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特開2022-85227交流モータ制御装置およびそれを備えた駆動システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022085227
(43)【公開日】2022-06-08
(54)【発明の名称】交流モータ制御装置およびそれを備えた駆動システム
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/24 20160101AFI20220601BHJP
   H02P 21/22 20160101ALI20220601BHJP
【FI】
H02P21/24
H02P21/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020196803
(22)【出願日】2020-11-27
(71)【出願人】
【識別番号】000103792
【氏名又は名称】オリエンタルモーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】特許業務法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】海野 晃
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505BB06
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505FF07
5H505GG04
5H505HA05
5H505HA08
5H505HB02
5H505JJ03
5H505JJ23
5H505KK05
5H505LL14
5H505LL22
5H505MM10
(57)【要約】
【課題】低速領域において、高トルクでも脱調せずに安定に交流モータをセンサレス制御できる交流モータ制御装置およびそれを備えた駆動システムを提供する。
【解決手段】モータ制御装置100は、3相永久磁石同期モータである交流モータMに交流電流を供給するインバータ2を制御する。モータ制御装置は、交流モータのロータの位置を検出するための位置検出電圧ベクトルを含む複数種類の電圧ベクトルが交流モータに印加されるようにインバータにパルス幅変調信号を供給するPWM生成器14と、位置検出電圧ベクトルが交流モータに印加されることによって生じる交流モータの電流の微分値である電流微分値を検出する電流微分検出器4uvwと、電流微分値に基づいてロータの推定位置を演算するロータ角度演算器151と、q軸電流値に応じて推定位置を補正する補償器152と、補正された推定位置θfbに従ってPWM生成器を制御する電流制御器13と、を含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3相永久磁石同期モータである交流モータに交流電流を供給するインバータを制御する交流モータ制御装置であって、
前記交流モータのロータの位置を検出するための位置検出電圧ベクトルを含む複数種類の電圧ベクトルが前記交流モータに印加されるように前記インバータにパルス幅変調信号を供給するパルス幅変調信号生成手段と、
前記位置検出電圧ベクトルが前記交流モータに印加されることによって生じる前記交流モータの電流の微分値である電流微分値を検出する電流微分値検出手段と、
前記電流微分値検出手段によって検出される電流微分値に基づいて、前記交流モータのロータの推定位置を演算するロータ位置演算手段と、
q軸電流値に応じて、前記推定位置を補正するロータ位置補正手段と、
前記ロータ位置補正手段によって補正された推定位置に従って前記交流モータを駆動するために前記パルス幅変調信号生成手段を制御する駆動制御手段と、
を含む、交流モータ制御装置。
【請求項2】
前記ロータ位置補正手段は、前記q軸電流値の関数である補正量を前記ロータ位置演算手段によって演算される位置から差し引いて前記推定位置を補正する、請求項1に記載の交流モータ制御装置。
【請求項3】
前記ロータ位置補正手段は、前記ロータ位置演算手段によって演算される推定位置を位相に用いた高調波成分と前記q軸電流値の関数との積である補正量を前記ロータ位置演算手段によって演算される位置から差し引いて前記推定位置を補正する、請求項1に記載の交流モータ制御装置。
【請求項4】
前記ロータ位置補正手段は、
前記q軸電流値の関数である第1補正量を前記ロータ位置演算手段によって演算される推定位置から差し引いて当該推定位置を補正する第1補正と、
前記第1補正によって補正された推定位置を位相に用いた高調波成分と前記q軸電流値の関数との積である第2補正量を、前記第1補正によって補正された推定位置から差し引いて、当該推定位置をさらに補正する第2補正と、
を実行する、請求項1に記載の交流モータ制御装置。
【請求項5】
前記ロータ位置補正手段は、前記q軸電流値によって前記交流モータが発生するトルクの方向に前記推定位置をずらすように当該推定位置を補正する、請求項1~4のいずれか一項に記載の交流モータ制御装置。
【請求項6】
前記パルス幅変調信号生成手段が、前記位置検出電圧ベクトルを反転した反転電圧ベクトルが前記位置検出電圧ベクトルに続いて前記交流モータに印加されるように前記インバータにパルス幅変調信号を供給する、請求項1~5のいずれか一項に記載の交流モータ制御装置。
【請求項7】
前記ロータ位置演算手段は、異なる電圧ベクトルが前記交流モータに印加されるときの同相または異相の電流微分値の差分をとることにより、サイクリックな対称式で表される位置推定用3相信号を生成し、前記位置推定用3相信号を用いて前記交流モータのロータの推定位置を演算する、請求項1~6のいずれか一項に記載の交流モータ制御装置。
【請求項8】
前記ロータ位置演算手段は、異なる電圧ベクトルが前記交流モータに印加されるときの同相の電流微分値の差分をとることにより、位置推定用3相信号を生成し、前記位置推定用3相信号を用いて前記交流モータのロータの推定位置を演算する、請求項1~7のいずれか一項に記載の交流モータ制御装置。
【請求項9】
3相永久磁石同期モータである交流モータと、
前記交流モータに交流電流を供給するインバータと、
前記インバータを制御する、請求項1~8のいずれか一項に記載の交流モータ制御装置と、
を含む、駆動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、交流モータ制御装置およびそれを備えた駆動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
交流モータとは、交流電流の供給を受けて作動するように構成された電動モータをいい、ブラシレスDCモータ、誘導モータ、ステッピングモータなどを含む。端的には、直流電流の供給を受け、整流子を用いて巻線電流の方向を変化させる構成以外の電動モータは、交流モータの範疇に含まれる。
交流モータのための典型的なモータ制御装置は、直流を交流に変換するインバータを備え、そのインバータによって電動モータに交流電流を供給する。インバータを適切に制御するためには、ロータ位置の情報が必要である。そこで、ロータの回転位置を検出するロータ位置検出器の出力を用いてインバータが制御される。
【0003】
ロータ位置検出器を用いる代わりに、ロータ位置を推定し、推定したロータ位置に基づいてインバータを制御することによって交流モータを駆動する方式が知られている。このような制御方式は、「位置センサレス制御」、あるいは単に「センサレス制御」と呼ばれている。ロータ位置検出器を省くことにより、ロータ位置検出器の実装位置精度およびロータ位置検出器に関連する配線を考慮する必要がなくなる。加えて、センサレス制御は、物理的にロータ位置検出器の配置が不可能なモータや、ロータ位置検出器が使用環境に耐えられない用途のモータにも適用できる利点がある。
【0004】
典型的なセンサレス制御におけるロータ位置の推定は、誘起電圧法による。誘起電圧法とは、電圧指令および電流検出値を用い、モータモデルに基づく演算によって誘起電圧を求め、その誘起電圧を用いてロータ位置を推定する方法である。
しかしながら、誘起電圧が小さい低速領域では、電圧指令に対する実際の印加電圧の誤差、電流検出の誤差、電流検出の分解能の制限などのために、ロータ位置検出が難しい。
【0005】
零速度を含む低速領域におけるセンサレス制御の例は、特許文献1,2に開示されている。
特許文献1のセンサレス制御では、モータ駆動のための励磁周波数よりも高い周波数の交番電圧が駆動電圧波形に重畳される。交番電圧の印加に応じて、モータインダクタンスに変化が生じ、それに応じて、モータ回転座標系のdq軸上の高周波交番電流の応答が得られる。これに基づいて、ロータ位置が推定される。
【0006】
特許文献2のセンサレス制御では、PWM制御周期ごとに生じるモータ固定座標系のαβ軸上の電流リプル量がインダクタンスによる影響を受けることを利用している。具体的には、PWM制御周期毎に電圧ベクトル印加中の相電流変化量を求め、それらの相間差分値を用いて、ロータ位置を推定している。後者は、前者と比べて、位置推定の周期を短くできることから、高応答を実現しやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7-245981号公報
【特許文献2】特開2018-153028号公報
【特許文献3】特開2011-050168号公報
【特許文献4】特開2010-154598号公報
【特許文献5】特開2020-005404号公報
【特許文献6】特開2013-126352号公報
【特許文献7】国際公開第2015/190150号公報
【特許文献8】特開2007-129844号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】T. Aihara他4名、「Sensorless Torque Control of Salient-Pole Synchronous Motor at Zero-Speed Operation」、IEEE TRANSACTIONS ON POWER ELECTRONICS, VOL. 14, NO. 1, JANUARY 1999
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、いずれの場合にも、磁気飽和するような領域でモータを駆動する場合には、インダクタンスが磁気飽和の影響を受けるので、推定位置精度が悪化し、最悪の場合には、モータが脱調するおそれがある。
高周波交番電圧を重畳して位置推定する特許文献1の場合には、推定精度の悪化を抑制する手段として、特許文献3,4,5,6,7の方法を採用することができる。特許文献3は、回転座標系でのインダクタンスLd,Lqに回転座標系での電流Id,Iqの依存性を持たせて推定値を補正する方法を開示している。特許文献4は、トルク(q軸電流値)に応じて高周波電圧の大きさを変化させて推定精度を向上させる方法を開示している。特許文献5,6は、q軸電流値に依存したd軸電流指令を加えて突極比を維持する方法を開示している。特許文献7は、所定の突極比を下回らないように電流値を制限する方法を開示している。
【0010】
これらは、いずれもdq軸上での補正による改善方法であるが、d軸電流指令値を補正する方法(特許文献5,6)や、電流制限をする方法(特許文献7)は、αβ軸上でのロータ位置推定にも適用可能である。
しかし、d軸電流指令値を補正する特許文献5,6の方法は、銅損が増加する問題がある。また、電流自体を制限する特許文献7の方法は、高トルクを発生できない問題がある。
【0011】
一方、αβ軸上の電流リプル量からインダクタンスを用いてロータ位置推定を行う特許文献2の手法においては、複数回の電流検出値を用いて相電流変化量が求められる。むろん、モータの駆動に関与しない電流リプル量は小さいことが好ましいが、複数回の電流検出値を用いる手法では、小さな電流リプルを検出可能なS/N比(信号対雑音比)を確保することは難しい。
【0012】
この問題は、電流の時間変化から誘導電圧を発生させるようなアナログ回路を用いて電流微分値を直接的に取得する電流微分検出器を採用することで解決できる。とくに、特許文献8に記載されているように、磁性体コアを用いて構成されたカレントトランス等の素子を用いることで、二次側の電圧が十分に大きくとれるため、微小の電流リプルでも高感度に検出可能である。
【0013】
ところが、高トルク状態では、電流リプルの周波数と比較してほぼ直流と見なせる一次側のモータ電流で磁性体コアが飽和し、一次側の電流リプルによって作られる二次側の誘導電圧が小さくなる問題がある。すなわち、モータ電流に依存して電流微分検出器のゲインが変化してしまう。この問題は、ロゴスキーコイル等の空芯コイルを用いることによって解決できるが、空芯コイルを用いるカレントトランスは、二次側に発生する電圧が小さいため、十分なS/N比を確保できないという問題に再び遭遇する。
【0014】
このように、零速度を含む低速領域においては、とりわけ高トルクを発生している状態でのロータ位置推定に課題があり、脱調を起こすことなく安定に交流モータをセンサレス制御することが難しい。
この発明の一実施形態は、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに安定に交流モータをセンサレス制御できる交流モータ制御装置およびそれを備えた駆動システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
この発明の一実施形態は、3相永久磁石同期モータである交流モータに交流電流を供給するインバータを制御する交流モータ制御装置を提供する。この交流モータ制御装置は、前記交流モータのロータの位置を検出するための位置検出電圧ベクトルを含む複数種類の電圧ベクトルが前記交流モータに印加されるように前記インバータにパルス幅変調信号を供給するパルス幅変調信号生成手段と、前記位置検出電圧ベクトルが前記交流モータに印加されることによって生じる前記交流モータの電流の微分値である電流微分値を検出する電流微分値検出手段と、前記電流微分値検出手段によって検出される電流微分値に基づいて、前記交流モータのロータの推定位置を演算するロータ位置演算手段と、q軸電流値に応じて、前記推定位置を補正するロータ位置補正手段と、前記ロータ位置補正手段によって補正された推定位置に従って前記交流モータを駆動するために前記パルス幅変調信号生成手段を制御する駆動制御手段と、を含む。
【0016】
電流微分値は、ここでは、電流の時間変化を表す値をいい、電流の時間微分値のほか、短時間間隔で検出された電流値の差分(変分)をも包含する用語として用いる。
q軸電流値とは、交流モータのロータの磁束方向をd軸とし、それに直交する方向をq軸として定義され、ロータとともに回転するdq回転座標系におけるq軸電流の値をいう。
【0017】
位置検出電圧ベクトルを交流モータに印加したときの電流微分値は、ロータの位置に依存して変動するので、電流微分値を用いることによって、ロータの位置を推定できる。その一方で、本願の発明者の研究によれば、推定されたロータの位置は、q軸電流値に依存する誤差を含む。この誤差の原因の一つは、高トルク駆動時における交流モータの磁気飽和である。また、電流微分値検出手段が、磁性体コアを有するカレントトランスのような素子を用いる場合には、その磁性体コアの磁気飽和も誤差の原因となる。そこで、この実施形態では、ロータの推定位置に対して、q軸電流値に応じた補正を行い。その補正がされた推定位置に基づいて交流モータを制御することによって、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータをセンサレス制御できる。
【0018】
この発明の一実施形態では、前記ロータ位置補正手段は、前記q軸電流値の関数である補正量を前記ロータ位置演算手段によって演算される位置から差し引いて前記推定位置を補正する。q軸電流値の関数を用いた補正により、q軸電流に起因する推定位置の誤差を適切に低減できる。それにより、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータを適切にセンサレス制御できる。
【0019】
この発明の一実施形態では、前記ロータ位置補正手段は、前記ロータ位置演算手段によって演算される推定位置を位相に用いた高調波成分と前記q軸電流値の関数との積である補正量を前記ロータ位置演算手段によって演算される位置から差し引いて前記推定位置を補正する。この場合には、補正量は、推定位置を基準位相に用いた高調波成分を含み、かつq軸電流値に応じた振幅を有する。それにより、推定位置に含まれる高調波成分の誤差を適切に除去することができるので、より正確な推定位置を得ることができる。したがって、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータを適切にセンサレス制御できる。
【0020】
この発明の一実施形態では、前記ロータ位置補正手段は、前記q軸電流値の関数である第1補正量を前記ロータ位置演算手段によって演算される推定位置から差し引いて当該推定位置を補正する第1補正と、前記第1補正によって補正された推定位置を位相に用いた高調波成分と前記q軸電流値の関数との積である第2補正量を、前記第1補正によって補正された推定位置から差し引いて、当該推定位置をさらに補正する第2補正と、を実行する。
【0021】
この場合には、q軸電流値に基づく第1段階の補正を行い、さらにq軸電流値および第1段階での補正後の推定位置の位相を用いて、第2段階の補正が行われる。これにより、q軸電流値に起因する推定位置の誤差を低減でき、かつ高調波成分の推定誤差を除去できる。しかも、高調波成分の推定誤差の補正には、第1段階の補正が加えられた推定位置を基準位相に用いるので、一層正確な推定位置を得ることができる。それにより、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータを一層適切にセンサレス制御できる。
【0022】
この発明の一実施形態では、前記ロータ位置補正手段は、前記q軸電流値によって前記交流モータが発生するトルクの方向に前記推定位置をずらすように当該推定位置を補正する。この構成により、q軸電流値に起因する推定位置演算誤差を適切に補正できるので、正確な推定位置を得ることができる。それにより、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータを適切にセンサレス制御できる。
【0023】
この発明の一実施形態では、前記パルス幅変調信号生成手段が、前記位置検出電圧ベクトルを反転した反転電圧ベクトルが前記位置検出電圧ベクトルに続いて前記交流モータに印加されるように前記インバータにパルス幅変調信号を供給する。
この構成により、位置検出のために印加された電圧ベクトルに起因する電流が、反転ベクトルによって相殺される。それにより、実効的な電流に影響を与えることなく、ロータ位置を推定できるので、位置検出に起因する振動および騒音を抑制できる。
【0024】
この発明の一実施形態では、前記ロータ位置演算手段は、異なる電圧ベクトルが前記交流モータに印加されるときの同相または異相の電流微分値の差分をとることにより、サイクリックな対称式で表される位置推定用3相信号を生成し、前記位置推定用3相信号を用いて前記交流モータのロータの推定位置を演算する。
この構成によれば、位置推定用3相信号が、サイクリックな対称式で表されるように生成されるので、高トルク発生時に交流モータが磁気飽和してインダクタンスが変化しても、その影響が3相に等価的に現れる。そのため、位置推定誤差を抑制できるので、ロータ位置を正確に推定できる。それにより、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータを適切にセンサレス制御できる。
【0025】
この発明の一実施形態では、前記ロータ位置演算手段は、異なる電圧ベクトルが前記交流モータに印加されるときの同相の電流微分値の差分をとることにより、位置推定用3相信号を生成し、前記位置推定用3相信号を用いて前記交流モータのロータの推定位置を演算する。
この構成によれば、同相の電流微分値の差分をとるようにして位置推定用3相信号が生成されるので、電流微分値検出のゲインを括るようにして位置推定用3相信号を生成できる。それにより、大電流時に電流微分値検出手段に備えられる磁性体の磁気飽和が生じても、位置推定誤差を容易に抑制することができる。したがって、ロータ位置を正確に推定できるので、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに交流モータを適切にセンサレス制御できる。
【0026】
この発明の一実施形態は、3相永久磁石同期モータである交流モータと、前記交流モータに交流電流を供給するインバータと、前記インバータを制御する交流モータ制御装置とを含む。交流モータ制御装置は、前述のような特徴を有している。
この構成により、センサレス制御を適用しながら、零速度を含む低速領域において、高トルクでも交流モータが脱調することのない、安定した駆動システムを提供できる。
【発明の効果】
【0027】
この発明によれば、零速度を含む低速領域において、高トルクでも脱調せずに安定に交流モータをセンサレス制御できる交流モータ制御装置およびそれを備えた駆動システムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1A図1Aは、この発明の一実施形態に係るモータ制御装置を備えた駆動システムの構成を説明するためのブロック図である。
図1B図1Bは、前記モータ制御装置が備えるコントローラの機能的な構成を説明するためのブロック図である。
図2図2は、前記コントローラの電流制御器に関連する詳しい構成の具体例を示すブロック図である。
図3図3は、前記モータ制御装置が備えるインバータの構成例を説明するための電気回路図である。
図4A-4B】図4Aおよび図4Bは、インバータの8つの状態に対応する電圧ベクトルを示す。
図5図5は、交流モータのモデルを示す電気回路図であり、Δ結線された3相モータモデルを示す。
図6図6は、交流モータMの低速回転時(停止状態を含む)における電圧、電流および電流微分の波形図例を示す。
図7図7は、交流モータのモデルを示す電気回路図であり、Y結線された3相モータモデルを示す。
図8図8は、UVW固定座標上の理想的な正弦波のインダクタンスの一例を示す。
図9A-9C】図9A図9Bおよび図9Cは、理想的な正弦波のインダクタンスに関して、αβ固定座標系上のインダクタンスLα,Lβ,Mαβ、dq回転座標系上のインダクタンスLd,Lq,Mdq、およびインダクタンスのm,n,s成分を計算してプロットした例を示す。
図10A-10C】図10A図10Bおよび図10Cは、理想的な正弦波のインダクタンスから、3種の電圧ベクトルを印加したときの電流微分値を計算した例を示す。
図11A-11C】図11A図11Bおよび図11Cは、磁気解析にて、3相の表面磁石型モータに対して、モータのq軸電流がゼロの状態で、前記の3種の電圧ベクトルを入力し、ロータ位置を電気角1周期回転させた場合の電流微分値を示す。
図11D-11E】図11Dは、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図11Eは、αβ固定座標系上での位置推定用2相信号αs,βs、ならびにそれらに基づいて求められた推定位置を示す。
図12A-12B】図12Aおよび図12Bは、図11A図11Eが得られた状態のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイルの鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。
図13A-13D】図13Aおよび図13Bは、q軸電流が正のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイルの鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。図13Cおよび図13Dは、q軸電流が負のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイルの鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。
図14A-14D】図14Aは、q軸電流が正の場合の位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Bは、q軸電流が負の場合の位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Cは、q軸電流が正および負の各場合について演算した推定位置を示す。図14Dは、q軸電流が正および負の各場合について、理想推定角度に対する推定位置の誤差を示す。
図15A-15B】図15Aは、並進補正後の推定位置を示す。図15Bは、並進補正後の推定位置の誤差を示す。
図16A-16B】図16Aは、高調波補正後の推定位置を示す。図16Bは、高調波補正後の推定位置の誤差を示す。
図17A-17C】図17Aおよび図17Bは、図12Aに示したUVW固定座標上でのインダクタンスをαβ固定座標系およびdq回転座標系でのインダクタンスに変換した結果をそれぞれ示す。図17Cは、対応する成分m,n,sを示す。
図18A-18C】図18A図18Bおよび図18Cは、モータ電流がゼロで3種の電圧ベクトルを使用して得た電流微分値をそれぞれ示す。
図18D-18E】図18Dは、同相の電流微分値の差分で構成した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図18Eは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsから演算した推定位置を示す。
図19A-19C】図19A図19Bおよび図19Cは、モータ線に、U相がゼロ、V相が正、W相が負の電流を固定相励磁で印加し、外部から強制的にモータを回転したときの電流微分値の取得結果を示す。
図20A-20B】図20Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から2種の電圧ベクトルのみを使用して構成した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図20Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて推定位置を演算した結果を示す。
図21A-21B】図21Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを同相の差分により構成した例を示す。図21Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて推定位置を演算した結果を示す。
図22A-22B】図22Aは、図21Aの信号Vs,Wsを2倍して演算し直した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図22Bは、それらを用いて推定位置を演算した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1Aは、この発明の一実施形態に係るモータ制御装置を備えた駆動システムの構成を説明するためのブロック図である。モータ制御装置100は、交流モータMを駆動するための装置(交流モータ制御装置)である。より具体的には、モータ制御装置100は、交流モータMのロータの位置を検出するロータ位置検出器を用いることなく、交流モータMを制御する、いわゆるセンサレス制御によって、交流モータMを駆動する。交流モータMは、表面磁石型同期モータ(SPMSM)であってもよい。交流モータMは、この実施形態では、3相永久磁石同期モータであり、U相巻線5u、V相巻線5vおよびW相巻線5wを有している。以下、これらの巻線を総称するときには、「巻線5uvw」という。図1Aには、巻線5uvwをY結線した例を示してあるが、後述のとおり、巻線5uvwはΔ結線されていてもよい。
【0030】
モータ制御装置100は、この例では、位置制御ループ、速度制御ループおよび電流制御ループを備えたフィーバック系を有しており、位置指令に応じて交流モータMのロータ位置を制御する位置サーボ制御を行うように構成されている。電流制御に関しては、ベクトル制御を採用している。外部からの指令は、位置指令に限らず、速度指令であってもよいし、トルク指令(電流指令)であってもよい。速度指令が与えられるときには、位置制御ループは用いられない。トルク指令が与えられるときには、電流制御ループのみが用いられ、位置制御ループおよび速度制御ループは用いられない。
【0031】
ロータ位置は、ロータ位置検出器を用いず、電流微分検出器4uvwによって得た信号を用いて推定される。より具体的には、電流微分値に基づいて、交流モータMの各相巻線のインダクタンスの変動を表す位置推定用信号を作成し、その位置推定用信号に基づいてロータ位置が推定される。表面磁石型同期モータは、原理上、突極性がないので、インダクタンス変化を用いた磁極検出はできないとされているが、ネオジウム磁石などの磁力の強い磁石を用いる場合には、鉄心の磁気飽和によってインダクタンスは若干変化する。
【0032】
具体的な構成について説明すると、モータ制御装置100は、コントローラ1と、電流検出器3u,3v,3w,と、電流微分検出器4u,4v,4wとを含み、インバータ2を制御するように構成されている。インバータ2は、直流電源7から供給される直流電流を交流電流に変換して、交流モータMの巻線5uvwに供給する。モータ制御装置100と、インバータ2と、交流モータMとにより、駆動システムが構成されている。
【0033】
インバータ2と交流モータMとは、U相、V相およびW相に対応した3本の電流ライン9u,9v,9w(以下、総称するときには「電流ライン9uvw」という。)で接続されている。これらの電流ライン9uvwのそれぞれに、電流検出器3u,3v,3wおよび電流微分検出器4u,4v,4wが配置されている。電流検出器3u,3v,3w(以下、総称するときには「電流検出器3uvw」という。)は、対応する相の電流ライン9uvwを流れる線電流、すなわち、U相線電流Iu、V相線電流IvおよびW相線電流Iw(以下、総称するときには「線電流Iuvw」という。)をそれぞれ検出する。電流微分検出器4u,4v,4w(以下、総称するときには「電流微分検出器4uvw」という。)は、対応する相の電流ライン9uvwを流れる線電流の時間変化、すなわち、U相、V相およびW相の電流微分値dIu,dIv,dIw(以下、総称するときには「電流微分値dIuvw」という。)を検出する電流微分値検出手段である。
【0034】
交流モータMの巻線5uvwがY結線されているときには、線電流Iuvwは各相の巻線5uvwに流れる相電流iu,iv,iw(以下、総称するときには「相電流iuvw」という。)に等しい。交流モータMの巻線5uvwがΔ結線されているときには、線電流Iuvwと相電流iuvwとの関係は、後述の式(3)に示すとおりとなる。
コントローラ1は、位置指令θcmdに基づいて、インバータ2を制御する。コントローラ1は、コンピュータとしての形態を有しており、プロセッサ(CPU)1aと、プロセッサ1aが実行するプログラムを記録した記録媒体としてのメモリ1bとを含む。
【0035】
図1Bは、コントローラ1の機能的な構成を説明するためのブロック図である。コントローラ1は、プロセッサ1aがプログラムを実行することによって、複数の機能処理部の機能を実現するように構成されている。複数の機能処理部は、位置制御器11、速度制御器12、電流制御器13、PWM生成器14、位置推定器15および速度推定器16を含む。
【0036】
位置推定器15は、電流微分検出器4uvwが出力する信号、すなわち電流微分値dIuvwを用いて、交流モータMのロータの位置を推定する演算を行い、推定位置θfbを位置制御器11にフィードバックする。位置制御器11は、推定位置θfbに基づき、ロータ位置を位置指令θcmdに一致させるための速度指令ωcmdを生成して、速度制御器12に供給する。このようにして、位置制御ループが構成されている。
【0037】
ロータの推定位置θfbは、速度推定器16にも供給される。速度推定器16は、推定位置θfbの時間変化求めてロータ速度を推定する演算を行い、推定速度ωfbを速度制御器12に供給する。速度制御器12は、推定速度ωfbに基づき、ロータ速度を速度指令ωcmdに一致させるための電流指令Idcmd,Iqcmdを生成して、電流制御器13に供給する。このようにして、速度制御ループが構成されている。
【0038】
電流制御器13には、電流検出器3uvwで検出される線電流Iuvw(正確には線電流Iuvwの検出値)が供給される。電流制御器13は、線電流Iuvwを電流指令Idcmd,Iqcmdに整合させるためのU相電圧指令Vu、V相電圧指令VvおよびW相電圧指令Vw(以下、総称するときには「電圧指令Vuvw」という。)を生成して、PWM生成器14に供給する。このようにして、電流制御ループが構成されている。
【0039】
PWM生成器14は、電圧指令Vuvwに応じたPWM制御信号(パルス幅変調信号)を生成してインバータ2に供給するパルス幅変調信号生成手段である。PWM生成器14により、電圧指令Vuvwに応じた電圧が、電流ライン9uvwを介して、交流モータMの巻線5uvw間に印加される。
図2は、電流制御器13に関連する詳しい構成の具体例を示すブロック図である。速度制御器12は、dq回転座標系に従うd軸電流指令Idcmdおよびq軸電流指令Iqcmdを生成して、電流制御器13に供給する。dq回転座標系は、交流モータMのロータの磁束方向をd軸とし、それに直交する方向をq軸として定義され、ロータの回転角(電気角)に応じて回転する回転座標系である。電流制御器13は、dq電流制御器131と、逆dq変換器132と、2相3相変換器133と、3相2相変換器134と、dq変換器135とを含む。2相3相変換器133は、電流検出器3uvwが検出する3相の線電流Iuvwを、2相固定座標系であるαβ座標系の2相電流値Iα,Iβに変換する。dq変換器135は、αβ座標系の2相電流値Iα,Iβを座標変換してdq回転座標系のd軸電流値Idおよびq軸電流値Iqに変換する。このdq回転座標系の電流値Id,Iqがdq電流制御器131に供給される。dq電流制御器131は、d軸電流値Idおよびq軸電流値Iqをd軸電流指令Idcmdおよびq軸電流指令Iqcmdにそれぞれ一致させるようにdq回転座標系の電圧指令であるd軸電圧指令Vdcmdおよびq軸電圧指令Vqcmdを生成する。この電圧指令Vdcmd,Vqcmdが、逆dq変換器132において、αβ座標系の電圧指令Vαcmd,Vβcmdに座標変換される。さらに、このαβ座標系の電圧指令Vαcmd,Vβcmdが、2相3相座標変換器133によって、3相の電圧指令Vuvwに座標変換される。この3相の電圧指令VuvwがPWM生成器14に供給される。
【0040】
位置推定器15は、αβ座標系のロータ角度を演算するロータ角度演算器151と、ロータ角度演算器151が演算したロータ角度に対してq軸電流値に基づいて補正を施して推定位置θfbを生成する補償器152とを含む。ロータ角度演算器151は、電流微分検出器4uvwによって検出される電流微分値に基づいて、交流モータMのロータの推定位置を演算するロータ位置演算手段である。補償器152は、演算されたロータの推定位置を補正するロータ位置補正手段である。位置推定器15は、推定位置θfbを、逆dq変換器132およびdq変換器135に供給する。推定位置θfbは、dq回転座標系とαβ座標系との間の座標変換演算のために用いられ、かつ速度推定器16での速度推定演算に用いられる。
【0041】
電流制御器13は、位置推定器15から供給される推定位置θfbに従って交流モータMを駆動するためにPWM生成器14を制御する駆動制御手段である。
図3は、インバータ2の構成例を説明するための電気回路図である。直流電源7に接続された一対の給電ライン8A,8Bの間に3相分のブリッジ回路20u,20v,20wが並列に接続されている。一対の給電ライン8A,8Bの間には、さらに、平滑化のためのコンデンサ26が接続されている。
【0042】
各ブリッジ回路20u,20v,20w(以下、総称するときには「ブリッジ回路20uvw」という。)は、上アームスイッチング素子21u,21v,21w(以下、総称するときには「上アームスイッチング素子21uvw」という。)と、下アームスイッチング素子22u,22v,22w(以下、総称するときには「下アームスイッチング素子22uvw」という。)との直列回路で構成されている。各ブリッジ回路20uvwにおいて、上アームスイッチング素子21uvwと下アームスイッチング素子22uvwとの間の中点23u,23v,23wに、交流モータMの対応する巻線5uvwとの接続のための電流ライン9uvwが接続されている。
【0043】
スイッチング素子21uvw,22uvwは、典型的には、パワーMOSトランジスタであり、直流電源7に対して逆方向に接続される寄生ダイオード24u,24v,24w;25u,25v,25wを内蔵している。
電流微分検出器4uvwは、各相の電流ライン9uvwに流れる線電流Iuvwの時間微分値である電流微分値dIuvwを検出するように構成されている。
【0044】
コントローラ1から供給されるPWM制御信号は、スイッチング素子21uvw,22uvwのゲートに入力され、それにより、スイッチング素子21uvw,22uvwがオン/オフする。各ブリッジ回路20uvwの上アームスイッチング素子21uvwおよび下アームスイッチング素子22uvwの対は、一方がオンのときに他方がオフになるように制御される。上アームスイッチング素子21uvwがオンで下アームスイッチング素子22uvwがオフの状態に制御するPWM制御信号値を「1」と定義し、上アームスイッチング素子21uvwがオフで下アームスイッチング素子22uvwがオンの状態に制御するPWM制御信号値を「0」と定義する。すると、PWM制御信号は、3次元のベクトルによって表現できる8つのパターン(状態)を取り得る。この8つのパターン(状態)は、(1,0,0),(1,1,0),(0,1,0),(0,1,1),(0,0,1),(1,0,1),(0,0,0),(1,1,1)のように成分表記することができる。これらのうちの、はじめの6つのパターン(1,0,0),(1,1,0),(0,1,0),(0,1,1),(0,0,1),(1,0,1)は、交流モータMの巻線5uvw間に電圧が印加される状態に相当する。残りの2つのパターン(0,0,0),(1,1,1)は、巻線5uvw間に電圧が印加されない状態に相当する。
【0045】
図4Aは、上記の8つのパターン(状態)に対応する電圧ベクトルV0~V7を示す。巻線間に電圧が印加される6つのパターンに対応する電圧ベクトルV1(1,0,0),V2(1,1,0),V3(0,1,0),V4(0,1,1),V5(0,0,1),V6(1,0,1)は、図4Bに示すように、電気角360度の区間を6等分する6つの電圧ベクトルによって表現することができる。電圧ベクトルV0(0,0,0)およびV7(1,1,1)は、巻線5uvw間に電圧が印加されない零電圧ベクトルである。
【0046】
以下では、記述を簡素化するためにベクトルの成分を区切る句点(コンマ)を省略して記述する場合がある。また、以下の説明において、「電圧ベクトルを印加する」などの表現は、当該電圧ベクトルで表される状態にインバータ2が制御され、それに応じた電圧が交流モータMに印加されることを意味する。
図5は、交流モータMのモデルを示す電気回路図であり、Δ結線された3相モータモデルを示す。このモデルの電圧方程式は、次式(1)のとおりである。
【0047】
【数1】
【0048】
ここでは、モータの回転速度が十分に低いときには誘起電圧の項は無視でき、インダクタンスの時間変化成分は電流の時間変化に比べて十分に小さいため、インダクタンスの時間微分の項は無視できると仮定した。下記のとおり、UVW座標系上のインダクタンス行列をMuvwと置いて、その逆行列M-1uvwを求め、これを用いて相電流微分値を記述すると、次式(2)が得られる。
【0049】
【数2】
【0050】
Δ結線のモータで検出できるのは、前述のとおり、線電流Iuvwである。線電流Iuvwと、各相巻線の相電流iuvwとの関係、およびそれらの時間微分の関係は、次式(3)のとおりである。
【0051】
【数3】
【0052】
これを用いて上式(2)を変形し、電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)が印加されるときの線電流Iuvwの時間tに関する微分値を記述すれば、次式(4)のとおりである。ただし、各相巻線5uvwの電気抵抗R(相抵抗)による電圧降下を表す項(上記式(2)の第2項)については、電圧ベクトル(000)または(111)を印加する期間の線電流微分値を検出することによってほぼ同等の値を取得でき、それを差し引くことによって実質的にキャンセルできるので、ここでは無視している。より具体的には、次に説明する位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを線電流微分値に基づいて構成するときに、巻線抵抗Rの電圧降下の項を省いても差し支えないので、説明を簡単にするために、ここでは電圧降下の項を予め省いた線電流微分値を示す。
【0053】
【数4】
【0054】
3種の電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を印加するときの電流微分値を用いる場合の位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを次式(5)のように定義する。次式(5)において、gu,gv,gwは各線電流の電流微分検出ゲインである。次式(5)は、同相の電流微分の差を各相のゲインgu,gv,gwを括り出すように位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを定義したものである。
【0055】
【数5】
【0056】
PWM電圧Vu,Vv,Vw(上アームスイッチング素子がオンのときに各相に印加される端子電圧)は3相間で実質的に等しいので、V=Vu=Vv=Vwとして、式(4)を式(5)に代入すると、位置推定用3相信号は次式(6)のようにサイクリックな対称式となる。このような位置推定用3相信号は、高トルク発生時にモータが磁気飽和してインダクタンスが変動しても、その影響が3相に等価的に現れるように定義されているので、位置検出誤差が抑制される。
【0057】
【数6】
【0058】
また、電流微分検出器4uvwが、磁性体コアを有するカレントトランス等を用いて高感度に検出する構成を有する場合には、高トルク発生時に、モータ電流が大きくなることで、カレントトランスの磁性体が飽和してゲインが変動する。しかし、同相の電流微分信号の差を用いて前述のように位置推定用3相信号を定義することで、ゲインを括ることができるので、大電流時でも電流微分検出器4uvwの磁気飽和に起因する位置推定誤差を抑制できる。
【0059】
位置検出のための3種の電圧ベクトルは、V1(100),V3(010),V5(001)に限らず、たとえばV2(011),V6(101),V4(110)の3種の電圧ベクトルを使用した場合も、同様にして、位置推定用3相信号を導くことができる。
2種の電圧ベクトルを用いて位置推定用3相信号を作成することもできる。具体的には、2種の電圧ベクトルV1(001),V3(010)を印加するときの電流微分値を用いる場合、たとえば、位置推定用3相信号を次式(7)のように定義することができる。各相の電流微分検出ゲインが異なる場合には、位置推定用3相信号は式(8)のようになる。電流微分検出ゲインが等しい場合(g=gu=gv=gw)は、式(9)となり、式(6)において検出ゲインが全て同じときと等価な式となる。
【0060】
【数7】
【0061】
2種の電圧ベクトルを印加するときの電流微分値を用いる場合は、位置推定用3相信号のうち2相分を異なる相の信号を差し引きして生成する必要があるため、電流微分検出器4uvwのゲインを括ることができない。したがって、高電流で磁性体が飽和してゲインが減少するような構成の電流微分検出器4uvw(カレントトランス等)を使用する場合には適用が難しい。しかし、電流微分検出器4uvwのゲインが全ての相で等しく、電流値による変動もない場合は有効であり、位置検出のための電圧ベクトルの種類数を減らせることで、位置検出の応答性が上がるメリットがある。上記の式(4)から自明なように、次式(10)の関係があるので、項を入れ替えることによって、別の2種の電圧ベクトルを印加するときの電流微分値で位置推定用3相信号を同様に定義することができる。
【0062】
【数8】
【0063】
いずれにしても、位置検出のために2種の電圧ベクトルを用いる場合は、位置推定用3相信号のいずれかの相を異なる相の差分により生成する必要があるため、電流微分検出器4uvwのゲインによる影響を受ける。
電流微分の検出を2相についてのみ行い、全相の電流和がゼロとなる関係を用いて、残りの1相の電流微分を演算によって求めてもよい。
【0064】
このようにして求めた位置推定用3相信号を3相2相変換し、逆正接をとることで、次式(11)のようにロータ推定位置を求めることができる。
【0065】
【数9】
【0066】
各相の規格化した自己インダクタンスLu,Lv,Lwを、モータ電気角θおよび規格化されたインダクタンス振幅αを用いて、次式(12)のようにおく。ここで、表面磁石型モータ等を対象とし、相互インダクタンスが小さいと仮定した。規格化された自己インダクタンスLu,Lv,Lwは、インダクタンスのオフセットL0で規格化したものである。オフセットL0は、dq回転座標系でのインダクタンスLd,Lqにより、L0=(Ld+Lq)/2で表され、各相のインダクタンス振幅L1は、L1=(Ld-Lq)/2で表される。規格化されたインダクタンス振幅αは、α=L1/L0で表すことができ、オフセットL0に対するインダクタンス振幅L1の比である。
【0067】
【数10】
【0068】
3種の電圧ベクトルを用いる場合の位置推定用3相信号を、上記の式(6)を用いて計算すると、次式(13)となる。α<<1として、αの2乗以上の項を無視すると式(14)に近似でき、3相正弦波の信号が得られる。
このように、電気角1周期に対して2周期の変動を持つ推定位置が得られる。2種の電圧ベクトルを用いる場合も、同様である。
【0069】
【数11】
【0070】
図6は、交流モータMの低速回転時(停止状態を含む)における電圧、電流および電流微分の波形図例を示す。図6(a)は、U相電流ライン9uに印加されるU相線電圧の波形を示す。図6(b)は、V相電流ライン9vに印加されるV相線電圧の波形を示す。図6(c)は、W相電流ライン9wに印加されるW相線電圧の波形を示す。さらに、図6(d)(e)(f)は、電流検出器3uvwがそれぞれ出力するU相線電流Iu、V相線電流IvおよびW相線電流Iwの変化を示している。図6(g)(h)(i)は、U相、V相およびW相の線電流の時間微分値、すなわちU相電流微分値dIu、V相電流微分値dIvおよびW相電流微分値dIwの変化をそれぞれ示しており、電流微分検出器4uvwの出力に相当する。
【0071】
図3に示したとおり、インバータ2は、6個のスイッチング素子21uvw,22uvwで構成された3相インバータであり、交流モータMのU相、V相およびW相の巻線5uvwに接続された3つの端子を電源電圧Vdc(PWM電圧)またはグランド電位(0V)のいずれかに接続する。前述のように、電源電圧Vdcに接続された状態(上アームスイッチング素子21uvwがオンの状態)を「1」、0Vに接続された状態(上アームスイッチング素子21uvwがオフの状態)を「0」と表現する。すると、生成される電圧ベクトルは、図4Aに示したとおり、V0(0,0,0)~V7(1,1,1)の8種類である。これらのうち、V0(0,0,0)およびV7(1,1,1)は、全ての巻線端子が同電位となり、巻線5uvw間にかかる電圧が零となる零電圧ベクトルである。残りの6つの電圧ベクトルV1~V6は、巻線5uvw間に電圧が印加される非零電圧ベクトルである。
【0072】
PWM生成器14は、電流制御器13から出力される各相電圧指令Vuvwと三角波キャリア信号との比較により、インバータ2のスイッチング素子21uvw,22uvwをオン/オフするPWM制御信号を生成する。たとえば、PWM周波数(三角波キャリア信号の周波数)は、14kHzであり、これは約70μ秒周期に相当する。低速回転時は、相電圧指令Vuvwが低いので、巻線5uvw間に電圧がかからない零電圧ベクトルV0,V7の期間が長くなる。図6には、零電圧ベクトルV0の期間T0および零電圧ベクトルV7の期間T7をPWM周期のほぼ半分ずつとして、交流モータMを停止させている状態の波形が示されている。
【0073】
PWM生成器14は、PWM制御信号を生成する機能に加えて、零電圧ベクトルV0またはV7の期間に、ロータ位置検出のための電圧ベクトルV1,V3,V5(位置検出電圧ベクトル)を印加する機能を有している。位置検出電圧ベクトルを印加する時間は、PWM周期(たとえば約70μ秒)比較して十分に短く、さらにPWM周期の半分に比較して十分に短い。より具体的には、位置検出電圧ベクトルを印加する時間は、PWM周期の10%以下、より好ましくは5%以下が好ましい。
【0074】
位置検出電圧ベクトルV1,V3,V5の印加による影響を最小化するために、各位置検出電圧ベクトルの印加直後に、当該位置検出電圧ベクトルを反転した反転電圧ベクトルV4(011),V6(101),V2(110)を位置検出電圧ベクトルと同じ時間だけ印加し、位置検出電圧ベクトルによる電流を相殺することが好ましい。
PWM周期ごとにU相、V相、W相に順に位置検出電圧ベクトルV1,V3,V5およびそれを相殺する反転電圧ベクトルV4,V6,V2が印加される。それにより、位置検出のための電圧ベクトル印加の影響が3相で均等になるようにしている。
【0075】
図6(d)(e)(f)および図6(g)(h)(i)に表れているように、位置検出電圧ベクトルおよび反転電圧ベクトルの印加に応じて、U相,V相およびW相電流が変化し、かつU相,V相およびW相電流微分検出電圧が変化している。カレントトランス等の電流微分検出器を用いて電流微分値を直接的に検知することにより、位置検出電圧ベクトルが印加されると、各相の電流微分検出電圧が瞬時に変化する。したがって、実質的に、位置検出電圧ベクトルの印加時間(たとえば3μ秒)で電流微分値を検出できる。位置検出電圧ベクトルの印加に対応したタイミングが電流微分値をサンプリングすべき電流微分値取得タイミング(シンボル「★」で示す。)となる。なお、各相の電流値については、モータ駆動のための電圧ベクトルが印加されている期間中の電流値取得タイミング(シンボル「●」で示す。)において、電流検出器3uvwの出力がサンプリングされる。
【0076】
このようにして検出された電流微分値を式(5)に代入することにより、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを得ることができる。さらに、式(11)の演算を行うことによって、モータ電気角θを得ることができる。このような演算がロータ角度演算器151(図3参照)によって行われる。2種の電圧ベクトルを用いる場合には、式(5)の代わりに式(7)の演算を行って位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを得ることができる。
【0077】
巻線抵抗における電圧降下による項(式(2)の第2項)をキャンセルする場合は、電圧ベクトルがV7(111)またはV0(000)の状態の電流微分値も取得し、位置検出電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を印加したときに取得される電流微分値から差し引けばよい。
前述の式の展開は図5のようなΔ結線のモデルで考えたものであるが、Y結線の場合も同様であることを以下に示す。図7のようなモデルを考え、中点電位Vnを用いて電圧方程式を式(15)のように置く。
【0078】
【数12】
【0079】
式(2)と同様にインダクタンス行列の逆行列を用いて電流微分を表すと式(16)となる。
【0080】
【数13】
【0081】
式(4)の導出と同様に位置検出電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を印加するときの線電流(Y結線では相電流に等しい)の微分値を表すと式(17)となる。
【0082】
【数14】
【0083】
ここで、次式(18)を用いて式(16)を中点電位Vnについて解くと、式(19)となる。
【0084】
【数15】
【0085】
位置推定用3相信号を式(5)のように同相の差分で定義すると式(20)が得られ、式(6)と同様に電流微分のゲインが括られたサイクリックな対称式となる。したがって、Y結線もΔ結線と同様に、高トルク発生時にモータが磁気飽和してインダクタンスが変動しても、その影響が3相に等価的に現れるので、位置検出誤差が抑制される。位置検出電圧ベクトルとしてV4(011),V6(101),V2(110)を使用した場合も同様である。2種の位置検出電圧ベクトルを用いた場合に、電流微分検出器4uvwのゲインの影響を受けることもΔ結線の場合と同様である。
【0086】
【数16】
【0087】
UVW固定座標系からαβ固定座標およびdq回転座標系へ移るときのインダクタンス行列の変換について以下に説明する。
UVW固定座標系からαβ固定座標系への変換行列Tαβおよび一般逆行列T+ αβを次式(21)のように定義する。
【0088】
【数17】
【0089】
さらに、αβ固定座標系からdq回転座標系への変換行列Tdqと逆行列T-1dqを次式(22)のように定義する。
【0090】
【数18】
【0091】
それぞれの変換行列とその逆行列の積は次式(23)となる。
【0092】
【数19】
【0093】
UVW固定座標系の相の電圧方程式はモータ誘起電圧eを用いて次式(24)のようになる。これに左から式(21)のαβ変換行列Tαβをかけて、インダクタンス行列と電流の間に単位行列を挿入することにより、式(25)のようにαβ固定座標系上での電圧方程式を定義できる。
【0094】
【数20】
【0095】
ここで、iu+iv+iw=0より、次式(26)が成り立つので、式(23)第1式の第1項のみが残ることから、αβ変換行列の積T+ αβαβが単位行列となることを用いた。
【0096】
【数21】
【0097】
同様にαβ固定座標系の相の電圧方程式である式(25)の左からdq変換行列Tdq(式(22))をかけて、単位行列(式(23)の第2式参照)を挿入することにより、次式(27)に示すように、dq回転座標系での電圧方程式が得られる。
【0098】
【数22】
【0099】
式(25),(27)の導出より、それぞれの座標系でのインダクタンス行列Mαβ,Mdqは次式(28)のように定義できる。
【0100】
【数23】
【0101】
ここで、UVW座標系のインダクタンス成分で構成された次式(29)の量m,n,sを定義する。
【0102】
【数24】
【0103】
式(28)より、各座標系でのインダクタンス行列を計算し、式(29)のm,n,sを用いてαβ固定座標系またはdq回転座標系上のインダクタンスを表すと、次式(30),(31)となる。
【0104】
【数25】
【0105】
また、αβ固定座標系からdq回転座標系へのインダクタンス変換は、次式(32)により表される。
【0106】
【数26】
【0107】
図8は、UVW固定座標上の理想的な正弦波のインダクタンスの一例を示す。この例では、自己インダクタンスおよび相互インダクタンスの振幅をそれぞれ0.1,0.02、とし、オフセットをそれぞれ1.3,-0.11として、相間で120°位相ずれの正弦波を仮定している。
このような理想的な正弦波のインダクタンスに関して、式(29),(30),(31)を用いて、αβ固定座標系上のインダクタンスLα,Lβ,Mαβ、dq回転座標系上のインダクタンスLd,Lq,Mdq、およびm,n,s成分を計算してプロットすると、図9A図9Bおよび図9Cのようになる。一般に知られているように、dq回転座標系上のインダクタンスLd,Lqは、いずれもロータ位置への依存性はなく、この例では、Lq=1.34、Ld=1.48となる。また、突極比Lq/Ld=1.10となる。
【0108】
また、図8に示す理想的な正弦波のインダクタンスから式(4)を用いて電流微分値を計算した結果を図10A図10Bおよび図10Cに示す。図10Aは電圧ベクトルV1(100)を印加したときの電流微分値を示し、図10Bは電圧ベクトルV3(010)を印加したときの電流微分値を示し、図10Cは電圧ベクトルV5(001)を印加したときの電流微分値を示す。いずれも、ロータ電気角に対するU相、V相およびW相の電流微分値の変化を示している。なお、検出ゲインおよび電圧は、1とした。
【0109】
例として磁気解析にて、3相の表面磁石型モータに対して、モータのq軸電流がゼロの状態で、前記の3種の電圧ベクトルを入力し、ロータ位置を電気角1周期回転させた場合の電流微分値と、式(5)および式(11)を用いて演算した位置推定の結果を図11A図11Eに示す。図11Aは電圧ベクトルV1(100)を印加したときの電流微分値を示し、図11Bは電圧ベクトルV3(010)を印加したときの電流微分値を示し、図11Cは電圧ベクトルV5(001)を印加したときの電流微分値を示す。図11Dは、式(5)により演算した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。さらに、図11Eは、式(11)により演算した、αβ固定座標系上での位置推定用2相信号αs,βs、ならびにそれらに基づいて求められた推定位置θを示す。位置推定用3相信号Us,Vs,Wsは高調波が重畳した波形となっているが、概ね正弦波とみなすことができ、推定位置θを演算できていることが分かる。
【0110】
図12Aおよび図12Bは、図11A図11Eが得られた状態のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイル(巻線)の鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。図8との比較から、インダクタンスが理想的な正弦波からずれていること、および式(13)が示すようにインダクタンスのオフセット量とその振幅との比α(規格化されたインダクタンス振幅)の高次の項が存在することが、図11Dの位置推定用3相信号Us,Vs,Wsが理想的な正弦波でなくなる理由であることがわかる。
【0111】
次に、モータのq軸電流が正または負の状態で同様の解析をかけた結果を図13A図13B図13Cおよび図13Dに示す。図13Aおよび図13Bは、q軸電流が正のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイル(巻線)の鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。図13Cおよび図13Dは、q軸電流が負のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイル(巻線)の鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。これらの図において、ロータ電気角度の正負の定義は、無負荷でq軸電流が正の場合にロータ電気角度がプラスに進む方向(進角方向)に定義した。換言すれば、q軸電流が正のときに発生するトルクの方向をロータ電気角度の正方向とした。
【0112】
コイルの鎖交磁束は、電流ゼロのときと比べて、q軸電流正の状態では進角方向(トルク発生方向)に、負の状態では遅れ角方向(トルク発生方向)にずれることがわかる。インダクタンスについては、d軸正方向または負方向の磁気抵抗の違いによって振幅が変化したり、スロットコンビネーションによる高調波が含まれたりする。しかし、本質的には自己インダクタンスLu,Lv,Lwおよび相互インダクタンスMuv,Mvw,Mwuの位相は、いずれも、コイルの鎖交磁束の位相シフトと同方向にシフトすると考えてよい。
【0113】
図14A図14Bおよび図14Cに、q軸電流が印加された場合の位置推定用3相信号と推定位置との解析結果を示す。図14Aは、q軸電流が正の場合について、式(5)により演算した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Bは、q軸電流が負の場合について、式(5)により演算した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Cは、q軸電流が正および負の各場合について、式(11)により演算した推定位置θを示す。また、図14Cには、解析に使用したロータ電気角を(解析上の真値)を理想推定角度として併せて示してある。さらに、図14Dには、q軸電流が正および負の各場合について、理想推定角度に対する推定位置の誤差(推定角度誤差)を示す。
【0114】
インダクタンスの位相シフトに伴って、推定位置θは理想推定角度に比べて、q軸電流が正のときは推定位置が正方向(トルク発生方向)に、負のときには負方向(トルク発生方向)にシフトすることがわかる。推定位置θの理想推定角度からのずれが大きくなると、トルクが減少し、最悪の場合はモータが脱調するおそれがある。
そこで、q軸電流の関数で表される補正量を導入する。一例として、比例定数k(k>0)をq軸電流値Iqに乗じて補正量C1(C1=k・Iq)とし、この補正量C1を補正前の推定位置θから差し引く並進補正(第1補正)を行う。この並進補正は、トルク発生方向へ補正量C1(第1補正量)の絶対値分だけ推定位置θをずらす操作である。q軸電流が正および負の各場合について、並進補正後の推定位置θC1(=θ-C1)を図15Aに示す。さらに、並進補正後の推定位置θC1の理想推定角度に対する推定角度誤差を図15Bに示す。
【0115】
補正前には±50°程度あった推定角度誤差(図14D参照)は、±20°以内に抑えられており、q軸電流の増加(絶対値の増加)に伴うインダクタンスの位相シフトによる推定誤差は、この補正で解決できることがわかる。
この例ではq軸電流の関数として比例式を用いたが、q軸電流に関するより高次の項を含む関数を用いた補正量を導入して並進補正を行えば、q軸電流の変化に対してより理想推定値に近い値が得られる。
【0116】
このような並進補正後の推定位置θC1を算出した後に、さらに高調波補正(第2補正)を行って推定角度誤差を小さくする。
たとえば、高調波補正量として、推定位置θに対してn倍(nは2以上の自然数。たとえばn=3)の高調波を持つ補正量C2を導入する。より具体的には、q軸電流値Iqを振幅とするn倍高調波として、次式(33)の高調波補正量C2(第2補正量)を導入する。高調波補正量C2は、推定位置θおよびq軸電流値Iqの関数であり、より詳しくは、推定位置θ(並進補正後の推定位置θC1ということもできる。)を位相に用いた高調波成分とq軸電流値の関数との積である。q軸電流値の関数は、次式(33)では、q軸電流値自体であるが、たとえばq軸電流値に比例定数を乗じた関数であってもよいし、より高次の項を含む関数であってもよい。
【0117】
C2=Sin(nθC1+δ)×Iq ・・・(33)
この高調波補正量C2を、並進補正後の推定位置θC1からさらに差し引く。それにより、高調波補正後の推定位置θC2は、次式(34)のとおりとなる。
θC2=θC1-Iq・Sin(nθC1+δ)=θ-C1-Iq・Sin(n(θ-C1)+δ) ・・・(34)
n=3の場合、補正後の推定位置θC2および推定角度誤差は、図16Aおよび図16Bにそれぞれ示すとおりとなる。ここで、位相オフセットδは推定誤差を小さくするように選べばよい。
【0118】
図16Bに表れているとおり、並進補正に加えて高調波補正を行うことで、推定位置誤差は±8°未満に抑えられている。それにより、推定位置誤差によるトルクリップルを低減することができる。図16Aおよび図16Bの例の高調波補正では、3次の高調波のみを低減したが、さらに高次の高調波補正を行ってもよいし、並進補正と同様に、q軸電流に関してより高次の項を含む補正量によって補正を行えば、推定位置誤差をより少なくできる。
【0119】
また、q軸電流によるインダクタンス位相シフトが小さい場合には、並進補正を省いて、高調波補正のみを行ってもよい。この場合は、C1=0であるので、補正後の推定位置θC2は、次式(35)のとおりとなる。
θC2=θ-Iq・Sin(nθ+δ) ・・・(35)
また、高調波補正を省いて、並進補正のみを行ってもよい。
【0120】
また、上記の例では、q軸電流値Iqと補正前の推定位置θに対して、関数を用いて補正量C1,C2を定めているが、関数を用いる代わりに、事前に補正量をテーブル化しておいてもよい。さらに、補正量を関数やテーブルを用いて生成する代わりに、対応する補正後の推定位置自体をテーブル化しておいてもよい。
このような並進補正および/または高調波補正が、補償器152(図2参照)によって行われ、補正後の推定位置θfbが生成される。すなわち、推定位置θfb=θC2とすればよい。並進補正のみを行う場合は、推定位置θfb=θC1である。
【0121】
上記の例では、表面磁石型モータについて説明したが、埋め込み磁石型モータを用いた場合でも、程度の差はあれ、コイルの鎖交磁束がシフトすることによるインダクタンスの波形のシフトが生じ、かつ推定値に高調波が重畳することは同様である。
図17Aおよび図17Bは、図12Aに示したUVW固定座標上でのインダクタンスを、式(29),(30),(31)を用いてαβ固定座標系およびdq回転座標系でのインダクタンスに変換した結果をそれぞれ示す。図17Cは、対応する成分m,n,sを示す。
【0122】
図12Aのインダクタンス変化が完全な正弦波形状ではないため、dq回転座標系でのインダクタンスLd,Lqには、いずれにもロータ位置依存性が現れる。加えて、dq軸の干渉成分である相互インダクタンスMdqがゼロでないことがわかる。図17Aの結果から求めると、ロータ電気角に対する平均的なインダクタンスは、それぞれ、Ld=1.4、Lq=1.5、平均的な突極比Lq/Ld=1.07となる。
【0123】
これにより、無励磁時の突極比が平均7%程度、さらにロータ電気角によっては1%程度になるような、突極比が小さい表面磁石型モータでも十分な精度で位置推定が可能であることがわかる。
前記の解析と同条件の実機のモータとして3相表面磁石型モータを準備し、このモータに前記のPWMパターンを印加し、電流の大きさによる磁性体の飽和によってゲインが変動するカレントトランスを電流微分検出器4uvwに用いて電流微分値の取得および位置推定を行った結果を以下に示す。
【0124】
図18A図18Bおよび図18Cは、モータ電流がゼロで3種の電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を使用して得た電流微分値をそれぞれ示す。図18Dは、同相の電流微分値の差分から式(5)に従って構成した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。そして、図18Eは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsから式(11)に従って演算した推定位置を示す。電流がゼロのときは、解析結果と同様に推定位置が演算できていることがわかる。
【0125】
図19A図19Bおよび図19Cは、モータ線に、U相がゼロ、V相が正、W相が負の電流を固定相励磁で印加し、外部から強制的にモータを回転したときの電流微分値の取得結果を示す。図19A図19Bおよび図19Cは、電圧ベクトルV1(100),V3(010,V5(001)をそれぞれ印加して電流微分値を取得した結果を示している。横軸のロータ電気角度と励磁角位相との関係は、ロータ電気角度0°でd軸励磁、90°でq軸励磁、180°で逆d軸励磁となる。
【0126】
たとえば、本来、同レベルの信号値が得られるはずである電圧ベクトルV1(100)のパターンのU相信号(図19A参照)と、電圧ベクトルV3(010)のパターンのV相信号(図19B参照)および電圧ベクトルV5(001)のパターンのW相信号(図19C参照)とを比べると分かるように、V相とW相の信号が、電流微分検出器4uvwのカレントトランスを構成する磁性体の飽和の影響によって、半分程度に減衰している。
【0127】
図20Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から2種の電圧ベクトルV5(001),V3(010)のみを使用する式(7)を用いて、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを構成した結果を示す。そして、図20Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて、式(11)により推定位置θを演算した結果を示す。
式(7)のとおり、信号Vsと信号Wsとは異なる相の差分で構成される信号であるため、ゲインが異なる信号の差分で構成されている。ゲインの異なる信号が差し引かれることによって、3相信号をうまく演算できず、推定位置を正しく演算できていない。
【0128】
位置推定用3相信号は単純なオフセットをしているように見える。また、この例では、V相およびW相の電流の絶対値を等しくしているので、V相とW相とのゲインが等しく、オフセットが発生する場合と似た振る舞いであるといえる。しかし、現実には、UVW相の電流は時間とともに変化し、各相のゲインも特別な拘束無く振る舞う。したがって、実際には、式(8)のゲインの和や差分によって現れる項によって、位置推定用3相信号は、モータ電流に応じて複雑に変化する。そのため、補正を行うことが難しい。
【0129】
したがって、ロータ位置検出のために2種の電圧ベクトルを用いる場合には、磁性体の飽和を回避できる構造の素子を用いた電流微分検出器を用いることが好ましい。たとえば、空芯コイルを用いたカレントトランス等の素子を用いることが好ましい。
図21Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から、式(5)を用いて、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを同相の差分により構成した例を示し、図21Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて、式(11)により推定位置を演算した結果を示す。同相の信号を差し引くことで、電流微分検出器4uvwのゲインの影響を抑えて、推定位置を演算できていることが分かる。推定位置の歪みは、式(6)に現われる、式全体を括るゲインgu,gv,gwに起因する。具体的には、ゲインgv,gwがゲインguのほぼ半分となるため、位置推定用3相信号VsとWsの振幅が位置推定用3相信号Usのほぼ半分となることが、推定位置の歪みの原因である。
【0130】
これを補正することは容易であり、電流に応じたゲインを位置推定用3相信号にそれぞれかけるだけでよい。図21Aの信号Vs,Wsを2倍して演算し直した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを図22Aに示し、それらを用いて式(11)により推定位置を演算した結果を図22Bに示す。位置推定用3相信号は、3相が対称な形となり、推定位置の歪みもなくなっていることがわかる。
【0131】
電流に応じたゲインを位置推定用3相信号に乗じる補正は、電流微分検出ゲインgu,gv,gw(以下まとめて「guvw」と記す場合がある。)を電流に応じて可変させる演算に置き換えてもよい。たとえば、モータの各相の線電流Iuvwの絶対値|Iuvw|に基づいて、各相のゲインguvwを次式(36)の関数に従って定めてもよい。式(36)の関数によれば、各相の線電流Iuvwの絶対値が第1定数I(I>0)以下のときは、当該相のゲインguvwが一定の第1ゲインg(g>0)となり、各相の線電流Iuvwの絶対値が第2定数I(I>I)よりも大きいときは当該相のゲインguvwが一定の第2ゲインg(g>g)となる。そして、各相の線電流Iuvwの絶対値が、第1定数Iよりも大きく、第2定数I以下のときには、当該相のゲインguvwは、第1ゲインgと第2ゲインgとの間で、当該相の線電流Iuvwの絶対値に応じて線形に変動する。
【0132】
【数27】
【0133】
事前にモータ電流に対する電流微分検出のゲインを測定し、式(36)でフィッティングして定数I,I,g,gを定めてもよい。また、フィッティングした結果をテーブル化しておき、テーブルの参照によって、電流に応じた各相のゲインguvwを定めてもよい。
また、式(36)により高次の項を加えた関数によって、ゲインguvwを定めてもよい。
【0134】
信号振幅が変化するのは電流微分検出器4uvwのゲインの影響ではない。電気角0°ではd軸励磁となり磁石の磁束を強め、電気角180°では逆d軸励磁となり磁石の磁束を弱める方向の励磁となる。磁石の磁束を弱めると磁石が無い状態に近づき、コアの飽和によって生じていたインダクタンスの位置依存性が消失していくため、信号振幅が変化する。
【0135】
電流に応じたゲインを位置推定用3相信号に乗じる補正を行うことで、電流リプルが微小な場合でも、カレントトランスのような磁性体で構成される検出素子を電流微分検出器4uvwに使用できるようになる。それにより、高感度に電流微分値を検出可能になる。
カレントトランス等の電流微分検出素子を使わない場合でも、一般にUVW相全ての電流微分検出ゲインを完全に同一にすることは難しい。3相の電流微分検出ゲインが異なる場合にこの演算処理を用いることで位置推定誤差を低減することができる。
【0136】
なお、上記のような推定位置を用いるセンサレス制御では、モータ電気角1周期に対して推定位置が2周期現れることによる不定性がある。そのため、初期励磁位置が逆位相になるおそれがある。これが問題になる場合には、たとえば、磁気飽和を利用した初期位置推定方法(たとえば、非特許文献1を参照)を併用して、初期励磁位置を決定すればよい。この実施形態では、推定位置はαβ固定座標上で得られるため、初期励磁位置が逆位相になることによる初期励磁の励磁位相ずれが問題にならないのであれば、推定位置の2周期信号を1周期信号に変換して、dq変換の座標系に直接使用することで、初期位置推定を行わなくても、モータを同期して回転させることができる。
【0137】
以上、この発明の一実施形態について説明してきたが、この発明は、さらに他の形態で実施することもできる。
たとえば、前述の実施形態では、電流微分検出器4uvwによって電流微分値を直接的に検出しているが、その代わりに、電流の変化量(変分)を検出してもよい。たとえば、位置検出電圧ベクトルの印加の前後での電流差分を検出してもよい。
【0138】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0139】
1 :コントローラ
1a :プロセッサ
1b :メモリ
2 :インバータ
3 :位置推定用
3u,3v,3w :電流検出器
4u,4v,4w :電流微分検出器
5u,5v,5w :W相巻線
9u,9v,9w :電流ライン
13 :電流制御器
14 :PWM生成器
15 :位置推定器
100 :モータ制御装置
131 :dq電流制御器
132 :逆dq変換器
135 :dq変換器
151 :ロータ角度演算器
152 :補償器
図1A
図1B
図2
図3
図4A-4B】
図5
図6
図7
図8
図9A-9C】
図10A-10C】
図11A-11C】
図11D-11E】
図12A-12B】
図13A-13D】
図14A-14D】
図15A-15B】
図16A-16B】
図17A-17C】
図18A-18C】
図18D-18E】
図19A-19C】
図20A-20B】
図21A-21B】
図22A-22B】