(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022096651
(43)【公開日】2022-06-29
(54)【発明の名称】炭化ケイ素多孔体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 32/977 20170101AFI20220622BHJP
【FI】
C01B32/977
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021204753
(22)【出願日】2021-12-17
(31)【優先権主張番号】P 2020209673
(32)【優先日】2020-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山室 佐益
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 一
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146MA15
4G146MB02
4G146MB10
4G146MB17A
4G146MB17B
4G146MB18A
4G146MB18B
4G146MB30
4G146NA13
4G146NA22
4G146NB18
4G146QA01
(57)【要約】
【課題】数十nm~数百nmの範囲内の平均孔径を有する空孔が多数分布した炭化ケイ素多孔体を、環境への負荷を生じさせることなく容易に製造することができる方法を提供する。
【解決手段】有機ケイ素ポリマーである原材料を真空中で室温から1000~1400℃の範囲内の所定温度まで連続的に昇温させ、該所定温度に所定時間維持することにより、該原材料を蒸発させ、発生した原料蒸気を基体に付着させる。これにより、β構造を有する炭化ケイ素を主成分とする母材内に、30~300nmの範囲内の平均孔径を有する空孔が多数形成されている炭化ケイ素多孔体が、環境への負荷を生じさせることなく容易に得られる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ケイ素ポリマーである原材料を真空中で室温から1000~1400℃の範囲内の所定温度まで連続的に昇温させ、該所定温度に所定時間維持することにより、該原材料を蒸発させ、発生した原料蒸気を基体に付着させることを特徴とする炭化ケイ素多孔体の製造方法。
【請求項2】
前記有機ケイ素ポリマーがポリシラン及びポリカルボシランから選択されるものであることを特徴とする請求項1に記載の炭化ケイ素多孔体の製造方法。
【請求項3】
前記所定温度が1100~1300℃の範囲内の温度であることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭化ケイ素多孔体の製造方法。
【請求項4】
さらに、前記基体に原料蒸気を付着させることにより該基体上に形成された堆積物を、空気中にて500~800℃の範囲内である第2所定温度で加熱することを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の炭化ケイ素多孔体の製造方法。
【請求項5】
β構造を有する炭化ケイ素を主成分とする母材内に、30~300nmの範囲内の平均孔径を有する空孔が多数形成されているものであることを特徴とする炭化ケイ素多孔体。
【請求項6】
1~10μmの範囲内の平均粒径を有する粒体状の形状であることを特徴とする請求項5に記載の炭化ケイ素多孔体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルタや触媒の担体等に用いられる、炭化ケイ素(SiC)の多孔体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素多孔体は、炭化ケイ素から成る母材内に多数の空孔が形成されたものである。このような炭化ケイ素多孔体は、液体又は気体に含まれる粒子やウイルス等の除去対象物を空孔に捕獲させることで該液体又は気体から除去するフィルタや、触媒を空孔に担持させる担体等に使用することができる素材である。
【0003】
非特許文献1には、直径500nm程度の球形に造粒したシリカ(SiO2)の粒子(造孔材)と、ケイ素を含有する有機化合物とを混合し、1200℃で焼成することによってシリカ粒子と炭化ケイ素の複合体を作製した後、フッ酸によってシリカ粒子を溶解させて除去することにより、炭化ケイ素多孔体を製造することが記載されている。非特許文献1によれば、この方法により製造された炭化ケイ素多孔体における空孔の平均孔径(直径)は340nmである。ケイ素を含有する有機化合物には、ポリメチルシラン(PMS)、ポリカルボシラン(PCS)等が用いられる。
【0004】
一方、特許文献1には、真空中又は窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス中において、ケイ素を含有する高分子化合物を200~400℃の温度で1時間以上加熱することによって高分子化合物同士が架橋した架橋体が形成され、その後、500~1300℃の範囲内(但し、実施例では653℃又は700℃のみ)の温度で1時間以上加熱することにより、平均孔径が2nm以下である空孔を多数有する炭化ケイ素多孔体が得られると記載されている。特許文献1には、ケイ素を含有する高分子化合物として、ポリメチルシラン、ポリジメチルシラン(PDMS)、ポリシリレンメチレン、ポリカルボシラン等を用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】In-Kyung Sung 他3名、"Fabrication of macroporous SiC from templated preceramic polymers"、Chemical Communications、(英国)、王立化学会、2002年6月10日発行、第38巻第14号第1480-1481頁
【非特許文献2】岡村清人 監修、「炭化ケイ素材料の開発」、(日本)、株式会社シーエムシー出版、2003年9月発行、第132頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、流体からウイルスや細菌等の微生物を除去するために用いられるフィルタの孔径は数十nm~数百nmの範囲内が適切であるとされている。特許文献1に記載の炭化ケイ素多孔体は、平均孔径が上述のように2nm以下であり、微生物の除去のためのフィルタに用いることができない。
【0008】
一方、非特許文献1に記載の方法で製造された炭化ケイ素多孔体は平均孔径が340nmであるため、微生物の除去のためのフィルタに用いることができる。しかし、非特許文献1に記載の方法では、造孔材として用いるシリカの粒子とケイ素を含有する有機化合物が均一に近くなるように混合するために技術を要する。また、造孔材を除去する工程において用いるフッ酸は毒劇物に指定されており、当該工程によってフッ酸にシリカが溶解した廃液(溶液)が発生するため、環境への負荷が生じる。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、数十nm~数百nmの範囲内の平均孔径を有する空孔が多数分布した炭化ケイ素多孔体を、環境への負荷を生じさせることなく容易に製造することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る炭化ケイ素多孔体の製造方法は、
有機ケイ素ポリマーである原材料を真空中で室温から1000~1400℃の範囲内の所定温度まで連続的に昇温させ、該所定温度に所定時間維持することにより、該原材料を蒸発させ、発生した原料蒸気を基体に付着させる
ことを特徴とする。
【0011】
本発明に係る方法では、ケイ素原子及び炭素原子を含有するポリマーである有機ケイ素ポリマーを原材料として用い、該原材料を真空中で室温から1000~1400℃(好ましくは1100~1300℃)の範囲内の所定温度まで連続的に昇温させる。ここで「室温から所定温度まで連続的に昇温させる」とは、室温と該所定温度の間の温度(例えば特許文献1に記載の200~400℃の範囲内の温度)で昇温を一時的に停止させることなく、該所定温度まで温度を上昇させることを意味する。なお、昇温速度は一定である必要はない。
【0012】
このように原材料を前記所定温度まで昇温させることにより、該原材料が分解し、低分子の気体として蒸発する。このように蒸発した原材料の蒸気(原料蒸気)を基体に付着させる。その際、原料蒸気中の低分子は基体の表面で分解する。これにより、基体の表面に炭素原子及びケイ素原子が堆積し、この堆積物により、基体の表面に炭化ケイ素多孔体が形成される。なお、所定温度まで昇温する途中で400℃以下の特定の温度に維持すると、前記所定温度に加熱しても原材料が蒸発し難くなる。
【0013】
本発明に係る方法で用いられる原材料である有機ケイ素ポリマーには、例えば、ポリシラン、ポリカルボシラン、ポリシロキサン、ポリシラザン、ポリメタロシロキサン、ポリカルボランシロキサン等が挙げられる。原材料はここに例示したものには限定されず、前記所定温度において分解して蒸発するものであれば任意の有機ケイ素ポリマーを用いることができる。
【0014】
本発明に係る方法で製造される炭化ケイ素多孔体は、30~300nmの範囲内の平均孔径を有する空孔を多数有する。このような孔径の多孔体は、ウイルスや細菌等の微生物や浮遊粒子状物質等を除去するためのフィルタに好適に用いることができる。例えば、コロナウイルスやインフルエンザウイルス等は直径が100nm程度、ノロウイルスは直径が30nm程度、たばこの煙に含まれる浮遊粒子状物は直径が100nm~数百nmであり、いずれも本発明に係る方法で製造される炭化ケイ素多孔体の孔で捕捉可能である。これらの除去対象物を当該炭化ケイ素多孔体に付着させた後、加熱することで除去対象物を燃焼させて除去すると、当該炭化ケイ素多孔体製のフィルタを再利用することができる。
【0015】
本発明に係る方法によれば、複数の材料を混合する必要がないという点で炭化ケイ素多孔体を容易に作製することができる。また、環境への負荷となる廃液等の廃棄物が発生することがない。
【0016】
前記基体には、典型的には板状のものを用いることができるが、それ以外の形状のものであってもよい。あるいは、原材料を真空中に配置するために用いる真空容器の壁を基体とする(すなわち、この壁の壁面に炭化ケイ素多孔体を形成する)ようにしてもよい。また、基体の表面に炭化ケイ素多孔体が形成された後、基体の表面から炭化ケイ素多孔体を剥がしてもよいが、炭化ケイ素多孔体の用途によっては基体の表面に堆積したままとしてもよい。
【0017】
なお、本発明に係る方法で製造される炭化ケイ素多孔体には、炭化ケイ素の他に、炭化ケイ素の結晶構造を構成していない単体の炭素(以下、単に「単体の炭素」とする)、及び不可避的不純物が含まれ得る。
【0018】
本発明に係る方法において、さらに、前記基体に原料蒸気を付着させることにより該基体上に形成された堆積物を、空気中にて500~800℃の範囲内である第2所定温度で加熱するとよい。これにより、前記堆積物から単体の炭素のうちの少なくとも一部が二酸化炭素又は一酸化炭素となって除去されるため、単体の炭素の含有量がより少なく純度が高い炭化ケイ素多孔体を得ることができる。これにより、フィルタや触媒の担体としての性能を高くすることができる。
【0019】
前記堆積物を800℃を超える温度で加熱すると、炭化ケイ素の多孔体の形状を維持することができないため、前記第2所定温度は800℃以下とする。また、前記堆積物を空気中にて500℃未満で加熱しても、単体の炭素をほとんど除去することができない。そのため、前記第2所定温度は500℃以上とする。
【0020】
また、炭化ケイ素は空気中にて第2所定温度で加熱しても分解しないことが知られている。例えば非特許文献2の
図1・4には、炭化ケイ素製の繊維を空気中にて800℃(第2所定温度の範囲のうち最も高い温度)で10時間加熱した試料において、引張強さが加熱前からほとんど低下していないことが示されており、この加熱によって炭化ケイ素が分解することなく安定して維持されていることがわかる。このことから、前記堆積物を空気中にて前記第2所定温度で加熱すると炭化ケイ素の結晶構造を構成していない炭素が選択的に除去されることがわかる。
【0021】
空気中での第2所定温度への加熱は、前記堆積物が前記基体に堆積した状態のままで行ってもよいし、前記堆積物を前記基体から剥がした後に行ってもよい。
【0022】
炭化ケイ素は100種類を超える多数の結晶構造を取り得る(いわゆる多形の)物質である。本発明に係る方法により得られる炭化ケイ素多孔体における炭化ケイ素は、それら多数の結晶構造のうちのβ型と呼ばれる、立方晶系の結晶構造を有する。
【0023】
本発明に係る炭化ケイ素多孔体は、β構造を有する炭化ケイ素を主成分とする母材内に、30~300nmの範囲内の平均孔径を有する空孔が多数形成されているものであることを特徴とする。
【0024】
なお、前記母材には、炭化ケイ素の他に、炭化ケイ素の結晶構造を構成していない炭素、及び不可避的不純物が含まれ得る。
【0025】
上述した製造方法によって本発明に係る炭化ケイ素多孔体を製造すると、製造時に用いる基体の表面形状に対応した形状を有する板状の炭化ケイ素多孔体の他に、1~10μmの範囲内(大半は5μm以下)の平均粒径を有する粒体状の形状の炭化ケイ素多孔体も得られる。このような微細な粒体状の炭化ケイ素多孔体は、例えば、炭化ケイ素マトリックスに微細な炭化ケイ素繊維が埋め込まれることにより形成されるセラミック基複合材料(CMC)において形成される隙間を埋めるために、炭化ケイ素マトリックスの充填材料として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、30~300nmの範囲内の平均孔径を有する空孔が多数分布した炭化ケイ素多孔体を、環境への負荷を生じさせることなく容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明に係る炭化ケイ素多孔体の製造方法の第1実施形態を示すフローチャート。
【
図2】原材料と基体を真空容器に収容した状態を示す概念図。
【
図3A】本発明者が行った実験の工程の一部である、原材料を石英管内に真空封入する過程を示す図。
【
図3B】本発明者が行った実験の一工程において、原材料を石英管内に真空封入した状態を示す図。
【
図4A】原材料をPCS、目標温度(所定温度)を1000℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図4B】
図4と同じ試料を、倍率を拡大して撮影した顕微鏡写真。
【
図5A】原材料をPCS、目標温度を1100℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図5B】
図5Aと同じ試料を、倍率を拡大して撮影した顕微鏡写真。
【
図6A】原材料をPCS、目標温度を1200℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図6B】
図6Aと同じ試料を、倍率を拡大して撮影した顕微鏡写真。
【
図7A】原材料をPCS、目標温度を1300℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図7B】
図7Aと同じ試料を、倍率を拡大して撮影した顕微鏡写真。
【
図8A】原材料をPCS、目標温度を1400℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図8B】
図8Aと同じ試料を、倍率を拡大して撮影した顕微鏡写真。
【
図9A】比較例であって、原材料をPCS、目標温度を800℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図9B】比較例であって、原材料をPCS、目標温度を900℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図10】原材料をPCS、目標温度を1200℃として作製した炭化ケイ素多孔体のX線光電子分光測定の結果を示す図。
【
図11】原材料をPCS、目標温度を1000℃及び1200℃としてそれぞれ作製した炭化ケイ素多孔体、並びに原材料のX線回折測定結果を示す図。
【
図12】原材料をPCS、目標温度を1200℃として作製し、石英管の内面に形成された板状多孔体を石英管と共にX線回折測定を行った結果を示すグラフ。
【
図13】原材料をPCS、目標温度を1200℃として作製した炭化ケイ素多孔体につき、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散型X線分析装置により元素分析を行った結果を示す図。
【
図14】原材料をPDMS、目標温度(所定温度)を1200℃として作製した炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図15】本発明に係る炭化ケイ素多孔体の製造方法の第2実施形態を示すフローチャート。
【
図16A】第2所定温度500℃、第2所定時間8時間で空気中にて加熱することで得られた炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図16B】第2所定温度600℃、第2所定時間2時間で空気中にて加熱することで得られた炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図16C】第2所定温度800℃、第2所定時間2時間で空気中にて加熱することで得られた炭化ケイ素多孔体の顕微鏡写真。
【
図17】第2所定温度800℃、第2所定時間2時間で空気中にて加熱することで得られた、多孔体形状を維持することができなかった比較例の炭化ケイ素の顕微鏡写真。
【
図18】走査型電子顕微鏡に搭載されたエネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS)を用いて、第2実施形態の方法で得られた炭化ケイ素多孔体等の炭素含有率を測定した結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図1~
図18を用いて、本発明に係る炭化ケイ素多孔体及びその製造方法の実施形態を説明する。
【0029】
(1) 第1実施形態の炭化ケイ素多孔体の製造方法
図1に、第1実施形態の炭化ケイ素多孔体の製造方法における工程の流れを示す。まず、原材料である有機ケイ素ポリマーを用意する(ステップS1)。有機ケイ素ポリマーは、本発明者が行った実験ではポリジメチルシラン(PDMS。ポリシランの一種。)及びポリカルボシラン(PCS)を用いたが、これら2種には限定されない。
【0030】
次に、
図2に示すように、ステップS1で用意した原材料11と基体12を真空容器13内に収容する。真空容器13には排気管14が接続されており、排気管14にはバルブ15及び真空ポンプ16が接続されている。続いて、真空ポンプ16を作動させたうえでバルブ15を開放し、真空容器13内から排気することにより、真空容器13内を真空にする(ステップS2)。その後、バルブ16を閉鎖し、真空ポンプ15を停止する。
【0031】
基体12は、真空容器13と別体のものを用いてもよいが、後述のように真空容器13の内壁面131に炭化ケイ素多孔体が堆積することから、真空容器13の内壁面131を基体12として用いることもできる。真空容器13には、例えば石英製のものを用いることができる。また、真空容器13には使い捨てのものを用いてもよい。
【0032】
本発明者が行った実験では、真空容器13として石英管を用いた。この実験では、まず、両端が開放している石英管133の一端をガスバーナーで加熱して封鎖し、石英管133を冷却した後、石英管133の他端135から石英管133内に原材料11を収容した。そのうえで、石英管133のうち原材料11が収容されている位置と他端135の間の部分136をガスバーナー等によって加熱することで管径を絞り(
図3A)、他端135から石英管133内を真空引きしながら、管径を絞った部分136をガスバーナー等によってさらに加熱することにより封鎖した(
図3B)。これにより、石英管133から成る真空容器13の内部に原材料11(及び石英管133の内壁面131である基体)が収容され、該内部が真空である状態となる。この場合、石英管133自体を封鎖するため、別途バルブ16を用いる必要はない。また、この場合には、真空容器13(石英管133)から炭化ケイ素多孔体を取り出す際に真空容器13を破壊する必要があるため、真空容器13は使い捨てとなる。
【0033】
次に、真空容器13内を、室温TRから1000~1400℃の範囲内の目標温度(前記所定温度)Ttまで連続的に昇温させ(ステップS3)、該目標温度Ttに所定時間(例えば1~10時間)維持する(ステップS4)。この昇温の際には、室温TRと目標温度Ttの温度の間の温度で昇温を一時的に停止させることなく、温度を上昇させる。昇温速度は一定であってもよいし、昇温中に変化してもよい。その後、真空容器13内の温度を室温TRまで降温させ、基体12又は基体12の表面に堆積した堆積物を取り出す(ステップS5)。
【0034】
以上のように真空容器13内を加熱している間に、原材料11が蒸発し、蒸発した原材料11に含まれるケイ素原子及び炭素原子により、基体12の表面に炭化ケイ素多孔体(前記堆積物)が形成される。なお、前述のように加熱を開始する前にバルブ16の閉鎖又は石英管133の封鎖を行っているため、蒸発した原材料11が真空容器13の外に流出することはない。この炭化ケイ素多孔体は、β構造を有する炭化ケイ素を主成分とする母材内に、30~300nmの範囲内の平均孔径を有する空孔を多数有するものである。
【0035】
なお、原材料11であるPCSやPDMSには、ケイ素及び炭素の他に水素原子が含まれるが、水素原子は真空容器13中にガスとして、あるいは原材料11の残渣として留まり、炭化ケイ素多孔体の形成には寄与しない。
【0036】
仮に、昇温の際に450℃以下の特定の温度で昇温を一定時間停止させると、その後に目標温度Ttに到達しても原材料11が蒸発し難くなる。そうすると、基体12の表面への炭化ケイ素多孔体の形成は抑制されてしまう。そのため、本実施形態では室温TRから目標温度Ttまで連続的に昇温させる。
【0037】
(2) 第1実施形態の方法により製造された炭化ケイ素多孔体の例
次に、第1実施形態の方法により製造された炭化ケイ素多孔体の例を説明する。ここでは、原材料としてPCSを用い、目標温度Ttをそれぞれ1000℃、1100℃、1200℃、1300℃、1400℃とした5つの例、並びに、原材料としてPDMSを用い、目標温度Ttを1200℃とした例を示す。併せて、原材料としてPCSを用い、目標温度Ttを1000~1400℃よりも低い800℃及び900℃とした2つの比較例についても実験結果を示す。これらの実施例及び比較例ではいずれも、目標温度Ttに維持する時間(前記所定時間)は2時間とした。PDMSは日本曹達株式会社製の市販のものを用いた。(炭化ケイ素多孔体の原材料である)PCSは、(PCSの原材料としての)PDMSを真空中にて335~450℃の範囲内の温度(PDMSが完全に液化する350~450℃の範囲内とすることが好ましい)で10時間焼成し、その後室温まで冷却することによって作製したものを用いた。
【0038】
図4~
図8に、原材料としてPCSを用いて作製した炭化ケイ素多孔体を走査型電子顕微鏡で撮影した顕微鏡写真を示す。作製時の目標温度T
tは、1000℃(
図4)、1100℃(
図5)、1200℃(
図6)、1300℃(
図7)及び1400℃(
図8)である。各図とも、倍率の異なる2枚(
図6を除く各図)又は3枚(
図6)の顕微鏡写真を示している。また、
図9に、上記比較例の試料(作製時の目標温度は、
図9Aでは800℃、
図9Bでは900℃)の顕微鏡写真を示す。
【0039】
これらの顕微鏡写真より、本実施例(加熱時の目標温度T
tが1000~1400℃の範囲内)ではいずれも、球形の粒体であって、母材21内に多数の空孔22が形成された粒状多孔体20が得られていることがわかる。また、例えば
図6A及び
図8Bに示されているように、粒状多孔体20の背後には板状多孔体20Aが形成されている。それに対して比較例では、球形の粒体が形成されているものの、空孔は見られない。
【0040】
これらの顕微鏡写真より見積もった、本実施例の各試料における空孔22の孔径は、目標温度Ttが1000℃の試料では30~50nm、1200℃の試料では100~300nm、1400℃の試料では100nm前後となっている。また、目標温度Ttが1400℃の試料では、他の本実施例の試料よりも母材21が占める領域が大きくなっている。
【0041】
粒状多孔体20全体の径は、いずれの試料においても1~10μmの範囲内にあり、大半は5μm以下である。
【0042】
図10に、目標温度T
tを1200℃として作製した試料に対してX線光電子分光(XPS)測定を行った結果を示す。この測定は、試料の表面を35.9nmの深さまでスパッタすることによって清浄な表面を露出させたうえで行った。ケイ素原子(Si)の2p電子の結合エネルギーの測定結果では、SiCを形成している場合の結合エネルギー領域(99.8~100.8eV)にピークが見られるのに対して、SiO
2を形成している場合の結合エネルギー領域(103.2~103.8eV)にはピークが見られない。従って、得られた試料ではSiCが生成されており、本発明では不要であるSiO
2は生成されていない、といえる。
【0043】
炭素原子(C)の1s電子の結合エネルギーの測定結果では、単体の炭素を形成している場合の結合エネルギー領域(284.2~285.1eV)と炭化物を形成している場合の結合エネルギー領域(280.6~283.0eV)に跨がるようにピークが見られる。このことから、試料内にはSiCと共に単体の炭素が存在すると考えられる。また、酸素原子(O)の1s電子の結合エネルギーの測定結果では、炭酸塩を形成している場合の結合エネルギー領域(530.5~531.5eV)にピークが見られるのに対して、SiO2を形成している場合の結合エネルギー領域(532.5~533.3eV)にはピークが見られない。このことは、Siの測定結果と同様にSiO2は生成されていないことを意味している。また、不純物である酸素と過剰な炭素によって炭酸塩が生成されていると考えられる。
【0044】
図11に、目標温度T
tが1000℃及び1200℃の試料を石英製の基板から剥がしたもの、並びに原材料であるPCSについて、それぞれX線回折の測定を行った結果を示す。本実施例の2つの試料ではいずれもPCSとは異なるピークが観測されている。目標温度T
tが1200℃の試料では、β構造のSiC(β-SiC)における(111)面、(220)面及び(311)面でのブラッグ反射によるピークが観測されている。また、目標温度T
tが1000℃の試料では、β-SiCにおける(111)面でのブラッグ反射によるピークが観測されている(なお、T
tが1200℃の試料よりもシグナルが弱いため、(220)面及び(311)面のピークは判別できない)。なお、
図11では本実施例の2つの試料のデータにおいてわずかに石英の(101)面のピークが見られるが、これは真空容器13である石英管133の一部が試料に混入したことによると考えられる。
【0045】
次に、目標温度T
tが1200℃の試料につき、石英基板に堆積したままの状態で(石英基板と一緒に)X線回折測定を行った。その結果を
図12に示す。
図12には併せて、石英基板のみを対象としてX線回折測定(バックグラウンドの測定)を行った結果も示す。β-SiCの(111)面でのブラッグ反射によるピークが観測される2θ(
図12に矢印で示したところ)の前後において、試料と石英基板を一緒に測定したデータの方が石英基板のみを測定したデータよりも大きくなっており、当該試料ではβ-SiCが生成されていることが推察される。
【0046】
図13に、目標温度T
tが1200℃の試料について、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散型X線分析装置を用いて元素分析を行った結果を示す。わずかに酸素(O)によるピークが見られるものの、そのピークよりもケイ素(Si)及び炭素(C)のピークの方が十分に大きく、得られた多孔体がSiCにより構成されている、すなわち炭化ケイ素多孔体が得られていることがわかる。なお、酸素によるピークはわずかに生成された炭酸塩によるものと考えられる。
【0047】
ここまでは原材料としてPCSを用いた例について示してきたが、原材料としてPDMSを用い、目標温度T
tが1200℃である試料も作製した。目標温度T
tに維持する時間は2時間とした。得られた試料の顕微鏡写真を
図14に示す。PCSを用いた場合と同様に、母材21内に多数の空孔22が形成された粒状多孔体20が得られていることがわかる。
【0048】
(3) 第2実施形態の炭化ケイ素多孔体の製造方法
第2実施形態の炭化ケイ素多孔体の製造方法では、第1実施形態の方法により基体12の表面に形成された炭化ケイ素多孔体(前記堆積物)に対してさらに、空気中で加熱する処理を行うことにより、前記堆積物から単体の炭素の少なくとも一部を除去する操作を行う。
【0049】
図15に、第2実施形態の炭化ケイ素多孔体の製造方法における工程の流れを示す。ステップS1~S5の操作は第1実施形態のものと同様である。これらの操作で得られた前記堆積物を、空気中にて、500~800℃の範囲内である第2所定温度まで昇温し(ステップS6)、この第2所定温度で所定の時間(第2所定時間)維持する(ステップS7)。
【0050】
第2所定時間は、長過ぎると炭化ケイ素多孔体の形状を維持することができずに孔が閉塞あるいは消失してしまうため、予備実験を行うことにより、形状を維持可能な範囲内の時間で適宜定めればよい。本発明者の実験によると、第2所定時間が2時間以内であれば、500~800℃の範囲内のいずれの第2所定温度であっても炭化ケイ素多孔体の形状を維持することができる。また、第2所定温度が500℃であれば、8時間程度維持しても炭化ケイ素多孔体の形状を維持することができる。
【0051】
第2所定時間が経過後、室温まで降温する(ステップS8)ことにより、単体の炭素の少なくとも一部が除去された炭化ケイ素多孔体が得られる。
【0052】
(4) 第2実施形態の方法により製造された炭化ケイ素多孔体の例
図16A~Cに、第2実施形態の方法により製造された炭化ケイ素多孔体を走査型電子顕微鏡で撮影した顕微鏡写真を示す。この例では、原材料であるPCSを真空中にて目標温度(前記所定温度)1200℃で2時間加熱した原料蒸気を基体に付着させた後に室温に低下させることで得られた堆積物を、空気中にて第2所定温度で第2所定時間加熱することにより得られた、複数の試料を用いた。第2所定温度及び第2所定時間は、
図16Aの例では500℃及び8時間、
図16Bの例では600℃及び2時間、
図16Cの例では800℃及び2時間である。
図16A~Cのいずれの例においても、多孔質の形状が維持されていることが確認できる。
【0053】
なお、第2所定温度が600℃及び800℃である場合において、第2所定時間を4時間としたときには、表面がほぼ平坦となり、多孔質の形状を維持することができなかった(
図17)。そのため、第2所定時間は、このような実験を予め行っておくことにより、第2所定温度に応じて定めるとよい。
【0054】
第2所定温度が500℃であって第2所定時間がそれぞれ2時間、4時間及び8時間である試料、並びに、第2所定温度がそれぞれ600℃及び800℃であって第2所定時間がいずれも2時間である試料につき、走査型電子顕微鏡に搭載されたエネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS)を用いて炭素原子の含有率(炭素含有率)を測定した。併せて、空気中での加熱を行っていない試料についても同様の測定を行った。さらに、参考のため、多孔質形状を維持することができなかった、第2所定温度が600℃であって第2所定時間が4時間及び8時間である試料、並びに第2所定温度が800℃であって第2所定時間が4時間である試料についても同様の測定を行った。それらの測定結果を
図18のグラフに示す。
【0055】
このグラフより、いずれの第2所定温度においても、空気中で加熱することにより炭素含有率が該加熱前よりも減少していることがわかる。炭化ケイ素は空気中で800℃で加熱しても分解することなく安定して維持されることが知られているため、この炭素含有率の減少は、炭化ケイ素多孔体以外の不要な炭素が減少し、より純度が高い炭化ケイ素多孔体が得られていることを意味していると考えられる。
【0056】
また、第2所定温度が高いほど、第2所定時間が長いほど、減少率は高く(炭素含有率の値が小さく)なっている。従って、不要な炭素を除去するためには、第2所定温度は上記範囲内のうち高い方が望ましく、第2所定時間は長い方が望ましい。但し、第2所定温度が600℃以上である場合には、上記のように第2所定時間が長過ぎると多孔体の形状を維持することができないため、当該形状を維持できる範囲内で第2所定時間を設定する。
【0057】
本発明は上記実施形態には限定されず、本発明の主旨の範囲内で種々の変形が可能である。例えば、上記実施形態では原材料としてPCS又はPDMSを用いたが、PDMS以外のポリシランを用いてもよいし、その他の有機ケイ素ポリマーを用いてもよい。
【符号の説明】
【0058】
11…原材料
12…基体
13…真空容器
131…真空容器の内壁面
133…石英管
134…石英管の一端
135…石英管の他端
136…石英管のうち原材料が収容されている位置と他端の間の部分
20…粒状多孔体(炭化ケイ素多孔体)
20A…板状多孔体(炭化ケイ素多孔体)
21…母材
22…空孔