(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022096585
(43)【公開日】2022-06-29
(54)【発明の名称】転動部品、軸受およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/64 20060101AFI20220622BHJP
F16C 33/62 20060101ALI20220622BHJP
F16C 19/28 20060101ALI20220622BHJP
C21D 9/40 20060101ALI20220622BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20220622BHJP
C21D 7/08 20060101ALI20220622BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220622BHJP
C22C 38/40 20060101ALI20220622BHJP
【FI】
F16C33/64
F16C33/62
F16C19/28
C21D9/40 A
C21D1/06 A
C21D7/08 A
C22C38/00 301Z
C22C38/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021095969
(22)【出願日】2021-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2020209436
(32)【優先日】2020-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 尚弘
【テーマコード(参考)】
3J701
4K042
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA69
3J701BA70
3J701DA01
3J701DA02
3J701DA09
3J701DA11
3J701EA02
3J701XB03
3J701XB37
3J701XE03
3J701XE12
3J701XE22
4K042AA22
4K042BA02
4K042BA09
4K042CA06
4K042CA10
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA06
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC04
(57)【要約】
【課題】ファイバーフローに起因する剥離、介在物起点型剥離および表面起点型剥離のいずれも抑制可能な転動部品、軸受およびそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】転動部品は表面を有する。転動部品にはファイバーフローFFが含まれる。表面とファイバーフローFFとのなす角度αは15°以上である。表面から深さ100μm以内の領域において最大圧縮残留応力が700MPa以上である。表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面を有する転動部品であって、
前記転動部品にはファイバーフローが含まれ、
前記表面と前記ファイバーフローとのなす角度は15°以上であり、
前記表面から深さ100μm以内の領域において最大圧縮残留応力が700MPa以上であり、
前記表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下である、転動部品。
【請求項2】
酸素含有量が5ppm以上の鋼材により形成される、請求項1に記載の転動部品。
【請求項3】
外輪と、
前記外輪の内周面上に配置される転動体と、
前記転動体の内周側に配置される内輪とを備える軸受であり、
前記外輪、前記転動体および前記内輪の少なくとも1つは請求項1または2に記載の転動部品であり、
前記転動部品における前記表面は、前記外輪の軌道面、前記内輪の軌道面および前記転動体の転動面のいずれかである、軸受。
【請求項4】
自動車用ハブ軸受として用いられ、
前記自動車用ハブ軸受は、前記内輪の少なくとも一部としてのハブ輪をさらに備える、請求項3に記載の軸受。
【請求項5】
表面を有する転動部品の製造方法であって、
被加工面を有し、ファイバーフローを含む部材を準備する工程と、
前記被加工面に研磨加工を施す工程と、
前記研磨加工を施す工程の後に前記被加工面に塑性加工を施す工程とを備え、
前記表面と前記ファイバーフローとのなす角度は15°以上であり、
前記表面から深さ100μm以内の領域において最大圧縮残留応力が700MPa以上となるように形成され、
前記表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下であり、
前記塑性加工を施す工程においてはバニシング加工がなされる、転動部品の製造方法。
【請求項6】
前記塑性加工を施す工程の前に、前記部材に浸炭窒化処理を施す工程をさらに備える、請求項5に記載の転動部品の製造方法。
【請求項7】
外輪と、
前記外輪の内周面上に配置される転動体と、
前記転動体の内周側に配置される内輪とを備える軸受の製造方法であり、
前記外輪、前記転動体および前記内輪の少なくとも1つは請求項5または6に記載の転動部品であり、
前記転動部品における表面は、前記外輪の軌道面、前記内輪の軌道面および前記転動体の転動面のいずれかである、軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は転動部品、軸受およびそれらの製造方法に関し、特に構成部材がファイバーフローを含む転動部品、軸受およびそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軸受を長寿命化するために、たとえば特開2019-095044号公報(特許文献1)では、ファイバーフローと軌道面とのなす角度が15°以上であり、表面の圧縮残留応力が700MPa以上である、軸受を構成する転動部品が提案されている。特開2019-095044号公報では、転動部品の表面に対してバニシング加工等の塑性加工を施すことで表面に十分な圧縮残留応力が付与される。これにより、転動部品内の非金属介在物と転動部品の母材との隙間を小さくし、き裂進展が抑制される。このため非金属介在物を起点とした軸受の表面の剥離が抑制され、軸受が長寿命化される。
【0003】
一方、軸受の表面の剥離は、上記のような非金属介在物を起点とした介在物起点型剥離の他に、潤滑油中に混入した異物の噛み込みにより表面に発生した圧痕を起点とした表面起点型剥離がある。表面起点型剥離は、介在物起点型剥離よりも短時間で発生することがある。表面起点型剥離の発生を防ぐためには、たとえばシール等を追加することで異物を軸受内部に侵入させない設計とすることが考えられる。その他、表面起点型剥離の発生を防ぐために、たとえば特開2016-108596号公報(特許文献2)には、特殊な熱処理により表面の残留オーステナイト量を多くする技術が提案されている。残留オーステナイト量を多くすれば、異物による表面の圧痕の形状が変形し、圧痕周辺の応力集中が緩和されるためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-095044号公報
【特許文献2】特開2016-108596号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
自動車に用いられるハブ軸受は、複列のアンギュラ玉軸受の構造である。このためハブ軸受は、ファイバーフローが軌道面に対して大きな角度となりやすい。ハブ軸受は、ファイバーフローによる短寿命化を防ぐために残留応力の付与が必要となる場合がある。しかし特開2019-095044号公報のようにバニシング加工により残留応力が付与されれば、残留オーステナイト量が減少する。残留オーステナイト量が減少すれば、異物による表面の圧痕周辺の応力集中を誘発し、表面起点型剥離が起こりやすくなる。特開2019-095044号公報および特開2016-108596号公報のいずれにも、ファイバーフローの軌道面に対する角度が大きくかつ表面に圧縮残留応力が付与され、さらに異物の侵入による表面起点型剥離が抑制された構成については検討されていない。
【0006】
本開示は以上の課題に鑑みなされたものである。その目的は、ファイバーフローに起因する剥離、介在物起点型剥離および表面起点型剥離のいずれも抑制可能な転動部品、軸受およびそれらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に従った転動部品は表面を有する。転動部品にはファイバーフローが含まれる。表面とファイバーフローとのなす角度は15°以上である。表面から深さ100μm以内の領域において最大圧縮残留応力が700MPa以上である。表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下である。
【0008】
本開示に従った軸受は、外輪と、転動体と、内輪とを備える。転動体は外輪の内周面上に配置される。内輪は転動体の内周側に配置される。外輪、転動体および内輪の少なくとも1つは上記転動部品である。転動部品における表面は、外輪の軌道面、内輪の軌道面および転動体の転動面のいずれかである。
【0009】
本開示に従った表面を有する転動部品の製造方法は、被加工面を有し、ファイバーフローを含む部材が準備される。被加工面に研磨加工が施される。研磨加工が施された後に被加工面に塑性加工が施される。表面とファイバーフローとのなす角度は15°以上である。表面から深さ100μm以内の領域において最大圧縮残留応力が700MPa以上となるように形成される。表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下である。上記塑性加工を施す工程においてはバニシング加工がなされる。
【0010】
本開示に従った軸受の製造方法における軸受は、外輪と、転動体と、内輪とを備える。転動体は外輪の内周面上に配置される。内輪は転動体の内周側に配置される。外輪、転動体および内輪の少なくとも1つは上記転動部品である。転動部品における表面は、外輪の軌道面、内輪の軌道面および転動体の転動面のいずれかである。
【発明の効果】
【0011】
本開示に従えば、ファイバーフローに起因する剥離、介在物起点型剥離および表面起点型剥離のいずれも抑制可能な転動部品、軸受およびそれらの製造方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施の形態に係るハブ軸受の部分的な構造を示す概略断面図である。
【
図2】
図1中の点線で囲まれた領域IIの概略断面図である。
【
図3】転動部品の母材と、その母材に存在する非金属介在物との隙間とを示す概略断面図である。
【
図4】転動部品の製造方法の第1工程を示す概略図である。
【
図5】転動部品の製造方法の第2工程を示す概略図である。
【
図6】転動部品の製造方法の第3工程を示す概略図である。
【
図7】転動部品の製造方法の第4工程を示す概略図である。
【
図8】転動部品の製造方法の第5工程を示す概略図である。
【
図9】バニシング加工の前後におけるSUJ2製の転動部品の表面層の残留オーステナイト量を示すグラフである。
【
図10】バニシング加工の前後におけるSCM445H製の転動部品の表面層の残留オーステナイト量を示すグラフである。
【
図11】バニシング加工の前後における浸炭窒化処理がなされたSUJ3製の転動部品の表面層の残留オーステナイト量を示すグラフである。
【
図12】浸炭窒化処理がなされたSUJ3のバニシング加工の前後における転動部品の表面からの深さと、残留応力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を用いて本実施の形態について説明する。
図1は本実施の形態に係るハブ軸受の部分的な構造を示す概略断面図である。
図1を参照して、本実施の形態に係る軸受は、自動車用のハブ軸受10である。ハブ軸受10は従動輪用のものである。ハブ軸受10は、2列並びそれぞれの列に複数含まれる転動体1と、内輪2と、外輪3と、ハブ輪4と、保持器5とを主に備えている。転動体1は転動面1aを有している。内輪2は軌道面2aを有している。外輪3は複列(
図1では2列)の軌道面3aを有している。外輪3は図示されないボルトにより図示されないナックルと連結される。ハブ輪4は軌道面4aを有している。2列の複数の転動体1は、軌道面2a、軌道面3aおよび軌道面4aに挟まれ、保持器5に保持されている。軌道面2a,3a,4aには転動体1から高荷重が印加される。このため軌道面2a,3a,4aには高周波焼入れ等により表面硬化層が形成される。ハブ輪4は非切削部を有する。外輪3と、内輪2およびハブ輪4との隙間を塞ぐためにシール6が配置される。
【0014】
ハブ輪4はハブ軸受10の内輪の一部として機能する。言い換えれば、内輪2とハブ輪4とはいずれも、ハブ軸受10における転動体1の内周側に配置される内輪である。なお
図1のハブ輪4はその一部のみが転動体1の内周側に配置され他の一部は転動体1の外側に配置されるが、この場合のハブ輪4はここでは転動体1の内周側に配置されるとする。ハブ軸受4は、これとは別にハブ軸受10に設けられる内輪2を締め付けるように加締め加工されている。具体的には、ハブ輪4に加締め部4bが形成され、加締め部4bにより内輪2は加締められる。上記の加締め加工には揺動加締め法が用いられる。ハブ輪4は段差壁4sを有する。内輪2は、段差壁4sに押し付けられた状態でハブ輪4に結合される。
【0015】
ハブ輪4にはハブボルト11が配置される。ハブ輪4は、図示されないタイヤに連結され回転自在に支持される。
図1においては、ハブボルト11が貫通する孔は車輪取付けフランジ4cに設けられる。軽量化のため車輪取付けフランジ4cを各ハブボルトごとのアームとする構造を採用してもよい。ハブ輪4は、車輪取付けフランジ4cのインボード側の表面4dおよび中央部外側の表面4dを有し、これらは非切削加工の面とすることにより製造コストが低減される。
【0016】
自動車の車体荷重は、外輪3→転動体1→内輪2およびハブ輪4を経て車輪に至り地面からの反力とつりあう。
【0017】
以上のように、ハブ軸受10は、転動部品としての転動体1、内輪としての内輪2およびハブ輪4、ならびに外輪3を含んでいる。言い換えれば、転動体1、内輪2、外輪3およびハブ輪4の少なくとも1つは上記の転動部品である。
図2は、
図1中の点線で囲まれた領域IIの概略断面図である。
図2の(A)は内輪2にファイバーフローFFが形成された状態を示している。
図2(A)を参照して、たとえば転動体1の転動面1aと内輪2の軌道面2aとが互いに接触する。転動面1aおよび軌道面2aのようにそれぞれの転動部品は、互いに他の転動部品と接触する表面を有している。
図2には示されないが、転動体1の転動面1aと外輪3の軌道面3aとも互いに接触する。つまり転動部品である外輪3も、他の転動部品である転動体1と接触する表面である軌道面3aを有している。転動体1の転動面1aとハブ輪4の軌道面4aとも互いに接触する。つまり転動部品であるハブ輪4も、他の転動部品である転動体1と接触する表面である軌道面4aを有している。
【0018】
図2(A)に示すように、転動部品であるたとえば内輪2は、その組織内に、ファイバーフローFFを含んでいる。内輪2の表面である軌道面2aと、内輪2に含まれるファイバーフローFFとのなす角度αは15°以上である。
図2の(A)は、内輪2がハブ輪4に、軌道面2aが軌道輪4aに置き換えられてもよい。
【0019】
図2の(B)は転動体1にファイバーフローFFが形成された状態を示している。
図2(B)を参照して、ファイバーフローFFは転動体1の側に含まれていてもよい。この場合においても、転動体1の表面である転動面1aと、転動体1に含まれるファイバーフローFFとのなす角度αは15°以上である。
【0020】
転動体1の転動面1a、内輪2の軌道面2a、外輪3の軌道面3aおよびハブ輪4の軌道面4a、ならびに当該表面から垂直方向の深さが100μm以内の領域においては、最大の圧縮残留応力である最大圧縮残留応力は700MPa以上である。また転動面1aおよび軌道面2a,3a,4aは、残留オーステナイト量が11%以上28%以下である。なおここでは転動面1aおよび軌道面2a,3a,4aを含む表面層における残留オーステナイト量を示している。表面層は、露出している転動面1aおよび軌道面2a,3a,4aに限らず、露出している転動面1aおよび軌道面2a,3a,4aに隣接する転動部品内のごく浅い領域を意味する。
【0021】
図3は転動部品の母材と、その母材に存在する非金属介在物との隙間とを示す概略断面図である。特に
図3(A)は母材の表面に露出するように配置された非金属介在物の態様を示し、
図3(B)は母材の表面から離れた内部における非金属介在物の態様を示している。
図3(A),(B)を参照して、内輪2などの転動部品においては、軌道面2aなどの表面の側(
図3(A)の上側)に存在する非金属介在物41と、内輪2を構成する母材との隙間42は、内輪2の軌道面2aから離れた内部の側に存在する非金属介在物41と、内輪2を構成する母材との隙間42よりも小さい。このことは転動体1、外輪3およびハブ輪4についても同様である。
図3(A)に示すように、軌道面2aなどの表面の側における非金属介在物41と母材との隙間はまったく存在しなくてもよい。
【0022】
転動体1、内輪2、外輪3およびハブ輪4を構成する材料は鋼であってもよい。当該鋼は、言うまでもなく鉄(Fe)を主成分とし、上記の元素の他に不可避的不純物を含んでいてもよい。不可避的不純物としては、リン(P)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、アルミ(Al)などがある。これらの不可避的不純物元素の量は、それぞれ0.1質量%以下である。転動体1、内輪2、外輪3およびハブ輪4は、酸素含有量がたとえば5ppm以上の鋼材により形成される場合がある。
【0023】
当該鋼は、軸受用材料の一例であるたとえばJIS規格S53Cである。S53Cは、炭素を0.5質量%以上0.56質量%以下含み、珪素を0.15質量%以上0.35質量%以下含み、マンガンを0.6質量%以上0.9質量%以下含む。またS53Cは、リンを0.03質量%以下、硫黄を0.035質量%以下、クロムを0.2質量%以下、ニッケルを0.02質量%以下含む。
【0024】
次に、以上の構成を有する転動部品、およびそれを含むハブ軸受10の製造方法について、
図4~
図9を用いて説明する。なお以下の
図4~
図9は一例として内輪2の製造工程を示している。ただし転動体1と、転動体1の外周面上に配置される外輪3と、転動体1の内周面上に配置される部分を含むハブ輪4との製造工程についても内輪2の製造工程と同様である。
【0025】
図4は、転動部品の製造方法の第1工程を示す概略図である。
図4を参照して、まず転動部品である転動体1、内輪2、外輪3およびハブ輪4のいずれかを形成するための鋼材101が準備される。当該鋼材101の材質は上記のとおりである。鋼材101はたとえば図の左右方向に延びるファイバーフローFFを含んでいる。切削工具102により、転動部品形成領域103が、鋼材101から切り取られる。
【0026】
図5は、転動部品の製造方法の第2工程を示す概略図である。
図5を参照して、内輪2を形成するために中央部に空洞104を有する部材が形成される。
【0027】
図6は、転動部品の製造方法の第3工程を示す概略図である。
図6を参照して、内輪2の外周面に対して一般公知の研削などの加工、および焼入れなどの熱処理がなされる。これにより、図に示すようにファイバーフローFFを含み、そのファイバーフローFFの延びる方向に対して傾斜した外周面すなわち被加工面2Bを有する部材が形成される。被加工面2Bは、ファイバーフローFFとのなす角度が15°以上となるように形成される。
【0028】
図7は、転動部品の製造方法の第4工程を示す概略図である。
図7を参照して、内輪2の被加工面2Bに対して研磨加工が施される。ここではたとえば内輪研削盤による研磨加工がなされることが好ましい。
【0029】
図7の研磨加工を施す工程の後に、被加工面2Bに塑性加工が施される。これにより被加工面2Bは内輪の軌道面2aとなる。
【0030】
図8は、転動部品の製造方法の第5工程を示す概略図である。特に
図8においては上記塑性加工の一例を示している。
図8を参照して、塑性加工を施す工程においては、たとえばバニシング加工がなされることが好ましい。バニシング加工においては、たとえばセラミック製の硬球、またはダイヤモンド製の突起形状部などの押し付け部CCが工具とされる。
図8では一例として球形の押し付け部CCが図示される。押し付け部CCを図中の矢印R1の方向に回転させ、内輪2を空洞104を貫通する仮想の軸Lを中心として矢印R2の周方向に回転させながら、押し付け部CCが被加工面2B上を矢印Fに示す力で押圧する。この押圧は、押し付け部CCが取り付けられたバニシングツール25が、押し付け部CCに対して矢印Fの力を加えるようになされる。またバニシングツール25は、押し付け部CCが矢印Mの方向に移動するように、被加工面2B上を送らせる。これにより、被加工面2B上に存在する微小な凹凸形状などが平坦化される。
【0031】
なお塑性加工を施す工程の前に、当該部材に浸炭窒化処理が施されてもよい。浸炭窒化処理は、たとえば吸熱型変成ガス(Rxガス)に、容積比率が1.0%の炭素と、容積比率が7%のアンモニアとが混合された、850℃以上960℃以下の雰囲気のガス炉中でなされる。以上により得られる転動部品は、上記の
図2(A),(B)に示す転動部品と同様の性質を有している。
【0032】
次に、本実施の形態の作用効果について説明する。
本開示に従った転動部品(転動体1、内輪2、外輪3、ハブ輪4)は、表面を有している。転動部品にはファイバーフローFFが含まれる。表面とファイバーフローFFとのなす角度は15°以上である。表面から深さ100μm以内の領域において最大圧縮残留応力が700MPa以上である。表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下である。ここで表面から深さ100μm以内の領域とは、表面を含んでいる。
【0033】
当該転動部品は、表面である内輪2の軌道面2aなど、およびそこからの深さが100μm以内の領域は、最大圧縮残留応力が700MPa以上である。これにより、軌道面の表面に露出した非金属介在物とその周辺の母材との隙間が狭くなりまたは消滅するように埋められ塞がれる。
【0034】
すなわち特に、
図3に示すように、塑性加工により、軌道面2aなどの表面側の非金属介在物41と母材との隙間42は、転動部品の内部側の非金属介在物41と母材との隙間42よりも小さくなる。したがって、き裂による転動部品の早期破損の原因が小さくなる(または消滅する)。これにより、転動面1aおよび軌道面2a,3a,4aにおける非金属介在物41と母材との隙間42を起点とするき裂の伸展(介在物起点型剥離)が抑制でき、軸受の長寿命化を図ることができる。
【0035】
また、開口き裂に起因する剥離を抑制する観点からは、上記のようにファイバーフローFFと、転動面1aおよび軌道面2a,3a,4aとのなす角度は15°以下であることが好ましいとされている。また清浄な鋼材を用いるという観点からは、転動部品の酸素含有量は5ppm以下であることが好ましいと考えられる。しかし本実施の形態においては、上記角度が15°以上であっても、上記の塑性加工により、開口き裂に起因する剥離の発生を抑制することができ、軸受の長寿命化を図ることができる。また本実施の形態においては、転動体1、内輪2、外輪3およびハブ輪4の酸素含有量が5ppm以上であってもよい。酸素含有量が5ppm以上であっても、上記の塑性加工により、開口き裂に起因する剥離の発生を抑制することができ、軸受の長寿命化を図ることができる。
【0036】
また当該転動部品の表面の残留オーステナイト量を11%以上とすることで、表面に圧痕が生じて、その上を転動体1が転がり接触する際に、圧痕形状が変形し応力集中することを緩和できる。これは残留オーステナイトは、焼入れ後の転動部品の素材を構成する主な組織であるマルテンサイトよりも軟質であり、マルテンサイトよりも変形しやすいためである。このため異物などにより表面に発生した圧痕を起点とした表面起点型剥離を抑制できる。ただしこの効果を得るためには残留オーステナイト量が11%以上であることが必要である。ただし当該転動部品の表面の残留オーステナイト量を28%よりも多くすれば、転動部品の寸法安定性が低下する。このため当該残留オーステナイト量を28%以下とすることで、寸法安定性の低下を抑制しつつ、異物混入等を原因とする表面起点型剥離による短寿命化を抑制できる。なお残留オーステナイト量は、軸受部品の表面の一部を切り出した後、その表面を電解研磨し、X線回折装置を用いることにより測定できる。また最大圧縮残留応力についても残留オーステナイト量と同様に、軸受部品の表面の一部を切り出した後、その表面を電解研磨し、X線回折装置を用いることにより測定できる。
【0037】
本開示に従った軸受は、外輪3と、転動体1と、内輪2とを備える(内輪2は次に述べるハブ輪4を有する場合と有さない場合との双方を含む)。転動体1は外輪3の内周面である軌道面3a上に配置される。内輪2は転動体1の内周側に配置される。転動体1、内輪2、外輪3の少なくとも1つは上記転動部品である。上記転動部品における表面は、外輪3の軌道面3a、内輪2の軌道面2a(軌道輪4aを含む場合もある)および転動体1の転動面1aのいずれかである。これにより、当該軸受は上記のような、剥離の発生抑制による寿命向上の効果が得られる。
【0038】
上記軸受は、自動車用ハブ軸受として用いられ、当該自動車用ハブ軸受は、上記内輪2の少なくとも一部としてのハブ輪4をさらに備えてもよい。この場合、上記の内輪2は、たとえば
図1の内輪2とハブ輪4との双方を含む。自動車用軸受を構成する転動部品に対し、バニシング加工等の塑性加工を施すと、表面層の残留オーステナイトが加工誘起変態し、表面層の残留オーステナイト量が少なくなる。表面層の残留オーステナイト量が少ないと、表面層は異物に対して敏感となり、表面起点剥離が発生しやすくなる。
【0039】
また、自動車用ハブ軸受は、複列のアンギュラ玉軸受の構造であるため、自動車用ハブ軸受は自動車の走行中に泥水が浸入する可能性がある。このため自動車用ハブ軸受は、異物に対する高い耐久性が要求される。
【0040】
また一般にハブ軸受はファイバーフローが軌道面に対して大きな角度となりやすい。しかし本開示に従った自動車用ハブ軸受10は、上記のように表面から深さ100μm以内の領域は最大圧縮残留応力が700MPa以上であるため、たとえ表面とファイバーフローFFとの角度が15°以上と大きくなっても、非金属介在物41を起点とした剥離に対して長寿命化できる。また当該自動車用ハブ軸受10は、残留オーステナイト量が11%以上28%以下である転動部品を備える。このためたとえ表面とファイバーフローFFとの角度が15°以上と大きく、開口き裂に起因する剥離が起こりやすい条件であったとしても、表面起点型剥離を抑制し、自動車の走行中に異物が浸入したとしても軸受を長寿命化できる。
【0041】
本開示に従った製造方法は、表面を有する転動部品の製造方法である。当該製造方法は、被加工面2Bを有し、ファイバーフローFFを含む部材が準備される。被加工面2Bに研磨加工が施される。研磨加工が施された後に被加工面2Bに塑性加工が施される。表面(転動面1aおよび軌道面2a,3a,4a)とファイバーフローFFとのなす角度は15°以上である。表面から深さ100μm以内の領域においては最大圧縮残留応力が700MPa以上となるように形成される。表面の残留オーステナイト量が11%以上28%以下である。塑性加工を施す工程においてはバニシング加工がなされる。
【0042】
以上の構成を有するため、本実施の形態の製造方法によれば、剥離しやすい条件下であっても、介在物起点型剥離および表面起点型剥離が抑制でき、軸受を長寿命化できる。
【0043】
上記の転動部品の製造方法においては、塑性加工を施す工程の前に、部材に浸炭窒化処理を施す工程をさらに備えてもよい。浸炭窒化処理により、転動部品の表面(表面層)の残留オーステナイト量を増加させることができる。具体的には、たとえば当該表面の残留オーステナイト量を11%以上28%以下とすることができる。これにより、異物の噛み込みによる圧痕周辺の応力集中を緩和し、表面起点型剥離を抑制することにより、軸受を長寿命化できる。
【0044】
本開示に従った製造方法に係る軸受は、外輪3と、転動体1と、内輪2とを備える(内輪2は次に述べるハブ輪4を有する場合と有さない場合との双方を含む)。転動体1は外輪3の内周面である軌道面3a上に配置される。内輪2は転動体1の内周側に配置される。転動体1、内輪2および外輪3の少なくとも1つは上記転動部品である。上記転動部品における表面は、外輪3の軌道面3a、内輪2の軌道面2a(軌道輪4aを含む場合もある)および転動体1の転動面1aのいずれかである。当該製造方法により得られる軸受は、上記のような剥離の発生抑制による寿命向上の効果が得られる。上記製造方法に係る軸受は自動車用ハブ軸受として用いられ、当該自動車用ハブ軸受は、上記内輪2の少なくとも一部としてのハブ輪4をさらに備えてもよい。
【実施例0045】
塑性加工(バニシング加工)により、転動部品の表面層の残留オーステナイト量がどのように変化するかについて調査した結果を以下に示す。
図9は、バニシング加工の前後におけるSUJ2製の転動部品の表面層の残留オーステナイト量を示すグラフである。
図10は、バニシング加工の前後におけるSCM445H製の転動部品の表面層の残留オーステナイト量を示すグラフである。
図9および
図10の各グラフにおいて、横軸は転動部品の表面からの深さ(単位はμm)を示し、縦軸は当該深さにおける残留オーステナイト量(単位は%)を示している。ここで残留オーステナイト量は、当該深さ領域の全体に対する残留オーステナイトの占める体積割合を示している。
【0046】
図9を参照して、SUJ2製の転動部品においては、バニシング加工前(グラフ中の「バニシング無」)の表面層の残留オーステナイト量が12%以上14%以下程度であれば、バニシング加工後(グラフ中の「バニシング有」)、同一のサンプルにおける表面層の残留オーステナイト量が概ね6%以上8%以下である。これに対し、
図10を参照して、SCM445製の転動部品においては、バニシング加工前の表面層の残留オーステナイト量が5%以上7%以下程度であれば、バニシング加工後の同一のサンプルにおける表面層の残留オーステナイト量は概ね3%以上5%以下である。このことからバニシング加工前から表面層の残留オーステナイト量が10%未満であれば、バニシング加工後には表面層に残留オーステナイトがほとんど残らないことがわかる。