IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人福岡大学の特許一覧

<>
  • 特開-半導体積層体 図1
  • 特開-半導体積層体 図2
  • 特開-半導体積層体 図3
  • 特開-半導体積層体 図4
  • 特開-半導体積層体 図5
  • 特開-半導体積層体 図6
  • 特開-半導体積層体 図7
  • 特開-半導体積層体 図8
  • 特開-半導体積層体 図9
  • 特開-半導体積層体 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022085142
(43)【公開日】2022-06-08
(54)【発明の名称】半導体積層体
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/06 20060101AFI20220601BHJP
   H01L 21/338 20060101ALI20220601BHJP
   H01L 43/06 20060101ALI20220601BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20220601BHJP
【FI】
H01L29/06 601W
H01L29/80 H
H01L43/06 S
B82Y30/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020196657
(22)【出願日】2020-11-27
(71)【出願人】
【識別番号】598015084
【氏名又は名称】学校法人福岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】眞砂 卓史
(72)【発明者】
【氏名】笠原 健司
(72)【発明者】
【氏名】柴▲崎▼ 一郎
【テーマコード(参考)】
5F092
5F102
【Fターム(参考)】
5F092AA01
5F092AA20
5F092AB01
5F092AC02
5F092BA07
5F092BA15
5F092BA20
5F092BA23
5F092BA35
5F102FA04
5F102GB01
5F102GC01
5F102GD01
5F102GJ03
5F102GJ04
5F102GJ05
5F102GJ06
5F102GL04
5F102GM04
5F102GM08
5F102GQ04
5F102GV08
(57)【要約】
【課題】薄膜化した量子井戸層を適用した場合においても、電子移動度が高く、極低温まで動作可能で、温度安定性が高い半導体積層体を提供する。
【解決手段】半導体積層体1は、基板2と、基板2上に形成される第1障壁層3と、第1障壁層3上に形成される量子井戸層4と、量子井戸層4上に形成される第2障壁層5と、第2障壁層5上に形成されるキャップ層6とを備え、量子井戸層4が、InAsSb1-x(0.3≦x≦0.6)からなり、第1障壁層3及び第2障壁層5が、AlIn1-ySb(x≦y≦x+0.2)からなる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に形成される第1障壁層と、
前記第1障壁層上に形成される量子井戸層と、
前記量子井戸層上に形成される第2障壁層と、
前記第2障壁層上に形成されるキャップ層とを備え、
前記量子井戸層が、InAsSb1-x(0.3≦x≦0.6)からなり、
前記第1障壁層及び前記第2障壁層が、AlIn1-ySb(x≦y≦x+0.2)からなることを特徴とする半導体積層体。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体積層体において、
前記第1障壁層及び前記第2障壁層が、AlIn1-ySb(y=x+0.1)からなることを特徴とする半導体積層体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の半導体積層体において、
前記量子井戸層が、InAsSb1-x(0.4≦x≦0.6)からなることを特徴とする半導体積層体。
【請求項4】
請求項1ないし3までのいずれか一項に記載の半導体積層体において、
前記基板及び前記キャップ層が、GaAsからなることを特徴とする半導体積層体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子井戸構造を有する半導体積層体に関し、特に、薄膜化した量子井戸層を適用した場合においても、電子移動度が高く、極低温まで動作可能で、温度安定性が高い半導体積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
GaAs、InAs、InSb等のIII-V族化合物半導体は、電子移動度が高いことから、高感度磁気センサとして広く使用されている。中でも、InSbは、バンドギャップが小さく、電子移動度が大きいため、高感度用途に適しているといえる。しかし、基板としてGaAsからなるものを採用した場合、InSbとGaAsとの格子整合が悪く、特に薄膜化(厚さ0.5μm以下)した際に電子移動度の低下が問題となる。さらに、低温では電子が空亡化し、電気が流れずに使用できないという問題がある。
【0003】
移動度低下を抑えるために、InSb層の上下に格子定数の近いAl0.1In0.9Sbからなる層を形成し量子井戸構造とすれば、移動度特性が向上することがわかっているが、低温での抵抗増加が著しく、低温領域では高感度磁気センサとして使用できなかった。
【0004】
これに対し、特許文献1には、温度依存性を低減させることを目的として、基板上に設けられたAlIn1-xSb混晶層(0.08≦x≦0.13)と、該AlIn1-xSb層上に直接接して設けられたInAsSb1-x(0<x≦1)薄膜導電層とを備え、AlIn1-xSb混晶層は、InAsSb1-x薄膜導電層より高抵抗又は絶縁性、若しくはp型の伝導性を示す層で、かつ、バンドギャップがInAsSb1-x薄膜導電層より大きく格子不整合(ミスマッチ)が+0.5%ないし-0.5%である薄膜積層体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5536339号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、具体的には、GaAs基板上に、Al0.1In0.9Sb混晶層、InAs0.09Sb0.91薄膜導電層、Al0.1In0.9Sb混晶層、GaAs絶縁層を順次成長させた薄膜積層体が開示され、膜厚30nmのInAs0.09Sb0.91薄膜導電層である場合、電子移動度38000cm/Vs、シート抵抗値520/□を達成している。
【0007】
しかしながら、当該特許文献1では、AlIn1-ySb/InAsSb1-x/AlIn1-ySbから構成される薄膜積層体について、温度依存性の詳細な検証はなされておらず、また、バンド構造の観点から、電子移動度、温度特性についての検討はなされていない。
【0008】
本発明は上記課題を解消するためになされたものであり、薄膜化した量子井戸層を適用した場合においても、電子移動度が高く、極低温まで動作可能で、温度安定性が高い半導体積層体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る半導体積層体は、基板と、基板上に形成される第1障壁層と、第1障壁層上に形成される量子井戸層と、量子井戸層上に形成される第2障壁層と、第2障壁層上に形成されるキャップ層とを備え、量子井戸層が、InAsSb1-x(0.3≦x≦0.6)からなり、第1障壁層及び第2障壁層が、AlIn1-ySb(x≦y≦x+0.2)からなる。
【0010】
このように本発明においては、InAsSb1-x(0.3≦x≦0.6)からなる量子井戸層と、AlIn1-ySb(x≦y≦x+0.2)からなる第1障壁層及び第2障壁層とを備えていることから、量子井戸層と第1障壁層及び第2障壁層との格子定数を極めて近く設計することが可能で、格子不整合による悪影響を回避し、低有効質量で、界面散乱が抑制され電子移動度が高く、また、バンドダイアグラムを変調して量子井戸層の伝導帯の底をフェルミ準位よりも低くすることとなり、極低温まで動作可能である。さらに、温度安定性を高くすることができるという効果を有する。
【0011】
本発明に係る半導体積層体は、第1障壁層及び第2障壁層が、AlIn1-ySb(y=x+0.1)からなることが好ましい。
【0012】
このように本発明においては、AlIn1-ySb(y=x+0.1)からなる第1障壁層及び第2障壁層を備えることにより、格子不整合が更に小さく、高品質な結晶を作製できることとなり、電子移動度が高く、極低温まで動作可能で、温度安定性を高くすることができるという効果を有する。
【0013】
本発明に係る半導体積層体は、量子井戸層が、InAsSb1-x(0.4≦x≦0.6)からなる。
【0014】
このように本発明においては、InAsSb1-x(0.4≦x≦0.6)からなる量子井戸層を備えることにより、更に界面散乱が抑制され電子移動度が高く、量子井戸層の伝導帯の底がフェルミ準位よりも低くなり、極低温まで室温と同じように電気伝導性を有し、更に、温度依存性が低減され、温度安定性が高くなるという効果を有する。
【0015】
本発明に係る半導体積層体は、必要に応じて、基板及びキャップ層が、GaAsからなる。
【0016】
このように本発明においては、GaAsからなる基板及びキャップ層を備えることにより、リーク電流を抑え、結晶成長が容易になることとなり、応答速度が速く、かつ消費電力の少ないホール素子に適した積層体を提供できるという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の第1の実施形態に係る半導体積層体の概略構成を示す断面図である。
図2】平板状の導体のホール効果と、ホール効果により磁界に比例して得られるホール電圧が得られることを説明するための図である。
図3】本発明の第1の実施形態に係る量子井戸層を構成するInAsSb1-xの組成とバンドギャップとの関係を示すグラフである。
図4】InAsSb1-xにおけるAsの含有率xを固定し、AlIn1-ySbにおけるAlの含有率yを変化させたときのバンドダイアグラムである。
図5】InAsSb1-xにおけるAsの含有率xを変化させ、AlIn1-ySbにおけるAlの含有率yを固定したときのバンドダイアグラムである。
図6】InAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成のうち、格子整合が良好となる組成のバンドダイアグラムである。
図7図6に示すInAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成の組み合わせにおいて、Asの含有率xとバリア高さとの関係を示すグラフである。
図8】Asの含有率xと波動関数のエッジ侵入長との関係を示すグラフである。
図9図6に示すInAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成の組み合わせにおいて、Asの含有率xと量子井戸層における伝導帯の底のエネルギー準位との関係を示すグラフである。
図10】Asの含有率xとキャリア密度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を説明する。また、本実施形態の全体をとおして同じ要素には同じ符号を付けている。
【0019】
本発明の第1の実施形態に係る半導体積層体について、図1を用いて説明する。図1は、本実施形態に係る半導体積層体の概略構成を示す断面図である。
【0020】
図1に示すとおり、本実施形態に係る半導体積層体1は、基板2と、基板2上に形成され、AlIn1-ySb(x≦y≦x+0.2)からなる第1障壁層3と、第1障壁層3上に形成され、InAsSb1-x(0.3≦x≦0.6)からなる量子井戸層4と、量子井戸層4上に形成され、AlIn1-ySb(x≦y≦x+0.2)からなる第2障壁層5と、第2障壁層5上に形成されるキャップ層6とを備える。
【0021】
半導体積層体1は、AlIn1-ySbからなる第1障壁層3及び第2障壁層5でInAsSb1-xからなる量子井戸層4を挟んだサンドイッチ構造となっており、更に第2障壁層5上にGaAsからなるキャップ層6を形成している。
【0022】
また、半導体積層体1は、キャップ層6上にゲート電極等を積層してもよく、電界効果トランジスタ(FET)として使用することもできる。
【0023】
ところで、ホール素子(磁気センサ)を作製する際、半導体積層体1上にパッシベーション処理(窒化シリコン等からなるパッシベーション膜を作製)を施す場合がある。AlIn1-ySbからなる第2障壁層5やGaAsからなるキャップ層6は電気的に不活性であることから、ホール素子作製工程でプラズマ粒子などの衝突やパッシベーション膜との格子不整合等が生じても、素子の特性低下が起きることはほとんどなく、高感度のホール素子を作製できるという利点がある。
【0024】
また、半導体積層体1は、基板2と動作層である量子井戸層4との間に、絶縁性の第1障壁層3を介在させることにより、格子不整合を小さくし、電子移動度等の低下を抑える効果を有する。
【0025】
基板2を構成する材料としては、単結晶を成長できるものであれば特に制限されないが、例えば、GaAs、Si、InP、InSb等が挙げられ、リーク電流を抑え、結晶成長が容易であることから、半絶縁性GaAsから構成される基板であることが好ましい。
【0026】
同様に、キャップ層6を構成する材料としては、特に制限されないが、GaAs、Si、InP、InSb等が挙げられ、表面のフェルミ準位のピン止め効果の影響を考慮すると、GaAsであることが好ましい。
【0027】
第1障壁層3は、AlIn1-ySbからなる。一般に、AlIn1-ySbは、量子井戸層4を構成するInAsSb1-xと格子整合が良好である反面、GaAs等の基板材料とは格子不整合が大きく結晶性は悪い。そのため、薄すぎると格子の緩和が十分でなく量子井戸層4の結晶性改善の効果がなくなるため、第1障壁層3の層厚は0.3μm以上であることが好ましい。第1障壁層3は障壁層として機能するため、不純物原子のドーピングを行わないことが基本であるが、量子井戸層4の電子を更に増加させるために部分的にn型ドーピングしてもよい。
【0028】
量子井戸層4は、本発明に係る各層の構成材料の組み合わせによる量子井戸構造とすれば、ドーピングを行わなくても十分な電子が供給されるが、量子井戸層4の電子を更に増加させるためにn型不純物原子のトーピングを行ってもよい。n型ドーパントとして、特に制限されないが、Snは活性化率が高く、移動度の低下が小さいため、好ましい。
【0029】
第2障壁層5は量子井戸層4を保護するための層であり、その層厚は0.05μm以上あればよい。第2障壁層5も、第1障壁層3と同様に、量子井戸層4の障壁層として機能するため、ドーピングを行わないことが基本であるが、量子井戸層4の電子を更に増加させるために部分的にn型ドーピングしてもよい。
【0030】
以下、量子井戸層4を構成するInAsSb1-xにおけるAsの含有率x、並びに第1障壁層3及び第2障壁層5を構成するAlIn1-ySbにおけるAlの含有率yについて、実施例等も踏まえながら説明する。
【0031】
本発明の量子井戸層4の構成材料は、有効質量が小さく、電子移動度が大きい材料であり、ホール効果も大きい材料である。以下、有効質量と電子移動度との関係を電子のみが電気伝導を担う最も簡単なモデルで説明する。
【0032】
キャリア(電子)移動度μ(ドリフト移動度)は、下記式(1)で表すことができる。
【0033】
【数1】
【0034】
式(1)中、μはキャリア移動度、qはキャリアの電荷、mは電子の有効質量、τは電子の緩和時間を表す。
【0035】
上記式(1)で示されるように、有効質量が小さいほど、電子移動度が大きくなることがわかる。
【0036】
図2は、平板状の導体のホール効果と、ホール効果により磁界に比例して得られるホール電圧が得られることを説明するための図であり、平板状の導体10と、電源20と、平板状の導体10に電源20からの電流を流す、互いに相対した電流(駆動電圧端子)電極20a、20bと、電圧計30と、電圧計30に接続され、電流の流れる向きに対して直角方向に設置されてホール電圧を計測するための電圧計測端子電極(ホール電極ともいう)30a、30bとから構成されるホール効果測定のための図である。磁界(磁束密度B)は、平板状の導体10の面直方向に印可される。図2によれば、ホール電圧を計測することで、ホール移動度を計測することができる。
また、ホール素子(磁気センサ)は、図2に示したような平板状の導体10のホール効果を利用し、印可された磁場に比例したホール電圧を計測し、磁界を検出する磁界検出素子であり、磁気センサである。
【0037】
以下に、ホール移動度の計測と、ホール効果及びホール電圧の関係について説明する。ホール電圧は、ホール効果により得られる磁界に比例する電圧で、ホール効果の大きさを表す。また、磁界検出センサであるホール素子では、ホール電圧は磁界検出感度に比例する電圧である。
【0038】
ところで、特に厳密な場合を除き、通常の薄膜の実験及び議論では、キャリアのホール移動度とキャリア移動度(ドリフト移動度)とは同じと考えてよく、したがって、本明細書中では、ホール移動度は、有効質量と逆比例の関係で結ばれているキャリア移動度(ドリフト移動度)μと同じとしている。
【0039】
ホール効果の計測時の駆動方式としては、ホール電圧がホール係数に比例する定電流駆動法とホール電圧がホール移動度に比例する定電圧駆動法との二つの方式がある。
【0040】
定電流駆動の場合、その出力電圧(ホール電圧)は、下記式(2)で求められる。
【0041】
【数2】
【0042】
式(2)中、Vはホール電圧、ρは比抵抗、μはキャリア移動度、Iは電流、dは試料の厚さ、Bは磁束密度を表す。
【0043】
また、定電圧駆動の場合、その出力電圧(ホール電圧)は、下記式(3)で求められる。
【0044】
【数3】
【0045】
式(3)中、Vはホール電圧、μはキャリア移動度、Wは試料の幅、Lは試料の長さ、Vinは印加電圧、Bは磁束密度を表す。
【0046】
上記式(2)及び(3)からもわかるように、磁束密度Bの変化に対する出力電圧Vが大きい材料は、ホール効果が大きく、高感度のホール素子の製作が可能である。すなわち、上記式(2)及び(3)における材料の電子輸送特性を表す係数ρμ及び係数μが大きいほど磁気センサ材料として優れていると言える。
【0047】
上述したように、磁束密度Bの変化に対する出力電圧Vが大きいほど、ホール効果が大きく、高感度ホール素子や高周波の電子デバイス等の動作部材料として好適である。言い換えれば、キャリア移動度μが大きいほど、高感度のホール素子を製作できるということである。更に言い換えれば、キャリア移動度μが大きな値となるためには、式(1)で示されるように、電子の有効質量mが小さく(低有効質量)、電子の緩和時間τが長く(低散乱)なればよい。
【0048】
すなわち、低有効質量で、かつ低散乱であれば、キャリア移動度が大きくなり、ホール効果が大きく、高感度なホール素子を得ることができる材料であり、また、電子が高速で動くので高周波の電子デバイス材料としても好適である。すなわち、材料特性の議論は、電子移動度だけでなく、有効質量や緩和時間の関係からも議論ができる。
【0049】
図3は、本実施形態に係る量子井戸層を構成するInAsSb1-xの組成とバンドギャップとの関係を示すグラフである。図3では、極低温(4.2K)及び常温(300K)でのバンドギャップを示している。
図3に示されるように、Asの含有率xが0から1に変化(組成としてInSbからInAsに変化)するにしたがい、極低温(4.2K)及び常温(300K)のいずれにおいても、バンドギャップ(eV)は同様の曲線を描いて変化しており、概ねAsの含有率xが0.3ないし0.4付近でバンドギャップが最小値となっている。
【0050】
上述したように、高感度のホール素子を得るためには、低有効質量であることが一つの条件となるが、この有効質量はバンドギャップが小さいほど小さくなる傾向がある。
以上から、InSbよりもバンドギャップを小さくし、低有効質量とするためには、Asの含有率xは0.1≦x≦0.6となる。
【0051】
次に、実施例を用いて、界面散乱、温度安定性等について検証する。
【実施例0052】
以下、実施例を挙げて、本発明に係る半導体積層体における界面散乱、温度特性等の評価について具体的に説明する。
【0053】
検証方法として、半導体積層体の構成として、キャップ層:GaAs(6.5nm)/第2障壁層:AlIn1-ySb(50nm)/量子井戸層:InAsSb1-x(50nm)/第1障壁層:AlIn1-ySb(700nm)/基板・GaAs(100)で構成されるサンプルを、ポアソン-シュレディンガー方程式計算プログラム(nextnano)を用いてバンドダイアグラムの計算を行った。また、シミュレーションは、極低温(4.2K)及び常温(300K)で実施した。
【0054】
試料の表面及び基板の裏面であるGaAsのフェルミ準位は、表面・界面準位で決定される。表面・界面における準位はバルク内部とは異なり、ダングリングボンドなどの欠陥によるもの(表面欠陥準位モデル)や、他の隣接する原子による波動関数のしみだし(相手が金属の場合は金属誘起準位モデル)などによって、バンドギャップの中間あたりに準位ができるとされている。このため、GaAs表面のフェルミ準位はバンドギャップの半分の位置にピン止めされると仮定した。また、ひずみの影響は考慮に入れていれずに計算した。
これらのことは、非特許文献(Relationship between transport properties and band diagrams in InAsSb1-x/Al0.1In0.9Sb quantume wells,T.Manago,S.Ishida,H.Geka,and I.Shibasaki,AIP Advances 5,067149(2015))で、計算結果と実験結果との整合性がよいことから証明されている。
【0055】
まず、シミュレーション結果に基づいて、バンド構造の変化を検証した。
図4は、InAsSb1-xにおけるAsの含有率xを固定し、AlIn1-ySbにおけるAlの含有率yを変化させたときのバンドダイアグラムである。Asの含有率xを0.4に固定し、Alの含有率yを0.2、0.5、0.8とした。
図4に示されるように、Alの含有率yが増加するにしたがい、バリア高さが大きくなることが確認された。すなわち、電子の閉じ込め効果が増大したことで、界面散乱が効果的に抑制でき(低散乱)、電子移動度が向上することが明らかとなった。
【0056】
一方で、図5は、InAsSb1-xにおけるAsの含有率xを変化させ、AlIn1-ySbにおけるAlの含有率yを固定したときのバンドダイアグラムである。Alの含有率yを0.3に固定し、Asの含有率xを0.1、0.3、0.5とした。
図5に示されるように、Asの含有率xが増加するにしがたい、量子井戸層を構成するInAsSb1-xのバンドギャップ位置が下がり、伝導帯の底がフェルミ準位より十分低い位置に下がっていることが確認された。すなわち、極低温(4.2K)においても伝導帯の電子が空亡化することなく、高い電導性を有している。以上から、シート抵抗の温度特性を低減・安定化するとともに、電子移動度の低下を抑制することが明らかとなった。
【0057】
図6は、InAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成のうち、格子整合が良好となる組成のバンドダイアグラムである。
【0058】
ところで、半導体のヘテロ接合作製には格子不整合が1%以下であることが望ましく、更に良好な結晶成長には良好なヘテロ接合でよく知られるGaAs/AlAs系混晶の例に見られるように0.2%以下であることが望ましい。
表1に、ヴェガード則を適用して、Asの含有率xに対して、Alの含有率yをy=x-0.1からy=x+0.3まで変化させたときの格子不整合の割合(AlIn1-ySb基準)を示している。なお、使用した格子定数は、InSb(6.479Å)、InAs(6.058Å)、AlSb(6.136Å)である。
【0059】
【表1】
【0060】
表1に示されるように、Asの含有率x及びAlの含有率yとの関係において、x≦y≦x+0.2を満たす範囲では格子不整合が1%以下となる組成が存在し、高品質な結晶を作製でき、良好な特性が期待できる。さらに、0.3≦x≦0.6の範囲において、x≦y≦x+0.2としたとき、0.80%以下の格子不整合が得られる。特に、0.3≦x≦0.6の範囲において、y=x+0.1としたとき、0.20%以下の格子不整合を得ることができる。
【0061】
図6に示されるバンドダイアグラムでは、0.3≦x≦0.6の範囲において、格子不整合は、0.20%以下となっている。x=0.2、y=0.2のときは、格子不整合は0.24%であり、0.20%を少し超えてしまう。
【0062】
格子整合のよい組成の組み合わせにおいて、バンド構造はタイプIIであり、また、伝導帯の底がフェルミ準位よりも低く、バリア障壁も高くなっている。
【0063】
以上から、0.3≦x≦0.6の範囲において、x≦y≦x+0.2、より好ましくはy=x+0.1とすれば、高品質な結晶を作製でき、良好な特性が期待できる。
【0064】
次いで、上記結果に基づいて、電子の量子井戸層内への閉じ込め効果について、検証した。
図7は、図6に示すInAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成の組み合わせにおいて、Asの含有率xとバリア高さとの関係を示すグラフであり、図8は、Asの含有率xと波動関数のエッジ侵入長(しみこみ深さ)との関係を示すグラフである。なお、Asの含有率xがx=0.8である場合のバリア高さ(量子井戸深さ)(eV)及びエッジ侵入長(nm)は、格子整合が良好となる、Alの含有率yがy=1.0(すなわち、第1障壁層及び第2障壁層がAlSbからなる。)である場合の値である。また、図9では、第1サブバンドと第2サブバンドのエッジ侵入長を示している。
【0065】
図7及び図8に示されるように、バリア高さは、温度(4.2K及び300K)に依存していなかった。また、バリア高さ(量子井戸深さ)は、Asの含有率x及びAlの含有率yが大きいほど低くなるため、電子の閉じ込め効果が大きくなっていることが確認された。また、Alの含有率yがy≧0.8(含有率x≧0.6)となる場合、AlIn1-ySbは間接遷移型となるが、Asの含有率xがx≧0.6となる場合でもエッジ侵入長が減少していることから、Γ点の閉じ込め効果がはたらいているものと推定される。
【0066】
閉じ込め効果が大きくなると、界面における電子の存在確率が小さくなることで、電子は界面の影響を受けにくくなり、界面散乱が抑制される。AlIn1-ySbは1原子層の厚さが0.3nm強であり、界面の影響を小さくするためにはエッジ侵入長は1ないし2原子層分、すなわち0.6nm以下の厚さ程度に抑えることが望ましい。x=0.3、y=0.4の障壁高さ0.89eV(4.2K)のときで、侵入長は0.42nm(2原子層弱)であり、x=0.4、y=0.5の障壁高さ1.10eV(4.2K)のときで、侵入長は0.34nm(ほぼ1原子層)である。
以上を踏まえると、エッジ侵入長は1ないし2原子層分、すなわち0.6nm以下の厚さで十分な電子の閉じ込め効果が期待できる。すなわち、界面散乱を抑制する観点からは、Asの含有率xは侵入長が2原子層以下となるx≧0.3であり、好ましくは侵入長が1原子層以下となるx≧0.4である。
【0067】
また、InAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成の組み合わせにおいて、0.2≦x≦0.7及びx-0.1≦y≦x+0.3におけるバリア高さ(eV)を表2及び表3に示す。表2は、4.2Kにおけるバリア高さ(eV)、表3は、300Kにおけるバリア高さ(eV)である。なお、表2及び表3中、(I)及び(III)は、それぞれタイプIのバンド構造、タイプIIIのバンド構造であることを示し、その他はタイプIIのバンド構造である。
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
表2及び表3から、上述したように、0.3≦x≦0.6、x≦y≦x+0.2の範囲においても、大きなバリア高さが実現している。エッジ侵入長はバリア高さに依存しており、x=0.3、y=xの障壁高さ0.73eVのときで、侵入長は0.54nmである。したがって、バリア高さが0.73eV以上であれば、侵入長は0.6nm以下に抑えられる。したがって、0.3≦x≦0.6、x≦y≦x+0.2の範囲においても、エッジ侵入長は1ないし2原子層分の厚さ程度に抑えられ、界面散乱を抑制していることが確認された。このように障壁高さとしては、0.70eV以上(侵入長としては約2原子層以下に相当)が好ましく、1.10eV以上(侵入長としては約1原子層以下に相当)がより好ましい。
【0071】
次いで、上記結果に基づいて、温度安定性について検証した。
図9は、図6に示すInAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成の組み合わせにおいて、Asの含有率xと量子井戸層における伝導帯の底のエネルギー準位との関係を示すグラフであり、図10は、Asの含有率xとシートキャリア密度との関係を示すグラフである。なお、Asの含有率xがx=0.8である場合の量子井戸層における伝導帯の底のエネルギー準位(eV)及びキャリア密度(cm-2)は、格子整合が良好となる、Alの含有率yがy=1.0(すなわち、第1障壁層及び第2障壁層がAlSbからなる。)である場合の値である。
【0072】
図9に示されるように、Asの含有率xの増加にともない、量子井戸層における伝導帯の底のエネルギー準位は低くなり、極低温(4.2K)及び常温(300K)のいずれの場合においても、Asの含有率xがx≧0.1となるときフェルミ準位以下になっている。
また、図10に示されるように、キャリア密度は、Asの含有率xがx=0.6となるまで増大し、x≧0.7では減少に転じている。一方で、極低温(4.2K)及び常温(300K)におけるキャリア密度の比(=300Kにおけるキャリア密度/4.2Kにおけるキャリア密度)は、Asの含有率xがx=0.3となるまで急激に低減し、その後は緩やかに変化している。なお、波動関数は、含有率x=0.1では第1サブバンドのみを占有していたが、含有率x≧0.2では第2サブバンドまで占有していた。
【0073】
以上から、キャリア数が多く、かつキャリア数の変化を抑える(温度安定性の向上)ためには、Asの含有率xはx≧0.3であり、好ましくはx≧0.4である。
【0074】
なお、これまでのInSb系量子井戸の研究から、この材料系の量子井戸ではキャリア密度を増加させることによって、界面のトラップ準位を補償し、電子移動度が向上することが明らかになっている(“Interfacial trap states and improvement of low-temperature mobility by doping in InSb/AlInSb quantum wells”,T.Manago,S.Ishida,H.Geka,and I.Shibasaki,JOURNAL OF APPLIED PHYSICS 117,065701(2015))。
すなわち、この材料系では、キャリア密度の増加は、電子移動度の向上に直結しているといえる。
【0075】
また、InAsSb1-x及びAlIn1-ySbの組成の組み合わせにおいて、0.2≦x≦0.7及びx-0.1≦y≦x+0.3におけるキャリア密度(cm-2)を表4及び表5に示す。表4は、4.2Kにおけるキャリア密度(cm-2)、表5は、300Kにおけるキャリア密度(cm-2)である。なお、表4及び表5中、(I)及び(III)は、それぞれタイプIのバンド構造、タイプIIIのバンド構造であることを示し、その他はタイプIIのバンド構造である。
【0076】
【表4】
【0077】
【表5】
【0078】
表4及び表5から、上述したように、0.3≦x≦0.6、x≦y≦x+0.2の範囲においても、キャリア数が多く、かつキャリア数の変化を抑え、温度安定性に優れていることが確認された。
【0079】
以上を踏まえると、高電子移動度を実現するため、低有効質量の観点からは、Asの含有率xが0.1≦x≦0.6を満たし、界面散乱抑制(低散乱)の観点からは、Asの含有率xがx≧0.3を満たすことが条件となる。また、格子整合を良好とする観点から、Alの含有率yがx≦y≦x+0.2を満たすことが条件となる。さらに、キャリア密度の増加及び安定性、すなわち、温度安定性向上の観点からは、Asの含有率xがx≧0.3を満たすことが条件となる。
【0080】
これら条件を総合すると、InAsSb1-xにおけるAsの含有率xは、0.3≦x≦0.6、AlIn1-ySbにおけるAlの含有率yは、x≦y≦x+0.2となる。
好ましくは、InAsSb1-xにおけるAsの含有率xは、0.4≦x≦0.6、AlIn1-ySbにおけるAlの含有率yは、y=x+0.1となる。
【0081】
このように、本発明に係る半導体積層体は、量子井戸層を構成するInAsSb1-xにおけるAsの含有率x、及び量子井戸層の両面に形成される第1障壁層及び第2障壁層を構成するAlIn1-ySbにおけるAlの含有率yを特定の数値範囲とすることにより、電子移動度が高く、極低温まで動作可能で、温度安定性が高い半導体積層体を提供するものであり、本発明の半導体積層体の量子井戸層を図2における平板状の導体に用いる構成で製作される高感度のホール素子(磁気センサ)や、該半導体積層体の量子井戸層に絶縁層を介して、電極を設置した電界効果型トランジスタなどの電子デバイスへの適用が大いに期待できるものである。
【符号の説明】
【0082】
1 半導体積層体
2 基板
3 第1障壁層
4 量子井戸層
5 第2障壁層
6 キャップ層
10 導体
20 電源
20a、20b 電流(駆動電圧端子)電極
30 電圧計
30a、30b 電圧計測端子電極

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10