(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022088296
(43)【公開日】2022-06-14
(54)【発明の名称】高感度電気化学バイオセンサー
(51)【国際特許分類】
G01N 27/414 20060101AFI20220607BHJP
【FI】
G01N27/414 301V
G01N27/414 301N
G01N27/414 301K
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021011076
(22)【出願日】2021-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2020200290
(32)【優先日】2020-12-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】518427074
【氏名又は名称】LG Japan Lab株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】榊原 圭太
(72)【発明者】
【氏名】井上 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 聖
(72)【発明者】
【氏名】キム エジ
(57)【要約】 (修正有)
【課題】測定環境の電気的特性の変化に影響されず、表面で誘起される生体応答による電気的特性の変化だけを検出できるバイオセンサーを創製することを目的とする。換言すれば本発明は、バックグラウンドノイズの排除と、プローブとなる生体分子の最適条件での固定化を両立させることで、ターゲット分子の捕捉による電気的特性の変化を高感度に検出できるバイオセンサーを創製することを課題とする。
【解決手段】疎水性領域、機能性領域、およびプローブ分子がこの順序で連結された鎖状構造分子を基板の表面に備え、疎水性領域が基板の表面側に位置し、基板が導電性基板であり、疎水性領域が、非水溶性ポリマーにより構成されていることを特徴とする、バイオセンサー。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性領域、機能性領域、およびプローブ分子がこの順序で連結された鎖状構造分子を基板の表面に備え、疎水性領域が基板の表面側に位置することを特徴とする、バイオセンサー。
【請求項2】
基板が導電性基板である、請求項1に記載のバイオセンサー。
【請求項3】
疎水性領域が、非水溶性ポリマーにより構成されている、請求項1または2に記載のバイオセンサー。
【請求項4】
機能性領域が、機能性ポリマーにより構成されている、請求項1から3のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項5】
前記鎖状構造分子が導電性基板の表面にブラシ状に配置され、その密度が0.01分子/nm2~1分子/nm2である、請求項1から4のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項6】
電気化学的な検出素子を備え、基板が導電性基板である電極である、請求項1から5のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項7】
前記鎖状構造分子の機能性領域を構成する分子が、特定の生体分子を捕捉するプローブ分子を結合する官能基を有する、請求項1から6のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項8】
特定の生体分子を捕捉するプローブ分子を結合する官能基がターシャーリーブチル基の解離により形成されるカルボキシ基である、請求項7に記載のバイオセンサー。
【請求項9】
前記鎖状構造分子の疎水性領域により構成される非水溶性ポリマー層が、1nm~100nmの厚さを有する、請求項1から8のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項10】
前記鎖状構造分子の疎水性領域が、直接および/または間接的な共有結合により導電性基板に固定化されている、請求項1から9のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項11】
前記鎖状構造分子の疎水性領域が、導電性基板に固定化された重合開始基を介して導電性基板に結合されている、請求項10に記載のバイオセンサー。
【請求項12】
前記鎖状構造分子の疎水性領域により構成される非水溶性ポリマー層が、1nm~50nmの厚さを有する、請求項11に記載のバイオセンサー。
【請求項13】
前記鎖状構造分子の疎水性領域が、ターシャリーブチル基を側鎖に有するモノマーユニットからなる、請求項1から12のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項14】
基板と純水との接触角が60°以下である、請求項1から13のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【請求項15】
プローブ分子がDNAオリゴヌクレオチド、RNAアプタマー、および抗体からなる群から選択される分子である、請求項1から14のいずれか一項に記載のバイオセンサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子の捕捉に伴う電気シグナルの変化を検出するバイオセンサー、およびそれに用いられる基板に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオセンサーは、疾患の検出や健康状態の測定を目的として、生体試料中の特定の対象分子を、特異的な生化学反応を利用して検出するためのデバイスである。生体分子の多くは、カルボキシ基、アミノ基またはリン酸基などの解離基を分子内に有する高分子電解質である。このため、電気信号の検出に電界効果トランジスタを使用する電気化学バイオセンシング技術が、バイオセンサーの高感度化、小型化、集積化などの点において有効である。
【0003】
電気化学バイオセンシングにおいて、水、溶解物、非対象物質などによる予期せぬ酸化還元反応や測定環境(イオン濃度など)の揺らぎ/偏りがバックグラウンドノイズとなり、高感度化の支障となる場合がある。近年、疎水性ポリマーブラシ構造を表面に有する電極用素子が、測定環境のイオン濃度に関わらず、ほぼ一定出力となることが明らかとなり、測定の高感度化を実現する参照電極素子として有望な候補の一つとなっている。一方、特定の生体分子の吸脱着を高感度に検出するためには、センサー表面に固定化されたプローブとなる生体分子と生体試料中のターゲットとなる生体分子とを特異的に相互作用させる必要がある。
【0004】
大量の狭窄物を含む生体試料中において、特定の特異的相互作用を誘起させるためには、あらゆる非特異的な相互作用を可能な限り完全に排除するとともに、プローブとなる生体分子の状態すなわち、密度、高次構造、周辺環境などを最適にして固定化する必要がある。一方、参照電極素子としての利用を前提とする疎水性ポリマー表面では、このような高度な表面構造および表面特性の制御は非常に困難である。また、非特異吸着を抑制する目的で、多くの場合、スキムミルク、アルブミン、TritonXに代表されるブロッキング剤が使用されるが、ブロッキング剤の選択が測定系に大きく依存するため、測定ごとに最適なブロッキング剤を吟味する必要がある、物理吸着に基づくため剥離する恐れがある、吸着密度および吸着膜厚を規定できない、等の問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-045417号公報
【特許文献2】国際公開第2017/163715号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2016/035752号パンフレット
【特許文献4】特開2004-226381号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、測定環境の電気的特性の変化に影響されず、表面で誘起される生体応答による電気的特性の変化だけを検出できるバイオセンサーを創製することを目的とする。
【0007】
換言すれば本発明は、バックグラウンドノイズの排除と、プローブとなる生体分子の最適条件での固定化を両立させることで、ターゲット分子の捕捉による電気的特性の変化を高感度に検出できるバイオセンサーを創製することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明においては、表面が疎水性および機能性セグメントからなる二層のポリマーブラシ構造で修飾された導電性基板を好ましく用いることができる。一般的に、水分子や測定系に溶存するイオン等の低分子物質は、測定環境の電気的特性の変化を誘起することが考えられる。疎水性ポリマーセグメントには、このような低分子物質の導電性基板への拡散を抑制することが期待される。また、機能性ポリマーセグメントには、非特異的な相互作用の排除、共有結合による生体分子の固定、生体分子の固定化環境の最適化などの効果が期待される。これらは、求める機能に応じた官能基の導入により実現することが可能である。例えば、
図1に示されているように、疎水性ポリマーブラシ層が電極側に、親水性ポリマーブラシ層がバイオ環境側に配置された構造とすることで、このような効果を実現することが可能である。
【0009】
よって本発明においては、以下のような態様を提案することができる。
〔1〕疎水性領域、機能性領域、およびプローブ分子がこの順序で連結された鎖状構造分子を基板の表面に備え、疎水性領域が基板の表面側に位置することを特徴とする、バイオセンサー。
〔2〕基板が導電性基板である、〔1〕に記載のバイオセンサー。
〔3〕疎水性領域が、非水溶性ポリマーにより構成されている、〔1〕または〔2〕に記載のバイオセンサー。
〔4〕機能性領域が、機能性ポリマーにより構成されている、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔5〕前記鎖状構造分子が導電性基板の表面にブラシ状に配置され、その密度が0.01分子/nm2~1分子/nm2である、〔1〕から〔4〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔6〕電気化学的な検出素子を備え、基板が導電性基板である電極である、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔7〕前記鎖状構造分子の機能性領域を構成する分子が、特定の生体分子を捕捉するプローブ分子を結合する官能基を有する、〔1〕から〔6〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔8〕特定の生体分子を捕捉するプローブ分子を結合する官能基がターシャーリーブチル基の解離により形成されるカルボキシ基である、〔7〕に記載のバイオセンサー。
〔9〕前記鎖状構造分子の疎水性領域により構成される非水溶性ポリマー層が、1nm~100nmの厚さを有する、〔1〕から〔8〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔10〕前記鎖状構造分子の疎水性領域が、直接および/または間接的な共有結合により導電性基板に固定化されている、〔1〕から〔9〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔11〕前記鎖状構造分子の疎水性領域が、導電性基板に固定化された重合開始基を介して導電性基板に結合されている、〔10〕に記載のバイオセンサー。
〔12〕前記鎖状構造分子の疎水性領域により構成される非水溶性ポリマー層が、1nm~50nmの厚さを有する、〔11〕に記載のバイオセンサー。
〔13〕前記鎖状構造分子の疎水性領域が、ターシャリーブチル基を側鎖に有するモノマーユニットからなる、〔1〕から〔12〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔14〕基板と純水との接触角が60°以下である、〔1〕から〔13〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
〔15〕プローブ分子がDNAオリゴヌクレオチド、RNAアプタマー、および抗体からなる群から選択される分子である、〔1〕から〔14〕のいずれかに記載のバイオセンサー。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、疎水性ポリマーセグメントの存在により、測定環境の変化がバックグラウンドノイズとならない作用電極素子を開発でき、さらに機能性ポリマーセグメントの工夫により、電気化学バイオセンシングによる様々な生体分子の高感度測定が実現できる。さらに、この高感度化が小面積でのセンシングに繋がることにより、バイオセンサーの小型化および集積化に大きく貢献することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明のバイオセンサーの一態様を示した図である。
【
図2】本発明のバイオセンサーによるシグナル検出のメカニズムの一態様を示した図である。
【
図3】実施例1において作製した、バイオセンサー表面の化学構造を示す図である。
【
図4】酸処理を行う前後の基板の高感度反射型(Reflection Absorption Spectroscopy、RAS)フーリエ変換赤外分光(IRRAS)チャートである。(a) 酸処理前、(b) 酸処理後。
【
図5】ポリマーブラシ二層構造表面における純水の接触角と酸処理時間の関係を示した図である。
【
図6】実施例2における、各電極におけるpH標準液(pH4.01、6.86、9.26)中での電位差を示す図である。
【
図7】実施例3における、異なる重合時間で作製したポリマーブラシ層で修飾された金電極を作用電極とした際のウシ血清アルブミン(BSA)の吸着に伴う電位差の時間変化を示す図である。
【
図8】実施例4における、各電極におけるBcl2捕捉に伴う電位差の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
〔鎖状構造分子〕
本発明のバイオセンサーにおいて基板の表面に備えられている鎖状構造分子は、疎水性領域、機能性領域、およびプローブ分子がこの順序で連結されていることを特徴とする。この鎖状構造分子の疎水性領域は基板の表面側に位置している。
【0013】
この鎖状構造分子の疎水性領域は、非水溶性ポリマーにより構成されていることが好ましい。この疎水性領域は、遮水層、すなわち疎水性ポリマーブラシ層として機能し、シグナルの検出におけるバックグラウンドノイズの排除に貢献することが可能である。
【0014】
また、本発明のバイオセンサーにおいて基板の表面に備えられている鎖状構造分子の機能性領域は、機能性ポリマーにより構成されていることが好ましい。この機能性領域においては、生体分子を化学固定するための官能基を側鎖に有するモノマーユニットからなるポリマー層を有する機能層を形成することが可能である。
【0015】
本発明のバイオセンサーにおいて基板の表面に備えられている鎖状構造分子が形成する機能層は、遮水層の上部に配置された構造とするのであれば、その連結のさせ方については特に限定する必要はない。つまり、この二層構造を構築する方法として、疎水性ポリマーブラシ層を構築した後、その表面を適切に処理しても良いし、ブロック型ポリマーブラシ構造を用いても良いし、疎水性ポリマーブラシ層を構築した後、適切なポリマーで物理的にコーティングしても良い。
【0016】
さらに、本発明のバイオセンサーにおいては、遮水層によって低分子物質の移動を阻止し、機能層によって非特異的な生体高分子の吸着を阻止することにより、バックグラウンドノイズと高分子由来ノイズ(非特異的吸着ノイズ)の両者を低減することを可能としている。また、鎖状構造分子が基板の表面に共有結合されている場合には、その剥離を防止することが可能である。
【0017】
また、前記鎖状構造分子の機能性領域を構成する分子については、特定の生体分子を捕捉するプローブ分子を結合する官能基を有していることが好ましく、この特定の生体分子を捕捉するプローブ分子を結合する代表的な官能基は、カルボキシル基もしくはその活性エステル、エポキシ基、トシル基、アミノ基、チオール基、又はブロモアセトアミド基などが挙げられる。カルボキシ基は、例えば、ターシャーリーブチル基の解離により形成されるものでも良い。
【0018】
さらに、本発明のバイオセンサーにおいては、前記鎖状構造分子が導電性基板の表面にブラシ状に配置され、その密度が0.01分子/nm2~1分子/nm2であることが好ましい。これにより、シグナルの検出におけるバックグラウンドノイズの排除に貢献することを可能としている。また、鎖状構造分子の密度を制御することにより、各々の検体の種類に対する最適な鎖状構造分子の密度を設定することを可能としている。
【0019】
〔基板〕
本発明のバイオセンサーにおいて用いられる基板は、導電性基板であることが好ましい。基板の材質としては、白金、金などを例示することができるが、金が好ましい。さらに、本発明のバイオセンサーにおいて用いられる基板は、電気化学的な検出素子を備えた電極であることが好ましい。
【0020】
また、本発明のバイオセンサーにおいて用いられる基板においては、前記鎖状構造分子の疎水性領域が、基板に固定化された重合開始基を介して基板に結合されていることが好ましい。さらに、前記鎖状構造分子の疎水性領域により構成される非水溶性ポリマー層は、1nm~100nmの厚さを有していることが好ましく、1nm~50nmの厚さを有していることがより好ましい。
【0021】
さらに、本発明のバイオセンサーにおいて用いられる基板においては、前記鎖状構造分子の疎水性領域が、直接および/または間接的な共有結合により導電性基板に固定化されていることが好ましい。
【0022】
また、本発明のバイオセンサーにおいて用いられる基板においては、前記鎖状構造分子の疎水性領域が、導電性基板に固定化された重合開始基を介して導電性基板に結合されていることが好ましい。
【0023】
そして、前記鎖状構造分子の疎水性領域は、アルキル基、芳香環、フッ化アルキル基などを側鎖に有するモノマーユニットからなり、非水溶性であることが好ましい。また、基板と純水との接触角は60°以上であることが好ましい。
【0024】
また、本発明のバイオセンサーにおいては、プローブ分子の種類は目的物質を補足できるものであれば特に限定されないが、プローブ分子はDNAオリゴヌクレオチド、RNAアプタマー、および抗体からなる群から選択される分子であることが好ましい。
【実施例0025】
本発明の内容を以下の実施例を用いて説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定して解釈されるものではない。
【0026】
(実施例1)
図3に、本発明において作製したバイオセンサー表面の化学構造の一例を示す。
まず、以下に示す方法を用いて、シリコン基板、金スパッタ基板(Cr:10 nm、Au:200 nm)およびQuartz crystal microbalance with dissipation (QCM-D)測定用の金センサー基板に原子移動ラジカル重合(ATRP)の重合開始基を固定した。使用前、それぞれの基板に10分間のUV/O
3処理を行い、表面を清浄にした。処理直後、シリコン基板は20 mmol/Lの濃度に調整した(2-bromo-2-methyl)propionyloxypropyltrimethoxysilaneのエタノールと水の混合溶液(93%エタノール、アンモニアを1.4 mol/Lの濃度で含む)に、金基板は3.0 mmol/Lの濃度に調整したα-bromobutyrate-11-undecanethiolのエタノール溶液にそれぞれ浸漬した。一晩室温で静置して、基板を溶液から取り出し、エタノールで洗浄した後、窒素ブローで乾燥させて回収した。次に、表面開始型ATRP (SI-ATRP)法を用いて、
図3上段に示すpoly(tert-butyl methacrylate (tBMA)) (PtBMA)ブラシ構造を各基板表面に構築した。ナス型フラスコに、tBMA、塩化銅(I) (CuCl)、4,4’-dinonyl-2,2′-dipyridyl (dN-Bpy)、ethyl 2-bromoisobutyrate (EBIB)を、tBMA / EBIB / CuCl / dN-Bpy = 2000 / 1.0 / 2.5 / 5.0 (by molar fraction)の割合で秤取り、アルゴンバブリングしながら溶解させた後、作製した開始基固定化基板を設置した重合管に添加し、密栓した。70℃に保持したオイルバス内で150 rpmほどの速度で重合管を振とうすることで重合を進行させた。所定時間経過後、重合管を室温に素早く冷却することで重合を止め、重合溶液内から基板を取り出した。取り出した基板を、テトラヒドロフラン(THF)で十分に洗浄し、窒素ブローで乾燥させて回収した。必要な時には、PtBMA-1hのように略称の後ろに重合時間を記載した。基板上のグラフトポリマー鎖の分子量に関する情報を得るため、回収した重合溶液をTHFで希釈して濃度既知の溶液を作製し、この溶液を使用してGel permeation chromatography (GPC)測定することで、モノマー転化率および分子量に関する情報を得た。GPC測定では、溶離液としてTHF、カラムとしてKF-404 HQを用い、流速を0.3 mL/min、標準試料をpoly(methyl methacrylate)とした。乾燥時のポリマーブラシ層の膜厚を分光エリプソメトリーにより測定した結果、重合時間により、ポリマーブラシ層の膜厚を、10~40nmの範囲で制御できた。また、グラフト密度は0.36chains/nm
2であった。溶液中に合成されたポリマーの分子量分布は、重合時間の増加に伴い、1.50から1.15へと減少した。
PtBMAブラシ基板を室温にて濃塩酸水と接触させ、表面改質を行った。
図4に示した120分間の酸処理を行う前後のPtBMAブラシ基板のIRRASチャートにおいて、メチル基に由来する1368、1393および2979 cm
-1の吸収ピークは両基板に検出されたが、ヒドロキシ基に由来する3200 cm
-1付近の幅の広い吸収ピークは、酸処理を行った基板にしか検出されなかった。この結果から、酸処理によりヒドロキシ基が生成されたことが分かった。つまり、表面近傍のtBMAユニットをメタクリル酸ユニット(MA)に変化させた基板(PtBMA-COOH基板)を作製できた。
PtBMA-COOHブラシ基板に対する純水の接触角と酸処理時間の関係を示した
図5から、酸処理時間の経過とともに、純水の接触角が、徐々に小さくなることが分かった。
図4および5から、基板側に疎水性ポリマーブラシ層が、表面側に親水性ポリマーブラシ層が配置されたポリマーブラシ二層構造基板を作製できたことが示された。
【0027】
(実施例2)
図6に、異なるポリマーブラシ層を有する金電極を作用電極とした際の様々なpHの溶液の電位差を示す。具体的には、Ag/AgCl参照電極を溶液内に設置し、ソース/メジャーユニットを用いて作用電極-参照電極間の電位差を測定した。
pH応答性の官能基があれば、pHと電位差との間には本来、線形の関係がある。
・PtBMAブラシ層で修飾された金電極
→Bare Auと比較して、電位差がpHに非依存的
・PtBMA-COOHブラシ層で修飾された金電極
→pHと電位差との間に線形の関係
・未修飾、COOH-SAM修飾またはウシ血清アルブミン(BSA)コーティング金電極
→pHと電位差との間に相関なし
以上のことから、疎水性ポリマーブラシ層により荷電状態が一定となった表面に、pH応答性のカルボキシ基が導入されたため、pHセンサーとしての機能が付与されることが明らかになった。
PtBMAブラシ層を遮水層として導入することで、測定環境の一つであるpHの変化によるバックグラウンドノイズを小さくすることができたものと考えられた。
BSAは、バイオセンシング研究で、ブロッキング剤としてしばしば使用されるタンパク質である。BSAでコーティングされた金電極の結果から、BSAによるブロッキングでは、バックグラウンドノイズを低減できないことが分かった。遮水層を導入することによるバックグラウンドノイズ低減の優位性が示された。
【0028】
(実施例3)
図7に、異なる重合時間で作製したポリマーブラシ層で修飾された金電極を作用電極とした際のウシ血清アルブミン(BSA)の吸着に伴う電位差の時間変化を示す。電位差の測定には、ソース/メジャーユニットを用い、溶液内に設置したAg/AgCl参照電極と作用電極の間の電位差をリアルタイムで測定した。測定の具体的な方法として、リン酸緩衝溶液を予め接触させておき、そこに終濃度が1.0 mg/mLとなるようにBSA溶液を添加した。
図7に示すように、疎水性のポリマーブラシ層で覆われた電極表面でも、未修飾の金電極と同様に、タンパク質の吸着に伴う電位差の変化を検出することができた。
よって本電極上で、バイオ反応を検出することが可能であることが示されている。
また、
図7から、PtBMAブラシ層の膜厚が大きい場合、電位差の変化値が小さくなった。最表面の特性は膜厚には依存しない。
すなわち、膜厚が大きいポリマーブラシ層では、BSAの吸着面が金表面から遠くなり、感度が低下した。
図6の結果と合わせて考えると、今回実施した範囲では、15 nm程度の膜厚を持つ表面で、遮水効果とバイオ反応検出を両立できることが分かった。
【0029】
(実施例4)
図8に、プローブDNAを予め固定化したPtBMA-COOHブラシ層に、ターゲットDNAとしてBcl2を接触させた際の電位差の時間変化を示す。
プローブDNAとして、5’末端がアミノ基修飾された30merの一本鎖DNA (5’-NH2-ATG AAG TAA GAG GAC AGG CAC CAC AGC CCC-3’)を、ターゲットDNAとして、Bcl2領域を含む87merの一本鎖DNA (Bcl2、5’-GCG GGC GGG CGG GCA GGC GGC GCG GAG GGG
CGG GCG CGG GAG GAA GGG GGC GGG AGC
GGG GCT GTG GTG CCT GTC CTC TTA CTT CAT-3’)を用いた。ここで、前半の下線部がBcl2領域であり、後半の下線部がプローブDNAとの相補領域である。PtBMA-COOHブラシ層は、PtBMAブラシ層を作製する際の重合時間が1時間、カルボキシ基を導入するための濃塩酸水処理が60分間の条件で作製したものである(膜厚:15 nm)。プローブDNAを基板に固定化するため、1-ethyl-3-(3-dimethylamino propyl)carbodiimide, hydrochloride (WSC)およびN-hydroxysuccinimide (NHS)を使用して、表面のカルボキシ基とプローブDNAのアミノ基の縮合反応を利用した。プローブDNAの固定化密度は、エネルギー散逸型水晶振動子マイクロバランス(QCM-D)により、1.0 x 10
-2 DNA/nm
2程度と定量された。ネガティブコントロールとして、上述のプローブDNAを予め固定化したCOOH-SAMを使用した。また、COOH-SAMを用いた実験においては、相補配列を持たないDNAもターゲットDNAとして使用した。
図8より、Bcl2がプローブDNA固定化COOH-SAM修飾電極と接触すると、負の電位差変化が検出された(21 mV)。一方、同じ電極にプローブDNAと相補配列を持たないDNAを接触させた際には、電位差のシフトはほとんどなかった(2 mV)。これらの結果から、Bcl2を接触させた際の電位差変化は、負に帯電するBcl2が、固定化されたプローブDNAとのハイブリダイゼーションにより、電極表面に捕捉されたことに由来することがわかった。プローブDNAを固定化したPtBMA-COOHブラシ層で修飾した電極でも、6 mV程度の負の電位差変化が検出されたことから、電極に固定化されたプローブDNAと溶液中のBcl2との間でハイブリダイゼーションが進行したことがわかった。
以上のことから、作製したPtBMA-COOHブラシ層修飾金電極はプローブ分子の固定化能と特異的な生体反応を検出できることが示された。
また、PtBMA-COOHブラシ層修飾金電極は、電気化学バイオセンサーとして利用できることが示された。
本発明は、電界効果トランジスタを応用したバイオセンシングデバイスの検出部としての利用が期待できる。特に、高感度化やアレイ化が必要なセンシングデバイスにおいて有効と考えられる。
以上のことから、本発明は産業上極めて有用である。