(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022095232
(43)【公開日】2022-06-28
(54)【発明の名称】カカオ豆菓子及びカカオティー用外皮の製造方法ならびにカカオ豆の処理方法
(51)【国際特許分類】
A23G 1/02 20060101AFI20220621BHJP
【FI】
A23G1/02
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020208428
(22)【出願日】2020-12-16
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-08-11
(71)【出願人】
【識別番号】520496981
【氏名又は名称】松室 和海
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(72)【発明者】
【氏名】松室 和海
【テーマコード(参考)】
4B014
【Fターム(参考)】
4B014GG06
4B014GL10
4B014GP14
4B014GP27
4B014GY03
(57)【要約】
【課題】外皮を有するホール状のカカオ豆を、菌の残存のリスクが少なく良好な食感と風味を有する新規な菓子製品とすることができる製法を提供する。
【解決手段】外皮を有するカカオ豆を加圧水蒸気で蒸し、蒸気を排気しながら焙煎し、次いで乾燥下で焙煎し、得られたカカオ豆を水に浸漬させ沸騰させ煮汁を捨て、次いで糖類含有水中で沸騰及び放冷して糖類を豆中に浸漬させることを含む方法によりカカオ豆菓子を製造する。上記乾燥下での焙煎後のカカオ豆から外皮を回収してカカオティー用外皮とすることもできる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外皮を有するカカオ豆を、加圧水蒸気を用いて蒸す工程1、
工程1を経たカカオ豆を、水蒸気を排気しながら焙煎する工程2、
工程2を経たカカオ豆を、乾燥下で焙煎する工程3、
工程3を経たカカオ豆を、水に浸漬し、沸騰させ、その後、煮汁を捨てる工程4、及び
工程4を経たカカオ豆を、糖類を含有する水に浸漬し、沸騰させた後に放冷し、糖類をカカオ豆中に浸透させる工程5
を含む、カカオ豆菓子の製造方法。
【請求項2】
外皮を有するカカオ豆を、加圧水蒸気を用いて蒸す工程1、
工程1を経たカカオ豆を、水蒸気を排気しながら焙煎する工程2、
工程2を経たカカオ豆を、乾燥下で焙煎する工程3、及び
工程3を経たカカオ豆から、外皮を回収する工程4’、
を含む、カカオティー用外皮の製造方法。
【請求項3】
外皮を有するカカオ豆を、加圧水蒸気を用いて蒸す工程1、
工程1を経たカカオ豆を、水蒸気を排気しながら焙煎する工程2、及び
工程2を経たカカオ豆を、乾燥下で焙煎する工程3、
を含む、カカオ豆の処理方法。
【請求項4】
工程1を120~140℃で15~35分間行い、
工程2を110~130℃で15~25分間行い、及び
工程3を120~140℃で5~15分間行うことを含む、
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カカオ豆を用いた良好な風味を有する安全で新しい食品の製造方法を提供するものである。詳細には、ホール状であり外皮付きのカカオ豆を用いた新しい菓子と、カカオティー用のカカオ豆外皮の製造方法に関するものである。また、本発明は、十分に殺菌でき、また、外皮が取り除きやすいカカオ豆の処理方法も提供する。
【背景技術】
【0002】
カカオ豆は、カカオの樹の果実(カカオポッド)に含まれる種子の部分であり、チョコレートやココアパウダーの原料として用いられている。カカオポッドには、カカオ豆とそれを取り囲むパルプが含まれている。パルプは、通常、カカオ豆の産地において発酵させることで液状化されて取り除かれる。また、発酵によりカカオ豆中にチョコレートやココアにつながる風味が生じる。発酵後のカカオ豆は乾燥されてから加工地や消費地へと輸送される。加工地/消費地に到着したカカオ豆はその後、選別され、焙煎され、外皮(ハスク)が取り除かれ、粉砕されてペースト状のカカオマスとされ、他の原料を加えてチョコレートにされる。あるいは、カカオマスからカカオバターを分離した後に得られたケークを粉砕することで、ココアパウダーが製造される。
【0003】
このようにカカオ豆は通常、その原形がわからなくなる程度に様々な工程によって加工されてチョコレートやココアパウダーなどの製品となる。一方、カカオ豆を粉砕・ペースト化せず、その原形をできるだけとどめた形で菓子製品とする方法も報告されている。特許文献1には、外皮を取り除いたホール状のカカオ豆を、糖類を含有した溶液に浸漬し、カカオ豆に糖類を含浸させ、乾燥後、焙煎することにより、外皮のないホール状のカカオ豆を主体とするチョコレート菓子を製造することが記載されている。また、特許文献2には、カカオ豆を真水に浸漬後、低濃度のアルカリ溶液で密封容器内において一定時間高圧加熱処理し、次いで糖類を前もって調合した適量シラップ液に漬け、カカオ豆をシラップ液中より分蜜し、この分蜜液の濃度を段階的に高め一定時間ずつ浸漬を続けることを特徴とするカカオ豆の加工方法が記載されており、これにより、カカオ豆をそのままの状態で粉末化せずに製菓材料等へ利用することが記載されている。これらの他に、外皮のついたカカオ豆をローストしたローストカカオ豆は市販されている。カカオ豆の外皮には発酵時の菌が残存している可能性があり、また、カカオ豆の外皮はやや硬くてアーモンドの外皮のようには食べることができないので、ローストカカオ豆は、一般には外皮を取り除いてから食することが推奨されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-125490号公報
【特許文献2】特開2001-333694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法により得られる菓子製品は、カカオ豆が粉砕/ペースト化されておらず、カカオ豆のホール状の形態が維持されたものであるが、通常のチョコレートやココアパウダーの製造時と同様にカカオ豆の外皮は取り除かれている。近年、カカオ豆の豆本体(胚乳部、ニブ)の部分だけではなく、外皮に含まれるカカオポリフェノールの効果にも注目が集まっており、カカオ豆の外皮を廃棄することなく食することができることは好ましい。
【0006】
特許文献2に記載の方法では、外皮を有し、粉砕/ペースト化されていないホール状のカカオ豆を製菓材料として用いることができるが、特許文献2に記載の方法は、真水への浸漬に12~15時間、また、高圧での加熱に2時間を要し、また、高圧加熱時に薬品(アルカリ溶液)を要し、時間とコストがかかる方法である。
【0007】
また、市販のホール状のローストカカオ豆は外皮を有しているものが多いが、上述の通り、一般には外皮を取り除いてから食することが推奨されており、もし外皮を付けたまま食すると外皮が口に残り食感が悪く、また、カカオ豆の発酵時の菌が外皮に残存しているリスクもある。
【0008】
本発明は、外皮を有するホール状のカカオ豆を、粉砕/ペースト化することなくそのホール状の形状をできるだけ維持しながら、菌の残存のリスクが少なく良好な食感と風味を有する新規な菓子製品とすることができる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的に対して鋭意検討した結果、外皮を有するカカオ豆を加圧水蒸気を用いて蒸すことによりカカオ豆を膨潤させて外皮を伸展させ、次いで、蒸気を排気しながら焙煎し、さらに乾燥下で焙煎することによって、カカオ豆の外皮に残存し得る発酵時の菌を効率的に殺菌することができることを見出した。そして、得られたカカオ豆を水中で煮て柔らかくし、また、煮汁を捨てて渋味やあくを取り除き、次いで糖類を含有する水中で加熱及び放冷して糖類を豆内に含浸させることにより、カカオ豆のホール状の形状がほぼ維持されており外皮も付いた状態でありながら、食した際に硬すぎない適度な食感を有し、また、外皮の口残りが感じられず、良好な風味を有する食べやすい新規のカカオ豆菓子を製造することができることを見出した。
【0010】
また、上記の手順によって殺菌された外皮を有するカカオ豆は、加圧水蒸気での処理時にカカオ豆が膨潤することにより外皮が伸展されその後に乾燥されてカカオ豆が縮むことにより、外皮がカカオ豆から一部浮いて剥離するため、カカオ豆から外皮を分離しやすいことを見出した。そして、上記の手順後にカカオ豆から回収した外皮は、菌の残存リスクが少なく、カカオティー(カカオ豆の外皮を湯等で抽出して得られる飲料)を得るための外皮(「カカオティー用外皮」)として好適に用いることができることを見出した。
【0011】
したがって、本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1]外皮を有するカカオ豆を加圧水蒸気を用いて蒸す工程1、
工程1を経たカカオ豆を水蒸気を排気しながら焙煎する工程2、
工程2を経たカカオ豆を乾燥下で焙煎する工程3、
工程3を経たカカオ豆を、水に浸漬し、沸騰させ、その後、煮汁を捨てる工程4、及び
工程4を経たカカオ豆を、糖類を含有する水に浸漬し、沸騰させた後に放冷し、糖類をカカオ豆中に浸透させる工程5
を含む、カカオ豆菓子の製造方法。
[2]外皮を有するカカオ豆を加圧水蒸気を用いて蒸す工程1、
工程1を経たカカオ豆を水蒸気を排気しながら焙煎する工程2、
工程2を経たカカオ豆を乾燥下で焙煎する工程3、及び
工程3を経たカカオ豆から外皮を回収する工程4’、
を含む、カカオティー用外皮の製造方法。
[3]外皮を有するカカオ豆を加圧水蒸気を用いて蒸す工程1、
工程1を経たカカオ豆を水蒸気を排気しながら焙煎する工程2、及び
工程2を経たカカオ豆を乾燥下で焙煎する工程3、
を含む、カカオ豆の処理方法。
[4]工程1を120~140℃で15~35分間行い、
工程2を110~130℃で15~25分間行い、及び
工程3を120~140℃で5~15分間行うことを含む、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のカカオ豆菓子の製造方法により、カカオ豆のホール状の形状がほぼ維持されており外皮も付いた状態でありながら、食した際に硬すぎない適度な食感を有し、また、外皮の口残りが感じられず、良好な風味を有する食べやすい新規のカカオ豆菓子を製造することができる。このような効果が得られる理由は明らかではないが、加圧水蒸気でカカオ豆を十分に蒸した後に焙煎することにより、後の煮沸時や糖類含有水中での加温時に水や糖類がカカオ豆内に含浸されやすい状態となったと考えられる。また、最初の加圧水蒸気での処理とその後の焙煎により、カカオ豆の外皮に亀裂が生じやすい状態になり、カカオ豆を外皮がついた状態で食した場合でも外皮が口に残りにくくなったと考えられる。
【0013】
カカオ豆は、小豆や黒豆などと比べて硬く、水で柔らかく煮る(炊く)ことは一般的には難しいので、カカオ豆を水で煮る(炊く)という発想は今までほぼなかったといえる。また、通常、カカオ豆はその油分(カカオバター)を利用してチョコレートに変換されることから、カカオ豆に油分ではなく水を加えるという発想も今までほぼなかったといえる。本発明の製法により得られる水で炊いて糖類を含浸させた外皮付きのカカオ豆は、これまでにない新しい発想に基づく菓子である。また、本発明の製法により得られるカカオ豆菓子は、チョコレートの風味を有しながらその本体はカカオ豆であるから、夏場でも溶ける心配がなくチョコレートの風味を楽しむことができるこれまでにない新しい菓子である。
【0014】
カカオ豆は収穫後に発酵工程を経るため、外皮に菌が残存しやすい。焙煎して外皮を取り除いて製造される通常のチョコレートやココアパウダーにおいては、外皮に残存する菌が問題になることはほとんどないが、外皮をつけたままのカカオ豆を食する場合や、カカオ豆の外皮を煮出してカカオティーとして飲用する場合には、殺菌を十分に行うことが好ましい。本発明のカカオ豆の処理方法を用いることで、外皮を有するカカオ豆を効率的に殺菌することができる。
【0015】
また、本発明の処理方法によれば、加圧水蒸気による処理によりカカオ豆を膨潤させた後に蒸気を排出しながら焙煎し、次いで乾燥下で焙煎してカカオ豆を収縮させる。カカオ豆の外皮は最初にカカオ豆の膨潤に応じて伸展するが、その後の乾燥によってカカオ豆ほどには収縮しないので、カカオ豆から一部浮いて剥離した状態となる。これにより、本発明の処理方法では、殺菌効果に加えて、カカオ豆から外皮を分離しやすくなるという効果も得られる。
【0016】
従来、チョコレート菓子は、加工地で製造された板チョコレートを購入して溶かし、複数種類をブレンドして味付けして再度固めるなどして製造されることが殆どであったが、近年、カカオ豆からチョコレートバーになるまでを一つの製造所で一貫して行うビーントゥバー(Bean to Bar)が日本においても増えつつある。本発明の処理方法はカカオ豆を効率的に殺菌でき、また外皮を分離しやすくするので、小規模であることが多いビーントゥバー(Bean to Bar)を行う工房においても非常に有用であるといえる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<加圧水蒸気で蒸す工程1>
本発明の新規カカオ豆菓子の製造方法、カカオティー用のカカオ豆外皮の製造方法、及びカカオ豆の処理方法においては、まず、外皮を有するカカオ豆を加圧水蒸気を用いて蒸す工程1を行う。
【0018】
工程1に用いる外皮を有するカカオ豆とは、収穫後に発酵されカカオパルプが除去された後に一定程度の水分量となるまで乾燥された状態のカカオ豆である。収穫後のカカオ豆は通常産地において発酵されカカオパルプが除去された後に、水分量が6質量%以上10質量%未満程度となるまで乾燥されてから加工地/消費地へと輸送される。工程1に用いるカカオ豆は、発酵後に水分量が6質量%以上10質量%未満程度となるまで乾燥された通常のカカオ豆であってもよいし、水分量が6質量%程度となるまで乾燥を強めたカカオ豆であってもよい。乾燥がやや強めであるカカオ豆の方が、本発明の製法でカカオ豆菓子とした際の食感や風味が良好である。したがって、工程1に用いる外皮を有するカカオ豆の加圧水蒸気による処理前の水分量は、5.0~8.5質量%程度であることが好ましく、5.0~8.0質量%程度がさらに好ましく、5.0~7.5質量%程度がさらに好ましく、5.0質量%以上7.0質量%未満がさらに好ましく、5.5~6.5質量%程度がさらに好ましい。
【0019】
カカオ豆の品種や産地は特に限定されない。例えば、これらに限定されないが、西アフリカや東南アジアで多く生産されているフォラステロ種、ベネズエラやメキシコなどでわずかに生産されているクリオロ種、中南米で主に栽培されているトリニタリオ種などを挙げることができ、いずれも用いることができる。例えば、これらに限定されないが、ガーナ産のカカオ豆を用いると強い苦味の中にココナッツのような華やかな香りが感じられ、ペルー産のカカオ豆を用いると後からジャスミンを思わせるフローラルな香りが感じられるような製品を製造することができる。また、台湾でもカカオが栽培されており、台湾産のカカオ豆を用いると、「樽」を感じさせるような重さのある味わいで後から花のような香りが感じられるような製品を製造することができる。
【0020】
外皮を有するカカオ豆は、加圧水蒸気で処理する前に、未成熟のカカオ豆を除去したり、また、同等程度の大きさに揃えたりする選別を行う。選別は通常の方法で行うことができる。選別したカカオ豆を、加圧水蒸気で蒸す。この際の温度及び時間は、カカオ豆の品種やサイズや水分量などのコンディションに応じて調整してもよいが、好ましくは120~140℃で15~35分間であり、さらに好ましくは125~135℃で20~30分間である。加圧水蒸気の圧力は絶対圧で150~250kPa程度が好ましく、180~220kPa程度がさらに好ましい。
【0021】
加圧水蒸気による処理は、加圧水蒸気を発生することができる装置を用いて行えばよく、そのような装置としては、例えば、スチームコンベクションオーブンが挙げられる。これに限定されないが、装置における蒸気発生速度は7500~8500g/h程度が好ましく、工程1の終点において装置内の蒸気量は、2000~5000g/m3程度が好ましく、2500~4100g/m3程度がさらに好ましい。
【0022】
工程1により、水蒸気がカカオ豆の芯まで浸透し、カカオ豆は膨潤して、外皮がパンパンに張った状態となる。水蒸気がカカオ豆の芯まで浸透したか否かは、例えば、装置からカカオ豆を数粒取り出し、割った際の様子で判断することができる。割った際に、ややねっとりとした水を含んだ様子がある場合には、水蒸気がカカオ豆の芯まで浸透したと判断することができる。工程1でカカオ豆の芯まで水蒸気が浸透することにより、カカオ豆の全体が十分に殺菌される。
【0023】
<水蒸気を排気しながら焙煎する工程2>
工程1に続いて、装置内の水蒸気を排気しながら焙煎する工程2を行う。工程2における温度及び時間は、カカオ豆の種類やコンディションに応じて調整してもよく、好ましくは110~130℃で10~30分間であり、さらに好ましくは115℃以上125℃未満で15~25分間である。水蒸気の排気は、装置付属のダンパーを通じて行ってもよいし、あるいはダンパーではなく、またはダンパーでの排気に加えて、断続的に、例えば1~8分おき、好ましくは3~5分おきに装置の扉を開けるなどして排出してもよい。上記の時間内に装置内の水蒸気の大半を排気することが好ましいので、ダンパーを開放しながら、さらに、断続的に装置の扉を開けて水蒸気を装置から排出することが好ましい。
【0024】
装置の扉を開けた際に水蒸気がほとんど排出されなくなった時点を工程2の終点と判断することができる。工程2を経たカカオ豆は、最終的に表面が乾燥した状態となる。
<乾燥下で焙煎する工程3>
工程2で水蒸気を排気した後、乾燥下で焙煎する。「乾燥下で焙煎する」とは、工程2で水蒸気を排気した後の装置内で、水蒸気を供給せずに焙煎することをいう。工程3における温度及び時間は、カカオ豆の種類やコンディションに応じて調整してもよいが、好ましくは120~140℃で5~15分間であり、さらに好ましくは125~135℃で8~12分間である。工程1から3は、同じ装置内で温度と蒸気の条件を変更しながら連続して行ってもよいし、工程1から3の各工程に適した別個の装置を連結してカカオ豆を連続して流すことにより行ってもよい。
【0025】
工程3を経たカカオ豆は適度に焙煎され、香ばしい風味を呈するようになる。また、割るとパキっとした感触が得られる。また、外皮は豆から一部浮いた(剥離した)状態となり、豆から分離しやすい状態となっている。また、加圧水蒸気で処理した際に外皮が伸ばされたことにより、外皮の一部に亀裂が見られる。
【0026】
また、工程3を経たカカオ豆は、外皮がついた状態でありながら、十分に殺菌されたものとなる。工程3を経たカカオ豆は、例えば、「洋生菓子の衛生規範について」(昭和58年3月31日環食第54号)に規定される「細菌数(生菌数)は、製品1gにつき100,000以下であること。」の要件を十分に満たす。好ましくは、食品の衛生規格に準ずる標準寒天培地法で検出される生菌数が50,000CFU/g未満であり、さらに好ましくは10,000CFU/g以下であり、より好ましくは5,000CFU/g以下となる。
【0027】
工程3を経たカカオ豆は、外皮がついた状態でありながら、十分に殺菌されており、また、外皮を豆本体(胚乳部、ニブ)から分離しやすい状態となっているため、以下で説明するカカオ豆菓子やカカオティー用のカカオ外皮の製造に好適に用いることができるだけではなく、通常のチョコレートやココアパウダーなどの製造にも好適に用いることができる。工程1から3によるカカオ豆の処理方法は、例えば、これに限定されないが、小規模な工房で行うビーントゥバー(Bean to Bar)製法に最適である。
【0028】
<カカオ豆を煮る工程4>
本発明の新規カカオ豆菓子の製造方法では、工程3を経た外皮を有するカカオ豆を、水に浸漬し、沸騰させ、その後、煮汁を捨てる工程4を行う。この工程では、カカオ豆を水で煮た後に煮汁を捨てることにより、カカオ豆の渋み成分やあくを取り除く。この工程はカカオ豆の種類や大きさに応じて、1~4回、好ましくは2~3回繰り返してもよい。
【0029】
カカオ豆を浸漬する水の量は、特に限定されず、カカオ豆が十分に浸かる量であればよい。最初の水への浸漬時間は、カカオ豆の大きさにもよるが、好ましくは2~4時間であり、カカオ豆に十分に吸水させる。カカオ豆が十分に吸水したかどうかは、例えば、浸漬後のカカオ豆を包丁で割って豆の内部を観察することにより確認することができる。水に浸漬した後に沸騰させて、カカオ豆を煮る。カカオ豆を煮る際には、これに限定されないが、圧力鍋を使用することが好ましい。カカオ豆を煮る時間は、カカオ豆の大きさにもよるが、好ましくは2~4時間である。カカオ豆を所定時間煮込んだ後、蒸らしながら粗熱を取り、煮汁(ゆで汁)を捨てる。工程4を複数回繰り返す場合、煮汁を捨てた後に再度注水し、沸騰させ、また煮汁を捨てる。2回目以降の注水(水への浸漬)の際には、浸漬時間を取らずに注水後すぐに沸騰させてもよく、カカオ豆の大きさに応じて2~4時間程度沸騰させた後に火を止めて、蒸らしながら粗熱を取ることが好ましい。蒸らしが終了した後に煮汁を捨てる。
【0030】
工程4を経たカカオ豆は、外皮を有しているが、豆内部に水分が浸透し、柔らかく炊けた状態となっている。カカオ豆は、小豆や黒豆などと比べて硬く、水で柔らかく煮る(炊く)ことは一般的には難しいので、カカオ豆を水で煮る(炊く)という発想は今までほぼなかったといえるが、本発明では上記の工程1から3を経ていることにより、カカオ豆に水が浸透しやすくなっており、工程1から3を経ていないカカオ豆に比べて炊きやすくなっている。
【0031】
<カカオ豆に糖類を浸透させる工程5>
次いで、糖類を含有する水(以後「糖類含有水」という。)に工程4を経たカカオ豆を浸漬させ、沸騰させた後に放冷して、糖類をカカオ豆に浸透させる工程5を行う。この工程はカカオ豆の大きさや密度などの種類に応じて、1~4回、好ましくは2~3回繰り返してもよい。この工程を2回以上繰り返す場合には、後段になるにしたがって糖類含有水中の糖類の濃度を増加させることが好ましい。糖類の濃度を段階的に増加させていくことにより、カカオ豆内に十分に糖類を浸透させることが可能となる。
【0032】
糖類含有水に含有させる糖類の種類は特に限定されず、通常の製菓に用いられる各種糖類を用いることができる。そのような糖類としては、例えば、これらに限定されないが、砂糖、水あめ、甜菜糖、ソルビトール、トレハロース、マスコバド糖、和三盆糖、黒糖、粗糖、上白糖、三温糖、中白糖、グラニュー糖、白双糖、中双糖、氷砂糖、ブドウ糖、果糖、転化糖、蜂蜜、楓糖、ヤシ糖、オリゴ糖などを挙げることができ、これらは単独でまたは複数種類を組み合わせて用いることができる。糖類含有水中の糖類の濃度は、糖類の種類にもよるが、例えば、初回の浸漬時には25~35質量%程度とし、2回目以降は段階的に濃度を上げて、最終的には55~70質量%程度とすることが好ましい。糖類含有水へ浸漬した後、加熱して、5~30分間程度沸騰させた後に火を止めて、その後、1~30時間程度、例えば一晩、静置して放冷することが好ましい。カカオ豆を糖類含有水に浸漬させながら加熱し、その後放冷することにより、カカオ豆内に糖類が浸透する。
【0033】
工程5を経た糖類を浸透させたカカオ豆に、任意に糖掛けを行ってもよい。糖掛けは通常の方法で行うことができる。糖類を浸透させたカカオ豆またはそれに糖掛けを行ったカカオ豆は、カカオ豆のホール状の形状がほぼ維持されており外皮も付いた状態でありながら、食した際に硬すぎない適度な食感を有し、また、外皮の口残りが感じられず、良好な風味を有する新規なカカオ豆菓子となる。また、このカカオ豆菓子は、外皮を有した状態でありながら、工程1から3の手順を経たことににより製菓の基準を十分に満たす殺菌がなされた安全な菓子となる。例えば、食品の衛生規格に準ずる標準寒天培地法で検出される生菌数が好ましくは10,000CFU/g以下であり、より好ましくは5,000CFU/g以下である菓子となる。
【0034】
ローストされただけの市販の外皮付きのローストカカオ豆は、非常に硬く、フォークは突き刺さらない。また、外皮ごと食すると外皮が口中でパリパリと割れるが細かくはならず、外皮の口残りが感じられる。また、豆の部分は歯で割ることはできるがゴリゴリとした食感であり、豆の粒(ニブ、胚乳部)が口中に残る。また、カカオ豆の収穫後の発酵に関与した細菌がローストだけでは十分に死滅せずに一定数残存するため、標準寒天培地法による生菌数は一般には、50,000~100,000CFU/g程度となる。一方、本発明の製法により製造されたカカオ豆菓子は、外皮が付いた状態でありながら、外皮の口残りは感じられず、また、外皮と豆が適度に柔らかくなっており、通常のケーキフォークが豆の表面まで刺さる程度の硬さである。また、豆の部分の食感は、いわゆる一般的な小豆やいんげん豆を用いた甘納豆に類似しており、少し硬めの甘納豆のようであり、炊いた豆の食感を楽しむことができる。通常、カカオ豆は、他の豆(小豆、いんげん豆、ピーナツ、アーモンドなど)に比べて硬くて脆いものであるから、本発明の製法により得られた硬めの甘納豆のような食感を有するカカオ豆菓子は、カカオ豆を用いた菓子としてはこれまでにない新しさを感じる菓子である。
【0035】
<カカオ豆外皮を回収する工程4’>
上述の工程1から3を行った後に、カカオ豆から外皮を回収する工程4’を行うことにより、カカオティー用のカカオ豆外皮を製造することもできる。カカオティーとは、カカオ豆の外皮を湯や加温した牛乳などに入れて抽出するなどして得られる飲料である。
【0036】
通常カカオ豆の外皮は、内部の豆本体(胚乳部、ニブ)にぴったりと付着しており、ピーナツのように簡単に剥ぎ取ることはできない。これに対し、上記の工程1から3を行うことにより、外皮がカカオ豆から一部浮いて(剥離して)剥がれやすい状態となるため、カカオ豆のニブと外皮との分離を促進することができる。また、工程1から3によりカカオ豆の外皮も殺菌されているため、回収した外皮は菌の残存のリスクが少ない安全な食材として利用することができる。本発明の方法により得られる外皮の生菌数は、好ましくは10,000CFU/g以下であり、より好ましくは5,000CFU/g以下である。
【0037】
カカオ豆からの外皮の回収は、ウィノワーを用いて豆本体(胚乳部、ニブ)と外皮を分離するなどの通常の方法で行うことができる。回収したカカオ豆の外皮は、瓶などの容器や、所望によりティーバッグに詰めてから容器詰めするなどして、カカオティー用茶葉(外皮、ハスク)製品とすることができる。
【0038】
カカオ豆の外皮を湯で抽出してカカオティーとしてもよいし、ミルク中で加温してミルク中に外皮由来の成分を抽出してカカオティーとしてもよい。また、得られたカカオティーに所望に応じて砂糖などを加えてもよい。カカオ豆の外皮からはチョコレートの香りが感じられるため、カカオティーに砂糖を加えて飲用するとチョコレートを感じるような飲料となり、また、ミルク中で抽出するとチャイのような飲料となる。
【0039】
外皮を回収した後に残るカカオ豆の豆本体(胚乳部、ニブ)は、通常の方法によりチョコレートやココアパウダーの製造に用いてもよい。本発明の方法にしたがって外皮を回収した後の豆本体(胚乳部、ニブ)も、工程1から3を経ることで十分に殺菌されているという利点を有しており、生菌数は、好ましくは10,000CFU/g以下であり、より好ましくは5,000CFU/g以下である。
【実施例0040】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<実施例1 カカオ豆の処理>
ガーナ産のカカオ豆(水分量6.0質量%)を用意した。外皮のついた状態のカカオ豆をスチームコンベクションオーブン内にセットし、加圧水蒸気にて130℃で25分間蒸した(絶対圧約200kPa、最終炉内蒸気量約3400g/m3)。カカオ豆の芯まで蒸気が浸透したのを確認した後、オーブンのダンパーを開放し、オーブンの扉を5分おきに開いて水蒸気を排出しながら、120℃で20分間焙煎した。続いて、表面が乾燥した後、130℃で10分間乾燥下で焙煎した。
【0041】
得られたカカオ豆は、内部の豆本体(胚乳部、ニブ)から外皮が一部剥離した状態であった。上記の工程を経て得られたカカオ豆の生菌数を食品の衛生規格に準ずる標準寒天培地法にしたがって測定した結果、生菌数は5000CFU/g以下であった。
【0042】
比較として、加圧水蒸気による処理を行わずに、130℃で30分間焙煎したカカオ豆の生菌数を標準寒天培地法にしたがって測定したところ、50,000~100,000CFU/g程度であった。
【0043】
・標準寒天培地法:
標準寒天培地:トリプトン5g/1000ml、酵母エキス2.5g/1000ml、ブドウ糖1g/1000ml、寒天15g/1000ml、pH7.1
試料を滅菌水中で粉砕・懸濁して試料液を作成し、試料液を適宜希釈しながら標準寒天培地と混合して混釈培養法にて35.0±1.0℃で48±3時間培養し、出現したコロニーを計数し、生菌数を算出する。
【0044】
<実施例2 カカオ豆菓子の製造>
実施例1で得られた外皮を有するカカオ豆を放熱冷却した後、カカオ豆が十分に浸かる量の水に3時間浸漬させた。その後、水を捨て、再度注水し、沸騰させた状態で圧力鍋で3時間豆を煮た。その後火を止めて蒸らしながら粗熱を取った。蒸らしの後、煮汁を捨てて、再度注水し、沸騰させ、3時間豆を煮て、蒸らしながら粗熱を取った後、また煮汁を捨てた。得られたカカオ豆を、30質量%の砂糖を含有する糖類含有水に浸漬し、加熱して10分間程度沸騰させた。その後、火を止めて一晩静置した。続いて、糖類の濃度を60質量%に上げ、再び加熱して10分間程度沸騰させた後、火を止めて一晩静置した。静置後、鍋から豆を取り出し、目視で割れ豆等を除去し、糖掛けを行った。糖掛け後、放熱冷却して、カカオ豆菓子を得た。
【0045】
得られたカカオ豆菓子は、カカオ豆のホール状の形状がほぼ維持されており外皮も付いた状態でありながら、食した際に硬すぎない適度な食感を有し、また、外皮の口残りが感じられず、良好なカカオの風味を有するものとなった。硬さは、小豆やいんげん豆の甘納豆よりも少し硬い程度であり、通常のケーキフォークを豆の表面部分に刺すことができる程度の硬さである。通常、カカオ豆は硬くて脆いものであるから、本実施例で得られたフォークが刺さる程度の硬さの外皮付きのカカオ豆の菓子は、カカオの風味を有しながら炊いた豆の食感を有する、新しい菓子となった。
【0046】
比較として、加圧水蒸気による処理を行わずに、130℃で30分間焙煎したカカオ豆を用いて、上記と同様に、水への浸漬、沸騰、煮汁を捨てる工程を行った後、糖類含有水への浸漬、加熱、放冷工程を行ったが、得られたカカオ豆は、皮がやや硬くて口に残り、また、カカオ豆中に糖類が十分に浸透しておらず苦味の強い味となった。
【0047】
<実施例3 カカオティー用外皮の製造>
実施例1で得られた外皮を有するカカオ豆を砕き、ウィノワーを用いてカカオ豆の豆本体(ニブ、胚乳部)と外皮とを分離し、カカオ豆の外皮を回収した。得られた外皮10gをティーポットに入れ、350mlのお湯を注ぎ、3分間抽出し、カカオティーとした。得られたカカオティーは、チョコレートのほのかな香りとカカオの香ばしさが感じられる風味のよい飲料となった。