(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022094566
(43)【公開日】2022-06-27
(54)【発明の名称】可燃性ガス検知器及び検知方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/407 20060101AFI20220620BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20220620BHJP
【FI】
G01N27/407
G01N27/416 371G
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020207522
(22)【出願日】2020-12-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年3月30日、https://dx.doi.org/10.1021/acsanm.0c00439における論文のWEB公開、令和2年7月13日、https://doi.org/10.1515/pac-2019-080における論文のWEB公開
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】木田 徹也
(72)【発明者】
【氏名】新留 琢郎
【テーマコード(参考)】
2G004
【Fターム(参考)】
2G004BB04
2G004BE22
2G004BE26
2G004ZA01
2G004ZA04
2G004ZA05
(57)【要約】
【課題】低湿度条件下でも保水リザーバなどの追加の構成を必要とせず、かつ40℃以上の温度条件でも高いプロトン伝導性が消失することなく、水素ガスばかりでなく一酸化炭素やエタノールなどの可燃性ガスを検出できる可燃性ガス検知器及び検知方法を提供する。
【解決手段】酸化グラフェン複合膜GOの一方の面に形成された電気化学的酸化活性を有する触媒を含む検出極10と、酸化グラフェン膜GOの他方の面に形成された白金又は導電性カーボンを含む参照極20と、検出極10と参照極20との間の電位差を測定する電位計30と、検出極10と参照極20と電位計30とを電気的に接続する導電線31と、を具備する可燃性ガス検知器。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化グラフェン複合膜の一方の面に形成された電気化学的酸化活性を有する触媒を含む検出極と、酸化グラフェン複合膜の他方の面に形成された白金又は導電性カーボンを含む参照極と、当該検出極と参照極との間の電位差を測定する電位計と、当該検出極と参照極と電位計とを電気的に接続する導電線と、を具備する可燃性ガス検知器であって、当該酸化グラフェン複合膜は、酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜、または酸化グラフェンのカルボキシ基に結合しているカチオンを有する酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜であることを特徴とする可燃性ガス検知器。
【請求項2】
前記酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜におけるカチオンは、Ce4+、Ce3+、Ce2+、Al3+、Ca2+、Мg2+、Ba2+、La3+、Mn4+,Fe3+から選択される1種以上であることを特徴とする請求項1に記載の可燃性ガス検知器。
【請求項3】
前記酸化グラフェン複合膜は非通気性の囲包体内に設置され、参照極側を非導電性かつ非通気性の囲包体で隔離し、対照空気を導入する対照空気導入口を有する参照極室と、検出極側を含み、被検ガスを導入する被験ガス導入口、及び被験ガスを排出する被験ガス排出口を有する検出極室と、に区画されている、請求項1または2に記載の可燃性ガス検知器。
【請求項4】
請求項1または2に記載の可燃性ガス検知器を用いて、可燃性ガスを検知する方法であって、
前記参照極及び検出極に被験ガスを接触させて、参照極と検出極との間の電位差により生じる起電力を電位計で計測し、予め作成しておいた検量線を用いて対応する被験ガス濃度を求める、可燃性ガス検知方法。
【請求項5】
請求項3に記載の可燃性ガス検知器を用いて、可燃性ガスを検知する方法であって、
参照極室に対照ガスを導入して、電位を安定させた後、検出極室に被験ガスを導入して、参照極と検出極との間の電位差により生じる起電力を電位計で計測し、予め作成しておいた検量線を用いて対応する被験ガス濃度を求める、可燃性ガス検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化グラフェンを用いる可燃性ガスの検知方法及び検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プロトン導電体を用いた水蒸気電解の技術は、高分子系とセラミックス系で報告されている。高分子系はドュポン社のナフィオン(登録商標)膜を用いたものが広く使用されている。しかし、ナフィオン(登録商標)膜は、高価である上に水を保持できないため、実用化されているナフィオン(登録商標)膜を用いた電気化学センサでは、湿度を保持するために大きな水のリザーバが必要であった。
【0003】
酸化グラフェン(以下「GO」と略すこともある。)の2次元ナノシートは、触媒、燃料電池、電池、キャパシタなど種々の用途に汎用性があり、脚光を浴びている材料である(非特許文献1及び2)。GOは、地球上に多量に存在し、毒性のない炭素元素のみを含む。さらに、酸化及び乖離を含む単純な化学プロセスによってグラファイトから合成することができる。これらの利点により、GOは、ある用途に用いられる希少で高価な材料の代替物となる。
【0004】
GOの新規な特性の一つは、高いプロトン伝導性であり、燃料電池のプロトン交換膜として使用することができる(非特許文献3及び4)。プロトン伝導性は、GO表面に係止されている酸素官能基の部分でプロトンホッピングにより生じる(非特許文献5)。エポキシ基は、GOにおける主要なプロトンホッピングサイトとして考えられている(非特許文献6)。プロトン伝導性は、GOにおける酸素濃度の変化により調節され得ると報告されている(非特許文献7及び8)。部分的還元により、GOはプロトン伝導性及び電子伝導性を示す混合伝導性材料となる(特許文献1)。
【0005】
ナフィオン(登録商標)及びアンチモン酸などのプロトン伝導性物質で、室温で電気化学的にH2を検出することが報告されている(非特許文献9~11)。また、H2とO2との電気化学的酸化及び還元が同時に生じる混成電位機構に基づき、空気中でのH2の電気化学的検出が研究されている(非特許文献12)。
【0006】
本発明者は、プロトン伝導性を有する酸化グラフェン膜を用いる可燃性ガス検出器を提案している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-169138号公報
【特許文献2】特開2018-084534号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】H. J. Choia, S. M. Junga, J. M. Seoa, D. W. Changb, L. Daic, J. B. Baekan, Nano Energy 1, 534-551 (2012)
【非特許文献2】V. Georgakilas, J. N. Tiwari, K. C. Kemp, J. A. Perman, A. B. Bourlinos, K. S. Kim, and R. Zboril, Chem. Rev., 116, 5464-55 9 (2016)
【非特許文献3】H. Tateishi, K. Hatakeyama, C. Ogata, K. Gezuhara, J. Kuroda, A. Funatsu, M. Koinuma,T. Taniguchi, S. Hayami, and Y. Matsumoto, J. Electrochem. Soc., 160, F1175-F1178 (2013)
【非特許文献4】W. Gao, G. Wu, M. T. Janicke, D. A. Cullen, R. Mukundan, J. K. Baldwin, E. L. Brosha, C. Galande, P. M. Ajayan, K. L. More, A. M. Dattelbaum, and P. Zelenay, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 3588 -3593 (2014)
【非特許文献5】K. Hatakeyama, M. R. Karim, C. Ogata, H, Tateishi, A. Funatsu, T, Taniguchi, M. Koinuma, S, Hayami, and Y. Matsumoto, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6997 -7000 (2014)
【非特許文献6】M. R. Karim, K. Hatakeyama, T. Matsui, H. Takehira, T. Taniguchi, M. Koinuma, Y. Matsumoto, T. Akutagawa, T. Nakamura, S. Noro, T. Yamada, H. Kitagawa, and S. Hayami, J. Am. Chem. Soc., 135, 8097-8100 (2013)
【非特許文献7】K. Hatakeyama, H. Tateishi, T. Taniguchi, M. Koinuma, T. Kida, S.Hayami, H. Yokoi, and Y. Matsumoto, Chem. Mater., 26, 5598-5604 (2014)
【非特許文献8】K. Hatakeyama, Md. S. Islam, M. Koinuma, C. Ogata, T. Taniguchi, A. Funatsu, T. Kida, S. Hayamia, and Y. Matsumoto, J. Mater. Chem. A, 3, 20892-20895 (2015)
【非特許文献9】G. Velayutham, C. Ramesh, N. Murugesan, V. Manivannan, K. S. Dhathathreyan, G. Periaswami, Ionics, 10, 1, 63-67 (2004)
【非特許文献10】N. Miura, T. Harada, N. Yamazoe, J. Electrochem. Soc., 136, 1215-1219 (1989)
【非特許文献11】N. Miura, N. Yamazoe, Solid State Ionics, 53-56, 975-982 (1992)
【非特許文献12】M. R. Karim, K. Hatakeyama, T. Matsui, H. Takehira, T. Taniguchi, M. Koinuma, Y. Matsumoto, T. Akutagawa, T. Nakamura, S. Noro, T. Yamada, H. Kitagawa, and S. Hayami, J. Am. Chem. Soc., 135, 8097-8100 (2013)
【非特許文献13】M. Sookhakian, Y. M. Amin, W. J. Basirun, Appl. Surf. Sci., 283, 668-677 (2013)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、酸化グラフェン膜を用いる可燃性ガス検出器の研究を進め、酸化グラフェン膜は40℃以上の環境では酸素官能基が脱離し電子導電性が発現するため、可燃性ガス検出器として使用できないことの知見を得た。
【0010】
本発明の目的は、40℃以上の温度条件下でもプロトン伝導性を失うことなく、水素ガスばかりでなく一酸化炭素やエタノールなどの可燃性ガスを検出できる可燃性ガス検知器及び検知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン複合膜を用いることにより、Pt系検出極に固定させた酸化グラフェン膜系電気化学セルは、酸化グラフェンの高いプロトン伝導性が40℃以上の温度条件でも消失することなく、水素やエタノールなど酸化されてプロトン(H+)及び電子(e-)を生じさせる可燃性ガスを検出することを知見し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明によれば、酸化グラフェン複合膜の一方の面に形成された電気化学的酸化活性を有する触媒を含む検出極と、酸化グラフェン複合膜の他方の面に形成された白金又は導電性カーボンを含む参照極と、当該検出極と参照極との間の電位差を測定する電位計と、当該検出極と参照極と電位計とを電気的に接続する導電線と、を具備する可燃性ガス検知器であって、当該酸化グラフェン複合膜は酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜、または酸化グラフェンのカルボキシ基に結合しているカチオンを有する酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜であることを特徴とする可燃性ガス検知器が提供される。
【0013】
本発明の実施態様は以下のとおりである。
[1]酸化グラフェン複合膜の一方の面に形成された電気化学的酸化活性を有する触媒を含む検出極と、酸化グラフェン複合膜の他方の面に形成された白金又は導電性カーボンを含む参照極と、当該検出極と参照極との間の電位差を測定する電位計と、当該検出極と参照極と電位計とを電気的に接続する導電線と、を具備する可燃性ガス検知器であって、当該酸化グラフェン複合膜は、酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜、または酸化グラフェンのカルボキシ基に結合しているカチオンを有する酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜であることを特徴とする可燃性ガス検出器。
[2]前記酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜におけるカチオンは、Ce4+、Ce3+、Ce2+、Al3+、Ca2+、Мg2+、Ba2+、La3+、Mn4+,Fe3+から選択される1種以上であることを特徴とする上記[1]に記載の可燃性ガス検知器。
[3]前記酸化グラフェン膜は非通気性の囲包体内に設置され、参照極側を非導電性かつ非通気性の囲包体で隔離し、対照空気を導入する対照空気導入口を有する参照極室と、検出極側を含み、被検ガスを導入する被験ガス導入口、及び被験ガスを排出する被験ガス排出口を有する検出極室と、に区画されている、上記[1]または[2]に記載の可燃性ガス検知器。
[4]上記[1]または[2]のいずれか1に記載の可燃性ガス検知器を用いて、可燃性ガスを検知する方法であって、
前記参照極及び検出極に被験ガスを接触させて、参照極と検出極との間の電位差により生じる起電力を電位計で計測し、予め作成しておいた検量線を用いて対応する被験ガス濃度を求める、可燃性ガス検知方法。
[5]上記[3]に記載の可燃性ガス検知器を用いて、可燃性ガスを検知する方法であって、
参照極室に対照ガスを導入して、電位を安定させた後、検出極室に被験ガスを導入して、参照極と検出極との間の電位差により生じる起電力を電位計で計測し、予め作成しておいた検量線を用いて対応する被験ガス濃度を求める、可燃性ガス検知方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、低湿度条件でも保水リザーバなどの追加の構成を必要とせずに、かつ40℃以上の温度条件でも高いプロトン伝導性が消失することなく、水素ガスばかりでなく、酸化によりプロトン(H+)及び電子(e-)を生じさせる可燃性ガス、たとえば一酸化炭素やエタノールなども検出できる可燃性ガス検知器及び検知方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】可燃性ガス検知器Iの概略を説明する模式図。
【
図2】酸化グラフェン膜に設けた検出極と参照極の概略構成を示す模式図。
【
図3】本発明の可燃性ガス検知器による電位差発生の原理を示す模式図。
【
図4】シルクフィブロインの合成手順を示す説明図。
【
図5】スルホン化シルクフィブロイン(SSF)の調製手順を示す説明図。
【
図6】酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜(GO-SSF)の調製手順を示す説明図。
【
図7】シルクフィブロイン(SF)とスルホン化シルクフィブロイン(SSF)のFT-IRスペクトル。
【
図8】GO-SSF複合膜、GO-SSF-Ce
4+複合膜の室温から100℃までのプロトン伝導性を示すグラフ。
【
図9】GO-SSF-Ce
4+複合膜を用いたセンサ電位の水素に対する応答性を示すグラフ。
【
図10】GO-SSF-Ce
4+複合膜を用いたセンサ電位の水素濃度依存性を示すグラフ。
【
図11】GO-SSF-Ce
4+複合膜を用いたセンサ電位のガス選択性を示すグラフ。
【
図12】GO-SSF-Ce
4+複合膜を用いたセンサ電位の応答安定性を示すグラフ。
【
図13】可燃性ガス検知器IIの概略を説明する模式図で
【実施形態】
【0016】
以下、添付図面を参照しながら本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
図1は、本発明の可燃性ガス検知器の概略を説明する模式図である。
【0017】
図1に示す可燃性ガス検知器Iは、酸化グラフェン複合膜GOと、酸化グラフェン複合膜GOの一方の面に形成されている電気化学的酸化活性を有する触媒を含む検出極10と、酸化グラフェン複合膜GOの他方の面に形成されている白金を含む参照極20と、検出極10と参照極20との間の電位差を測定する電位計30と、検出極10と参照極20と電位計30とを電気的に接続する導電線31と、を具備する。検出極10、酸化グラフェン複合膜GO及び参照極20は、非通気性の囲包体40内に設けられている。非通気性の囲包体40には、参照極20を内包し、酸化グラフェン複合膜GOとは反対の端部に対照空気導入口22を有する非導電性かつ非通気性の囲包体(
図1においてはガラス管)により参照極室24が形成されている。非通気性の囲包体40には、酸化グラフェン複合膜GOの検出極10側に被験ガスを導入する被験ガス導入口12、及び検出後の被験ガスを外部に排出する被験ガス排出口14が設けられ、参照極室24を包囲するように検出極室16が形成されている。
【0018】
酸化グラフェン複合膜GOは、酸化グラフェンナノシート間に、スルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜(以後、「GO-SSF」と略記することもある。)、または酸化グラフェンのカルボキシ基に結合しているカチオンを有する酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを有する酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオンナノ複合膜(以後、「GO-SSF-カチオン」と略記することもある。)である。
【0019】
スルホン化シルクフィブロインとは、絹から抽出した繊維シルクフィブロインをスルホン酸塩で処理して、シルクフィブロインの表面にスルホン基を導入したものである。スルホン化シルクフィブロインは、たとえば、シルクフィブロインを塩化スルホン酸のピリジン溶液と水酸化ナトリウム溶液とエタノールで処理することにより調製することができる。
【0020】
酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜とは、スルホン化シルクフィブロインを酸化グラフェンのナノシート間に導入して固定させた複合膜である。スルホン化シルクフィブロインは酸化グラフェンと化学的に結合していても、あるいは酸化グラフェンの表面に物理的に付着していてもよい。酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜は、酸化グラフェンとスルホン化シルクフィブロインとを混合した混合液を真空ろ過することにより調製することができる。
【0021】
スルホン化シルクフィブロインは、スルホン基(SO2(OH))によるプロトン伝導性の付与とともに、酸化グラフェン膜の機械的強度及び耐熱性を向上させることができ、後述する実施例に示すように40℃以上の高温でもプロトン伝導性を維持することができる。
【0022】
酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜とは、酸化グラフェンのカルボキシ基に結合しているカチオンを有する酸化グラフェンのナノシート間に、スルホン化シルクフィブロインを導入して固定させた複合膜である。酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-カチオン複合膜は、酸化グラフェン懸濁液にカチオンの塩を溶解させた後、懸濁液をろ過してカチオンが結合した酸化グラフェン膜(酸化グラフェン-カチオン複合膜)を調製し、次いで、酸化グラフェン-カチオン複合膜とスルホン化シルクフィブロインを混合して、真空ろ過することにより調製することができる。
【0023】
カチオンは酸化グラフェンのカルボキシ基に結合し、酸化グラフェンの層間距離を拡大させ、プロトンの拡散を促進することができる。カチオンとしては、電子導電性が極めて低く、プロトン伝導性が高く、酸化グラフェンの層間距離を拡大させる観点から、イオン半径が大きくカルボキシ基と強く結合する2価以上のカチオン、たとえばCe4+、Ce3+、Ce2+、Al3+、Ca2+、Мg2+、Ba2+、La3+、Mn4+,Fe3+から選択される1種以上を用いることが好ましい。酸化グラフェンの層間距離を拡大させ、プロトンの拡散を促進させる観点から、特にCe4+が好ましい。後述する実施例に示すように、Ce4+を導入した酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン-Ce4+複合膜(以後、「GO-SSF-Ce4+」と略記することもある。)は40℃を超える高温でプロトン伝導性が向上し、80℃~100℃において高いプロトン伝導性を示す。
【0024】
検出極10は、酸化グラフェン複合膜GOの表面に電気化学的酸化活性を有する触媒を設けるだけでもよいが、
図2に示すように、電気化学的酸化活性を有する触媒の上にニッケルメッシュなどの導電性金属を被覆させることが好ましい。導電性金属としては導電線31と検出極10との電気的接続を良好にすることができればニッケルメッシュに限定されず、また室温で作動できるため腐食を考慮する必要もなく、銅、銀、白金、金などの導電性金属または酸化物を塗布又は担持させてもよい。電気化学的酸化活性を有する触媒としては、白金、パラジウム、金、ルテニウム、ペロブスカイト型酸化物、酸化ニッケル、酸化マンガン、酸化コバルトを好適に挙げることができ、特に白金、白金担持炭素、パラジウム担持炭素が好ましい。酸化触媒を用いると、可燃性ガスが電極と酸化グラフェン複合膜との界面に到達する前に燃焼してしまい、電極と酸化グラフェン複合膜との界面での反応を阻害し、電位変化を抑制する。酸化触媒としての機能を有する白金などを用いる場合には、可燃性ガスが電極と酸化グラフェン複合膜との界面に到達するまで燃焼しない程度に白金の担持量を少なくすることが望ましい。酸化触媒としても機能する電気化学的酸化活性を有する触媒を使用する場合の担持量は、0.1~40wt%、好ましくは1~10wt%の範囲とすることが望ましい。
【0025】
参照極20は、白金粉末、白金ブラック粉末、白金を担持させた炭素粉末、白金を担持させた導電性酸化物などの白金含有粉末を酸化グラフェン複合膜GOの表面に塗布又は担持させることが好ましい。
【0026】
検出極10及び参照極20は、例えば、白金粉末などを酸化グラフェン複合膜表面にスパッタしてスパッタ電極としてもよいし、メッシュ状の白金を酸化グラフェン複合膜表面に固定してメッシュ電極としてもよいし、白金を担持した炭素電極(市販品でもよい)を酸化グラフェン複合膜表面に固定してもよい。酸化グラフェン複合膜GOの表面に塗布又は担持させる白金は多すぎると酸化グラフェン複合膜GO表面で酸化が進行してしまい、検出感度が低下するため、0.1~40wt%、好ましくは1~10wt%の範囲とすることが望ましい。また、酸化グラフェン複合膜GOの表面に厚さ100nm~10μm、好ましくは100nm~1μm以下の白金層を設けて、酸化グラフェン複合膜との間に界面を形成させ、当該界面にて酸化反応を生じさせることが好適である。たとえば、スパッタ電極の場合には、50nm~500nm程度の薄い膜厚が可能であり、メッシュ電極の場合には10μm~100μm程度、Pt/C電極の場合には3μm~50μmの厚みが可能である。酸化グラフェン膜表面に設ける白金層の厚みが肉薄であるほど可燃性ガスの検出感度は向上する。
【0027】
検出極10及び参照極20の表面は、Ni、Pt、Au、Cuなどの導電性金属のメッシュ又はワイヤなどでの集電体で被覆されていることが好ましい。導電性金属のメッシュ又はワイヤは、検出極10及び参照極20を電位計30に接続するための導電線の接点となり、電気的連通を確実にすることができる。
【0028】
本発明の可燃性ガス検知方法によれば、可燃性ガス検知器Iの検出極10側の被験ガス導入口12から被験ガスを導入して、検出極(酸化側)10と参照極(還元側)20との電位差を電位計30で測定することにより、被験ガス中に含まれる可燃性ガス成分を検出することができる。本発明の検出方法により検知可能な可燃性ガスとしては、酸化によりプロトン(H+)及び電子(e-)を生じさせるガスであればよく、たとえば水素ガス、一酸化炭素、メタン、エタノールなどを好適に挙げることができる。
【0029】
図13に示す可燃性ガス検知器IIは、酸化グラフェン複合膜GOと、酸化グラフェン複合膜GOの一方の面に形成されている電気化学的酸化活性を有する触媒を含む検出極110と、酸化グラフェン複合膜GOの他方の面に形成されている導電性カーボンを含む参照極120と、検出極110と参照極120との間の電位差を測定する電位計130と、検出極110と参照極120と電位計130とを電気的に接続する導電線131と、を具備する。検出極110、酸化グラフェン複合膜GO及び参照極120は、非通気性の囲包体140内に設けられている。非通気性の囲包体140には、被験ガスを導入する被験ガス導入口112、及び検出後の被験ガスを外部に排出する被験ガス排出口114が設けられている。検出極110及び参照極120の詳細は、可燃性ガス検知器Iについて上述したとおりである。
【0030】
本発明の可燃性ガス検知方法によれば、可燃性ガス検知器IIの被験ガス導入口112から被験ガスを導入して、検出極(酸化側)110と参照極(還元側)120との電位差を電位計130で測定することにより、被験ガス中に含まれる可燃性ガス成分を検出することができる。
【0031】
本発明の可燃性ガス検知器による電位差発生の原理を
図3に示す。
【0032】
酸化グラフェン複合膜は、高いプロトン伝導性を有する。検出極室16に導入された被験ガス中に、水素ガス、一酸化炭素ガス、メタンガスなどの可燃性ガスが存在すると、これらの可燃性ガスは被験ガス中の空気(酸素)により酸化されるので、検出極10では以下の電極反応のいずれかが生じると考えられる。
【0033】
【化1】
酸化グラフェン複合膜GOは高いプロトン伝導性を有するため、検出極10で発生したH
+は酸化グラフェン複合膜GO内を移動して、参照極20側に透過する。一方、参照極室24には、空気が充填されているため、酸化グラフェン複合膜GOを透過して参照極20に到達したH
+は空気中酸素と反応して酸素が還元されて、以下の電極反応が生じると考えられる。
【0034】
【化2】
すると、検出極10では電子が発生し、参照極20では電子が消費されるため、検出極(酸化側)と参照極(還元側)との間に電位差が発生する。本発明者らは、下記実施例に示すように、この電位差により発生する起電力が可燃性ガスの濃度に比例することを知見した。
【0035】
【数1】
したがって、電位計30で計測した起電力と可燃性ガス濃度との検量線を予め求めておくことで、起電力から可燃性ガス濃度を求めることができる。
【0036】
【数2】
従来のナフィオン(登録商標)膜を用いる水素ガス検知器は湿潤状態を維持することが必要であったが、酸化グラフェン複合膜GOは内部に水分子を取り込み保持することができるので、本発明の可燃性ガス検知器は、湿潤空気中ばかりでなく、乾燥空気中でも可燃性ガスの検出及び定量が可能である。
【0037】
また、可燃性ガスとしては揮発性アルコールであっても検出可能であり、たとえば空気中にエタノールが存在する場合には、検出極(酸化側)で以下の電極反応が生じると考えられる。
【0038】
【実施例0039】
[GO膜の調製]
下記手順の改良Tour法に従って、膨張化黒鉛からGOナノシートを合成した。
【0040】
膨張化黒鉛(伊藤黒鉛工業株式会社製、メディウム径5-50μm)3.0gを過マンガン酸カリウム18gと均質に混合した。濃縮H2SO4/H3PO4の合計360mlを混合物に添加し、撹拌し、油浴中で12時間、50℃に加熱した。混合物は紫-茶色に変化し、黒鉛の酸化が生じたことを示した。酸化された黒鉛を室温まで冷却し、その後、H2O2を6ml添加した。4000rpmにて30分間遠心分離して、固体生成物を回収し、5%HCl溶液及び蒸留水で、4000rpmにて10分間遠心分離により、3回洗浄した。固体生成物を蒸留水中に分散させ、5時間超音波処理した。GO懸濁液を1000rpmで30分間遠心分離して、固体を剥離させ、GOナノシートを含む懸濁液(GOコロイド状懸濁液)を得た。GOコロイド状懸濁液中のGO濃度は4.4mg/mlであった。
【0041】
180μm細孔のろ過膜で0.4μm細孔のろ過膜を支持するように2枚のろ過膜を積層させた積層ろ過膜を用いて、5mLのGOコロイド状懸濁液を室温で真空ろ過して、180μm厚の酸化グラフェン膜(自己支持膜)を合成した。
【0042】
[GO-Ce4+複合膜の調製]
5mlのGOコロイド状懸濁液に、0.005mmolの硫化セリウム(IV)(純度99.9%)を溶解させた。次いで、懸濁液を180μm細孔のろ過膜で0.4μm細孔のろ過膜を支持するように2枚のろ過膜を積層させた積層ろ過膜を用いて真空ろ過して、平均膜厚260μmの酸化グラフェン-Ce4+複合膜(自己支持膜)を合成した。TG分析の結果、複合膜中Ceの含有量は23wt%であった。
【0043】
[GO-Ce4+複合膜の構造分析]
GO-Ce4+複合膜とGO膜をそれぞれXRD分析し、Bragg法則を適用して層間距離を求めたところ、GO膜の層間距離は1.14nm、GO-Ce4+複合膜の層間距離は1.29nmであり、セリウムイオンを導入することで酸化グラフェン膜の層間距離が拡大することが確認できた。本発明者らが知るところでは、金属イオンを導入することで酸化グラフェン膜の層間距離が拡大するとの報告はあるが、このように大きく拡大する報告はない。
【0044】
また、FT-IR分析の結果、GO-Ce4+複合膜では、GO膜よりもO-H伸縮振動ピークが増加し、C=O伸縮ピークが減少し、O-C=O伸縮ピークが増加し、C=O伸縮ピーク及びO-C=O伸縮ピークが低波長側にシフトしていたことから、セリウムイオンがカルボキシ基に共有結合していると考えられる。さらに、1225cm-1のエポキシド伸縮が有意に減少していたことから、エポキシドの開環反応が生じてC-OH結合を生成したと考えられる。
【0045】
さらに、Ce 3d XPS分析の結果、Ce3+ピークが出現し、Ce4+ピークが減少していたことから、GO膜と結合することによりCe4+がCe3+に還元されたことがわかる。
【0046】
表1にGO膜とGO-Ce4+複合膜のBET表面積、平均細孔径及び総細孔容積を示す。セリウムを導入することでいずれも大きくなることがわかる。
【0047】
【表1】
[GO-SSF複合膜の調製]
下記手順にしたがって、カイコの繭からシルクフィブロインを合成し、スルホン化したスルホン化シルクフィブロインを酸化グラフェンのナノシート間に導入し、酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜を調製した。
【0048】
図4に示すように、カイコの繭2gを熱水処理及び8wt%のNa
2O
3水溶液で処理した後、90℃で30分間加熱し、2wt%のNa
2O
3水溶液で処理してセリシンを除去してフィブロイン糸を得た。フィブロイン糸を9MのLiBrに溶解させ、3日間透析して塩を除去し、8500rpmで30分間遠心分離した後、蒸留水に分散させてフィルロイン繊維とした。
【0049】
図5に示すように、塩化スルホン酸2.5mlをピリジン15mlに溶解させた塩化スルホン酸ピリジン溶液を調製した。塩化スルホン酸ピリジン溶液10mlにシルクフィブロイン15.2ml(0.25g)を添加して80℃に加熱し、1~4時間撹拌した。次いで、超純水50mlを添加し、次いで5MのNaOH水溶液で処理した。処理後の溶液を真空ろ過して不要成分を除去した後、エタノール500mlを加えて、スルホン化シルクフィブロインを析出させ、水で透析して、スルホン化シルクフィブロインを調製した。
【0050】
図6に示すように、スルホン化シルクフィブロインと酸化グラフェンとを混合して、酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン溶液を調製し、真空ろ過して、酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜を得た。
【0051】
セリウムイオンを導入した酸化グラフェン(酸化グラフェン-Ce4+複合)のナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを導入する場合は、上述の手順における酸化グラフェン膜の代わりに酸化グラフェン-Ce4+複合膜を用いた。
【0052】
[分析]
シルクフィブロイン(SF)とスルホン化シルクフィブロイン(SSF)をFT-IRで分析した結果を
図7に示す。SSFでは、SFと同じアミドI、II及びIIIの吸収ピークが確認されていることから、シルクフィブロインの基本構造は維持されており、-SO
2の吸収ピークが確認されていることからスルホン基が導入されたことがわかる。。
【0053】
調製した膜をXPSで分析した結果を表2に示す。
【0054】
【表2】
表1中、「GO」は酸化グラフェン膜、「GO-SF」は酸化グラフェンの層間にシルクフィブロインを導入した酸化グラフェン-シルクフィブロイン複合膜、「GO-SSF」は酸化グラフェンのナノシート間にスルホン化シルクフィブロインを導入した酸化グラフェン-スルホン化シルクフィブロイン複合膜である。GO-SFと比較して、GO-SSFはC-OHが減少してS2pが増加していることから、アルコール基と塩化スルホン酸の反応によりOH基にスルホン基S(=O)
2(OH)が結合し、スルホン化されたことがわかる。
【0055】
[プロトン伝導性の測定]
調製したGO膜、GO-Ce
4+複合膜、GO-SSF複合膜、GO-SSF-Ce
4+複合膜の室温から100℃までのプロトン伝導性を
図8に示す。
【0056】
プロトン伝導性はEIS(電気化学インピーダンス分光)測定により評価した。インピーダンスは空気中、相対湿度80%で、25℃から100℃までの間で測定した。プロトン伝導性は、Nyquistプロットを用いて計算した。
【0057】
図8に示すように、GO膜のプロトン伝導性は40℃で1×10
-1mS/cmになるが、40℃を超えると低下し、100℃では1×10
-2mS/cmになる。GO-SSF複合膜のプロトン伝導性は、25℃から40℃までGO膜のプロトン伝導性より高く5×10
-1mS/cmであり、40℃を超えても低下せず、100℃までほぼ同程度の1×10
0mS/cmを維持する。GO-SSF-Ce
4+複合膜のプロトン伝導性はGO-SSF複合膜より高く、40℃で1×10
0mS/cm、40℃を超えるとさらに高くなり60℃で1×10
1mS/cmを超え、100℃まで低下しない。
【0058】
プロトン伝導性の結果から、本発明のGO-SSF複合膜またはGO-SSF-Ce4+複合膜は実際のガスセンサの稼働温度80℃でも優れたプロトン伝導性を発現することが確認できた。また、100℃でもプロトン伝導性が低下していないことから、100℃以上の環境でも使用可能であるといえる。100℃以上では水が蒸発してしまうため、酸化グラフェン複合膜間に水蒸気を流して水を補給することで150℃程度の高温でも稼働可能と考えられる。
【0059】
[センサ電位の水素濃度応答性]
GO-SSF-Ce
4+複合膜の両面に電極(40wt%白金担持カーボン(Pt/C))をつけて、水素濃度を100ppmから500ppmまで変化させて、エレクトロメータで電位差ΔEMFを測定した結果を
図9に示し、ΔEMSの水素濃度依存性を
図10に示す。GO-SSF-Ce
4+複合膜は、80℃においても水素に対して良好な感度を示し、センサ信号は水素濃度の対数に比例することがわかる。
【0060】
[ガス選択性と応答安定性]
GO-SSF-Ce
4+複合膜の両面に電極(40wt%白金担持炭素電極Pt/C)をつけて、被験ガスを一酸化炭素CO、水素H
2、エタノールC
2H
5OH、アセトン(CH
3)
2CO各50ppmとして、25℃でエレクトロメータで電位差ΔEMSを測定した結果を
図11に示す。水素と一酸化炭素に対して高い感度を示し、エタノールに対する感度は低いが検出可能であり、アセトンに対する感度は低いことがわかる。
【0061】
図12は、GO-SSF-Ce
4+複合膜の両面に電極(40wt%白金担持炭素電極Pt/C)をつけて、25℃で、水素150ppmを含む空気と、空気のみを交互に流通させ、ΔEMFの経時変化をプロットしたグラフである。
図12より、水素に対する高い感度と、良好な繰り返し応答性を示すことから、誤作動の少ない可燃性ガス検知器として有用であるといえる。