(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022093333
(43)【公開日】2022-06-23
(54)【発明の名称】グラム陽性菌の形質転換方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/74 20060101AFI20220616BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220616BHJP
【FI】
C12N15/74 Z ZNA
C12N1/21
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022048676
(22)【出願日】2022-03-24
(62)【分割の表示】P 2019558291の分割
【原出願日】2018-12-07
(31)【優先権主張番号】P 2017235374
(32)【優先日】2017-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100118371
【弁理士】
【氏名又は名称】▲駒▼谷 剛志
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【弁護士】
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健一
(57)【要約】
【課題】大きなサイズのDNAをグラム陽性菌の宿主DNA中に無傷で導入でき、簡便で効率のよいグラム陽性菌の新規形質転換方法を提供すること。
【解決手段】さらには、所望のDNAセグメントをレシピエント(受容菌)の染色体に蓄積させ、人為的にデザインされた長大なDNAを作成することが可能となる方法、形質転換後の細胞が、自然環境の制御の観点からも問題とならない方法を提供することも目的とする。本発明はDNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミドを用いることを特徴とする、接合伝達によるグラム陽性菌の形質転換方法である。上記ヘルパープラスミドは、pLS20catからoriT領域を不活化したプラスミドであることが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書に記載の発明。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラム陽性菌の形質転換方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細菌等の形質転換方法としては、組換えプラスミドやDNA断片を大腸菌等の宿主に導入するコンピテントセル形質転換法(非特許文献1参照)、プロトプラスト形質転換法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が知られている。しかし、このような従来の形質転換方法では、例えば100kb以上の大きなサイズのDNA断片を、宿主DNA中に導入することは困難である。
【0003】
大きなサイズのDNA断片を宿主DNA中に導入する方法としては、自然形質転換能力を獲得した枯草菌による接合伝達を用いた方法が知られている。しかし、この方法では枯草菌を、自然形質転換能力が高い細胞へと導く特別な培養条件が必要であることや、形質転換そのものに時間と手間がかかるという不都合がある。さらに、数100kbを超える大きなサイズのDNAを無傷で宿主DNA中に導入することは困難である。
【0004】
一方、納豆菌に由来するプラスミドpLS20は、接合伝達によって、枯草菌等のグラム陽性菌細胞から他のグラム陽性菌細胞へと複製移動する能力を有することが知られている。さらにこのpLS20は、ドナー中でヘルパープラスミドとして機能し、ドナーが有する他のプラスミドをレシピエントに移動させることができることも明らかになった(非特許文献2及び3参照)。レシピエント側のグラム陽性細菌には他のプラスミドと同時にヘルパープラスミドであるpLS20も移動してくるため、他のグラム陽性細菌に対して、ドナーとしてさらに接合伝達を繰り返すことが可能となり、自然環境の制御の観点からは問題ともなり得る(非特許文献4及び5参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Bacterial. 93, 1967 ;1925
【非特許文献2】Ramsay JP, Firth N. Curr OpinMicrobiol. 2017;38:1-9
【非特許文献3】Tanaka T, Kuroda M, Sakaguchi K. JBacteriol. 1977;129:1487-94
【非特許文献4】Davies J, Davies D., Microbiol MolBiol Rev.2010;74:417-33
【非特許文献5】Berglund, B., Infect EcolEpidemiol. 2015;5:28564
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況の中、本発明は、大きなサイズのDNAをグラム陽性菌の宿主DNA中に無傷で導入でき、簡便で効率のよいグラム陽性菌の新規形質転換方法を提供することを目的とする。さらには、所望のDNAセグメントをレシピエント(受容菌)の染色体に蓄積させ、人為的にデザインされた長大なDNAを作成することが可能となる方法、形質転換後の細胞が、自然環境の制御の観点からも問題とならない方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、pLS20catのoriTLS20領域を不活化したpLS20catΔoriTをヘルパープラスミドとして使用することで、グラム陽性菌の接合伝達において、ヘルパープラスミド自体はレシピエント(受容菌)側に伝達されず、所望の染色体やプラスミドのみを伝達した形質転換細胞を作成することができることを見出した。本発明の方法によると、得られた形質転換細胞は、ヘルパープラスミドを有していないので、再度同様の方法により、所望の染色体やプラスミドの接合伝達を、レシピエント(受容菌)として受けることが可能となる。したがって、本発明によると、所望のDNAセグメントをレシピエント(受容菌)の染色体に蓄積させ、長大なDNAをデザインして作成することが可能となる。さらに、本発明の方法により得られた形質転換細胞は、ヘルパープラスミドを有していないので、ドナーとしてさらに接合伝達を繰り返すこともないため、自然環境の制御の観点での問題も生じない。また、本発明の方法による形質転換は、ドナー(供与菌)とレシピエント(受容菌)の液体培養液を混合するだけで、迅速かつ簡便に行うことができ、合成生物学的な産業活動において、微生物や培養細胞等の作成に好適に用いられ得る。即ち、本発明の要旨は、以下に示すとおりである。
【0008】
[1]DNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミドを用いることを特徴とする、接合伝達によるグラム陽性菌の形質転換方法。
[2]上記ヘルパープラスミドが、pLS20catからoriT領域を不活化したプラスミドである、[1]に記載の形質転換方法。
[3]上記接合伝達における供与菌が、上記DNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミド、及び上記DNA移動開始点(oriT)領域を組み込んだ染色体DNA又はプラスミドを有する、[1]又は[2]に記載の形質転換方法。
[4]上記供与菌がグラム陽性菌から成る群より選択される、少なくとも一種である、[3]に記載の形質転換方法。
[5]上記接合伝達における受容菌が、グラム陽性菌から成る群より選択される、少なくとも一種である、[3]又は[4]に記載の形質転換方法。
[6]上記供与菌及び受容菌が、枯草菌である、[5]に記載の形質転換方法。
[7]グラム陽性菌の形質転換方法であって、
DNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミド、及び上記DNA移動開始点(oriT)領域を組み込んだ染色体DNA又はプラスミドを有する供与菌を調製する工程(1)、及び
上記供与菌から受容菌に対して接合伝達が行われる工程(2)、
を含むことを特徴とする、形質転換方法。
[8]上記接合伝達により得られた形質転換細胞を受容菌として、上記工程(1)及び(2)を繰り返すことにより、所望のDNAセグメントを受容菌の染色体に蓄積させる、[7]に記載の形質転換方法。
[9]DNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミド、及び上記DNA移動開始点(oriT)領域を組み込んだ染色体DNA又はプラスミドを有する、グラム陽性菌。
[10]接合伝達によるグラム陽性菌の形質転換に用いるための、DNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミド。
【発明の効果】
【0009】
本発明のグラム陽性菌の形質転換方法によると、大きなサイズのDNAをレシピエント側に無傷で、かつ短時間で伝達することができる。さらに、pLS20catのoriTLS20領域を不活化したpLS20catΔoriTをヘルパープラスミドとして使用することで、グラム陽性菌の接合伝達において、ヘルパープラスミド自体はレシピエント側に伝達されず、所望の染色体やプラスミドのみを伝達した形質転換細胞を作成することができる。本発明の方法によると、得られた形質転換細胞は、ヘルパープラスミドを有していないので、再度同様の方法により、所望の染色体やプラスミドの接合伝達を、レシピエント(受容菌)として受けることが可能となる。したがって、本発明によると、所望のDNAセグメントをレシピエント(受容菌)の染色体に蓄積させ、長大なDNAをデザインして作成することが可能となる。さらに、本発明の方法により得られた形質転換細胞は、ヘルパープラスミドを有していないので、ドナーとしてさらに接合伝達を繰り返すこともないため、自然環境の制御の観点での問題も生じない。また、本発明の方法による形質転換は、ドナー(供与菌)とレシピエント(受容菌)の液体培養液を混合するだけで、迅速かつ簡便に行うことができ、合成生物学的な産業活動において、微生物や培養細胞等の作成に好適に用いられ得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、pLS20catΔoriTプラスミドの構造を模式的に示した図である。
【
図2】
図2は、oriT
LS20の遺伝子座とドナー株のカナマイシン耐性遺伝子の組み込みの模式図である。
【
図3】
図3は、移動プラスミドpGR16B、ヘルパープラスミドpLS20cat及びpLS20catΔoriTの導入効率を示す図である。
【
図4】
図4は、染色体DNA、ヘルパープラスミドpLS20cat及びpLS20catΔoriTの導入効率を示す図である。
【
図5】
図5は、染色体DNA、ヘルパープラスミドpLS20cat及びpLS20catΔoriTの導入効率を示す図である。
【
図6】
図6は、GKへのpGK1の伝達におけるpLS20catとpLS20catΔoriTの比較
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のグラム陽性菌の形質転換方法について詳細に説明する。なお、本明細書において、DNAやベクターの調製等の分子生物学的手法は、特に明記しない限り、当業者に公知の一般的実験書に記載の方法又はそれに準じた方法により行うことができる。また、本明細書中で使用される用語は、特に言及しない限り、当該技術分野で通常用いられる意味で解釈される。
【0012】
<グラム陽性菌の形質転換方法>
本発明のグラム陽性菌の形質転換方法は、接合伝達においてDNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミドを用いることを特徴とする。
【0013】
本発明においてグラム陽性菌とは、グラム染色に陽性の細菌及びその他の菌類を言う。グラム陽性菌は、一般に比較的厚い(15nm~80nm)細胞壁を持ち、多くは外層にリポ多糖を欠く。またリソチームに感受性が高いものが多い。具体的なグラム陽性菌としては、バチルス(Bacillus;枯草菌、炭疽菌、好熱性細菌(ジオバチルス)、セレウス菌、バチルス・リケニフォルミス、バチルス・メガテリウム、バチルス・プミルス、バチルス・チューリンゲンシス等)、リステリア(Listeria)、スタフィロコッカス(Staphylococcus;ブドウ球菌)、ストレプトコッカス(Streptococcus;連鎖球菌)、エンテロコッカス(Enterococcus;乳酸菌等)、クロストリジウム(Clostridium)等が挙げられる。本発明において、グラム陽性菌としては、バチルスが好ましく、中でも、枯草菌、炭疽菌、好熱性バチルス属細菌がより好ましく、Geobacillus kaustophilusがさらに好ましい。
【0014】
本発明において形質転換とは、グラム陽性菌のゲノムDNAの改変又はグラム陽性菌へのDNAの導入によりもたらされる改変をいい、染色体DNAの欠失、複製、変異、又は自律複製プラスミドの導入による形質変化全てを含む。導入されたDNAは、染色体に組み込まれて維持、複製されてもよく、プラスミド等のように染色体とは独立して維持、複製されてもよい。DNAをグラム陽性菌の染色体の特定の部位に組み込む場合には、相同組換え技術を用いてもよい。
【0015】
本発明において接合伝達とは、異なる形質を持つ細菌を混合培養した時に起こる現象であり、ある細菌(供与菌)の遺伝子の一部が、他の細菌(受容菌)に移ることを指す。接合伝達能力の強度は、供与体の染色体上あるいは供与体が持つプラスミド上の接合伝達に関与する遺伝子によって影響を受ける。接合伝達に関与する遺伝子には、自己伝達性遺伝子及び共役伝達性遺伝子、そしてoriT配列がある。自己伝達性遺伝子がコードするタンパク質は、供与菌・受容菌間の相互作用に関与する。共役伝達性遺伝子がコードするタンパク質はoriT配列にニックを入れる機能、さらに一本鎖となったDNAを安定に運ぶ機能を有する。oriT配列は、ニックサイトとニックが入るための認識配列から成る。これら3種が共存してはじめて接合伝達が起こる。
【0016】
本発明においてヘルパープラスミドとは、ある遺伝子を目的の菌に移行させようとする場合に、その菌への遺伝子の移行を助けるプラスミドをいい、具体的には、枯草菌におけるpLS20等を挙げることができる。ヘルパープラスミドを有する菌を形質転換の際に用いると、自然形質転換と比較して、形質転換効率、手技の簡便さ、それに要する時間効率を著しく向上させることができる。
【0017】
本発明においてDNA移動開始点(oriT)領域とは、DNAが移動するための開始配列を含む領域をいう。
【0018】
以下に、本発明のグラム陽性菌の形質転換方法を具体的に説明する。すなわち、本発明のグラム陽性菌の形質転換方法は、
工程(1):DNA移動開始点(oriT)領域を不活化したヘルパープラスミド、及び上記DNA移動開始点(oriT)領域を組み込んだ染色体DNA又はプラスミドを有する供与菌を調製する工程、及び
工程(2):上記供与菌から受容菌に対して接合伝達が行われる工程
を有する。
【0019】
本発明のグラム陽性菌の形質転換方法は、必要に応じて、所望のDNAセグメントを受容菌の染色体に蓄積させる工程(3)をさらに含むことが好ましい。
【0020】
[工程(1)]
(レシピエント株(受容菌)の構築工程)
レシピエント株(受容菌)としては、上述のとおり、バチルスを好ましく、中でも枯草菌、炭疽菌、好熱性細菌をより好ましく、枯草菌を更に好ましく用いることができる。これらのレシピエント株(受容菌)には、工程(2)において接合伝達による形質転換の有無を確認できるように、あらかじめ抗生物質耐性遺伝子を導入する。レシピエント株(受容菌)への抗生物質耐性遺伝子の導入は、当業者に従来公知の方法により行うことができる。
【0021】
例えば、レシピエント株(受容菌)として枯草菌を用いる場合、枯草菌のcomK等の遺伝子を、スペクチノマイシン耐性遺伝子等による置換によって不活性化することにより導入することができる。すなわち、それぞれcomK等の遺伝子の上流及び下流領域に対応する2つのDNA断片を、枯草菌DNAを鋳型としてPCRにより増幅させる。その際、上流断片及び下流断片に適切なプライマーを設計して用いる。また、TMO310株等の他の枯草菌株のスペクチノマイシン耐性遺伝子等を含む別のDNA断片を、適切なプライマーを用いて増幅する。組換えPCRにより、3つの断片を連結し、スペクチノマイシン耐性遺伝子等をcomK等の上流と下流の領域の間に挟み込む。枯草菌に形質転換して組換えPCR断片をレシピエント株に導入することでスペクチノマイシン等の抗生物質耐性を付与し、本発明においてレシピエント株を改変した新たな枯草菌株を得ることができる。
【0022】
(oriT領域を不活化させたヘルパープラスミドの構築工程)
ヘルパープラスミドのoriT領域の不活化は、当業者に従来公知の遺伝子操作方法に従って行うことができる。なお、oriT領域の不活化は、oriT領域の一部欠失、oriT領域の全体の欠失、oriT領域の1若しくは複数の塩基の置換を含む。例えば、marker-free deletion等の方法によりoriT領域を欠失させて不活性化することができる。以下に、ヘルパープラスミドとしてpLS20catを用いる場合の例を説明する。
【0023】
pLS20catのoriTLS20の上流(フラグメント1)及び下流(フラグメント2)領域に対応する2つのDNA断片を、pLS20catDNAを鋳型として、上流領域のプライマーoriT-uF/oriT-uR及びoriT-dF/oriを用いてPCRにより増幅する。フラグメント1の末端及びフラグメント2の先端は、22bpについて同一となるため、これらの領域を利用して、形質転換によってoriTLS20領域を欠失させることができる。mazF kanカセットの別のDNA断片(フラグメント3)は、プライマーとしてmazF-F/mazF-Rを用いてTMO311 DNAから増幅させる。3つのPCRフラグメントは、oriT-uF/oriT-dRをプライマーとして用いた組換えPCRによって、1-3-2の順序で連結するように設計することができる。次に、組換えPCR断片をPKS11株に形質転換して、カナマイシン耐性を与え、新しい株YNB022を得ることができる。この株においては、pLS20catがoriTLS20領域の二重交差事象を介してPCR断片を組み込むことによって改変される。YNB022をカナマイシンを含有するLB液体培地中、37℃で一晩程度増殖させる。培養液のアリコートを、1mMイソプロピルチオガラクトピラノシド(IPTG)を含有する新鮮なLB液体培地中に移し、細胞を37℃で2時間程度増殖させる。次に、培養液のアリコートを1mM IPTGを含むLBプレート上に広げ、37℃で一晩程度インキュベートする。IPTGの存在下では、mazFが発現され、自殺毒素が産生されるため、分子内組換えによりmazF kanカセットを飛び出すことができる細胞のみが生き残ることができるようになる。なお、プレート上に出現するコロニーのうち、カナマイシン感受性コロニーについて配列決定して、oriTLS20領域が正しく欠失されていることを確認することができる。上記各プライマーは、下記表2に記載のものである。
【0024】
(ドナー株の構築工程)
ドナー株(供与菌)としては、上述のとおり、バチルスを好ましく、中でも枯草菌、炭疽菌、好熱性細菌をより好ましく、枯草菌を更に好ましく用いることができる。本工程において、ドナー株の作成には上記で調製したoriT領域を不活化させたヘルパープラスミドを事前に導入してある枯草菌を用い、その染色体DNAにヘルパープラスミド由来のoriT領域を組み込む。また、染色体DNAの代わりに、プラスミドを伝達することもできるが、その場合にはヘルパープラスミド由来のoriT領域を含むプラスミドを、oriT領域を不活化させたヘルパープラスミドを事前に導入してある枯草菌に導入して工程(2)で使用できるドナー株を調製する。
【0025】
ドナー株の染色体DNAにヘルパープラスミド由来のoriT領域を組み込む方法は、当業者に従来公知の遺伝子操作の方法に従って行うことができる。以下に、ヘルパープラスミドとしてpLS20catを用いて、ドナー株としての枯草菌YNB060を構築する場合を一例として、本工程を説明する。
【0026】
すなわち、プライマーyhfM-uF/yhfM-uR1(上流について)及びyhfM-dF/yhfM-dR(下流について)を用いて、yhfMの上流(フラグメント1)及び下流(フラグメント4)領域に対応する2つの断片を枯草菌168株DNAから増幅する。oriTLS20を含むフラグメント2を、プライマーoriT-F/oriT-Rを用い、pLS20catを鋳型として増幅する。さらに、プライマーerm-F1/erm-Rを用いて、プラスミドpMutin2を鋳型とし、エリスロマイシン耐性遺伝子を有するフラグメント3を増幅する。フラグメント1~4をプライマーyhfM-uF/yhfM-dRを用いた組換えPCRにより1-2-3-4の順序で連結する。菌株TMO311(aprE::kan)を組換えPCR断片で形質転換し、エリスロマイシン及びカナマイシンの両方に耐性のコロニーを選択し、ドナー株(YNB060)とすることができる。
【0027】
[工程(2)]
本工程においては、上記ドナー株からレシピエント株に対して接合伝達が行われる。ドナー株及びレシピエント株を、それぞれ適切な抗生物質を含有するLB液体培地中、180rpmで振盪しながら37℃で一晩程度培養する。各培養物を、抗生物質を含まない新鮮なLB培地中、OD600が0.05程度となる細胞密度に希釈し、180rpmで振とうしながら37℃でインキュベートする。OD600が0.5~0.7に達したとき、500μLのドナー及びレシピエント培養物を1.5mLのマイクロチューブ中で混合し、37℃で2分~2時間、好ましくは5分~1時間、より好ましくは10分~30分、さらに好ましくは15分間程度放置する。従来は数時間以上を要した接合伝達の工程が、本発明の方法によると、15分程度でも十分な伝達を達成することができる。混合物を連続希釈し、抗生物質の様々な組み合わせを含むLBプレート上に広げて、コロニーを一晩増殖させる。それらのそれぞれのプレートにおいて、接合伝達による形質転換効率を算出するために、コロニー形成単位(CFU)を測定し、形質転換されたCFU/総レシピエントのCFU×106(ppm)を求める。
【0028】
[工程(3)]
本工程においては、所望のDNAセグメントを受容菌の染色体に蓄積させる。具体的には、上記工程(2)の接合伝達により得られた形質転換細胞を受容菌として、上記工程(1)及び(2)を繰り返すことにより、所望のDNAセグメントを受容菌の染色体に蓄積させることができる。
【0029】
本発明の形質転換方法において、ドナー株とレシピエント株が異種となる場合には、接合伝達されるDNAが、レシピエント株内で制限酵素等により分解される場合がある。そのような場合には、上記工程(1)において、ドナー株中で、レシピエント株内と同様のDNA修飾(メチル化修飾等)が行われるように、あらかじめドナー株にメチル化酵素を導入する形質転換を行うことが考えられる。例えば、レシピエント株として好熱性細菌(Geobacillus kaustophilus;GK)を用いる場合、特開2011-211968号公報に開示された方法を採用することができる。具体的には、GKへのプラスミド伝達ドナーには、DNAメチラーゼの付与、及びrap遺伝子発現の強制増強のための遺伝子操作を施すことにより効率をさらに向上させることができる。また、GKに伝達するプラスミド(pGK1)は、例えばpGR16Bに、GKで複製するためのoriと、GKでの選抜に必要な高温に耐えるカナマイシン耐性遺伝子KmR(TK101)等を付加したものを用いることができる。
【実施例0030】
以下の実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0031】
[実施例1]枯草菌の形質転換方法
1.細菌株及び培養条件
本研究に使用した細菌株及びプラスミドを下記表1に示した。また、PCRプライマーとして使用した合成オリゴヌクレオチドを下記表2に示した(配列番号1~33)。細菌株はLB培地(Difco社製)で、37℃の条件下増殖させ使用した。必要に応じて、培地には抗生物質(クロラムフェニコール 5μg/mL、エリスロマイシン 1μg/mL、スペクチノマイシン 100μg/mL及びカナマイシン 10μg/mLの)を添加した。
【0032】
【0033】
【0034】
2.レシピエント株の構築
枯草菌168株のcomK遺伝子を、スペクチノマイシン耐性遺伝子による置換によって不活性化した。すなわち、それぞれcomKの上流及び下流領域に対応する2つのDNA断片を、枯草菌168株のDNAを鋳型としてPCRにより増幅させた。プライマーとしては、上流の断片についてはcomK-uF/comK-uR、下流の断片についてはcomK-dF/comK-dRを用いた。また、TMO310株のスペクチノマイシン耐性遺伝子を含む別のDNA断片を、プライマーspc-F/spc-Rを用いて増幅した。comK-uF/comK-dRを用いた組換えPCRにより、3つの断片を連結し、スペクチノマイシン耐性遺伝子をcomKの上流と下流の領域の間に挟み込んだ。組換えPCR断片を導入して枯草菌168株をスペクチノマイシン耐性に形質転換し、この研究においてレシピエント株として使用する新たな枯草菌株YNB001(comK::spc)を得た。
【0035】
3.pLS20catΔoriTの構築
pLS20catのoriT
LS20領域は、marker-free deletionによって不活性化した。すなわち、oriT
LS20の上流(フラグメント1)及び下流(フラグメント2)領域に対応する2つのDNA断片を、pLS20catDNAを鋳型として、上流領域のプライマーoriT-uF/oriT-uR及びoriT-dF/oriを用いてPCRにより増幅した。フラグメント1の末端及びフラグメント2の先端は、30bpについて同一であったので、これらの領域を利用して、形質転換によってoriT
LS20領域を欠失させた。mazF kanカセットの別のDNA断片(フラグメント3)は、プライマーとしてmazF-F/mazF-Rを用いてTMO311 DNAから増幅させた。3つのPCRフラグメントは、oriT-uF/oriT-dRをプライマーとして用いた組換えPCRによって、1-3-2の順序で連結するように設計した。組換えPCR断片を導入してPKS11株をカナマイシン耐性に形質転換して、新たに株YNB022を得た。この株においては、pLS20catがoriT
LS20領域の二重交差事象を介してPCR断片を組み込むことによって改変された。YNB022を、カナマイシンを含有するLB液体培地中、37℃で一晩増殖させた。培養液のアリコートを、1mMイソプロピルチオガラクトピラノシド(IPTG)を含有する新たなLB液体培地中に移し、細胞を37℃で2時間増殖させた。次に、培養液のアリコートを1mM IPTGを含むLBプレート上に広げ、37℃で一晩インキュベートした。IPTGの存在下では、mazFが発現され、自殺毒素が産生されるため、分子内組換えによりmazF kanカセットを飛び出すことができる細胞のみが生き残ることができた。プレート上に出現するコロニーのうち、カナマイシン感受性コロニーについて配列決定して、oriT
LS20領域が正しく欠失されていることを確認した。得られたプラスミドをpLS20catΔoriTと命名した。このプラスミドの構造を
図1に示す。また、遺伝子配列を配列表に配列番号34として示した。
【0036】
4.ドナー株の構築
ドナー株YNB060は、以下のように構築した(
図2)。プライマーyhfM-uF/yhfM-uR1(上流について)及びyhfM-dF/yhfM-dR(下流について)を用いて、yhfMの上流(フラグメント1)及び下流(フラグメント4)領域に対応する2つの断片を168DNAから増幅した。oriT
LS20を含むフラグメント2を、プライマーoriT-F/oriT-Rを用い、pLS20catを鋳型として増幅した。さらに、プライマーerm-F1/erm-Rを用いて、プラスミドpMutin2を鋳型とし、エリスロマイシン耐性遺伝子を有するフラグメント3を増幅した。フラグメント1~4をプライマーyhfM-uF/yhfM-dRを用いた組換えPCRにより1-2-3-4の順序で連結した。この組換えPCR断片を導入して菌株TMO311(aprE::kan)をエリスロマイシン及びカナマイシンの両方に耐性を持つように形質転換して、コロニーを選択した。得られた菌株をYNB060と命名した。この菌株は、oriT
LS20にエリスロマイシンマーカーを、同じ染色体上でお互いから6.6kb離れて位置するyhfM及びaprE遺伝子座の両方にカナマイシンマーカーを有している。さらに、oriT
LS20の複製方向は、6.6kb下流に位置するカナマイシンマーカーに向かっている。
【0037】
別の菌株、YNB061も上記と同様に構築した。yhfMの2つのフラグメント(上流及び下流領域)を、プライマーyhfM-uF/yhfM-uR2及びyhfM-dF/yhfM-dRをそれぞれ用いて増幅した。プライマーoriT-F/oriT-R及びerm-F2/erm-Rをそれぞれ用いて、oriTLS20断片(フラグメント2)及びエリスロマイシン耐性断片(フラグメント3)を増幅した。4つの断片を、プライマーyhfM-uF/yhfM-dRを用いた組換えPCRによって連結した。この組換えPCR断片を導入してTMN311株をエリスロマイシン耐性に形質転換してコロニーを選択し、YNB061を得た。YNB060とは対照的に、YNB061では、yhfM遺伝子座上のoriTLS20の複製方向は、aprE遺伝子座上のカナマイシンマーカーとは反対方向に向いていた。
【0038】
さらに別の菌株としてYNB069、YNB062、及びYNB097を、上記と同様に構築した(
図2)。YNB069については、プライマーとしてyhfK-uF/yhfK-uR1及びyhfK-dF/yhfK-dR(表2)を用いて、168DNAから、yhfKの上流(フラグメント1)及び下流(フラグメント4)領域の2つの断片をそれぞれ増幅した。YNB062について、プライマーとしてyhfC-uF/yhfC-uR1及びyhfC-dF/yhfC-dRを用いて、yhfCの上流及び下流領域の2つの断片をそれぞれ増幅した。YNB097について、プライマーとしてyhcT-uF/yhcT-uR1及びyhcT-dF/yhcT-dRを用いて、yhcTの上流及び下流領域の2つの断片をそれぞれ増幅した。oriT
LS20フラグメント(フラグメント2)及びエリスロマイシン耐性フラグメント(フラグメント3)は、YNB060構築について上記で使用したものと同じであった。それぞれの場合について、YNB069のプライマーyhfK-uF/yhfK-dR、YNB062のプライマーyhfC-uF/yhfC-dR、及びYNB097のプライマーyhcT-uF/yhcT-dRを用い、4つのフラグメントを組換えPCRによって連結した。組換えPCR断片の各々でTMO311(aprE::kan)を形質転換し、エリスロマイシン及びカナマイシンの両方に耐性であるコロニーを選択した。得られた菌株はYNB069、YNB062及びYNB097と命名された。これら全ては、yhfK、yhfC及びyhcT遺伝子座において、エリスロマイシンマーカーと共にoriT
LS20を有している。そして染色体上でaprE遺伝子座のカナマイシンマーカーからそれぞれ9.5、16.4及び113kb離れて位置している。さらに、これらの菌株すべてにおいて、oriT
LS20の複製の方向は、カナマイシンマーカーに対して順方向であった。
【0039】
上記で得られたYNB060、YNB061、YNB069、YNB062、YNB097から、常法に従って染色体DNAを抽出し、pLS20catを有する168株(PKS11)又はpLS20catΔoriTを持つYNB026に導入することにより、以下の実験で用いるドナー株を得た。pLS20catを有する株として、YNB065、YNB066、YNB071、YNB067、YNB099を、また、pLS20catΔoriTを有する株として、YNB091、YNB095、YNB092、YNB094、YNB100を得た。
【0040】
5.DNAの接合伝達
DNAの接合伝達は、液体培地中で行った。すなわち、ドナー及びレシピエント株を、それぞれ適切な抗生物質を含有する5mLのLB液体培地中、180rpmで振盪しながら37℃で一晩培養した。各培養物を、抗生物質を含まない5mLの新鮮なLB培地中、OD600が0.05となる細胞密度に希釈し、180rpmで振とうしながら37℃でインキュベートした。OD600が0.5~0.7に達したとき、500μLのドナー及びレシピエント培養物を1.5mLのマイクロチューブ中で混合し、37℃で15分間放置した。混合物を連続希釈し、抗生物質の様々な組み合わせを含むLBプレート上に広げて、コロニーを一晩増殖させた。それらのそれぞれのプレートにおいて、接合伝達(トランスコンジュゲート)による形質転換効率を算出するために、コロニー形成単位(CFU)を測定し、形質転換されたCFU/総レシピエントのCFU×106(ppm)を求めた。
【0041】
6.結果
上記の実験の結果、pLS20catΔoriT(oriTを欠失させたプラスミド)自体はレシピエント株へ移動することはできなくなるが、共存しているoriTLS20を備えるプラスミドや染色体DNAをレシピエント株に移動させる能力は維持していることがわかった。以下に詳細に説明する。
【0042】
(プラスミドの移動実験)
プラスミドの移動実験の結果を
図3に示す。なお、
図3中、CS(黒のカラム)はクロラムフェニコール耐性を獲得した細胞濃度(ppm)、ES(グレーのカラム)はエリスロマイシン耐性を獲得した細胞濃度(ppm)、CES(白のカラム)は、クロラムフェニコール耐性及びエリスロマイシン耐性を獲得した細胞濃度(ppm)を示している。また、NDは検出限界以下(<0.01ppm)であること、*は実験を行っていないことを示している。
【0043】
図3に示すとおり、pLS20catは、ドナー株であるPKS11(pLS20catを有する168株)またはGR138(pLS20cat及びpGR16Bを有する168株)からレシピエント株へ伝達され、クロラムフェニコール耐性を獲得した多くのレシピエント細胞(2,500ppm以上)が得られた。また、ヘルパープラスミドであるpLS20catと移動プラスミドであるpGR16B(oriT
LS20及びエリスロマイシン耐性遺伝子を有する)を備えるドナー株GR138は、レシピエント株にエリスロマイシン耐性を付与したことから、pLS20catは、oriT
LS20を有する移動プラスミドpGR16Bの伝達を仲介できることもわかった(
図3)。なお、上記の実験において、ドナー株GR138がレシピエント細胞約1,000ppmにエリスロマイシン耐性を付与したことから、ヘルパーpLS20catが、移動プラスミドpGR16Bよりもレシピエント細胞の形質転換においてほぼ2倍効率的であり得るといえる。さらに、約100ppmのレシピエント細胞がエリスロマイシン及びクロラムフェニコールの両方に耐性を示したことから(
図3)、pGR16Bを受け入れたトランス接合体の約10%がpLS20catを獲得した可能性があることが示唆された。
【0044】
pLS20catを有する細菌は、pLS20cat媒介性遺伝伝達を受け入れないため、pLS20catを受け入れた形質転換体は、同じ接合伝達系を用いて再び形質転換することができないことが知られている。他方、上記実験で示したとおり、pLS20catを保有する細胞は、pLS20catそれ自体だけでなくpGR16Bも他の株にさらに移すことができた。もし、これらのトランス接合体が環境中に放出されると、抗生物質耐性遺伝子が他の細菌細胞に広がり、新たな抗生物質耐性菌が出現する可能性が考えられた。
【0045】
そこで我々は上述した方法により、pLS20catの自己伝達を避けるため、pLS20catのoriT
LS20をノックアウトしてpLS20catΔoriTの構築を行った。予想どおり、pLS20catΔoriTを備えるドナー株であるYNB026は、pLS20catΔoriTをまったく伝達しなかったが、pLS20catΔoriTとpGR16Bを備えるYNB031は、pGR16Bのみを伝達してレシピエント株にエリスロマイシン耐性を付与することができた(
図3)。さらに、pGR16Bの伝達効率は、pLS20catがヘルパープラスミドである場合もpLS20catΔoriTがヘルパープラスミドである場合も、ほぼ同じであった。これらの結果は、pGR16BのpLS20cat依存性移動が、ヘルパープラスミド、pLS20catの自己移動性を必要としないことを示している。さらに、pLS20catにおけるoriTのノックアウトは、共存するpGR16Bの伝達効率に影響を与えなかった。
【0046】
(染色体DNAの移動実験)
次に我々は、pLS20catΔoriTがoriT
LS20領域の状態に依存して、染色体DNAの伝達を媒介することができるか否かを確認した。結果を
図4に示す。なお、
図4中、CS(黒のカラム)はクロラムフェニコール耐性を獲得した細胞濃度(ppm)、KS(グレーのカラム)はカナマイシン耐性を獲得した細胞濃度(ppm)、CKS(白のカラム)は、クロラムフェニコール耐性及びカナロマイシン耐性を獲得した細胞濃度(ppm)を示している。また、NDは検出限界以下(<0.01ppm)であることを示している。
【0047】
YNB060及びYNB061のドナー染色体において、aprE遺伝子座におけるカナマイシン耐性遺伝子の6.6kb上流のyhfM遺伝子座に、oriTLS20を導入した。oriTLS20の複製方向は、株YNB060及びYN0B61においてそれぞれカナマイシン耐性遺伝子に対して順方向及び逆方向であった。pLS20cat又はpLS20catΔoriTをヘルパープラスミドとしてドナーに導入した新しい株、(1)YNB065(YNB060にpLS20catを導入)、(2)YNB066(YNB061にpLS20catを導入)、(3)YNB091(YNB060にpLS20catΔoriTを導入)、及び(4)YNB095(YNB061にpLS20catΔoriTを導入)を作成した。一方、レシピエント株YNB001においては、ナチュラルコンピテンスに必須となる転写因子をコードするcomKを不活性化し、ナチュラルコンピテンスを完全に消失させた(データは示さず)。
【0048】
YNB065とYNB066の両方のpLS20catは、レシピエント細胞の2,300ppm以上にクロラムフェニコール耐性を付与した。一方カナマイシン耐性の付与については、YNB065はレシピエント細胞の1ppmのみにカナマイシン耐性を付与できたのに対して、YNB066はカナマイシン耐性を全く与えなかった(
図4)。これらの結果は、oriT
LS20複製の方向がカナマイシン耐性遺伝子に対して順方向である場合、pLS20catがoriT
LS20の6.6kb下流に位置するカナマイシン耐性遺伝子を伝達し得ることを示す。ここで、レシピエントはナチュラルコンピテンスを有していなかったので、カナマイシン耐性の獲得は接合伝達のみに依存していたといえる。他方、YNB065はレシピエント細胞(レシピエント細胞の約1ppm)に対して、カナマイシン耐性だけでなくクロラムフェニコール耐性を付与した(
図4)。この結果は、大きな染色体DNAを導入されカナマイシン耐性となったレシピエント細胞の大部分が、さらにヘルパープラスミドpLS20catを獲得できることを示唆している。
【0049】
pLS20catΔoriTがヘルパープラスミドとしてYNB060に導入されたYNB091と、YNB061に導入されたYNB095を用いた実験では、レシピエント細胞がクロラムフェニコール耐性を獲得することはなく、pLS20catΔoriTが自己可動性を喪失していることが確認できた(
図4)。一方、より重要なことに、YNB091をドナー細胞として使用した場合、pLS20catΔoriTはpLS20catと同様の効率とoriT
LS20配向依存的に、レシピエント細胞にカナマイシン耐性を付与した。この結果は、pLS20catΔoriTが、移動プラスミドを移入するだけでなく、染色体DNAを移入する際にも元のヘルパープラスミドpLS20catと同様に効率的にヘルパー活性を発揮できることを明らかにしている。YNB095はレシピエントにカナマイシン耐性を付与しなかったので、DNA移入は順方向のoriT
LS20に依存することが確認された。
【0050】
次に我々は、pLS20catΔoriTが伝達を媒介できる染色体DNAの長さを確認する実験を行った。その結果を
図5に示す。なお、
図5中、CS(黒のカラム)はクロラムフェニコール耐性を獲得した細胞濃度(ppm)、KS(グレーのカラム)はカナマイシン耐性を獲得した細胞濃度(ppm)を示している。また、NDは検出限界以下(<0.01ppm)であることを示している。
【0051】
oriT
LS20及びカナマイシンマーカーとの間の距離は、菌株YNB069、YNB062、及びYNB097について、それぞれ9.5kb、16.4kb、113kbである。これらの菌株の全てにおいて、oriT
LS20の複製の方向は、カナマイシン耐性遺伝子に対して順方向であった。YNB071(YNB069にpLS20catを導入)、YNB067(YNB062にpLS20catを導入)、YNB099(YNB097にpLS20catを導入)、YNB092(YNB069にpLS20catΔoriTを導入)、YNB094(YNB062にpLS20catΔoriTを導入)、及びYNB100(YNB097にpLS20catΔoriTを導入)を含む。pLS20catを有する全てのドナーは600ppmを超えるレシピエント細胞にクロラムフェニコール耐性を付与したが、pLS20catΔoriTを有する他のドナーはクロラムフェニコール耐性を全く与えなかった(
図5)。しかしながら、さらに重要なことに、pLS20catΔoriTを有する全ての株は、レシピエント細胞の0.5-10.0ppmに対してカナマイシン耐性を付与することができた(
図5)。効率はドナーとしてのYNB091で達成された効率とほぼ同等であり、移入できるDNAの長さとしては、少なくとも113kbまで可能であることが示された。さらに、pLS20catΔoriTは、染色体DNAのより長いセグメントを移すときにpLS20catと同様の効率を示した(
図5)。これらの結果はまた、pLS20cat自身の移動性が、染色体DNAのより長いセグメントを伝達するためのヘルパー機能のためには必要ではなかったことを示している。
【0052】
[実施例2]GK(Geobacillus kaustophilus)の形質転換方法
レシピエント株として好熱性細菌(Geobacillus kaustophilus;GK)を用いる実験を行った。実験方法は、特開2011-211968号公報に開示された方法を採用した。具体的には、GKへのプラスミド伝達ドナーには、DNAメチラーゼの付与、及びrap遺伝子発現の強制増強のための遺伝子操作を施した。また、GKに伝達するプラスミドpGK1は、pGR16Bに、GKで複製するためのoriと、GKでの選抜に必要な高温に耐えるカナマイシン耐性遺伝子KmR(TK101)を付加したものを用いた。接合伝達の際に、ヘルパープラスミドとして、pLS20catとpLS20catΔoriTを使用した場合のpGK1伝達効率を測定した。その結果、
図6に示すとおり、pLS20catΔoriTを使用した方が、pLS20catより高い効率でpGK1を伝達できることがわかった。