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特開2022-90388銅担持布の製造方法、およびそれを用いたマスクおよび防護服
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  • 特開-銅担持布の製造方法、およびそれを用いたマスクおよび防護服 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022090388
(43)【公開日】2022-06-17
(54)【発明の名称】銅担持布の製造方法、およびそれを用いたマスクおよび防護服
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/83 20060101AFI20220610BHJP
   D06M 15/333 20060101ALI20220610BHJP
   D06M 10/00 20060101ALI20220610BHJP
   D06M 11/74 20060101ALI20220610BHJP
   D06M 13/503 20060101ALI20220610BHJP
   A41D 13/11 20060101ALI20220610BHJP
   A41D 31/30 20190101ALI20220610BHJP
   A41D 31/00 20190101ALI20220610BHJP
   A62B 18/02 20060101ALI20220610BHJP
【FI】
D06M11/83
D06M15/333
D06M10/00 K
D06M11/74
D06M13/503
A41D13/11 M
A41D31/30
A41D31/00 502E
A62B18/02 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020202767
(22)【出願日】2020-12-07
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 祐一
【テーマコード(参考)】
2E185
4L031
4L033
【Fターム(参考)】
2E185AA07
2E185BA16
2E185CB11
4L031AB32
4L031AB33
4L031BA02
4L031BA04
4L031CA03
4L031CA06
4L031CB09
4L031DA12
4L033AB05
4L033AB07
4L033AC07
4L033BA92
(57)【要約】
【課題】通気性が良く、洗っても効果が落ちにくく、低コストで抗ウイルス性の高いマスクおよび防護服用の布の製造方法の提供、およびそれらの方法で製造された布を用いたマスク、および防護服を提供する。
【解決手段】少なくとも、A工程、B工程、C工程をこの順に含む銅担持布の製造方法であって、
前記A工程は、必要に応じて不織布および織布を親水化する工程であり、
前記B工程は、親水化した不織布および織布にポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を含侵させる工程であり、
前記C工程は、不織布および織布の繊維表面に塗られたポリビニルアルコールの銅(II)錯体を紫外線照射または加熱の少なくとも一方の手段により還元して金属銅にするとともにポリビニルアルコールを水に不溶化する工程であることを特徴とする銅担持布の製造方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、A工程、B工程、C工程をこの順に含む銅担持布の製造方法であって
前記A工程は、必要に応じて不織布および織布を親水化する工程であり、
前記B工程は、親水化した不織布および織布にポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を含侵させる工程であり、
前記C工程は、不織布および織布の繊維表面に塗られたポリビニルアルコールの銅(II)錯体を紫外線照射または加熱の少なくとも一方の手段により還元して金属銅にするとともにポリビニルアルコールを水に不溶化する工程であることを特徴とする銅担持布の製造方法。
【請求項2】
少なくとも、A工程、B工程、C工程をこの順に含む銅担持布の製造方法であって
前記A工程は、必要に応じて不織布および織布を親水化する工程であり、
前記B工程は、親水化した不織布および織布にポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を含侵させる工程であり、
前記C工程は、不織布および織布の繊維表面に塗られたポリビニルアルコールの銅(II)錯体を紫外線照射後100℃以上130℃以下で加熱することにより還元して金属銅にするとともにポリビニルアルコールを水に不溶化する工程であることを特徴とする銅担持布の製造方法。
【請求項3】
複数のボロン酸基を表面に含有するカーボンドットとポリビニルアルコールとの複合体の水溶液を不織布および織布に含侵または塗布するD工程をB工程中またはC工程の後に加えたことを特徴とする請求項1または2に記載の銅担持布の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3により製造された銅担持布を用いたことを特徴とするマスクおよび防護服。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス性のある銅を担持したマスク用のフィルター布基材および防護服の布基材の製造法、およびそれらを用いたマスクおよび防護服に関するものである。
【背景技術】
【0002】
2019年に新型コロナウイルス(SARS-COV19)のパンデミックが発生し、ウイルスの防御に必要なマスクと防護服が不足し、ウイルス不活化効果が高く、かつ安く大量に供給できるマスクと防護服の製造方法の開発が望まれた。
【0003】
ウイルスをキャッチする技術としては、新型コロナウイルスまたは類似のウイルスに感染させたダチョウの卵から得られる抗体を京都府立大学が開発し、抗体を用いてウイルスをトラップするマスクをCROSSEED社が製造し販売している。
【0004】
また、ウイルスを不活化できる銅や銅化合物を用いた、量産が容易なマスクが注目されている。銅および銅化合物は水分と反応し、活性酸素分子種を発生させ菌やウイルスを分解することができるとされている。
【0005】
例えば金属銅のワイヤーを螺旋状に繊維に巻いた織布を使ったマスク(特許文献1)、金属銅を表面に島状に真空蒸着した布(特許文献2)、スパッタリングした布(特許文献3)を用いたマスク等が特許出願されている。
【0006】
また、群馬大学発ベンチャー企業グッドアイ社と明清産業は光触媒を担持させた銅箔コートポリマー繊維を織った銅繊維シートを開発している。この銅繊維シートは、大腸菌に対し銅単独では30分間で10分の1程度に減少させる殺菌効果に対し、1万分の1に減少させる1,000倍の殺菌効果があり、さらにバクテリオファージに対する効果もあり、また新型コロナウイルスに対する効果も期待され、通常のマスクの上からつけるオーバーマスクとしての利用が提案されている(非特許文献1)。グッドアイ社の銅箔コートポリマー繊維の製法は開示されていないが、ポリマー繊維表面に銅膜を形成する方法としては、福井大学で無電解メッキ法が研究されている(非特許文献2)。
【0007】
また、1価の銅化合物を用いた例では、東京大学らが酸化第1銅粉末をテトラエトキシシラン、酸化チタン光触媒と共にガラス板に塗布し乾燥した板がファージを30分程度で不活性化することを特許に記載している(特許文献4)。
【0008】
また、NBCメッシュテック社は、CuI等の1価銅ナノ粒子(平均粒径170nm)にテトラメトキシシランを加えたエタノール分散スラリーをレーヨン不織布に含侵させた布でCufitec(登録商標)という商標の高性能マスクを作り、1時間程度でインフルエンザウイルスを不活化できると特許等に記載している(特許文献5、非特許文献3)。
【0009】
1価銅化合物から溶出する1価銅イオンは、2価銅イオンと比較して酸化されやすい性質があるため、活性酸素が発生し、高い抗菌、抗ウイルス効果を発揮すると説明していることから、1価銅イオンのウイルス不活化の機構は酸素アニオンラジカルから生じるヒドロキシラジカル等の活性酸素種であると考えられる。
【0010】
香港のInnonix Technologies社は、初めてFDA認可の抗ウイルスマスクを開発したとされる。特許文献6によるとマスクは4層構造で、外側から1層目はスパンボンド不織布のポリプロピレン繊維に2%のポリビニルアルコール及び2%のク
エン酸(架橋剤、および酸性が殺ウイルス効果も有している)と0.5%の非イオン性界面活性剤ツイーン20を塗布している。塗布によりポリプロピレン繊維を親水化し2層目の殺ウイルス層にウイルスを含む液滴を送る働きがある。2層目の層はCIリアクティブブルー21染料(スルホン化結合剤)と2価の殺ウイルス性金属イオンとして酢酸銅と酢酸亜鉛を塗布したレーヨン織物、3層目はメルトブロー・ポリプロピレン繊維の不織布でできたフィルター層、4層目の口に当たる層はポリプロピレン繊維のスパンボンド不織布層である。マスクへのA型インフルエンザBウイルスの1分暴露試験でウイルス量が10万分の1未満に減少したとしている(特許文献6中,表2,材料#4)。
【0011】
これらのマスクでは実際の新型コロナウイルスに対しての銅や銅イオンの効果は実証されてはいない。しかし最近、米国国立アレルギー感染症研究所のN van Doremalenらは、SARS-Cov-2がプラスチックの上では72時間、ステンレスの上では48時間残存するのに対し銅の表面では4時間しか残存できないことを示した(非特許文献4)。
【0012】
またポモナ大のRoberto Aらは、SARS-Cov-2が宿主中でRNAゲノムから翻訳された長いタンパク質(ポリタンパク)を切断しウイルス増殖に必要な構造タンパクや酵素として働くようにするメインプロテアーゼ(同じサブユニットからなる2量体)を2価の銅のシッフ塩基が阻害すると報告した(非特許文献5)。シッフ塩基中の2価の銅イオンがタンパク質のシステインと反応し酵素を不活性化している。酸化能力は金属銅>1価銅イオン>2価銅イオンと考えると、金属銅に高いウイルス不活化効果が期待できるが、2価の銅イオンも異なる仕組みでSARS-Cov-2の不活化に有効であると考えられる。
【0013】
また環境省の調査によると、銅はヒトの必須微量元素であり、約10種類の銅依存性酵素の活性中心に結合して、エネルギー生成や鉄の代謝、細胞外マトリックスの成熟、神経伝達物質の産生、活性酸素の除去など、生物の基本的な機能に関与している。銅が欠乏すると、貧血、白血球減少、好中球減少、骨異常、成長障害、心血管系や神経系の異常、毛髪の色素脱失、筋緊張低下、易感染性、コレステロールや糖代謝の異常を生じる(非特許文献6)。
【0014】
また我が国では、サプリメントから10mg/dayの銅を12週間継続摂取しても異常を認めなかったとしたアメリカの報告(非特許文献7参照)をもとに、食事からの銅摂取量の耐容上限量(小児や妊婦を除く)が10mg/dayとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特許第4581027号公報
【特許文献2】国際公開第2012/143464号
【特許文献3】特開2000-288108号公報
【特許文献4】特許5570006号公報
【特許文献5】特許第5291198号公報
【特許文献6】特許第5740653号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】2020年4月6日群馬大学プレスリリース(https://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/04/ecdad1db20bc1e4b07d39df29d921614-1.pdf)、およびhttps://media.dglab.com/2020/05/19-gudi-01/)
【非特許文献2】水嚢満ら、SEN'I GAKKAISHI(報文) Vol.68,No.4(2012)
【非特許文献3】藤森、繊維学会誌第74巻、第11号530ページ(2018)
【非特許文献4】N van Doremalen, et al. Aerosol and surface stability of HCoV-19 (SARS-CoV-2) compared to SARS-CoV-1. The New England Journal of Medicine. DOI: 10.1056/NEJMc2004973 (2020)
【非特許文献5】Garza-Lopez, Roberto A.; Kozak, John J.; Gray, Harry B.;ChemRxiv (2020), 1-13.
【非特許文献6】厚生労働省 (2009): 日本人の食事摂取基準(2010 年版). ; 厚生労働省 (2014): 日本人の食事摂取基準(2015 年版)
【非特許文献7】Pratt WB, Omdahl JL, Sorenson JR. (1985): Lack of effects of copper gluconate supplementation.Am J Clin Nutr. 42: 681-682.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
ダチョウの卵の黄身に含まれる抗体を利用したダチョウマスクは、大量生産のためにはダチョウの大量飼育が必要なためマスクの大量供給には時間がかかる課題がある。
【0018】
また銅線や銅箔を貼った繊維を織ったメッシュシートでは目が粗いため隙間からウイルスが侵入する可能性があり、見栄えも悪い課題がある。
【0019】
布基材に無電解メッキする方法は錫/パラジウム溶液での前処理や、メッキ液の管理や廃溶液処理に手間がかかり、メッキが厚いと布の繊維全体が銅で結合し硬くなる課題がある。
【0020】
布に銅を島状に真空蒸着したり、スパッタリングする方法は布地のロールを入れられる大型の高真空成膜装置が必要になり高コストになる。
【0021】
また、一価の銅化合物をレーヨンに含侵させたCufitec(登録商標)マスクは、1層目と4層目のレーヨン不織布にCufitec(登録商標)抗ウイルス・抗菌加工が施されたウイルス不活化層、2層目にはポリプロピレン不織布フィルター層、3層目には0.1μmの粒子を99%捕集するポリプロピレン製エレクトレットフィルター層を積層した4層構造の高性能マスクである。このマスクは、ウイルス捕集層とウイルス不活化層が別の層であるため捕集されたウイルスが短時間で不活化され難いと考えられ、また3層構造のマスクに比べ高価になり、4層化により通気性も低下すると考えられる。
【0022】
また、水溶性の酢酸銅や酢酸亜鉛等の金属塩を用いたマスクは水洗いすると有効成分が流れ落ち効果が大幅に減じてしまうため繰り返し使用はできない課題がある。そこで、本発明は、耐水性が強い金属銅を含む不活化層と、さらにウイルス捕集層とを1つの層にして層数を減らし、通気性が良く、洗っても効果が落ちにくく、低コストで抗ウイルス性の高いマスクおよび防護服用の布の製造方法の提供、およびそれらの方法で製造された布を用いたマスク、および防護服を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0023】
請求項1に記載の発明は、少なくとも、A工程、B工程、C工程をこの順に含む銅担持布の製造方法であって、
前記A工程は、必要に応じて不織布および織布を親水化する工程であり、
前記B工程は、親水化した不織布および織布にポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を含侵させる工程であり、
前記C工程は、不織布および織布の繊維表面に塗られたポリビニルアルコールの銅(II)錯体を紫外線照射または加熱の少なくとも一方の手段により還元して金属銅にするとともにポリビニルアルコールを水に不溶化する工程であることを特徴とする銅担持布の製造方法である。
【0024】
また、請求項2に記載の発明は、少なくとも、A工程、B工程、C工程をこの順に含む銅担持布の製造方法であって、
前記A工程は、必要に応じて不織布および織布を親水化する工程であり、
前記B工程は、親水化した不織布および織布にポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を含侵させる工程であり、
前記C工程は、不織布および織布の繊維表面に塗られたポリビニルアルコールの銅(II)錯体を紫外線照射後100℃以上130℃以下で加熱することにより還元して金属銅にするとともにポリビニルアルコールを水に不溶化する工程であることを特徴とする銅担持布の製造方法である。
【0025】
また、請求項3に記載の発明は、複数のボロン酸基を表面に含有するカーボンドットとポリビニルアルコールとの複合体の水溶液を不織布および織布に含侵または塗布するD工程をB工程中またはC工程の後に加えたことを特徴とする請求項1または2に記載の銅担持布の製造方法である。
【0026】
また、請求項4に記載の発明は、請求項1から3のいずれかに記載の銅担持布を用いたことを特徴とするマスクおよび防護服である。
【発明の効果】
【0027】
第1の発明では、A工程「必要に応じて不織布および織布を親水化する工程」は、後のB工程でのポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を不織布および織布内部まで浸透させるために親水化を行う。親水性の高い綿糸等の織布では必要ないが、ポリプロピレン等の疎水的な表面を有する不織布では酸素を含むガス中でのプラズマ処理や界面活性剤による処理等により親水化し不織部内部まで水溶液を浸透させることが必要である。
【0028】
B工程「親水化した不織布および織布にポリビニルアルコールの銅(II)錯体水溶液を含侵させる工程」は、銅(II)化合物を親水性の高いポリビニルアルコールと錯体化することで不織布および織布の繊維の表面へ銅(II)化合物を均一に吸着塗布できるようにし、またポリプロピレン繊維表面の親水性を向上し、保水率を向上し、銅と水との反応によるヒドロキシラジカル等の活性酸素種の生成や銅のイオン化を促進できる効果がある。
【0029】
C工程「不織布および織布の繊維表面に塗られたポリビニルアルコールの銅(II)錯体を紫外線照射または加熱の少なくとも一方の手段により還元して金属銅にするとともにポリビニルアルコールを水に不溶化する工程」では、B工程後に紫外線照射または/および加熱することでポリビニルアルコールが還元剤として働き金属銅や酸化銅の微粒子を繊維表面に析出できる。
【0030】
またポリビニルアルコールはバインダーとしての機能も果たしているが、紫外線照射または加熱により銅(II)化合物が金属銅や銅(I)化合物に還元される際にポリビニルアルコールの一部が酸化され2重結合が生じることで架橋不溶化し耐水性が増す効果がある。
【0031】
第2の発明では、C工程を紫外線照射後に60℃以上の加熱乾燥としたのは還元のエネルギーを得るためであり、130℃以下で加熱乾燥としたのはポリプロピレン等の耐熱性の低い不織布を変質させない効果がある。
【0032】
第3の発明では、複数のボロン酸基を表面に含有するカーボンドットとポリビニルアルコールとの複合体の水溶液を不織布および織布に含侵または塗布するD工程をC工程の後に加える。ボロン酸基は、1,2-シスジオール基や、1,3-ジオール基と室温で容易
に結合することができる。ボロン酸基を含有するカーボンドットは、その表面のボロン酸基によりウイルスのスパイク糖蛋白質中の1,2-シスジオール構造を有する糖鎖と容易にボロン酸エステルを形成し結合しウイルスをトラップすることができる。
【0033】
多数のボロン酸基を表面に有するカーボンドットは、ポリビニルアルコールの水溶液と混合することで、表面の一部のボロン酸基がポリビニルアルコールの1,3-ジオールと結合しポリビニルアルコールの側鎖として固定された複合体を形成する。複合体形成により複数のカーボンドットがウイルスと反応しトラップし易くなり、トラップしたウイルスを逃がし難くすることができる。さらにトラップされたウイルスは、同じ層の繊維に共存する銅や銅イオンから生じる活性酸素種や、銅イオンとの反応により速やかにウイルスを不活化できる効果が高まる。
【0034】
以上の第1から第3の発明により製造された不織布および織布を用いることでウイルストラップと不活化を1つの層で可能とする高性能で低コストなマスクを可能とし、また医療用等のエプロンやガウン等の防護服や生地としての提供を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明のマスクの一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明に使用する銅を担持する布の種類は、不織布および織布を用いることができる。マスク用フィルター部材および防護服に用いることができる不織布および織布の材料としては、ポリエステル、ポリプロピレン、アクリル、ポリメタクリル酸メチル、レーヨン、キュプラ、アセテート、トリアセテート等の合成繊維、半合成繊維や、絹、綿、麻(亜麻、苧麻)、洋麻(ケナフ)等の天然繊維が挙げられる。使い捨てのマスク用フィルター部材や防護服の生地には低コストで大量生産可能な不織布を用いることがより相応しい。
【0037】
特にマスク用フィルター部材には、繊維径を1μm以下に極細にできるメルトブロー法で作られたポリプロピレン製不織布が適し、極細繊維シートに直流電圧でエレクトレット加工し帯電させることで捕集性能を上げ薄くても高性能なフィルターが作られている。一般的には、このフィルター部材のシートをスパンボンドで作られた保形性と通気性、飛沫をはじきやすい疎水性の不織布で挟んで、耳掛け部を繋ぎマスクとしている。しかし、不織布に帯電させた電荷は数時間の使用で水分や汚れの吸着で弱まるため数時間毎に付け替える必要があり、長時間トラップ性能が落ちないフィルター部材が求められている。
【0038】
防護服には緻密であると共に強度に優れたフラッシュスパン法で作られたポリエチレン繊維(平均直径4μm)からなるタイベック(デュポン社(登録商標))等の不織布が適している。
【0039】
本発明では、不織布および織布の布地に銅を担持させるため、ポリビニルアルコール(以下PVAと略)の銅(II)錯体水溶液を布地にパディング加工、コーティング加工、ディッピング加工等により布地に含侵させ、布地の目を詰まらせないよう繊維表面を薄くコーティングする工程を含んでいる。そのため綿布のように親水性の繊維では必要ないが、疎水性の性質を有するポリエチレンやポリプロプレン等のオレフィン系繊維等の不織布等を用いる場合に水溶液が弾いて布に浸透し難い。そのため必要に応じて繊維表面を親水性に変える必要がありプラズマ処理やコロナ処理、または界面活性剤溶液への浸漬処理等を用い親水化を行うことが望ましい。特にプラズマ処理等のドライ方式による処理はアレルギーの原因になる可能性のある化学物質を使用せず安全性の上で望ましい。
【0040】
プラズマ処理では、大気圧下で窒素ガスベースのグロー放電プラズマ中に不織布等の布シートを通し親水化させることができる。1.5mm程度の間隔の平行平板電極間に数k
Vから10kVの交流電圧を印加し布地を連続的に通すが、その際にアーク放電が生じると布地に欠陥が生じる場合もある。そのため布地を挟む平板電極間内の少なくとも一方の表面に誘電体を積層した誘電体バリア方式など放電対策を施すことが望ましい。
【0041】
本発明では2価の銅化合物とPVAとの錯体の水溶液を用い、親水性の緻密な不織布や織布に含侵させ、繊維表面に吸着させた後、2価の銅化合物のPVAとの錯体の少なくとも一部の割合を還元することによりナノ粒子を含む金属銅粒子を生成させる。2価の銅化合物の水溶液は、水への溶解度が高い材料を用いることが望ましく、塩化第二銅(II)(25℃、75.8g/100ml)や、硝酸銅(II)(3水和物、0℃、138g/100ml)、硫酸銅(II)(0℃31.7g/100ml)やそれらのアンミン錯体の水溶液が望ましい。
【0042】
塩化第二銅とPVAとの錯体は、420nm以下の高圧水銀ランプからの紫外光を1分間照射された後3分間程度130℃に加熱されると、PVAが酸化不溶化すると共に銅が還元され黒化する現象が報告されている(白井ら,日本化学会誌,1983,P475)。
【0043】
本発明ではこの紫外線照射および加熱による銅イオンの還元現象を利用し繊維上にコーティングされたPVA膜に固定された金属銅を析出させる。この際、紫外線照射せずとも150℃以上で3分間以上加熱すると、1分間紫外線照射後に3分間130℃に加熱した場合と同様に塩化銅(II)を塩化銅(I)や銅に還元することができるが高温が必要になる。
【0044】
塩化銅の還元は最初の紫外線照射段階で生成した第一塩化銅が、次の加熱工程で触媒的に作用し、より低温で還元が進むと考えられている。そのため、本発明での2価の銅化合物とPVAとの錯体の銅への還元は、加熱のみ、または紫外線照射のみ、または紫外線照射後の加熱のいずれかで行うことができるが、紫外線照射後に加熱を行うことで、より低い温度で処理できるため布地シートの熱変形を抑制する上で望ましい。例えば1分以上10分以下の紫外線照射処理を行った後、繊維の軟化点より低い温度での1分以上10分以下の加熱処理を組み合わせることが望ましい。
【0045】
塩化第二銅(II)とPVAとの配位錯体の水溶液は、無水または2水塩の塩化第二銅(II)の水溶液とPVAの水溶液とを20℃以上で混合することにより得られる。20℃未満では十分に溶解せず溶液の白濁が生じることがある。使用するPVAは、PVA中の水酸基が銅イオンに配位し易いよう立体障害となるアセチル基が少ない方が望ましく、ケン化度80%以上が望ましい。分子量は、高すぎると高粘度になるため繊維に浸透し難くなるため5万以下、より好ましくは3万以下が望ましい。水溶液の濃度は固形分0.1~10wt%程度の溶液を用いることができるが、より好ましくは0.2から2重量%の濃度に水で希釈して用いる。
【0046】
またPVAの水酸基の一部に光や熱で架橋する架橋基を有する(3-アクリロキシプロピル)ジメチルメトキシシランや、[3-(グリシジルオキシ)プロピル]ジメチルエトキシシラン等を反応させたPVAを用いることで耐水性を向上させ繰り返し水洗しても効果を長期間持続させることもできる。
【0047】
塩化第二銅(II)とPVAの比は、塩化第二銅(II)の2水塩とした場合のPVAに対する重量比で0.8から1.0が望ましい。銅の濃度が低いと還元量が低くなり、高すぎると繊維上に均一な被膜が形成され難くなる。
【0048】
紫外線照射用のランプは高圧水銀ランプ、水銀キセノンランプ、172nmXeエキシ
マランプの内表面に250nmの発光波長を有するUV発光蛍光体を塗布したエキシマ蛍光ランプ等を使用することができる。照射方法はベルトコンベア式やロールツーロール方式を用い、紫外線照射中に高温により布地が痛む温度上昇を抑制するため水冷式のランプや赤外線カットフィルターを使用し50℃以下の温度で照射することが望ましい。
【0049】
白井らの文献(白井ら,日本化学会誌,1983,P475)によると、以下のような還元機構により銅が生成すると考えられる。PVA上の塩化第二銅(II)の錯体は、紫外線照射により(化学式1)に示すように塩化第二銅(II)が還元され塩化第一銅(I)が生じ、PVAが酸化され2重結合が生じると考えられる。さらに(化学式2)のように生じた2つの塩化第一銅(I)から銅と塩化第2銅(II)が生じることができる。生成した銅と塩化第一銅(I)は、次の100℃から130℃に加熱するC工程で、触媒になり(化学式3)の反応をさらに促進する。その際PVAは酸化され2重結合を生じ架橋および基材繊維とのグラフト反応により不溶化する。塩化第一銅(I)は水溶液中では不安定で不均化反応により(化学式4)のように還元された銅と塩化第二銅(II)を生じ、繊維表面に銅粒子を形成し着色する。また、生じた塩化第二銅(II)は水溶性が高いため水洗により除去できる。
【0050】
【化1】
【0051】
【化2】
【0052】
【化3】
【0053】
【化4】
【0054】
次に、C工程後のD工程について説明する。
D工程で用いるカーボンドットは、カーボン量子ドットとも言われ、近年有害な重金属を含まない量子ドット発光材料や、光触媒等としても研究され注目されている。合成法は、当初グラフェンやカーボンナノファイバー、石炭などをエッチング法等により数nmの量子サイズに細かくするトップダウン法が行われていた。しかし近年ではより合成が容易な水熱合成法やソルボサーマル合成法により低分子化合物から数nmの量子サイズまで粒子を成長させるボトムアップ法が主に行われている(Trends in Chemistry(2019), 1,p235)。植物等の天然物やクエン酸、グルコース、システイン等の精製化合物等を原料として種々の発光色や性質のカーボンドットの合成が行われている(Microchimica Acta (2019) 186,p583、small (2015), 11, p1620、ChemSusChem(2018), 11, p11)。
【0055】
また、カーボンドット原料中の官能基がカーボンドット表面に有する材料も可能であることから、金属イオンの吸着や分析用途にも研究されている。ボロン酸基を表面に多数有するカーボンドットは、Aleksandra Loczechinらの文献(ACS Appl. Mater. Interfaces 2019, 11, 46, 42964)に記載の以下の合成手順を参考に水熱合成により行うことができる。本発明ではパラ位に窒素を含む4-アミノフェニルボロン酸またはオルト位に窒素を含む2-アミノフェニルボロン酸等の窒素を含む基を有するフェニルボロン酸を合成原料に用いることが望ましい。窒素は原料化合物が脱水素縮合しカーボンドットを形成した際にボロン酸の酸性度増大に寄与し糖鎖との反応性を高める効果が期待できる。
【0056】
合成例:4-アミノフェニルボロン酸(200mg)を純水20mlに溶かし、1M水酸化ナトリウムで溶液のpHを9.0に調整。溶存酸素を除くため1時間窒素ガスでバブリングした後テフロン(登録商標)の内容器付きのオートクレーブ(125ml)で8時間160℃に加熱後、室温に戻し30分間10,000rpmで遠心分離し大きな沈殿を除く。その後半透膜(SpectraPor 1,pore size:1000Da)を使って6時間毎に水を替えて透析を24時間行ない精製し目的のボロン酸基を表面に含有するカーボンドットを含む水溶液を得る。透過電子顕微鏡像から平均粒径は、7.6nm。
【0057】
合成方法は、文献のオートクレーブを用いたバッチ式に代えて、チューブ式の反応装置を使った連続フロー合成でマイクロ波加熱で行うこともできる。精製は透析の他、限外ろ過で行なうこともできる。
【0058】
得られたボロン酸基を表面に含有するカーボンドットの水溶液とPVAの水溶液とを混合することで、化学式5で示すようにカーボンドット表面のボロン酸基の一部がPVAの1,3-ジオール基と反応しPVAの側鎖として結合し、ボロン酸基を表面に複数含有するカーボンドットとPVAとの複合体が得られる。この際、カーボンドット表面のボロン酸基の多くをPVAの水酸基と結合せずに残すため、混合水溶液中のカーボンドットの固形分重量は、PVAの固形分重量に対し3倍未満ではカーボンドットがPVAで覆われてしまいウイルスとの接触が困難になり、50倍以上の場合はPVAと結合していないカーボンドットの割合が増し塗液の均一分散性が低下するのと塗布した不織布等から脱離しやすくなるため3倍以上50倍未満であることが望ましい。
【0059】
またD工程はC工程の前のB工程の間に同時に塗布することもできるが、C工程での加熱処理でカーボンドット表面のボロン酸基とPVA中の水酸基との反応が促進され有効なボロン酸基の数が減少し活性が低下する恐れがあるためC工程の後に行うことがより望ましい。
【0060】
カーボンドットを結合させるPVAは銅錯体を配位させるのに用いたPVAと同様の材料を用いることができる。また耐水性を向上させるためPVA部分の一部に重合性官能基を付与したポリマーや、PVA部分を含むブロック共重合体、またはビニルアルコール部と1-ブテン-3、4-ジオール部とを有する共重合体であっても良い。
【0061】
【化5】
【0062】
本発明の製造方法では、ボロン酸含有カーボンドットとPVAとの複合体の水溶液を、金属銅の粒子を繊維表面に還元析出させた不織布および織布に含侵または塗布させる。その結果、ウイルスのスパイク糖タンパク質中の糖鎖の1,2-ジオール基とカーボンドット粒子表面のボロン酸基が錯体化や環状エステル化反応することでウイルスをトラップし、同時に存在する金属銅および銅イオンの作用でウイルスを効率的に不活化することができる。
【0063】
新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)の場合は、スパイク糖タンパク質のACE2結合部位の周辺にオリゴマンノースを含むアミノ酸部位N234があることが報告されている(Yasunori Watanabeら,Science, 369, 6501, p330(2020))。
【0064】
糖鎖末端のマンノース残基は1,2-ジオール基を有するため、PVAの側鎖に結合したボロン酸基を表面に多数有するカーボンドットは、SARS-Cov-2のスパイク糖タンパク質中の末端マンノース残基の1,2-ジオールとボロン酸基が反応し環状エステルを形成しし新型コロナウイルスをトラップすることができると考えられる。
【0065】
また糖タンパク質の糖鎖の末端は、N-アセチルノイラミン酸残基で形成されている糖鎖も多い(Asif Shajahanら,Glycobiology doi: 10.1093/glycob/cwaa042)。その場合、N-アセチルノイラミン酸残基中の1,2-ジオール基もカーボンドット表面のボロン酸基と環状エステルを形成することで新型コロナウイルスがカーボンドットにトラップされることができると考えられる。
【0066】
本発明の製法によりポリプロピレン製メトロブロー不織布や綿製サテン織布上に、銅およびボロン酸基を表面に複数含有するカーボンドットとPVAとの複合体を担持させた布は図1の10で示す例のようにマスクのフィルター部1として好適に用いることができ、口元部2には肌触りが良いスパンボンド不織布を重ね、耳掛け紐3を取り付け布地周囲と熱接着を行い2層構造のマスクとすることができる。必要に応じて外側に表裏判別のための絵柄や色を印刷したスパンボンド不織布からなる絵柄・着色部4で挟み、図1の10の例で示すような3層構造のマスクとすることもできる。
【0067】
本発明によりエレクトレット化処理したメルトブロー不織布による吸着フィルター層等をさらに多層に重ねずとも、また短期間での大量生産が難しい抗体を用いなくても高いウイルストラップ、不活化能力が得られ、日本の夏の高温高湿環境での通気性に優れるマスクを提供できる。
【0068】
また、ポリプロピレンやポリエチレン製不織布や、ポリエステル布、綿布等を基材として本発明による銅および表面にボロン酸基を複数含有するカーボンドットとPVAとの複合体を担持させた布を用いてガウン、つなぎ、エプロン等の防護服を作製することもできる。
【符号の説明】
【0069】
1・・・・フィルター部
2・・・・口元部
3・・・・耳掛け紐
4・・・・絵柄・着色部
10・・・本発明のマスクの一実施例
図1