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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022091184
(43)【公開日】2022-06-21
(54)【発明の名称】抗体を含む被験試料の精製方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/22 20060101AFI20220614BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20220614BHJP
   B01J 20/281 20060101ALI20220614BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20220614BHJP
【FI】
C07K1/22
G01N30/88 J
B01J20/281 R
G01N30/26 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020203833
(22)【出願日】2020-12-09
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100166028
【弁理士】
【氏名又は名称】北谷 賢次
(72)【発明者】
【氏名】水町 義博
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA20
4H045AA40
4H045BA10
4H045DA75
4H045EA61
(57)【要約】
【課題】抗体を含む被験試料の精製方法等の提供。
【解決手段】本発明は、抗体を含む被験試料を精製する方法であって、1)アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、2)被験試料を分離カラムに適用する工程と、を含む、方法を提供する。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体を含む被験試料を精製する方法であって、
1)アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、
2)被験試料を分離カラムに適用する工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
工程1)の前に、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の濃度を0.1~20質量%に調整する工程、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
抗体結合性タンパク質がプロテインG、プロテインA及びプロテインLから成る群から選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
抗体結合性タンパク質がプロテインGである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
抗体が炎症マーカーに特異的な抗体である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
炎症マーカーがC反応性タンパク質(CRP)である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
抗CRP抗体がモノクローナル抗体である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
被験試料が希釈されずに分離カラムに適用される、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
被験試料が、腹水、細胞培養液上清、又は血清である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液のpHが6.0~9.0である、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
抗体間の疎水性相互作用がアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩により抑制される、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
アルギニン誘導体がアシル化アルギニン、アルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アルギニンブチルエステル、アルギニンアミド、アグマチン、及びアルギニン酸から成る群から選択される、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
被験試料から抗体を含む目的試料を調製する方法であって、
1)アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、
2)被験試料を分離カラムに適用する工程と、
3)抗体を含む目的試料を回収する工程と、
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は広く、抗体を含む被験試料の精製方法、具体的には、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を用いて抗体を精製する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の精製において、カラムクロマトグラフィーが用いられている。特にアフィニティークロマトグラフィーは、タンパク質の相互作用を利用した精製方法であり、非常に有用である。一方で、タンパク質の精製時において、カラムクロマトグラフィーが用いられる場合、カラム内での精製物質の高濃度・高密度状態が生じ、目的となるタンパク質自身の相互作用により会合等が生じ、精製後のタンパク質の溶解性及び反応性等に大きな影響が生じてしまう場合がある。さらにアフィニティカラムクロマトグラフィーによる精製の場合、溶出に使用される酸性溶液により、溶出時に変性や会合を生じてしまい、タンパク質の活性の低下や不溶化を生じてしまう場合もある。
【0003】
精製時において目的となる精製タンパク質自身による変性・会合等を防ぐために、アフィニティークロマトグラフィーにおいて、溶出緩衝液にアルギニンを添加する技術が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4826995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されるような溶出緩衝液にアルギニンを添加してアフィニティークロマトグラフィーを行った場合、溶出時に目的とするタンパク質を溶出できない場合や、溶出できても、目的タンパク質以外の非特異的吸着成分も同時に溶出される可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、アルギニンを結合緩衝液に含めることで、精製タンパク質の収率が顕著に向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本願は以下の発明を包含する。
[1]
抗体を含む被験試料を精製する方法であって、
1)アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、
2)被験試料を分離カラムに適用する工程と、
を含む、方法。
[2]
工程1)の前に、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の濃度を0.1~20質量%に調整する工程、を更に含む、[1]に記載の方法。
[3]
抗体結合性タンパク質がプロテインG、プロテインA及びプロテインLから成る群から選択される、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
抗体結合性タンパク質がプロテインGである、[3]に記載の方法。
[5]
抗体が炎症マーカーに特異的な抗体である、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
炎症マーカーがC反応性タンパク質(CRP)である、[5]に記載の方法。
[7]
抗CRP抗体がモノクローナル抗体である、[6]に記載の方法。
[8]
被験試料が希釈されずに分離カラムに適用される、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]
被験試料が、腹水、細胞培養液上清、又は血清である、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]
アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液のpHが6.0~9.0である、[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]
抗体間の疎水性相互作用がアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩により抑制される、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]
アルギニン誘導体がアシル化アルギニン、アルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アルギニンブチルエステル、アルギニンアミド、アグマチン、及びアルギニン酸から成る群から選択される、[1]~[11]のいずれかに記載の方法。
[13]
被験試料から抗体を含む目的試料を調製する方法であって、
1)アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、
2)被験試料を分離カラムに適用する工程と、
3)抗体を含む目的試料を回収する工程と、
を含む、方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アルギニンの非存在下で精製を行う場合と比較して、精製タンパク質の収率を顕著に向上することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、アルギニンを含有しない結合緩衝液を用いてマウス腹水から抗CRP抗体を精製した際のクロマトグラムを示す。上の図は縦軸をフルスケールで表した図であり、下の図は縦軸の一部を拡大した図である。
図2図2は、マウス腹水に代えてヤギ由来抗ヒトIgGを用いた場合のクロマトグラムを示す。
図3図3は、図1及び図2で回収された画分の非還元SDS-PAGE解析結果を示す。M:分子量マーカー;レーン1: マウス腹水(2.5μg);レーン2: 素通り画分(2.5μg);レーン3: 酸溶出画分(20μL);レーン4: ヤギ抗マウスIgG(2.5μg);レーン5: 素通り画分(20μL);レーン6: 酸溶出画分(20μL)
図4図4は、結合緩衝液にアルギニンを添加しなかった場合のクロマトグラム(上)と、5質量%アルギニンを添加した場合のクロマトグラム(下)を示す。結合緩衝液として、20mMリン酸Naバッファー,pH7.0を使用した。
図5図5は、結合緩衝液に5質量%アルギニンを添加した場合のクロマトグラム(上)と、10質量%アルギニンを添加した場合のクロマトグラム(下)を示す。結合緩衝液として、20mMリン酸Naバッファー,pH7.0を使用した。
図6図6は、図4で回収された画分の非還元SDS-PAGE解析結果を示す。M:分子量マーカー;レーン1:マウス腹水A-34_070925(1.3μg);レーン2:素通り画分(1.3μg);レーン3:酸溶出画分(アルギニンなしのレーンには0.3μg、5質量%アルギニン添加のレーンには1.3μgを適用した)
図7図7は、図5で回収された画分のウエスタンブロットの結果を示す。M:分子量マーカー;レーン1:マウス腹水A-34_070925(1.3μg);レーン2:素通り画分(1.3μg);レーン3:酸溶出画分(1.3μg)
図8図8は、図4で回収された画分のウエスタンブロットの結果を示す。M:分子量マーカー;レーン1:マウス腹水Aー34_070925(1.3μg);レーン2:素通り画分(1.3μg);レーン3:酸溶出画分(アルギニンなしのレーンには0.3μg、5質量%アルギニン添加のレーンには1.3μgを適用した)
図9図9は、図5で回収された画分の非還元SDS-PAGE解析結果を示す。M:分子量マーカー;レーン1:マウス腹水A-34_070925(1.3μg);レーン2:素通り画分(1.3μg);レーン3:酸溶出画分(1.3μg)
図10図10は希釈率の異なるマウス腹水を精製した場合のクロマトグラムを示す。上:10倍希釈したマウス腹水;中:2倍希釈したマウス腹水;下:希釈しないマウス腹水(ただし5質量%アルギニンを含む)
図11図11は、図10の精製で得られた画分の非還元SDS-PAGE解析結果を示す。
図12図12は、図10の精製で得られた画分のウエスタンブロットの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(精製方法)
第一の実施形態において、本発明は、抗体を含む被験試料を精製する方法であって、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、被験試料を分離カラムに適用する工程と、を含む、方法、を提供する。
【0011】
被験試料の「精製」とは、目的の抗体と、それ以外の1又は複数の物質とを含む被験試料から、完全に又は部分的に、目的の抗体以外の少なくとも1つの物質を除去することによって、被験試料中に含まれる抗体の純度を向上させる工程を意味する。被験試料の精製の前に、被験試料やカラムが準備される。
【0012】
被験試料に含まれる「抗体」は、免疫グロブリン分子の可変領域中に位置する少なくとも1つの抗原認識部位を介して、標的、例えば、炭水化物、ポリヌクレオチド、脂質、ポリペプチド等に特異的に結合することが可能な免疫グロブリン分子である。抗体は、分解酵素パパインで消化すると、N末端側のFab領域と、C末端側のFc領域の2種の断片に大きく分けられる。抗体は、IgG、IgM、IgA、IgE、IgDのいずれのアイソタイプであってもよい。ヒトの免疫グロブリンとして、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、IgA2、IgD、IgE、IgMの9種類のクラス(アイソタイプ)が知られている。
【0013】
本明細書で使用する場合、「抗体」は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、少なくとも2つの異なるエピトープ結合性フラグメントから形成される多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)、CDR移植ヒト抗体、ヒト化抗体、ラクダ化抗体、キメラ抗体、イントラボディー、それらの断片(例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、Fv)、単鎖(ScFv)、ドメイン抗体(例えば、サメ及びラクダ科動物(camelid)抗体を含む)、あるいはその融合体であってもよい。
【0014】
「モノクローナル抗体」は、実質的に均一な抗体集団、すなわち、集団を構成する個別の抗体が、少量で存在しうる可能な自然発生の突然変異を除いて、同一である集団から得られた抗体を指す。
【0015】
抗体は、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液の存在下で精製されることにより収率が向上するものであれば特に限定されないが、炎症マーカー等のバイオマーカーに対して特異的なものであることが好ましい。「炎症マーカー」は、炎症の有無や程度を反映する指標である。炎症マーカーとしては、C反応性タンパク質(C-reactive protein)(CRP)、高感度CRP(high-sensitivity CRP)(hs-CRP)、赤血球沈降速度(erythrocyte sedimentation rate)(ESR)、血清アミロイドA、血清アミロイドP、フィブリノゲン、血液又はその他の生物学的流体中のサイトカイン、サイトカイン、抗体、DNA配列、RNA配列、他の任意の炎症マーカー、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0016】
CRPは、急性期反応物質であり、炎症刺激に応答して肝臓により産生され、血液中を循環する。CRPのレベルは、例えば、限定されないが、感染による炎症(例えば、細菌、ウイルス又は真菌)、リウマチ及び他の炎症性疾患、悪性腫瘍、組織損傷又はネクローシス等の、急性炎症又は慢性炎症に応答して、上昇する。
【0017】
抗体の由来は問わず、任意の哺乳類、例えばヒトや、マウス、ウサギ、ラット、モルモット、ハムスター、ヤギ、ヒツジ、ラクダ等の非ヒト動物であってもよい。
【0018】
「被験試料」は、精製が意図される少なくとも1つの目的の抗体を含むものであれば特に限定されないが、哺乳類等の被験者に由来する生物学的試料、例えば腹水、尿、リンパ、血液、血漿、血清、唾液、精漿、洗浄液、子宮頸分泌液、頸膣分泌液、膣分泌液、乳房分泌液、母乳、滑液、精液、精漿、便、痰、脳脊髄液、涙、粘液、間質液、卵胞液、羊水、眼房水、硝子体液、腹腔液、汗、リンパ液、又は肺痰や、あるいはそれらに含まれる細胞の懸濁液、培養液上清、さらにはバイオリアクターから得られる培養上清のいずれであってもよい。被験試料は、腹水、細胞培養液上清、血清、又はこれらの希釈物であることが好ましい。
【0019】
被験試料に含まれる抗体の濃度は特に限定されず、抗体を所望の濃度とするために濃縮してもよいし、希釈してもよい。また、分離カラムに適用する前に被験試料に含まれる抗体以外の物質うちの幾つかを任意の手段で除去してもよい。被験試料は、精製工程で生成される廃液の量を減少させ、また、工程数を減らす観点から、希釈せず原液のまま分離カラムに適用することが好ましい。しかしながら、適用前に緩衝液等で希釈してもよい。所望の濃度に希釈する場合、任意の緩衝液、例えばリン酸緩衝食塩水、又は水、又は他の任意の水溶性構成成分からなる水系を用いることができる。希釈倍率は低い方が好ましく、例えば1~10倍程度である。低希釈とすることで、カラムに適用する液量を減少させ、クロマトグラフィーの操作時間を短縮でき、目的の抗体タンパク質への影響を軽減することができる。希釈はアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の存在下行ってもよい。
【0020】
抗体を含む被験試料は、その調製後、分離カラムに適用され得る。分離カラムのカラム容量や、カラムに使用する担体やリガンドの種類等、分離カラムの準備は当業者が適宜行うことができる。
【0021】
本明細書で使用する場合、「分離カラム」は、クロマトグラフィーにおいて、導入された試料中の成分や溶質の分離を行うための装置を意味する。
【0022】
分離カラムに用いる担体としては、アガロース、デキストラン、セルロース等の不溶性多糖類(ゲル)を用いることができる。いずれも市販品を用いることができ、アガロースとしては、セファロース(登録商標)(GEヘルスケア社製)等がある。
【0023】
カラムに用いる担体は、乾燥ゲルを使用する場合、必要量を秤量後、純水を添加することにより膨潤される。その後、乾燥ゲルは洗浄され、得られたゲル懸濁液が分離カラムに適用される。乾燥ゲルの洗浄及びゲル懸濁液の調製には緩衝液を用いてもよい。
【0024】
カラムに用いる担体の選択は、抗体に対する選択性や抗体の結合容量を考慮して行われる。結合容量には、最大結合容量と動的結合容量がある。最大結合容量は目的分子の最大回収容量を示し、動的結合容量はカラム中を流れている状態における回収効率を示す。これらを適宜参照し、当業者は使用する担体を選択することができる。
【0025】
担体には、目的の抗体に対して親和性を有するリガンドが固定される。リガンドとは、抗原と抗体の結合に代表される、特異的かつ可逆的な親和性に基づいて、被験試料から目的物質を捕集する物質である。
【0026】
本発明に用いることができるリガンドとして、抗体に特異的に結合する能力を有していれば特に限定されないが、ペプチドリガンド、タンパク質リガンド、化学合成リガンド等が挙げられる。目的の抗体に対する特異性の観点から、ペプチド性又はタンパク質性のリガンドが好ましい。中でも、抗体結合性タンパク質及びその類縁物質がリガンドとしてより好ましい。
【0027】
本明細書で使用する場合、「抗体結合性タンパク質」は、抗体に結合することが知られているタンパク質又はその混合物を意味する。抗体結合性タンパク質としては、プロテインG、プロテインA及びプロテインL、又はこれらの組換えタンパク質等が挙げられる。
【0028】
プロテインG、プロテインA及びプロテインLとは、抗体と特異的に結合をすることができるタンパク質であり、それぞれプロテインG(レンサ球菌:Streptococcus属)、プロテインA(黄色ブドウ球菌:Staphylococcus aureus)、プロテインL(Peptosteptococcus magnus)のように、由来する微生物が異なる。
【0029】
分離カラムを用いた精製は、被験試料に含まれる物質の大きさ、吸着力、電荷、質量疎水性等の違いを利用して所望の物質を分離する任意のクロマトグラフィーを用いて行うことが好ましい。タンパク質クロマトグラフィーとしては、カラムクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等が挙げられる。精製は抗体結合性タンパク質が固定されたアフィニティークロマトグラフィーを用いて行うことが好ましい。
【0030】
アフィニティークロマトグラフィーとは、被験試料中の目的物質を、分離カラムに固定されたアフィニティーリガンドとの親和性に基づいて精製を行うクロマトグラフィー法である。
【0031】
一実施形態では、精製は、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する結合緩衝液を、プロテインG、プロテインA及びプロテインL等の抗体結合性タンパク質をアフィニティーリガンドとした、カラムクロマトグラフィーに適用し、そして、被験試料を分離カラムに適用する工程を含む。
【0032】
本明細書で使用する場合、「緩衝液」は、pH変化に対して耐性を持つ任意の溶液を指し、結合緩衝液、溶出緩衝液、中和緩衝液が含まれる。
【0033】
結合緩衝液は、カラムに固定されたリガンドと、目的の抗体との結合に適した環境を提供する緩衝液である。リガンドとして選択され得る抗体結合性タンパク質は、その結合効率が、結合環境のpHによる影響を受けやすいことが知られている。結合緩衝液としては、リガンドと目的の抗体の相互作用を阻害しないものであれば特に限定されないが、リン酸ナトリウム緩衝液(NaPi)やGly-水酸化ナトリウム緩衝液等が挙げられ、特にリン酸ナトリウム緩衝液(NaPi)であることが好ましい。結合緩衝液は、分離カラムの平衡化以外にも、被験試料の希釈等に用いてもよい。本発明においては、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含む結合緩衝液を少なくとも用いる。すなわち、本発明においては、被験試料を分離カラムに適用する工程の前工程として、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程を有していればよく、当該工程の前に、任意の結合緩衝液を用いてもよく、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液が分離カラムにおいて平衡化を発揮し得る限り、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を適用した後であって、被験試料を分離カラムに適用する工程の前工程として、任意の緩衝液を適用してもよい。
【0034】
溶出緩衝液は、カラム中のリガンドと目的のタンパク質との結合を解離させて、目的の抗体を回収する緩衝液である。アフィニティークロマトグラフィーにおいて、タンパク質構造に永続的な影響を与えにくい酸性の溶出緩衝液が好適に用いられている。酸性の溶出緩衝液を用いた目的抗体の溶出を酸溶出という。溶出緩衝液としては、特に限定されるものではないが、Gly-HCl緩衝液、クエン酸緩衝液、水酸化アンモニウム緩衝液等が挙げられる。中和緩衝液は、酸溶出した目的の抗体をpHの中和により損傷から保護し、回復する緩衝液である。
【0035】
中和緩衝液としては、特に限定されるものではないが、Tris-HCl緩衝液等が挙げられる。各緩衝液の組成は、緩衝液の用途やリガンドの種類等に応じて適宜変更される。
【0036】
結合緩衝液のpHは被験試料や使用するリガンドの種類等に応じて当業者が適宜調整することができる。
【0037】
一実施形態において、結合緩衝液は、好ましくは4.5~8.5、より好ましくは5.0~8.2のpHを有し、さらにより好ましくは7.0~8.2のpHを有する。
【0038】
結合緩衝液に添加される「アルギニン」は、5-グアニジノー2-アミノペンタン酸とも呼ばれる、元来天然に存在するアミノ酸類である。アルギニンはL体又はD体のいずれでもよい。好ましいアルギニンはL体のアルギニンである。結合緩衝液中でのアルギニンの形態は特に限定されないが、結合緩衝液のpH等に応じた任意の形態となり得る。アルギニンは遊離体又は塩の形態をとってもよい。アルギニンの塩としては精製上許容される塩であれば特に限定されないが、塩酸塩、グルタミン酸塩、クエン酸塩等が挙げられる。また、アルギニンよりも高い凝集抑制作用で知られるアシル化アルギニン、アルギニンメチルエステル、アルギニンエチルエステル、アルギニンブチルエステル、アルギニンアミド、アグマチン、及びアルギニン酸等のグアニジウム基を有するアルギニン誘導体の形態をとってもよい。アルギニン誘導体も遊離体又は塩の形態をとってもよく、アルギニン誘導体の塩としては、アルギニンの塩として記載した塩であってよい。アルギニン又はアルギン誘導体の塩の形態の中では塩酸塩が好ましい。
【0039】
アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する結合緩衝液を分離カラムに適用してカラムを平衡化することで、被験試料に含まれる抗体の収率が向上し得る。理論に拘束されることを意図するものではないが、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液がカラムに存在する状態で被験試料がカラムに適用されることで、被験試料に含まれる抗体等のタンパク質間の疎水性相互作用を抑制し、凝集の効果を弱め、それにより抗体タンパク質のFc領域がより多く分離カラムに結合して収率が向上すると考えられる。
【0040】
本明細書で使用する場合、「適用する」工程とは、被験試料や適切な緩衝液を分離カラムに流す工程を意味する。分離カラムに「適用する」とは、「負荷する」ことを指す場合がある。
【0041】
アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する結合緩衝液を分離カラムに適用する前に、アルギニ又はアルギニン誘導体、あるいはその塩ンの濃度を調整する工程を実施してもよい。アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する結合緩衝液を被験試料の希釈に用いる場合、被験試料の希釈の際にアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の濃度を調整してもよい。結合緩衝液に添加するアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の濃度の調整は、所定の量のアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を適切な緩衝液に添加することにより実施することができる。アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の濃度の調整は結合緩衝液を分離カラムに適用する前に実施することが好ましい。所望の効果を奏する限り、結合緩衝液におけるアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩の濃度は特に限定されない。
【0042】
一実施形態において、結合緩衝液は、好ましくは0.1~20質量%、より好ましくは5~10質量%のアルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する。
【0043】
アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する結合緩衝液を分離カラムに適用することでカラムの平衡化が行われる。その後、分離カラムに対して被験試料が適用される。ここで、被験試料中に含まれるタンパク質、ペプチド、核酸、脂質等が、リガンドとの相互作用を生じない分子であるにもかかわらず、非特異的にカラムに吸着する場合があり、このような非特異的吸着成分は、目的抗体の溶出を行う前に、除去してもよい。
【0044】
被験試料及び緩衝液をカラムに適用する流速は、前述のカラム担体に用いる素材の動的結合容量及び被験試料の保護に適した範囲で、当業者が適宜選択することができる。アフィニティークロマトグラフィーによる精製において、各工程における被験試料又は緩衝液を適用する流速は同じであってもよく、違っていてもよい。カラムの平衡化に用いる結合緩衝液、非特異的吸着成分の洗浄に用いる緩衝液、目的抗体の溶出に用いる溶出緩衝液は、例えば1mL/分~3mL/分の範囲内の流速でカラムに適用してもよい。被験試料は、例えば0.2mL/分~1mL/分の範囲内の流速でカラムに適用してもよい。
【0045】
非特異的吸着成分の洗浄は、カラムに用いる担体及び非特異的吸着成分の性質に応じて、当業者が適切な手段を選択して行うことができる。具体的には、非特異的吸着成分に親和性を示す任意の緩衝液をカラムに適用して洗浄を行うことができる。このとき、目的の抗体とは親和性を生じない性質のものを選択することに留意する必要がある。非特異的吸着成分の洗浄工程以外にも、結合緩衝液の適用と被験試料の適用との間に任意の工程を含めることもできる。
【0046】
分離カラムの平衡化、その後の任意の工程に続いて、目的抗体の溶出がおこわなれる。カラムに吸着した目的の抗体を取り出すために、溶出緩衝液用いることができる。溶出緩衝液のpHは被験試料や使用するリガンドの種類等に応じて当業者が適宜決定することができる。
【0047】
一実施形態において、溶出緩衝液は、好ましくは酸性のpH、より好ましくは1.8~3.5のpHを有し、さらにより好ましくは2.0~3.0のpHを有する。
【0048】
分離カラムから溶出された画分に対して任意の処理を行うことができる。例えば、目的の抗体を含む溶出画分の中和を行ってもよい。中和には中和緩衝液を用いることができる。中和緩衝液のpHは目的の抗体の種類等に応じて当業者が適宜決定することができる。
【0049】
一実施形態において、中和緩衝液は、溶出画分のpHを平衡化し得る範囲内であれば特に限定されないが、好ましくは8.0~9.4のpHを有する。
【0050】
溶出画分に含まれる抗体の純度は、例えば、溶出液の吸光度、目的の抗体分子の吸光度係数から溶出液中の抗体濃度等の指標として確認することができる。溶出画分の純度はSDS-PAGE、酵素免疫測定法(EIA)、又はウエスタンブロットにより確認してもよい。抗体の濃度を所望とする純度とするために、抗体を含む画分をさらなるクロマトグラフィーやフィルターろ過にかけ、高純度化を実施してもよい。
【0051】
(調製方法)
第二の実施形態において、本発明は、被験試料から抗体を含む目的試料を調製する方法であって、アルギニン又はアルギニン誘導体、あるいはその塩を含有する緩衝液を、抗体結合性タンパク質が固定された分離カラムに適用する工程と、被験試料を分離カラムに適用する工程と、抗体を含む目的試料を回収する工程と、を含む、方法、を提供する。
【0052】
目的試料は被験試料中の抗体の濃度との比較で高い純度の抗体を含む。目的物質は抗体以外の不所望の物質を実質的に含まないことが好ましい。
【0053】
適用工程は上述の精製方法と同様に行うことができる。目的試料の「回収」は、一般的には、遠心分離、凝集/沈殿、深層濾過、及び無菌濾過により達成されるが、他の方法を使用することも可能である。
【0054】
目的試料の回収後、さらなるクロマトグラフィーやフィルターろ過により高純度化を実施してもよく、そのままSDS-PAGE、EIA、又はウエスタンブロットにより溶出画分の純度の確認を実施してもよい。溶出画分の純度の確認は、溶出液の吸光度と、目的の抗体分子の吸光度係数から溶出液中の抗体濃度を確認することにより実施することができる。
【実施例0055】
本発明を以下の実施例にて具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
1.結合緩衝液へのアルギニン添加の検討
1-1.プロテインGを固定した分離カラムによる抗体の精製
目的
抗体結合性タンパク質(プロテインG)を固定した分離カラムを使用したクロマトグラフィー(以降、プロテインGカラムクロマトグラフィーという)における結合緩衝液へのアルギニン添加を検討するために、アルギニン非存在下のプロテインGカラムクロマトグラフィーにおいて、目的の抗体が溶出されることを確認した。
【0057】
<クロマトグラフィー>
表1に記載の条件で、アクタエクスプローラー10S(GEヘルスケア社製)を用いて、室温下で、プロテインGカラムクロマトグラフィーを行った。被験試料は、結合緩衝液で10倍希釈したマウス腹水及び結合緩衝液で5倍希釈したヤギ由来抗ヒトIgGを選択した。結合緩衝液及び溶出緩衝液は0.22μmフィルター(メルクミリポア社製)でフィルターろ過を行った。
【0058】
【表1】
【0059】
クロマトグラフィーの画分は、吸光光度計(サーモフィッシャー・サイエンティフィク社製)でA280を測定し,1ABS(ABSはA280の測定値)=1 mg/mLとしてタンパク質濃度を算出した。確認された非特異的吸着(以降、「素通り」とする)及び酸溶出のピークを示すクロマトグラムを図1及び図2に示す。酸溶出によるピークは丸で示した。
【0060】
表1に記載の条件で、抗体タンパク質が溶出されることが確認された。しかしながら、マウス腹水からの酸溶出ピークは、素通りのピークと比べて微小であり(図1上図)、プロテインGを固定した分離カラムに対する抗ヒトCRPモノクローナル抗体の吸着量が少ない可能性が示唆された。
【0061】
<非還元SDS-PAGE>
0.5μg/レーンとなるように、非還元SDS-PAGEサンプルバッファーで2倍希釈した試料をゲルに適用し、電気泳動槽にセットしてパワーサプライで200V、30分間通電した。サンプルバッファーは0.125M Tris-HClバッファー、pH6.8、4%(w/v)SDS、10%(w/v)スクロース、0.01%(w/v)BPBを使用した。ゲル、電気泳動槽、パワーサプライはいずれもBIO-RAD社製を用いた。
【0062】
泳動後のゲルは、2D-銀染色試薬・II(コスモ・バイオ社製)を用いて銀染色を行った。検出結果を図3に示す。
【0063】
非還元SDS-PAGEで素通り画分と酸溶出画分を分析した結果、分子量の位置から、酸溶出によって抗体(IgG)が分画されることが確認された(図3 レーン3)。図3のレーン5の染み(矢印)は、隣接レーンからの混入によるものと考えられる。
【0064】
1-2.結合緩衝液にアルギニンを添加する検討
目的
プロテインGカラムクロマトグラフィーの結合緩衝液(マウス腹水の希釈緩衝液としても使用)に、アルギニンを5質量%又は10質量%終濃度となるように添加することによって、酸溶出ピークの高さが向上し,プロテインGを固定した分離カラムに対する抗ヒトCRPモノクローナル抗体の結合量の変動を調べた。
【0065】
<クロマトグラフィー>
結合緩衝液にL-アルギニン塩酸塩(味の素社製)を5質量%又は10質量%終濃度となるように添加した点を除き、1-1.と同様の条件で、プロテインGカラムクロマトグラフィーを行った。被験試料は、結合緩衝液で10倍希釈したマウス腹水を選択した。
【0066】
プロテインGを固定した分離カラムによるクロマトグラフィーの画分は,ナノドロップでA280を測定し、1ABS(ABSはA280の測定値)=1mg/mLとしてタンパク質濃度を算出した。確認された素通り及び酸溶出のピークを示すクロマトグラムを図4及び図5に、タンパク質の収率を表2に示す。
【0067】
【表2】
【0068】
結合緩衝液にアルギニンを添加することによって、酸溶出のピーク高が向上した(図4)。アルギニン濃度を5質量%から10質量%に上げても、酸溶出のピーク高は向上しなかった(図5)。表2より、酸溶出画分のタンパク質の収率は、アルギニンの添加によって増加することが示された(アルギニン非添加:1%,5質量%アルギニン:9%,10質量%アルギニン:7%)。
【0069】
<非還元SDS-PAGE>
1-1.と同様の条件で図4及び5で回収された画分について非還元SDS-PAGE及び銀染色を行った。検出結果を図6及び図7に示す。
【0070】
酸溶出による抗ヒトCRPモノクローナル抗体の精製が確認された(図7 レーン3)。素通り画分中の抗体の有無はウエスタンブロットで確認した。
【0071】
<ウエスタンブロット>
ウエスタンブロットは以下の手順で行った。
【0072】
(1)転写装置(BIO-RAD社製)を用いて非還元SDS-PAGE後のゲルをPVDF膜(BIO-RAD社製)に転写した。
【0073】
(2)転写後のPVDF膜は、ホルダーに装着してブロットホルダー(メルクミリポア社製)にセットし、ブロッキング溶液(PVDF Blocking Reagent)(日油社製)を30mL入れて吸引ろ過した。
【0074】
(3)洗浄バッファーPBST(0.1%Tween20を含むPBS)を30mL入れて吸引ろ過した。この操作は3回行った。
【0075】
(4)HRP標識ヤギ抗マウスIgG溶液0.8μLを2次抗体希釈溶液(Solution2 for secondary antibody(TOYOBO社製))3mLで希釈し、これをブロットホルダーに添加して15分間室温に置いた。HRP標識ヤギ抗マウスIgGは、Super Signal West Femto Maximum Sensitivity Substrate(サーモフィッシャー・サイエンティフィク社製)を使用した。
【0076】
(5)吸引ろ過して4)で添加した希釈IgG溶液を除き、洗浄バッファーを30mL入れて吸引ろ過する操作を3回行った。
【0077】
(6)ブロットホルダーからPVDF膜を取り出し、9.6cm四方の透明プラスチックケースに入れ,化学発光試薬のLuminol/Enhancher Solution及びStable Peroxidase Bufferを500μLずつ混合した溶液をPVDF膜の上に添加した。
【0078】
(7)これをプラスチックケースごと画像撮影装置にセットし、HRP標識ヤギ抗マウスIgGと結合した、PVDF膜上の抗ヒトCRPモノクローナル抗体を発色させて検出画像を取り込んだ。画像撮影装置はChemiDoc(登録商標)XRS+(BIO-RAD社製)を用いた。
【0079】
検出結果を図8及び図9に示す。アルギニン非添加では素通り画分への抗体の漏出が見られた(図8及び図9の丸)。一方、5質量%及び10質量%終濃度のアルギニン添加では、素通り画分に抗体の明瞭なバンドは検出されなかった。
【0080】
考察
本結果により、抗体結合性タンパク質を固定した分離カラムに適用する結合緩衝液及びマウス腹水の希釈緩衝液に、アルギニンを添加することによって、抗体タンパク質の収率が向上することが示された。
【0081】
アルギニンは、側鎖のグアニジウム基が芳香族アミノ酸と相互作用してタンパク質間相互作用を抑制し、タンパク質水和構造の安定化に寄与することが知られている(「タンパク質ハンドリング試薬としてのアルギニン:作用機序の解明と医薬品生産への応用」津本浩平:PHARM TECH JAPAN,29,75-83(2013))。よって、結合緩衝液及びマウス腹水の希釈緩衝液に添加したアルギニンにより、抗体タンパク質間の疎水性相互作用が抑制され、凝集の効果が弱まり、抗体タンパク質のFc領域がより多く分離カラムに結合したことで、収率が向上したことが考えられる。
【0082】
2.プロテインGを固定した分離カラムに適用するマウス腹水の低希釈化の検討
目的
カラムクロマトグラフィーにおいて、カラムに適用する液量が少ないほど、クロマトグラフィーの操作時間を短縮でき、目的の抗体タンパク質への影響を軽減することができる。分離カラムに適用するマウス腹水の低希釈化を検討した。
【0083】
<クロマトグラフィー>
表2に記載の条件で、クロマトグラフィーを行った。被験試料は、結合緩衝液で10倍希釈、2倍希釈、及び希釈なし(ただし、5質量%アルギニンを含む)とした、マウス腹水を選択した。
【0084】
【表3】
【0085】
クロマトグラフィーの画分は、1-2.と同様の条件でタンパク質濃度を算出した。各希釈倍率におけるクロマトグラムを図10に、タンパク質収率を表4に示す。
【0086】
【表4】
【0087】
いずれの希釈倍率も、プロテインGカラムクロマトグラフィーの操作に問題はなく、クロマトグラムのピーク形状に異変はなかった(図10)。
【0088】
<非還元SDS-PAGE>
1-1.と同様の条件で非還元SDS-PAGE及び銀染色を行った。検出結果を図11に示す。各レーンには1.0μgのタンパク質を適用した。
【0089】
いずれの希釈倍率においても、溶出画分のバンドに相違を認めなかった(図11)。
【0090】
<ウエスタンブロット>
1-2.と同様の条件でウエスタンブロットを行った。検出結果を図12に示す。
【0091】
ウエスタンブロットでは、マウス腹水を低希釈(2倍希釈もしくは希釈なし(ただし、5質量%アルギニンを含む))としても、素通り画分に抗体の漏出は見られず(図12)、溶出画分の非還元SDS-PAGE像とタンパク質収率は同様の結果を示した(図11及び表4)。
【0092】
本結果により、抗体結合性タンパク質を固定した分離カラムに適用する結合緩衝液に、アルギニンを添加することによって、分離カラムに適用するマウス腹水(被験試料)を希釈せずに用いることが可能であることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12