(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022091709
(43)【公開日】2022-06-21
(54)【発明の名称】サイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法及びサイトカインストーム治療・予防剤
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20220614BHJP
A61K 31/235 20060101ALI20220614BHJP
A61K 31/573 20060101ALI20220614BHJP
A61P 37/00 20060101ALI20220614BHJP
A61K 31/727 20060101ALI20220614BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220614BHJP
A61K 36/48 20060101ALI20220614BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220614BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20220614BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
A61K31/235
A61K31/573
A61P37/00
A61K31/727
A61K45/00
A61K36/48
G01N33/15 Z
G01N33/48 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021196040
(22)【出願日】2021-12-02
(31)【優先権主張番号】P 2020203924
(32)【優先日】2020-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(71)【出願人】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002136
【氏名又は名称】特許業務法人たかはし国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
(72)【発明者】
【氏名】宮下 惇嗣
【テーマコード(参考)】
2G045
4C084
4C086
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA29
2G045AA40
2G045CB17
2G045FB01
2G045FB20
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB01
4C086AA01
4C086AA02
4C086DA10
4C086EA27
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB01
4C088AB61
4C088AC04
4C088CA01
4C088CA25
4C088NA14
4C088ZB01
4C206AA01
4C206AA02
4C206HA31
4C206KA01
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】優れた「サイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法」及び「サイトカインストーム治療・予防剤」の提供。
【解決手段】「カイコに感染する菌や死菌等又はタンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮」を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択するサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法;タンパク分解酵素阻害剤、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を被験物質としてスクリーニングするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法;タンパク分解酵素の働きを阻害する物質、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬であるサイトカインストーム治療・予防剤;並びに;ヘパリン及び/又はナファモスタット、ベタメタゾン、大豆粉であるサイトカインストーム治療・予防剤。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイコに感染する菌、該菌の死菌若しくは該菌の由来物をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択することを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
タンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択することを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記カイコ前部の膨張が、カイコ体内における麻痺ペプチドの活性化によって誘導されるものである請求項1又は請求項2に記載のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記カイコ前部の黒色化が、カイコ体内におけるフェノール酸化酵素の活性化によるカイコ血液のメラニン化である請求項1又は請求項2に記載のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記カイコ後部の収縮が、カイコの自然免疫活性化によって誘導されるものである請求項1又は請求項2に記載のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)を、前記被験物質として、カイコを用いて、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)を被験物質として、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を、前記被験物質として、カイコを用いて、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を被験物質として、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9に記載のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を使用してスクリーニングされたものであることを特徴とするヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質。
【請求項11】
タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤。
【請求項12】
前記タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)がナファモスタットである請求項11に記載のサイトカインストーム治療・予防剤。
【請求項13】
血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤。
【請求項14】
前記血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬が、ヘパリン又はナファモスタットである請求項13に記載のサイトカインストーム治療・予防剤。
【請求項15】
ヘパリン及びナファモスタットの混合物であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤。
【請求項16】
ベタメタゾンであることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤。
【請求項17】
大豆を、そのまま、乾燥、発酵処理、粉砕、又は、それらの組み合わせにより得られるものであることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法、及び、サイトカインストーム治療・予防剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
免疫抑制剤は、免疫の過剰亢進、又は、免疫応答を抑制する目的で、様々な炎症性疾患の治療や臓器移植の際において用いられている(例えば非特許文献1等)。
【0003】
重篤化した感染症の治療においては、抗生物質を用いた病原体の排除に加えて、患者の体液恒常性の維持が重要である(非特許文献2)。敗血症その他の疾患では、重篤化した場合にサイトカインの大量放出を伴う全身での過剰な免疫活性化(サイトカインストーム)を呈する例が多く報告されているが、その予後は極めて不良である(非特許文献3)。 従って、過剰な免疫活性化により動物が死に至る病態を理解することと、それに基づいて治療の戦略を確立することが求められている。
【0004】
現在用いられている免疫抑制剤は、免疫担当細胞の機能を抑制するもの、サイトカイン等の産生を抑制するもの、細胞毒性を示すもの等と言ったカテゴリーに分類することができるが(非特許文献1、4)、更なる免疫抑制剤、特にサイトカインストーム治療・予防剤の探索が望まれている。
【0005】
このような背景(状況)にあって、試験管内で行われる探索では、候補化合物の体内動態や毒性(ADMET)を考慮することが難しい。従って、上記した「病態の理解」や「剤の探索」には、多数の哺乳動物の犠牲が強いられ、倫理の点で問題があり、また費用の点でも問題であり、実質的に体内動態まで加味した探索は、少なくとも探索(スクリーニング)初期の段階では遂行不可能である。
【0006】
一方、本発明者らは、カイコを用いたスクリーニング系を検討し、実際、カイコ感染症モデルを用いた抗菌化合物のスクリーニングにおいて、脊椎動物において良好な治療成績を示す新規抗菌化合物の同定に至っている(特許文献1)。
【0007】
また、本発明者らは、菌の細胞壁画分を生きたカイコの血液に注射すると、カイコの筋肉が収縮することを見出し、かかるカイコ筋肉収縮系による自然免疫活性評価法を用いて、ヒト等の自然免疫を活性化する物質を定量的に評価・スクリーニングできることを確かめている(特許文献2、非特許文献5)。
【0008】
サイトカインストームの治療・予防剤(の候補となり得る物質)の探索方法においては、探索初期の段階から体内動態をも加味して評価する有効な方法は殆どなかった。
また、前記した通り、免疫の過剰亢進等に起因する炎症性疾患に苦しむ患者は多く、新しいサイトカインストームの治療・予防剤や免疫抑制剤による治療効果の改善が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2012-006917号公報
【特許文献2】国際公開第2008/126905号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Wiseman, A. C. (2016) Immunosuppressive Medications. Clin J Am Soc Nephrol 11, 332-343
【非特許文献2】Bochud, Pierre-Yves, Michel P. Glauser, and Thierry Calandra. "Antibiotics in sepsis." Intensive Care Med 27.Suppl 1 (2001): S33-S48.
【非特許文献3】Tisoncik, Jennifer R., et al. "Into the eye of the cytokine storm." Microbiology and Molecular Biology Reviews 76.1 (2012): 16-3
【非特許文献4】Suthanthiran, M., Morris, R. E., and Strom, T. B. (1996) Immunosuppressants: cellular and molecular mechanisms of action. Am J Kidney Dis 28, 159-172
【非特許文献5】Ishii K, Hamamoto H, Kamimura M. and Sekimizu K. (2008) Activation of the silkworm cytokine by bacterial and fungal cell wall components via a reactive oxygen species-mechanism, J. Biol. Chem. 25, 283(4), 2185-2191.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、優れた「サイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法」及び「サイトカインストーム治療・予防剤」を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、カイコは、生菌や死菌等によって、幾つかの特定の外観の変化を伴って死亡するという事実を見出した。そして、更に、該カイコに生菌や死菌等と同時投与すると、該カイコの外観の変化が抑制される物質があることを見出した。
【0013】
更に、タンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコの外観の変化は、上記した「カイコに感染する菌や該菌の死菌等をカイコに投与したときに生じるカイコの外観の変化」と同一であることを見出した。
そして、ヒトにおいてタンパク分解酵素の働きを阻害することが分かっており、タンパク分解酵素阻害剤として知られている物質を、カイコに同時投与すると、上記「カイコの外観変化」が抑制されることを見出して本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、カイコに感染する菌、該菌の死菌若しくは該菌の由来物をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択することを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、タンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択することを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)を、前記被験物質として、カイコを用いて、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする前記のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0017】
また、本発明は、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)を被験物質として、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を、前記被験物質として、カイコを用いて、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする前記のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を被験物質として、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0020】
また、本発明は、前記のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法を使用してスクリーニングされたものであることを特徴とするヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質を提供するものである。
【0021】
また、本発明は、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【0022】
また、本発明は、前記タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)がナファモスタットである前記のサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。すなわち、本発明は、ナファモスタットであるサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【0023】
また、本発明は、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【0024】
また、本発明は、前記血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬が、ヘパリン又はナファモスタットである前記のサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。すなわち、本発明は、ヘパリンであるサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【0025】
また、本発明は、ヘパリン及びナファモスタットの混合物であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【0026】
また、本発明は、ベタメタゾンであることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【0027】
また、本発明は、大豆を、そのまま、乾燥、発酵処理、粉砕、又は、それらの組み合わせにより得られるものであることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、ヒトのサイトカインストームを治療したり予防したりする用途に用いられる剤を、道徳的問題が少ないカイコを用いて好適にスクリーニングすることができる。しかも、後述するように、体内での代謝をも加味した評価が、カイコを用いてスクリーニングの初期段階からできるので、スクリーニングの後期の段階にまで至った後での候補物質の脱落を抑制・軽減することができる。
【0029】
本発明によって、タンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコの特定の外観変化は、「カイコに感染する菌、該菌の死菌若しくは該菌の由来物」をカイコに投与したときに生じるカイコの外観変化、すなわち「カイコにおけるサイトカインストーム」により発現するカイコ外観変化と共通することが分かった。
このことから、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)が、カイコのサイトカインストームを治療又は予防する働きを有することが新たに示唆された。
【0030】
更に、サイトカインストームを起こしたカイコの体液では、実際にタンパク質の分解が認められた。また、このときカイコの血液中には凝集体が多量に形成されており(実施例2)、血液凝固系の異常が起きていることが示唆された。
【0031】
本発明において、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)が、「カイコにおけるサイトカインストーム」を治療又は予防する働きを有することが分かったので(実施例参照)、該物質は、ヒトにおいても、サイトカインストームを治療又は予防する働き・機能を有すると考えられる。
従って、上記カイコにおける特定の外観変化(すなわち「カイコにおけるサイトカインストーム」)を抑制する物質は、ヒトにおけるサイトカインストーム治療・予防剤(ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する用途に用いられる剤)となり得る。少なくとも、ヒトにおけるサイトカインストーム治療・予防剤の候補となり得る。
【0032】
言い換えれば、「上記特定の外観変化」、すなわち「タンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮」を抑制する被検物質を、カイコを用いてスクリーニングすれば、該スクリーニング方法は、ヒトのサイトカインストーム治療・予防剤の優れたスクリーニング方法となり得る。
【0033】
ある物質の「カイコに対する免疫活性能」が、該物質の「ヒト等の哺乳類が有する免疫活性能」と相関があることは、既に本発明者らによって報告されている。
また、カイコ感染モデルを用いて、ヒト等の哺乳類における抗菌活性が評価可能であることも、既に本発明者らによって報告されており、カイコとヒト等の哺乳類との体内動態が類似していることも既に本発明者らによって報告されている。
本発明は、カイコを利用したサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法であり、カイコを用いて行われた検討結果に基づいてなされたものであるが、上記事実から、「ヒト等の哺乳類におけるサイトカインストーム治療・予防剤」のスクリーニング方法として成立する。
【0034】
実際に、タンパク分解酵素阻害剤であるセリンプロテアーゼ阻害剤としてヒト臨床で用いられているナファモスタットをカイコに同時に投与(注射)すると、タンパク分解酵素であるトリプシン投与によって引き起こされる「上記特定の外観変化」(
図1(a))も、緑膿菌加熱死菌の投与によって引き起こされる「上記特定の外観変化」(
図2(a))も、何れも認められなくなった(実施例5の
図1(b)及び実施例6の
図2(b))。
【0035】
また、上記ナファモスタットに代えて、ステロイド薬であるベタメタゾン、抗凝固薬であるヘパリン、更に大豆粉末を、それぞれカイコに同時に投与(注射)しても、ナファモスタットを同時に投与した際と同様の「『上記特定の外観変化』の抑制」が見られた(実施例8、9)。
【0036】
従って、本発明によって、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)や、アンチトロンビン薬等の血液抗凝固薬(凝固を制御する物質)をスクリーニングの母集団とすれば、効率良くヒトのサイトカインストーム治療・予防剤をスクリーニングして見出すことができる。
【0037】
カイコを用いたサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニングは、試験管内でのスクリーニング系とは異なり、被験物質の体内動態や毒性(ADMET)を考慮(加味)できているという極めて顕著な効果(利点)がある。
【0038】
また、カイコは道義的な問題が少ないので、被験物質の体内動態や毒性(ADMET)を、被験物質が多くある探索(スクリーニング)の初期段階で考慮することができるので、本発明によって、新しいサイトカインストーム治療・予防剤の探索が可能になる。
従来のスクリーニング方法では漏らしていた(新サイトカインストーム治療・予防剤として発見・発明できていなかった)例えば「サイトカインストーム防止効果は極めて高い訳ではないが体内動態が良好な物質」を、「サイトカインストーム治療・予防剤」として選択する(漏らさない)ことができる。
【0039】
本発明によれば、「生きたカイコの体内の作用・機構」を利用しているので、被験物質の体内動態をも加味したスクリーニングが可能である。そのため、被験物質が多い初期のスクリーニングの段階から、「体内動態の良さ」をも加味したサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニングが可能である。
例えば、「免疫機能が過剰亢進した際の症状」を治療する剤を、初期の段階からスクリーニングすることが可能である。それによって、例えば、ヒトでの治験の最終段階で不合格となる確率を減らすことができる。
【0040】
本発明によって、新しいサイトカインストーム治療・予防剤をスクリーニングする道が拓け、カイコを用いたサイトカインストーム抑制モデルを構築することができた。
本発明のスクリーニング方法は、少数の「最終的に免疫活性剤として(確実に)成立する物質」のスクリーニングに適用することもできるが、特に、サイトカインストーム治療・予防剤の絞り込みの初期段階に適用することは、本発明の前記効果を発揮し易いために好ましい。従って、本発明は、「サイトカインストーム治療・予防剤の候補となり得る物質」のスクリーニング方法でもある。
【0041】
また、カイコを用いているので、実験動物に対する道義的な問題も少ない。すなわち、カイコを用いているので、犠牲となる被験物質の多い初期のスクリーニング段階でも、道義的問題が生じ難いので有用である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【
図1】トリプシンを注射されて死亡したカイコ(
図1(a))と、セリンプロテアーゼ阻害剤であるナファモスタットも同時に注射することによって死亡しなかったカイコ(
図1(b))の写真である(実施例1、5)。
【
図2】緑膿菌の加熱死菌(ACPA)を注射されて死亡したカイコ(
図2(a))と、セリンプロテアーゼ阻害剤であるナファモスタットも同時に注射することによって死亡しなかったカイコ(
図2(b))の写真である(実施例2、6)。
【
図3】DMSOに懸濁した緑膿菌の加熱死菌(DMSO/ACPA)を注射されて死亡したカイコにおける分析結果を示す図である。(a)該死亡したカイコの血中プロテアーゼをコードする遺伝子mRNA量の上昇を示すグラフである(実施例2) (b)該死亡したカイコにおいて、血中タンパク質の分解が認められたことを示す、タンパク質の電気泳動の結果の写真である(測定例1、実施例2)。
【
図4】実施例9において、ナファモスタットとヘパリンの混合物による治療効果を、カイコを用いて評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0044】
本発明のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法は、カイコに感染する菌、該菌の死菌若しくは該菌の由来物をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択することを特徴とする。
【0045】
また、本発明のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法は、タンパク分解酵素をカイコに投与したときに生じるカイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する剤として選択することを特徴とする。
【0046】
ここで、カイコに投与する上記菌としては、カイコに感染してカイコ個体を殺し得る菌であれば特に限定はないが、実験者に対する安全性、汎用性、扱いの容易性等の点から、例えば、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、大腸菌等の細菌;カンジダ菌等の真菌;等が挙げられる。中でも、黄色ブドウ球菌、緑膿菌等が上記点から特に好ましい。
【0047】
カイコに投与するものは、カイコに感染する菌、該菌の死菌、若しくは、該菌の由来物である。菌は生菌でも死菌でもよく、例えば、生菌、加熱菌、湿潤菌、乾燥菌等が含まれる。また、「菌の由来物」としては、菌の一部分(菌を構成する部分)、菌の産生物、菌に何らかの処理を施した菌体処理物等が挙げられる。
菌由来物の具体例としては、例えば、菌の培養上清物等の培養物;懸濁物;希釈物;濃縮物;ペースト化物;噴霧乾燥物、凍結乾燥物、真空乾燥物、ドラム乾燥物等の乾燥物;液状化物;希釈物;破砕物;加熱殺菌処理物、放射線殺菌処理物等の殺菌加工物;該培養物からの抽出物;酵素処理物;等が挙げられる。
以下、上記「生菌、該菌の死菌、該菌の由来物」を、単に「死菌等」と略記することがある。
【0048】
「菌のカイコへの投与方法」としては、カイコの体内に上記「死菌等」を入れればよく、特に限定はないが、カイコの血液、腸管内等への注射、餌への配合(死菌等の滴下若しくは餌への混入)等が好ましい。
注射の場合、該「死菌等」を溶媒若しくは分散媒中に分散させた液を用いることが好ましい。ここで、該「溶媒若しくは分散媒」としては、それ自体が実験動物(カイコ)に対して致死性を持たないものであれば特に限定はないが、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が、安全性、費用、使用実績の点等から好ましい。
【0049】
上記液のカイコに対する1回の投与量(体積)は、特に限定はないが、カイコ1gあたり、1~200μL/gが好ましく、5~150μL/gがより好ましく、20~100μL/gが特に好ましい。
「死菌等」自体の投与量は、菌の種類にもより、特に限定はないが、カイコ1gあたり、終夜培養液相当量として、50~500μLが好ましく、100~400μLがより好ましく、150~300μLが特に好ましい。
【0050】
使用するカイコの蚕令は、1令から5令の何れでもよいが、4令又は5令が好ましい。
本発明実施中の、カイコの飼育温度は、特に限定はないが、一定であることが好ましく、7~45℃が好ましく、10~40℃がより好ましく、20~35℃が特に好ましい。
「死菌等」をカイコに投与した後、カイコへの給餌(量)は無いことが好ましい。
【0051】
「死菌等」の投与時刻から、「カイコの特定の外観変化」や「カイコの死亡」の有無の確認までの時間は、15分~3日になるように投与量等を設定することが好ましく、より好ましくは30分~1日であり、特に好ましくは1時間~5時間である。
上記経過時間(経過日数)の範囲内の1点の経過時間(経過日数)であれば、外観変化が起こるはずのときは起き(死ぬはずのカイコは死に)、外観変化が起きないはずのときは起きない(生き残るはずのカイコは生き残る)ので、時間経過に対して結果が飽和して評価が安定する。また、不必要に経過時間(経過日数)が長くなって時間が無駄にならない。
【0052】
死菌等をカイコに投与したときに生じるカイコの特定の外観変化としては、「カイコ前部の膨張若しくは黒色化、又は、カイコ後部の収縮」が挙げられる。以下、上記括弧内を、単に「カイコの特定の外観変化」と略記することがある。
【0053】
「カイコ前部の膨張」は、カイコ体内における昆虫サイトカインである麻痺ペプチドの活性化によって誘導されるものである。また、「カイコ前部の黒色化」は、カイコ体内におけるフェノール酸化酵素の活性化によるカイコ血液のメラニン化である。また、カイコ後部の収縮は、カイコの自然免疫活性化によって誘導されるものである。
【0054】
「死菌等」をカイコに投与したときに生じるこれらの「カイコの特定の外観変化」は、哺乳動物における過剰免疫反応による麻痺や、哺乳動物におけるタンパク分解酵素の作用によるショック死と酷似している。
これらの現象がカイコに「死菌等」を投与したときにも起こることが分かった。このことは、カイコでも致死的な免疫反応(サイトカインストーム)が誘導できることを示唆している。
【0055】
ここで、上記被験物質としては、サイトカインストーム治療・予防剤の候補になり得る可能性が少しでもあるもの(スクリーニングの対象となり得るもの)であれば特に限定はなく、菌等の生物でもウイルスでも無生物でもよく、単一化合物でも混合物でもよく、液体でも固体でもよい。
【0056】
上記「同時投与」(simultaneous administration)とは、「死菌等」と「被験物質」とを完全に同時に投与(例えば同時に注射)することに限定されず、死菌等と被験物質とがカイコの体内で共存すれば、投与時期は前後してもよい。
【0057】
被験物質をカイコに投与して経時させてから死菌等をカイコに投与してもよく、完全に同時に投与してもよく、死菌等をカイコに投与して経時させてから被験物質をカイコに投与してもよいが、死菌等を投与されたカイコの死は短時間に起きるため、被験物質をカイコに投与して経時させてから死菌等をカイコに投与するか、完全に同時に投与することが好ましい。
【0058】
被験物質の投与と並行して、ポジティブ又はネガティブ対照物質を投与したカイコ群でも評価することが好ましいが、その際、飼育条件、経過時間等については、実質的に同一である(同一で比較する)ことが好ましい。
【0059】
前記した通り、本発明において、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)が、死菌等をカイコに投与したときに生じる「カイコの特定の外観変化」や「カイコの死」を抑制することが分かった。それによって、本発明の「サイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法」が見出された(本発明が完成した)。
【0060】
本発明は、タンパク分解酵素(protease)をカイコに投与したときに生じる前記した「カイコの特定の外観変化」を、該カイコに同時投与することによって抑制する被験物質を選択することを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法である。
【0061】
「タンパク分解酵素」の投与に関し、カイコへの投与方法、使用するカイコの蚕令、被験物質、「カイコの特定の外観変化」、投与時刻から「カイコの特定の外観変化」の観察までの時間、「同時投与の定義」等、好ましい範囲も含め全て前記した「死菌等」の投与に関するもの(内容)と同様である。
【0062】
上記した本発明「サイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法」に用いるタンパク分解酵素は、前記の「カイコの特定の外観変化」を起こさせるものであれば、ペプチド鎖の切断位置、分解し易いタンパク質の分子量(プロテアーゼ(protease)、ペプチアーゼ(Peptiase)等)、触媒機構等、特に限定はないが、トリプシン、キモトリプシン、パパイン、その他の自然免疫活性化因子、等が挙げられる。
【0063】
前記した科学的内容によって、また、被験物質として「タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)」(例えば、ナファモスタット)が、カイコに「死菌等」を投与したときの「カイコの特定の外観変化」を抑制・防止したことから、該被験物質として、すなわちスクリーニングの母集団として、「タンパク分解酵素の働きを阻害する物質」を選択しておくことや、「ヒトにおいて『タンパク分解酵素阻害剤(protease inhibitor)』となり得る物質若しくは『タンパク分解酵素阻害剤(protease inhibitor)』として知られている剤」を選択しておくことが好ましい。
【0064】
すなわち、本発明のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法は、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)を、スクリーニングの被験物質の母集団として、カイコを用いて、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする方法であることが好ましい。
【0065】
上記スクリーニング方法は、カイコを用いたものであるが、カイコを用いたスクリーニング方法に限定しなくても、一般に、サイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする際には、その被験物質として、タンパク分解酵素阻害物質(阻害剤)を選択し、それを母集団として(そこからスタートして)スクリーニングをすることができる。その際の実験動物としては、例えば、ヒトを含む哺乳動物等が挙げられる。
【0066】
本発明におけるスクリーニング方法でスクリーニングされた全ての物質が、サイトカインストーム治療・予防剤として製造販売されるとまでは言えない可能性がある。
従って、本発明は、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法でもある。
本発明によれば、カイコを用いて、ヒトの体内動態まで加味したスクリーニングができるので、本発明のスクリーニング方法を初期段階のスクリーニングに用いることで、サイトカインストーム治療・予防剤として製造販売される物質の発見確率を上げる(母集団の物質数を下げる)ことができる。
【0067】
実際に、実施例7に示すように、実験動物としてマウスを用いて、前記したスクリーニング方法が可能・有用であることが確かめられた。
すなわち、タンパク分解酵素を投与されたマウスは、ショック症状を呈して死亡したが、この結果は、哺乳動物であるマウスにおける自然免疫システムも、タンパク分解酵素(プロテアーゼ)によって致死的な過剰活性化(サイトカインストーム)を起こしたこと示している(実施例7参照)。
【0068】
更に、タンパク分解酵素阻害物質(阻害剤)として既に知られているナファモスタットが、上記マウスのショック死を抑えた(実施例7参照)。すなわち、タンパク分解酵素によって引き起こされる哺乳動物(マウス)のショック死に対しても、タンパク分解酵素阻害物質であるナファモスタットは治療効果を示した。
【0069】
従って、本発明は、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)を前記被験物質として(好ましくは、哺乳動物等の実験動物を用いて)、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法でもある。
【0070】
タンパク分解酵素を阻害する性質を有する物質が、サイトカインストームを治療・予防する物質となり得ることが本発明によって見出された。そのことは、タンパク分解酵素阻害剤が、用途限定の「サイトカインストーム治療・予防剤(の候補)」となり得ることを示している。
【0071】
本発明によって、一般にタンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)や、既にタンパク分解酵素阻害剤として既に知られている剤が、サイトカインストーム治療・予防剤となり得ることが分かった。
従って、本発明は、タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)であることを特徴とする、サイトカインストーム治療・予防剤、又は、サイトカインストーム治療・予防剤の候補となり得る物質でもある。
【0072】
本発明は、上記タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)がナファモスタットである前記のサイトカインストーム治療・予防剤でもある。
言い換えれば、本発明は、例えばナファモスタット等の既存のタンパク分解酵素阻害物質である(からなる)サイトカインストーム治療・予防剤でもある。
【0073】
タンパク分解酵素の働きを阻害する物質(protease inhibitor)に代えて、ステロイド薬や、アンチトロンビン薬等の血液抗凝固薬を用いても、それと同様の効果が認められた(実施例8、9)。
【0074】
被験物質として「アンチトロンビン薬等の血液抗凝固薬」(例えば、ナファモスタット、ヘパリン)や、ステロイド薬(例えば、ベタメタゾン)が、「カイコの特定の外観変化」を抑制・防止したことから、本発明のスクリーニング方法において、被験物質を、すなわちスクリーニングの母集団を、血液抗凝固薬、アンチトロンビン薬、又は、ステロイド薬としておくことや、「ヒトにおいて、上記のような効果を示すことが知られている剤」にすることが好ましい。
【0075】
すなわち、本発明のサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法は、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を、前記被験物質として、カイコを用いて、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする方法であることが好ましい。
【0076】
上記スクリーニング方法は、カイコを用いたものであるが、カイコを用いたスクリーニング方法に限定しなくても、一般に、サイトカインストームを治療又は予防する物質をスクリーニングする際には、その被験物質として、アンチトロンビン薬等の血液抗凝固薬を選択し、それを母集団として(そこからスタートして)スクリーニングをすることができる。その際の実験動物としては、例えば、ヒトを含む哺乳動物等が挙げられる。
【0077】
従って、本発明は、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬を、前記被験物質として(好ましくは哺乳動物等の実験動物を用いて)、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質をスクリーニングすることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニング方法でもある。
【0078】
本発明によって、アンチトロンビン薬等の血液抗凝固薬やステロイド薬が、サイトカインストーム治療・予防剤となり得ることが分かった。
従って、本発明は、血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤、又は、サイトカインストーム治療・予防剤の候補となり得る物質でもある。
【0079】
そして、具体的には、本発明は、上記血液抗凝固薬又はアンチトロンビン薬が、ヘパリン又はナファモスタットであるサイトカインストーム治療・予防剤でもある。言い換えれば、本発明は、ヘパリン又はナファモスタットであるサイトカインストーム治療・予防剤でもある。
【0080】
ヘパリンとナファモスタットの混合物について、サイトカインストーム治療・予防効果を評価したところ、両者の混合によって相乗効果が認められた(実施例9)。
よって、本発明は、ヘパリン及びナファモスタットの混合物であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤でもある。ここで、「及び」とは、混合又は併用することを意味する。
【0081】
ヘパリンとナファモスタットの質量混合比は、95:5~60:40が好ましく、92:8~70:30がより好ましく、90:10~80:20が特に好ましい。
ヘパリンが多過ぎると、ヘパリンの毒性がナファモスタットの効果を打ち消す場合があり、ナファモスタットが多過ぎると、ナファモスタットの毒性がヘパリンの効果を打ち消す場合がある。
【0082】
更に、ステロイド薬であるベタメタゾンや、大豆粉においても、サイトカインストーム治療・予防効果が認められた。
従って、本発明は、ベタメタゾンであることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤でもあり、大豆粉であることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤でもある。
【0083】
上記大豆粉は、大豆をそのまま、又は、大豆を乾燥、発酵処理、粉砕若しくはそれらの処理の組み合わせを行うことによって得られるもの、であることが好ましい。
すなわち、本発明は、大豆を、そのまま、乾燥、発酵処理、粉砕、又は、それらの組み合わせにより得られるものであることを特徴とするサイトカインストーム治療・予防剤でもある。
【実施例0084】
以下、実施例に基づき本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例の具体的範囲に限定されるものではない。以下、「%」と言う記載は、それが質量に関するものについては「質量%」を意味する。
【0085】
調製例1
<実験に使用したカイコの調製>
カイコの卵(愛媛蚕種株式会社より販売)を購入し、研究室内で5令幼虫まで飼育したものを使用した。カイコの飼育は27℃で行い、5令1日目から2日間は人工餌を与えたカイコ(5令3日目)を実験に使用した。実験に使用したカイコは、約2gであった。
【0086】
測定例1
<カイコの血中タンパク質の分解の測定(タンパク質の電気泳動)>
タンパク質の電気泳動(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動)は、TGX FastCast
Acrylamide Kit,12%(Bio-Rad)を用いて行った。
SDS sample buffer(富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いてサンプルを調製し、該サンプルには、2-mercaptoethanol(富士フイルム和光純薬株式会社製)を添加した。 1ウェルあたりカイコ血液1μLを供し、200V電圧一定条件で電気泳動を行った(
図3(b)参照)。
【0087】
実施例1
<トリプシンによるカイコのサイトカインストームの誘導>
「トリプシン(富士フイルム和光純薬株式会社製)の溶液(濃度50mg/mL、溶媒:10%ジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide、DMSO)/(PBS)(-))」50μLを、上記カイコ血液内に注射し、それらのカイコを27℃で、餌を与えずに飼育した。トリプシン(trypsin)は、膵液に含まれる消化酵素の一種で、特定のペプチド結合を加水分解する、タンパク分解酵素の一種である。
【0088】
注射後2時間経過した時点で、カイコが、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を伴って死亡したか否かを判定した。
【0089】
<<結果>>
トリプシンを注射されたカイコは、緑膿菌の加熱死菌を投与された時(実施例2)と同様に、前部の膨張及び黒色化、並びに、後部の収縮を伴って死亡した(
図1(a))。
この結果は、カイコの血液中で機能している自然免疫システムは、プロテアーゼの作用によって致死的な過剰活性化を起こしたことを示している。すなわち、トリプシンを注射されたカイコは、サイトカインストームを起こして死亡した(
図1(a))。
【0090】
実施例2
<緑膿菌加熱死菌によるカイコのサイトカインストームの誘導>
緑膿菌PAO1株の加熱死菌(オートクレーブ死菌)を「80%DMSO/水」に懸濁した液(DMSO/ACPA)を調製し、そのうちの50μLをカイコ血液内に注射した。その後、それらのカイコを27℃で餌を与えずに飼育した。
注射後2時間経過した時点で、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を伴って死亡した場合、「カイコのサイトカインストーム」による死亡と判定した。
【0091】
<<結果>>
DMSOに懸濁した緑膿菌加熱死菌を注射されたカイコは、トリプシンを投与された時(実施例1)と同様に、前部の膨張及び黒色化、並びに、後部の収縮を伴って死亡した(
図2(a))。
【0092】
このとき、サイトカイン関連遺伝子で血中プロテアーゼをコードする遺伝子clip4のmRNA量が上昇し(
図3(a))、血中タンパク質の分解が認められた(
図3(b))。
【0093】
サイトカインストームを起こしたカイコの体液ではタンパク質の分解が認められた。また、このときカイコの血液中には凝集体が多量に形成されており、血液凝固系の異常が示唆された。
【0094】
実施例3
<トリプシンによるカイコ外観変化に対するプロテアーゼ阻害剤カクテルの効果>
実施例1において、トリプシンをカイコ血液内に注射するのと同時に、「104mMのAEBSF、80μMのアプロチニン、4mMのベスタチン、1.4mMのE-64、2mMのロイペプチン、及び、1.5mMのペプスタチンA」と言う組成の「プロテアーゼ阻害剤カクテル」(Sigma-Aldrich社製)を、トリプシンと混ぜてカイコ血液内に注射した。
注射後2時間経過した時点で、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を観察した。
【0095】
<<結果>>
プロテアーゼ阻害剤カクテルは、トリプシンによって引き起こされるカイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を抑えた。すなわち、トリプシンによって引き起こされる、実施例1における「カイコの特定の外観変化」も、カイコの死亡も認められなかった(図示せず)。カイコのサイトカインストームが認められなかった。
【0096】
実施例4
<緑膿菌死菌によるカイコ外観変化に対するプロテアーゼ阻害剤カクテルの効果>
実施例2において、緑膿菌PAO1株の加熱死菌(オートクレーブ死菌)を「80%DMSO/水」に懸濁した液(DMSO/ACPA)をカイコ血液内に注射するのと同時に、実施例3で用いたものと同じ「プロテアーゼ阻害剤カクテル」を、実施例3と同様にカイコ血液内に注射した。
注射後2時間経過した時点で、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を観察した。
【0097】
<<結果>>
プロテアーゼ阻害剤カクテルは、緑膿菌PAO1株の加熱死菌(オートクレーブ死菌)の「80%DMSO/水」懸濁液によって引き起こされるカイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を抑えた。すなわち、該緑膿菌死菌によって引き起こされる「カイコのサイトカインストーム」が認められなかった(図示せず)。
【0098】
実施例5
<トリプシンによるカイコ外観変化に対するナファモスタットの効果>
実施例1において、トリプシンをカイコ血液内に注射するのと同時に、セリンプロテアーゼ阻害剤としてヒト臨床で用いられているナファモスタット(富士フイルム和光純薬株式会社製)を、トリプシンに混ぜてカイコ血液内に注射した。
注射後2時間経過した時点で、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を観察した。
【0099】
<<結果>>
ナファモスタットは、トリプシンによって引き起こされるカイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を抑えた。すなわち、トリプシンによって引き起こされる、実施例1における「カイコの特定の外観変化」も、カイコの死亡も認められなかった(
図1(b))。カイコのサイトカインストームが認められなかった。
【0100】
実施例6
<緑膿菌死菌によるカイコ外観変化に対するナファモスタットの効果>
実施例2において、緑膿菌死菌(DMSO/ACPA)をカイコ血液内に注射するのと同時に、実施例5で用いたものと同じナファモスタットを、実施例5と同様にカイコ血液内に注射した。
注射後2時間経過した時点で、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を観察した。
【0101】
<<結果>>
ナファモスタットは、緑膿菌死菌によって引き起こされるカイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を抑えた。すなわち、緑膿菌死菌によって引き起こされるカイコのサイトカインストームが認められなかった(
図2(b))。
【0102】
実施例7
<トリプシンによるマウスの死に対するナファモスタットの効果>
「トリプシン(富士フイルム和光純薬株式会社製)の溶液(濃度500mg/mL、溶媒:生理食塩水)」100μLを、マウス腹腔内に注射し、それらのマウスを、27℃で餌を与えずに飼育した。
また、トリプシンをマウス腹腔内に注射するのと同時に、セリンプロテアーゼ阻害剤としてヒト臨床で用いられているナファモスタット(富士フイルム和光純薬株式会社)1mgを、トリプシンに混ぜてマウス腹腔内に注射した。
注射後1日まで、継時的に、痙攣、及び、心拍の停止を観察した。トリプシン(trypsin)は、膵液に含まれる消化酵素の一種で、特定のペプチド結合を加水分解するタンパク分解酵素の一種である。
【0103】
<<結果>>
トリプシンを注射されたマウスは、ショック症状を呈して10分から1日以内に死亡した。この結果は、マウスにおける自然免疫システムが、プロテアーゼの作用によって致死的な過剰活性化を起こしたことを示している。すなわち、トリプシンを注射されたマウスは、サイトカインストームを起こして死亡した。
また、ナファモスタットは、トリプシンによって引き起こされるマウスのショック死を抑えた。すなわち、トリプシンによって引き起こされるマウスのショック死に対して、ナファモスタットは治療効果を示した。
【0104】
<実施例1~7のまとめ>
実施例では、タンパク分解酵素であるトリプシンをカイコの血液内に注射することによって、前部の膨張と黒色化を特徴とする致死的な免疫反応(サイトカインストーム)を誘導できることが示された。
また、タンパク分解酵素(プロテアーゼ)の作用である体液タンパク質の分解は、緑膿菌の加熱死菌を80%DMSOに懸濁してカイコ血液中に注射した場合にも認められ、それらのカイコは、トリプシンを注射した場合と同様に、前部の膨張と黒色化を伴って死亡した。
【0105】
また、タンパク分解酵素を投与されたカイコにおける致死的な免疫反応(サイトカインストーム)と同様に、タンパク分解酵素を投与されたマウスもショック症状を呈して死亡した。
【0106】
これらの結果は、これまで高等動物で知られていたタンパク分解酵素(プロテアーゼ)の作用によるショック死がカイコ等の昆虫でも起きること、及び、そのショック死は致死的な細菌感染時にも起こり得ることを示唆している。
【0107】
更に実施例では、タンパク分解酵素阻害剤(protease inhibitor)が、カイコのサイトカインストームに対して、体内動態が好適であることをも加味した「治療効果」を持つことを示した。
特に、ヒト臨床で用いられているセリンプロテアーゼ阻害剤であるナファモスタットが治療効果を示したことは、サイトカインストームに対して、タンパク分解酵素阻害剤(protease inhibitor)を用いた治療が可能であること、及び、カイコを用いた「新規の(ヒトの)サイトカインストーム治療・予防剤の探索」が可能であることを示している。
【0108】
実施例8
実施例4と同様にして、DMSOに懸濁した緑膿菌死菌による「カイコのサイトカインストーム」に対して、プロテアーゼ阻害剤の他に、他の薬剤をスクリーニングした。
具体的には、抗生物質、ビタミン剤等と言った1000種類以上の薬剤、及び、植物抽出成分等を被験物質として、カイコのサイトカインストームの治療効果を検討した。
すなわち、実施例4と同様に、カイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を観察した。
【0109】
<<結果>>
上記スクリーニングの結果、ステロイド薬であるベタメタゾン、血液抗凝固薬であるヘパリン、及び、大豆粉末は、何れも、緑膿菌PAO1株の加熱死菌(オートクレーブ死菌)の「80%DMSO/水」懸濁液によって引き起こされるカイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を抑えた。すなわち、上記物質を同時に投与されたカイコには、該緑膿菌死菌によって引き起こされる「カイコのサイトカインストーム」が認められなかった(図示せず)。
【0110】
ここで、「大豆粉末」とは、大豆をそのまま、乾燥、発酵処理、粉砕、それらの組み合わせにより得られた粉末である。
【0111】
実施例9
実施例4と同様にして、DMSOに懸濁した緑膿菌死菌による「カイコのサイトカインストーム」に対して、ナファモスタットとヘパリンの混合物による治療効果を検討した。
ナファモスタットとヘパリンは、何れも、ヒトにおいて血液凝固系に対する薬剤として用いられる。すなわち、ナファモスタットはアンチトロンビン薬として、ヘパリンは抗血液凝固薬として用いられている。
【0112】
<<結果>>
DMSOに懸濁した緑膿菌死菌による「カイコのサイトカインストーム」に対して、ナファモスタットとヘパリンの混合物は、
図4に示す通り相乗的な治療効果を示した。
図4中における数字は、「カイコのサイトカインストーム」を逃れたカイコ(総数5匹)の割合(%)を示している。
【0113】
すなわち、50μg/larvaのナファモスタットや、250μg/larvaのヘパリンは、何れも単独では大きな治療効果を示さなかったが、両者を併用することによって明瞭な治療効果を示した(
図4参照)。すなわち、少なくとも「50μg/larvaのナファモスタット及び250μg/larvaのヘパリンの混合物」(
図4において丸で囲った部分)は、明瞭な治療効果を示した(
図4参照)。このことは、ナファモスタットとヘパリンを混合すると相乗効果を奏することを示している。
【0114】
なお、投与量を両者の合計量(300μg/larva)に統一した場合であっても、
図4より、300μg/larvaのヘパリンのみは、「50μg/larvaのナファモスタット及び250μg/larvaのヘパリンの混合物」より治療効果が低いことが分かる。
また、ナファモスタットのみを300μg/larvaと言うように多く投与すると、毒性が現れるので現実的ではない。
【0115】
<<結果>>
ステロイド薬であるベタメタゾン、血液抗凝固薬であるヘパリン、及び、大豆粉末は、緑膿菌PAO1株の加熱死菌(オートクレーブ死菌)の「80%DMSO/水」懸濁液によって引き起こされるカイコ前部の膨張又は黒色化(メラニン化)並びにカイコ後部の収縮を抑えた。すなわち、該緑膿菌死菌によって引き起こされる「カイコのサイトカインストーム」が認められなかった(図示せず)。
【0116】
<実施例8、9のまとめ>
ステロイド薬;アンチトロンビン薬、抗凝固薬等の血液凝固系に対する薬剤;及び;大豆粉末が、カイコのサイトカインストームに対して、体内動態が好適であることをも加味した「治療効果」を持つ物質であることが示された。
特に、ヒト臨床で用いられているベタメタゾンやヘパリンやナファモスタットが治療効果を示したことは、ヒトのサイトカインストームに対して、ステロイド薬、抗血液凝固薬、アンチトロンビン薬を用いた治療が可能であることを示している。
【0117】
また、既に知られているステロイド薬、抗血液凝固薬、アンチトロンビン薬を被験物質にして、また、かかる効果を有する物質を被験物質にして、スクリーニングすれば、優れたサイトカインストーム治療・予防剤、又は、ヒトのサイトカインストームを治療又は予防する物質の候補となる物質をスクリーニングできることを示している。
【0118】
「ナファモスタット及びヘパリンの混合物」は、サイトカインストーム治療・予防剤として効果を有することが分かった。
本発明によれば、体内動態を考慮したサイトカインストーム治療・予防剤のスクリーニングができ、新規なサイトカインストーム治療・予防剤を提供し得るので、本発明は、医薬品、薬品原料、健康食品等の、検討、製造、販売、使用等をする分野に広く利用されるものである。