亀裂を疑似した解析モデルを作製し、数値解析を行って求める。σwとvTrsが、予め定めた関係を満足する場合には、溶接継手の溶接金属部は、伝播する脆性亀裂を停止させることができる脆性亀裂伝播停止性能を有すると評価する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合部材と被接合部材とを溶接接合する溶接継手を備える溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法であって、
前記接合部材もしくは前記被接合部材の一方を伝播する脆性亀裂を、他方が溶接接合されている前記溶接継手の溶接金属部において停止させる脆性亀裂伝播停止性能を評価するに当たり、
前記脆性亀裂が伝播する所定の温度、所定の負荷応力条件下で、前記溶接構造体の前記溶接継手の溶接金属部に突入する前記脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σを算出し、得られた前記応力σを用いて、前記溶接継手の溶接金属部に対向する領域長さLの範囲で、下記(1)式で定義されるパラメータσwを算出し、
得られた前記パラメータσwと、前記溶接継手の溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、予め定めたσwと前記溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsとの関係から前記溶接継手の溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を評価することを特徴とする溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
記
σw =(∫L σmdL)1/m ……(1)
ここで、σ:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力(MPa)、L:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さ(mm)、m:係数(=10~50)
【請求項2】
前記関係が、下記(2)式を満足することを特徴とする請求項1に記載の溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
記
vTrs ≦ A×σw+B ……(2)
ここで、vTrs:溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
σw:前記(1)式で定義されるパラメータ(MPa)、
A、B:係数
【請求項3】
前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように、突合せ溶接継手部を有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
【請求項4】
前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、前記接合部材が、前記接合部材の突合せ溶接継手部と前記被接合部材の突合せ溶接継手部とが交差するように配設されることを特徴とする請求項3に記載の溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの、厚鋼板を用いて溶接施工された溶接鋼構造物(溶接構造体)に係り、とくに、発生した脆性亀裂の伝播を、溶接構造体の溶接部で停止できるか否かが評価できる、溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンテナ船やバルクキャリアーは、積載能力の向上や荷役効率の向上等のため、例えば、タンカー等とは異なり、船上部の開口部を大きくとった構造を有している。そのため、コンテナ船やバルクキャリアーでは、特に船体外板を、高強度化または厚肉化する必要がある。
【0003】
また、コンテナ船は、近年、大型化し、6,000~20,000 TEUといった大型船が建造されるようになってきている。ここで、TEU(Twenty feet Equivalent Unit)は、長さ20フィートのコンテナに換算した個数を表し、コンテナ船の積載能力の指標を示している。このような船の大型化に伴い、船体外板は、板厚:50mm以上で、降伏強さ:390N/mm2級以上の高強度厚鋼板が使用される傾向となっている。
【0004】
さらに、船体外板となる鋼板は、近年、施工期間の短縮という観点から、例えばエレクトロガスアーク溶接等の大入熱溶接により突合せ溶接されることが多くなっている。このような大入熱溶接では、溶接熱影響部において、大幅な靭性低下が生じやすく、溶接継手部からの脆性亀裂発生の一つの原因となっていた。
【0005】
また、船体構造においては、従来から安全性という観点から、万一、脆性破壊が発生した場合でも、脆性亀裂の伝播を大規模破壊に至る前に停止させ、船体分離を防止することが必要であると考えられている。
【0006】
このような考え方を受けて、非特許文献1には、板厚50mm未満の造船用鋼板における溶接部の脆性亀裂伝播挙動についての実験的な検討結果が報告されている。
【0007】
非特許文献1では、溶接部で強制的に発生させた脆性亀裂の伝播経路、および伝播挙動が実験的に調査され、溶接部の破壊靱性がある程度確保されていれば、溶接残留応力の影響により脆性亀裂は溶接部から母材側に逸れてしまうことが多いという結果が記載されているが、溶接部に沿って脆性亀裂が伝播した例も複数例確認されている。このことは、脆性破壊が溶接部に沿って直進伝播する可能性が無いとは言い切れないことを示唆していることになる。
【0008】
しかしながら、非特許文献1で適用した溶接と同等の溶接を板厚50mm未満の鋼板に適用して建造された船舶が何ら問題なく就航しているという多くの実績があることに加え、靱性が良好な鋼板母材(造船E級鋼など)は脆性亀裂を停止する能力を十分に保持しているとの認識から、造船用鋼材の溶接部の脆性亀裂伝播停止性能は、船級規則等にはとくに要求されてこなかった。
【0009】
ところで、近年の6,000 TEUを超える大型コンテナ船では、使用する鋼板の板厚は50mmを超え、板厚増大による破壊靱性の低下に加え、溶接入熱がより大きな大入熱溶接が採用され、溶接部の破壊靭性が一層低下する傾向にある。例えば非特許文献2には、このような厚肉大入熱溶接継手では、溶接部から発生した脆性亀裂が、母材側に反れずに直進し、また骨材等の鋼板母材部でも停止しない可能性があることが示されている。このため、板厚50mm以上の厚肉高強度鋼板を適用した船体構造では、その安全性確保が大きな問題となっている。また、非特許文献2には、とくに発生した脆性亀裂の伝播停止のために、特別な脆性亀裂伝播停止性能を有する厚鋼板を必要とするとの指摘もある。
【0010】
このような問題に対し、例えば特許文献1には、「タブラ―部材付き隅肉溶接構造体」が記載されている。特許文献1に記載された隅肉構造体は、接合部材の端面が、ダブラー部材の表面に突き合わせ溶接接合され、かつダブラー部材が板厚50mm以上の被接合部材の表面に隅肉溶接接合された隅肉溶接継手を備えるタブラ―部材付き隅肉溶接構造体であり、ダブラー部材の表面と被接合部材の表面とを重ね合わせた面に、ダブラー部材の板幅Wdの95%以上の未溶着部を有し、該ダブラー部材の板厚tdと板幅Wdとの比td/Wdが2未満を満足するダブラー部材とし、隅肉溶接継手の隅肉溶接金属を、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)が隅肉脚長もしくは溶着幅Lに対応して、被接合部材の板厚tfと隅肉脚長もしくは溶着幅Lとの関係で、Lが20mm以上の場合は、vTrs≦-5L+65-1.5(tf-75)を、Lが20mm未満の場合は、vTrs≦-35-1.5(tf-75)を、満足する隅肉溶接金属とする。これにより、板厚が50mm以上、さらには板厚が80mmを超える厚鋼板からなる被接合部材に発生した脆性亀裂の接合部材への伝播、および、接合部材に発生した脆性亀裂の被接合部材への伝播、の両方を、大規模破壊に至る前に、停止ないし阻止することができる、としている。
【0011】
また、特許文献2には、「溶接構造体」が記載されている。特許文献2に記載された溶接構造体は、接合部材の端面が板厚60mm以上の被接合部材の表面に突合されており、前記接合部材と前記被接合部材とを接合する隅肉溶接継手を備える溶接構造体である。そして、前記隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅は16mm超えであり、前記隅肉溶接継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突合わせた面に、前記隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、前記隅肉溶接金属継手の隅肉溶接金属について、前記溶接脚長および前記溶着幅のうちの小さい方の値をLとするとき、Lが20mm未満の場合は、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と被接合部材の板厚tfとが、vTrs≦-35-1.5(tf-75)を、Lが20mm以上の場合は、vTrs≦-5L+65-1.5(tf-75)を、満足する隅肉溶接金属とする。これにより、板厚が60mm以上、さらには板厚が80mmを超える厚鋼板からなる被接合部材に発生した脆性亀裂の接合部材への伝播、および、接合部材に発生した脆性亀裂の被接合部材への伝播、の両方を、大規模破壊に至る前に、停止(阻止)することができる、としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第6251463号公報
【特許文献2】特許第6509235号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】日本造船研究協会第147研究部会:「船体用高張力鋼板大入熱継手の脆性破壊強度評価に関する研究」、第87号(1978年2月)、p.35~53、日本造船研究協会
【非特許文献2】山口欣弥ら:「超大型コンテナ船の開発―新しい高強度極厚鋼板の実用―」、日本船舶海洋工学会誌、第3号(2005)、p.70~76、平成17年11月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献1、2に記載された技術では、隅肉溶接継手を有する溶接構造物において、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsが、溶接脚長もしくは溶着幅Lに対応して、被接合部材の板厚tfと所定の関係を満たすか、あるいは隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsが、被接合部材の板厚tfと溶接脚長もしくは溶着幅Lとの所定の関係を満たす場合に、発生した脆性亀裂の伝播を隅肉溶接金属で停止させることができる、としている。しかし、接合部材・被接合部材間のギャップ(隙間)、溶接部の開先角度、あるいは開先深さ、溶込み深さなどの、溶接継手の溶接条件が異なり、溶接金属とその周辺形状が異なることになれば、発生した脆性亀裂の伝播停止の条件も異なることになるであろうことは容易に推察され、特許文献1、2に記載された技術では、溶接金属の脆性亀裂伝播停止性能を評価することが難しくなるという問題があった。
【0015】
本発明は、このような従来技術の問題を解決し、接合部材と被接合部材とを溶接接合してなる溶接継手を有する溶接構造体において、溶接条件等が変化しても、溶接金属の脆性亀裂伝播停止性能を容易に評価できる、溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、まず、接合部材と被接合部材とを溶接接合してなる溶接継手を有する溶接構造体において、発生した脆性亀裂が溶接金属部に突入する際の亀裂先端近傍の最大応力に着目した。しかし、亀裂先端近傍の最大応力では、発生した脆性亀裂が溶接金属部で伝播停止できるか否かは明確に判定することができないことを知見した。
【0017】
そこで、本発明者らは、溶接構造体において、発生した脆性亀裂が溶接金属部に突入する際の亀裂先端近傍の応力分布に着目した。そして、溶接金属部に突入する際の、脆性亀裂の亀裂先端近傍の各部に発生する亀裂面垂直方向の応力σを、突入する溶接金属部に対応する領域長さLについて積分したパラメータσwを、亀裂先端の応力分布の指標として用いることに思い至った。
【0018】
なお、パラメータσwは、次(1)式
σw =(∫L σmdL)1/m ……(1)
ここで、σ:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力(MPa)、
L:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さ(mm)、
m:係数(=10~50)、
で定義される。
【0019】
亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σは、接合部材と被接合部材とを溶接接合してなる溶接継手を有する溶接構造体を模擬し、溶接金属部に突入し伝播する脆性亀裂を疑似した解析モデルを作製し、該解析モデルを用いて、数値解析を行って求める。亀裂先端近傍の亀裂面垂直方向の応力σの分布を、溶接金属部に対向する領域長さLの範囲で算出して、それらの応力σ値を用いて(1)式により、パラメータσwを算出する。
【0020】
そして、このパラメータσwと、溶接金属部の破面遷移温度vTrsとが、予め定めたσwとvTrsとの関係式を満足する場合に、伝播する脆性亀裂を溶接金属部で伝播停止させることができることを見出した。
【0021】
以下、本発明の基礎となった実験結果について説明する。
【0022】
まず、接合部材および被接合部材として板厚:60~90mmの厚鋼板を用意した。
【0023】
そして、
図1に示すような、接合部材1の端面を被接合部材2の表面に突き合せ、突き合せた面に未溶着部4を存在させて溶接により接合部材1と被接合部材2とを接合した溶接継手を作製した。溶接継手の溶接金属部は、溶接材料および溶接入熱、シールドガス等の溶接条件を変化させて、溶接金属部5の靭性を変化させた。また、溶接脚長3、溶着幅13も種々変化させた。なお、被接合部材2は、
図2に示すように、突合せ溶接継手部22で接合された厚鋼板を用いた。被接合部材2の突合せ溶接継手の溶接部(突合せ溶接継手部22)は、1パスの大入熱エレクトロガスアーク溶接で作製した。
【0024】
得られた大型溶接継手9を用いて、
図3に示すような、超大型構造モデル試験体を作製した。なお、超大型構造モデル試験体では、大型溶接継手9の被接合部材2の下方に仮付け溶接8で、同じ板厚の被接合部材を溶接した。また、超大型構造モデル試験体では、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部のボンド部となるように加工した。
【0025】
得られた超大型構造モデル試験体を用いて、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。脆性亀裂伝播停止試験では、試験体を温度:-10℃に冷却し、応力:243N/mm2を負荷して実施した。脆性亀裂伝播停止試験では、試験体の機械ノッチ7に打撃を加えて、脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、溶接金属部5で停止するか否かを調査した。
【0026】
一方、大型溶接継手9の溶接条件を模擬して作製した溶接継手の溶接金属部からシャルピー衝撃試験片を採取し、シャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)を求めた。
【0027】
また、上記した大型溶接継手について、パラメータσwを算出した。パラメータσwは、次(1)式で定義される。
【0028】
σw =(∫L σmdL)1/m ……(1)
ここで、σ:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力(MPa)、
L:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さ(mm)、
m:係数。
【0029】
なお、係数mは、ここではm=10を使用した。
【0030】
亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σの算出は、使用した超大型構造モデル試験体を模擬した解析モデルを作製し、その解析モデルを用いて、溶接金属部に突入する亀裂を模擬し、数値解析(弾塑性FEM解析)を実施して行った。なお、数値解析に当たって、負荷応力相当となる変位を与えた。材料特性は、超大型構造モデル試験体に用いられている厚鋼板の材料特性を用いた。また、亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σの算出は、各超大型構造モデル試験体について、突入する脆性亀裂の亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さLの範囲で行った。そして、得られた亀裂先端近傍の亀裂面垂直方向の応力σを用いて、(1)式から、各超大型構造モデル試験体のパラメータσwを算出した。
【0031】
脆性亀裂伝播停止試験の結果を、得られたパラメータσwと、得られた破面遷移温度vTrs(℃)との関係で
図4に示す。
【0032】
図4から、vTrsとσwが、次(2)式
vTrs ≦-0.575 ×σw+1009
を満足する領域であれば、伝播する脆性亀裂が溶接金属部で停止(〇)する。一方、前記(2)式を満足しない場合には、伝播する脆性亀裂は溶接金属部で停止しない(×)こと、となる。
【0033】
このように、亀裂先端の応力分布の指標であるパラメータσwを用いれば、σwと溶接金属部の破面遷移温度vTrsとの関係から、溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を、容易に評価することができることになる。
【0034】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0035】
すなわち、本発明の要旨は、次のとおりである。
[1]接合部材と被接合部材とを溶接接合する溶接継手を備える溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法であって、
前記接合部材もしくは前記被接合部材の一方を伝播する脆性亀裂を、他方が溶接接合されている前記溶接継手の溶接金属部において停止させる脆性亀裂伝播停止性能を評価するに当たり、
前記脆性亀裂が伝播する所定の温度、所定の負荷応力条件下で、前記溶接構造体の前記溶接継手の溶接金属部に突入する前記脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σを算出し、得られた前記応力σを用いて、前記溶接継手の溶接金属部に対向する領域長さLの範囲で、次(1)式
σw =(∫L σmdL)1/m ……(1)
ここで、σ:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力(MPa)、L:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さ(mm)、m:係数(=10~50)、
で定義されるパラメータσwを算出し、
得られた前記パラメータσwと、前記溶接継手の溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、予め定めたσwと前記溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsとの関係から前記溶接継手の溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を評価することを特徴とする溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
[2]前記関係が、次(2)式
vTrs ≦ A×σw+B ……(2)
ここで、vTrs:溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
σw:前記(1)式で定義されるパラメータ(MPa)、
A、B:係数、
を満足することを特徴とする[1]に記載の溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
[3]前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように、突合せ溶接継手部を有することを特徴とする[1]または[2]に記載の溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
[4]前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、前記接合部材が、前記接合部材の突合せ溶接継手部と前記被接合部材の突合せ溶接継手部とが交差するように配設されることを特徴とする[3]に記載の溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、溶接継手を有する溶接構造体において、溶接継手の溶接条件が変化して、溶接継手の寸法・形状などが変化しても、溶接継手の寸法・形状などの諸条件に限定されることなく溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を容易に評価でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、鋼構造物、とくに、船体分離などの大規模な脆性破壊の危険性が大きい大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの継手設計を容易にするという、大きな効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】溶接継手の断面構成の一例を模式的に示す説明図である。(a)は接合部材1と被接合部材2とからなる場合、(b)は接合部材1と被接合部材2との間に隙間14がある場合、(c)は接合部材1とダブラー部材10および被接合部材2とからなる場合である。
【
図2】溶接継手の断面構成の一例を模式的に示す説明図(斜視図)である。
【
図3】超大型構造モデル試験体の形状の一例を模式的に示す説明図である。
【
図4】脆性亀裂伝播停止試験結果と、溶接金属部の破面遷移温度vTrsとパラメータσwとの関係の一例を示すグラフである。
【
図5】実施例で使用した開先形状を模式的に示す説明図である。
【
図6】実施例で使用した厚鋼板の応力ひずみ挙動の例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明は、接合部材と被接合部材とを溶接接合する溶接継手を備える溶接構造体の脆性亀裂伝播停止性能の評価方法である。本発明では、接合部材もしくは被接合部材の一方を伝播する脆性亀裂を、他方が溶接接合されている溶接継手の溶接金属部において停止させることができる、脆性亀裂伝播停止性能を評価する。
【0039】
本発明では、溶接継手の溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍の応力分布の指標であるパラメータσwを用いて、溶接継手の溶接金属部の破面遷移温度vTrsとの関係で、溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を評価する。
【0040】
パラメータσwは、次(1)式
σw =(∫L σmdL)1/m ……(1)
ここで、σ:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力(MPa)、L:溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さ(mm)、m:係数(=10~50)
で定義される。
【0041】
(1)式で用いる、溶接金属部に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σの算出は、対象とする溶接構造体を模擬した解析モデルを作製し、その解析モデルを用いて、溶接金属部に突入する亀裂を模擬し、弾塑性FEM解析等の数値解析を実施して行う。
【0042】
得られた亀裂先端近傍における亀裂面垂直方向の応力σを用いて、(1)式によりパラメータσwを算出する。なお、σwの算出は、亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さLの範囲で行うものとする。亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さL(mm)としては、溶接金属部の溶着幅が例示できる。また、係数mは、10~50の間の値で、材料強度と解析モデルのメッシュ条件、予め実施した脆性亀裂伝播停止試験結果等に応じて最適値を与えることができる。
【0043】
なお、溶接継手の溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsは、対象とする溶接構造体の溶接継手の溶接金属部からシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施して求めるものとする。なお、例えば、対象とする溶接構造体に適用する溶接条件(シールドガス、入熱量、予後熱条件など)を模擬して溶接継手を作製し、その溶接継手の溶接金属部からシャルピー衝撃試験片を採取しシャルピー衝撃試験を実施して、求めても良い。
【0044】
本発明では、上記のようにして得られたパラメータσw(MPa)と、対象とする溶接構造体における溶接継手の溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)とが、予め定めたσwと溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsとの関係式を満足すれば、伝播する脆性亀裂が溶接金属部において停止する、と判定する。
【0045】
予め定めた関係式としては、例えば次(2)式
vTrs ≦ A×σw+B ……(2)
ここで、vTrs:溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
σw:(1)式で定義されるパラメータ(MPa)、
A、B:係数、
で表される。なお、(2)式における係数A、Bは、材料強度と解析モデルのメッシュ条件、予め実施した脆性亀裂伝播停止試験の結果等に応じて最適値を与えることができる。
【0046】
本発明では、(1)式を用いて算出されたパラメータσwと溶接金属部のvTrsとが上記した関係式((2)式)を満足する場合には、伝播する脆性亀裂を溶接継手における溶接金属部で停止させることができる、と判定し、一方、σwとvTrsが上記した(2)式を満足しない場合には、伝播する脆性亀裂を溶接継手における溶接金属部で停止させることができない、と判定して、溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を評価する。
【0047】
本発明で対象とする溶接構造体は、例えば
図1(a)に示すように、接合部材1の端面が被接合部材2の表面に突き合わされ、接合部材1と被接合部材2とを溶接接合する溶接継手として、隅肉溶接または開先溶接により形成された溶接金属部5を有する溶接継手を備える溶接構造体である。なお、接合部材1、被接合部材2は、板厚50mm以上の厚鋼板とすることが好ましい。また、溶接接合に際しては、開先を付与した形状で行う開先溶接としてもよい。開先を付与することにより、溶接部の形状が安定化する。
【0048】
また、他の溶接構造体は、例えば
図1(b)に示すように、接合部材1の端面が被接合部材2の表面に突き合わされ、接合部材1と被接合部材2とを溶接接合する溶接継手として、隅肉溶接または開先溶接により形成された溶接金属部を有する溶接継手を備える溶接構造体であり、接合部材1と被接合部材2との間に隙間14が存在する溶接構造体である。
【0049】
また、他の溶接構造体は、例えば
図1(c)に示すように、接合部材1の端面がダブラー部材10の表面に突き合せ溶接接合され、かつダブラー部材10が被接合部材2の表面に突き合わされ、ダブラー部材10と被接合部材2とを溶接接合する溶接継手として、隅肉溶接または開先溶接により形成された溶接金属部を有する溶接継手を備える溶接構造体である。なお、接合部材1、被接合部材2は、板厚50mm以上の厚鋼板とすることが好ましい。
【0050】
なお、溶接継手における接合部材1の端面が被接合部材2の表面に突き合わされた面に、未溶着部幅16の未溶着部4を有する溶接継手構造とすることが脆性亀裂伝播停止性能の観点から好ましい。また、ダブラー部材10の端面が被接合部材2の表面に突き合わされた面に、未溶着部4を有する溶接継手構造としてもよい。
【0051】
なお、上記した溶接構造体では、被接合部材2が、接合部材1と交差するように、突合せ溶接継手部を有する溶接構造体としてもよい。また、上記した溶接構造体では、接合部材1が、突合せ溶接継手部を有し、接合部材1が、接合部材1の突合せ溶接継手部と被接合部材2の突合せ溶接継手部22とが交差するように配設される溶接構造体としてもよい。
【0052】
本発明によれば、溶接継手を有する溶接構造体において、溶接継手の寸法・形状などの諸条件に限定されることなく、亀裂先端近傍の応力分布の指標であるパラメータσwと、溶接継手における溶接金属部の破面遷移温度vTrsとの関係から、溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を、容易に評価することができる。
【0053】
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
【実施例0054】
まず、表1に示す、60mm以上の種々の板厚を有し、降伏強さ:355~390N/mm
2の範囲の同程度の強度を有する厚鋼板を接合部材1、ダブラー部材10、被接合部材2として用い、
図1(a)~
図1(c)に示す形状の大型溶接継手を作製した。
図1(a)に示す形状の大型溶接継手は、接合部材1の端面を被接合部材2の表面に突き合せ、突き合せた面に未溶着部4を存在させて隅肉溶接により接合部材1と被接合部材2とを接合した溶接継手を有する。なお、一部では、
図5(a)に示すような、開先を付与した接合部材1を用いて、開先溶接により接合部材1と被接合部材2とを接合した。
図1(b)に示す形状の大型溶接継手は、
図1(a)に示す接合部材1と被接合部材2との間に、表1に示すような隙間(ギャップ)14を設け、溶接により接合部材1と被接合部材2とを接合した溶接継手を有する。
図1(c)に示す形状の大型溶接継手は、接合部材1と被接合部材2との間に、表1に示す板厚のダブラー部材10を配置したタブラ―部材付き溶接継手を有する。なお、一部では、
図5(b)に示すような、開先を付与したダブラー部材10を用いて、開先溶接によりダブラー部材10と被接合部材2とを接合した。なお、タブラ―部材付き溶接継手では、ダブラー部材10の表面と被接合部材(フランジ)2の表面とを重ね合わせた面には未溶着部を存在させた。なお、接合部材1の端面をダブラー部材10の表面に突き合せた突合せ面には未溶着部を存在させなかった。
【0055】
なお、これら大型溶接継手では、
図2に示すように、被接合部材2として突合せ溶接継手部22で接合された厚鋼板を用い、該被接合部材2の突合せ溶接継手の溶接部(突合せ溶接継手部22)と直交するように接合部材1を溶接して大型溶接継手とした。突合せ溶接継手部22は、1パスの大入熱エレクトロガスアーク溶接(SEGARC)で作製した。
【0056】
また、溶接継手は、溶接材料および溶接入熱、シールドガス等の溶接条件を変化させて、表1に示すように、溶接金属部5の靭性を変化させた。また、溶着幅13も変化させて溶接継手を作製した。
【0057】
ついで、得られた大型溶接継手9を用いて、
図3に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。なお、超大型構造モデル試験体は、大型溶接継手の被接合部材2の下方に、被接合部材2と同じ板厚の鋼板を仮付け溶接したものとした。なお、超大型構造モデル試験体では、
図3に示すように、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部のボンド部(BOND)となるように加工した。
【0058】
そして、試験体を温度:-10℃に冷却し、応力:243N/mm2を負荷して、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。脆性亀裂伝播停止試験では、試験体の機械ノッチ7に打撃を加えて、脆性亀裂を発生させた。伝播した脆性亀裂が、溶接金属部で停止(アレスト)するか、あるいは溶接金属部で停止せず伝播するかを調査した。得られた脆性亀裂伝播停止試験の結果を表1に示す。
【0059】
これとは別に、超大型構造モデル試験体を模擬した解析モデルを作製した。そして、作製した解析モデルでは、溶接金属部5に突入する亀裂を模擬し、数値解析(弾塑性FEM解析)を実施して、溶接金属部5に突入する脆性亀裂の亀裂先端近傍の各位置における亀裂面垂直方向の応力σを算出した。なお、数値解析に当たって、材料特性は、超大型構造モデル試験体に用いられている厚鋼板の応力ひずみ挙動(例えば、
図6に示す応力ひずみ曲線)、を用いた。ポアソン比は0.3、ヤング率は206GPaを用いた。
【0060】
ここで、「亀裂先端近傍の各位置」とは、
図7(a)に示すように、亀裂先端が突入する溶接金属部5側で、溶接金属部5の溶着幅方向(x方向)の各位置(x=0~x=L)とする。
【0061】
ついで、得られた亀裂先端近傍の各位置における亀裂面垂直方向の応力σを用いて、(1)式に従い、σwを算出した。すなわち、各位置の亀裂面垂直方向の応力σのm乗σ
mを算出し、ついで、
図7(b)に示すようなσ
mとxとの関係から、σ
mを亀裂先端に対向する溶接金属部領域長さLの範囲で積分し(σ
mとxの関係曲線下の面積を算出)(∫
L σ
mdL)、ついで、得られた積分値の1/m乗を求め、σw(=(∫
L σ
mdL)
1/m)を算出した。L(mm)は、溶接金属部の溶着幅を用いた。なお、(1)式におけるmは、10とした。
【0062】
また、大型溶接継手の溶接条件を模擬して作製した溶接継手の溶接金属部から試験片を採取して、シャルピー衝撃試験を実施し、溶接金属部の破面遷移温度vTrs(℃)を求めた。
【0063】
得られた結果を表1に示す。
【0064】
【0065】
つぎに、得られたσw(MPa)と、溶接金属部の破面遷移温度vTrs(℃)とが、予め定めた関係である次(2)式
vTrs ≦ A×σw+B ……(2)
ここで、vTrs:溶接金属部のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
σw:(1)式で定義されるパラメータ(MPa)、
A、B:係数、
を満足するか否かを判定した。ここで、係数A、Bは、材料強度と解析モデルのメッシュ条件、予め実施した脆性亀裂伝播停止試験結果等に応じたA=-0.575、B=1009とした。
【0066】
得られたσw(MPa)と、溶接金属部の破面遷移温度vTrs(℃)とが、予め定めた関係式である上記した(2)式を満足する場合はいずれも、伝播する脆性亀裂は溶接金属部で停止(アレスト)している。一方、上記した(2)式を満足しない場合はいずれも、伝播する脆性亀裂は溶接金属部で停止(アレスト)せず、伝播している。
【0067】
このように、本発明の評価方法によれば、溶接構造体の溶接金属部の脆性亀裂伝播停止性能を簡便に評価することが可能である。