(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022094778
(43)【公開日】2022-06-27
(54)【発明の名称】遺伝子改変昆虫、その製造方法、およびその用途
(51)【国際特許分類】
A01K 67/033 20060101AFI20220620BHJP
C12Q 1/6897 20180101ALI20220620BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20220620BHJP
C12Q 1/68 20180101ALN20220620BHJP
【FI】
A01K67/033 501
C12Q1/6897 Z
C12N15/12 ZNA
C12Q1/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020207861
(22)【出願日】2020-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】早川 洋一
(72)【発明者】
【氏名】龍田 勝輔
(72)【発明者】
【氏名】松村 崇志
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ79
4B063QR35
4B063QR66
4B063QR72
4B063QR80
4B063QS03
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ストレス度を定量的に分析可能な遺伝子改変昆虫、その製造方法、およびその用途を提供する。
【解決手段】Phaedra1遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子が導入されたことを特徴とする遺伝子改変昆虫である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Phaedra1遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子が導入されたことを特徴とする遺伝子改変昆虫。
【請求項2】
Phaedra1遺伝子のプロモータの下流に標的プロモータをUASとするGAL4転写調節因子が遺伝子導入されると共に、当該標的プロモータの下流にレポーター遺伝子が導入された、請求項1に記載の遺伝子改変昆虫。
【請求項3】
レポーター遺伝子が蛍光蛋白遺伝子である、請求項1または2に記載の遺伝子改変昆虫。
【請求項4】
蛍光蛋白遺伝子が、GFP遺伝子、EGFP遺伝子、RFP遺伝子、およびこれらを改変した遺伝子からなる群から選択される、請求項3に記載の遺伝子改変昆虫。
【請求項5】
昆虫の幼虫に熱または薬剤によるストレスを付与し、当該幼虫全身からRNAを抽出し、ストレス付与後の発現が少なくとも4倍上昇する特異的な遺伝子を同定する同定工程と、
当該遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子を導入する導入工程と、
を含む遺伝子改変昆虫の製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載の遺伝子改変昆虫、または請求項5に記載の遺伝子改変昆虫の製造方法により製造された遺伝子改変昆虫にストレスを与え、当該ストレスの度合いをレポーター遺伝子の発現に基づいて分析するストレス分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子を改変した昆虫に関し、特に、ストレス度を定量的に分析可能な遺伝子改変昆虫に関する。
【背景技術】
【0002】
動物や昆虫は、外部から受ける各種ストレスが体に悪影響を及ぼすことが知られている。ヒトにおいても、各種ストレスが健康面にとどまらず美容面にも悪影響を及ぼすことが各分野から報告されている。このようなストレスとしては、熱を受けることによる熱ストレスや、農薬や溶剤等の化学薬品に接触・吸収することによる薬剤ストレスなどが挙げられる。
【0003】
他方、薬剤ストレスを産業的に利用するという観点から、害虫にストレスを与えてその活動力を低下させるという殺虫剤が挙げられる。このような殺虫剤の開発においては、その有効性確認のために、生きた実験用動物を使用しての生死判定による生物検定が用いられているところ、動物愛護の点から指摘があることや、生物検定の結果が判明するまでには数日以上という長期間を要するという課題がある。
【0004】
ストレスに関連する分野は、ストレス過多である現代社会において今後大きく発展する可能性を秘めている。例えば、手軽にストレスが緩和されるような機能性食品やサプリメントは、需要者の潜在的なニーズが高いものである。
【0005】
このようなストレス関連分野の従来技術としては、例えば、イネにおけるWRKY45遺伝子の応答性を明らかにすることで、病害ストレス及び病害抵抗性誘導剤に対する応答性を示す核酸構築物が知られている(特許文献1参照)。
【0006】
この他にも、例えば、植物の非生物的ストレス因子に対する耐性を向上させる化合物を見出す方法であって、個々の植物内在性遺伝子または複数の植物内在性遺伝子の転写または発現の増加を誘導の証拠とみなす方法が知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012-235774号公報
【特許文献2】特表2009-517415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、従来のストレスに対する遺伝子学的なアプローチは、上記の特許文献1や特許文献2のように植物を対象として植物の育成向上を目的としたものにとどまっており、ストレス定量に特化した遺伝子改変植物を開発した発明ではない。さらに、動物や昆虫に利用可能なものではない。このため、動物を対象として、例えば、殺虫剤、機能性食品、サプリメント等のストレスに関連する分野に応用可能な汎用性の高いものは知られていない。仮に、植物ではなく昆虫を使って、ストレス応答を遺伝子の発現で評価できるような遺伝子改変昆虫があれば、幅広いストレス関連分野に適用できると考えられるが、そのような有用な遺伝子改変昆虫は現在のところ知られていない。
【0009】
本発明は前記課題を解決するためになされたものであり、ストレス度を定量的に分析可能な遺伝子改変昆虫、その製造方法、およびその用途の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意研究の結果、個体死を齎す強度のストレスによって特異的に発現上昇する特定の遺伝子を見出し、当該遺伝子の下流にレポーター遺伝子を挿入した組替えDNAを遺伝子導入した昆虫を新たに作成したところ、当該昆虫を用いることで優れたストレス評価を行えることを見出した。さらに、本発明者は、このような遺伝子改変昆虫を簡便に得る手法も見出した。
【0011】
かくして、本発明に従えば、Phaedra1遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子が導入されたことを特徴とする遺伝子改変昆虫が提供される。Phaedra1に着目した理由は、昆虫の幼虫に熱または薬剤による致死的なストレスを付与し、当該幼虫全身からRNAを抽出し、定量的RT-PCR法によってストレス付与後のPhaedra1遺伝子発現レベルを定量すると、少なくとも4倍以上は上昇する事実を確認したからである。また、この新たな知見により、昆虫の幼虫に熱または薬剤によるストレスを付与し、当該幼虫全身からRNAを抽出し、ストレス付与後の発現が少なくとも4倍上昇する特異的な遺伝子を同定する同定工程と、当該遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子を導入する導入工程と、を含む遺伝子改変昆虫の製造方法も提供される。また、これらの遺伝子改変昆虫にストレスを与え、当該ストレスの度合いをレポーター遺伝子の発現に基づいて分析するストレス分析方法も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る遺伝子改変昆虫の遺伝子構造を示す。
【
図2】本発明の第2の実施形態に係るストレス評価方法のフローチャートを示す。
【
図3】実施例1におけるストレス付与後のショウジョウバエ幼虫体内でのPhaedra1遺伝子発現の実験結果を示す。
【
図4】実施例3における遺伝子改変昆虫の幼虫に熱ストレスおよび化学ストレスを与えてGFP蛍光を観察した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(第1の実施形態)
本発明に係る第1の実施形態に係る遺伝子改変昆虫は、Phaedra1遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子が導入されたものである。
【0014】
Phaedra1遺伝子とは、ストレスに対する特異的な発現上昇が本発明者により新たに見出された遺伝子であり、従来では、蛋白質分解酵素(セリン型プロテアーゼ)様のタンパク質をコードした遺伝子であること以外は知られていない遺伝子である。
【0015】
本実施形態に係る遺伝子改変昆虫は、例えば、Phaedra1遺伝子のプロモータの下流に標的プロモータをUASとするGAL4転写調節因子を遺伝子導入すると共に、当該標的プロモータの下流にレポーター遺伝子を導入した昆虫と遺伝的交配を行うことで得られる。
【0016】
レポーター遺伝子としては、特に限定されないが、発光によりストレス強度を視覚的に認識できる点から、蛍光蛋白遺伝子を用いることが好ましい。
【0017】
このような蛍光蛋白遺伝子としては、特に限定されないが、GFP(Green fluorescent protein)遺伝子、EGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)遺伝子、RFP(Red fluorescent protein)遺伝子、およびこれらを改変した遺伝子からなる群から選択される遺伝子を用いることが可能であり、目的に応じて適宜選択することができる。この種の蛍光を発する蛍光蛋白遺伝子の発現(発光)により視覚的、もしくは、蛍光強度を定量することによって評価が可能となる。
【0018】
本実施形態に係る遺伝子改変昆虫に用いられている昆虫としては、特に限定されないが、取り扱いの容易さから、例えば、ショウジョウバエを用いることができる。
【0019】
例えば、Gal4エンハンサートラップ法に基づき、Phaedra1遺伝子のプロモータの下流にGal4転写調節因子を遺伝子導入したショウジョウバエを作成し、当該昆虫と既存のUAS-各種レポーター遺伝子を持つ昆虫とを、いずれか一方を雄として他方を雌として交配させることができる。これにより、F1世代でPhaedra1遺伝子のプロモータの下流遺伝子に様々なレポーター遺伝子を有する、ストレス特異的にGal4転写調節因子の発現が高められた遺伝子改変昆虫を得ることができる。
【0020】
Phaedra1遺伝子の構造を解析したところ、転写開始点上流の大凡0.6kbp領域に転写調節領域が存在することが判明している(後述の実施例参照)。これにより、例えば、
図1(a)に示すように、これらとUAS-GFP系統と掛け合わせることによって、Phaedra1プロモーター活性を高感度に測定できるショウジョウバエ系統が作成可能となる。
【0021】
この他にも、例えば、
図1(b)に示すように、Phaedra1コーディング領域のC末端にGAL4転写調節因子(Gal4.2遺伝子)を挿入することも可能である。このように、GAL4転写調節因子(Gal4.2遺伝子)を、目的や用途に応じて、Phaedra1コーディング領域のN末端またはC末端のいずれに対しても挿入することが可能である。
【0022】
なお、
図1中の略号は、以下の遺伝子を示しており、これらは特に限定されないが、目的や用途に応じて技術的に挿入可能な遺伝子の一例である。
1 x HA: one hemagglutinin tag
T2A: Thosea asigna 2A peptide
loxP: locus of X-over P1
HSP70 3’UTR: heat shock protein70 3’-untranslated region
3x3P: eye-specific promoter
RFP:red fluorescent protein
【0023】
例えば、
図1(b)に示される1 x HAおよびT2Aは、翻訳されてタンパク質となった後に、Phaedra1遺伝子とGAL4転写調節因子とを自動的に分離して独立な構成とするものである。これにより、GAL4転写調節因子がPhaedra1遺伝子とは独立して単独でUASを検索できることになり、より安定的にGAL4転写調節因子が標的プロモータのUASを検索することを可能とするものである。このような付随的な機能については、この他にも公知のものを目的や用途に応じて様々に組み合わせて挿入することが可能である。
【0024】
この遺伝子改変昆虫に外部からストレスを与えることで、当該ストレスの度合いをレポーター遺伝子の発現に基づいて分析するという新たなストレス分析方法が実現される。ストレスとしては、特に限定されないが、熱または薬剤によるストレスが挙げられる。
【0025】
レポーター遺伝子の発現を分析する対象は、遺伝子改変昆虫の全身とすることができるが、この他にも、遺伝子改変昆虫の一部分を対象とすることもできる。例えば、遺伝子改変昆虫が、レポーター遺伝子としてGFPが導入されたショウジョウバエである場合には、ショウジョウバエの脳や脂肪体(ヒトの肝臓に相当する臓器)の部分を取り出して、発光の度合いを確認することができ、これらの部分では、発光の度合いが比較的確認されやすいケースが多く効率的な評価が可能となる。
【0026】
また、GAL4転写調節因子の作用部位を適宜選択することによって、例えば、ストレスを受けたショウジョウバエが眼球の部位にのみ発光すること等でより視認しやすいストレス評価が可能となる。この他にも脳や脂肪体等に特異的に発現させることが可能となり、視覚的に捉えやすい様々なストレス評価が可能となる。
【0027】
各種レポーター遺伝子を利用できることから、Phaedra1遺伝子のプロモータの下流遺伝子にGAL4転写調節因子を有する本実施形態に係る遺伝子改変昆虫は、汎用性および利便性が高く、ストレスを評価するに際して強力かつ便利なツールとなる。
【0028】
その用途としては、本実施形態に係る遺伝子改変昆虫を新規殺虫剤等の分析試験に用いることが挙げられ、短時間でその殺虫性の効果を計測することが可能となる。従来の殺虫剤開発においては、実験生物を使った生死判定による生物検定が用いられているため、数日から数週間の分析時間を要していたが、本実施形態に係る遺伝子改変昆虫を用いることでその分析が数時間で完了することが可能となる。
【0029】
さらに、本実施形態に係る遺伝子改変昆虫は、輸入食品等の安全性試験の用途にも利用可能であり、輸入食品等を本発明に係る遺伝子改変昆虫に投与して、蛍光強度を測定することで、遺伝子改変昆虫が受けたストレスが分析され、輸入食品等の安全性を確認することが可能となる。
【0030】
さらに、本実施形態に係る遺伝子改変昆虫は、その用途は多岐にわたり、例えば、新規殺虫剤の開発や抗ストレス(ストレス緩和)活性のある機能性食品・サプリメントの開発にも応用できる。すなわち、対象となる機能性食品やサプリメントを本実施形態に係る遺伝子改変昆虫に投与することで、ストレス抑制効果を定量的に分析することが可能となる。このようなストレス抑制効果を定量的に分析できる技術はこれまでのところ見当たらないものである。すなわち、従来、存在しなかったストレス度を測るリトマス試験紙のような役割を果たすことが可能となる。このように抗ストレス活性が極めて簡易に確認できることによって、例えば、ストレス症状の軽減、ストレス症状の緩和、ストレス症状の予防、ストレス症状の回復、ストレスにより亢進した精神状態の安定化等の各種の効果を発揮する機能性食品やサプリメントの製造が実現される。
【0031】
(第2の実施形態)
本発明者は、Phaedra1遺伝子を同定した新たな手法に基づいて、第1の実施形態に記載されたようなストレス評価可能な遺伝子改変昆虫を製造するための方法を見出している。すなわち、第2の実施形態としては、遺伝子改変昆虫の製造方法に関して、昆虫の幼虫に熱または薬剤によるストレスを付与し、当該幼虫全身からRNAを抽出し、ストレス付与後の発現が少なくとも4倍上昇する特異的な遺伝子を同定する同定工程と、当該遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子を導入する導入工程と、を含むものである。
【0032】
【0033】
(同定工程:S1)
まず、昆虫の幼虫に熱または薬剤によるストレスを付与する(S11)。
【0034】
被検対象となる昆虫の幼虫の種類は、特に限定されない。これにより、ストレスに特異的に発現する様々な遺伝子が幅広く同定され得る。付与するストレスとしては、例えば、昆虫の幼虫に対して、高温に加熱した蒸気を与えることや、農薬等の薬剤を散布することが挙げられる。
【0035】
次に、当該幼虫全身からRNAを抽出する(S12)。
【0036】
当該幼虫全身からRNAを抽出する方法は、特に限定されないが、例えば、当該幼虫全身から取り出した細胞を強力なタンパク質変性剤を含む水溶液中で溶かし、フェノール/クロロホルム抽出によってタンパク質を沈殿させて、溶液を酸性にすることにより、水層に層分離されたRNAを抽出することができる。なお、RNA抽出については、幼虫の全身からのRNA抽出に限定されるものではなく、幼虫の体の一部からRNAを抽出することも可能である。
【0037】
次に、ストレス付与後の発現が少なくとも4倍上昇する遺伝子が存在するか確認する(S13)。ストレス付与後の発現が少なくとも4倍上昇する特異的な遺伝子を同定するという当該指標値は、本発明者が上述のPhaedra1遺伝子を見出した際に得た新たな知見に基づくものである。特に限定されないが、評価の安定性の観点から、ストレス付与から4時間経過後に発現上昇を確認することが好ましい(後述の実施例参照)。
【0038】
すなわち、上述のPhaedra1遺伝子では、ショウジョウバエのほぼ全ての組織で発現している遺伝子であるが、非ストレス下では発現レベルは低い状態となっている。ショウジョウバエの組織によって、ストレスによる発現レベルの上昇率は異なるが、例えば、幼虫全身からRNAを抽出して比較した場合、高温あるいは薬剤を与えることによる致死的ストレスによる上昇率は4から5倍に達する。このレベル以上に高まるストレスによって、ストレス後48時間(2日)以上生存する幼虫はいないことが確認されている(後述の実施例参照)。
【0039】
上記確認された遺伝子をストレスに特異的な遺伝子と同定する(S14)。ここでは、この特異的な遺伝子を“致死ストレス遺伝子”ともいう。
【0040】
(導入工程:S2)
次に、致死ストレス遺伝子のプロモータの下流遺伝子にレポーター遺伝子を導入する(S2)。
【0041】
レポーター遺伝子としては、上記第1の実施形態と同様に、特に限定されないが、発光によりストレス強度を視覚的に認識できる点から、蛍光蛋白遺伝子を用いることが好ましく、例えば、GFP(Green Fluorescent Protein)遺伝子、EGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)遺伝子、RFP(Red Fluorescent Protein)遺伝子、およびこれらを改変した遺伝子からなる群から選択される遺伝子を用いることが可能であり、目的に応じて適宜選択することができる。この種の蛍光を発する蛍光蛋白遺伝子の発現(発光)により視覚的に評価が可能となる。
【0042】
上記第1の実施形態に係る遺伝子改変昆虫と同様に、致死ストレス遺伝子プロモーターの下流にレポーター遺伝子を連結し、その遺伝子を導入した改変昆虫は、迅速かつ容易にストレスの度合いが致死的であるかどうかを測定し得る昆虫となり、これらの遺伝子改変昆虫は広範な分野への応用が可能となる。
【0043】
このように、致死的ストレス特異的に発現(転写)レベルが上昇する遺伝子を同定し、その転写調節領域を特定し、この転写調節領域下流にGFP等のレポーター遺伝子を導入した遺伝子を昆虫に導入することで、新たな遺伝形質転換系統が形成された遺伝子改変昆虫が得られる。
【0044】
例えば、得られた遺伝子改変昆虫が、致死ストレス遺伝子の発現がストレスの度合いに応じて示される場合には、レポーター遺伝子にGFP遺伝子を用いることで、発光強度の強弱に応じてストレスの度合いが示されることになり、ストレスの程度が致死的か否かの二択ではなくストレスの強弱の程度を多段階で評価することが可能となる。このため、周知となっている致死ストレス遺伝子に対しても、本実施形態に係る遺伝子改変昆虫の製造方法を適用することで、多段階のストレス評価等、新たなストレス評価の利用が可能となり得る。
【0045】
以下に、本発明の特徴をさらに具体的に示すために実施例を記すが、本発明は以下の実施例によって制限されるものではない。
【0046】
(実施例1)
ストレス特異的発現上昇遺伝子の同定
ストレス特異的に発現上昇する遺伝子を同定するため、ショウジョウバエ幼虫に致死的ストレスとして44℃の高温を1時間与えた。
【0047】
次に、野生型ショウジョウバエに対して、2種類の熱ストレスを与えた。すなわち、野生型ショウジョウバエに、致死的ストレス(44℃、1時間)と、マイルドな亜致死ストレス(37℃、1時間)を与えた。その後のショウジョウバエ幼虫体内でのPhaedra1遺伝子の発現を確認した。得られた結果を
図3に示す。Phaedra1遺伝子は、致死的ストレスを受けてから4時間後に5倍の上昇を示したが、亜致死ストレスを受けた後は、2倍弱の上昇後、降下に転じることが明らかになった。したがって、Phaedra1遺伝子は致死的ストレスに対して特異的発現上昇を示す遺伝子であることが確認された。
【0048】
(実施例2)
遺伝子改変昆虫(センサーショウジョウバエ)の作出
Phaedra1遺伝子の構造を解析した結果、転写開始点上流の大凡0.6kbp領域に転写調節領域が存在することが判明した。上述の
図1で示したように、CRISPRテクニックを用いて、Phaedra1コーディング領域のC末端にGAL4転写調節因子(Gal4.2遺伝子)を挿入した。これらとUAS-GFP系統と掛け合わせた。
【0049】
Gal4エンハンサートラップ法に基づき、
図1(b)のようなGal4.2を導入したトラップコンストラクト(ドナーベクター)を作成し、こうした所望のDNA配列をCRISPRテクニックを用いて遺伝的にショウジョウバエのゲノムに導入することによって、Phaedra1遺伝子の下流にGal4遺伝子を有するショウジョウバエGal4系統を確立した。Gal4遺伝子産物はUAS塩基配列を特異的に認識・活性化する転写調節因子である為、Gal4ショウジョウバエ系統とUAS-レポーター遺伝子を有するショウジョウバエ系統とをそれぞれ雌雄どちらかに設定し、交配させることによってそのF1世代はPhaedra1遺伝子プロモーター活性依存的にレポーター遺伝子を発現するショウジョウバエ系統を作出した。本実施例で使用したプロモーター活性領域の塩基配列を配列番号1に示す。また、本実施例で使用したプロモーター活性領域とその下流に接続されたPhaedra1遺伝子領域の塩基配列の塩基配列を配列番号2に示す。
【0050】
(1)UAS-レポーター遺伝子ショウジョウバエ系統
UAS-GFPショウジョウバエ系統は最も一般的な蛍光レポーター遺伝子をもつ系統であるが、この他にもUAS-EGFP, UAS-RFP系統など様々なUAS-蛍光レポーター遺伝子ショウジョウバエ系統(勿論、UAS-非蛍光レポーター遺伝子ショウジョウバエ系統)が既に作成されており、しかも、これらの多くは国内外のショウジョウバエ系統ストックセンターから(有償で)入手可能となっている。従って、Phaedra1のような致死的遺伝子-Gal4系統があれば、様々なレポーター遺伝子をそれら致死的遺伝子プロモーター活性依存的に発現させる事が可能となる。
【0051】
以上の手順によってPhaedra1プロモーター活性を高感度に測定できるショウジョウバエ系統を作成した。
【0052】
(実施例3)
遺伝子改変昆虫(センサーショウジョウバエ)を用いた分析
上記で得られた遺伝子改変昆虫(センサーショウジョウバエ)の幼虫に熱ストレスと化学ストレス(除草剤成分パラコート)を与えてGFP蛍光を観察した結果を
図4に示す。
図4では、蛍光部分を定量した結果のグラフも併せて示す。得られた結果から、対照となるコントロールハエでは、僅かの(自家)蛍光が、熱ストレスおよび化学ストレス供与後、約4時間後には顕著に蛍光強度が上昇することが確認できた。これにより、遺伝子改変昆虫(センサーショウジョウバエ)は、熱ストレスおよび化学ストレスのいずれに対しても、極めて短時間でストレスを評価できるという感応性の高い優れたセンサーとして機能することが確認された。
【0053】
このことから、上記の遺伝子改変昆虫(センサーショウジョウバエ)を用いて、抗ストレス(ストレス緩和)効果を有する機能性食品・サプリメントの開発に利用することが可能となる。すなわち、上記の遺伝子改変昆虫に予め抗ストレス(ストレス緩和)効果が期待できるサンプルを経口投与させて、その後に致死的熱ストレスを与えて4から6時間後に発生する蛍光強度を計測し、対照区に比べて蛍光強度が低ければ、サンプルにおいて期待される抗ストレス効果があると判断することができ、抗ストレス効果の有無を短時間で評価することが可能となる。
【配列表】