(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022086137
(43)【公開日】2022-06-09
(54)【発明の名称】ニューラルネットワーク
(51)【国際特許分類】
G06N 3/063 20060101AFI20220602BHJP
G11C 11/54 20060101ALI20220602BHJP
G11C 11/22 20060101ALI20220602BHJP
G06G 7/60 20060101ALI20220602BHJP
【FI】
G06N3/063
G11C11/54
G11C11/22 110
G06G7/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020197991
(22)【出願日】2020-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】597065329
【氏名又は名称】学校法人 龍谷大学
(71)【出願人】
【識別番号】000116024
【氏名又は名称】ローム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 睦
(72)【発明者】
【氏名】小川 功人
(72)【発明者】
【氏名】宮前 義範
(57)【要約】
【課題】ハードウェアのニューラルネットワークにおける消費電力を低減する。
【解決手段】ニューラルネットワーク100は、互いに平行な複数の第1電極ラインX1~Xiと、互いに平行な複数の第2電極ラインY1~Yjと、強誘電体層113と、ニューロン回路140と、制御回路120,130とを備える。複数の第2電極ラインは、複数の第1電極ラインと異なる方向に延びている。強誘電体層は、複数の第1電極ラインと複数の第2電極ラインとの間に配置されている。複数のニューロン回路は、複数の第1電極ラインにそれぞれ設けられている。方向制御回路120は、ニューロン回路と第1電極ラインとの間に接続されている。方向制御回路130は、ニューロン回路と第2電極ラインとの間に接続されている。複数の第1電極ラインおよび複数の第2電極ラインは、平面視した場合に互いに交差する部分において容量結合することによってシナプス素子を形成する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに平行な複数の第1電極ラインと、
前記複数の第1電極ラインと異なる方向に延びる複数の第2電極ラインと、
前記複数の第1電極ラインと前記複数の第2電極ラインとの間に配置された強誘電体層と、
前記複数の第1電極ラインにそれぞれ設けられた複数のニューロン回路と、
前記複数のニューロン回路と前記複数の第1電極ラインとの間に接続された第1方向制御回路と、
前記複数のニューロン回路と前記複数の第2電極ラインとの間に接続された第2方向制御回路とを備え、
前記複数の第1電極ラインおよび前記複数の第2電極ラインは、平面視した場合に互いに交差する部分において容量結合することによってシナプス素子を形成する、ニューラルネットワーク。
【請求項2】
前記ニューラルネットワークは、入力された信号の学習と、学習された信号の想起が可能であり、
前記複数のニューロン回路の各々は、入力に応じて第1状態または第2状態の信号を出力するように構成されており、
学習時において、前記第1方向制御回路および前記第2方向制御回路は、前記複数のニューロン回路の出力信号の状態に応じた異なる電圧を前記複数の第1電極ラインおよび前記複数の第2電極ラインにそれぞれ印加して、前記シナプス素子の容量を設定する、請求項1に記載のニューラルネットワーク。
【請求項3】
想起時には、
前記第1方向制御回路は、入力された信号に応じて、学習時よりも低い電圧を前記複数の第1電極ラインに印加し、
前記複数の第2電極ラインは、学習時に設定された前記シナプス素子の容量に応じて重み付けされた電圧を出力する、請求項2に記載のニューラルネットワーク。
【請求項4】
前記第1方向制御回路および前記第2方向制御回路は、学習時において、
前記複数のニューロン回路の出力が前記第1状態の場合には、第1電圧が前記シナプス素子に印加されるように前記複数の第1電極ラインおよび前記複数の第2電極ラインに電圧を印加し、
前記複数のニューロン回路の出力が前記第2状態の場合には、前記第1電圧よりも低い第2電圧が前記シナプス素子に印加されるように前記複数の第1電極ラインおよび前記複数の第2電極ラインに電圧を印加し、
前記シナプス素子において、前記第1電圧が印加された場合の容量は、前記第2電圧が印加された場合の容量とは異なる、請求項3に記載のニューラルネットワーク。
【請求項5】
前記第1方向制御回路は、想起時において、前記第1電圧および前記第2電圧よりも低い第3電圧を前記複数の第1電極ラインに印加する、請求項4に記載のニューラルネットワーク。
【請求項6】
前記第3電圧は、前記シナプス素子の容量が変化しないレベルの電圧値である、請求項5に記載のニューラルネットワーク。
【請求項7】
前記複数の第1電極ラインの各々は、プラチナまたはプラチナのシリサイドで形成される、
前記複数の第2電極ラインの各々は、金または金のシリサイドで形成される、請求項1~6のいずれか1項に記載のニューラルネットワーク。
【請求項8】
前記複数の第1電極ラインの各々は、金または金のシリサイドで形成される、
前記複数の第2電極ラインの各々は、プラチナまたはプラチナのシリサイドで形成される、請求項1~6のいずれか1項に記載のニューラルネットワーク。
【請求項9】
前記強誘電体層は、チタン酸ビスマスランタン、チタン酸ジルコン酸鉛、またはチタン酸バリウムを含んで形成される、請求項1~8のいずれか1項に記載のニューラルネットワーク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ニューラルネットワークに関し、より特定的にはハードウェアのニューラルネットワークにおいて消費電力を低減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、人工知能がさかんに研究開発され、実用化もされている。人工知能の中には、ディープラーニングをはじめとするニューラルネットワークが広く知られている。従来のニューラルネットワークの多くは、超高性能な大型のコンピュータで実行されるソフトウェアとして実現されてきた。
【0003】
これに対して、コンパクトなハードウェアのニューラルネットワークの研究開発も行われている。このニューラルネットワークは、脳内の構造を模したニューロン回路とシナプス素子を高集積化することにより実現することができる。ハードウェアのニューラルネットワークの中には、シナプス素子がマトリクス配列され、当該シナプス素子を介してニューロン回路同士が相互に結合するものが知られている。このような構成とすることによって、コンパクトなハードウェアのニューラルネットワークを実現することができる。
【0004】
たとえば、国際公開第2019/078367号(特許文献1)においては、メモリスタを用いたシナプス素子がマトリクス配列された構成が開示されている。メモリスタは、読み出し電圧よりも高い電圧を印加することにより、2値の抵抗値を有する可変抵抗素子として機能することができる。また、特開2019-179499号公報(特許文献2)には、強誘電体を有するトランジスタを用いたシナプス素子がマトリクス配列された構成が開示されている。特許文献2における強誘電体を有するトランジスタにおいては、ゲート絶縁膜が強誘電体にて形成されている。当該トランジスタは、ゲート絶縁膜の強誘電体を分極させることにより2値の閾値を設定することが可能であり、それによって可変抵抗素子として機能することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2019/078367号
【特許文献2】特開2019-179499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および特許文献2のように、シナプス素子を可変抵抗素子で構成した場合、データの記憶(学習)および読み出し(想起)を行なう場合にシナプス素子に定常的に電流を流しておくことが必要となる。そのため、特に高集積化によりシナプス素子の数が多くなると、消費電力が増大するという課題が生じ得る。
【0007】
本開示は、このような課題を解決するためになされたものであった、その目的は、ハードウェアのニューラルネットワークにおける消費電力を低減することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示に係るニューラルネットワークは、互いに平行な複数の第1電極ラインと、互いに平行な複数の第2電極ラインと、強誘電体層と、複数のニューロン回路と、第1方向制御回路および第2方向制御回路とを備える。複数の第2電極ラインは、複数の第1電極ラインと異なる方向に延びている。強誘電体層は、複数の第1電極ラインと複数の第2電極ラインとの間に配置されている。複数のニューロン回路は、複数の第1電極ラインにそれぞれ設けられている。第1方向制御回路は、複数のニューロン回路と複数の第1電極ラインとの間に接続されている。第2方向制御回路は、複数のニューロン回路と複数の第2電極ラインとの間に接続されている。複数の第1電極ラインおよび複数の第2電極ラインは、平面視した場合に互いに交差する部分において容量結合することによってシナプス素子を形成する。
【0009】
ニューラルネットワークは、入力された信号の学習と、学習された信号の想起が可能である。複数のニューロン回路の各々は、入力に応じて第1状態または第2状態の信号を出力するように構成されている。学習時において、第1方向制御回路および第2方向制御回路は、複数のニューロン回路の出力信号の状態に応じた異なる電圧を複数の第1電極ラインおよび複数の第2電極ラインにそれぞれ印加して、シナプス素子の容量を設定する。
【0010】
想起時において、第1方向制御回路は学習時よりも低い電圧を複数の第1電極ラインに印加し、複数の第2電極ラインは学習時に設定されたシナプス素子の容量に応じて重み付けされた電圧を出力する。
【0011】
第1方向制御回路および第2方向制御回路は、学習時において、複数のニューロン回路の出力が第1状態の場合には第1電圧がシナプス素子に印加されるように複数の第1電極ラインおよび複数の第2電極ラインに電圧を印加し、複数のニューロン回路の出力が第2状態の場合には第1電圧よりも低い第2電圧がシナプス素子に印加されるように複数の第1電極ラインおよび複数の第2電極ラインに電圧を印加する。シナプス素子において、第1電圧が印加された場合の容量は、第2電圧が印加された場合の容量とは異なる。
【0012】
第1方向制御回路は、想起時において、第1電圧および第2電圧よりも低い第3電圧を複数の第1電極ラインに印加する。
【0013】
第3電圧は、シナプス素子の容量が変化しないレベルの電圧値である。
複数の第1電極ラインの各々は、プラチナまたはプラチナのシリサイドで形成される。複数の第2電極ラインの各々は、金または金のシリサイドで形成される。
【0014】
複数の第1電極ラインの各々は、金または金のシリサイドで形成される。複数の第2電極ラインの各々は、プラチナまたはプラチナのシリサイドで形成される。
【0015】
強誘電体層は、チタン酸ビスマスランタン、チタン酸ジルコン酸鉛、またはチタン酸バリウムを含んで形成される。
【発明の効果】
【0016】
本開示に係るニューラルネットワークにおいては、データを記憶(学習)するためのシナプス素子が、強誘電体層を用いた第1電極ラインと第2電極ラインとの間の容量結合によって形成される。そのため、電流を流し続けなくてもデータの学習および想起を行なうことができる。したがって、シナプス素子を用いたハードウェアのニューラルネットワークにおいて、消費電力を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施の形態に従うニューラルネットワークを概略的に示した回路図である。
【
図2】シナプス素子を形成する強誘電体キャパシタの構造を示す断面図である。
【
図3】
図1の強誘電体キャパシタレイを示す平面図である。
【
図4】強誘電体キャパシタの印加電圧と、分極および誘起されるキャパシタンスとの関係を示す特性図である。
【
図5】強誘電体キャパシタへの印加電圧による残留キャパシタンスの違いを説明するための図である。
【
図6】ニューラルネットワークの一つである単層パーセプトロンの模式図である。
【
図7】
図1のニューラルネットワークにおける学習および想起の手法を説明するための第1図である。
【
図8】
図1のニューラルネットワークにおける学習および想起の手法を説明するための第2図である。
【
図9】
図1のニューラルネットワークにおける学習および想起の手法を説明するための第3図である。
【
図10】
図1のニューラルネットワークにおける学習および想起の手法を説明するための第4図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0019】
(ニューラルネットワークの構成)
図1は、本実施の形態に従うニューラルネットワーク100を概略的に示した回路図である。
図1を参照して、ニューラルネットワーク100は、入力端子T1と、出力端子T2と、キャパシタアレイ110と、方向制御回路120,130と、複数のニューロン回路140と、制御装置200とを備える。方向制御回路120,130は、本開示の「第1方向制御回路」および「第2方向制御回路」にそれぞれ対応する。
【0020】
キャパシタアレイ110は、互いに平行に配列された第1電極ラインX1~Xiと、互いに平行に配列された第2電極ラインY1~Yjと、当該第1電極ラインX1~Xiと第2電極ラインY1~Yjとの間に配置された強誘電体層(図示せず)とを含む。第1電極ラインX1~Xiは第1方向(
図1のX軸方向)に延在している。第1電極ラインX1~Xiの各々は、対応する入力端子T1に接続されている。第2電極ラインY1~Yjは第1方向に直交する第2方向(
図1のY軸方向)に延在している。第2電極ラインY1~Yjの各々は対応する出力端子T2に接続されている。第2電極ラインY1~Yj(すなわち、出力端子T2)は、第1電極ラインX1~Xi(すなわち、入力端子T1)にそれぞれ接続されている。第2電極ラインY1~Yjから出力される信号は、ニューロン回路140を介して、第1電極ラインX1~Xiにフィードバックされるように構成されている。
【0021】
図2で後述するように、強誘電体層によって、第1電極ラインと第2電極ラインとが交差する部分においてキャパシタが形成されている。すなわち、キャパシタアレイ110は、複数の強誘電体キャパシタC11~Cijがマトリクス状に配置された構成を有している。キャパシタアレイ110における強誘電体キャパシタC11~Cijの各々は、ニューラルネットワークにおけるシナプス素子として機能する。
【0022】
ニューロン回路140は、第1電極ラインX1~Xiの各々に対して設けられる。ニューロン回路140は、入力端子T1からの信号および/または第2電極ラインY1~Yjからフィードバックされた信号を受け、当該信号のレベルが所定のしきい値以上の場合にはHighの信号を出力し、当該信号がしきい値未満の場合にはLowの信号を出力するように構成されている。
【0023】
ニューロン回路140と第1電極ラインX1~Xiとの間に方向制御回路120が接続されている。また、ニューロン回路140と第2電極ラインY1~Yjとの間に方向制御回路130が接続されている。方向制御回路120,130は、制御装置200からの指令に基づいて、各電極ラインに印加する電圧を調整することが可能に構成されている。また、方向制御回路120,130は、ニューロン回路140と各電極ラインとの接続および非接続を切換可能に構成されている。後述するように、方向制御回路120,130を制御することによって、キャパシタアレイ110へのデータの記憶(学習)、および、学習されたデータの読み出し(想起)を行なうことができる。
【0024】
制御装置200は、たとえばCPUおよびメモリ(いずれも図示せず)を含んで構成されており、ニューロン回路140から出力される信号に基づいて方向制御回路120,130を制御する。なお、制御装置200の機能を、方向制御回路120,130で実行するようにしてもよい。
【0025】
概略的には、学習時において強誘電体キャパシタC11~Cijのキャパシタンス(容量)の設定を行なう場合には、対象の強誘電体キャパシタの両端に所定の電位差が生じるように、方向制御回路120,130から第1電極ラインX1~Xiおよび第2電極ラインY1~Yjに電圧が印加される。
図4および
図5において後述するように、強誘電体キャパシタの両端に印加される電圧に応じて、キャパシタンスの違いとして強誘電体キャパシタに異なるデータが設定される。これによって強誘電体キャパシタC11~Cijのキャパシタンスが学習される。
【0026】
学習されたデータの想起を行なう場合には、入力端子T1に入力された信号に対応するニューロン回路140の出力信号に応じて、学習時よりも低い電圧を方向制御回路120から第1電極ラインX1~Xiに印加する。第2電極ラインY1~Yjの各々からは、各第2電極ラインに接続された強誘電体キャパシタのキャパシタンスを重みとして加重加算された信号が出力される。
【0027】
想起時においては、得られた第2電極ラインY1~Yjの各々から出力される信号が、対応する第1電極ラインX1~Xiのニューロン回路140にフィードバックされる。上記のように、フィードバックされた信号は第2電極ラインに接続された強誘電体キャパシタのキャパシタンスを重みとして加重加算された信号であるため、特定の第1電極ラインにおいては、入力端子T1から入力された値とフィードバックされた信号の値とが異なる場合が生じ得る。そうすると、ニューロン回路140から出力される信号が、フィードバック前の状態から変化する。すなわち、他の第1電極ラインにおける入力信号の状態に基づいて推論が行なわれて、当該第1電極ラインに印加する電圧が変化される。
【0028】
このように、ニューラルネットワーク100は、学習時においては、教師データを用いて各強誘電体キャパシタのキャパシタンスを修正することによって、キャパシタアレイ110のキャパシタ(すなわち結合係数)を適切な値に学習する。そして、想起時においては、入力端子T1から入力された新たなデータ(たとえば、画像データの画素値)に対して、学習された結合係数を用いて推論することによって、正しい出力を得ることができる。
【0029】
(強誘電体キャパシタの構成)
図2は、
図1のキャパシタアレイ110において、シナプス素子を形成する強誘電体キャパシタ111(以下、単に「キャパシタ」とも称する。)の構造を示す断面図である。また、
図3は
図1のキャパシタアレイ110を示す平面図である。
【0030】
図2および
図3を参照して、キャパシタ111は、
図1に示すように、第1電極114(第1電極ラインX1~Xiに対応)と、第2電極112(第2電極ラインY1~Yjに対応)と、第1電極114と第2電極112との間に配置される強誘電体層113と、支持基板115とを備える。
【0031】
支持基板115は、樹脂基板、ガラス基板、またはポリエチレンナフタレートフィルム等のフレキシブル基板で形成される。支持基板115上には、第1電極114、強誘電体層113および第2電極112がこの順に配置されている。なお、支持基板115上に、第2電極112、強誘電体層113および第1電極114の順に形成されてもよい。
【0032】
第1電極114はプラチナPtで形成されており、第2電極112は金Auで形成されている。なお、逆に、第1電極114を金で形成し第2電極112をプラチナで形成してもよい。また、各電極は、上記の金属を含むシリサイドを用いてもよい。第1電極114および第2電極112は、蒸着またはスパッタリングなどにより堆積され、その後必要な形状にパターンニングされることにより形成される。第1電極114および第2電極112の各々は、多層に形成してもよい。強誘電体層113として、チタン酸ビスマスランタン(BLT)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、あるいはチタン酸バリウム(BaTiO3)が用いられる。
【0033】
キャパシタ111は、第1電極114に対して所定レベル以上の正または負の電圧が第2電極112に印加されると強誘電体層113に分極が起こり、キャパシタンスが誘起される。そして、
図4で後述するように、その後に印加電圧がゼロ近辺になっても誘起されたキャパシタンスが残留する(以下、「残留キャパシタンス」とも称する)。残留キャパシタンスは、キャパシタの両端に印加された電圧の大きさ(電位差)に対応して異なる状態を保持する。
【0034】
すなわち、第1電極114と第2電極112との間に相対的に大きい電圧を印加した場合をデータのHigh(第1状態)に対応させると、残留キャパシタンスは大きくなる。一方、第1電極114と第2電極112との間に相対的に小さい電圧を印加した場合をデータのLow(第2状態)に対応させると、残留キャパシタンスは小さくなる。このように、データの状態を残留キャパシタンスの大きさとして記憶(学習)することができる。学習されたデータを読み出す(想起)場合は、キャパシタ111の残留キャパシタンスが変化しない程度の電圧を第1電極114に印加することで、残留キャパシタンスに応じて重みづけされた電圧が第2電極112から出力される。なお、第1電極114と第2電極112との間に相対的に大きい電圧を印加した場合をデータのLowに、第1電極114と第2電極112との間に相対的に小さい電圧を印加した場合をデータのHighに対応させてもよい。
【0035】
(強誘電体キャパシタの特性)
次に、
図4および
図5を用いてキャパシタ111の特性について説明する。
図4および
図5は、キャパシタアレイ110の評価サンプルを製造し、印加電圧を変化させたときの、印加電圧と分極および誘起されるキャパシタンスとの関係を示す図である。なお、
図5は、以下で詳述する
図4(a)と
図4(b)とを重ね合わせた図である。
【0036】
評価サンプルは、ガラス基板上に、第1電極114の材料としてPtを、強誘電体層113として厚さ320nmのBLTを、第2電極112の材料としてAuを成膜し、第1方向に延伸する第1電極114を並行に9本、第2方向に延伸する第2電極112を並行に9本形成したものを使用した。このようにして製造した評価サンプルにおけるキャパシタ111の1個について、第1電極114を接地し、第2電極112に電圧を印加し、半導体パラメーターアナラザを用いて電気的特性を評価した。
【0037】
上段の
図4(a)は、キャパシタ111への印加電圧を0Vから徐々に増加させ、+3Vに到達すると徐々に減少させ、-3Vに到達すると徐々に増加させて0Vに到達させたときの、分極Pの値および誘起キャパシタンスCを示している。また、中段の
図4(b)は印加電圧を±5Vの範囲で同様に変化させた場合を示しており、下段の
図4(c)は印加電圧を±7Vの範囲で同様に変化させた場合を示している。なお、
図4の各図においては、横軸には印加電圧Vが示されており、左の縦軸には分極Pが示され、右の縦軸には誘起キャパシタンスCが示されている。また、
図4において、分極Pが線L10,L20,L30で示されており、誘起キャパシタンスCが線L11,L21,L31で示されている。
【0038】
図4(c)の場合を例として、印加電圧を変化させたときの分極Pの値および誘起キャパシタンスCの状態の変化を説明する。キャパシタ111に分極が発生していない初期状態(図中の点O)から、正の電圧を印加すると、印加電圧が増加するに従って正方向への分極が発生し、+7Vの電圧を印加した場合には点Bの状態になる。このとき、誘起キャパシタンスも、印加電圧が増加するに従って大きくなる。
【0039】
点Bから印加電圧を徐々に低減すると、図中の矢印AR2のように分極が低減し、印加電圧がゼロの状態では正側の分極が残留した点Cとなる。このとき、誘起キャパシタンスは、印加電圧が増加から減少へ反転したタイミングで急減し、その後、印加電圧が徐々に増加する(矢印AR12)。そして、印加電圧がゼロになっても、図中の点P3で示される残留キャパシタンスが維持された状態になる。
【0040】
点Cから負の電圧を印加すると分極がさらに減少し(矢印AR3)、印加電圧が-7Vになると点Dの状態となる。このとき、誘起キャパシタンスは、矢印AR13のように点P3からさらに大きくなる。
【0041】
点Dから印加電圧を徐々に増加すると、図中の矢印AR4のように分極が増加し、印加電圧がゼロの状態では負側の分極が残留した点Aとなる。このとき、誘起キャパシタンスは、印加電圧が減少から増加へ反転したタイミングで急減し、その後、印加電圧が徐々に増加する(矢印AR14)。そして、印加電圧がゼロの状態では、図中の点P3で示される残留キャパシタンスが維持された状態になる。
【0042】
点Aから正の電圧を印加すると分極がさらに増加し(矢印AR1)、印加電圧が+7Vになると再び点Bの状態となる。誘起キャパシタについても、印加電圧の増加とともに、点P3からさらに大きくなる。
【0043】
図4に示されるように、強誘電体層113に生じる分極は、印加電圧の増減に応じてヒステリシスを持って変化し、印加電圧の大きさに応じてヒステリシスの大きさも大きくなる。その結果、印加電圧が大きいほど、印加電圧をゼロにした時の残留キャパシタンスも大きくなる。たとえば、±3Vを印加した場合(
図4(a))の残留キャパシタンスは約0.10μF/cm
2であり、±5Vを印加した場合(
図4(b))の残留キャパシタンスは約0.15μF/cm
2であり、±7Vを印加した場合(
図4(c))の残留キャパシタンスは約0.18μF/cm
2である。
【0044】
したがって、
図5のように、キャパシタ111へ印加する電圧を変えることによって、印加電圧を除去した状態におけるキャパシタ111のキャパシタンスを異なる状態にすることができる。具体的には、キャパシタ111に5Vの電圧が印加された場合には0.15μF/cm
2の残留キャパシタンス(C
H)となり、3Vの電圧が印加された場合には0.10μF/cm
2の残留キャパシタンス(C
L)となる。そのため、印加電圧を取り除いた無電圧の状態においても、キャパシタ111を異なる2つの状態に設定することができるので、状態を記憶するための消費電力が不要となる。そして、分極が生じない程度の電圧(たとえば、0.5V)を印加すると、設定されたキャパシタンスに応じた電荷がキャパシタ111に蓄えられるため、当該電荷を検出することによって、キャパシタ111に設定された状態を認識することができる。
【0045】
上述のように、強誘電体キャパシタをシナプス素子として用いる場合、2つの電極ラインに同じレベルの電圧を印加した場合(すなわち、シナプス素子への印加電圧=0の場合)には、キャパシタのキャパシタンスは変化しない。一方、2つの電極ラインに異なるレベルの電圧を印加した場合(すなわち、シナプス素子への印加電圧≠0の場合)には、印加される電圧に応じてキャパシタのキャパシタンスが変化する。言い換えれば、シナプス素子の状態変化は、各電極ラインに印加される電圧(すなわち、ニューロン回路の出力)の排他的論理和により規定されることになる。
【0046】
図1に示した本実施の形態のニューラルネットワーク100においては、第1電極ラインX1~Xiの各々に印加される電圧と対応するキャパシタ(シナプス素子)のキャパシタンスとで定まる電荷の和が、出力端子T2側の第2電極ラインY1~Yjの各々から出力される。すなわち、Xiをi行目のニューロン回路140の出力、Wijをi行目の第1電極ラインとj列目の第2電極ラインのクロスポイントにおけるシナプス素子(強誘電体キャパシタ)の結合係数、Yjをj列目の第2電極ラインの出力とすると、これらは
図6の単層パーセプトロンとして表すことができる。
【0047】
Yj=W1j×X1+W2j×X2+・・・+Wij×Xj …(1)
言い換えれば、j列目の第2電極ラインの出力Yjは、ニューロン回路140の出力がシナプス素子の結合係数によって重みづけされた和として得ることができる。ここで、i行目の第1電極ラインとj列目の第2電極ラインのクロスポイントにおけるシナプス素子を構成する強誘電体キャパシタ111の残留キャパシタンスをCijとすると、上記の結合係数Wijと残留キャパシタンスCijは比例の関係にある。したがって、想起の場合に第1電極ラインX1~Xiへそれぞれ印加される電圧をVX1~VXiとし、第2電極ラインYjから出力される電荷をQoutjとすると、上記の式(1)は、以下のように書き換えることができる。
【0048】
Qoutj=C1j×VX1+C2j×VX2+・・・+Cij×VXj …(2)
想起時においては、第2電極ラインYjから出力される電荷をQoutjを、キャパシタンスの和(ΣC=C1j+C2j+・・・Cij)で割った値(Voutj)が、ニューロン回路140にフィードバックされる。
【0049】
Voutj=Qoutj/ΣC …(3)
ニューロン回路140においては、フィードバックされたVoutjと所定のしきい値との比較に基づいて、HighまたはLowの信号が出力される。これによって、入力された信号の誤りが修正される。
【0050】
(ニューラルネットワークの学習および想起)
次に、
図7~
図10を用いて、ニューラルネットワーク100における学習および想起の手法の詳細について説明する。
図7~
図10においては、説明を容易にするために、3つの第1電極ラインX1~X3と、2つの第2電極ラインY1,Y2とで形成される3行2列のキャパシタアレイ110の場合について説明する。また、
図7~
図10の方向制御回路120においては、第2電極ラインY1が第1電極ラインX1に接続され、第2電極ラインY2が第1電極ラインX2に接続された例が示されているが、各第2電極ラインは他の第1電極ラインとも接続可能であってもよい。
【0051】
図7は、ニューラルネットワーク100を学習する前の初期状態であり、キャパシタアレイ110の各キャパシタには残留キャパシタンスが生じていない。この場合、方向制御回路120,130から各電極ラインへの電圧印加もされていない。
【0052】
図8は、第1列の第2電極ラインY1に接続された3つのシナプス素子にHighの状態を記憶させる場合を示している。この場合、方向制御回路120は、第1電極ラインX1~X3の各々に、たとえば2.5Vの電圧を印加する。一方、方向制御回路130は、キャパシタアレイ110と出力端子T2とを非接続とした状態で、第2電極ラインY1に-2.5Vの電圧を印加し、第2電極ラインY2に2.5Vの電圧を印加する。
【0053】
そうすると、第2電極ラインY1と各第1電極ラインとの間に形成されるキャパシタの両端には5Vの端子間電圧(第1電圧)が印加される。これにより、
図5で説明したように、第2電極ラインY1によって形成される各キャパシタの残留キャパシタンスC11,C21,C31はC
Hの状態となる。一方、第2列の第2電極ラインY2および各第1電極ラインは同電位となるため、当該電極ライン間に形成されるキャパシタには電圧が印加されない。そのため、第2列の第2電極ラインY2によって形成される各キャパシタには残留キャパシタンスは発生しない。
【0054】
図9は、第2列の第2電極ラインY2に接続された3つのシナプス素子にLowの状態を記憶させる場合を示している。この場合、方向制御回路120は、第1電極ラインX1~X3の各々に、たとえば1.25Vの電圧を印加する。一方、方向制御回路130は、キャパシタアレイ110と出力端子T2とを非接続とした状態で、第2電極ラインY1に1.25Vの電圧を印加し、第2電極ラインY2に-1.25Vの電圧を印加する。
【0055】
そうすると、第2電極ラインY2と各第1電極ラインとの間に形成されるキャパシタの両端には2.5Vの端子間電圧(第2電圧)が印加される。これにより、
図5で説明したように、第2電極ラインY2によって形成される各キャパシタの残留キャパシタンスC12,C22,C32はC
Lの状態となる。一方、第1列の第2電極ラインY1および各第1電極ラインは同電位となるため、当該電極ライン間に形成されるキャパシタには電圧が印加されない。そのため、第1列の第2電極ラインY1によって形成される各キャパシタの残留キャパシタンスはC
Hのまま維持される。
【0056】
なお、上記の
図8および
図9の例においては、各列のキャパシタの残留キャパシタンスを同じ状態に記憶する場合について説明したが、同じ列のキャパシタについて個別に状態を記憶させるようにしてもよい。たとえば、残留キャパシタンスC11,C31をC
Hの状態とし、残留キャパシタンスC21をC
Lの状態にする場合には、まず、第1電極ラインX1,X3に2.5V、第1電極ラインX2に-2.5Vの電圧を印加し、第2電極ラインY1に-2.5Vの電圧を印加する。そうすると、第1電極ラインX1と第2電極ラインY1との間、および、第1電極ラインX3と第2電極ラインY1との間には5Vの電位差が生じ、第1電極ラインX2と第2電極ラインY1との間は同電位となる。これにより、残留キャパシタンスC11,C31がC
Hの状態になる。
【0057】
その後、第1電極ラインX1,X3に-1.25V、第1電極ラインX2に1.25Vの電圧を印加し、第2電極ラインY1に-1.25Vの電圧を印加する。これにより、第1電極ラインX1と第2電極ラインY1との間、および、第1電極ラインX3と第2電極ラインY1との間は同電位となるため、残留キャパシタンスC11,C31においてはCHの状態が維持される。一方、第1電極ラインX2と第2電極ラインY1との間には2.5Vの電位差が生じるため、残留キャパシタンスC21はCLの状態になる。
【0058】
このように、方向制御回路120,130を制御して、学習対象となるシナプス素子(キャパシタ)を形成する電極ラインを選択し、当該電極ライン間に所望の電圧を印加することによって、対象のシナプス素子を個別に学習することができる。なお、電極ラインに印加する電圧の極性は、上記と逆であってもよい。
【0059】
次に
図10において、学習により記憶された状態を用いて想起を行なう場合について説明する。想起の場合には、方向制御回路130は、第2電極ラインY1,Y2に対して電圧は印加しない。
【0060】
一方、方向制御回路120は、入力端子T1に入力される信号に対応するニューロン回路140の出力に応じて、各キャパシタの残留キャパシタが変化しないレベルの電圧(第3電圧)を、第1電極ラインX1~X3に対して印加する。たとえば、方向制御回路120は、ニューロン回路140の出力がHighの場合には0.5Vの電圧を第1電極ラインに印加し、ニューロン回路140の出力がLowの場合には-0.5Vの電圧を第1電極ラインに印加する。
【0061】
第1電極ラインX1~X3に印加する電圧をそれぞれVX1~VX3とすると、第2電極ラインY1,Y2に現れる電荷Qout1,Qout2は、それぞれ以下の式(4),(5)で表わされる。
【0062】
Qout1=C11×VX1+C21×VX2+C31×VX3 …(4)
Qout2=C12×VX1+C22×VX2+C32×VX3 …(5)
これらの電荷Qout1,Qout2を、各第2電極ラインに対応するキャパシタの残留キャパシタンスの総和で割って得られる電圧Vout1,Vout2が、出力端子T2から出力される。電圧Vout1,Vout2は、以下の式(6),(7)で表わされる。
【0063】
Vout1=Qout1/(C11+C21+C31) …(6)
Vout2=Qout2/(C12+C22+C32) …(7)
なお、想起時においては、式(6),(7)で示される電圧Vout1,Vout2が、矢印AR21,AR22のように、対応するニューロン回路140にフィードバックされる。ニューロン回路140においては、フィードバックされる電圧Vout1,Vout2と所定のしきい値との比較によって出力値を決定し、当該出力値に基づいて当該第1電極ラインに電圧を印加する。たとえば、入力信号に対するニューロン回路140の出力がLowの場合に、フィードバックされた信号の電圧がしきい値よりも大きいと、ニューロン回路140の出力がHighに切換えられる。なお、図には示されていないが、フィードバックの際には入力端子T1とニューロン回路140とは非接続とされる。
【0064】
以上説明したように、本実施の形態におけるニューラルネットワークにおいては、シナプス素子として、容量結合を用いる強誘電体キャパシタが用いられる。強誘電体キャパシタは、印加した電圧に応じて残留キャパシタンスが変化し、当該残留キャパシタンスがシナプス素子における結合係数として用いられる。そのため、シナプス素子を可変抵抗素子で構成した従来の構成のように、データの学習および想起を行なうためにシナプス素子に定常的に電流を流す必要がない。したがって、高集積化によりシナプス素子の数が多くなるような場合であっても、極めて低い消費電力で記憶状態を保持することができる。その結果、ニューラルネットワークの消費電力を低減することができる。
【0065】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0066】
100 ニューラルネットワーク、110 キャパシタアレイ、111,C11~Cij キャパシタ、112 第2電極、113 強誘電体層、114 第1電極、115 支持基板、120,130 方向制御回路、140 ニューロン回路、200 制御装置、T1 入力端子、T2 出力端子、X1~Xi 第1電極ライン、Y1~Yj 第2電極ライン。