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2022-92454血液適合性医療用チタン材料及び血液適合性医療用チタン材料の製造方法
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  • -血液適合性医療用チタン材料及び血液適合性医療用チタン材料の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022092454
(43)【公開日】2022-06-22
(54)【発明の名称】血液適合性医療用チタン材料及び血液適合性医療用チタン材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/06 20060101AFI20220615BHJP
   A61L 27/30 20060101ALI20220615BHJP
   A61L 31/08 20060101ALI20220615BHJP
   A61L 31/12 20060101ALI20220615BHJP
   A61L 33/02 20060101ALI20220615BHJP
   C01G 23/04 20060101ALI20220615BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20220615BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20220615BHJP
【FI】
A61L27/06
A61L27/30
A61L31/08
A61L31/12
A61L33/02
C01G23/04 C
C23C14/08 E
C23C14/58 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020205279
(22)【出願日】2020-12-10
(71)【出願人】
【識別番号】522040252
【氏名又は名称】創生ライフサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大家 渓
(72)【発明者】
【氏名】中野 武雄
(72)【発明者】
【氏名】西島 葵
【テーマコード(参考)】
4C081
4G047
4K029
【Fターム(参考)】
4C081AC06
4C081BA01
4C081CF142
4C081DA03
4C081DC03
4G047CA02
4G047CB04
4G047CC03
4G047CD02
4K029AA08
4K029AA24
4K029BA48
4K029BB08
4K029BD00
4K029CA06
4K029DC03
4K029DC35
4K029EA03
4K029EA04
4K029EA08
4K029GA01
(57)【要約】
【課題】血液と接触した場合でも、表面における血栓の形成が抑制される血液適合性医療用チタン材料及び血液適合性医療用チタン材料の製造方法を提供する。
【解決手段】基材の少なくとも一部に、ルチル型酸化チタン層を有する積層体であり、前記ルチル型酸化チタン層は、厚みが50nm~10000nmであり、且つ、算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmである血液適合性医療用チタン材料及びその製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の少なくとも一部に、ルチル型酸化チタン層を有する積層体であり、
前記ルチル型酸化チタン層は、厚みが50nm~10000nmであり、
且つ、算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmである、血液適合性医療用チタン材料。
【請求項2】
前記ルチル型酸化チタン層は、少なくともTiOを含み、前記ルチル型酸化チタン層に含まれるTiOの組成比は90原子%以上であり、且つ、前記ルチル型酸化チタン層におけるチタン以外の金属の含有量が20原子%以下である請求項1に記載の血液適合性医療用チタン材料。
【請求項3】
血小板を1×10個/mL含むモデル血液に塩化カルシウムを0.25mol/μLの量で加えて調製した試験液に、前記医療用チタン材料を浸漬し、以下の処理方法で処理した後のルチル型酸化チタン層における1cm当たりの血小板付着面積が0.2cm以下である請求項1又は請求項2に記載の血液適合性医療用チタン材料。
(処理方法)
前記医療用チタン材料を前記試験液に4分間浸漬し、浸漬後、グルタルアルデヒドにて前記医療用チタン材料のルチル型酸化チタン層表面に血小板を固定化し、洗浄して余剰の試験液を除去し、エタノールを用いて脱水後、臨界点乾燥を行う。
【請求項4】
基材を準備する工程I、
スパッタリングターゲットとしてチタンを用い、不活性ガスと酸素ガスとを供給して、前記基材上に、反応性スパッタリングにより酸化チタン膜を形成して基材上に酸化チタン膜を有する積層体を得る工程II、及び、
前記積層体を700℃~900℃で加熱する工程IIIを含み、
前記工程IIにおける酸素ガスの流量が0.50sccm~2.50sccmであり、不活性ガスの供給圧が0.90Pa~3.00Paである、血液適合性医療用チタン材料の製造方法。
【請求項5】
前記不活性ガスがアルゴンガスである請求項4に記載の血液適合性医療用チタン材料の製造方法。
【請求項6】
前記工程IIIにより得られる積層体は、前記基材上に、ルチル型酸化チタンを含む酸化チタン層を有する積層体である請求項4又は請求項5に記載の血液適合性医療用チタン材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、血液適合性医療用チタン材料及び血液適合性医療用チタン材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンは、軽量であり、機械的特性及び耐食性が良好であり、生体毒性を示さず、細胞との相性がよい金属として、医療分野ではインプラント、硬質組織代替材料等として、生体埋め込み分野で広く利用されている。一方で、チタン表面に血液が接触すると血栓を形成することが知られており、循環器系に関する医療分野では、チタン製のデバイスを使用し難かった。従来、ステント等の循環器医療分野において適用するデバイスは、ステンレス、チタンとニッケルとの合金等が用いられていた。しかし、ステンレス、クロム及びニッケルは、金属アレルギーを引き起こす懸念がある、生体毒性を示す元素が含まれる場合があるといった問題があり、使用には制限があった。
このため、生体適合性に優れたチタン表面における血栓の形成を抑制し、循環器医療用デバイスに適用する技術が種々検討されている。
【0003】
チタン材料のステントへの応用としては、例えば、金属ステントの表面に特定の組成物を有するチタン酸化物をコーティングし、酸化チタン表面を改質してヒドロキシ基を導入し、薬物が有する官能基を、上記ヒドロキシ基と結合させて、遺伝子伝達ステントを製造する方法が提案されている(特許文献1参照)。
また、チタン又はチタン合金製の金属基体の表面に、少なくとも一端に開口部を有し、上記金属基体の表面に対して上記開口部が上記金属基体から遠ざかるように配列した複数のナノチューブからなり、少なくともチタニアを含有し、上記複数のナノチューブのそれぞれは、分極している改質層を有する医療用金属材料が提案されている(特許文献2参照)。
さらに、チタン粉末焼結体の製造に際し、チタン粉末を分級し、粒子径32μm~45μmのチタン粉末を得て、焼結体を形成することにより、得られた焼結体では、公知の焼結体に比較して、血液適合性が改良されたことが報告されている(非特許文献1参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-545579号公報
【特許文献2】特開2019-84021号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】カスジェット流体を用いて作製したチタン粉末焼結体の表面特性と生体適合性 大家ら、材料の科学と工学 Vol.51、5、pp203-208〔2015年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現状では、患者にステント等を埋植した後は、血液凝固を抑制する薬剤等の服用が必要となる。血液凝固を抑制する薬剤を服用すると、日常生活において軽い擦り傷、切り傷等が生じた場合であっても、血液凝固をし難くなり、止血が困難になるという問題点を有している。このため、生体適合性が良好であり、血管内において早期に生体組織との一体化が可能なチタンをステント等に適用することが実現されれば、血液凝固抑制剤の服用期間を短縮すること、又は、服用を必要としなくなることも期待される。
【0007】
特許文献1に記載のステントは、チタン酸化物層に対し、有効成分としての有機物を導入し、血液が直接酸化チタン層に接触しない構成としており、製造が煩雑であり汎用性に欠けるという問題がある。
特許文献1の如く、チタン材料表面に異種素材を導入して血栓の形成を抑制する技術では、酸化チタン材料自体の生体適合性が十分に生かされないという問題もある。
特許文献2に記載の技術は、チタン基材表面に改質層を製造するに際して、陽極酸化によるチタニアを含むナノチューブの導入、導入したナノチューブの分極という工程を必要とし、製造方法が複雑である。また、ナノチューブからなる改質層の分極による電位の付与と、表面粗さの制御による表面を親水化と、により血液成分中の血漿タンパク質の吸着を抑制し、抗血栓性を向上させており、抗血栓効果の持続性に懸念があり、さらなる改良が求められている。
非特許文献1に記載の焼結体は、焼結体の原料となるチタンの粒子径を制御して、その後、粉末冶金技術である熱間等方圧加圧法(Hot Isostatic Pressing:HIP)という方法を適用している。HIPは、高温にて等方的な圧力を被処理物であるチタン粒子に加えて処理する方法であり、焼結体の製造方法は、高価且つ煩雑であった。また、非特許文献1には、得られた焼結体の表面物性、特に表面粗さ、及び結晶構造への着目はなく、血栓の形成抑制効果にもなお改良の余地がある。
【0008】
本発明の一実施形態の課題は、血液と接触した場合でも、表面における血栓の形成が抑制される血液適合性医療用チタン材料を提供することである。
本発明の別の実施形態の課題は、血液と接触した場合でも、表面における血栓の形成が抑制される血液適合性医療用チタン材料の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題の解決手段は、以下の実施形態を含む。
<1> 基材の少なくとも一部に、ルチル型酸化チタン層を有する積層体であり、前記ルチル型酸化チタン層は、厚みが50nm~10000nmであり、且つ、算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmである、血液適合性医療用チタン材料。
<2> 前記ルチル型酸化チタン層は、少なくともTiOを含み、前記ルチル型酸化チタン層に含まれるTiOの組成比は90原子%以上であり、且つ、前記ルチル型酸化チタン層におけるチタン以外の金属の含有量が20原子%以下である<1>に記載の血液適合性医療用チタン材料。
<3> 血小板を1×10個/mL(ミリリットル)含むモデル血液に塩化カルシウムを0.25mol/μLの量で加えて調製した試験液に、上記医療用チタン材料を浸漬し、以下の処理方法で処理した後のルチル型酸化チタン層における1cm当たりの血小板付着面積が0.2cm以下である<1>又は<2>に記載の血液適合性医療用チタン材料。
(処理方法)
上記医療用チタン材料を上記試験液に4分間浸漬し、浸漬後、グルタルアルデヒドにて上記医療用チタン材料のルチル型酸化チタン層表面に血小板を固定化し、洗浄して余剰の試験液を除去し、エタノールを用いて脱水後、臨界点乾燥を行う。
【0010】
<4> 基材を準備する工程I、スパッタリングターゲットとしてチタンを用い、不活性ガスと酸素ガスとを供給して、上記基材上に、反応性スパッタリングにより酸化チタン膜を形成して基材上に酸化チタン膜を有する積層体を得る工程II、及び、上記積層体を700℃~900℃で加熱する工程IIIを含み、上記工程IIにおける酸素ガスの流量が0.50sccm~2.50sccmであり、不活性ガスの供給圧が0.90Pa~3.00Paである、血液適合性医療用チタン材料の製造方法。
<5> 上記不活性ガスがアルゴンガスである<4>に記載の血液適合性医療用チタン材料の製造方法。
【0011】
<6> 上記工程IIIにより得られる積層体は、上記基材上に、ルチル型酸化チタンを含む酸化チタン層を有する積層体である<4>又は<5>に記載の血液適合性医療用チタン材料の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一実施形態によれば、血液と接触した場合でも、表面における血栓の形成が抑制される血液適合性医療用チタン材料を提供することができる。
本発明の別の実施形態によれば、血液と接触した場合でも、表面における血栓の形成が抑制される血液適合性医療用チタン材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本開示の血液適合性医療用チタン材料の製造に用いられるスパッタリング装置の一例を示す概略構成図である。
図2図2(A)は、実施例1の医療用チタン材料の血栓形成抑制効果評価後の酸化チタン層表面のSEM像であり、図2(B)は、比較例1の医療用チタン材料の血栓形成抑制効果評価後の酸化チタン層表面のSEM像であり、図2(C)は、比較例2の医療用チタン材料の血栓形成抑制効果評価後の酸化チタン層表面のSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の血液適合性医療用チタン材料、及び血液適合性医療用チタン材料の製造方法について、具体的な実施形態を挙げて詳細に説明する。本開示は、以下の実施形態に限定されず、その主旨に反しない限りにおいて、種々の変形例により実施することができる。変形例は、例えば、基材の形状、サイズ等を目的に応じて変更すること、スパッタリング装置のスケールアップ、スパッタリング装置における各部材を同等の性能を有する部材に置換すること、効果を損なわない範囲においてのスパッタリング装置の各部材の配置位置を変更すること、等を包含する。
【0015】
本開示において「~」を用いて記載した数値範囲は、「~」の前後の数値を下限値及び上限値として含む数値範囲を表す。本開示に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本開示において試験液等の処理液中の各成分の量は、処理液中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、処理液中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
また、本開示において、2以上の好ましい態様の組み合わせは、より好ましい態様である。
各図面において同一の符号を用いて示される構成要素は、同一の構成要素であることを意味する。図面における寸法の比率は、必ずしも実際の寸法の比率を表すものではない。
【0016】
<血液適合性医療用チタン材料>
本開示の血液適合性医療用チタン材料は、基材の少なくとも一方の面上に、ルチル型酸化チタン層を有する積層体であり、上記ルチル型酸化チタン層は、厚みが50nm~10000nmであり、且つ、算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmである。
【0017】
本開示の血液適合性医療用チタン材料について説明する。
本開示の血液適合性医療用チタン材料(以下、「医療用チタン材料」と称することがある。)は、基材の少なくとも一部、例えば、少なくとも血液に接触する領域にルチル型酸化チタン層を有する構造をとる。
医療用チタン材料においては、基材及びルチル型酸化チタン層の積層構造における面方向に対し、垂直な方向を厚み方向とする。
本開示の医療用チタン材料は、ルチル型酸化チタン層を、基材の少なくとも一部に有すればよく、例えば、平板状の基材の場合の場合、基材は、一方の面のみにルチル型酸化チタン層を有していてもよく、両面にルチル型酸化チタン層を有していてもよい。平板状の基材を用いる場合であれば、まず、両面にスパッタリングを行って酸化チタン層を形成し、その後、酸化チタン層の結晶系を制御することで、基材の両面にルチル型酸化チタン層を有する医療用チタン材料を得ることができる。また、本開示の医療用チタン材料は、線状の基材の周辺をルチル型酸化チタン層が被覆した態様をとることもできる。線状基材を用いる場合には、例えば、基材を回転させながらスパッタリングを行ってルチル型酸化チタン層を形成すればよい。
【0018】
<ルチル型酸化チタン層>
本開示の医療用チタン材料が有するルチル型酸化チタン層は、厚みが50nm~10000nmであり、且つ、算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmである。
基材上における酸化チタン層がルチル型の結晶構造を有することは、X線回折法(X-ray diffraction:XRD)で確認することができる。
XRDの測定方法は、実施例において詳述する。
【0019】
ルチル型酸化チタン層の厚みは50nm~10000nmである。ルチル型酸化チタン層の厚みが50nm以上であることで、基材に良好な血液適合性を付与することができる。ルチル型酸化チタン層の厚みは80nm以上であることが好ましく、100nm以上であることがより好ましい。
ルチル型酸化チタン層の厚みの上限には、特に制限はなく、10000nm以上であっても効果を奏するが、製造適性上は10000nm以下が好ましい。
ルチル型酸化チタン層の厚みが50nm以上であることで、医療用チタン材料が血液に接触した場合でも、ルチル型酸化チタン層の機能により、基材への血液の直接的な接触が抑制され、且つ、酸化チタンの生体適合性を損なうことなく、表面における血栓の形成が効果的に抑制されると推定される。
【0020】
医療用チタン材料におけるルチル型酸化チタン層の厚みは、公知の方法、例えば、医療用チタン材料を厚み方向、即ち、基材とルチル型酸化チタン層との積層体の面方向に対して垂直方向に切断した断面のSEM像を観察することで測定することができる。
基材上に、反応性スパッタリングによりルチル型酸化チタン層を形成するに際しては、形成したルチル型酸化チタン層の厚みを以下の方法によって測定してもよい。
医療用チタン材料の基材上に、水性サインペンPOSCA(黒色:三菱鉛筆(株)製)を用いて線を引く。その後、スパッタリングして、酸化チタン層を形成し、アセトンで洗浄する。アセトンで洗浄した後は、水性サインペンPOSCAで線を引いた領域のみ、形成されたルチル型酸化チタン層が除去される。このようにして、ルチル型酸化チタン層を有する領域と、形成されたルチル型酸化チタン層が除去され、基材が露出した領域とが形成される。ルチル型酸化チタン層を有する領域と、基材が露出した領域との高さを、触針式表面形状測定機を用いて測定し、両者の差分をルチル型酸化チタン層の厚みとする。触針式表面形状測定機としては、Dektak XT(登録商標)、BRUKER社製を用いることができる。
本開示では、基材上に形成されたルチル型酸化チタン層の無作為に選択した5箇所の厚みを測定し、その平均値をルチル型酸化チタン層の厚みとして採用する。
【0021】
本開示の医療用チタン材料が有するルチル型酸化チタン層は、算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmであり、0.02nm~0.5nmが好ましく、0.05nm~0.4nmがより好ましい。
算術平均表面粗さが上記範囲であることで、医療用チタン材料の表面平滑性が良好となり、ルチル型の結晶構造と相俟って、血小板の付着が抑制され、血栓の形成が効果的に抑制されると考えられる。
本開示では、算術平均表面粗さは、JIS B0601(2013年)に準拠して、触針式表面形状測定機 Dektak XT(登録商標)、BRUKER社製を用いて測定した値を採用する。
【0022】
本開示におけるルチル型酸化チタン層は、少なくともTiOを含み、ルチル型酸化チタン層に含まれるTiOの組成比は90原子%以上である。
本開示におけるルチル型酸化チタン層は、酸素を供給する反応性スパッタリングにより形成した酸化チタン層に由来する。従って、スパッタリング後の酸化チタン層には、TiO、TiO及びTi等の種々の組成の酸化チタンが含まれている。なかでも、本開示におけるルチル型酸化チタン層は、少なくともTiOを高含有率で含むことが好ましい。
【0023】
ルチル型酸化チタン層の表面化学組成比は、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)により確認することができる。表面化学組成比の分析方法は、実施例にて詳述する。
TiOの組成比は90原子%以上であり、91原子%以上であることが好ましく、93原子%以上であることがより好ましい。
本開示の医療用チタン材料におけるルチル型酸化チタン層においては、TiOの組成比は90原子%以上と高い値が維持されている。TiOの比誘電率は、水の比誘電率と同等であり、このため、TiOの組成比が大きい本開示の医療用チタン材料では、ルチル型酸化チタン層の表面に接触したタンパク質に与える影響が小さく抑えられ、例えば、血小板が接触した場合でも、表面への粘着が抑制され、血栓の形成を抑制していると考えられる。
【0024】
本開示におけるルチル型酸化チタン層に含まれるチタン以外の金属の含有量は20原子%以下であり、チタン以外の金属の含有量は15原子%以下であることが好ましく、13原子%以下であることがより好ましい。
ルチル型酸化チタン層が高純度の酸化チタン層であり、チタン以外の金属の含有率が少ないことで、本開示の医療用チタン材料は生体適合性が良好となる。ルチル型酸化チタン層におけるチタン以外の金属の含有量は、上記表面化学組成比の測定方法と同様にして測定することができる。
【0025】
(基材)
本開示の医療用チタン材料における基材には特に制限はない。基材の種類に拘わらず、基材の表面に本開示で規定するルチル型酸化チタン層を有することで、本開示の医療用チタン材料は、生体適合性を有するためである。
本開示の医療用チタン材料は、後述の本開示の医療用チタン材料の製造方法により製造されることが好ましい。本開示の医療用チタン材料の製造方法では、製造工程において700℃以上の加熱処理を行うことから、耐熱性が良好な基材を選択することが好ましい。
上記の観点からは、基材としては、石英ガラスなどの耐熱性が良好なガラス基材、ファインセラミックス、陶器、磁器などのセラミック基材、融点が700℃以上の金属基材、シリコン基板等が挙げられる。
【0026】
金属基材としては、ステント等の医療器具に用いられる金属、例えば、ステンレス、チタン合金等を含む基材を使用することができる。
金属基材に用い得るチタン合金としては、例えば、Mo、Zr、Al、Nb、V、Ni、Ta、Pt、Pd、Au、Ag、Co、及びCrから選ばれる少なくとも1種の金属とチタンとの合金が挙げられる。
【0027】
本開示の医療用チタン材料における基材の形状及びサイズには特に制限はなく、医療用チタン材料の使用目的に応じて適宜選択することができる。
基材としてチタン等の加工性及び耐熱性が良好な金属基材を用いる場合を例に挙げれば、ステントなどの医療用器具を金属で成形してこれを基材とし、得られた基材の表面にルチル型酸化チタン層を形成して医療用チタン材料を得る場合が挙げられる。
また、例えば、チタン等の金属基材の表面に、本開示に規定するルチル型酸化チタン層を設けて医療用チタン材料を得た後、所望の形状に成形加工して、医療器具を得ることもできる。
【0028】
本開示の医療用チタン材料に用いられる基材は、耐熱性及び加工性が良好な記載が好ましい以外は、特に制限はない。例えば、先に例示した如き基材はいずれも使用することができる。基材の表面性状、例えば、マクロな表面の平滑性などには特に制限はない。
基材に、既述の如き算術平均表面粗さが0.01nm~1.0nmである酸化チタン層を形成することができれば、例えば、陶器の如き基材も使用することができる。
基材は、医療用チタン材料の製造適性、医療用チタン材料としての加工性、医療用チタン材料が適用される医療器具の形態等を考慮して適宜選択することができる。
また、既述のように、基材として、予めステントなどの医療用器具の形状に成形された基材を用いてもよい。この場合、所定の形状に成形された基材の表面の少なくとも一部に、必要に応じて既述のルチル型酸化チタン層を有する態様を取ることができる。
【0029】
<医療用チタン材料の性能>
基材の少なくとも一部に、上記酸化チタン層を有する積層体である本開示の血液適合性医療用チタン材料は、上記構成としたため、良好な血栓の形成抑制効果が期待できる。
本開示の医療用チタン材料の血栓の形成抑制効果の目安としては、以下の処理方法によって処理した医療用チタン材料を確認することで評価することができる。
処理方法は、血小板を1×10個/mL含むモデル血液に塩化カルシウムを0.25mol/μLの量で加えて調製した試験液に、上記医療用チタン材料を4分間浸漬し、浸漬後、グルタルアルデヒドで医療用チタン材料に血小板を固定化し、洗浄して余剰の試験液を除去し、エタノールを用いて脱水後、臨界点乾燥を行うという、血小板の付着を確認するための処理方法である。この処理方法において、観察したルチル型酸化チタン層における1cm当たりの血小板付着面積が0.2cm以下であることが好ましい。血小板に付着抑制効果が良好であることで、本開示の医療用チタン材料は良好な血栓の形成抑制効果が期待できる。
上記試験法による酸化チタン層表面への血小板の付着面積は、0.2面積%以下であることが好ましく、0.1面積%以下であることがより好ましく、0.08面積%以下であることがさらに好ましい。血小板の付着面積は小さいほど好ましく、付着面積は0面積%、即ち、血小板が全く付着しない態様であってもよい。
なお、血小板が僅かに付着した場合においては、一つの血小板付着領域と、隣接する血小板付着領域との間に、血小板が付着しない領域が存在することが好ましい。即ち、連続した付着領域が少ないことがより好ましい。
【0030】
モデル血液は、以下の手順で調製する。
ヒト、ブタ等のほ乳類から全血を採取する。例えば、ブタの全血を用いた場合の例では、2000rpm(回転/分:以下同様)程度で約30分間遠心分離し、上ずみより多血小板血漿(Platelet Rich Plasama:以下、PRPと称する。)を得る。さらに、上記遠心分離し、上ずみを得た後の下層を、4000rpm程度で約30分間遠心分離し、貧血小板血漿(Platelet Poor Plasama:以下、PPPと称する。)を得る。得られたPRPとPPPとを用いて、血小板の含有数が1mL当たり1×10個であるモデル血液を調製する。モデル血液の調製に用いる全血の物性により、遠心分離の条件等は適宜調整することが好ましい。
モデル血液の調製に用いるブタ血液は、市販品を用いてもよい。
【0031】
血小板の付着面積の測定は、以下の手順にて行うことができる。
上記で得たモデル血液に塩化カルシウムを0.25mol/μLの量で加えて試験液を得る。試験液を37℃に加温し、温度を37℃に維持しながら、被検体である医療用チタン材料を試験液に4分間浸漬する。
浸漬後、グルタルアルデヒドで酸化チタン層表面に血小板を固定化し、リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate buffered saline:PBS)を用いて洗浄し、余剰のモデル血液を除去した後、グルタルアルデヒドで酸化チタン層表面に血小板を固定化し、エタノールを用いて脱水後、臨界点乾燥を行う。乾燥後の被検体の酸化チタン層における1cm当たりの血小板の付着面積を測定する。
血小板の付着面積の測定は、例えば、医療用チタン材料における酸化チタン層を有する側の面を、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)にて1000倍にて撮影し、得られたSEM像を画像解析することで行うことができる。
SEM像の画像解析には、フリーソフトである画像処理ソフトウェア ImageJ等を用いることができる。
【0032】
本開示の医療用チタン材料は、チタンの生体適合性を維持しつつ、酸化チタン層の機能により、血液適合性が良好であり、血液と直接接触する用途にも好適に使用することができ、種々の医療用途に対する適用範囲が広い。
【0033】
本開示の医療用チタン材料の製造方法には特に制限はない。なかでも、本開示の医療用チタン材料は、以下に述べる本開示の血液適合性医療用チタン材料の製造方法により製造されることが好ましい。
【0034】
<医療用チタン材料の製造方法>
本開示の血液適合性医療用チタン材料の製造方法(以下、本開示の製造方法と称することがある。)は、基材を準備する工程I、スパッタリングターゲットとしてチタンを用い、不活性ガスと酸素ガスとを供給して、上記基材上に、反応性スパッタリングにより酸化チタン膜を形成する積層体を得る工程II、及び、上記積層体を700℃~900℃で加熱する工程IIIを含み、上記工程IIにおける酸素ガスの流量が0.50sccm~2.50sccmであり、不活性ガスの供給圧が0.90Pa~3.00Paである。
【0035】
(工程I)
工程Iでは、基材を準備する。
基材は、任意の基材を適宜選択して使用することができる。基材の例としては、上記医療用チタン材料の項にて例示した基材を同様に挙げることができ、好ましい例も同様である。
例えば、ガラス基材は平板状の耐熱性のガラス基材をそのまま使用することができる。チタン基材等の金属基材は、予め金属材料を任意の形状に成形して得た基材を用いることができる。また、基材として市販の板状の金属基材を用いてもよい。
基材は、引き続き行われる工程IIを実施する前に、予め表面に付着した不純物を除去する処理を行ってもよい。不純物を除去する処理方法としては、エタノール、イソプロパノール、アセトン等から選ばれる有機溶剤を用いて超音波洗浄する方法、セミコクリーン23(商品名:フルウチ化学(株)、アルカリ洗浄液)等の半導体基板等の洗浄に使用される洗浄剤を用いて超音波洗浄する方法等が挙げられる。
【0036】
(工程II)
工程IIでは、工程Iで準備した基材に、反応性スパッタリングにより酸化チタン膜を形成して、基材上に酸化チタン膜を有する積層体を得る。
工程IIにおける反応性スパッタリングは、スパッタリングターゲットとしてチタンを用い、不活性ガスに加え、反応性のガスとしての酸素ガスとを供給して、基材の表面にチタンと酸素との反応生成物である酸化チタン膜を形成する方法をとる。
【0037】
工程IIにおいて、スパッタリングに用いられる装置には特に制限はなく、後述する真空度、温度、電圧印加等の好ましい条件等を達成できる装置であれば、公知のスパッタリング装置を適宜選択して使用することができる。
また、公知のスパッタリング装置、例えば、(株)サンバックのスパッタ装置SP-15000D、(株)アルバックのスパッタ装QAM-4C-S等の市販の装置を、後述する各種条件を達成できるように改良して使用することもできる。
【0038】
図1は、本開示の血液適合性医療用チタン材料の製造に用いられるスパッタリング装置の一例を示す概略構成図である。
スパッタリング装置10には、金属チタンからなるスパッタリングターゲット14、及び、酸化チタン層を形成するための基材12が配置されている。図1に示す例では、後述の実施例と同様に、基材として耐熱性を有するガラス基材が用いられている。
装置内部は真空状態が維持され、反応性ガスである酸素ガスの供給口16から酸素ガスが供給され、不活性ガスの供給口18から不活性ガスであるアルゴンガスが供給される。図1に示す例では、不活性ガスとしてアルゴンガスが供給される態様が示されるが、不活性ガスはアルゴンガスには限定されない。
図1では、アルゴン原子(Ar)、発生したチタンイオン(Ti)及び酸素原子(O)がそれぞれ模式的に丸印で示される。アルゴンガスがスパッタリングターゲットに衝突して発生したチタンイオンは、酸素と結合して基材12上に付着し、基材12表面に酸化チタン膜(酸化チタン層)が形成され、目的とする積層体が得られる。
【0039】
スパッタリング装置内の製膜前の真空度は、不純物が膜に混入し難く、形成される膜の再現性がより良好であるという観点から、2×10-4Pa以下が好ましく、1×10-4Pa以下がより好ましく、5×10-5Pa以下がさらに好ましい。
製膜時のスパッタリング装置内圧力は、放電安定性及び得られる膜の密着性がより良好であるという観点から 0.5Pa~5Paの範囲であることが好ましく、0.5Pa~2Paの範囲だとより好ましい。
【0040】
スパッタリング時の装置内温度及び基板温度としては、スパッタリング開始前の温度は常温(25℃)であることが好ましい。
スパッタリングを開始した後は、プラズマ発生の影響で装置内の温度が上昇する。基材の劣化又は変成をより抑制し易いという観点からは、スパッタリング時における基材の温度は80℃以下に維持されることが好ましく、50℃以下がより好ましく、40℃以下がさらに好ましく、30℃以下が最も好ましい。
放電電力は、基材に余分な熱ダメージを与えず、かつ適切な製膜速度を保つという観点から、例えば、3インチのスパッタリングターゲットにおいては、50W~300Wの範囲であることが好ましい。
【0041】
不活性ガスとしては、アルゴンガス、窒素ガス、ヘリウムガス等が挙げられ、なかでも、得られる酸化チタン層の純度がより高いという観点からは、アルゴンガスが好ましい。
反応性のガスである酸素ガスにおける酸素と、スパッタリングターゲットから発生するイオン化したチタンとが反応して、基材上に酸化チタンの薄膜が形成される。不活性ガスの供給圧を調整することで、形成される酸化チタン膜の構造の緻密さが制御可能である。
【0042】
本開示の製造方法においては、スパッタリング装置内に供給される不活性ガスの供給圧は0.90Pa~3.00Paであり、0.95Pa~2.00Paであることが好ましく、1.00Pa~1.50Paであることがより好ましい。
不活性ガスの供給圧が上記範囲にあることで、不活性ガスの供給により発生するチタンイオンの量が適切な範囲に維持され、得られる酸化チタン膜の構造がより緻密となり、得られる医療用チタン材料における血栓の形成抑制効果がより良好となると考えられる。
不活性ガスの供給圧は、例えば、スパッタリング装置に付属の供給口からの流量を、装置に付属したバルブを調整すること等により、公知の方法で調整することができる。
反応中の不活性ガスの供給圧は、上記好ましい供給圧の範囲において、反応の開始から終結まで均一であってもよく、目的に応じて経時的に変化させてもよい。
【0043】
反応性スパッタリングにより形成される酸化チタン膜には、チタンと酸素との反応生成物であるTiO、TiO及びTi等が含まれる。ここで、スパッタリング装置に供給される酸素ガスの流量を制御することにより、形成される酸化チタン膜に含まれるTiO、TiO及びTiOの比率、特に重要なTiO組成比を制御することができる。
なお、積層体を加熱して得られる酸化チタン層に含まれるTiOの組成比は90原子%以上であることが好ましいことは既述の通りである。
工程IIにおける反応性スパッタリングでは、反応性ガスとしての酸素ガスの流量は0sccmを超え3.0sccm以下で行うことができ、0.50sccm~2.50sccmであることが好ましく、1.50sccm~2.50sccmであることがより好ましく、1.80sccm~2.20sccmであることがさらに好ましい。
酸素ガスの流量が上記範囲にあることで、形成される酸化チタン膜に含まれるTiOの組成比が90原子%以上となり易く、本開示の製造方法により得られる医療用チタン材料の血栓形成抑制効果が良好になると考えられる。
【0044】
工程IIにおいては、形成される酸化チタン膜の厚みが50nm~10000nmになるまで、反応性スパッタリングが継続されることが好ましい。形成される酸化チタン膜の厚みが50nm以上であることが、得られる医療用チタン材料の血栓の形成抑制効果がより良好になるという観点から好ましい。
【0045】
(工程III)
工程IIIでは、工程IIにて形成された基材上に酸化チタン膜を有する積層体を700℃~900℃で加熱する。
工程IIIにおける加熱は、酸素雰囲気下、加熱温度700℃~900℃で行われる。
加熱温度は700℃~900℃であり、750℃~850℃が好ましく、780℃~830℃がより好ましい。
加熱時間は、0.5時間~3時間行われることが好ましく、0.5時間~2時間行われることがより好ましく、0.5時間~1.5時間行われることがさらに好ましい。
加熱手段は特に制限はなく、公知の加熱手段を適用できる。
なかでも、酸素雰囲気を維持できる加熱ゾーン内、例えば、電気炉内で、非接触型の加熱装置により行われることが好ましい。
工程IIIにおいて、700℃以上の温度で加熱することにより、酸化チタン層の結晶系がルチル型となり、基材上に、血栓の形成抑制効果が良好なルチル型酸化チタンを含む酸化チタン層を有する本開示の医療用チタン材料が得られる。
即ち、工程IIIにより得られる積層体は、前記基材上に、ルチル型酸化チタンを含む酸化チタン層を有する積層体であることが好ましい。
【0046】
得られた酸化チタン層の結晶構造がルチル型酸化チタンを含むことは、既述のようにX線回折法(XRD)によって確認することができる。
例えば、工程IIにて得た酸化チタン層が非晶質構造の酸化チタン膜である場合でも、工程IIIにより加熱処理を行うことで、血栓の形成抑制効果が良好な、ルチル型の結晶構造を含む酸化チタン層とすることができる。
【0047】
本開示の製造方法によれば、既述の血栓の形成抑制効果が良好な本開示の医療用チタン材料を再現性よく、簡易に製造することができる。
【実施例0048】
以下、本開示の医療用チタン材料を、その製造方法とともに、実施例を挙げて具体的に説明するが、本開示の医療用チタン材料及びその製造方法は、以下の実施例に制限されず、その主旨を超えない限りにおいて種々の変形例にて実施することができる。
【0049】
〔実施例1〕
1.基材の準備
医療用チタン材料の支持層としての基材を準備した。
基材は、幅:14.5mm、長さ:14.5mm、厚さ0.5mmの平板状の石英ガラス基材(精研硝子(株))を準備し、セミコクリーン23(商品名:フルウチ化学(株))を用いて、超音波洗浄して不純物を除去した。(工程I)
【0050】
2.反応性スパッタリング
準備した石英ガラス基材を、スパッタリング装置にセットした。
スパッタリングターゲットとしての金属チタンを、スパッタリング装置内にセットした。スパッタリングターゲットとしての金属チタンの表面化学組成物比を、X線光電子分光装置 Quantum 2000(アルバック-ファイ(ULBAC-PHI)社製)を用いてXPS法にて確認したところ、純チタンからなり、チタン以外の金属の含有量は検出限界以下であった。
スパッタリング装置内を1×10-4Pa未満の真空状態とし、不活性ガスとしてのアルゴンガスを圧力1Paで供給し、且つ、酸素を2.00sccmの量で供給し、基材とスパッタリングターゲットとの間に100Wの電圧を印加して、反応性スパッタリングを開始した。装置内の温度は25℃とした。電圧を印加してプラズマが発生すると装置内の温度が上昇するが、特に装置内の温度制御は行わなかった。
スパッタリングは、目的とする厚みの酸化チタン層を形成する条件で行われ、実施例1における条件としては、40分間~50分間が好ましいことから、スパッタリングにおける電圧を印加する時間は45分間とした。その後、電圧の印加を停止し、アルゴンガス及び酸素の供給を停止し、反応を終了させた。(工程II)
工程IIにおいては、既述の如く、特に温度制御は行わなかった。
ガラス基材表面に形成された酸化チタン層の厚みは、100nmであった。
【0051】
3.加熱処理
ガラス基材上に厚さ100nmの酸化チタン層が形成された積層体を、電気炉内に配置し、酸素雰囲気下、1時間かけて温度を800℃に昇温し、800℃にて1時間保持する加熱処理を行った。電気炉としては、セラミクス電気管状炉(ARF-30MC(商品名)、(株)アサヒ理化製作所)に、石英管とガス導入装置を組み込んだ装置を用いた。
その後、電気炉の電源を停止して加熱を終了し、積層体を酸素雰囲気下で室温(25℃)まで降温することで、実施例1の医療用チタン材料を得た。(工程III)
【0052】
4.医療用チタン材料の評価
4-1.結晶構造
得られた医療用チタン材料の表面をXRDにて分析した。XRDの装置としてSMART Lab装置(RIGAKU社)を用い、入射角0.3°の平行ビーム光学系で、2θが10°~80°まで0.05°ステップで、固定時間5°/分ずつ強度を測ることで測定した。
その結果、ルチル型の強いピーク強度が観察され、酸化チタン層の結晶構造はルチル型であることが確認された。
なお、工程IIの終了後に得られた酸化チタン層を、同様にしてXRDで観察したところ、僅かなルチル型のピークが確認されたが、殆ど非晶質構造であることが確認された。
【0053】
4-2.表面化学組成
得られた医療用チタン材料の表面化学組成は、上記スパッタリングターゲットの分析に用いた装置と同様のXPS装置にて分析した。
その結果、実施例1のルチル型酸化チタン層におけるTiOの組成比は93原子%であった。また、Ti以外の金属は確認されなかった。
【0054】
4-3.算術平均表面粗さ
実施例1の酸化チタン層の算術平均表面粗さを、JIS B0601(2013年)に準拠して、触針式表面形状測定機 Dektak XT(登録商標)、BRUKER社製を用いて測定したところ、0.21nmであり、酸化チタン層の表面は極めて平滑であることが分かった。
【0055】
4-4.血栓形成抑制効果
モデル血液を以下の手順で調製した。
健康なブタから採取したブタ全血(東京芝浦臓器(株))を50mL採取し、2000rpmの条件で30分間遠心分離し、上ずみよりPRPを得た。さらに、遠心分離して残った下層を、4000rpmの条件で30分間遠心分離し、PPPを得た。得られたPRPとPPPとを用いて、血小板の含有数が1mL当たり1×10個であるモデル血液を調製した。
【0056】
上記で得たモデル血液に塩化カルシウムを0.25mol/μLの量で加えて試験液を得た。試験液を37℃に加温し、温度を37℃に維持しながら、実施例1で得た医療用チタン材料を試験液に4分間浸漬した。
浸漬後、リン酸緩衝生理食塩水を用いて洗浄し、余剰のモデル血液を除去した後、グルタルアルデヒドで酸化チタン層表面に血小板を固定化し、エタノールを用いて脱水後、臨界点乾燥を行った。
乾燥後の医療用チタン材料の酸化チタン層を有する面を、SEMにて倍率1000倍で撮影した。図2(A)は、実施例1の医療用チタン材料の血栓形成抑制効果評価後の酸化チタン層表面のSEM像である。
得られたSEM像を画像処理ソフトウェア ImageJにより解析した。測定は無作為に抽出した5箇所で行い、その算術平均値を付着面積とした。その結果、SEM像において、1cm当たりの血小板付着面積は0.05cmであり、酸化チタン層には血小板は殆ど付着せず、血栓の形成抑制効果が期待できることが分かる。
【0057】
〔比較例1〕
工程IIIを行わない以外は実施例1と同様にして、ガラス基材に酸化チタン層を有する積層体を得て、比較例1のチタン材料とした。比較例1のチタン材料は、工程IIIの加熱処理を行わなかった以外は、実施例1の医療用チタン材料と同様の層構成を有する。
【0058】
比較例1のチタン材料を、実施例1と同様にして評価した。結果を以下に示す。
【0059】
4-1.結晶構造
XRDでは、僅かなルチル型のピークが確認されたが、殆ど非晶質構造であることが確認された。
【0060】
4-2.表面化学組成
XPS装置にて分析した結果、比較例1が有する酸化チタン層におけるTiOの組成比は97原子%であった。また、Ti以外の金属は確認されなかった。
【0061】
4-3.算術平均表面粗さ
比較例1が有する酸化チタン層の算術平均表面粗さは、0.16nmであり、酸化チタン層の表面は極めて平滑であることが分かった。
【0062】
4-4.血栓形成抑制効果
図2(B)は、比較例1の医療用チタン材料の血栓形成抑制効果評価後の酸化チタン層表面のSEM像である。
SEM像の解析では、1cm当たりの血小板付着面積は0.9cmであり、血小板の付着が全面に亘っており、血小板付着の抑制効果は認められなかった。この結果より、比較例1のチタン材料では、血栓の形成抑制効果は期待できないと考えられる。
【0063】
〔比較例2〕
工程IIにおけるアルゴンガスの供給圧を3Paとし、工程IIIの加熱処理における加熱温度を600℃とした以外は実施例1と同様にして、基材に酸化チタン層を有する積層体を得て、比較例2のチタン材料とした。比較例2のチタン材料は、実施例1の医療用チタン材料と同様の層構成を有する。
【0064】
比較例2のチタン材料を、実施例1と同様にして評価した。結果を以下に示す。
【0065】
4-1.結晶構造
XRDでは、アナターゼ型のピークが確認された。
【0066】
4-2.表面化学組成
XPS装置にて分析した結果、比較例1が有する酸化チタン層におけるTiOの組成比は94原子%であった。また、Ti以外の金属は確認されなかった。
【0067】
4-3.算術平均表面粗さ
比較例1が有する酸化チタン層の算術平均表面粗さは、0.15nmであり、酸化チタン層の表面は極めて平滑であることが分かった。
【0068】
4-4.血栓形成抑制効果
図2(C)は比較例2の医療用チタン材料の血栓形成抑制効果評価後の酸化チタン層表面のSEM像である。
SEM像の解析では、1cm当たりの血小板付着面積は0.5cmであり、非晶質構造の酸化チタン層を有する比較例1のチタン材料よりは血小板の付着が少なかったが、血小板の付着が全面に亘っていた。このことから、比較例2のチタン材料は、血栓の形成抑制効果が期待できないと考えられる。
【0069】
実施例1の結果より、本開示の医療用チタン材料は、血栓の形成抑制効果が期待できることが分かる。
実施例1と比較例1及び比較例2との対比より、算術平均粗さが1.0nm以下の平滑な酸化チタン層であっても、ルチル型以外の結晶系を有する酸化チタン層を有するチタン材料では、血栓の形成抑制効果が期待できないことがわかる。
【0070】
本開示の医療用チタン材料は、チタンの生体適合性を生かしつつ、血液と接触する部位にも使用可能な血液適合性医療用チタン材料であることが確認され、医療用途における応用範囲は広い。
【符号の説明】
【0071】
10 スパッタリング装置
12 基材(石英ガラス基材)
14 スパッタリングターゲット
16 酸素ガス供給口
18 不活性ガス供給口(アルゴンガス供給口)
図1
図2