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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022084297
(43)【公開日】2022-06-07
(54)【発明の名称】電解研磨装置及び電解研磨方法
(51)【国際特許分類】
   C25F 7/00 20060101AFI20220531BHJP
   B23H 3/10 20060101ALI20220531BHJP
【FI】
C25F7/00 X
C25F7/00 S
B23H3/10 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020196062
(22)【出願日】2020-11-26
(71)【出願人】
【識別番号】000112004
【氏名又は名称】パルステック工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 哲也
【テーマコード(参考)】
3C059
【Fターム(参考)】
3C059AA02
3C059AB01
3C059EA01
3C059EC01
3C059EC05
3C059EC08
3C059EC10
3C059ED05
(57)【要約】
【課題】 電解研磨装置の複雑化及び大型化を抑制し、電解研磨作業のコストと効率を従来と同程度にしたうえで、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる電解研磨装置を提供する。
【解決手段】 電極23は、電解液SLに浸漬される先端に開口がある穴を有し、電極23の穴と連結された、空気が充填された空間を有するタンクが設けられ、タンクにある空気を往復動させることで、電極23の穴への電解液SLの吸入と該穴からの電解液SLの吐出とを行う往復動装置10を備える。電解研磨の最中に往復動装置10を作動させ、研磨対象物OBの研磨箇所付近で電解液SLの吸入と吐き出しによる撹拌を行う。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極を内部に配置し、電解液が入れられる長尺状容器と、
前記電極と金属性の研磨対象物との間で通電を行う研磨用通電手段とを備え、
前記長尺状容器の先端にて前記電解液を前記研磨対象物に接触させ、前記研磨用通電手段による通電により、前記研磨対象物表面を電解研磨する電解研磨装置において、
前記電極は、前記電解液に浸漬される前記電極の先端に開口がある穴を有し、
前記電極の穴と連結された空気が充填された空間を有する充填体が設けられ、前記充填体にある空気を往復動させることで、前記電極の穴への前記電解液の吸入と前記穴からの前記電解液の吐出とを行う往復動手段を備えたことを特徴とする電解研磨装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電解研磨装置において、
前記充填体は、空気が充填された空間を形成するための壁の一部が往復移動可能な移動壁になっており、
前記往復動手段は、前記移動壁と電動式回転体をロッドで接続したものであることを特徴とする電解研磨装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2のいずれか1つに記載の電解研磨装置において、
前記研磨用通電手段及び前記往復動手段は、1つの筐体内に収納され、
前記筐体と前記電極には、前記充填体の空間と前記電極の穴とをチューブで接続するための接続口が、それぞれ設けられていることを特徴とする電解研磨装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか1つに記載の電解研磨装置において、
前記往復動手段に設定された速さより遅い速さで往復動を開始させ、前記電極の穴にある空気が前記電解液中に吐出された後、前記往復動手段の往復動の速さを前記設定された速さにし、前記研磨用通電手段に通電を開始させる制御手段を備えたことを特徴とする電解研磨装置。
【請求項5】
電極を内部に配置し、電解液が入れられる長尺状容器と、
前記電極と金属性の研磨対象物との間で通電を行う研磨用通電手段とを備え、
前記電極は、前記電解液に浸漬される前記電極の先端に開口がある穴を有し、
前記長尺状容器の先端にて前記電解液を前記研磨対象物に接触させ、前記研磨用通電手段による通電により、前記研磨対象物表面を電解研磨する電解研磨装置を用いた電解研磨方法において、
前記研磨対象物表面に孔付のシールを貼付するシール貼付工程と、
前記長尺状容器に電解液を入れるとともに、前記電解液を前記シール貼付工程で貼付したシールの孔部分で前記研磨対象物に接触させる準備工程と、
前記電極の穴にある空気を往復動させることで、前記電極の穴への前記電解液の吸入と前記穴からの前記電解液の吐出とを行いながら、前記研磨用通電手段により前記電極と前記研磨対象物との間に通電を行う研磨工程とよりなることを特徴とする電解研磨方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極を内部に配置した長尺状容器に電解液を入れ、該長尺状容器の先端部分で該電解液を研磨対象の金属物体に接触させて、該電極と該金属物体の間で通電を行うことで該金属物体表面を電解研磨する電解研磨装置に関する。及び該電解研磨装置を用いた電解研磨方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、金属物体である測定対象物にX線を照射して、該測定対象物で発生する回折X線によりX線回折像を撮像し、撮像された回折像から該測定対象物の残留応力等を測定するX線回折測定装置が知られている。このX線回折測定装置により精度の良い測定を行うためには、測定対象物の表面に突起、凹み、錆又は異物付着といった欠陥がなく、また該表面に加工層が存在しないという条件が必要になる。これは上述した欠陥があるとX線回折像が影響を受け、又、加工層が存在すると測定対象物を加工した際に表層に発生した残留応力が存在し、正確な残留応力を測定できないためである。このため、X線回折測定を行う前に測定対象物である金属物体の表面を電解研磨することが多く行われている。この電解研磨を行う装置には、簡単に持ち運びできる装置として特許文献1に示される装置がある。この電解研磨装置は、電極を内部に配置し先端に浸透性軟体プレートを取り付けた長尺状容器(トーチ)に電解液を入れ、該浸透性軟体プレートを研磨対象の金属物体に接触させて、該電極と該金属物体の間で通電を行うことで該金属物体表面を電解研磨するものである。この装置は通電電流が一定になるよう制御することができ、設定した通電電流での研磨深さと研磨時間との関係を予め得ておけば、この関係から研磨時間を決め、電解研磨を行うことで、意図した深さを電解研磨することができる。
【0003】
金属物体の電解研磨はX線回折測定が行われる箇所(X線が照射される箇所)のみを行えばよく、浸透性軟体プレートを金属物体にすべて接触させて(すなわち、金属物体と電解液の接触面積を大きくして)電解研磨を行うと研磨時間が長くなり、電解液の消耗も速くなる。このため、多くの場合、電解研磨する箇所に中央部分に孔を開けたシール(以下、孔付シールという)を貼り、孔付シールを介して浸透性軟体プレートを接触させることで、孔の箇所の金属物体表面のみを電解研磨している。しかしながら、本願発明者は多くの金属物体でこのようにして電解研磨を行い、円形の研磨跡における径方向の形状プロファイルを測定したところ、ほとんどの場合で図9に示すように研磨跡の境界近傍(孔付シールの孔の縁近傍)は研磨深さが大きく、中央部分は研磨深さが小さいことが分かった。研磨跡がこのような形状であるとX線回折測定に影響し、精度のよい測定結果が得られないという問題がある。本願発明者は、研磨跡の径方向プロファイルが図9に示すようになる原因を調査した結果、その原因は研磨対象物OBの表面に粘液層VCという金属の酸化物からなる層が形成されるためであることを確認した。
【0004】
図10は研磨箇所の断面図を縦方向のみ拡大して示した図であるが、図10に示すように、電解研磨を行っていくと研磨対象物OBの表面に粘液層VCという金属の酸化物からなる層が形成され、この層は電解液SLに比べると電気抵抗が非常に大きいため電流が流れにくくなる。しかし、孔付シールMKの孔の縁部分は粘液層VCが剥がれやすく、剥がれるとこの箇所に集中して電流が流れるようになり、孔付シールMKの孔の縁では電解研磨が他の箇所よりも促進される。また、孔付シールMKの孔の縁部分での粘液層VCの剥がれは、研磨対象物OBの表面に粘液層VCが形成されることで、電気抵抗が大きくなり通電部分での電解液SLの温度が上昇し、電解液SLに対流が起こることで発生しやすくなる。そして、粘液層VCに僅かでも剥がれが発生すると、その箇所に集中して電流が流れるため、その箇所で温度が上昇し、さらに粘液層VCの剥がれが進むようになる。
【0005】
よって、研磨跡の径方向プロファイルを平坦にするためには、電解研磨の最中に研磨対象物OBの表面に粘液層VCが形成されないようにする対策を行えばよい。その方法としては、例えば特許文献2に示されるように、電解研磨の最中に定期的に逆方向に電流を流して粘液層VCを除去する方法がある。また、例えば特許文献3に示されるように、研磨対象物OBに向けてノズルからバブリングガスを噴出する方法や、例えば特許文献4に示されるように、研磨対象物OBに向けてノズルから電解液SLを吹き付ける方法などがある。電解研磨装置にこれらの方法を行うことができる機能を設ければ、研磨跡の径方向プロファイルを平坦にすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5967500号公報
【特許文献2】特公昭44-19690号公報
【特許文献3】特開2007-203193号公報
【特許文献4】特開平4-321579号公報
【発明の概要】
【0007】
しかしながら、電解研磨の最中に定期的に逆方向に電流を流す方法は、電解研磨装置の電極(陰極)の劣化を早めるため、短い頻度で電極を交換する必要があり、電解研磨作業のコストと効率が悪くなるという問題がある。また、研磨対象物に向けてバブリングガスを噴出する方法や、研磨対象物に向けて電解液を吹き付ける方法は、そのような機構を特許文献1に示されるような簡単に持ち運びできる電解研磨装置に取り付けると、装置が複雑化及び大型化し、持ち運びが困難になるうえに電解研磨作業の効率が悪くなるという問題がある。また、本願発明者は、研磨対象物に向けてバブリングガスを噴出させたり、研磨対象物に向けて電解液を吹き付けたりして電解研磨を行ったところ、研磨跡の径方向プロファイルを平坦にすることはできても、研磨跡の表面の凹凸が大きくなり、X線回折測定に影響するという問題があることを見出した。
【0008】
本発明はこの問題を解消するためなされたもので、その目的は、電極を内部に配置した長尺状容器に電解液を入れ、該長尺状容器の先端部分で該電解液を研磨対象の金属物体に接触させて、該電極と該金属物体の間で通電を行うことで該金属物体表面を電解研磨する電解研磨装置、及び該電解研磨装置を用いた電解研磨方法において、装置の複雑化及び大型化を抑制し、電解研磨作業のコストと効率を従来と同程度にしたうえで、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる電解研磨装置及び電解研磨方法を提供することにある。
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、電極を内部に配置し、電解液が入れられる長尺状容器と、電極と金属性の研磨対象物との間で通電を行う研磨用通電手段とを備え、長尺状容器の先端にて電解液を研磨対象物に接触させ、研磨用通電手段による通電により、研磨対象物表面を電解研磨する電解研磨装置において、電極は、電解液に浸漬される電極の先端に開口がある穴を有し、電極の穴と連結された空気が充填された空間を有する充填体が設けられ、充填体にある空気を往復動させることで、電極の穴への電解液の吸入と該穴からの電解液の吐出とを行う往復動手段を備えた電解研磨装置としたことにある。
【0010】
本願発明者は多くの種類の金属物体に対して、上記の電解研磨装置により電解研磨を行った結果、いずれの場合も研磨跡の径方向プロファイルが平坦かつ研磨跡の表面が滑らかになることを確認した。この効果を得ることができる理由は、電解研磨の最中、研磨対象物の表面に粘液層を適度な厚さで形成させ続けることができるためであると考えられるが、この理由については、発明を実施するための形態で詳細に説明する。また、これによれば、長尺状容器内の電極の先端付近には別の機構を設けることはないので、長尺状容器は従来と同程度の大きさでよい。また、従来の電解研磨装置から新たに追加されるものは、空気が充填された空間を有する充填体が設けられ、充填体にある空気を往復動させる往復動手段であるが、電極の穴は容積が小さいので往復動させる空気は少量でよく、往復動手段は小型のものでよい。すなわち、これによれば、電解研磨装置が複雑化及び大型化することを抑制し、電解研磨作業のコストと効率を従来と同程度にしたうえで、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。
【0011】
また、本発明の他の特徴は、充填体は、空気が充填された空間を形成するための壁の一部が往復移動可能な移動壁になっており、往復動手段は、移動壁と電動式回転体をロッドで接続したものであるようにしたことにある。
【0012】
これによれば、既存の機器を改変して往復動手段にすることができる。例えば、ダイヤフラムポンプの吸入弁と吐出弁を無くし、ダイヤフラムによる吸入と吐き出しを空気が充填された充填体の空間に対して行うようにすればよい。また、ダイヤフラムポンプと空気が充填された充填体とを接続し、ダイヤフラムポンプの吸入弁と吐出弁による吸入と吐き出しを充填体の空間に対して行うようにしてもよい。これによれば電解研磨装置のコストアップを抑制することができる。
【0013】
また、本発明の他の特徴は、研磨用通電手段及び往復動手段は、1つの筐体内に収納され、筐体と電極には、充填体の空間と電極の穴とをチューブで接続するための接続口が、それぞれ設けられているようにしたことにある。
【0014】
これによれば、電解研磨装置が長尺状容器と電極に通電を行う通電装置の2つから構成されるという従来の電解研磨装置から変更はなく、上述したように往復動手段は小型のものでよいので、通電装置が大きくなることを抑制することが可能であり、電解研磨装置の持ち運びの容易さは従来と比較して殆ど変化しない。また、電解研磨を行う前の準備段階で、従来の電解研磨装置の場合の作業に追加して行う作業は、筐体と電極にそれぞれ設けられた接続口をチューブで接続する作業だけなので、準備に必要な時間も従来の電解研磨装置から殆ど変化しない。すなわち、これによれば、従来の電解研磨装置から作業効率をほとんど変化させず、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにするという効果を得ることができる。
【0015】
また、本発明の他の特徴は、往復動手段に設定された速さより遅い速さで往復動を開始させ、電極の穴にある空気が電解液中に放出された後、往復動手段の往復動の速さを設定された速さにし、研磨用通電手段に通電を開始させる制御手段を備えるようにしたことにある。
【0016】
これによれば、往復動手段により往復動が開始されたとき、電極の穴にある空気が電解液中に吐き出された後、電解液の吸入と吐出の繰り返しがされることになるが、この空気の吐き出しがゆっくりと行われた後、電解液の吸入と吐出が設定された速さで繰り返され電解研磨のための通電が開始されることになる。よって、これによれば、最初にある電極からの空気吐き出しの影響をなくして電解研磨を開始することができ、より研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。
【0017】
また、本発明は電解研磨装置の発明のみならず、電解研磨方法の発明としても実施し得るものである。すなわち、電極を内部に配置し、電解液が入れられる長尺状容器と、電極と金属性の研磨対象物との間で通電を行う研磨用通電手段とを備え、電極は、電解液に浸漬される電極の先端に開口がある穴を有し、長尺状容器の先端にて電解液を研磨対象物に接触させ、研磨用通電手段による通電により、研磨対象物表面を電解研磨する電解研磨装置を用いた電解研磨方法において、研磨対象物表面に孔付のシールを貼付するシール貼付工程と、長尺状容器に電解液を入れるとともに、電解液をシール貼付工程で貼付したシールの孔部分で研磨対象物に接触させる準備工程と、電極の穴にある空気を往復動させることで、電極の穴への電解液の吸入と該穴からの電解液の吐出とを行いながら、研磨用通電手段により電極と研磨対象物との間に通電を行う研磨工程とよりなる電解研磨方法の発明としても実施し得るものである。
【0018】
この場合、電極の穴にある空気を往復動させる方法を、人為的手段を含めて簡単な方法にすれば、電解研磨装置としての発明と同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る電解研磨装置の全体構成図である。
図2図1の電解研磨装置におけるトーチの断面図である。
図3図1の電解研磨装置における往復動装置の構成を示した図である。
図4】電解研磨を開始したときのトーチ内の状態変化を順に示した図である。
図5図1の電解研磨装置で研磨対象物に孔付シールを貼ったうえで電解研磨を行った時の、研磨箇所の径方向の形状プロファイルを示した図である。
図6】本発明により、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる理由を示した図であり、(a)は本発明の電解研磨装置における研磨対象物の表面付近の状態、(b)及び(c)は従来の電解研磨装置における研磨対象物の表面付近の状態を示す図である。
図7図1の電解研磨装置における往復動装置の別の構成を示した図である。
図8】電解液をトーチ内に保持するよう密閉する別の方法を示した図で、(a)はトーチの容器先端周辺を粘土で密閉する別の方法を示した図、(b)はトーチの容器先端にゴム製のリングを取り付け可能にし、トーチを押し付けて密閉する方法を示した図である。
図9】従来の電解研磨装置で研磨対象物に孔付シールを貼ったうえで電解研磨を行った時の、研磨箇所の径方向の形状プロファイルを示した図である。
図10】電解研磨の最中に研磨対象物の表面に粘液層が形成される様子を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施形態に係る電解研磨装置の構成について図1乃至図3を用いて説明する。図1に示すように、この電解研磨装置は、電極間に設定した強度の電流を流す通電装置1と、電極23を内部に備えた長尺状容器であるトーチ2と、研磨対象物OBに接続する電極3とから構成される。この電解研磨装置は、先行技術文献の特許文献1に示される電解研磨装置と同様、トーチ2内の電極23と電極3との間に通電装置1により設定した強度の電流を流すことで、研磨対象物OBを電解研磨するものである。そのための作業も先行技術文献の特許文献1と同様であり、研磨対象物OBの研磨箇所に孔が一致するよう孔付シールMKを貼付し、トーチ2内に電解液SLを入れ、トーチ2の先端で電解液SLを孔付シールMKの孔部分にある研磨対象物OBと接触させたうえで、通電装置1により設定した時間、通電を行う。
【0021】
図2はトーチ2の断面図である。図2に示すように、トーチ2は円筒形の容器20の側面に孔を開け、先端を容器20の側面に合う形状にした円筒形の容器21を、該孔の周囲に固着させた形状をしている。容器21の上端は電解液SLをトーチ2の内部に入れるための注入口22であり、トーチ2を傾けなければ、電解液SLを入れた後も空けたままにしておくことができ、また、注入口22は円柱形状であるので、通常のゴム栓で塞ぐこともできる。注入口22は電解研磨後にトーチ2内の電解液SLを抜き取るときの口でもあり、注入口22からピペットのような吸入器具を入れて電解液SLを吸い出すか、トーチ2を傾けて注入口22から電解液SLを別の容器に移すことで、電解液SLを抜き取ることができる。容器20及び容器21の材質は透明なプラスチック又はガラスであり、目視で電解液SLの注入高さを確認することができる。
【0022】
図2に示すように、容器20の下側の先端の縁には、電解液SLに反応しない粘土27が付けられ、容器20が孔付シールMK押し付けられることで密閉がされ、電解液SLがこぼれないようになっている。これは、トーチ2内に電解液SLを注入する前に、孔付シールMKの孔の周囲に容器20の下側の先端の形状に合うよう粘土27を置いて容器20を押し付けるか、容器20の先端に粘土27を付けた後、容器20の先端を孔付シールMKに押し付ければよい。粘土27は電解液SLがこぼれないように密閉がされ、電解液SLと反応しないものであって、電解研磨後に除去することができれば、どのような組成のものでも使用でき、また粘土でなくてもよい。
【0023】
図2に示すように、容器20内には容器20の中心軸と中心軸を略等しくする、円柱状の電極23が配置されている。電極23の材質は、電解液SLの影響をほとんど受けず電気抵抗が小さい金属であればよく、例えば銅である。電極23の上部は、栓26の中心に開けられた孔26aに挿入されて固定されており、栓26を容器20における上側の先端の口に差し込むことで、電極23は容器20内に配置される。栓26はゴム栓のように弾力性のある樹脂でできており、容器20の先端の口に差し込み、電極23を固定することができれば、どのような材質のものでも使用することができる。栓26は電極23を固定する孔以外に微小な孔が開いており、通気性があるので、電解液SLを注入口22から容器20内に入れたとき、図2以上に界面高さを高くしても、容器20と容器21の界面高さは常に等しくなる。また、栓26は上部分が容器20から出ているので、容器20を持ちこの部分をつかんで引くことで、電極23を容器20から取り外すことができる。
【0024】
電極23には、下側の先端を開口とする長尺の円柱状の穴23aが、電極23の中心軸と中心軸を略同一にして設けられている。電極23の下側の先端は電解研磨のための通電の際、電解液SLのイオンと電子をやり取りする箇所であり、通電の際の電気力線はこの先端から孔付シールMKの孔にある研磨対象物OBに向かって略垂直にできる。電極23の長尺の円柱状の穴23aの上端近くには、円筒状の小型パイプである接続口25が電極23の穴23cに挿入されて固着されており、図1に示すように接続口25には、軟性樹脂でできているチューブTUが接続口25の外側をチューブTUの内側に押し込むようにして接続される。チューブTUの反対側は通電装置1内にある往復動装置10に接続され、電極23の円柱状の穴23aはチューブTUを介して往復動装置10にあるタンクと接続される。往復動装置10はタンク内の空気の吐き出しと吸入を行う装置であるため、往復動装置10が作動すると電極23の円柱状の穴23a内の空気は往復動がされる。これにより、電極23の穴23a内の空気が電極23の下側の先端にある開口から電解液SL中へ吐き出された後、電解液SLが該開口から穴23a内に吸入され、該開口から吐き出されることが繰り返される。往復動装置10の構造の詳細は後述する。
【0025】
図2から分かるように、電極23の下側の先端にある開口から電解液SLの吸入と吐き出しが繰り返されると、孔付シールMKの孔部分にある研磨対象物OBと電極23の下側の先端との間にある電解液SLには撹拌が起こる。この撹拌を電解研磨が行われているときに行えば、孔付シールMKの孔部分に粘液層が形成されても除去され、図10に示すように粘液層VCが厚く形成されることはなくなる。しかし、この撹拌では電解液SLが孔付シールMKの孔部分にある研磨対象物OBに強く当たることはないので、粘液層VCは完全に除去されることはなく、粘液層VCは研磨対象物OBの表面に適度な一定の厚さで存在し続ける。これが、研磨対象物OBの研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる要因になるが、これについては後述する。
【0026】
図2に示すように、電極23の上側の先端には、電解研磨のための通電用ケーブルを接続するための接続部24が固定されている。接続部24は陸式ターミナルであり、バナナプラグを差し込むことで通電用ケーブルを接続することができる。接続部24は雄ねじが形成された電気抵抗の低い金属からなるねじ込み部24aがあり、電極23の上側の先端には、雌ねじが形成された穴23bが形成されているので、接続部24のねじ込み部24aを電極23の穴23bにねじ込むことで、電極23に接続部24が固定される。
【0027】
図1に示すように、通電装置1は、トーチ2の電極23と研磨対象物OBに接続した電極3との間で電解研磨のための定電流を通電する装置である。設定装置13は表示器と入力装置を備え、表示器の値を見ながら入力装置を操作することで通電する電流の強度を設定し、スイッチ15をONにすることで通電を開始する点は、先行技術文献の特許文献1に示される電解研磨装置と同様である。また、接続部17,18が電極23の接続部24と同様の陸式ターミナル2であり、バナナプラグを差し込むことで通電用ケーブルを接続することができる点も、特許文献1に示される電解研磨装置と同様である。本実施形態に係る電解研磨装置の通電装置1は、上記の電解研磨用の通電を行う機能以外に、電極23の円柱状の穴23a内の空気を往復動させる機能、及び電解研磨開始時に該往復動の速さと電解研磨用の通電を開始するタイミングとを制御する機能を備える。
【0028】
図3図1に示される往復動装置10の構造を示した図である。往復動装置10は往復ポンプであるダイヤフラムポンプの吸入弁と吐出弁を無くし、ダイヤフラム35による吸入と吐き出しを空気が充填されたタンク38に対して行うようにした装置である。タンク38の壁の一部に固定された接続口39と、通電装置1の筐体40の一箇所に固定された接続口16とはチューブTUで接続されており、接続口16は、上述したように電極23に固定された接続口25とチューブTUで接続される。接続口39及び接続口16は、上述した接続口25と同じ形状のものである。これらの接続により、電極23の円柱状の穴23a内の空気はタンク38内の空気と連結される。タンク38の1つの壁であるフランジ37の中心部分には孔37aが形成され、フランジ37は対向する作動部分のカバー34のフランジ34aにボルト締めにより固定されている。そして、フランジ37とフランジ34aはダイヤフラム35を挟むようにして固定しており、ダイヤフラム35が図3の左右に動くことでタンク38内の空気は吸入と吐き出しがされる。
【0029】
ダイヤフラム35とダイヤフラム35を作動させる機構は、ダイヤフラムポンプのものをそのまま用いることができる。ダイヤフラム35は、中央部分で連結部33によりロッド32を回転可能に連結しており、ロッド32は、もう一方の部分を連結部36により回転体31に回転可能に連結されている。回転体31は電動式モータにより回転するものであり、駆動回路30からモータを回転するための電力が供給されると回転し、回転体31が回転するとロッド32は往復運動を行い、ダイヤフラム35も往復運動がされる。ダイヤフラム35が往復運動をするとタンク38内の空気の吸入と吐き出しが繰り返され、上述したようにタンク38内の空気は電極23の穴23a内の空気に連結されているため、電極23の穴23a内の空気は往復動がされる。すなわち、駆動回路30からモータを駆動させる電力が供給されると、電極23の穴23a内の空気は往復動し、電極23の先端にある開口から電解液SLの吸入と吐き出しが繰り返される。
【0030】
設定装置11は表示器と入力装置を備え、作業者が表示器の値を見ながら入力装置を操作することで駆動回路30に対して回転体31の回転速度を設定するものである。駆動回路30は回転体31を回転するモータにあるエンコーダからのパルス列信号を入力し、該パルス列信号の単位時間当たりのパルス数が設定装置11から設定された回転速度に相当するパルス数になるよう、駆動電力を出力する。回転体31の回転速度は、ロッド32及びダイヤフラム35の往復動の速さに相当し、これは電極23の穴23a内の空気の往復動の速さであり、電極23の先端における電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返し速さである。よって、作業者は、設定装置11による設定により、電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返し速さを調整することができる。
【0031】
スイッチ15はON、OFFにより、電流供給回路12及び往復動装置10の駆動回路30に作動と停止を指令する。すなわち、電解研磨のための通電の開始と停止、及び電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返しの開始と停止を行う。ただし、図1に示すように、スイッチ15のON、OFFは制御回路14に開始と停止の指令を出力し、制御回路14が電流供給回路12と往復動装置10の駆動回路30に指令を出力するので、電解研磨及び電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返しは、所定の制御がされたうえで開始と停止が行われる。
【0032】
まず、開始においては、スイッチ15がONされると、制御回路14は駆動回路30に設定されている回転速度を、予め記憶されている遅い速度に変更したうえで、駆動回路30に駆動電力出力を指令する。これにより、回転体31を回転させるモータに駆動電力が出力され、回転体31はゆっくりとした速さで回転を開始すると。これにより、電極23の穴23a内の空気はゆっくりと電解液SL中に吐き出される。次に、予め設定した時間が経過した後、制御回路14は駆動回路30に設定されている回転速度を元の設定値に戻す。これにより、回転体31の回転、すなわち電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返しは設定装置11で設定された速さで開始される。予め設定する時間は、電極23の穴23a内の空気の吐き出しが完了し、電解液SL中に空気の泡が無くなる時間から適宜決めればよい。そして、制御回路14は、回転速度を元の設定値に戻すのとほぼ同じタイミングで、電流供給回路12に通電開始の指令を出力し、電解研磨が開始される。すなわち、開始においては、最初に電極23の穴23a内にある空気がゆっくりと吐き出され、該空気の吐き出しが電解研磨に影響しなくなったタイミングで電解研磨が開始される。
【0033】
次に、停止においては、スイッチ15がOFFされると、制御回路14は駆動回路30に設定されている回転速度を、予め記憶されている遅い速度に変更し、電流供給回路12に通電停止の指令を出力する。これにより、電解研磨はすぐに停止するが、電解液SLの吸入と吐き出しはゆっくりとした速さで継続する。そして、回転体31を回転させるモータからインデックス信号が入力した後、予め設定した時間が経過したタイミングで駆動回路30に作動停止の指令を出力する。回転体31を回転させるモータは遅い速度で回転しているため、駆動回路30に指令が入力したタイミングの回転位置で停止する。この回転位置はダイヤフラム35が萎む方向に作動している途中の回転位置であり、次にスイッチ15がONにされたとき、電極23の穴23a内の空気が吐き出される回転位置である。電解研磨が終了した後、チューブTUを通電装置1の筐体40にある接続口16又はトーチ2の電極23にある接続口25から除去するため、電極23の穴23aにある電解液SLの界面高さはトーチ2に入れられている電解液SLの界面高さと一致し、注入口22から電解液SLを抜き取ると、電極23の穴23aにある電解液SLもなくなる。そして、次に電解研磨を行うときは、上述したようにダイヤフラム35が萎む方向に作動するところから作動開始するので、電極23の穴23a内の空気の吐き出しが完了した後、電解研磨が行われる。
【0034】
電解研磨終了の時点で回転体31をダイヤフラム35が萎む方向に作動している途中の回転位置で止めるのは、電極23の穴23aで電解液SLの吸入と吐き出しが行われるとき、穴23a内における電解液SLの最大の界面高さが、接続口25の位置より十分下にあるようにするためである。仮に電解液SLを、図2に示すよりも多くトーチ2内に入れ、ダイヤフラム35が膨らむ方向に作動するところから作動を開始すると、穴23a内における電解液SLの最大の界面高さは、接続口25の位置に達し、チューブTUに電解液SLが入ってしまう可能性がある。
【0035】
上記のように構成された電解研磨装置により研磨対象物OBを電解研磨するときは、研磨箇所に中心に孔が開けられた孔付シールMKを貼り、その孔の周囲に円状に粘土27を置いて、トーチ2の容器20の先端を押し付けて固定する。次に、電極23を取り付けている栓26を容器20に差し込み、注入口22から電解液SLをトーチ2内に入れる。そして、電極23の接続部24と通電装置1の接続部17とを先端がバナナプラグである電線で接続し、研磨対象物OBの適切な箇所に電極3を接続して、電極3に接続されている先端がバナナプラグである電線を通電装置1の接続部18に接続する。また、電極23の接続口25と通電装置1の接続口16とを、チューブTUで接続する。次に、通電装置1の設定装置13で研磨用電流の強度を設定し、設定装置11で往復動の速さ(電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返し速さ)を設定する。この状態でスイッチ15をONにすると、上述したように電極23の穴23a内の空気の吐き出しがされ、電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返しが開始された直後、電解研磨が開始する。
【0036】
図4は、電解研磨の準備段階から電解研磨開始直後までのトーチ2内の状態変化を示した図である。(a)は、電解研磨の準備が完了した時点の状態であり、穴23a内の電解液SLの界面は、トーチ2内の電解液SLの界面と同じ高さにある。(b)は、通電装置1のスイッチ15をONにした直後の状態であり、往復動装置10のダイヤフラム35が萎む方向に作動することで穴23a内の空気が吐き出されている状態である。そして、ダイヤフラム35が最も萎んだとき、穴23a内からの空気の吐き出しはなくなり、穴23a内の電解液SLの界面は電極23の先端位置になる。上述したように、往復動装置10はダイヤフラム35が萎む方向に作動している途中で停止しているため、作動開始時点では、必ず電極23の穴23a内の空気は吐き出される。
【0037】
図4の(c)は、往復動装置10のダイヤフラム35が最も膨らんだときの状態である。ダイヤフラム35が最も萎んだとき、穴23a内の電解液SLの界面は電極23の先端にあるので、ダイヤフラム35が最も萎んだ状態になったときは、ダイヤフラム35による体積変化分に相当する電解液SLが穴23a内に吸入される。(d)は再度ダイヤフラム35が最も萎んだときの状態であり、穴23a内の電解液SLの界面は電極23の先端になるので、穴23a内に吸入された電解液SLの量と同じ量(すなわち、ダイヤフラム35による体積変化分)の電解液SLが穴23aから吐き出される。以降は、ダイヤフラム35が最も膨らんだ状態と最も萎んだ状態を行き来するので、(c)の状態と(d)の状態とが繰り返されることになる。電解研磨のための通電は、この繰り返しが開始された直後に開始される。
【0038】
なお、図4の(a)の状態は、電解液SLをトーチ2内に入れてから、チューブTUにより接続口25と接続口16とを接続した場合であり、もし、チューブTUにより接続口25と接続口16とを接続してから電解液SLをトーチ2内に入れた場合は、電極23の穴23a内に電解液SLは入らないので、電解研磨の準備が完了した時点の状態は、(d)の状態になる。しかし、スイッチ15がONされ、往復動装置10のダイヤフラム35が最も萎んだときは、穴23a内の電解液SLの界面は電極23の先端にあるので、上記で説明した状態と同じ状態になる。すなわち、異なるのは最初に穴23aから吐き出される空気の量のみであり、空気の吐き出しが終了した後の変化は、上記の説明とすべて同じである。
【0039】
作業者は、スイッチ15をONにした時、時間計測を開始し、設定した時間が経過した後、スイッチ15をOFFにする。これにより、孔付シールMKの孔の箇所の研磨対象物OBが電解研磨される。なお、ONからOFFまでの時間は、最初の空気の吐き出しの時間が僅かであるので、電解研磨のための通電時間と見なしてよい。そして通電時間は、予め研磨対象物OBの材質ごと及び電流量ごとに通電時間と研磨深さとの関係を得ておき、この関係に設定装置13で設定した電流量と意図する研磨深さを適用することで定めることができる。なお、通電時間が一定の場合の研磨深さは、研磨対象物OBにおける単位面積当たりの電流量に比例するため、孔付シールMKの孔の大きさを一定にしたうえで、電流量ごとの通電時間と研磨深さとの関係を得る必要がある。作業者は、その後孔付シールMKをはがして電解研磨した箇所に残る電解液SLを有機溶剤等で拭き取り、研磨箇所に対してX線回折測定等の測定を行う。
【0040】
本願発明者は、複数の研磨対象物OBに対して上記実施形態の電解研磨装置により上述したように電解研磨を行った後、研磨跡の径方向の形状プロファイルを専用の測定器(粗さ計)により測定した。電解研磨の条件として、電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返し速さを12回/秒にし、電極23の先端を研磨対象物OBから約7mmにし、通電電流を1Aにして約60秒間電解研磨のための通電を行った。その結果、いずれの研磨対象物OBにおいても、径方向の形状プロファイルは図5に示されるよう平坦なプロファイルになっており、研磨跡の表面は滑らかになっていた。なお、本願発明者が電解研磨の条件として採用したものはあくまで1つの例であり、研磨対象物OBごとに電解研磨の条件ごとの研磨跡の平坦度と表面の粗さを評価し、平坦度と粗さが最もよい条件を採用すればよい。
【0041】
上記実施形態の電解研磨装置により電解研磨を行うと、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる理由は、電解研磨中に研磨対象物OBの表面に粘液層VCを適度な厚さで形成することができるためだと考えられる。図6は、上記実施形態の電解研磨装置の場合と従来の電解研磨装置の場合の、電解研磨中における研磨対象物OBの表面の状態を示した図であり、上記実施形態の電解研磨装置の場合は、(a)の状態である。なお、図6は研磨対象物OBの表面の凹凸を誇張して示している。上記実施形態の電解研磨装置の場合は、電極23の先端から電解液SLの吸入と吐き出しがされるため、研磨対象物OBの表面に形成される粘液層VCは除去されるが、電解液SLは強い力で研磨対象物OBの表面に当たることはないため粘液層VCは完全に除去されることはない。すなわち、上記実施形態の電解研磨装置の場合は、電解研磨の最中、粘液層VCはある程度の厚さで形成され続け、この厚さは大きく変化しない。そして、粘液層VCが(a)の状態のようにある程度の厚さで形成されていると、粘液層VCは電解液SLに比べて抵抗が非常に高いため、R1のように粘液層VCが厚い箇所は電流量が小さくて研磨スピードは遅く、R2のように粘液層VCが薄い箇所は電流量が大きくて研磨スピードは速くなる。これにより、研磨対象物OBの表面の凹凸がなくなるように電解研磨が行われ、研磨跡の表面は滑らかになる。また、粘液層VCが(a)の状態のようにある程度の厚さで一定していると、抵抗は殆ど上昇せず、通電による電解液SLの温度上昇が抑制されるため、孔付シールMKの孔の縁部分での粘液層VCは剥がれにくくなり、孔の縁部分での電流はそれ以外の箇所と同程度になる。これにより、上記実施形態の電解研磨装置では、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。
【0042】
図6の(b)は先行技術文献の特許文献1の電解研磨装置における研磨対象物OBの表面の状態を示した図である。すなわち、電解研磨の最中に研磨対象物OBに対し通電以外、何らの作用も行わない電解研磨装置の場合の図である。この場合は電解研磨を行っていくと、粘液層VCは厚くなっていき、R1とR2の箇所の抵抗差はなくなっていく。このため、研磨対象物OBの表面の凹凸による研磨スピードの差は小さくなり、研磨対象物OBの表面の凹凸は解消されにくくなる。また、粘液層VCが厚くなると抵抗は上昇し、電流を一定にするため電圧が上がることで通電箇所の電解液SLの温度が上昇して電解液SLに対流が発生し、孔付シールMKの孔の縁部分での粘液層VCは剥がれやすくなる。そして、粘液層VCに僅かでも剥がれが発生すると、その箇所に集中して電流が流れるため、その箇所で温度が上昇し、さらに粘液層VCの剥がれが進むようになって、孔の縁部分では電流がそれ以外の箇所よりも多く流れるようになる。これにより、電解研磨の最中に研磨対象物OBに対し通電以外、何らの作用も行わない電解研磨装置では、研磨跡の径方向プロファイルが平坦でなくなり、研磨跡の表面の滑らかさは、上記実施形態の電解研磨装置ほどには得られなくなる。
【0043】
図6の(c)は先行技術文献の特許文献3及び特許文献4の電解研磨装置における研磨対象物OBの表面の状態を示した図である。すなわち、電解研磨の最中に研磨対象物OBに対しバブリングガス又は電解液SLを吹き付けて、粘液層VCを除去するようした電解研磨装置の場合の図である。この場合は電解研磨の最中に粘液層VCは形成されないため、孔付シールMKの孔の縁部分とそれ以外の箇所とでの電流量の差はなくなり、研磨跡の径方向プロファイルは平坦になる。しかし、電極23の先端から研磨対象物OBの表面までの距離に比べて研磨対象物OBの表面の凹凸は微々たるものであるため、(c)の状態におけるR1とR2の箇所での抵抗差は殆ど0になる。このため、研磨対象物OBの表面の凹凸による電流量の差はなくなり、凹凸を解消するような電流は流れなくなる。その替わり、研磨対象物OBの表面又は表面近傍自体の影響で電流量の差が発生し、これは電解研磨の最中発生し続けるため、研磨跡の表面は研磨前よりも凹凸が大きくなる。
【0044】
上記の説明から分かるように、上記実施形態の電解研磨装置は、電極23の先端から電解液SLの吸入と吐き出しを行うことで、電解研磨中に研磨対象物OBの表面から粘液層VCを完全に除去することなく、適度な一定の厚さで存在させ続けることで、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。
【0045】
上記説明からも理解できるように、上記実施形態においては、電極23を内部に配置し、電解液SLが入れられるトーチ2と、電極23と金属性の研磨対象物OBとの間で通電を行う電流供給回路12とを備え、トーチ2の先端にて電解液SLを研磨対象物OBに接触させ、通電装置1による通電により、研磨対象物OBの表面を電解研磨する電解研磨装置において、電極23は、電解液SLに浸漬される電極23の先端に開口がある穴23aを有し、電極23の穴23aと連結された、空気が充填された空間を有するタンク38が設けられ、タンク38にある空気を往復動させることで、電極23の穴23aへの電解液SLの吸入と穴23aからの電解液SLの吐出とを行う往復動装置10とを備えた電解研磨装置としたことにある。
【0046】
これによれば、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。また、これによれば、トーチ2内の電極23の先端付近には別の機構を設けることはないので、トーチ2は従来と同程度の大きさでよい。また、従来の電解研磨装置から新たに追加されるものは、空気が充填された空間を有するタンク38が設けられ、タンク38にある空気を往復動させる往復動装置10であるが、電極23の穴23aは容積が小さいので往復動させる空気は少量でよく、往復動装置10は小型のものでよい。すなわち、これによれば、電解研磨装置が複雑化及び大型化することを抑制し、電解研磨作業のコストと効率を従来と同程度にしたうえで、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。
【0047】
また、上記実施形態においては、タンク38は、空気が充填された空間を形成するための壁の一部が往復移動可能なダイヤフラム35になっており、往復動装置10は、ダイヤフラム35と回転体31をロッド32で接続したものであるようにしている。
【0048】
これによれば、既存の機器を改変して往復動装置10にすることができる。上記実施形態の往復動装置10は、ダイヤフラムポンプの吸入弁と吐出弁を無くし、ダイヤフラム35による吸入と吐き出しをタンク38の空気が充填された空間に対して行うようにした装置である。これによれば電解研磨装置のコストアップを抑制することができる。
【0049】
また、上記実施形態においては、電流供給回路12及び往復動装置10は、通電装置1の筐体40内に収納され、筐体40と電極23には、タンク38の空間と電極23の穴23aとをチューブTUで接続するための接続口16,25が、それぞれ設けられているようにしている。
【0050】
これによれば、電解研磨装置がトーチ2と電極23に通電を行う通電装置1の2つから構成されるという従来の電解研磨装置から変更はなく、上述したように往復動装置10は小型のものでよいので、通電装置1が大きくなることを抑制することが可能であり、電解研磨装置の持ち運びの容易さは従来と比較して殆ど変化しない。また、電解研磨を行う前の準備段階で、従来の電解研磨装置の場合の作業に追加して行う作業は、筐体40と電極23にそれぞれ設けられた接続口16,25をチューブTUで接続する作業だけなので、準備に必要な時間も従来の電解研磨装置から殆ど変化しない。すなわち、これによれば、従来の電解研磨装置から作業効率をほとんど変化させず、研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにするという効果を得ることができる。
【0051】
また、上記実施形態においては、往復動装置10に設定された速さより遅い速さで往復動を開始させ、電極23の穴23aにある空気が電解液SL中に放出された後、往復動装置10の往復動の速さを設定された速さにし、電流供給回路12に通電を開始させる制御回路14を備えるようにしている。
【0052】
これによれば、往復動装置10により往復動が開始されたとき、電極23の穴23aにある空気が電解液SL中に吐き出された後、電解液SLの吸入と吐き出しの繰り返しがされることになるが、この空気の吐き出しがゆっくりと行われた後、電解液SLの吸入と吐き出しが設定された速さで繰り返され、電解研磨のための通電が開始されることになる、よって、これによれば、最初にある電極23からの空気吐き出しによる影響をなくして電解研磨を開始することができ、より研磨跡の径方向プロファイルを平坦かつ研磨跡の表面を滑らかにすることができる。
【0053】
なお、本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0054】
上記実施形態においては、往復動装置10をダイヤフラムポンプの吸入弁と吐出弁を無くし、電極23の穴23aと連結したタンク38に対して、空気の吸入と吐出を行う構造の装置にした。しかし、電極23の穴23a内の空気を往復動させることで、電極23の先端で電解液SLの吸入と吐き出しを繰り返し行うことができるならば、往復動装置10はどのような方式の装置を用いてもよい。例えば、ダイヤフラムポンプをそのまま空気が充填されたタンク38に接続し、ダイヤフラムポンプの吸入弁と吐出弁による吸入と吐き出しを、タンク38の空間に対して行うようにした装置にしてもよい。また、例えば、図7に示すように、ダイヤフラム35の中央に磁石45を取り付け、電磁石46を対抗する位置に設け、電磁石46に交流電流供給回路47から交流電流を供給して、磁石45と電磁石46との間に吸引と反発を繰り返し発生させることで、ダイヤフラム35に一定周期で膨らみと萎みを発生させるようにした装置にしてもよい。この場合、設定装置11は交流電流の周波数を設定する装置になる。また、電磁石46を回転体に磁石を取り付けたものに替え、回転体を回転させることで磁石45との間に吸引と反発を繰り返し発生させるようにした装置にしてもよい。さらに、この変形例や上記実施形態の回転体をモータではなく手動で回転させるようにした装置にしてもよい。
【0055】
また、上記実施形態においては、往復動装置10を通電装置1の中に設けたが、往復動装置10は、通電装置1とは別に設けるようにしてもよい。また、電解研磨装置には往復動装置は設けず、作業者が独自に用意した往復動装置を電極23の接続口25と接続して、電極23の穴23a内の空気を往復動させるようにしてもよい。
【0056】
また、上記実施形態においては、電解研磨装置は通電装置1の筐体40に設けたスイッチ15のON、OFFにより電解研磨の開始と終了を行う装置にした。しかし、これに替えて、通電装置1の筐体40にタイマーを設け、電解研磨の通電時間を定めた後、タイマーをこの通電時間に設定して設定時間が経過した後のタイマーの出力信号から作動のOFFを行うようにしてもよい。
【0057】
また、上記実施形態においては、通電時間は作業者が予め得られている研磨対象物OBの材質ごと及び電流量ごとの通電時間と研磨深さとの関係に、設定した電流量を適用して定めるとした。しかし、研磨対象物OBの材質又は電流量の設定値のケースが多くある場合は、これに替えて、通電装置1にメモリ、マイクロコンピュータ、入力装置及び表示装置を設け、自動で通電時間を計算するようにしてもよい。すなわち、上記の関係をメモリに記憶させておき、入力装置から研磨対象物OBの材質、電解研磨の電流量及び希望の研磨深さを入力してマイクロコンピュータに通電時間を計算させ、表示装置に通電時間を表示させるようにしてもよい。また、計算に使用する電解研磨の電流量は設定装置13で設定される値を用いるようにしてもよい。
【0058】
また、上記実施形態においては、トーチ2の容器20の先端と孔付シールMKを粘土27によりに密閉するようにしたが、容器20から電解液SLがこぼれないように密閉ができ、密閉するものが電解液SLと反応しなければ、どのような方法で密閉を行ってもよい。例えば、図8の(a)のように、容器20を孔付シールMKの孔の箇所に置いた後、粘土CYで容器20の先端周りをシールした後電解液SLを入れるようにしてもよい。また、図8の(b)のように容器20の先端にゴム等の弾力性のあるリングRUを取り付け、該リングRUを孔付シールMKに押し付けて、その押し付けの力を保持することで密閉するようにしてもよい。また、先行技術文献の特許文献1のように浸透性軟体プレートの中心部分の厚さをかなり薄くし、電解液SLの吸入と吐き出しが孔付シールMKの孔部分の測定対象物OBに影響するようにしても、上記実施形態の効果をある程度得ることができる。
【符号の説明】
【0059】
1…通電装置、2…トーチ、3…電極、10…往復動装置、11…設定装置、12…電流供給回路、13…設定装置、14…制御回路、15…スイッチ、16…接続口、17,18…接続部、20,21…容器、22…注入口、23…電極、23a,23b,23c…穴、24…接続部、24a…ねじ込み部、25…接続口、26…栓、26a…孔、27…粘土、30…駆動回路、31…回転体、32…ロッド、33…連結部、34…カバー、34a…フランジ、35…ダイヤフラム、36…連結部、37…フランジ、37a…孔、38…タンク、39…接続口、40…筐体、MK…孔付シール、SL…電解液、OB…研磨対象物、TU…チューブ、CY…粘土、RU…リング
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10