(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022097266
(43)【公開日】2022-06-30
(54)【発明の名称】電子顕微鏡観察用試料の作製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20220623BHJP
【FI】
G01N1/28 F
G01N1/28 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020210743
(22)【出願日】2020-12-18
(71)【出願人】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【弁理士】
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100131842
【弁理士】
【氏名又は名称】加島 広基
(74)【代理人】
【識別番号】100209336
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100218800
【弁理士】
【氏名又は名称】河内 亮
(72)【発明者】
【氏名】前田 知志
(72)【発明者】
【氏名】相馬 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】飯田 浩人
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AD35
2G052AD52
2G052BA15
2G052EB11
2G052EC18
2G052GA33
(57)【要約】
【課題】分析対象物の態様に依らず、試料調製時の良好な作業性と、イオンビーム照射による加工時間の短縮とを両立可能な、電子顕微鏡観察用試料の作製方法を提供する。
【解決手段】電子顕微鏡観察用試料の作製方法であって、(a)基材、剥離層及び金属層を順に備えた積層体を用意する工程と、(b)積層体の金属層上に、分析対象物及び樹脂を含む混合物を塗布して、混合物層を形成する工程と、(c)混合物層が形成された積層体に樹脂硬化処理を施して、樹脂を硬化させる工程と、(d)樹脂硬化処理後、混合物層及び金属層の組合せを基材から剥離して、未加工試料とする工程と、(e)未加工試料に対して、金属層側からイオンビームを照射して加工を行い、それにより電子顕微鏡観察用試料を得る工程とを含む、電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子顕微鏡観察用試料の作製方法であって、
(a)基材、剥離層及び金属層を順に備えた積層体を用意する工程と、
(b)前記積層体の金属層上に、分析対象物及び樹脂を含む混合物を塗布して、混合物層を形成する工程と、
(c)前記混合物層が形成された積層体に樹脂硬化処理を施して、前記樹脂を硬化させる工程と、
(d)前記樹脂硬化処理後、前記混合物層及び前記金属層の組合せを前記基材から剥離して、未加工試料とする工程と、
(e)前記未加工試料に対して、前記金属層側からイオンビームを照射して加工を行い、それにより電子顕微鏡観察用試料を得る工程と、
を含む、電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項2】
前記電子顕微鏡観察用試料における、前記金属層及び前記混合物層の合計厚さに対する、前記金属層の厚さの比率が0.05以上0.5以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記金属層の厚さが10μm以下である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記電子顕微鏡観察用試料における、前記混合物層の厚さが200μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記金属層の前記混合物層と接する側の面における、JIS B0601-2001に準拠して測定される十点平均粗さRzjisが0.01μm以上5.0μm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記金属層が、Cu、Ti、Al、Nb、Cr、W、Ta、Co、Ag、Ni、Sn、Zn、Au、Pt、Pd及びMoからなる群から選択される少なくとも1種の金属で構成される、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記分析対象物は、平均粒径D50が0.001μm以上10μm以下の粉体である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記樹脂硬化処理が、加熱処理及び/又は紫外線照射処理を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記樹脂硬化処理が真空加熱処理を含み、前記真空加熱処理が、
(c1)前記混合物層が形成された積層体に、前記樹脂の硬化温度よりも低い温度で熱処理を施すことで、前記樹脂の脱泡を促進させる工程と、
(c2)前記脱泡後の積層体に、前記樹脂の硬化温度以上の温度で熱処理を施すことで、前記樹脂を硬化させる工程と、
を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記樹脂硬化処理後の前記積層体における、前記基材と前記金属層との剥離強度が1gf/cm以上30gf/cm以下である、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記イオンビームによる加工がFIB加工であり、前記FIB加工が、前記未加工試料から前記金属層及び前記混合物層を含む試料片を電子顕微鏡観察用に切り出すことを含む、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の方法により作製された電子顕微鏡観察用試料に対して電子顕微鏡による分析を行う、分析方法。
【請求項13】
請求項1~11のいずれか一項に記載の方法に用いられる、基材、剥離層及び金属層を順に備えた積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡観察用試料の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属やセラミックス、有機材料といった各種材料の微細構造を観察ないし評価するために、光学顕微鏡より高い分解能を有する電子顕微鏡による分析が広く行われている。電子顕微鏡は、使用用途や原理等に応じて多種類に分類されるものの、大別すると透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)及び走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)の2種類に分けられる。
【0003】
例えば、TEMは観察用試料に電子線を当て、観察用試料を透過した電子線を電磁場により偏向して試料の拡大投影像を観察する顕微鏡である。したがって、TEMによる分析対象物の観察においては、電子線が観察対象を透過するように、試料の厚さを例えば200nm以下程度まで薄くすることが望まれる。
【0004】
試料を薄型化する手法として複数の方法が知られているが、一般的な方法としては、イオンビームを試料に照射して加工を行う手法が挙げられる。例えば、特許文献1(特表2007-506078号公報)には、試料を含む基板を真空チャンバ内に配置する工程、試料を集束イオンビーム(FIB)等のイオンビームによって基板から分離する工程、分離した試料を真空チャンバ内で基板から取り去る工程等を含む電子顕微鏡検査用試料の調製方法が開示されている。また、特許文献2(特開2000-214056号公報)には、試料基板にイオンビームを照射して、微小試料片を上記試料基板から分離摘出して試料ホルダ上に固定する工程と、固定した微小試料片の少なくとも一部をイオンビームの照射によって平面試料に加工する工程とを含む平面試料の作製方法が開示されている。
【0005】
ところで、電子顕微鏡の観察対象が粉体である場合、構造を保持した状態で粉体単体を薄型化することは概して困難である。そこで、粉体を樹脂で包埋し、小片を切り出して金属製の台座(以下、TEMグリッドと称する)に固定した後、樹脂で包埋された粉体を薄型化することが行われている。
【0006】
例えば、特許文献3(特開2016-145768号公報)には、反応生成物金属含有粒子を樹脂でコーティングする際に、当該反応生成物金属含有粒子において観察対象となる箇所のコーティングの厚さを20μm以下とする電子顕微鏡用試料の作製方法が開示されている。かかる方法によれば、反応生成物の中に形成された金属含有粒子に対する、電子顕微鏡による観察に際しての前処理に耐えうる試料を提供することが可能となるとされている。また、特許文献4(特開2020-26968号公報)には、複数の金属含有粒子が樹脂に包埋されてなる試料から集束イオンビーム(FIB)により試料片を摘出する試料片摘出工程と、試料片の両端部分を厚肉のままとしつつ中央部分を薄肉化する薄片化工程とを有する分析用試料作製方法が開示されている。特許文献4では、観察対象である金属含有粒子を薄片の湾曲歪の抑止に利用することで、薄片化による観察領域の確保の際の作業性を向上できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2007-506078号公報
【特許文献2】特開2000-214056号公報
【特許文献3】特開2016-145768号公報
【特許文献4】特開2020-26968号公報
【発明の概要】
【0008】
しかしながら、特許文献4に示されるような観察対象を湾曲歪の抑止に利用する方法は、観察物自体の剛性に頼った方法であるため適応できる状況に制限があり、あらゆる形態、物性をとり得る観察対象に対応できない恐れがある。また、粉体を包埋するための樹脂は、TEMグリッド等との接合性が悪く、かつ、イオンビーム照射による加工(例えばFIB加工時)の際に生じる熱で変形しやすいとの問題がある。かかる問題に対処すべく、粉体を包埋した樹脂をアルミニウム等の金属箔に塗布し、金属箔を含む形で粉体をイオンビーム照射により加工する手法が考えられる。この点、樹脂を塗布する金属箔として、薄い金属箔(例えば、厚さ数μm)を用いた場合には、金属箔が破れやすく、シワが寄りやすいため、試料調製時の作業性が悪い。一方、イオンビーム照射による加工は精密である分、速度が遅いため、厚い金属箔(例えば、厚さ10μm超)を用いた場合には、イオンビーム照射による加工の所要時間が増大する。このように、良好な作業性と短い加工時間とを両立することは容易ではない。
【0009】
本発明者らは、今般、電子顕微鏡観察用試料の作製において、分析対象物を包埋した樹脂を塗布する金属層に剥離可能な基材を設けることにより、分析対象物の態様に依らず、試料調製時の良好な作業性と、イオンビーム照射による加工時間の短縮とを両立できるとの知見を得た。
【0010】
したがって、本発明の目的は、分析対象物の態様に依らず、試料調製時の良好な作業性と、イオンビーム照射による加工時間の短縮とを両立可能な、電子顕微鏡観察用試料の作製方法を提供することにある。
【0011】
本発明の一態様によれば、電子顕微鏡観察用試料の作製方法であって、
(a)基材、剥離層及び金属層を順に備えた積層体を用意する工程と、
(b)前記積層体の金属層上に、分析対象物及び樹脂を含む混合物を塗布して、混合物層を形成する工程と、
(c)前記混合物層が形成された積層体に樹脂硬化処理を施して、前記樹脂を硬化させる工程と、
(d)前記樹脂硬化処理後、前記混合物層及び前記金属層の組合せを前記基材から剥離して、未加工試料とする工程と、
(e)前記未加工試料に対して、前記金属層側からイオンビームを照射して加工を行い、それにより電子顕微鏡観察用試料を得る工程と、
を含む、電子顕微鏡観察用試料の作製方法が提供される。
【0012】
本発明の他の一態様によれば、前記方法により作製された電子顕微鏡観察用試料に対して電子顕微鏡による分析を行う、分析方法が提供される。
【0013】
本発明の更に別の一態様によれば、前記方法に用いられる、基材、剥離層及び金属層を順に備えた積層体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例を模式断面図で示す工程流れ図であり、前半の工程(工程(i)~(iii))に相当する。
【
図2】本発明の電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例を模式断面図で示す工程流れ図であり、
図1に示される工程に続く後半の工程(工程(iv)~(vi))に相当する。
【
図3】例1及び2における、混合物層形成後の試料を撮影した写真である。
【
図4】例1及び2における、真空脱泡処理及び樹脂硬化処理後の試料を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
電子顕微鏡観察用試料の作製方法
本発明は、電子顕微鏡観察用試料の作製方法に関する。本発明の方法は、(1)積層体の用意、(2)混合物層の形成、(3)樹脂硬化処理、(4)基材の剥離、及び(5)イオンビーム照射による加工の各工程を含む。
【0016】
以下、
図1及び2を参照しながら、工程(1)~(5)の各々について説明する。
【0017】
(1)積層体の用意
図1(i)に示されるように、基材12、剥離層14及び金属層16を順に備えた積層体10を用意する。積層体10は、いわゆるキャリア付金属箔の形態であってもよい。したがって、積層体10の用意は、市販のキャリア付金属箔に対して、ハサミやカッター等を用いて、例えば0.3cm角以上50cm角以下のサイズに切り取ることにより行ってもよい。この点、基材及び剥離層を有しない薄い金属箔(例えば厚さ数μm)を用いた場合には、金属箔が破れやすく、シワが寄りやすいため、作業性(例えば金属箔の切断や移動等の作業性)が悪いが、本発明では、基材12によって金属層16が支持された積層体10を用いることで、作業性を向上することができる。
【0018】
基材12は、後述する樹脂硬化処理に対応した耐熱性ないし耐光性を有するかぎり、ガラス、セラミックス、樹脂、及び金属のいずれで構成されるものであってもよい。また、基材12の形態はシート、フィルム、板、及び箔のいずれであってもよい。例えば、基材12はガラス板、セラミックス板、金属板等といった剛性を有する支持体として機能し得るものであってもよいし、金属箔や樹脂フィルム等といった剛性を有しない形態であってもよい。基材12を構成する金属の好ましい例としては、銅、チタン、ニッケル、ステンレススチール、アルミニウム等が挙げられる。セラミックスの好ましい例としては、アルミナ、ジルコニア、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、その他各種ファインセラミックス等が挙げられる。樹脂の好ましい例としては、ポリエチレンテレフタラート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリアミド、ポリイミド、ナイロン、液晶ポリマー、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK(登録商標))、ポリアミドイミド、ポリエーテルサルフォン、ポリフェニレンサルファイド、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)等が挙げられる。ガラスの好ましい例としては、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルミノシリケートガラス等が挙げられる。
【0019】
基材12の厚さは5μm以上70μm以下が好ましく、より好ましくは7μm以上50μm以下、さらに好ましくは8μm以上40μm以下、特に好ましくは10μm以上20μm以下である。このような範囲内であると、人の手によるハサミやカッター等による加工が行いやすくなり、作業性がより一層向上する。
【0020】
剥離層14は、基材12の剥離を可能とする層であるかぎり、材質は特に限定されない。つまり、剥離層14は、有機剥離層及び無機剥離層のいずれであってもよく、分析対象物の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、分析対象物が無機物である場合には、剥離層14が有機剥離層であるのが、分析対象物との元素コンタミネーションを低減できる点で好ましい。有機剥離層に用いられる有機成分の例としては、窒素含有有機化合物、硫黄含有有機化合物、カルボン酸等が挙げられる。窒素含有有機化合物の例としては、トリアゾール化合物、イミダゾール化合物等が挙げられ、中でもトリアゾール化合物は剥離性が安定し易い点で好ましい。トリアゾール化合物の例としては、1,2,3-ベンゾトリアゾール、カルボキシベンゾトリアゾール、N’,N’-ビス(ベンゾトリアゾリルメチル)ユリア、1H-1,2,4-トリアゾール及び3-アミノ-1H-1,2,4-トリアゾール等が挙げられる。硫黄含有有機化合物の例としては、メルカプトベンゾチアゾール、チオシアヌル酸、2-ベンズイミダゾールチオール等が挙げられる。カルボン酸の例としては、モノカルボン酸、ジカルボン酸等が挙げられる。UV硬化性樹脂や熱硬化性樹脂等、再剥離可能な樹脂接着剤を剥離層14として用いることもできる。一方、無機剥離層に用いられる無機成分の例としては、Ni、Mo、Co、Cr、Fe、Ti、W、P及びZnが挙げられる。無機剥離層の例としてはクロメート処理膜等が挙げられる。なお、剥離層の形成は基材12の少なくとも一方の表面に剥離層成分含有溶液を接触させ、剥離層成分を基材12の表面に固定させること等により行えばよい。基材12を剥離層成分含有溶液に接触させる場合、この接触は、剥離層成分含有溶液への浸漬、剥離層成分含有溶液の噴霧、剥離層成分含有溶液の流下等により行えばよい。その他、蒸着やスパッタリング等による気相法で剥離層成分を被膜形成する方法も採用可能である。また、剥離層成分の基材12表面への固定は、剥離層成分含有溶液の吸着や乾燥、剥離層成分含有溶液中の剥離層成分の電着等により行えばよい。剥離層の厚さは、典型的には1nm以上1μm以下であり、好ましくは5nm以上500nm以下である。
【0021】
金属層16は、分析対象物が包埋された樹脂と固定用の治具(例えばTEMグリッド)との接合性を向上させる、及び/又はイオンビーム照射等により発生する熱で樹脂が変形するのを抑制するための層である。金属層16は、無電解めっき法及び電解めっき法等の湿式成膜法、スパッタリング及び化学蒸着等の乾式成膜法、圧延法、又はそれらの組合せにより形成したものであってよい。所望により、金属層16は粗化処理が施され、粗化処理面を有するものであってもよい。必要に応じて適宜粗化処理を施すことで、後述する混合物層18との密着性を向上することができる。固定用治具との接合性をより一層向上する観点、及び固定用治具と材料元素を揃えることで不要な元素コンタミネーションを防ぐ観点から、金属層16は、Cu、Ti、Al、Nb、Cr、W、Ta、Co、Ag、Ni、Sn、Zn、Au、Pt、Pd、Mo、又はそれらの組合せ(例えば合金や金属間化合物)で構成されるのが好ましく、より好ましくはCu、Ti、Al、Cr、W、Ta、Ag、Ni、Sn、Zn、Au、Mo、又はそれらの組合せ、さらに好ましくはCu、Ti、Al、Ag、Ni、Zn、Mo、又はそれらの組合せ、特に好ましくはCu、Mo、又はそれらの組合せで構成される。
【0022】
金属層16を構成する金属粒子の結晶粒径は大きい方が好ましい。具体的には、金属粒子の結晶粒径は10nm以上であるのが好ましく、より好ましくは80nm以上、特に好ましくは150nm以上である。結晶粒径に特に上限は無いが、製造上の制約等から典型的には10000nm以下である。また、金属層16は、後述するイオンビーム照射による加工方向と平行に粒界が存在するのが好ましい。こうすることで、より一層イオンビームによる加工性の向上(例えば加工スジの低減、加工精度の向上等)を図ることができる。結晶粒径は金属層16の断面を電子線後方散乱回折法(EBSD)により解析すること等で測定することができる。
【0023】
金属層16の厚さは10μm以下であるのが好ましく、より好ましくは0.5μm以上7μm以下、さらに好ましくは1μm以上5μm以下である。このような範囲内であるとイオンビーム照射による試料の加工時間をより一層短縮することが可能となる。
【0024】
金属層16の表面には、後述する混合物層18との密着性を担保するためのカップリング剤が存在していてもよい。このようなカップリング剤は、シランカップリング剤を含むのが好ましく、シランカップリング剤の例としては、4-グリシジルブチルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン等のエポキシ官能性シランカップリング剤、又は3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-3-(4-(3-アミノプロポキシ)ブトキシ)プロピル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ官能性シランカップリング剤、又は3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン等のメルカプト官能性シランカップリング剤又はビニルトリメトキシシラン、ビニルフェニルトリメトキシシラン等のオレフィン官能性シランカップリング剤、又は3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン等のアクリル官能性シランカップリング剤、又はイミダゾールシラン等のイミダゾール官能性シランカップリング剤、又はトリアジンシラン等のトリアジン官能性シランカップリング剤等が挙げられる。
【0025】
所望により、剥離層14と基材12及び/又は金属層16との間に他の機能層を設けてもよい。そのような他の機能層の例としては補助金属層が挙げられる。補助金属層はニッケル及び/又はコバルトからなるのが好ましい。このような補助金属層を基材12の表面側及び/又は金属層16の表面側に形成することで、後述する樹脂硬化処理時等の熱処理時に基材12と金属層16との間で起こりうる相互拡散を抑制し、基材12の引き剥がし強度の安定性を担保することができる。補助金属層の厚さは、0.001μm以上3μm以下とするのが好ましい。
【0026】
(2)混合物層の形成
図1(ii)に示されるように、積層体10の金属層16上に、分析対象物及び樹脂を含む混合物を塗布して、混合物層18を形成する。混合物の塗布は、例えば、積層体10をピンセットで押さえつつ、プラスチック棒を用いて金属層16上(例えば金属層16の中央部)に混合物を塗ることにより行うことができる。このとき、基材12によって金属層16が支持されているため、金属層16の破れ、シワ、丸まり等の不具合が生じにくくなる。
【0027】
分析対象物は、電子顕微鏡の観察対象となる材料であり、無機物及び有機物のいずれであってもよい。分析対象物の形状は特に限定されないが、樹脂包埋を必要とする観点から、典型的には粉体(粒子)である。分析対象物が粉体である場合、その平均粒径D50は0.001μm以上10μm以下であるのが好ましく、より好ましくは0.01μm以上7.0μm以下、さらに好ましくは0.1μm以上5.0μm以下である。ここで、本発明における平均粒径D50は、レーザー回折式粒度分布測定により測定される値とする。
【0028】
混合物層18の体積(分析対象物及び樹脂の合計体積)に占める分析対象物の体積の比率は5%以上90%以下であるのが好ましく、より好ましくは10%以上50%以下、さらに好ましくは15%以上35%以下である。このような範囲内であると、包埋樹脂の流動性を維持することができ、かつ、薄片試料内に観察したい粒子を適度に含ませ、観察し易くすることができるとの利点がある。
【0029】
樹脂は、電子顕微鏡試料作製用の市販の樹脂(例えば、Gatan社製の「G2」等のエポキシ系熱硬化性樹脂)を使用可能であり、その種類は特に限定されない。もっとも、後述する樹脂硬化処理を好ましく行う観点から、樹脂は熱硬化性樹脂ないし紫外線硬化性樹脂であるのが好ましい。好ましい樹脂の例としては、エポキシ樹脂、アクリル系樹脂又はそれらの組合せが挙げられ、特に好ましくはエポキシ樹脂である。なお、混合物形成用の樹脂として、主剤及び硬化剤で構成される2液式の樹脂を用いる場合には、これらを予め混合しておき、その後、分析対象物を混合するのが好ましい。
【0030】
金属層16の混合物層18と接する側の面における、JIS B0601-2001に準拠して測定される十点平均粗さRzjisは0.01μm以上5.0μm以下であるのが好ましく、より好ましくは0.1μm以上4.0μm以下、さらに好ましくは0.5μm以上3.0μm以下である。このような範囲内であると、金属層16と混合物層18との密着性が向上して試料調製時の作業性がより一層向上するとともに、後述するイオンビーム照射による加工性をより一層向上することも可能となる。
【0031】
(3)樹脂硬化処理
混合物層18が形成された積層体10’に、樹脂硬化処理を施して、樹脂を硬化させる(
図1(iii))。樹脂硬化処理は、加熱処理及び/又は紫外線照射処理を含むのが好ましく、より好ましくは加熱処理(特に、真空加熱処理)を含む。
図1(iii)に示される例では、積層体10’をガラス板20上に載置した後、樹脂硬化処理装置Cとして真空加熱炉を用いた真空加熱処理が行われる。真空加熱処理は、脱泡処理工程及び加熱硬化処理工程を含むのが好ましい。
【0032】
脱泡処理工程は、混合物層18が形成された積層体10’に、樹脂の硬化温度よりも低い温度で熱処理を施すことで、樹脂の脱泡を促進させる任意の工程である。樹脂の流動性を上げて脱泡を効率良く進行させる観点から、脱泡処理工程の熱処理温度は30℃以上80℃以下であるのが好ましく、より好ましくは40℃以上50℃以下である。脱泡処理工程の熱処理時間は、混合物層18から脱泡が観察されなくなるまで行えばよく、特に限定されないが、典型的には10分間以上30分間以下である。
【0033】
加熱硬化処理工程は、脱泡後の積層体10’に、樹脂の硬化温度以上の温度で熱処理を施すことで、樹脂を硬化させる工程である。加熱硬化処理工程の熱処理温度は、樹脂の硬化温度に応じて適宜決定すればよく、特に限定されないが、典型的には80℃以上120℃以下である。加熱硬化処理工程の熱処理時間も特に限定されないが、典型的には20分間以上120分間以下である。
【0034】
(4)基材の剥離
図2(iv)に示されるように、樹脂硬化処理後、混合物層18及び金属層16の組合せを基材12から剥離して、未加工試料22とする。このとき、硬化した樹脂(混合物層18)が金属層16の支えとなるため、基材12を容易に剥離することが可能となる。このように、後述するイオンビーム照射による加工の直前に、もはや支持体として不要となった基材12を剥離することで、イオンビーム照射による試料の加工時間の短縮を図ることが可能となる。すなわち、本発明は、電子顕微鏡観察用試料の作製において、分析対象物を包埋した樹脂を塗布する金属層に剥離可能な基材を設けることで、試料調製時及びイオンビーム照射による加工時それぞれの作業に適した厚さに積層体ないし金属層を設計することができる。その結果、試料調製時の良好な作業性と、イオンビーム照射による加工時間の短縮とを両立できる。
【0035】
樹脂硬化処理後の積層体10’における、基材12と金属層16との剥離強度は1gf/cm以上30gf/cm以下であるのが好ましく、より好ましくは2gf/cm以上20gf/cm以下である。
【0036】
(5)イオンビーム照射による加工
未加工試料22に対して、金属層16側からイオンビームIを照射して加工を行う(
図2(v))。これにより、薄型化された金属層16及び混合物層18(分析対象物18a及び樹脂18bを含む)を備えた電子顕微鏡観察用試料28を得る(
図2(vi))。このとき金属層16は、固定用治具との接合性及び導通を確保するとともに、一般的に金属との接着性が悪いため、固定用治具からの脱落等を起こしやすい混合物層18を物理的に支える役割も担う。
【0037】
イオンビームIの好ましいイオン種の例としては、Ga、He、Ar、Xe、及びそれらの組合せが挙げられ、より好ましくはGaである。イオンビームIの照射による未加工試料22の加工は、未加工試料22から金属層16及び混合物層18を含む試料片を電子顕微鏡観察用に切り出すことを含むFIB加工であるのが好ましい。FIB加工の条件は特に限定されず、特許文献1に示されるような公知の条件をそのまま採用してもよいし、金属層16及び混合物層18の材質に合わせて公知の条件を適宜変更してもよい。また、
図2(v)に示されるように、金属層16及び混合物層18の組合せを、カーボンテープ24を介して金属板26に固定した後、イオンビームIを当該積層体の金属層16側から照射して加工を行ってもよい。
【0038】
電子顕微鏡観察用試料28における、金属層16及び混合物層18の合計厚さに対する、金属層16の厚さの比率は0.05以上0.5以下であるのが好ましく、より好ましくは0.1以上0.4以下である。このような範囲内であると、金属層16が上述した機能(特に、導通確保及び混合物層18の物理的支え)を発揮しつつイオンビーム照射による加工時間をより一層短縮することができる。同様の観点から、電子顕微鏡観察用試料28における、混合物層18の厚さは200μm以下であるのが好ましく、より好ましくは100μm以下、さらに好ましくは80μm以下、特に好ましくは50μm以下である。混合物層18の厚さの下限値は特に限定されないが、樹脂の強度と観察領域のバランスとの観点から、典型的には3μm以上である。
【0039】
分析方法
本発明の方法により作製された電子顕微鏡観察用試料28は、電子顕微鏡分析に供されるのが好ましい。すなわち、本発明の好ましい態様によれば、上述の方法により作製された電子顕微鏡観察用試料に対して電子顕微鏡による分析を行う、分析方法が提供される。
【0040】
積層体
本発明の別の好ましい態様によれば、上述の方法に用いられる、基材12、剥離層14及び金属層16を順に備えた積層体10が提供される。積層体10の詳細については上述したとおりである。
【実施例0041】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。
【0042】
例1
図1及び2に示されるように、基材12、剥離層14及び金属層16を順に備えた積層体10を用いて、電子顕微鏡観察用試料28の作製を行った。具体的な手順は以下のとおりである。
【0043】
(1)積層体の用意
基材12として厚さ18μmのCu基材、剥離層14として有機剥離層、及び金属層16として厚さ2μm、表面(すなわち混合物層18と接する側の面)のRzjisが2.5μmの銅層を順に備えた市販のキャリア付銅箔を用意した。このキャリア付銅箔をハサミで切り取ることにより、1cm×1cmのサイズの積層体10とした(
図1(i))。この積層体10を5個用意し、それぞれピンセットを用いて薬包紙上に載置した。
【0044】
(2)混合物の作製
FIB試料作製用の樹脂(Gatan社製、G2)の主剤及び硬化剤を所定の重量比で混ぜ合わせた。その後、分析対象物であるリチウムニッケルマンガン含有複合酸化物粉末(LNMO粉、平均粒径D50:3μm)を秤量し、上記樹脂に加えてかき混ぜた。このとき、分析対象物の秤量は、樹脂及び分析対象物の合計体積に対する、分析対象物の体積の比率が約25%となるように行った。こうして、分析対象物及び樹脂を含む混合物を得た。
【0045】
(3)混合物層の形成
上記(1)で用意した各積層体10の金属層16上に、上記(2)で作製した混合物を塗布することにより、混合物層18を形成した(
図1(ii))。その後、混合物層18を形成した各積層体10’について、ピンセットを用いて、混合物層18が外側を向くようにガラス板20上に載置した。ここで、混合物層形成後の試料の写真が
図3に示される。
図3に示されるように、例1の試料において、金属層16にシワや破れ等の発生は見られなかった。
【0046】
(4)樹脂硬化処理
混合物層18を形成した各積層体10’に対して、
図1(iii)に示される樹脂硬化処理を行った。具体的には、樹脂硬化処理装置Cとして真空加熱炉を用いて、ガラス板20上に載置した積層体10’に対して真空脱泡処理及び加熱硬化処理を行った。このとき、真空脱泡処理は40℃以上50℃以下で混合物層18から脱泡が発生しなくなるまで行った。また、加熱硬化処理は、積層体10’を120℃で20分間加熱することにより行った。その後、積層体10’を徐冷し、真空加熱炉から取り出した。こうして、混合物層18の樹脂を硬化させた。ここで、真空脱泡処理及び樹脂硬化処理後の試料の写真が
図4に示される。
図4に示されるように、例1の試料においては、各処理の前後において金属層にシワや破れ等の発生は見られず、また、試料の支持体(ガラス板)への固着等も発生しなかった。
【0047】
(5)基材の剥離
樹脂硬化処理後、混合物層18及び金属層16の組合せを基材12から剥離層14の位置で剥離し、未加工試料22を得た(
図2(iv))。
【0048】
(6)FIB加工
図2(v)に示されるように、未加工試料22に対して、金属層16側からイオンビームI(Ga)を照射して加工(FIB加工)を行った。具体的には、まず、未加工試料22の混合物層18側を、カーボンテープ24を介して金属板26に固定した。次いで、集束イオンビーム(FIB)装置(日立ハイテク社製、品番:MI4050)を用いて、未加工試料22に対して金属層16側からFIB加工を行うことにより、分析対象物18aと樹脂18bとの混合物層18の厚さが8μm、金属層16を含めると合計厚さが10μmの電子顕微鏡観察用試料28を得た(
図2(vi))。このとき、FIB加工条件は下記の通りとした。また、FIB加工に要した時間は85分間であった。
【0049】
[FIB加工条件]
(a)保護膜形成
・寸法:横幅25μm、縦幅5μm、厚さ1.5μm
・加速電圧:30kV、電流量:12.5pA
・保護膜種 : カーボン
(b)試料の粗加工(片面あたり)
・寸法:横幅55μm、縦幅35μm、深さ10μm
・加速電圧:30kV、電流量:60000pA
・両面粗加工後に同様の加速電圧及び電流量にて試料の下部を切断し、薄片化
(c)試料の断面仕上げ
・加速電圧:30kV、電流量:2000~14000pA
(d)試料及びピックアッププローブの接合
・加速電圧:30kV、電流量:12.5pA(Pt保護膜形成)
(e)薄片試料基部からの切り離し
・加速電圧:30kV、電流量:12000pA
(f)薄片試料及びTEMグリッドの接合
・加速電圧:30kV、電流量:12.5pA(Pt保護膜形成)
(g)薄片試料及びピックアッププローブの切り離し
・加速電圧:30kV、電流量:12000pA
(h)仕上げ加工
・加速電圧:30kVから2kVまで徐々に落とす
・電流量:60000pAから40pAまで徐々に落とす
【0050】
例2(比較)
基材及び剥離層を有しない薄い金属層を用いて電子顕微鏡観察用試料の作製を行った。具体的な手順は、以下のとおりである。
【0051】
(1)金属層の用意
厚さ2μmの銅層(株式会社ニラコ製、CU-113091)をハサミで切り取ることにより、1cm×1cmのサイズの金属層16とした。この金属層16を5個用意し、それぞれピンセットを用いて薬包紙に載置した。なお、以下の説明において、例2で作製する5個の試料をそれぞれ例2A~例2Eと称することがある。例2A~例2Eは、ハサミによる切断時、及びピンセットによる移動時に金属層16が破れることはなかった。しかしながら、これらの試料は、極めてシワが寄りやすく、切断及び移動の際に慎重なハンドリングが必要であった。すなわち、例2A~2Eの試料を、破れやシワ等を生じさせることなく切断ないし移動させるには、作業者の技量が必要であった。
【0052】
(2)混合物の作製
例1と同様にして分析対象物及び樹脂を含む混合物を得た。
【0053】
(3)混合物層の形成
上記(1)で用意した金属層16上に、上記(2)で作製した混合物を塗布することにより、混合物層18を形成した。その後、混合物層18を形成した各積層体10’について、ピンセットを用いて、混合物層18が外側を向くようにガラス板20上に載置した。ここで、混合物層形成後の試料の写真が
図3に示される。
図3に示されるように、例2Eの試料について、金属層に大きなシワが発生した。
【0054】
(4)樹脂硬化処理
混合物層18を形成した金属層16に対して、例1と同様にして真空脱泡処理及び加熱硬化処理を行った。これにより、混合物層18の樹脂を硬化させ、未加工試料22とした。ここで、真空脱泡処理及び樹脂硬化処理後の試料の写真が
図4に示される。
図4に示されるように、例2B及び例2Dの試料について、真空脱泡中の樹脂の表面張力に起因して金属層の折りたたみが発生した。また、例2B~2Eについて、樹脂硬化処理後の試料がガラス板に固着し、剥がすことができなかった。このため、以降の操作は例2Aの試料についてのみ行った。
【0055】
(5)FIB加工
未加工試料22に対して、例1と同様にして、FIB加工を行った。FIB加工に要した時間は85分間であった。
【0056】
例3(比較)
厚さ2μmの銅層に代えて、厚さ18μmの銅層(三井金属鉱業株式会社製の電解銅箔)を金属層16として用いたこと、及び用意した金属層16の個数を1個に変更したこと以外は、例2と同様にして電子顕微鏡観察用試料の作製を行った。
【0057】
例3の試料では、混合物層形成、真空脱泡処理、及び樹脂硬化処理の各処理の前後において金属層にシワや破れ等の発生は見られず、また、試料の支持体(ガラス板)への固着等も発生しなかった。一方、FIB加工に要した時間は158分間であった。
【0058】
結果
上述のとおり、例1では、用意した5個の試料の全てについて、電子顕微鏡観察用試料を作製することができた(成功率100%)。また、FIB加工時間も85分間と短時間であった。一方、例2では、5個の試料のうち、電子顕微鏡観察用試料を作製できたのは1個のみ(例2A)であった(成功率20%)。また、例3では、電子顕微鏡観察用試料を作製できたものの、FIB加工時間が158分間であり、例1よりも加工に長時間を要した。