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  • 特開-癌細胞増殖抑制剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022090502
(43)【公開日】2022-06-17
(54)【発明の名称】癌細胞増殖抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/216 20060101AFI20220610BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220610BHJP
   A61K 36/07 20060101ALI20220610BHJP
【FI】
A61K31/216
A61P35/00
A61K36/07
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020202938
(22)【出願日】2020-12-07
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】高橋 賢次
(72)【発明者】
【氏名】石原 亨
(72)【発明者】
【氏名】井上 裕貴
【テーマコード(参考)】
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
4C088AA07
4C088BA04
4C088BA11
4C088BA32
4C088NA14
4C088ZB26
4C206AA01
4C206AA02
4C206DB20
4C206DB43
4C206KA01
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB26
(57)【要約】
【課題】新規の癌細胞増殖抑制剤およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ストロビルリンXを有効成分として含む癌細胞増殖抑制剤、および癌細胞増殖抑制のための医薬の製造におけるストロビルリンXの使用が提供される。Mucidula属のきのこ由来の抽出物を分画して、活性成分であるストロビルリンXを含む画分を分離することを含む、癌細胞増殖抑制剤の製造方法も提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストロビルリンXを有効成分として含む癌細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
前記癌細胞はヒト癌細胞である、請求項1に記載の癌細胞増殖抑制剤。
【請求項3】
Mucidula属のキノコ由来の抽出物を分画して、活性成分であるストロビルリンXを含む画分を分離することを含む、癌細胞増殖抑制剤の製造方法。
【請求項4】
前記抽出物は、酢酸エチルにより抽出された抽出物である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記画分の分離において、前記画分は癌細胞増殖の抑制活性の存在を指標にして同定され分離される、請求項3または4に記載の製造方法。
【請求項6】
癌細胞増殖抑制のための医薬の製造におけるストロビルリンXの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は癌細胞増殖抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
癌は、罹患率の高さおよび重病になる可能性の大きさから、人間にとって最も恐るべき疾患の1つであり、特に日本人にとっては死因の第1位を占めるものである。癌の新たな治療薬や治療方法の開発が常に求められている。また、癌は人間に限られた病気ではない。獣医療においても、近年、伴侶動物の高齢化に伴い癌の症例が増えてきている。
【0003】
抗癌剤の市場規模は1兆円を超えていると見積もられており、その規模は年々拡大し続けている。様々な化学療法剤が開発されてきているが、例えば免疫チェックポイントに作用する抗体医薬などに代表されるように薬価が極めて高いものが多く、医療保険制度に対する大きな負担にもなっている。従って、比較的安価な低分子医薬、特に天然物質に由来する低分子医薬に対する期待と需要は依然として大きい。
【0004】
これまでに、カビなどの菌類から様々な有用生理活性物質が発見されてきた。しかしながら、きのこが有する生理活性物質については、きのこ全般の遍在性および多様性にも関わらず研究例が相対的に少ない。きのこは比較的未開拓の資源であると言え、きのこには多くの有用物質が秘められている可能性がある。
【0005】
非特許文献1はStrobilurus tenacellus(マツカサシメジ)から単離された化合物ストロビルリンAおよびBが抗真菌活性を有することを記載している。非特許文献1はまた、ストロビルリンAまたはBをマウスのエールリッヒ腹水癌細胞に投与すると、投与後20分の間に、RNA、DNA、およびタンパク質の合成が抑制されたことを記載している。非特許文献2は、ストロビルリンが、ミトコンドリアのシトクロムb(呼吸鎖複合体IIIのサブユニット)に結合して電子伝達を阻害することにより作用する抗真菌化合物であることを記載している。非特許文献3は、ストロビルリンの合成類縁体であるアゾキシストロビンがミトコンドリア経路を通してヒト食道扁平上皮癌細胞のアポトーシスを起こしたことを記載している。非特許文献4は、ストロビルリンの類縁体でもある特定のクレソキシムメチル類縁体がヒト結腸直腸癌細胞において低酸素誘導因子Iの蓄積を阻害したことを記載している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Anke et al., 1977, J. Antibiot., 30(10):806-10.
【非特許文献2】Balba, 2007, J. Environ. Sci. Health B, 42(4):441-51.
【非特許文献3】Shi et al., 2017, Front. Pharmacol., 8:277.
【非特許文献4】Lee et al., 2017, Bioorg. Med. Chem. Lett., 27(13):3026-3029.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、きのこ由来の新規有用物質あるいはきのこ由来物質の新規用途を同定する試み、特に、癌細胞増殖抑制のためのきのこ由来物質の有用性を見出す試みのなかでなされたものである。本発明は新規の癌細胞増殖抑制剤およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は少なくとも以下の実施形態を含む。
[1]
ストロビルリンXを有効成分として含む癌細胞増殖抑制剤。
[2]
前記癌細胞はヒト癌細胞である、[1]に記載の癌細胞増殖抑制剤。
[3]
Mucidula属のキノコ由来の抽出物を分画して、活性成分であるストロビルリンXを含む画分を分離することを含む、癌細胞増殖抑制剤の製造方法。
[4]
前記抽出物は、酢酸エチルにより抽出された抽出物である、[3]に記載の製造方法。
[5]
前記画分の分離において、前記画分は癌細胞増殖の抑制活性の存在を指標にして同定され分離される、[3]または[4]に記載の製造方法。
[6]
癌細胞増殖抑制のための医薬の製造におけるストロビルリンXの使用。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、メラノーマ癌細胞(a)および正常線維芽細胞(b)に対するストロビルリンAおよびストロビルリンXの細胞増殖抑制活性を試験した結果の例を示す。
図2図2は、由来の異なる複数の癌細胞株に対するストロビルリンXの癌細胞増殖抑制活性を試験した結果の例を示す。
図3図3は、肺癌細胞株A549において、ストロビルリンX((a)、Strobilurin X)およびアンチマイシンA((b)、Antimycin A)による細胞増殖抑制(●、▲)および呼吸鎖複合体III阻害(○、△)を調べた実験結果の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示の実施形態においてきのこから同定および単離された化合物ストロビルリンXは、複数種類の癌細胞に対して増殖抑制効果を示したが、同条件下において、正常線維芽細胞の増殖はほとんどあるいはまったく抑制しなかった。構造が類似するストロビルリンAと比べ、ストロビルリンXは正常線維芽細胞による寛容性が有意に高いと見られた。従ってストロビルリンXは、新規の癌細胞増殖抑制用医薬の製造において有用となり得る。
【0011】
一側面において本開示は、ストロビルリンXを有効成分として含む癌細胞増殖抑制剤を提供する。ストロビルリンXの構造を下記化学式1に示す。
【化1】
【0012】
関連するもう1つの化合物であるストロビルリンAの構造を下記化学式2に示す。
【化2】
【0013】
本実施形態の癌細胞増殖抑制剤は、液体製剤および固体製剤を含め当業者に知られる任意の適切な形態に製剤化されて提供され得る。本実施形態の癌細胞増殖抑制剤は、有効成分であるストロビルリンXの他に、個々のアプリケーションに応じて、薬学的に許容される担体または賦形剤を含み得ることが理解される。そのような担体または賦形剤の具体例として、水、プロピレングリコール、エタノール、マンニトール、植物油、鉱油、ジメチルスルホキシド、グリセリン、ラクトース、スクロース、デンプン、デキストリン、セルロース、ポリエチレングリコール、ステアリン酸マグネシウム、およびそれらの組合せが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態において典型的な担体の一例は水である。すなわち、本実施形態の癌細胞増殖抑制剤は水溶液の形態で提供され得る。癌細胞増殖抑制剤中の有効成分であるストロビルリンXの濃度は、製剤の種類および意図する薬理強度等に応じて当業者が適宜決定することができ、典型的には少なくとも0.0001重量%以上であり、より典型的には少なくとも0.001重量%以上であり、0.01重量%以上あるいは0.1重量%以上であってもよい。ストロビルリンX濃度の上限は特に限定されず、例えば凍結乾燥固形製剤の場合等において、99重量%またはそれ未満であり得る。
【0014】
癌細胞増殖抑制剤の投与対象となる癌細胞の動物種は、哺乳類、例えばヒト、サルのような霊長類であり得、あるいはイヌ、ネコ、ウマ、ウシ等であり得る。一実施形態において、癌細胞はヒト癌細胞である。癌には少なくともメラノーマ、肺癌、子宮癌が含まれ得るが必ずしもこれらに限定されない。
【0015】
癌細胞の増殖抑制には、癌細胞の分裂を阻害すること、および/または癌細胞を死滅させることが含まれ得る。
【0016】
別の側面において本開示は、Mucidula属のきのこ由来の抽出物を分画して、活性成分であるストロビルリンXを含む画分を分離(回収)することを含む、癌細胞増殖抑制剤の製造方法を提供する。
【0017】
Mucidula属(ハラタケ目、タマバリタケ科、ヌメリツバタケ属)は公知である。好適なMucidula属きのこの一例はヌメリツバタケモドキ(Mucidula venosolamellata)である。本発明者らは、Mucidula属のきのこをMalt Extract水性液体培地中で培養して得られた液体培養物の濾液からストロビルリンXを抽出できることを見出した。しかしながら、菌体そのものからストロビルリンXを抽出することも可能である。抽出物は、水性抽出物であってもよいが、水性抽出溶媒による抽出に加えて、または水性抽出溶媒による抽出の代わりに、有機溶媒による抽出を経て得られた抽出物であることが好ましい。抽出溶媒として好適な有機溶媒の一例は酢酸エチルである。しかしながら、要は、分画に先立ってストロビルリンXを含むきのこの成分をまとめて溶解させることが抽出溶媒の目的であるから、ストロビルリンXを溶解出来る限り酢酸エチル以外の溶媒も使用可能である。当業者は通常の知識に基づいて適切な有機溶媒を選択することができる。
【0018】
複数の化合物を含有する混合物を個々の化合物または化合物群に分画する技術は、当業者に多数知られている。非限定的な例として、シリカゲルクロマトグラフィーを、上記抽出物の分画のために好適に用いることができる。より具体的な例として、アセトン-ヘキサン勾配で溶出を行うシリカゲルクロマトグラフィー、酢酸エチル-ヘキサン勾配で溶出を行うシリカゲルクロマトグラフィー、またはこれらの組合せが挙げられる。
【0019】
分画操作によって得られた複数の画分のうち、ストロビルリンXを含む画分を同定する具体的手法は限定されない。簡便な例として、癌細胞増殖の抑制活性の存在を指標にして、ストロビルリンXを含む画分を同定し分離することができる。具体的には、癌細胞の培養物に各画分を添加し、非添加の対照と比べて癌細胞の増殖率あるいは生存率の抑制が見られる活性画分を分離することができる。この用途に使用できる癌細胞株の例としてはG361(メラノーマ)、A549(肺癌)、HeLa(子宮頸癌)が挙げられるがこれらに限定されない。細胞生存率のアッセイ自体は当業者によく知られており、その非限定的な例としてWST法、MTTアッセイ、および[H]-チミジン取り込み法が挙げられる。必要ならば、質量分析等当業者に知られる手法を用いて、上記活性画分におけるストロビルリンXの含有を最終的に確認することもできる。いったん活性画分が同定された後は、同じ分画手順に従えば実質的に同じ画分においてストロビルリンXの回収を再現し得るので、癌細胞増殖抑制活性等に基づく活性画分の同定手順を省略できる場合もあり得る。
【0020】
回収されたストロビルリンX含有試料を、例えば逆相クロマトグラフィーを用いて、さらに単離、精製、および/または濃縮することもできる。
【0021】
上記の製造方法またはその他のルートによっていったんストロビルリンXが取得されれば、そのストロビルリンXを、癌細胞増殖抑制のための医薬の製造において使用することができる。この医薬の製造におけるストロビルリンXの使用は、医薬における癌細胞増殖抑制活性の実効性を維持または向上させるためにストロビルリンXに様々な処理を行うことを含む。これには例えば、ストロビルリンXを担体、賦形剤、および/またはその他の添加剤と組み合わせて製剤化することが含まれる。
【実施例0022】
以下、実施例を示して実施形態をさらに詳細に説明するが、実施例はあくまで例示であり、発明の実施形態はこれらの実施例に限定されない。
【0023】
[ヌメリツバタケモドキからの癌細胞増殖抑制物質の分離]
多数種類のきのこの抽出物のライブラリーを本発明者らが調査する中で、ヌメリツバタケモドキ(Mucidula venosolamellata)の抽出物に癌細胞増殖抑制活性の存在が検出された。本実施例では、ヌメリツバタケモドキの水性液体培養物の濾液からの活性物質の分離・同定を記述する。
【0024】
癌細胞増殖抑制活性の試験のために、当業者に知られるWST-8アッセイを用いた。WST-8は水溶性テトラゾリウム塩である。生細胞はWST-8を橙色のホルマザン色素に還元することができ、ホルマザン色素の生成量が生細胞数に比例する。従って、細胞増殖抑制物質の存在下では、ホルマザン色素の生成量が低減する。
【0025】
メラノーマ癌細胞株G-361および正常線維芽細胞株NB1RGBのそれぞれの懸濁培養物100μL(50000細胞/mL)を、5%CO環境下37℃で24時間インキュベートした後、試験されるきのこ由来サンプルまたはコントロールサンプル(DMSO溶媒単体)を添加し、同条件でさらに48時間培養した。それからWST-8を添加して、2時間後の吸光度(450nm)を測定することによって、細胞生存率(すなわち、増殖時間を経た後の、コントロールに対する生細胞数の割合)を定量化した。
【0026】
ヌメリツバタケモドキの上記濾液15Lを、酢酸エチルで抽出した。この抽出物自体が癌細胞増殖抑制活性を有するが、活性成分をさらに濃縮して分離し、同定するために、以下の分画実験を行った。まず、アセトン-ヘキサン勾配を溶出液とするシリカゲルクロマトグラフィーで上記抽出物を分画した。各画分に対して上記WST-8アッセイを行ったところ、アセトン10%の画分に癌細胞増殖抑制活性が分離されていた。この画分をさらに、酢酸エチル-ヘキサン勾配を溶出液とする第2のシリカゲルクロマトグラフィーで分画した。溶出液の酢酸エチル体積濃度が20%となっているあいだに3つの溶出画分を回収したが、そのうちの1番目の溶出画分および2番目の溶出画分に癌細胞増殖抑制活性が検出された。この酢酸エチル20%における1番目の溶出画分には未同定化合物1が、2番目の溶出画分には未同定化合物2が含まれていた。これらの画分から、HPLC(C18カラム、溶出液はアセトニトリル-水)によって、未同定化合物1(28.3mg)および未同定化合物2(5.5mg)をそれぞれ単離した。
【0027】
HR ESI-MS(high-resolution electrospray ionization mass spectrometry)、H NMR、13C NMR、および二次元NMRの手法を組み合わせて、上記化合物1はストロビルリンA、上記化合物2はストロビルリンXであることが同定された。
【0028】
[生物学的活性の評価および作用機序についての検討]
図1は、単離されたストロビルリンAおよびストロビルリンXの細胞増殖抑制活性を試験した結果の例を示す。DMSO溶媒のみを投与して培養したコントロールにおける増殖後の細胞数を基準にして、同じ所定時間培養後の細胞生存率を相対的に表している。両化合物とも、メラノーマ癌細胞の増殖を抑制する活性を示したが、ストロビルリンXの方が増殖抑制活性が高いと見られた(図1a)。驚くべきことに、この試験においてストロビルリンXは、正常線維芽細胞に対しては実質的に細胞増殖抑制活性を示さなかった(図1b)。ストロビルリンAは高濃度において正常線維芽細胞の増殖を抑制した。
【0029】
ストロビルリンXの癌細胞増殖抑制能は、同じアッセイで、メラノーマ癌細胞だけでなく、肺癌細胞株A549および子宮癌細胞株HeLaにおいても確認された(図2)。
【0030】
ストロビルリン系化合物は、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体IIIにおける電子伝達を阻害することにより抗菌作用を示すことが知られている(非特許文献2)。しかしながら、本願で見出されたストロビルリンXによる癌細胞増殖抑制作用は、呼吸鎖複合体との関係が希薄であると見られた。図3は、肺癌細胞株A549において、ストロビルリンX(図3a)および既知の呼吸鎖複合体III阻害薬アンチマイシンA(図3b)のそれぞれによる、細胞増殖抑制(左縦軸、黒丸または黒三角)および呼吸鎖複合体III阻害(右縦軸、白丸または白三角)を濃度依存的に調べた実験結果の例をまとめて示している。呼吸鎖複合体III阻害活性は、ケイマンケミカル社のMitoCheck Complex II/III activity assay kitを用いてチトクロムCの還元を測定することによって評価した。試験されたヒト癌細胞において、ストロビルリンXによる呼吸鎖複合体III阻害は緩やかであり、そして、有意な呼吸鎖複合体III阻害の出現と癌細胞増殖抑制の出現とは一致していなかった(図3a)。一方アンチマイシンAは、著しく強い呼吸鎖複合体III阻害を示したが、それにも関わらず細胞増殖抑制活性は、ストロビルリンXで得られたものより著しく弱かった(図3b)。これらの結果は、ストロビルリンXによる癌細胞増殖抑制が、呼吸鎖複合体IIIの阻害以外の機序によって媒介されていることを示唆している。
【0031】
ストロビルリンXによる癌細胞増殖抑制の作用機序についての知見を得るべく、MAPKファミリー遺伝子、細胞周期関連遺伝子、Akt経路遺伝子、オートファジー関連遺伝子、ERストレス関連遺伝子を含む複数の遺伝子の発現を、ストロビルリンX投与群および非投与群の癌細胞についてウェスタンブロット分析で比較する実験を行った。これらはいずれも癌細胞増殖に関与し得ることが知られる遺伝子である。しかしながら両群間で顕著な変化は見出されなかった(図示していない)。また、細胞内に活性酸素種を生成することにより作用する抗癌剤の存在も知られるため、ストロビルリンXがこのタイプに属する可能性を検証するべく、ストロビルリンX投与群および非投与群の癌細胞について、H2DCFDA蛍光指示薬(サーモフィッシャー社)を用いて活性酸素種生成量を比較する実験も行った。しかしストロビルリンX投与による活性酸素種の著しい増加は観察されなかった(図示していない)。
図1
図2
図3