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  • 特開-ピストンリング及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022087131
(43)【公開日】2022-06-09
(54)【発明の名称】ピストンリング及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20220602BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20220602BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F02F5/00 N
F02F5/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047479
(22)【出願日】2022-03-23
(62)【分割の表示】P 2021523533の分割
【原出願日】2021-01-21
(31)【優先権主張番号】P 2020010754
(32)【優先日】2020-01-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】本多 啓二
(72)【発明者】
【氏名】島 祐司
(57)【要約】
【課題】Si及びNを含む皮膜が設けられたピストンリングであって、耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てが十分に高水準であるピストンリング及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本開示に係るピストンリングの製造方法は、(A)ピストンリングの基材の表面を洗浄する工程と、(B)チャンバー内において、基材の表面の少なくとも一部を覆うように、Si及びNを含む皮膜を物理蒸着法によって形成する工程とを含み、(B)工程において、以下の条件を満たす皮膜が形成されるように、2~6Paの範囲においてチャンバー内の圧力を設定するとともに、-5~-18Vの範囲においてバイアス電圧を設定する。
<皮膜の条件>
・Si量が1.1~7.5at%の範囲であること。
・結晶子サイズが10~30nmの範囲であること。
・圧縮の残留応力が400~800MPaであること。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ピストンリングの基材の表面を洗浄する工程と、
(B)チャンバー内において、前記基材の表面の少なくとも一部を覆うように、Si及びNを含む皮膜を物理蒸着法によって形成する工程と、
を含み、
(B)工程において、以下の条件を満たす前記皮膜が形成されるように、2~6Paの範囲において前記チャンバー内の圧力を設定するとともに、-5~-18Vの範囲においてバイアス電圧を設定する、ピストンリングの製造方法。
<皮膜の条件>
・Si量が1.1~7.5at%の範囲であること。
・結晶子サイズが10~30nmの範囲であること。
・圧縮の残留応力が400~800MPaであること。
【請求項2】
前記皮膜の硬さが1000HV0.1~1800HV0.1である、請求項1に記載のピストンリングの製造方法。
【請求項3】
基材と、
前記基材の表面の少なくとも一部を覆うように設けられており、Si及びNを含む皮膜と、
を備え、
前記皮膜が以下の条件を満たす、ピストンリング。
<皮膜の条件>
・Si量が1.1~7.5at%の範囲であること。
・結晶子サイズが10~30nmの範囲であること。
・圧縮の残留応力が400~800MPaであること。
【請求項4】
前記皮膜がCrを更に含む、請求項3に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記皮膜におけるCr量が40at%以上である、請求項3に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記皮膜のCrN(111)の組織係数が0.4以上である、請求項3又は4に記載のピストンリング。
【請求項7】
前記皮膜の硬さが1000HV0.1~1800HV0.1である、請求項3~6のいずれか一項に記載のピストンリング。
【請求項8】
ナノインデンターによって得られる前記皮膜の硬さH(GPa)と、前記皮膜のヤング率E(GPa)の比H/Eが0.04~0.07である、請求項3~7のいずれか一項に記載のピストンリング。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ピストンリング及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等のエンジンにピストンリングが用いられている。ピストンリングは、ピストンの外周面に設けられた溝に装着される。ピストンリングは、例えば、耐摩耗性及び耐焼付性の特性によってエンジンの高性能化及び燃料消費量の低減に寄与することが求められる。従来、ピストンリングの耐摩耗性を向上させるための種々の取り組みがなされてきた。
【0003】
例えば、特許文献1に記載の発明は、燃料直接噴射又は排ガス再循環(EGR)が適用されたエンジン内の過酷な条件下においても耐摩耗性に優れる摺動部材を提供すべくなされたものである。この摺動部材は、金属の窒化物又は金属の炭化物又は金属の炭窒化物よりなる結晶相及び非晶質相の混合組織よりなる皮膜が基材を被覆している。
【0004】
特許文献2に記載の発明は、耐摩耗性及び耐クラック性・耐剥離性を兼ね備えた内燃機関用ピストンリングを提供すべくなされたものである。このピストンリングは、Cr、N及びSiを構成元素とし、CrNと同一の結晶構造を有し、かつ、その結晶格子中にSi原子比率で1%以上、9.5%以下の割合で固溶した結晶相から構成されている硬質皮膜が少なくとも外周摺動面に形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-266697号公報
【特許文献2】特開2008-14228号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、エンジンの高出力化及び排気ガス規制に対応することを目的として、例えば、燃焼温度の高温化、低粘度潤滑油の採用及びオイル量の減少が進展している。これに伴ってピストンリングの使用環境は年々過酷かつ境界潤滑環境になってきており、ピストンリングの摩耗量の増加が課題となっている。これは、主に油膜が薄くなることによる摺動時の抵抗増加及び熱負荷増加に起因するものである。
【0007】
上記特許文献1,2は、いずれもイオンプレーティング法によって皮膜を形成することを開示している。イオンプレーティング法によるCrN系皮膜、TiN系皮膜又はこれらの積層皮膜は、ピストンリングの耐摩耗性及び耐剥離性を向上させる。しかし、今後、ピストンリングの使用環境がより過酷になることを想定すると、これらの皮膜も耐摩耗性及び耐剥離性について未だ改善の余地がある。
【0008】
ところで、本発明者らは、2002年頃、CrNにSiを添加した皮膜の開発を進めていた。CrNにSiが添加された皮膜(以下、場合により、「Cr-Si-N系皮膜」という。)は、Siの添加に起因して結晶粒が微細化し、その結果、緻密でありかつ大きな硬さを有することが知られていた。その当時の開発方針は、硬さを大きくすることで皮膜の耐摩耗性を向上させることに重きが置かれていた。しかし、皮膜内に発生するクラックを十分に抑制することができず、実用化に至らなかったという経緯がある。
【0009】
本開示は、Si及びNを含む皮膜が設けられたピストンリングであって、耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てが十分に高水準であるピストンリング及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述のとおり、例えば、従来のCr-Si-N系皮膜は、硬さが大きい反面、皮膜内にクラックが入りやすいという課題があった。皮膜内のクラックは剥離の原因となる。ピストンリングは連続した摺動及び繰返し荷重に晒されるため、従来のCr-Si-N系皮膜はピストンリングへの適用は困難であると考えられていた。しかし、本発明者らは、ピストンリングの試作と評価を繰り返した結果、耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てを十分に高水準に達成できる皮膜が形成する物理蒸着法の条件を特定し、以下の発明を完成させるに至った。
【0011】
本開示に係るピストンリングの製造方法は、(A)ピストンリングの基材の表面を洗浄する工程と、(B)チャンバー内において、基材の表面の少なくとも一部を覆うように、Si及びNを含む皮膜を物理蒸着法によって形成する工程とを含み、(B)工程において、以下の条件を満たす皮膜が形成されるように、2~6Paの範囲においてチャンバー内の圧力を設定するとともに、-5~-18Vの範囲においてバイアス電圧を設定する。
<皮膜の条件>
・Si量が1.1~7.5at%の範囲であること。
・結晶子サイズが10~30nmの範囲であること。
・圧縮の残留応力が400~800MPaであること。
【0012】
上記チャンバー内の圧力条件(2~6Pa)は従来のCr-Si-N系皮膜の成膜条件と比較して高い圧力を許容するものであり、かつ、バイアス電圧条件(-5~-18V)の絶対値(5~18)は従来のCr-Si-N系皮膜の成膜条件と比較して小さい値である。(B)工程において、これらの満たす条件下で皮膜を形成することで、耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てが十分に高水準であるピストンリングを製造することができる。
【0013】
本開示に係るピストンリングは、基材と、基材の表面の少なくとも一部を覆うように設けられており、Si及びNを含む皮膜とを備え、皮膜が以下の条件を満たす。
<皮膜の条件>
・Si量が1.1~7.5at%の範囲であること。
・結晶子サイズが10~30nmの範囲であること。
・圧縮の残留応力が400~800MPaであること。
【0014】
上記ピストンリングは、皮膜のSi量が1.1at%以上であることで、硬さが大きくなるというSi添加のメリットを享受でき、他方、7.5at%以下であることで、皮膜内におけるクラック発生を抑制できる。これらの効果は、皮膜の結晶子サイズ及び圧縮の残留応力がそれぞれ上記の範囲内であることと相まって奏される。
【0015】
上記皮膜の硬さは、1000HV0.1~1800HV0.1であることが好ましい。この硬さは、従来のCr-Si-N系皮膜と比較すると軟らかいものの、ピストンリングの皮膜として十分な硬さである。ナノインデンターによって測定される皮膜の硬さH(GPa)と、皮膜のヤング率E(GPa)の比H/Eが0.04~0.07であることが好ましい。比H/Eが上記範囲内であると、皮膜が適度に弾性変形することができ、これにより、摺動により生じるヘルツ応力が低減され、優れた耐剥離性が達成される。
【0016】
皮膜の組成をMe-Si-N(Meは金属元素を示す。)で表した場合、Meは、例えば、Crである。すなわち、Si及びNを含む皮膜が更にCrを含む場合、皮膜内におけるクラック発生を抑制する観点から、Cr量は40at%以上であることが好ましい。また、クラック及びこれの結合に起因する皮膜の剥離を抑制する観点から、皮膜の結晶配向性はCrN(111)の組織係数が0.4以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、Si及びNを含む皮膜が設けられたピストンリングであって耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てが十分に高水準であるピストンリング及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は本開示のピストンリングの一実施形態を模式的に示す断面図である。
図2図2はすべり疲労試験機の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本開示の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0020】
(ピストンリング)
図1は本実施形態に係るピストンリングを模式的に示す断面図である。図1に示すピストンリング10は、内燃機関(例えば、自動車エンジン)用圧力リングである。圧力リングは、例えば、ピストンの側面に形成されたリング溝に装着される。圧力リングは、特にエンジンの熱負荷の高い環境に晒されるリングである。
【0021】
ピストンリング10は環状であり、例えば、外径が40~300mmである。ここでいう「環状」とは、必ずしも閉じた円を意味するものではなく、ピストンリング10は合口部を有していてもよい。また、ピストンリング10は、平面視で真円状でもよいし、楕円状でもよい。ピストンリング10は図1に示す断面において略矩形であり、摺動面10Fは外側に膨らんだ丸みを帯びていてもよい。
【0022】
ピストンリング10は、基材1と、基材1の外周面(摺動面10Fに対応する表面)に設けられた皮膜5とを備える。基材1は、耐熱性を有する合金からなる。合金の具体例として、ばね鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼などが挙げられる。基材1は、表面に窒化層が形成されたものであってもよい。
【0023】
皮膜5は摺動面10Fを構成している。皮膜5は、Me-Si-N系材料(Meは金属元素を示す。)からなる。皮膜5の厚さは、例えば、5~70μmであり、好ましくは10~50μmである。皮膜5の厚さが5μm以上であることで、ピストンリング10の耐久性を高くできる傾向にあり、他方、70μm以下であることで、皮膜5の高い生産性を確保できる。
【0024】
金属元素Meは、例えば、Cr、Ti、Al、Zr、Nbなどである。Me-Si-N系材料におけるMe量は、好ましくは40at%以上であり、より好ましくは40~55at%であり、更に好ましくは45~52at%である。Me-Si-N系材料におけるMe量が40at%以上であることで、金属元素Meの特性が皮膜5に十分に反映される。Me-Si-N系材料は一種の金属元素を含んでもよいし、二種以上の金属元素を含んでもよい。上記金属元素のうち、固溶されるSiと原子半径が近い点で、Crが好ましい。
【0025】
皮膜5のSi量は、1.1~7.5at%であり、好ましくは1.5~7.0at%であり、より好ましくは2.0~5.0at%である。Si量が1.1at%以上の皮膜5は微細化した結晶粒で構成され、優れた硬さを有する。皮膜5のSi量が7.5at%以下であることで、皮膜5内に適度な量のアモルファス相が形成されやすい。このアモルファス相がクラックの抑制に寄与すると推察される。皮膜5のSi量は、皮膜5を物理蒸着法(PVD法)で形成する際に使用するターゲットのSi量で調整することができる。
【0026】
皮膜5の結晶子サイズは、10~30nmであり、好ましくは15~25nmである。結晶子サイズが30nm以下であることで、皮膜5が摩耗しても一度に摩耗する単位が小さくなり耐摩耗性が向上する。
【0027】
皮膜5の圧縮の残留応力は、400~800MPaである。皮膜5の残留応力(圧縮)が上記範囲内であることで、基材1(合金又は窒化層)との応力差を小さくすることができ、これにより、基材1と皮膜5の界面における剥離を抑制できる。これに加え、Siの添加で生じやすい皮膜5内のクラックを抑制できる。
【0028】
皮膜5の結晶配向性は、各結晶面の組織係数が以下の条件を満たすことが好ましい。皮膜5の結晶の配向性のバランスを取ることで、クラックの進展が阻害され、クラックの結合による皮膜5の剥離を効果的に防止できる。
・CrN(111):0.4以上(より好ましくは0.6~1.2)
・CrN(200):1.0以上
・CrN(220):0.5以上
【0029】
皮膜5の硬さは、好ましくは1000HV0.1~1800HV0.1であり、より好ましくは1100HV0.1~1500HV0.1である。ナノインデンターによって得られる皮膜5の硬さH(GPa)と、皮膜5のヤング率E(GPa)の比H/Eは、好ましくは0.04~0.07であり、より好ましくは0.05~0.06である。比H/Eが上記範囲内であると、皮膜5が適度に弾性変形することができ、これにより、摺動により生じるヘルツ応力が低減され、優れた耐剥離性が達成される。
【0030】
(ピストンリングの製造方法)
次に、ピストンリング10の製造方法について説明する。本実施形態の製造方法は、以下の工程を含む。
(a)基材1の表面を洗浄する工程。
(b)物理蒸着法によって以下の条件を満たす皮膜5を形成する工程。
<皮膜5の条件>
・Si量が1.1~7.5at%の範囲であること。
・結晶子サイズが10~30nmの範囲であること。
・圧縮の残留応力が400~800MPaであること。
【0031】
(a)工程は、皮膜5の形成に先立ち、基材1の表面を清浄な状態にするための工程である。例えば、脱脂やショットブラストによる洗浄処理を実施すればよい。これに加えて、チャンバー内においてボンバードクリーニングを実施してもよい。
【0032】
(b)工程における皮膜5の形成は、物理蒸着法により実施することができる。皮膜5の形成は、チャンバー内を窒素雰囲気にしてから実施される。物理蒸着法としては、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。これらの物理蒸着法はいずれも、真空チャンバー内で実施されるものであり、真空チャンバーの窒素圧力を2~6Paの範囲に設定する。また、バイアス電圧を-5~-18Vの範囲に設定する。
【0033】
ターゲットのSi量を変更することで、皮膜5のSi量を調整できる。チャンバー内にSi含有ガスを供給することによって皮膜5のSi量を調整してもよい。皮膜5のSi量によって、皮膜5の硬さを調整できるとともに、結晶配向性及び結晶子サイズを調整できる。皮膜5を形成する際の温度(成膜温度)によっても、これらの物性を調整できる。成膜温度は、例えば、550℃以下であればよい。チャンバー内の窒素圧力及びバイアス電圧を調整することで、皮膜5の残留応力及び硬さを調整してもよい。
【0034】
皮膜5がSiを含むにも拘わらず、比較的軟らかい皮膜5を形成するには以下の条件の少なくとも一つを採用すればよい。
・チャンバー内の窒素圧力を高めに設定する。その圧力は、例えば、4.0~6.0Paである。
・バイアス電圧(絶対値)を小さい値に設定する。そのバイアス電圧は、例えば、-5~-10Vである。
【0035】
この製造方法によれば、耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てが十分に高水準であるピストンリング10を製造することができる。
【実施例0036】
以下、本開示について実施例及び比較例に基づいてより詳細に説明する。本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
ピストンリングの基材として、以下の組成のリングを準備した。
・Fe:80.4質量%
・C:0.85質量%
・Cr:17.0質量%
・Si:0.5質量%
・Mn:0.5質量%
・その他の元素:残部
【0038】
(実施例1~9及び比較例1~6)
実施例及び比較例に係るピストンリングを以下のようにしてそれぞれ作製した。すなわち、まず、基材を脱脂及び洗浄した後、チャンバー内に設置した。次いで、チャンバー内において基材をボンバードクリーニングした。その後、イオンプレーティング法によって表1及び表2に示す条件で皮膜(厚さ:約20μm)を基材の表面にそれぞれ形成した。なお、成膜温度は、500℃とした。アーク電流は150Aとした。
【0039】
<皮膜特性>
表1及び表2に実施例及び比較例に係るピストンリングの皮膜の特性を示す。なお、各特性は以下の方法で測定した。
(Si量)
皮膜のSi量は、EPMA(装置名:JXA-8100、日本電子製)を使用し、測定条件は、加速電圧15kV、照射電流5.0×10-8A、ビーム径10μmにて測定した。なお、X線回折データから、実施例及び比較例(比較例4を除く)の皮膜におけるSiは固溶していると判断した。
(結晶配向性)
皮膜の結晶配向性は、X線回折装置(装置名:SmartLab、リガク製)によるX線回折データから得られる各結晶面の組織係数によって評価した。各結晶面の組織係数は、下記式により求めた。
組織係数=[I(hkl)/I(hkl)]/[Σ{I(hkl)/I(hkl)}/n]
式中、I(hkl)は測定された(hkl)面のX線回折強度、I(hkl)はJCPDSファイルに記載されている標準X線回折強度である。
(残留応力)
皮膜の残留応力は、X線応力装置(装置名:PSPC微小部X線応力測定装置、リガク製)を使用して測定した。下記式の関係が成り立つことから、回折角2θとsin2ψ(ψは試料面法線方向と回折面法線方向との角度)の直線の傾きを利用して残留応力を求めた。
σ(残留応力)=K・∂(2θ)/∂(sin2ψ)
式中、Kは応力定数(ヤング率、ポアソン比、無歪状態における反射角θから求められる)で、-762MPaを使用した。測定は、Cr管球、電圧35kV、電流40mA、コリメータ1mm、ψとして6点(0、18、27、33、39、45deg.)、測定時間90秒、回折角CrN(311)、2θ=132.86°の条件で、並傾法により測定した。なお、表1及び表2におけるマイナスの表記は圧縮の残留応力であることを意味する。
(硬さ)
皮膜の硬さは、ビッカース硬さ試験機(装置名:HM-220、ミツトヨ製)を使用し、ISO6507に規定された方法に基づき、試験荷重0.98Nにて硬さ試験を行って得た。
(硬さH及びヤング率E)
ナノインデンターによって得られる皮膜の硬さH及び皮膜のヤング率Eは、超微小押し込み硬さ試験機(装置名:ENT-1100a、エリオニクス製)を使用して求めた。すなわち、ISO14577に規定された試験法に基づき、先端形状が正三角錐(バーコビッチ型)のダイヤモンド圧子用い、試験荷重0.4Nにて硬さ試験を実施し、試験時に圧子にかかる荷重と圧子の変位から得られる「荷重-変位曲線」から求めた。
(結晶子サイズ)
皮膜の結晶子サイズは、X線回折装置(装置名:SmartLab、リガク製)を使用し、CrN(200)面にて、次のScherrerの式を用いて算出した。
結晶子サイズ=Kλ/βcosθ
式中、KはScherrerの定数で0.94、λはX線の波長(Cu:1.5406Å)、βは半値幅、θはBragg角である。
【0040】
<すべり疲労試験>
摩耗加速試験として、図2に示す構成の試験機を使用してすべり疲労試験を行った。図2に示す試験機50は、回転するドラム51と、ドラム51の表面に対して試験片S(ピストンリング切断片)を当接させる機構と、試験片Sに対して繰り返し荷重を加える機構と、摺動部に潤滑油を供給する機構とを備える。これにより、比較的短時間で試験片を摩耗させることができる。試験条件は次のとおりとした。
・試験荷重:20~50N、サインカーブ(50Hz)
・相手材(ドラム):SUJ2熱処理材(直径80mm)
・動速度:正転逆転台形パターン運転
・潤滑油:ベースオイル(30秒に1回、0.1cc滴下)
・ドラム表面温度:80℃
・試験時間:1サイクル2分~3分を5サイクル
【0041】
<評価>
実施例及び比較例に係るピストンリングを20個ずつ作製し、これらを評価対象として20回のすべり疲労試験を実施した。すべり疲労試験後の皮膜を目視により観察して、皮膜の耐剥離性及び耐クラック性を評価した。耐摩耗性は比較例4の皮膜の摩耗量を基準に評価した。評価基準は以下のとおりとした。
(耐剥離性)
A:20個の試料のうち、剥離の発生率が40%以下である。
B:20個の試料のうち、剥離の発生率が40%超80%未満である。
C:20個の試料のうち、剥離の発生率が80%以上である。
(耐クラック性)
A:20個の試料のうち、クラックの発生率が35%以下である。
B:20個の試料のうち、クラックの発生率が35%超90%未満である。
C:20個の試料のうち、クラックの発生率が90%以上である。
(耐摩耗性)
従来のCrN皮膜の摩耗量を1.0とした場合の摩耗量
A:摩耗量が0.7以下である。
B:摩耗量が0.7超0.9未満である。
C:摩耗量が0.9以上である。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0044】
本開示によれば、Si及びNを含む皮膜が設けられたピストンリングであって耐剥離性、耐クラック性及び耐摩耗性の全てが十分に高水準であるピストンリング及びその製造方法が提供される。
【符号の説明】
【0045】
1…基材、5…皮膜、10…ピストンリング、10F…摺動面

図1
図2