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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022095056
(43)【公開日】2022-06-28
(54)【発明の名称】牛由来培養細胞の作出方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/88 20060101AFI20220621BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20220621BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20220621BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220621BHJP
【FI】
C12N15/88 Z
C12N5/071
C12P21/00 C
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020208145
(22)【出願日】2020-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】塩川 舞
(72)【発明者】
【氏名】三浦 亮太朗
(72)【発明者】
【氏名】青木 博史
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC15
4B064CC24
4B064CE03
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BA05
4B065BA06
4B065BB03
4B065BB12
4B065BB25
4B065BB37
4B065BC03
4B065BC07
4B065BD15
4B065BD45
4B065CA24
(57)【要約】
【課題】リポフェクション法による遺伝子導入効率が著しく低いことが知られている牛由来の培養細胞において、リポフェクション法による高い遺伝子導入効率を有する牛由来培養細胞の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の牛初代培養細胞の製造方法は、牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を調製する工程、及び前記細胞懸濁液中に含まれる細胞の継代を、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞が二倍~七倍に拡張するのに必要な間隔で、繰り返す工程を含む。本発明の牛株化細胞の製造方法)は、前記牛初代培養細胞を不死化する工程を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を用いて細胞の継代を繰り返す際に、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞とそれ以外の細胞との増殖速度の違いを利用して間葉系間質細胞の占有率を上げることを特徴とする、牛初代培養細胞の製造方法。
【請求項2】
牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を調製する工程、及び
前記細胞懸濁液中に含まれる細胞の継代を、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞が二倍~七倍に拡張するのに必要な間隔で、繰り返す工程、
を含む、請求項1に記載の牛初代培養細胞の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法で得られた前記牛初代培養細胞を不死化する工程を含む、牛株化細胞の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法により得られた牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞または牛子宮内膜由来間葉系間質株化細胞。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法により得られた細胞を用いる、リポフェクション法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法により得られた細胞を用いる、外来タンパク質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い外来遺伝子導入効率を有する牛由来培養細胞の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
培養細胞に外来遺伝子を導入する方法は、生物学的手法、物理的手法、化学的手法の3つに大別される[非特許文献1]。生物学的手法はウイルスベクターを用いた遺伝子導入を指し、物理学的手法はエレクトロポレーションによる遺伝子導入を指す。いずれの方法も、至適な条件であれば効率よく遺伝子導入できるが、使用について考慮しなくてはならない点も多い。例えば、ウイルスベクターの作製は病原体の取扱いに該当するため、その取扱いについては、施設・設備の準備や病原体取扱い技術の習熟など、ハード・ソフト面ともに十分な準備が必要である。エレクトロポレーションは、電気刺激によって遺伝子を細胞内に導入するため、細胞に対する侵襲性が高い。実験に使用する細胞の多くが死んでしまうこともあり、その後の結果に大きく影響する可能性がある。また、エレクトロポレーションを行うためには、高額な機械を所持していなくてはならないため、その利用には制限が伴う。
【0003】
これらのデメリットを回避できる遺伝子導入方法が、化学的手法に分類されるリポフェクション法である。両親媒性のリポソームやポリマーと導入したい遺伝子を反応させ、その複合体を標的細胞の取り込み機構によって細胞内に導入する方法である[非特許文献2]。この方法が開発されたことで、幅広い細胞種に外来遺伝子を導入することが可能になった。リポフェクション法は、特別な機械を必要とすることなく簡単にできる遺伝子導入方法であることから、世界中に普及している。また、需要の増大に伴ってリポフェクション試薬の種類も増えている。試薬の開発が進んだことによって、さらに効率良く、細胞毒性も軽減した上で外来遺伝子を導入できるようになっている。
【0004】
しかし、全ての培養細胞に外来遺伝子を効率良く導入できるようになったわけではない。未だに遺伝子導入が困難な培養細胞が存在しているのも事実である。牛に由来する培養細胞は、リポフェクション法による遺伝子導入効率が著しく低いことが知られている[非特許文献3,4]。特に、牛由来培養細胞の中でもよく知られ、多くの研究者・技術者が検査や研究に使用する牛腎由来株化MDBK(Mardin-Darby Bovine Kidney)細胞は[非特許文献5]、リポフェクション法による遺伝子導入が極めて困難である。そのため、多くの研究者が遺伝導入実験だけは、遺伝子導入が可能な別の動物由来の細胞種に変更して行うなどの代替措置をとることで対応していた。従って、牛における生物反応を正確に反映しているか疑念がぬぐえないまま実験を行わざるを得ない状況であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kim, T. K. & Eberwine, J. H. Mammalian cell transfection: the present and the future. Anal. Bioanal. Chem. 397, 3173-8 (2010) https://doi.org/10.1007/s00216-010-3821-6
【非特許文献2】Felgner, P. L. et al. Lipofection : A highly efficient, lipid-mediated DNA-transfection procedure. Proc. Natl. Acad. Sci. 84, 7413-7417 (1987). https://doi.org/10.1073/pnas.84.21.7413
【非特許文献3】Hyder, I., Eghbalsaied, S. & Kues, W. A. Systematic optimization of square-wave electroporation conditions for bovine primary fibroblasts. BMC Mol. Cell. Biol. 21:9 (2020). https://doi.org/10.1186/s12860-020-00254-5
【非特許文献4】Osorio, J. S. & Bionaz, M. Plasmid transfection in bovine cells: Optimization using a realtime monitoring of green fluorescent protein and effect on gene reporter assay. Gene. 30, 200-208 (2017). https://doi.org/10.1016/j.gene.2017.05.025
【非特許文献5】Mardin, S. H. & Darby Jr, N. B. Established kidney cell lines of normal adult bovine and ovine origin. Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 98, 574-6 (1958). https://doi.org/10.3181/00379727-98-24111
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の課題は、リポフェクション法による遺伝子導入効率が著しく低いことが知られている牛由来の培養細胞において、リポフェクション法による高い遺伝子導入効率を有する牛由来培養細胞の製造方法(作出方法)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題は、以下の本発明により解決することができる:
[1]牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を用いて細胞の継代を繰り返す際に、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞とそれ以外の細胞との増殖速度の違いを利用して間葉系間質細胞の占有率を上げることを特徴とする、牛初代培養細胞の製造方法。
[2]牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を調製する工程、及び
前記細胞懸濁液中に含まれる細胞の継代を、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞が二倍~七倍に拡張するのに必要な間隔で、繰り返す工程、
を含む、[1]の牛初代培養細胞の製造方法。
[3][1]又は[2]の製造方法で得られた前記牛初代培養細胞を不死化する工程を含む、牛株化細胞の製造方法。
[4][1]~[3]のいずれかの製造方法により得られた牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞または牛子宮内膜由来間葉系間質株化細胞。
[5][1]~[3]のいずれかの製造方法により得られた細胞を用いる、リポフェクション法。
[6][1]~[3]のいずれかの製造方法により得られた細胞を用いる、外来タンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、これまで困難だったリポフェクション法による牛由来培養細胞への遺伝子導入を可能にする。また、材料となる子宮内膜は牛を殺すことなく、繰り返し採材することが可能であり、必要な組織量もわずかで良いため、採材時に作業者および牛にかかる負担が少ない。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】試験例1で行った牛各種組織由来初代培養細胞のリポフェクション法による遺伝子導入効率の評価結果を示すグラフ(折れ線グラフ:細胞生存率、棒グラフ:陽性細胞率)及び蛍光顕微鏡像である。
図2】(A)は、実施例3において牛子宮内膜由来初代培養細胞を2種類の細胞集団に分離し、それぞれの細胞種を決定した結果を示す顕微鏡像である。(B)は、図2(A)で分離した二種類の細胞集団を用いて、試験例2で行ったリポフェクション法による遺伝子導入効率の評価結果を示すグラフである。(C)は、試験例2で行った、子宮内膜組織の採取時期が異なる二種類のBEms細胞における遺伝子導入効率の評価結果を示すグラフである。
図3】試験例3において、市販の9種類のリポフェクション試薬を用いて、MDBK細胞(図3の上段)、BEms細胞(図3の中段)、iBEms細胞(図3の下段)に対して遺伝子導入実験を行った結果を示すグラフである。
図4】試験例4において、BEms細胞及びiBEms細胞のウイルスに対する感受性を検討した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において「初代培養細胞」とは、生体から採取した組織や細胞を播種して培養した細胞であって、数継代以内のものと定義する。前記の継代数は、採取した生体の細胞と同様の挙動を示すことが期待できる程度の回数であれば、特に限定されるものではないが、典型的には継代数が0~15であり、好ましくは0~10である。
なお、厳密な意味での「初代培養細胞」、すなわち、最初に播種して継代操作を行う前の培養細胞は、本明細書においては「初代培養細胞(継代数0、P.0)」(P.は継代(passage)の略)と称する。
【0011】
(本発明の牛初代培養細胞の製造方法)
本発明の牛初代培養細胞の製造方法(以下、本発明の第一の製造方法と称することがある)は、牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を用いて細胞の継代を繰り返す際に、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞とそれ以外の細胞との増殖速度の違いを利用して間葉系間質細胞の占有率を上げることを特徴とする。
本発明の第一の製造方法は、より具体的には、
牛子宮内膜由来の細胞懸濁液、又は、牛子宮内膜由来初代培養細胞の細胞懸濁液を調製する工程(細胞懸濁液調製工程)、及び
前記細胞懸濁液中に含まれる細胞の継代を、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞が二倍~七倍に拡張するのに必要な間隔で、繰り返す工程(継代工程)、
を含む。
【0012】
本発明の第一の製造方法によれば、リポフェクション法による遺伝子導入効率が著しく低いことが知られている牛由来の培養細胞であっても、リポフェクション法に適した牛初代培養細胞、すなわち、リポフェクション法による高い遺伝子導入効率を達成できる牛初代培養細胞を作出することができる。
本発明者らは、後述する実施例に示すように、牛の各種組織(子宮内膜、精巣、線維芽、胎児筋肉)の中でも、牛子宮内膜由来の初代培養細胞が圧倒的に高い遺伝子導入効率を示すことを見出した(試験例1)。更に、本発明者らは、前記初代培養細胞は間葉系間質細胞と上皮系細胞とが混在しているが、両細胞の増殖速度の違い、又は寿命の違いに着目することでこれらの細胞集団を互いに分離することに成功し(実施例3)、上皮系細胞と比べて、間葉系間質細胞の方がリポフェクション法に圧倒的に適していることを見出した(試験例2)。本発明の第一の製造方法により得られるリポフェクション法に適した牛初代培養細胞は、牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞である。
本発明の第一の製造方法は、このような知見に基づくものである。
【0013】
本発明の第一の製造方法における細胞懸濁液調製工程では、牛から採取した子宮内膜組織、あるいは、前記子宮内膜組織から予め作出した牛初代培養細胞を用いて細胞懸濁液を調製する。
子宮内膜組織を用いる場合には、例えば、採取した子宮内膜組織を洗浄した後、トリプシン処理により組織を充分に破砕し、培養液に懸濁することにより細胞懸濁液を調製することができる。
牛初代培養細胞(好ましくは初代培養細胞(継代数0、P.0))を用いる場合には、例えば、子宮内膜組織から調製した細胞懸濁液を播種・培養して得られた牛初代培養細胞の細胞表面を洗浄した後、トリプシン処理により細胞を消化し、培養液に懸濁することにより細胞懸濁液を調製することができる。
本発明の第一の製造方法では、いずれの細胞懸濁液であっても、懸濁液中の細胞数や培養容器の大きさ等を適宜選択することにより、次の継代工程に用いることができるが、速やかに継代を開始できることから、コンフルエントにまで達している牛初代培養細胞の懸濁液を用いることが好ましい。
【0014】
本発明の第一の製造方法における継代工程では、前記細胞懸濁液中に含まれる細胞の継代を、前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞が二倍~七倍、好ましくは二倍~四倍、特に好ましくは三倍~四倍に拡張するのに必要な間隔で、繰り返す。
前記細胞懸濁液中に含まれる間葉系間質細胞は、典型的には約4~5日で三倍に増殖する(三倍拡張)。一方、前記細胞懸濁液中に含まれる上皮系細胞は、三倍に増殖するのに少なくとも10日以上を要する。約4~5日間隔で継代を繰り返すと、間葉系間質細胞は充分に増殖できるが、上皮系細胞はゆっくりとしか増殖できないため、間葉系間質細胞が主要構成を占めるようになり、間葉系間質細胞と上皮系細胞とを分離することができる。
一方、少なくとも10日以上の間隔で継代を繰り返すと、間葉系間質細胞はコンフルエントに達してもそのまま放置されるため、増殖が止まるか、細胞数が減少するが、上皮系細胞はコンフルエントに達したところで継代されるため、上皮系細胞が主要構成を占めるようになり、上皮系細胞と間葉系間質細胞とを分離することができる。
【0015】
間葉系間質細胞と上皮系細胞との分離は、前記の継代を、例えば、1回~3回繰り返すことにより実施することができる。間葉系間質細胞の分離とは、リポフェクション法による遺伝子導入が充分に高い効率で達成できれば特に限定されるものではないが、全細胞に占める間葉系間質細胞の割合(占有率、存在比率)が典型的には70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上であることを意味する。
【0016】
分離後の間葉系間質細胞は、基本的に4~5日間隔で二倍から四倍拡張の継代を行う。ただし、継代歴が少ない場合(P.1~5)は細胞の増殖が活発であるため、4日間隔で三倍から四倍拡張の継代でも十分に維持できる。継代歴が増えて細胞の増殖速度が低下した場合(P.6以降)には、5~7日間隔で三倍拡張の継代を行う場合もある。上皮系細胞の増殖が優位になり細胞全体において上皮細胞が占める割合が高くなることを避けるため、細胞の継代歴にかかわらず、継代の間隔は長くとも7日以内とする。
分離後の上皮系細胞は、10日以上の間隔で三倍から四倍拡張の継代を行う。上皮系細胞の増殖は継代数にかかわらず遅いため、10日以上の間隔をあけて継代するとよい。
以上、典型的な態様である二倍から四倍拡張、又は三倍から四倍拡張の継代を例にとって本発明の第一の製造方法を説明したが、四倍を超える拡張で継代を実施する場合にも、細胞の状態に応じて、適宜、培養間隔、継代回数を決定することができる。
【0017】
(本発明の牛株化細胞の製造方法)
本発明の牛株化細胞の製造方法(以下、本発明の第二の製造方法と称することがある)は、
本発明の第一の製造方法で得られた前記牛初代培養細胞を不死化する工程(不死化工程)
を含む。
【0018】
本発明の第一の製造方法により得られる牛初代培養細胞は、細胞の寿命(継代数)に限りがあるため、細胞が寿命を迎え、検査や実験に使用できなくなれば再度組織の採材を行い、細胞を作出しなくてはならない。本発明の第二の製造方法によれば、半永久的に継代できる牛株化細胞を提供することができる。
【0019】
本発明の第二の製造方法における不死化工程では、牛初代培養細胞を不死化できる方法であれば、特に限定されるものではなく、それ自体公知の不死化方法を用いることができる。
例えば、不死化遺伝子としてSV(Simian Virus)40のラージT抗原全長を用いて、リポフェクション法により遺伝子導入することにより、牛初代培養細胞を不死化することができる。その他の不死化遺伝子としては、TERT遺伝子(telomerase reverse transcriptase)、特にはhTERT遺伝子(human telomerase reverse transcriptase)、Ras遺伝子、myc遺伝子、HPV E6E7遺伝子(human papillomavirus E6E7)等を挙げることができる。
【0020】
(本発明の牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞または牛子宮内膜由来間葉系間質株化細胞)
本発明には、本発明の第一の製造方法により得られた牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞が含まれる。
また、本発明には、本発明の第二の製造方法により得られた牛子宮内膜由来間葉系間質株化細胞が含まれる。
【0021】
本発明のこれらの細胞(以下、本発明の細胞と称することがある)は、いずれも、リポフェクション法に適しており、リポフェクション法による高い遺伝子導入効率を達成することができる。牛の各種組織の中でも、牛子宮内膜組織に由来する初代培養細胞または株化細胞がリポフェクション法に適していることは、本願発明者らが知る限り、初めての知見であり、更に、牛子宮内膜由来間葉系間質細胞に由来する初代培養細胞または株化細胞がリポフェクション法に適していることも、本願発明者らが知る限り、初めての知見である。
【0022】
また、後述の試験例3に示すように、本発明の細胞のいずれもが、市販されている多くのリポフェクション試薬で効率良く遺伝子導入が可能であり、試薬の種類に依存することなく遺伝子導入が可能である。
更には、後述の試験例4に示すように、本発明の細胞のいずれもが、牛に感染する様々なウイルスに対して感受性を示し、この結果は、これらの細胞を様々な病原体の検査・研究に使用できる可能性を示すものである。
【実施例0023】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0024】
《実施例1:牛子宮内膜組織の採材》
対象となる牛(産次数2.0±1.5、ホルスタイン種)を保定し、直腸越しに子宮内膜採取器を子宮内に挿入し、子宮体部の内膜組織を採取した。
採取した子宮内膜組織は、500mLあたり、硫酸ペニシリンGカリウム100IU/mL、硫酸ストレプトマイシン100μg/mL、硫酸ゲンタマイシン2μg/mL、アンホテリシンB 2μg/mLを加えて調整した、リン酸緩衝生理食塩水(抗生物質入りPBS)に入れて保管をした。
【0025】
《実施例2:牛子宮内膜由来初代培養細胞の作出》
実施例1で得られた牛子宮内膜組織を遠心管に移し入れ、実施例1で調整した抗生物質入りPBSを10mL加えて、遠心分離機で4℃、1000rpm、5分の条件で遠心した。抗生物質入りPBSを吸引除去によって取り除き、子宮内膜組織を抗生物質入りPBSで遠心洗浄した。さらに2回同条件の遠心洗浄を行った。抗生物質入りPBSによる組織の遠心洗浄を全3回行ったあと、抗生物質入りPBSを吸引除去によって取り除き、0.25%トリプシン溶液を5mL追加した。37℃に設定したウォーターバスに、0.25%トリプシン溶液と子宮内膜組織が入った遠心管をセットし、30分加温した。なお、30分加温している間は、10分置きに組織が入った遠心管をウォーターバスから取り出し、軽く振って撹拌した。30分加温したら、0.25%トリプシン溶液を5mL追加し、さらに30分間37℃で加温した。この場合にも10分置きに組織が入った遠心管をウォーターバスから取り出し、軽く振って撹拌した。37℃で計1時間加温したら、イーグル最小必須培地500mLあたり、NaHCO0.1125%、牛胎児血清9%、馬血清1%、L-グルタミン2mmol/L、硫酸ペニシリンGカリウム100IU/mL、硫酸ストレプトマイシン100μg/mL、硫酸ゲンタマイシン2μg/mL、アンホテリシンB 2μg/mLを加えた培養液を20mL追加し、組織を破砕するようによくピペッティングした。4℃、2000rpm、10分の条件で遠心した後に遠心上清を吸除去した。再度培養液を20mL加えて組織を破砕するようによくピペッティングし、4℃、2000rpm、10分の条件で再度遠心した。組織の破砕が不十分な場合は、この作業をもう1度繰り返した。遠心上清を吸引除去し、培養液を15mL加えてピペッティングし、細胞懸濁液とした。この懸濁液を5mLずつ3個の25cm細胞培養用フラスコに分注した。フラスコの蓋を軽く緩めて炭酸ガスインキュベーター(37℃、5%CO)に静置し、開放系培養によって細胞培養を開始した。これらの細胞を牛子宮内膜由来初代培養細胞のPassage No.0(P.0)とした。
【0026】
《試験例1:牛各種組織由来初代培養細胞のリポフェクション法による遺伝子導入効率の評価》
比較例として、牛子宮内膜(bovine endometrium;BE)に代えて、牛精巣(bovine testis;BT)、牛線維芽(bovine fibroblast;BF)、牛胎児筋肉(bovine fetal muscle;BFM)を用いて、実施例1及び2と同様にして、牛各種組織由来の初代培養細胞を作出した。
参考例として、牛腎由来株化MDBK細胞と、リポフェクション法による遺伝子導入効率が高いことで知られているヒト胎児腎由来293T細胞とを用意した。
リポフェクション試薬にはTransFectinTM Lipid Reagent(Bio-Rad社)を使用し、添付のマニュアルに沿ってリポフェクション法による遺伝子導入を実施した。導入する外来遺伝子としてZsGreen1タンパク質を発現する遺伝子を、24穴細胞培養プレートの1ウェルあたり250ngの量で使用した。前記遺伝子が細胞内に導入されると、緑色蛍光タンパク質を発現する。
【0027】
遺伝子導入の48時間後に細胞生存率の測定(図1の折れ線グラフ)と生細胞数およびZsGreen1陽性細胞数のカウントを行った。また、(ZsGreen1陽性細胞数÷生細胞数)×100を計算し、陽性細胞率(図1の棒グラフ)を算出した。結果を図1に示す。
牛精巣(BT)由来初代培養細胞(10.0±6.1%)、牛線維芽(BF)由来初代培養細胞(6.1±3.0%)、牛胎児筋肉(BFM)由来初代培養細胞(2.3±1.7%)、牛腎由来株化MDBK細胞(5.3±1.0%)が低い遺伝子導入効率を示す中で、牛子宮内膜由来初代培養細胞が圧倒的に高い遺伝子導入効率(71.5±4.9%)を有することが分かった。
【0028】
《実施例3:牛子宮内膜由来初代培養細胞の2種類の細胞集団への分離(牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞(BEms細胞)を得るための継代)》
実施例2に示す手順により牛子宮内膜組織から牛子宮内膜由来初代培養細胞(P.0)を作出すると、作出後の早期(継代数が0~3回、P.0~P.3)には培養開始から約7~10日間でコンフルエントに達し、この時は間葉系間質細胞と上皮系細胞とが様々な割合で混在している。
本実施例では、間葉系間質細胞と上皮系細胞の寿命の違いに着目することで、両細胞が混ざっている状態から両者(間葉系間質細胞集団と上皮系細胞集団)を分けることに成功した。間葉系間質細胞は細胞の寿命は短く、増殖速度が速い傾向にあるため、細胞の継代を約4~5日間隔(長くとも1週間以内)で三倍に拡張することで得られた。一方、上皮系細胞は寿命が長く、ゆっくりと増殖する傾向があるため、細胞の継代を少なくとも10日以上の間隔で三倍拡張することで得られた。
以下、具体的手順を示す。
【0029】
牛子宮内膜由来初代培養細胞(P.0)がシートした細胞培養用フラスコから培養上清を吸引除去によって取り除いた。フラスコに5mLのPBSを加えて細胞表面を洗浄した。吸引除去によってPBSを取り除き、0.1%トリプシン溶液を0.5mL加えたら、37℃のインキュベーターに約5~10分間静置して細胞を消化した。消化済みの細胞が入ったフラスコに培養液を5mL追加し、よくピペッティングした。ピペッティングが完了したら全量を遠心管に回収し、4℃、1000rpm、5分の条件で遠心した。遠心上清を吸引除去し、培養液を3mL追加してピペッティングにより培養液と細胞の濃度を均一化し、3mLの細胞懸濁液を作った。4mLの培養液がすでに入った新しい25cm細胞培養用フラスコに、3mLの細胞懸濁液のうちの1mLを加えて、三倍拡張の細胞継代を行った。フラスコの蓋を軽く緩めて炭酸ガスインキュベーターに静置し、開放系培養により細胞培養を開始した。この三倍拡張継代を、一方の牛子宮内膜由来初代培養細胞(グループA)では約4~5日の間隔で実施し、もう一方の牛子宮内膜由来初代培養細胞(グループB)では少なくとも10日以上の間隔で実施した。
【0030】
前記各グループの細胞集団について、抗ビメンチン抗体(ビメンチンは主に間葉系細胞に発現する)及び抗サイトケラチン抗体(サイトケラチンは上皮系細胞で特異的に発現する)を用いた間接蛍光抗体法により分離した細胞種を確認した。結果を図2Aに示す。
三倍拡張の細胞継代を約4~5日の間隔で実施したグループA(図2AにおけるP.10(継代数が10回))では、主要構成となる細胞が抗ビメンチン抗体で蛍光染色される間葉系間質細胞集団であり、一方、三倍拡張の細胞継代を少なくとも10日以上の間隔で実施したグループB(図2AにおけるP.8(継代数が8回))では、主要構成となる細胞が抗サイトケラチン抗体で蛍光染色される上皮系細胞集団であった。
以下の試験例2に示すように、牛子宮内膜由来初代培養細胞であっても、上皮系細胞と比べて、間葉系間質細胞集団の方がリポフェクション法に圧倒的に適しており、リポフェクション法に適した牛子宮内膜由来間葉系間質初代培養細胞をBEms(Bovine endometrium derived mesenchymal stromal)細胞と命名した。
【0031】
《試験例2:牛子宮内膜由来初代培養細胞のリポフェクション法に適した条件の検討》
実施例3で得られた二種類の細胞集団を用いて、試験例1と同条件で、リポフェクション法による遺伝子導入効率を評価した。
また、7頭の牛の発情期及び黄体期に子宮内膜組織を採材して二種類のBEms細胞を作出し、作出した細胞を用いて試験例1と同条件でリポフェクション法による遺伝子導入効率を評価した。
【0032】
異なる二種類の細胞集団における遺伝子導入効率の評価結果を図2Bに、子宮内膜組織の採取時期が異なる二種類のBEms細胞における遺伝子導入効率の評価結果を図2Cに、それぞれ示す。
図2Bに示すとおり、牛子宮内膜由来初代培養細胞であっても、上皮系細胞(遺伝子導入効率:0.34%)と比べて、間葉系間質細胞集団(遺伝子導入効率:71.49%)の方がリポフェクション法に圧倒的に適していた。
また、図2Cに示すとおり、発情期および黄体期の子宮内膜由来細胞のどちらでもリポフェクションによる遺伝子導入が可能であるが、発情期の方がリポフェクションに適した細胞を作出できる可能性が高いこともわかった。
【0033】
《実施例4:人工的に不死化したBEms細胞(iBEms細胞)の作出》
実施例1~3によって作成したBEms細胞を9回継代した細胞(P.9)を使用してBEms細胞を不死化した。BEms細胞(P.9)を、3~5×10個/ウェルの濃度で6穴組織培養プレートに分散して一晩培養した。培養後、細胞がウェルの70~80%シートしていることを確認し、不死化遺伝子の導入実験に使用した。細胞の不死化には、SV(Simian Virus)40のラージT抗原全長とネオマイシン耐性遺伝子を組み込んだプラスミドDNAを使用した。6穴組織培養プレートに70~80%シートした細胞に、2μg/ウェルの条件でプラスミドDNAをリポフェクション法によって導入した。リポフェクション試薬にはTransFectinTM Lipid Reagent(Bio-Rad社)を使用し、添付のマニュアルに沿ってリポフェクション法による遺伝子導入を実施した。リポフェクション法による細胞毒性を低減させるために、遺伝子導入から4~6時間後にPBSによる細胞洗浄を3回行った後に、培養液を2mL追加した。リポフェクション法の実施から2日間培養後に、抗生物質G418硫酸塩溶液(Antibiotic G418 sulfate solution)を200μg/mLの濃度で含有する培養液(G418含培養液とする)に置換した。約1~2週間細胞をさらに培養し、細胞の選択培養を行った。選択培養を行った後、SV40のラージT抗原全長とネオマイシン耐性遺伝子が細胞ゲノムに組み込まれた(と考えられる)細胞のコロニーを得た。複数の細胞コロニーの形成が確認できたら、以下の方法で25cm細胞培養用フラスコに細胞を移した。細胞コロニーが培養された6穴組織培養プレートの培養上清を吸引除去し、2mL/ウェルのPBSで細胞を洗浄した。PBSを吸引除去し、0.1%トリプシン溶液(0.02%EDTA含有)を0.5mL/ウェル加えた後に37℃で約10分間反応させて細胞を消化した。培養液を2mL/ウェル加えてピペッティングした後に、全量を遠心管に回収した。4℃、1000回転、5分の条件で遠心し、細胞と培養上清に分離した。培養上清を吸引除去し、G418含培養液を5mL加えて細胞の濃度が均一になるようにピペッティングした。5mLの細胞浮遊液全量を25cm細胞培養用フラスコに移し入れ、フラスコの蓋を緩めて炭酸ガスインキュベーターに静置し、開放系培養による培養を開始した。この時の細胞をiBEms(immortalized bovine endometrium derived mesenchymal stromal)細胞のP.0とした。その後は、4~6日間隔で6~7倍拡張継代を実施することでiBEms細胞を維持した。iBEms細胞の維持・培養時には常にG418含培養液を使用した。
【0034】
《試験例3:市販のリポフェクション試薬9種類を用いた各細胞の遺伝子導入効率の検討》
表1に示す市販の9種類のリポフェクション試薬を用いて、MDBK細胞(図3の上段)、BEms細胞(図3の中段)、iBEms細胞(図3の下段)に対して遺伝子導入実験を行った。導入遺伝子はZsGreen1タンパク質を発現する遺伝子(24穴細胞培養プレートの1ウェルあたり0.25μg)であり、遺伝子(μg)とリポフェクション試薬(μL)の混合比はいずれの試薬であっても1:3(=導入遺伝子0.25μg:リポフェクション試薬0.75μL)に固定した。混合液は各試薬のマニュアルに沿った反応時間で処理した。遺伝子導入の48時間後に細胞生存率の測定(図3の折れ線グラフ)と生細胞数およびZsGreen1陽性細胞数のカウントを行い、陽性細胞率(棒グラフ)を算出した。結果を図3に示す。
BEms細胞及びiBEms細胞のいずれもが、市販されている多くのリポフェクション試薬で効率良く(>50%)遺伝子導入可能であり、試薬の種類に依存することなく遺伝子導入できることが明らかになった。
【0035】
【表1】
【0036】
《試験例4:BEms細胞及びiBEms細胞のウイルスに対する感受性の検討》
牛に感染する4種類のウイルス(牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)、ボーダー病ウイルス(BDV)、牛エンテロウイルス(BEV)、牛コロナウイルス1型(BoHV-1))をBEms細胞、iBEms細胞、MDBK細胞に同条件で接種した。BVDVとBDVは感染から4日目に、BEVとBoHV-1は感染から3日目に培養上清を回収し、培養上清中に含まれるウイルス力価を測定した。結果を図4に示す。
図4に示すように、BEms細胞及びiBEms細胞のいずれもが、牛に感染する様々なウイルスに対して感受性を示した。この結果は、これらの細胞を様々な病原体の検査・研究に使用できる可能性を示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明を利用できる産業分野として、以下に限定されるものではないが、例えば、畜産農業に関する検査・研究、動物用医薬品の開発・製造、畜産領域や獣医療領域の検査・基礎研究、細胞生物学領域の基礎研究、ヒト及び動物用研究試薬メーカーの製品開発・製造、細胞バンク、生物資源分譲メーカーが挙げられる。
図1
図2
図3
図4