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特開2022-97243ヒトにおける薬物のクリアランスの予測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022097243
(43)【公開日】2022-06-30
(54)【発明の名称】ヒトにおける薬物のクリアランスの予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20220623BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220623BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALN20220623BHJP
【FI】
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020210711
(22)【出願日】2020-12-18
(71)【出願人】
【識別番号】390016470
【氏名又は名称】公益財団法人実験動物中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】神村 秀隆
(72)【発明者】
【氏名】上原 正太郎
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB01
4B063QA01
4B063QQ03
4B063QQ08
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】ヒトとホスト動物との間で肝細胞の代謝能の種差が大きい薬物についても、ヒトにおけるクリアランスを精度よく予測することが可能な、ヒトにおける薬物のクリアランスの予測方法を提供する。
【解決手段】下記式(a)により、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正するための補正係数を取得する、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数(CF)の取得方法。CF:補正係数;CLin vitro,ani:in vitroで測定された前記薬物の前記非ヒト動物の肝細胞による代謝速度;CLin vitro,hu:in vitroで測定された前記薬物のヒトの肝細胞による薬物代謝速度。
CF=100/((100-RI)×CLin vitro,ani/CLin vitro,hu+RI) (a)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(a)により、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正するための補正係数を取得する、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数(CF)の取得方法。
CF=100/((100-RI)×CLin vitro,ani/CLin vitro,hu+RI) (a)
CF:補正係数
CLin vitro,ani:in vitroで測定された前記非ヒト動物の肝細胞による前記薬物の代謝速度
CLin vitro,hu:in vitroで測定されたヒトの肝細胞による前記薬物の代謝速度
RI:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝臓におけるヒト肝細胞置換率(%)
【請求項2】
請求項1に記載の肝固有クリアランスの補正係数の取得方法により取得される補正係数(CF)を用いて、下記式(b)により、前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の前記肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正する、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法。
CLh,int,chim,c=CLh,int,chim×CF (b)
CLh,int,chim,c:補正された前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
CLh,int,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
CF:前記式(a)で取得される補正係数
【請求項3】
前記式(b)中の前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を、下記式(c)により取得する、請求項2に記載のヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法。
CLh,int,chim=(Rbchim/fu,p,chim)×((Qh,chim×CLh,b,chim)/(Qh,chim-CLh,b,chim))×(BWchim/LWchim) (c)
CLh,int,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
Rbchim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の血液中-血漿中薬物濃度比
u,p,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の血漿中タンパク非結合形分率
h,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝血流量
CLh,b,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の血液ベースのクリアランス
BWchim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の体重(kg)
LWchim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝重量(g)
【請求項4】
請求項2又は3に記載のヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法により取得される、前記補正された前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の前記肝固有クリアランス(CLh,int,chim,c)を用いて、下記式(d)により、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)を予測する、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)の予測方法。
CLh,int,hu=CLh,int,chim,c×LWhu/BWhu (d)
CLh,int,hu:ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランスの予測値
CLh,int,chim,c:前記式(b)で取得される補正後のヒト肝キメラ非ヒト動物の肝固有クリアランス
BWhu:ヒトの体重(kg)
LWhu:ヒトの肝重量(g)
【請求項5】
請求項4に記載のヒトにおける薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)の予測方法により取得される、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランスの予測値(CLh,int,hu)に基づいて、ヒトにおける前記薬物の肝クリアランス(CLh,hu)を予測する、ヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法。
【請求項6】
下記式(e)により、ヒトにおける前記薬物の肝クリアランス(CLh,hu)の予測値を取得する、請求項5に記載のヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法。
CLh,hu=Qh,hu×fu,p,hu×CLh,int,hu/(Qh,hu+(fu,p,hu/Rbhu)×CLh,int,hu) (e)
CLh,hu:ヒトにおける前記薬物の肝クリアランスの予測値
CLh,int,hu:前記式(d)で取得される、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランスの予測値
Rbhu:ヒトにおける前記薬物の血液中-血漿中薬物濃度比
u,p,hu:ヒトにおける前記薬物の血漿中タンパク非結合形分率
h,hu:ヒトの肝血流量
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトにおける薬物のクリアランスの予測方法に関する。また、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数の取得方法、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測方法、及びヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新薬開発プロセスの一環として、創薬ステージから開発ステージに移行する段階で、候補化合物のヒトでの薬物体内動態の予測試験が実施される。新薬開発初期にて、候補化合物のヒトでの代謝クリアランス(CL)を予測することは、臨床での安全性や薬理効果の持続性を推測し、最適の候補化合物を選択する上で非常に重要である。
【0003】
全身クリアランス(CL)は、投与した薬物量を、薬物の血漿中濃度に関連付けるための比例係数であり、「CL=薬物投与量/薬物の血漿中濃度曲線下面積」の計算式で取得することができる。また、薬物の消失のほとんど全てが肝臓での代謝による場合には、肝クリアランス(CL)が指標として用いられる。肝クリアランスの値が大きい程、その薬物は代謝されて消失し易いと判断される。未変化体に活性を有する治療薬は、その血漿中からの消失が早すぎると、効果が持続せず、頻回投与が必要となる。逆に、血漿中からの消失が遅すぎる場合、副作用の発現への対応が困難になる。
【0004】
そのため、初めてヒトへの投与が行われる「Phase-I臨床試験」の前に、複数の実験動物を用いて、ヒトでのクリアランスを予測する試みが数多く実施されてきた。しかしながら、ヒトと実験動物との間では薬物代謝の種差が大きい場合が多く、ヒトでのクリアランスを予測する際の弊害となっている。そこで、近年、ヒト肝細胞を体内に有するヒト肝キメラ動物(例えば、ヒト肝キメラマウス)が開発され、当該モデル動物によるクリアランス予測法が有効であるとの報告がなされている(例えば、非特許文献1、2)。
【0005】
ヒト肝キメラマウスのPharmacokinetics(PK)結果から、ヒトでのクリアランスを予測する方法としてこれまでに報告されてきた方法は、経験則に基づいたSSS法(例えば、非特許文献1)、及び生理学的解析に基づいたPhysiologically Based Scaling(PBS)法(例えば、非特許文献2)に分けられる。
【0006】
SSS法では、ヒト肝キメラマウスで得られた全身クリアランスに体重と冪値から計算される補正係数を掛け合わせてヒトにおける全身クリアランスを算出する。一方、PBS法では、肥大した肝重量あたりに補正したヒト肝キメラマウスの肝固有クリアランスを、ヒトの肝重量あたりの肝固有クリアランスと同等とみなすという考え方に基づいて、ヒトにおける肝クリアランスを算出する。具体的には、ヒト肝キメラマウスの全身クリアランスから求めた肝クリアランスを、主にwell-stirredモデルの計算式により肝固有クリアランスに変換する。次いで、このヒト肝キメラマウスにおける肝固有クリアランスをヒトにおける肝固有クリアランスとみなして、ヒトの生理学パラメーターを用いて、well-stirredモデルの計算式によりヒトの肝クリアランスを逆計算する。上述した様に、消失のほとんど全てが肝臓での代謝による薬物では、全身クリアランスと肝クリアランスは同じ値となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sawada T, et al., Predicting successful/unsuccessful extrapolation for in vivo total clearance of model compounds with a variety of hepatic intrinsic metabolism and protein bindings in humans from pharmacokinetic data using chimeric mice with humanised liver. Xenobiotica 50:526-35, 2020.
【非特許文献2】Kamimura et al., Simulation of human plasma concentration-time profiles of the partial glucokinase activator PF-04937319 and its disproportionate N-demethylated metabolite using humanized chimeric mice and semi-physiological pharmacokinetic modeling. Xenobiotica 47:382-93, 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヒト肝キメラ動物(特にヒト肝キメラマウス)では、ホスト動物の肝細胞が一部残存している。そのため、ヒト肝細胞に対してホスト動物肝細胞の代謝能が大きい場合、ヒトでのクリアランスを過大に見積もってしまう。
【0009】
そのため、SSS法では、ホスト動物の肝細胞代謝の影響を受け易い化合物については、クライテリアを設けて、予測できない化合物として予測対象から外す方法も提唱されている(非特許文献1)。
【0010】
また、PBS法では、個別個体の肝固有クリアランスをヒト肝キメラ動物の肝臓におけるヒト肝細胞置換率(RI)に対してプロットし、仮想のヒト肝細胞100%のヒト肝キメラ動物を想定して肝固有クリアランスを予測する方法が用いられている(非特許文献2)。しかし、この方法では、ホスト動物とヒトとで肝固有クリアランスの種差が大きい化合物では精度が極端に低下する。
【0011】
そこで、本発明は、ヒトとホスト動物との間で肝細胞の代謝能の種差が大きい薬物についても、ヒトにおけるクリアランスを精度よく予測することが可能な、ヒトにおける薬物のクリアランスの予測方法を提供することを目的とする。また、前記予測方法に用いる、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数の取得方法、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測方法、及びヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下の態様を含む。
[1]下記式(a)により、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正するための補正係数を取得する、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数(CF)の取得方法。
CF=100/((100-RI)×CLin vitro,ani/CLin vitro,hu+RI) (a)
CF:補正係数
CLin vitro,ani:in vitroで測定された前記非ヒト動物の肝細胞による前記薬物の代謝速度
CLin vitro,hu:in vitroで測定されたヒトの肝細胞による前記薬物の代謝速度
RI:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝臓におけるヒト肝細胞置換率(%)
[2][1]に記載の肝固有クリアランスの補正係数の取得方法により取得される補正係数(CF)を用いて、下記式(b)により、前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の前記肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正する、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法。
CLh,int,chim,c=CLh,int,chim×CF (b)
CLh,int,chim,c:補正された前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
CLh,int,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
CF:前記式(a)で取得される補正係数
[3]前記式(b)中の前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を、下記式(c)により取得する、[2]に記載のヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法。
CLh,int,chim=(Rbchim/fu,p,chim)×((Qh,chim×CLh,b,chim)/(Qh,chim-CLh,b,chim))×(BWchim/LWchim) (c)
CLh,int,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
Rbchim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の血液中-血漿中薬物濃度比
u,p,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の血漿中タンパク非結合形分率
h,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝血流量
CLh,b,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の血液ベースのクリアランス
BWchim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の体重(kg)
LWchim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝重量(g)
[4][2]又は[3]に記載のヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法により取得される、前記補正された前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の前記肝固有クリアランス(CLh,int,chim,c)を用いて、下記式(d)により、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)を予測する、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)の予測方法。
CLh,int,hu=CLh,int,chim,c×LWhu/BWhu (d)
CLh,int,hu:ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランスの予測値
CLh,int,chim,c:前記式(b)で取得される補正後のヒト肝キメラ非ヒト動物の肝固有クリアランス
BWhu:ヒトの体重(kg)
LWhu:ヒトの肝重量(g)
[5][4]に記載のヒトにおける薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)の予測方法により取得される、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランスの予測値(CLh,int,hu)に基づいて、ヒトにおける前記薬物の肝クリアランス(CLh,hu)を予測する、ヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法。
[6]下記式(e)により、ヒトにおける前記薬物の肝クリアランス(CLh,hu)の予測値を取得する、[5]に記載のヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法。
CLh,hu=Qh,hu×fu,p,hu×CLh,int,hu/(Qh,hu+(fu,p,hu/Rbhu)×CLh,int,hu) (e)
CLh,hu:ヒトにおける前記薬物の肝クリアランスの予測値
CLh,int,hu:前記式(d)で取得される、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランスの予測値
Rbhu:ヒトにおける前記薬物の血液中-血漿中薬物濃度比
u,p,hu:ヒトにおける前記薬物の血漿中タンパク非結合形分率
h,hu:ヒトの肝血流量
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ヒトとホスト動物との間で肝細胞の代謝能の種差が大きい薬物についても、ヒトにおけるクリアランスを精度よく予測することが可能な、ヒトにおける薬物のクリアランスの予測方法が提供される。また、前記予測方法に用いる、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数の取得方法、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測方法、及びヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】5種の化合物について、本発明の一態様にかかる方法、PBS法、またはSSS法で予測されたヒトにおけるクリアランス(CL hu)の各予測値と、実測の全身クリアランス(CLt,hu)との相関を示す。選択した5種の化合物の未変化体尿中排泄率は極僅かであることから、PBS法で予測された肝クリアランスも、SSS法で予測された全身クリアランスと同等レベルで比較して良いと考えられた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<補正係数(CF)の取得方法>
本発明の第1の態様は、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正係数(CF)の取得方法である。本態様の取得方法では、下記式(a)により、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正するための補正係数を取得する。
【0016】
CF=100/((100-RI)×CLin vitro,ani/CLin vitro,hu+RI) (a)
CF:補正係数
CLin vitro,ani:in vitroで測定された薬物の非ヒト動物の肝細胞による代謝速度
CLin vitro,hu:in vitroで測定された薬物のヒトの肝細胞による薬物代謝速度
RI:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝臓におけるヒト肝細胞置換率(%)
【0017】
(ヒト肝キメラ非ヒト動物)
「ヒト肝キメラ非ヒト動物」とは、ヒト肝細胞を担持する非ヒト動物を意味する。「非ヒト動物」とは、ヒト以外の動物を意味する。非ヒト動物としては、特に限定されないが、非ヒト哺乳動物が好ましく、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ブタ(ミニブタなど)、ウサギ、イヌ、霊長類(マーモセット、サル、チンパンジーなど)等が挙げられるが、これらに限定されない。以下、ヒト肝細胞の担持対象となる非ヒト動物を「ホスト動物」という場合がある。
【0018】
ヒト肝キメラ非ヒト動物の作製は、公知の方法により行うことができる。ヒト肝キメラ非ヒト動物は、例えば、免疫不全非ヒト動物の肝臓に肝障害を与え、ヒト肝細胞を移植することにより作製することができる。免疫不全非ヒト動物に肝障害を与える方法としては、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベータ-(uPA)遺伝子を導入する方法(特許第5976380号公報;Tateno et al., Am J Pathol 165:901-912, 2004.)、FAH遺伝子をノックアウトする方法(Azuma et al., Nat Biotechnol 25:903-910, 2007.)、チミジンキナーゼ遺伝子導入後にガンシクロビルを投与する方法(Hasegawa et al., M, Biochem Biophys Res Commun 405:405-410, 2011.)等が挙げられるが、これらに限定されない。免疫不全非ヒト動物は、自然発症型の免疫不全非ヒト動物を使用してもよく、免疫の正常な動物に免疫抑制剤を投与して作製してもよく、あるいは遺伝子改変技術を用いて免疫関連遺伝子をノックアウトすることにより作製してもよい。
【0019】
ヒト肝キメラ非ヒト動物は、ヒト肝細胞を移植できる動物であれば特に限定されず、例えば、ヒト肝キメラマウス、ヒト肝キメララット、ヒト肝キメラミニブタ等を利用することができる。中でも、ヒト肝キメラ非ヒト動物は、入手しやすいことから、ヒト肝キメラマウスが好ましい。ヒト肝キメラマウスは、例えば、株式会社フェニックスバイオ、あるいはインビボサイエンス株式会社から市販されているもの等を利用することができる。
【0020】
(薬物)
本態様の方法において、ヒト肝キメラ非ヒト動物における肝固有クリアランス(CLh,int,chim)算出の対象となる薬物は、特に限定されず、任意の薬物を用いることができる。薬物としては、例えば、ヒトでの臨床応用を目指して開発中の薬剤、又は既に医薬品として認可された薬剤等が挙げられる。また、薬物は、環境への散布、及び食物連鎖等によりヒトが曝露される可能性のある薬物であってもよい。そのような薬物としては、例えば、農薬、動物薬等が挙げられる。薬物としては、例えば、低分子化合物(例えば、分子量500以下の化合物)が挙げられる。
【0021】
本態様の方法で取得される補正係数(CF)を用いて予測されるヒトにおける肝クリアランスの予想方法では、ヒトとホスト動物との間で肝細胞代謝速度の差が大きい薬物であっても、精度よく、ヒトにおけるクリアランスを予測することができる。そのため、薬物としては、ヒトとホスト動物との間で肝細胞代謝速度の種差が大きい薬物が好適に挙げられる。
【0022】
(CLin vitro,ani、CLin vitro,hu
前記式(a)中、CLin vitro,aniは、in vitroで測定された非ヒト動物の肝細胞による薬物代謝速度(μL/min/1x10 hepatocytes)である。CLin vitro,aniを測定する非ヒト動物の肝細胞は、ヒト肝キメラ非ヒト動物のホスト動物と同種の非ヒト動物由来のものを用いる。肝細胞による薬物の代謝速度は、同種の動物であれば、系統間で大きな差はないと考えられる。そのため、肝細胞が由来する非ヒト動物は、ホスト動物と同種であれば、同系統の動物であってもよく、異なる系統の動物であってもよい。肝細胞は、肝細胞株として樹立された培養細胞であってもよい。肝細胞は、ホスト動物と同種の非ヒト動物のものであれば、新鮮肝細胞を用いてもよく、市販の凍結肝細胞を用いてもよい。
【0023】
CLin vitro,aniは、in vitroにおける薬物の存在下で、非ヒト動物の肝細胞をインキュベーションし、インキュベーションにより減少した薬物濃度を測定することにより、求めることができる。インキュベーション条件は、特に限定されず、肝細胞の培養に通常用いられる条件とすればよい。例えば、CO濃度としては5%CO、インキュベーション温度としては、37℃等が挙げられる。インキュベーション時間は、特に限定されず、薬物に応じて、適宜選択すればよい。インキュベーション時間としては、例えば、5~180分等が挙げられるが、これに限定されない。CLin vitro,aniは、公知文献(例えば、Sawada et al., Xenobiotica 50:526-35, 2020.)に記載される方法と同様の方法で測定してもよい。また、CLin vitro,aniは、公知文献等で報告されている数値を用いてもよい。
【0024】
CLin vitro,huは、in vitroで測定されたヒトの肝細胞による薬物の代謝速度(μL/min/1x10 hepatocytes)である。肝細胞は、ヒト由来のものであればよく、ヒト肝細胞として樹立された培養細胞であってもよい。ヒト肝細胞は、摘出後の新鮮肝細胞を用いてもよく、市販の凍結肝細胞を用いてもよい。
【0025】
CLin vitro,huは、in vitroにおける薬物の存在下で、ヒト肝細胞をインキュベーションし、インキュベーションにより減少した薬物濃度を測定することにより、求めることができる。インキュベーション条件は、上記非ヒト動物の肝細胞と同様の条件が挙げられる。CLin vitro,huは、公知文献等で報告されている数値を用いてもよい。
【0026】
(ヒト肝細胞置換率(%):RI)
前記式(a)中、RIは、ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝臓におけるヒト肝細胞置換率(%)である。RIは、公知の方法で求めることができる。RIは、例えば、ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝組織を、ヒト特異的抗原に対する抗体、及び/又は非ヒト動物特異的抗原に対する抗体で免疫染色することにより求めることができる。あるいは、ホスト動物の血漿中のヒトアルブミン濃度を測定し、別途作成した検量線を用いてRIを求めることができる。ヒト肝キメラヒト動物が、市販のものである場合、提供元から提供されるRIのデータを利用することができる。
【0027】
前記式(a)により取得される補正係数(CF)は、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正するために用いることができる。補正係数(CF)は、ヒト肝キメラ非ヒト動物に残存するホスト動物肝細胞による薬物代謝を補正するためのものである。補正係数(CF)を用いることにより、ホスト動物の肝細胞が残存するヒト肝キメラ非ヒト動物における肝固有クリアランスを、ヒト肝細胞で100%置換された仮想のヒト肝キメラ非ヒト動物における肝固有クリアランスに変換することができる。
【0028】
<ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法>
本発明の第2の態様は、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスの補正方法である。本態様の補正方法では、前記第1の態様の方法により取得される補正係数(CF)を用いて、下記式(b)により、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)を補正する。
【0029】
CLh,int,chim,c=CLh,int,chim×CF (b)
CLh,int,chim,c:補正された前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
CLh,int,chim:前記ヒト肝キメラ非ヒト動物における前記薬物の肝固有クリアランス
CF:前記式(a)で取得される補正係数
【0030】
(ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝固有クリアランス:CLh,int,chim
前記式(b)中、CLh,int,chimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝固有クリアランス(mL/min/g liver)である。CLh,int,chimは、公知の方法により、取得することができる。CLh,int,chimは、例えば、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の全身クリアランス(CLt,chim)から、ヒト肝キメラ非ヒト動物の生理学的パラメーター、及び薬物動態学の手法を用いて、取得することができる。
【0031】
CLt,chimは、公知の方法により取得することができる。例えば、ヒト肝キメラ非ヒト動物に、薬物を静脈投与し、経時的に、採血して血漿中の薬物(未変化体)濃度を測定する。血漿中薬物濃度は、薬物の種類に応じて、LC-MS/MS、高速液体クロマトグラフィー等の公知の分析手段を用いて、測定することができる。このようにして取得した静脈投与後の薬物の血漿中濃度から、薬物動態学の手法を用いて、CLt,chimを取得することができる。CLt,chimは、「薬物投与量/薬物の血漿中濃度曲線下面積」の計算式で取得することができる。血漿中濃度曲線は、縦軸を薬物の血漿中濃度、横軸を静脈投与からの経過時間とし、薬物の血漿中濃度をプロットすることにより、作成することができる。
【0032】
CLh,int,chimは、例えば、well-stirredモデルに基づいて、取得することができる。CLh,int,chimは、例えば、下記式(c)により、取得することができる。
【0033】
CLh,int,chim=(Rbchim/fu,p,chim)×((Qh,chim×CLh,b,chim)/(Qh,chim-CLh,b,chim))×(BWchim/LWchim) (c)
CLh,int,chim:ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス
Rbchim:ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の血液中-血漿中薬物濃度比
u,p,chim:ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の血漿中タンパク非結合形分率
h,chim:ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝血流量
CLh,b,chim:ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の血液ベースのクリアランス
BWchim:ヒト肝キメラ非ヒト動物の体重(kg)
LWchim:ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝重量(g)
【0034】
前記式(c)中、Rbchimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の血液中-血漿中薬物濃度比である。Rbchimは、公知の方法により、求めることができる。Rbchimは、例えば、ヒト肝キメラ非ヒト動物に、薬物を静脈投与し、血液中の薬物濃度、及び血漿中の薬物濃度を測定することにより、取得することができる。あるいは、ヒト肝キメラ非ヒト動物のコントロール血液に薬物を添加して遠心分離し、添加した薬物濃度に対する血漿中薬物濃度の比を計算しても取得することができる。
【0035】
前記式(c)中、fu,p,chimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の血漿中タンパク非結合形分率である。fu,p,chimは、公知の方法により、求めることができる。fu,p,chimは、例えば、ヒト肝キメラ非ヒト動物に、薬物を静脈投与し、血漿中の全薬物濃度と、血漿タンパク質に結合していない薬物の薬物濃度とを測定することにより、取得することができる。あるいは、ヒト肝キメラ非ヒト動物のコントロール血漿に薬物を添加し、血漿中の全薬物濃度と、血漿タンパク質に結合していない薬物の薬物濃度とを測定することにより、取得することができる。
【0036】
前記式(c)中、Qh,chimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝血流量(mL/min/kg)である。Qh,chimとしては、インドシアニングリーン静脈内投与法、ドップラー法等の公知の方法により測定された、通常動物の肝血流量を用いることができる。例えば、ヒト肝キメラマウスの場合、通常のマウスについて報告されている、90mL/min/kg(Davies & Morris, Pharm Res 10:1093-5, 1993)を用いることができる。
【0037】
前記式(c)中、CLh,b,chimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の血液ベースのクリアランス(mL/min/kg)である。CLh,b,chimは、CLt,chimから、尿中未変化体排泄率を薬物の血漿中濃度曲線下面積で除した腎クリアランスを差し引いて求めた肝クリアランス(CLh,chim)を、Rbchimで除することにより取得することができる。また、尿中未変化体排泄率が極僅かの場合、CLt,chimを、Rbchimで直接除することにより取得することができる。
【0038】
前記式(c)中、BWchimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物の体重(kg)である。
前記式(c)中、LWchimは、ヒト肝キメラ非ヒト動物の肝重量(g)である。
【0039】
Rbchim、fu,p,chim、Qh,chim、CLh,b,chim、BWchim、及びLWchimは、公知文献等で報告されている数値を用いてもよい。
【0040】
(補正係数:CF)
前記式(b)中、CFは、前記式(a)で取得される補正係数である。前記式(b)では、CLh,int,chimに、CFを掛け合わせることにより、CLh,int,chimを補正し、CLh,int,chim,cを取得している。CLh,int,chim,cは、ヒト肝細胞で100%置換された肝臓を有する仮想的なヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスであるといえる。
【0041】
本態様の方法では、補正係数(CF)を用いることにより、ヒト肝キメラ非ヒト動物に残存するホスト動物の肝細胞による薬物代謝の影響を補正している。そのため、本態様の方法によれば、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim)から、ヒト肝細胞で100%置換された肝臓を有する仮想的なヒト肝キメラ非ヒト動物における肝固有クリアランス(CLh,int,chim,c)を取得することができる。したがって、本態様の方法で取得されるCLh,int,chim,cを用いることにより、ヒトの肝細胞とホスト動物の肝細胞とで代謝速度の種差が大きい薬物であっても、ヒト肝キメラ非ヒト動物の全身クリアランス(CLt,chim)から、精度よく、ヒトの肝クリアランス(CLt,hu)を予測することができる。
【0042】
<ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測方法>
本発明の第3の態様は、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測方法である。本態様の予測方法では、前記第2の態様の補正方法により取得される、補正されたヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,chim,c)を用いて、下記式(d)により、ヒトにおける前記薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)を予測する。
【0043】
CLh,int,hu=CLh,int,chim,c×LWhu/BWhu (d)
CLh,int,hu:ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測値
CLh,int,chim,c:前記式(b)で取得される補正後のヒト肝キメラ非ヒト動物の肝固有クリアランス
BWhu:ヒトの体重(kg)
LWhu:ヒトの肝重量(g)
【0044】
前記式(d)中、CLh,int,chim,cは、前記式(b)で取得される補正後のヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランス(mL/min/g liver)である。
【0045】
前記式(d)中、BWhuは、ヒトの体重(kg)である。
前記式(d)中、LWhuは、ヒトの肝重量(g)である。
BWhu及びLWhuは、薬物の投与対象として想定される集団の平均値を用いてもよく、公知文献等で報告されている数値を用いてもよい。
【0046】
前記式(d)では、PBS法(Kamimura et al., Xenobiotica 47:382-93, 2017.)に基づき、ヒト肝キメラ非ヒト動物における薬物の肝固有クリアランスを、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスと同等とみなし、肥大した肝重量の補正を行うことにより、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)を取得している。ここで、前記式(d)では、ヒト肝キメラ非ヒト動物における肝固有クリアランスとして、前記式(b)で取得される補正後の肝固有クリアランス(CLh,int,chim,c)を用いている。そのため、本態様の方法によれば、ヒト肝細胞とホスト動物の肝細胞とで代謝速度の種差が大きい薬物であっても、精度よく、ヒトにおける肝固有クリアランス(CLh,int,hu)を予測することができる。
【0047】
<ヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法>
本発明の第4の態様は、ヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測方法である。本態様の予測方法では、前記第3の態様の予測方法により取得される、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測値(CLh,int,hu)に基づいて、ヒトにおける薬物の肝クリアランス(CLh,hu)を予測する。
【0048】
本態様の方法では、前記式(d)により取得されるヒトにおける薬物の肝固有クリアランス(CLh,int,hu)に基づいて、ヒトにおける薬物の肝クリアランス(CLh,hu)を取得する。CLh,int,huから、CLh,huを取得する方法は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。CLh,huは、例えば、well-stirredモデルによりCLh,int,huから取得することができる。CLh,huは、例えば、下記式(e)により取得することができる。
【0049】
CLh,hu=Qh,hu×fu,p,hu×CLh,int,hu/(Qh,hu+(fu,p,hu/Rbhu)×CLh,int,hu) (e)
CLh,hu:ヒトにおける薬物の肝クリアランスの予測値
CLh,int,hu:前記式(d)で取得される、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測値
Rbhu:ヒトにおける薬物の血液中-血漿中薬物濃度比
u,p,hu:ヒトにおける薬物の血漿中タンパク非結合形分率
h,hu:ヒトの肝血流量
【0050】
前記式(e)中、CLh,int,huは、前記式(d)で取得される、ヒトにおける薬物の肝固有クリアランスの予測値である。式(e)では、CLh,int,huを用いることにより、ヒトの肝細胞とホスト動物の肝細胞とで薬物代謝の種差が大きい薬物であっても、精度よくヒトにおける肝クリアランスを予測することができる。
【0051】
前記式(e)中、Qh,huは、ヒトの肝血流量(mL/min/kg)である。Qh,huは、一般にヒトについて報告されている、21mL/min/kg(Davies & Morris, Pharm Res 10:1093-5, 1993)を用いることができる。
【0052】
前記式(e)中、fu,p,huは、ヒトにおける薬物の血漿中タンパク非結合形分率である。fu,p,huは、公知の方法により、求めることができる。例えば、ヒトのコントロール血漿に薬物を添加し、血漿中の全薬物濃度と、血漿タンパク質に結合していない薬物の薬物濃度とを測定することにより、取得することができる。
【0053】
前記式(e)中、Rbhuは、ヒトにおける薬物の血液中-血漿中薬物濃度比である。Rbhuは、公知の方法により、求めることができる。例えば、ヒトのコントロール血液に薬物を添加して遠心分離し、添加した薬物濃度に対する血漿中薬物濃度の比を計算して取得することができる。
【0054】
u,p,hu、及びRbhuは、公知文献等で報告されている数値を用いてもよい。
【0055】
本態様の方法によれば、前記式(d)で取得されるヒトにおける肝固有クリアランス(CLh,int,hu)を用いることにより、ヒト肝細胞とホスト動物の肝細胞とで代謝速度の種差が大きい薬物であっても、ヒトにおける肝クリアランスを精度よく予測することができる。
【実施例0056】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
<データの取得>
Sawadaら(Sawada et al., Xenobiotica 50:526-35, 2020.)の論文から、ブロチゾラム、クロナゼパム、ジアゼパム、エリスロマイシン、及びギャベスチネルの5種の化合物について、表1に示す数値を取得した。
【0058】
【表1】
【0059】
表1中の略語は以下に意味を示す。
CLt,hu:ヒトの全身クリアランスの実測値(mL/min/kg)。
CLt,chim:キメラマウスの全身クリアランスの実測値(mL/min/kg)。
CLin vitro,mou:in vitroで測定されたマウス肝細胞の薬物代謝速度。
CLin vitro,hu:in vitroで測定されたヒト肝細胞の薬物代謝速度。
u,p,hu:ヒトの血漿中タンパク非結合形分率。
u,p,mou:マウスの血漿中タンパク非結合形分率。
【0060】
<ヒト肝キメラマウスの肝固有クリアランスの算出>
well-stirredモデル式に従い、下記式(c’)により、ヒト肝キメラマウスの肝固有クリアランス(CLh,int,chem)を取得した。
【0061】
CLh,int,chim=(Rbchim/fu,p,chim)×((Qh,chim×CLh,b,chim)/(Qh,chim-CLh,b,chim))×(BWchim/LWchim) (c’)
【0062】
式(c’)中の略語は以下に意味を示す。
CLh,int,chim:ヒト肝キメラマウスの肝固有クリアランス(mL/min/g liver)。
Rbchim:ヒト肝キメラマウスの血液中-血漿中薬物濃度比。
u,p,chim:ヒト肝キメラマウスの血漿中タンパク非結合形分率。
h,chim:ヒト肝キメラマウスの肝血流量(mL/min/kg)。
CLh,b,chim:ヒト肝キメラマウスの血液ベースのクリアランス(mL/min/kg)。
BWchim:ヒト肝キメラマウスの体重(kg)。
LWchim:ヒト肝キメラマウスの肝重量(g)。
【0063】
式(c’)中、Rbchimは、1.0を用いた。
【0064】
式(c’)中、fu,p,chimは、経験則上、マウスよりヒトに近い場合が多いことから(Miyamoto et al., Xenobiotica. 25:1-10, 2020.)、便宜的に下記式(1)により取得した。
u,p,chim=fu,p,hu+(fu,p,mou-fu,p,hu)×0.2 (1)
【0065】
式(1)中の略語は以下に意味を示す。
u,p,hu:ヒトの血漿中タンパク非結合形分率。
u,p,mou:マウスの血漿中タンパク非結合形分率。
【0066】
式(c’)中、Qh,chimは、野生型マウスと同じ90mL/min/kgを用いた。
【0067】
式(c’)中、CLh,b,chimは、選択した5種の化合物の尿中未変化体排泄率は極僅かと考えられることから、肝クリアランスは全身クリアランスと同等として、下記式(2)により取得した。
CLh,b,chim=CLt,chim/Rbchim (2)
【0068】
式(c’)中、「BWchim/LWchim」の値は、論文の高置換率キメラマウスの近似値として、0.11を用いた(Kamimura et al., Xenobiotica 47:382-93, 2017.)。
【0069】
式(c’)で用いた各化合物のパラメーター値、及び式(c’)により取得された各化合物のCLh,int,chimを表2にまとめた。
【0070】
【表2】
【0071】
<PBS法によるヒトの肝クリアランスの予測>
PBS法(Kamimura et al., Xenobiotica 47:382-93, 2017.)に従い、下記式(D)により、ヒトにおける化合物の肝固有クリアランスを予測した。
【0072】
CLh,int,hu=CLh,int,chim×LWhu/BWhu (D)
【0073】
式(D)中の略語は以下に意味を示す。
CLh,int,hu:ヒトにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/kg)。
CLh,int,chim:ヒト肝キメラマウスにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/g liver)。
BWhu:ヒトの体重(kg)。
LWhu:ヒトの肝重量(g)。
【0074】
式(D)中、CLh,int,chimは、式(c’)で取得されたものを用いた。
式(D)中、BWhuは、70kgを用いた。
式(D)中、LWhuは、1,800gを用いた。
【0075】
次に、well-stirredモデルに従い、下記式(E)により、ヒトにおける肝クリアランスを予測した。
【0076】
CLh,hu=Qh,hu×fu,p,hu×CLh,int,hu/(Qh,hu+(fu,p,hu/Rbhu)×CLh,inthu) (E)
【0077】
式(E)中の略語は以下に意味を示す。
CLh,hu:ヒトにおける化合物の肝クリアランス(mL/min/kg)。
CLh,int,hu:ヒトにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/kg)。
Rbhu:ヒトにおける化合物の血液中-血漿中薬物濃度比。
u,p,hu:ヒトにおける化合物の血漿中タンパク非結合形分率。
h,hu:ヒトの肝血流量(mL/min/kg)。
【0078】
式(E)中、CLh,int,huは、式(D)で算出した値を用いた。
式(E)中、Rbhuは、1.0を用いた。
式(E)中、Qh,huは、ヒトに関して報告されている21mL/min/kgを用いた。
【0079】
<補正係数(CF)を用いたヒト全身クリアランスの予測>
ヒト肝キメラマウスの肝臓には、ヒト肝細胞だけではなく、ホストマウスの肝細胞が含まれる。そこで、ヒト肝キメラマウスが有するホストマウスの肝細胞による代謝を考慮するため、下記式(a’)により補正係数(CF)を取得した。
【0080】
CF=100/((100-RI)×CLin vitro,mou/CLin vitro,hu+RI) (a’)
【0081】
式(a’)中の略語は以下に意味を示す。
CF:補正係数
CLin vitro,mou:in vitroで測定されたマウス肝細胞による化合物の代謝速度(μL/min/1x10 hepatocytes)。
CLin vitro,hu:in vitroで測定されたヒト肝細胞による化合物の代謝速度(μL/min/1x10 hepatocytes))。
RI:ヒト肝キメラマウスの肝臓におけるヒト肝細胞置換率(%)。
【0082】
式(a’)中、RIは、原論文(Sawada et al., Xenobiotica 50:526-35, 2020.)記載の85%~88%から類推して、86%を用いた。
式(a’)中、「CLin vitro,mou/CLin vitro,hu」は、表1の値を用いた。
【0083】
次に、下記式(b’)により、CLh,int,chimを補正した。
【0084】
CLh,int,chim,c=CLh,int,chim×CF (b’)
式(b’)中の略語は以下に意味を示す。
CLh,int,chim,c:補正されたCLh,int,chim
CLh,int,chim:ヒト肝キメラマウスにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/g liver)。
CF:前記式(a’)で取得された補正係数。
【0085】
式(b’)中、CLh,int,chimは、式(c’)で取得されたものを用いた。
式(b’)中、CFは、式(a’)で取得されたものを用いた。
【0086】
次に、下記式(d’)により、ヒトにおける化合物の肝固有クリアランスを取得した。
【0087】
CLh,int,hu=CLh,int,chim,c×LWhu/BWhu (d’)
【0088】
式(d’)中の略語は以下に意味を示す。
CLh,int,hu:ヒトにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/kg)。
CLh,int,chim,c:式(b’)で取得した、補正後のヒト肝キメラマウスにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/g liver)。
BWhu:ヒトの体重(kg)。
LWhu:ヒトの肝重量(g)。
【0089】
式(d’)中、BWhu、LWhuは、式(D)と同じ値を用いた。
【0090】
次に、下記式(e’)により、ヒトにおける肝クリアランスを予測した。
【0091】
CLh,hu=Qh,hu×fu,p,hu×CLh,int,hu/(Qh,hu+(fu,p,hu/Rbhu)×CLh,inthu) (e’)
【0092】
式(e’)中の略語は以下に意味を示す。
CLh,hu:ヒトにおける化合物の肝クリアランス(mL/min/kg)。
CLh,int,hu:式(d’)で取得された、ヒトにおける化合物の肝固有クリアランス(mL/min/kg)。
Rbhu:ヒトにおける化合物の血液中-血漿中薬物濃度比。
u,p,hu:ヒトにおける化合物の血漿中タンパク非結合形分率。
h,hu:ヒトの肝血流量(mL/min/kg)。
【0093】
<各方法によるヒトクリアランスの予測値の比較>
表3に、上記各方法で取得した数値をまとめた。また、表3には、Sawadaら(Sawada et al., Xenobiotica 50:526-35, 2020.)に記載のSSS法により予測されたクリアランスを併せて示した。PBS法ではヒト肝クリアランスが予測されるのに対し、Sawadaらは、SSS法にて全身クリアランスの予測を実施している。しかし、選択した5化合物は、その未変化体尿中排泄率が極僅かと推察されることから(Varma et al., J Med Chem 53:1098-108, 2010.等)、CLh,hu=CLt,huと見做すことが出来る。そこで、本実施例ではCLh,huあるいはCLt,huの区別は行わず、単にヒトクリアランス(CLhu)として表記した。
【0094】
【表3】
【0095】
図1に、各方法で予測した各化合物のヒトクリアランスと、実測値との相関を示す。図1中の括弧内の数値は、表1に示す「CLin vitro,mou/CLin vitro,hu」の値である。表4に、実測値との平均絶対誤差(AAFE)を示す。なお、AAFEは以下の計算式で取得した(Obach et al., J Pharmacol Exp Ther 283:46-58, 1997)。
【0096】
【数1】
【0097】
【表4】
【0098】
図1に示されるように、補正係数(CF)を用いないPBS法による予測値は、5種の化合物全てにおいて、SSS法より高く、予測性は最も悪かった(AAFE=4.1)。特に予測性の悪いことが知られているジアゼパムでは、PBS法による予測値は、実測値の27倍であった。これに対し、補正係数(CF)で補正した予測値は、SSS法およびPBS法と比較して、明確な改善が認められた(AAFE=2.2)。特に、in vitroでのマウスとヒトとの代謝速度比が大きいジアゼパム、クロナゼパム、ブロチゾラムにおける予測値の改善が見られた。ジアゼパムは、Sawadaら(Sawada et al., Xenobiotica 50:526-35, 2020.)においてSSS法の評価対象外とされていたが、CF補正法による予測値の逸脱は、実測値の7.4倍にまで縮小した。また、クロナゼパム、ブロチゾラムも、SSS法と比べて、CF補正法による予測値が実測値に近づいていた。これらの結果は、特にマウス代謝の影響を受け易い化合物で、CFを用いた方法が有効であることを示している。
【0099】
創薬段階で、ヒトクリアランスの予測評価が出来ないと、開発候補化合物の選択に支障をきたす。補正係数(CF)を用いた方法により、評価除外物質の発生頻度を低下させて円滑な新薬開発に貢献することが可能となる。
図1