(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022091643
(43)【公開日】2022-06-21
(54)【発明の名称】摺動部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20220614BHJP
F16C 9/02 20060101ALI20220614BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20220614BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20220614BHJP
C25D 5/48 20060101ALI20220614BHJP
【FI】
F16C33/12 Z
F16C33/12 A
F16C9/02
C23C26/00 B
C23C28/00 A
C25D5/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020204627
(22)【出願日】2020-12-09
(71)【出願人】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095577
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 富雅
(74)【代理人】
【識別番号】100100424
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 知公
(72)【発明者】
【氏名】安田 絵里奈
(72)【発明者】
【氏名】稲見 茂
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 祐磨
【テーマコード(参考)】
3J011
3J033
4K024
4K044
【Fターム(参考)】
3J011AA10
3J011AA20
3J011BA02
3J011DA01
3J011DA02
3J011JA02
3J011KA04
3J011MA02
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3J011QA03
3J011QA05
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3J033AA05
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3J033GA07
4K024AA01
4K024AA07
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4K044CA04
4K044CA07
4K044CA15
4K044CA18
4K044CA53
4K044CA67
(57)【要約】
【課題】摩擦特性に優れた新規な摺動部材を提供する。
【解決手段】
軟質金属の結晶が積層してなる軟質金属層を有する摺動部材であって、粗大結晶が軟質金属層の表面に表出し、粗大結晶は前記表面の面方向に1.5μm以上の粒子長を有し、かつ、粗大結晶の分布割合が5~50%である、ここに、分布割合とは、軟質金属層の断面に現れる粗大結晶に外接矩形を適用し、このとき、外接矩形の上辺は軟質金属層の表面基準線と平行にする、かつ断面において外接矩形を通過し、かつ表面基準線に平行な仮想的な直線を形成し、この仮想的な直線の単位長さにおける外接矩形の占める割合をいう、ここで表面基準線は断面に現れる軟質金属層の表面の平均高さとする、摺動部材。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟質金属の結晶が積層してなる軟質金属層を有する摺動部材であって、
粗大結晶が前記軟質金属層の表面に表出し、
前記粗大結晶は前記表面の面方向に1.5μm以上の粒子長を有し、かつ、前記粗大結晶の分布割合が5~50%である、
ここに、前記分布割合とは、前記軟質金属層の断面に現れる前記粗大結晶に外接矩形を適用し、このとき、前記外接矩形の上辺は前記軟質金属層の表面基準線と平行にする、かつ前記断面においてすべての前記外接矩形を通過し、かつ前記表面基準線に平行な仮想的な直線を形成し、この仮想的な直線の単位長さにおける前記外接矩形の占める割合をいう、ここで前記表面基準線は前記断面に現れる前記軟質金属層の表面の平均高さとする、
摺動部材。
【請求項2】
前記粗大結晶の分布割合が15~45%である請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記粗大結晶はすべて、前記表面に表出している、請求項1又は2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記表面の垂直断面に現れる前記粗大結晶の外接矩形であって、前記軟質金属層の厚さ方向の長さが最大なものの重心から前記表面基準線までの距離が、前記軟質金属層の厚さの25%以下である、請求項1~3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記軟質金属はビスマス(Bi)、鉛(Pb)、インジウム(In)、スズ(Sn)、及びアンチモン(Sb)から選ばれる1種若しくは2種以上、又はそれらの合金である、請求項1~4のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記軟質金属層の表面の上に樹脂層が更に積層される請求項1~5に記載の摺動部材。
【請求項7】
軟質金属層を有する摺動部材の製造方法であって、
基材表面に前記軟質金属の結晶を積層して、前駆層を形成するステップと、
前記前駆層の表面を構成する前記結晶の一部を変成して、粗大結晶を形成し、もって前記軟質金属層を得る粗大結晶形成ステップと、を含む摺動部材の製造方法。
【請求項8】
軟質金属層を有する摺動部材の製造方法であって、
基材表面に前記軟質金属の柱状結晶を積層して、前駆層を形成するステップと、
前記駆動層の表面へ応力を与えて、前記結晶の一部を変成して、粗大結晶を形成し、もって前記軟質金属層を得る粗大結晶形成ステップと、を含む摺動部材の製造方法。
【請求項9】
前記粗大結晶形成ステップでは、前記前駆層の表面に対して、これを冷却しながらショットブラスを実行する、請求項7又は8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記粗大結晶形成ステップでは、前記前駆層の表面に対して、ウエットブラストを実行する、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記結晶の結晶粒径の平均は1.4μm以下であり、
前記粗大結晶は前記表面の面方向に1.5μm以上の粒子長を有し、かつ、前記粗大結晶の分布割合が5~50%である、
ここに、前記分布割合とは、前記軟質金属層の断面に現れる前記粗大結晶に外接矩形を適用し、このとき、前記外接矩形の上辺は前記軟質金属層の表面基準線と平行にする、かつ前記断面において前記外接矩形を通過し、かつ前記表面基準線に平行な仮想的な直線を形成し、この仮想的な直線の単位長さにおける前記外接矩形の占める割合をいう、ここで前記表面基準線は前記断面に現れる前記軟質金属層の表面の平均高さとする、
請求項7~10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
投影面において前記粗大結晶の分布割合が15~45%である請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
前記軟質金属層の表面の垂直断面に現れる前記粗大結晶の外接矩形であって、前記軟質金属層の厚さ方向の長さが最大なものの重心から前記表面基準線までの距離が、前記軟質金属層の厚さの25%以下である、請求項11又は12のいずれかに記載の製造方法。
【請求項14】
前記軟質金属はビスマス(Bi)、鉛(Pb)、インジウム(In)、スズ(Sn)、及びアンチモン(Sb)から選ばれる1種若しくは2種以上、又はそれらの合金である、請求項7~13のいずれかに記載の製造方法。
【請求項15】
前記軟質金属層の表面の上に樹脂層を積層するステップが更に備えられる、請求項7~14のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部材及びその製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材は一般的に基材層と表面層とを備え、表面層で被摺動部材を支持する。この表面層の全部又は一部が軟質な金属材料を用いてめっきで形成されることがある。
かかる摺動部材において、特許文献1には、軟質金属層を構成する材料として、粒子径が0.1μm~1μmの軟質材料の結晶粒を塊状に集合させたものが提案されている。
細かい結晶粒を有するめっき層は特許文献2にも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開WO2017/094094号公報
【特許文献2】特開2003-156045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示のようにある程度細かい結晶粒を有するめっき層を軟質金属層とすると、その表面を摺動面としたとき、Hall-Petchの関係により、被膜強度が向上し、高い耐疲労性を備える。
ところで、近年の自動車用エンジンは、環境問題への意識の高まりや法規制により、ハイブリッドシステムやアイドリングストップシステム、ダウンサイジング化によるエンジンの軽量化など、低燃費なエンジンへと開発が進んでいる。ターボチャージャーを使用したエンジンのダウンサイジング化により、従来のエンジンと同等の動力性能を確保したままエンジンが小型化するため、軸径、メタル幅が縮小される。そのため、負荷荷重が従来に比べて増加するなど、自動車エンジン用軸受は従来に比べて、厳しい環境で使用される傾向があり、耐疲労性、耐焼付性の向上のみではなく、低摩擦特性も求められる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
低摩擦特性を確保する一つの方策として、摺動面と被摺動面との界面に油膜を形成することが考えられる。本発明者らは、軟質金属層の表面を摺動面としたとき、その表面に油溜りを設けることで摺動面と被摺動面と界面の油膜の喪失を回避し、もって両者の間の低摩擦状態を確保することを検討した。
【0006】
そのため、この発明では、軟質金属層の表面を摺動面としたとき、この表面に表出する結晶の一部を大きな結晶(粗大結晶)とし、この粗大結晶を表面から脱離させることにより、その跡地に油溜りを形成することを考えた。
この発明の第1の局面は次のように規定される。即ち、
軟質金属の結晶が積層してなる軟質金属層を有する摺動部材であって、
粗大結晶が前記軟質金属層の表面に表出し、
前記粗大結晶は前記表面の面方向に1.5μm以上の粒子長を有し、かつ、前記粗大結晶の分布割合が5~50%である、
【0007】
ここに、前記分布割合とは、前記軟質金属層の断面に現れる前記粗大結晶に外接矩形を適用し、このとき、前記外接矩形の上辺は前記軟質金属層の表面基準線と平行にする、かつ前記断面において前記外接矩形を通過し、かつ前記表面基準線に平行な仮想的な直線を形成し、この仮想的な直線の単位長さにおける前記外接矩形の占める割合をいう、ここで前記表面基準線は前記断面に現れる前記軟質金属層の表面の平均高さとする。
【0008】
このように規定される摺動部材によれば、軟質金属層の表面に粗大結晶が表出しているので、摺動時間が進むにつれ、当該摺動面である表面から粗大結晶が分離、脱離する。その跡地に形成される凹部が潤滑油の油溜りとなる。
凹部を油溜りとして有効に機能させるには、個々の凹部にある程度の容積が必要となり、摺動面となる軟質金属層の表面の全面に占める凹部の割合も制御する必要がある。
【0009】
そこで、第1の局面で示すように、粗大結晶は軟質金属層の表面の面方向に1.5μm以上の粒子長を有するものとし、もって、当該粗大結晶が脱離した跡地に形成される凹部に油溜りとして必要な容積を確保する。本発明者らの検討によれば、粗大結晶は軟質金属層の表面垂直方向にもある程度の粒径を有するので、表面の面方向の粒径を規定することで、脱離後に形成される凹部に油溜りとして必要な容積を確保できる。
表面の面方向の粒子長が1.5μm未満の結晶では、その後の凹部の容積が不十分になるばかりでなく、表面から脱離し難く、油溜りとなる凹部が形成されなくなるおそれがある。
【0010】
また、第1の局面で示すように、粗大結晶の分布割合を5~50%とすることで、粗大結晶の脱離後に軟質金属層の表面に十分な量の凹部が確保される。これにより、凹部全体として十分な量の潤滑油を保持できる。
粗大結晶の分布割合が5%未満となると、軟質金属層の表面(摺動面)と被摺動部材の被摺動面との間に十分な潤滑油を保持できないおそれがある。他方、上記の割合が50%を超えると、軟質金属層の表面(摺動面)自体の平滑性が損なわれ、摩擦係数が増大するおそれがある。
【0011】
この発明の第2の局面は次のように規定される。即ち、
第1の局面に規定の摺動部材において、粗大結晶の分布割合を15~45%とする。
このように規定される第2の局面の摺動部材によれば低摩擦特性が確保される。
【0012】
この発明の第3の局面は次のように規定される。即ち、
第1又は第2の局面に規定の摺動部材において、前記粗大結晶はすべて、前記軟質金属層の表面に表出している。
このように規定される第3の局面の摺動部材によれば、粗大結晶はすべて軟質金属層の表面に表出しているので、これを脱離させて油溜りを形成させられる。
【0013】
この発明の第4の局面は次のように規定される。即ち、
第1~第3のいずれかに規定の摺動部材において、前記軟質金属層の表面の垂直断面に現れる前記粗大結晶の外接矩形であって前記軟質金属層の厚さ方向の長さ(以下、「厚さ方向の長さ」という)が最大なものの重心から前記表面基準線までの距離が、前記軟質金属層の厚さの25%以下である。
この第4の局面では、粗大結晶のうちで厚さ方向の長さが最大なものの、軟質金属層の表面からみた埋設態様(埋まり具合)を規定する。即ち、軟質金属層の厚さに対する、軟質金属層の表面から厚さ方向の長さが最大なものの重心までの距離の長さ割合を25%以下とすることで、粗大結晶が軟質金属層の表面から深く埋入しているものではないことを示し、これにより、粗大結晶が表面から無理なく脱離できることを示す。
他方、上記の長さ割合が25%を超えると、粗大結晶が表面から脱離しがたくなる。
【0014】
この発明の第5の局面は次のように規定される。即ち、
第1~第4の局面に規定の摺動部材において、前記軟質金属はビスマス(Bi)、鉛(Pb)、インジウム(In)、スズ(Sn)、及びアンチモン(Sb)から選ばれる1種若しくは2種以上、又はそれらの合金である。
第5の局面で列挙した軟質金属が、工業的にみて、摺動部材の軟質金属層を構成するものとして最適であると考える。
【0015】
この発明の第6の局面は次のように規定される。即ち、
第1~第5の局面に規定の摺動部材において、前記軟質金属層の上に樹脂層が更に積層される。
このように規定される第6の局面の摺動部材によれば、樹脂層を構成する樹脂を選択することにより、耐焼付き性等の特性の向上を図ることができる。
軟質金属層の表面に当該樹脂層を積層した場合においても、軟質金属層の表面に粗大結晶を配置しておくと、摩擦係数が許容以上に増大することを防止できる。樹脂層が部分的に又は全体的に摩耗して軟質金属層の表面が露出しても、露出部分の粗大結晶が脱離してそこに油溜りができるからである。
【0016】
この発明の第7の局面は次のように規定される。即ち、
軟質金属層を有する摺動部材の製造方法であって、
基材表面に前記軟質金属の結晶を積層して、前駆層を形成するステップと、
前記前駆層の表面を構成する前記結晶の一部を変成して、粗大結晶を形成し、もって前記軟質金属層を得る粗大結晶形成ステップと、を含む摺動部材の製造方法。
第7の局面の製造方法は次のようにも規定できる。即ち、
軟質金属層を有する摺動部材の製造方法であって、
基材表面に前記軟質金属の柱状結晶を積層して、前駆層を形成するステップと、
前記駆動層の表面へ応力を与えて、前記結晶の一部を変成して、粗大結晶を形成し、もって前記軟質金属層を得る粗大結晶形成ステップと、を含む摺動部材の製造方法。
【0017】
このように規定される第7の局面又は第8の局面の製造方法を実施することにより、第1~第6の局面で規定した摺動部材を製造することができる。
第7、第8の局面の粗大結晶形成ステップとして、軟質金属の結晶積層体である前駆層の表面に対して、これを冷却しながらショットブラスを実行する方法を採用できる(第9の局面)。冷却しながらのショットブラスとして水とともにショット材を噴出させるウエットブラストを採用することができる(第10の局面)。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は粗大結晶のパラメータを説明する概念図である。
【
図2】
図2はこの発明の実施形態の摺動部材の構成を示す断面図である。
【
図3】
図3は同じく軟質金属層の断面写真を模式化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、この発明を実施の形態に基づき更に詳細に説明する。
摺動部材を構成する基材層は一般的に金属材料から構成される。
摺動部材の一例の軸受では、基材層は、鋼材からなる裏金層へ銅基の軸受合金層を積層した構成である。軸受合金層の上にAg,Ni等からなる中間層を形成することもある。
基材層の上に軟質金属層が積層される。一般的に、この軟質金属層はめっきにより形成されるが、めっきに限定されるものではない。
軟質金属としてインジウム(In)、スズ(Sn)、鉛(Pb)、ビスマス(Bi)及びアンチモン(Sb)から選ばれる1種若しくは2種以上、又はそれらの合金を用いることができる。
めっきの方法としては湿式の電解めっきを用いることができるが、他のめっき法の採用を妨げるものではない。
【0020】
これらの軟質金属で基材層にめっきを施すと、形成されためっき層を構成する結晶は所定の範囲の大きさに収まる。
この発明では、めっきにより形成された層であって、後述する粗大結晶形成処理がなされていない層を前駆層と呼ぶ。
かかる前駆層を構成する軟質金属の結晶の結晶粒径は1.4μm以下とすることが好ましい。
【0021】
この結晶粒径は、前駆層の垂直断面を切片法により画像処理して得たものである。ここに、切片法は、観察画像上に形成した円周を通過する結晶粒の数で、円周の長さを除算することにより、結晶粒の結晶粒径を計測した。本件発明では、直径2μmの円周長さより算出した。
めっき条件を調節することにより、前駆層を構成する結晶の構造が柱状となる。この柱状結晶の長軸は前駆層の表面に対して垂直方向となる。
【0022】
かかる前駆層の表面へウエットブラストを施したところ、前駆層の表面層の結晶が変成して、粗大結晶が形成された。ここに粗大結晶とは前駆層を構成する結晶の一部が集合かつ融合して形成されたものと予想される。この発明では、粗大結晶が表面に形成されるに至った前駆層を軟質金属層と呼ぶ。
粗大結晶は前駆層を構成する結晶より大柄な結晶である。
かかる粗大結晶は、摺動部材の使用、即ち被摺動部材との摺動が進むにつれ、軟質金属層から脱離する。脱離した跡地に残る凹部が潤滑油の油溜りとなる。
【0023】
かかる凹部が油溜りとして有効に作用するには、各凹部が所定の容積を備え、軟質金属層の表面に一定の割合で分布させる必要がある。この発明の摺動部材は、デフォルト状態(出荷状態)において軟質金属層の表面に存在する粗大結晶がその使用に伴い脱離して油溜りの凹部が形成されるので、デフォルト状態の粗大結晶の大きさと分布の割合を規定することで、使用状態にある軟質金属層の表面状態を間接的に規定する。
【0024】
<粗大結晶の大きさ>
粗大結晶10は表面の面方向に1.5μm以上の粒子長を有する(
図1参照)。
粗大結晶10の粒子長は、
図1に示すように、摺動部材の断面において結晶粒子に外接矩形100を適用してその上辺100aの長さをもって粒子長とする。この外接矩形100の上辺100aは軟質金属層5の表面基準線Sと平行とする。ここに表面基準線Sは断面に現れる軟質金属層5の表面の平均高さとする。なお、軟質金属層5の表面は種々の大きさの結晶が表出するのでその表面は、微視的には、凹凸面となる。そこで、この発明ではかかる凹凸の高さ(筒状の摺動部材ではその中心軸Cからの距離)の平均もって表面基準線Sとしている。この表面基準線Sは、筒状の摺動部材において、中心軸Cとも平行なものとする。
【0025】
軟質金属層5の表面の垂直方向には、次のような特性を備えることが好ましい。
即ち、軟質金属層5の表面の垂直断面に現れる粗大結晶10であって、深さ方向の長さが最大なものの重心Gから表面基準線Sまでの距離L1が、軟質金属層5の厚さL2の25%以下である。
図1において符号2は基材層を示す。この基材層2もその表面は微視的には平坦ではないので、軟質金属層5と同様に平均高さをもってその表面位置を特定することができ、そのようにして定められた表面と表面基準線Sとの距離をもって軟質金属層5の厚さとすることができる。
粗大結晶10は軟質金属層5においてその表面基準線Sから1/4を超える深さまで潜り込んでいない。これより、軟質金属層5の表面から粗大結晶10が脱離可能となる。
汎用的な摺動体では軟質金属層5の厚さは3~20μmであるので、深さ方向の長さが最大な粗大結晶10の当該深さ方向の長さは0.5~10.0μmに収まる。
【0026】
<粗大結晶の分布割合>
粗大結晶10の分布割合は5~50%とする。粗大結晶10の分布割合は次のようにして求めた。
軟質金属層5の断面に現れる粗大結晶10に外接矩形100を適用し、このとき、外接矩形100の上辺100aは軟質金属層5の表面基準線Sと平行にする。断面において全ての外接矩形100を通過し、かつ表面基準線Sに平行な仮想的な直線Pを形成する。粗大結晶の分布割合はこの仮想的な直線Pの単位長さにおける外接矩形の占める割合をいう、ここで表面基準線Sは断面に現れる軟質金属層5の表面の平均高さとする。
【0027】
粗大結晶10は軟質金属層5の表面に表出するものであるが、粒子状であるので、表出するのは粗大結晶10の一部であるし、その表出の態様も様々である。潤滑油を軟質金属層の表面に保持させる見地からみると、当該表面に対して油溜りとなる凹部が実質的に占める割合が求められるところ、この発明では粗大結晶の分布割合をもって油溜りとなる凹部が実質的に表面に占める割合とする。粗大結晶10が分離した跡地が油溜りの凹部となるからである。粗大結晶の分布割合を5~50%とすることにより、軟質金属層の表面と被摺動面との界面に十分な潤滑油を保持できる。
この粗大結晶の分布割合は15~45%とすることが更に好ましい。
【0028】
粗大結晶10は、めっきにより形成された前駆層の表面へウエットブラストを施すことにより得られた。
前駆層へ一般的なブラストを施すと、前駆層の結晶は全体的に微細化される。また、本発明者らの検討によれば、ウエットブラストの条件を変化させたとき粗大結晶10の粒径も変化することが認められた。
ウエットブラストに用いるショット材、水温、ショット圧は、前駆層の材質に応じて任意に選択できる。
【0029】
例えば、ショット材としてはアルミナ、ガラスビーズその他の汎用的なショット材を採用でき、その大きさも汎用的なものでよい。
実施例ではショット材とともに噴出する水の温度は常温としているが、温水もしくは冷却水を用いることもできる。
選択された前駆層の材料やショット材の材質、大きさに応じて、ショット圧は適宜調整される。
【0030】
以上より、冷媒とともに、換言すれば、冷却しながらブラスト処理を前駆層の表面へ実施すれば、形成される粗大結晶大きさ及び分布割合を制御できる。冷媒として、ウエットブラストでは水を用いているが、その他、冷媒として、油やアルコールなどの液体、冷風や水蒸気などの気体を用いることもできる。
換言すれば、前駆層の表面へ応力を与えてその一部の結晶を変成させることを意味する。熱や光により表面の一部へ応力を与えることも可能である。
【実施例0031】
以下、この発明の実施例について説明する。
実施例の摺動部材1は、例えば
図2に示す断面構造とした。より具体的には、鋼裏金層3の上に銅系の軸受合金層4をライニングしてバイメタルを製造し、このバイメタルを半円筒状又は円筒状に成形した。その後、軸受合金層4の表面をボーリング加工して表面仕上げをした。これにより基材層2(厚さ:1.5mm)が形成された。次に、半円筒状又は円筒状の成形物の表面を洗浄した(電解脱脂+酸洗浄)。
このようにして得られた基材層2の上面へ湿式めっきを施して、めっき層5(約15μm)を積層させた。
【0032】
本実施例でのめっき層5を形成したときのめっきの条件は、後述する表1の「表層以外の結晶粒径」が得られるように調整している。この結晶粒径は前駆層を構成する結晶の結晶粒径に等しい。各結晶は柱状構造となっていた(
図2参照)。
めっき液の組成、撹拌の仕方、温度、電流密度などを調整することで求める結晶粒径の結晶が得られる。これらの具体的条件は固定されるものではなく、めっきのオペレータの経験に基づき適宜選択されることは当業者であれば理解できよう。
【0033】
上記のようにして得られた試料の前駆層を周知の方法で洗浄した。
続いて、前駆層の表面に対してウエットブラスト処理を行った。
ウエットブラストの条件は次の通りである。
ショット材:アルミナ#2000~600、ガラスビーズ
処理圧:0.1~0.3MPa
水温:常温
【0034】
ウエットブラストが終了した後の試料を表1に示す。
【表1】
【0035】
実施例の試料の断面の概略図は
図1に示す通りである。
図中の符号10が粗大結晶であり、軟質金属層5の表面に形成されている。軟質金属層5の下側の部分は、ウエットブラストの影響が現れず、めっきにより形成された結晶がそのままの状態(柱状結晶)である。かかる結晶の粒径を切片法で演算すると、その結晶粒径は1.4μm以下となる。
【0036】
表1において、「表層以外の結晶粒径の平均」は次のようにして得た。
軟質金属層5を深さ方向に5等分し、得られた分割層において粗大結晶10が含まれている層(表層)を除いた各層から面方向に所定間隔をあけた位置において切片法を実行して結晶粒径を演算する。各位置で得られた結晶粒径の平均値もって「表層以外の結晶粒径の平均値」とした。なお、この平均値は、前駆層の結晶粒径の平均値を示している。
「最大粗大結晶の大きさ」は次のようにして得た。
摺動部材を軸方向にそって切断して得られる軟質金属層5の断面に現れる粗大結晶10において、その外接矩形100の上辺100aの長さが最大となるものを「最大粗大結晶」として、その長さを「大きさ」とあらわした。
【0037】
「粗大結晶の分布割合」は次のようにして得た。
軟質金属層5の断面に現れる粗大結晶10に外接矩形100を適用する。このとき、外接矩形100の上辺100aは軟質金属層5の表面基準線Sと平行にする。断面において、外接矩形を通過し、かつ表面基準線に平行な仮想的な直線Pを形成し、この仮想的な直線Pの単位長さにおける外接矩形の占める割合を粗大結晶の分布割合とした。なお。仮想的な直線Pはその単位長さにおいて、断面に現れた全ての粗大結晶10の外接矩形を通過するものとする。この単位長さとして、得られた画像の全横幅を用いることができる。
【0038】
表1において、「5時間後の摩擦係数」は表2に示した条件でフリクション試験を行うことにより求めた。
【表2】
即ち、起動停止を繰り返し、5時間後の摩擦係数を測定した。
【0039】
表1の結果から、次のことがわかる。なお、5時間後においても摩擦係数を0.20以下に維持できる試料が低摩擦性において好ましいものとして判断することを前提とする。
前駆層の結晶の結晶粒径が同じであっても、ウエットブラストの有無によって、即ち粗大結晶の有無によって、低摩擦性に大きな違いが生じる(実施例1~7及び比較例1、2参照)。その結果、ウエットブラストのエネルギーが最も低い実施例5と比較例1との結果から、粗大結晶の大きさ(軟質金属層の表面の面方向の長さ)は1.5μm以上として、粗大結晶の分布割合(大結晶を表面側に投影したとき、投影面において表面に対する距離が同一の領域に現れる粗大結晶の投影部分の占める割合)は5%以上とすることが好ましいと考える。
【0040】
ウエットブラストを実行しても、粗大結晶の形成が過剰になって、その粗大結晶の分布割合が50%を超えるものとなると(実施例1、比較例3参照)、低摩擦性が低下する。
また、実施例1及び実施例5と実施例2~実施例4との比較より、粗大結晶の分布割合は15~45%とすることが好ましいと考える。
なお、比較例2に示すように、めっきにより形成される軟質金属層の前駆層を構成する結晶の結晶粒径がそもそも大きい場合も、低摩擦性が優れているとはいえない。
【0041】
表3では、軟質金属層の表面に形成すべき油溜りの凹部の深さを規定する、粗大結晶の厚さ(表面垂直方向への長さ)について検証する。
【表3】
表3において「重心深さ」は
図1に示した外接矩形100の重心Gから軟質金属層5の表面基準線Sまでの距離L1の、軟質金属層5の厚さL2に対する比を指す。
表3の結果からわかるように、ウエットブラストを実行した後、熱処理を施すと、粗大結晶が優先的に膨張して、重心位置が深くなることがわかる。実施例8と実施例9との比較から、重心深さは25%以下とすることが好ましい。
【0042】
なお、ここでの熱処理は空気の存在下、電気炉で10~60分間加熱することによる。
表1の定義において、最大結晶は外接矩形の上辺の長さを基準にして特定されている。本発明者らの観察によれば、粗大結晶に適用された外接矩形において、最大長さの上辺を有するものは、側辺(即ち、軟質金属層5の深さ方向)においても最大長さを有する。
【0043】
表4では、軟質金属層の表面に樹脂層(固体潤滑剤を含む)を積層したときの、低摩擦性について検証する。
【表4】
表4の試料は、
図2に示す摺動部材において、軟質金属層5の上に樹脂層を積層して得られた。表4の試料では樹脂層の厚さを3μmとしたが、この樹脂層は2~20μmの厚さとすることができる。表4において、樹脂層摩耗後の摩擦係数は、フリクション試験を実施して、樹脂層が摩耗して消失したことを目視で観察確認したときの、摩擦係数を示す。
【0044】
軟質金属層の表面が樹脂層で被覆されていても、摺動に伴う応力は軟質金属層の表面にかかるので、粗大結晶が脱離してその跡地に油溜りの凹部が形成される。かかる凹部の大きさや分布割合が好適なものであれば、仮に、樹脂層が摩耗して消失しても摺動部材と被摺動部材との間には円滑な摺動状態(低い摩擦係数)が維持されている。このことが、実施例12~実施例14と比較例4及び比較例5との関係からわかる。実施例12~実施例14では、粗大結晶の分布割合が5~50%ないに収まっているのに対し、比較例4及び比較例5ではそれぞれ当該範囲から外れている。
実施例14は、上記の効果が樹脂層に含まれる固体潤滑剤の種類に依存しないことを示している。
【0045】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本発明の摺動部材を用いた内燃機関等の軸受機構使用装置は、優れた摺動特性を発揮する。