(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022085667
(43)【公開日】2022-06-08
(54)【発明の名称】燃料電池セパレータ用表面処理チタン材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/0245 20160101AFI20220601BHJP
H01M 8/0228 20160101ALI20220601BHJP
H01M 8/0215 20160101ALI20220601BHJP
H01M 8/0213 20160101ALI20220601BHJP
H01M 8/0226 20160101ALI20220601BHJP
H01M 8/0206 20160101ALI20220601BHJP
C23C 24/08 20060101ALI20220601BHJP
【FI】
H01M8/0245
H01M8/0228
H01M8/0215
H01M8/0213
H01M8/0226
H01M8/0206
C23C24/08 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020197464
(22)【出願日】2020-11-27
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 順
(72)【発明者】
【氏名】池田 耕太郎
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 祐介
(72)【発明者】
【氏名】板倉 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】反保 智貴
【テーマコード(参考)】
4K044
5H126
【Fターム(参考)】
4K044AA06
4K044AB10
4K044BA12
4K044BB03
4K044BB11
4K044BC05
4K044BC14
4K044CA02
4K044CA44
4K044CA62
5H126AA12
5H126DD05
5H126DD14
5H126GG02
5H126GG05
5H126GG12
5H126HH00
5H126HH01
5H126HH04
5H126HH10
5H126JJ00
5H126JJ03
(57)【要約】
【課題】靱性が良好であり、厳しい条件でプレス成型を実施した場合であっても、表面層と基材との密着性が優れているとともに、導電性を長期間維持することができる燃料電池セパレータ用表面処理チタン材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】燃料電池セパレータ用表面処理チタン材は、表面に不働態皮膜を有するチタン基材と、チタン基材の上に形成された表面層と、を備え、表面層は、酸化チタン層と炭素粒子とを含み、炭素粒子は、酸化チタン層の内部に分散している。酸化チタン層と不働態皮膜との合計の膜厚が25nm以上であり、表面層と不働態皮膜とを合わせたラマンスペクトルをピーク分離した場合の、Ti
2O
3を示すピーク高さとTiO
2を示すピーク高さとの比(Ti
2O
3/TiO
2比率)が0.08以上1.45以下であり、かつ、酸化チタン層とチタン基材との界面に存在するボイド比率が0.30以下である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に不働態皮膜を有するチタン基材と、前記チタン基材の上に形成された表面層と、を備え、
前記表面層は、酸化チタン層と炭素粒子とを含む、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材であって、
前記炭素粒子は、前記酸化チタン層の内部に分散しており、
前記酸化チタン層と前記不働態皮膜との合計の膜厚が25nm以上であり、
前記酸化チタン層と前記不働態皮膜とを合わせたラマンスペクトルをピーク分離した場合に、ラマンシフトが、235~252cm-1の範囲で得られるピークの高さをI1とし、260~276cm-1の範囲で得られるピークの高さをI2とし、292~303cm-1の範囲で得られるピークの高さをI3としたとき、(I2+I3)/I1が0.08以上1.45以下であり、かつ、
任意の断面を電界放出型走査電子顕微鏡で観察した場合に、観察領域における前記酸化チタン層と前記チタン基材との界面の長さをL1とし、前記界面に存在するボイドの長さをL2としたとき、L2/L1が0.30以下であることを特徴とする、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法であって、
チタン基材を焼鈍する工程と、
前記焼鈍されたチタン基材の表面に炭素粒子を塗布する工程と、
前記炭素粒子が塗布されたチタン基材を、酸化雰囲気で熱処理して、前記炭素粒子を含む前記酸化チタン層を形成する酸化処理工程と、
前記酸化チタン層の表面から、前記酸化チタン層に密着していない炭素粒子を除去する洗浄工程と、
前記酸化チタン層が形成されたチタン基材を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、前記表面層を形成する還元処理工程と、
を有することを特徴とする、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法であって、
チタン基材を焼鈍する工程と、
前記焼鈍されたチタン基材の表面に炭素粒子を塗布する工程と、
前記炭素粒子が塗布されたチタン基材を、酸化雰囲気で熱処理して、前記炭素粒子を含む前記酸化チタン層を形成する酸化処理工程と、
前記酸化チタン層が形成されたチタン基材を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、前記表面層を形成する還元処理工程と、
前記酸化チタン層の表面から、前記酸化チタン層に密着していない炭素粒子を除去する洗浄工程と、
を有することを特徴とする、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材及びその製造方法に関し、特に、高い導電性を長期間維持することができる燃料電池セパレータ用の表面処理チタン材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の各セルを仕切るセパレータは、燃料ガスの流路を形成するとともに、セルから発生した電流を隣接したセルに流す役割を有する。したがって、燃料電池セパレータ用の材料としては、高い導電性と、燃料電池セル内の腐食雰囲気においてもその導電率が長期間維持されることが要求される。
【0003】
このような要求を満たすセパレータ材として、例えば、特許文献1には、チタン基材表面に、ルチル主体の酸化チタンとカーボンブラックが混合された混合層が形成された燃料電池用セパレータ材が開示されている。
上記特許文献1に記載の燃料電池用セパレータ材によると、混合膜に、酸化に対して安定であるカーボンブラックが含まれているため、高い導電性と導電耐食性を両立することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、燃料電池の発電効率を高めるため、セパレータにおける燃料ガスの流路溝の幅を狭く形成することがある。
しかしながら、このような細溝を有するセパレータをプレス成型で製造する場合に、上記ルチル主体の酸化チタンを含有する混合層が、チタン基材表面から剥離するおそれがある。また、上記混合層は靱性が十分ではないため、プレス成型時に、混合層に無数のクラックが導入され、クラックを通じて燃料電池内の腐食性の酸性液が混合層とチタン基材界面に到達しやすくなる。その結果、界面腐食が進行し、導電性が低下するという問題が発生する。
したがって、チタン基材と表面層とを有するセパレータ材において、表面層と基材との密着性や表面層の靱性を向上させることができ、細溝を形成するためのプレス成型を実施した場合であっても、導電性を長期間維持することができるセパレータ材の開発が望まれている。
【0006】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、靱性が良好であり、厳しい条件でプレス成型を実施した場合であっても、表面層と基材との密着性が優れているとともに、導電性を長期間維持することができる燃料電池セパレータ用表面処理チタン材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記目的は、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材に係る下記[1]の構成により達成される。
[1] 表面に不働態皮膜を有するチタン基材と、前記チタン基材の上に形成された表面層と、を備え、
前記表面層は、酸化チタン層と炭素粒子とを含む、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材であって、
前記炭素粒子は、前記酸化チタン層の内部に分散しており、
前記酸化チタン層と前記不働態皮膜との合計の膜厚が25nm以上であり、
前記表面層と前記不働態皮膜とを合わせたラマンスペクトルをピーク分離した場合に、ラマンシフトが、235~252cm-1の範囲で得られるピークの高さをI1とし、260~276cm-1の範囲で得られるピークの高さをI2とし、292~303cm-1の範囲で得られるピークの高さをI3としたとき、(I2+I3)/I1が0.08以上1.45以下であり、かつ、
任意の断面を電界放出型走査電子顕微鏡で観察した場合に、観察領域における前記酸化チタン層と前記チタン基材との界面の長さをL1とし、前記界面に存在するボイドの長さをL2としたとき、L2/L1が0.30以下であることを特徴とする、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材。
【0008】
本発明の上記目的は、燃料電池用セパレータ表面処理チタン材の製造方法に係る下記[2]又は[3]の構成により達成される。
[2] [1]に記載の燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法であって、
チタン基材を焼鈍する工程と、
前記焼鈍されたチタン基材の表面に炭素粒子を塗布する工程と、
前記炭素粒子が塗布されたチタン基材を、酸化雰囲気で熱処理して、前記炭素粒子を含む前記酸化チタン層を形成する酸化処理工程と、
前記酸化チタン層の表面から、前記酸化チタン層に密着していない炭素粒子を除去する洗浄工程と、
前記酸化チタン層が形成されたチタン基材を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、前記表面層を形成する還元処理工程と、
を有することを特徴とする、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法。
【0009】
[3] [1]に記載の燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法であって、
チタン基材を焼鈍する工程と、
前記焼鈍されたチタン基材の表面に炭素粒子を塗布する工程と、
前記炭素粒子が塗布されたチタン基材を、酸化雰囲気で熱処理して、前記炭素粒子を含む前記酸化チタン層を形成する酸化処理工程と、
前記酸化チタン層が形成されたチタン基材を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、前記表面層を形成する還元処理工程と、
前記酸化チタン層の表面から、前記酸化チタン層に密着していない炭素粒子を除去する洗浄工程と、
を有することを特徴とする、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、靱性が良好であり、厳しい条件でプレス成型を実施した場合であっても、表面層と基材との密着性が優れているとともに、導電性を長期間維持することができる燃料電池セパレータ用表面処理チタン材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の構造を示す模式図である。
【
図2】
図2は、電界放出型走査電子顕微鏡により撮影された表面処理チタン材の断面例を示す図面代用写真である。
【
図3】
図3は、横軸を(I2+I3)/I1とし、縦軸を接触抵抗とした場合の、(I2+I3)/I1と接触抵抗との関係を示すグラフである。
【
図4】
図4は、酸化チタン層中の炭素粒子の含有率の測定方法を示す図である。
【
図5】
図5は、酸化処理に用いる真空チャンバを表す模式図である。
【
図6】
図6は、横軸を加熱時間とし、縦軸をチタン箔の温度とした場合の、酸化処理工程における加熱温度とチタン箔の温度との関係例を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例において使用した連続焼鈍炉を示す模式図である。
【
図8】
図8は、横軸を加熱時間とし、縦軸をチタン箔の温度とした場合の、還元処理工程における加熱温度とチタン箔の温度との関係例を示すグラフである。
【
図9】
図9は、接触抵抗の測定器を示す模式図である。
【
図10】
図10は、ラマンスペクトルとピーク分離を行った試料の一例を示すグラフである。
【
図11】
図11は、Ti
2O
3の標準スペクトルを示すグラフである。
【
図12】
図12は、TiO
2(ルチル)の標準スペクトルを示すグラフである。
【
図13】
図13は、横軸を酸化処理時のヒータ設定温度とし、縦軸を膜厚とした場合の、ヒータ設定温度と膜厚との関係を示すグラフである。
【
図14】
図14は、横軸を酸化処理時のヒータ設定温度とし、横軸をボイド比率とした場合の、ヒータ設定温度とボイド比率との関係を示すグラフである。
【
図15】
図15は、SEMにより撮影した比較例No.7、実施例No.15及び実施例No.16の断面を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0013】
[燃料電池セパレータ用表面処理チタン材]
本発明者らは、界面剥離を抑制し、靱性が高い(クラックが入りにくい)酸化チタン層を有し、高い導電性を維持することができる表面処理チタン材を得るため、鋭意検討を行った。その結果、酸化チタン層におけるTi2O3とTiO2との比率を適切に制御するとともに、ボイドの領域を減少させることが効果的であることを見出した。以下、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用表面処理チタン材について、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において、燃料電池セパレータ用表面処理チタン材を、単に表面処理チタン材ということがある。
【0014】
<燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の構造>
図1は、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の構造を示す模式図である。
表面処理チタン材1は、表面の少なくとも一部に不働態皮膜3を有するチタン基材2と、チタン基材2の上に形成された表面層4とを備える。
表面層4は、酸化チタン層5と炭素粒子6とを含む。なお、炭素粒子6aは、酸化チタン層5の内部に分散しているが、一部の炭素粒子6bは、酸化チタン層5の表面に密着した状態となっている。また、チタン基材2と表面層4との界面F2には、不可避的にボイドが形成されている。
【0015】
なお、チタン基材2の表面には、もともと、厚さが3nm~10nmである不働態皮膜(アモルファス酸化チタン層)が存在しており、本実施形態に係る製造方法により得られた表面処理チタン材1にも、不働態皮膜3が残存している。残存する不働態皮膜3の厚さは、チタン基材2の表面にもともと存在する不働態皮膜の厚さと異なることがあるが、本実施形態に係る表面処理チタン材1における不働態皮膜3とは、製造後に残存している不働態皮膜を表す。以下、製造後に残存している不働態皮膜を、単に、不働態皮膜3といい、チタン基材2のうち、不働態皮膜3を除く部分を金属チタン層2aという。
【0016】
(酸化チタン層と不働態皮膜との合計の膜厚T:25nm以上)
炭素粒子6は、酸化に対して安定であり、セルから発生した電流を隣接したセルに流す導電パスとしての役割を有する。
炭素粒子6の大きさにもよるが、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚Tが25nm未満であると、炭素粒子6を酸化チタン層5内に十分取り込むことができず、所望の導電性を得ることができない。したがって、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚Tは、25nm以上とし、30nm以上であることが好ましい。
【0017】
一方、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚Tが50nm未満であると、酸化チタン層5とチタン基材2における不働態皮膜3との界面F2に沿って、ボイド7が過剰に形成されることを抑制することができる。その結果、表面処理チタン材1をプレス成型することにより得られた燃料電池セパレータの使用時に、表面層4のポアやクラックを伝って、腐食性の酸性液が界面F2に到達しても酸性液が侵入するボイド7が少ないため、酸性液が界面F2に広がることを防止できる。その結果、腐食を抑制でき、燃料電池セパレータの導電性を維持することができる。したがって、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚Tは、50nm未満とすることが好ましい。
【0018】
なお、酸化チタン層5の厚さは、チタン基材2の結晶粒の面方位によって変わる。酸化チタン層5は厚さによって色が変わり、薄い方から黄、橙、茶、紫、青、水色となるため、光学顕微鏡などで表面を観察すると、結晶粒毎に異なる色を有しており、酸化チタン層5の厚さは均一ではないことがわかる。本明細書において、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚Tとは、光学顕微鏡で見た時に、最も割合が多い色の部分の断面を観察した場合の、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚をいう。以下、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の膜厚Tを、単に膜厚Tということがある。
【0019】
図2は、電界放出型走査電子顕微鏡により撮影された表面処理チタン材の断面例を示す図面代用写真である。
図2を用いて、酸化チタン層と不働態皮膜との合計の膜厚Tの算出方法を詳細に説明する。
【0020】
まず、表面処理チタン材1の表面を光学顕微鏡などで観察し、最も割合が多い色の部分をクロスセクションポリッシャ(CP:Cross section polisher(登録商標))で断面加工する。
次に、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)を用いて、断面を30万倍で観察する。
その後、観察視野の範囲で、酸化チタン層5の最表面F3に炭素粒子6が存在しない領域を4か所探して、その領域における膜厚(チタン基材2における金属チタン層2aと不働態皮膜3との界面F1から、酸化チタン層5の最表面F3までの距離)Tを測定し、4か所の平均を膜厚Tとする。
【0021】
なお、本実施形態においては、CPにより断面加工する前に、炭素粒子6及び酸化チタン層5を保護するため、保護層10を形成している。保護層10は、例えば、表面層4の表面に、蒸着によりオスミウム膜8を形成した後、カーボン膜9を形成することにより、得ることができる。
【0022】
図2では、再表面に炭素粒子6が存在しない4か所の位置をP1、P2、P3、P4で表しており、界面F1からP1、P2、P3、P4までの距離を、それぞれ、H1、H2、H3、H4としている。
図2において、H1:45nm、H2:55nm、H3:46nm、H4:52nmである。したがって、
図2に示す表面処理チタン材1の膜厚Tは、(H1+H2+H3+H4)/4により算出することができ、例えば、50nmと算出される。
【0023】
<(I2+I3)/I1:0.08以上1.45以下>
本実施形態において、酸化チタン層5は、Ti2O3とTiO2とを含んでおり、Ti2O3は金属結合成分を有している(腐食防食協会編 金属材料の高温酸化と高温腐食 第3刷 p40 表2.3)。したがって、酸化チタン層5中におけるTi2O3の存在比率が高くなると、厳しい条件でプレス成型を実施した場合に、酸化チタン層5が塑性変形しやすくなり、界面剥離が抑制されると考えられる。
【0024】
したがって、本実施形態においては、ラマン分光法で分析したときのルチル構造のTiO2を示すピーク高さと、Ti2O3を示すピーク高さとを利用して、TiO2の含有量に対するTi2O3の含有量を算出する。
表面層と不働態皮膜とを合わせたラマンスペクトルをピーク分離した場合に、ラマンシフトが、235~252cm-1の範囲で得られるピークはTiO2を表し、本実施形態においては、この高さをI1とする。同様に、260~276cm-1の範囲で得られるピーク、及び292~303cm-1の範囲で得られるピークは、いずれもTi2O3を表し、これらのピークの高さを、それぞれ、I2、I3とする。
すなわち、TiO2の含有量に対するTi2O3の含有量は、(I2+I3)/I1で表される。
【0025】
(I2+I3)/I1が0.08未満であると、酸化チタン層5中において、脆性が高いTiO2の含有量が多くなるため、プレス成型を実施した場合に、酸化チタン層5の剥離が発生するおそれがある。また、剥離が発生しない場合であっても、酸化チタン層5に多くのクラックが形成される。その結果、燃料電池内で生成する腐食性の酸性液が、剥離界面やクラックを伝って、表面層4とチタン基材2との界面F2に侵入して、不働態皮膜3及び/又は不働態皮膜3に隣接するチタン2aを腐食させるため、セパレータの導電性が低下する。
したがって、(I2+I3)/I1は0.08以上とし、0.2以上であることが好ましい。
【0026】
このようなTi2O3が混合した酸化チタンは、カーボンブラックなどの炭素粒子を塗工したチタン基材を、低圧の酸素雰囲気下で酸化処理するだけでは形成されない。酸化した後に、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理(還元処理)して、酸化処理工程で形成されたルチルやアナターゼ構造の酸化チタン(TiO2)の酸素を、チタン基材に拡散吸収させることによって得られるのである。すなわち、TiO2の酸素の一部がチタンに引き抜かれるため、TiO2がTi2O3に変わるのである。
【0027】
しかし、Ti2O3は、ルチル型のTiO2に比べて、チタン1モル当たりの体積が約16%も小さいため、TiO2からTi2O3への転換が進めば進むほど、酸化チタン層5の体積収縮が進む。このため、酸化チタン層5がポーラス化したり、酸化チタン層5に対して過剰な引張応力が発生することが考えられる。したがって、Ti2O3には金属結合成分があるとはいえ、Ti2O3含有量が過剰であると、プレス成型で延ばされた際に、容易に酸化チタン層5にクラックが導入される。
【0028】
このようにして形成されたポアやクラックを伝って、燃料電池内で生成する腐食性の酸性液が、酸化チタン層5の内部に侵入すると、チタン基材2と表面層4との界面F2に到達して不働態皮膜3及び/又は不働態皮膜3に隣接する金属チタン層2aを腐食させる。その結果、導電性を担う炭素粒子6とチタン基材2との間に、導電性の低いアモルファス酸化チタン層が形成され、セパレータの導電性が劣化する。このため、酸化チタン層5中におけるTi2O3含有量の上限を規定することも必要である。
(I2+I3)/I1が1.45を超えると、酸化チタン層5中におけるTi2O3の形成が過剰になるため、セパレータの導電性が低下する。したがって、(I2+I3)/I1は1.45以下とし、1.1以下であることが好ましい。
【0029】
なお、Ti2O3の含有量を表す場合に、2つのピーク高さの合計(I2+I3)を取る理由は、いずれか一方のピークのみではピーク強度が小さく、ラマンスペクトルのカーブフィッティングによるピーク分離をしたときに、いずれか一方のピークのみでは検出が難しい場合があるためである。
【0030】
<L2/L1:0.30以下>
チタン基材2と表面層4との界面F2には、不可避的にボイド7が形成されている。ボイド7が形成されている領域が多いと、表面処理チタン材1をプレス成型した際に、クラック等が発生し、腐食性の酸性液がボイド7の内部に侵入するため、界面F2に腐食が発生し、セパレータの導電性が劣化する。
本実施形態においては、任意の断面をFE-SEMを用いて、例えば30万倍の倍率で観察し、ボイド7が形成されている領域の割合を適切に規定している。ボイド7が形成されている領域の割合は、任意の断面をFE-SEMで観察した場合に、観察領域における表面層4とチタン基材2との界面F2の長さをL1とし、界面に存在するボイド7の長さをL2としたとき、L2/L1で表すことができる。
【0031】
L2/L1が0.30を超えると、プレス成型を実施した場合に、酸化チタン層5にクラックが形成される。その後、得られた燃料電池セパレータを使用した際に、クラックを通って腐食性の酸性液がボイド7に侵入し、これが界面F2に広がって、不働態皮膜3及び/又は不働態皮膜3に隣接する金属チタン層2aの腐食が促進される。
したがって、L2/L1は0.30以下であることが好ましい。なお、FE-SEMで観察した任意の断面において、ボイド7が観察されなかった場合は、L2を0とするため、L2/L1は0となる。
【0032】
図2を用いて、ボイド領域の割合の算出方法を詳細に説明する。なお、上述のとおり、膜厚Tは、酸化チタン層5の厚さの割合が、最も多い領域の断面写真を利用して算出するが、ボイド領域の割合についても、膜厚Tの測定方法と同様に、表面の観察において最も色の割合が多い領域の断面写真を利用して算出する。したがって、
図2を利用して、ボイド領域の割合の算出方法を以下に説明する。
【0033】
ボイド7は、例えば水平方向に延びた楕円の形状を有しており、ボイド7と金属チタン層2aとの界面が、コントラストが黒い線状(不働態皮膜3と酸化チタン層5の界面F2)となっている。界面は直線ではなくうねっているが、直線とみなしてボイド長さを画像から測定するものとする。
図2では、5箇所のボイドの長さ(B1、B2、B3、B4、B5)を測定し、これらを合計することによりL2(B1+B2+B3+B4+B5)を算出し、画像の幅を界面長さL1とすることにより、L2/L1を算出することができる。
【0034】
図3は、横軸を(I2+I3)/I1とし、縦軸を接触抵抗とした場合の、(I2+I3)/I1と接触抵抗との関係を示すグラフである。なお、接触抵抗は、例えば、15mΩ・cm
2以下である場合に、導電性が優れていると判断することができる。
図3に示すように、縦軸に平行な太い2本の実線の間で表される、(I2+I3)/I1が0.08以上1.45以下の範囲では、それ以外の範囲と比較して、接触抵抗が低いものとなっている。特に、縦軸に平行な2本の破線の間で表される、(I2+I3)/I1が0.1以上1.1以下の範囲では、接触抵抗がより一層低くなっている。
【0035】
ただし、(I2+I3)/I1の値が本発明の範囲内であっても、接触抵抗が15mΩ・cm2を超えているものがある。これらは、酸化チタン層と前記不働態皮膜との合計の膜厚Tが25nm未満であるか、又はL2/L1が0.30以上であることが原因となり、接触抵抗が上昇しているものである。
【0036】
(炭素粒子の種類)
本実施形態において、炭素粒子6としては、炭素で構成される粒子、又は炭素で構成される粒子にBやN等をドーピングした粒子を使用することができる。炭素粒子6としては、例えば、カーボンブラック、黒鉛、Bドーピングダイヤモンド粒子、Nドーピングダイヤモンド粒子等が挙げられる。炭素粒子は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。カーボンブラックは、無定形炭素からなる鎖状構造を持つ炭素粒子である。カーボンブラックは、その製造方法によってファーネスブラック、アセチレンブラック又はサーマルブラック等に分類されるが、いずれも使用可能である。黒鉛としては、人造黒鉛又は天然黒鉛が挙げられる。
【0037】
(炭素粒子の平均粒径)
用いる炭素粒子6の平均粒径は、アグリゲートした炭素粒子の体積基準のメジアン径(累積分布が50%になる粒子径:以下、D50という。)で、120nm以下であることが好ましい。炭素粒子6の平均粒径が120nm以下であると、酸化チタン層5の厚さと同程度以下の小さな炭素粒子6の割合が増加するため、酸化チタン層に取り込まれる量が増加する。その結果、導通パスが増加し、高い導電性を得ることができる。炭素粒子6の粒子径(D50)は70nm以下であることがより好ましい。
【0038】
(酸化チタン層中の炭素粒子の含有率)
酸化チタン層5中の炭素粒子の含有率を制御することにより、優れた導電性を有する燃料電池セパレータを得ることができる。酸化チタン層5中の炭素粒子の含有率が20%以上であると、優れた導電性を得ることができる。したがって、酸化チタン層5中の炭素粒子の含有率は、20%以上であることが好ましく、25%以上であることがより好ましい。
【0039】
(酸化チタン層中の炭素粒子の含有率の測定方法)
図4は、酸化チタン層中の炭素粒子の含有率の測定方法を示す図である。
本実施形態において、炭素粒子の含有率は、FE-SEMを用いて、加速電圧2.0keV、倍率30万倍の条件で撮影した、表面層における断面の反射電子像に基づき、算出するものとする。具体的には、酸化チタン層5の内部に取り込まれている炭素粒子6の占める面積をScとし、酸化チタン層5と不働態皮膜3との合計の断面積をStとして、比率(Sc/(St+Sc))を求めることにより、含有率を得ることができる。
【0040】
図4を参照して、炭素粒子の含有率の測定方法について、さらに詳細に説明する。
まず、
図4の(1)に示すように、測定対象である表面処理チタン材1の任意の位置をCPにより断面加工し、断面をFE-SEMにより撮影する。そして、不働態皮膜3と金属チタン層2aとの界面F1がなるべく直線になっている場所を選定する。
次に、
図4の(2)に示すように、上記界面に直線A1を引くとともに、この界面から、上述した方法で求めた膜厚T分だけ上方の位置に、界面に平行な直線A2を引く。
その後、
図4の(3)に示すように、直線A1と直線A2との間の領域の画像を二値化して、炭素粒子6を黒とし、酸化チタン層5を白に色付けする。このとき、酸化チタン層5の表面から突き出している部分の炭素粒子はScには含めない。
そして、Scに比例する値である黒のドット数と、St+Scに比例する値である、直線A1と直線A2との間の領域のドット数を測定し、Sc/(St+Sc)を算出する。なお、二値化の際に、ボイドも黒に色付けされるため、ボイド部分は白のドットとしてScを求めるものとする。
【0041】
[燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法]
本実施形態に係る燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の製造方法は、チタン基材を焼鈍する工程と、焼鈍されたチタン基材の表面に炭素粒子を塗布する工程と、炭素粒子が塗布されたチタン基材を、酸化雰囲気で熱処理して、炭素粒子を含む酸化チタン層を形成する酸化処理工程と、酸化チタン層の表面から、酸化チタン層に密着していない炭素粒子を除去する洗浄工程と、酸化チタン層が形成されたチタン基材を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、表面層を形成する還元処理工程と、を有する。
上記製造方法について、以下に詳細に説明する。
【0042】
<基材>
チタン基材2としては、圧延チタン箔を用いることができる。
【0043】
(基材表面の平均炭素濃度)
チタン基材2の最表面から深さ50nmの位置までの平均炭素濃度は10原子%以下であることが好ましく、7原子%以下であることがより好ましい。表面の炭素は、圧延で生じたチタン摩耗粉が潤滑油と反応して、酸素と炭素の組成がほぼ等しいTi(C,O)となって、チタン表面に埋め込まれる。このTi(C,O)は、次の焼鈍工程で熱分解して、チタン中にCが固溶拡散して広がるが、圧延後のTi(C,O)が多いと、分解しきれないTi(C,O)が多く残る。
Ti(C,O)上には、後述する酸化処理工程において、酸化チタン層が殆ど形成されない。また、Ti(C,O)自体は導電性があるが、燃料電池内の酸性腐食環境で容易に腐食して酸化チタンになるため、分解しきれないTi(C,O)が多く残ると、接触抵抗が上昇する原因となる。焼鈍しても分解されずに残存するTi(C,O)が平均炭素濃度と共に増加する。
【0044】
チタン基材2の最表面から深さ50nmの位置までの平均炭素濃度が、10原子%以下であれば、分解しきれないTi(C,O)が少なくなり、接触抵抗の上昇を抑制することができる。したがって、平均炭素濃度は10原子%以下であることが好ましく、7原子%以下であることがより好ましい。
【0045】
(基材表面の平均炭素濃度の測定方法)
チタン基材2の最表面から深さ50nmの位置までの平均炭素濃度の測定方法について、以下に説明する。
チタン基材2の最表面から深さ50nmの位置までの炭素濃度は、例えば、X線光電子分光分析装置(X-ray Photoelectron Spectroscopy;XPS)を用いて、深さ方向の組成分析を行うことにより測定することができる。例えば、XPS装置内で、チタン基材表面にArイオンを加速電圧1kVで衝突させることによって、チタン基材表面を深さ方向に0.5~数nm深さの単位でエッチングし、その深さでの炭素濃度を測定する。その後、同様にして、チタン基材表面を0.5~数nm深さの単位でエッチングし、炭素濃度を測定する操作を、エッチングの深さが50nmになるまで繰り返す。これらの操作によって、表面からの各深さでの炭素濃度が得られる。そして、横軸に分析深さ、縦軸に炭素濃度を取って測定点をプロットし、各点を直線で順に結んで得られる折れ線と、横軸で囲まれる50nmまでの部分の面積を求めて、その面積を50nmで割ると、50nmまでの平均の炭素濃度が算出される。
【0046】
なお、通常、チタン基材2の表層からは、雰囲気中に存在する有機物等の吸着に起因する炭素が検出される。本明細書では、炭素濃度測定においては、有機物等が吸着したチタン基材2の表層部分(コンタミ層)を除いた部分が「最表面」に相当する。したがって、上記の50nmとは、上記で定義した最表面から深さ50nmまでの値のことを示す。また、分析面積は直径100μm以上の円の面積であることが望ましい。Ti(C,O)はサブμmから数μmの大きさであるため、チタン基材表面の炭素濃度の平均値を求めようとするとTi(C,O)よりもはるかに大きい領域を測定する必要があるからである。
【0047】
<基材の焼鈍工程>
本実施形態に係る製造方法は、チタン基材を焼鈍する工程を含む。なお、以下の工程において、チタン基材の表面は種々に変化し、例えば、炭素粒子を塗布することによる塗工層や酸化チタン層が形成されるが、以下の説明では、便宜上、表面に形成された層を含めて、チタン箔ということがある。
【0048】
細溝のプレス成型を可能にするためには、圧延で硬くなったチタン基材2の焼鈍を行って、軟らかくする、すなわちチタン基材2の0.2%耐力を低くする必要がある。チタン基材2の0.2%耐力が高いと、プレス成型後のスプリングバックが大きくなり、セパレータが反ったり、所望の溝形状にならないことがあり、燃料電池セルを組むことが困難になる。チタン基材は異方性があるため、コイルの長手方向(L方向という)と幅方向(T方向という)で0.2%耐力が異なる。細溝のプレスを可能にするためには、L方向の0.2%耐力は、110~150MPaであることが好ましく、T方向の0.2%耐力は、180~215MPaであることが好ましい。
【0049】
なお、0.2%耐力が低すぎると、プレス成型によりチタン箔が破れることがある。このため、例えば、圧延チタン箔の温度を700~850℃に上げて、20~40秒程度焼鈍を行う。β相析出温度を下げるチタン不純物のFe濃度にもよるが、850℃以下で焼鈍することにより、β相が粒界に析出することを抑制することができ、プレス成型性を良好にすることができる。すなわち、β相が析出しない温度と時間を選択することが好ましい。
一方、700℃以下でも焼鈍は可能だが、温度が低いと処理時間を長くすることが好ましい。また、圧延されたチタン箔の表面炭素濃度が高い場合は、焼鈍温度を高く、処理時間を長くした方が、Ti(C,O)が分解して、Cがチタン基材の中の方に拡散し、残存Ti(C,O)量を減少させることができる。このように、チタン箔を軟らかくして、プレス成型に影響しない焼鈍条件範囲であれば、表面炭素濃度に応じて、適宜焼鈍条件を変えることができる。
【0050】
<炭素粒子の塗布工程>
本実施形態に係る製造方法は、焼鈍されたチタン基材2の表面に炭素粒子を塗布する工程を含む。
炭素粒子6は、炭素粒子6を分散させた水性や油性の分散液(分散塗料とも称す)の形態で、チタン基材2上に塗布することができる。また、炭素粒子6は、チタン基材2上に直接塗布することもできる。
炭素粒子6を含む分散塗料は、バインダー樹脂及び/又は界面活性剤を含んでもよい。しかし、バインダー樹脂や界面活性剤は、導電性を低下させる傾向があるため、これらの含有量は可能な限り少ない方が好ましい。また、分散塗料は、必要に応じて、他の添加剤を含むことができる。
【0051】
バインダー樹脂には、酸化処理工程における加熱により、残渣なく分解する樹脂を用いることが好ましい。このようなバインダー樹脂としては、例えば、アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂等が挙げられる。これらのうち、分解する温度が低いほど表面層の形成に影響を及ぼさなくなるという観点から、アクリル樹脂が好ましい。バインダー樹脂は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0052】
分散塗料における炭素粒子6とバインダー樹脂との配合比率は、固形分質量比で、(バインダー樹脂固形分量/炭素粒子固形分量)は、0.3~2.5であることが好ましい。この質量比が小さくなる程、炭素粒子6の量が多くなり、その結果、導電性が向上する。それゆえ、導電性の観点から、この質量比は2.5以下であることが好ましく、2.3以下であることがより好ましい。一方、この質量比が大きくなる程、バインダー樹脂の量が大きくなる。そのため、この質量比が大きい場合、チタン基材2と塗膜との密着性が大きくなる。それゆえ、密着性の観点から、この質量比が0.3以上であることが好ましく、0.4以上であることがより好ましい。
【0053】
水性の媒体としては、例えば、水又はエタノール等を用いることができる。油性の媒体としては、例えば、トルエン又はシクロヘキサノン等を用いることができる。
【0054】
炭素粒子6の平均粒径は、上述のとおり、120nm以下であることが好ましい。炭素粒子6は塗料中で凝集体を作りやすい傾向があるため、凝集体が形成しないように工夫された塗料を用いることが好ましい。例えば、炭素粒子6として、カルボキシル基等の官能基を表面に化学結合させて、粒子間の反発を強めることにより分散性を高めた、カーボンブラックを用いることが好ましい。
チタン基材2の表面へのバインダー樹脂成分を差し引いた炭素粒子6のみの塗布量は、導電性の観点から、10μg/cm2以上であることが好ましく、30μg/cm2以上であることがより好ましい。なお、炭素粒子6の塗布量は、60μg/cm2以下であることが好ましい。炭素粒子6の塗布量をこれより多くしても、導電性を向上させる効果が飽和する傾向がある。
【0055】
炭素粒子6を分散させた分散液をチタン基材2に塗布する方法としては、例えば、刷毛塗り、バーコータ、ロールコータ、グラビアコータ、ダイコータ、ディップコータ、スプレーコータ等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、粉末の形態で塗布する方法としては、例えば、炭素粒子6を用いて作製したトナーを使用し、チタン基材2に該トナーを静電塗装する方法が挙げられる。
【0056】
<酸化処理工程>
本実施形態に係る製造方法は、炭素粒子が塗布されたチタン基材2を、酸化雰囲気で熱処理して、炭素粒子6を含む酸化チタン層5を形成する酸化処理工程を含む。
図5は、酸化処理に用いる真空チャンバを表す模式図である。
図5に示すように、サンプル室11と加熱室12と、これらを連通する搬送通路17により、真空チャンバ20が構成されている。
サンプル室11には、チタン箔13(炭素粒子6が塗布されたチタン基材2)を保持するトレイ14が配置されている。また、加熱室12には、20×40cmの平板の2枚のカーボンヒータ16が、7cm離隔させた状態で平行に配置されている。
【0057】
このように構成された真空チャンバ20のサンプル室11に、チタン箔13をトレイ14に載せて装着し、真空チャンバ20に対して真空引きを行う。次に、カーボンヒータ16を所定温度に加熱して、真空チャンバ20内に酸素を導入し、真空チャンバ20内を所定の圧力にする。
その後、トレイ14をサンプル室11から加熱室12に搬送し、所定時間加熱した後、トレイ14をサンプル室11に戻して放冷する。これにより、酸化チタン層5が形成される。
【0058】
酸化処理時の酸素分圧は10~100Paとすることが好ましい。酸素分圧を10Pa以上とすることにより、チタンイオンがチタン基材2からチタン表面に外方拡散して、雰囲気の酸素と結合し、酸化チタン層を形成する際に、チタンイオンの拡散速度を適切にすることができる。その結果、導電経路となる炭素粒子を十分取り込むだけの厚さの表面層4を形成することができる。
また、酸素分圧を100Pa以下にすることにより、炭素粒子の燃焼の加速による著しい消耗を抑制することができる。さらに、酸素がチタン基材2に内方拡散する際の速度上昇を抑制することができ、チタン基材2の元の表面から、チタン基材2側に酸化チタン層5が形成されることを防止し、良好な導電性を得ることができる。
【0059】
なお、酸化処理前のチタン基材2の表面の炭素濃度が高い場合は、耐食性を向上するために、焼鈍後に酸洗して、炭素濃度が高い表層を溶解除去する場合がある。このような酸洗を行った場合には、酸素圧力が1Pa以上であれば、十分な厚さの表面層が形成される。チタンイオンの外方拡散によって十分な厚さの表面層4が形成される酸素圧力の下限が変わる理由については明確ではないが、焼鈍工程により形成されたチタン基材2の表面の不働態皮膜と、酸洗後に形成された不働態皮膜の構造の違いが、チタン基材2から不働態皮膜を通過して表面に外方拡散するチタンイオンの不働態皮膜中の拡散速度に影響するためと考えられる。
【0060】
図6は、横軸を加熱時間とし、縦軸をチタン箔の温度とした場合の、酸化処理工程における加熱温度とチタン箔の温度との関係例を示すグラフである。なお、
図6に示す酸化処理条件は、カーボンヒータ16の設定温度が615℃であり、炭素粒子の塗工量が60μg/cm
2であり、酸素分圧が20Paである。
図6に示すように、加熱した2枚のカーボンヒータ16の間に、チタン箔13を搬送すると、チタン箔13が加熱されて温度が上昇し、一定温度に到達する。なお、
図6は、加熱したカーボンヒータ16の間に、熱電対15をスポット溶接したチタン箔13を挿入することによって、測定したものである。
【0061】
所望の酸化チタン層5を形成するためには、チタン箔13の昇温速度及び到達温度、並びに、チタン箔13の加熱室12への搬入から搬出までの処理時間を設定することが好ましい。昇温速度は、ヒータの設定温度、ヒータ及び炭素粒子を塗布したチタン箔の輻射率で決定することができ、到達温度は、ヒータ設定温度と処理時間で決定することができる。
チタン基材2の表面への炭素粒子6の塗工量を変化させると、チタン箔13の輻射率が変わり、昇温速度が変わる。また、炭素粒子6の種類を変化させると、炭素粒子6そのものの輻射率が変わるため、昇温速度が変わる。さらに、ヒータの材質を変化させると、ヒータの輻射率、すなわちヒータからの熱の放出割合が変わるため、昇温速度が変わる。このように、昇温速度は種々の因子で変わるため、一概には言えないが、例えばカーボンヒータを用いた場合に、炭素粒子6の塗工量が30μg/cm2以上で、炭素粒子6がカーボンブラックであれば、処理時間は7~20秒、チタン基材2の到達温度は560~640℃程度とすることが好ましい。
【0062】
<洗浄工程>
本実施形態に係る製造方法は、酸化チタン層5の表面から、酸化チタン層5に密着していない炭素粒子6を除去する洗浄工程を含む。
チタン基材2の表面に炭素粒子6を塗工することにより得られた塗工層のうち、チタン基材2と塗工層の界面から、最大でも粒径が100nm程度の炭素粒子6しか、酸化チタン層5に取り込まれないか、又は酸化チタン層5の表面に密着しない。したがって、酸化チタン層5の表面から、酸化チタン層5に密着していない炭素粒子6を除去する必要がある。密着していない炭素粒子6を洗浄で除去しない場合には、プレス成型で脱落して、金型に付着し、チタン箔13(酸化チタン層5が形成されたチタン基材2)に押し疵が発生して、チタン箔13が破れるおそれがある。洗浄方法としては、ブラシ等で水洗する方法や超音波洗浄で落とす方法など、余剰の炭素粒子6が除去される方法であれば、どのような方法を使用してもよい。
【0063】
なお、この洗浄工程においては、少なくとも酸化チタン層5の表面に密着していない炭素粒子6が除去されれば、その後の工程において、悪影響を及ぼすことはない。したがって、酸化チタン層5の表面に密着している炭素粒子6は、完全に除去されても、一部が表面に密着して残存していてもよい。
【0064】
<還元処理工程>
本実施形態に係る製造方法は、酸化チタン層5が形成されたチタン基材2を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、表面層4を形成する還元処理工程を含む。
還元処理工程は、酸化処理工程において使用した真空チャンバ20を使用することができる。
まず、チタン箔13(洗浄後のチタン基材2)をトレイ14に載せて、サンプル室11内に装着し、真空引きをした後、カーボンヒータ16を所定の温度に加熱する。真空引きの際に、真空チャンバ20の壁面に吸着しているH2O、O2、CO、CO2等の酸素供給分子が放出されて、真空チャンバ20内の雰囲気中に、これらの酸素供給分子が一定量以上存在すると、還元処理が進まなくなる。したがって、真空チャンバ20内の真空度は、0.1Pa未満であることが好ましく、0.05Pa以下であることがより好ましい。
なお、Arなどの不活性ガスを真空チャンバ20内に導入して、真空チャンバ20内の圧力を0.1Pa以上に上げて、還元処理を行ってもよいが、その場合は、Arを真空チャンバ20内に導入する前に、0.1Pa未満になるまで真空引きすることが好ましい。
【0065】
その後、加熱室12内において、所定温度に加熱された2枚のカーボンヒータ16の間に、チタン箔13を搬送し、所定時間加熱した後に、サンプル室11に戻す。これにより、還元処理が行われ、所望の表面層4が形成される。
上述のとおり、酸化処理工程の後に、還元処理工程を実施することにより、酸化処理工程で形成されたルチルやアナターゼ構造の酸化チタン(TiO2)の酸素を、チタン基材に拡散吸収させ、Ti2O3を生成させることができる。その結果、所望の比率でTi2O3とTiO2とを含む酸化チタン層5を形成することができるため、塑性変形しやすい表面層4を得ることができる。
【0066】
還元処理の条件は、酸化処理条件、すなわち酸化処理により形成された酸化チタンの量に応じて、チタン箔13の昇温速度及び到達温度、並びにチタン箔13の加熱室12への搬入から搬出までの処理時間を適正に設定することが好ましい。
酸化処理工程において、酸化チタン層5が厚く成長していれば、還元処理によって、酸化チタン層5や不働態皮膜3中の酸素の金属チタン層2aへの拡散量を多くしないと、Ti2O3の形成量が少なくなり、表面層4とチタン基材2との密着性や、靱性が得られない。
一方、酸化チタン層5が薄いときは、酸化チタン層5や不働態皮膜3中の酸素の金属チタン層2aへの拡散量を少なくしないと、Ti2O3が生成されすぎて、界面の腐食、すなわち抵抗上昇が起こりやすくなる。
【0067】
また、昇温速度が遅い、すなわちヒータの輻射率が小さい場合は、チタン箔13の温度の上昇に時間を要するため、処理時間を長くすることが好ましい。
一方、昇温速度が速い場合は、処理時間を短くすることが好ましいが、ヒータの材質を固定すれば、昇温時間はほぼ一定に保たれるため、還元処理条件は、到達温度と処理時間を設定すればよい。
【0068】
さらに、酸化チタン層の厚さが一定であっても、還元処理時間が長い条件、及び/又は到達温度が高い条件で還元処理を実施すると、過剰還元による界面の腐食が発生し、燃料電池セパレータの抵抗が上昇する。
一方、酸化チタン層の厚さが一定であっても、還元処理時間が短い条件、及び/又は到達温度が低い条件で還元処理を実施すると、過小還元によって、表面層の密着性が不足したり、靱性が不足する。
【0069】
このように、還元処理条件は種々の因子で変わるため、一概には言えないが、酸化が強い(高温又は長時間処理)場合には、還元されにくいため、還元処理の条件もそれに合わせて強くすることが好ましい。
一方、酸化が弱い場合には、還元されやすいため、還元処理の条件も弱くすることが好ましい。
【0070】
例えば、酸化処理工程において、チタン箔13の到達温度を620~635℃の高温領域に設定した場合は、還元処理工程におけるチタン箔13の到達温度を、525~610℃の温度領域とすることが好ましい。また、酸化処理工程において、チタン箔13の到達温度を555~595℃未満の低温領域に設定した場合は、還元処理工程におけるチタン箔13の到達温度を、510~600℃の温度領域とすることが好ましい。さらに、酸化処理工程において、チタン箔13の到達温度を595~620℃未満の中温領域に設定した場合は、還元処理工程におけるチタン箔13の到達温度を、515~610℃の温度領域とすることが好ましい。このように設定することにより、所望の抵抗値を得ることができる。
【0071】
なお、酸化処理工程においても、還元処理工程においても、カーボンヒータ16以外に、シースヒータ等のように、チタン箔13を加熱することができるとともに、酸化雰囲気で酸化消耗しないヒータであれば、どのようなヒータでも使用することができる。ただし、ヒータの材質によって輻射率が変わるので、処理時間を適正化することが好ましい。
【0072】
[燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の他の製造方法]
上記実施形態に係る製造方法では、製造工程を、焼鈍工程→炭素粒子の塗布工程→酸化処理工程→洗浄工程→還元処理工程の順で説明したが、洗浄工程を最後にして、焼鈍工程→炭素粒子の塗布工程→酸化処理工程→還元処理工程→洗浄工程としてもよい。
すなわち、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の他の製造方法は、チタン基材を焼鈍する工程と、焼鈍されたチタン基材の表面に炭素粒子を塗布する工程と、炭素粒子が塗布されたチタン基材を、酸化雰囲気で熱処理して、炭素粒子を含む酸化チタン層を形成する酸化処理工程と、酸化チタン層が形成されたチタン基材を、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱処理して、表面層を形成する還元処理工程と、酸化チタン層の表面から、酸化チタン層に密着していない炭素粒子を除去する洗浄工程と、を有する。
【0073】
ただし、この場合に、還元処理工程において、チタン箔13の表面には余剰の炭素粒子6が付着しているため、表面の輻射率が高くなる。その結果、洗浄工程後に還元処理する場合と同じ加熱条件で還元処理すると、チタン箔13の温度上昇が速くなる。したがって、洗浄工程を還元処理工程よりも後に実施する場合は、還元処理工程時のヒータ温度を低めに設定することが好ましい。
【実施例0074】
以下、本実施形態に係る製造方法により製造された燃料電池セパレータ用表面処理チタン材の実施例及び比較例について説明する。
以下に示す種々の製造方法により、表面処理チタン材を製造し、得られる表面処理チタン材の性能に与える、製造条件等の影響について調査した。
【0075】
[試験1.Ti2O3/TiO2比率及びボイド比率による性能への影響]
Ti2O3/TiO2比率((I2+I3)/I1)及びボイド比率(L2/L1)を種々に変更して、表面処理チタン材を製造した。詳細な製造条件及び測定条件等は、以下のとおりである。
【0076】
<表面処理チタン材の製造>
(チタン基材の準備及び炭素分析)
幅が48cmであり、厚さが0.1mmとなるまで圧延されたチタン箔コイル26を準備し、チタン箔26aの表面をXPSで深さ方向に組成分析した。チタン箔26aの最表面を除く深さ約50nmまでの炭素の平均濃度は、3.9原子%であった。
【0077】
(焼鈍工程)
本実施例においては、
図7に示す連続焼鈍炉21を用いて、チタン基材を焼鈍した。
図7に示すように、連続焼鈍炉21は、第1チャンバ22、第2チャンバ23、第3チャンバ24、第4チャンバ25により構成されている。第1チャンバ22ではコイルの巻き出しを行い、第2チャンバ23ではカーボンヒータ28による加熱を行い、第3チャンバ24では冷却を行い、第4チャンバ25ではコイルの巻取りができるように構成されている。
【0078】
このように構成された連続焼鈍炉21を使用して、まず、チタン箔コイル26を第1チャンバ22内に設置して、真空引きをした後、カーボンヒータ28を加熱し、ヒータ温度を810℃に昇温した。次に、連続焼鈍炉21内にArガスを導入して、炉内の圧力を約2Paにした。その後、カーボンヒータ28による加熱時間が35秒になるようにライン速度を設定し、チタン箔コイル26から巻き出されたチタン箔26aを第2チャンバ23内に搬送して加熱した。その後、チタン箔26aを第3チャンバ24に搬送し、輻射冷却などにより炉内で冷却した後、第4チャンバ25内において巻取り、再びチタン箔コイル27とした。
【0079】
(炭素粒子の塗布工程)
焼鈍したチタン箔コイル27から、約10×20cmの大きさのチタン箔を切り出し、バーコータを用いて、チタン箔の表面にカーボンブラックを含む塗料を塗工した後、ドライヤーで乾燥し、チタン箔の表面にカーボンブラックを含む塗膜を形成した。同様にして裏面にも塗膜を形成した。カーボンブラックとしては、粒子径(D50)が62nmであるものを使用した。また、塗料の密着性を高めるために、アクリル樹脂をカーボンブラックに対して重量比で0.8添加した塗料を使用した。
なお、塗工重量を測定するために、上記と同じ大きさのチタン箔の片面に、塗料を塗工して乾燥したチタン箔の重量を測定した後、エタノールを含む布で塗料をふき取って、再度重量を測定し、重量差を算出して塗工面積で割った。塗工重量は、約60μg/cm2であった。したがって、カーボンブラックの塗工量は60÷1.8≒33μg/cm2と算出された。
【0080】
(酸化処理工程)
酸化処理は、
図5に示す真空チャンバ20を用いて行った。まず、両面にカーボンブラックを含む塗料を塗工したチタン箔13をトレイ14に載置して、これをサンプル室11に設置し、真空チャンバ20内を真空引きした後、カーボンヒータ16を所定の温度に昇温した。その後、真空チャンバ20内に酸素を導入して、真空チャンバ20内の圧力を20Paに調整した後、チタン箔13を加熱室12に搬送して、17秒間加熱した。その後、再び、トレイ14をサンプル室11戻して、チタン箔13を炉冷し、酸化処理を行った。
【0081】
なお、両面にカーボンブラックを含む塗膜を形成したチタン箔13の中央に、熱電対15を溶接し、上記酸化処理工程と同様に加熱することにより、チタン箔13を加熱した場合の、熱電対の温度変化を知ることができる。例えば、
図6に示すように、カーボンヒータ16の温度が615℃に設定され、加熱された加熱室12にチタン箔13を搬送し、17秒間保持したときのチタン箔13の到達温度は、約630℃であった。このことから、チタン箔13の17秒後の到達温度は、カーボンヒータ16の設定温度よりも約15℃高い温度に到達していると思われる。熱電対温度の方がカーボンヒータ16の設定温度よりも高い理由は、カーボンヒータ16そのものの温度を測定する熱電対が、カーボンヒータ16の端に設置されているため、実際にチタン箔13を加熱するカーボンヒータ16の中央付近の温度の方が設定値よりも高くなっているためと思われる。
【0082】
(洗浄工程)
真空チャンバ20からチタン箔13を取り出して、エタノールをしみこませた布で表面を擦った後、水をかけながらスポンジで再び擦って乾燥することにより、チタン箔13の表面に密着していない余剰のカーボンブラックを洗浄除去した。
【0083】
(還元処理工程)
図5に示す真空チャンバ20を用いて還元処理を行った。まず、洗浄したチタン箔13を、再び真空チャンバ20のトレイ14に載置してサンプル室11に設置し、真空チャンバ20内を真空引きし後、カーボンヒータ16を所定の温度に昇温させた。なお、真空チャンバ20内の圧力は、酸化処理でできた酸化チタンの還元が進むように、酸素や水蒸気等の影響がない0.1Pa未満にした。その後、真空チャンバ20内にArガスを導入して炉内圧力を40Paにした後に、チタン箔13を加熱室12に搬送して、12秒間加熱した後に、再びサンプル室11にトレイ14を戻してチタン箔13を炉冷し、還元処理を行った。
【0084】
図8は、横軸を加熱時間とし、縦軸をチタン箔の温度とした場合の、還元処理工程における加熱温度とチタン箔の温度との関係例を示すグラフである。
図8に示すグラフにおいて、カーボンヒータ16の設定温度は615℃であり、Arガス分圧は40Paである。
図8に示すように、酸化処理工程と同様にして、カーボンヒータ16の温度が615℃に設定された加熱室12に、熱電対15が溶接された洗浄後のチタン箔13を搬送し、12秒間加熱したときのチタン箔13の到達温度は、約585℃であった。これは、カーボンヒータ16の設定温度よりも、約30℃低い温度である。このことから、チタン箔13の12秒後の到達温度は、設定温度よりも約30℃低い温度になっていると思われる。
【0085】
(プレス成型模擬材の作製)
処理が終わったチタン箔(表面処理チタン材)を、コイルの圧延方向と平行な一辺の長さが65mm、圧延方向に垂直な他辺の幅が20mmとなるように切り取った。そして、長さ方向の中心線から12.5mmずつ離れた両側に、中心線と平行にマジックで標線を引き、引張試験機で長さ方向の両端を掴んで、標線間の長さが32.5mmとなるように引っ張ることにより、伸び率を30%とした厳しい条件でのプレス成型模擬材を作製した。
【0086】
<測定及び分析>
(初期接触抵抗の測定)
図9は、接触抵抗の測定器を示す模式図である。接触抵抗測定器30は、一対の円柱状銅製電極31a、31bの間に試験材料37を挟み、一方の銅製電極31aと他方の銅製電極31bとの間に、それぞれ電流端子32a、32bを介して4端子抵抗測定器(鶴賀電機製:低抵抗計356E)33が接続されるように構成されている。また、銅製電極31a、31bには、試験片に対して矢印で示す方向に荷重が印加できるように、不図示の荷重印加装置が取り付けられている。
このような接触抵抗測定器30を用いて、各模擬材の初期接触抵抗(浸漬前接触抵抗)を測定した。
【0087】
試験材料37は、上記プレス成型模擬材34の中央部付近の上に、直径16mmの穴をあけた0.05mm厚さの樹脂シート35を重ねて乗せ、さらに、樹脂シート35の上に、幅が約20mmであるカーボンペーパー36を重ねたものとした。なお、プレス成型模擬材34及びカーボンペーパー36は、いずれも、樹脂シート35の穴を覆うように重ねた。そして、直径が14mmであり、先端の面積が1.54cm2である銅製電極31aと銅製電極31bとの間に、樹脂シートが電極間に挟まれないように注意して、上記3枚重ねの試験材料37を挿入した。その後、荷重を15.4kgとして、試験材料37を銅製電極31aと銅製電極31bとで加圧した。そして、4端子抵抗測定器33の一方の電流端子32を銅製電極31aに、他方の電流端子32を銅製電極31bに接続するとともに、一方の抵抗測定端子38aをプレス成型模擬材34に、他方の抵抗測定端子38bをカーボンペーパー36に接続して、抵抗を測定した。その後、測定された抵抗値に、接触面積である1.54cm2を掛けることによって、浸漬前の初期接触抵抗を算出した。
【0088】
(浸漬後の接触抵抗の測定)
燃料電池セパレータの使用時を想定して、腐食性の酸性液に模擬材34が浸漬された後の接触抵抗を測定した。腐食性の酸性液としては、硫酸添加によりpH3に調整したイオン交換水に、フッ素イオン濃度30ppm、塩素イオン濃度10ppmとなるようにNaFとNaClを加えた酸性液を使用した。
まず、上記プレス成型模擬材34を、ポリエチレン製容器に入れて、上記酸性液に浸漬し、蓋をして80℃の恒温槽に容器を入れ、4日間(96時間)保持した。その後、恒温槽から容器を取り出して、容器からチタン箔を取り出してイオン交換水で水洗乾燥し、初期接触抵抗の測定方法と同様の方法で、浸漬後の接触抵抗を測定した。
本実施例においては、接触抵抗が15mΩ・cm2以下であったものを合格とした。
【0089】
(Ti2O3/TiO2比率の測定)
プレス成型模擬材34を作成する前のチタン箔の抵抗測定箇所のうち、面積が1cm2である領域をラマン分光分析によって、150~2000cm-1の波数範囲にわたって測定した。ラマン分光分析には、レーザラマン顕微鏡RAMANtouch(ナノフォトン株式会社製)を用いた。また、測定条件は、レーザ波長:532nm、レーザパワー:約500W/cm2、回折格子:600gr/mm、スリット幅:50μmとした。
次に、酸化チタンに由来するピークが観測される150~800cm-1のスペクトルを取り出して、ピークサーチとピーク分離を行った。
【0090】
図10は、ラマンスペクトルとピーク分離を行った試料の一例を示すグラフである。
図11は、Ti
2O
3の標準スペクトルを示すグラフであり、
図12は、TiO
2(ルチル)の標準スペクトルを示すグラフである。
図10に示すように、検出されるピークは、ルチル構造のTiO
2、アナターゼ構造のTiO
2及びTi
2O
3由来のピークであった。
【0091】
酸化処理工程で形成される酸化チタンは、殆どルチルのみであるが、還元処理を行うことにより、ルチルのTiO
2は減少して、少量のアナターゼ構造のTiO
2とTi
2O
3が形成された。
図10及び
図12に示すように、還元処理後のルチルのピークは、441cm
-1付近と235~252cm
-1に残存するが、両ピーク共Ti
2O
3と重なっている。カーブフィッティングによるピーク分離(混合関数(ガウス関数+ローレンツ関数)によるフィッティング)によって、ルチルとTi
2O
3に分離する必要があるが、前者のピークは分離が難しいため、ルチルのピークとして、後者のピーク分離後の235~252cm
-1のピーク(ピーク高さI1)を用いた。
【0092】
一方、
図10及び
図11に示すように、Ti
2O
3のピークはカーブフィッティングによるピーク分離後の、260~276cm
-1(ピーク高さI2)と292~303cm
-1(ピーク高さI3)との合計のピーク高さを用いた。還元度合いの指標として、ルチル構造を示す235~252cm
-1のピークの高さ(I1)に対するTi
2O
3構造を示す260~276cm
-1と292~303cm
-1との合計のピーク高さ(I2+I3)の比(以下、このピーク高さの比を、「(I2+I3)/I1」、又は、「Ti
2O
3/TiO
2比率」ということがある。)を取って、浸漬後の接触抵抗との関係を調べた。
【0093】
(ボイド比率及び膜厚Tの測定)
酸化処理時の温度を種々に変化させることにより得られた表面処理チタン材のうち、一部の表面処理チタン材について、表面を光学顕微鏡で観察し、最も表面比率が高い色の部分をクロスセクションポリッシャ(CP)で断面加工した。その後、FE-SEM(株式会社日立ハイテクノロジー製S-5000)によって、加速電圧を2.0kV、倍率を30万倍として、断面の反射電子像を撮影し、界面の長さに対するボイドの占める長さの比率(ボイド比率:L2/L1)と、膜厚Tを測定した。
【0094】
図13は、横軸を酸化処理時のヒータ設定温度とし、縦軸を膜厚とした場合の、ヒータ設定温度と膜厚との関係を示すグラフである。また、
図14は、横軸を酸化処理時のヒータ設定温度とし、横軸をボイド比率とした場合の、ヒータ設定温度とボイド比率との関係を示すグラフである。
図13及び
図14に示すように、炭素粒子の塗工量と酸化処理時間を一定にすると、膜厚Tとボイド比率は、ばらつきはあるものの、酸化処理の温度でほぼ決定される。酸化チタン層ができるプロセスは、酸化処理工程のみだからである。したがって、酸化ヒータ温度と塗工条件及び処理時間が同じであれば、多少のばらつきはあるもののほぼ同じ膜厚の皮膜ができる。
【0095】
また、ボイドも酸化チタン層ができる酸化処理工程で形成される。酸化処理で酸化チタンが形成されるメカニズムは、チタン基材中のチタン原子が、チタン基材表面の不働態皮膜中を拡散して不働態皮膜表面に出て、炉内の酸素と反応することによって、ルチル構造を主体とする酸化チタンを形成する。その後、チタン基材から拡散するチタン原子は、不働態皮膜及びその表面に形成されたルチル主体の酸化チタン中を拡散して、表面に達し、炉内の酸素と反応を続けることによって、酸化チタン層が成長する。このときの酸化チタン層中を拡散するチタンイオン(酸化チタン層中では、チタンはイオンの形態を取る。)は、酸化チタン層中のチタン格子に存在する空孔と位置を交換することによって、酸化チタン層の表面に現れる。また、空孔は酸化チタンと不働態皮膜との界面に拡散する。
【0096】
界面に拡散した空孔の一部は、不働態皮膜中を拡散するが、一部は酸化チタンと不働態皮膜の界面に蓄積されて、ボイドに成長する。したがって、酸化処理温度が高い場合や、酸化処理時間が長いと、空孔の拡散量が増えるため、酸化チタンと不働態皮膜の界面の空孔蓄積量、すなわちボイドが多くなる。すなわち、ばらつきはあるものの、ボイドの形成も酸化処理条件のみで殆ど決まる。
よって、膜厚と同様に、ボイド形成量も、酸化処理温度と時間が同じであれば、多少のばらつきはあるものの、ほぼ同じとみなすことができる。このため、ボイド比率(L2/L1)と膜厚Tは、酸化ヒータ設定温度毎に、1つないし2つずつ選定して測定し、同じ酸化条件で処理した試験片は、全てほぼ同じボイド比率、膜厚とみなし、測定を実施しなかった。
【0097】
各試験片の酸化処理時及び還元処理時の温度、初期及び4日浸漬後の接触抵抗、Ti2O3/TiO2比率、ボイド比率、並びに膜厚Tの測定結果を下記表1に示す。なお、表1中の-は、測定していないことを表す。また、酸化処理の温度の欄において、チタン箔推定温度は、酸化処理のヒータ設定温度+15℃とした。さらに、還元処理の温度の欄において、チタン箔推定温度は、還元処理のヒータ設定温度-30℃とした。
【0098】
【0099】
表1に示すように、実施例No.1~12は、いずれも、ラマンのTi
2O
3/TiO
2比率は、0.08から1.45の範囲内であり、ボイド比率もすべて0.3以下であったため、試験液4日浸漬後の接触抵抗は、15mΩ・cm
2以下となった。このことより、実施例No.1~12は、優れた導電性を長期間維持することができることが示された。
なお、上述の
図10は、実施例No.12について、ラマンスペクトルとピーク分離を行ったグラフである。
図10に示すように、実施例No.12のI1は434.5、I2は475.9、I3は76.0であったため、Ti
2O
3/TiO
2比率は、(475.9+76.0)/434.5より、1.27となった。
【0100】
これに対して、比較例No.1は、Ti2O3/TiO2比率が1.66であり、本発明範囲の上限である1.45を超えていたため、試験液4日浸漬後の接触抵抗が15mΩ・cm2を超えた。これは、酸化処理の温度が低い割に、還元処理の温度が高いために、Ti2O3の形成が過剰となったためであると考えられる。
【0101】
比較例No.2は、Ti2O3/TiO2比率が0.00となり、本発明範囲の下限である0.08未満となったため、試験液4日浸漬後の接触抵抗が15mΩ・cm2を超えた。これは、酸化処理の温度が高い割に、還元処理の温度が低いことから、還元が効いておらず、Ti2O3が殆ど形成されなかったために、プレス成型模擬材の作成時に、引張による部分剥離や多数のクラック形成が発生し、腐食が進んだからであると考えられる。
【0102】
比較例No.3及び比較例No.4は、Ti2O3/TiO2比率は、本発明の範囲内であったが、ボイド比率が、それぞれ0.326、0.348であり、本発明範囲の上限である0.3を超えていたため、試験液4日浸漬後の接触抵抗が15mΩ・cm2を超えた。これは、酸化処理の温度が高いために、ボイドの形成が過剰に生じたためであると考えられる。
【0103】
上述の
図2は、比較例No.5の断面を示す図である。比較例No.5は、Ti
2O
3/TiO
2比率が0.00となり、本発明範囲の下限である0.08未満であった。また、
図2に示すように、多数のボイドが形成されており、ボイド率が0.56であって、本発明範囲の上限である0.3を超えていたため、試験液4日浸漬後の接触抵抗が15mΩ・cm
2を超え、著しく劣化した。これは、酸化処理の温度が高い割に、還元処理の温度が低いために、Ti
2O
3の形成が不足するとともに、酸化温度が高いことから、界面ボイド形成が過剰となったためであると考えられる。
【0104】
[試験2.炭素粒子の粒子径(D50)及び還元処理の条件による性能への影響]
炭素粒子の粒子径(D50)及び還元処理の条件を種々に変更して、表面処理チタン材を製造した。詳細な製造条件及び測定条件等は、以下のとおりである。
【0105】
<表面処理チタン材の製造>
(チタン基材の準備及び焼鈍工程)
試験1.と同様の方法で、幅が48cm、厚さが0.1mmであるチタン箔コイルの焼鈍を行った。
【0106】
(炭素粒子の塗布工程)
焼鈍後のチタン箔コイルから巻き出したチタン箔を、ダイ塗工ラインに設置して、試験1.と同様の塗料を、乾燥後の塗料の塗工重量が50~70μg/cm2(カーボンブラックに換算すると28~39μg/cm2)となるように、チタン箔の両面に、ダイコータで塗工を行った。本実施例では、炭素粒子(カーボンブラック)の粒子径(D50)が、62nmと109nmである2種類のカーボンブラックを使用した。
【0107】
(酸化処理工程)
図7に示す連続焼鈍炉21を用いて酸化処理を行った。まず、両面にカーボンブラックを含む塗料を塗工したチタン箔コイル26を、連続焼鈍炉21の第1チャンバ22内に設置して、真空引きをした後、チタン箔26aの温度は測定できないため、シースヒータを加熱して、チタン箔26aの推定温度が615~620℃になるように調整した。次に、連続焼鈍炉21内の酸素分圧が、計算上20Paになるように、酸素ガスと、Arガスとを導入した。そして、加熱ゾーンである第2チャンバ23を通過する時間が17秒となるように、ライン速度を設定し、チタン箔26aを第3チャンバ24に搬送した。その後、第3チャンバ24内において、チタン箔26aを冷却した後、第4チャンバ25内において巻取り、再びチタン箔コイル27とした。
【0108】
(洗浄工程)
酸化したチタン箔コイル27を連続焼鈍炉21から取り出して、チタン箔13の表面に密着していない余剰のカーボンブラックを除去するために、ブラシ洗浄槽と超音波洗浄槽を有する連続水洗設備にチタン箔コイル27をセットし、ライン洗浄を行なった。
【0109】
(還元処理工程)
粒子径(D50)が62nmであるカーボンブラックを用いたチタン箔コイルと、109nmであるカーボンブラックを用いたチタン箔コイルについては、カーボンヒータが装着されている
図7に示す連続焼鈍炉21を用いて、還元処理を行った。まず、チタン箔コイルを第1チャンバ22内に設置して、真空引きをした後、チタン箔26aの温度は測定できないため、シースヒータを加熱して、チタン箔26aの推定温度が605℃に到達するように調整した。次に、加熱ゾーンである第2チャンバ23を通過する時間が12秒となるように、ライン速度を設定し、チタン箔26aを第3チャンバ24に搬送した。その後、第3チャンバ24内において、チタン箔26aを冷却した後、第4チャンバ25内において巻取り、再びチタン箔コイルとした。
【0110】
(プレス成型模擬材の作製)
試験1.と同様にして、プレス成型模擬材を作成した。
【0111】
<測定及び分析>
(初期接触抵抗及び浸漬後の接触抵抗の測定)
試験1.と同様にして、プレス成型模擬材に対して、初期接触抵抗を測定するとともに、4日浸漬後の接触抵抗を測定した。
【0112】
(密着性の測定)
伸び率30%で引っ張ったプレス成型模擬材の標線間の表面の長さ方向に、幅12mm、長さ約5cmのテープ(セロテープ(登録商標):品番405(ニチバン株式会社製))における長さ方向の片端部から、長さ2cm程度を貼り付けた。そして、貼り付け部分を柔らかい布でこすった後、テープの他端部からテープ貼り付け部の境界までの、貼り付け面に接着していない部分のテープが、貼り付け面に対して90°になるように、テープが剥がれない程度に引っ張った。その後、90°の角度をおおよそ維持したままの状態で、1~2秒ぐらいの時間でテープが剥がれるように力を入れて、テープをプレス成型模擬材から引き剥がした。このようにして、テープ剥離試験を実施し、テープが剥がされた面や剥がされたテープを目視観察することによって、表面層の密着性を測定した。
【0113】
(Ti2O3/TiO2比率の測定)
プレス成型模擬材34を作成する前のチタン箔の抵抗測定箇所のうち、0.2mm×0.2mmの領域をラマン分光分析によって、150~2000cm-1の波数範囲にわたって測定し、試験1.と同様にして、Ti2O3/TiO2比率を求めた。ラマン分光分析には、顕微レーザラマン分光装置LabRAM HR-800(Jobin Yvon社製)を用いた。また、測定条件は、レーザ波長:514.6nm、レーザパワー:20mW、回折格子:300gr/mm、共焦点ホール径:100μm、露光時間×積算回数:120秒×8回とした。
【0114】
(カーボンブラックの重量(Sc/(St+Sc))の測定)
表面処理したチタン箔を、2cm×5cmの大きさに切り取って重量を測定した後、片面の表面層をバフ研磨により研磨除去し、燃焼法により、カーボンブラックを燃焼させた。なお、燃焼には、炭素・硫黄分析装置CS844(LECOジャパン合同会社製)を使用した。
そして、燃焼により発生するCO2の量を定量することにより、片面の表面層に取り込まれたカーボンブラックの重量を算出した。また、あらかじめ測定しておいたチタン箔の重量を、チタン箔の厚さ(0.1mm)とチタンの密度で割ることによって、片面の表面積を求め、算出したカーボンブラック重量を片面の表面積で割ることにより、単位面積当たりの表面層中のカーボンブラックの重量を求めた。
【0115】
各試験片の炭素粒子の粒子径(D50)、酸化処理及び還元処理のチタン箔推定温度、初期及び4日浸漬後の接触抵抗、Ti
2O
3/TiO
2比率、並びにカーボンブラック重量の測定結果を下記表2に示す。なお、表2に示す実施例No.13、実施例No.14、及び比較例No.6の酸化処理のチタン箔推定温度と、
図13及び
図14から、膜厚Tは25nm以上であり、ボイド比率は0.30以下であることが判断できるため、膜厚Tとボイド比率は測定していない。また、比較例No.6は、カーボンブラックを塗工しないで、実施例No.13及び14と同じ条件で酸化処理を実施した後に、洗浄せずに還元処理したものである。したがって、比較例No.6のカーボンブラック重量については、0であることが明白であることから、燃焼法による重量測定を実施しなかった。
【0116】
【0117】
実施例No.13及び実施例No.14は、Ti2O3/TiO2比率が、0.08~1.45の範囲内であったため、試験液4日浸漬後の接触抵抗は、15mΩ・cm2以下となった。また、テープ剥離試験では目視による剥離は認められず、密着性も良好な結果を示した。なお、実施例No.13と実施例No.14とを比較した場合に、Ti2O3/TiO2比率は殆ど同じであるにもかかわらず、粒子径D50が62nmである実施例No.13の接触抵抗が低くなっている。これは、表面層中の1cm2当たりのカーボンブラック重量、すなわち表面層に取り込まれた表面層中のカーボンブラックの割合が、粒子径D50が小さい実施例No.13の方が、粒子径D50が大きい実施例No.14より多いために、導電パスが増えたためと考えられる。このように、炭素粒子の粒子径D50が小さい方が、導電性は大きくなる。
【0118】
これに対して、比較例No.6は、表面層中に炭素粒子が含まれていないため、初期接触抵抗は良好な値を示しているが、4日浸漬後の接触抵抗は、15mΩ・cm2を大幅に超えた。この結果より、炭素粒子(カーボンブラック)が安定な導電経路であり、カーボンブラックが入っていないと、導電性の長期安定性が保てないことが示された。
【0119】
[試験3.膜厚Tによる性能への影響]
膜厚Tを種々に変更して、表面処理チタン材を製造した。試験3.においては、膜厚Tの影響を確認するために、酸化処理時のヒータ設定温度を、615℃、595℃、535℃の3種類に設定して、試験片を作製した。なお、試験片の製造条件及び測定条件等を以下に示す。
【0120】
<表面処理チタン材の製造>
試験1.と同様にして、表面処理チタン材を製造した。
【0121】
<測定及び分析>
(初期接触抵抗及び浸漬後の接触抵抗の測定)
試験1.と同様にして、プレス成型模擬材に対して、初期接触抵抗を測定するとともに、4日浸漬後の接触抵抗を測定した。
【0122】
(Ti2O3/TiO2比率の測定)
試験1.と同様にして、Ti2O3/TiO2比率を測定した。
【0123】
(ボイド比率及び膜厚Tの測定)
酸化処理時の温度を種々に変化させることにより得られた表面処理チタン材について、表面を光学顕微鏡で観察し、最も表面比率が高い色の部分をクロスセクションポリッシャ(CP)で断面加工した。その後、FE-SEM(株式会社日立ハイテクノロジー製S-5000)によって、加速電圧を2.0kV、倍率を30万倍として、断面の反射電子像を撮影し、膜厚Tを測定した。また、界面の長さに対するボイドの占める長さの比率(ボイド比率:L2/L1)も測定した。
【0124】
(酸化チタン層中の炭素粒子(カーボンブラック)の含有率の測定)
表面処理チタン材の最も表面比率が高い色の部分をCPにより断面加工し、断面をFE-SEMにより撮影して、不働態皮膜と金属チタン層との界面がなるべく直線になっている場所から膜厚T分だけ上方の位置までの領域において、画像を二値化した。このとき、カーボンブラックを黒とし、酸化チタン層を白として、酸化チタン層の表面から突き出している部分は、カーボンブラックとして含めないものとした。なお、カーボンブラックの占める面積をScとし、酸化チタン層と不働態皮膜との合計の断面積をStとした。
そして、Scに比例する値である黒のドット数と、St+Scに比例する値である黒と白のドット数を測定し、{Sc/(St+Sc)}×100として、含有率(%)で算出した。
【0125】
各試験片の酸化処理時及び還元処理時の温度、初期及び4日浸漬後の接触抵抗、Ti2O3/TiO2比率、ボイド比率、膜厚T並びにカーボンブラックの含有率の測定結果を下記表3に示す。
【0126】
【0127】
上記表3に示すように、実施例No.15及び実施例No.16は、膜厚Tが25nmを超えているとともに、Ti2O3/TiO2比率が0.08~1.45の範囲内であり、ボイド比率も本発明の範囲内であったため、試験液4日浸漬後の接触抵抗は、15mΩ・cm2以下となった。
これに対して、比較例No.7は、Ti2O3/TiO2比率及びボイド比率は、本発明の範囲内であるものの、膜厚が21nmであり、本発明範囲の下限未満であったため、試験液4日浸漬後の接触抵抗が、15mΩ・cm2を超える結果となった。
【0128】
図15は、SEMにより撮影した比較例No.7、実施例No.15及び実施例No.16の断面を示す図面代用写真である。比較例No.7は、酸化チタン層5の表面に炭素粒子(カーボンブラック)6が乗っているだけで、酸化チタン層5の内部に炭素粒子6が取り込まれていないことが示された。
一方、実施例No.15及び実施例No.16は、いずれも、酸化チタン層5中に炭素粒子6が取り込まれ、分散していることが示された。
【0129】
なお、上述した
図4は、比較例No.7の断面を示す写真であり、カーボンブラックの含有率が、実施例と比較して少ない値となっており、接触抵抗が高くなっている。これは、膜厚Tが薄いために、カーボンブラックを酸化チタン層5中に十分取り込むことができなかったためであると考えられる。
【0130】
[試験4.焼鈍の有無による性能への影響]
チタン基材に対する焼鈍の有無が、得られる表面処理チタン材の0.2%耐力に与える影響について確認した。
図7に示す連続焼鈍炉21を使用して、チタン箔26aの到達温度が780℃、加熱ゾーンである第2チャンバ23内の通過時間が40秒となるように、カーボンヒータ28の温度とライン速度を設定した。そして、厚さが0.1mmであるチタン圧延箔を焼鈍して、試験1.と同様の方法で表面処理を行った。
一方、焼鈍を実施しなかったチタン圧延箔に対して、試験1.と同様の方法で表面処理を行い、コイルの長手方向(L方向)と幅方向(T方向)の0.2%耐力を測定した。なお、6コイルについて焼鈍を実施し、4コイルについて焼鈍を実施せずに、0.2%耐力を測定した。
L方向とT方向の0.2%耐力の測定結果を下記表4に示す。
【0131】
【0132】
上記表4に示すように、実施例No.17~実施例No.22は、焼鈍したチタン基材を用いて表面処理チタン材を作製したものであり、L方向の0.2%耐力は、119~143MPa、T方向の0.2%耐力は、185~208MPaとなった。
なお、好ましい0.2%耐力の範囲は、L方向は110~150MPaとし、T方向は180~215MPaとした。したがって、実施例の表面処理チタン材は、ばらつきはあるものの、全て好ましい0.2%耐力の範囲内となった。
【0133】
一方、比較例No.8~比較例No.11は、焼鈍をしなかったチタン基材を用いて表面処理チタン材を作製したものであり、L方向の0.2%耐力は、207~239MPa、T方向の0.2%耐力は、230~257MPaとなり、好ましい範囲よりも高い値となった。これらの結果から、チタン基材を焼鈍する工程は必要であり、この工程が実施されないと、0.2%耐力が高くなりすぎて、細溝のプレス成型をした場合に、所望の形状が得られないことが示された。