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特開2022-96547燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022096547
(43)【公開日】2022-06-29
(54)【発明の名称】燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/021 20160101AFI20220622BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20220622BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20220622BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20220622BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20220622BHJP
【FI】
H01M8/021
C21D1/06 A
C23C8/26
C22C38/00 302Z
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020209720
(22)【出願日】2020-12-17
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】芝辻 雄一
(72)【発明者】
【氏名】石川 伸
(72)【発明者】
【氏名】矢野 孝宜
【テーマコード(参考)】
4K028
5H126
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
5H126DD05
5H126GG08
5H126GG11
5H126HH01
5H126JJ05
5H126JJ08
5H126JJ10
(57)【要約】
【課題】燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を、提供する
【解決手段】表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値を0.3質量%以上0.6質量%以下とし、該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数を60000個/mm2以下とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下であり、
該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下である、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
(a)素材オーステナイト系ステンレス鋼板を準備する工程と、
(b)該素材オーステナイト系ステンレス鋼板に、
処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上、水素濃度が5体積%以上でかつ露点が-60℃以上-50℃以下、
最高到達温度:1050℃以上1150℃以下、
1050℃以上1150℃以下の温度域における滞留時間:1秒以上45秒以下
の条件で、熱処理を施す工程と、
(c)該熱処理終了後、該素材オーステナイト系ステンレス鋼板を、1050~600℃の温度域における平均冷却速度:15℃/s以上で、冷却する工程と、
をそなえる、燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、発電効率に優れ、二酸化炭素を排出しない燃料電池の開発が進められている。燃料電池は、水素と酸素から電気化学反応によって電気を発生させるものである。燃料電池は、サンドイッチのような構造を有し、電解質膜(イオン交換膜)、2つの電極(燃料極および空気極)、O2(空気)とH2の拡散層および2つのセパレータ(Bipolar plate)から構成される。
そして、使用される電解質膜の種類に応じて、リン酸形燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池、固体酸化物形燃料電池、アルカリ形燃料電池および固体高分子形燃料電池(PEFC;proton-exchange membrane fuel cellまたはpolymer electrolyte fuel cell)に分類され、それぞれ開発が進められている。
【0003】
燃料電池のうち、特に、固体高分子形燃料電池は、電気自動車の搭載用電源、家庭用または業務用の定置型発電機、携帯用の小型発電機としての利用が期待されている。
【0004】
固体高分子形燃料電池は、高分子膜を介して水素と酸素から電気を取り出すものである。固体高分子形燃料電池では、膜-電極接合体を、ガス拡散層(たとえばカーボンペーパ等)およびセパレータによって挟み込み、これを単一の構成要素(いわゆる単セル)とする。そして、燃料極側セパレータと空気極側セパレータとの間に起電力を生じさせる。
なお、上記の膜-電極接合体は、MEA(Membrane-Electrode Assembly)と呼ばれている。MEAは、高分子膜とその膜の表裏面に白金系触媒を担持したカーボンブラック等の電極材料を一体化したものであり、厚さは数10μm~数100μmである。また、ガス拡散層は、膜-電極接合体と一体化される場合も多い。
【0005】
また、固体高分子形燃料電池を実用に供する場合には、上記のような単セルを直列に数十~数百個つないで燃料電池スタックを構成し、使用するのが一般的である。
ここに、セパレータには、
(a) 単セル間を隔てる隔壁
としての役割に加え、
(b) 発生した電子を運ぶ導電体、
(c) 酸素(空気)が流れる空気流路、水素が流れる水素流路、
(d) 生成した水やガスを排出する排出路(空気流路、水素流路が兼備)
としての機能が求められる。そのため、セパレータには、優れた耐久性や電気伝導性が必要となる。
【0006】
ここで、耐久性は、耐食性で決定される。その理由は、セパレータが腐食して金属イオンが溶出すると高分子膜(電解質膜)のプロトン伝導性が低下し、発電特性が低下するからである。
【0007】
現在までに、セパレータとしてグラファイトを用いた固体高分子形燃料電池が実用化されている。このグラファイトからなるセパレータは、接触抵抗が比較的低く、しかも腐食しないという利点がある。しかしながら、グラファイト製のセパレータは、衝撃によって破損しやすい。そのため、グラファイト製のセパレータには、小型化が困難であるという欠点がある。また、グラファイト製のセパレータには、空気流路および水素流路を形成するための加工コストが高いという欠点もある。グラファイト製のセパレータが有するこれらの欠点は、固体高分子形燃料電池の普及を妨げる原因になっている。
【0008】
そこで、セパレータの素材として、グラファイトに替えて金属素材を適用する試みがなされている。特に、耐久性向上の観点から、ステンレス鋼を素材としたセパレータの実用化に向けて、種々の検討がなされている。
【0009】
なかでも、オーステナイト系ステンレス鋼板は、一般的に、フェライト系ステンレス鋼板に比べて加工性に優れる。そのため、加工条件の厳しい複雑形状の燃料電池のセパレータを製造する場合には、セパレータの基材として、オーステナイト系ステンレス鋼板を用いる方が有利になる。
【0010】
例えば、特許文献1には、セパレータの基材として、オーステナイト系ステンレス鋼板であるSUS304を使用し、単位電池の電極との接触面に金めっきを施した燃料電池用セパレータが開示されている。
【0011】
また、特許文献2には、
「質量%で、
C :0.07%以下、
Si:0.1~2.0%、
Mn:0.1~2.0%、
P :0.04%以下、
S :0.005%以下、
Al:0.2%以下、
N :0.050%以下、
Cr:16.0~18.5%、
Ni:6.0~15.0%
を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板の板厚が0.25mm以下であり、鋼板の平均結晶粒径が10~25μmの範囲にあり、板厚の中央部におけるビッカース硬度Hcと表層から1/8t(tは板厚)におけるビッカース硬度Hsの差が20以下であり、鋼板の板面内で圧延方向と垂直な方向の延性が65%以上であることを特徴とする、固体高分子型燃料電池セパレータ用ステンレス鋼板。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平10-228914号公報
【特許文献2】特開2006-040608号公報
【特許文献3】国際公開第2020/153117号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献1で使用されているSUS304などの一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板や、特許文献2に開示されるステンレス鋼板を燃料電池のセパレータの基材として使用すると、孔食が発生して、セパレータに孔が開く場合があることが分かった。
【0014】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を、提供することを目的とする。
また、上記の燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法を、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
さて、発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討を行った。
まず、発明者らは、SUS304などの一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板を、燃料電池のセパレータの基材として使用した場合に、孔食が発生する要因について、調査した。
その結果、燃料電池セパレータの使用環境が、温度:80℃程度、pH:3程度の高温の酸性環境であるため、当該環境中に微量存在している塩化物イオン等の腐食因子により不動態皮膜が破壊され、孔食が発生することがわかった。
【0016】
そこで、発明者らは、上記の問題を解決すべく検討を重ね、先に、特許文献3において、
「1.燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板であって、
上記燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板の表面に凹部と凸部とを有する凹凸構造を備え、該凸部の平均高さが30nm以上300nm以下であり、かつ該凸部間の平均間隔が20nm以上350nm以下であり、
上記燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板の表面において、金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比である[Cr]/[Fe]が1.0以上である、燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板。
2.前記燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板の表面に存在するNの原子濃度が1.0at%以上である、前記1に記載の燃料電池のセパレータ用のオーステナイト系ステンレス鋼板。」
を開発した。
【0017】
上掲特許文献3の技術、特に鋼板の表面に存在する窒素(N)の原子濃度を一定以上に高めることによって、燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板が得られるようになった。
【0018】
しかし、近年、燃料電池の性能向上に伴い、さらなる耐久性、ひいては一層優れた耐孔食性を有するステンレス鋼板が要求される場合がある。
【0019】
そこで、発明者らは、上記の要求にこたえるべく検討を重ね、まず、鋼板の表面に存在するNの濃度を高めることによって、耐孔食性の向上を図ることを試みた。
しかし、鋼板の表面に存在する窒素の原子濃度を如何に高めても、一定の水準以上には耐孔食性は向上しなかった。
【0020】
そこで、発明者らは、種々のオーステナイト系ステンレス鋼板に種々の条件で熱処理を施し、鋼板表層部への窒素の導入状態と耐孔食性との関係性を調査した。
その結果、鋼板表層部への窒素導入量が多くなると、鋼板の表面に窒化物が形成され、この窒化物が耐孔食性の向上を阻害する要因となることを知見した。
すなわち、鋼板表面に微小な局部腐食が発生した場合、熱処理により鋼板表層部に導入された窒素、特には固溶状態の窒素(以下、固溶Nともいう)が、腐食部で発生した水素イオンと結合してpH低下を抑制する。これにより、鋼板表面の再不働態化が促進され、腐食の進行が停止する。その結果、耐食性、特には耐孔食性が向上する。
しかし、鋼板表層部への窒素導入量が多くなると、鋼板の表面において窒化物が形成される。この窒化物は主にCr窒化物であるため、当該Cr窒化物の近傍ではCr濃度が低下する。そのため、当該Cr窒化物の近傍が微小な局部腐食の起点となり、耐孔食性の向上が阻害される。
【0021】
そこで、発明者らは、鋼板表層部への窒素導入量を高めつつ、鋼板の表面に形成される窒化物の量を抑制するための方法について、さらに種々の実験および検討を重ねた。
その結果、鋼板表層部へ窒素を導入するための熱処理条件(特には、処理雰囲気、処理温度)および熱処理後の冷却条件を制御することにより、鋼板表層部への窒素導入量を高めつつ、鋼板の表面に形成される窒化物の量を抑制できることを見出した。
【0022】
そして、発明者らが、上記の知見を基にさらに検討を重ねたところ、
鋼板の表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値(以下、表層部の窒素濃度ともいう)を0.3質量%以上0.6質量%以下とし、かつ鋼板の表面における円相当直直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数(以下、Cr窒化物の個数ともいう)を60000個/mm2以下とする、
ことにより、固溶Nによる再不働態化促進効果が最大化され、従来に比べて格段に優れた耐孔食性が得られることを知見した。
また、発明者らは、上記のように表層部の窒素濃度およびCr窒化物の個数を制御するには、以下の条件を満足させることが有効であるとの知見を得た。
・熱処理条件
処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上、水素濃度が5体積%以上でかつ露点が-60℃以上-50℃以下
最高到達温度:1050℃以上1150℃以下
1050℃以上1150℃以下の温度域における滞留時間:1秒以上45秒以下
・熱処理後の冷却条件
1050~600℃の温度域における平均冷却速度:15℃/s以上
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0023】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値が0.3質量%以上0.6質量%以下であり、
該表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数が60000個/mm2以下である、燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼板。
【0024】
2.(a)素材オーステナイト系ステンレス鋼板を準備する工程と、
(b)該素材オーステナイト系ステンレス鋼板に、
処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上、水素濃度が5体積%以上でかつ露点が-60℃以上-50℃以下、
最高到達温度:1050℃以上1150℃以下、
1050℃以上1150℃以下の温度域における滞留時間:1秒以上45秒以下
の条件で、熱処理を施す工程と、
(c)該熱処理終了後、該素材オーステナイト系ステンレス鋼板を、1050~600℃の温度域における平均冷却速度:15℃/s以上で、冷却する工程と、
をそなえる、燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、燃料電池のセパレータの使用環境での優れた耐孔食性を有する燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を、得ることができる。
また、本発明の燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板を用いることによって、孔食によるセパレータの孔開きを有効に防止しつつ、加工条件の厳しい複雑形状の燃料電池のセパレータを製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(1)燃料電池のセパレータ用の基材オーステナイト系ステンレス鋼板
以下、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板について、説明する。
上述したように、本発明の一実施形態に係る燃料電池の燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板では、鋼板の表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値を0.3質量%以上0.6質量%以下とし、かつ鋼板の表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数を60000個/mm2以下とすることが肝要である。
【0027】
鋼板の表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値(以下、表層部の窒素濃度ともいう):0.3質量%以上0.6質量%以下
上述したように、鋼板表面に微小な局部腐食が発生した場合、熱処理により鋼板表層部に導入された窒素、特には固溶Nが、腐食部で発生した水素イオンと結合してpH低下を抑制する。これにより、鋼板表面の再不働態化が促進され、腐食の進行が停止する。その結果、耐食性、特には耐孔食性が向上する。このような効果を得るため、表層部の窒素濃度は0.3質量%以上とする。表層部の窒素濃度は、好ましくは0.4質量%以上である。一方、表層部の窒素濃度が0.6質量%を超えると、後述する熱処理工程終了後の冷却工程における冷却速度を適正に制御しても、鋼板の表面においてCr窒化物が多数形成され、当該Cr窒化物の近傍ではCr濃度が低下する。そのため、当該Cr窒化物の近傍が微小な局部腐食の起点となり、耐孔食性の向上が阻害される。よって、表層部の窒素濃度は0.6質量%以下とする。表層部の窒素濃度は、好ましくは0.5質量%以下である。
なお、窒素濃度を規定する深さ位置を、0.5μmの深さ位置までとしたのは、鋼板表面に生成する微小な局部腐食の起点位置(0.1μm程度の深さ位置)より十分に深く、また、0.5μmよりも深い位置に存在する窒素は、耐孔食性の向上に大きくは寄与しない、と考えられるからである。
【0028】
ここで、鋼板表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値は、グロー放電発光分析法(Glow Discharge optical emission Spectrometry、以下、GDSともいう)により求める。GDSは、X線光電子分光法(X-Ray Photoelectron Spectroscopy、以下、XPSともいう)等の他の方法よりも簡便な方法であり、製造現場での品質管理に適している。
具体的には、鋼板から20mm×20mmの試料を切り出し、測定用サンプルを作製する。ついで、測定用サンプルの表面の中央を測定位置として、深さ方向に表面から10μmの深さ位置までArスパッタリングしながら、深さ方向におけるNおよびFeの強度を0.5nmピッチで測定する。なお、測定領域は4mmφとし、2.8hPaの圧力で600Vの電圧を印加することにより、グロープラズマを発生させる。
そして、測定したNおよびFeの強度から、次式により、規格化されたNの強度を求める。
[規格化されたNの強度]=[測定したNの強度]/[測定したFeの強度]
なお、規格化されたNの強度は、鋼板表面から深部に向かって減少し、最終的には、所定の深さ位置で概ね一定になる。ただし、鋼板表面極近傍の深さ位置、具体的には表面から数nm程度の深さ位置では、GDSの特性上、グロー放電が不安定となるため、鋼板表面極近傍でN強度の最大値が得られた位置を基準位置(鋼板表面の位置(深さ0位置))とする。
ついで、鋼板表面の位置(深さ0位置)から0.5μmの深さ位置までで測定した規格化されたNの強度の算術平均値を求め、求めた値を、検量線により、窒素濃度に変換する。そして、この変換した窒素濃度を、鋼板表面から0.5μmの深さ位置までの窒素濃度の平均値とする。
なお、上記の検量線は、以下のようにして作成する。
すなわち、窒素濃度が0.01~0.50質量%の標準サンプル(0.01質量%ピッチ)を作製し、上記と同様の要領で、GDSにより、上記標準サンプルの規格化されたNの強度を測定する。そして、横軸を窒素濃度、縦軸を規格化されたNの強度として、各標準サンプルで測定した規格化されたNの強度をプロットし、最小二乗法を用いて、検量線を作成する。
【0029】
表面における円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の個数(以下、Cr窒化物の個数ともいう):60000個/mm2以下
鋼板の表面において形成される窒化物は主にCr窒化物であり、当該Cr窒化物の近傍ではCr濃度が低下する。そのため、当該Cr窒化物の近傍が微小な局部腐食の起点となり、耐孔食性の向上が阻害される。また、Cr窒化物が多量に形成されると、加工性の低下を招く。そのため、Cr窒化物の個数は60000個/mm2以下とする。Cr窒化物の個数は、好ましくは30000個/mm2以下、より好ましくは10000個/mm2以下である。
ここでいうCr窒化物とは、CrとNとの化合物である。ただし、一部のCrが(鋼中に含有される)FeやMnなどの元素に置換されたものや、一部のNがCに置換されたもの(いわゆる炭窒化物)も、ここでいうCr窒化物に含むものとする。
【0030】
なお、形成されるCr窒化物の周が長くなるほど、周囲の金属素地に存在するCr欠乏層の領域が広くなるため、微細な局部腐食の起点となり易い。特に、一定以上の大きさのCr窒化物、具体的には、円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物の近傍が、微小な局部腐食の起点となり易い。そのため、ここでは、円相当直径:0.1μm以上のCr窒化物を対象とした。
【0031】
また、Cr窒化物の個数は、以下の要領で求める。
すなわち、鋼板の表面の任意の0.02mm×0.02mmの領域を、走査型電子顕微鏡(SEM)により、3000倍で観察する。そして、当該観察領域において、SEM-EDX(Scanning Electron Microscope-Eneregy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いた点分析により観察される析出物の主成分を測定し、Cr窒化物を同定する。具体的には、当該観察領域で観察される析出物のうち、FeとCrの合計濃度が80質量%以上であり、Cr濃度の比([Cr(質量%)]/[Cr(質量%)]+[Fe(質量%)]+[N(質量%)])が0.4以上であり、かつ、N濃度の比([N(質量%)]/[Cr(質量%)]+[Fe(質量%)]+[N(質量%)])が0.03以上である析出物を、Cr窒化物と同定する。そして、同定したCr窒化物のうち、円相当直径が0.1μm以上のCr窒化物の個数をカウントし、カウントしたCr窒化物の個数を、観察領域の面積(0.02mm×0.02mm)で除することにより、Cr窒化物の個数を求める。
なお、Cr窒化物の円相当直径は、次式により算出する。
[Cr窒化物の円相当直径(μm)]
=([Cr窒化物の面積(μm2)]÷π)0.5×2
【0032】
次に、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の好適な成分組成について説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0033】
本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の好適な成分組成は、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Ni:6.0%以上、14.0%以下、Cr:16.0%以上、21.0%以下、N:0.100%以下およびAl:0.500%以下を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成である。
また、任意に、Cu:2.50%以下およびMo:2.50%以下を含有させることができる。
【0034】
C:0.100%以下
C含有量が0.100%を超えると、加工性が低下する。また、粒界にCr炭窒化物が析出することにより、Cr欠乏層が生じ、耐食性が低下する。そのため、C含有量は0.100%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.020%以下である。C含有量の下限は特に限定されるものではないが、過度の脱Cは製造コストの増加を招く。このため、C含有量は、0.001%以上が好ましい。
【0035】
Si:2.00%以下
Siは、脱酸効果を有する元素である。このような効果を得るため、Si含有量は0.01%以上が好ましい。より好ましくは0.05%以上である。しかし、Si含有量が多くなり過ぎると、鋼が硬質化して加工性が低下する。そのため、Si含有量は2.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.70%以下である。
【0036】
Mn:3.00%以下
Mnは、鋼中に存在するSと結合することで、Sの粒界偏析による熱間圧延時の割れを防止する。このような効果を得るため、Mn含有量は0.01%以上が好ましい。より好ましくは0.05%以上である。しかし、Mn含有量が多くなり過ぎると、Mn硫化物の析出量が多くなって、耐孔食性の低下を招く。そのため、Mn含有量は3.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは1.00%以下である。
【0037】
P:0.050%以下
Pは、靱性の低下を招く元素であり、極力鋼中に混入させないことが望ましい。そのため、P含有量は0.050%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.035%以下である。P含有量の下限は特に限定されるものではないが、過度の脱Pは製造コストの増加を招く。このため、P含有量は、0.010%以上が好ましい。
【0038】
S:0.010%以下
Sは粒界偏析により、熱間圧延時に割れを生じさせる元素であり、極力鋼中に混入させないことが望ましい。そのため、S含有量は0.010%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.005%以下である。S含有量の下限は特に限定されるものではないが、過度の脱Sは製造コストの増加を招く。このため、S含有量は、0.001%以上が好ましい。
【0039】
Cu:2.50%以下
Cuは、ステンレス鋼の耐食性を高める元素である。このような効果を得るためには、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Cu含有量が多くなり過ぎると、熱間加工性の低下を招く、そのため、Cu含有量は2.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.80%以下である。さらに好ましくは0.40%以下である。なお、Cu含有量は0%であってもよい。
【0040】
Ni:6.0%以上、20.0%以下
Niはオーステナイト相の生成を促進する元素であり、オーステナイト系ステンレス鋼とするために、Ni含有量は6.0%以上とすることが好ましい。より好ましくは8.0%以上である。しかし、Ni含有量が多くなり過ぎると、加工性の低下を招き、複雑形状の燃料電池のセパレータを製造する場合に、割れ等が発生しやすくなる。そのため、Ni含有量は、20.0%以下とすることが好ましい。より好ましくは10.5%以下である。
【0041】
Cr:16.0%以上、25.0%以下
Crは、鋼板表面に形成される不働態皮膜を強固にし、耐孔食性を向上させる元素である。このような効果を得るため、Cr含有量は16.0%以上とすることが好ましい。より好ましくは18.0%以上である。しかし、Cr含有量が多くなり過ぎると、加工性の低下を招き、複雑形状の燃料電池のセパレータを製造する場合に、割れ等が発生しやすくなる。そのため、Cr含有量は25.0%以下とすることが好ましい。より好ましくは20.0%以下である。
【0042】
Mo:2.50%以下
Moは、Cr同様、鋼板表面に形成される不働態皮膜を強固にし、耐孔食性を向上させる元素である。このような効果を得るため、Mo含有量を0.10%以上とすることが好ましい。しかし、Mo含有量が多くなり過ぎると、熱間加工性の低下を招く、そのため、Mo含有量は2.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは2.00%以下である。さらに好ましくは1.50%以下である。なお、Mo含有量は0%であってもよい。
【0043】
N:0.100%以下
N含有量が0.100%を超えると、成形性が低下する。従って、N含有量は0.100%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.075%以下である。さらに好ましくは0.030%以下である。下限については特に限定されるものではないが、過度の脱Nはコストの増加を招く。よって、N含有量は、0.002%以上とすることが好適である。
【0044】
Al:0.500%以下
Alは、脱酸効果を有する元素である。このような効果を得るため、Al含有量は0.001%以上が好ましい。しかし、Al含有量が多くなり過ぎると、成形性を低下させる。そのため、Al含有量は0.500%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.010%以下である。さらに好ましくは0.005%以下である。
【0045】
上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。
なお、鋼板の成分組成における各元素の含有量は、鋼板を表面から深さ方向に10μm程度研磨して得た試料を用いた一般的な鉄鋼分析方法により、求めることができる。
例えば、N含有量(質量%)は、上記の試料を用い、Horiba社製酸素・窒素分析装置EMGA-920による測定により、求めることができる。
【0046】
次に、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の組織について説明する。
本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の組織は、基本的にオーステナイト相により構成される(オーステナイト相の体積率が99%以上)。また、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の組織は、オーステナイト相以外の残部として、体積率で1%以下の介在物および析出物を含有していてもよい。介在物および析出物としては、例えば、酸化物、炭化物、窒化物、硫化物および金属間化合物からなる群より選択される1または2以上が挙げられる。
【0047】
また、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の板厚は特に限定されるものではないが、0.05~0.20mmとすることが好ましい。本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の板厚は、より好ましくは0.07mm以上である。また、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の板厚は、より好ましくは0.10mm以下である。
【0048】
次に、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータのオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法について、説明する。
【0049】
・準備工程
準備工程は、素材オーステナイト系ステンレス鋼板を準備する工程であり、例えば、上記の成分組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を以下のようにして準備する。
すなわち、上記の成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延して熱延板とする。得られた熱延板に、任意に、熱延板焼鈍および酸洗を施す。ついで、熱延板に、任意に、冷間圧延を施して冷延板とする。ついで、得られた冷延板に、任意に、冷延板焼鈍を施す。さらに、熱延板または冷延板に仕上げ圧延(最終の冷間圧延)を施して所望の板厚とすることにより、素材オーステナイト系ステンレス鋼板を準備することができる。また、仕上げ圧延後に、仕上げ焼鈍を施してもよい。
なお、熱間圧延や冷間圧延、熱延板焼鈍、冷延板焼鈍、仕上げ圧延および仕上げ焼鈍などの条件は特に限定されず、常法に従えばよい。また、冷延板焼鈍後に酸洗してもよい。また、冷間圧延の際に、中間焼鈍を施してもよい。さらに、冷延板焼鈍、中間焼鈍および仕上げ焼鈍を、光輝焼鈍としてもよい。
また、後述する熱処理工程と、仕上げ焼鈍を兼ねることも可能である。この場合には、仕上げ焼鈍条件を、後述する熱処理条件を満足するように制御する。
【0050】
・熱処理工程
ついで、上記のようにして準備した素材オーステナイト系ステンレス鋼板に、
処理雰囲気:窒素濃度が5体積%以上、水素濃度が5体積%以上でかつ露点が-60℃以上-50℃以下
最高到達温度:1050℃以上1150℃以下
1050℃以上1150℃以下の温度域における滞留時間:1秒以上45秒以下
の条件で、熱処理を施す。
【0051】
処理雰囲気における窒素濃度:5体積%以上
処理雰囲気における窒素濃度を5体積%以上とすることにより、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に効果的に窒素を導入することが可能となる。しかし、処理雰囲気における窒素濃度が5体積%未満になると、表層部に十分量の窒素が導入されない。そのため、処理雰囲気における窒素濃度は5体積%以上とする。処理雰囲気における窒素濃度は、好ましくは10体積%以上である。なお、処理雰囲気における窒素濃度の上限は、95体積%である。処理雰囲気における窒素濃度は、好ましくは50体積%以下である。
【0052】
処理雰囲気における水素濃度:5体積%以上
素材オーステナイト系ステンレス鋼の表面には、通常、Cr酸化物を主体とした酸化層が存在している。この酸化層は、窒素を導入する際の障壁となる。この点、処理雰囲気における水素濃度を5体積%以上とすることにより、この酸化層が還元され、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に効果的に窒素を導入することが可能となる。しかし、処理雰囲気における水素濃度が5体積%未満になると、鋼板表面の酸化層が十分に還元されず、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に効果的に窒素を導入することができなくなる。そのため、処理雰囲気における水素濃度は5体積%以上とする。処理雰囲気における水素濃度は、好ましくは50体積%以上である。なお、処理雰囲気における水素濃度の上限は、95体積%である。処理雰囲気における水素濃度は、好ましくは90体積%以下である。
【0053】
なお、窒素および水素以外の雰囲気ガスとしては、ヘリウム、アルゴン、ネオン、一酸化炭素、二酸化炭素のうちから選んだ1種以上とすることが好ましい。
【0054】
露点:-60℃以上-50℃以下
処理雰囲気の露点が高くなると、熱処理時に素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表面に酸化物が形成されて、鋼板の表層部に窒素を導入することが困難となる。この点、処理雰囲気の露点を-50℃以下とすることにより、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に効果的に窒素を導入することが可能となる。一方、処理雰囲気の露点が過度に低くなると、鋼板の表層部に窒素が過剰に導入される。特に、露点が-60℃未満になると、熱処理後の冷却時に、鋼板の表層部に導入された窒素が、鋼板の表面で窒化物、特にはCr窒化物として析出する。その結果、耐孔食性の低下を招く。そのため、処理雰囲気の露点は、-60℃以上-50℃以下とする。
【0055】
最高到達温度:1050℃以上1150℃以下
熱処理における最高到達温度が1050℃未満であると、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に十分に窒素を導入することができない。
一方、最高到達温度が1150℃を超えると、固溶限を大幅に超えた窒素が導入される。その場合、当該窒素はCr窒化物として、鋼板表面や内部に大量に析出する。その結果、耐孔食性の劣化を招く。
そのため、熱処理における最高到達温度は1050℃以上1150℃以下とする必要がある。好ましくは1075℃以上である。
【0056】
1050℃以上1150℃以下の温度域(以下、熱処理温度域ともいう)における滞留時間:1秒以上45秒以下
熱処理温度域における滞留時間が1秒未満の場合、素材オーステナイト系ステンレス鋼板の表層部に十分な窒素を導入させることができない。
一方、熱処理温度域における滞留時間が45秒を超えると、固溶限を大幅に超えた窒素が導入される。当該窒素はCr窒化物として、鋼板表面や鋼板の内部に大量に析出する。その結果、耐孔食性の劣化を招く。
従って、熱処理温度域における滞留時間は、1秒以上45秒以下とする必要がある。熱処理温度域における滞留時間は、好ましくは5秒以上、より好ましくは20秒以上である。また、熱処理温度域における滞留時間は、好ましくは30秒以下である。
【0057】
・冷却工程
そして、上記の熱処理工程終了後、素材オーステナイト系ステンレス鋼板を、1050~600℃の温度域における平均冷却速度:15℃/s以上の条件で冷却する。これにより、鋼板の表面に析出するCr窒化物の個数を抑制することが極めて重要である。
【0058】
1050~600℃の温度域における平均冷却速度(以下、平均冷却速度ともいう):15℃/s以上
平均冷却速度が15℃/s未満の場合、鋼板の表層部に導入された窒素が鋼板の表面にCr窒化物として多量に析出する。その結果、耐孔食性の低下を招く。そのため、平均冷却速度は15℃/s以上とする。平均冷却速度は、好ましくは30℃/s以上、より好ましくは40℃/s以上である。
【0059】
上記以外の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【0060】
(3)その他
なお、上述したように、燃料電池のセパレータは、上記のオーステナイト系ステンレス鋼板の表面に導電性コーティングを形成した状態で使用してもよい。
ここで、導電性コーティングとしては、燃料電池用のセパレータの使用環境において耐食性や導電性に優れる材料を使用することが好ましい。導電性コーティングは、例えば、金属層、合金層、金属酸化物層、金属炭化物層、金属窒化物層、炭素材料層、導電性高分子層、導電性物質を含有する有機樹脂層、またはこれらの混合物層とすることが好適である。
【0061】
金属層としては、Au、Ag、Cu、Pt、Pd、W、Sn、Ti、Al、Zr、Nb、Ta、Ru、IrおよびNiなどの金属層が挙げられ、中でもAuやPtの金属層が好適である。
また、合金層としては、Ni-Sn(Ni3Sn2、Ni3Sn4)、Cu-Sn(Cu3Sn、Cu6Sn5)、Fe-Sn(FeSn、FeSn2)、Sn-Ag、Sn-CoなどのSn合金層やNi-W、Ni-Cr、Ti-Taなどの合金層が挙げられ、中でもNi-SnやFe-Snの合金層が好適である。
【0062】
さらに、金属酸化物層としてはSnO2、ZrO2、TiO2、WO3、SiO2、Al2O3、Nb2O5、IrO2、RuO2、PdO2、Ta2O5、Mo2O5およびCr2O3などの金属酸化物層が挙げられ、中でもTiO2やSnO2の金属酸化物層が好適である。
【0063】
加えて、金属窒化物層および金属炭化物層としては、TiN、CrN、TiCN、TiAlN、AlCrN、TiC、WC、SiC、B4C、窒化モリブデン、CrC、TaCおよびZrNなどの金属窒化物層や金属炭化物層が挙げられ、中でもTiNの金属窒化物層が好適である。
【0064】
また、炭素材料層としては、グラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンブラック、フラーレンおよびカーボンナノチューブなどの炭素材料層が挙げられ、中でもグラファイトやダイヤモンドライクカーボンの炭素材料層が好適である。
【0065】
さらに、導電性高分子層としては、ポリアニリンおよびポリピロールなどの導電性高分子層が挙げられる。
【0066】
加えて、導電性物質を含有する有機樹脂層は、上記した金属層、合金層、金属酸化物層、金属窒化物層、金属炭化物層、炭素材料層および導電性高分子層を構成する金属や合金、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、炭素材料および導電性高分子から選んだ導電性物質を少なくとも1種含有し、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリフェニレンスルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、カルボジイミド樹脂およびフェノールエポキシ樹脂などから選んだ有機樹脂を少なくとも1種含有するものである。このような導電性物質を含有する有機樹脂層としては、例えば、グラファイトが分散したフェノール樹脂やカーボンブラックが分散したエポキシ樹脂などが好適である。
なお、上記の導電性物質としては、金属および炭素材料(特にグラファイト、カーボンブラック)が好適である。また、導電性物質の含有量は特に限定されず、固体高分子形燃料電池用のセパレータにおける所定の導電性が得られればよい。
【0067】
また、上記の混合物層としては、例えば、TiNが分散したNi-Sn合金などの混合物層が挙げられる。
【実施例0068】
表1に示す鋼No.Aの成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する板厚:0.10mmの素材オーステナイト系ステンレス鋼板(SUS304相当成分、仕上げ圧延ままの鋼板)と、鋼No.Bの成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する板厚:0.10mmの素材オーステナイト系ステンレス鋼板(SUS316L相当成分、仕上げ圧延ままの鋼板)を準備した。
ついで、準備した素材オーステナイト系ステンレス鋼板にそれぞれ、表2に示す条件で熱処理を行い、冷却後、燃料電池のセパレータに適用するオーステナイト系ステンレス鋼板を得た。なお、試番14および16では、熱処理を行わず、仕上げ圧延ままの鋼板をそのまま、燃料電池のセパレータに適用するオーステナイト系ステンレス鋼板とした。
なお、光学顕微鏡で得られた鋼板の組織観察を行ったところ、いずれの鋼板でも、オーステナイト相の体積率が99%以上であった。
【0069】
また、上記のようにして得た鋼板について、上述した要領で、表層部の窒素濃度およびCr窒化物の個数を測定した。結果を表2に併記する。
なお、表2では、Cr窒化物の個数が60000個/mm2以下のものを「〇(合格)」、60000個/mm2超のものを「×(不合格)」としている。
また、上記のようにして得た鋼板について、上述した要領で、各元素の含有量を測定したところ、表1の成分組成と実質的に同じ(誤差範囲内)であった。
【0070】
・燃料電池のセパレータの使用環境における耐孔食性の評価
上記のようにして得た鋼板から、所定の試験片を採取し、燃料電池のセパレータの使用環境を模擬した環境において、孔食電位測定を行った。
具体的には、試験溶液として、1000質量ppmの塩化物イオンを含む、温度:80℃、pH:3の溶液を使用し、JIS G 0577の規定に準拠して、孔食電位測定を実施した。そして、電流密度が100μA・cm-2に到達する電位:VC'100(mV vs.Ag/AgCl)を求めた。なお、参照電極には、Ag/AgCl(飽和KCl)を使用した。
得られたVC'100を孔食電位として、以下の基準により、耐孔食性を評価した。評価結果を表2に併記する。
なお、試験片には、孔食電位測定の前に、不働態化処理を施し、#600研磨紙での乾式研磨を行った。
〇(合格) :孔食電位が600mV以上
×(不合格):孔食電位が600mV未満
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
表2より、発明例ではいずれも、優れた耐孔食性が得られていた。
特に、SUS316Lは、SUS304に比べて高い耐孔食性が得られる鋼種であるが、SUS304相当成分の鋼No.Aの成分組成を有する試番6、8、9、10、11の発明例では、SUS316L相当成分の鋼No.Bの成分組成を有する試番16の比較例(所定条件の熱処理を行わなかった比較例)よりも、優れた耐孔食性が得られていた。また、SUS316L相当成分の鋼No.Bの成分組成を有する試番15の発明例でも、所定条件の熱処理を行うことにより、鋼板表層部への窒素導入量を高めつつ、鋼板の表面に形成されるCr窒化物の量を抑制することで、耐孔食性が格段に向上した。
【0074】
一方、比較例である試番1では、熱処理の処理雰囲気における窒素濃度が5体積%未満であるため、表層部の窒素濃度が0.3質量%未満となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
試番2では、熱処理の処理雰囲気における水素濃度が5体積%未満であるため、表層部の窒素濃度が0.3質量%未満となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
試番3では、熱処理の処理雰囲気における露点が-50℃を超えるため、表層部の窒素濃度が0.3質量%未満となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
試番7では、熱処理の最高到達温度が1050℃未満であるため、表層部の窒素濃度が0.3質量%未満となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
試番14および16では、所定条件の熱処理を行わなかったため、表層部の窒素濃度が0.3質量%未満となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
【0075】
試番4および5では、熱処理の処理雰囲気における露点が-60℃未満であるため、表層部の窒素濃度が0.6%質量超となり、Cr窒化物の個数も60000個/mm2超となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
試番12では、熱処理温度域での滞留時間が45秒超であるため、表層部の窒素濃度が0.6%質量超となり、Cr窒化物の個数も60000個/mm2超となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。
試番13では、熱処理後の冷却における平均冷却速度が15℃/s未満であるため、Cr窒化物の個数が60000個/mm2超となった。そのため、十分な耐孔食性が得られなかった。