(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022090488
(43)【公開日】2022-06-17
(54)【発明の名称】粉末冶金用混合粉
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20220610BHJP
B22F 3/02 20060101ALI20220610BHJP
【FI】
B22F1/00 V
B22F3/02 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020202916
(22)【出願日】2020-12-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【弁理士】
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】松岡 良輔
(72)【発明者】
【氏名】島本 葉菜子
(72)【発明者】
【氏名】芦塚 康佑
(72)【発明者】
【氏名】宇波 繁
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AB07
4K018AB10
4K018AC01
4K018BA13
4K018BB04
4K018CA02
4K018CA08
(57)【要約】
【課題】流動性、常温および高温成形時の抜出性、および圧縮性を兼ね備えた粉末冶金用混合粉を提供する。
【解決手段】(a)鉄基粉末と、(b)潤滑剤と、(c)カーボンブラックおよび(d)炭酸塩の少なくとも一方とを含有する粉末冶金用混合粉であって、前記(b)潤滑剤が脂肪酸金属石けんを含み、 前記(b)潤滑剤は、融点が86℃以下である低融点潤滑剤と融点が86℃超である高融点潤滑剤とからなり、前記低融点潤滑剤は、アミド基、エステル基、アミノ基、およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1つを有し、前記(b)潤滑剤の全体に対する前記低融点潤滑剤の割合R1が5質量%以上90質量%未満であり、(b1)結合潤滑剤の質量に対する(b2)遊離潤滑剤の質量の比R2が0以上15以下であり、前記(b2)遊離潤滑剤として含まれる前記低融点潤滑剤の量R3が、鉄基粉末100質量部に対して0.10質量部未満である、粉末冶金用混合粉。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)鉄基粉末と、(b)潤滑剤と、(c)カーボンブラックおよび(d)炭酸塩の少なくとも一方とを含有する粉末冶金用混合粉であって、
前記(b)潤滑剤が脂肪酸金属石けんを含み、
前記(b)潤滑剤は、融点が86℃以下である低融点潤滑剤と融点が86℃超である高融点潤滑剤とからなり、
前記低融点潤滑剤は、アミド基、エステル基、アミノ基、およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1つを有し、
前記(b)潤滑剤の全体に対する前記低融点潤滑剤の割合として定義されるR1が5質量%以上90質量%未満であり、
前記(a)鉄基粉末の表面に付着している前記(b)潤滑剤を(b1)結合潤滑剤、前記(a)鉄基粉末の表面に付着していない前記(b)潤滑剤を(b2)遊離潤滑剤と定義したとき、
前記(b1)結合潤滑剤の質量に対する前記(b2)遊離潤滑剤の質量の比として定義されるR2が0以上15以下であり、
前記(b2)遊離潤滑剤として含まれる前記低融点潤滑剤の量R3が、鉄基粉末100質量部に対して0.10質量部未満である、粉末冶金用混合粉。
【請求項2】
前記(b1)結合潤滑剤および(b2)遊離潤滑剤が、炭素数11以上のアルキル基および炭素数11以上のアルケニル基の少なくとも一方を有する脂肪酸誘導体を含む、請求項1に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項3】
前記高融点潤滑剤として、融点が100℃以上である潤滑剤を含有し、
前記(b)潤滑剤の全体に対する前記融点が100℃以上である潤滑剤の割合として定義されるR4が10質量%以上である、請求項1または2のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項4】
前記高融点潤滑剤が、脂肪酸アミド、脂肪酸金属石けん、およびそれらの混合物からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1~3のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項5】
前記低融点潤滑剤が不飽和結合を含む脂肪鎖を有するモノアミドである、請求項1~4のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項6】
(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の一方または両方をさらに含有する、請求項1~5のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項7】
前記(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の一方または両方が、前記(b1)結合潤滑剤によって前記(a)鉄基粉末の表面に付着している、請求項6に記載の粉末冶金用混合粉。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉末冶金用混合粉に関し、特に、流動性、常温および高温成形時の抜出し性、および圧縮性に優れた粉末冶金用混合粉に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金技術は、複雑な形状の部品を、製品形状に極めて近い形状に成形でき、しかも高い寸法精度で製造できる手法であり、粉末冶金技術によれば切削コストを大幅に低減することができる。そのため、粉末冶金製品は各種の機械や部品として、多方面に利用されている。
【0003】
粉末冶金では、主原料となる鉄基粉末に、必要に応じて銅粉、黒鉛粉、リン化鉄粉などの合金用粉末や、MnS等の切削性改善用粉末、及び潤滑剤を混合した、混合粉(以下、「粉末冶金用混合粉」または単に「混合粉」という)が用いられる。
【0004】
このような粉末冶金用混合粉を成形して製品を製造する上で、該粉末冶金用混合粉に含まれる潤滑剤が果たす役割は極めて大きい。以下、潤滑剤の作用について説明する。
【0005】
まず、潤滑剤は、混合粉を金型で成形する際の潤滑作用を有している。この作用は、さらに次の2つに大別される。一つは、混合粉に含まれる粒子間の摩擦を低減する作用である。成形時、潤滑剤が粒子間に入りこんで摩擦を小さくすることにより、粒子の再配列が促される。もう一つは、成形に用いられる金型と粒子との間の摩擦を低減する作用である。金型表面に存在する潤滑剤が該金型と粒子との間に入り込むことで、金型-粒子間の摩擦が低減される。上記2つの作用により、成形時に混合粉を高い密度まで圧縮することが可能となる。
【0006】
さらに、潤滑剤は、金型内で圧縮成形された混合粉(成形体)を金型から取り出す(抜出す)際にも潤滑作用を発揮する。一般的に、成形体の金型からの抜出しは、パンチによって押し出すことによって行われるが、成形体と金型表面との摩擦により大きな摩擦抵抗が生じる。この際にも、混合粉に含まれる潤滑剤のうち、金型表面に存在するものによって摩擦力が低減される。また、工業的規模での粉末冶金製品の生産においては、製造効率の観点から同じ金型、同じ粉末を用いて連続的に数千~数万個の成形体を製造することが一般的に行われている。このため、金型内では粉末同士や粉末と金型間の摩擦によって、成形体の製造個数が増えるに従い、金型や成形体の温度が上昇し80℃近くなることが知られている。したがって、常温だけでなく、高温成形時にも効果を発揮する潤滑剤が望まれている。
【0007】
このように、粉末冶金用混合粉に含まれる潤滑剤は、成形時に非常に大きな役割を果たす。しかし、潤滑剤が必要となるのは成形と、金型からの抜出しが終わるまでであり、それ以降は不要であるだけでなく、成形体の焼結時には消失して、最終的な焼結体には残留しないことが求められる。
【0008】
また、一般に潤滑剤は鉄基粉末に比べて付着力が強いため、混合粉の流動性を悪化させる。さらに潤滑剤は、比重が鉄基粉末に比べ小さいため、多量に添加すると成形体の密度が低下するという問題がある。
【0009】
さらに、粉末冶金用混合粉において用いられる潤滑剤には、結合剤として機能することが求められる場合がある。ここで、結合剤とは、主成分である鉄基粉末の表面に、添加成分である合金用粉末などを付着させるための成分を指す。一般的な粉末冶金用混合粉は、鉄基粉末に、合金用粉末、切削性改善用粉末、及び潤滑剤などの添加成分を混合しただけであるが、このような状態の混合粉では、混合粉の内部で各成分が偏析する場合がある。特に、合金用粉として一般的に用いられる黒鉛粉は、他の成分に比べて比重が小さいため、混合粉を流動させたり、振動させたりすることで容易に偏析する。このような偏析を防止するために、鉄基粉末の表面に結合剤を介して添加成分を付着させることが提案されている。このような粉末は、粉末冶金用混合粉の1種であるが、偏析防止処理粉とも呼ばれる。偏析防止処理粉では、添加成分が鉄基粉末に付着しているため、上述したような成分の偏析を防止できる。
【0010】
このような偏析防止処理粉に用いられる結合剤としては、潤滑剤としても機能する化合物がしばしば採用される。これは、結合剤にも潤滑性能をもたせることで、混合粉に添加する結合剤と潤滑剤の総量を減らすことができるからである。
【0011】
このような粉末冶金用混合粉は、一般に、300~1000MPaの圧力でプレス成形して、所定の部品形状とした後、1000℃以上の高温で焼結し、最終的な部品形状とされる。その際、混合粉に含まれる潤滑剤及び結合剤の総量は、一般的には、鉄基粉末100質量部に対し0.1~2質量部程度である。成形の密度を高くするためには潤滑剤及び結合剤の添加量は少ないほうがよい。したがって、潤滑剤には、少量の添加で潤滑性に優れることが求められる。
【0012】
潤滑剤の潤滑性能は、潤滑剤に含まれる化合物の融点の影響を大きく受ける。比較的融点の低い化合物が含まれると、融点の高い化合物のみからなる潤滑剤に比べて、圧縮成形時に混合粉内部から金型壁面に潤滑剤が染み出しやすくなるので、抜出性と圧縮性が向上する。
【0013】
しかし、低融点の潤滑剤のみを使用した場合、混合粉の流動性が悪くなることが知られている。そこで、混合粉の流動性、成形時の抜出性、および圧縮性を両立させるために、低融点の潤滑剤と高融点の潤滑剤を併用する技術が提案されている。
【0014】
例えば、特許文献1では、オレイン酸アミドやエルカ酸アミドなどの比較的低融点の化合物と、エチレンビスステアリン酸アミドのような高融点の化合物の混合物を溶融噴射で球形にした潤滑剤を遊離潤滑剤として使用することが提案されている。
【0015】
また、特許文献2では、低融点のオレイン酸アミドと高融点のエチレンビスステアリン酸アミドの溶融混合物を急速冷却して作成した準安定相を含む潤滑剤を遊離潤滑剤として使用することが提案されている。
【0016】
さらに、特許文献3では、融点が50~120℃の第1の潤滑剤と、融点が140~250℃の第2の潤滑剤を遊離潤滑剤として使用することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2005-307348号公報
【特許文献2】特表2003-509581号公報
【特許文献3】特開2011-184708号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかし、特許文献1で提案されている技術においては、潤滑剤を製造するために、融点の異なる2つの潤滑剤を溶融混合したのち、溶融噴射で球形化する必要がある。また、特許文献2で提案されている技術では、準安定相を含む潤滑剤を製造するために、融点の異なる2つの潤滑剤を溶融混合したのち、急速冷却する必要がある。このように、これらの技術では、潤滑剤の製造に特殊なプロセスが必要であり、製造コストが高くなるという問題があった。
【0019】
また、特許文献3で提案されている技術では、第1の潤滑剤として、円形度が0.9以上である潤滑剤を用いる必要がある。円形度が0.9以上である潤滑剤を製造するためには、スプレードライ等の特殊な方法を用いる必要があるため、やはり製造コストが高くなる。
【0020】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、潤滑剤の製造プロセスに関する制約なしに、入手容易な潤滑剤を使用し、流動性、常温および高温成形時の抜出性、および圧縮性を兼ね備えた粉末冶金用混合粉を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0022】
1.(a)鉄基粉末と、(b)潤滑剤と、(c)カーボンブラックおよび(d)炭酸塩の少なくとも一方とを含有する粉末冶金用混合粉であって、
前記(b)潤滑剤が脂肪酸金属石けんを含み、
前記(b)潤滑剤は、融点が86℃以下である低融点潤滑剤と融点が86℃超である高融点潤滑剤とからなり、
前記低融点潤滑剤は、アミド基、エステル基、アミノ基、およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1つを有し、
前記(b)潤滑剤の全体に対する前記低融点潤滑剤の割合として定義されるR1が5質量%以上90質量%未満であり、
前記(a)鉄基粉末の表面に付着している前記(b)潤滑剤を(b1)結合潤滑剤、前記(a)鉄基粉末の表面に付着していない前記(b)潤滑剤を(b2)遊離潤滑剤と定義したとき、
前記(b1)結合潤滑剤の質量に対する前記(b2)遊離潤滑剤の質量の比として定義されるR2が0以上15以下であり、
前記(b2)遊離潤滑剤として含まれる前記低融点潤滑剤の量R3が、鉄基粉末100質量部に対して0.10質量部未満である、粉末冶金用混合粉。
【0023】
2.前記(b1)結合潤滑剤および(b2)遊離潤滑剤が、炭素数11以上のアルキル基および炭素数11以上のアルケニル基の少なくとも一方を有する脂肪酸誘導体を含む、上記1に記載の粉末冶金用混合粉。
【0024】
3.前記高融点潤滑剤として、融点が100℃以上である潤滑剤を含有し、
前記(b)潤滑剤の全体に対する前記融点が100℃以上である潤滑剤の割合として定義されるR4が10質量%以上である、上記1または2のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【0025】
4.前記高融点潤滑剤が、脂肪酸アミド、脂肪酸金属石けん、およびそれらの混合物からなる群より選択される少なくとも1つである、上記1~3のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【0026】
5.前記低融点潤滑剤が不飽和結合を含む脂肪鎖を有するモノアミドである、上記1~4のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【0027】
6.(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の一方または両方をさらに含有する、上記1~5のいずれか一項に記載の粉末冶金用混合粉。
【0028】
7.前記(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の一方または両方が、前記(b1)結合潤滑剤によって前記(a)鉄基粉末の表面に付着している、上記6に記載の粉末冶金用混合粉。
【発明の効果】
【0029】
本発明の粉末冶金用混合粉は、優れた流動性、常温および高温成形時における抜出性、および圧縮性を兼ね備える。また、本発明の粉末冶金用混合粉に含まれる潤滑剤としては、特殊な製造プロセスを必要とせず、商業的に容易に入手可能な潤滑剤を用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。なお、以下の説明においては、とくに断らない限り「%」は「質量%」を指すものとする。
【0031】
本発明の一実施形態における粉末冶金用混合粉は、下記(a)および(b)に加えて、(c)および(d)の少なくとも一方を必須成分として含有する。言い換えると、本発明の一実施形態における粉末冶金用混合粉は、(a)鉄基粉末および(b)潤滑剤に加えて、(c)カーボンブラックおよび(d)炭酸塩の少なくとも一方を含有する粉末冶金用混合粉である。また、本発明の他の実施形態における粉末冶金用混合粉は、上記成分に加え、さらに任意に下記(e)および(f)の少なくとも一方を含有することができる。以下、これらの各成分について説明する。
(a)鉄基粉末
(b)潤滑剤
(c)カーボンブラック
(d)炭酸塩
(e)合金用粉末
(f)切削性改善剤
【0032】
(a)鉄基粉末
上記鉄基粉末としては、特に限定されることなく任意の鉄基粉末を用いることができる。前記鉄基粉末の例としては、鉄粉や合金鋼粉が挙げられる。前記合金鋼粉としては、例えば、予合金鋼粉、部分拡散合金化鋼、およびハイブリッド鋼粉からなる群より選択される少なくとも1つを用いることが好ましい。ここで、予合金鋼粉とは、合金元素を溶製時に予め合金化した合金鋼粉であり、完全合金化鋼粉とも称される。部分拡散合金化鋼粉とは、核としての鉄粉と、前記鉄粉の表面に付着した少なくとも1つの合金元素粒子からなり、前記鉄粉と前記合金元素粒子とが拡散接合している粉末を指す。また、ハイブリッド鋼粉とは、予合金化鋼粉の表面にさらに合金元素粒子を拡散付着させた粉末を指す。前記合金元素としては、例えば、C、Cu、Ni、Mo、Mn、Cr、V、及びSiからなる群より選択される1または2以上を用いることができる。
【0033】
なお、ここで「鉄基粉末」とは、Feを50%以上含む金属粉末を指す。また、「鉄粉」とは、Feおよび不可避不純物からなる粉末を指し、本技術分野においては一般的に「純鉄粉」と称される。
【0034】
前記鉄基粉末は、任意の方法で製造することができる。例えば、前記鉄基粉末は、還元鉄基粉末、アトマイズ鉄基粉末、またはそれらの混合物であってよい。還元鉄基粉末は、酸化鉄を還元して製造される鉄基粉末である。アトマイズ鉄基粉末は、アトマイズ法によって製造される鉄基粉末である。また、還元鉄基粉末またはアトマイズ鉄基粉末の表面に合金元素を拡散付着させた粉末を、上記鉄基粉末として用いることもできる。
【0035】
上記鉄基粉末としては、任意のサイズのものを用いることができるが、メジアン径D50が30~120μmである鉄基粉末を用いることが好ましい。
【0036】
粉末冶金用混合粉の全質量に対する鉄基粉末の質量の割合は、特に限定されないが、86質量%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましい。
【0037】
(b)潤滑剤
本発明で使用する潤滑剤は、融点が86℃以下である低融点潤滑剤と融点が86℃超である高融点潤滑剤とからなる。以下、前記低融点潤滑剤と高融点潤滑剤のそれぞれについて説明する。
【0038】
[低融点潤滑剤]
本発明で使用する潤滑剤は、融点が86℃以下である潤滑剤(以下、「低融点潤滑剤」という)を必須成分として含有する。前記低融点潤滑剤を添加することにより、成形体を金型から抜き出す際の抜出力を低減することができる。
【0039】
前記低融点潤滑剤としては、アミド基、エステル基、アミノ基、およびカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1つを有する潤滑剤を使用する。前記低融点潤滑剤は、脂肪酸誘導体であることが好ましく、炭素数11以上のアルキル基および炭素数11以上のアルケニル基の少なくとも一方を有する脂肪酸誘導体であることがより好ましい。上記炭素数の上限は特に限定されないが、入手の容易さの観点からは、30以下とすることが好ましく、22以下とすることがより好ましい。
【0040】
より具体的には、前記低融点潤滑剤は、脂肪酸モノアミド、脂肪酸エステル、脂肪族アミン、および脂肪酸からなる群より選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0041】
前記脂肪酸モノアミドとしては、例えば、オレイン酸アミド、およびエルカ酸アミドが挙げられる。前記脂肪酸エステルとしては、例えば、脂肪族アルコールと脂肪酸とのエステル、ショ糖脂肪酸エステル、およびグリセリン脂肪酸エステルが挙げられる。前記脂肪族アミンとしては、例えば、ステアリルアミンおよびベヘニルアミンが挙げられる。前記脂肪酸としては、例えば、ステアリン酸およびベヘン酸が挙げられる。前記脂肪酸としては、例えば、ステアリン酸、ベヘン酸、ラウリン酸が挙げられる。
【0042】
前記低融点潤滑剤は、不飽和結合を含む脂肪鎖を有するモノアミドであることがより好ましい。その理由は以下の通りである。上に挙げた官能基の中でもアミド基は特に金型との相互作用が大きい官能基である。そのため、脂肪酸モノアミドは、金型を用いた成形において高い潤滑性を発揮すると期待される。ただし、脂肪酸モノアミドは一般的に融点が高いため、圧縮成形時に金型と成形体の隙間に染み出しにくいという欠点がある。しかし、不飽和結合を含む脂肪鎖を有するモノアミドは、不飽和結合を含むため融点が低く、したがって、極めて高い潤滑性を発揮することができる。前記不飽和結合を含む脂肪酸を有するモノアミドとしては、例えば、オレイン酸アミドおよびエルカ酸アミドが挙げられる。
【0043】
前記低融点潤滑剤の融点の下限はとくに限定されない。しかし、金型を用いて混合粉を成形する際には、摩擦熱によって金型温度が上昇し、抜出し性に悪影響を及ぼす場合がある。したがって、常温付近においてのみならず金型温度が上昇した場合でも優れた抜出し性を得るという観点からは、前記低融点潤滑剤の融点を45℃以上とすることが好ましく、50℃以上とすることがより好ましく、55℃以上とすることがさらに好ましい。
【0044】
また、工業的規模での生産においては、数千~数万個の部品を連続で成形するため、金型温度が75℃~80℃といった高温に達する場合がある。そのため、大量生産において金型温度が高温となった際にも優れた抜出し性を得るという観点からは、前記低融点潤滑剤の融点を75℃以上とすることが好ましい。前記観点からは、特に、前記低融点潤滑剤として、80℃以上の融点を有する脂肪酸モノアミドおよび75℃以上の融点を有する脂肪酸の少なくとも一方を用いることが好ましい。
【0045】
R1:5%以上90%未満
上述したように、前記低融点潤滑剤は、成形体を金型から抜き出す際の抜出力を低減する効果を有している。前記効果を得るためには、前記(b)潤滑剤の全体に対する前記低融点潤滑剤の割合として定義されるR1を5%以上とする必要がある。そのため、R1を5%以上、好ましくは10%以上とする。一方、前記低融点潤滑剤の割合が過剰となると、混合粉の流動性が低下する。そのため、R1を90%未満、好ましくは85%以下、より好ましくは80%以下とする。混合粉の流動性と成形体の抜出性を両立させるためには、R1を5%以上90%未満とすることが重要である。なお、R1は下記の式で求めることができる。
R1(質量%)=(低融点潤滑剤の質量)/(潤滑剤の全質量)×100
【0046】
上記潤滑剤の少なくとも一部は、前記(a)鉄基粉末の表面に付着しており、残部は前記鉄基粉末の表面に付着していない。鉄基粉末の表面に付着している潤滑剤を(b1)結合潤滑剤、鉄基粉末の表面に付着していない潤滑剤を(b2)遊離潤滑剤と定義する。前記遊離潤滑剤は必ずしも含まれている必要はない。言い換えると、前記潤滑剤のすべてが結合潤滑剤であってもよい。また、遊離潤滑剤が存在する場合には、上記潤滑剤は、前記鉄基粉末の表面に付着している(b1)結合潤滑剤と、前記鉄基粉末の表面に付着していない(b2)遊離潤滑剤とからなる。なお、前記低融点潤滑剤の少なくとも一部は、前記鉄基粉末の表面に直接付着(結合)していることが好ましい。前記低融点潤滑剤は、全部が前記鉄基粉末の表面に直接付着(結合)していてもよい。
【0047】
R2:0~15
前記(b1)結合潤滑剤の質量に対する前記(b2)遊離潤滑剤の質量の比として定義されるR2は0以上15以下とする。本発明の粉末冶金用混合粉は遊離潤滑剤を含んでいなくてもよく、したがってR2は0であってもよい。一方、R2が15より大きいと、該粉末冶金用混合粉の流動性が悪くなる。そのため、R2は15以下、好ましくは10.0以下とする。なお、R2は下記の式で求めることができる。
R2=(遊離潤滑剤の質量)/(結合潤滑剤の質量)
【0048】
なお、抜出性をさらに向上させるという観点からは、前記(b2)遊離潤滑剤の質量に対する前記(b1)結合潤滑剤の質量の比として定義されるR5を0.10~9.0とすることが好ましい。R5は、0.15以上とすることがより好ましい。また、R5は、7.0以下とすることがより好ましく、6.0以下とすることがさらに好ましい。なお、R5はR2の逆数であり、下記の式で求めることができる。
R5=1/R2=(結合潤滑剤の質量)/(遊離潤滑剤の質量)
【0049】
R3:0.10質量部未満
上述したように、前記低融点潤滑剤は、成形体を金型から抜き出す際の抜出力を低減する効果を有している。しかし、前記低融点潤滑剤が遊離潤滑剤として存在している場合、該低融点潤滑剤は混合粉の流動性を低下させる。前記低融点潤滑剤の大部分を結合潤滑剤として存在させることにより流動性の低下を防止することができる。そのため、前記(b2)遊離潤滑剤として含まれる前記低融点潤滑剤の量R3を、鉄基粉末100質量部に対して0.10質量部未満とする。一方、R3は低ければ低いほどよいため下限は特に限定されず、R3は0質量部であってよい。
【0050】
本発明の混合粉は、後述するように、任意に、(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の一方または両方をさらに含有することができる。その際、上記(b1)結合潤滑剤を、合金用粉末や切削性改善剤などの添加成分を鉄基粉末の表面に付着させるための結合剤として利用することもできる。結合潤滑剤によって添加成分を鉄基粉末の表面に付着させることにより、混合粉中における前記添加成分の偏析を防止することができる。この場合、前記結合潤滑剤は、潤滑剤と結合剤とを兼ねる。
【0051】
[高融点潤滑剤]
本発明で使用する潤滑剤は、融点が86℃以下である潤滑剤(低融点潤滑剤)を含有し、残部は、融点が86℃超である潤滑剤(以下、「高融点潤滑剤」という)である。すなわち、前記潤滑剤は、融点が86℃以下である低融点潤滑剤と融点が86℃超である高融点潤滑剤からなる。低融点潤滑剤に加えて高融点潤滑剤を用いることにより、混合粉の流動性を向上させることができる。
【0052】
前記高融点潤滑剤としては、任意のものを用いることができる。前記高融点潤滑剤は、脂肪酸誘導体であることが好ましく、炭素数11以上のアルキル基および炭素数11以上のアルケニル基の少なくとも一方を有する脂肪酸誘導体であることがより好ましい。上記炭素数の上限は特に限定されないが、入手の容易さの観点からは、30以下とすることが好ましく、22以下とすることがより好ましい。
【0053】
前記高融点潤滑剤は、脂肪酸アミド、脂肪酸金属石けん、またはそれらの混合物であることが好ましい。前記脂肪酸アミドとしては、脂肪酸モノアミドおよび脂肪酸ビスアミドのいずれも用いることができる。
【0054】
前記脂肪酸モノアミドとしては、例えば、ステアリン酸アミドおよびベヘン酸アミドが挙げられる。前記脂肪酸ビスアミドとしては、例えば、N,N’-エチレンビスステアリン酸アミドおよびN,N’-エチレンビスオレイン酸アミドが挙げられる。前記脂肪酸金属石けんとしては、例えば、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸アルミニウムが挙げられる。
【0055】
粉末冶金用混合粉の流動性をさらに向上させるという観点からは、前記高融点潤滑剤が、融点が100℃以上である潤滑剤を含有することが好ましい。
【0056】
R4:10%以上
融点が100℃以上である潤滑剤を使用する場合、流動性向上効果をさらに高めるために、上記潤滑剤の全体に対する、前記融点が100℃以上である潤滑剤の割合として定義されるR4を、10%以上とすることが好ましい。なお、R4は下記の式で求めることができる。
R4(質量%)=(融点が100℃以上である潤滑剤の質量)/(潤滑剤の全質量)×100
【0057】
一方、前記高融点潤滑剤の融点の上限は特に限定されない。しかし、入手の容易さの観点からは、250℃以下の融点を有する高融点潤滑剤を用いることが好ましく、230℃以下の融点を有する高融点潤滑剤を用いることがより好ましい。
【0058】
潤滑剤に脂肪酸金属石鹸が含まれる場合、前記高融点潤滑剤は該脂肪酸金属石鹸だけでもよいが、さらに、脂肪酸金属石鹸以外の高融点潤滑剤を1種類以上含むことが好ましく、脂肪酸金属石鹸以外の高融点潤滑剤を2種類以上含むことがより好ましい。中でも、前記高融点潤滑剤が、第1の高融点潤滑剤として、融点が86℃超である脂肪酸金属石鹸、第2の高融点潤滑剤として、脂肪酸金属石けん以外の融点が86℃超100℃以下である高融点潤滑剤、および第3の高融点潤滑剤として、融点が100℃超である高融点潤滑剤を含むことが好ましい。これは、融点が異なる高融点潤滑剤を複数用いることにより、抜出性と粉体流動性のバランスをさらに優れたものとできるためである。
【0059】
一方、潤滑剤に脂肪酸金属石鹸が含まれない場合、前記高融点潤滑剤は1つの潤滑剤のみからなるものであってもよいが、2つ以上の潤滑剤を含むことが好ましい。たとえば、前記高融点潤滑剤が、第1の高融点潤滑剤として、融点が86℃超110℃以下の高融点潤滑剤と、第2の高融点潤滑剤として、融点が110℃超の高融点潤滑剤を含むが好ましい。これは、融点が異なる高融点潤滑剤を複数用いることにより、抜出性と粉体流動性のバランスをさらに優れたものとできるためである。
【0060】
・脂肪酸金属石けん
上述したように、上記潤滑剤は、任意に、高融点潤滑剤として脂肪酸金属石けんを含有することができる。混合粉の流動性と抜出性を両立させるという観点からは、前記潤滑剤が脂肪酸金属石けんを含有することが好ましい。また、脂肪酸金属石けんは結合潤滑剤ではなく遊離潤滑剤として含まれるのが好ましい。しかし、混合粉が脂肪酸金属石けんを含有する場合、該混合粉を成形し、焼結する際に金属酸化物が生じ、炉や成形体の表面を汚染する。そのため、汚染を防止するという観点からは、前記潤滑剤は、脂肪酸亜鉛石けんを含まないことが好ましい。
【0061】
(c)カーボンブラックおよび(d)炭酸塩
本発明の混合粉は、カーボンブラックおよび炭酸塩の少なくとも一方を含有する。カーボンブラックおよび炭酸塩の少なくとも一方を添加することにより、混合粉の流動性を向上させることができる。また、炭酸塩は、さらに混合粉の圧縮性を向上させる作用も有している。したがって、混合粉の圧縮性向上の観点からは炭酸塩を添加することが好ましい。
【0062】
(c)カーボンブラック
カーボンブラックを用いる場合、該カーボンブラックの添加量は、鉄基粉末100質量部に対して0.01~3.0質量部とすることが好ましい。カーボンブラックの添加量が0.01質量部以上であれば、さらに高い流動性改善効果を得ることができる。一方、カーボンブラックの添加量が3.0質量部以下であれば、圧縮性および抜出性の低下を防止し、より高い圧縮性および抜出性を確保できる。
【0063】
(d)炭酸塩
前記炭酸塩としては、任意の炭酸塩を用いることができる。入手のしやすさなどから、前記炭酸塩としては、金属炭酸塩を用いることが好ましく、アルカリ金属炭酸塩およびアルカリ土類金属炭酸塩からなる群より選択される少なくとも1つを用いることが好ましい。より具体的には、炭酸カルシウム、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、および炭酸マグネシウムからなる群より選択される少なくとも1つを用いることが好ましい。
【0064】
炭酸塩を使用する場合、前記炭酸塩の添加量は、鉄基粉末100質量部に対して0.05~1.0質量部とすることが好ましい。炭酸塩の添加量が0.05質量部以上であればさらに高い流動性改善効果および圧縮性改善効果を得ることができる。一方、炭酸塩の添加量が1.0質量部以下であれば、圧縮性および抜出性の低下を防止し、より高い流動性および圧縮性を確保できる。
【0065】
また、前記炭酸塩の比表面積が3m2/g以上であれば、混合粉の流動性をさらに向上させることができる。そのため、炭酸塩の比表面積は3m2/g以上であることが好ましい。
【0066】
本発明の一実施形態における混合粉は、任意に、(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の一方または両方をさらに含有することができる。
【0067】
(e)合金用粉末
合金用粉末を含有する混合粉を焼結すると、合金元素が鉄に固溶して合金化する。そのため、合金用粉末を用いることにより、最終的に得られる焼結体の強度を向上させることができる。焼結体の強度を向上させるという観点からは、前記粉末冶金用混合粉が合金用粉末を含有することが好ましい。
【0068】
上記合金用粉末としては、特に限定されることなく、合金成分となり得る粉末であれば任意のものを用いることができる。前記合金用粉末としては、例えば、C、Cu、Ni、Mo、Mn、Cr、V、およびSiからなる群より選択される1または2以上の粉末を用いることができる。Cを合金成分として用いる場合、前記合金用粉末として黒鉛粉を用いることが好ましい。
【0069】
(f)切削性改善剤
切削性改善剤を添加することにより、最終的に得られる焼結体の切削性(加工性)を向上させることができる。そのため、焼結体の切削性を向上させるという観点からは、前記粉末冶金用混合粉が切削性改善剤を含有することが好ましい。
【0070】
前記切削性改善剤としては、例えば、MnS、CaF2、およびタルクからなる群より選択される1または2以上を用いることができる。
【0071】
上記(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の添加量は特に限定されず、任意の量とすることができる。(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の合計量は、鉄基粉末100質量部に対して10質量部以下とすることが好ましく、7質量部以下とすることがより好ましく、5質量部以下とすることがさらに好ましい。(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の合計量を上記範囲内とすることにより、焼結体の密度をさらに高め、焼結体の強度を一層向上させることができる。一方、(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤は必ずしも含有される必要はないため、上記鉄基粉末100質量部に対する合計量の下限は0質量部とすることができる。ただし、(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤が含有される場合、前記合計量は0.1質量部以上とすることが好ましく、0.5質量部以上とすることがより好ましく、1質量部以上とすることがさらに好ましい。(e)合金用粉末および(f)切削性改善剤の合計量を上記範囲内とすることにより、それら成分の添加効果をより高めることができる。
【0072】
粉末冶金用混合粉が(e)合金用粉末を含有する場合、前記(e)合金用粉末の少なくとも一部が、(b1)結合潤滑剤によって(a)鉄基粉末の表面に付着していることが好ましい。前記(e)合金用粉末の全部が(b1)結合潤滑剤によって(a)鉄基粉末の表面に付着していてもよい。同様に、粉末冶金用混合粉が(f)切削性改善剤を含有する場合、前記(f)切削性改善剤の少なくとも一部が、(b1)結合潤滑剤によって(a)鉄基粉末の表面に付着していることが好ましい。前記(f)切削性改善剤の全部が(b1)結合潤滑剤によって(a)鉄基粉末の表面に付着していてもよい。
【0073】
[混合粉の製造方法]
本発明の混合粉は、特に限定されず、任意の方法で製造することができる。本発明の一実施形態においては、上記各成分を、混合機を用いて混合することにより粉末冶金用混合粉末とすることができる。各成分の添加と混合は、1回で行うこともできるが、2回以上に分けて行うこともできる。
【0074】
潤滑剤を鉄基粉末の表面に付着させて結合潤滑剤とするためには、例えば、混合の際に潤滑剤の融点以上に加熱しつつ撹拌し、次いで、混合しながら徐々に冷却すればよい。これにより、鉄基粉末の表面が、溶融した潤滑剤によって被覆される。したがって、鉄基粉末と低融点潤滑剤とを混合した後に、前記低融点潤滑剤の融点よりも高い温度に加熱することにより、前記低融点潤滑剤の少なくとも一部を前記鉄基粉末の表面に付着(結合)させることができる。
【0075】
合金用粉末および切削性改善剤を使用する場合には、結合潤滑剤として用いる潤滑剤と同時に添加することが好ましい。それにより、鉄基粉末の表面に付着した結合潤滑剤を介して、合金用粉末、切削性改善剤などの成分が鉄基粉末の表面に固着される。
【0076】
一方、遊離潤滑剤は、上述したように結合潤滑剤を鉄基粉末の表面に固着させた後に、別途添加、混合すればよい。遊離潤滑剤の添加と混合は、既に固着している結合潤滑剤が溶融しないよう、結合潤滑剤の融点より低い温度で実施する。
【0077】
また、カーボンブラックおよび炭酸塩は、遊離潤滑剤と同時に添加してもよく、遊離潤滑剤と別に添加してもよい。
【0078】
混合手段としては、特に制限はなく、任意のものを使用できるが、加熱が容易であるという観点からは、高速底部撹拌式混合機、傾斜回転パン型混合機、回転クワ型混合機、および円錐遊星スクリュー形混合機からなる群より選択される1または2以上を用いることが好ましい。
【実施例0079】
(実施例1)
以下の手順で粉末冶金用混合粉を調製し、得られた粉末冶金用混合粉の特性と、該粉末冶金用混合粉を用いて作製した成形体の特性を評価した。
【0080】
まず、(a)鉄基粉末に対して、(b1)結合潤滑剤として用いる潤滑剤、(e)合金用粉末を添加した。次いで、添加した潤滑剤のすべての融点より高い温度で加熱混合した後、すべての潤滑剤の融点より低い温度に冷却した。その後、(b2)遊離潤滑剤、(c)カーボンブラック、(d)炭酸塩を添加し、常温で混合した。
【0081】
(a)鉄基粉末としては、アトマイズ法によって製造された鉄粉(純鉄粉)(JFEスチール株式会社製 JIP301A)を用いた。前記鉄粉のメジアン径D50は80μmであった。(e)合金用粉末としては、銅粉と黒鉛粉を使用した。前記銅粉のメジアン径D50は25μm、前記黒鉛粉のメジアン径は4.2μmであった。前記メジアン径D50はレーザ回折式粒子径分布測定装置により測定した。
【0082】
使用した潤滑剤の種類と融点を表1に示す。低融点潤滑剤はA~Mの13種類、高融点潤滑剤はNとOの2種類、脂肪酸金属石けんはP~Uの6種類である。また、混合粉に含まれる各成分の添加量を表2、3に示す。
【0083】
次いで、得られた粉末冶金用混合粉のそれぞれについて、見掛密度、流動性、成形時の抜出力、および成形体の密度を以下の手順で評価した。測定結果を表4、5に示す。
【0084】
(見掛密度)
粉末冶金用混合粉の見掛密度は、JIS Z 2504に規定された方法に従い、直径2.5mmのオリフィスを有する漏斗を用いて評価した。具体的には、混合粉を直径2.5mmのオリフィスを有する漏斗を用いて容積既知の容器内に流し込むことにより自然充填し、その後、質量を測定した。得られた質量と、前記容器の容積から、前記混合粉の見掛密度を得た。見掛密度が低い場合、粉末成形時に金型のコアやパンチのストロークに制約を受け、既存の金型をそのまま使用できないことがある。このため、粉末冶金用混合粉の見掛密度は一般的には低い値より、高い値の方が望ましい。
【0085】
(流動性)
粉末冶金用混合粉の流動性は、JIS Z 2502に規定された方法に従って評価した。具体的には、直径2.5mmのオリフィスを有する漏斗を使用し、前記オリフィスから50gの混合粉が流れ落ちるまでの時間を測定し、その値を流動性の指標とした。なお、流動性が低すぎる結果、混合粉が流れ落ちなかったものについては、表4、5に「流れず」と記載した。
【0086】
(抜出力)
前記粉末冶金用混合粉を用いてJPMA P 13に規定された方法に従って、686MPaの成形圧力で直径11.3mm、高さ10mmの円柱状の成形体を作製した。このとき、成形体を金型から抜出す際の最大荷重を抜出力とした。抜出力が低いほど抜出性が優れている。なお、前記抜出力の測定は、金型の温度が常温である場合と、80℃に加熱した場合の2条件で実施した。
【0087】
(成形体の密度)
前記成形体の密度をJIS Z 2508に規定された方法に従って測定した。前記密度は、得られた成形体の体積と重量から算出した。成形体の密度が高いほど、粉末冶金用混合粉の圧縮性が優れているといえる。なお、前記成形体の密度の測定についても、金型の温度が常温である場合と、80℃に加熱した場合の2条件で実施した。
【0088】
表4、5に示した結果から分かるように、本発明の条件を満たす発明例の混合粉は、高い見掛密度を有るとともに、良好な流動性、常温および高温における成形時の抜出性、圧縮性を兼ね備えていた。これに対して、本発明の条件を満たさない比較例の混合粉は、混合粉の流動性、常温または高温における成形時の抜出性、および圧縮性の少なくとも一つが劣っていた。
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
【0093】
【0094】
(実施例2)
実施例1と同様の手順で粉末冶金用混合粉を調製し、得られた粉末冶金用混合粉の特性と、該粉末冶金用混合粉を用いて作製した成形体の特性を評価した。ただし、銅粉と黒鉛粉は使用しなかった。また、鉄基粉末としては、純鉄粉に代えて、アトマイズ法によって製造された合金鋼粉(JFEスチール株式会社製 JIPシグマロイ415S)を使用した。前記合金鋼粉は、鉄粉の表面にCuを拡散付着させた部分拡散合金化鋼粉である。前記合金鋼粉のメジアン径D50は80μmであった。混合粉に含まれる各成分の添加量を表6に示す。
【0095】
次いで、得られた粉末冶金用混合粉のそれぞれについて、見掛密度、流動性、成形時の抜出力、および成形体の密度を、実施例1と同様の手順で評価した。測定結果を表7に示す。
【0096】
表7に示した結果から分かるように、本発明の条件を満たす発明例の混合粉は、高い見掛密度を有するとともに、良好な流動性、常温および高温における成形時の抜出性、圧縮性を兼ね備えていた。これに対して、本発明の条件を満たさない比較例の混合粉は、混合粉の流動性、常温または高温における成形時の抜出性、および圧縮性の少なくとも一つが劣っていた。実施例1および2の結果から、鉄基粉末が鉄粉であるか合金鋼粉であるかに係わらず、本発明の条件を満たす混合粉は優れた効果を奏することが分かる。同様に、合金用粉末の有無に係わらず、本発明の条件を満たす混合粉は優れた効果を奏することが分かる。
【0097】
【0098】