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特開2022-94519分析用試料の調製方法及び質量分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022094519
(43)【公開日】2022-06-27
(54)【発明の名称】分析用試料の調製方法及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/00 20060101AFI20220620BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20220620BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20220620BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20220620BHJP
【FI】
G01N30/00 E
G01N27/62 G
G01N27/62 F
G01N30/72 G
H01J49/04 180
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020207448
(22)【出願日】2020-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】児嶋 浩一
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA03
2G041DA04
2G041FA12
(57)【要約】
【課題】作業者の経験や技量に頼ることなく、常に適切な量の目的分子を含む試料を簡便に調製する。
【解決手段】本発明に係る分析用試料の調製方法の一態様は、所定量の固相抽出担体に、該担体の飽和量の目的物質を吸着させる吸着工程(S1、S2)と、所定量の溶出液を用い、前記吸着工程のあとの固相抽出担体から目的物質を該溶出液中に脱離させる脱離工程(S3)と、前記脱離工程のあとの溶出液を用いて試料を調製する調製工程(S4、S5)と、を実施するものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定量の固相抽出担体に、該担体の飽和量の目的物質を吸着させる吸着工程と、
所定量の溶出液を用い、前記吸着工程のあとの固相抽出担体から目的物質を該溶出液中に脱離させる脱離工程と、
前記脱離工程のあとの溶出液を用いて試料を調製する調製工程と、
を実施する、分析用試料の調製方法。
【請求項2】
前記固相抽出担体はピペットチップに充填されたものである、請求項1に記載の分析用試料の調製方法。
【請求項3】
前記固相抽出担体は遠心カラムに充填されたものである、請求項1に記載の分析用試料の調製方法。
【請求項4】
前記固相抽出担体は液体クロマトグラフィー用カラムに充填されたものである、請求項1に記載の分析用試料の調製方法。
【請求項5】
前記調製工程は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法によるイオン化用の試料をプレート上に形成する工程を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の分析用試料の調製方法。
【請求項6】
請求項5に記載の分析用試料の調製方法で前記プレート上に形成された試料に対し、レーザー光を照射して該試料中の目的物質をイオン化し、生成されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析方法。
【請求項7】
前記目的物質は微生物由来のタンパク質であり、該タンパク質をイオン化して質量分析した結果を用いて前記微生物を同定する、請求項6に記載の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析等の分析に供される試料の調製方法、及び該方法を利用した質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細菌や真菌類などの様々な微生物を同定する微生物同定分野において、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)質量分析法(以下「MALDI質量分析法」という)法が急速に普及している。その大きな理由の一つは、従来一般的であった培養法などに比べて熟練された技術を必要とせず、低コストで且つ迅速に同定作業が行えるためである。
【0003】
従来、微生物同定のためのMALDI用サンプルを調製する方法としては、培養した微生物の一部を採取してサンプルプレート上に直接塗布し、それにマトリックスを滴下して乾固させる方法が知られている。また、別のサンプル調製法としては、適宜の試薬を用いて、微生物からタンパク質を抽出し、その抽出液とマトリックスとをサンプルプレート上に滴下して乾固させる方法も知られている。
【0004】
MALDI質量分析法を用いてより信頼性の高い微生物同定を行うには、適切な量の分析対象物が含まれるようにサンプルを調製することが重要である。
例えば、非特許文献1によれば、過剰な量の菌体がMALDI用のサンプルプレートに搭載されると、マトリックスを添加したときに菌体からのタンパク質の抽出が効果的に行われない等の問題が生じる、とされている。また、非特許文献2には、腸内細菌科のグラム陰性桿菌を同定する際に、釣菌量が過剰であると良好なマススペクトルが得られず、これを解決するためには、経験を蓄積して釣菌量を微調整するスキルを習得する必要がある、と報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】株式会社島津製作所分析計測事業部、「AXIMA 微生物同定システム 操作ガイド 2.4.1 ウェルごとの菌体量」、株式会社島津製作所、平成23年12月
【非特許文献2】服部拓哉、ほか7名、「質量分析法(VITEK MS)と生化学的性状による臨床分離株同定の比較検討」、医学検査、一般社団法人日本臨床衛生検査技師会、2014年、Vol.63、No.5、p.573-578
【非特許文献3】「ZTC04S960 Millipore Zip Tip 0.6 μL C4 樹脂充填」、[online]、[2020年9月2日検索]、独国メルク(Merck)社、インターネット<URL: https://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/ZipTip-with-0.6-L-C4-resin,MM_NF-ZTC04S960>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、MALDI質量分析法により微生物同定を行う際には、サンプルに含まれる微生物由来の分子の量が少なすぎる場合のみならず、その量が多すぎても正確な同定に支障をきたすおそれがある。しかしながら、上述したような従来のサンプル調製方法では、サンプルに含まれる目的分子の量を精度良くコントロールすることが難しく、且つ、そうした作業の正確性は作業者の経験や技量に頼るところが大きかった。なお、ここで言う目的分子とは単一種である場合と複数種である場合との両方を意味する。これは以下の説明でも同様である。
【0007】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、作業者の経験や技量に依存することなく、目的の分子が精度良く適切な量になるように分析用試料を調製することができる分析用試料の調製方法、及び該方法を用いた質量分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る分析用試料の調製方法の一態様は、
所定量の固相抽出担体に、該担体の飽和量の目的物質を吸着させる吸着工程と、
所定量の溶出液を用い、前記吸着工程のあとの固相抽出担体から目的物質を該溶出液中に脱離させる脱離工程と、
前記脱離工程のあとの溶出液を用いて試料を調製する調製工程と、
を実施するものである。
【0009】
本発明に係る分析試料用の調製方法により調製される試料は、例えば、MALDI質量分析に供される試料であり、その場合、試料は通常、サンプルプレート上に形成される。また、本発明を用いて、エレクトロスプレーイオン化法や大気圧化学イオン化法などの大気圧イオン化源を搭載した質量分析装置に供される試料を調製することもでき、その場合、試料は液体試料である。
【0010】
上記固相抽出担体は、一般に、脱塩や濃縮などの目的に用いられる固相抽出のための部材を利用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る分析用試料の調製方法の上記態様において、吸着工程では、例えば目的物質が過剰に(少なくとも固相抽出担体の飽和量以上)含まれる液体を固相抽出担体に接触させ、固相抽出担体に目的物質を吸着させる。固相抽出担体の量が一定であれば、吸着される目的物質の量は一定である。脱離工程では、所定量の溶出液を固相抽出担体に接触させ、該固相抽出担体に吸着していた目的物質の全量を溶出液中に脱離させる。固相抽出担体における目的物質の飽和量が一定で、溶出液の液量が一定であれば、脱離工程後に溶出液中に含まれる目的物質の量、つまり濃度は一定になる。
【0012】
このようにして、本発明に係る分析用試料の調製方法の上記態様によれば、作業者の経験や技量に頼ることなく、常に適切な量の目的分子を含む試料、つまりは目的分子の濃度が正確にコントロールされた試料を、簡便に調製することができる。また、目的分子の濃度の調整と同時に、脱塩などの夾雑物を除去する処理、つまりは試料の精製も行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態である試料調製方法の作業手順を示すフローチャート。
図2】本実施形態の試料調製方法を適用しない場合における4段階希釈試料に対するマススペクトルの実測例を示す図。
図3】本実施形態の試料調製方法を適用した場合における4段階希釈試料に対するマススペクトルの実測例を示す図。
図4】本実施形態の試料調製方法を適用しない場合における、マススペクトル上の特定ピークの強度をプロットしたグラフ。
図5】本実施形態の試料調製方法を適用した場合における、マススペクトル上の特定ピークの強度をプロットしたグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る分析用試料の調製方法の一実施形態について、添付図面を参照して説明する。
【0015】
[試料調製方法の説明]
図1は、本実施形態の試料調製方法における作業手順を示すフローチャートである。
この試料調製方法では、目的とする分子種を特定の条件の下で吸着するとともに、吸着させた分子種を特定の条件の下で脱離させることが可能である固相抽出担体、を使用する。
【0016】
単位量の固相抽出担体に吸着され得る目的分子の最大量、つまり飽和量は固相抽出担体の種類や構造によって決まっており、それは予め測定可能である。そのため、固相抽出担体の量が一定であれば、これに吸着され得る目的分子の量はその固相抽出担体の飽和量を超えることはなく一定となる。そこで、その飽和量に達するまで目的分子を固相抽出担体に吸着させ、その吸着した分子を脱離させる溶出液の液量を一定にすれば、その溶出液中に脱離した目的分子の濃度は一定となる。これが、本実施形態の試料調製方法における物質量(濃度)の調整の基本的な原理である。
【0017】
具体的には、まず、作業者は、使用する固相抽出担体における目的分子の飽和量Vを超える濃度で目的分子を含む試料溶液を調製する(ステップS1)。
【0018】
次に、ステップS1で調製した試料溶液を所定量の固相抽出担体に十分に接触させ、該試料溶液中の目的分子を固相抽出担体に吸着させる(ステップS2)。固相抽出担体には、その固相抽出担体の量に応じた一定量(つまりは上記飽和量V)の目的分子が吸着される。固相抽出担体は分子選択性を有しており、目的とする分子種は固相抽出担体に吸着されるが、それ以外の夾雑物は固相抽出担体に吸着されない。
【0019】
そのあと、今度は、固相抽出担体から目的分子を離脱させる作用を有する所定の溶出液を用い、固相抽出担体に吸着している目的分子の全てを一定量Cの溶出液中に溶出させる(ステップS3)。上述したように固相抽出担体に吸着されている目的分子の量は飽和量V一定であるため、一定量Cの溶出液中の目的分子の濃度も一定になる。
【0020】
ステップS3で得られる溶出液における目的分子の濃度は決まっているから、必要に応じて、溶出液を適宜に希釈して濃度を調整してもよい(ステップS4)。
【0021】
そして、ステップS3で得られた溶出液、又はステップS4で得られた希釈後の溶出液を用い、質量分析のためのサンプルを調製する(ステップS5)。
例えばMALDI質量分析用のサンプルを調製する場合であれば、所定量の溶出液と所定のマトリックスとをサンプルプレート上に滴下し、それを乾固させることで該プレート上にサンプルを調製することができる。一方、エレクトロスプレーイオン化法などの大気圧イオン源を搭載した質量分析装置用のサンプルを調製する場合であれば、必要に応じて適宜に希釈した試料溶液をそのまま、或いは、適宜の試薬を添加する等の前処理を行うことでサンプルを調製することができる。
【0022】
以上のようにして、本実施形態の試料調製方法では、熟練や経験を要する作業を行うことなく、常に同じ濃度(つまり同じ量)の目的分子が含まれるサンプルを調製することができる。
【0023】
上記ステップS2及びS3においては、固相抽出担体と試料溶液及び溶出液とをそれぞれ接触させる必要があるが、そのために、例えば固相抽出担体をピペットチップに充填したデバイスを利用することができる。一例としては、タンパク質の脱塩及び濃縮を目的として市販されている、独国メルク(Merck)社でメルクミリポア(Merck millipore)ブランドのZipTip 0.6μL C4 樹脂充填ピペットチップ(カタログ番号:ZTC04S960)などを利用することができる。このピペットチップにおける固相抽出担体は、液体クロマトグラフ用カラムの固定相にも利用されている、オクタデシルシリル(Octa Decyl Silyl)基(C1837Si) で表面が修飾された化学結合型多孔性球状シリカゲル、である。
【0024】
また、ステップS2及びS3において、遠心装置を利用して固相抽出担体と溶出液とを接触させることも可能である。その場合には例えば、米国サーモフィッシャーサイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社のPierce C18スピンチップ(カタログ番号:89870)などの、固相抽出担体を充填した遠心チップを利用することができる。また、ステップS2及びS3において、上述したような固相抽出担体を充填した液体クロマトグラフ用カラムを用いることもできる。
【0025】
[実験例]
上述した試料調製方法を用いた実験例を説明する。本例は、MALDI質量分析法により微生物同定を行うためのサンプルを調製するものであり、分析対象の目的物質(分子)は微生物から抽出されたタンパク質である。固相抽出担体を充填したデバイスとしては、上述したメルクミリポアブランドのZipTip 0.6 μL C4 樹脂充填ピペットチップを使用した。
MALDI用サンプルの具体的な調製手順は次の(A)~(J)である。
【0026】
(A)大腸菌K12株を10mLの液体培地(1% polypeptone、0.2% yeast extract、0.1% MgSO4/7H2O)で24時間培養することにより増菌させた。
【0027】
(B)上記(A)の培養後の培地の全量を10000G、5分の条件の下で遠心分離し、その上清を廃棄し、残りを3mLの精製水に再懸濁した。その懸濁液の一部を精製水で希釈し、濁度を計測することで菌濃度を算出した。その結果、濁度はOD=5に相当した。
【0028】
(C)上記(B)における再懸濁後の溶液を1mL分取し、10000G、5分の条件の下で遠心分離した。そして、その上清を廃棄し、1mLの1%トリフルオロ酢酸、50%アセトニトリル水に再懸濁した。この操作を行うことによって、大腸菌の細胞内にあるタンパク質分子などを溶液中に抽出した。
【0029】
(D)上記(C)における再懸濁後の溶液の全量を10000G、5分の条件の下で遠心分離し、その上清を回収して、遠心エバポレーターを用いて乾固させた。
【0030】
(E)上記(D)において乾固した回収物に、100μLの0.1%トリフルオロ酢酸水を加えて溶解させ、この溶液を1倍希釈試料とした。
【0031】
(F)上記(E)において得られた溶液(つまりは1倍希釈試料)50μLに150μLの0.1%トリフルオロ酢酸水を加えて希釈し、これを4倍希釈試料とした。さらに同様の希釈を繰り返し、16倍希釈試料、及び64倍希釈試料を調製した。
【0032】
(G)上記(E)及び(F)において得られた1倍希釈試料、4倍希釈試料、16倍希釈試料、及び64倍希釈試料を、上述した本実施形態の試料調製方法を適用しない状態の4段階希釈試料とした。以下、この4段階希釈試料を濃度非調整4段階希釈試料という。
【0033】
(H)上記濃度非調整4段階希釈試料に含まれる、1倍希釈試料、4倍希釈試料、16倍希釈試料、及び64倍希釈試料からそれぞれ10μLの溶液を分取し、これらを上述した固相抽出担体充填ピペットチップを用いて上記ステップS2及びS3の手順で処理し、目的分子であるタンパク質分子を10μLの溶出液(0.1%トリフルオロ酢酸、50%アセトニトリル水)に溶出させた。これらの4種類の溶出液を、本実施形態の試料調製方法を適用した状態の4段階希釈試料とした。以下、この4段階希釈試料を濃度調整済み4段階希釈試料という。
【0034】
(I)上記(G)で得られた濃度非調整4段階希釈試料に含まれる4種類の試料のそれぞれを1μL採取し、これにアセトニトリル1μLを混和し、さらにMALDI用マトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸溶液(溶媒は0.1%トリフルオロ酢酸、50%アセトニトリル水、濃度は10mg/mL)2μLを混和して、その混合溶液2μLをサンプルプレート上に滴下し乾固することで、MALDI用のサンプルを調製した。即ち、これが濃度非調整4段階希釈試料に対応する分析用サンプルである。
【0035】
(J)上記(H)で得られた濃度調整済み4段階希釈試料に含まれる4種類の試料のそれぞれを2μL採取し、MALDI用マトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸溶液(溶媒は0.1%トリフルオロ酢酸、50%アセトニトリル水、濃度は10mg/mL)2μLと混和して、その混合溶液2μLをサンプルプレート上に滴下し乾固することで、MALDI用のサンプルを調製した。即ち、これが濃度調整済み4段階希釈試料に対応する分析用サンプルである。
【0036】
上記(I)で得られた4種類のMALDI用サンプルと、上記(J)で得られた4種類のMALDI用サンプルとを、それぞれ飛行時間型質量分析計を用いて測定しマススペクトルを取得した。測定には、島津製作所製のMALDI-8020を用いた。
【0037】
上記(I)で得られた濃度非調整4段階希釈試料に対応するMALDI用サンプルについての測定結果であるマススペクトルを図2に示す。図2の上から順に、1倍希釈試料、4倍希釈試料、16倍希釈試料、及び64倍希釈試料についての測定結果である。
また、上記(J)で得られた濃度調整済み4段階希釈試料に対応するMALDI用サンプルについての測定結果であるマススペクトルを図3に示す。図3も上から順に、1倍希釈試料、4倍希釈試料、16倍希釈試料、及び64倍希釈試料についての測定結果である。
【0038】
また、図2及び図3に示したマススペクトルにおいて観測される代表的な四つの質量電荷比値(m/z 4365、m/z 5381、m/z 6255、m/z 7274)におけるピークの強度と濃度との関係を、図4及び図5にそれぞれ示す。図4図5において、横軸上の1/1は1倍希釈試料、1/64は64倍希釈試料を示す。つまり、横軸上で左方から右方に向かって濃度が高くなっている。また、図4及び図5では、一つの質量電荷比値当たり二つの結果(1回目及び2回目)を示している。
【0039】
本実施形態の試料調製方法を適用しない図4のグラフを見ると、64倍希釈から16倍希釈、4倍希釈と濃度が高まるに伴ってピーク強度が増加しているが、4倍希釈と1倍希釈とを比較すると濃度の高い1倍希釈のほうが全てのピーク強度が低くなっている。これは、サンプルに含まれるタンパク質などの総量が多いために生じるイオンサプレッション効果と、試料中に存在する夾雑物の量が多いために生じるイオンサプレッション効果とが原因であると推測される。こうしたイオンサプレッション効果はMALDI法ではしばしば観測される。
【0040】
一方、本実施形態の試料調製方法を適用した図5のグラフを見ると、この場合にも、64倍希釈から16倍希釈、4倍希釈と濃度が高まるに応じてピーク強度が高まっている。また、4倍希釈と1倍希釈とを比較すると、一部にピーク強度が僅かに低下しているもの又は同程度であるものもあるが、全体的には、濃度の高い1倍希釈のほうがピーク強度が高くなっている。この点は図4の結果と対照的である。
【0041】
このことは、本実施形態の試料調製方法を用いることで、元の試料中のタンパク質などの総量が多い場合であっても、溶出液中には固相抽出担体の飽和量に相当する分しかタンパク質が溶出しないために、溶出液中のタンパク質濃度が適切な濃度になっている(つまりは過剰なタンパク質によるイオンサプレッション効果が生じていない)ことを意味している。また、溶出液において、固相抽出担体に吸着しない夾雑物の濃度は相対的に下がっている筈であるので、サンプル中に夾雑物の量が多いことによるイオンサプレッション効果が抑えられていることも十分に想定される。
【0042】
この実験結果からも、一般的には脱塩や濃縮に用いられる固相抽出担体を用いて、質量分析用試料中の目的分子の濃度が簡便に且つ的確にコントロールされていることが理解できる。その結果として、質量分析のイオン化の際の試料量が適切なものとなり、微量な成分に対応するピークも十分に観測可能である、明瞭なマススペクトルを得ることができる。
【0043】
上記実施形態及び実験例では、真菌等の微生物由来のタンパク質を分析対象の物質(分子)としていたが、目的物質はこれに限るものではなく、その物質を所定の条件の下で選択的に吸着することができる(且つ所定の条件の下で脱離させることができる)固相抽出担体を用いれば、同様に、試料中の目的物質の濃度を適切にコントロールすることができる。
例えば、生体由来の物質の一つである糖鎖を目的物質とする場合には、グラファイトカーボン、カーボンナノチューブなどを用いたカーボンチップを固相抽出担体として用いることができる。
【0044】
また、上述した試料調製方法では、目的分子の量が飽和量以上になるような試料溶液を始めに調製する必要があるが、目的分子の量がそもそも少ない場合には、それに合わせて固相抽出担体の量を少なくして飽和量を下げるとよい。
【0045】
また、すでに述べたように、本発明に係る試料調製方法は、MALDI法のみならず、レーザー脱離イオン化(LDI)法、表面支援レーザー脱離イオン化(SALDI)法、二次イオン分析法で用いられるイオン化法、リアルタイム直接分析(DART)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(APCI)法、探針エレクトロスプレーイオン化(PESI)法などの様々なイオン化法を用いた質量分析のためのサンプルを調製する際に用いることができる。また、本発明に係る試料調製方法により調製されたサンプルは、質量分析装置のみならず、それ以外の様々な分析装置での分析に供することができる。
【0046】
さらにまた、上記実施形態や上記記載の変形例も本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0047】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0048】
(第1項)本発明に係る分析用試料の調製方法の一態様は、
所定量の固相抽出担体に、該担体の飽和量の目的物質を吸着させる吸着工程と、
所定量の溶出液を用い、前記吸着工程のあとの固相抽出担体から目的物質を該溶出液中に脱離させる脱離工程と、
前記脱離工程のあとの溶出液を用いて試料を調製する調製工程と、
を実施するものである。
【0049】
(第2項~第4項)第1項に記載の分析用試料の調製方法において、前記固相抽出担体はピペットチップに充填されたもの、遠心カラムに充填されたもの、又は、液体クロマトグラフィー用カラムに充填されたもの、のいずれかとすることができる。
【0050】
第1項~第4項に記載の分析用試料の調製方法によれば、作業者の経験や技量に頼ることなく、常に適切な量の目的分子を含む試料、つまりは目的分子の濃度が正確にコントロールされた試料を、簡便に調製することができる。それにより、例えば、微生物由来のタンパク質が目的物質である場合には、調製された試料を質量分析することで得られた分析結果に基いて、微生物をより正確に同定することができるようになる。
【0051】
(第5項)第1項~第4項のいずれか1項に記載の分析用試料の調製方法において、前記調製工程は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法、つまりMALDI法によるイオン化用の試料をプレート上に形成する工程を含むものとすることができる。
【0052】
(第6項)また、本発明に係る質量分析方法の一態様は、請求項5に記載の分析用試料の調製方法で前記プレート上に形成された試料に対し、レーザー光を照射して該試料中の目的物質をイオン化し、生成されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析するものとすることができる。
【0053】
上述したようにMALDI法では、試料中の目的物質が多すぎる場合や目的物質以外の夾雑物(特に目的物質に比べてイオン化され易い物質)が多く含まれる場合に、イオンサプレッション効果によって、目的物質由来のイオンの発生量が抑えられてしまうことがある。これに対し、第5項に記載の分析用試料の調製方法によれば、MALDI用のサンプルも含まれる目的物質の量を適切にコントロールすることができるうえに、夾雑物の量も減らすことが可能である。したがって、第5項に記載の分析用試料の調製方法、及び第6項に記載の質量分析方法によれば、目的物質由来のイオンを効率良く発生させることができ、高い感度の良好なマススペクトルを得ることができる。
【0054】
(第7項)第6項に記載の質量分析方法において、前記目的物質は微生物由来のタンパク質であり、該タンパク質をイオン化して質量分析した結果を用いて前記微生物を同定するものとすることができる。
【0055】
第7項に記載の質量分析方法によれば、作業者の経験や技量に頼ることなく、微生物を正確に同定することができる。
図1
図2
図3
図4
図5