(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022085750
(43)【公開日】2022-06-08
(54)【発明の名称】制御弁式鉛蓄電池
(51)【国際特許分類】
H01M 10/12 20060101AFI20220601BHJP
H01M 4/02 20060101ALI20220601BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20220601BHJP
【FI】
H01M10/12 Z
H01M4/02 Z
H01M4/62 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020197595
(22)【出願日】2020-11-27
(71)【出願人】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】110002745
【氏名又は名称】特許業務法人河崎・橋本特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻中 彬人
(72)【発明者】
【氏名】籠橋 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】松村 朋子
【テーマコード(参考)】
5H028
5H050
【Fターム(参考)】
5H028BB04
5H028EE04
5H028EE06
5H028HH00
5H028HH03
5H050AA12
5H050BA09
5H050CA01
5H050CA02
5H050CB01
5H050CB15
5H050DA11
5H050DA19
5H050EA13
5H050EA23
5H050FA16
5H050HA02
5H050HA08
5H050HA11
(57)【要約】 (修正有)
【課題】内部抵抗が低く、ハイレート放電での放電維持率が良好な鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】極板群11と、電解液と、極板群および電解液を収容する電槽10と、を備え、極板群は、正極板3と、負極板2と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータ4と、を備え、電槽内の極板群に対して正極板と負極板との積層方向に印加される圧力が、10kPa以上、40kPa以下であり、厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときのAGMセパレータの密度が、0.14g/cm
3以上、0.20g/cm
3以下であり、負極板は、負極電極材料を含み、負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、ポリマー化合物は、重クロロホルムを溶媒として用いて測定される
1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲にピークを有する、制御弁式鉛蓄電池。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
極板群と、電解液と、前記極板群および前記電解液を収容する電槽と、を備え、
前記極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータと、を備え、
前記電槽内の前記極板群に対して前記正極板と前記負極板との積層方向に印加される圧力が、10kPa以上、40kPa以下であり、
厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときの前記AGMセパレータの密度が、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下であり、
前記負極板は、負極電極材料を含み、
前記負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、
前記ポリマー化合物は、重クロロホルムを溶媒として用いて測定される1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲にピークを有する、制御弁式鉛蓄電池。
【請求項2】
前記ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有する、請求項1に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項3】
極板群と、電解液と、前記極板群および前記電解液を収容する電槽と、を備え、
前記極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータと、を備え、
前記電槽内の前記極板群に対して前記正極板と前記負極板との積層方向に印加される圧力が10kPa以上、40kPa以下であり、
厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときの前記AGMセパレータの密度が、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下であり、
前記負極板は、負極電極材料を含み、
前記負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、
前記ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有する、制御弁式鉛蓄電池。
【請求項4】
前記ポリマー化合物は、前記繰り返し構造を有するヒドロキシ化合物、前記ヒドロキシ化合物のエーテル化物および前記ヒドロキシ化合物のエステル化物からなる群より選択される少なくとも一種を含む、請求項2または3に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項5】
前記ヒドロキシ化合物は、ポリC2-4アルキレングリコール、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含む共重合体、およびポリオールのポリC2-4アルキレンオキサイド付加物からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項4に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項6】
前記オキシC2-4アルキレンユニットは、オキシプロピレンユニットである、請求項2~5のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項7】
前記オキシC2-4アルキレンユニットは、オキシエチレンユニットである、請求項2~5のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項8】
前記ポリマー化合物は、末端基に結合した酸素原子と、前記酸素原子に結合した-CH2-基および/または-CH<基とを含み、
前記1H-NMRスペクトルにおいて、前記ピークの積分値の、前記ピークの積分値と前記-CH2-基の水素原子のピークの積分値と前記-CH<基の水素原子のピークの積分値との合計に占める割合は、85%以上である、請求項1~7のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項9】
前記ポリマー化合物は、1つ以上の疎水性基を有し、
前記疎水性基の少なくとも1つは、炭素数が8以上の長鎖脂肪族炭化水素基である、請求項1~8のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項10】
前記負極電極材料における前記ポリマー化合物の含有率が、質量基準で30ppm~500ppmの範囲にある、請求項1~9のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項11】
前記ポリマー化合物は、数平均分子量が10000以下の化合物を含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項12】
前記ポリマー化合物は、数平均分子量が400以上の化合物を含む、請求項1~11のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【請求項13】
前記AGMセパレータが、有機繊維を5質量%以上、20質量%以下の含有量で含む、請求項1~12のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御弁式鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、車載用、産業用の他、様々な用途で使用されている。鉛蓄電池には、負極板、正極板、セパレータ(またはマット)、および電解液などが含まれる。各極板は、集電体と、電極材料とを備える。様々な機能を付与する観点から、鉛蓄電池の構成部材に添加剤が添加されることがある。
【0003】
特許文献1には、負極活物質を負極集電体に充填してなる負極板と、正極活物質を正極集電体に充填してなる正極板とをセパレータを介して積層した極板群を、電解液とともに電槽内に収容した構成を有する鉛蓄電池であって、前記負極活物質は、該負極活物質中に鱗片状黒鉛及び所定の化学構造式で表わされるビスフェノールAアミノベンゼンスルホン酸ナトリウム塩のホルムアルデヒド縮合物を含有し、前記ビスフェノールAアミノベンゼンスルホン酸ナトリウム塩のホルムアルデヒド縮合物の分子量が、1.5万~2.0万、化合物中のイオウ含有量が6~10質量%であり、前記鱗片状黒鉛の平均一次粒子径が、100μm以上220μm以下であることを特徴とする鉛蓄電池が記載されている。
【0004】
特許文献2には、フッ素樹脂のディスパージョンを添加し練合してフッ素樹脂の繊維を形成した活物質の練合物を支持体に充てんして得た電極に、シリコーンの水性エマルジョンを浸潤させる工程と、つぎに乾燥する工程とを有する鉛蓄電池用電極の製造法が記載されている。
【0005】
特許文献3には、防縮剤を含有するペースト式活物質が集電体に充填されてなる鉛蓄電池用負極板において、前記防縮剤として所定の化学式で示されるポリオキシパーフルオロエチレンフェニルアミンを用い、前記ポリオキシパーフルオロエチレンフェニルアミンは前記ペースト式活物質に対して0.005~3重量%含有されていることを特徴とする鉛蓄電池用負極板が記載されている。
【0006】
特許文献4には、中性領域で重金属吸着能が高く酸性領域で重金属吸着能が低くなる希土類化合物からなる重金属吸着剤を含有させた微多孔性シートからなり、前記シートの厚さ方向に、前記重金属吸着剤が偏在して、前記シートの水平方向に延びる前記重金属吸着剤の含有層と前記重金属吸着剤の実質的な非含有層とが形成されることを特徴とする鉛蓄電池用セパレータが記載されている。
【0007】
特許文献5には、正、負極板間にセパレータを介在させた極板群を電槽内に収納し、前記極板群とセパレータに電解液を保持した制御弁式鉛蓄電池において、前記セパレータがガラス繊維と有機繊維との混抄マットであり、前記電解液がシリカを添加したシリカゾルであることを特徴とする制御弁式鉛蓄電池が記載されている。
【0008】
特許文献6には、正極板と負極板とセパレータとを備える極板群が、電槽内に配された制御弁式鉛蓄電池の製造方法であって、正極活物質原料として、鉛粉と鉛丹化率が20質量%~80質量%の鉛丹とを用いて正極板を作製する工程と、前記極板群に、9.8~34.3kPaの圧迫力が加わるよう前記電槽内に配する工程と、を備えたことを特徴とする制御弁式鉛蓄電池の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013-41848号公報
【特許文献2】特開昭58-19863号公報
【特許文献3】特開平9-147874号公報
【特許文献4】特開2007-311333号公報
【特許文献5】特開2008-204638号公報
【特許文献6】特開2009-123433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
制御弁式鉛蓄電池(VRLA)の主な寿命モードとして減液がある。減液が進行すると、AGMセパレータが収縮し、極板とAGMセパレータ(もしくは電解液)との接触抵抗が増大する。また、電解液の比重が上昇し、正極の格子腐食が進行しやすくなる。その結果、電池の内部抵抗が上昇し、ハイレート放電での容量維持率が低下する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一側面は、極板群と、電解液と、前記極板群および前記電解液を収容する電槽と、を備え、前記極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータと、を備え、前記電槽内の前記極板群に対して前記正極板と前記負極板との積層方向に印加される圧力が、10kPa以上、40kPa以下であり、厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときの前記AGMセパレータの密度が、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下であり、前記負極板は、負極電極材料を含み、前記負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、前記ポリマー化合物は、重クロロホルムを溶媒として用いて測定される1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲にピークを有する、制御弁式鉛蓄電池に関する。
【0012】
本発明の別の側面は、極板群と、電解液と、前記極板群および前記電解液を収容する電槽と、を備え、前記極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータと、を備え、前記電槽内の前記極板群に対して前記正極板と前記負極板との積層方向に印加される圧力が10kPa以上、40kPa以下であり、厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときの前記AGMセパレータの密度が、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下であり、前記負極板は、負極電極材料を含み、前記負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、前記ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有する、制御弁式鉛蓄電池に関する。
【発明の効果】
【0013】
ハイレート放電での容量維持率に優れた制御弁式鉛蓄電池を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】一実施形態に係る制御弁式鉛蓄電池の構造を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態に係る制御弁式鉛蓄電池(VRLA)は、極板群と、電解液と、極板群および電解液を収容する電槽とを備える。極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータとを備える。AGM(Absorbed Glass Mat)セパレータは、ガラス繊維を含む不織布である。
【0016】
負極板は、負極電極材料を含む。正極板は、正極電極材料を含む。負極電極材料および正極電極材料の各電極材料は、通常、集電体に保持されている。電極材料とは、極板から集電体を除いたものである。極板には、マット、ペースティングペーパなどの部材が貼り付けられていることがある。このような部材(貼付部材とも称する)は極板と一体として使用されるため、極板に含まれるものとする。極板が貼付部材(マット、ペースティングペーパなど)を含む場合には、電極材料は、集電体および貼付部材を除いたものである。
【0017】
負極電極材料は、ポリマー化合物を含む。ポリマー化合物は、重クロロホルムを溶媒として用いて測定される1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲にピークを有する。あるいは、ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有してもよい。なお、上記の1H-NMRスペクトルにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下のケミカルシフトの範囲に現れるピークは、オキシC2-4アルキレンユニットに由来する。
【0018】
負極電極材料にポリマー化合物を含ませることで、VRLAの主な寿命モードである減液の進行を抑制することができる。減液を抑制できるのは、次のような理由によるものと考えられる。まず、上記ポリマー化合物は線状構造を取りやすく、負極電極材料中の鉛表面がポリマー化合物で薄く広く覆われる。負極電極材料中に含ませたポリマー化合物は鉛近傍に存在するため、オキシC2-4アルキレンユニットの鉛に対する高い吸着作用が発揮されるものと考えられる。鉛表面の広範囲な領域がポリマー化合物により覆われることで水素過電圧が上昇し、過充電時に水素発生が起こり難くなる。よって、減液を低減することができる。以上のように、ポリマー化合物の効果を有効に発揮させるには、負極電極材料以外の鉛蓄電池の構成要素にポリマー化合物が含まれているか否かにかかわらず、負極電極材料がポリマー化合物を含有していることが重要である。
【0019】
一方、鉛表面に吸着するポリマー化合物の一部は、充放電に伴う負極電極材料の体積変化と水素ガス発生に伴う外力によって電解液に溶出する。電解液に溶出したポリマー化合物は、正極板まで移動し、酸化分解される。そのため、正極板の自己放電が促進され、フロート充電時の充電電流が増加する。その結果、正極板(特に正極集電体)の腐食が進行し、電池の内部抵抗が上昇し、ハイレート放電容量が低下する。すなわち、負極電極材料にポリマー化合物を含ませることで減液を抑制できるが、ポリマー化合物に由来する正極板の腐食が生じ、結局、ハイレート放電での容量維持率が低下する背反があることが判明した。
【0020】
これに対し、電槽内の極板群に対して正極板と負極板との積層方向に印加される圧力(以下、「緊圧」とも称する。)を、10kPa以上、40kPa以下とし、かつ、厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときのAGMセパレータの密度(以下、「20kPa密度」とも称する。)を、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下とする場合、負極電極材料にポリマー化合物を含ませる場合でもハイレート放電での容量維持率の低下が抑制される。
【0021】
第1に、電槽内の極板群に対する緊圧を上記範囲に設定することで、ポリマー化合物の負極電極材料への吸着力が向上し、ポリマー化合物が電解液に溶出しにくくなるものと考えられる。第2に、上記範囲に設定することで、電解液の流動性が抑制され、電解液に溶出したポリマー化合物の正極板への移動が抑制され、ポリマー化合物が正極板で酸化分解されにくくなり、正極の自己放電が抑制されるものと考えられる。第3に、ポリマー化合物が負極板から溶出しにくくなることで、減液を抑制する効果が高められ、電解液の比重が上昇しにくくなり、正極板の腐食が更に進行しにくくなるものと考えられる。
【0022】
緊圧が10kPa以上の場合、緊圧10kPa未満の場合と比べて、ポリマー化合物の電解液への溶出が進行しにくく、減液抑制の効果が大きくなるものと考えられる。これにより、特にVRLAにおいては、極板とAGMセパレータとの接触抵抗の増加が抑制される。また、緊圧が10kPa以上の場合、緊圧10kPa未満の場合と比べて、ポリマー化合物が正極板に移動しにくく、酸化分解されにくくなり、正極板の自己放電の進行も制限される。よって、フロート充電時の充電電流が増加しにくく、正極板(特に正極集電体)の腐食の進行や電池の内部抵抗の上昇が抑制され、ハイレート放電での容量維持率が向上する。更に、緊圧が40kPa以下であると、AGMセパレータに吸収されないフリーの電解液が生じにくく、減液量が抑制される。一方、緊圧が10kPa未満の場合、緊圧10kPa以上の場合と比べると、ポリマー化合物の電解液への溶出が進行しやすく、減液抑制の効果も低減しやすい。特にVRLAにおいては、極板とAGMセパレータとの接触抵抗が増加しやすくなる。また、緊圧が10kPa未満の場合、緊圧10kPa以上の場合と比べて、ポリマー化合物が正極板に移動して酸化分解されやすくなり、正極板の自己放電が進行しやすい。その結果、フロート充電時の充電電流が増加し、正極板(特に正極集電体)の腐食が進行することで電池の内部抵抗が上昇し、ハイレート放電での容量維持率は低下する。なお、緊圧が40kPaを超えると減液量が若干増加に転じるが、これはAGMセパレータに吸収されないフリーの電解液が増えるためと考えられる。
【0023】
ただし、溶出したポリマー化合物の正極板への移動を抑制するには、AGMセパレータの20kPa密度を上記範囲に設定することが必要である。AGMセパレータの密度が上記範囲である場合、AGMセパレータを構成するガラス繊維による物理的障害が大きくなり、電解液の流動性が低下するとともに、負極板表面からAGMセパレータを経て正極板表面に移動する電解液の流路が長くなる。また、AGMセパレータの20kPa密度が上記範囲の場合、ガラス繊維間の距離が短くなり、表面張力が大きくなる。その結果、ガラス繊維間に存在する電解液がその場に留まりやすくなる。よって、電解液に溶出したポリマー化合物が正極板に更に到達しにくくなるものと考えられる。
【0024】
AGMセパレータの20kPa密度が0.14g/cm3以上の場合、ガラス繊維による物理的障害が十分に存在するため、ポリマー化合物が正極板に移動しにくく、酸化分解されにくくなる。よって、正極の自己放電が抑制され、ハイレート放電での容量維持率が向上する。また、AGMセパレータの20kPa密度が0.20g/cm3以下であると、フリーの電解液が減少するため、減液しにくくなり、電解液の比重の増加が抑制され、正極板の腐食や電池の内部抵抗の上昇も抑制される。その結果、ハイレート放電での容量維持率が向上する。一方、AGMセパレータの20kPa密度が0.14g/cm3未満では、ガラス繊維による物理的障害が十分ではなく、ポリマー化合物が正極板に移動して酸化分解されやすくなる。そのため、正極の自己放電が進行し、ハイレート放電での容量維持率は低下する。また、AGMセパレータの20kPa密度が0.20g/cm3を超えると、フリーの電解液が増えるため減液量が増加に転じるとともに、電解液の比重が増加し、正極板の腐食が進行することで、電池の内部抵抗が上昇し、ハイレート放電での容量維持率は低下する。
【0025】
本明細書中、電槽内の極板群に対する緊圧、AGMセパレータの20kPa密度とAGMセパレータ中の有機繊維の含有量および負極電極材料中のポリマー化合物の含有量は、それぞれ満充電状態の鉛蓄電池から取り出した極板群、AGMセパレータおよび負極板について求められる。
【0026】
<満充電状態>
制御弁式鉛蓄電池の満充電状態とは、25℃±2℃の気槽中で、定格容量に記載の数値(単位をAhとする数値)の0.2倍の電流(A)で、2.23V/セルの定電流定電圧充電を行い、定電圧充電時の充電電流が定格容量に記載の数値(単位をAhとする数値)の0.005倍の値(A)になった時点で充電を終了した状態である。満充電状態の鉛蓄電池は、既化成の鉛蓄電池を満充電したものをいう。鉛蓄電池の満充電は、化成後であれば、化成直後でもよく、化成から時間が経過した後に行ってもよい(例えば、化成後で、使用中(好ましくは使用初期)の鉛蓄電池を満充電してもよい)。使用初期の電池とは、使用開始後、それほど時間が経過しておらず、ほとんど劣化していない電池をいう。
【0027】
<緊圧>
電槽内の極板群に対する緊圧は、次の方法で測定することができる。まず、満充電状態の鉛蓄電池から取り出した極板群を、電解液を含んだままの状態で一対の樹脂板で正極板と負極板との積層方向における両側から挟む。次に、極板群を収容していた電槽内のセル室の上記積層方向における寸法Dまで極板群を圧縮し、そのときに極板群に印加されている圧力を緊圧として圧力センサーで測定する。
【0028】
<極間距離G>
緊圧を測定するときの寸法Dまで上記積層方向に圧縮された極板群において、正極板と負極板との間の距離(以下、極間距離Gと称する。)は、例えば1.0、mm以上であってもよく、1.5mm以上でもよく、2.0mm以上でもよく、2.5mm以上でもよい。ただし、極間距離Gは、電池の内部抵抗を抑制する観点から、2.5mm以下が望ましい。極間距離は、正極板の厚さ、負極板の厚さ、上記圧縮された極板群に含まれるAGMセパレータの厚さをそれぞれの高さ方向の中心で測定し、それらの厚さと枚数およびセル室の上記積層方向における寸法Dから算出できる。
【0029】
<20kPa密度>
AGMセパレータの20kPa密度は、SBA S 0406:2017の7.2.3に基づいて、次の方法で測定することができる。まず、AGMセパレータの厚さを測定する。具体的には、満充電状態の鉛蓄電池から取り出したAGMセパレータを水洗し、乾燥する。水洗、乾燥後のAGMセパレータを10cm×10cmサイズに切断する。両面に平坦面を有する樹脂板の平坦面上に、10cm×10cmサイズのAGMセパレータを10枚重ね、その上に、さらに上記樹脂板を重ねて置く。次に、樹脂板の上に20kgの重りを置き、20kg/dm2の荷重をかける。重りを置いてから30秒目におけるAGMセパレータ10枚の総厚さを測定する。AGMセパレータの1枚当たりの厚さを、AGMセパレータ10枚の総厚さの10分の1として算出する。次に、AGMセパレータの質量を測定する。具体的には、上記で作製した10枚の10cm×10cmサイズのAGMセパレータについて、1枚ずつ質量を測定し、その平均質量を求める。そして、上記で求めたAGMセパレータの1枚当たりの厚さt(cm)とAGMセパレータの平均質量W(g)から、20kPa密度(D)を、式:D=W/(10×10×t)により算出する。
【0030】
上記で求められるAGMセパレータの厚さtは、十分な電解液を吸収させる観点から、例えば0.15cm(1.5mm)以上であってもよく、0.20cm(2.0mm)以上でもよく、0.25cm(2.5mm)以上でもよい。ただし、AGMセパレータの厚さtは、電池の内部抵抗を抑制する観点から、0.30cm(3.0)mm以下が望ましい。AGMセパレータの厚さtは、極間距離Gに応じて適宜選択されるが、極間距離Gよりも大きいことが望ましい。具体的には、t/G比が1.05≦t/G≦1.4を満たすことが望ましく、1.1≦t/G≦1.3を満たしてもよい。
【0031】
鉛蓄電池が、2つ以上の極板群を有する場合には、少なくとも一つの極板群が上記のような条件を充足すればよい。ただし、鉛蓄電池に含まれる極板群の個数の50%以上(より好ましくは80%以上または90%以上)が、上記の条件を充足することが好ましい。鉛蓄電池に含まれる極板群のうち、上記の条件を充足する極板群の比率は、100%以下である。鉛蓄電池に含まれる極板群の全てが、上記の条件を充足することが好ましい。
【0032】
以下、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池の主要な構成要件ごとに説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0033】
[負極板]
負極板は、通常、負極電極材料に加え、負極集電体を備える。負極板は、負極集電体に負極ペーストを塗布または充填し、熟成および乾燥することにより未化成の負極板を作製し、その後、未化成の負極板を化成することにより形成できる。負極ペーストは、例えば、鉛粉と、ポリマー化合物と、必要に応じて他の添加剤と、水および硫酸(または硫酸水溶液)とを混練することで作製する。室温より高温かつ高湿度で、未化成の負極板を熟成させてもよい。
【0034】
化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の負極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。化成により海綿状鉛が生成する。
【0035】
(負極集電体)
負極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛シートまたは鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、例えば、エキスパンド加工や打ち抜き(パンチング)加工が挙げられる。負極集電体として格子状の集電体を用いると、負極電極材料を担持させ易いため好ましい。
【0036】
負極集電体に用いる鉛合金は、Pb-Sb系合金、Pb-Ca系合金、Pb-Ca-Sn系合金のいずれであってもよい。これらの鉛もしくは鉛合金は、更に、添加元素として、Ba、Ag、Al、Bi、As、Se、Cuなどからなる群より選択された少なくとも1種を含んでもよい。負極集電体は、表面層を備えていてもよい。負極集電体の表面層と内側の層とは組成が異なるものであってもよい。表面層は、負極集電体の一部に形成されていてもよい。表面層は、負極集電体の耳部に形成されていてもよい。耳部の表面層は、SnまたはSn合金を含有するものであってもよい。
【0037】
(負極電極材料)
負極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する負極活物質(具体的には、鉛もしくは硫酸鉛)とポリマー化合物とを含む。負極電極材料は、さらに、添加材を含んでもよい。添加材としては、有機防縮剤、炭素質材料、硫酸バリウムなどが挙げられるが、これらに限定されない。充電状態の負極活物質は、海綿状鉛である。
【0038】
(ポリマー化合物)
ポリマー化合物は、下記(i)および(ii)の少なくとも一方の条件を充足する。
条件(i)
ポリマー化合物は、重クロロホルムを溶媒として用いて測定される1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲にピークを有する。
条件(ii)
ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含む。オキシC2-4アルキレンユニットとは、-O-R1-(R1はC2-4アルキレン基を示す。)で表されるユニットである。
【0039】
条件(i)において、3.2ppm以上3.8ppm以下のピークは、オキシC2-4アルキレンユニットに由来するものである。つまり、条件(ii)を充足するポリマー化合物は、条件(i)を充足するポリマー化合物でもある。ただし、条件(i)を充足するポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニット以外のモノマーユニットの繰り返し構造を含んでもよく、ある程度の分子量を有すればよい。上記(i)または(ii)を充足するポリマー化合物は、数平均分子量(Mn)が例えば300以上であってもよい。
【0040】
ポリマー化合物は、末端基に結合した酸素原子と、酸素原子に結合した-CH2-基および/または-CH<基とを含んでもよい。1H-NMRスペクトルにおいて、3.2ppm~3.8ppmのピークの積分値の、このピークの積分値と、酸素原子に結合した-CH2-基の水素原子のピークの積分値と、酸素原子に結合した-CH<基の水素原子のピークの積分値との合計に占める割合は、例えば、50%以上であり、80%以上でもよく、85%以上でもよく、90%以上でもよい。このようなポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットを分子中に多く含む。そのため、ポリマー化合物がさらに線状構造を取り易くなり、鉛表面を薄く覆い易くなると考えられる。よって、減液をより効果的に低減することができる。また、鉛表面が薄く覆われることで、充電受入性が低下しにくく、硫酸鉛が蓄積しにくいため、放電時の抵抗上昇が抑制される。よって、ハイレート放電での容量維持率を確保しやすくなる。例えば、ポリマー化合物が末端に-OH基を有するとともに、この-OH基の酸素原子に結合した-CH2-基や-CH<基を有する場合、1H-NMRスペクトルにおいて、-CH2-基や-CH<基の水素原子のピークは、ケミカルシフトが3.8ppmを超え4.0ppm以下の範囲にある。
【0041】
ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含むことが好ましい。オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含むポリマー化合物を用いる場合、ポリマー化合物が鉛に対してより吸着し易くなるとともに、線状構造を取り易いことで鉛表面を薄く覆い易くなると考えられる。繰り返し構造は、一種のオキシC2-4アルキレンユニットを含むものであってもよく、二種以上のオキシC2-4アルキレンユニットを含むものであってもよい。オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有するポリマー化合物には、界面活性剤(例えばノニオン界面活性剤)に分類されるものも包含される。
【0042】
オキシC2-4アルキレンユニットとしては、オキシエチレンユニット、オキシプロピレンユニット、オキシトリメチレンユニット、オキシ2-メチル-1,3-プロピレンユニット、オキシ1,4-ブチレンユニット、オキシ1,3-ブチレンユニットなどが挙げられる。ポリマー化合物は、このようなオキシC2-4アルキレンユニットを一種有していてもよく、二種以上有していてもよい。
【0043】
オキシC2-4アルキレンユニットは、例えば、オキシプロピレンユニット(-O-CH(-CH3)-CH2-)であってもよい。すなわち、ポリマー化合物はオキシプロピレンユニットの繰り返し構造を含んでもよい。このようなポリマー化合物は、鉛に対する高い吸着性を有するが、鉛表面に過度に付着することもない。よって、減液を効果的に低減できるとともに、充電受入性が低下しにくく、硫酸鉛が蓄積しにくいため、放電時の抵抗上昇が抑制されやすい。
【0044】
オキシC2-4アルキレンユニットは、例えば、オキシエチレンユニット(-O-CH2-CH2-)であってもよい。すなわち、ポリマー化合物はオキシエチレンユニットの繰り返し構造を含んでもよい。オキシエチレンユニットの繰り返し構造は高い親水性を有するため、鉛に対して選択的に吸着させることができる。よって、ポリマー化合物の鉛に対する吸着性の制御が容易になる。
【0045】
ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有するヒドロキシ化合物(以下、ヒドロキシ化合物Cとも称する。)、ヒドロキシ化合物Cのエーテル化物およびヒドロキシ化合物Cのエステル化物からなる群より選択される少なくとも一種を含んでもよい。
【0046】
ここで、ヒドロキシ化合物Cは、ポリC2-4アルキレングリコール、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含む共重合体およびポリオールのポリC2-4アルキレンオキサイド付加物からなる群より選択される少なくとも一種であってもよい。このようなポリマー化合物を用いる場合、減液をさらに効果的に抑制することができる。
【0047】
オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含む共重合体としては、異なるオキシC2-4アルキレンユニットを含む共重合体、ポリC2-4アルキレングリコールアルキルエーテル、カルボン酸のポリC2-4アルキレングリコールエステルなどが挙げられる。共重合体はブロック共重合体であってもよい。
【0048】
ポリオールのポリC2-4アルキレンオキサイド付加物を構成するポリオールとしては、脂肪族ポリオール、脂環式ポリオール、芳香族ポリオール、複素環式ポリオールなどが挙げられる。ポリマー化合物が鉛表面に薄く広がり易い点で、脂肪族ポリオール、脂環式ポリオール(例えば、ポリヒドロキシシクロヘキサン、ポリヒドロキシノルボルナンなど)などが好ましく、中でも脂肪族ポリオールが好ましい。脂肪族ポリオールとしては、例えば、脂肪族ジオール、トリオール以上のポリオール(例えば、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、糖または糖アルコールなど)などが挙げられる。脂肪族ジオールとしては、炭素数が5以上のアルキレングリコールなどが挙げられる。アルキレングリコールは、例えば、C5-14アルキレングリコールまたはC5-10アルキレングリコールであってもよい。糖または糖アルコールとしては、例えば、ショ糖、エリスリトール、キシリトール、マンニトール、ソルビトールなどが挙げられる。糖または糖アルコールは、鎖状構造および環状構造のいずれであってもよい。
【0049】
ポリオールのポリアルキレンオキサイド付加物において、アルキレンオキサイドは、ポリマー化合物のオキシC2-4アルキレンユニットに相当し、少なくともC2-4アルキレンオキサイドを含む。ポリマー化合物が線状構造を取りやすい観点からは、ポリオールはジオールであることが好ましい。
【0050】
ヒドロキシ化合物Cのエーテル化物は、ヒドロキシ化合物Cの少なくとも一部の末端の-OH基(末端基の水素原子とこの水素原子に結合した酸素原子とで構成される-OH基)がエーテル化された-OR2基を有する(式中、R2は有機基である。)。ポリマー化合物の末端のうち、一部の末端がエーテル化されていてもよく、全ての末端がエーテル化されていてもよい。例えば、線状のポリマー化合物の主鎖の一方の末端が-OH基で、他方の末端が-OR2基であってもよい。
【0051】
ヒドロキシ化合物Cのエステル化物は、ヒドロキシ化合物Cの少なくとも一部の末端の-OH基がエステル化された-O-C(=O)-R3基を有する(式中、R3は有機基である。)。ポリマー化合物の末端のうち、一部の末端がエステル化されていてもよく、全ての末端がエステル化されていてもよい。例えば、線状のポリマー化合物の主鎖の一方の末端が-OH基で、他方の末端が-O-C(=O)-R3基であってもよい。
【0052】
有機基R2およびR3のそれぞれとしては、炭化水素基が挙げられる。炭化水素基は、置換基(ヒドロキシ基、アルコキシ基、カルボキシ基など)を有してもよい。炭化水素基は、脂肪族、脂環族および芳香族のいずれでもよい。芳香族炭化水素基および脂環族炭化水素基は、置換基として、脂肪族炭化水素基(アルキル基、アルケニル基、アルキニル基など)を有してもよい。置換基としての脂肪族炭化水素基の炭素数は、例えば、1~30でもよく、1~20でもよく、1~10でもよく、1~6または1~4でもよい。
【0053】
芳香族炭化水素基としては、例えば、炭素数が6以上24以下の芳香族炭化水素基が挙げられる。芳香族炭化水素基の炭素数は、20以下であってもよく、14以下または12以下でもよい。芳香族炭化水素基としては、アリール基、ビスアリール基などが挙げられる。アリール基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基などが挙げられる。ビスアリール基としては、例えば、ビスアレーンに対応する一価基が挙げられる。ビスアレーンとしては、ビフェニル、ビスアリールアルカン(例えば、ビスC6-10アリールC1-4アルカン(2,2-ビスフェニルプロパンなど)など)が挙げられる。
【0054】
脂環族炭化水素基としては、例えば、炭素数が16以下の脂環族炭化水素基が挙げられる。脂環族炭化水素基は、架橋環式炭化水素基であってもよい。脂環族炭化水素基の炭素数は、10以下または8以下であってもよい。脂環族炭化水素基の炭素数は、例えば、5以上であり、6以上であってもよい。
【0055】
脂環族炭化水素基としては、例えば、シクロアルキル基(シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基など)、シクロアルケニル基(シクロヘキセニル基、シクロオクテニル基など)などが挙げられる。脂環族炭化水素基には、芳香族炭化水素基の水素添加物も包含される。
【0056】
鉛表面にポリマー化合物が薄く付着し易い観点からは、炭化水素基のうち、脂肪族炭化水素基が好ましい。脂肪族炭化水素基は、飽和であってもよく、不飽和であってもよい。脂肪族炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、炭素炭素二重結合を2つ有するジエニル基、炭素炭素二重結合を3つ有するトリエニル基などが挙げられる。脂肪族炭化水素基は、直鎖状および分岐鎖状のいずれであってもよい。
【0057】
脂肪族炭化水素基の炭素数は、例えば、30以下であり、26以下または22以下であってもよく、20以下または16以下であってもよく、14以下または10以下であってもよく、8以下または6以下であってもよい。炭素数の下限は、脂肪族炭化水素基の種類に応じて、アルキル基では1以上、アルケニル基およびアルキニル基では2以上、ジエニル基では3以上、トリエニル基では4以上である。鉛表面にポリマー化合物が薄く付着し易い点で、中でもアルキル基やアルケニル基が好ましい。
【0058】
アルキル基の具体例としては、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、i-ペンチル、s-ペンチル、3-ペンチル、t-ペンチル、n-ヘキシル、2-エチルヘキシル、n-オクチル、n-ノニル、n-デシル、i-デシル、ウンデシル、ラウリル(ドデシル)、トリデシル、ミリスチル、ペンタデシル、セチル、ヘプタデシル、ステアリル、イコシル、ヘンイコシル、ベヘニルなどが挙げられる。
【0059】
アルケニル基の具体例としては、ビニル、1-プロペニル、アリル、シス-9-ヘプタデセン-1-イル、パルミトレイル、オレイルなどが挙げられる。アルケニル基は、例えば、C2-30アルケニル基またはC2-26アルケニル基でもよく、C2-22アルケニル基またはC2-20アルケニル基でもよく、C10-20アルケニル基でもよい。
【0060】
ポリマー化合物の中でも、ヒドロキシ化合物Cのエーテル化物およびヒドロキシ化合物Cのエステル化物からなる群より選択される少なくとも一種が好ましく、これらのポリマー化合物は、オキシプロピレンユニットの繰り返し構造またはオキシエチレンユニットの繰り返し構造を有することが好ましい。
【0061】
ポリマー化合物は、1つ以上の疎水性基を有してもよい。疎水性基としては、有機基R2またはR3として例示した炭化水素基のうち、例えば、芳香族炭化水素基、脂環族炭化水素基、長鎖脂肪族炭化水素基などが挙げられる。疎水性基の少なくとも1つは、炭素数が8以上の長鎖脂肪族炭化水素基でもよい。このような疎水性基の作用により、鉛表面へのポリマー化合物の過度な被覆が抑制される。疎水性基と親水性基とのバランスにより、減液の抑制と放電時の抵抗とのバランスを制御することができる。
【0062】
長鎖脂肪族炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基などのうち、炭素数が8以上のものが挙げられ、12以上が好ましく、16以上がより好ましい。長鎖脂肪族炭化水素基を有するポリマー化合物は、鉛に対して過度な吸着を起こし難く、充電受入性が低下しにくく、硫酸鉛が蓄積しにくいため、放電時の抵抗上昇を抑制する効果がさらに高められる。疎水性基の少なくとも1つが、長鎖脂肪族炭化水素基であってもよい。長鎖脂肪族炭化水素基の炭素数は、30以下、26以下または22以下であってもよい。
【0063】
親水性基と疎水性基とを有するポリマー化合物は、ノニオン界面活性剤に相当する。親水性基は、オキシエチレンユニットの繰り返し構造であってよい。オキシエチレンユニットの繰り返し構造は、高い親水性を有する。疎水性基とオキシエチレンユニットの繰り返し構造とのバランスにより、鉛に対して選択的に吸着しながらも、鉛表面を過度に覆うことを抑制できる。このようなノニオン界面活性剤に相当するポリマー化合物として、例えば、ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレンブロック共重合体、オキシエチレンユニットの繰り返し構造を有するヒドロキシ化合物のエーテル化物、オキシエチレンユニットの繰り返し構造を有するヒドロキシ化合物のエステル化物などが挙げられる。これらは、比較的低分子量(例えば、Mnが300以上または400以上1000以下)であっても鉛に対する高い吸着性を確保し得る。ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレンブロック共重合体などでは、オキシエチレンユニットの繰り返し構造が親水性基に相当し、オキシプロピレンユニットの繰り返し構造が疎水性基に相当する。
【0064】
ノニオン界面活性剤に相当するポリマー化合物として、ポリエチレングリコールのエーテル化物(アルキルエーテルなど)、ポリエチレングリコールのエステル化物(カルボン酸エステルなど)、上記ポリオールのポリエチレンオキサイド付加物のエーテル化物(アルキルエーテルなど)、上記ポリオールのポリエチレンオキサイド付加物のエステル化物(カルボン酸エステルなど)などを用いてもよい。より具体例には、オレイン酸ポリエチレングリコール、ジオレイン酸ポリエチレングリコール、ジラウリン酸ポリエチレングリコール、ジステアリン酸ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレンヤシ油脂肪酸ソルビタン、オレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン、ステアリン酸ポリオキシエチレンソルビタン、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンテトラデシルエーテル、ポリオキシエチレンセチルエーテルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0065】
界面活性剤に分類されるポリマー化合物のHLBは、電解液の減液をさらに低減し易い点で、4以上が好ましく、4.3以上がより好ましい。放電時の抵抗上昇を抑制する観点からは、ポリマー化合物のHLBは、18以下が好ましく、10以下または9以下がより好ましく、8.5以下がさらに好ましい。
【0066】
オキシC2-4アルキレンの繰り返し構造が少なくともオキシプロピレンユニットの繰り返し構造を含む場合も好ましい。オキシプロピレンユニットを含むポリマー化合物は、1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm~3.8ppmの範囲に、オキシプロピレンユニットの-CH<および-CH2-に由来するピークを有する。これらの基における水素原子の原子核の周囲の電子密度が異なるため、ピークがスプリットした状態となる。このようなポリマー化合物は、1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、例えば、3.2ppm以上3.42ppm以下の範囲と、3.42ppmを超え3.8ppm以下の範囲とのそれぞれにピークを有する。3.2ppm以上3.42ppm以下の範囲のピークは-CH2-に由来し、3.42ppmを超え3.8ppm以下の範囲のピークは-CH<および-CH2-に由来する。
【0067】
オキシプロピレンユニットの繰り返し構造を含むポリマー化合物としては、ポリプロピレングリコール、オキシプロピレンユニットの繰り返し構造を含む共重合体、上記ポリオールのポリプロピレンオキサイド付加物、または、これらのエーテル化物もしくはエステル化物などが挙げられる。共重合体としては、オキシプロピレン-オキシアルキレン共重合体(ただし、オキシアルキレンは、オキシプロピレン以外のC2-4アルキレン)などが挙げられる。オキシプロピレン-オキシアルキレン共重合体としては、オキシプロピレン-オキシエチレン共重合体、オキシプロピレン-オキシトリメチレン共重合体などが例示される。オキシプロピレン-オキシアルキレン共重合体は、ポリオキシプロピレン-ポリオキシアルキレン共重合体(例えば、ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレン共重合体)と称することがある。オキシプロピレン-オキシアルキレン共重合体は、ブロック共重合体(例えば、ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレンブロック共重合体)であってもよい。エーテル化物としては、ポリプロピレングリコールアルキルエーテル、オキシプロピレン-オキシアルキレン共重合体のアルキルエーテル(ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレン共重合体のアルキルエーテルなど)などが挙げられる。エステル化物としては、カルボン酸のポリプロピレングリコールエステル、オキシプロピレン-オキシアルキレン共重合体のカルボン酸エステル(ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレン共重合体のカルボン酸エステルなど)などが挙げられる。
【0068】
オキシプロピレンユニットの繰り返し構造を含むポリマー化合物としては、例えば、ポリプロピレングリコール、ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレン共重合体(ポリオキシプロピレン-ポリオキシエチレンブロック共重合体など)、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンアルキルエーテル(上記R2が炭素数10以下(あるいは8以下または6以下)のアルキルであるアルキルエーテル(ブチルエーテルなど)など)、カルボン酸ポリプロピレングリコール(上記R3が炭素数10以下(あるいは8以下または6以下)のアルキルであるカルボン酸ポリプロピレングリコール(酢酸ポリプロピレングリコールなど)など)、トリオール以上のポリオールのポリプロピレンオキサイド付加物(グリセリンのポリプロピレンオキサイド付加物など)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0069】
ポリマー化合物において、オキシプロピレンユニットの割合は、例えば、5mol%以上であり、10mol%以上または20mol%以上であってもよい。オキシプロピレンユニットの割合は、例えば、100mol%以下である。上記共重合体においては、オキシプロピレンユニットの割合は、90mol%以下であってもよく、75mol%以下または60mol%以下であってもよい。
【0070】
放電時の抵抗上昇を抑制する観点からは、負極電極材料中のポリマー化合物の含有量を、質量基準で、500ppm以下とすることが好ましい。また、減液を更に抑制する観点からは、負極電極材料中のポリマー化合物の含有量を、質量基準で、30ppm以上とすることが好ましい。
【0071】
負極電極材料中のポリマー化合物の含有量(質量基準)は、30ppm以上500ppm以下、30ppm以上400ppm以下、30ppm以上200ppm以下、50ppm以上500ppm以下、50ppm以上400ppm以下、50ppm以上200ppm以下、80ppm以上500ppm以下、80ppm以上400ppm以下、あるいは、80ppm以上200ppm以下であってもよい。
【0072】
ポリマー化合物は、数平均分子量(Mn)が10000以下の化合物を含むことが好ましい。この場合、鉛および硫酸鉛の表面を覆うポリマー化合物の被膜の厚みをさらに薄くすることができる。よって、充電受入性が低下しにくく、硫酸鉛が蓄積しにくいため、放電時の抵抗上昇が更に抑制される。
【0073】
ポリマー化合物は、Mnが500以上のポリマー化合物を含むことが好ましい。この場合、鉛に対するより高い吸着性を確保することができ、かつ鉛表面をポリマー化合物で覆い易くなる。過充電電気量をさらに低減することができる。よって、減液の進行を抑制する効果が高められる。
【0074】
負極電極材料は、ポリマー化合物を一種含んでもよく、二種以上含んでもよい。また、負極電極材料は、Mnが異なる2種以上のポリマー化合物を用いてもよい。つまり、ポリマー化合物の分子量分布は、Mnのピークを複数有してもよい。
【0075】
ポリマー化合物のMnは、500以上(または1000以上)10000以下、500以上(または1000以上)5000以下、500以上(または1000以上)4000以下、500以上(または1000以上)3000以下、あるいは、500以上(または1000以上)2500以下であってもよい。
【0076】
<数平均分子量>
数平均分子量(Mn)は、ゲルパーミエイションクロマトグラフィー(GPC)により求められるものである。Mnを求める際に使用する標準物質は、ポリエチレングリコールとする。
【0077】
(有機防縮剤)
有機防縮剤とは、鉛蓄電池の充放電を繰り返したときに負極活物質である鉛の収縮を抑制する機能を有する化合物のうち、有機化合物を言う。有機防縮剤としては、例えば、リグニン化合物および合成有機防縮剤からなる群より選択される少なくとも一種を用いてもよい。
【0078】
リグニン化合物としては、リグニン、リグニン誘導体などが挙げられる。リグニン誘導体としては、リグニンスルホン酸またはその塩(アルカリ金属塩(ナトリウム塩など)など)などが挙げられる。
【0079】
鉛蓄電池に使用される合成有機防縮剤は、通常、有機縮合物(以下、単に縮合物と称する。)である。縮合物とは、縮合反応を利用して得られ得る合成物である。縮合物は、芳香族化合物のユニット(以下、芳香族化合物ユニットとも称する。)を含んでもよい。芳香族化合物ユニットは、縮合物に組み込まれた芳香族化合物に由来するユニットをいう。すなわち、芳香族化合物ユニットは、芳香族化合物の残基である。縮合物は、芳香族化合物のユニットを一種含んでもよく、二種以上含んでもよい。
【0080】
縮合物としては、例えば、芳香族化合物のアルデヒド化合物による縮合物が挙げられる。このような縮合物は、芳香族化合物とアルデヒド化合物とを反応させることで合成し得る。ここで、芳香族化合物とアルデヒド化合物との反応を亜硫酸塩の存在下で行ったり、芳香族化合物として硫黄元素を含む芳香族化合物(例えば、ビスフェノールS)を用いたりすることで、硫黄元素を含む縮合物を得ることができる。例えば、亜硫酸塩の量および硫黄元素を含む芳香族化合物の量の少なくとも一方を調節することで、縮合物中の硫黄元素含有量を調節することができる。他の原料を用いる場合も、この方法に準じてよい。縮合物を得るために縮合させる芳香族化合物は一種でもよく、二種以上でもよい。なお、アルデヒド化合物は、アルデヒド(例えば、ホルムアルデヒド)でもよく、アルデヒドの縮合物(または重合物)などでもよい。アルデヒド縮合物(または重合物)としては、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、テトラオキシメチレンなどが挙げられる。アルデヒド化合物は、一種を単独で用いてもよく、二種以上併用してもよい。芳香族化合物との反応性が高い観点からは、ホルムアルデヒドが好ましい。
【0081】
芳香族化合物は、硫黄含有基を有してもよい。すなわち、縮合物は、分子内に複数の芳香環を含むとともに硫黄含有基として硫黄元素を含む有機高分子であってもよい。硫黄含有基は、芳香族化合物が有する芳香環に直接結合していてもよく、例えば、硫黄含有基を有するアルキル鎖として芳香環に結合していてもよい。硫黄含有基の中では、安定形態であるスルホン酸基もしくはスルホニル基が好ましい。スルホン酸基は、酸型で存在してもよく、Na塩のように塩型で存在してもよい。
【0082】
芳香族化合物が有する芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環などが挙げられる。芳香族化合物が複数の芳香環を有する場合には、複数の芳香環は直接結合または連結基(例えば、アルキレン基(アルキリデン基を含む)、スルホン基)などで連結していてもよい。このような構造としては、例えば、ビスアレーン構造(ビフェニル、ビスフェニルアルカン、ビスフェニルスルホンなど)が挙げられる。
【0083】
芳香族化合物としては、例えば、上記の芳香環と、官能基(ヒドロキシ基、アミノ基など)とを有する化合物が挙げられる。官能基は、芳香環に直接結合していてもよく、官能基を有するアルキル鎖として結合していてもよい。なお、ヒドロキシ基には、ヒドロキシ基の塩(-OMe)も包含される。アミノ基には、アミノ基の塩(アニオンとの塩)も包含される。Meとしては、アルカリ金属(Li、K、Naなど)、周期表第2族金属(Ca、Mgなど)などが挙げられる。芳香族化合物は、芳香環に、硫黄含有基および上記の官能基以外の置換基(例えば、アルキル基、アルコキシ基)を有していてもよい。
【0084】
芳香族化合物ユニットの元となる芳香族化合物は、ビスアレーン化合物および単環式芳香族化合物からなる群より選択される少なくとも一種であってもよい。
【0085】
ビスアレーン化合物としては、ビスフェノール化合物、ヒドロキシビフェニル化合物、アミノ基を有するビスアレーン化合物(アミノ基を有するビスアリールアルカン化合物、アミノ基を有するビスアリールスルホン化合物、アミノ基を有するビフェニル化合物など)が挙げられる。中でもビスフェノール化合物が好ましい。
【0086】
ビスフェノール化合物としては、ビスフェノールA、ビスフェノールS、ビスフェノールFなどが好ましい。例えば、ビスフェノール化合物は、ビスフェノールAおよびビスフェノールSからなる群より選択される少なくとも1種を含んでもよい。ビスフェノールAまたはビスフェノールSを用いることで、負極電極材料に対する優れた防縮効果が得られる。
【0087】
ビスフェノール化合物は、ビスフェノール骨格を有すればよく、ビスフェノール骨格が置換基を有してもよい。すなわち、ビスフェノールAは、ビスフェノールA骨格を有すればよく、その骨格は置換基を有してもよい。ビスフェノールSは、ビスフェノールS骨格を有すればよく、その骨格は置換基を有してもよい。
【0088】
単環式芳香族化合物としては、ヒドロキシモノアレーン化合物、アミノモノアレーン化合物などが好ましい。中でもヒドロキシモノアレーン化合物が好ましい。
【0089】
ヒドロキシモノアレーン化合物としては、ヒドロキシナフタレン化合物、フェノール化合物などが挙げられる。例えば、フェノール化合物であるフェノールスルホン酸化合物(フェノールスルホン酸またはその置換体など)を用いることが好ましい。なお、既に述べたように、フェノール性ヒドロキシ基には、フェノール性ヒドロキシ基の塩(-OMe)も包含される。
【0090】
アミノモノアレーン化合物としては、アミノナフタレン化合物、アニリン化合物(アミノベンゼンスルホン酸、アルキルアミノベンゼンスルホン酸など)が挙げられる。
【0091】
負極電極材料中の有機防縮剤の含有量は、例えば、0.005質量%以上が好ましい。一方、充電受入性の低下を抑制する観点からは、負極電極材料中の有機防縮剤の含有量は、0.3質量%以下が好ましい。
【0092】
(炭素質材料)
負極電極材料に含まれる炭素質材料としては、カーボンブラック、黒鉛、ハードカーボン、ソフトカーボンなどを用いることができる。カーボンブラックとしては、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ランプブラックなどが例示される。ファーネスブラックには、ケッチェンブラック(商品名)も含まれる。黒鉛は、黒鉛型の結晶構造を含む炭素質材料であればよく、人造黒鉛および天然黒鉛のいずれであってもよい。負極電極材料は、炭素質材料を一種含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。
【0093】
負極電極材料中の炭素質材料の含有量は、例えば、0.05質量%以上であり、0.10質量%以上であってもよい。炭素質材料の含有量は、例えば、5質量%以下であり、3質量%以下であってもよい。
【0094】
(硫酸バリウム)
負極電極材料中の硫酸バリウムの含有量は、0.05質量%以上3質量%以下、0.05質量%以上2質量%以下、0.10質量%以上3質量%以下、または0.10質量%以上2質量%以下であってもよい。
【0095】
≪分析≫
以下に、負極電極材料に含まれるポリマー化合物と添加剤の分析方法について説明する。測定または分析に先立ち、満充電状態の鉛蓄電池を解体して分析対象の負極板を入手する。入手した負極板を水洗し、負極板から硫酸分を除去する。水洗は、水洗した負極板表面にpH試験紙を押し当て、試験紙の色が変化しないことが確認されるまで行う。ただし、水洗を行う時間は、2時間以内とする。水洗した負極板は、減圧環境下、60±5℃で6時間程度乾燥する。負極板に貼付部材が含まれている場合、必要に応じて、貼付部材を除去する。次に、負極板から負極電極材料を分離することにより試料(以下、試料Aと称する)を入手する。試料Aは、必要に応じて粉砕され、分析に供される。
【0096】
(1)ポリマー化合物の分析
(1-1)ポリマー化合物の定性分析
(a)オキシC2-4アルキレンユニットの分析
粉砕した試料Aを用いる。100.0±0.1gの試料Aに150.0±0.1mLのクロロホルムを加え、20±5℃で16時間撹拌し、ポリマー化合物を抽出する。その後、ろ過によって固形分を除く。抽出により得られるポリマー化合物が溶解したクロロホルム溶液またはクロロホルム溶液を乾固することにより得られるポリマー化合物について、例えば、赤外分光スペクトル、紫外可視吸収スペクトル、NMRスペクトル、LC-MSおよび熱分解GC-MSから選択される少なくとも1つから情報を得ることで、ポリマー化合物を特定する。
【0097】
抽出により得られるポリマー化合物が溶解したクロロホルム溶液から、クロロホルムを減圧下で留去することによりクロロホルム可溶分を回収する。クロロホルム可溶分を重クロロホルムに溶解させて、下記の条件で1H-NMRスペクトルを測定する。この1H-NMRスペクトルから、ケミカルシフトが3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲のピークを確認する。また、この範囲のピークから、オキシC2-4アルキレンユニットの種類を特定する。
【0098】
装置:日本電子(株)製、AL400型核磁気共鳴装置
観測周波数:395.88MHz
パルス幅:6.30μs
パルス繰り返し時間:74.1411秒
積算回数:32
測定温度:室温(20~35℃)
基準:7.24ppm
試料管直径:5mm
【0099】
1H-NMRスペクトルから、ケミカルシフトが3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲に存在するピークの積分値(V1)を求める。また、ポリマー化合物の末端基に結合した酸素原子に対して結合した-CH2-基および-CH<基の水素原子のそれぞれについて、1H-NMRスペクトルにおけるピークの積分値の合計(V2)を求める。そして、V1およびV2から、V1がV1およびV2の合計に占める割合(=V1/(V1+V2)×100(%))を求める。
【0100】
なお、定性分析で、1H-NMRスペクトルにおけるピークの積分値を求める際には、1H-NMRスペクトルにおいて、該当するピークを挟むように有意なシグナルがない2点を決定し、この2点間を結ぶ直線をベースラインとして各積分値を算出する。例えば、ケミカルシフトが3.2ppm~3.8ppmの範囲に存在するピークについては、スペクトルにおける3.2ppmと3.8ppmとの2点間を結ぶ直線をベースラインとする。例えば、ケミカルシフトが3.8ppmを超え4.0ppm以下の範囲に存在するピークについては、スペクトルにおける3.8ppmと4.0ppmとの2点間を結ぶ直線をベースラインとする。
【0101】
(b)エステル化物における疎水性基の分析
ポリマー化合物がヒドロキシ化合物のエステル化物である場合、上記(a)において、抽出により得られるポリマー化合物が溶解したクロロホルム溶液を乾固することにより得られるポリマー化合物を、所定量採取し、水酸化カリウム水溶液を添加する。これにより、エステル化物がケン化され、脂肪酸カリウム塩とヒドロキシ化合物とが生成する。上記の水溶性カリウム水溶液は、ケン化が完了するまで添加される。得られる混合物に、メタノールおよび三フッ化ホウ素の溶液を加えて混合することにより、脂肪酸カリウム塩を脂肪酸メチルエステルに変換する。得られる混合物を、熱分解GC-MSにより下記の条件で分析することにより、エステル化物に含まれる疎水性基が同定される。
分析装置:(株)島津製作所製、高性能汎用ガスクロマトグラムGC-2014
カラム:DEGS(ジエチレングリコールコハク酸エステル) 2.1m
オーブン温度:180~120℃
注入口温度:240℃
検出器温度:240℃
キャリアガス:He(流量:50mL/分)
注入量:1μL~2μL
【0102】
(c)エーテル化物における疎水性基の分析
ポリマー化合物がヒドロキシ化合物のエーテル化物である場合、上記(a)において、抽出により得られるポリマー化合物が溶解したクロロホルム溶液を乾固することにより得られるポリマー化合物を、所定量採取し、ヨウ化水素を添加する。これにより、ポリマー化合物のエーテル部分の有機基(上述のR3)に対応するヨウ化物(R3I)が生成するとともに、オキシC2-4アルキレンユニットに対応するジヨードC2-4アルカンが生成する。上記のヨウ化水素は、エーテル化物のヨウ化物およびジヨードC2-4アルカンへの変換が完了するのに十分な量を添加する。得られる混合物を、熱分解GC-MSにより上記(b)と同じ条件で分析することにより、エーテル化物に含まれる疎水性基が同定される。
【0103】
(1-2)ポリマー化合物の定量分析
上記のクロロホルム可溶分の適量を、±0.0001gの精度で測定したmr(g)のテトラクロロエタン(TCE)と共に重クロロホルムに溶解させて、1H-NMRスペクトルを測定する。ケミカルシフトが3.2~3.8ppmの範囲に存在するピークの積分値(Sa)とTCEに由来するピークの積分値(Sr)を求め、以下の式から負極電極材料中のポリマー化合物の質量基準の含有量Cn(ppm)を求める。
【0104】
Cn=Sa/Sr×Nr/Na×Ma/Mr×mr/m×1000000
(式中、Maはケミカルシフトが3.2~3.8ppmの範囲にピークを示す構造の分子量(より具体的には、オキシC2-4アルキレンユニットの分子量)であり、Naは繰り返し構造の主鎖の炭素原子に結合した水素原子の数である。Nr、Mrはそれぞれ基準物質の分子に含まれる水素数、基準物質の分子量であり、m(g)は抽出に使用した負極電極材料の質量である。)
なお、本分析での基準物質はTCEであるため、Nr=2、Mr=168である。また、m=100である。
【0105】
例えば、ポリマー化合物がポリプロピレングリコールの場合、Maは58であり、Naは3である。ポリマー化合物がポリエチレングリコールの場合、Maは44であり、Naは4である。共重合体の場合には、NaおよびMaは、それぞれ、各モノマー単位のNa値およびMa値を繰り返し構造に含まれる各モノマー単位のモル比率(モル%)を用いて平均化した値である。
【0106】
なお、定量分析では、1H-NMRスペクトルにおけるピークの積分値は、日本電子(株)製のデータ処理ソフト「ALICE」を用いて求める。
【0107】
(1-3)ポリマー化合物のMn測定
上記のクロロホルム可溶分を用いて、ポリマー化合物のGPC測定を、下記の装置を用い、下記の条件で行う。別途、標準物質のMnと溶出時間のプロットから校正曲線(検量線)を作成する。この検量線およびポリマー化合物のGPC測定結果に基づき、ポリマー化合物のMnを算出する。ただし、エステル化物またはエーテル化物などは、クロロホルム可溶分中で分解した状態であり得る。
【0108】
分析システム:20A system((株)島津製作所製)
カラム:GPC KF-805L(Shodex社製)2本を直列接続
カラム温度:30℃±1℃
移動相:テトラヒドロフラン
流速:1mL/min.
濃度:0.20質量%
注入量:10μL
標準物質:ポリエチレングリコール(Mn=2,000,000、200,000、20,000、2,000、200)
検出器:示差屈折率検出器(Shodex社製、Shodex RI-201H)
【0109】
(2)有機防縮剤の分析
(2-1)負極電極材料中の有機防縮剤の定性分析
粉砕した試料Aを1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、有機防縮剤を抽出する。次に、抽出物から、不溶成分を濾過で取り除き、得られた溶液を脱塩した後、濃縮し、乾燥する。脱塩は、脱塩カラムを用いて行うか、溶液をイオン交換膜に通すことにより行うか、もしくは、溶液を透析チューブに入れて蒸留水中に浸すことにより行なう。これを乾燥することにより有機防縮剤の粉末試料(以下、試料Bと称する)が得られる。
【0110】
このようにして得た有機防縮剤の試料Bを用いて測定した赤外分光スペクトル、試料Bを蒸留水等で希釈し、紫外可視吸光度計で測定した紫外可視吸収スペクトル、試料Bを重水等の所定の溶媒で溶解することにより得られる溶液のNMRスペクトル、または物質を構成している個々の化合物の情報をえることができる熱分解GC-MSなどから得た情報を組み合わせて、有機防縮剤の種類を特定する。
【0111】
(2-2)負極電極材料中における有機防縮剤の含有量の定量
上記(2-1)と同様に、抽出物から不溶成分を濾過で取り除いた後の溶液を得る。得られた各溶液について、紫外可視吸収スペクトルを測定する。各有機防縮剤に特徴的なピークの強度と、予め作成した検量線とを用いて、負極電極材料中の有機防縮剤の含有量を求める。
【0112】
なお、有機防縮剤の含有量が未知の鉛蓄電池を入手して有機防縮剤の含有量を測定する際に、有機防縮剤の構造式の厳密な特定ができないために検量線に同一の有機防縮剤が使用できないことがある。この場合には、当該電池の負極から抽出した有機防縮剤と、紫外可視吸収スペクトル、赤外分光スペクトル、およびNMRスペクトルなどが類似の形状を示す、別途入手可能な有機高分子を使用して検量線を作成することで、紫外可視吸収スペクトルを用いて有機防縮剤の含有量を測定するものとする。
【0113】
(3)炭素質材料と硫酸バリウムの定量
粉砕した試料A10gに対し、20質量%濃度の硝酸50mlを加え、約20分加熱し、鉛成分を鉛イオンとして溶解させる。得られた溶液を濾過して、炭素質材料、硫酸バリウム等の固形分を濾別する。
【0114】
得られた固形分を水中に分散させて分散液とした後、篩いを用いて分散液から炭素質材料および硫酸バリウム以外の成分(例えば補強材)を除去する。次に、分散液に対し、予め質量を測定したメンブレンフィルタを用いて吸引ろ過を施し、濾別された試料とともにメンブレンフィルタを110℃±5℃の乾燥器で乾燥する。濾別された試料は、炭素質材料と硫酸バリウムとの混合試料である。乾燥後の混合試料(以下、試料Cと称する)とメンブレンフィルタとの合計質量からメンブレンフィルタの質量を差し引いて、試料Cの質量(Mm)を測定する。その後、試料Cをメンブレンフィルタとともに坩堝に入れ、1300℃以上で灼熱灰化させる。残った残渣は酸化バリウムである。酸化バリウムの質量を硫酸バリウムの質量に変換して硫酸バリウムの質量(MB)を求める。質量Mmから質量MBを差し引いて炭素質材料の質量を算出する。
【0115】
[正極板]
正極板は、正極電極材料と、正極集電体を備える。正極板は、正極集電体に正極ペーストを塗布または充填し、熟成および乾燥することにより未化成の正極板を作製し、その後、未化成の正極板を化成することにより形成できる。正極ペーストは、例えば、鉛粉と、必要に応じて添加剤と、水および硫酸(または硫酸水溶液)とを混練することで調製する。室温より高温かつ高湿度で、未化成の負極板を熟成させてもよい。
【0116】
化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の正極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。
【0117】
(正極集電体)
正極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛シートまたは鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、例えば、エキスパンド加工や打ち抜き(パンチング)加工が挙げられる。正極集電体として格子状の集電体を用いると、正極電極材料を担持させ易いため好ましい。
【0118】
正極集電体に用いる鉛合金としては、Pb-Sb系合金、Pb-Ca系合金、Pb-Ca-Sn系合金が好ましい。正極集電体は、表面層を備えていてもよい。正極集電体の表面層と内側の層とは組成が異なるものであってもよい。表面層は、正極集電体の一部に形成されていてもよい。表面層は、正極集電体の格子部分のみや、耳部分のみ、枠骨部分のみに形成されていてもよい。
【0119】
(正極電極材料)
正極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する正極活物質(二酸化鉛もしくは硫酸鉛)を含む。正極電極材料は、必要に応じて、添加剤を含んでもよい。
【0120】
(AGMセパレータ)
負極板と正極板との間にはAGMセパレータが配置されている。AGMセパレータは、例えば、ガラス繊維をシート状に成形した不織布である。不織布は、繊維を織らずに絡み合わせたマットである。AGMセパレータの全体がガラス繊維で形成されていてもよく、AGMセパレータが主成分としてガラス繊維を含んでいてもよい。AGMセパレータは、ガラス繊維以外の成分、例えば、有機繊維、耐酸性の無機粉体、結着剤としてのポリマーなどを含んでもよい。AGMセパレータの主成分がガラス繊維である場合、ガラス繊維の含有量は、例えば60質量%以上であってもよく、70質量%以上であってもよい。
【0121】
ガラス繊維の平均繊維径は、例えば0.1μm以上、30μm以下であってもよく、0.5μm以上、15μm以下であってもよい。ガラス繊維の平均繊維径は、任意の100本の繊維について、その長さ方向に垂直な任意の断面の最大径を求め、100個の数値の平均値として求めればよい。
【0122】
(有機繊維)
AGMセパレータは、有機繊維を含んでもよい。ポリマー化合物は水酸基(-OH)を含む親水性のガラス繊維よりも有機繊維と吸着しやすい。そのため、負極電極材料から電解液に溶出したポリマー化合物は、有機繊維と優先的に吸着し、AGMセパレータ内に留まる傾向がある。その結果、電解液に溶出したポリマー化合物が正極板に更に到達しにくくなる。AGMセパレータは、有機繊維を、例えば5質量%以上、20質量%以下の含有量で含んでもよい。
【0123】
AGMセパレータに含まれる有機繊維の含有量は、マッフル炉でAGMセパレータを強熱し、その前後の質量差から測定できる。マッフル炉でAGMセパレータを強熱することで有機繊維は焼失する。よって、質量の減少分は有機繊維の質量と見なすことができる。
【0124】
有機繊維は、例えば、樹脂繊維、パルプ繊維などであればよい。樹脂繊維を構成する樹脂としては、ポリアクリロニトリル単位、アクリル酸単位、メタクリル酸単位、アクリル酸エステル単位、メタクリル酸エステル単位などを含むアクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン樹脂などが挙げられるが、特に限定されない。
【0125】
有機繊維の平均繊維径は、例えば1μm以上、15μm以下であってもよく、5μm以上、10μm以下であってもよい。有機繊維の平均繊維径は、任意の100本の繊維について、その長さ方向に垂直な任意の断面の最大径を求め、100個の数値の平均値として求めればよい。
【0126】
(セラミックス粉末)
AGMセパレータは、更に、シリカ粉末などのセラミックス粉末を含んでもよい。
【0127】
[電解液]
電解液は、硫酸を含む水溶液であり、必要に応じてゲル化させてもよい。電解液に上記のポリマー化合物が含まれていてもよい。
【0128】
電解液は、必要に応じて、カチオン(例えば、金属カチオン)および/またはアニオン(例えば、硫酸アニオン以外のアニオン(リン酸イオンなど))を含んでいてもよい。金属カチオンとしては、例えば、Naイオン、Liイオン、Mgイオン、およびAlイオンからなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。
【0129】
満充電状態の鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は、例えば、1.20以上であり、1.25以上であってもよい。電解液の20℃における比重は、1.35以下であり、1.32以下であることが好ましい。
【0130】
電解液の20℃における比重は、1.20以上1.35以下、1.20以上1.32以下、1.25以上1.35以下、または1.25以上1.32以下であってもよい。
【0131】
図1は、制御弁式鉛蓄電池の一例の構造を模式的に示す断面図である。
図1において、鉛蓄電池1は、極板群11と電解液(図示せず)とを収容する電槽10を具備する。電槽10の上部開口は蓋12Aにより密閉されている。極板群11は、それぞれ複数枚の負極板2および正極板3を、セパレータ4を介して積層することにより構成されている。
【0132】
複数の負極板2のそれぞれの上部には、上方に突出する集電用の耳部(図示せず)が設けられている。複数の正極板3のそれぞれの上部にも、上方に突出する集電用の耳部(図示せず)が設けられている。そして、負極板2の耳部同士は負極用ストラップ(図示せず)により連結され一体化されている。同様に、正極板3の耳部同士も正極用ストラップ(図示せず)により連結されて一体化されている。負極用ストラップは外部端子となる負極柱(図示せず)に接続され、正極用ストラップは外部端子となる正極柱(図示せず)に接続されている。
【0133】
電槽10は複数(図示例では3個)の互いに独立したセル室10Rに区分され、各セル室10Rに1つの極板群11が収容されている。蓋12は、セル室10R毎に独立した排気弁13を備える。セル室10Rの内圧が所定の上限値を超えると、排気弁13が開き、セル室10Rから直接ガスを外部に放出する。セル室10Rの内圧が上限値以下では、正極板3で発生した酸素が同じセル室10R内の負極板2で還元されて水を生成する。
【0134】
なお、制御弁式鉛蓄電池の構造は、上記に限定されるものではない。例えば、
図1には各セル排気型の場合を示したが、蓋が各セル室と連通する一括排気室を有し、一括排気室がセル室の数より少数(例えば1個)の排気弁を備える一括排気型であってもよい。
【0135】
本明細書中、減液量およびハイレート放電での容量維持率は、それぞれ以下の手順でフロート寿命試験により評価される。評価に用いられる試験電池は、定格電圧2V/セル、定格10時間率容量は50Ahである。
【0136】
≪フロート寿命試験≫
60℃±3℃の水槽内で、2.23V/セルの定電圧でフロート充電を継続し、1月(30日)毎に、以下の条件で、ハイレート放電での容量測定と、電池質量測定を実施する。
【0137】
(a)減液量
電池質量の減少量から減液量を以下のように算出する。
減液量(%)=100×(Wa-Wb)/Wa
Wa:試験前の電池質量
Wb:所定期間の試験後の電池質量
【0138】
(b)ハイレート放電での容量維持率
150A(3C(1Cは定格容量として記載の数値(Ah)の電流(A)を意味する。))でのハイレート放電を放電終止電圧1.0V/セルまで実施し、初期容量を求める。その後、10A(0.2C)で放電容量の90%を充電し、引き続き、2.5A(0.05C)で放電容量の45%(合計135%)を充電する。その後、2.23V/セルの定電圧でフロート充電を継続する。そして、30日毎に、同様のハイレート放電での容量測定を行い、得られた容量の初期容量に対する割合を百分率で求める。
【0139】
本発明に係る制御弁式鉛蓄電池を以下にまとめて記載する。
【0140】
(1)制御弁式鉛蓄電池であって、
極板群と、電解液と、前記極板群および前記電解液を収容する電槽と、を備え、
前記極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータと、を備え、
前記電槽内の前記極板群に対して前記正極板と前記負極板との積層方向に印加される圧力が、10kPa以上、40kPa以下であり、
厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときの前記AGMセパレータの密度が、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下であり、
前記負極板は、負極電極材料を含み、
前記負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、
前記ポリマー化合物は、重クロロホルムを溶媒として用いて測定される1H-NMRスペクトルのケミカルシフトにおいて、3.2ppm以上3.8ppm以下の範囲にピークを有する、制御弁式鉛蓄電池。
【0141】
(2)前記ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有する、上記(1)に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0142】
(3)制御弁式鉛蓄電池であって、
極板群と、電解液と、前記極板群および前記電解液を収容する電槽と、を備え、
前記極板群は、正極板と、負極板と、正極板と負極板との間に介在するAGMセパレータと、を備え、
前記電槽内の前記極板群に対して前記正極板と前記負極板との積層方向に印加される圧力が10kPa以上、40kPa以下であり、
厚さ方向に20kPaの圧縮力を印加したときの前記AGMセパレータの密度が、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下であり、
前記負極板は、負極電極材料を含み、
前記負極電極材料は、ポリマー化合物を含み、
前記ポリマー化合物は、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を有する、制御弁式鉛蓄電池。
【0143】
(4)前記ポリマー化合物は、前記繰り返し構造を有するヒドロキシ化合物、前記ヒドロキシ化合物のエーテル化物および前記ヒドロキシ化合物のエステル化物からなる群より選択される少なくとも一種を含む、上記(2)または(3)に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0144】
(5)前記ヒドロキシ化合物は、ポリC2-4アルキレングリコール、オキシC2-4アルキレンユニットの繰り返し構造を含む共重合体、およびポリオールのポリC2-4アルキレンオキサイド付加物からなる群より選択される少なくとも一種である、上記(4)に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0145】
(6)前記オキシC2-4アルキレンユニットは、オキシプロピレンユニットである、上記(2)~(5)のいずれか1項に記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0146】
(7)前記オキシC2-4アルキレンユニットは、オキシエチレンユニットである、上記(2)~(5)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0147】
(8)前記ポリマー化合物は、末端基に結合した酸素原子と、前記酸素原子に結合した-CH2-基および/または-CH<基とを含み、
前記1H-NMRスペクトルにおいて、前記ピークの積分値の、前記ピークの積分値と前記-CH2-基の水素原子のピークの積分値と前記-CH<基の水素原子のピークの積分値との合計に占める割合は、85%以上である、上記(1)~(8)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0148】
(9)前記ポリマー化合物は、1つ以上の疎水性基を有し、
前記疎水性基の少なくとも1つは、炭素数が8以上の長鎖脂肪族炭化水素基である、上記(1)~(8)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0149】
(10)前記負極電極材料における前記ポリマー化合物の含有率が、質量基準で30ppm~500ppmの範囲にある、上記(1)~(9)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0150】
(11)前記ポリマー化合物は、数平均分子量が10000以下の化合物を含む、上記(1)~(10)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0151】
(12)前記ポリマー化合物は、数平均分子量が500以上の化合物を含む、上記(1)~(11)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0152】
(13)前記AGMセパレータが、有機繊維を5質量%以上、20質量%以下の含有量で含む、上記(1)~(12)のいずれか1つに記載の制御弁式鉛蓄電池。
【0153】
[実施例]
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0154】
《鉛蓄電池E1~E6、R1》
(1)鉛蓄電池の準備
(a)負極板の作製
原料の鉛粉と、有機防縮剤であるリグニンと、硫酸バリウムと、カーボンブラックと、ポリマー化合物であるポリエチレングリコール(PEG)とを、適量の硫酸水溶液と混合して、負極ペーストを得る。既述の手順で求められる負極電極材料中のポリマー化合物の含有量が表1、2に示す値となるとともに、有機防縮剤の含有量が0.1質量%、硫酸バリウムの含有量が0.4質量%、カーボンブラックの含有量が0.2質量%となるように各成分を混合する。化成後の満充電状態の鉛蓄電池に含まれる負極電極材料の密度が3.6g/cm3となるように、硫酸水溶液の濃度および量を調節する。負極ペーストを、Pb-Ca-Sn合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成乾燥し、未化成の負極板を得る。
【0155】
なお、既述の手順で測定されるポリマー化合物(ポリエチレングリコール(PEG))の数平均分子量Mnは500であり、当該ポリマー化合物の1H-NMRスペクトルでは、3.2ppm以上3.8ppm以下のケミカルシフトの範囲にオキシエチレンユニットの-CH2-に由来するピークが観察される。また、1H-NMRスペクトルにおいて、オキシエチレンユニットの-CH2-に由来するピークの積分値の、このピークの積分値と、末端基に結合した酸素原子に結合した-CH2-基および/または-CH<基の水素原子のピークの積分値との合計に占める割合は、99%である。
【0156】
(b)正極板の作製
原料の鉛粉を硫酸水溶液と混合して、正極ペーストを得る。正極ペーストを、Pb-Ca-Sn合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成乾燥し、未化成の正極板を得る。
【0157】
(c)AGMセパレータの準備
既述の方法で求められる20kPa密度が0.14g/cm3、既述の方法で求められるAGMセパレータの1枚当たりの厚さt(cm)が0.25cm(つまり2.5mm)のAGMセパレータを準備する。AGMセパレータの90質量%はガラス繊維(平均繊維径0.8μm)、10質量%は有機繊維である。
【0158】
(d)試験電池の作製
試験電池は定格電圧2V、定格10時間率容量は50Ahである。試験電池の極板群は、正極板5枚と負極板6枚で構成する。正極板と負極板とをAGMセパレータを挟んで交互に積層し、極板群を形成する。極板群をポリプロピレン製の電槽に電解液(硫酸水溶液)とともに収容して、電槽内で化成を施し、制御弁式鉛蓄電池を作製する。既述の方法で求められる緊圧は10kPaである。満充電状態の鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は1.28である。
【0159】
(2)フロート寿命試験
既述の方法でフロート寿命試験を実施し、1月毎に、減液量とハイレート放電での容量維持率とを求める。減液量の結果を表1に示す。ハイレート放電での容量維持率(HR容量維持率)を表2に示す。
【0160】
【0161】
表1より、負極電極材料にポリマー化合物としてポリエチレングリコール(PEG)を含ませる場合、負極電極材料中のPEG含有量が大きいほど、減液が抑制される効果が大きいことがわかる。また、PEG含有量が30ppm以上になると、より顕著に減液が抑制されることがわかる。
【0162】
【0163】
表2より、負極電極材料にポリマー化合物としてポリエチレングリコール(PEG)を含ませる場合、極板群の緊圧を、10kPa以上、40kPa以下とし、かつ、AGMセパレータの20kPa密度を、0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下とすることで、ハイレート放電での容量維持率の低下が抑制されることが理解できる。また、PEG含有量が30ppm以上、600ppm以下では、より顕著にハイレート放電での容量維持率が向上することがわかる。
【0164】
《鉛蓄電池E7~E9、R2》
既述の方法で求められる緊圧を表3、4に示す値とすること以外、実施例E3(PEG含有量80ppm)と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表3に示す。ハイレート放電での容量維持率を表4に示す。
【0165】
【0166】
表3より、負極電極材料にポリマー化合物としてポリエチレングリコール(PEG)を含ませる場合でも、極板群の緊圧が10kPa未満では、減液を抑制する効果が小さいことがわかる。一方、極板群の緊圧が10kPa以上では、減液を抑制する効果が顕著である。
【0167】
【0168】
表4および表2より、負極電極材料にポリマー化合物としてポリエチレングリコール(PEG)を含ませるか否かにかかわらず、極板群の緊圧が10kPa未満では、ハイレート放電での容量維持率を向上させる効果がほとんど見られないことがわかる。一方、極板群の緊圧が10kPa以上では、緊圧が大きいほどハイレート放電での容量維持率が向上している。
【0169】
《鉛蓄電池R3~R7》
既述の方法で求められる緊圧を表3、4に示す値とすること以外、比較例R1(PEG含有量0ppm)と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表5に示す。ハイレート放電での容量維持率を表6に示す。
【0170】
【0171】
表5より、負極電極材料にポリマー化合物を含ませない場合、極板群の緊圧にかかわらず、減液を抑制できないことがわかる。
【0172】
【0173】
表6より、負極電極材料にポリマー化合物を含ませない場合、極板群の緊圧にかかわらず、ハイレート放電での容量維持率をほとんど向上させられないことがわかる。
【0174】
《鉛蓄電池E10~12、R8~9》
既述の方法で求められるAGMセパレータの20kPa密度を表7、8に示す値とすること以外、実施例E3(PEG含有量80ppm)と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表7に示す。ハイレート放電での容量維持率を表8に示す。
【0175】
【0176】
表7より、AGMセパレータの20kPa密度が0.2g/cm3を超えると、減液を抑制する効果が小さくなることがわかる。よって、AGMセパレータの20kPa密度は0.2g/cm3以下とする必要がある。
【0177】
【0178】
表8より、AGMセパレータの20kPa密度が0.14g/cm3未満になると、ハイレート放電での容量維持率を向上させられないことがわかる。また、AGMセパレータの20kPa密度が0.2g/cm3を超えてもハイレート放電での容量維持率を向上させられないことがわかる。よって、AGMセパレータの20kPa密度は0.14g/cm3以上、0.2g/cm3以下とする必要がある。
【0179】
《鉛蓄電池E13~17》
既述の方法で求められる有機繊維の含有量を表9、10に示す値とすること以外、実施例E3(PEG含有量80ppm)と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表9に示す。ハイレート放電での容量維持率を表10に示す。
【0180】
【0181】
表9より、AGMセパレータに有機繊維を含ませる場合には、その含有量を20質量%以下とすることが望ましいことがわかる。
【0182】
【0183】
表9より、AGMセパレータに有機繊維を含ませる場合には、その含有量を5質量%以上とすることが望ましく、20質量%までは有機繊維の含有量が大きいほどハイレート放電での容量維持率の向上に有利であることがわかる。
【0184】
《鉛蓄電池E18~23、R10》
ポリマー化合物をPEGからPEGのエステル化物であるオレイン酸ポリエチレングリコールに変更すること以外、表1、2の場合と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表11に示す。ハイレート放電での容量維持率を表12に示す。
【0185】
【0186】
【0187】
《鉛蓄電池E24~29、R11》
ポリマー化合物をPEGからPEGのエステル化物であるジラウリン酸ポリエチレングリコールに変更すること以外、表1、2の場合と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表13に示す。ハイレート放電での容量維持率を表14に示す。
【0188】
【0189】
【0190】
《鉛蓄電池E30~35、R12》
ポリマー化合物をPEGからPEGのエステル化物であるジステアリン酸ポリエチレングリコールに変更すること以外、表1、2の場合と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表15に示す。ハイレート放電での容量維持率を表16に示す。
【0191】
【0192】
【0193】
《鉛蓄電池E36~41、R13》
ポリマー化合物をPEGからPEGのエステル化物であるジオレイン酸ポリエチレングリコールに変更すること以外、表1、2の場合と同様に制御弁式鉛蓄電池を作製し、フロート寿命試験を実施する。減液量の結果を表17に示す。ハイレート放電での容量維持率を表18に示す。
【0194】
【0195】
【0196】
表11~18の結果は、ポリマー化合物としてポリエチレングリコール(PEG)を用いた場合と同様に、PEGのエステル化物を用いる場合にも、極板群の緊圧を10kPa以上、40kPa以下とし、かつ、AGMセパレータの20kPa密度を0.14g/cm3以上、0.20g/cm3以下とすることで、減液を抑制しつつ、ハイレート放電での容量維持率の低下が抑制されることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0197】
本発明に係る制御弁式鉛蓄電池は、例えば、無停電電源装置(UPS)のような据置用の制御弁式鉛蓄電池として適しているが、その用途は特に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0198】
1:制御弁式鉛蓄電池
2:負極板
3:正極板
4:セパレータ
11:極板群
10:電槽
10R:セル室
12:蓋
13:排気弁