(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022085972
(43)【公開日】2022-06-09
(54)【発明の名称】耐熱性Ir合金線
(51)【国際特許分類】
C22C 5/04 20060101AFI20220602BHJP
C22F 1/14 20060101ALN20220602BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220602BHJP
【FI】
C22C5/04
C22F1/14
C22F1/00 625
C22F1/00 630C
C22F1/00 650A
C22F1/00 640B
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020197747
(22)【出願日】2020-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000198709
【氏名又は名称】石福金属興業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100166039
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 款
(72)【発明者】
【氏名】横田 俊介
(72)【発明者】
【氏名】寺井 健太
(72)【発明者】
【氏名】安原 颯人
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 亮平
(72)【発明者】
【氏名】端無 憲
(72)【発明者】
【氏名】安藤 郁也
(57)【要約】
【課題】ビッカース硬さを確保しつつ、耐酸化消耗性を更に向上させるIr合金線を提供する。
【解決手段】Rhを5~30mass%、Taを0.5~5mass%含有するIr合金線であって、前記合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが1≦A<6である、ことを特徴とするIr合金線。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rhを5~30mass%、Taを0.5~5mass%含有するIr合金線であって、
前記合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが1≦A<6である、
ことを特徴とするIr合金線。
【請求項2】
前記合金線の線径を2rとした場合、前記合金線の中心軸から0.6rまでの範囲において、前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Bが6≦Bである、
ことを特徴とする請求項1記載のIr合金線。
【請求項3】
前記合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲におけるビッカース硬さの値が450HV以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のIr合金線。
【請求項4】
前記合金線の線径を2rとした場合、前記合金線の中心軸から線径0.6rまでの範囲において、ビッカース硬さの値が450HV以上であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項記載のIr合金線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性Ir合金線に関する。
【背景技術】
【0002】
高温用るつぼ、耐熱器具、ガスタービン、スパークプラグ、高温用センサ、ジェットエンジンなどに用いる耐熱材料として種々の合金が開発されている。主な耐熱材料として耐熱鋼、ニッケル基超合金、白金合金、タングステンなどが挙げられる。耐熱鋼、ニッケル基超合金、白金合金などは固相点が2000℃未満でそれ以上の温度では使用できない。一方、タングステンやモリブデンなどの高融点金属は高温の大気中では酸化消耗が激しい。そこで高融点であって、かつ、耐酸化消耗性の高い耐熱材料としてIr合金が開発されている。
【0003】
特許文献1には、Rhを5~30mass%含有するIrRh合金に、Taを0.5~5mass%添加するとともに、Co、Cr、Niの少なくとも一種の元素を0~5mass%付加的に添加するIr合金が開示されている。IrRh合金にTaを添加することで、高温における耐酸化消耗性を確保しつつ、高温強度に優れたIr合金を提供できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
耐熱材料として用いられるIr合金線は、一般的に高温における耐酸化消耗性を更に改善したいという課題がある。
【0006】
そこで本発明の目的は、ビッカース硬さを確保しつつ、耐酸化消耗性を更に向上させるIr合金線を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、Ir合金は粒界から酸化消耗が起きると考えられるところ、Ta添加したIrRh材を用いて、表層を再結晶させることで粒界を減じながら、表層も内部とほぼ同等の硬さを維持し、かつ、耐酸化消耗性が顕著に改善されることを見出し、本発明に至った。すなわち、高硬度であるIrRhTa合金と表面組織改善の技術とを組み合わせて初めて得られたものである。
【0008】
本発明は、
Rhを5~30mass%、Taを0.5~5mass%含有するIr合金線であって、
前記合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが1≦A<6である、
ことを特徴とするIr合金線である。
【0009】
上記構成において、前記合金線の線径を2rとした場合、前記合金線の中心軸から線径0.6rまでの範囲において、前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Bが6≦Bである、ようにしてもよい。
【0010】
また、上記構成において、前記合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲におけるビッカース硬さの値が450HV以上であるようにしてもよい。
【0011】
また、上記構成において、前記合金線の線径を2rとした場合、前記合金線の中心軸から線径0.6rまでの範囲において、ビッカース硬さの値が450HV以上であるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ビッカース硬さを確保しつつ、耐酸化消耗性に優れるIr合金線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、中心軸を含む面での切断面(縦断面)の模式図を示す。
【
図2】
図2は、アスペクト比の算出方法例の模式図を示す。
【
図3】
図3(a)は、比較例3の縦断面組織写真を示す。
図3(b)は、実施例3の縦断面組織写真を示す。
【
図4】
図4(a)は、比較例3の縦断面組織の表層写真を示す。
図4(b)は、実施例3の縦断面組織の表層写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、Rhを5~30mass%、Taを0.5~5mass%含有し、残部がIrであるIr合金線に関するものである。Ir合金線の線径(直径)は特に限定されず、例えば線径(直径)を0.25mm以上に設定することができる。後述する実施例では、Ir合金線の線径(直径)を一例として0.8mmに設定している。
このIr合金線は、合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが1≦A<6である、ことを特徴とする。なお、Ir合金とは、主たる元素をIrとする合金である。本発明に係るIr合金線は、前述の元素の他に不可避不純物を含有してもよい。不可避不純物の含有の有無によって、前述の効果に影響することはない。
【0015】
Rhを5~30mass%含有するIr合金は、高温の大気又は酸化雰囲気において結晶粒界からのIrの酸化揮発が抑制され、耐酸化消耗性が著しく改善される。Rhの含有量が5mass%を下回る場合には、Ir合金の耐酸化消耗性が不十分である。一方、Rhの含有量が30mass%を超えると、Ir合金の耐酸化消耗性は良いが、融点が低下する。
Rhの含有量は7~25mass%が好ましい。
【0016】
Taを0.5~5mass%含有するIrRh合金は、Taによる固溶硬化により硬さが向上する。Taの含有量は0.7mass%以上がより好ましい。Taの含有量が0.5mass%を下回ると固溶硬化が不十分である。一方、Ta量が5mass%を超えると塑性変形能が低下して加工が困難になる。
【0017】
IrRhTa合金には、Co、Cr、Niの少なくとも一種の元素を0~5mass%含有してもよい。Co、Cr、Niの少なくとも一種の元素を0~5mass%含有するIrRh合金は、それら元素による固溶硬化によりさらに硬さが向上する。
【0018】
Ir合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aは1≦A<6である。
【0019】
ここで本発明のIr合金線の製造方法について説明する。まず、各原料粉末(Ir粉末、Rh粉末、Ta粉末)を所定の割合に配合して混合し、溶解、鍛造、加工することで例えばφ0.3~3.0mmの合金線を得る。次に、Ir合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における組織(表層組織)のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが1≦A<6になるようにするために(所定の組織を得るために)、加工時もしくは、加工後に熱処理を実施する。熱処理は、たとえば、加工時に熱間加工としその温度を適切にする方法や、加工後にマッフル炉や環状炉等の炉による加熱、もしくはバーナーや通電により加熱する方法がある。
【0020】
加工後に加熱する方法において、例えば、アルゴン雰囲気中で1000~1100℃で数時間から数十時間加熱することができる。例えば、加熱時間は10時間とすることができる。そのような熱処理をすることにより、合金線の表層が再結晶化する。合金線内部はほとんど再結晶化しない。ビッカース硬さの値は、表層も内部も少し硬さが減少するが、表層の硬さは内部の硬さとほぼ同等である。
【0021】
例えば、加工後にアルゴン雰囲気中で1000~1100℃で10時間加熱する熱処理を行うことで、合金線の表層が再結晶化し、Ir合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における組織(表層組織)のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aを1≦A<6にすることができる。そのように表層を再結晶させることで結晶粒界からの酸化消耗が減少することにより、耐酸化消耗性が顕著に改善される。
【0022】
図1は、Ir合金線の中心軸を含む面での切断面(縦断面)の模式図である。
【0023】
Ir合金線の組織のアスペクト比は、光学顕微鏡で撮影した断面画像を用いて切断法(JIS G0551参考)により求める。例として、
図2に示すような伸線方向(辺AB及び辺CD)の辺長をLpとし、垂直方向(辺AD及びBC)の辺長をLvとした長方形ABCDの断面画像においては、辺AD上の任意の点から伸線方向に平行で長さLpの線分Pn(n=1、 2、 ・・・)及び、辺AB上の任意の点から伸線方向に垂直な長さLvの線分Vm(m=1、2、・・・)を引き、各々の線分と結晶粒との交点の数を求めてその数に1を足すことでその線分が横切る結晶粒の数を求め、Lp及びLvを結晶粒の数で除することから結晶粒長さLpn及びLpmを算出し、
(Lp1+Lp2+・・・+Lpn)/n及び(Lv1+Lv2+・・・+Lvm)/m
によって、各々について平均して、平均結晶粒長さpと平均結晶粒幅vを算出し、その比p/vをアスペクト比とする。ここで、
図2はn=m=3のときの模式図である。
【0024】
例えば、加工後にアルゴン雰囲気中で1000~1100℃で10時間加熱する熱処理を行うことで、合金線の表層が再結晶化するが、合金線内部はほとんど再結晶化しない。すなわち、
図1に示すように Ir合金線の線径を2rとした場合、合金線の中心軸から線径0.6rまでの範囲において、合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Bが6≦Bとなる。すなわち、中心部分は合金線を作製した状態における針状組織が残存していることにより、アスペクト比の平均値Bが6≦Bであっても良い。
【0025】
Ir合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲におけるビッカース硬さの値は450HV以上である。Ir合金の合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲におけるビッカース硬さの値は460HV以上であることが好ましい。
【0026】
また、合金線の線径を2rとした場合、合金線の中心軸から線径0.6rまでの範囲において、ビッカース硬さの値が450HV以上であるようにしてもよい。Ir合金の合金線の中心軸から半径60%以内の範囲におけるビッカース硬さの値は480HV以上であることが好ましい。
【0027】
ビッカース硬さの値は、
図1に示す縦断面を研磨した研磨面の中心軸の中点を通ってこれと直交する基準線を考え、中点での硬さ(中心硬さ)と、基準線上で外側からの距離が0.04mmである点の硬さ(表層硬さ)を測定する。
【0028】
ビッカース硬さの値が、450HV以上であることにより高温の使用環境下においても高い耐久性を保つことができる。
【0029】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【実施例0030】
本発明の実施例について説明する。まず、各原料粉末(Ir粉末、Rh粉末、Ta粉末)を所定の割合で混合し、混合粉末を作製した。次いで、得られた混合粉末を一軸加圧成形機を用いて成形し圧粉体を得た。得られた圧粉体をアーク溶解法により溶解し、インゴットを作製した。
【0031】
次いで、作製したインゴットを熱間鍛造し、幅15mmの角棒とした。この角棒を熱間溝圧延、ダイス伸線加工してφ0.8mmの合金線を得た。その合金線をワイヤーソーにて長さ0.6mmに切断して、直径0.8mm、高さ0.6mmの円柱形状の試験片を作製した。
【0032】
次いで、Ir合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における組織(表層組織)のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが1≦A<6になるようにするために(所定の組織を得るために)、試験片をアルゴン雰囲気中で各種条件で熱処理した。
【0033】
各試験片は、その円柱の中心軸を含む面(縦断面)で切断し、断面を研磨してその研磨面を光学顕微鏡で写真撮影した。
【0034】
試験片(Ir合金線)の組織は、長方形の縦断面画像を用いて、切断法により、結晶粒の平均結晶粒長さpと平均結晶粒幅vを算出し、その比p/vによりアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値A、平均値Bを求めた。
【0035】
ビッカース硬さは、研磨面の中心軸の中点を通ってこれと直交する基準線を考え、中点での硬さ(中心硬さ)と基準線上で外側からの距離が0.04mmである点の硬さ(表層硬さ)を測定した。ビッカース硬さは、マイクロビッカース硬さ試験機にて、荷重200gf、10秒の条件で測定した。
【0036】
耐酸化消耗性の評価は、試験片を用いて高温酸化試験により行った。高温酸化試験は、電気炉内に試験片をセットし、大気中、1050℃の条件で20時間保持した。耐酸化消耗性は、前記高温酸化試験における1mm2当たりの質量変化ΔM(mg/mm2)で定義した。すなわち、試験片の試験前の質量をM0(mg)、試験後の質量をM1(mg)、試験片の試験前の表面積をS(mm2)とし、ΔM=(M1-M0)/Sの式から求めた。また、試験片の表面積S(mm2)は、試験片の寸法から算出した。
なお、組織制御による耐酸化消耗性の改善効果の評価には、消耗比を用いた。すなわち、同一組成の合金線において、熱処理無しの試験片での高温酸化試験の質量変化をΔM0とし、比較となる試験片のΔMとΔM0の比(ΔM/ΔM0)を消耗比とした。そのため、熱処理無しの試験片での消耗比は1となり、熱処理を実施した試験片での消耗比は0に近いほど良い。
【0037】
Ir10Rh3Ta(mass%)の組成の試験片について、アルゴン雰囲気中で各種条件で熱処理した場合の硬さと消耗比のデータを表1に示す。
【0038】
【0039】
表1より、熱処理を実施することで、酸化消耗が抑制される一方、硬さが徐々に減少していくことがわかる。1300℃以上の熱処理では消耗比は良いが硬度が大きく低下する。以上より、Ir10Rh3Taの適切な熱処理として、高硬度を維持しながら消耗比が30%程度改善する1100℃10hの条件を選択した。その他の合金に関しても同様に適切な処理条件を設定し、実施例1~6のサンプルを作製した。未処理のものを比較例1~6とした。ただし、所定の組織を得るための熱処理条件をこの条件に限定するものではない。
【0040】
実施例及び比較例の合金の組成、各種特性を表2に示す。なお、本実施例においては、熱処理時間は全て10hとした。
【0041】
【0042】
実施例1~6は、合金線の表面から深さ0.05mm以内の範囲における前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Aが2~5であった。一方、合金線の中心軸から半径60%以内の範囲における前記合金線組織のアスペクト比(結晶粒長さ/結晶粒幅)の平均値Bが8~30であった。
【0043】
図3(a)は、比較例3の縦断面組織、
図3(b)は、実施例3の縦断面組織を、
図4(a)は、比較例3の縦断面組織の表層を、
図4(b)は、実施例3の縦断面組織の表層をそれぞれ示す。
【0044】
図3(a)、
図3(b)において、Ir合金線内部は合金線を作製した状態における針状組織が残存しており、ほとんど再結晶化していないことがわかる。
【0045】
次に、Ir合金線の表層では、
図4(a)の比較例では、合金線の表層では合金線を作製した状態における針状組織が残存する一方、
図4(b)の実施例では、合金線の表層が再結晶化していることがわかる。
【0046】
実施例1~6は、合金線の表層硬さの値が465~563HVであった。一方、それら合金線の中心硬さの値は490~618HVであった。実施例1~6の表層硬さは中心硬さの87~99%であった。実施例1~6の消耗比は0.60~0.73になった。
【0047】
実施例の合金線は、高硬度を維持しながら耐酸化消耗性が改善しており、耐熱性Ir合金として優れた特性を有することが確認できた。