(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022084483
(43)【公開日】2022-06-07
(54)【発明の名称】4-ビニルグアヤコール低生産酵母株の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20220531BHJP
C12N 15/01 20060101ALI20220531BHJP
C12G 3/022 20190101ALI20220531BHJP
【FI】
C12N1/16 G
C12N15/01 Z ZNA
C12G3/022 119G
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020196413
(22)【出願日】2020-11-26
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】000165251
【氏名又は名称】月桂冠株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 央子
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】伊出 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】根来 宏明
(72)【発明者】
【氏名】小高 敦史
(72)【発明者】
【氏名】秦 洋二
(72)【発明者】
【氏名】石田 博樹
【テーマコード(参考)】
4B065
4B115
【Fターム(参考)】
4B065AA72X
4B065AC14
4B065BA23
4B065BA30
4B065CA06
4B065CA42
4B115CN43
(57)【要約】
【課題】4-VGの生成量が低減した酵母株を、簡便かつ高効率に製造する方法を提供する。
【解決手段】フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする野生型遺伝子と、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下した変異型のフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子とを、ヘテロ接合型に有する酵母の親株から、薬剤耐性を指標として、この変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する工程を含む、4-ビニルグアイヤコール低生産酵母株の製造方法。フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子は、フェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子、及び/又はフェニルアクリル酸脱炭酸酵素遺伝子とすることができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする野生型遺伝子と、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下した変異型のフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子とを、ヘテロ接合型に有する酵母の親株から、薬剤耐性を指標として、この変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する工程を含む、4-ビニルグアイヤコール低生産酵母株の製造方法。
【請求項2】
フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子が、フェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子、及び/又はフェニルアクリル酸脱炭酸酵素遺伝子である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
プロリンアナログの濃度0.03~30μg/mLの条件下でプロリンアナログに耐性を示すことを指標にする、及び/又はケイ皮酸アナログの濃度0.03~10mMの条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示すことを指標に、上記変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
下記(1)~(3)の何れかを指標に、上記変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する、請求項1又は2に記載の製造方法。
(1) 親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.1mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.05mM以下の条件下で増殖すること
(2) 親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.5mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.4mM、0.2mM、又は0.05mM以下の条件下で増殖すること
(3) 親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.6mM又は0.8mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.5mM、0.4mM、0.2mM、又は0.05mM以下の条件下で増殖すること
【請求項5】
請求項1~4の何れかの方法で製造された4-ビニルグアイヤコール低生産酵母株を用いて、醸造により清酒を製造する方法。
【請求項6】
4-ビニルグアイヤコール濃度が500ppb以下であり、バニリン濃度が0.7ppm以上である容器詰め清酒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、清酒のオフフレーバーの原因となる4-ビニルグアヤコールの生成量が低下した酵母株の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
清酒の原料である米はフェルラ酸を含む。多くの微生物は、フェルラ酸を脱炭酸して4-ビニルグアヤコール(以下、「4-VG」と略称する)を生成し、これを酸化してバニリンを生成する。清酒において、4-VGは、煙臭、薬品臭、又は香辛料臭といったオフフレーバーの原因となる。
泡盛を長期熟成すれば、4-VGが酸化されてバニリンを生成するため、4-VGによるオフフレーバーが低減されると共に、バニリンの甘い香りがするものとなることが知られている(非特許文献1)。清酒の長期熟成においては、4-VGからバニリンが香りに寄与するほど著量生成することは報告されていないが、醸造後の加工を行わずに4-VGが低減された清酒を製造することが望まれる。
【0003】
【0004】
酵母では、フェルラ酸の脱炭酸により4-VGを生成する反応には、フェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子(以下、「FDC1遺伝子」ということもある)とフェニルアクリル酸脱炭酸酵素遺伝子(以下、「PAD1遺伝子」ということもある)が関わっており、両遺伝子が揃って機能する場合に脱炭酸反応が可能となることが知られている(非特許文献2)。
一般に清酒の醸造に用いられる清酒酵母は、FDC1遺伝子が破壊されているためフェルラ酸脱炭酸能を有さない。一方、実験室酵母や天然から単離された酵母株の中にはフェルラ酸脱炭酸能を有するものがあり、これらを用いて製造した清酒は4-VGによるオフフレーバーがある。
清酒酵母は、エタノールや好ましい香味成分を高生産するために多数の遺伝子が関与しており、その遺伝的背景は実験室酵母に比べて複雑である。従って、清酒の醸造方法の改善研究のために遺伝的背景が単純な実験室酵母を用いることが多い。また、近年は天然から単離された酵母株を用いて清酒が醸造されている。従って、実験室酵母や天然から単離された酵母株のように、フェルラ酸脱炭酸能を有する酵母のフェルラ酸脱炭酸能、即ち4-VGの生成能を低減したいという要求がある。他方、ゲノム編集技術を含む遺伝子組換え技術により育種された酵母は望まれていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】酒類販売管理研修通信、平成18年12月号、(独)酒類総合研究所発行
【非特許文献2】酒類総合研究所広報誌(NRIB)2016年3月31日、第29号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、4-VGの生成量が低減した酵母株を、簡単かつ高効率に製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために研究を重ね、以下の知見を得た。
(1) フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする野生型遺伝子と、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下した変異型遺伝子とを、ヘテロ接合型に有する酵母の親株から、薬剤耐性を指標として、この変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択すれば、親株に比べてフェルラ酸脱炭酸能が低下した株、即ち4-VGの生成量が低減した株を、簡単かつ効率よく得ることができる。
(2) プロリンアナログ濃度0.03~30μg/mLの条件下でプロリンアナログに耐性を示すか、又はケイ皮酸アナログ濃度0.03~10mMの条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示すことを指標とするのが好適である。
(3) ケイ皮酸アナログに感受性になったことを指標とするのも好適である。
【0008】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記〔1〕~〔6〕を提供する。
〔1〕 フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする野生型遺伝子と、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下した変異型のフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子とを、ヘテロ接合型に有する酵母の親株から、薬剤耐性を指標として、この変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する工程を含む、4-ビニルグアイヤコール低生産酵母株の製造方法。
〔2〕 フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子が、フェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子、及び/又はフェニルアクリル酸脱炭酸酵素遺伝子である、〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕 プロリンアナログの濃度0.03~30μg/mLの条件下でプロリンアナログに耐性を示すことを指標にする、及び/又はケイ皮酸アナログの濃度0.03~10mMの条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示すことを指標に、上記変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕 下記(1)~(3)の何れかを指標に、上記変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
(1) 親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.1mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.05mM以下の条件下で増殖すること
(2) 親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.5mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.4mM、0.2mM、又は0.05mM以下の条件下で増殖すること
(3) 親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.6mM又は0.8mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.5mM、0.4mM、0.2mM、又は0.05mM以下の条件下で増殖すること
〔5〕 〔1〕~〔4〕の何れかの方法で製造された4-ビニルグアイヤコール低生産酵母株を用いて、醸造により清酒を製造する方法。
〔6〕 4-ビニルグアイヤコール濃度が500ppb以下であり、バニリン濃度が0.7ppm以上である容器詰め清酒。
【発明の効果】
【0009】
前述した通り、フェルラ酸の脱炭酸により4-VGを生成する反応は、FDC1遺伝子とPAD1遺伝子が機能する場合に可能となる。FDC1遺伝子及びPAD1遺伝子は野生型遺伝子が優性であるため、野生型遺伝子と変異型遺伝子をヘテロ接合型に有する酵母株は4-VGを生成する。従って、オフフレーバーの原因となる4-VGの生成が少ない酵母株を得るためには、変異型PAD1遺伝子及び/又は変異型FDC1遺伝子をホモ接合型に有する酵母株を選択する必要がある。
本発明方法によれば、薬剤耐性を指標とすることで、手間のかかる網羅的な選抜等を行うことなく、簡単かつ効率よく、4-VGの生成が低減した酵母株を得ることができる。これにより、実験室酵母や自然界から単離した酵母株であって4-VGの生成が低減した株を簡単かつ効率よく得ることができ、新たな清酒などの開発に寄与することができる。また、本発明方法により得られる酵母株は、遺伝子組換え技術により得たものではないため、遺伝子組み換え食品を避ける消費者の指向に合致している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)4-VG低生産酵母株の製造方法
本発明の4-VG低生産酵母株の製造方法は、フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする野生型遺伝子と、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下した変異型のフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子とを、ヘテロ接合型に有する酵母の親株から、薬剤耐性を指標として、この変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を選択する工程を含む方法である。
【0011】
酵母の親株
フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子としては、フェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子(FDC1遺伝子)、フェニルアクリル酸脱炭酸酵素遺伝子(PAD1遺伝子)が挙げられる。フェルラ酸の脱炭酸には両遺伝子が機能する必要があるため、本発明方法では、FDC1遺伝子、PAD1遺伝子の何れか一方又は両方が変異型遺伝子のホモ接合型になった株を選択すればよい。従って、親株としては、FDC1遺伝子、PAD1遺伝子の何れか一方又は両方が、野生型遺伝子と変異型遺伝子のヘテロ接合型に有する株を用いればよい。
このような株は、主に醸造用の酵母として日本醸造協会、各都道府県の試験場から頒布されている酵母、あるいは様々な酵母をリソースとして提供するATCC(American Type Culture Collection)、NBRC(NITE Biological Resource. Center)、理化学研究所バイオリソースセンターなど、各国あるいは各運営団体が提供されているものを使用できる。またこれらの機関が提供している、FDC1遺伝子及び/またはPAD1遺伝子を欠損したことが知られている酵母株と、これらが欠損していない酵母株とを交配して、野生型遺伝子と変異型遺伝子のヘテロ接合型の酵母株を育種して親株として用いてよい。例えば、日本醸造協会から頒布されるきょうかい酵母(好ましくはきょうかい酵母1001号)と、Saccharomyces cerevisiae S288C(NBRC1136)のような実験室酵母株(好ましくは実験室株D458-5A(ATCC90753))とをかけ合わせればよい。
【0012】
親株の酵母については、限定はないが、Saccharomyces属であればよく、醸造で主に用いられる酵母であるSaccharomyces pastorianus、Saccharomyces bayanus、Saccharomyces cerevisiaeが好ましく、Saccharomyces cerevisiaeが最も好ましい。
また、本発明方法は、DNAシーケンシングにより、親株の酵母のFDC1遺伝子及び/又はPAD1遺伝子が野生型と変異型でヘテロ接合していることを確認する工程を含むことが好ましい。
【0013】
FDC1遺伝子としては、配列番号1に示す塩基配列(Saccharomyces genome data base SGD ID:S000002947)からなる遺伝子が挙げられる。配列番号1は、実験室酵母S288C株のFDC1遺伝子の塩基配列である。
また、配列番号1と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる遺伝子であり、かつフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子も使用できる。より好ましい遺伝子は、配列番号1と異なる塩基の数が10個以下、中でも5個以下の塩基配列からなるものである。
本発明において、塩基配列の同一性は、遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX(株式会社ゼネティックス)により算出した値である。
また、配列番号1と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子も使用できる。
本発明において、「ストリンジェントな条件」は6×SSCの塩濃度のハイブリダイゼーション溶液中、50~60℃の温度条件下、16時間ハイブリダイゼーションを行い、0.1×SSCの塩濃度の溶液中で洗浄を行う条件をいう。
【0014】
配列番号1に示す塩基配列からなる遺伝子のこれらのホモログの中で好ましいものとしては、配列番号1の、塩基番号9のGがAに、塩基番号219のGがA又はCに、塩基番号335のTがCに、塩基番号746のCがTに、塩基番号1389のTがCに、及び/又は塩基番号1485のAがTに置換された塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。
配列番号1に示す塩基配列からなる遺伝子のホモログの中で特に好ましいものとして、配列番号2に示す塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。配列番号2は、きょうかい7号 変異型FDC1遺伝子の塩基配列である。配列番号2は、配列番号1の塩基番号9のGがAに置換され、塩基番号219のGがAに置換され、塩基番号1389のTがCに置換され、塩基番号1485のAがTに置換されたものである。
【0015】
変異型FDC1遺伝子は、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下したフェルラ酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子である。変異型FDC1遺伝子は、野生型FDC1遺伝子に、塩基欠損や挿入などによりフレームシフトを起こしたり、塩基置換によりストップコドンを導入することにより得ることができる。例えば、配列番号1の塩基番号160のAをTに置換すれば、その位置にストップコドンが生じる。また、野生型FDC1遺伝子のプロモーター領域を欠損させたり、塩基欠損、挿入、置換により破壊することによっても得ることができる。
【0016】
PAD1遺伝子としては、配列番号3に示す塩基配列(Saccharomyces genome data base SGD ID:(S000002946))からなる遺伝子が挙げられる。
また、配列番号3と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる遺伝子であり、かつフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子も使用できる。より好ましい遺伝子は、配列番号3と異なる塩基の数が10個以下、中でも5個以下の塩基配列からなるものである。
また、配列番号3と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつフェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子も使用できる。
【0017】
配列番号3に示す塩基配列からなる遺伝子のこれらのホモログの中でも好ましいものとしては、配列番号3の、塩基番号112のCがTに、塩基番号140のCがTに、塩基番号172のGがAに、塩基番号177のCがTに、及び/又は塩基番号354のTがCに置換された塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。
【0018】
変異型PAD1遺伝子は、フェルラ酸脱炭酸能が欠損又は低下したフェニルアクリル酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子である。変異型PAD1遺伝子は、変異型FDC1遺伝子について説明したのと同様にして、塩基欠損や挿入などによるフレームシフト、塩基置換によるストップコドンの導入、プロモーター領域の欠損や破壊により得ることができる。例えば、配列番号3の塩基番号305のGをAに置換するとストップコドンが導入される。
【0019】
親株は、フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子の野生型と変異型をヘテロ接合型に有する株に変異処理を施して得た株であってもよい。変異処理により、フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子をホモ接合型に有する株を効率よく得ることができる。
変異処理方法は良く知られており、例えば、エチルメタンスルホン酸(EMS)、N-メチル-N-ニトロ-ニトロソグアニジン(NTG)、亜硝酸、アクリジン系色素などを用いた化学処理、紫外線照射、放射線照射、イオンビーム照射などが挙げられる。
【0020】
変異型遺伝子をホモ接合型に有する株の選択
フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子をホモ接合型に有する株は、薬剤耐性を指標にして選択する。
薬剤としては、プロリンアナログ、ケイ皮酸アナログが挙げられる。
プロリンアナログは酵母に毒性を示しその生育を阻害するアナログであればよく、例えばアゼチジン-2-カルボン酸(AZC)、3,4-ジヒドロ-DL-プロリンが挙げられるが、好ましくはアゼチジン-2-カルボン酸(AZC)である。
プロリンアナログの濃度は、好ましくは0.03μg/mL以上、より好ましくは0.1μg/mL以上、さらに好ましくは0.8μg/mL以上であり、また好ましくは30μg/mL以下、より好ましくは10μg/mL以下、さらに好ましくは3μg/mL以下である。この条件下で、プロリンアナログに耐性を示すことを指標に株を選択することができる。
また、ケイ皮酸アナログは酵母に毒性を示しその生育を阻害するアナログ(本明細書中ではケイ皮酸をも含むものとする)であればよく、例えば、ケイ皮酸、フェルラ酸、トランス-ケイ皮酸、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸が挙げられる。
ケイ皮酸アナログの濃度は、好ましくは0.03mM以上、より好ましくは0.1mM以上、さらに好ましくは0.3mM以上であり、また好ましくは10mM以下、より好ましくは3mM以下、さらに好ましくは1mM以下である。この条件下で、ケイ皮酸アナログに耐性を示すことを指標に株を選択することができる。
【0021】
また、フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子の変異型をホモ接合型に有する株は、ケイ皮酸アナログへの耐性が消失又は低下したことを指標に選択することもできる。この場合、FDC1遺伝子を野生型と変異型のヘテロ接合型で有する親株を用い、変異型のFDC1遺伝子をホモ接合型で有する株を選択することができる。
好ましくは、(1)親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.1mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.05mM以下の条件下で増殖すること、(2)親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.5mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.4mM、0.2mM、又は0.05mM以下の条件下で増殖すること、或いは(3)親株としてケイ皮酸アナログの濃度0.6mM又は0.8mM以上の条件下でケイ皮酸アナログに耐性を示す株を用い、そのケイ皮酸アナログの濃度0.5mM、0.4mM、0.2mM、又は0.05mM以下の条件下で増殖することを指標に、ケイ皮酸感受性になった株を選択することができる。増殖できる株の選択に用いるケイ皮酸アナログ濃度の下限値は0μg/mLとすることができる。
【0022】
薬剤耐性を示す株は、薬剤を含む培地に親株を接種し、25~37℃、中でも28~30℃で、48~120時間、中でも72~96時間培養した場合に増殖が認められる株を選択すればよい。培地は、固体培地又は液体培地の何れでも良いが、固体培地に親株を接種し、菌体の増殖を目視で確認するのが簡便である。また、ケイ皮酸アナログ感受性になった株の増殖も同様の条件で確認することができる。
【0023】
上記説明した、フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする遺伝子の変異型をホモ接合型に有する株の選択操作は2回以上繰り返すこともでき、それにより、このようなホモ接合型の株の出現率が高くなる。
本発明方法は、さらに、選択した株が、フェルラ酸を脱炭酸する酵素をコードする変異型遺伝子をホモ接合型に有するか否かを、シークエンシングにより確認する工程を含むことができる。
【0024】
本発明方法により、FDC1遺伝子の野生型と変異型をヘテロ接合型に有する親株を用いれば、FDC1遺伝子の変異型をホモ接合型に有する株を選択することができ、また、PAD1遺伝子の野生型と変異型をヘテロ接合型に有する親株を用いれば、PAD1遺伝子の変異型をホモ接合型に有する株を選択することができる。また、FDC1遺伝子及びPAD1遺伝子の野生型と変異型をヘテロ接合型に有する親株を用いれば、FDC1遺伝子及びPAD1遺伝子の変異型をホモ接合型に有する株を選択することができる。
【0025】
(2)清酒の製造方法
本発明は、上記説明した本発明方法により得られた4-VG低生産酵母株を用いて、清酒などのアルコール飲料(清酒、焼酎、ワイン、ウィスキー、ビールなど)を醸造により製造する方法を提供する。
清酒の製造方法は特に限定されない、酒母に、米麹、掛米、及び水を添加して仕込み、これを糖化、発酵させてもろみを得た後、上槽(もろみの液体画分と酒粕を分離して液体画分を採取する工程であり、酒税法でいう「こす(濾す)」工程であればよい)により製造することができる。さらに、熱処理、オリの除去、濾過などを行ってもよい。焼酎、ワイン、ウィスキー、ビールなどであれば、ブドウ・穀類などを用いればよい。
【0026】
仕込みに使用する掛米は、蒸米を用いてもよく、或いは液化した融米を用いてもよい。融米を使用する仕込みは、液化仕込みといわれる。融米は、米や粉砕米に、仕込み水と耐熱性酵素であるα-アミラーゼを添加し、60~90℃で液化することにより得られる。液化だけでなく糖化まで行う場合は、液化終了後60℃程度まで冷却した時点で、グルコアミラーゼを添加して約50~55℃で糖化させればよい。
【0027】
原料米(掛米、麹米)は、米粉であっても、精米したものであってもよいが、精米したものが好ましい。米の品種には特に限定はなく、酒造好適米(例えば、山田錦、五百万石など)、あるいは一般食用米であっても良く、うるち米、もち米であってもよく、清酒醸造に用いることができる米であればよい。また、国内産米と海外産米のどちらでもよいが、地理的表示(基準)上、国内産米が好ましい。
【0028】
米麹は、蒸した米に麹菌(Aspergillus oryzae)を増殖させたものである。清酒の製造に使用する米麹は、平成元年11月22日 国税庁告示第8号「清酒の製法品質表示基準を定める件[1]」において、「米こうじとは、白米にこうじ菌を繁殖させたもので、白米のでんぷんを糖化させることができるものをいい、特定名称の清酒は、こうじ米の使用割合(白米の重量に対するこうじ米の重量の割合をいう。以下同じ)が、15%以上のものに限るものとする。」と定められている。
使用する麹菌は、清酒の製造に使用できるものであればよく、例えば、ビオック社製の大吟醸、酒母用、醪用、機械製麹用、純米吟醸用、純米酒用、本醸造用、経済酒用、良い香り、液化仕込み用や、樋口松之助商店社製のひかみ吟醸用、ハイ・G、ダイヤモンド印、もと立用、醪用、ひかみ醪用20号、ひかみ醪用30号、ひかみ特選粉状A、エースヒグチ、ヒグチ粉状菌、白峯、かおり、強力糖化菌、液化仕込み用などが挙げられる。
【0029】
酒母は、酵母に蒸米、米麹、水を加えて酵母を大量に増殖させたものである。
酵母は、本発明の4-VG低生産酵母株を用いる。
【0030】
仕込みは、上記のように調製した酒母、掛米、米麹、及び水を発酵タンクに投入して行う。仕込みでは、一段で全て添加してもよいが、多段に分けてもよいし、上槽前に四段として仕込んでもよい。酵母濃度が薄まらないように、三段仕込みが好ましい。三段仕込みは、もろみ造りにおいて、酒母に米麹及び掛米を三段階に分けて添加する方法であり、酵母に与える環境の変化を最小限にして、酵母の活性を損なわないようにする方法である。
【0031】
もろみの発酵期間は、10~40日間とすればよく、好ましくは15~40日間、より好ましくは20~30日である。この期間は、三段仕込みの場合は、留添(留後)から上槽までの期間としてもよい。もろみの発酵温度は、5~25℃とすればよく、好ましくは10~20℃である。
発酵が終了した後、酒粕を除去し、清酒画分(上槽酒)を回収する。例えば、圧搾、ろ過などにより、酒粕と清酒画分を分離すればよい。上槽酒は、さらに必要に応じて、ろ過、オリの除去、加熱処理、活性炭処理などに供すればよい。焼酎、ウィスキーであれば更に、蒸留すればよい。
【0032】
(3)低4-VG含有清酒
本発明は、4-VG濃度が500ppb以下であり、バニリン濃度が0.7ppm以上である容器詰め清酒を提供する。
実施例の項目に示す通り、本発明では、清酒中の4-VG濃度が500ppb以下である場合は、バニリン濃度が0.7ppm以上、好ましくは、0.8ppm以上、0.9ppm以上、1ppm以上、1.1ppm以上、1.2ppm以上、又は2ppm以上であれば、4-VGに由来する煙臭、薬品臭、又は香辛料臭がマスキングされることを見出した。
【0033】
4-VG濃度は、300ppb以下が好ましく、200ppb以下がより好ましく、100ppb以下がさらに好ましい。4-VG濃度の下限値は0ppbとすることができるが、5ppb以上、20ppb以上、又は50ppb以上であっても良い。
また、バニリン濃度は、0.8ppm以上が好ましく、中でも0.9ppm以上が好ましく、中でも1ppm以上が好ましく、中でも1.5ppm以上、特に2ppm以上が好ましい。この範囲であれば、4-VGに由来する煙臭、薬品臭、又は香辛料臭がマスキングされ、またバニリンの甘い香りが感じられる清酒となる。また、バニリン濃度は、300ppm以下が好ましく、100ppm以下がより好ましく、30ppm以下がさらに好ましい。この範囲であれば、バニリンに由来する香りが突出することがなく、清酒らしい香気を有するものとなる。
【0034】
本発明の清酒は、米、米麹、及び水を主な原料として酵母により発酵したものであればよいが、中でも、酒税法(特に、日本国の酒税法)で定める清酒であることが好ましい。清酒は、酒税法や酒税法に関わる各種法令(例えば、酒税法施行令など)や通達などにおいて、使用できる原料が、米、米麹、水の他、酒粕、醸造アルコール、特定の有機酸などに限定されており、一般に食品添加物として認められている香料などを添加することは認められていない。また、酵素剤の使用量や使用用途についても限定されている。
【0035】
また、本発明の清酒は、国税庁告示で定められた「清酒の製法品質表示基準」(「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」などで定められる酒類の表示の基準)を満たす清酒であってよく、吟醸酒、大吟醸酒、純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸酒、特別純米酒、本醸造酒、及び特別本醸造酒といった特定名称の清酒が挙げられる。これらの特定名称にあたらない清酒を、本明細書では「普通酒」とする。
また、本発明の容器詰め清酒は、その容器に「清酒」、または国税庁長官が指定した酒類の地理的表示(基準)である「日本酒」など、清酒を意味する文言が表示されていることが好ましい。
【0036】
アルコール度数
本発明の清酒において、アルコール度数、即ち、アルコール分(v/v%)は、酒税法で定める1%以上22%未満の範囲であれば特に限定はないが、3v/v%以上が好ましく、5v/v%以上がより好ましく、7v/v%以上がさら好ましい。また、20v/v%以下が好ましく、18v/v%以下がより好ましく、15v/v%以下がさらに好ましい。この範囲であれば、4-VGに由来するオフフレーバーを感じず、かつバニリンに由来する甘い香りを感じ、全体として消費者に好まれる風味を有する清酒となる。
アルコール分(アルコール度数)は、アルコール飲料の全量に対するアルコール(エタノール)の体積濃度を百分率で表示した割合である。アルコール分は、酒税法で認められる国税庁所定分析法、あるいは独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」(平成22年11月4日、http://www.nrib.go.jp/data/nribanalysis.htm)で測定できるが、本発明におけるアルコール分は、独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」の「3.清酒」の規定(以下、「清酒分析法」という)に基づいて分析した値である。
【0037】
日本酒度
本発明の清酒において、日本酒度は特に制限はないが、-90以上が好ましく、-60以上がより好ましく、-30以上がさらに好ましい。また、+30以下が好ましく、+20以下がより好ましく、+10以下がさらに好ましい。この範囲であれば、4-VGに由来するオフフレーバーを感じず、かつバニリンに由来する甘い香りを感じ、全体として消費者に好まれる風味を有する清酒となる。
日本酒度は、上述の清酒分析法で測定した値である。
【0038】
酸度
本発明の清酒において、酸度は特に制限はないが、0.1以上が好ましく、0.2以上がより好ましく、0.4以上がさらに好ましい。また、10以下が好ましく、6以下がより好ましく3以下がさらに好ましい。この範囲であれば、4-VGに由来するオフフレーバーを感じず、かつバニリンに由来する甘い香りを感じ、全体として消費者に好まれる風味を有する清酒となる。
酸度は、清酒に含まれる、遊離酸(主に乳酸、リンゴ酸、コハク酸など)の総量を示した値である。具体的には、酸度は、10mLの清酒を中和するのに要する、0.1N水酸化ナトリウム溶液のmLを指す。
酸度は、上述の清酒分析法で測定した値である。
【0039】
容器の素材としては、ガラス、プラスチック、紙類、陶器、木材、及びこれらを組み合わせたものが挙げられる。容器の種類としては、カップ(コップ)、紙パック、パウチ、ビン、ポリタンク、及び樽が挙げられる。本発明の容器詰め清酒は、これらの容器に格納又は充填されていることが好ましい。樽であれば、樽でアルコール飲料を保存したものを含めても良いし、含めなくても良い。
【0040】
製造方法
4-VG濃度が500ppb以下であり、バニリン濃度が0.7ppm以上である清酒は、酵母として、上記説明した本発明の4-VG低生産酵母株を用いて清酒を醸造により製造し、例えば、得られた清酒を4-VG酸化酵素(例えば、Caulobacter segnis由来CSO2など)で処理することにより4-VGをバニリンに変換することで製造することができる。清酒の醸造方法は、本発明の4-VG低生産酵母株を用いること以外は、一般的な方法とすることができる。本発明の容器詰め清酒は、長期(例えば、6カ月以上、中でも1年以上、中でも3年以上)保存したものを排除しないが、長期(例えば、6カ月以上、中でも1年以上、中でも3年以上)保存しないものとすることができる。
【実施例0041】
以下、本発明を、実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0042】
実施例1
<親株の選定>
月桂冠株式会社保存酵母(Saccharomyces cerevisiae)である、U-01株の遺伝子配列をシーケンスしたところ、FDC1遺伝子については、Saccharomyces genome databaseにSGD:S000002947として登録されている配列番号1の塩基配列からなるFDC1遺伝子と比較して、塩基番号160の塩基がAのままの野生型FDC1遺伝子と、塩基番号160の塩基がAからTに置換された変異型FDC1遺伝子の2つを有するヘテロ接合型であることが明らかとなった。また、野生型FDC1遺伝子及び変異型FDC1遺伝子とも、その塩基配列は、配列番号1において、塩基番号9のGがAに、塩基番号219のGがAに、塩基番号1485のAがTに置換された配列であった。
【0043】
<ホモ接合化工程>
U-01株を親株としてYPD培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)で30℃、1日間培養した。AZCを最終濃度0.1g/Lになるように加えた寒天培地(2%グルコース、0.67%イーストナイトロジェンベース(アミノ酸を含まないもの)、2%寒天)に、U-01株の培養液を塗布し、30℃で4日間培養した。寒天培地上からAZC耐性株を単離し、変異株を合計72株得た。
FDC1遺伝子の160番目の塩基を確認したところ、得られた72株のうち、2株が変異型FDC1遺伝子をホモ接合型で持つもの(No.52株とNo.57株)、2株が野生型FDC1遺伝子をホモ接合型で持つものとなっていた(No.44株とNo.51株)。
【0044】
<試験醸造>
親株および上記変異株4株をそれぞれ、清酒の小仕込み試験を行った。発酵条件は、15℃、2週間、原料は精米歩合約70%の米麹と蒸米、装置はファーモグラフ(アトー社製))を用いた。上槽後の日本酒度、アルコール度、酸度、アミノ酸度、及び4-VGを測定した。
各清酒の4-VG濃度、アルコール度数、及び酸度を表1に示す。
【表1】
【0045】
変異型ホモ接合のNo.52株とNo.57株は、U-01株(親株)と比較して、アルコール度数、酸度、アミノ酸度、グルコース濃度、エキス分濃度はほぼ同じであったが、4-VG濃度は大きく減少した。
これに対して、野生型ホモ接合のNo.44株及びNo.51株は、U-01株(親株)と比較して、アルコール度数、酸度、アミノ酸度、グルコース濃度、エキス分濃度はほぼ同じであったが、4-VG濃度が増大していた。
本発明方法により、醸造特性を維持しながら4-VG生産性のみ低減させることができた。
【0046】
<PAD1遺伝子配列のホモ接合化>
親株のPAD1遺伝子は、野生型のホモ接合型であり、FDC1遺伝子が変異型ホモであるNo.52株も、当然にPAD1遺伝子は野生型のホモ接合型であった。親株のPAD1遺伝子は、一塩基多型として172番目の塩基がAとGである野生型のヘテロ接合型であった。No.52株では、172番目の塩基がGのみの野生型のホモ接合型になっていた。
【0047】
実施例2
清酒酵母であるきょうかい酵母は、一部が欠損している変異型のFDC1遺伝子しか有さない(FDC1伝子が変異型のホモ接合型である)ことが知られている。そこで、きょうかい酵母7号とU-01株(FDC1遺伝子が野生型と変異型のヘテロ接合型である)を、ケイ皮酸を含有するYPD寒天培地にスポットし、30℃で6日間培養した。ケイ皮酸の最終濃度は、0.1mM、0.2mM、0.5mM、又は1mMとした。
酵母の生育の程度を目視で確認した結果を、表2に示す。
【表2】
非常に良く生育する場合を++++、ほとんど生育しない場合を+、その間を2段階に分けて+++及び++とした。また、生育しない場合を-とした。
【0048】
ケイ皮酸濃度が0.1~0.5mMの濃度範囲で、両株の生育に差異があったことから、この濃度範囲できょうかい酵母7号と同等の生育をする株を選択すれば、実施例1のNo.52株のように変異型FDC1遺伝子をホモ接合型で有する株が取得できる可能性がある。
また、0.6~0.9mMのケイ皮酸を含む培地では、きょうかい酵母7号は生育せずに、U-01株のみが生育できる可能性がある。従って、0.6mM以上のケイ皮酸を含む培地で生育せず、0.5mM以下あるいは含有しない培地で生育するコロニーを選抜すれば(いわゆるネガティブセレクション)、変異型FDC1遺伝子をホモ接合型で有する株が得られる可能性が示唆された。
【0049】
実施例3
実験室酵母株D458-5A(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション、ATCC90753)系統株と、きょうかい酵母1001号系統1倍体株を掛け合わせた、X株を親株とした。このX株のFDC1遺伝子の配列をシーケンスしたところ、160番目の塩基がAのままの野生型FDC1遺伝子と、同塩基がTに変わった変異型FDC1遺伝子のヘテロ接合型となっていた。
X株を、実施例1と同様にして、YPD培地で培養し、培養液をAZC含有寒天培地に塗布し、培養してAZC耐性株を単離し、変異株を合計15株得た。変異株のFDC1遺伝子をシーケンスして160番目の塩基を確認したところ、得られた15株のうち、1株が変異型FDC1遺伝子をホモ接合型に持つもの(No.1株)、3株が野生型FDC1遺伝子をホモ接合型に持つものとなっていた。
【0050】
親株とNo.1株を用いて、実施例1と同様にして、清酒の試験醸造を行った。発酵期間は19日間とし、上槽後の日本酒度、アルコール度、酸度、アミノ酸度、及び4-VG濃度を測定した。No.1株は、親株と比較して、アルコール度数(親株17.3v/v%、No.1株16.1v/v%)と酸度(親株3.0、No.1株2.6)はほぼ同じであったが、4-VG濃度は大きく減少した(親株6784μg/L、No.1株55μg/L)。
【0051】
実施例4
市販清酒に4-VGを500ppbになるよう添加した対照酒と、市販清酒に4-VGを500ppb、バニリンを0.6ppm、1.2ppm、又は2.0ppmになるよう添加した試験酒について、熟練した専門パネル7名が香りの官能評価を行った。この市販清酒は地理的表示で言う日本酒の普通酒であり、アルコール度13.5度、日本酒度1.0、酸度1.2である。標品の4-VGとバニリンは、それぞれ試薬特級グレード相当を使用した。
【0052】
評価点は、対照酒と比べてどの程度差があるかを、下記基準で評価して定めた。即ち、4-VGの香りについて対照酒(組成は試験1と同じ)と差がない場合を0点、4-VGの香りがほぼマスキングされた場合を3点とし、その間を3分割して、1点、2点と評価した。さらに、7名の評価点の平均値、標準偏差および分散を求めた。
0点:(バニリンを添加していないものと)4-VGの香りに差はない。
1点:4-VGの香りが少しマスキングされたと感じる
2点:4-VGの香りがややマスキングされたと感じる
3点:4-VGの香りがほぼマスキングされたと感じる
【0053】
結果を表3に示す。
【表3】
試験3のバニリン濃度1.2ppmの清酒は、試験1と試験2の清酒に対して、有意差(それぞれp<0.01とp<0.05、Tukey-Kramer test)をもって4-VGの香りがマスキングされており、バニリン0.7ppm以上で顕著なマスキング効果があると推察された。
本発明の4-VG低生産酵母株の製造方法によれば、実験室酵母や自然界からの分離株などを4-VG低生産株にすることができるため、酵母株の育種の研究に寄与することができる。